【社会】 「南京大虐殺は事実」「やった人が言っていた」元陸軍特務機関員が語る ★3

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465名無しさん@6周年
>>444の続き

『東京裁判却下未提出辯護側資料』第三巻に収録された
外務省情報部長の公式声明(八月二日)と同部長談話(八月四日)。

『支那人は婦女、子供をも共に、全日本人を虐殺せんと企てた。
婦人の多くは掻きさらわれて、二十四時間虐待酷使された後、
東門の外で殺されたが、其処まで連れて行かれるには手足を縛られ、
或は鼻や喉を針金で突き通されて、曳きずられたのであった。

死骸は近くの池にぶち込まれ、或る者は強力な毒物を
ぬりつけられて、顔がずたずたになっていた』

これは、戦時国際法にたいする重大な違反であった。

外務省情報部長は事件から四日を経て、公式に支那兵の日本人虐殺・強姦・掠奪を批判したのである。
東京裁判にも、弁護側からこの公式声明が提出された。
しかし、理由の提示なきままウェッブ裁判長は却下している。
「通州虐殺」は連合国にとり、触れて欲しくない問題であったからである。
加害者としての日本を一方的に裁くのが目的であり、検事が同情を寄せる事例はすべて却下された。


2日後に駆けつけた日本軍守備隊に無事に保護されたのは日本人77人、朝鮮人58人だけであった。
殺害された日本人、朝鮮人はただ殺されたのではなくて凄惨な手口で殺害されていて、まさしく虐殺であった。

命からがらこの通州から逃れた同盟通信記者はこう証言している。宿舎のホテルに乱入して来た保安隊の
中国人兵士によって日本人は縛り上げられ、「決して危害は加えないから安心してついて来い」と
引き立てられていった財政庁には同様にして連れて来られた100人ほどの日本人、朝鮮人がいた。
すると突然、保安隊は100人の民間人へ無差別射撃を行い、次々に倒されていった。
記者は運よく弾が当たらなかったので、城壁をよじのぼってそこから川へ飛び込み、通州脱出に成功したのだった。

これから記述されている文章は流石に貼る気がないので、グロに平気な奴はソース>>444読んでくれ。