【訃報】授乳する被爆の母…長崎原爆で、治療の順番を待つ姿が被写体となった女性が死去[061212]

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1ボインなたまごぼーろφ ★
 長崎原爆の惨状を伝える写真「苦痛にたえながら手当の順番を待つ母子」の被写体として知られる
田中キヲ(たなか・きを)さんが9日、肺炎のため亡くなった。91歳。

 自宅は長崎市若竹町2の11。告別式は11日に営まれた。

 1945年8月9日、同市内で被爆し、背中にやけどを負った。写真は、翌10日、臨時救護所で、負傷
した二男・義廣(よしひろ)さん(生後4か月、45年8月21日死去)に乳房をふくませているところ。

 旧日本軍報道部のカメラマンが撮影した5枚のうちの1枚で、現在、同市の長崎原爆資料館に展示
されている。

★URL 読売新聞12月12日13:06
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061212i205.htm
2名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 15:46:01 ID:h1OHTdLh0
2
3名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 15:49:08 ID:7E254Nqh0
また日本で被爆者出るから
その時に代わりの写真撮ればいいよ
4名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 15:49:20 ID:jvs8owiu0
画像は?
無し?
5名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 15:57:33 ID:DH9RAMbr0
被爆した割にはむちゃくちゃ大往生だな。
6名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 16:03:27 ID:kj5g3e6EO
アメリカ死ねよ
7名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 16:04:57 ID:vJxUzQP80
母は強し
8名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 16:11:50 ID:w5jev+HzO
今度は天国で次男にたくさんおっぱいあげてください
ご冥福をお祈りいたします
9名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 16:24:56 ID:P/l0+2J90
10名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 16:31:48 ID:FPynAz9C0
>>6
長崎に行ってみると
どこの国が原爆を投下したのか書いてないことに驚く。
11ブロックパーティのあれは何で訳ないにゃ:2006/12/12(火) 16:42:46 ID:7pdyzBAp0

お子さまは残念だが

長生きされたね。合掌。



戦争を経済活動や実験に使う、原始時代に産まれた我々に


相対性理論の御加護を..神仏など居ない。


やがて滅ぶ人類と言う悪魔のみ。



12名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 17:02:59 ID:fki1L95gO
この人、今年か去年のNHKのドキュメンタリに出てたよ。
写真の頃の面影がまだ残ってて、当時撮られたのはわからなかったとか、
生後すぐに亡くなったので二男が写った写真はこの報道写真しか残ってない等の話をしてた。
ご冥福をお祈りいたします。
13名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 17:52:32 ID:NtqO+FFK0
>>12
(‐人‐)ナモナモ
14名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 19:08:17 ID:kfvuCFOm0
大往生だな
15名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 19:11:09 ID:DitIWefS0
被爆しても91まで生きられたんだな。
16名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 19:31:36 ID:YM5CIbPU0
>>12
今年だったかな、夏ごろ出てたね。
最後まで、当時の写真は見たくないと拒否してた。
腰も曲がって小さくなってたけど、若い頃はすごい美人でしたよね。
17名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 20:03:09 ID:4KeRZDDm0
壮絶だったな
18名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:34:17 ID:mBeg/x2J0
>>16
以前TVで生きてらっしゃる事を知って、ショックと共に感慨深い物がありました。。。
畳の上に寝かせておいた赤ちゃんが、一瞬にして向こうの方に投げ飛ばされていたって。
この写真の時もお乳はあげているけど、出てないし、赤ちゃんも吸う力もなかったって(泣)。
写真の存在は知ってるけれど、見たいと思わないって言ってましたね。。
静かに語る人程悲しみが増します。本当に戦争はいけないって、どうしてわからないのかねぇ。。
19名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:36:51 ID:8yXyoEqZ0
少量の放射能を被爆するとかえって免疫力が増し長寿になる
20名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:37:49 ID:Y1yKnuIS0
>>19
お前、マジで首吊れよ。
21名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:38:19 ID:nYL2bcEp0
>>15
ラジウムで被爆したマリー・キュリーも長生きだった
放射線を浴びても、しぶとく生きる奴もいるんだよな・・・
22名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:41:32 ID:7m1YxwmBO
>>19
温泉でも、適度な放射能がいいみたいだしね。
23名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:41:33 ID:FbvH7sNT0
>>19
お前、参詣のまわしものか?
アメ牛食って、免疫力でも上げてろ!
24名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:42:38 ID:RKW3Hb3GO
ばぁちゃん…合唱

被爆はこわいよ
まじで
25名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:43:10 ID:0d5wo0al0
被爆直後の広島でも、カメラを持っていたのに被爆者を写すのが忍びなく、たった数枚しか撮影できなかったそうな。
警官から油を塗ってもらっている女学生達(火傷して髪が逆立ってる)の写真は、被爆直後の広島を写したほとんど唯一の写真。
26名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:43:18 ID:l/ZlBdHJ0
さっきNHKでやってた。合掌。
27名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:44:45 ID:msi5do630
>>19
赤ん坊が死ぬほどの放射能が「少量」かよ!
お前、官邸の世耕の回し者か?
28名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:47:30 ID:0d5wo0al0
>>27
既知外に釣られるな。
赤ちゃんの直接の死因は、多分、爆風による打撲か重度の火傷でしょう。
29名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:48:01 ID:nYL2bcEp0
>>25
今の東京に水爆が落ちたら面白いよなw
髪を茶色や金銀・赤・青・緑に染め、耳や鼻、舌、乳首、へそにピアスを開け
ダメージデニムのローライズ・スキニージーンズを穿いて、化粧やお洒落ばっかりに脳みそを使っている
バカ女達の顔面がケロイド状態になっている様子を、生暖かく見ていたいw
30名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:49:49 ID:KZELCCaeO

91才とは…長生きしたねぇ〜!
長寿を全うされた方の弔いだと、家の方では赤飯炊くのだが… 広島はどうなのかね?

31名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:53:48 ID:b+uwo+jwO
原爆投下は理不尽で、何も罪もない人達を苦しめた。その事を自分に置き換えて考えられない、少しでも理解しようとせずに茶化す者は愚かだ。なぜ平和に暮らせないのだろう。悲しい。ご冥福をお祈りします。
32名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:53:57 ID:3SExDjkl0
>>30
広島じゃなくて長崎なんだが…
33名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:56:50 ID:oxp9yXir0
少量の被爆は体にいいんだよ。
三朝温泉ラジウム風呂とか。
免疫を活性化させるホルミシス作用がある。
長寿の秘訣は原爆健康法だな。
34名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 21:57:17 ID:ZdiAEhjLO
91歳まで生きるなんてすごすぎ
被爆者は年金額も多いだろうから普通の病気の人よりいいよな
自分なんか難病だけど年金ないしあと何年生きられるかわからないから
35名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:00:14 ID:TGG9JLqn0
>>18誰か「戦争良いぜ、やろうぜ」って言ってたのか?

36名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:02:14 ID:KZELCCaeO
>>32 本当だ、失礼。
>>30は、長崎じゃどうなのかね?に訂正。
37名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:03:01 ID:mBeg/x2J0
海外在住なのですが、広島・長崎の被爆の日には新聞に付く別冊で特集、TVでもスペシャルを組んでいました
漠然とした書き方で申し訳ありませんが、記事の内容と興味自体が正しいものに感じました
「影」(一瞬にして消えた人の跡形)の話やフィルムなど、日本人の自分が見ても未だショッキングな内容
何度でも思い返さなくてはならない話のはずです

新聞の方には生き延びた3人の日本人男性のお話が載っており、殆ど骨になった状態の人が逃げようと歩いてきて
目の前で倒れた話、水を与えてはいけない(与えた途端死ぬという話だったそう)と言われていたが
今覚えば同じ死ぬのだから一口飲ませてあげればよかったとか、命からがら汽車に乗ると目の前の男性は新婚の奥さんを
失くし、背負ってこられないからと首だけ布に包んで抱えていたりとか、話だけでも地獄絵図です

その点日本国内(政府)の方が、起きた事を忘れよう動いている気がしてなりません
下手をすれば海外の人達の方がこの悲惨な内容を正しく知っているのではと思うほどです

>>19も冗談のつもりだったのでしょうが、こういう発想自体が日本の無知を語っているかの様です

広島と長崎の資料館には高校の修学旅行で行き、写真の悲惨さには目を被うほど
泣き出す子もいた程で、先生でさえこの年頃に見せていい写真かどうか毎年迷う様な事を言っていました
話に聞く以上のショックで、>>25のお話にもうなづいてしまいました
現実を見ようと一生懸命見て周った覚えがあり、この写真は悲惨ですが義務化して見せる位でないと
今はわかってくれる人が余りいないのではないでしょうか。。。

あとは「きっこの日記」で素晴らしい俳句を紹介していたはずです
過去ログで探して読んでみるのもお薦めです
38名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:11:35 ID:3SExDjkl0
>>37
>その点日本国内(政府)の方が、起きた事を忘れよう動いている気がしてなりません
それだけはないから。
39名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:11:49 ID:9vmZhJA80
>>10
いや ちゃんときっぱり書いてるから
40名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:12:09 ID:FGXD+14O0
つ[蛍の墓]

視聴義務化よろすく。
41名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:17:48 ID:0d5wo0al0
>>40
あれは人と一緒には観れん。
42名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:24:15 ID:8yXyoEqZ0
正直原爆で死んだと言えるのは投下後数週間以内の外傷によるものと急性放射能障害だけ
10年以上経過して死んだのは原爆と無関係の病気によるものだ、原爆死にカウントするのはおかしい

>>37そんな体験談は原爆でなく焼夷弾空襲でも起こりえる話、原爆が特別悲惨なわけではない
現に東京大空襲や大阪大空襲の方がはるかに民間の死傷者は多い
43名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:25:55 ID:wy4KgpBt0
>>37
そうなんだけど、ドレスデン空襲では通常爆弾だけど、死者約50万、広島+長崎より
多い。3/10東京でも10万以上の死者。核兵器の威力は凄まじいのは確かだけど、
広島、長崎だけを特別視するのは、一部勢力に利用されてるだけ、と感じてる日本人
が多い、からだと思うよ。何で被爆者だけが、他の戦災犠牲者より優遇されるんだ、という。
44名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:30:34 ID:tZY57Rx80
でもこの人が在日だったらお前ら悪魔の様に叩きまくるんだろ?
45名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:33:17 ID:eygheHWB0
日本は核爆弾を落とされた唯一の国だってこと、忘れるな。
しかも二つもな。目的は人体実験だ。忘れるな。
46名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:35:08 ID:0d5wo0al0
>>43
>ドレスデン空襲では通常爆弾だけど、死者約50万

どんどん増えるな。2、30万と言われていたが、とうとう50万か。
実際に埋葬した遺体は3.5万くらいだ。
「東部戦線からの避難民が路上生活していて、カウントされていない」
ってのはできるだけ被害を誇大に言いたい側の主張だ。
47名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 22:56:58 ID:fT20YXIy0
あのぅ
長崎に落としたのは、当初福岡だか熊本だかに落とす予定だったけど天候かなんかの都合で
長崎に変更したってのを聞いたことがあるようなないような覚えがあるんですけど
もう1発のは、どうして広島に落とされたんでしょう?
48名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 23:08:56 ID:0d5wo0al0
>>47
長崎原爆の第一目標は北九州の小倉。
投下機は小倉上空に達したが、厚い雲に覆われていたため数十分も旋回して雲の切れ目を探すも
燃料の欠乏と日本軍戦闘機の迎撃で小倉投下を断念、第二目標の長崎に投下した。

広島原爆は第一目標も広島。当日快晴で、ほとんど計画通りの成功。
49名無しさん@七周年:2006/12/12(火) 23:11:51 ID:FPynAz9C0
>>39
地元の人?爆心地付近ちょっと見てきて。
50名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 05:55:42 ID:MTomPepd0
>>42 >>43
ありがとうございます。 原爆を特別視はしていなくて、すぐ自分や家族がそんな目に遭ったら。。
と考えてしまう性格なもので。。
あと、この田中さんの様に皆から知られる存在になった以外にどれだけの人生があったかとか、とか
どんどんどんどん考えてしまって、迷宮のラビリンスに入ってしまうのです。

当方のもう一つのトラウマが「ナチ」で、この犠牲者の事も考え出してキリない事がありました。
「アンネの日記」を買ったら、そのあとがきで「我々はその全ての人たちに心を注ぐ事は出来ない」
という件があり、少し救われた次第です。 続けて「が、アンネを通じてその人達を少し知る事は
出来るのだ」みたいな話でした。

怖がりすぎかもしれませんが、今やいつまたそんな事が起こってもおかしくない時代ではないでしょうか。
甥っ子といい友人の子供達といい、かわいい子が周りに多くスピルバーグじゃないですが
未来は子供達の物、って言いたいんですが、何だか暗雲立ち込める思いなのです。。
51名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 06:14:04 ID:eHxAb1I4O
中国、九州地方に身内がいると
授乳する事で子供に白血病を伝染させる事もあると
国も大々的に報道しないのは隠蔽なのか?
52名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 06:28:51 ID:l/cA3Fq3O
NHKで以前やったこの女性のドキュメント見たけどあまり感情的にならずに話す姿に涙したよ。罪のない人が苦しむ姿を見てられなかった。
ご冥福をお祈りします。
53名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 07:05:40 ID:EO9eExpd0
>>51
ATLは性感染で相手にうつるということも
しらない人が多い世の中
54名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 08:02:31 ID:Ep9+jI3a0
>>43ドレスデン空襲では通常爆弾だけど、死者約50万

5万人の間違いだろ?
55名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 08:57:00 ID:iu7izyUG0
長崎といえば、この写真も思い出してあげてください。
http://www.hidecnet.ne.jp/~hsano/nagasaki.html
56名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 09:46:04 ID:AjQyimusO
戦後しばらくして顔を焼かれた女性が
何人も自殺しているんだよなぁ
57名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 10:41:35 ID:0r03PTkO0
>>18のキモさは異常
58名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 10:45:31 ID:HpK2rU630
>>45

しかも、ナチスドイツに投下するつもりは無かったみたいだから、
明らかに有色人種差別の要素が大きい。

アメリカの罪は未来永劫許されることはない。
59名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 10:49:14 ID:yBOSQjdJO
俺のアイフィルターはスレタイから 爆乳 のみを検索しました
wktkして入ってみたら、レスのあまりの真剣さに少し漏れた。orz⌒ヽ.
60名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 10:52:48 ID:JlsusPeVO
>>57
鏡見てみろお前の方がもっとキモイ。
61名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 11:42:05 ID:p+w4C5+R0

では、降伏する意思の無い(意思はあっても、軍事行動を止められない)軍隊=国家への
行使としてはどうでしょうか?その正当性はあるのでしょうか?

まず、日本はポツダム宣言を黙殺するという行動を起こし、アメリカに大義名分を与えて
しまいます。原爆の使用はすでに決定済みでしたが少なくとも、長崎への投下は回避でき
た可能性があります。

九州上陸作戦、関東上陸作戦を秋〜冬に準備していたアメリカ軍にとって、100万人の
損害回避というのは「言い訳」にもならないセリフです。原爆使用は既定の方針であり別
次元の問題でした。
どういう問題かというと、みなさんよくご存知のソ連との衝突です。すでにドイツの占領政策
では摩擦が出始め、満州への怒涛の侵攻は、積年の中国進出を願うアメリカの警戒感を
いやがうえにも刺激しました。

このソ連への使用を含めた、実戦データを採取すること、政治的なデモンストレーションを
果たすことが、アメリカの政治・軍事目的として国家の利益目標になってしまったのです。

これはもはや、対日戦争目的とは乖離したものです。
この点において、【現在の尺度から言えば】アメリカは原爆使用の正当性を失っていたと
言えるでしょう。

しかし、現実には原爆は投下されました。

その理由は2つあります。
@政府、軍ともに原爆を使用する意思があった
A報復を恐れる心配がなかった

言うまでもないことですが、1945年当時の国家に現在の理屈は通じません。
そして、投下した理由のなかで、今でも充分根拠となるものがあります。

報復手段の有無です。
62名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 11:44:58 ID:GYfNHDMB0
>>33

うむ。適度な被曝は確かに健康に良いらしいな。日本じゃあまりそういう話は
好まれないから出ないがラジウム温泉とかそういうものらしい





………が、決して原爆は適度な少量な被曝じゃない
63名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 11:45:04 ID:bxh5Jr060
爆乳の訃報と聞いてすっ飛んできてしまった俺は愚か者でしょうか?
64名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 11:45:39 ID:p+w4C5+R0

アメリカは、日本の生物・化学兵器について大変な脅威を感じていました。何度も日本に
使用した場合には大量報復すると警告しています。実は沖縄戦ではアメリカ軍は使用した
(サイパン、硫黄島でも)形跡がありますが、小規模なものです。
頑強な日本軍に手を焼いた結果、おっかなびっくり使っています。日本軍は報復をしませ
んでした。実際通常弾も補給に事欠くほどだったのが理由です。

要は、この報復手段を持っていなかったこと、開発者の民族的なつながりがドイツに比べて
希薄であったことが投下を決断させた原因であるといえます。
このことは、日本政府が原爆開発&実戦使用をつかめなかったのはやむを得ないとしても
2発目は止めるべきでした。

何か拉致被害者への無関心をみる思いがします。
北朝鮮の核開発、ミサイル発射への危機感の欠如しかりです。

ただ、日本の降伏を準備していた為政者の本心は分かりません。中途半端な降伏は
イタリアのパドリオの二の舞と言われていましたし、未だ陸軍はやれると信じていました。
もし、米軍の本土上陸を許し、陸軍が反政府軍化すれば国民の犠牲者は1000万を
軽く超えたものにり、国土の荒廃は再起不能なレベルに至ったかもしれません。

私は、日本人が原爆から学ばねばならないことをこう考えます。

・恐るべき官僚体質の傲慢と怠惰を忘れてはならない
・その官僚体質は、我々日本人の性質そのものにあること
・三度日本人の頭上に核の炸裂をみてはならないこと
・敵対する国にも馬鹿がいること(踏まれないと痛みが分からない)を忘れてはならない



最後に、核廃絶は人類の願いですが、その核がどんな外交よりも大国間の平和を
維持したことの意味を理解できない人こそ、核のボタンを押す人になるでしょう。
65名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 11:46:19 ID:eZUr5CQf0
>>63
てめーはなあ……













俺の友人だ。
66名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 11:57:37 ID:0r03PTkO0
>>18のキモさの原因は、
最後の行の左翼臭さ。
67名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:01:32 ID:fLHfKHjh0
戦争の生き証人がまたひとり減ったか。
こうしていずれ誰も戦争の記憶がなくなり、長崎原爆も「ねつ造」って言われることになるんだろうな
68名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:04:12 ID:tB8QmBJI0
ラジウム・・・むかーし親が病気治療で患部にラジウムあてられたけど
その後白血球が減ったり増えたりして大変だったらしい。
病気自体はそれなりの治療効果はあったみたいだけど。
その子供の自分達兄弟も免疫系の病気持ち。偶然かな。
69名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:04:23 ID:p+w4C5+R0
さて、我々日本人にとって太平洋戦争の悲劇の象徴とも言える原子爆弾の投下
についてですが、あらゆる議論や考えの前提になっている

「人道的戦争」

という考え方について、触れておく必要があると思います。
学問的(早い話が理屈の上でという意味)には、戦争という暴力行為が一般の刑
法上のそれと異なるのは、国家の主権において正当化され紛争国の間で利害関
係を処理する、政治的手段として認識されているところにあります。

難しいですね。
分かりやすく言うと、国同士の利害が対立してケンカになった場合、その国の政府
は政治的手段として「暴力に訴えてもいい」ということなのです。
これは主権を持つ国家とその国の政府に認められた権利であるという訳です。

敵国の兵士を戦場で殺しても罪にはなりません。が、講和後に殺せば殺人罪になり
ます。これは、戦争は国の利害を解決するのが目的であって、敵国の兵士の殺人は
手段であっても目的ではないからです。

だからこそ、この目的から外れた行為には厳しい戦争犯罪というものが問われます。
また、目的のためには何をやってもいいかというと、そうではなく、各国の軍隊には
厳しい「交戦規定」というものが存在しています。
勝手に私兵として軍を動かした場合、最悪銃殺刑もありえます。
70名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:06:09 ID:zwybdoLS0
ポロニウム210で被爆?
71名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:08:42 ID:F1OmSx720
原爆では、この赤子と共に8歳の長男も亡くされたらしい。

戦争はいかんよ。
誰も幸せにならん。

核抑止論などつまらん。
結局恐怖が人類を支配しているということではないか。
72名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:10:30 ID:p+w4C5+R0

この交戦規定には、戦闘開始、対象、戦闘地域、捕虜の処遇など、近代的な軍が
持たなければならない重要な規範(軍規)のうち、最も重要である=本来の存在理由
である=戦闘に関する規範が盛り込まれています。

交戦規定のない軍隊とは、何をするか分からない軍隊と同じ意味であり、軍の戦闘
行為の裁量に対して、予め政治が範囲をかぶせないという恐ろしい暴力装置である
ということです。

人道的戦争なるものの意味を考えるとき、軍の任務と軍の行動を戦場で規制する
(あるいは認める)交戦規定をしっかり認識しておく必要があります。

本来、人道的という言葉が、戦争という言葉につながるのは違和感がありますね。
きれいなゴミのような。
言葉としてもバランスを欠いた、どうも納得感の薄い変な印象があります。

それは、戦争を行う主体が国家であり、軍隊という装置であり、生命をいかに効率よく
奪って敵国の機能を破壊するかを追及しているからです。

これはとても人道的であると思えないからです。
73名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:10:36 ID:+D7745RS0
代替案ぐらいだせ。
74名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:14:00 ID:p+w4C5+R0
最近の例をあげると、気化爆弾という兵器が「非人道的」といわれました。これは火薬と
破片の爆弾ではなく、燃料をエアロゾル化して、一瞬で広範囲の酸素を燃焼し尽して、
一人の生存者もいなくする爆弾です。

アメリカはイラクとの実戦でこれを使用し、イラク兵士は核を使ったのかと誤解したほど
の破壊力(人のみですが)でした。

もちろん、アメリカは「非人道的」であるか否かは殺傷力や生命を奪う方法で規定される
ものではなく、降伏する意図のない軍隊をどのように攻撃するかは、軍の裁量行為である
としてこれをつっぱねました。交戦地域に非戦闘員(民間人)を入れたのはイラク政府の
責任であるとも言っています。

ひどい話ですね。

しかし、近代的で民主的な国家が持つ軍隊の「交戦規定」としては、まったく、完全に、これ
は普通です。

ここから、本題の原爆=核について考えていきます。

あくまで、現在の考え方ですが、たとえ降伏する意思のない軍隊を攻撃する場合でも、核の
先制攻撃は「軍の裁量行為とはならない」とされています。政府の最高承認が必要とされて
います。

なぜか?
75名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:16:04 ID:p+w4C5+R0

核の使用によって起こる被害は、地域の利用を不可能にし、生態系、環境破壊を無関係の
周辺にも深刻に及ぼし、本来戦争の目的である国家の利益の実現に大変な害を与える=
目的の喪失=手段の正当性の喪失になると考えられているからです。

誰の利益にもならない戦争はダメということです。

自衛の場合は「自国民の防衛」という利益がありますから、躊躇なく使用します。
自動的に報復攻撃します。

1945年8月当時のアメリカ政府の認識、国家間の戦争にたいする認識は、現在のそれとは
大きく違います。

ここまででまとめておくと

・人道的という言葉本来の常識的な意味は、戦争での軍隊の行動を規制する意味
 とはかけ離れている。
・軍隊の任務は脅威の排除である。殺人は非人道的行為だが、任務上認められる。
・軍隊の戦争遂行手段は、国家の利益の実現という目的によってのみ正当化される。

76名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:19:50 ID:p+w4C5+R0
では、当時の政府は、どういう国家間の戦争にたいする認識を持っていたのかというと・・・

日本=国家総動員&制限戦争(第一次大戦当時の考え方。条件講和可能)
アメリカ=国家総動員&無制限戦争(無条件降伏もしくは国家機能の殲滅)

これはもう、日本政府(たとえ陸軍大将が総理大臣でも、決っして軍隊の責任ではありません。
もちろん外務省の責任でもありません。内閣の責任です)の能力の低さを感じないではいられ
ない、日本の悲劇であったと思います。

1943年11月にカイロでローズヴェルト・チャーチル・蒋介石が対日戦と対日戦後処理の
方針について会談し(カイロ会談)、その内容はカイロ宣言(1943.12)として発表されます。
カイロ宣言では日本に無条件降伏を要求すること、降伏後の日本の領土については第一
次世界大戦以後に日本が獲得した太平洋諸島の放棄、満州・台湾・澎湖島の中国への
返還、朝鮮の独立などが決められました。

この時点で、日本の条件付講和は可能性がなくなりました。

つまり、講和とは自分に戦力があって、相手にそれを奪うことが非常に困難と思わせること
が可能な場合にのみできる相談なのです。1943年つまり昭和18年末はようやく日本が押
され始めてきた時期ですが、まだまだ軍事的には余力を残していました。

しかし、連合国はすでに対日戦争勝利を確信しています。戦後の調査では、日本がアメリカ、
英国に条件講和を実現できた唯一のタイミングは、オランダ領インドネシアを占領した直後で
あると言われています。ただし、撤兵の必要がありますが・・・
念願の石油は輸入できたということです。開戦後3ヶ月で連戦連勝の日本軍が撤兵などあの
自信マンマンの東条内閣には無理でしょうね。それこそクーデターが起こってるかもしれません。
77名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:22:47 ID:DVqrGXpc0
原爆関連をサヨクが政治的に利用しまくってるのが腹立たしいよ。
78名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:22:48 ID:p+w4C5+R0

日露講和を、すさまじい国民の反対を押し切って成立させた豪腕かつ優秀な政治家はこの
当時、官僚軍人にとって代わられています。可能性はゼロでしょう。

忘れてはいけないことがあります。こうした軍隊を、海軍省、陸軍省、内閣を作ったの
は他でもない、我々日本国民であるということです。自虐でもなんでもありません。バラ
ンスを欠いた、偏狭な自信と、根拠の無い楽観的予想で国を破壊に導いたのです。

そして、それを煽りつづけ、官に張り付いてスクープのみに血道をあげ、世論の醸成
をついに為しえなかった当時のメディア=新聞も同罪です。

戦う前に、冷静に相手を知る。そして自分を知る。

日本人にとって、格言になるほど実行が難しいことです。無意味に卑屈になったり
根拠もなく過小評価したりすることが、どれほどの破壊と悲劇をもたらしたか、今一度
しっかり腹にすえて考える必要があります。

これは、アジアの人に迷惑を云々などという、安っぽい某国や相変わらずの新聞メディ
アに迎合することを言ってるのではありません。
一度戦争を始めたら、それは軍事行動であって、ほどほどで止めることができない性質
を持っていることをはっきり認識する必要があるということです。
そして勝てないまでも負けないこと、それが確保できない戦争は、こちらから仕掛けては
いけないということです。
79名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:25:49 ID:p+w4C5+R0

ちょっと脱線しましたが、当時日本の主要交戦国であったアメリカの大統領は「これから
は君たち軍人のの仕事だ」と開戦直後に言っています。

では当時、アメリカの軍事予算の30%近くを投入して開発された原子爆弾に対する認識
とはどういうものであったのでしょうか?

原子爆弾の研究そのものは、アメリカだけではなく、イギリス、ドイツ、日本、ソ連でも行わ
れていました。しかし、実際に開発が進められていたのはアメリカのみと言ってもいいと
思います。

もともと、イギリスの諜報機関によってドイツで原子爆弾の研究が行われているという情報
がもたらされたために、アメリカがこれを開発して装備する必要があるとされたのが始まり
です。

詳しい経緯はどこにでもありますので省略しますが、亡命したアインシュタインの手紙は
ほんのきっかけになったに過ぎません。実際にはイギリスに亡命した科学者の研究から
爆発可能な原爆の研究が始まっています。これは、彼ら亡命科学者がレーダーなどの高度
な軍事技術開発から外されたために、やむなく彼らはウラン研究を研究テ−マとしたため
に進められたものです。
80名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:28:34 ID:p+w4C5+R0

この研究情報と、ドイツの研究情報が情報交換協定でアメリカに渡り、アメリカの科学研究
開発局(OSRD:科学技術を軍事動員するための機構)の局長ブッシュは、原爆が既存の
爆弾を数千倍うわまわり、戦争の帰雛を決する威力を持っているものと判断したのです。

その年12月6日、原爆開発に「全力をあげよ」と指示されるに至ります。

1942年になると、実験用核連鎖反応炉がつくられ、夏には陸軍の管轄のもとに原爆製造
「マンハッタン計画」が発足します。ついで、爆弾の製作の最終的基地となる研究所の建設
が始まり、本格的な原子爆弾製造が展開されます。

科学者たちは軍管理、劣悪な研究条件に反発しこそすれ、積極的に爆弾製造に取り組み
ます。それは何といってもドイツに遅れをとってはならないとの思いが、そうした態度をとら
せたのでしょう。

実は、科学者たちには極秘にしましたが、1944年初頭には政策決定者らはドイツ原爆なし
との情報を得ていました。ドイツの降伏は時間の問題となり、ドイツ原爆はありえないと思わ
れたからです。シラ−ドは1945年春、原爆開発の行方を心配し、これを管理する国際組織
の設置の必要性を説いた覚書を大統領に差しだし、その年の7月には、シラ−ドら冶金研
の科学者を中心に日本への無警告投下反対の請願署名運動が展開されました。

また日本の仁科研究所も、東京大空襲で原料のウランを焼失してしまい、その研究を事実
上打ち切っていました。

もはや、対日戦争目的は原爆を「対抗手段」として使用する正当性はなくなっていました。
81名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:55:38 ID:/M8mhqRI0
戦争はいかんいかんというけれど
戦争さえもさせてもらえずのみこまれるように侵略されて消えていく
チベットや東トルクメニスタンなんか見てると
戦争できるだけでもまだマシという気になるね

国際交渉の手段としてやはり戦力は必要だと思う
国が弱いっていうのはもうそれだけで罪だ
82名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 12:58:38 ID:B27uFltR0
話変わるけど
この写真、20世紀の聖母像と言っても良い。

合掌
83名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 13:48:04 ID:0r03PTkO0
>>67
証拠がこれだけあるのに捏造もなにもないだろ。
84名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 13:50:16 ID:0r03PTkO0
>>81は正論。
>>71は暴論。
85名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 16:23:32 ID:VufVQoST0
犠牲になるのはいつも一般人
86名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 17:46:24 ID:0r03PTkO0
左翼の人に無抵抗で死ねと言われても、死にたくないのが一般人
87名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 20:15:10 ID:QLczS227O
画像見たがエロいな
88名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 20:28:15 ID:0rhiD8L/0
当時は30歳で
夫、長男、長女、次男がいたってな
でも原爆で6歳の長男と4ヶ月の次男が亡くなった。
あまりに若くしてなくなった二人が不憫で、お墓には2歳プラスした年齢を刻んだらしい
終戦後さらに4人くらい子供にめぐまれた。
このおばあちゃん初めはなかなか当時の話をしてくれなくて
当時のNHK記者が一年くらい通いつめてようやく当時のことを話してくれるようになってくれたんだって
それにしてもこのスレが伸びないところのは残念。
やっぱ、2ちゃんねらーってそんなもんかな・・・・

合掌
89名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 20:35:28 ID:u55AbSyQ0
1945年早春には東京や大阪、京都なんかも
一応原爆投下の候補地に入ってたけど
京都は文化遺産や歴史的背景から、
東京や大阪はすでに3月で大空襲があったから
効果のサンプルに乏しいという理由で消去されたと聞いたが。
90名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 20:41:43 ID:E4mR7i7u0
>89
新潟も入っていたことをお忘れなく

でも、どんなに核廃絶運動をやっても
核兵器は無くならないだろうね
持っているだけで相手を牽制できる兵器なんだし

91名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 20:49:23 ID:0rhiD8L/0
確か
@広島 A小倉 B長崎 C新潟 D仙台
だったかな?
ちなみにA小倉は原爆予定の前日に隣の製鉄地区が空襲くらってる
実は、山あいでの核実験がしたくて長崎を選んだって説もあるらしい
92名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 20:55:53 ID:u55AbSyQ0
wiki見てきたら横浜・呉・下関・熊本・佐世保ほか色々
候補はあったみたいだね。居住地且つ戦略的に
価値の高い都市である事が候補の条件。
で、5月の時点で京都・広島・横浜・小倉に絞られたけど
結局京都は外されてかわりに新潟が加えられた。

でも、盆地での実験が原爆の効果を知るには最高として
京都での実験を強く唱えた科学者達も沢山いたらしい。
小倉といい、広島の原爆中心地にいたのに
たまたま地下室に資料を取りに行っていて
死ななかった人といい、こういうのって運もあるのかな・・・・。
93名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:09:29 ID:0rhiD8L/0
>>92
爆心地の病院の院長さんはたまたまこの日早朝から出張で何を逃れたってね
病院に戻って言った一言
「この歯・・・婦長さんのです」
。・゚・(ノД`)・゚・。
94名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:24:34 ID:N0JSdEvnO
ちょとスレチでごめんね、
昔NHKでユダヤの虐殺シーンが流れてて
ユダヤ人が、両手を縄で縛られて2列に並んでるの
で、ナチスの軍人2人がライフルを持って池の淵に立ってる
軍人の間に、ユダヤ人が2人ずつ歩いて行って池の方に頭をもたげてひざまづく。瞬間、頭を銃で撃たれる
それ見た時、発狂しそうになったよ…
みんな、撃たれるの見ながら殺される順番待って、自分の番が来たら自分から池の淵にひざまづきに行くの
誰も騒がない
その淡々とした無言の行為が怖かった…
あの番組見た人いないかな
95名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:27:43 ID:0rhiD8L/0
>>95
それ見てみたい。もちろんグロ好きとかじゃなくてまじめにその事実を。
サイパンのクリフから飛び降りるモンペの女の人たちの映像見たことあったけど
あれもつらい気持ちになるよ
96名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:34:35 ID:drRHIf3/O
長崎市内で原爆前に長崎が火の海になるぞなど書いたビラがまかれたらしいね。
97名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:39:21 ID:m+oLuJ/H0
>>62
生き残った婆さんの全身被爆量なんてたいした線量じゃねえだろ。
100mSv以下くらいなら、免疫力が活性化して元気になるんじゃねえの?
100Svで即死。10Svで腸管壊死で死亡。2Svくらいで骨髄抑制で感染症・出血。
急性障害がたいしたことなくて、被爆後10年くらいの白血病や二次発癌がねえ
少量被爆なんてぐちぐち言う無知な連中は困ったもんだ。
98名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:40:18 ID:vmRzhSup0
ご冥福をお祈りいたします・・・・
99名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:58:21 ID:NKIVPy31O
>>92
うちのじいちゃんがそうだよ。
母から聞いた話↓↓↓
その日、病気の息子連れて、病院に行ったじいちゃんは、暑いから窓際に座ってんだけど 窓から離れたトコにいた具合悪げな人と席を代わってあげた。
で、その瞬間に原爆が落ちた。
じいちゃんは助かったけど、席を代わってあげた人は影も形もなくなってたそうだ。

席を代わらなければ、あの人は死なずにすんだかも知れないと言った事があったと、じいちゃんが死んだあとで母親から聞いた。

優しくて、いいじいちゃんだったよ。南無。
100名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 21:59:53 ID:ti39Zphy0
核兵器以上の超破壊兵器ができれば核は廃絶できるよ。
101名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 22:14:01 ID:EhTNuke7O
>>55
うわぁぁぁぁん
102名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 22:42:06 ID:GNn7qjf2O
>>92
うちの婆ちゃんがまさにそう。
5日まで広島市にいたんだけど急遽福山市に行かなきゃいけない用事が出来たって。
で、次の日…。
友達沢山死んだって。

運って本当にあるんだなって思ったよ。
103名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 23:10:17 ID:w6qvv4we0
>>55
言葉も出ない。
104名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 23:34:51 ID:U9u6WM4Q0
一ヶ月くらい前かな?テレビで言ってたんだけど、高校生を対象に原爆が投下された
日を知っているかの調査をやったんだって。
そしたら、ちゃんと答えられたのはたったの3割。
今って、平和教育やってるのかね?
それか「答えられたのはたったの3割」というのが捏造された?
105名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 23:39:14 ID:zbeHuhNv0
被爆者団体のイタい行動と、原爆の被害のヒドさは分けて考えろってば。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」では中韓の馬鹿どもと何ら変わらんぞ。

自分の国で実際に起こった(正確には米国によって起こされた、だけど)惨劇なのに、
米国人の言い訳をそのままリピートしてる奴がいて唖然とするよ。
もうちょっと勉強して出直してこい。
106名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 23:39:27 ID:argBgtYG0
>>94
おまえ馬鹿だな。
あれ完全なやらせ。
後から作られた映像だよ。
ドイツによる虐殺は一切なかったというのが
世界的な見解だ。
107名無しさん@七周年:2006/12/13(水) 23:55:08 ID:PzZxXukyO
これニュースで見た
原爆資料館が近所なんだけど地元だと敢えて足を運ぶ事はないんだもんなぁ
今度行ってみるかな
108名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 00:14:49 ID:QxszEymZ0
>>102
広島と長崎の両方で被爆した運の悪い人もいるね。
まあ、考えようによっては両方で被爆して長生きしてるんだから運がいいのかも知れんが。
109名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 00:50:28 ID:z2nuCkXf0
朝ドラの芋たこなんきん女学生編で、主人公の親友が
父親を亡くして母と共に長崎に行ったんだけど
彼女はどうなったのかなぁ・・・・。続きが気になる。


110名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:00:32 ID:EYxKq0sRO
>108
多発癌で苦しみながら?
若年で放射線浴びた人と壮年で被曝した人と癌などが発症する時期が違うらしい
111名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:03:04 ID:LOvkWig3O
>>1
ご冥福をお祈りします。
112名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:03:18 ID:yTKskLD80
原爆サヨきもい
113名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:07:10 ID:deqqC2sJO
昨年、友達の長崎出身の父親の姉さんが白血病で亡くなったそうな。
特殊な症例だったらしく、友達いわく「長崎の風土病みたいなもんだよ。父親もなる
かも…」

父親も姉さんも年代的に直接被曝した人らじゃないのに、原爆の影響って今もあるん
だね。
114名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:15:23 ID:qVTkbNNAO
以前、当時の連れが小倉競馬で遊んでる間に一人長崎に行き原爆資料館に入った。入った時刻はたまたま投下時刻と同じだった
その後に行った広島の資料館よりも観覧者は少なく資料館自体もこじんまりとしてたけど写真、資料、展示物の一つ一つが存在感を出していて涙が止まらなかった
広島では「お化け屋敷」と騒いでいる修学旅行中の女子中学生達がいた
別の意味で悲しくなった
ご冥福をお祈りいたします。
115大日本美桜塾 ◆HenXmdfsKc :2006/12/14(木) 01:20:55 ID:glfDeEULO
>>112
(´・ω・`)やぁ、原爆ウヨの漏れが来たお
平和公園内で保障ヨコセと馬鹿騒ぎやってるチョソを許さないお
116名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:24:39 ID:deqqC2sJO
>>106
ホロコーストは、銃殺メインだったって聞いたことあるんだけど。ガス室はほとんど使ってないっていう話。
虐待でなく処刑場面だったんじゃない?


>>94
「世紀を越えて」だっけ?「映像の世紀」だったけ?
NHKに何種類かあるよね。淡々と当時を伝える番組。
あれらは、何度見ても考えさせられるよ
117名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:25:31 ID:UbMeGQDu0
かわいそうに、被爆しなきゃ100歳は生きられたのにな。
118名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 01:49:19 ID:Wf2JewwA0
>>116
映像の世紀はyoutubeで見れるよ。
加古隆の音楽とあいまってちょっと鬱にはなるがいい番組だ。
ホロコーストは銃殺もそうだけど、劣悪な環境で
飢餓や腸チフス等の病気で死んだ人が一番多いみたいだね。
119名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 08:12:47 ID:Ma2poVP6O
>>118
殺した事には変わりない
120名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 09:33:54 ID:a5YmYBJkO
>>106
その手の映像は戦後撮られた『再現映像』って話だよね。
ソ連とかがドイツを完全な悪にするためのプロパガンダで。
これってスレチでもないよね、アメリカにとっても原爆投下を正当化する為には枢軸国側を極悪非道にすればするほどいいわけだし
121名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 09:38:39 ID:oeEiIH2vO
誰か、はだゲン貼れよ
長崎だけど
122名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 09:47:42 ID:MagCphM60
日本政府も無差別殺人と同じ原爆にアメリカに抗議しないのもおかしいけどな。
123名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 09:47:52 ID:mj2bQNQSO
>>77
「原爆について語るのはサヨクだ」というのを自分への言い訳にして
戦後の親米右翼が原爆と大々的に向き合ってこなかっただけ
左翼が共産圏の核兵器に目を瞑っていたのと全く同じ
124名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 09:55:51 ID:fwTGavXN0
124なら>>3はインポになる
125名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:00:10 ID:UgcOUqQnO
>>29にハゲド
126名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:24:49 ID:j1VBjc+NO
はだしのゲンを読んだことがないのですが、蛍の墓のような話ですか?
127名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:27:01 ID:UqySGT/l0
しわくちゃおばあちゃんになっていたな。
128名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:28:43 ID:Latvn5ExO
被爆しても長生きできるんでつね

(o^_')b
129名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:33:13 ID:1ORSQikk0
お婆さん良く助かったよな〜次男はすぐ亡くなったんだよな!本当泣けて来るね
130名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:38:15 ID:ryxnMaobO
原爆体験センター
131名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:41:16 ID:1/afKHaIO
>>124
ありがとう
132名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:42:39 ID:tSBAqxeEO
もっとアメリカを責めるべき!!
返せーみたいに!
133名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:50:44 ID:oxDJELIFO
被爆しても結構長生きするもんなんだな
なんか南京大虐殺と同様に、原爆被害者の数も随分水増ししてそう
134名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 10:52:59 ID:B1tEYc520
91って平均寿命より長いじゃん
放射能浴びて逆に長生きしたんじゃね?
135名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:05:41 ID:K9euASfgO
>>71
誰も幸せにならないなら
おきませんよ

なんで戦争がおこるかといえば
基本的には豊かになるため
そして得をする人間がいるからです


大多数の不幸とひきかえにね
136名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:06:54 ID:thpoaypj0
>>132
そこが日本人の奥ゆかしいところ。
チョンみたいに騒いでもなんの解決にもならないことをよくわかっている。
137名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:09:54 ID:pc6AbwVc0
>>134
文系脳だな。かわいそうに。
確率という概念が分からないんだ。
138名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:12:46 ID:otDk5hsZ0
長崎、広島を忘れるな!
必ず いつの日か敵を討とう!
139名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:14:39 ID:1zL93S4t0
戦後米軍は冷徹に治療の名目で被爆後の人体への放射線の影響やら
データをサンプリングしていたそうだな。流石に合理的な国だね。
140名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:14:56 ID:TJQLtitG0
>>81
東トルキスタンな。
トルクメニスタンは西トルキスタンだ。
141名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:17:54 ID:/MkNabpT0
>>62
> うむ。適度な被曝は確かに健康に良いらしいな。日本じゃあまりそういう話は
> 好まれないから出ないがラジウム温泉とかそういうものらしい

昭和30、40年代までは単純に放射能嫌悪だけでもなかったんだけどね
たとえばバスクリンみたいにお風呂に溶かす放射能入り健康入浴剤wとか
宣伝されて売られてたんだよ
あと、ラジウム入り煎餅とかあったかな

単純に戦争かっこいい!ていう映画もそのころぐらいまでは普通に作られてたし、
アメリカから輸入した番組とかも放送してたしね

むしろ、戦争を直接経験した人がいなくなった最近のほうが
放射能嫌悪、戦争嫌悪一色になったような気がするな
戦争モノの番組や映画つくるにしても、反戦メッセージをこめなきゃならない
雰囲気になってるよね
142名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:21:08 ID:yfY8HOBR0
>>134
核分裂の発見者のオットー・ハーンは
自分が90歳まで生きたせいか
放射能は必要以上に恐れることは無いなんて発言してた
ついでに共同研究者のリーゼ・マイトナーも90まで生きたはず
143名無しさん@七周年:2006/12/14(木) 11:22:22 ID:zK1vQpKS0
「長崎の鐘」では発表当時は、当然ながら原爆を落としたアメリカに対する怒りが基調にあった。
そこをGHQの検閲で徹底的に削除されている。
その果てが「安らかに眠ってください。私たちは決して過ちを繰り返しませんから」
という広島の碑の精神になる。
殺した方の責任はうやむやとされ、責任の矛先は日本に向かう、という
変態的な精神構造を植えつけられた。
144名無しさん@七周年

あかちゃんのやけどがあまりにも痛々しすぎて・・・ウワアアアアン!