【論説】 「2ちゃんねるの"さくらちゃん祭り"が無ければ、マスコミは"単なる美談"で終わらせただろう」…産経★3

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1☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★:2006/11/11(土) 09:23:38 ID:???0
★さくらちゃん祭りがなかったら…

・友人が考えあぐねていた。古い知人から久しぶりに彼女のもとへ届いたメールが、悩みの
 タネだった。
 それは重い心臓病を患い、米国での心臓移植を希望している女の子、上田さくらちゃんの
 ための募金を呼びかける内容。彼女の知人が関係者らしく、転送されてきたメールだ。
 ネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」で、この募金活動を問題視する意見が集中していた
 ときでもあった。

 募金活動はさくらちゃんの両親が9月にスタート。しかし、両親が自己負担額や、収入の高い
 NHK職員であることなどを公表せず他人からお金を募っているとして、批判を呼んでいた。
 両親はその後、情報を公開したものの、“祭り”は一向に鎮火しなかった。中には心ない中傷や
 事実誤認も見られたが、一方で議論は日本の移植医療のあり方にまで発展した。

 マスコミで働く者として、難問を突きつけられた気分だった。もしも“祭り”がなかったら、
 マスコミは単なる“美談”として、募金活動のニュースを流して終わっていただろう。
 「2ちゃんねる」が複眼的な視点を示した役割は無視できない。さまざまな問題を提起しながら、
 1カ月で募金活動は目標金額を達成して終えた。
 「2ちゃんねるには、編集がない」。管理人である西村博之さんがネット関連のシンポジウムで
 発言するのを聞いたことがある。事象を編集し、ニュースとして報道するのがマスコミならば
 「2ちゃんねる」は対極にある。

 しかし、両者は決して敵対するものではない。相手を鏡に自らの姿を確認しながら、物事を
 よりよい方向へと進めていけると信じている。今回の募金活動の問題は、その可能性を
 示してくれた。
 結局、友人は募金をしなかった。彼女の家族も大病で、入退院を繰り返している。見知らぬ
 他人の医療費を助けるほど、心に余裕はなかったというのが理由だ。
 メールを転送してきた知人の顔が浮かび悩んだが、「善意は義務ではない」という「2ちゃんねる」で
 見かけた誰かの書き込みに、少し気持ちが軽くなったという。(猪谷千香)
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/other/26733/

※前:http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1163003567/