930 :
教科書:
まったく韓国の教科書はウソつきである!!
韓国の教育では、わが民族は「東方礼儀之国」として、お互い礼儀をわきま
秩序を優先するとされている。もしそれが事実なら、現在の交通秩序や基本的な
公衆道徳がこれほどメチャメチャになるはずがない。
事実はこうである。例えば李氏朝鮮時代に我が国を訪れた外国人が書いた文章
を見てみよう。そのときからすでに韓国人は自分勝手で、不正が横行し、共同体
意識がこれっぽちもなかったと記録されている。正しい教科書を作るなら、「かって
外国人はこう言った。確かに我が民族はこれこれの悪い点があるから、今後改善しな
ければならない」としなくてはならない。
もともと韓国人が平和的なよい心の持ち主だという描写も誤りである。
教科書には、我が国は、よその国を侵略する意思をもったことがなく、困ったときは
お互い様と、助け合いながら生きてきた「白衣の民族」、純白の純潔さを持った民族
という感じで書いてある。本当だろうか?
韓国がよその国を侵略しないで、おとなしくしていたのは、別に平和的な民族だった
からではない。そうせざるを得ない歴史的背景があったからだ。/
また、教科書で、あるものを「韓国の伝統」だと讃える前に、本当に自分たちの
ものなのかを疑ってみるべきである。
その端的な例がテコンドーだ。
テコンドーはその起源を新羅時代にまで遡る伝統武芸として知られている。
しかし、一部ではその時代にテコンドーの元になったと言われる「テクキョン」なる
武芸とテコンドーとは辻褄まが合わないと指摘されている。それより、沖縄で発展
した沖縄空手がテコンドーに直接的な影響を与えたのではないかとみている人もいる。
亀甲船もそうだ。/
つまり、テコンドーも亀甲船も、すべて韓国のオリジナルな伝統に基づいているわけで
はないが、教科書はそれを教えない。
まったく韓国の教科書はウソつきである。
「私が韓国をキライになった48の理由」 李鍾學
意気地なしのくせに、怒ると正気を失う韓国人
「朝鮮人は本当に怒ると、正気を失うといえるかもしれない。自分の生命
などどうなってもいいとぃった状態になり、牙のある動物になってしまう。
口のまわりにあぶくがたまり、いよいよ獣めいた顔つきになる。遺憾なこと
だが、この怒りの衝動にわれを忘れるといった悪弊は、男だけの独占では
ない。/
女は立ち上がってひどい大声でわめくので、しまいには喉から声が出なく
なり、つぎには強烈に嘔吐する。精神錯乱に陥るこうした女たちを見るたびに
私は、どうして脳卒中で倒れずにすんだのかと、不思議に思う。どうも朝鮮人
は幼少のときから自分の気分を制御する術を学ぶことがないらしい。子どもも
親をみならって、自分の気に入らないことがあると、まるで気が狂ったように
大暴れして、結局、我意を通すか、それとも長くかかって鎮静にもどるか、
そのいずれに落ち着く。」
ホーマー・ハルバート「朝鮮亡滅」
「皇国臣民の誓詞」
児童用
一、私共ハ大日本帝国ノ臣民デアリマス
一、私共ハ互ニ心ヲ合セテ、天皇陛下ニ忠義ヲ尽シマス
一、私共ハ忍苦鍛錬シテ、立派ナ強イ国民トナリマス
学生・一般用
一、我等ハ皇国臣民ナリ 忠誠以テ君国ニ報ゼン
一、我等皇国臣民ハ 互ニ信愛協力シ 以テ団結ヲ固クセン
一、我等皇国臣民ハ 忍苦鍛錬力ヲ養ヒ、以テ皇道ヲ宣揚セン
作者 「大同民友会」顧問 総督府学務局嘱託 李覚鍾
日本の敗戦直後、連合軍に相手にもされなかった韓国人
(再び、下ろされた太極旗。 光復節は独立記念日でもなんでもない!)
連合軍は八月十六日、総督府に機密命令を発し、しばらく総督府に朝鮮統治
を続けることと、日本の朝鮮統治機構を保全し、これを連合軍に引き渡すよう
に命じたのです。敗戦国日本にとって連合軍の命令は絶対です。八月十八日
総督府はやむを得ず、朝鮮建国準備委員会に与えた行政権を取り戻しました。
一旦は建国準備委員会の手に渡った統治機構も放送局も新聞社もすべて摂収して
しまったのです。太極旗は下ろされました。
朝鮮側は激怒しましたが、なすすべがありません。行政権を委譲されたとはいえ
実際に朝鮮全土の治安わ維持していたのは日本軍と総督府の警察であったからです。
そこで呂運亭は全土に「建国準備委員会」を発足させ、、百四十五の支部を基盤に
ソウルに一千人余りの代議員を集めて「朝鮮人民共和国」の樹立を宣言しましたが
朝鮮半島の命運に決定権をもつ米ソ両国に否認、無視されてしまいます。
「日韓2000年の真実」名越二荒之助