【60年目の証言】小さな子、川に投げ込んだ方が幸せ〜満蒙開拓悲惨な逃避行
「おかあちゃーん、おかあちゃーん」。5歳のめいと3歳のおいが泣き叫びながら、川に
流されていく――。その様子を、相沢千代子さん(78)は思い出すたびに、涙があふれ
てしまう。1945年8月、中国東北部の大河・牡丹江。当時18歳だった相沢さんを含
む満蒙開拓団の一行は、旧ソ連軍の侵攻に伴う逃避行を続ける中、足手まといとなった幼
い子供たちを川に流してしまった。「どうしてあんなことになったのか」――。相沢さんは、
飯田・下伊那地方で今年5月、開拓団経験者たちが設立した「満蒙開拓語り部の会」に参加。
若い世代に戦争の悲惨さを知ってもらおうと、自身の体験を語る活動を始めている。
27年、現在の阿南町に生まれた。9歳の時に父を亡くし、家は貧しかった。国策で、
満州(現中国東北部)に移住すれば、広大な土地で農業を営んで豊かに暮らせる、と
言われた時代。2人の兄が母を説得、40年、一家4人で現在の黒竜江省に入植した。
「子供だし、何もわからん。汽車や船に乗るのがうれしくてしかたなかった」
山々に囲まれた県内では想像出来ない広い畑をもらい、生活が楽になった。同じ年ごろ
の友達もできるなど、平和な日々だった。ところが、敗戦の数日前、開拓団は突然、
荷物も持たず、着のみ着のまま徒歩で逃げるよう指示された。旧ソ連軍の侵攻など、
知らない人がほとんどだった。「なぜ、どこに行くのかわからんかった。ただ、
『出ていけ』と言われた」。一家は、兄2人が徴兵され、母と次兄の妻、おい、めい
2人、相沢さん。女と子供計6人だった。一行は食料が無く、他人の畑からジャガイモ
やトウモロコシを盗んで、飢えをしのいだ。雨にたたられ、お年寄りや子供は動けな
くなり、足手まといになっていた。相沢さんが背負っていた1歳のめいも、いつの間
にか息絶えていた。「小さな子は、このまま苦しむより、川に投げ込んだ方が幸せだ」
――。そんな声が出るようになった。雨で増水した牡丹江に、お年寄りは自ら入り、
幼い子供は次々と投げ込まれた。まだ生きていた相沢さんのめいとおいも流された。
「かわいそうだったが、あの時は、子供たちのためにも、そうするしかなかった。運が
悪かった……」
ソースは
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/news001.htm
2ゲット一筋30年
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4 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 10:52:54 ID:9jS2ydhb0
中国の許可は得たんですか? 得てないでしょ。
5 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 10:59:07 ID:1ooIJIec0
官僚の利益追求体質と無責任さは最近始まったことではない。1939年日本陸軍はノモンハンでソ連軍
と戦い、多数の兵隊が死亡し、完敗しました。日本陸軍の機械化の遅れだけでなく、作戦の失敗も完敗
の原因でした。ところが、この作戦に責任のあった参謀はほんの少し左遷されただけで、参謀辻政信
などは何らの処分も受けていない。さらに恐ろしいことには、日本陸軍はこの完敗を何の教訓にもしな
かったのだ。 そして、太平洋戦争に突入した。終戦時の状況を体験者から伝聞すると、悲惨は筆舌に
尽くしがたい。このような状況においてさえも官僚は恵まれた生活を送ることができ、戦後には再び実権
の座に就いてしまった。
6 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:00:14 ID:6qpmatOT0
>>1 嘘の情報を教えられた被害者だね。
朝日や日経やその他の情報に乗せられて中国でビジネスしている人達の安全を祈るよ。
7 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:00:26 ID:67WOKLja0
>かわいそうだったが、あの時は、子供たちのためにも、そうするしかなかった。運が悪かった……
子供を殺して自分が生き残る道を選んだだけだろ。
何が子供たちのためだ!
親だったら自分が死のうが子供を守れ!
お前の話を聞いた連中が我が身可愛さに子供を殺しても、お前にはそれを責める資格はないぞ。
ただの殺人だろ。
9 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:03:51 ID:5ZhLDDM70
やはり核武装しかない。こういう結論だよなw
核さえあれば、アメリカとは停戦、ロシアには反撃して殲滅もできた。
11 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:06:00 ID:ReDZ/tXGO
集団自決の方が、まだ納得できる。
まぁ、その場に私も居たら、どう行動したか分からないけど。
もう潜水艇助けなくていいじゃん。
13 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:07:28 ID:cE4YpacIO
原爆落としたポール・ティベッツと似たような理論だと思った。『これでよかったんだ』と思い込まなければ、戦後60年は生き延びられなかったと思う。
戦争は兵士だけじゃなく、庶民の命に対する感覚も狂わせる。
14 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:09:46 ID:pB1JEVd00
日本に帰る途中で中国の土となったのは10万人だっけか。
見つかりそうになり泣く乳飲み子を自分の手で殺した母親もいたみたいだし
ホント悲惨すぎ。
官僚と軍人が将来を見渡す目のない無能だった
ということだな。
天皇のためと信じ戦った人々の末路は悲惨だった。
16 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:10:38 ID:JIORV1mq0
同盟国だと信じてたのに
ロシア滅びろクソが
17 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:11:05 ID:n5W9hYZe0
軍は危険だから逃げろ、脱出するから駅に集まれと指示を出したが、
「大丈夫なんとかなるさー」「財産置いて帰れるかー」と
ほとんど集まらなかったんだよねー。
>>6 暑さで頭やられたか?支那嫌いは解らんでもないがな・・・・
残留孤児を見ても無責任すぎる。
満州だなんて国にガキ連れて行くなよ
20 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:14:22 ID:fQsc3+hQ0
ギリギリの状況にならないと人間の本質ってわからないな
優しい母も生き残るためには子供より自分を優先するってこった
どんどん生きる力が欠如していく日本。
今に当てはめたらご老体や子供だけではあるまい。
24 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:16:52 ID:2hP28rzC0
日本への引き上げの際、中国人の仕打ちは惨かったらしいからな。
かわいそう。
25 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:17:41 ID:ReDZ/tXGO
子供はまた産めばいいって考えがどっかにあるのかな?
26 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:17:59 ID:LcQjGqAs0
2002/09・05 週刊文春 P172 ”読者からのメッセージ”より
「外地での悲惨な経験」
八月十五・二十二日号「五木寛之 ソ連兵の暴虐と家族の非業の死」を読ませて
頂きました。五木氏の体験と同じではありませんが、終戦当時私は八歳。連夜訪れ
るソ連兵に訳の分からぬまま外へ逃げ出し畑に隠れていました。
若い女性を1ヶ所に集めて、朝鮮兵が暴行を加えた。そんな事もありました。被害
にあわれた人達の気持ちを思うと、語ってはいけないことだと思います。このような
出来事を知る人が少ないのはこの所業(せい)でしょう。 (以下略
27 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:19:11 ID:lKroW09r0
>>12 そのとおりだ。
救助船を動かすにも費用がかかる。
日本国民の血税を使ってロ助を助けに行くこともなかろうに。
とはいえ、もうかれこれ24時間は経った。
そうとう酸素が薄くなっていることだろう。
こういうばやい、
次第に意識が薄れていくのだろうか?
それとも、悶絶するのだろうか?
彼らも200mの海底で鉄の棺桶内で人生が終わるとは思いもしなかっただろう。
恨むなら国を恨むことだ。
合掌
オーチン・ハラショ
28 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:19:16 ID:2hP28rzC0
引き上げの際、日本の港には産婦人科が準備されていた。
意味分るよね。産婦人科。
今日は暑いからな・・・
30 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:20:49 ID:nUocaN800
つまり戦争するなら負けちゃいけないということです。
31 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:21:25 ID:V08fx8SE0
>>25 シナ人やロシア人に惨殺されるよりはって思ったのかもしれぬ
ロシアは58メガトンの核実験をしたことがあるよ。
33 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:22:00 ID:2+oby/YW0
その状況下で自分は子供の命を優先出来るかというと、それは判らない。
なのでこの婆さんの行動を責めることは出来ないと思う。
しかし、「子供たちのためにも、そうするしかなかった」 言い訳すんじゃねーよ。
そこは一生罪の意識に苛まれて然るべき処だ。
34 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:22:27 ID:ReDZ/tXGO
35 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:22:36 ID:uG4Pqb1b0
しかし次に戦争したらまた負けるね。
敵国の工作員がこれほど幅を利かせているのだから
37 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:24:13 ID:qzbSCqnw0
>>32 設計では100メガトン仕様だったとか。
倫理的にはともかく、技術的興味というか怖いもの見たさで100メガトン級の
核実験を一度見てみたいものだ。
38 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:24:13 ID:M+/0Y+ev0
日本人に対しこういうことやった中国やロシアは全く非難されないな
昔に五木寛之のエッセーを読んだことがある。
彼は団体で逃げる途中にある女性が小さな子供(赤ちゃん?)を
連れていた。泣いてむすがるのでちょっと列を離れて
子供なしで戻ってきた。泣き声で見つかってはとの思いから・・・
五木寛之はその光景が頭から離れずに子供を作れないって
書いてあった。
41 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:26:32 ID:V0o62VDV0
>>30 特にスラブ系相手には絶対に負けるなってことだ。
42 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:28:40 ID:y+xXfPfd0
何故産婦人科?
>>40 個人的には何故中国とロシアが戦勝国側にいるのか激しく謎ではあるがw
44 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:29:10 ID:Yd/NJSJu0
「流れる星は生きている」
>「かわいそうだったが、あの時は、子供たちのためにも、そうするしかなかった。運が悪かった……」
借金垂れ流しで問題先送り、都合の悪いことは何でもかんでも、
増税反対・改革反対!って叫ぶ、今の日本国民みたいですね。
食べるのにも困ってるようなような人なんて、ほんの一部だろうに、、、
でもぉ「米百票」とか逝っちゃってる政治を支持する人が多いわけだから
今の日本国民は、
>>1の人など比較にならないほど悲惨なわけですよね。
46 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:29:33 ID:ReDZ/tXGO
>>43 単に日本とドイツが負けたってだけでいるのかねぇ
48 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:31:24 ID:Zaiu4ErC0
人殺し!
自分だけ生き残って!
露助につかまれよかったのに
50 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:31:39 ID:lxL8QPkO0
>>43 あと挑戦人もそうだなw
理解に苦しむが、理屈が通用しないのだからしょうがない・・・ORZ
51 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:31:42 ID:nu2Npt0P0
つまり、この時代からも
「中国と関わっては、イケナイ」
と、いうことです。
こうやって考えると7人全員連れて
帰ってきた曾祖父は根性あるな・・・。
53 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:32:54 ID:3hEN/tyC0
54 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:33:36 ID:0XSo96qM0
日本は満州にダムをつくり灌漑工事をほどこし大規模な農地造成をつづけていました。
新しい耕地を
かなりつくりだしているのですが、移民が十分得られないのでこれが
遊んでいるという非難が当時でておりました。よく中国人の土地を
奪ったという話になるのですが、これは事実ということはできません。
初期の頃、行われた買収工作は確かに圧力を伴うもので、しかも
時価よりも大幅に安く、対等な
関係での取引ではなかったのです。しかしもともとこれらの土地は
満州族のものであり、勝手に中国政府(漢族政府)がただ同然の
価格で、払い下げたものです。地価は日本が治安を安定
させてから急激にのびたといわれています。これらの事情を
考えてみれば、これらの買収を土地の強奪であるとすることには
疑問を感じます。
灌漑事業は中国人農民にも多大な利益を与えております。
55 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:34:38 ID:ReDZ/tXGO
56 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:35:07 ID:F248xdRo0
ソ連・満州と言えば、今、NHKでNスペの再放送やってて、黒柳徹子が出てたんだけど、
彼女の父親もシベリアに連行され強制労働させられてたらしい。
かつて俳優の宝田明が徹子の部屋にがゲストに来てて、
母が子供だった自分らの前でソ連兵に強姦されたこと、優しかった姉が大陸に取り残されてしまって、
やっと戻ってこれた時、笑顔の一つも見せなかったというつらい記憶を黒柳に語ってたことが
思い出される。今にして思えばその時黒柳も大いに感じるところがあったはずだ。
他にも五木寛之がソ連兵のレイプについて徹子の部屋で語っている。
>>52 曾祖父さんは凄いとは思うが
やっぱ男手があるのとないのとじゃ
大違いだろうな
58 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:38:24 ID:ExKvcclM0
60年前には人権という概念がなかったのだから
しょうがない。
子供を10人生んで1人2人は死んで当然の時代だった。
子供はまた生めば良い。そう考えたとしても、今の時代
の感覚で裁くことはできないよ。
今の日本と戦時中の日本は全く別の国みたいなものだ。
ウチのじいちゃんの満州引き上げ時のエピソード。
誰か:「食えそうな山菜らしき物発見」
誰か:「毒があるんじゃないのか?」
爺様:(おお!アレ食える奴じゃん!!)
誰か:「んー誰かが食ってみ・・・いや、やめとこう・・・」
爺様:「じゃあみんなのためにとりあえず俺が食ってみる!調子崩したら追いてってくれ!」
誰か:「おお、なんと勇気のある・・・」
ムシャムシャ・・・・ムシャムシャ・・・・ムシャムシャ・・・・ムシャムシャ・・・・
(小一時間後そこら一帯に生えてたその山菜を全部食い尽くしたあげくに)
爺様:「うん!どうやら毒はないようだ」
こうしてお爺ちゃんは日本に帰ってきたそうです。
61 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:38:59 ID:iKfooVjv0
弱いものに強い"二鬼子"
>59のじいさんGJ
63 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:40:26 ID:mMjwZHoo0
今もあの時と同じ歴史を繰り返してるんだよな
企業の中国進出などほざいてる奴らは
過去の反省を全くしてねえなと思う。
64 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:41:42 ID:1ooIJIec0
>>45 >今の日本国民は、
>>1の人など比較にならないほど悲惨なわけですよね。
なんだか特殊団体の文言みたい。
いまカキコしていて悲惨なわけ?
うちの義理父も十代のときに下は8歳の妹まで兄弟姉妹4人だけで
満州から帰ってきた。父母は向こうで死に、子供たちだけで。
そういう時は本当に子供も親もないんだって。
「自分だけが助かりたい」それに尽きるんだって。orz
実体験した人の言葉には説得力がある。
66 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:42:10 ID:ReDZ/tXGO
>>57 男手があっても、子供が泣くのは止められない。
泣けば敵に見つかる。
相手も丸腰ならまだ戦えるかもだけど、まず飛び道具でやられる。
>>54 その土地が以前どうだったか、その後どうなったなんて関係ない。
不当性は「行われた買収工作は確かに圧力を伴うもので、」という
だけで証明されている。
他人のものを盗んだって事。日本人ならあってはならないことだ。
68 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:43:08 ID:VjfI0aKbO
まぁ責められんわな。追い詰められて冷静な判断力失ってた
ってのもあるし子どもはいないが自分の親が川に入っていったらと
考えるとやりきれん。
戦争になったら犠牲になるのはまず弱い方からだ。
戦争になんかならんほうがいいに決まってる。だが譲れない
部分もある。その兼ね合いがむつかしいんだが相手がキチガイじゃ
どうしようもないんだよな。
結論:共産圏とくに中国とはかかわらない
単なる子殺しババア
70 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:43:23 ID:/m0INlts0
>>42 なぜ軍の駐屯地に売春宿があるのかよく考えろ。
>「小さな子は、このまま苦しむより、川に投げ込んだ方が幸せだ」――。
>そんな声が出るようになった。雨で増水した牡丹江に、
>お年寄りは自ら入り、幼い子供は次々と投げ込まれた。
>まだ生きていた相沢さんのめいとおいも流された。
>「かわいそうだったが、あの時は、子供たちのためにも、そうするしかなかった。運が 悪かった……」
背負うのが重くなったからじゃないのか?
自ら入水した御年寄はともかく、子供達がかわいそう。
>>42 ソ連軍はレイプを推奨してたんだよね。
女と見るや見境いなく襲われた。だから逃げる途中、丸坊主にして男のフリして逃げたりしてたみたい。
五木寛之の自伝にあったやつか
74 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:46:01 ID:q/c9MS1E0
露助の残虐性は人間離れしてるよ。
>>39 そういう話はよく聞くけど、俺だったら子供をつれて列を離れるね。
子供を犠牲にして自分だけ助かってどうする?
平時に極限状態の心理がわかるか、とか言われるかもしれないな。
わかるよ、自分の子供だけは殺せない。
>>64 × 今の日本国民は、
>>1の人など比較にならないほど悲惨なわけですよね。
○ 今の日本国民は、
>>1の人など比較にならないほど悲惨なわけですよねwwwうぇうぇっwwwうはーwwwおkwww
77 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:48:51 ID:y+xXfPfd0
>>72 ありがとう。
それにしてもレイプを推奨する意味は何だろう?
士気の高揚のためかな?
78 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:49:57 ID:lESw9Wvh0
満州引き揚げ団を受け入れるる港では物資不足から麻酔なしの堕胎が行われたそうですなガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル
79 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:50:13 ID:4bbY/hu00
大陸からの引き上げが命からがらで大変だったことは、知り合いのおばさんにも聞いたことがある。
残留孤児なんかも、親自身の命も危険だったから、せめて子供だけでも生かそうとして親切な中国人に
預けた人もあるそうだ。引き上げの途中30万人の日本人がなくなったと聞いた。
孤児も日本に親を探しに来ても、ほとんどは引き上げ途中になくなっている場合が多いと思われる。
>>77 軍として十分に兵士の働きに報いることができないから、せめて
戦利品を分け与えることで、兵士を満足させるんじゃないかな。
死体から時計を盗むし、生きた女がいたらレイプする。
戦時の興奮が収まらない奴は、降伏した奴を虐待して殺すとか。
戦争じゃ普通だよ。
81 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:53:34 ID:q/c9MS1E0
露助は満州占領後、大量の囚人兵(監獄から出した凶悪犯罪者)を送り込んで、やりたい放題やらせたんだよ。
>>57 まぁ凄いといっても、
よく考えれば電電公社の社員で、
部下にも手伝って貰えたのが7人連れて帰ってこられた理由かも。
それでも、一番最初に情報が入って逃げるのは、
最後だからキツかったかもな。
83 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:56:26 ID:qpsxKD8R0
NHKでこないだ著名人に戦争末期の話を語ってもらう番組
を放送してたが、明らかに話をつくってる、とまでは逝かなくても
大きくしてるな、と感じた
俺の親父の世代だと「いかに貧しかったか」だし
自分の番になったら多分「いかに殺伐として狂っていた時代だったか」
って大袈裟に語っちゃうんだろうな、と
しょうがないよな、人間って。過去を大袈裟に美化したり悲劇に
しちゃうもんだしな・・・
特に戦争ってさ結局は「生き残った人達」の話しかないわけで
死人に口なしというーか。今の時代で言えば「要領の良かった
もしくは戦争終結時幼少だった」人の証言しか残ってない
美談も悲劇もどれも怪しいよ、人間の言うことだからな・・・
満蒙開拓団の悲劇を考えるなら、満蒙開拓を学説的に主導した加藤完治、橋本伝左衛門らの学者の
業績を再評価しなければならないし、蝦夷地開拓との比較も必要だろう。
蝦夷地開拓についていえば経済的に困窮した東北、新潟の農民が未開の原野に移住したのだし、
そういった事情は、満蒙開拓団のときでも同様だった筈だ。
加藤完治、橋本伝左衛門らにしても困窮する農民を見るに見かねて、そうした学説を打ち出したのだ。
なぜ蝦夷地開拓は成功し、満蒙開拓団は失敗したのかも検証を要しよう。
>>84 なぜ農民が困窮したかというと、政府が近代化を急ぐあまり
農民に重税を掛けたためだが。
86 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:59:35 ID:yAgYpRV30
泣く子も黙る自称世界最強の関東軍
ソ連参戦に際していの一番に逃げ出しておりました
敗戦直前に招集されて最前線に配置され,家族は逃避行,自分は
シベリア抑留という人たちが,兵役期間不足で軍人恩給受けられない
のに対して,真っ先に逃げた職業軍人どもは恩給もらってのうのうと暮ら
しているのが日本.
しかも恩給給付されない人を救済するために設立されたはずの
平和祈念事業特別基金は,対象者に記念品配っただけで,
肝心の基金の大半は厚労省の天下り官僚の給与に使われている
ありさま.
この国にとっての真の敵が誰かを如実に示すエピソ−ド
87 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:00:36 ID:eDFpfhcl0
「戦争の悲惨さ」というよりも「敗戦した場合の悲惨さ」だな。
連合軍の爆撃により、インフラが寸断され物資が滞ったドイツも同じ様に餓死者が多かった。
勝てば官軍、負ければ賊軍
満蒙開拓団は失敗したんじゃなくて、敗戦でチャラになっただけ。
89 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:09:08 ID:u7mxbcl/0
>小さな子、川に投げ込んだ方が幸せ
ほんまかいな?wwwwwww
って言うか,なぜ60年も経過してから突然言い出したの?
50年目の方がキリが良かったんじゃないのwwwwwwww
90 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:11:29 ID:S04O0Rm80
ソ連兵は日本人女レイプしまくり。
91 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:13:04 ID:4mAO5Lzh0
最近、戦争体験者の老人たちが、自ら体験を語るニュースが多くなった。
もう80才を超えた家の婆ちゃんの姉は、今の北朝鮮と中国の境界あたりの街から、子供連れて帰国できたらしい
子供は無事で現在も存命だが、姉は帰国直後に「子供だけは頼む」と言い残して生きた絶えたそうだ。
婆ちゃんが晩婚だったのは、この姉の遺言を直に聞き、それを遂行したからだと言う話はミミタコに聞かされたが、
逃避行の詳細は聞いても微笑むだけで語らず、自分の墓場まで持っていく覚悟なのだろう、
心中察するに余りある。
この婆も子を川に流すときは、自分も身投げする覚悟だったろう
ただ、集団ヒステリー状態にある敗走集団に正当な判断など望むべくもなく、
婆だけ生き長らえたのは、まさに悲劇。
さらに、厳格な世代で知られる老人が、自らの恥を晒してまでも口を開いた勇気。
老婆の真意を読み取りたいと思う。
92 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:18:20 ID:fs7phRK/O
父親が満州がえりで62才。
爺さまが「絶対に連れて帰る」と父親を針金で体に巻き付けて帰国。
父親の体には今のその時の針金の跡がついている。
爺さまとは話す機会が少なかったが、感謝をしています。
>>85 戦国時代じゃあるまいに、それだけで説明つくとは思わない。
近代化に伴う様々な社会矛盾のしわ寄せもあったし、
東北大凶作や世界大恐慌も重大なファクターだった筈。
重税が主要なファクターなら秩父事件のような農民蜂起の方向へ
エネルギーが向かう筈。それが何故、満州へ向かったのか。
94 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:25:10 ID:6IOL0vtmO
不倫がバレて妻を川に流した野郎もいたはずだ。
>>東北大凶作や世界大恐慌も重大なファクターだった筈。
こうした自然的経済的な変動にたいして政府が無策だったって
いうのもあるでしょうな。
96 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:25:27 ID:Nor/5lSH0
俺の両親も満州からの引き上げだが、引き上げ時のことは一切喋らない
自分の子どもを捨てなければならない悲惨さは、自分で経験した人しか
解らないんじゃ無いかな
ネットでもハルピンとかチチハルでくぐるとその当時のことを書いている
人が居るし宮尾登美子の自伝的小説にも引き上げのことを書いてある
その当時の状況で子どもを殺した人を俺は非難できない
97 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:26:11 ID:ReDZ/tXGO
>>92 泣けた、
>>1よりも。
あなたもおじいさまの魂をお子さんに語り継いであげてください。
>>86 逃げずに玉砕した守備隊もいたんじゃなかったっけ?
99 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:30:28 ID:TXxUp+fn0
今だったら、先に餓死した人間の遺体を食べてでも
なんとかするんじゃないのかね。
でも、そういう手段(人肉食)も、
突き詰めれば段々と異様にはなるな。
「この次は(まだ生きてる)この子狙って殺して食うか」ってね。
段々地獄絵図だ。
昔は「死ねば済む」的な考えが美しかったんだろうが
今だって自殺が流行ってる。
昔も今も、そうそう差はないのかもな。
100 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:36:34 ID:VuFeA8H90
>>99 昔なら江戸時代とかは、飢饉のとき人肉食ったってのは記録に
残ってるね。人間の本質なんて変化するものじゃない
101 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:36:46 ID:sBz9QM4E0
まあ、この悲劇をまぬいた責任は軍部、政府上層部にもあるとは思うんだけどね
102 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:37:53 ID:xdgq6vIX0
うちの親の場合、戦争が終わってもそのまま留まって
収穫時期が終わってから引き上げたそうな。
で、祖父が、満州で地元民に大変慕われてる人だったらしく
(と言っても既に亡くなってたんだけど)
家族の引き揚げを中国軍が護衛してくれたらしい。
ちなみに、祖父の遺骨は使用人に預けて帰ったんだけど。
数年前、父の兄弟が遺骨の引き取りに行ったら、使用人の親戚が
預かってくれていたみたい。
103 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:38:52 ID:DIBQCDOX0
「みなさん、これが最後の放送です。さようなら、さようなら」
女子守備隊全滅の惨劇に追い込んだソ連の潜水艦に閉じこめられた
子孫を助けようと、海上自衛隊がのこのこ向かってますよ。
104 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:39:57 ID:FkS8XR1T0
>>100 逆に今の方がひどいかもしれないぞ。
ソ連軍が迫っているわけでもないし、急いで撤退する必要があるわけでもないのに、
子殺しが蔓延している。
105 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:40:15 ID:La3jO4SA0
>>102 中国軍じゃなくて満州軍だと思うよ。
中国軍だったら間違いなく生きてない。
>>103 別にそれはいいんじゃないの?
それにただ助けにいくわけじゃないだろうし・・・・・
107 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:41:52 ID:5ZhLDDM70
民間人が政治や軍事に興味も持たずに、まかせっきりだったツケだな。
戦後はもっと政治が民衆に近づいたのに、まだ同じ過ちを繰り返し続けてる。
108 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:42:26 ID:pvuhLzD/0
なぜ悲惨な戦争から学ばないんだろうな?
やるべきことは絶対に戦争に負けないように核武装することだろ。
109 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:43:52 ID:Rtj5qeYx0
セックスしたかっただけだろ
生むなよ
満蒙開拓義勇軍にいたという老人と話したことある。
「どうせ捕まるなら八路軍」と言われていたそうな。
ソ連軍と金日成の朝鮮軍に捕まると酷いめにあったそうだ。
友達が大怪我して看病せねばならず「帰国船」に乗れなかったと。
ところがソ連が用意した「帰国船」に乗った人達はシベリアへ
送られたそうだ。「ソ連人と朝鮮人は信用できない」と仰せでした。
111 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:44:31 ID:ud/hgkKM0
うちのおばあちゃんは国内にいたんだけど、親戚が満州に開拓に入っていた。
引き上げの時に従兄弟当時3歳が栄養失調で死んだ。
気がついたときは、既に日本軍は知らぬ間に逃げており、満蒙開拓団は何も知ら
されず残されたそうだ。うちの親戚の中では満州にいた日本軍のことを「私ら
を盾にしたひどい連中」という評価になっている。
112 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:45:41 ID:VuFeA8H90
>>109 新天地で一生暮らそうと思ってる人間が子供作らないのも妙な話だ
まさかアメと戦争になって、命からがら逃げ出すことになるなんて予知能力者じゃないと
分かるまい
113 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:48:41 ID:e9IKQpaE0
>>103 おめえみたいな目先の感情しかないカスがいるから憎しみが連鎖すんだよ
相手の非を鳴らしたいなら正面切って言やあ良いんだ
相手が気に入らないからって直接関係ない連中見殺しにするようなカス国家じゃねえんだよ、この国は
嫌なら出て行け
115 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:50:10 ID:DX4w0ybq0
一昨日浅草寺に行ってきたのですがぁー
新しい母子地蔵があったんですよぉー
お参りしようと思って石碑を読んだら
満州で亡くなった母子のためのものだったらしいですぅー
どうしてここに?と不思議でしたがー
とにかく手を合わせて来ましたー
116 :
自衛軍マンせー:2005/08/07(日) 12:50:34 ID:e5qGknfX0
ファッショ小泉
「ニホンを再び神国にしますよ!!」
117 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:51:59 ID:FkS8XR1T0
>>113 当時の人はそんなもんでないの。
満蒙方面で日本軍将兵がソ連軍に拘束され、国に見捨てられてシベリアで抑留されたなんぞ、
満州開拓団の人は夢にも思うまい。
まぁ111はちょっと調べても良いと思うが。
118 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:52:24 ID:6SD03A9W0
子供が死ねば私が幸せってことか
今も昔も変わらないんだな
相当きつく切羽詰った状況だったと思う。
111のような話があっても不思議でないかな。
だからといって日本軍が全ての開拓団を見捨てたわけじゃない。
ソ連国境の陣地で文字通り盾となって全滅するまで戦った兵士がいることも
忘れてはいかんだろう。
>>111 当時の通信手段は何でしょう?
携帯電話はありましたか?
ソ連軍が南下してくるという状況下で、郵便は届きますか?
121 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:52:54 ID:Azg1g+9DO
こんな特集ばっかりやって反露に持っていこうとするなよ。
お前らが嫌いなシナなチョンと同じことになるぞ。
122 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:53:06 ID:hHM5lTLPO
もう死んでしまった地元の同じ町内のじいちゃんは将校だったらしい。
ずっと前に、「残留孤児は満州人だから助かったんだ。いい人たちだった。漢族ならああはいかんよ」といっていた。
124 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:53:30 ID:Ak5vFSv80
裏切られたあげく自国民も守れない日本軍情けなさ杉
125 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:53:47 ID:rRBPnNSe0
>>7 自分が死んだくらいで、ソ連から守られません。
ベルリンや満州は悲惨でした。
最近はアナタの様に、
1 とりあえず日本叩き
2 ソ連の事は戦争だったので仕方ない
って人が多いような気がします。
126 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:55:10 ID:0xU5h1mJ0
朝鮮人や露助に捕まるくらいなら
川に流してやるほうが子供のため。
127 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:55:19 ID:e9IKQpaE0
>>123 おお〜沸点低いなあw さすが夏休み、お子様が2chに来る来る
鬼畜ロスヶ許すまじ。
しかし、先の大戦で日本が敗れたのは残念でならない。
朝鮮も満州も、日本の統治下にあったら今など比較にならないくらい
発展していただろう。
もともと漢民族の土地じゃねーし、今のシナ人に文句言われる
筋合いは無いんだがな。
129 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:55:23 ID:Qf8mcZev0
関東軍はあれだけ大規模なソ連軍の動きを事前に察知できなかったのかよ?
諜報部は何をやっとんたんだ?
130 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:57:33 ID:VuFeA8H90
131 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 12:58:15 ID:Lgisq38b0
>>129 信じてたんだよ、最後まで。
お人好しだからね日本人は、今もそう、アメリカを信じ切ってるけど・・・
132 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:00:30 ID:La3jO4SA0
>>129 当時は日ソ中立条約を信じてて
関東軍の大半は本土決戦の準備で移動してました。
133 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:02:09 ID:e9IKQpaE0
>>130 としょかんへいってまんしゅうかんけいのほんをよんでみましょうね、ぼくちゃん。
134 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:02:11 ID:q/c9MS1E0
左翼の主張まとめ:
沖縄戦「日本軍がいたから戦闘に巻き込まれた」
満州侵攻「関東軍がいなかったからソ連軍にやられた」
135 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:02:38 ID:rRBPnNSe0
>>130 満州開拓団から徴兵された兵士が、
真っ先に逃げ出したからじゃないからかなあ?
しかも、こいつら自分の家族を優先して逃げ出してる。
中には仲が悪いと見捨てられる親戚もいたわけでして・・・・・・・
136 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:04:03 ID:5Ljbo58+0
ダワイ
137 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:05:06 ID:La3jO4SA0
>>134 > 満州侵攻「関東軍がいなかったからソ連軍にやられた」
これは左翼っぽくないが
138 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:05:09 ID:VuFeA8H90
139 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:05:44 ID:294LwiYT0
正直子供を捨てて自分が生き残った感は否めないなあ。
「このまま苦しむより、一思いに。
とうちゃん、かあちゃんたちも一緒に行くから怖くないよ」ってんなら
わかるけどさー。
140 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:06:56 ID:gxl8Kzq10
これ戦争の悲惨さって言うよりも
>>1が基地外なだけだろ
自分も心中したなら美談にもなるけど、ただの子殺しの殺人犯じゃん
貧乏開拓民って程度が低いねw
142 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:08:00 ID:yAgYpRV30
>>132 またぞろ嘘つきが湧いてでてきたな
1944年に中立条約の延長をお願いするために,北樺太の石油利権返した
ものの,1945年4月に延長断られた時点で,上層部はソ連の侵攻は必至と
の情勢判断
だから関東軍には,ソ連侵攻時にはいち早く退却するよう指示が出ていた
143 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:09:24 ID:bgPuIZhT0
もっと軍備を強化して日本を強くすべき。
日本が強ければ、侵攻されなかった。
>>137 いや、満州開拓団の悲劇についてソ連より逃げた関東軍を罵倒するのが
サヨのお約束。
145 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:11:53 ID:mst0TMEr0
>>113 >>120 >>111 の満州帰りの親戚がそう思いこんでるだけで、
べつに
>>111 本人がそう考えてるとはどこにも書いてないぞ。
(うちの親戚では、の中に、
>>111 が含まれるのかな?)
それこそ連絡手段もなかったのだから、
「俺たちを見捨てた」と悲惨な状況で思いたくなってもムリはないんんじゃない?
帰国後、「本当に軍は真っ先に逃げ出したのか?」と
調べ直すこともあまりないだろうし。
だから強いて言えば馬鹿は
>>111 の親戚なんだろうけど。
どうもそこまで言う気はせんな。
146 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:12:03 ID:zW+XyVcQ0
>>72 ちがう、ちがう。
強姦を奨励したのはドイツ人女性に対して。
人種政策を重視していたドイツ人の「種族の誇りを暴力で破れ(ソ連兵向けの
アジビラに本当そう書いてある)」ということで。
略奪も「ファシストに破壊された人民の財産を奪いかえす」との事で奨励
他の国民に対して行う場合は「勝者の権利として当然」と軍規で禁止しなかった。
まぁソ連兵やソ連自体の悪辣さにはかわらんがね。
とりあえずソ連が悪い
>>107 >民間人が政治や軍事に興味も持たずに、まかせっきりだったツケだな。
そりゃそうとも云えない。当時は曲がりなりにも普通選挙が行われていたし、
全国労農大衆党、社会民衆党(昭和7年合同して社会大衆党)などの無産政党も
こぞって満蒙開拓には賛成していたのだし。515事件で犬養首相が暗殺されたのも
昭和7年だが、この時青年将校の除名嘆願書をどんどん書き送ったのは当時の国民だ。
実態は民間人が過剰に政治や軍事に興味を持ち、介入していった筈だ。
515事件の青年将校も国民の支持を背景に暴挙に及んだのだろう。
そもそも満州事変も政府や軍部首脳の意向を無視した関東軍の独走だ。
国民は、こうした現場の暴走に拍手喝采を送り、政府の統制を逆に非難したんだ。
>小さな子、川に投げ込んだ方が幸せ
で、大人は子供殺して自分たちだけで逃げたほうが幸せなのかw
外国に移住するって事は、これくらいの危険があるって事だ。
いまでも中国相手に商売している連中は、危険を覚悟すべき。
まあ、死ぬのは下っ端ばかりだけどね。
151 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:15:27 ID:La3jO4SA0
152 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:15:56 ID:Qf8mcZev0
>>142 そうなのか
でもなんで事前に分かってたのにあんなザマになったんだろ
せめて開拓団だけでもそういう情勢判断したときに即引き上げさせるべきだった希ガス
>>111 >気がついたときは、既に日本軍は知らぬ間に逃げており、満蒙開拓団は何も知らされず残されたそうだ。
の日本軍の兵士ってのは、
>>135 満州開拓団から徴兵された兵士だったってことか。
満蒙開拓団≒日本軍の兵士
自業自得じゃん
154 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:16:38 ID:XS55TTWO0
せめて一緒に流れてやってくれ
155 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:18:10 ID:Ak5vFSv80
お前らとことん日本軍マンセーだな
いい加減にしたらどうだ
156 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:19:33 ID:yAgYpRV30
>>153 開拓団から急遽徴兵された人達は大体国境に配置
逃げた関東軍ってのは,職業軍人主体の関東軍本体
>>152 別にソ連が悪いだの関東軍が悪いだのには関心はない
何があったのか史実の確定にだけ興味がある
157 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:20:02 ID:79mpsMSn0
先の大戦の過ちを繰り返さぬためにも、無敵の軍隊が必要なんだな。
日本もそろそろ核武装を本気で考えないとな。
またウヨサヨ論争か
よそでやれ、よそで
159 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:20:53 ID:WroEEBKn0
くそー!チハだ!チハのせいだ!せめて75mmとは
いわないでも57mm60口径速射砲を積んでいればT34なんぞ
撃ち抜けるのに!全部チハ車のせい!
>>150 反日デモのとき、日本人留学生が中国人に殺されそうになったのもつい最近の事だしね。
161 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:21:57 ID:czEW6ZsJO
とりあえず次の戦争に備えて、ナタとか針金とか持ってた方が良いかな
見つけたら誰でも全員敵だ
162 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:23:22 ID:Dbl+U1E30
>>157 周辺諸国が大軍拡を推し進める中、
日本だけが一方的に防衛予算削減というのが現実ですよ。
オワタ。
163 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:24:00 ID:604+MMZi0
>まぁソ連兵やソ連自体の悪辣さにはかわらんがね
スターリンが反逆する恐れがある高学歴の将校を粛清しちゃったからね
残されたソ連兵なんて後ろから銃で脅されながら突撃してくるDQN集団。
要は子供が飢えて死ぬのを見るのが「自分が辛い」だけであって
子供のためでもなんでもない。
ひょっとしたら運良く生き延びれたかも知れないし
そういう万に一つの可能性すら自らつみ取ったのには変わらない。
死ぬにしたって怖い思いしておぼれ死ぬより
飢えても親の胸の中で死ぬ方が幸せだろう。
165 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:25:32 ID:La3jO4SA0
>>156 関東軍の主力を対ソ連から対アメリカに振り替えたことを
「逃げた」と表現するのが史実の確定なんですか?
>平和な日々だった。ところが、敗戦の数日前、開拓団は突然、
>荷物も持たず、着のみ着のまま徒歩で逃げるよう指示された。旧ソ連軍の侵攻など、
>知らない人がほとんどだった。
終戦間近の時期でも、満蒙は空襲やらの直接的な被害が殆ど無く、
住民の意識の上でも危機に対する供えが欠けていたそうだ。
関東軍もまるっきり住民を放り出したわけではなくちゃんと避難警告もしていたが、
危機感に欠ける住民はギリギリまで脱出しなかった。
結局逃げることが出来たのは関東軍とその家族などの一部の人間のみ。
ま、結果的には住民放り出して逃げてきたんだけどね、関東軍。
167 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:27:59 ID:8ig4zR4z0
短絡的な思考でこの親を責めてる奴はゲーム脳だな
168 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:34:47 ID:Qf8mcZev0
チハタンの まちぶせ0きょりしゃげき!
T-34-85には きかなかった!
T-34-85の はんげき!
チハタンに999のダメージ!
チハタンたちは ぜんめつした・・・。
>>166 >危機感に欠ける住民はギリギリまで脱出しなかった。
今だって台風や土砂崩れの時でも似たような話があるもんな。
なんか、うなづけるわ。
チハを開発せずに、対戦車砲を開発しておけば良かったわけだな。
171 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:39:04 ID:zW+XyVcQ0
・ソ連最高権力者の認識
ユーゴスラビアの共産主義者、ミロワン・ジラスがスターリンにレイプ の件で
抗議した時、独裁者は感情を爆発させた。「やつは、血と砲火と死の中を何千キロ
も行軍した兵士なら女との楽しみやふざけごとなどを持つことがわからんのか!」
ドイツの共産主義者がスターリンにレイプは人々を我々からそむかせることになると
警告 した時、スターリンは「私はぬかるみの中の赤軍の評判の足を引っ張るも者を
許さないだ ろう」とひどく腹を立てた。
・ソ連軍の前線指揮官の認識
ソ連軍砲兵将校のソルジェニーツインの著書より
「ドイツ女は強姦した後、殺しても構わないが、 ポーランド女は
追いかけたりからかう程度にしておけ」
ソ連一般兵向けのアジビラ、つまり兵士の認識
一九四四年に発表されたソ連の作家、イリア・エレンブルグの著書、『赤軍への訴え』
殺せ! 殺せ! ドイツ人の中には、生きている者の中にも、これから
生まれてくる者の中 にも、無実の者はいない! 同志スターリンの命令を
実行し、穴に隠れた野獣のファシストを、 撃滅し続けろ! ドイツ女の高慢さを、
暴力で打ち砕け! 彼らを正当な戦利品として取り 扱え! 奪え! 殺せ! 殺せ! 勇敢な赤軍の兵士たちよ、君達の止むに止まれぬ攻撃 によって
多くの町や村では10歳から80歳までの全ての女性がレイプされた。ノーベル賞
受賞者のアレクサンダー・ソルジェニーツィンはその時、若き士官でその時の恐怖
(戦慄) を物語詩・「プロシャの夜毎」で綴っている。
「マットレスの上の生気を失った少女達、何名 の兵がその上に乗ったか?一個小隊、
たぶん一個中隊だろう」 ※一個小隊は11人位、一個中隊は200人位
兵士による強姦は殆どの場合輪姦になるが一応軍規違反のため人数は数人の
場合が多い、しかしソ連のように「許可・黙認・奨励」された状態ではそれこそ10人、
20人は当たり前という凄惨な状況になる。
>>111 >気がついたときは、既に日本軍は知らぬ間に逃げており、満蒙開拓団は何も知らされず残されたそうだ。
まあどの程度警告したら「気がついた」かどうかは、当時の状況の中でしかわからんから、なんとも。
一ヶ月かけてテレビCM出して、新聞広告出して、各戸訪問して、住民代表との会議の場を設けて
・・・なんてわけじゃないからな。
173 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:43:19 ID:w1DeWPQG0
馬鹿正直に停戦命令守って目の前で女子供が殺され輪姦されているのを黙って見てた帝国陸軍
さすが命令には絶対服従の鉄の規律だけある
174 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:45:27 ID:zW+XyVcQ0
>>173 おいおい、ロシア兵達が民間を襲っている時には日本兵はとっくに武装解除されて
捕虜収容所の中だぞ。
175 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:47:22 ID:fyQOSEIw0
満州に住んでた叔母から先日聞いた話。
このままでは日本は負けるとの情報を掴み、敗戦前年の秋に
俺の祖母を含む一家で長春から釜山まで鉄道で下り日本へ引き揚げたそうだ。
関東軍関係者であったためこうした情報を得ることができたが
一般の民間人は敗戦直前まで知らされることなく凄惨な逃避行を
強いられることになったわけで。
その満州へおれもこの秋行ってみるつもり。
そのまま残っていたら俺もこの世に居なかったかもしれないわけだし。
176 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:47:23 ID:8hCTasjv0
赤い月
見た?
178 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:55:45 ID:WDDPotrp0
記事は天災みたいな書き方してるけど
中立を装っていたソ連が、原爆投下後にいきなり満州に攻め入り
民間人を無差別に虐殺したから悲劇が起った。
2ch厨も、中朝韓のスレには爆発的に反応するのに、なぜかソ連がらみだと鈍い。
中国・北朝鮮、日本の左翼、皆元を辿ればソ連が関与して作り上げた。
ソ連が悪の元締めだということを知らないのかな。
80年代までは誰でも知ってる常識だったのに。
ソ連と言われてもピンとこない人が増えたからではないかと。
180 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 13:59:30 ID:fyQOSEIw0
>>178 その元締めが消滅して久しいからやむを得ない。
20代前半ぐらいまでの世代だとピンと来ないだろうな。
>>178 「ソ連なんか信じる方が悪い」って感じかね。
日本側の不手際が目立ちすぎて、ソ連を非難するまでもないから。
182 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:04:15 ID:dB7f5Xvu0
>>114 お前、相手がロスケでなくて、チョンやチャンコロでも、同じことが言えるか?
ロスケに対する憎悪は、チョンやチャンコロへのそれよりまるで薄い
潜水艇沈没スレがそれを雄弁に語っている
これはねらーの七不思議だ
>>175 こういう情報を事前に"一般民衆に広く知らせる"わけにはいかんだろうからな。
結局個々人のアンテナを高くしておくしかない。
悪い順番で行くと
1.ソ連軍
2.関東軍の手際の悪さ、事前準備の無さ
3.平和だと勘違いしていた住民
かな。
184 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:04:57 ID:zW+XyVcQ0
>>180 日本には「ソ連は僕達の心の中に生きている」という中国朝鮮でさえ絶滅した
オメデタイ脳の持ち主が害毒を社会に撒き散らしています。
>>175 そうした情報が無くても、昭和20年3月に東京大空襲があった事を知っていれば、
満州で無事に済むわけないと気づきそうなものだが、情報統制により、最後まで
皇軍の勝利を信じていた人が多かったという事なのだろうね。
満州の治安は知らないけど、どうぞお気をつけて。
186 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:08:50 ID:rFBFlk8s0
反共、防共の立場から蒋介石中国とは戦わず満州国の国力増進に努めて来たるべき対ソ戦に心血を注ぐ
とした石原完爾の戦略は東條英機、武藤章らによって否定され石原は予備役として追い出される。
187 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:10:28 ID:jHYAtu7c0
このスレ読んでも感じるのは「戦時は情報が命」ってことだな。
情報収集と分析がしっかりしていれば無駄な戦いは避けられるし、
或いは戦うべきタイミングを逸することもない。
188 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:13:11 ID:WMc31Wi1o
ソ連ってなんの略?
>>178 >ソ連が悪の元締めだということを知らないのかな。
よ〜く知ってるよ。ただロシアは靖国、教科書では内政干渉してこないし、
目だった懸案事項も北方領土問題ぐらいだしね。
ちょっと手が回らんから後回しにしているだけじゃないかな。
あまり戦線拡大するのは賢明じゃないって事で。
ぼおっとしていた開拓団が悪いというが、日本軍は絶対負けないと
豪語していたのが日本政府じゃないのか。
それに今と違って農村地帯に緊急に情報を発する手段といえば
軍隊ぐらいしか持っていなかっただろう。
それが逃げちゃうんだからな。
住民は平和だと勘違いしていたと言うより情報統制で
平和と思いこまされてたんじゃネーノ。
情報が統制されて断片的しか得ることが出来なかったので、
空襲等の実体がわからず、危機意識に欠けた。
その結果、避難警告も真摯に受け止めることは出来なかった…
192 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:20:12 ID:RMJGl1KZ0
祖母と祖父、多分祖母の両親がいて当時母が生まれてて、満州にホテル持ってて羽振りが良かったそうだ。
逃げるように帰る時は普段地元の中国人に優しくしてたおかげでずいぶん助けてもらったそうだ。
軍の上官にの助けもあったらしーが。だからこうして残留2世にならずにここにいられるんだな。
なんとな〜く、当時のホテルとやらがあったあたりに行ってみたい気はする。
194 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:21:00 ID:mMRbJXzs0
おれのおじさんの奥さんが、まぢ満州から帰ってきた人。
でも終戦すぐに帰ってきたとか言ってた。船はもちろん、闇船の切符だったってさ。
「遅くまで残ってた人は貧乏なひとばっかりだった」と語ってたよ。
開拓団のひとって日本でも食い詰めた農家の次男三男とかが多かったらしい。
195 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:21:02 ID:5A8DAVPi0
なんかこうやって見ると当時の日本は
四方八方敵ばかりでどうにもならん状態だな
今みたいな感覚で友好なんて叫んでたら
あっとうまに本土に侵攻されて
露・ヨーロッパの植民地だな
日本が自衛の為に戦争始めたのもうなづけるよ。
>>191 それもあるかも知れないけど、今はどうだろ。
外務省が退避勧告を何十回と出していても、わざわざイラクに行く奴は居るし、
退避勧告の事も知らなければ、子供の居場所も知らなくて、自分に何も責任が無いという
親だっているんだが。
情報統制が有ろうが無かろうが、日本人のDNAには危機意識なんてないんじゃなかろか。
>>194 そういうこと。
現代だとイスラエルにこういう入植者がいるね。
軍隊に守られてパレスチナに入植したものの、今度はイスラエル政府から
立ち退きを迫られている。
貧乏人はいつの時代でもごみ扱いだ。
198 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:29:57 ID:fRpVP2fQ0
7 :名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 11:00:26 ID:67WOKLja0
>かわいそうだったが、あの時は、子供たちのためにも、そうするしかなかった。運が悪かった……
子供を殺して自分が生き残る道を選んだだけだろ。
何が子供たちのためだ!
親だったら自分が死のうが子供を守れ!
お前の話を聞いた連中が我が身可愛さに子供を殺しても、お前にはそれを責める資格はないぞ。
それこそ子供の発想だな
199 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:31:26 ID:bCb0lWoU0
満蒙開拓団って結局中国を侵略して人民を搾取してただけだろ。
自業自得じゃん。
200 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:31:37 ID:tKcyXOqg0
自分は、どうなろうとも、子供だけは、守るという 平和ボケした人たちが多いですね。
その強い思いは、わかりますが、頑張ってもどうにも成らなかった悲しみを察するほうが
先だと思いますし。誰が、我が子を川に流したり出来るでしょうか?
家も、家族も、財産も全てを失って、日本という国さえもどうなるかわからない不安の中での出来事。
国を失い敗れたときには、どこの世界でも起こりうる現実ですよね。
戦争時の異常とロシア人朝鮮人による弱いものいじめが原因。民間人に罪は無いはずなのに。
201 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:34:52 ID:jHYAtu7c0
>>196 いや、当時は危機情報周知徹底はなかったと思うよ、色々な本に共通することとしては。
イラクの方は確かにお前の言うような要素もあるだろうが。
202 :
長州藩閥の巨頭:2005/08/07(日) 14:35:07 ID:BwD08LoP0
大東亜戦争は東北人の戦争だよ。
長州閥はバーデンバーデンの密約で陸軍から放逐されたからね。
考えてみれば、今の政府の巨額の借金だって
田中角栄一派すなわち奥州閥が積み上げたもの。
こんど国を興すときは、東北人抜きでやろうぜ。
203 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:37:14 ID:FCiT0ydM0
>>200 そうした想像力、感性は大事にしたいが
「民間人に罪は無いはずなのに。」は根拠の無い信仰でしょ。
JR西日本の経営幹部だって民間人でしょ。
要は無知は罪ってことだ。
205 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:43:12 ID:l5opoE0M0
>「おかあちゃーん、おかあちゃーん」
ワラタ
206 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:47:43 ID:ReDZ/tXGO
207 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:48:20 ID:WroEEBKn0
せめてチハが前面装甲50mmで
47mm速射砲積んでいれば露助のグズども
のことだ躊躇して時間稼げたのに!
208 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:48:23 ID:LUOM2kYJ0
満州逝ったやつらは相当いい思いしたんだろ?
侵略して得た土地なんだし、ある意味自業自得ではないか
戦争中の体験談読むと似たような体験がけっこう出てくるよ。
責める気にはならないな。
今の中絶とちがってセクスだけ楽しんでポイ、てわけではないし・・・・
集団自決だって、小さい子とかは親が手にかけたりもした。
「もっとも愛しているものを、もっとも確実に殺した」
って心理を今理解するのは困難だし。
>>202 >こんど国を興すときは、東北人抜きでやろうぜ。
じゃ、とりあえず東北新幹線は大宮止まりって事で。
211 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:57:23 ID:UTvYUIHw0
>15、思考回路単細胞的
もう少しまともに考えろ!!!
212 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:57:46 ID:Qf8mcZev0
せめてチハが前面装甲120mm溶接で
88mm高射砲を流用した戦車砲を積んでいれば露助のグズども
のことだ躊躇してJS-2が到着するまで時間が稼げたのに!
213 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 14:59:10 ID:jHYAtu7c0
>>207 チハの装甲厚くして武装強化したぐらいでは、状況は変わらないだろう。
日本がタイガー1で編成された機甲師団8個と、自動車化歩兵10個連隊、スツーカ500機、
これを動かすのに必要な燃料と人員があればどうかわからんが。
>>17 これはもちろんうそだよ。
俺の親父の仲人やった人(故人)に聞いたけど、
軍部の上層部だけソ連軍が近いうちに侵攻してくることに気がついたそうだ。
(つーか、国境線近くに集結して準備してたのを知ってた。)
で、さっさと日本人おいて逃げてたんだと。
で、その人はほうほうの体で満州から逃げ帰ってきたそうだ。
今から15年ほど前、やっぱり今頃の季節に
新聞で引き上げの体験談を読んだことがあるよ
引き上げ途中で親から薬の包み渡されて、
「これを飲みなさい」って言われたんだけど
フリだけして実際には飲まなかった
飲んだ父親、母親、兄弟は順番に死んでいった
当人はそこから歩いていって、中国人だったかに拾われた
今頃の季節に思い出してしまう、けっこうトラウマになってる
>>214 そんなコテハンでは何を言っても信用されまい
217 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:19:55 ID:oeUxZcKH0
遥なみの思考をしてる奴がチラホラ見うけられて、ちょっとビックリ。
無知って素敵やね。
218 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:27:00 ID:k18spFKy0
支那人や朝鮮人だって日本人に悪い事をしていたんじゃねぇか
219 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:36:05 ID:L3tZm/dr0
ロシアに対する好感情は確かに不思議だな。
友好ではないにしても「ヘタに怒らすと怖い」という敬遠意識かな。
イギリスに対する意識に近い。
中韓に対しては「アジアの盟主の大日本様に対して楯突くとはこんにゃろめ」
といったところか。
220 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:36:19 ID:ReDZ/tXGO
>>217 素敵って言うより、幸せってことじゃない?
221 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:36:37 ID:sKJ5l7+C0
なお、日本人妻とは望んで北朝鮮へ行った方ばかりではありません。
樺太に残留した日本人女性を支援する活動をしているという女性が、
NHKのラジオで下のようなことを話ていた。
「樺太に残留した日本女性は、ほとんどが終戦後レイプや脅迫によって朝鮮人
の妻にさせられた女性です。脅迫というのは、自分と結婚しないと、ソ連当
局に密告して家族全員を収容所送りにしてやる、というような脅しだったら
しい。終戦から2年後ぐらい後に日本の船が日本人を迎えに行ったときは、
すでに妊娠していたため帰るのをあきらめたという。」
222 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:37:52 ID:iu3bSMZu0
しかしウヨって戦争の悲惨な側面には見ざる聞かざる言わざるだから
こいつらもペテン師だよなー、と思う今日この頃
223 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:40:34 ID:mczuydVr0
無辜の人というのは居ない。
戦時中は女子供も戦争に貢献していた。
224 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:41:53 ID:uaJAXfn9O
悲しい
>>223 生後間もない乳児もか?
工場で働けもしない小学生もか?
226 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:46:59 ID:MxrkUTiJ0
227 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:48:46 ID:0r0YoU1fO
侵略戦争で得た領土をソ連に侵略されただけのことだから
文句は言えないよなー
228 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:49:07 ID:QvwiIztN0
自分だけ生き残ってとおっしゃるが、
生き残ってもらわにゃ、私は生まれてなかったわけなんだが・・・
(´・ω・`)
229 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:52:50 ID:6S+T80QC0
>>17 嘘を言うな!!!
真っ先に逃げて戦いもしなかった関東軍の生き残りの証言なんて信用できるか!
あいつらこそ移住民を最後まで守らないといけなかったんじゃないのか?
>>214 お前のHN見ただけで信用度がガクっと落ちた。
231 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:53:43 ID:v1YDsKU50
自分で捨てたくせに何言ってんだ?
232 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:53:51 ID:mW83TJJz0
>>181 終戦の前年に日ソ不可侵条約を破棄したいと打診され、ナチドイツ崩壊後戦力を満州近くに集結されてもソ連の参戦はないと考えた軍部の馬鹿のほうを攻めたい。
千島列島返還・シベリア抑留謝罪は当然の要求で、ロシア政府よりも日本政府が間抜けなのがよく分かる。
>>229 確か・・・最後まで残って玉砕した守備隊もあったみたいだよ。
>>181 でもそれでも、ソ連はちと酷すぎ・・・・・
234 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:56:18 ID:8beVws0O0
>>6 >>朝日や日経やその他の情報に乗せられて中国でビジネスしている人達の安全を祈るよ。
朝日は戦前も満州に行けば誰でも豊かな土地が手に入るとかいう嘘の記事をキャンペーンを貼って書いて移民を煽っていました。
移民なんていっても土地なんて都合よく手に入らないし、手に入っても荒地くらい…
235 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:56:31 ID:iu3bSMZu0
ま、とりあえず戦争なんて生易しいもんじゃないってことだろうな
ネットウヨの恥知らずに煽動されて戦時モードになってるメデタイやつが増加してる夏だがなー
236 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 15:57:56 ID:MxrkUTiJ0
>>227 満州国を建国したんだぞ。
日本が行ったのは国際法上合法な戦争。
>>232 >千島列島返還、シベリア抑留謝罪は当然の要求で
ポツダム宣言、停戦合意にあきらかに違反する。
>>227 満蒙開拓の時代は、辛亥革命で清が倒れ、軍閥割拠の無政府状態ですよ。
北海道の開拓と満蒙開拓はどこが違うのでしょうか。
北方領土をソ連が侵略したのは許せるのですか?
もし北海道がソ連に侵略されても許せるのですか?
もし沖縄が中国に侵略されても文句は言えないのですか?
>>満蒙開拓の時代は、辛亥革命で清が倒れ、軍閥割拠の無政府状態ですよ。
だから何? としか言いようがないな。
239 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 16:20:02 ID:vichGMhU0
有志で非合法の堕胎所を作ったんだよね。
引き上げ船が入る港に。
>>238 だから「開拓」と「侵略」は等しくないといっているのです。
そして日本のすべての領土は、開拓にしろ、侵略にしろ、そうした積み重ねで
現在の領土があるのでしょう。現在の日本人は、そうした領土に住んでいるのでしょ。
何にしろ、それでどうして、ソ連に侵略されて文句がいえない
などという暴言がありえるのでしょうか。
241 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 16:53:00 ID:STds76Ow0
242 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 17:01:14 ID:WroEEBKn0
チハのせいとは言わない!せめてチヘ車くらい
おいておけば!これも全部日本軍戦車隊のそいだぞ!
243 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 17:04:04 ID:Vr5AENHJO
ロスケ氏ねや
244 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 17:09:13 ID:Dbl+U1E30
全部ソ連が悪いってことで終了。
245 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 17:14:42 ID:Bwcahp3dO
246 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 17:21:08 ID:cE4YpacIO
>>236 その満州国とやらを承認し、国交を結んだ国が何ヵ国あった?まずはそこから考えなさいよ。
247 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 18:36:03 ID:ZogC9yIf0
>>246 では、お尋ねするが 中華民国と国交は、あっても。
中華人民共和国やチベットと国交があった国は、何カ国ありましたでしょうか?
その状況も、考えるべきでしょう。
>>37 58メガトンの映像ですら想像を絶するレベルだよ。
数百キロ彼方からとらえた映像の画面右端に太陽が出現したと思ったらそれがどんどん大きくなって。
通常の核実験の映像だと画面半分ほどの大きさになったら後は縮小&キノコ雲。
しかしこの映像はそこから更に巨大化。ついには画面全体が真っ白になるほどの火球出現。それが1分近く続く。
衝撃波が地球を何周もする。時空が根本から歪んでしまったかのような映像。ヤバ杉。
ソ連軍の残虐さとか、生きるか死ぬかの状況だったのも理解できる。
だが、自分が生き残るために子供を見捨てておいて、
「どうしてあんなことになったのか」「運が悪かった……」はねえだろが。
251 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 18:45:15 ID:E0dyfAdA0
252 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 18:45:53 ID:FHabFcnH0
虹色のトロツキーは面白いよ
>>251 池沼を虐めてやるなよ、かわいそうだろw
254 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 18:53:05 ID:ZogC9yIf0
馬鹿サヨの一言!
「戦争ってかっこいいな〜」
「ちょっとやってみよ〜か〜」
アフォカ!ゲームセンタじゃねーんだからそんな簡単に出来るかボケ!
>>250 >当時18歳だった相沢さん
彼女に決定権があるか? 18歳だぞ? 満17歳かもしれないぞ?
コドモの母親が川にと決めたら、文句言えんだろ?
せめて戦艦大和が宇宙戦艦ヤマトだったら波動砲で中国消し去ってたのに
257 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:00:20 ID:gZfrpN4A0
敗戦して逃げる日本の婦女子を中国人がレイプしたんだってね
258 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:01:08 ID:xsG2M9QOO
トイレで出産して殺しても良いような気がしてくるな
259 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:02:11 ID:EJECOMZK0
ソ軍が守ってくれなかったら、レイプの嵐だっただろうな。
260 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:04:02 ID:JIjwIHgI0
>>255 まあ、大人に逆らったら、自分も流される罠
ソ連兵もレイプ略奪したんじゃなかったっけ?
262 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:05:58 ID:qtvXNRrQO
たとえどんな目にあおうと我が子を川に投げるなんて無理。理解できない。
263 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:09:19 ID:oQRJHJep0
264 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:11:26 ID:JIjwIHgI0
>>262 実際その「どんな目」に会うのと、「考えるのだけ」はちゃうよ。
当時と今は、人権の考えはかなり違ってたろうしな。
今の尺度で、当時の人間を非難すると、チャンコロと変わらんよ。
265 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:16:07 ID:8V5Yhc6x0
日本兵もレイプ、略奪したそうですよ。
私は昔、老人たちがが面白そうに話してたのを聞きました。
私に向かって「あんなのは誰だってやってたんだ」ってゲラゲラと笑ってました。
266 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:23:36 ID:l+hkCEPh0
昔、15年以上前に読売新聞の朝刊に
敗戦後の中国大陸からの引き上げの最中に日本人が中国人によって
殺されまくっていた、日本人の死体が小山になって積み重なっていた
って証言が複数寄せられていたね。
投稿欄に寄せられたハガキから始まって「私も見た、自分も見た」って
ハガキが寄せられて1ページ特集っぽくなってた。
ま、結局もう済んでしまった事、広島に原爆落としたアメリカに賠償を求められないように
中国にも賠償を求めたり仕返しをするわけにもいかないしって感じで
収束しちゃったのかな?
こういう証言もあるってきちんと社会科の資料にも載せたらいいよ。
加害者教育や被害者教育ばかりは良くない。
どこの国にもDQNはいて、
とりわけ召集兵のクズがあつまるとそうなるでしょ。
ソ連は有名だけどね、。
>>28 妊娠・出産が命がけでなくなったのは昭和30年代後半からだ。
レイプにあって妊娠した女性には、子供を家に入れら
れないと自殺した者もいるんだぞ。不謹慎なことを書くな!
269 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:30:03 ID:atUft50L0
結論: 日本の民間人は支那大陸に行ってはならない。
270 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:31:40 ID:W04d5Jsf0
全 部 、 支 那 が 悪 い
ソ連は囚人を集めて軍隊を作ったって噂が立つほど凶悪だったらしいな。
実際はどうかしらんが優秀な人間はヨーロッパ戦線に行ってて、アジアで展開したのは軍人とは名ばかりの
武装強盗みたいな連中だったらしい。北海道出身なんで満州から逃げてきた人を何人も知ってるけど、みん
なソ連兵は恐かったって言ってた。
ま、戦争するなら負けるな。負けなら余裕があるうちに負けろって事ですな。無条件降伏するほどボロボロに
なるまでやるなんて問題外ですよ。
ゲームの影響だな
273 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:38:59 ID:A5YT9h6X0
あんなものは誰だってなど言う人は
元もとの性格がどうなん?何時の時代も色んな性格の人いるし
275 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 19:50:20 ID:gxl8Kzq10
「\ __ __
│ト、l、 /´, '`⌒'´ `ヽ: : .
ヾヽ!lV/ / ,/ / ,' ハ、: .
,ィニ≧ゝレ' / / ,./ / , ハ : : .
く<-‐7´ _」] l l/_,∠/ / / / い : : .
 ̄ノ/: :f r'l l /レ'/、_/‐ト'、/l| li l : : : : .
. : {ハ : :|{(l|y==ミ _ノ、/ソリ ll | : : : : :
: : : :ヽヽ: :|、lハl、゙ ⌒ヾlノリ ll l : : : : : :
>>265 : : : : : : : : V\ヽ、 `ー ゛ノルんイリノ : : : : : : はいはいわろすわろす
: : : : : : : : : ,.--、_ハ`‐r=ニ--、′ノ. : : : : : : :
: : : : : : : : / /-ョロ'ヲ´ i l : : : : : : : : : :
: : : : : : : 〈 ,ハフ'兀「 ! } : : : : : : : : :
: : : : : : : : ヽ, ト{‐lハ. ヽ ' ノ : : : : : : : :
: : : : : : : 〈 , !{ソ ヽl/|、: : : : : : : : ,r-、
: : : : : : `ヽ V j _ノ ,スヘ_ノ7--‐イ∧〈
: : : : : : : { / ,ハ、 _//く 〈 ___ r'九〈ハ.}
: : : : : : :レ' ' ,ハヘニイヽ_厂 、ノソト}〈V´
: :_ノ‐- 、' {∧ トヘ_「 {Y: :仔 之_
〈l ̄>-、_ 丶レ^ヽ厂` 上l_:/Z/ソ‐′
r个y'⌒ll_,/‐、;_,、ト、__ト、 ` ー/「>,、 └トf‐′
{_Y^lヽ、,ど , , 〈__j,ハ、) 、_イソ´`ヽヘ、ノ、lフ
ヽ>ゝハ 〈ノ{ l! ハ_j人lJ /ソ: : : . ノフく_.イ
〉 〈、ソ´ UU 、ノ入 : :__rクー<__〉
∠__, 〈_⊥、′ i _,rくソヽ√ヽフ
j__ルく_/T'┬_ヒス⊥イ \ノ
ヽ√ \丿 ヽ/
>>273 万引き感覚でしょ。
「このぐらい誰だってやってる」
やってねーよボケがと
そりゃ、支那人に捕まったら 食 わ れ る からな
278 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 20:02:16 ID:JtQgMGXp0
>>270 支那への報復は中共支配と台湾分断という日本軍のシナリオで
ほぼ完璧に近い形で実現している。
>>229 激しく同意。関東軍はソ連の満州侵攻は、かなり以前から予想していた。
当然、関東軍参謀たちは満蒙開拓団の避難に関して検討はしたが、満鉄の輸送能力の貧弱さと、広大な地域に散らばる各開拓団への連絡が困難な事。
更にはソ満国境付近の民間人が避難する事でソ連軍を刺激し、侵攻が早まる事を恐れて開拓団への避難勧告は出さなかった。
いわば関東軍の迎撃準備の時間稼ぎを、国境付近の開拓団に負わせたわけだ。
国境での戦闘で玉砕した部隊が多々あったのも事実。地元開拓団から召集された兵隊も多かった。
結局関東軍首脳とその家族、満鉄職員なんかがさっさと逃げて民間人と最前線部隊が捨石にされた。
日本の官僚どもの無責任さは当時から筋金入りって訳だ。
280 :
名無しさん@6周年:2005/08/07(日) 20:43:29 ID:JtQgMGXp0
>>280 残念だな、サヨクじゃないよ。寧ろ共産主義者は大嫌いだね。
ソ連相手に負ければどうなるかわからん訳でもない軍人官僚が、民間人と下っ端の兵隊を盾に逃げる算段だけしてたのが腹立つだけさね。
関東軍は警告を発していたけどね。
ソ連には、ロシア人に差別・虐待されていた少数民族が山ほどいたことも忘れちゃならん。
ロシア人が少数民族が溜め込んだ鬱憤のガス抜きの為に、日本の民間人を生贄に利用したのかも知れない。
284 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 00:37:53 ID:rwE4Mp0X0
子供いるけど
子供を川に流さなきゃならないくらいひどい状況なら
子供と一緒に死んだほうがマシ。
自分達が逃げるのに邪魔だから捨てたってことでしょ?
「運が悪かった」って・・・・子供を川に流したおかげで長生きできたんだね。
285 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 00:53:59 ID:WfQMCfRM0
>「どうしてあんなことになったのか」
やはり、子供を川に投げ込むだけのことはある。
この他人事のような言い方は何だ。子供が浮かばれない。
普通は、自分が犠牲になっても子供を助けたいと思うじゃないのか?
286 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 00:54:28 ID:ufu0e/2a0
「小さな子は、このまま苦しむより、川に投げ込んだ方が幸せだ」。
投げ込んだ方が幸せなだけだろ。
ソ連邦崩壊で雨ざらしになったスターリン像をいくつか日本で購入すべきだな。
人通りの多いところに晒して道行く人が自由に足蹴にできるように。
露助とシナ畜と鮮人だけは
絶対に許せん!!!
うちは両方の祖父母が満洲・樺太からの引揚者なので
小さい頃にいろいろ話を聞かされたなあ。
子供を連れて帰ってきたけど
食べるものがコーリャンとか、そういうのしかなくて
栄養失調で3人中2人が死んじゃったとか。
その頃は子供を殺さずともバタバタ死んでいった時代なんだよ。
中国人に育てられた残留孤児とかは、生きているだけ
比較的幸せな部類だったんじゃないかな。
290 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 01:09:49 ID:7irb3Orl0
>>1 をよく読め
流れていったのは甥と姪って書いてある
この婆ちゃんは我が子を捨てたわけでは無いようだ。
勘違いなレス多すぎ
291 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 01:12:27 ID:U2toJ9bg0
チョコを食べながら読む話じゃないな。
しまってくる。
292 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 01:27:23 ID:mvW7olHJO
運が悪かったなんて、随分自分に都合よく言ってんな。
運が悪かったから何だって言いたいんだ。助けることもできなかったくせに、
どうしてこんなことになってしまったのかじゃねーだろ。
どうせその時は「しめしめ、くいぶちが減った。良かった〜」ぐらいに
考えてたんだろ。こういう醜い行為を「しょうがない」の一言で片付けて
のうのうと生きてる奴、本当ウゼーよ。
293 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 01:35:56 ID:3P3GEwRN0
お年寄りって、自分の母親の事?子供3人殺して、生き残ったのは、
本人と兄嫁だけってこと?
おまいら想像だけで何を言ってんだか。想像の世界だけで正論振りかざすのは
結構だがよ。こんなぬるま湯社会で、2chのスレで、「理解できない」なんて
自己顕示たっぷりのレス書き込む人間は絶対、子ども川に捨てるね。
大体究極の選択ってもんをしたことないんだろうにさ。
まあ政府の甘言に乗せられて、満洲なんていうパワーバランスの
微妙なところに移住したのが間違いの「ひとつ」ではある。
うちは漏れを含めて先祖代々、先読みが甘いからなあ。
>>285 例えほんの一瞬であっても
>子供が浮かばれない
を見て「まあ、川に沈んだのだから浮かばないわな」と考えてしまった俺様は今
自己嫌悪の感情にさいなまれた。
297 :
ホタルイカ <二:彡 @光学迷彩 ◆Optic4oz5g :2005/08/08(月) 02:18:43 ID:6d2LukVn0
中国軍部高官・朱成虎少将の国防大学でのスピーチ(7月6日)
「核兵器の出現は、人類進化の結果である。」
「我々の中国は核競争に先行し、それにより他国の人口を減らすと同時に、
自国の人口を保ち、将来全世界で大きな割合を占めるはずだ。
将来、人類の進化進展に重要な位置を占拠するように努力すべきで、
核戦争を経て、我々は百年あまりの重荷を下ろし、
全世界を手に入れることができる」。
_____ ________
)ノ
6ヘヘヘヘヘ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
||ニ回ニ|| < 核戦争を経て、
( `ハ´) | 全世界を手に入れるアル
ノメ⌒||⌒` \____________
ノヽ_ノ ヽ_ノ ハッハッハッハ
ノ.,.,.ノフフ,.)
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/07/html/d28434.html
298 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 02:19:30 ID:MZzouNat0
今の中国進出企業とだぶる
299 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 02:22:45 ID:7cQHnecx0
ガキのときこれを実体験してる赤塚不二男によると、
日本軍は民間人を放置して真っ先に逃げ出したと
本に書いてるね。それ以来、軍というのは言ってることと
やることが全く違うんだと納得したと。
食べるものがないなら子供を食べればいいじゃない
301 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 02:39:44 ID:zOUGXyH+0
究極の選択なんだろうな
落伍したら命はない
ソ連兵(モンゴルや共産朝鮮兵も含む)になぶり殺しにされるか
野犬やねずみ、鳥に生きたまま喰われるか・・・
逃げていった方向が分からないよう、河に流すしかない
埋める体力も時間もない
ただ、関東軍がさっさと逃げたというのは嘘。
南方に兵力を抽出されてて、拠点にたてこもると却って守備の穴が
できるので、後退戦術をとっていた。しかし東側を進撃したソ連軍の
電撃戦の能力が初期段階では完全に上回ってしまったことで、こう
した悲劇が起こった
ソ連軍の補給が続かなくなると、関東軍の戦線もようやく持ちこたえ
はじめ、国境のハイラル要塞をはじめ、停戦まで戦い抜いたり玉砕
した部隊がソ連軍の足を止めていた
ただ、ソ連軍は停戦しなかったんだ。満州でも千島でもオホーツクの海でも
それこそが本当の悲劇のはじまり・・ 教科書には書いてないが
302 :
出張軍板:2005/08/08(月) 03:14:09 ID:zOUGXyH+0
教科書やメディアが教えない満州の1945年
8月9日にソ連軍の総攻撃が開始されたとき、関東軍は
まだソ連の意図を正確につかみきれておらず、軍中央は
局地限定攻撃の可能性を捨てきれないでいた。
それでも満州東部の守備隊は、各自の判断で防衛戦闘
を開始し、ソ連領内への重砲の砲撃まで行った部隊もあ
った(虎頭要塞の守備隊)。
関東軍は、満州東側で陣地を出て決戦、西側では陣地に
立てこもって持久戦を考えていたが、東側はヨーロッパで
ドイツ相手に電撃戦を叩きこまれた第一赤旗軍、第5軍が
雪崩れ込んできた。
電撃戦とは、強固な拠点は迂回して、がむしゃらに浸透し
敵の補給や増援を断ち切って、無力化する戦術だが、この
ソ連軍に立ちはだかったのが虎頭要塞をはじめとする
要塞群だった。
まさに圧倒的な兵力で攻めたにもかかわらず、逆襲を受け
司令部まで砲撃されたことに驚いたソ連軍は、牡丹江を
を結ぶわずか20kmに6個師団!(10万人)を投入した。
日本軍守備隊は要塞=1500人+400人の民間人、牡丹江
6000人)。
しかし日本軍の抵抗は熾烈を極め、完全に占領されたのは
8月15日だった。
303 :
出張軍板:2005/08/08(月) 03:45:59 ID:zOUGXyH+0
まとめ
・兵力差から見ると、関東軍の抵抗は壮絶なものであった
(赤軍の損害も少なくなかった)
・居留民と武装解除後の兵員に夥しい危害が及んだのは
停戦申し入れ後(8月17日以降)である
・軍事的な敗北はやむをえないものであったとしても
ソ連参戦の可能性が濃厚となった45年夏の段階で
150万人の居留民の脱出計画をほとんど研究しなか
ったのは、関東軍の失策である
・関東軍の居留民避難の着手は8月10日になってからで
しかも、軍、満州皇族の家族から行った
これが「見捨てて逃げた」との非難につながった
・満州を占領したソ連軍は、現地のあらゆる財=工場、金属
燃料、美術品、インフラ・・・そして人間を持ち去った
日本人が恐れた鬼畜は米英ではなく、ソ連であり、八路(中国
共産党軍であり、のちに朝鮮兵であった
304 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 03:50:00 ID:V2SBE5vU0
若干シニカルに考えてみよう。
人の命は「幾ら」か?
ケースバイケースだが、例えば交通事故なら、
普通の人で1億円〜数億円の損害賠償が出る。
勿論、生前の(期待)収入の多寡に応じて、天井知らずではあるが。
イラクで米兵が戦っている。彼らは十分な補償を得ているのだろう。
自衛隊員も毎月100万円の「危険手当」を得ている。
それでは、戦争における、非戦闘員に対する補償はあるか?
無い。全く無い。
かたわになろうが、死のうが、全く何の補償も期待できない。
これ程、バカげた話も、そうはあるまい。
地震保険に未加入だった為に、
地震を原因とする火災による家屋の焼失に対して、
何の補償も受けられない事を遥かに上回るバカげた話だ。
結論。非戦闘員の損害に対する十分な補償が無い限り、戦争には徹頭徹尾反対すべき。
>旧ソ連軍の侵攻に伴う逃避行を続ける中、足手まといとなった幼
>い子供たちを川に流してしまった。
俺もこういう話を工事現場で働いてた爺さんに昔よく聞いたな。
軍が真っ先に逃げて馬車やリアカーなんかを兵士が乗って子供なんて
ほったらかしにされたと言ってた。
関東軍は最悪だったとさ。
樺太にいた老人は逆に日本兵は立派だったとさ。
地域によってだいぶ差があるようだね。
その状況にならないと分からないよね。
一緒に行動をしていた女性が他の人の迷惑になると
泣く子を黙らせれば、他の女性もやっぱり同じようにしたんじゃないのかな。
ってか、もうそうするしかないよね。
もちろん、自分も子供と一緒に死を選んだ人もいるんだろうけど。
平和な国でのほほんと生きてる奴らが極限状態でわが子を殺すしかなかったことを批判してるのを見ると腹立つな。
終戦直後の状況なら、
多くの人は日本が復興してここまで発展している姿を想像できなかっただろう。
(明治維新から昭和までの成長はもちろん知っていただろうけど。)
どうせ日本に帰っても希望のない、悲惨な生活が何十年も続くだろうと
当時の人は考えただろうねぇ。
そういう文脈でこの話を解釈するといい。
>>307 激しく同意。
ワイドショーで流れる、パチンコ駐車場炎天下車中置き去り殺人と同じくらいにしか思えないんだろうよ。
見捨てるも何も、日本兵の多くはシベリアに抑留されて死んでる。
軍全部が先に逃げてたらそんなことにはなってない。
311 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 09:43:37 ID:UGHiz8Oj0
>>310 > 見捨てるも何も、日本兵の多くはシベリアに抑留されて死んでる。
>軍全部が先に逃げてたらそんなことにはなってない。
関東軍が逃げた先は、南満〜朝鮮国境。そこで武装解除されて抑留。
満州国全土を見捨てたってことなんだが。
312 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 09:45:46 ID:WMCfMpRy0
313 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 09:59:42 ID:klmQy9KU0
戦争中、戦後の混乱の中での事
しかし中国残留孤児は、良く育ててもらえたな
今の中国では 先ず無理
この60年、中国を植民地にしていないのに
では どう見れば善いのか
苦しい思いをさせるなら川に投げ込んだ方が幸せだと思いたかったんだよ
防空壕で泣く赤子を殺さなければならいないのと同じで、村社会だし
誰かが言い出せば実際は強制みたいな状況だったんだろうね。
>>281 ちゃっかり生き残った人達ってのは、思い切って財産を捨ててきた人なんじゃねーの?
>>311 見捨てたってのも事実だし、後退して戦線を縮小するのも当然の戦術。
官僚批判・軍部批判はどんどんすればいいと思う。
これが「自衛隊を解散しろ」とか変なことを言い出したら反発する。
俺は満蒙開拓団に対してあまり良い感情は持っていない。
日本が空襲で焼け野原になっている時も満州は平和だった。
最後は悲惨だったかもしれないが、俺たち内地の人間より不幸だったとは限らない。
>>317 日本も核武装すべきという意見がありますが、どう思われますか?
よろしければ戦争体験者の意見を聞きたいです。
319 :
名無しさん@6周年:2005/08/08(月) 19:53:49 ID:h3x3sWMU0
戦争体験者じゃないが
核武装すれば潜在的に米の脅威になると思うし対立を助長しかねない
またそれを口実に米が攻めてくることも考えなくてはならない米に対して
楽観論はすべきではない この論理はおかしいが日本に核の釦は押せない
世界中が戦争状態に陥ったとき核を持っていないことが逆に強みになる時も
あるし戦争をやめようとする時外交でリーダーになれるのでは?
戦争を否定しないがかつきがあるなら新兵器を開発し既存の戦術を一掃する
のが大前提 ザクとかガンダムとかがんだむとか作るしかない
>世界中が戦争状態に陥ったとき核を持っていないことが逆に強みになる時も
>あるし戦争をやめようとする時外交でリーダーになれるのでは?
>戦争を否定しないがかつきがあるなら新兵器を開発し既存の戦術を一掃する
>のが大前提 ザクとかガンダムとかがんだむとか作るしかない
小学生だろうけど、それが楽観論だよ。
321 :
ホタルイカ <二:彡 @光学迷彩 ◆Optic4oz5g :2005/08/09(火) 17:29:38 ID:twm+mcyL0
( `ハ´) < 小日本を核攻撃するアル
「中国、日本に対する核兵器の使用をほのめかす」
東京 中国の呉儀副首相が小泉純一郎首相との会談を中止して帰国した問題をめぐり、
中国側が日本に対する核兵器の使用をほのめかしたことが明らかになった。
外務省関係筋が明らかにしたところによると、中国側は与党内の対中宥和派に非公式に接触、
もはや首相の靖国神社参拝の可否の問題ではなく日本国民そのものの歴史認識の問題だとし、
謝罪しても同じ問題を繰り返すのでは謝罪の意味が無いと主張、何らかの対価を求める一方 、
日系企業に対する優遇措置など、揺さぶりをかけたとみられる。
その際、中国には報復の 権利があるとし、
将来の東京への核兵器使用の可能性をほのめかしたという。
これについて現代中国に詳しい野修道教授は、
「中国側が歴史認識を外交カードとして利用している以上、宥和的な政策は最悪の選択だ。
人道上の問題ではなく駆け引きの道具として有効である限りは、
百年経っても同じ問題が再び引き起こされるだろう。
歴史問題は決着したという態度を貫くことこそが、
カードの利用価値を消滅させ、結局は日中友好に結びつくだろう」
とし、安易な妥協に奔る対中宥和派を批判した。
また、日本の将来について、
「中国側の理不尽な仕打ちに耐え我慢に我慢を重ねる現在の日本の姿は、
満州事変や日中戦争前の日本に酷似している。
我慢の限界に達した日本人が報復一色に傾くことが心配だ」
と同じ歴史が繰り返される可能性を指摘、
「ほどほどに外交上の勝利を得ることで、ガス抜きする必要がある」とした。
また、日本の国連安保理事会常任理事国入りについては、
日本が何をしても中国は反対に回るだろうと予想、
むしろ「常任理事国である中国が、アジアの安全保障の不安定な要因になっている」とし、
核兵器により近隣諸国を脅迫する中国の常任理事国としての資格を問うべきである、と主張した。
中国大使館は、あくまで日本側に問題があるという立場に固執し、核兵器については明言を避けた。」
http://www.mainichi-msn.co.jp/ (5月26日 毎日新聞 HPから削除済み)
この手の話って証言だけで証拠ないんだろう
日本兵は嘘なかりつくから
323 :
名無しさん@6周年:2005/08/09(火) 17:51:56 ID:Owsf6X4u0
しかし「祖国に帰るのだ」という引き上げ組の執念の物語を読むと
強制連行されたのに全く帰る気がない人達が不思議で仕方がない。
324 :
名無しさん@6周年:2005/08/09(火) 18:24:38 ID:iu6VJ0Hw0
祖父母も直前に日本に逃げ帰ってきた口だな。
親父を産むのが帰国の理由になったみたい。
敗戦後巣鴨にぶちこまれちゃったけどね。
同じ移住するなら、米国に移民していたほうがまだ良かったのかなぁ。
収容所にいれられて、日系人部隊を前線に派遣されても、
小さい子供を河に投げ込んだりレイプされるよりマシかも。
子供を交換して食べたりする悲劇がおこらなかったのは日本人だったから?
326 :
名無しさん@6周年:2005/08/09(火) 19:57:12 ID:YZEBhbWN0
327 :
名無しさん@6周年:2005/08/09(火) 20:15:33 ID:REOAvP5z0
関東軍は少しでも早く逃げれるように満州にいた開拓民に
連絡せず、むしろ時間稼ぐために足止めしたらしいね・・・
328 :
名無しさん@6周年:2005/08/09(火) 20:27:13 ID:mbeeN4rR0
祖父一家も満州から引揚者。
子供を四人連れて、みな生きて帰ってきた。
引き揚げ隊何百人をまとめた隊長(?)のような立場だったと
生前聞いた。
このままではみんな飢え死にするので、
子供をジャガイモと交換する人も多かったそうだ。
中国人は「頭がいいから」と日本人の子を欲しがったらしい。
財産は全部没収されるため、靴の底に指輪や僅かなお金を
隠したそうだ。
やっと乗った船の中でも死者が続出し、
遺体は海に流してその周りを一周するのが
弔いだったと言っていた。
川に捨てたのはさぞかし辛かっただろう・・・。
329 :
出張軍板:2005/08/10(水) 00:39:50 ID:LfBDdmYC0
>>311 >>327 昭和12年の段階で、関東軍は積極的な対ソ連戦略を
放棄しています。当時ですら極東ソ連軍は、年間10個
師団の増強が行われていました。
ソ連が満州に攻め込んだ兵力は83個師団150万人です。
昭和20年8月当時、関東軍の兵力は24個師団+13飛行
中隊70万人でした。しかし、根こそぎ動員で集められた者
は戦闘経験がなく(それでも善戦しました)、見た目の師団
数はあるものの、定数や装備は満たしていませんでした。
330 :
出張軍板:2005/08/10(水) 00:41:54 ID:LfBDdmYC0
つづき
例えば、第63、第117師団の2個師団合計の火砲は、山砲
(人力で分解搬送可能な小さな砲)18門に過ぎず、第148
師団には小銃(ライフル)がほとんどありませんでした。
そこで、関東軍は新京-図門-大連を結ぶ三角形の防衛ライン
を想定して作戦をたてましたが、物資、兵員、装備劣悪で
陣地構築は遅遅として進みませんでした。この三角形の
位置こそ
>>311さんが言われた地域なのです。
旧軍を擁護するつもりはありませんが、日本の最後の戦い
は非常に過酷で、軍の個々の努力で居留民の避難を含む
作戦の主導権を握ることは絶望的な状況でありました。
だからこそ、避難計画を練っておくべきでした。
今にその戦訓は活かされているでしょうか?
>>105 中国軍と言っても、共産党の八路軍と国民党のがあるわけだが…
>>194 > 開拓団のひとって日本でも食い詰めた農家の次男三男とかが多かったらしい。
要するに日本には帰るところがないんだよ。
日本が敗けるかも知れないと分かっても、
なんとかなるのでは一縷の望みに賭けて満州に残っていた。
>>1 > 国策で、満州(現中国東北部)に移住すれば、広大な土地で農業を営んで
> 豊かに暮らせる、と言われた時代。
例えば、東映の前身の一つJ.O.スタジオが作成した
映画「新しき土」がその宣伝を行った代表。(ちょっと配給時期が遅いが)
ラストで、ヒロイン原節子が主人公と結婚して、
これまでの贅沢な暮らし(ヒロイン)、西洋かぶれの暮らし(主人公)を捨てて、
満州で農家として新たに夫婦として生活を始める。
ラストシーンは畑を耕す二人に、その畑の廻りに銃を持った関東軍の兵士。
1937年の日独合作映画。伊丹万作(伊丹十三の父親)とアーノルド・ファンクが
それぞれの国版の監督。