【社会】「怒りと悲しみ感じる」 "戦争体験談、退屈"入試問題文で、元ひめゆり学徒★2

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652名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:44:37 ID:rBpqvWtZ
>>643
(1). ひめゆり学徒は、戦時中はきちょマンだったが、いまは老婆であるという
  真実に気がついたから。
(2). ひめゆり学徒の養成は万全だったという話は信じるが、戦果だけが問題だという
  ことに思い至ったから。
(3). 原文を読んだら、ひめゆり学徒が日本に巣くう、半島人とおなじ人種だとわかり、
  「さかしらに不幸をみせびらかすな」という気持ちになったから。
653名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:46:17 ID:2+emA0hQ
>>646
>「昭和天皇は有罪!」とか、
>「修学旅行で土下座すべし」なんて、

なんだ、結局それが言いたいんじゃないか・・・

654名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:49:35 ID:aS3C68BK
>>650その他

そういった話は、しかるべき時と所を得れば人の胸を打つと思う。
ただ、ここでのそのコピペについては、だからどうだ、って感じか。
別に1回リンクを張れば十分だと思うが。

まあ、幾ら題材が感動的でも「またいつものコピペ嵐か」で終わり。
655名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:51:53 ID:e3/D9A+x
>>653
いや全然言ってない。
なんなら、最初の文章100回くらい読み返してみても構わんぞ?

いくら悪徳業者だからといって、
「リフォーム申し込むなんて言っていないじゃないですか」
「今言ったじゃないですか、契約成立ですね」
なんて奴はさすがにいないと思うぞ(いやわからんか)
656名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:52:05 ID:J9Kw4i/x
「島田知事に関する本」とか本のタイトルもあげずにソースをぼかして書き込みし続ける奴がいるが、あの本には沖縄島民の日本軍への献身的な協力ぶりについてもくわしく書かれてるから沖縄叩きしたい奴らにとっては本そのものはなるべく人に読まれるたくないんだろうね。
657名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:53:27 ID:aS3C68BK
>>656
崇拝も叩きも無用ではないか?
658名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:54:34 ID:J/sBDlnh
ひめゆり学徒というのは、あくまで後方支援であって、そんなに地獄は見てない
はずでは?と思っていたけれど、結構爆弾とかにはやられてるんだね。
愛媛の南予地方なんかそうだけど、先の大戦でひどい目にあってない地域ほど、
保守的な感じがするね。ひどい目にあった地域の人は、国家というものに対する
感覚が、良くも悪くも、ひと皮向けてしまうのでしょう。
659名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:55:51 ID:e3/D9A+x
>>656
確か、中央公論新社「沖縄の島守、内務官僚かく戦えり(やや曖昧)」田村(たぶん洋三)著
これで満足か?
言っとくけど、別に現代政治に関する特定の主張は特にしていなかったぞ。
660名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:58:26 ID:2+emA0hQ
>>655
大体、問題になったのは「従軍慰安婦」「軍に拠る強制」であって
慰安婦自体ではないよ・・・・

問題の核心をぼやけさせて如何するの?
661尾行やめましょうよ馬鹿トヨタ 6288:2005/06/12(日) 13:58:32 ID:hLWr7XMW
:トヨタ監視食堂 寮まで尾行:
名前:トヨタ王国の裏側 :2005/05/25(水) 02:30:54 ID:ywTVWTBA
会社の中の警察
「ケーサツというのは会社のケーサツですか?それとも民間の
   普通の警察ですか?」
「送るとき僕の名前はどうしましょう」
「なんでもいいですよ」
「封筒に指紋はつかないですか?」
いくらトヨタにカネがあったとしても郵便物の指紋をすべてチェックするのは
??だろう
「いや、こっちではなく、あなたのほうが調べられたりして」
もししらべるにしても僕なんかよりも 答えているうちになにか
薄ら寒い想いがしてくるのだった。
358 名前:元警察署長がトヨタには2人いる :2005/05/25(水) 02:44:43 ID:ywTVWTB
「尾行はついてなかったですか?」
「それなら、僕も注意して歩いています。ずーと見てきましたが
○○です」
「そうですか僕はクルマを、向こうの○○に置いてきたのです。
そこまで僕を運んでくれませんか?」
彼は歩いていて人目につくのを心配しているようだった。
わたしは、私が乗せてもらっているクルマのほうがまだ危ないと
思ったので
「歩いていったほうがむしろいいですよ」といい、そこの主人も
「裏口から出て行けばいいよ」と口を添えた。
彼は挨拶もそこそこに裏口から不安な表情で出て行った。
わたしは、約束どうりだいぶ間をおいてからそこをでた。

?月には2日間で3人の自殺者がでたという。
高岡工場でとりわけ自殺者が多いという。
トヨタ尾行レクサス星が丘周辺には尾行する警察車両がたくさんいます。
尾行されたい人ぜひ。
662名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 13:59:46 ID:MGDySnrr
何でわざわざ入試問題でこんな文章を出したんだろうな。
もっと普通のにすればいいのに
663名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:00:23 ID:e3/D9A+x
つうか、ここで話題になってる、「ひめゆり部隊」それ自体、献身的協力そのものじゃん。

>>656は一体何を叩きたいんだか理解に苦しむ。
664名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:03:19 ID:V6taqwE7
>>661
↑↑↑↑↑
久しぶりに、何を言いたいのか全然分からない電波文書だ。。。。
665名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:04:07 ID:e3/D9A+x
>>662
まあ誰かが殻をぶち破る事はあってもいいんじゃないかと思うぞ。
666名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:05:12 ID:cBz6v5lb
一事が万事、
ひめゆりが退屈と吐いて捨てる青学の糞教師は、
長崎の平和記念像にペンキをぶっかけるだろう。
広島に行けば千羽鶴に火をつける類だ。
こんな自称教師は死ねばいいよ。
667名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:08:52 ID:NMDcqEA5
ひめゆり学徒なんて知ったことじゃない
拉致家族ともども逝ってくれ
青学のかわいい女の子は価値があるけど、ジジババはいらない
668名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:10:07 ID:TVtdKwbj
修学旅行、行くのに平和教育されて、
質問したら、いやな顔して、
行ったら雨ばっか、最低。
669名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:11:33 ID:CsKSV3yu
>>654
これはコピペでは無い。私が「ひめゆり平和祈念資料館公式ガイドブック」からそのほんの一部を抜粋して自分でタイプしたものだ。
この本はひめゆり平和祈念資料館を訪れる学校は事前に必ず持っているものである。
つまり、問題文作成者の英語教師は当然読んでいたと思われるものだ。
これを読んだ後にあのような問題文を作成したというところに疑問を持たないのならよほど鈍いか偏向者であろう。

抜粋したのはまだアメリカ軍の上陸前のもの(艦砲射撃時)である。
この後アメリカ兵の上陸が始まり、ガマでの地獄が始まる。
ガマでの地獄とは、日本軍人による民間人殺しと追い出し、手榴弾による集団自決、アメリカ軍による機銃掃射、火炎放射による死亡である。
そういったことも勿論書かれている。
それらにはいっさい触れず、問題文に寄れば、ガマの恐ろしさとはその“暗さ”にあるのだという。
そして、ひめゆりの語り部によってそれらの体験が薄められてしまったとも。
馬鹿を言うな、である。

さて、これらの証言を読んで「退屈だ」と感じる生徒がいるであろうか。
いてもよいだろう。だが、これらを「退屈だ」と感じる生徒を無くすのが教育の役割なのだ。
予めこれらの証言の予備知識があれば(というより、これらの証言をこそひめゆり平和記念資料館は展示しているのだが)、「退屈」などと言うことが許されない“厳粛”な場がそこに存在することがわかるだろう。
それらを敢えてneglectして支離滅裂の論旨、文脈の問題文を書いた教師の罪は問われるべきであると考えているのである。

670名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:11:38 ID:d8h4IJ5W
>>645
そういうのを批判する場で〜だから退屈な話だったというなら問題ない。
つかなんでこれに腫れ物扱いとか持ち出すんだ?

俺は英文の元ひめゆりの話は退屈って部分が、
タレント○○のネタだったり(自称?)慰安婦の訴えだったり
拉致被害者の家族の訴えであったり、
とにかく誰であろうと批評する場じゃない英語の試験の問題文で
名前出して退屈って感想は書くべきじゃないと思う。

たまたま似たようなテーマのスレで見付けたが↓みたいなのと一緒。
http://www.jtu-net.or.jp/education/sansu/series/08.html
在日米軍批判したいならそういう場ですればいいのに
関係無いところに紛れ込ませてるから不快感を感じてしまう。
671名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:11:53 ID:HRstgEsT
ひめゆりをどう思おうと個人の自由だ。
それが、思想の自由って者。

だが、それを公共の場で、しかも、教育の場で思想を発信することが問題。
672名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:16:51 ID:4vP8pnq2
neglectという単語もマーカーになるな。
673名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:18:26 ID:J/sBDlnh
>>669
あれは、まだ地獄の序章だったわけですか。
674名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:23:20 ID:J9Kw4i/x
659が挙げてくれた「沖縄の島守、内務官僚かく戦えり」には沖縄にとって公表されると都合が悪い事と公表されたほうがむしろ沖縄島民の名誉の為によい事が両方とも書かれている。「沖縄県の島田知事の伝記を読んでゾッとした事」とかいうコピペもこれがソース。
675名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:26:11 ID:2+emA0hQ
>>669
原文では、ひめゆり体験者が亡くなられたら、
どうやって悲惨な体験を後世に正確に伝えてゆく事が出来るだろう

とも書かれてるのだが・・・・つーかそれが主題のような
676名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:30:21 ID:qeyr+J+P
>>670
アメリカ兵の立場に立って、その話に胸躍らせる生徒もいてもおかしくないと思うが。
そもそも戦争を悲惨すぎると洗脳すると、いざという時に戦争できなくなる。
677名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:47:27 ID:9rF2qn6k
                     .  ) (  、
                    ; (    )  '
            o____ . (、. ' ⌒   `  )
            /       ~ヽ (. : ) ,  ( '
           / ☆       ; ) ( . ⌒ )
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         /              / 
        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧  /
 ( ´∀`) /
 (    )つ
 | | |
 (__)_)

琉球旗
http://dict.hp.infoseek.co.jp/other/
678名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 14:54:50 ID:AmUale1G
毎年お世話になっていながら、話が退屈で飽き飽きと、
よく書けるよ。青学英語教師は人間のクズ。
死んでお詫びしろよ。
679宮城喜久子(当時16歳)(その1):2005/06/12(日) 14:55:17 ID:CsKSV3yu
戦車に追われて即死した与座昭子さんを道端に残したまま逃げて来たんですよ。真昼でした。
早朝からの猛攻撃で道は死体だらけで、蛆のたかった死体に何度もつまずきながら必死に走っていたんです。
その日は一番ひどかったですね。ちょっと頭を上げるとプスップスッと弾が飛んで来るんです。兵隊達は血だらけで軍服もボロボロになっていました。這いずり回る怪我人がそこら中いっぱいでした。
敵はアダン林を火炎放射器で焼き、隠れた人達をいぶり出していました。私達は平良先生に取り縋って海岸を逃げ回っていました。グループはもう十二名になっていました。敵船はすぐ近くまで寄って来て、マイクで「米軍が保護する。早く船に乗りなさい。
泳げない者は昼間のうちに港側の方向に歩きなさい。夜は歩くな」と言っていました。顔も見えるんです。火炎放射の火は迫るし、生きた心地もしません。
それから後は喜屋武岬の海岸を、潮が引いたら歩き、満ちたら蟹のように岸壁にへばりついて逃げていたんです。
岸壁の下は凄い波しぶきでした。怖かったですよ。
精も根も尽き果てた私達は、もう皆で自決しようと話し合っていました。特に三年生は
「平良先生。今のうちに死にましょう」と苛立っていました。
「早くやりましょう、先生」と、先生を追い詰めているんですね。
先生は先生で、十一人の運命を託されているという責任感と悲愴感でとても苛苛しているようでした。
私は平良先生から手榴弾を一つもらって持っていました。
宮城貞子、宮城登美子、板良敷良子と私の四名は、誰からともなく海に向かって<ふるさと>を歌ったんです。皆かすれ声で後は声にもならなかったんです。すすり泣きに変わってしまいました。
680宮城喜久子(当時16歳)(その2):2005/06/12(日) 14:57:19 ID:CsKSV3yu
「お母さんに会いたい」と板良敷良子さんが泣きながら言いました。
「もう一度、弾の落ちない青空の下で大手を振って歩きたいね」とも言いました。
それを聞くと皆声を出して泣きました。こんなに追い詰められて死ぬのは悲し過ぎると皆思っていたのです。
だから一度に泣き崩れたのです。
六月二十一日の朝、岩穴を見つけて一緒に隠れましたが、狭くて比嘉初枝さんとわたしと平良先生がはみ出してしまい、それですぐ側の岩にもたれて座っていました。
米軍はぱったり攻撃を止めて砲声は絶えていました。不気味な静けさに包まれた入江の海は無数の軍艦が巨体を浮かべ、岩陰には沢山の避難民、兵隊と私達が恐怖に包まれながら身を潜めていました。
皆が怖がっている放送がまた始まりました。投降呼び掛けのその気味悪い声だけが、辺りに響き渡りました。
「助けてあげるから手を上げて来い。出て来い」
そしたら兵隊が一人、両手を上げて船に向かって行ったんですよ。私達は目を見張ってその兵隊を見ていました。
そしたら突然パパーンと後ろの岩陰から同じ日本兵が、その人を撃ったのです。
兵隊は倒れ、海に浮きました。そこはもう地の海でした。皆びっくりして声も出ません。咳一つしない不気味な沈黙が、何時終わるのかと思うくらい長く続きました。
その時です。突然血だらけの兵隊が転がり込んで来たのです。米兵に手榴弾を投げ付けたため、逆にやられてこちらに逃げ込んで来たのです。
681ばんから:2005/06/12(日) 14:57:20 ID:7NfJZ2Kb
教師に欠陥品が多いと知れば腹も立たない。
682宮城喜久子(当時16歳)(その3):2005/06/12(日) 15:01:29 ID:CsKSV3yu
「敵だ!」
と言う叫び声が起こると同時に平良先生が反射的に九名のいる穴の方へ飛び込んでしまったんですよ。
私と比嘉初枝さん二人はすぐ隣の穴に倒れるように逃げ込んだのです。
与那嶺松助先生のグループがそこにいました。殆ど同時でした。
次の瞬間、何処から現れたのか米兵が私達に自動小銃で乱射しました。盲撃ちでした。
目と鼻の先の至近距離からです。凄い轟音でした。あそこもパーン。こちらもパーンです。
側の安富祖壽子さんはウーンと唸って私に寄り掛かりました。仲本ミツさんと上地一子さんの二人も即死。
右側の曹長も即死して私の顔の上に倒れてきました。島袋とみさん、比嘉園子さん、大兼久良子さんの三人も大怪我でした。
ちょうどその時九名のいる穴へ飛び込んだ平良先生がアッという間に手榴弾自決を遂げてしまったのです。
私と比嘉初枝さんが自決現場に駆け寄りましたら一面血だらけで、十人が倒れていたんです。
平良先生は腸が全部出て真ん中にうつ伏せになっていました。三年生が一番酷い様子で判別出来ないほどでした。
比嘉三津子さんと瀬良垣えみさんはちょっと離れて死んでいました。普天間千代子さんがウーンウーンと唸って息を引き取りました。四年生は皆きれいな姿で残っていましたが顔面のあっちこっちにポツンポツンと穴があいていました。
私は立ちすくんでもう声も出ません。最期の場面はほんとに惨いものでした。
一瞬の出来事で四名が即死。十名が自決です。
地獄そのものでした。
683名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:06:44 ID:v9GPr6Eh
ひめゆりの婆さんの言わんとするところは結局、戦争はいけませんということ
だけでしょ。いけませんと言ったって人類は国際紛争を解決する手段として
戦争をまだ必要としているんだから仕方ない。
戦争したくないなら戦争というものを科学的に研究してその発生のメカニズム
を解明することだろう。
ところが日本には戦争反対と言う奴はいっぱいいるが大学に軍事学部というものはなく
戦争を研究してる大学学部は無いという不可思議な状態にある。
684名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:07:45 ID:NMDcqEA5
いつまでも、悲しみとか戦争体験とか言ってないで
さっさと逝ってくれ、ひめゆりさんたちよ
資料館で人魂でも飛ばしてくれるなら話は違うが
685名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:09:28 ID:sssI/uXd
しかし退屈であるというのは事実です。
自己の戦争体験を語る事で、無条件に感動してくれていると考えているのでしょうか。
ほんと自己批判能力の欠如した人達ですね。
686名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:11:10 ID:HP/J7o8N
退屈なのは話がつまらんからだろうな
687名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:11:18 ID:gW21mKKP
>元ひめゆり学徒の女性(77)は「これまで平和を願う『ひめゆりの心』が伝わって
>いると思っていたが、この問題を知って怒りも悲しみもあり、眠れないくらい複雑
>だった」と胸中を明かした。

記者会見までして相手を非難するメンタリティが、「ひめゆりの心」なのかね。
要するに自分に不愉快な発言や記述はたたく、言論弾圧じゃんか。

元戦争体験者の話は、全員が謹んで拝聴して、全員が同じ感想をもち、
全員が同じように戦争を憎むようにならなければならない?
あるいは、少なくとも自分もそう感じましたと表明しなければならない?
北朝鮮だな、こりゃ。

688名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:11:26 ID:VpLy9u/6
とはいえ、出題者も常識で考えろよw
689名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:12:04 ID:/pUnyHW9
>678
青学高等部は沖縄に行かないんじゃないの?
長崎に行くって書いてあるし
690名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:13:05 ID:g4PHfG/s
教師の処分マダー、チン
こういう教師を抱え続けるの〜

なんか反省するより愚痴言ってそうだけどな
あるいは2ちゃんで戦争体験談話してくれた人叩いてそう

マジで
691名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:13:30 ID:gW21mKKP
それにしても、戦争で地獄を見て生還した日本人は何十万人もいるのに、
なんでこの人たちだけが特権的な地位を与えられたわけ?
692名無しさん@5周年:2005/06/12(日) 15:17:01 ID:kMLI5r+z
>>658
>ひめゆり学徒というのは、あくまで後方支援であって、そんなに地獄は見てない
>はずでは?と思っていたけれど、結構爆弾とかにはやられてるんだね。

15〜6歳の女子学生たちが敗走する日本軍と行動を共にしていたんだから
普通はじゅうぶん地獄を見ていると推測できると思うが…。
だいたい当時の沖縄南部なんて、どこにいたって地獄だろ。
693名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:17:14 ID:gW21mKKP
>688
>とはいえ、出題者も常識で考えろよw

常識や社会の雰囲気に合わせろよ、というのは、言論・表現の自由の問題では危険だな。
そもそも戦前・戦中の常識では「戦争反対」なんて言えなかったわけで。
常識とかマジョリティの考えで、異質な意見を排除するのは、自由社会じゃないよ。
それはファシズム的社会か、社会主義国家だ。

まあ、出題者もこの程度の処世術くらい無かったのかよ、という意味では同意だがな。
694名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:21:47 ID:pXASd/+s
自爆する前に、女学生は臨時慰安婦になったみたいだね。
695名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:21:50 ID:CsKSV3yu
ひめゆり学徒隊   222名中123名死亡
白梅学徒隊      54名中20名死亡
ずいせん学徒隊   61名中33名死亡
梯梧学徒隊      17名中9名死亡
積徳学徒隊      65名中4名死亡
なごらん学徒隊   10名中1名死亡

特筆すべきは死亡者の8割以上が撤退後だということである。
降伏を許さない第32軍は、自分達はちりぢりに解散し、学徒達、県民は戦場に放り投げた。
それが犠牲の最大の要因になったのである。

696名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:24:50 ID:Hqajh9ea
怒り、悲しみは暗黒面に繋がり憎しみを生み出す
697名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:26:10 ID:g4PHfG/s
後世に伝えようと思い出すのもつらいであろう
体験を伝えようと、わざわざ話してくれてる人に話が退屈とはね


言論表現の自由とか言ってる奴、マジで馬鹿ですか?
698名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:26:35 ID:2+emA0hQ
原文を読めないのがこんなに居るとは・・・orz
699名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:29:18 ID:B+gJPT4f
日本人は、本当に冷たくなったのかもしれない。
この記事を見て、中韓の過去の戦争に対する言い分にもう少し耳を傾けてみようかと思った。
700名無しさん@6周年:2005/06/12(日) 15:32:28 ID:szg7POv9
そりゃ何度も何度も同じ話してたくさんの人に聞いてもらってるんだから話し上手に成るだろうよ
何度も何度も同じ話して上手くならないこぶ平の方が問題
701名無しさん@6周年
> 658
ほぼ全滅だよ。