【靖国】 「遊就館を見る限り、兵隊は喜び勇んで戦地に行ったとしか…」 ゲンダイ記者、体験談★3
941 :
名無しさん@6周年:2006/02/06(月) 23:02:41 ID:ycTg6GHu0
>>244 > 現代の記者は日本の神道文化を丸っきり理解してない池沼のようだな。
> 靖国神社は浮かばれない死に方をした魂をともらう怨霊調伏施設であるという
> 宗教的側面を全く理解してない。
神道文化って...日本古来の神道をたくみに政治に利用した新興宗教だよ。
もういい加減天皇家の政治利用をやめて京都に帰してあげて欲しい。
>>272 > それから、神として祀る行為は『戦死者の慰霊』であり
あんなもん慰霊でもなんでもないよ。 慰霊してもらうかどうかは今も全部国が決めてる。
合祀判定基準は『国に役に立つ死に方をしたかどうか』。 無駄死にした奴は英霊ではない。
こんな施設、マジで死者の魂を冒涜していると思わんか?
942 :
名無しさん@6周年:2006/02/06(月) 23:19:30 ID:ycTg6GHu0
>>654 > 別にゲリラを殺しただけで、無害な民間人には手をだしていませんが(・_・ )
> 攻撃してきた奴だけだよ。殺したのは(・_・)
>>676 > ガタガタ言ってないで、証拠を出してくれよ。
> 市民への殺戮ってどこ師団のどこの部隊がやったのか。
> 軍機違反で裁判になるが、その裁判記録は残っているのか?
>
> お前は軍隊ってのを理解してないね。命令がなきゃ、何も
> しないのが軍隊だよ。
つ
http://www.geocities.jp/yuumiyamagami/covernakatani.htm 元中支派遣陸軍特務機関員 中谷 孝 84歳
今なおご健在の方でおられる。 とりあえず全ページ読んでね♪
第1話『南京には野犬の大群が』には、南京攻略にまつわる話が載ってる。
『 また、私は、南京攻略戦の渦中にいた兵士達とも話す機会が多かった。
城壁に囲まれた大都会の逃げ道をすべてふさいだため、戦闘を終えた時点で
各部隊は自分たちの何十倍もの捕虜を抱え込んで大混乱に陥り、処置に困って虐殺に及んだようである。
揚子江岸下関(シャークヮン)方面より突入した第16師団長中嶋中将の日記によれば、
「……始末に堪えず、捕虜にはせぬ方針なり」
と書かれている。捕虜にはせず逃がしもしない……。
民間人と兵隊の区別がつかず、捕えた数の多さに恐怖を募らせて住民を含む多数の中国人を殺戮したのだ。
100人あまりの部隊が1万人近い捕虜を任されて、捕虜に対する恐怖心のあまり川岸の潅木林に連れ出して囲み、
全員焼き殺したと言う事例も、実行した兵士から聞いた。
』
第10話『東洋鬼になりきった男』もヲタにはたまらんかもねw
943 :
名無しさん@6周年:2006/02/06(月) 23:27:48 ID:ycTg6GHu0
http://www.geocities.jp/yuumiyamagami/hanron.htm その一つは、昭和16年春の、第3次寿県城攻略戦での捕虜虐殺である。敵は勇猛で知られる広西省の
山岳民族からなる部隊で、激しい抵抗を受けた。早暁から午後までかかってようやく城内に突入。
大半の敵は乾季の川を渡って逃げたが、最後まで城壁の上から反撃していた勇敢な部隊が逃げ遅れた。
彼らはキリスト教会の病院に逃げ込み軍服を捨てて住民にまぎれた。アメリカ人宣教師は彼らをかくまったが、
言葉のなまりがあまりにも違うので、日本軍は住民の中から敵兵13名を引きずり出した。
2日後の夕刻、「これから埠頭で捕虜を斬りますから、見に来ませんか」と、部隊の者に呼ばれた。
見に行くと、13人が埠頭に座らせられていた。そのうち3人は、軍刀で首を刎ねられ、
10人は銃剣で突かれ川に落とされた。
...
先日、卒寿を過ぎてなお元気な戦友を久しぶりに訪ねた。杉山照次さんは、シナ事変開戦直後に宣撫班員
となった人で、その後改編された特務機関に敗戦まで勤めたベテラン機関員である。
あらためて南京戦の話を聴いた。昭和13年3月、彼は宣撫班長西田祥実大佐指揮の下、占領後3ヶ月の
南京の下関(シャークワン)埠頭から、揚子江対岸の浦口(プーカオ)に向かった。
小型フェリーはおびただしい死体が浮かぶ中を掻き分けて進んだそうである。
この話には思い当たることがある。特務機関の同僚だった戦友、菅野孝禅さんが兵隊だったとき、
南京戦で揚子江に突き出した潅木林に1万人近い捕虜を集め周りから火をかけて焼き殺したと言う。
火から逃れる道は河しかない。多くの人が12月の河に飛び込んだ。
3月と言えば厳寒期に沈んだ遺体がゆっくり浮き上がる頃ではないだろうか?
二つの証言は一致するように思えてならない。
日本軍が捕虜を丁重に扱っていたのは第1次世界大戦までだった。
シナ事変からは武士道精神までが失われ、捕虜虐殺は日常化していた。
944 :
残された妻の遺言:2006/02/06(月) 23:52:50 ID:uRXlwuvV0
天国のあなたへ 柳原タケ
娘を背に日の丸の小旗をふって、あなたを見送ってから、もう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんのつかの間でした。
三二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは、今どうしていますか。
私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三二歳の青年、私は傘寿を迎える年です。
おそばに行った時、おまえはどこの人だ、なんて言わないでね。
よく来たと言って、あの頃のように寄り添って座らせて下さいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと、孫のこと、また、すぎし日のあれこれを話し、思いっきり甘えてみたい。
あなたは優しく、そうかそうかとうなづきながら、慰め、よくがんばったねとほめて下さいね。
そして、そちらの「きみまち坂」につれて行ってもらいたい。
春、あでやかな桜花
夏、なまめかしい新緑
秋、ようえんなもみじ
冬、清らかな雪模様
など四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。
私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ、愛情を支えにして生きて参りました。
もう一度あなたの腕に抱かれ、ねむりたいものです。
力いっぱい抱きしめて絶対にはなさないで下さいね。
Web版「正論」 遊就館の見学記録より
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2003/0308/message1.html
945 :
残された妻の遺言:2006/02/06(月) 23:57:48 ID:uRXlwuvV0
戦死した夫は三十二歳のままで柳原タケさんの心の中に生き続けています。
傘寿(さんじゅ)とありますから、この天国への書簡はタケさんが八十歳のときに
書いたものであることがわかります。おそらくタケさん自身もずっと新婚当時の
気持ちのままで夫と対話してきたのでしょう。
それにしても、なんとも瑞々しい文章です。愛情の継続性に驚嘆します。
同時に、つかの間の新婚生活しか過ごせなかった時代に巡り合わせてしまった
不遇にことばもありません。この一文をメモ帳に書き留めていましたら、
三人連れの中年女性が立ち止まりました。彼女たちは読み終えたあと、嗚咽し
ながらその場を離れていきました。
「正論」編集長 大島信三
「正論」平成15年8月号
Web版「正論」 遊就館の見学記録より
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2003/0308/message1.html
946 :
名無しさん@6周年:2006/02/06(月) 23:58:41 ID:ycTg6GHu0
見事なカイゼル髭を蓄えて、ふんぞり返っているKという中尉が、
合肥の警備隊にいた。四十代の中隊長だ。
戦争は狂気を生むと言うが、彼ほど狂暴な男も珍しかった。
警備隊長は二十代の陸士出の大尉で実戦経験も実権もなく、その下に
中隊長が二人。
ここで総ての実権を握っていたのがカイゼル髭のK中隊長だった。
彼はシェパードを2頭狂暴に訓練し、特製の手錠と足カセを用意して、
意に染まない住民を庭に転がし、兵士達の前で犬どもに噛み殺させるのを
一番の楽しみとしていた。
彼は地元のならず者を手下に使い、いけにえを選ばせていた。
ならず者は「俺の言う事をきかないと、犬に噛み殺させてやるからな」と
脅しては、住民から金を巻き上げていた。
http://www.geocities.jp/yuumiyamagami/nakatani10.htm
947 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:03:28 ID:mWz54KRp0
そろそろおまえらも戦争したいだろ?
さ、人間魚雷か海中竹槍志願しな
靖国でながきにに渡って称えられるぞ
948 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:06:22 ID:VN2SY/Tq0
遊就館をどう見てきたんだよこの記者・・・
950 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:10:11 ID:aeTsoat60
なんか、あなたの書き込みの背後に朝鮮語の平壌放送が聞こえてきます。
> ID:ycTg6GHu0
951 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:10:57 ID:oJDxpRlI0
なんにせよ、歴史を現代の価値観で、あーだのこーだの言うのは、
後だしジャンケンと変わらんってこった。
952 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:12:17 ID:j+1NHPJ80
戦場に兵隊として送られる香具師は、負け組。
戦場に兵隊を送り込む香具師は、勝ち組。
戦場に兵隊を送り込む香具師は、戦争でさらに金を儲けて勝ち組になる。
戦場に兵隊として送られる香具師は、勝ち組のために命を捨ててくれる便利な人間。
負け組は殺されたら靖国に祀ってやるから、せっせと殺されてください。
いくらでも負け組の補充はありますので。
953 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:14:19 ID:aeTsoat60
>>941 >合祀判定基準は『国に役に立つ死に方をしたかどうか』。 無駄死にした奴は英霊ではない。
あなた、靖国神社に行った事ないでしょ?
遺族となられた残された妻や子と、尊くも先の大戦で戦死なされた方の両方の書簡
が靖国神社には飾られています。また、女性の方も英霊として数多く祀られています。
954 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:15:18 ID:ONJRIEbw0
>>942 結局、証言か。
期待しても、いっつも証言ばっかり。
誰か否定派みたいに数字的にぴたり合うようなブツもってきてよ
955 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:16:12 ID:9tBYE2ae0
>>950 どう見ても熱湯の鏡のようなレスです。
本当にありがとうございました。
>>953 まだ戦没者全てが合祀されていない事も知らない奴が出て来たぞ。
空襲で死んだ人間はどうなるのかな…
国家のためにがんばっていたと思うんだが。
軍人だけが戦争してたわけじゃないし…
957 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:19:24 ID:aeTsoat60
靖国神社は武士(もののふ)の社(やしろ)、旧軍人の社というイメージが世間一般には
定着している。そのせいかもしれないが、靖国に五万七千余柱という地方都市の人口に
匹敵する女性祭神が祀(まつ)られていることは、案外知られていない。
靖国の祭神の総計は二百四十六万六千余柱。女性祭神が占める割合は二%強に
すぎないが、五万七千余人の女性を神々とする宗派は世界のどこにも存在しない。
古来、日本では女性が最高神(天照大神)であったように、そもそもからわが民族は
女性神を粗末にしてはいけないのである。
明治二年(一八六九年)十一月二十八日、靖国で第一回合祀祭(ごうしさい)が執り行わ
れた際、一人の女性が祀られている。羽後国(秋田県)秋田郡扇田村の山城美與(やま
しろみよ)という秋田藩士の妻である。美與は明治元年(一八六八年)八月二十日、
戊辰東北戦争で官軍側についた夫と共に食糧や弾薬の運搬を手助けしていたときに、
流れ弾にあたって死亡したという。
明治新政府は、なぜ秋田の一主婦を当時は東京招魂社といわれていた靖国の女性祭神
第一号にしたのか。これは推測するしかないが、秋田藩が奥羽越列藩同盟を離脱して
官軍についたことと関係がありそうだ。秋田の寝返りは戊辰東北戦争に大きな影響を
与えた。ちなみに会津藩は山城美與の死から一か月後の九月二十二日に降伏している。
官軍は秋田藩の功績に報いるために山城美與の合祀を決めたのかもしれない。真偽の
ほどはともかく、東京招魂社以来、靖国が帯びる政治性はDNAのごとく宿命的であり、
それは現在においても脱しきれていない。
メインのなる話は先の大戦で国に殉じた女性祭神の方々です。
そんなわけで靖国神社の遊就館には何度も通いました。遊就館には戦没者の遺稿、
遺影、遺品が数多く展示されています。それぞれにドラマが秘められているはずです。
一点一点、丹念に見ていったら、とても一日や二日では足りません
Web版「正論」 遊就館の見学記録より
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2003/0308/message1.html
958 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:20:58 ID:u9l9IrZY0
ID:ZOWFK0ob0君はまだいるかね?
昨日逃げたとか言われたから、一日中書き込んでた暇な君に一応ちょっとだけ返事してやる
「南京虐殺はあった」なんて断定してるあんたに一体客観性がどこにあるってんだ?
俺だって「南京虐殺はなかった」なんて一言も言ってないというのに
しかもさんざん専門家がどうのとか言ってたくせに、証拠は?と聞くと華麗なスルーのお粗末さ
俺が言いたいのは、愛国心をなくし、中韓どもに足元見られるような教育、政策はやめろっつってんだよ
あんたの理論は所詮日本は悪と決め付けた上での理論じゃないか
確かに歴史というのは見方は色々あるし、君みたいな見方もまた一つの見方ではあるかもしれんが、
せめてそれが偏った考えという自覚ぐらいは持ってほしいもんだ
それとも俺が在日か?って挑発しても、リアクションがなかったところを見ると、図星なのか?
959 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:23:23 ID:j+1NHPJ80
大儀のために死ぬことは美しいことです。
家族のため、兄弟のため、子のため、親のため、妻のため、親戚のため、近所の人々のため、地域の人々のため、国のため、アジアのため、
世界のため、地球のため、宇宙のため、etc、etc。
それらに比べれば、あなたの命なんてゴミのようなものです。
しかし、大儀のために死ねば、あなたのゴミのような命も靖国に祀られて神になれるのです。
こんなにすばらしいことは他にはありません。
さあ、あなたの命を大儀のために捧げましょう。
960 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:26:09 ID:aeTsoat60
>>955 >まだ戦没者全てが合祀されていない事も知らない奴が出て来たぞ。
ソースを提示して言われたし。
戦没者の二百四十六万六千余柱の中に含まれていない方とは、敵前逃亡とか
外国のスパイとして処刑された方、軍属、現在外国になった地域を含めておられるのか。
しかし、この議論は間違っている。
軍属・女性の看護婦・朝鮮や台湾の軍人や勤労学生まで戦地で戦死なされた数は
含まれている。ただし、本土で学徒動員とかの工場勤務のケースでは、任意だが。
961 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:30:45 ID:ONJRIEbw0
合祀しただの、されてないだの、どーでもいいじゃん。
少なくともサヨクは、絶対どうでもいいと思ってる。ただの論争の具だからなぁ。
靖国は、言葉にすれば無粋になる。
遊就館の遺書を読めとしか言えん。
962 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:31:45 ID:aeTsoat60
>>959 >大儀のために死ぬことは美しいことです。
(中略)
>それらに比べれば、あなたの命なんてゴミのようなものです。
こういう言い方、あなた方の祖国では当たり前の見解なのでしょうか?
さすが共産党一党独裁、党に忠誠を誓う国家です。
戦前の日本でも、さすがにこんな言い方は誰もされていません。
特攻隊を指揮された大本営の大西閣下はじめ参謀の方々は、責任を感じ自害された。
そうしたことも知らない方がまだいたとは。
963 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:33:25 ID:1sy7JNyI0
>ナマの兵器を初めて見る記者は、圧倒されるばかりだ。
よく覚えておけ小僧 「戦争は知らない奴がおっぱじめる」
964 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:37:11 ID:j+1NHPJ80
兵隊の補充はいくらでもできます。
しかし、武器の補充には時間とお金がかかります。
兵隊はいくら殺されてもかまいませんから、武器を守りなさい。
天皇陛下から授かった尊い武器です。
命を賭けて守りなさい。そして、あなたの後に続く兵隊に武器を受け渡しなさい。
965 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:39:16 ID:ONJRIEbw0
>>959 割といい文章じゃない。
ゴミが書いたにしては。
966 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:40:01 ID:j+1NHPJ80
天皇陛下のご真影を命を賭けて守りなさい。
もし、火事になるようなことがあったら、ご真影をあなたの命を賭けて守りなさい。
万が一、ご真影を焼失するようなことがあったら、責任をとって、自ら命を絶ちなさい。
それが、正しい忠誠のありかたです。
967 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:42:10 ID:mh52N0iP0
将軍様のこと?
968 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:42:44 ID:aeTsoat60
素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、また
お風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、
お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。私の写真帳も、お前の
為に家に残してあります。
素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人
になるやうにと思ってお父様が考へたのです。 私はお前が大きくなって、立派な
花嫁さんになって、仕合せになったのをみとど
けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても決して悲しんで
はなりません。お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。
そして心に深く念ずれぱ、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。
父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の
人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っている様な気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって
下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて
生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思って
はなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。
優しくて人に可愛がられる人になって下さい。お前が大きくなって私の事を考へ
始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。
昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ
追伸、素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機に
お守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。
素子が知らずにいると困りますから教へて上げます。
植村眞久 命 遺書 靖国神社「遊就館」
969 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:43:21 ID:u9l9IrZY0
それにしてもこういうスレを出入りするたびに思うんだが
やっぱりホロン部って実在するのかねえ?
ID:j+1NHPJ80とかやっぱり基地外じみてるよなあ
タイガーバームガーデンみたいなもんだ。
ネタ・アミューズメントとして楽しめばよかろ。
971 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:46:53 ID:j+1NHPJ80
天皇陛下、万歳。
972 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:47:55 ID:aeTsoat60
>>964 >>966 それ、北朝鮮の金色のバッジですか?
日本ではそういう風習よりも、戦前から家族の和を尊ぶのです。
ご真影なんて単なる象徴ですし、それよりもあなたご自身、お命を大切に。
人の命と家族の和は、日本では他に変えることが出来ないほど貴いものです。
ですから、わたたしちは尊い戦死者の御霊を神として、畏れ多くも祀るのです。
973 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:49:06 ID:j+1NHPJ80
天皇陛下、万歳。
全てドウデモイイけど
中国人や朝鮮人になんとなく憎しみを持つので
日本国に関わらないで欲しい。
975 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:49:19 ID:u9l9IrZY0
>>970 ふむ、なるほどねえ大人の見方だ
それにこういうところで議論してると、実生活でこういう話題になると
大抵論破できるぐらいの知識ついてっから、まあ便利だわな
976 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:53:17 ID:j+1NHPJ80
回天で敵艦に体当たりしたい者はいないか?
志願を募るぞ。
そうか、君の部隊は全員が志願するのか。
さすが、日本男児だ。
それでこそ、天皇陛下の子だ。
977 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:55:45 ID:j+1NHPJ80
ゼロ式艦上攻撃機で特別攻撃隊を編成することになった。
志願を募るぞ。
そうか、君の部隊は全員が志願するのか。
さすが、君の部隊の結束は固いな。
よし、みんな天皇陛下のために、命を捧げような。
978 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:57:21 ID:j+1NHPJ80
天皇陛下、万歳。
979 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 00:58:10 ID:aeTsoat60
> ID:j+1NHPJ80
こいつ、日本語通じないみたいだから放置しとこう。
無我…(・_・)というやつが、凄い馬鹿であることが分かった。
天皇陛下をダシにして陛下の赤子たる臣民を使い捨てにした陸海軍首脳部は国賊だな。
982 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 00:59:52 ID:j+1NHPJ80
983 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 01:01:54 ID:m45VGdDP0
遺書とか読んでいないんだな・・・・
まぁ、所詮ゲンダイダシナー
984 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 01:05:58 ID:aeTsoat60
>>981 それは皇国史観の中でも言われていた。
だが、鎮魂の場である靖国神社では陸海軍首脳部も、平民出身の名もなき一兵卒も、
同じ「御霊」として身分上下の差別なく対等に祀られている。
かつての上司も首脳部も、靖国の御霊の中では対等の対場なのが神道の基本だよ。
985 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 01:06:51 ID:j+1NHPJ80
未だに戦場となった彼の地には、日本兵の死屍累々がそのままで放置されている。
木箱のなかに石ころ一つという無言の帰国も珍しくなかった。
それを放置して何が英霊を敬えが言えた義理か?
986 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 01:08:17 ID:j+1NHPJ80
天皇陛下、万歳。
987 :
名無しさん@6周年:2006/02/07(火) 01:09:15 ID:mh52N0iP0
彼の地ってどこ?
具体的に。
>>984 そういう問題じゃねーよ。
そもそもなんで臣民が英霊にならざるを得なかったかを考えてみようよ。
統帥権を悪用して政治を壟断した奴等が原因。
靖国に祭るとかとは別次元の問題。
こういうことを直視しないとまた同じ間違いを起こす。
989 :
残された妻の遺言:2006/02/07(火) 01:10:32 ID:aeTsoat60
>>985 海逝かば、波打つ屍 山逝かば、草生す屍…
もとより先の大戦では、遺骨収拾が不可能なのは先人(英霊)もご存知かと思う。
だからこそ靖国の桜の下で、蛍となっても集うことを誓ったのではないか。(涙…
>>989 そりゃやけくそと一般的には言うと思うぞ。
WW2における日本兵の損害。その半分あまりは補給の途絶が原因といわれている。
補給を軽視した帝国陸海軍首脳部の罪は重い。