【社会】 昭和天皇「真珠湾奇襲、東条英機の判断」「平和への道へ」…海外記者との会見文書見つかる

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269東條英機は作戦の報告は受けてない。
>>116
キーナン検事
「法廷に申し上げます。この証人はばかばかしいほどの限度まで行き過ぎております。
私は単にいつ真珠湾攻撃の意思を知ったかというその日付を聴いただけであります。
証人に対して、この質問に答えるように指示を与えていただきたいと思います」

ウェブ裁判長 「証人、もし記憶しているならば、それを知った日付を述べなさい」

東條英機 「それは一番最初にお答えしたと思うておりましたが、十二月一日の
御前会議において知りました」

キーナン検事 「私はあなたに対して長々しく退屈なことを聞くつもりはありませんが
この点だけを明確にお尋ねします。すなわち、あなたはこの御前会議
において、日本の艦隊が真珠湾を攻撃するために進行中であったと
いうことをしりましたか。しかりとか、否とか答えてください」

東條英機 「もう一遍言ってください」

ウェッブ裁判長 「この簡単な質問に答えなさい。あなたはいつ最初に真珠湾は攻撃
されることになっているということを知りましたか。
それに対して一語、もしくは二語でごく簡単に答えることができる
でしょう」

東條英機 「一日でしたか、二日でしたか、そのところは日にちがはきりしませ
んが、その辺のところです」
キーナン検事 「いつの」
東條英機 「昭和十六年十二月の」
キーナン 「私はこの証人から非常に正確なことを聴きだすことが出来なかった
ことをお詫びいたします」
(これは当人の質問が悪いのである。日本の軍事上の指揮命令系統についてまったく
勉強不足である)