【訃報】日本中世史の第一人者、網野善彦氏が死去[02/27]

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75名無しさん@4周年
西尾幹二 日録 2月16日
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国民の歴史』(平成11年10月)から教科書採択(13年8月)にかけての歳月に、
網野善彦の一世一代の大事業が二つ行なわれた。
講談社の『日本の歴史』シリーズ全26巻と中央公論社の『日本の中世』シリーズ全12巻である。

 学会の総力をあげた大企画全集は一朝一夕にはできない。
関係者の長い時間をかけた計画の実現であろうが、それでも、
講談社版の第一回配本の網野善彦「『日本』とは何か」は平成12年10月刊で、
『国民の歴史』に当てつけるような、日本人意識を打ち壊す内容が散りばめられている。
丁寧に読む者にはすぐ分る露骨な対抗意識を剥き出し、
日本という統一体は存在しないということを書きつづけていた。

 一方『日本の中世』全12冊のうち政治史は二冊ぐらいで、
「異郷を結ぶ商人と職人」「女人、老人、子ども」「都市と職能民の活動」「村の戦争と平和」など、
ここでもアナール学派踏襲の網野の民衆生活史叙述、
国家観の否定、日本人のアイデンティティの破壊のイデオロギーによって形成されている。

 これらの二つの全集で中軸を担っているのは網野を始めとする共産党直系の確信犯左翼である。
しかし全部をそうするわけにはいかない。ノンポリの中立派で、篤実な学者風の人を散りばめる。
講談社版には誰がそうだとは私にも全部は分らない。『日本の中世』の場合には、
第1巻「中世のかたち」を書いた故石井進が中道の役割である。
この全集の編集は網野善彦・石井進の二名になっている。
中道の人は全集がいかにも公平中立で、知的に公正な学問的客観性を持っているかのごときイメージを世間に与えるのに寄与している。
しかし実際には、網野たちの野望を世に知らしめるのが主目的である。