かつて神戸でいわゆる「酒鬼薔薇」事件が起きたとき、似たような事件が三十年近く前にもあったと雑誌等が報じた。
似たようなというのは、加害者が少年であり、首を切断するという 手口を指してのことである。ところが、その後、古い
事件のことはほとんど話題に上らなくなった。
マスコミが事件を忘れても、被害者の家族は事件を忘れない。いや、正確に言うなら、忘れられないし、逃げられない。
奥野修司『心にナイフをしのばせて』は、被害者家族のその後を追ったルポルタージュである。
事件は一九六九年の春、神奈川県横浜市郊外で起きた。高校一年生の少年が惨殺され、間もなく同級生が犯人だ
と分かった。加害少年は少年院に送られ、やがて医療少年院に移された。
それから後のことは分らなかった。
殺人事件、それも壮年事件の被害者家族が、こんなにも過酷な経験をしなければならないのかと驚愕する。
母親はショックのあまり記憶を失い、その後も心身に変調をきたす。妹は感情を押し殺すようになり、親に反発し、
自分を傷つける。父親は静かに耐えようと努める。やがて家族は喫茶店を始める。
平穏で幸福な日常を取り戻したように見えるかもしれないが、事件を引きずり続けている。癒されることはない。
加害者少年は一人の命を奪っただけでなくその家族の人生をめちゃくちゃにしてしまったのだ。
本書で最も衝撃的なのは加害者少年の「その後」であろう。彼は弁護士になっていたというのだ。法的な問題もあってか、
詳しくは書かれていないが、過ちを悔いて弁護士になったのではないようだ。父親の愛人の養子になることで、名前を変え、
過去を消し、被害者家族への償いもせずに地元の名士として生きている。
かたちの上では少年法の精神にどおり見事に「更生」したことになるのかもしれない。だが今もって一言の詫びもないその
態度は、被害者家族をさらに傷つける。
被害者の家族に対し、行政は何ら手を差し伸べてこなかった。こうした悲劇を「しかたない」で済ませたくない。
(フリーライター永江朗)
日本経済新聞(9・24紙面より)
前スレッド
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1159311677/