【社会】 「南京大虐殺は事実」「今の日本、戦争当時と同じ」「やった人が言っていたが…」 元陸軍特務機関員、語る★10

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813名無しさん@6周年
>>1は以下のソースと合わせて読むとよく理解できると思います。
ちなみに中谷さんは終戦時24歳であり、南京事件のとき15歳の少年が従軍しているはずは無く、
そういった点からも中谷さんの話は「やった人から聞いた」ということは
整合性が取れていると思いますけどね。

「井家又一日記」(歩兵第七連隊第二中隊上等兵)

◇拾弐月拾六日

 拾弐月も中を過ぎ去ってしまった。金沢召集を受けて満三ケ月に成ってしまった。只無の世界の様である。
午前拾時から残敵掃蕩に出ける。高射砲一門を捕獲す。午後又出ける。若い奴を三百三十五名を捕えて来る。
避難民の中から敗残兵らしき奴を皆連れ来るのである。全く此の中には家族も居るであろうに。
全く此を連れ出すのに只々泣くので困る。手にすがる、体にすがる全く困った。
 新聞記者が此を記事にせんとして自動車から下りて来るのに日本の大人と想ってから十重二重にまき来る
支那人の為、流石の新聞記者もつひに逃げ去る。はしる自動車にすがり引づられて行く。
本日新聞記者に自分は支那売店に立っている時、一葉を取って行く。

 巡察に行くと夕方拾四日の月が空高く渡っている。外人家屋の中を歩きながらしみじみと眺めらされるのである。

 揚子江付近に此の敗残兵三百三十五名を連れて他の兵が射殺に行った。

(『南京戦史資料集T』P370)