ほぼ毎日、娘。のとある奴が俺の家にいる・・・!!!
1 :
◆5/w6WpxJOw :
10月上旬
一年半勤めていた会社をやめた・・。
別に会社に不満があったわけではない。
仕事もそれなりにこなしていたし、何より上司にも気に入られていた・・・。
自分で言うのもなんだが、私は仕事に対して前向きだったし、
人一倍真面目に取り組んでいたと思う。だからこそ、
そんな私の退社を皆は不思議に思ったらしい。無理もない。
ただ、そんな真面目な自分だからこそ、自分の人生に疑問を持ってしまったのかもしれない。
私が退社を決めた理由・・・それは同期入社の親友の一言だった。
「お前よくやるよ。このままいけば出世間違いなしだな・・・」
私は出世のために仕事をしてるんじゃない!
でも、皆はそうは見ていなかったらしい。それが心に痛かった。
その次の日、私は辞表を提出した。
10月中旬
しばらくして私は実家に帰った。ドアを開ける。誰も出迎えない。
無理も無い。私は家族に内緒で会社を辞め、そして実家に帰ったのだから。
玄関には姉のものと思われる靴が二足並べてあった。
ただ、その一つは姉のサイズよりも明らかに二回りほど大きいものであった。
リビングから声が聞こえた。ドアを開けて入ると、姉が誰かと話していた。
多分女友達だろう・・・。ただ、女にしては声が男っぽく聞こえる。
姉は普段モデルの仕事をしている。ただ、モデルと言ってもそんなに
大したものではなく、結構暇な生活を送っている。
姉は私の突然の帰省に対して、「おかえり!」と言っただけで、
すぐにまた女友達との会話に戻った。たったそれだけかよ・・・。
「どうしたの?」とかって反応を無意識に期待していた私にとって、
それは結構こたえるものだったが、まあ、姉とは結構仲がいい方だ。
別に怒ることもなく、「あ、俺会社やめたから、当分こっちで暮らすわ」
と言い残し、部屋を出て物置(俺の部屋)に向かった。
その時、姉が会話している女友達が目に入った。
ん?どこかで見たことのあるような顔だ・・・。
目が少し離れていて、つりあがっていた。少しキモイ・・。
顔は四角くてエラが張ってるように見える。
まあ、以前に会ったことがあるだけかもしれない。
その時は別にどうも思わず、そのまま自分の部屋へと戻った。
晩飯時になり、昼と夕方のパートを終えて母が帰宅した。
母は父の死後、スーパーでパートとして働いている。
少しだが父の遺産もあり、私と兄も当然仕送りしていたので
(姉はどうだか知らないが)別にお金には困っていないのだが・・・。
ただ、家でじっとしていると死んだ父を思い出すらしいと言うのが理由らしかった。
母は私が会社を辞めたことを聞いて、びっくりしていた。
でも、しばらくそこで暮らすことを聞いて、嬉しそうでもあった。
実家は大阪にある。でもそこは私が生まれ育った土地ではない。
全くの見ず知らずの土地だ。私が地方の大学に行っている時、父が死んだ。
母は毎日のように泣き続けた。それは、以前にも母は旦那を亡くしており、
私の父とは再婚だったからだ。二人の夫を次々と亡くして一人取り残された
母の泣く姿は、見ていられなかった・・・。
その後、母は大阪の実家へ帰ってそこで暮らし始めた。
この家には現在、母と姉が暮らしている。
兄は少し離れたところで一人暮らしをしているが、たまにしか帰ってこない。
一緒に暮らせばいいものを、どうせ自由に女と遊ぶためなのだろう。
夕飯の時間になった。久しぶりの母の手料理だ。と思ったら違っていた。
料理はなぜか昼に来ていた姉の友達が作っていた。しかも慣れた手つきだ。
そして皆、まるでいつものことのように食べ始めた。おいおい、誰だよこいつ・・・。
その料理の味はそこそこだった・・・。ちょっとしょっぱいのが問題だが。
久しぶりの家族団欒・・・もちろん部外者も混じってはいるが、
それはかなり嬉しいものだった。私はなぜか泣いてしまっていた。
姉が心配してくれる。でも詮索はしない。それが姉のいい所だ。
姉とは血が繋がっていない。母の連れ子だ。でも姉は本当の弟以上に接してくれる。
そのため、私にとって実の兄以上に信頼しているのがこの姉だ。
でもその姉の友達は、泣いた私を見て、料理が気に食わなかったと思ったのだろう。
物凄い形相で怒りながら怒鳴る。怒鳴る。怒鳴る。「私の料理が食えないってか?」
その怒った顔はまるで妖怪のようだった。ある意味笑っているようにも見える。
私はその凄みに圧倒されて、思わず「美味しすぎてつい・・・」と言ってしまった。
誰が聞いても嘘とわかる答えだったが、どうやらその答えに満足したようだった。
悦に浸っている・・・。なんなんだ・・・こいつは・・・!
夕飯が終わり、テレビを見ながら久しぶりに家族で会話を弾ませる。
ただ、またしても姉の友達がその中に平気で割り込んでくるのがあれだが・・・。
母も姉も、私が会社を辞めた理由については何も触れない。優しい家族だ。
それに比べて、その姉の友達は、夕飯を食べた後だというのに、
スナック菓子をポリポリと下品に食べながら(しかも食べカスを床に落としながら)、
私が会社を辞めた理由をしつこく突っ込んでくる。
おいおい、せっかく母と姉が触れなかったのに・・・大体お前誰なんだよ!
挙句の果てには、「弱虫!」だの「自分勝手!」だの「意気地なし!」だの、
私をぼろくそに批判する・・・。姉貴よ、頼むからこいつを早く帰らせてくれ・・・。
と、そこで姉がテレビを歌番組に切り替えた。
すでに大人数となって誰が誰だがわからないモーニング娘。が映っていた。
私は目を止めた。そのテレビに映っている人物・・・
そう、確かモーニング娘。の古いメンバーの一人で、一番ブサイクな奴だ。
名前は・・・えっと、確かホダだったかな?
そのホダと、私の目の前にいる人物が重なって見えた。
まさかな・・・。ただの他人の空似ってやつだろう。
その時はまだ、私はそれが単に似てるだけだと思っていたのである。
次の日、私が物置を改造したほこりっぽい部屋で気持ちよく寝ていると、
突然ドアを「ドンドンドン」と叩く物音で起された。なんだよ、朝早くから・・・。
まだ五時半じゃねーかよ。仕事やめたんだからゆっくり寝かせてくれって・・・。
寝起きに機嫌が悪い人間はよくいるが、私はさっぱり目を覚ますほうだ。
しかし、これだけうるさくされたんじゃたまらない。
私は時計を確認した後、布団をかぶってもう一度眠りにつこうとした。すると・・・。
「ごるぁあああ!早く起きろぉおおおおお!いつまで寝てんだぁあああああああ!」
怒号がこだまし、いきなり布団を思いっきり剥がされた。
眠い目をこすりながら見ると、そこには見知らぬ女が立っていた!
しばらく状況が判断できなかったが、すぐにわかった。昨日の女だ!
おいおい、お前帰ったんじゃなかったんか?なんでうちに泊まってるんだよ!!!!!
そのあまりの形相に、私は仕方なく起きざるを得なかった。
いったい誰なんだ、このムカツク女は!!!
もっとも、仕事していた頃は毎日この時間に起きていたし、
昨日は早く寝たので、そこまで怒ることも無いのではあるが・・・。
しかし、やはり気になるのがこの女である。単なる友達かと思っていたら、
俺の実家を俺より平気で歩き回ってるし、何より俺より偉ぶっている。気にいらない!
朝飯、これは母が作ったものだが、を食べた後、
そのムカツク女は姉としばらく談笑した後、「行って来まーす!」と言ってようやく出て行った。
おいおい、普通は「お邪魔しました」じゃねーのか?
突っ込みたい衝動を抑える。しかし逆にその女は、
私が「行ってらっしゃい」を言わなかったことに怒り、
無理やり言わされてしまった。本当に何なんだよ、こいつは・・・。
私は姉と母にその女のことを尋ねたかったが、やめておいた。
ちょっと傲慢でガサツで問題ありだが、姉とその友人との仲を悪くさせてもいけないし・・・。
それに、姉は今日は仕事だとか言ってその女のすぐ後に出かけていったし、
母は私が帰って来たことで色々と掃除とか洗濯に奔走している。邪魔はしたくはない。
その日一日、私は久しぶりの実家の生活を実感した。
仕事をやめた後、朝のワイドショーを見るようになった。大学時代以来である。
正午になって今度は昼のワイドショーを見る。いい身分だ・・・。
母がパートに出かけたため、近所で牛丼を食べる。
その後、ぶらぶらと近所を散策する。秋も徐々に深まり、
心地良い日和である。こんなにのんびりしたのは久しぶりだ・・・。
ただ、こうしてのんびりと過ごしていると、何か自分が悪いことを
しているようにも思えてきて、なんだか不思議な焦りを覚えてしまう。
そしてまた、それまでの自分がなぜあんなにも
しゃにむに働いていたのかといった疑問も浮かんでくる。
答えは出ない。私は何かに焦る気持ちを無理やりに押さえ込んだ。
今の私にとって必要なのは、心の休養だ。そう思ったからである。
平日を休日として過ごすことは、結構つらいものだ。
仕事をしていた頃から見れば羨ましい生活ではあるが、
しかし何よりも退屈である。やりたいことも何もない・・・。
夕方になって自宅に戻る。誰もいない。
私は自分の物置部屋の掃除をした。そのうち、
向こうに置いている荷物をこちらに運ばなくてはならない。
もっとも、その前にもう一度向こうで働く気になるかもしれないが。
夕方を過ぎ、「ピンポーン」とインターホンの音が響いた。
私は玄関に行ってドアを開けようとすると、ガチャリという音がしてドアが開いた。
昨日の女!!!なんでお前が合鍵持ってるんだよ!!!!!
しかも普通にその男みたいな声で、「ただいま〜」って・・・何か間違ってないか?
しかも勝手に家に上がってるし・・・。なんなんだ?
姉と母が帰宅する。私はその女のことを尋ねたかったが、
なんだかそれが訊いてはいけないことのように思えて、結局訊けなかった。
台所ではその女が普通に料理を作ってるし・・・。
もしかしてお手伝いさん?
いやいや、それなら料理だけでなく洗濯や掃除なんかもするはずだ。
大体、お手伝いさんがあんな強引な起し方をするはずがない。
そう言えば、母と姉が、その女のことを「ケイちゃん」と呼んでいた気がする。
とすると友達・・・もしかして居候か?
それなら合鍵を持ってる理由も納得がいく。
多分、姉の友達が金にでも困って一緒に暮らさせてあげてるのだろう。
姉は誰にでも優しいし、頼まれたら嫌と言えない性格だしな・・・。
私はそう思い込むことにした。まあ、あながち間違っていなかったのだが。
次の日、前日と同じように例の女に強引な起し方をされる。
おいおい、昨日は深夜まで映画見てたんだから、勘弁してくれよ・・・。
私はその昨日と同様の怒号を無視する。今日は負けない!
すると、相手も負けてはいない。
布団を剥がそうとして怒鳴りながら力いっぱい引っ張る。
私も寝ている体勢から布団を取られないように死守する。
引っ張り合いが続く・・・。しかし、相手もなかなか譲らない。
こうなったら一気にかたをつけてやる!
私は最大限の力を振り絞って布団を下に引っ張り返した。
すると、その女はバランスを崩し、俺の上に乗っかかってきた。
寝ぼけ眼のすぐ前に、その女の顔があった。一瞬、目と目が合う・・・。
私はあわてて布団を引き寄せて顔を覆った。。。
なぜだろう・・・。私はその時なぜか、ドキドキしていた・・・。
私の体の上に布団越しに乗っかかっていたその女は、
すぐに起き上がって、もう一度布団を剥がそうとした。
私はまた思いっきり布団を握り締めて死守する。
しかし、彼女は強引な作戦を諦めたようだった。
そしてそれまでとは違って、優しい、そして悲しそうな口調で一言、
「ねえ、みんなで一緒に御飯食べようよ・・・」と言って、
静かに部屋を出て行った。
意外な言葉だった。
「ねえ、みんなで一緒に御飯食べようよ・・・」
彼女はそのために私を起そうとしていたのか?
みんなで一緒に御飯を食べるために?
再び眠りについた私の耳に、
その悲しそうな言葉が何度も何度も響き渡った・・・。
しばらくして目を覚ますと、すでにその女は出かけた後だった。
昨日はその女が御飯の後の片付けをしていたが、今日は姉がしている。
姉は今日は休みらしい。楽な仕事だ・・・。仕事をやめた俺が言うのも変だが。
私は食卓に置いてあった朝御飯を一人で食べる。
一人暮らしで慣れているはずなのに、なぜだか寂しい・・・。
そしてあの台詞が脳裏にこだまする。
「ねえ、みんなで一緒に御飯食べようよ・・・」
食後、姉の片付けを手伝う。姉は仕事柄、
本当は炊事などはしてはいけないと言われているらしいが、
母を気遣って片付けをしている。そんな優しい姉を私は大好きだった。
もっとも、それはもちろん一人の女としてではないが。
それに、モデルだけあってエプロン姿がよく似合う。
こんな素敵な姉を持った私は多分かなりの幸せ者だろう。
ただ、そのせいで他の女性と付き合ってもなかなかうまくいかない。
どうしても姉と比べてしまうのだ。
その日は例の女は帰ってこなかった。
夕飯は、本当の家族三人での夕飯であったが、なんだか寂しい気もした。
ただ、姉と母はそれに慣れているようだったが。
私はますますわからなくなった。彼女は居候なのだろうか?それとも?
それから一週間はその三人での生活が続いた。
ようやくその生活に慣れてきた・・・と思ったら、
突然「ただいま〜!」と言う声が聞こえてきた。
あの女がまた来やがった!
でも、「ただいま」ってセリフ間違ってないか???
私はそれをうざったいと思いながらも、
心のどこかでホッとしている気持ちがあることに気づいた・・・。
しかし、それはまだまだ心の中の小さなかたまりに過ぎなかった。
次の日、私は半日かけて、一人暮らしで住んでいた部屋に戻った。
荷物をまとめるためだ。久しぶりに戻った部屋は、やはり落ち着く。
ただ、少し寂しいような気がして、孤独を感じた。
この部屋は3ヶ月ごとに契約しているので年内までは居てもいいのだが、
やはり実家で暮らすのなら荷物は運ばないと不便である。
近所の八百屋で貰ってきたダンボールに荷物を入れ、荷造りを始める。
家に持ち帰っていた会社の資料の残りなどは、思い切って捨ててしまおう。
それにしても、よくもこんなに家にまで仕事を持ち込んだものだ。
我ながら感心してしまう・・・。ただ、そうした自分との決別のためにも、
それは捨てなければならないものであった。
その日から二日間は荷造りと掃除のためにその部屋で過ごした。
荷物を送り、がらんとなった部屋を見渡す。
それまで狭いと思っていた部屋が、突然広くなり、なぜだか涙がこぼれた。
そう言えば、就職が決まってこの部屋に来たばかりの頃、
大学時代の友人がわざわざ集まってくれて、朝までどんちゃん騒ぎをしたっけ。
あの時は近所からの通常でいきなり警察が来て注意されたっけ。
それと、仕事の関係で知り合った彼女が、よく泊まりに来てたな。
結局その彼女とは半年で別れてしまったけど、今思えばいい思い出だ。
でも、その涙はそうした思い出とは関係なく溢れてくる・・・。
何も無い広い部屋が、やたら淋しそうに見えた。ただそれだけのために。
それにしても、最近の自分はなんだか涙もろい・・・。
唯一の柱としてきた仕事が無くなり、心に穴が開いているのかもしれない。
それならば、その心の穴を埋めることはできるのだろうか・・・。
そして、どうやって心の穴を埋めればいいのだろうか・・・。
実家に戻った次の日の朝、荷物が届いた。
そしてそれと同時に、例の女もまたやって来た。
「お、荷物届いたのかよ!」・・・って、お前はなんでそんなに親しそうなんだよ!
とりあえず無視してダンボールを物置部屋に運ぶ。
と、その女は勝手にダンボールを開けて中身を物色し始めた。
しかも、服のセンスがダサイとか、大人のくせにマンガなんか読むなとか、
挙句の果てには、昔の彼女(※仕事で知り合ったのとは別)に貰った
クマのぬいぐるみにいちゃもんをつけたりとか・・・。
「お前こんな趣味あんのか?」
おいおい、お前に言われる筋合いは無いぞ!
それに俺だってクマのぬいぐるみが好きなわけじゃないし・・・。
その女は今日は一日暇らしい・・・。
一応洗濯なんかしてるみたいだが、もしかしてそれが続けば、
奴が俺のパンツを洗うことになるのか?
それだけはなんとか避けたい・・・。
その日の昼までに、なんとか荷物を片付けることができた。
ただ問題なのが、その例の女が勝手に俺の部屋に入ってきて、
勝手にマンガを読み出したことである。
しかもまたもスナック菓子の粉をまき散らしながら・・・である。
思い切って文句を言ってみた。だが反応なし。
ポリポリと音を立てながらスナック菓子を食べ、
黙々とマンガを読んでいる。しかも「美味しんぼ」・・・。
こいつ、筋金入りの食いしん坊だな・・・。そうとしか思えない。
うちの上品な姉貴とは大違いだな・・・。
絶対に好きにはなれないタイプだ・・・それは確信できた。
それにしても、いつまでマンガを読んでいるつもりなのだろう。
私は彼女から逃げるように、家を後にした。
行き先は徒歩30分の所にあるホームセンター。
ドアに鍵をつけるためである・・・。売り場で色んな鍵を物色する。
あの女のことだから、簡単な鍵では力ずくで開けられるに違いない。
なるべく頑丈な鍵を選ばないとな・・・。
と、突然誰かに肩を叩かれた。この近所には知り合いはいないはずなのに・・・。
振り返ると、そこには例の女がいた。こんなところで何してんだよ!
「はあはあ。やっぱりここだった。絶対ここだって思ったんだ。はあはあ」
息を切らしながらそう話す。多分走ってきたのだろう。
しかし、なぜここだとわかったんだ?
こいつは超能力者か?それともプロのストーカーか???
彼女は一枚のチラシを手にしていた。
あれは、今朝の朝刊に挟まっていたこの店の広告だ・・・。
しまった!私は物を買う前に、ついつい広告に印をつける癖があったのだ。
また、ビデオを録画する時も、なぜかテレビ欄にマークをつけたりしてしまう。
そしてそのチラシには、店の案内地図のところに、大きな丸がついていた。
それにしても、何て勘の鋭い女だ!
こいつなら本当にプロのストーカーになれるかもしれない・・・。
私がそんなことを考えていると、彼女はようやく回復したらしく、
「昼御飯せっかく作ってやったんだから食べてよ」って、
もしかしてそんなこと言いにわざわざ追いかけてきたのか???
私は仕方なく家に戻った。でも決してその女とは並んで歩かない。
彼女とでも勘違いされたら困るし、何より俺とは関係の無い女だ。
と、後ろから彼女が声をかけてきた。
「ねえ、鍵売り場にいたでしょ。鍵とりつける気?」
一瞬ドキっとする。何も悪いことじゃないのに・・・。
それにしてもこいつ・・・何もかも見透かしてやがる・・・。
家に帰ると、食卓の上に昼飯の準備がしてあった。
って、インスタントラーメンじゃねーか!
しかも麺が延びきってスープがすでに無いし・・・。
お前、こんなことのためにわざわざ追いかけるんじゃねーよ!
そう文句を言おうと思ったがやめておいた。せっかく作ってくれたんだし。
彼女はおかまいなしでラーメンをすすり始める。
ズズー、ズズー、ズズズー・・・。
下品な音がこだまする。なんなんだこの女は???
しかもよくこんな太くなった麺をすすれるよな・・・。
「わたし太麺好きなんだ!」
そういう問題じゃないと思うんだが・・・。
更に続ける。
「モーちゃんはどう?」
おいおい、お前いつ俺のあだ名を知ったんだよ。
くそ・・・多分姉と母の会話で俺のことをかなり知っているようだ。
もしかすると、広告にマークをつけることも聞いていたのかもしれない。
(今夜はここまで)
ワロタ。
なかなかいいね
>>1 おいおい、この不景気な時分に自主退社ですか?
結構な御身分ですね。
でも笑わせてもらいました。期待age!
続ききぼんぬ
伸びきったラーメンを嫌々(ただし顔では美味しそうに)食べ終え、
物置部屋へ戻ろうとすると、後ろから思いっきり肩を掴まれ、
強制的に振り返させられる。
一瞬、殴られるのかと思って身構える。それほど強い力だ。
しかし、特に殴られる理由は思いつかない。
ちゃんと美味しそうに食べたし、「ごちそうさま」もちゃんと言った・・・。
しかし、そういう理由ではなかったようだ。
「ちょっと、私が作ってあげたんだから、片付けくらいやってよね!」
なるほど、確かに言われる通りだ。
麺が伸びきってしまったとはいえ、作って貰ったんだから
片付けくらいはしないとな・・・。すぐに納得して返事をする。
「いや、もちろんそのつもりだけど、その前にトイレに・・・」
睨まれたせいか、なぜか言い訳する俺。
しかしそれがいけなかった・・・。
「あぁ?片付けよりもトイレを優先するのかよ!!!」
おいおい、トイレくらい別にいいじゃん・・・。
しかし、その凄みに圧倒されて、仕方なく返事をする。
「はいはい。先に片付けします・・・」
更にこの返事もいけなかったようだ。
「『はい』は一回!!!」
ひい・・・・・どうやらあまり口答えしないほうが懸命なようだ。
脅えながら早速片付けを始める。
しかし、なんなんだこの女は???
片付けを終えてようやく自分の部屋に戻ると、
すぐにその女が部屋に入ってきた。もちろんノックなどしない。
「私そろそろ出かけるから。後よろしく!」
「はい・・・いってらっしゃいませ・・・」
色々突っ込みたいことはあったが、やめておくことにした。
その夜はその女は帰って来ず、しばらく姉と母の三人の生活が続いた。
こうした落ち着いた生活に慣れてきたせいか、
徐々に自分の心も落ち着きを取り戻し始め、焦りを覚えなくなってきた。
朝早くから満員の電車に乗って通勤したり、夜遅くまで残業したり、
会社の人間関係に気を使って胃を痛めたりする必要は無いのだ。
逆にそうした毎日を送っていたことの方が異常だったのかもしれない。
もっとも、その反動からか、ちょっと退屈で寂しく感じることもあったが・・・。
しばらくそうした生活が続いたが、ある日、所用で外出して家に戻ると、
玄関に見慣れぬ靴が置いてあった。またあの女だ!
やれやれ・・・またか・・・。
「ただいま」の挨拶をするためにリビングに向かう。
挨拶をしなかったら大変な目に遇うかもしれないからな。
ドアを開け、「ただいま帰りました」と丁重に言うと・・・、
そこにいたのは例の女では無かった。
確か、元モーニング娘。の中澤だ!!!
芸能人がなぜうちに???
思わず「中澤?」と声を漏らすと、いきなり食いついてきた。
「ちょっとあんた!初対面なのにいきなり『中澤』ってのは無いんちゃう?
そりゃ、あんたはあたしの彼氏ちゃうし、第一あんたあたしの好みちゃうから
いきなり『ゆうちゃん』とか『ゆうこ』とか言われるんもイヤやけど、
せめて『中澤さん』とかなんとか言い方あるんちゃうん?」
なんなんだこいつは?
俺が一言言っただけで、いきなりベラベラと一方的に説教・・・。
わけわかんねーし、大体なんで俺の家に勝手にいるんだ?
ただ、一つだけわかったことは、こいつが本物の中澤ということだ。
仕方なく、言われた通りに言い直す。
「中澤・・・さん???」
「あら、よくわかったわね。あたしってばやっぱ有名人?」
おどけた口調でそう言いながら、更に話を続ける。しかし、
街を歩いても誰にも見向きされないとか、そりゃ若くはないけどまだ女盛りとか、
性格はいいのに男が寄って来ないとか云々・・・いったい何の話だ???
どうやら完全に目の前にいるはずの俺の存在を忘れてるようだ。
仕方なく「あのぉ・・・」と声をかけると、ようやく気づいたようで、
「そうそう、あんたに言いたいことあって来たんよ。
ま、立ち話もなんだし、そこ座りー!」
って、おいおい、ここ俺の家なんだけど・・・。
俺は芸能人の中澤がなぜかこの家にいるという状況よりも、
まるで自分の家のように平然と振舞う姿の方が気になった。
と突然、中澤が真面目な顔になった。ちょっと緊張する・・・。
「あんた、しばらくこの家で暮らすんやろ?」
いや・・・確かにここは俺が生まれ育った家じゃないけど、
でも一応自分の家には違いないんだが・・・。
それに赤の他人に言われるようなことじゃないし・・・。
そう言いたい衝動をこらえ、小さく頷く。
中澤の話は到底信じることのできないものであった。
簡単に言えば、仕事が忙しい娘。たちの息抜きのための
特殊な別荘としてうちが選ばれた(正確に言えば選ばれていた)ということだった。
確かに、それはまるで絵空事のようなことであるが、
現在のうちの状況(つまり例の女)を考えると、
それが事実であることはすぐにわかった。
つまり、あの例の女はやっぱりモーニング娘。のホダなのだろう。
そして、そうした別荘は主に東京に数箇所あって、
毎日のように娘。たちが利用しているらしい。
そして、うちもそうした別荘の一つとして選ばれたのだという。
その選ばれた理由はよくわからないが、
うちの父親が死んだ少し後からということなので、もう三年以上前からになる。
ただ、その間、定期的にこの家に帰省していたものの、
私は全くそのことに気づかなかったことになる。
もっとも、私が帰省している時は、来ないようにしていたらしいが。
ただ不思議だったのが、うち以外の別荘についてである。
中澤の話では、うちのような母と姉の二人暮らしというのは珍しく、
大体は一人暮らしの女性か、あるいは一人暮らしの男性の部屋が選ばれ、
自由気ままに楽しく過ごせるというのがその理由らしかった。
しかし、思春期の娘。たちを一人暮らしの男性の部屋に入れるというのは、
なんか間違ってるような気がしないでもないが・・・。
まあ、色々と事情があるのだろう・・・。
大体の話が終わり、中澤は携帯を俺に差し出した。
って、それ俺の携帯じゃんか!
「あたしの番号入れといたから。なんかあったら連絡すんのよ!絶対消したらあかんからね」
はいはい・・・。それにしても、ホダにしてもこの中澤にしても、
モーニング娘。のメンバー達はみんなこんな感じなのだろうか・・・。
中澤の話によって、俺は大体の事情を把握することができた。
と言うか、なんでうちの母と姉はそのことを教えてくれなかったのだろうか・・・。
ま、二人ともおっとりしてるから、いつか話そうと思ったまま忘れてたのだろう。
そして中澤は、あることについて何度も何度も念を押しながら、ようやく家を出ていった。
そのあることとは、当たり前であるが、絶対に娘。に手を出さないことだ。
中澤の話によると、以前、一人暮らしの男の部屋が別荘として使われていた時、
メンバーの一人とその男が恋仲になり、大変なことになってしまったということだった。
その大変なことが何なのかは教えてくれなかったが、多分何らかの制裁を受けたのだろう。
ただ、うちの場合はそれは全然大丈夫だと断言できる。
母と姉が一緒だし、何より奴は俺のタイプじゃない。しかも、奴ははっきり言ってブサイクだ。
まあ、幻覚キノコでも食べない限り、そういう間違いは起きないだろう。
一応中澤にはそのことはアピールしておいたし、
相手がホダということで中澤も安心しているようだった。
そしてもう一つ、中澤が言い残したことは、
モーニング娘。の一人としてではなく、普通に接してあげるということだった。
まあ、仕事を忘れるために来てるんだから、それも当たり前のことだ。
ただ、中澤の言葉の中で、一つだけ気になった言葉がある。
「なんでケイちゃんがこの家に来るんか考えたってな・・・」
なんでホダがこの家に・・・?
確かにそれは不思議だった。
仕事に便利な東京に別荘があるのなら納得がいくが、
わざわざ仕事に不便な大阪にまで来る必要性・・・。
そんな必要性が果たしてあるのだろうか?
それに中澤の話だと、他の別荘はメンバー全員が利用していると言っていた。
でも、この家に来るのは今のところあの女一人だけだ。
そこにも何か理由があるのだろうか?
まあ、それは接しているうちにおいおいわかることだろう。
しかし、そんなことよりも俺にとって重要なのは、
これでようやく奴の正体を知ることができたことだ!
これまでは奴がお手伝いさんなのか居候なのか友達なのかわからずに
下手に出ていたが、これでようやく奴に堂々と文句を言える!!!
(続く)
娘の来る部屋は一つじゃないんだな(w
39 :
33 ◆5/w6WpxJOw :02/12/30 06:50 ID:Dsq43IkT
中澤が来てから、例の女はしばらく姿を見せなかった。
多分年末に向けての仕事で忙しいのだろう。
一方の私はと言うと、その間かなり暇な生活を送っていた。
はっきり言って退屈な毎日だ。このままでいいのだろうか・・・。
と、新聞に挟まっていた広告に目がとまる・・・。
そこにあったのは、新聞配達員募集の広告だった。
私は以前、中学の頃に朝刊を配っていたことがあった。
それは家計を助けるとか、そういう善意の目的ではなく、
単に自分のこづかい目当てのバイトだったのだが、
その広告を見た瞬間、私はその頃の自分を懐かしく思い出していた。
どうせ暇な生活を送っているし、経験もある仕事ということで、
私はすぐにその広告に丸印をつけた。いつもの癖だ。
広告にあった連絡先に電話を入れると、即採用とのこと。
あまりにもあっさりとした対応であったが、こうして私は、
その地でまた新しい生活を始めることになったのだ。
11月上旬
徐々に新聞配達にも慣れてきた。経験があるということで、
おっちゃんの見習いとして各家を廻ったのはたったの三日間で、
すぐにその受け持ちの地域を一人でまかされてしまった。
以前やった時は二週間程見習いをさせられたんだが・・・。
もっとも、私が受け持つことになったのはマンション群で、
普通の住宅街と比べれば遥かに楽な地域だった。
ただし、配達先を覚えるまでは地図を見ながらの悪戦苦闘だったが。
こうしてようやく自分の生活にも一定のリズムがつき始めた。
しかしその間、例の女はしばらく現われなかった。
そうなると、彼女に文句を言ってやろうと思っていたことなど忘れ、
ついつい彼女との接し方についてあれこれと考えてしまう。
うちの姉と母はもう長い付き合いなので普通に接しているが、
突然告げられた私は一体どのように振舞えばいいのか・・・。
何と言っても相手は芸能人、それも今をときめくモームスなのだ。
そしてそれ以前に、私はモーニング娘。のことをよく知らない。
彼女たちが現在何人組なのかも知らないし、実を言えば、
顔と名前が一致するメンバーの方が少数派だったりする。
「なっち」や「よっすぃ」のことはそれなりに知ってはいるが、例の女などは問題外だ。
知ってることと言えば、娘の中で一番ブサイクということくらいだ。
もしかして、中澤がわざわざ私に会いに来たのは、
そんな私の情報の無さを心配してのことだったのかもしれない。
当たり前のことだが、朝刊配達は早朝の仕事だ。
会社にもよるが、ここの場合は4時過ぎに新聞が運ばれてくる。
その後、用意してあった広告をその新聞に挟む作業があり、
それが終わってからいよいよメインの配達となるのだ。
以前はこの作業は別の人がやっていたのだが、
ここでは受け持ちの人間がそれをやることになっている。
そして、そのためには、すでに4時前には起きてなければならない。
そう言うと辛い仕事に思えそうだが、慣れてしまえば何とも無い。
その日も私は、深夜の3時に目を覚まし、
時間までの間、自分のノートパソコンでネットを楽しんでいた。
と、後ろにふと人の気配が!もしや・・・!
振り返ると予想通り、そこには例の女が立っていた。
一瞬、接し方がわからずに緊張する俺・・・。
目の前にいるのは、友達でも居候でもなく、モーニング娘。なのだ!
「よっ!まだ起きてんのかよ!はやく寝ろよな!」
おいおい!それが無断で人の部屋に入り込んで言うセリフか?
それに俺は一応早起きなんだよ!
それにしても深夜に突然ノックもせずに人の部屋に入ってくるとは!
私はその彼女の行動で、それまでどのように接すればいいかと
あれこれ思案していたことなど忘れてしまっていた。
「おい!人の部屋に入る時はノックくらいしろよ!」
そう言い放った瞬間、私は自分の言動に気づいた。
しまった!
ついつい自然に口から文句が出てしまったが、
私の前にいる女は普通の女じゃなかったんだ!
彼女は今をときめくスーパーアイドル、モーニング娘。の一人なのだ!
すぐに後悔し、恐る恐る彼女の顔色をうかがう・・・。
しかし、その後悔はすぐにかき消されるのであった。
彼女はむっとした顔をして無言で部屋を出て行った。
・・・と思いきや!
ドカン!ドカン!ドカドカン!!!
深夜にも関わらずものすごい轟音が響き渡る。
そう・・・彼女はドアを思いっきり蹴飛ばしたのだ!
「これで満足?」
恐ろしい笑みを浮かべながら、大魔神のように部屋に入ってくるホダ・・・。
その勝ち誇ったような表情を見て、私は悟った・・・。
さわらぬ神に崇り無し!
私は一言、「はい・・・」とだけ呟いた。
ただ、その私の返事があまりに弱々しかったからであろうか、
彼女はその返事を聞くと、物足りないといった顔をして部屋を出て行った。
何なんだ?一体何をしに来たんだ???
彼女はどうやらリビングで一人ビールを飲んでいるらしかった。
多分深夜まで仕事をして、それからここへ来たのだろう。
気づかれないようにこっそりと家を出て、仕事へと向かう。
この日は残念なことに雨が降っていた。新聞配達の天敵である。
もっとも、マンション群が中心の私にとっては、雨もそれほどの障害ではない。
しかし、マンションからマンションへと移動する時などは、やはり苦労する。
ようやく雨の配達を終えて帰宅し、部屋に戻って濡れた服を着替える。
時間は6時少し前、そろそろ朝御飯の時間だ。
リビングのドアをそっと開ける。すると・・・
恐るべきことに、彼女はまだビールを飲みつづけていた。
空になったビールの缶が見える範囲でも1、2、3、4、5本転がっている。
それと例によってスナック菓子の袋も幾つか散乱している。
おいおい・・・幾らなんでも朝飯の時間まで飲み続けるなよ!
しかも、台所でうちの母が朝御飯の準備をしているというのに・・・。
なんて女だ!
しかし、そんな私の存在に気づいたのか、彼女は私に話し掛けてきた。
頬が少し赤らんでいる。案の定、酔っているようだ・・・。
「よぉよぉ、もーちゃんってばぁ・・・ヒック。朝っぱからどこ行ってたのよぉ・・・ヒック。
一緒に飲もうぜ・・・ヒック。なっ?なっ?・・・いいだろ?」
よくねーよ!どう考えても酒を飲む時間じゃねーし!
とりあえず無難な返事をしておく。
「いや・・・もう朝御飯の時間だし。朝から酒はちょっと・・・」
と、彼女の表情が一変し、グチャッという音が聞こえた。
そう、彼女が持っていた空き缶を握りつぶした音だ・・・。
なんて怪力だ!いや、それよりもなんて酒癖の悪さだ!
対処に困った私は、救いを求めて台所の方をちらっとうかがう。
しかし母は私に向かって小さくうなづくだけだった。
多分、彼女の言う通りにしろという意味だろう。なんてこった!
仕方なく、彼女の隣に行って酒を飲むことにする。しかし・・・
「んん?もーちゃん・・・ヒック、なんで手ぶらで来てんのよ・・・ヒック。
自分の酒は自分で持って来なきゃ・・・ヒック。駄目でしょが・・・ヒック」
さわらぬ神に崇り無しか・・・。そう納得し、仕方なく冷蔵庫へと向かう。
冷蔵庫を開け、缶ビールを一本取り出す・・・。
それにしても、うちの母と姉があまりお酒を飲めないのに、
やたらと冷蔵庫にビールが用意してあったのは、こういうわけだったのか!
取り出したビールを持ってしぶしぶ彼女の隣に座る。しかし・・・
「ねえ、もーちゃん・・・ヒック。あたしの分は?・・・ヒック」
おいおい!さっきは自分の分は自分でって言ってたくせに!
しかし、沸き起こる怒りを抑えてもう一本ビールを取りに戻る。
さわらぬ神に崇り無しだ!こういう時こそ冷静に対処しなければ!
ビールを彼女に渡す。すぐにプシュッという音がして飲み始める彼女。
「ぷはー・・・やっぱ最初の一口っしょ・・・ヒック」
何が「やっぱ」なのかはわからないが、とりあえず相槌を打つ。
「そ、そうですね」
「やっぱもーちゃんもそう思う?・・・ヒック」
どうやら彼女はその適当な相槌に満足したようだ。
ニターッと笑いながらこちらを見てくる。正直・・・キモイ・・・。
とりあえず向うが酔いつぶれるまで、こっちは飲むふりでもしておくか・・・。
なんか違うと思ったら、本スレじゃなかったのね。
でもおもろひよ。そろそろロマンスおながい!
こっちも
あけ おめ こと よろ
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
Λ_Λ | 君さぁ こんなスレッド立てるから |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて |
/つつ | いないんだからさっさと回線切って首吊れ |
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(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
しかし、朝っぱら酔っ払いの面倒を見なくてはならないとは、最悪の日だ!
このまま酔いつぶれてくれれば楽なんだが・・・。
私の心配をよそに、隣では奴が獣のようにつまみを漁っている。
「やっぱカキピーうめーなー・・・ゲプッ」
先程までのシャックリと代わって、今度はゲップが止まらないらしい・・・。
羞恥心の欠片も無い女だ。さすがに呆れ果てて物も言えない・・・。
と、ここで母がすかさずつまみを投入!
朝御飯のおかずをつまみ用にアレンジしたもののようだ。
食卓にはすでに朝御飯の用意がしてあったが、なぜか私の分は無かった。
・・・てことは、このままこっちで酒のつまみを食べろということか・・・。
少し遅れて起きてきた姉が「ケイちゃんおはよう」と言って食卓に座る。
「おっす!一緒に飲む?・・・ゲフッ」
「ごめんね、私今日は仕事だから・・・。その代わりもーちゃんに相手してもらって!」
なんてこった・・・心優しい姉にも見捨てられるとは!!!
食卓にいる母と姉は、すでに朝御飯を食べ終えて片付けをしている。
一方の私は、ホダの酔っ払いトークに適当に相槌を打ちながら飲むフリを続ける。
しかし、さすがに飲んでないことがばれたようだ。
「ちょっともーちゃんってば・・・ゲフッ。あんたさっきから飲んでないでしょ!・・・ゲフッ」
「いや、飲んでますって・・・」
そう言い訳するよりも早く、奴は私が持っていた缶ビールを手にとる・・・。しまった!!
「じゃあこれは何?ゲフッ・・・さっきからゲフッ・・・全然減ってないじゃなん・・・ゲフッ」
慌てて滅茶苦茶な言い訳をかます。
「ほら、これ新発売のビールでさ、飲んでもあまり減らないようにできてるんだって・・・」
どんなビールだよ・・・。
自分でつっこみたくなるくらいの言い訳であるが、酔っ払いには通用したようだ。
しかし、減らないビールというのが、どうやら逆効果だったらしい。
「すげーな・・・ゲフッ。そのビール・・・あたしにも飲ませろって・・・ヒック」
結局その減らないビールは奴に横取りされてしまい、私は結局ビールを飲むはめになった。
しばらくして、姉は仕事で外出し、母も所用で出かけていった。
残ったのは、私と・・・酔っ払いの二人だけだ・・・。
しばらくして、ホダは酔いつぶれたのだろうか、ついに眠ってしまった。
起さないように足音を殺しながら自分の部屋へ戻る・・・。
こっちも朝っぱらからビールを飲まされたことで、かなり酔ってしまった。
部屋に戻る。と、机の上のノートパソコンの電源がついたままだった。
あれ?ちゃんと消してから出かけたはずなんだが・・・。
画面を起して開いてみる・・・と!!!
なんじゃこりゃあああああああああああああああああああ!
そう・・・そこには・・・デスクトップに見慣れない画像があったのだ!
それも思い切り顔がアップで、左目でウインクしている画像・・・もちろんその顔は奴だ!
俺の・・・俺の木内晶子の画像が・・・!!!
こんなブサイクに変えられてる!!!!!
酒が入っていることもあって、私の中の怒りゲージはすでにマックスになっていた。
居間で酔いつぶれている奴の所へ行き、両手で襟首を掴んで揺すり起す。
「おい!起きろ!」
ようやく目を開けるホダ・・・。酒臭い息を吐きながらつぶやく。
「ん?どうしたん?」
「どうしたじゃねーだろ!お前だろ!勝手に壁紙変えたの!」
それを聞いたホダはニヤニヤと気持ち悪くほほえんで、
すぐにまた目を閉じる。
こいつ!!!
「おい!起きろ!寝るなコラ!」
さらに激しく襟首を掴んで揺すり起す・・・と!!!
その反動で奴は私にもたれかかってきて・・・そして!!!
「ヴォオオオェエエエエ」
・・・!
・・・・・・!!!
怒りを通り越して呆然とする・・・。
そう、奴はゲロを吐いたのだ。それも・・・服の上に!!!
私の服は奴のゲロにまみれていた。しかも醜悪な臭い付きで・・・。
「こーのーやーろー!!!」
私は奴のゲロが染み込んだ服のまま、奴の襟首を両手でつかんでいた。
さっきよりも力強く襟首をつかみ、そして思いっきり首を上下に揺する。
彼女は「ううう・・・」と小さな呻き声を発するも、全く抵抗を見せない!
私の力が強まる。そして・・・
「ご・・・め・・ん・・・・も・・ちゃ・・・ん・・」
それに夢中になっていた私の耳に、かすかに彼女の声が聞こえた・・・。
はっとして我に気づく・・・。そして両手を離す・・・。
慌てて彼女の様子をうかがう。しかし事態はかなり深刻であった!!!
かなり苦しそうな表情でグッタリしている・・・。
試しに彼女を揺すってみる・・・。しかし反応は無い・・・。
まさか!俺は・・・人を殺してしまったのか???
どうすればいい?
どうすれば・・・?
・・・・・・・?!
そう考えるより早く、私は無意識のうちに行動を起していた。
彼女の鼻をつまみ、そしてゲロまみれの彼女の口に自分の唇を当てていた・・・。
そして三回にわたって思い切り息を吹き込む・・・。
・・・・・・。
数秒後、
「ゴホッ・・・グホッ」
ようやく目を開けるホダ・・・。
彼女は静かに体を起こし、辺りをうかがう。
彼女の服にも私の服にも、所々にゲロがついている。
その表情を見てホッとするとともに、物凄い後悔の念が頭をよぎる。
私は・・・酔っていたとはいえ、もう少しで人を殺してしまうところだったのだ・・・。
何と言って謝ればいいのだろうか・・・。いや、謝って済む問題ではない。
しかし彼女は、そんな私を見て微笑みながら言った。
「もう一度、人工呼吸してくれたら、許してあげる・・・」
・・・・・・。
私は意を決して彼女を抱き寄せると、そっとその唇にキスをした・・・。
彼女とのファーストキス・・・それはもちろん、ゲロの味だった・・・。
私が後片付けをしている間、彼女はシャワーを浴びていた。
シャワールームからは奴の陽気で迷惑な歌声が聞こえてくる。
服についたゲロは一応拭き取ったが、すぐに洗濯しなければならない。
もちろん、彼女の服も同様だ。
片付けをしながら自分の行動を振り返ってみる・・・が、
ちょっと待てよ・・・!
そう言えば、なんで奴は俺が人工呼吸したってことを知ってるんだ?
それに、俺は気が動転してて、奴がてっきり死んでしまったとばかり思っていたが、
でも普通に考えれば、そんなに簡単に人が死ぬはずはない・・・。
ただ襟首を掴んで上下に揺すっただけだ。
ま、まさか・・・!
俺は奴がぐったりして苦しそうだったのを見て、ついつい人工呼吸をしてしまったが、
あれだけ酒に酔ってて体を揺すられたら、誰だって気分が悪くなるのは当然だ・・・。
それに・・・肝心なことに、俺は奴の呼吸を確認していない!
てことは、俺は奴が酒で気分が悪くなったのを、死んだものと早とちりして・・・
そして・・・人工呼吸してしまったのか???
なんてこった!!!
呆然とする私の前に、奴がバスタオルをまとっただけの姿で現われた。
もちろん、まだ酔っているらしく、少しふらふらしている。
私は早く着替えるように言うが、奴はそのままのかっこでリビングのソファーに座る。
そして・・・
「もーちゃんさ・・・。もしかして・・・ヒック、あたしが死んじゃったと思った?・・・ヒック」
やっぱりな・・・。そんな簡単なことで人が死ぬわけがないか・・・。
私は自分の早とちりを後悔した・・・。
しかし、その時の私にとっては、その後悔よりも、奴が生きていたことの嬉しさの方が上回っていた。
彼女の姿を見て安心すると・・・自然に涙がこぼれてきて・・・また泣いてしまった・・・。
「もーちゃん?」
彼女はそんな私を見て心配してくれたようだ。
私の横に来ると、そっと私を抱きしめてくれた。
バスタオル一枚を隔てて、彼女の温もりが私に伝わってくる。
と、突然奴は私の頭を思いっきりぶん殴ると、大声で叫んだ。
「ちょっと、何考えてんのよ!このド変態!!!」
そう言われて初めて、私は自分の体の異変に気づいた・・・。
そう、久しぶりの女性の肌のぬくもりに、無意識のうちに体の一部が変化していたのだった。
「あ、いや・・・これは、その・・・なんていうか・・・」
バシッ!!!
私の顔面に奴のストレートが再び命中した。
その後、彼女は昼過ぎまで寝ていた。仕方なく私が昼飯を準備する。
一応大学時代、そして就職した後の一人暮らしで、料理の方はそれなりにできる。
残り物で簡単な野菜炒めを作り、奴が寝泊りしている姉の部屋に呼びに行く。
ドアをノックする。しかし案の定反応は無い。
仕方なくドアを開ける。どうやら鍵は閉めてないようだ。
普段はどうだか知らないが、奴は姉のベッドで寝ていた。
布団を股に挟んでいる・・・最低な寝姿だ。
しかも部屋中に酒の臭いが充満している。最悪だ。
耳元で「おい!起きろ」と言うが、モゾモゾと寝返りを打つだけ。
仕方なく体を揺すって起す・・・と!
「・・・・・・ちょ、ちょっと!な、なによ。部屋に入るときはノックくらいしなさいよ!」
おいおい、それは俺のセリフだったろ。
ま、突っ込むのは逆効果。遠巻きに接するのがベストだ。
「あ・・・昼飯作ったんだけど・・・もしよかったら・・・食べない?」
俺ってなんて謙虚なんだ・・・と、少し自画自賛。
しかし、奴には謙虚さは通用しなかったようだ。
「ちょっ・・・もしかして昼御飯にかこつけてあたしの寝込みを襲おうとしたでしょ!」
なわけないだろ・・・。
結局奴は起きてきて昼飯を食べるのだが、何度見ても下品な食べ方だ。
まあ、でも美味しいと言ってくれるところは素直で許せるのだが。
(後に奴の味覚が異常だということが判明するが、それはまた後の話・・・。)
食べ終えて片付けをしながら、私は今朝のことを再び謝った。
結局私の早とちりで、私は全く悪くなかったのだが、
なんとなくそのままじゃ自分として納得ができなかったのだ。
「あ・・・今朝は色々とごめんな・・・。なんか俺も酔ってたみたいで・・・」
しかし彼女から帰って来た答えは意外なものだった。
「今朝なんかあったん?ごめん、あたし全然覚えてないわ。わりいわりい」
・・・おいおい・・・ゲロまみれになっといてそれはないだろ・・・。
しかし・・・奴があのキスのことを覚えてないことは好都合だ。
私はなんだかほっとしたような残念なような不思議な気分になったが、
まあこのまま無かったことにするのが一番の良策だろう。
私はその悪しき記憶を封印することにした・・・。
奴はその日は夕方に出かけるとのことだった。
それまで奴のくだらない話に付き合う。
「そう言えばもーちゃん、新聞配達してるんだって?ママから聞いたよ!」
まあ、別に隠してたわけじゃないし、ばれてもいいか・・・。
「でもさ、新聞配達なんてダサいよね。なんか勤労青年って感じじゃん?」
はあ・・・さいですか。
「やっぱさ、バイトならマックやりなよ、マック!楽しいよ!」
マックってあまり好きじゃないんだよね・・・。
でもなんでマックなんだろ・・・。
「もーちゃんって、いっつも思いつめたみたいな顔してるけどさ、
普通にしてればりりしくて好青年なんだからさ、絶対似合うって!」
はいはい、どうせ俺は昔から思いつめたみたいな顔してますよ。
まあ、りりしくて好青年だなんて言われると素直に嬉しかったりするが・・・。
それにしてもこいつ、人をけなしてばっかだと思ってたけど、
結構人を誉めたりもするんだよな。案外いい奴かもしれないな・・・。
奴はそのまま話を続ける。
「あたしがマックやってた頃なんてさ、あたしの前だけ行列ができたんだから。
チョーかわいい子がいるって評判でさ、毎日モテモテで(略)・・・」
こいつ・・・モームスやる前はマックなんかで働いてたのか。意外な過去だな。
しかし、それってただ単に手際が悪くて客がたまってただけじゃねーのか?
まあ、怖いもの見たさで客が集まったと考えられなくもないが・・・。
「ねえねえ、スマイル頼んでみてよ!すっごい評判良かったんだから!」
突然何を言い出すかと思えば・・・。まあ、頼むだけならいいか・・・。
「じゃあ・・・スマイル一つ・・・」
・・・。
・・・。
やっぱり頼まなければ良かった・・・。
それにしても、こいつの笑顔ってなんでこんなに怖いんだろ。
ある意味人間の七不思議だな・・・。
そんなこんなで雑談を続け(奴が一方的にだが)、夕方になって奴は家を出て行った。
ふう・・・ようやく嵐が去ったか・・・。
それにしても酷い一日だったな。
でも、なんだか濃い一日でもあったな。
充実・・・という感じではないが、こんなに濃い一日を過ごしたのは久しぶりだ。
その反動からか、奴が出て行った後の家はかなり退屈に感じる。
なんだか心にぽっかりと穴が開いたみたいだ・・・。
ん?・・・ちょっと待てよ?
そもそも俺が実家に帰って来たのは、心に穴が開いたからだったはずだ。
じゃあ、奴が帰った後のこの感じはどういうことだ?
・・・!
もしや、俺のその心の穴を奴の存在が埋めていたのか???
まさか・・・いや、そんなはずは・・・。
私はその時、そのことを必死で否定しようとしていた。
しかし、それは後にはっきりと自覚することになるのだが・・・。
とにかく奴がいなくなった部屋はひどく退屈だった。
今朝はここまでです・・・。
ほだage
66 :
山崎渉:03/01/06 05:51 ID:???
(^^)
奴が出て行ってしばらくしてから姉が帰宅した。
「ケイちゃんどうだった?もーちゃん、からまれたでしょ?」
からまれたと言うか何と言うか、とにかく奴と飲むのは二度と御免だ・・・。
私が「まあね・・・」と言って複雑な顔をすると、姉はそれを見て申し訳無さそうに微笑む。
前々から奴の酒癖の悪さを知っていたのだろう。姉は奴と三年も過ごしてるからな・・・。
しばらくして姉が私のところへ来て尋ねる。
「もーちゃん洗濯したまんま?なんか服が入ってるよ・・・」
いけね・・・そう言えば奴の服と俺の服を洗濯してたっけ・・・。
「ああ、忘れてた・・・。ちょっとお酒こぼしちゃって・・・」
さすがに奴がゲロをしたとは言えない・・・。
あわてて洗濯してた服をベランダに干す。私の服と、もう一つは奴の服だ。
しかし、自分の服とアイドルの服が干してある光景はよく考えると異様だ。
まあ、その両方ともゲロが原因で洗濯したってのはもっと異様だが・・・。
その後、部屋に戻ってノートパソコンを起動する。
出てくる画面はもちろん奴の壁紙・・・今朝のことを考えるといまいましい顔だ。
しかし・・・なんだか愛嬌があって嫌いにはなれない顔かもしれない・・・。
不思議と奴がいなくなると、奴への憎しみはいつのまにか消えてしまう・・・。
私は壁紙を元に戻そうと思ったが、考え直して結局そのままにしておいた。
しかし、これが後にとんでもない事件を巻き起こすことになるとは、その時は知る由も無かった。
そう言えば、奴はどうやってこんな画像を手に入れたんだ?
このパソコンでネットをする場合、一々パスワードを入れないと接続できないように設定してある。
と言うことは、奴が自分のIDを使って勝手に接続したんだろうか・・・。
履歴を見る・・・。しかし、すでに履歴は全て消されていた。
「・・・証拠隠滅か!」と、一人呟く俺・・・。
しかも履歴だけではない。一時ファイルやら最近使ったファイルやら、
とにかく奴がネットを使ったことに関する全ての記録が削除されていたのだ。
まいったな・・・。削除された記録を見るなんてことは俺のスキルじゃ無理だ。
それにしても、酒を飲みながらこんなことまでするとは。なんて用意周到な奴だ!
・・・ちょっと待てよ。と言うことは、奴は俺の履歴なんかも見てしまったのか?
まずいな・・・。中澤がうちに来た後、奴のことを知ろうとしてある有名な匿名掲示板を訪れたんだが、
もしも奴があんな所を見てしまったりしたら・・・奴に及ぼす影響は計り知れない・・・。
その掲示板とは、もちろんあの悪名高き「2ちゃんねる」だ。
結局そこには有益な情報は無く、結局私は奴のことを何もわからないままなのだが、
もし私のせいで奴がネットの暗部を覗いてしまったとしたら・・・取り返しのつかないことになりかねない!
パソコンを前にして不安にかられる自分・・・。
そう・・・。私はその時まだ、2ちゃんねるのモ板にある保田関連のスレの大半を、
奴自身が立てているという事実には全く気づいていなかったのである。
それから一週間後・・・。
久しぶりにテレビでやっていた映画を見てから就寝する。
新聞配達を始めてからは夜9時には寝る習慣ができていたので、
こんなに遅くまでテレビを見ていたのは結構久しぶりだ。
3時半・・・目覚し時計がなる・・・。しかし最悪なことに無意識のうちに止めてしまう。
このまま寝過ごしてしまえばもちろん大目玉だ。しかし・・・!
ピッピッピー!ピッピッピー!
突然の笛の音に驚いて飛び起きる・・・。なんだ?なんだ?
眠い目をこすりながら前を見る・・・と、そこには例のごとく奴が立っていた。
「おーい朝だぞー!もーちゃん!チャチャチャ!起きろ!チャチャチャ!」
なんて意味のわからない起こし方だ・・・。そう思いながら時計を見る・・・と!
「うげっ!4時過ぎ???」
ぎりぎりの時間だ!あわてて部屋を飛び出して洗面所へ向かう。
まいったな・・・。まさか目覚まし時計を止めてしまうとは・・・。
部屋に戻って急いで着替えをする。
と言ってもTシャツとジャージで寝てるので、今日はその上に羽織るだけだ。
奴は椅子に座ってなにやら話し掛けてきたが、いちいち聞いている時間は無い。
私はそれを聞き流しながら「起してくれてサンキュ!」と言って家を出た。
家を出るとき、後ろから「約束だからね」と聞こえたような気がしたが、
今はそれどころじゃない。「はいはい」と曖昧な返事をして家を飛び出す。
仕事には少し遅れたものの、なんとか配達自体には影響を出さずに済んだ。
ただ、広告を挟む作業だけは代わりの人が半分以上やってくれていたが、
私もいつも遅れた人の分を代わりにやったりするので、まあお互い様ってところか。
這這の体で配達を終えて帰宅する。
家に帰ると、玄関で彼女が出迎えてくれた。再び感謝の気持ちを伝える。
「起してくれてありがとな。おかげで間に合ったよ」
彼女はその言葉が嬉しかったのか、かなり嬉しそうな笑顔を浮かべる。
もっとも、その笑顔は怒っているようにも見えてしまうのだが。
「でも夜中に笛はまずいんじゃないか?近所迷惑だぞ!」
とりあえずこれは言っておかなくては・・・。
と、やはり不機嫌な顔になる。まいったな・・・。
「あ、いや・・・でも今日は助かったよ。ほんと感謝してるって」
そう言うと、彼女は再び笑顔を見せる。それにしても素直というか単純というか・・・。
しかし、その笑顔は無償のものではなかった。
「よし!感謝してるんなら約束守ってもらうからね!」
約束・・・って何だ???
とまどいの表情を見せると、再び不機嫌そうな表情を見せて詰め寄ってくる。
「約束したでしょ?来週一日空けといてって」
まいったな・・・。こいつとデートするはめになるとは・・・。
>そう・・・。私はその時まだ、2ちゃんねるのモ板にある保田関連のスレの大半を、
>奴自身が立てているという事実には全く気づいていなかったのである。
(((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル
保
11月中旬
朝10時過ぎ、阪急嵐山駅前。
そう、今日は例の奴との約束の日だ。
場所は奴が指定した京都。と言うのも、奴はすでに大阪のうちに来るようになって三年。
姉や母と一緒に一通りの近所の観光地は押さえてあるらしい。逆に私の方がその辺は疎いかもしれない。
そこで京都と言うわけだが、とりあえず私が案内できそうなのは、ここ嵐山くらいしかない。
大学時代に姉と兄と三人で色々と歩き回ったことがあった。もっとも4年も前のことだが。
しかし予想通り、約束の10時になっても奴はまだ現われない。
と、駅前のロータリーに一台のタクシーがとまる。
タクシーから降りてきたのは、もちろん奴だ。
「あはは、もーちゃんおはよ!」
遅れたにも関わらずあいかわら脳天気な奴だ・・・。
でも、なんでタクシーで来るんだよ・・・。
「タクシー・・・?」
「あははは、なんか乗り換えがわかんなくてさ。まいったまいった!」
まあ、こいつは一般人より全然金持ってるからな。タクシーくらい余裕だろう。
奴はロングコートにロングブーツ、頭にはニットの帽子をかぶっている。
サングラスとかしなくて大丈夫だろうか。ただでさえ特徴のある顔をしてるのに・・・。
「そのかっこ・・・ばれないか?」
とりあえず奴のニットの帽子を顔の半分までずり下ろす。
「もーちゃん・・・前見えないってば・・・きゃははは」
なんだかとっても嬉しそうだ。でも逆にこっちは憂鬱だ・・・。
なんてったって国民的アイドルとデートだからな。何も無ければいいが・・・。
川沿いを歩いて渡月橋へ向かう。
「もーちゃんもーちゃん!橋だよ!橋!」
そりゃまあ、その橋が名所なんだから当然だろ・・・。
しかし、橋くらいでこんなに大喜びするもんかね・・・。
11月中旬・・・紅葉の季節ということで、ここ嵐山は物凄い人で賑っている。
もっとも、今年は少し寒が早くて紅葉はすでに終わりかけているが。
それにしても、こんな人込みで奴の素性がばれなければいいが・・・。
橋を渡る。とりあえずこれって何の変哲も無い橋なんだよな・・・。
さてと、とりあえず以前通ったコースでも通るか・・・。まず天竜寺だな。
「あのさ・・・お前って、寺とか苦手じゃない?大丈夫か?」
とりあえずこれは聞いておかないとな。この答え次第ではここに来た意味が無くなってしまう。
「あはは、大丈夫だよ!お寺って神様がいるとこでしょ?大丈夫大丈夫!」
こいつ・・・神社と寺の区別もできてねー・・・。典型的な今っ娘(いまっこ)だな。
寺に着くまでの間、私は神社と寺の区別についてわかりやすく説明してあげた。
「へえ・・・もーちゃんってさ、物知りだよね!」
常識だと思うんだが・・・変なとこで感心されても困る・・・。
「もーちゃんもーちゃん!鬼だよ!鬼!」
天竜寺の前にある鬼瓦に喜ぶホダ。・・・しかし俺にとってはお前の顔の方が怖いぞ。
とりあえずここのお薦めは天竜寺の石庭だ。
普段こういうのを見ても何とも思わない私だが、以前来た時にこれだけは見事だと思った。
奴も結構気に入ったらしい。子供のようにはしゃぐ。
「もーちゃんもーちゃん!凄いきれいだよ!ほらほら!」
それにしても、あんまり大声でしゃべらないでほしいな。周りに気づかれたらと思うと・・・。
寺を出た後、寺の横の小道を通る。竹林で有名な場所だ。
「もーちゃんもーちゃん!竹林だよ!竹林!」
「あのな・・・それは『たけばやし』じゃなくて『ちくりん』って言うんだよ・・・」
「ちくりんなの?まあいいじゃん!きゃははは・・・」
道の左右にはびっしりと竹林が生え、昼間なのに薄暗い。
さすがに名所だけあって人は多い。坂の上から人力車が下りてくる。
「もーちゃんもーちゃん!凄い凄い!人力車だよ人力車!」
それにしてもこいつって、驚いた時は毎回同じセリフだよな・・・。
まあ、人力車に乗ろうって言わないだけましだが。
竹林を抜けると、トロッコ列車の駅がある。
以前来た時は時間の都合で乗らなかったが、今回はせっかくだから乗るか。
「トロッコ列車どうする?乗るか?」
「乗る乗る!もちろん乗る!」
はあ・・・それにしても今日の奴は本当に子供だな。無邪気というか愛らしいというか・・・。
何と言うか、いつもとは違う別の素顔を見てしまったって感じだ。
紅葉の季節ということでトロッコ列車はほぼ満員だった。
川沿いを列車が進む。緑の山々に赤と黄色の紅葉がきれいだ。
奴はずっとはしゃいでいる。
「もーちゃんもーちゃん!ほら、きれいだよ!あそこあそこ!」
「もーちゃんもーちゃん!トンネルだよ!トンネル!」
「もーちゃんもーちゃん!ほらほら、船だよ!船!」
もっとも話す言葉は全部同じなんだが。
20分弱の行程を終えて、終点に着く。
とりあえずこっち側に来たのは初めてだ。これからどうすっか・・・。
「こっからどうする?JRで戻るか?それとももう一度トロッコ乗るか?」
さっき列車から見た川下りってのもあるが、料金が高いな。時間も合わないし。
しかし、帰って来た答えは予想通りだ。
「トロッコトロッコ!もっかいトロッコ乗る!だってきれいなんだもん!」
やっぱりな・・・。
奴の希望通り、もう一度トロッコに乗る。奴の反応はと言うと・・・前と全く同じだ。
「凄い凄い!紅葉だよ紅葉!ほらあそこ!」
まあ喜んでくれてるみたいだから悪い気はしないが。
とりあえず帰りは途中下車することにした。
保津峡駅からハイキングコースを通って嵐山へと戻る。
「お前ロングブーツだけど大丈夫か?山道だぞ?」
「平気平気!大丈夫だって!」
それならいいんだが・・・。それから30分近く、紅葉の小道を歩く。
空気が澄んでいて気持ちのいいコースだ。
山道を進むと、ようやくのことであだしの念仏寺に着く。
ここは何か知らんが石塔がやたらある。
その異様な光景は個人的になんだか気持ちの悪いものなのだが、
奴はそんなこと感じないらしい。案の定はしゃいだままだ。
「もーちゃんもーちゃん!凄いよ凄いよ!お墓がいっぱいだよ!」
そこから坂を下りて人の多い嵐山へと戻る・・・と、
その途中で突然見知らぬおばさんに声をかけられる。
「あれ・・・もう○○ちゃんじゃない?あらやっぱり!」
一瞬とまどったが、なんとか思い出す。京都にいる親戚のおばさんだ。
私の家は結構複雑な家庭だ。個人的にはあまり複雑だと意識したことはないが、
その親戚の系統を見ると、やっぱり普通の家庭とは違うと思わざるを得ない。
そのおばさんは普通に父方の親戚だったが、その他にも私を生んだ母の親戚、
そして育ての親である今の母の親戚に、その母の最初の夫の親戚・・・と、
まあ、ある意味周りから見れば悲劇の子になってしまうのかもしれないが、
その当人にとって見れば別にどうってことはない。
第一、今の母と姉とは普通の家族以上に仲がいいし、
血が繋がっていないことを別に意識したこともない。もっとも兄は別のようだが。
そのおばさんは私の隣にいるホダをじろじろと眺める。
「もう○○ちゃん、もしかして彼女?かわいい彼女だね」
あわてて否定しようとするが、それより早くホダが口を挟む・・・しかし!
「はーい!もーちゃんの彼女でーす!よろしくお願いしまーす!」
って、おいおい!否定しろよ!・・・事実無根だー!!!
「へえ、もう○○ちゃんもすみにおけないわね!こんなかわいい彼女連れて!」
「はーい、ありがとうございまーす!かわいい彼女でーす!」
はあ・・・。なんだかもう言い返す気力も無いな・・・。一応否定しておくが・・・。
それにしても例え彼女だとしても、自分からかわいい彼女なんて言うか?
それが建て前だってことくらい気づけよな・・・。
しばらく立ち話をした後、おばさんは再び奴を見て少し首をかしげる。
「・・・?」
「どうかしました?」
「いえ・・・なんでもないの。じゃあ、もう○○ちゃん元気でね」
なんとなくだが、その素振りは、どうやら奴の素性に気づいてしまったようだった。
しかしまあ、深く追求してこなかったってことは、多分大丈夫ってことだろう。
「ねえねえ、今のおばさん、私のこともーちゃんの彼女だって!」
って、おいおい・・・お前がそう言ったんだろ・・・ったく。
しかし、よりにもよってこいつを彼女と間違うなんて、おばさんも人が悪い。
と、突然奴が俺の腕に寄り添ってくる。
「ねえいいでしょ?今日は特別にもーちゃんの彼女になってあげるよ!」
おいおい・・・頼むからやめてくれって・・・。
「やめろって・・・。冗談ですまなくなるだろ!」
「ちぇっ・・・もーちゃんのケチ!」
そう自分で言った後になって気づく。何が冗談ですまなくなるんだろうか・・・。
そういうやりとりをしながら坂を下りる。すでにお昼時を過ぎている。
「ねえもーちゃん、おなかすいた!御飯食べようよ!」
そうだな・・・確かに歩き続けて腹も減ってたところだ。
「よし、じゃあ後一つくらい見てから飯にすっか」
「うん。もーちゃん、次はどこどこ?」
とりあえず祇王寺やら二尊院やら落柿舎なんかは飛ばして、常寂光寺だな。
以前来た時は春だったが、ここは紅葉が有名らしい。落ち着いた雰囲気の寺だ。
しかし、これだけ朝から紅葉を見続けていると慣れてくる。まあ奴は別だが。
「もーちゃんもーちゃん!凄いきれいだよ!ほらあそこ真っ赤だよ!」
こいつは見飽きるということが無いのだろうか。なんか意外だな。
「もーちゃんもーちゃん!ほらほら!ちっちゃな五重塔だよ!」
・・・どう見ても五重じゃないんだが、まあいいか・・・。
そこを後にしてようやく嵐山の人込みに戻る。とりあえず飯だな・・・。
とりあえず適当な店に入って適当に頼む。
それにしても京都の観光地ってのはやけに値段が高い。
京懐石だの京御膳だの・・・どう見ても若者向けではないな・・・。
と、修学旅行だろうか、制服を来た女子高生の三人組がやってきて話しかけてきた。
「あのあ・・・モーニング娘。の保田さんですよね?サインいいですか?」
げげげ!!!なんかいきなりばれてる!どうする?どうするよ、おい!
しかし奴は慌てずにその子たちに笑顔で応える。
そして私に向かって目配せしながら話しかけてくる。
「ねえマネージャー、サインしてもいいかな?」
・・・なるほどね。そういうことか。
女子高生たちが不安げにこちらを見てくる。
これは自然に演技しなくては・・・。「ああ、いいよ」と軽く頷く。
少しぎこちなかったかもしれないが、なんとかうまくいったようだ。
女子高生たちはサインを貰い、握手をして去っていった。
いやはや、それにしてもさすがだな。顔色一つ変えずに演技するとは。
ただ、初めて奴のことを芸能人だと意識させられたって感じだ。
なんか嬉しいような悲しいような・・・複雑な気分だ。
「はあ・・・びっくりしたね、もーちゃん!ばれちゃったよ!」
ってか、なんかそれだけで済まない予感がするんだが・・・。
とりあえずさっさとここから逃げ出した方が良さそうだ。
さっきの女子高生の友達がわんさか押し寄せたりしたら大変だからな。
早々に飯を食べ終えて店を出る。
さてと、ここからどうするかな?一応当初の予定通り廻ったし。
「どっか行きたいとこあるか?」
「うーんとね。金閣寺行きたい!金閣寺!」
って、金閣寺はここからだと・・・どうなんだろ。
まあ、せっかくのリクエストだから叶えてやるか・・・。
観光地図を見る。とりあえず電車だな。
京福電車に乗る。一両編成のかわいい電車だ。
この電車は区間によっては道路の真ん中を走る、いわゆる路面電車だ。
途中の駅で路線を乗り換える。小さな無人駅が多いが、ここはホームのある有人の駅だ。
この近くには有名な広隆寺や太秦映画村なんかもあるんだが、そんな余裕は無さそうだ。
それに奴はつい最近仕事で来た事があったらしい。
電車に乗っている間中、かわいい着物を着て評判が良かったといった話を聞かされる。
こいつの着物姿って・・・ある意味冒険だよな・・・。
途中で降りて仁和寺へ向かう。二王門は近くで見ると結構迫力がある。
「もーちゃんもーちゃん!凄いかっこいいよ!ほら!」
どうやら門の左右にある仁王像が気に入ったらしい。
ただ、奴の顔の方が迫力はありそうだが。
門をくぐって進むと、右前方に五重塔が見える。
「もーちゃんもーちゃん!五重塔だよ!今度のはおっきいよ!」
今度のって言うか、さっきのは五重塔じゃないんだけどなあ・・・。
仁和寺の境内にも赤々とした紅葉が見える。
もちろんそれらを見るたびにまた同じセリフを言う。
こいつ・・・今日はやたらと元気だよな。
仁和寺を出た後、少し歩いて龍安寺へ。ここの紅葉も見事だ。
この寺は石庭が有名だが、実際に見てみると意外と狭い。
石庭には15の石があるが、その配置は非常に哲学的だ。
そのため、観光客はたくさんいるものの、皆物静かに石庭を見つめている。
皆、その庭を見つめて何を想うのだろうか・・・。
こんなところで騒がれたら注目浴びまくりだな・・・。
そう心配したものの、奴は意外にも無口だった。
・・・もしかしてただの庭でつまらなかったのか?
ミスリードしてしまったようで少し不安になる・・・しかし!
意外だった。
奴は板の間の廊下に座り、ただ物静かに庭を見つめて・・・
そして・・・そして・・・泣いていたのだ。
なぜ?
その涙の理由は?
わからなかった。彼女はただただ庭を見つめて泣いていた。
私も彼女の左隣に座って庭を見つめる。風景が心の中に染み込んでくる。
そこには一つの宇宙があった。いや、宇宙の全てと言ってもいい。
いつしか、私の目の前には、その広大な宇宙にいる私と彼女の二人しかいなくなった。
実際には周りにはたくさんの人がいる。
しかし、周りの景色や存在は、全てその宇宙に溶け込み、そして吸い込まれていた。
他の気配は全く感じない。そして時間の概念さえもその世界と一体となっていた。
それは孤独?・・・いや、孤独ではない。
その時私ははっきりと感じたのだ。広大な宇宙の中にいる自分という存在を・・・。
しかし、それは宇宙の中のちっぽけな自分というものではなかった。
それは言葉では言い表せない・・・。ただ、存在を感じたのだ。それだけのことだ。
しかし、それだけのことが、私の中では大きな感動となっていた。
・・・ふと、誰かの声が聞こえ、唐突に現実世界に引き戻される。
隣に座っている彼女が話しかけてきたのだった。
「もーちゃん・・・泣いてるよ?」
その声でようやく気づく。・・・自分も泣いていたことに・・・。
そればかりではない。周りを見ると、そこにいた人全員が泣いていたのだ。
理由はわからない。もしかすると最初に涙を流した彼女がその場の空気を染めてしまったのかもしれない。
しかし、確かにそこにいた全員が泣いていたのだ。それは不思議な光景だった・・・。
そしてもっと不思議なことに気づいた。
いつのまにか、私の右手が彼女の左手をそっと握りしめていたのだ。
彼女の温もりが私に伝わってくる・・・それは不思議な温かさだった。
なんだか生まれ変わったような不思議な気分だった。
私が泣いていたのはなぜだろうか。・・・自分でもわからない。
そして彼女が泣いていたのはなぜだろうか。・・・それもわからない。
古来よりその庭は人々を魅了してきた。しかし、その理由はわからない。
逆に、わからないからこそ魅了してきたとも言える。・・・不思議な時間が過ぎた。
龍安寺を出る。
次はいよいよ金閣寺だ。
「また少し歩くけどいいか?」
「うん、大丈夫。あたしまだまだ若いから・・・」
二人で歩道を歩く。
どちらが意識したのでもなく、二人はいつのまにか自然と手を繋いでいた・・・。
と、突然彼女がよろめく。段差につまづいたようだ。
とっさにかばう・・・が、逆に私の方が転んでしまった。
「いてててて・・・」
「もーちゃん大丈夫!?」
「ああ、こっちは大丈夫。お前は?」
「・・・うん、・・・あたしも大丈夫だよ」
こいつの体は頑丈そうだからな。多分俺よりタフだろう・・・。
しばらく歩いてようやく金閣寺に到着。
それにしても今日はよく歩く。こっちは新聞配達で鍛えてるとは言え、くたくただ。
それにひきかえ奴は元気なままだ。やっぱりダンスとかで鍛えてるだけのことはあるな。
すでに夕方ということで、空が少しずつ薄暗くなっていくのがわかる。
その夕闇の中に、金色の建物が映える。
しかし奴は今までと違ってあまりはしゃがない。
「おい、あんまり嬉しくないみたいだけど。どうした?」
「いや、ちょっと疲れちゃって。・・・でもすっごいよね、金ピカだよ!」
「おいおい、見たまんまだな!」
「あははは・・・」
なんだかしっくりこないが、まあいいか。
金閣寺を間近に見た後、順路通りに進む。
と・・・!
私は奴の不自然な歩き方に気が付いた。
「おい!お前足どうしたんだ?」
「あははは・・・気づいちゃった・・・?」
「やっぱりさっきので痛めたのか?そうなのか?」
少し間を開けてから奴は軽く頷く。
「バカヤロー!なんで素直に言わなかったんだよ!」
「だ、だって、もーちゃんに迷惑かけちゃいけないって思って・・・」
「お前、そんなに俺を信用してないのか!」
彼女は何か言いたそうだったが、私の勢いに負けてすぐに謝る。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
しかし、彼女を一日中歩き回らせたのは俺だ。その怪我は俺の責任でもある。
「帰ったらちゃんと病院行くんだぞ」
「・・・うん」
「よし!ほら、後ろ乗れ!」
「ええ・・・恥ずかしいよ・・・」
「そんなこと言ってる場合かよ!早く乗れって」
「・・・うん・・・」
彼女は私の背中に負ぶさる。
って・・・こいつ結構重いな・・・。
「お前、結構重いな・・・。焼肉ばっか食べてるからじゃないのか?」
「ちょっと!そんなこと言わないでよね!もう!」
しかし・・・こいつマジで重いな・・・。
「お前、ほんとに重いな・・・。体重どれくらいあるんだ?」
しかし奴は逆に私に聞き返してくる。
「もーちゃん誰と比べてるの?他の女の子おんぶしたことあるの?」
まいったな・・・。とりあえず適当にごまかしておくか。
「いや、無いけどさ。でもお前、マジで重いぞ・・・」
「もう、もーちゃんなんか嫌い!」
そう言いながらも彼女はぴったりと背中にくっついている。
素直じゃないと言うか、逆に素直と言うか・・・。
金閣寺の門を出る。すでに日も暮れ始めている。
もう帰る時間だ。バス停でバスを待つ間、私は携帯を取り出して電話をする。
相手は中澤姉さんだ。少し緊張する・・・。
私は彼女が足をくじいてしまったことを話した。
電話の向うでは中澤がかんかんに怒っている。無理も無い。
しかし運のいいことに、彼女は京都に帰ってきているらしい。
明日から東京で仕事ということで、京都駅まで迎えに来てくれることになった。
まあ、私にとってはそれは運が悪いことなのかもしれないが・・・。
バスに乗り込み、一番後ろの座席に座る。
バスの中では彼女は静かだった。足が痛いのだろうか。
何度も尋ねるが、帰ってくる答えは同じだ。
「ううん、大丈夫。ただ、今日は楽しかったなあって思って・・・」
それはこっちも同じだ。朝は嫌々ながら付き合ったって感じだったが、
終わってみるとなかなか楽しい一日だった。まあ、足をくじかせてしまったのが気がかりだが。
それに、それまで無感動で冷めた性格だと思っていた彼女が、
事あるごとにはしゃぐ姿は、見てて結構素直でかわいらしいとも思えた。
それが私にとっての一番の収穫だったのかもしれない。
そんなことを思っているうちに、終点の京都駅前に着く。
財布を見る・・・と、小銭が無いのに気づく。
「小銭持ってない?」
彼女が財布を確認するが持っていないらしい。
まいったな・・・一万円札しか無いや。
運の悪いことに、彼女の財布の中にも一万円札しか無いようだ。
他の乗客が降りた後に、バスの運転手に尋ねる。
「あの・・・一万円札ですけど、いいですか?」
と、その運転手はこちらを睨みつけると、いきなり怒鳴りつけてきた。
なんだなんだ?たかが一万円札くらいで怒鳴られるとは・・・。
なんとか両替して貰おうと丁重に申し入れるも、聞く耳持たずといった感じだ。
何度も頭を下げるも、全く見向きもしない。まいったな・・・。
どうやら大変なバスに乗ってしまったようだ・・・。
と、横にいた彼女がいきなり大声で運転手に向かって怒鳴った。
「ちょっとあんた!こっちがちょっと下手に出てるからっていい気になって!
もーちゃんがこんなに頭下げてんでしょーが!お釣り払いなさいよね!」
正直、二人とも物凄い迫力で、こっちはそこに立っているだけで精一杯という感じだ。
しかし、なんとか彼女の食い下がりによって、しぶしぶ一万円札を受け取る運転手・・・。
お釣りを貰ってバスを降りた後、彼女は私の方を見てニヤリと笑う。
そして勝ち誇ったような顔でアピールする・・・。
「店長!一万円札入りましたー!」
京都駅で再び中澤に電話をし、指定された改札口へ向かう。
と、突然後ろから肩を掴まれる。振り返ると中澤が・・・
ドコッ
いきなりの不意打ち・・・。腹部を殴られ、少しよろめく。
多分、足をくじかせたことに対する一発なのだろう。
話くらい聞いてくれてもいいのに・・・。
そしてよろめく私を差し置いて、彼女に話し掛ける。
「圭ちゃん大丈夫だった?」
・・・。
中澤は彼女と少し話した後、私を柱の陰に連行する。
そして・・・もちろん説教だ。
念のために腹筋に力を入れながらその説教を聞く。
まあ、確かに今日の歩きづめのコースは私の失敗だ。
その点は素直に反省すべきだろう・・・。
でも最後には、いい息抜きになったんじゃない?と言ってくれた。
さすが年の功・・・飴と鞭の使い方をよくわかっている・・・。
説教が終わり、再び改札口へ。
中澤の目を盗んで彼女が話し掛けてくる。
「大丈夫?ごめんね・・・あたしのせいで・・・」
「いや、いいって。それに足くじかせたのは俺のせいだし・・・ごめんな・・・」
「もーちゃんのせいじゃないよ。だから謝らないでよ・・・」
そんなやりとりを少し離れた位置から中澤姉さんが冷ややかな目で見ている。
なんだか年増の女に焼きもちを焼かれているみたいだ。
そろそろ時間のようだ。
最後に彼女は後ろを振り返りながら言った。
「ストラップちゃんとしててね!約束だからね!」
ストラップ・・・か。
それは嵐山で昼飯を食べた後のことだった。
女子高生に彼女の素性がばれ、早々にその場を立ち去った後、
彼女は一件のお土産屋に立ち寄った。
私は噂を聞いた女子高生の友達が駆けつけることを心配していたのだが、
彼女はそんなことおかまいなしで土産を物色していた。
「あのさ・・・やっぱりメンバーとかにお土産買ったりするの?」
それはなんとなく出てしまった質問だった。
普段、私は彼女に対して仕事のことは持ち出さないようにしていた。
最初の頃の私は、彼女をモーニング娘。の一員として特別視していたが、
接しているうちに、彼女も一人の普通の女の子だということに気づくようになった。
そして、以前中澤姉さんが話してたことの意味に気づいたのだ。
そう、・・・彼女がうちに来る理由・・・。
その本当の理由はまだはっきりとわかっているわけではなかったが、
ただ、姉と母の接し方を見ていて、なんとなくわかるような気がしたのだ。
そんな中、私は彼女に対して唐突にメンバーのことを聞いてしまったのだ。
もちろんその尋ねた理由は、その直前に女子高生に素性がばれ、
彼女を芸能人と再認識させられたこともあったのかもしれないが。
しかし彼女は、その質問に対して私のような意識は無かったようだ。
「うーんとね、最初の頃はあったんだけどね。最近はあんまりないなあ・・・」
そう言うと彼女は淋しそうな表情を浮かべた。
その屈託の無い答えに、私は今までの考えを改めなくてはならなくなった。
そう、私はそれまで、彼女の前で仕事に関する話題をしないようにと無理に努めていた。
しかし、それは逆に、彼女をモーニング娘。として特別視していたことにもなる。
普通に接すれば良かったのだ。・・・無理に装う必要は無いのだ。
私はそれから彼女と本当の意味で自然に接することができるようになった。
だから、彼女も普通に太秦での撮影のことなどを話してくれたのだろう。
その時に初めて、本当の意味での意思疎通ができるようになったのかもしれない。
「なんかなあ・・・。最近仲がいいのか悪いのか・・・よくわかんないや・・・」
お土産を物色しながら呟くように言う。やはり大変みたいだな・・・。
と、突然大きな声を出す。幸い周りには人はいない。
「おっ!もーちゃんもーちゃん!これ見て!これ!かーいーよ!」
彼女が手にとったのは、かわいい赤鬼と青鬼のペアのストラップだった。
なんで京都で鬼なのかはわからないが、かなり気に入ったらしい。
「ねえ、これ買おーよ!ほら、ペアだってよ!ペア!」
「ペアって・・・そういうのって普通は彼氏と彼女で買うもんだろ・・・」
「いいじゃんいいじゃん!ねえ、これ買おうよ!よし、あたしが買ってあげる!」
結局彼女はストラップを買って、赤鬼の方を私に渡した。
「もーちゃんが悪さしたら赤鬼さんに怒ってもらうからね!」
「はははは・・・」
二人と別れてから、一人で帰路に着く。
なんだが凄い一日だったな。でも楽しい一日だった・・・。
そのせいか、一人の帰路はなんだか寂しいものだった。
そして私は、私の中で彼女の比重が徐々に大きくなっていることに気づいていた。
家に着く。姉が玄関に迎えに出てくる。
「京都どうだった?楽しかった?」
おいおい・・・今日のことは姉には話さなかったのに・・・。まいったな。
「ああ、まあまあ・・・かな」
しかし姉は私の「まあまあ」が高評価だということを知っている。
「そう、それは良かったわね。ケイちゃんも喜んでるんじゃない?」
「ははは・・・」
とりあえず愛想笑いをしておくか・・・。なんか気まずいな・・・。
その夜・・・突然携帯が鳴る。番号は・・・知らない番号だ。
まさか彼女に何かあったのか?急いで電話をとる・・・。
「はい、○○ですが・・・」
「お、もう○○!久しぶり!」
えーと、この声は・・・そう、大学時代の親友・・・いや、正確には・・・親友だった男だ・・・。
「あ、○○か。久しぶりだな」
途端に暗い声にかわる自分。今頃になって何の電話だろうか。
昔のことを思い出して徐々に苛立ちが増してくる。正直、こいつとはもう話したくもない。
それにしても、どうして奴がこの番号を知ってるのだろうか・・・。
楽しい気分が一転して暗い気分になる。
そして、今まで閉ざされていた心の闇が再び開いていく。
そいつとは大学時代に同じサークルで、2年までは非常に仲が良かった。あくまで2年までは・・・だが。
しかし、ある時からそれが一変する。
3年になり、私たちはサークルの幹部となった。もちろん、2年の時よりも厳格さが求められるポストだ。
私たちは不必要な厳しさを排除しつつも、必要最低限の上下関係を保持することで秩序を保とうとした。
しかし、そいつはその秩序を完全に破壊してしまったのだ。
そいつは私たちと違い、後輩と友達のように接した。
それがプライベートなことであれば何の問題も無かった。
しかし、そいつは私たちのその最低限の上下関係をも無視したのだった。
私たちの指導は徐々に効力を失っていった。
私たちが上下関係を徹底するように言っても、そいつがいる限りそれは守られない。
後輩としては、あれこれ指導する先輩よりも、友達のような先輩に近づくのは当然だ。
そしてそいつは、それを自分の人気と思い込むようになり、それが更なる悪循環となっていった。
いつしか私たちの上下関係は完全に崩壊し、そして挨拶もできない後輩からの反感だけが残った。
しかし、それは私たちが特別に厳しかったということではない。
私たちは厳格な中にも和やかな雰囲気を構築しようとし、それは実現の直前までいっていた。
例えるならば、50度の熱湯だったものを、私たちが40度の適温にしたのだ。
しかしそいつは、その40度のお湯に更に水を注いでぬるま湯にしてしまったのだ。
ただ、それだけであれば、私とそいつとの仲はこじれなかったかもしれない。
しかし、そいつはその態度を直すように言う私たちから少しずつ遠ざかっていった。
それまで毎週のように一緒に飲んでいたのが、いつしかそいつだけが参加しなくなっていった。
しかも、私たちとの飲みの約束を破って、その後輩たちと遊ぶようになったのだ。
そういうことが続き、私たちはそいつを呼んで真意を尋ねた。単刀直入に・・・。
「仲間と後輩と、どっちが大切なんだ!」
・・・。
答えは・・・後者だった。その時、私の中でそいつの認識が、親友から裏切り者へと変わった。
それ以来、そいつとは必要が無い限り接しなくなった。当然だ。
やがて冷戦も徐々に打ち解け、皆がそいつと普通に接するようになってからも、
私だけは彼と距離を置き続けた。それは他のメンバーと違い、私が一番そいつと親しかったからだ。
その分、その裏切られたと思う気持ちも大きくなる。そして卒業してからもその気持ちはそのままだ。
他の仲間との連絡は今でも取り合っているが、そいつだけは疎遠のままだ。
私が就職が決まって新しい部屋に引っ越した時も、他の仲間は駆けつけてくれて、
朝まで騒いだりしたが、そいつだけは来なかった。まあ、遠かったというのもあるだろうが。
そして、突然そいつから電話がかかってきたのだった。
そいつの話によると、そいつは今京都に住んでいて、来週大阪に用事があるらしいので、
その日の夜にでも会おうというものだった。別に断る理由もないため、仕方なく承諾する・・・。
それにしても・・・なぜ今頃になって・・・?
しかし例え会ったとしても、私の気持ちは変わらないだろう・・・永遠に。
一週間後・・・。
約束は夕方6時・・・一番近くにある駅だ。
しかし、その駅に出かける前に、そいつはうちにやって来た。まだ5時だ。
「よお、久しぶり!ちょっと時間あまったから来てみた」
穏やかな笑みを浮かべるそいつと違って、こちらは正直あまり嬉しくは無い・・・。
「ああ、久しぶりだな・・・。それより、よくここがわかったな・・・」
「ちょっと他の奴らに聞いてな。仕事やめて実家帰ったて言うから・・・」
「そっか・・・。まあ、せっかくだから上がれよ・・・」
せっかく来たのに家に上げないのも不自然だ。仕方なく家に上げる。
それにしても・・・家の場所まで調べてたとはな・・・。
昔のこいつからは考えられん・・・何か目的でもあるのだろうか?
とりあえず自分の部屋へと案内し、そこでしばらく雑談する。
しかし、卒業してからのこととか、お互いの仕事のこととか、あまり盛り上がることはない。
と、突然そいつが意外な言葉を口にした。
「なあ、もう○○先週京都にいなかったか?」
・・・!
一瞬ドキッとする。もしや・・・!
しかし、なんとか悟られないように平然を装う。
「えっ?なんで?」
「いや、先週もう○○に似た人を見たもんだからさ、つい懐かしくなってさ・・・」
「へえ、そうなんだ。でも京都にはしばらく行ってないな。大学ん時に行ったきり・・・かな?」
「そっか。いや、それならいんだけどさ」
しかし、それは明らかに納得していない答えだった。
まずい・・・どうやらこいつに先週の彼女とのデートを目撃されたらしい・・・。
しかもよりによって、こいつに・・・こいつに見られるとは・・・。
そう、こいつは・・・こいつは・・・大学時代・・・、
熱烈な・・・そう、熱烈なモーヲタだったのだ!!!
これでわかった・・・こいつが今頃になって私に会いに来た理由が!
・・・なんとか疑惑を否定しなければ・・・。
いや、否定するのも逆に怪しまれるかもしれない・・・。
それに、あえて話題に触れないのも怪しいかもしれない・・・。
なんとか平然を装わなければ!
「で、そいつはどれくらい似てた?俺の方が男前だったろw」
「そうだな。どっちも普通かな?」
「そっか、それは残念w・・・」
しかし、そいつは更に核心に触れてくる。
「でもなあ、気になったのはその一緒に歩いてた女なんだけどな」
「女か・・・いいなあ、俺なんてしばらく彼女いないからな。そう言えばお前はどうなんだ?」
なんとか話題をそらさないと・・・。
「ああ、こっちも相変わらずだ・・・仕方ねーけどな」
こいつは昔から恋愛とは無縁な男だ。と言っても女に興味が無いわけではないし、
特別にブ男というわけでもない。ただ、その性格やらモーヲタといったこともあって、
女性から恋愛対象として見られることが無いというだけのことだ。
そして、こいつが後輩と友達のように接するようになったのも、
実は新しく入った後輩の女子に気があったからなのだが、
結局、仲良くはなったものの、恋愛感情とは無縁のままだったようだ。阿呆な男だ。
「でさ、その女がさ、保田にそっくりだったんだ。」
「保田?誰それ?」
「モームスのメンバーだよ。もちろん知ってるはずだよな?」
もちろんと言われても、多分一般の人は知らない人も多いと思うんだが・・・。
「ああ、そう言えば知ってるような気もする。・・・それにしてもお前、あいかわらずだな」
これはいい年してまだモーヲタを続けていることに対する揶揄の言葉だったが、
こいつには通じなかったようだ。自慢気な答えが返ってくる。
「まあな」
その後、なんとかその話題から逸らすことができた。
話も尽き、そいつは本棚の本を物色しだす。
こいつは昔から、人の部屋の本棚を漁るのが好きだ。
しかしすぐにそれを終えて、机の上に置いてあるノートパソコンに興味を持ったようだ。
しばらくインターネットの話なんかをする。
どうせこいつはモームスのサイトしか見てないんだろうが・・・。
と、インターホンが鳴る。姉だろうか・・・。
「姉貴かな?・・・ちょっと待っててな」
そう言って部屋を出ようとする私に、そいつが話しかけてきた。
「パソコン起動していいか?」
「ああ・・・」
反射的にそう返事をして部屋を出る。
玄関に行くと・・・ガチャッと音がしてドアが開く。
そして「ただいまー」という声が響く・・・保田だ!!!
なんてこった!よりによってこんな時に来るとは!
「もーちゃん、たっだいーまー!」
靴を脱いで揃えようとしていた彼女を急いでリビングに連れて行く。
手には今夜の晩御飯の材料だろうか。スーパーの袋を持っている。
「ちょちょっと、もーちゃんってば、急にどーしたの?」
引きずられながら彼女が大声でわめく。頼むから静かにしてくれ・・・。
リビングのドアを閉め、彼女に小さな声で囁く。
「今知り合いが来てるから、絶対にこっから出てくるなよ!」
「えー?駄目なのー?せっかく遊べると思ったのに!」
「わりー。事情は後で話すからさ、な?明日好きなだけ遊んでやるって」
そう言ってリビングから出て行こうとしたが、すぐに私は引き返した。
「そんなことよりお前、足は大丈夫だったのか?」
「うん、ただひねっただけだって。一日で治ったよ!」
「そっか・・・」
「もしかして・・・心配してくれたの?」
「・・・当たり前だろ」
「そうなんだ・・・なんだか嬉しいな・・・。もーちゃんありがとう・・・」
「別に感謝しなくてもいいって・・・。大体俺が歩かせたのが原因なんだし・・・」
「じゃあもーちゃんから慰謝料貰っちゃおーかな?」
「おいおい・・・それだけは勘弁してくれよ!」
「冗談だよ!冗談!」
それにしても元気そうで良かった・・・。
・・・と、今はそれどころじゃなかったな。すぐに部屋へ戻る。
かなりやばい状況だ・・・。これは早くこいつを連れて外に出なければ・・・。
部屋に戻る・・・と、パソコンの前にいるそいつが振り向いて話し掛けてくる。
「誰だった?」
「ああ、うちの姉貴・・・。今日はなんだかハイテンションみたいで・・・」
「そう・・・元気そうな人だね」
なんとか納得したようだが、まあそれも当然と言えば当然だ。
まさかこの家にモーニング娘。のメンバーが帰って来たなんて、いくらなんでも思いもよらないだろう。
「ところでさ、もう○○、さっき保田知らないって言ってたよな?」
「ああ、まあ名前くらいならわかるけどな、顔が思い浮かばん」
「こいつが保田だよ・・・」
そいつはそう言ってパソコンの画面を私の方に向ける。・・・しまった!!!
一週間以上使っていなかったこともあって、私はそのことをすっかり忘れていたのだ。
そう、その画面には、思いっきりアップの保田の画像があったのだ!
何と言うべきか・・・。考えろ・・・考えるんだ!
「ああ、それが保田なの?へえ・・・」
なんとか自然な反応を装う。しかし、疑いの眼差しは消えない・・・。
「そのパソコン・・・、うちの姉もよく使うからさ、勝手に壁紙とか変えちゃうんだよね」
まずいぞ・・・後は・・・こいつが突っ込んでくる前に一気に解決するしかないな!
「この前はゴスペラーズっていうのか?なんかそんな画像だったし・・・」
「その前はなんか知らんアーティストだったな。なんだっけ、ほら、最近童謡歌ってる人・・・」
「そうそ、平井堅だっけ?やめろって言ってんのにさ、毎週のように変えるんだよな」
そこまで言い終わった後に気づく・・・。
なんか俺・・・墓穴掘ってないか???
しかし・・・もう引き返せない・・・。やるしかない!
と、再びインターホンが鳴る。
「あ、多分うちの母だと思う。ちょっと待ってて・・・」
慌てて玄関へ向かう・・・と、今度は本物の姉だ。
「ただいま、ケイちゃん帰っ・・・」
そう言いかけた時に、私が人差し指を口に当てて合図をする。
姉はなんとか察してくれたようだ。静かにリビングへと向かう。
部屋に戻る。
「姉の友達。最近よく来るんだよね。夜中まで騒いだりとかさ・・・」
さっき姉が帰ったと言ったばかりだからな。
しかし、やっかいなことになったな・・・。
と、すぐに部屋のドアをノックする音がする。
まずい!もし彼女だったら最悪の事態になりかねない!
慌ててドアの所へ行き、奴に見えないように少しだけドアを開ける。
ほっとする・・・姉だ。
「お茶持ってきたんだけど、いい?」
「ああ・・・。そろそろ出かける時間なんだけどな・・・」
姉が部屋に入ってきて奴に挨拶する。奴も挨拶を返す。
「もう○○の姉さん、かなりかわいいんじゃない?」
「まあ、一応モデルだからな・・・」
しかし、こいつがブラウン管以外の現実世界の女性をかわいいと言うなんて、
俺が知ってる中では、例の後輩の女子以外では初めてだな・・・。
「へー、そうなんだ。でもさっき帰って来た時の声と違ってなかったか?」
やばいな・・・。
「まあ、客の前だからな。女なんてそんなもんだよ」
「そうなのか」
まあ、ある意味本当のことだが。
それにしてもこいつ・・・本当に女性経験無いみたいだな。
「でももう○○と全然似てないんじゃないか?」
「ああ、俺とは血が繋がってないからな・・・」
一応こいつは私の家庭が複雑だってことは知っている。
しかしその言葉が功を奏したようだ。そこには触れてはいけないと思ったのだろうか。
これで話が終結へと向かった。姉貴様々だ・・・。
そうこうするうちに6時半を過ぎる。
「そろそろ出かけるか。駅前の居酒屋でいいか?」
早くこの家から追い出さないと・・・。
そいつを玄関に待たせて、リビングへ向かう。
「さっきは悪かったな。ちょっとわけありでな・・・」
「わけありって?」
保田が不思議そうな目で見てくる。興味津々のようだ。
「まあ、お前には関係ないって。それより、今夜飯いらないから。じゃ!」
「ちょっともーちゃん!今日私が晩御飯作るんだよ!」
「ごめんごめん、今日だけは勘弁してくれ・・・」
「えぇーーー!食べてくんないのー?」
「ごめんな・・・」
「でももーちゃんの分残しとくからね!満腹で帰ったら承知しないからね!」
まいったな・・・。
「はいはい!じゃ、行ってきまーす」
それにしても、なんて運の悪い日だ。こんな日に帰って来るとは・・・。
居酒屋は開店直後ということで私たちが最初の客だった。
とりあえず普通に注文をするが、あまり食べないようにしないとな。
最初のうちはあまり話すこともなく、二人静かに飲んでいた。
しかし、彼女の怒りを回避するためにあまり食べずに飲んだせいか、
あるいは最近飲み慣れてないせいか、徐々に私は酔い始めていった。
そしていつしか私は一方的に語りだしていた。
それも大学時代のこいつの行為をおもむろに批難していたのだ。
元々酔うと長々と語りだし、そして説教を始めるのが私の悪い酒癖だ。
しかもその時はほぼ空腹ということで、酔いは全開だった。
奴は私の説教を隣で聞きつづけ・・・うんうんと頷いていた。
そして・・・そのまま・・・私の記憶は薄れていった。
そんなに酒は強い方ではないが、こいつよりは全然強いはずだった。
しかしそれは同じ条件の場合の話だ。
食べずに飲みつづけた私が酔ったのも当然と言えば当然だ。
そして完全に記憶が無くなる・・・。
いや、うっすらと記憶はあるが、その断片を繋げることができない・・・。
完全に気が付いたのは、夜の12時。それも自分の布団の上だった。
まいったな・・・。記憶を飛ばすなんて久しぶりだ。
ふらつきながら洗面所へ向かい、顔を洗う。
リビングに向かうと、姉と彼女がいた。
「お、もーちゃん気がついた?」
「ああ・・・俺・・・自分で帰ってきた?」
顔を見合わせて笑う二人・・・。何があったんだろか。
彼女が言う。
「もーちゃんね、ふらふらになって帰ってきたんだよ!」
姉が付け加える。
「そう、お友達が肩を貸してくれてね。大丈夫大丈夫って言いながら歩けないんだから」
なんてこった・・・。奴に連れられて帰ってきたというのか?
ということは・・・???
「もしかして・・・奴にばれたんじゃ?」
そう、それが私の一番の心配だったのだ。奴と彼女を引き合わせてはいけない・・・。
もし、奴が彼女の存在を知ってしまったら、大変なことになってしまう。
なんせ、奴はモーヲタ、それも京都で私と彼女を目撃して、それを疑って会いに来たのだ!
彼女が言う。
「大丈夫だよ、あたしが玄関に出たときさ・・・」
なんてこった!お前が出迎えたのかよ!最悪なパターンだ!!!
しかし彼女が続ける。
「玄関の明かりが切れててね。真っ暗だったの」
・・・!
姉が付け加える。
「そう、もーちゃんたちが出て行った後、突然切れちゃってね・・・」
「それに・・・そのお友達もかなり酔ってたみたいで、もーちゃん届けた後、
玄関に倒れこんじゃってね。それで水飲ませて休ませようとしたんだけど
どうしても帰るって言うからタクシー呼んでね・・・それで帰っちゃったの」
そっか。じゃあ・・・大丈夫なんだな?
ふう・・・なんとか・・・一安心・・・のようだな。
「もーちゃん後でちゃんとお礼の電話するのよ!
お友達もかなり酔ってたのに、もーちゃんをわざわざ送ってくれたんだからね。
もーちゃん、いいお友達持って良かったね・・・」
いいお友達か・・・。
そうか、確かにそうかもしれないな。
そろそろ・・・そういう時期なのかもしれないな・・・。
「ああ、そうだな・・・」
私の中で一つの肩の荷が下りたような気がした。
それはそう・・・とても長い時間背負っていた荷だった。
と、彼女が話し掛けてくる。
「もーちゃんね、ずっと小言言ってたんだよ。
上下関係がどうとかね、挨拶がどうとかね、サークルがどうとか・・・」
そっか。酔いつぶれながらもそんなことをね・・・。
どうやらずっと過去の呪縛にとらわれていたみたいだな・・・俺。
と、ここで彼女が意外なことを言い出した。
「あたしもわかるよ。そういうの」
「えっ?」
「・・・あたしもね、そういうので苦労したから。だからもーちゃんの気持ち、わかるよ」
彼女がそういう話をするのは初めてだった。
もちろん酒を飲んで愚痴ることはあったが、そんな深刻そうな顔で話すのは初めて見る。
「でもね、そこで諦めちゃ駄目なんだよ。・・・自分の気持ちを相手にちゃんと伝えないと、
そうしないと相手の気持ちもちゃんと感じることができないんだよ・・・あたしもそうだったから・・・」
今までで見た中で一番淋しげな顔だった・・・。
でも彼女は、すぐに元の笑顔に戻って話を続ける。
「だからね、ちゃんと相手と向き合わないと。向き合って初めて相手の気持ちがわかるんだから・・・」
そっか、こいつもモーニング娘。という集団の中で苦労したんだな・・・。
彼女のその言葉は私の心の中に染み込んできた。
酔っているせいもあってか、私はまたいつのまにか泣いていた・・・。
「もーちゃん、また泣いてる・・・泣き虫なんだから!」
まいったな・・・。なんかこいつの前ではいつも泣いてばかりみたいだ・・・。
はは・・・滅茶苦茶かっこわりーや・・・。
話が終わる。姉と彼女もそろそろ寝るみたいだ。
バイトまで時間もあるし、もう一眠りするか・・・。
部屋に戻る。と、その直後に彼女が部屋に入ってくる。
さっきまでの表情とは違う・・・少し怒ってるみたいだ。
「もーちゃん!ストラップしてって約束したでしょ!」
げげ、なんでこんな時に・・・。
「なんでしてくれないのよ!あたしはちゃんとしてるんだから、ほら!」
彼女は青鬼のストラップのついた携帯を見せる。
まいったな・・・。
「ストラップどこやったの!」
ストラップはそう・・・机の引出しの三段目にしまってある・・・。
そう、そこは・・・私の小さい頃からの宝物をしまっている場所だった。
しぶしぶ引き出しを開ける。一番上にお土産屋の袋のままのストラップが目に入る。
そして・・・そこには・・・そう・・・。
それを見た彼女は、驚いたような表情を浮かべ、
そして、すぐに嬉しそうな表情で私に抱きつく。
「もーちゃん!」
「おい・・・よせって・・・」
彼女の温もりが伝わってくる・・・。心臓の鼓動が早くなる・・・。
そう、その袋には私の字で、「ありがとう、K」と書いてあったのだ。
ただ、そう書いたのは、彼女との叶えられない関係よりも、
そう・・・彼女との思い出を永遠に閉まっておくことを選んだからだった。
「ちょっと・・・苦しいって」
「駄目、もう離さない!」
「よせって・・・」
強引に力ずくで引き離す。
「・・・どうして?」
彼女が静かに尋ねる。
「駄目なんだよ・・・そういう約束なんだし・・・それに・・・」
「それに・・・何?」
「俺はまだ・・・お前を幸せにできるような男じゃない・・・」
なんだか後で考えるとかなりかっこいい台詞なんだが、
まあ、酔っていたせいもあるのだろう。
「そんなことないよ・・・もーちゃん・・・」
そう言うと彼女は私の目の前で目をつむった。
これは・・・キスの誘いだ・・・。
しかし・・・それを受け入れてしまえば・・・もう二度と会えなくなるかもしれない・・・。
酔った頭で様々なことが頭をよぎる・・・そして・・・。
私は決意した・・・
しかし・・・!
「もーちゃん・・・今度は人工呼吸じゃなくて普通のキスだよ・・・」
その言葉で私は目が覚めた。それが良かったのか悪かったのかはわからないが。
「それ・・・あの時の・・・」
それはそう・・・あの忌まわしい思い出・・・。
彼女が酔っ払ったのを私が死んだと勘違いしてしまった時の出来事だ・・・。
今思えばかなり情けないキスだ。それは今でも後悔している・・・。
その思い出が頭の中をよぎる・・・。
駄目だ・・・。俺はまだ酔いがかなり残っている・・・。
もしここでキスしてしまえば・・・また酔った勢いでってことになってしまう・・・。
それだけは・・・駄目だ!
「だ、駄目だ・・・」
「ど、どうして・・・?」
「俺・・・まだ酔ってるし・・・それに・・・まだ・・・お前に・・・気持ち・・・伝えてないだろ・・・?」
「だから・・・またいつか・・・自分に自信が持てた時に・・・延期しても・・・・・・いいか?」
彼女は黙ってコクッと頷く。
ただし、一つだけ約束させられた。
「延期だからね!・・・延期だから・・・中止じゃないからね!」
「ああ・・・約束するよ・・・」
こうして、彼女は部屋から出て行った。
この約束が守られるか否かは・・・また後日わかることになるかもしれない・・・。
えーと・・・少し補足です。
一応この文章は、記憶を辿って思い出しながら書いてるんですけど、
後から思うと、結構抜けてることとかがあったりするんですよね。
彼女が三日連続でやってきたこととか、姉と彼女が朝まで飲み明かして
うるさくて眠れなかったこととか・・・。まあ、つまらないことばかりですが。
なので、ここに書いてあることだけが全てというわけではないのです。
ここに書かなくていいような小さな出来事なんかは飛ばしてますので・・・。
あと、日記とかつけてるわけじゃないので、正確な日付なんかもわかりません。
大体、上旬だったかな?とかもっと後だったかな?って感じで書いてるので、
中にはかなりずれちゃってることとかもあるかもしれませんが、御了承ください。
ま、私と彼女とのロマンスも・・・なんだかやっかいなことになってますしね。
あー、また泣き虫の面倒見なくちゃ・・・たまらんなこりゃ・・・。
感動した!!
111
おわり?
12月上旬
新聞配達のバイトにも徐々に慣れ、たまに夕刊の配達なんかも手伝うようになった。
中学生なんかがテストや病気などで休んだ時に、代わりに頼まれたりするのだ。
朝と比べると夕刊の量は少ないが、その分範囲が広かったりして、まあこっちも大変だ。
その日も4時から1時間近く夕刊を配達した後だった。もうすでに辺りは暗くなっている。
家に帰る・・・と。
家の前に怪しげな人影が一つ、二つ見える・・・泥棒だろうか?
いや、泥棒ではなさそうだ。背が低いので多分子供だろう。
何やら二人で会話をしながら家の様子を窺っている・・・かなり怪しい。
少し離れた位置から聞き耳を立てるが、よくわからない日本語だ・・・。
「どうやらここみたいれすね」
「そうみたいやな・・・ここにやすださんのいちゅうのひとがいるんやで」
「いちゅうのひとれすか・・・どういういみれすか」
「うーんとな、すきなひとっちゅういみや。ののもおっきくなったらわかるでぇ」
「そうなのれすか・・・あいぼんはおとなれすなあ」
話の意味はよくわからなかったが、とにかく子供といえど怪しい人物には間違いない。
後ろから静かに近づいて声をかける。
「おい!そこで何してるんだ?」
驚いて振り返る二人・・・。
二人とも帽子にサングラス、それに大きなマスクをして顔を隠している。
いや、普通のマスクだが、どうやら顔が小さくてそう見えるようだ。
「いや、ののたちはあやしいものじゃないのれす」
「そうや!・・・ただのとおりすがりのもんや」
「怪しいな!」
「いや、ののはぜんぜんあやしくないのれすよ」
「そうや、うちもぜんぜんあやしくないで!」
どう見ても怪しい・・・。
子供といえども、この不景気な世の中、何をするかわからない。
「人んちの前で何してたんだ?」
「やすらさんにあいにきたのれすよ」
「やすらさん?・・・あいつのことか?」
どうやらあいつの知り合いらしい・・・。しかしこんな子供に知り合いがいるとはね。
「のの!このひとがたぶんやすださんのいちゅうのひとやで!」
「わあ、このひとれすか。いがいにじみなひとれすね」
「ののもそうおもうか、うちもなんかきたいはずれやわ」
「おいおい、何言ってんのかわかんねーよ。お前たち誰だ?」
と、二人は「へへへ」と笑ってサングラスとマスクを外す・・・。
どこかで見たことのあるような顔だったが、よく思い出せない。
その幼い顔は・・・まだ小学生くらいだろうか?
「お前たち誰だ?」
同じ質問を繰り返す。不思議そうに顔を見合わせる二人・・・。
「このおじさん、うちらのことしらんみたいやで」
「せけんしらずれすね・・・だめれすよたまにはテレビみないと」
「うちはかごあいやで。こっちはつじや。けっこううれてんねんけどなあ」
かご・・・つじ・・・その言葉にようやく気づく。
そう、二人ともモーニング娘。のメンバーだ!
個人的にはこっちの「ほぼ毎日、娘。・・・」スレのほうが面白いと思う。
◆5/w6WpxJOw がんがれ。
ヤスヲタになりそう・・
家の前で騒いでいるのを不審に思ったのだろうか、
玄関のドアが開いて中から姉・・・ではなくて保田が出てくる。
多分私が夕刊を配りに出た後に帰って来たのだろう。
彼女は一瞬驚いたような素振りを見せる。
「ちょっと、なんであんたたちがここにいるのよ!」
それは俺も聞きたい・・・。
その声に片方の子が駆け寄って彼女に抱きつく。
「わーい、やすらさーん。あいたかったのれす」
抱きつかれた彼女は、まいったなといった表情を浮かべてよしよしと頭を撫でる。
「あんたたち、今日はかごの実家に泊まるって言ってなかった?」
もう一人の子がきっぱりと言う。開き直ってると言うか、堂々とした印象を受ける。
「あれはうそや。そういわへんとゆるしてもらえへんからうそついたんや」
「あんたたちねえ・・・!」
保田が両手を重ねてポキポキと鳴らす・・・。
と、二人はとっさに私の影に隠れて私の左右から顔を出す。
そして脅えた二人は声を揃えて謝る・・・「ごめんなさい!」
やはりこういう所はまだまだ子供だな。まあ、どうでもいいが、俺を楯にするのはやめろ・・・。
それにしても、なんか物凄い教育を受けてるみたいだな・・・。
かわいそうに思い、横から口を挟む。
「せっかく来たんだし、とりあえず話は中に入ってからにしたらどうだ?」
「・・・まあ、もーちゃんがそう言うんならそうするけど・・・」
それを聞いて右後ろにいる子が左後ろの子に向かって言う。
「もーちゃんやて。なんやかわいらしいなまえやなあ」
しかし左後ろの子が声を出そうとした瞬間、彼女の怒鳴り声が響く。
「あんたたち!今度嘘ついたら承知しないよ!」
「は、はい!」
またしても声を揃えて返事をする。
二人は彼女と一緒にリビングへ入る。
こっちは自分の部屋へ戻って、部屋着に着替える。
それにしても、・・・なんか突然爆弾が飛び込んできたような感じだ。
しかし、それは普段のモーニング娘。としての彼女を見るいい機会なのかもしれない。
リビングに入ると、三人がソファーに座って話をしていた。
そして姉が三人にお茶とお菓子を出すと・・・その瞬間お菓子の取り合いをする三人。
「それうちのやで!うちが先にとったんや!」
「やすらさんらけそんなにずるいのれす!」
「あんたたち最近太り気味でしょーが!」
それにしても・・・子供にまじって何やってんだか・・・。
そう言えば京都でも歩きながらスナック菓子食べてたな、こいつ・・・。
まあ、なんだかんだ言っても仲は良さそうだ。それだけは少し安心だな。
と、部屋に入ってきた私を二人がジロジロと眺める。なんだか観察されてるようだ。
「うーん、よそうとはちがうんやけど、まあまあってとこやな」
「そうれすか?とうきょうのおじさんのほうがいいおとこれすよ」
東京のおじさんって誰だろ・・・まあ俺には関係ないか。
「ちょっとあんたたち、もーちゃんは動物じゃないんだからジロジロ見ないの!」
動物って例えが気になるが、まあその通りだ。それに正直言うと恥ずかし屋なのだ。
と、一人の子が言う。
「このひとがやすらさんのいちゅうのひとれすか?」
「いちゅ・・・って、バカ!あんた何言ってんのよ!」
「あー!顔が赤くなったー!やっぱほんまなんや!」
「やすらさんほっぺまっかれすよ!かわいいのれす」
また保田の手から音が鳴る。
それにしても、意中の人って・・・なんか、気まずいな・・・。
慌てて彼女が話を逸らす。ちょっと説教ぽいな・・・席を外すか・・・。
いや、でも姉貴も楽しげにその様子を見てるし、少し聞くくらいならいいか。
しばらく三人で話が弾む。説教なのに三人ともなぜか楽しそうだ。
ただ、時より彼女の怒鳴る声がして二人が震えてたりするが・・・。
「やすらさんらけずるいのれす。ののにもせんようのべっそうがほしいのれす」
「そうや。うちにもかくれがほしいわ」
「あんたたちは東京のおじさんの部屋が気に入ってるじゃないの!」
彼女がそう言うと、二人はなぜだか顔を赤らめて下を見る。
東京のおじさんの部屋というのは、以前中澤姉さんが話してた東京の別荘のことだろうか・・・。
どうやら一人暮らしの男の部屋に出入りしてるってのは本当のようだ。
と、パートを終えた母が帰宅して部屋に入ってきた。
そして二人を見た母は「まあかわいらしい」と言って二人を抱きしめる。
うちの母は子供の扱いが上手い・・・。
それもそのはず、以前に小学校の先生をしていたことがあったらしい。
まあ、うちの父と結婚するより全然前のことだし、あまり詳しく聞いたことはないが。
辻と加護の二人はすっかり母に甘えている。それを呆れたような顔で保田が見つめる。
どうも言いたいことがまだまだ山ほどありそうだ・・・。
と、姉が台所から声をかける。
「今日ケイちゃんの係だけど、私が代わりに作っとくね!」
さすがはうちの姉だ。どんな時でも気が利く。
まあ、保田の料理なんかよりも姉の料理の方が全然上手いのでその方が歓迎なのだが。
しかし、保田も結構責任感は強い方だ。
「いいって。今日はあたしの番なんだから。あたしにまかせてって」
「じゃあ一緒につくろっか?」
それを聞いた辻と加護、どっちがどっちだかわからないが、が台所へ駆け寄る。
「うちも一緒に作るでぇ!」
「ののもおてつらいするのれす!」
こうして今日の晩御飯は姉と保田、そして辻と加護の四人で作ることになった。
と言っても、船頭多くして船山に登るという例えがあるように、後者二人はどう見ても余分だが。
ただ、姉が気を利かせて、今夜のメニューはカレーになった。
カレーなら子供でも簡単に作れるだろうし、それに何より子供はカレーが好きだ。
少しして母が子供用のエプロンを二つ持ってやって来た。姉の昔のエプロンだろうか。
「わー、これめっちゃかわいいで!」
「のののえぷろんのほうがかわいいのれす!」
「いーや、かわいいんはうちのほうや!」
「ぜったいののなのれす!」
「うちや!」
どちらも譲らない。どうやらただの仲良しコンビというだけではなく、ライバル関係でもあるようだ。
なるほどね・・・モーニング娘。にこの二人がいるのは、お互いの向上心を狙ってのことか・・・。
と、そんな二人のやりとりに耐えかねた保田が一喝する。
「ちょっとあんたたち!」
さすがは年長者だ。たった一言で二人を静めてしまうとは。・・・と思ったがどうやら違ったらしい。
「あたしのが一番かわいいでしょーが!」
おいおい・・・大人が張り合うなよ・・・。
結局三人で言い争いが続く。隣で楽しそうに見つめる姉・・・。なんだかなあ・・・。
と、うちの母がその三人の会話に割り込んできた。
「二人とも気に入ったのなら、持って帰ってもいいわよ!」
「わあ、ほんとうれすか?とーってもうれしいのれす!」
「うちもこんなんほしかったんや。おばちゃんありがとう!」
さすがはうちの母だ。子供の扱いに慣れている・・・。
すっかりご機嫌になった二人が、姉の丁寧な指示によって下準備を始める。
保田は・・・どっかへ行ってしまったようだ。まあカレーならこの二人でも作れそうだからな。
野菜の皮むきをしながら、二人は鼻歌を歌っている。よくわからないが、モーニング娘。の曲だろうか。
さてと・・・料理ができるまで部屋で待ってるとするか・・・。
部屋へ戻る・・・と、そこには保田がいた。どこかに電話をかけているようだ。
しかしすぐに電話の相手はわかった。中澤姉さんだ。
多分辻と加護の二人のことを報告しているのだろう。
と、電話を終えた保田がふーっと溜め息をつく。
彼女の溜め息を見るのは初めてだ。どうやらかなり神経を使ったらしい。
「ごめんね・・・もーちゃん・・・」
「いや、別にいいって。お前が悪いわけじゃないんだしさ・・・」
「うん。まあそうだけど・・・でも・・・あたしの管理ミスだし・・・」
どうやら彼女はあの二人が来た事に責任を感じているらしい。
「ほら・・・携帯のストラップ・・・あれ二人で買ったでしょ?」
「あれ見てね、あの子たち欲しがっちゃって・・・。それで、京都行ったこと話しちゃったの」
「・・・」
「あ、でももーちゃんのこととかは全然触れてないよ。この家のことだって・・・」
「わかってるって!」
「うん・・・。でも、あの子たち、最近勘が鋭くなったみたいで・・・」
「今日もね、実は東京駅あたりからなんか付けられてる気配はしてたんだけどね・・・」
保守あふぇ
>>1 本スレで大変な事件が起きようとしてます!
至急連絡されたし!
そう言って憂鬱な表情を浮かべる彼女・・・。なんだかこっちまでどんよりしてくる。
これは何とかして励まさないとな・・・。
「まあ、いいって。姉も母もあんなに喜んでるんだしさ。お前も結構楽しそうだったぞ!」
「ははは・・・。まあね、あの子たちの面倒見てると、他の悩みなんか考えてる余裕無いしね・・・」
悩み・・・か・・・。こいつも色々と大変みたいだな・・・。
と、いかんいかん・・・またもや話題が暗くなってしまった。別の話題を・・・。
「ところでさ・・・、東京のおじさん・・・ってのは・・・」
そう言い終わったところで少し後悔する。これは聞いてはいけないことだったかもしれないからだ。
しかし、そうは言うものの、これは以前からずっと聞きたかったことでもある。
一人暮らしの男の部屋に出入りするというのは、やはり納得がいくものではない。
「そこはさ・・・・・・どうなの?」
なんとも曖昧な質問だが、他の尋ね方が思いつかない。
「あー、あっちの部屋のおじさんね・・・」
彼女はあっけらかんにそう言うと、少し微笑んでから言葉を付け足す。
「大丈夫だよ!心配しなくても・・・。もーちゃんの方が全然かっこいいから!」
・・・ってそういうことじゃなくて・・・まあ素直に嬉しいんだけど。
そして彼女はそのまま話を続ける。
「あそこはさ・・・なんて言うか・・・表向きはメンバーの憩いの場なんだけどさ・・・」
「・・・表向きは?」
表向きということは、もちろん裏があるということだ。・・・何かやばい世界を垣間見るようで緊張する。
「・・・うん。・・・交流を深めたりね・・・自主性を高めたり・・・まあ一番は自由に休めるところって感じなんだけど・・・」
そう言うと、彼女は何かを悟ったような深い目つきをする。・・・やはりそこには何かがあるらしい。
「でも、多分つんくさんにはもっと別の深い理由があるんだと思う・・・」
つんくさん・・・という言葉は結構新鮮な響きを持っていた。
そう、この保田を含めてモーニング娘。を操っている言わずと知れた張本人だが、
彼女の口からその言葉が出てきたのはもちろん初めてだった。
もちろん、それまで私がモーニング娘。の話題を避けていただけなのかもしれないが。
「あのね・・・あの二人、さっき顔赤らめたでしょ?」
「ああ、なんか急に黙っちゃったな」
まあ、その前にお前が顔を赤らめたことの方が俺にとっては重大事なんだけどな・・・。
しかし、もちろんそのことには触れない。ある意味こちらの方が気まずいというのもあるが。
と、彼女の口から意外な言葉が飛び出した。
「あの二人ね、そのおじさんのことが好きなのよ」
・・・好き???
まさか!!!・・・だっておじさんだろ?
それに・・・それはモーニング娘。にとってはマイナス要因になるんじゃないのか?
なんか余計にわからなってくるな・・・。
彼女が続ける。
「多分つんくさんもそれを狙ったんだと思う・・・」
「・・・狙ったって・・・どういう・・・?」
なんだか推理小説でも読んでる気分だ・・・。その目的が私には全く理解できない。
「ほら、もーちゃんもわかると思うけど・・・こういうグループって、仲がいいだけじゃ駄目じゃない」
それは確かにその通りだ。仲良くなりすぎるとなあなあになるし、第一秩序が保ちにくくなる。
それは私の学生時代のサークル運営で経験したことでもある。しかしそれとこれとは・・・。
「それでね・・・。その部屋に行くとみんないい刺激になるのよ・・・」
刺激・・・!
ははあ、何となくだが少し読めてきたぞ!
さっきのエプロンをめぐる二人の争い・・・。あれと同じようなことが起こるってわけか!
話を続けようとする彼女に、割り込むように確認する。
「要するに、ライバル心を育成するってことか?」
「・・・簡単に言えばそうね。・・・特にああいう子供の場合ね、ただ仲良くなるだけじゃ駄目なのよ」
「子供ってほら、一緒に楽しく過ごしたりたまにしか会えなかったりすると、すぐ人を好きになるでしょ?」
まあ、確かにそんなもんかもしれない。曖昧に相槌を打つ・・・。
「ああ・・・」
しかし、それが自分の現在の状況にも当てはまっていることには気づかない。
「だからね、あの子たちはみんな恋のライバルなの。それでお互いに対抗心燃やしたりするってわけ・・・」
と、そこまで言ってから、一言付け足す。
「あくまでもあの子たちは・・・だけどね」
恋のライバルか・・・。なんだか凄い話だ・・・。
しかし、モーニング娘。がこれまでの長い間、秩序を崩さずに来れたことを考えると、
そういった様々な裏工作が準備されていたとしても、別に不思議ではないのかもしれない。
成功の陰には秘策あり・・・だ!
しかし、やはり一人暮らしというのは、世間的にかなりまずいんじゃないのか?
「でもさ・・・やっぱり一人暮らしってのは・・・」
「大丈夫ってば。あたしたちがついてんだし。第一変なことになったらタダじゃ済まないしね!」
それは・・・中澤姉さんが言ってた制裁ってやつか?
その制裁が何を意味するかはわからないが、最悪な場合、
チ○コ切られたりするんだろうか・・・。((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
と、彼女は急に考え込む素振りを見せる。しかし、何か急に演技臭くなったような気もする。
「そいえば、白子のおじさん・・・どうなったんだろ・・・」
「白子のおじさん?」
「そ!昔さ、白子食わせてくれるおじさんがいたんだよね!」
「はあ・・・」
なんで白子?なんで白子?・・・なんで白子?
「あのおじさんも・・・」
そう言いかけて彼女はとっさに口をつぐむ。いや、つぐむと言うよりほっぺを膨らませて言葉を飲み込んだという感じだ。
なんだ?そのおじさんがどうなったんだ?おいおい、続き言えって!
とりあえず、彼女の演技臭い台詞は気になったものの、それ以上に続きが気になるのは確かだ。
「まあいいや。あん人あたしには冷たかったし!」
うわあ・・・。なんか知らんが滅茶苦茶気になる!そのおじさんどうなったんだよ!
白子も気になるけど、そのおじさんも気になるじゃねーか!!!
それから彼女は再び東京のおじさんの部屋について語りだした。
さっきの白子のおじさんのことは・・・そのままだ・・・。
うう・・・白子が気になって他の話が耳に入らない・・・。
なんで白子なんだ?なんで白子なんだ?なんで白子なんだ?
・・・・・・ん?・・・ちょっと待てよ・・・。
そいや、さっきその話になった途端、奴の言葉が微妙に演技臭くなったような・・・。
・・・!!!
ははあ・・・。そういうことか!
謎は全て解けた!・・・犯人は・・・この中にいる!!!!!
そう・・・私の推理が正しければ・・・犯人の目的は!!!
私は目の前にいる犯人に対し、単刀直入に尋ねた。
「・・・お前・・・白子が食べたいんだろ!」
目を見開いて立ちつくす彼女。・・・突然の私の推理に驚いているようだ。
「な・・・なんでよ!」
明らかに動揺している!どうやら核心に触れたらしい!
静かに話し掛ける。まるで全ての謎を解いた探偵が、最後の最後に関係者を集めて話すように・・・。
「・・・お前は話をしているうちに・・・昔白子を食べさせてくれたおじさんを思い出した・・・」
彼女は動かない。いや・・・私の推理を最後まで聞き届けようというつもりなのかもしれない。
「ただ、そのおじさんのことは何かの事情によって話すことはできない・・・しかし!」
「俺にそのおじさんの存在をほのめかすことで、ライバル心を芽生えさせようとしたんだ!」
「そう・・・モームスの中で対抗意識を芽生えさせたようにな!」
そして私は、犯人を指差しながら最後のセリフを決める!
「そして俺の推理が正しければ・・・それは・・・俺に白子をおごらせるためだ!!!」
き、決まった!!!
そう・・・彼女はそのおじさんの存在を知らせることで、私の嫉妬心に火をつけさせ、
そして白子をおごるように仕向けたのだ!!!
なんとも巧妙な作戦だが・・・しかし、残念ながら私の方が一枚上手だったようだ。
彼女はまだ動かない。やれやれ・・・もう一押しするか!
「更にその白子だが・・・お前が食べたかったのは・・・そう!フグの白子だ!」
その瞬間、彼女の表情が変わった。・・・やはり図星か!
「やはりそうか!お前はさっき、『あのおじさんも』と言いかけて口をつぐんだな!」
「あの口のつぐみ方・・・そう、あれはズバリ、フグだ!」
彼女の口から「あ、あ・・・」という言葉にならない声が漏れる。動揺している証拠だ!
「そして大阪でフグと言えば・・・もちろんづぼら屋だ!・・・そうだろ?」
「お前は俺に、づぼら屋に連れて行くようにさりげなく仕向けたんだ、そうだな!」
彼女は「うぐぅ・・・」という呻き声を発すると、力なくその場にへたへたと座り込んだ。
「そ・・・そうよ・・・。よくわかったわね・・・探偵さん・・・」
そう静かに言うと、彼女はふっきれたのか、急に大きな声で自白を始めた。
「ええそうよ・・・。あたしはフグの白子が食べたかったのよ!」
「そして、そのためにあなたの嫉妬心を利用したのよ!ふふふふふ・・・ははははは!!!」
まるで安物のサスペンスドラマの犯人みたいに笑う保田・・・。
と・・・突然部屋のドアが開いて、隙間から一人の子が顔を出す。
「なにわらってるんれすか?やすらさん、さららのかかりなのれすよ!」
その子は不思議そうに部屋の中を見つめる。しかし状況が把握できないようだ・・・当たり前だが。
その言葉で現実に引き戻される二人・・・。せっかく面白いところだったのに・・・。
「あっ、すぐ行くから待ってて!ところであんた・・・カレーは上手くいってるの?」
「もうばっちしれすよ。ののにまかせればらいりょうぶなのれす」
そう言ってその子は出て行った。
残った私と保田は顔を見合わせて大爆笑する。
「それにしても、もーちゃんよくわかったね!」
「ああ、お前の演技ちょっと胡散臭かったからな!」
「もーちゃんだってまるで学芸会みたいだったよ!」
それにしても、俺の突然の探偵ごっこに違和感無く参加するとは・・・こいつなかなかやるな!
ようやく元の話に戻る。
「そう言えばお前、あくまであの子たちはって言ってたな!本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「いや・・・だから・・・お前たちはそのお・・・恋に落ちたりとか・・・」
そう言うと、彼女は優位に立ったような満足気な表情を浮かべる。
「もしかしてもーちゃん・・・焼きもちってやつ?」
う・・・鋭い・・・。しかも否定も肯定もしずらいときた・・・。
「いや、そうじゃなくて・・・だからお前たちは大丈夫かって!」
くそ・・・なんか主導権を完全に奪われてるみたいだ。なんとか強気に出ないと!
そう尋ねると彼女は「ははは」と笑う。まるでわかってないとでも言いたげな感じだ。
「大丈夫だって!あたしたちはさ、あの子たちを本気にさせるために演技してるだけ!」
「・・・?」
「うん。だからさ、先輩に対しても対抗心ってのを持つようにね・・・みんな仕向けてるのよ」
そこまでするのかよ!なんか凄い部屋っぽいな!
「でもさ、中には演技してるうちにマジで恋しちゃうのもいるよ・・・そういうのってよくあるじゃん!」
なななな・・・なにいいいいいー!
「あ、でもあたしは大丈夫だって!どうせあたしの魅力に気づかないような奴ばっかだしね!」
それは・・・安心していいってことなのだろうか・・・なんとも複雑な気分だ。
一応念を押しておく。と言っても、別に今のところは私は彼女の彼氏でもなんでもないのだが・・・。
「本当に・・・大丈夫なのか?」
しかし、帰ってきた答えに私は驚愕することになる。
「大丈夫って!ちょっとはっぱかけてほっぺにチューとかするくらいだし!」
ほほほ・・・ほっぺにちゅちゅちゅ・・・ちゅー!?
一瞬目の前が真っ暗になる・・・。なんだ?・・・なんだ?・・・どういうことだ?
私の驚き方が凄かったからだろうか・・・。彼女はその予想に反する驚きに逆に驚いたようだ。
「も、もーちゃん?だ、大丈夫?」
大丈夫なわけねーだろ・・・。そう言いたかったが声が出なかった。
「ほほ・・・ほっぺにチューしたのか?」
なんかかなり声が震えている。かなりショックだったことが自分でもはっきりとわかる。
「あはは・・・まあほら、軽くチュッってやっただけだし・・・。それに・・・少し酔ってたしね・・・」
彼女はなんとか話を軽くしようと必死に言い訳をする。
しかし・・・こっちの心の中には物凄いもやもやしたものが湧き上がり始めていた。
なんか・・・なんか・・・よくわからんが・・・これは・・・これは・・・完全な嫉妬ってやつだ!
しかしここまで嫉妬するとは・・・自分でも予想外だった・・・。
やはり俺は・・・こいつのことを・・・。
「ほら・・・あのさ・・・そこではさ・・・みんなバカやってるのよ・・・そう、みんなでセーラー服着たりとか・・・」
せ、せ、せせせ・・・セーラー服???
ななな・・・なんなんだよその部屋ってのは!いったいどうなってんだよ!
何がなんだかわかんねーよ!おい、つんく!どういうことか説明しろよ!
私の狼狽ぶりを見て墓穴を掘ったことに気づいた彼女が更に言い訳をする・・・。
「ああ・・・でもほら、それ以上のことは無いしね・・・あたしもほら、全然なんとも思ってないし・・・」
頭の中がおかしくなりそうだ・・・。
私はいつしか大きな声で彼女を攻め立てていた。
困ったような表情を浮かべて固まる彼女・・・しかし私の言葉は止まらない。
と、再び部屋のドアが開き、今度はもう一人の子が入ってきた。
「なにけんかしてるんですか?あ!もしかしてこれがちわげんかってやつですか?」
振り返ってギロッと睨む。・・・と、その子は脅えたらしい。
少し涙目になりながら保田に駆け寄る。
「ほら、もーちゃんが睨むから泣きそうじゃないのよ!」
「なに!元はと言えば、お前がいけねーんだろーが!」
「だから本気じゃないって言ってるでしょーが!」
「そんなのわかんねーだろ!どうやって証明すんだよ!」
と、そこまで言ったところで、その子がいきなり泣き喚き出した。
「うわーーーーーん。うちなんもしてへんのにーーー。うわーーーーーん」
まいったな・・・。
彼女はその子の頭をよしよしとなでながら、こちらを威圧する。
「ほら!もーちゃんが怒鳴るから泣いちゃったじゃないの!」
「ああ?お前だって大声でわめいてただろ!」
「何よ!もーちゃんがいけないんでしょー?」
と、そこで言い返そうとした時、部屋中に一つの声が響き渡った。
「いい加減にしなさい!!!!!!!!!!」
振り返ると、ドアの入口に姉が立っていた・・・。
普段穏やかな姉が、こんな大声を出すのはかなり珍しい・・・。
私も彼女も、そして泣いていた女の子も固まったように動かない。
一瞬、部屋がシーンと静まり返る。
正直、二人の言い争いよりも、そしてその子の鳴き声よりも、姉の一喝がまさっていたようだ。
「ケイちゃん!サラダの係だからね!」
「は・・・はい・・・」
「それともーちゃん!子供を泣かしちゃ駄目!」
「は・・・はい・・・」
そう言うと姉は、脅えている子のところへ行き、よしよしと頭を撫でる。
「怖いおじちゃんとおばちゃんだよね・・・でももう安心だからね!」
そして、その子を連れて部屋を出て行った。
保田も無言でそれに続く。
残ったのは私一人だ・・・。狭い部屋がやたら広く感じる・・・。
いったい、なんだったんだ?
と、机の上の携帯の着信ランプが点滅してることに気づく・・・。
見ると、中澤姉さんからのメールだった。
なになに・・・辻と加護を泊まらせてあげて・・・か。
それくらいなら全然平気だ。しかし、気になったのは最後の文章だった。
そこには、「喧嘩はほどほどに!」と書いてあった。
こいつ・・・なんでも見抜いてやがるな・・・。
まさか盗聴器とか仕掛けてないだろうな!なんか心配だ!
携帯を置く・・・と、私は以前中澤姉さんと電話で話した時のことを思い出した。
それはまだ、私があまり保田と馴染んでいなかったころの電話だった。
彼女は私にこう忠告していたのだ。
「ケイちゃん、酔うとほっぺにチューする癖があるから、きーつけやー!」
「ほっぺにチュー?」
「そう。あん子、酔うと何しでかすかわからへんからな・・・あー・・・でも」
「・・・?」
「あん子がほっぺにチューするんは本気や無い時だけやで・・・」
「ほんまに好きな人にはせーへんみたいやから・・・」
「はあ・・・」
そう・・・彼女がほっぺにキスをするのは、本気でない証拠だ。
と言うことは、その東京のおじさんは本気じゃないということになる・・・。
それを思い出し、少しほっとするものの、しかしやはり何かつっかえたままだ。
安心していいものなのかどうか・・・とにかく複雑な心境だった。
リビングに向かう。
・・・すでに材料を煮込んでいるらしく、リビングでは辻と加護の二人が姉の両側に座って遊んでいる。
一方の保田は一人台所でサラダを作っているようだった。
今すぐにでも聞きたいことが山ほどあるが、ここでは聞けそうにない・・・。
と、さっき泣いた子が私の顔を見て脅えている。
これはまずいな・・・。なんとかしないと・・・。
私は台所へ向かい、冷蔵庫からジュースを取り出す。
それは保田が買ってきたやつだったが、まあこれくらい別にいいだろう。
ジュースを取る・・・と!
と、保田がそれを見ていちゃもんをつけてくる。一応予想できたことではあるが・・・。
「ちょっと、それあたしのジュースでしょ!誰が飲んでいいって言った!」
「ああ?ちょっとくらいいいだろ?お前だってこの前俺のトマトジュース飲んだだろ!」
「あれは取りやすいところに置いてた方が悪いんでしょ!」
「これだって取りやすいとこにあるじゃんか!」
段々二人の声が大きくなり、リビングにいる辻と加護、そして姉が一斉に台所の方を向く。
そして私の矛先は保田が今切ってるきゅうりの切り方へと向かった。
「おい!そんな太く切ってどーすんだよ!全然輪切りじゃねーじゃねーか!」
「この方が量が多くていいでしょーが!」
「お前はすぐ量だな!いつも量量って、そんなにたくさん食べたいのかよ!」
「ああそうよ!少ないより多い方が満足するでしょーが!」
「そんなんだから最近太り気味なんだろ!体重なんキロあるんだ?」
「ななななんですって!!!ちょっともっぺん言ってみなさいよ!」
「ああ、なんべんでも言ってやるさ!体重なんキロあるんだ???」
「言ったなああああああああああ!」
と、リビングから小さく姉の声が聞こえる。
「二人とも・・・そのへんにしたら?」
しかし、それは小さいながらも力のこもった声だった。
それを聞いた二人は、その潜在的な力のある声に急に静かになる。
その様子を見て姉が静かにほほえむ・・・。
辻と加護も最初はきょとんとしていたが、その姉の様子を見て二人顔を見合わせて笑いを堪えている。
なんか、見世物にされた気分だ・・・。
それにしても・・・穏やかなうちの姉と言えども、結構厳しいところもあることを久しぶりに思い出した。
もしかすると・・・保田も自由気ままに過ごしているように見えて、
実はうちの姉には頭が上がらないのかもしれない。おっとりしてはいるが威厳のある姉だ。
なんとか保田のジュースを手に入れることができた。
それをさっき泣いた子ともう一人に出すと、かなり嬉しそうな表情を浮かべる。
「ありがとうおじちゃん!」
「おじちゃんありがとうなのれす!」
まだおじちゃんって言われる年齢じゃないんだけどな・・・。
それに二人は姉のことはちゃんと「お姉さん」って呼んでるし・・・。なんで俺だけ?
しかしまあ、そのジュースによって私はなんとか二人の輪に入ることができた。
ただ、話がかみ合わずにすぐにそこから離れて一人テレビを見ることになるのだが・・・。
やがて保田のサラダが完成し、カレーもまもなく出来上がった。
いい臭いが漂ってくる。と言ってもカレーなんか誰が作ってもそこそこ上手くできるものだが。
食卓につく・・・といっても椅子の数は四つ。母と姉、そして辻と加護の四人で満席だ。
そして案の定、俺一人少し離れたリビングのソファーで食べることになった・・・いわゆるのけ者だ。
まあ、今は保田と顔を合わせたくないというのもある。逆に好都合かもしれない。
その日はいつもより和やかに・・・と言うよりも騒がしい夕食だった。
と言っても私はその中に入らずに、黙々とカレーを食べ続けていたのだが。
それにしてもこのサラダ・・・野菜は別にいいのだが、この上にかかっているドレッシングが問題だ。
やたら油が濃いし、酸っぱくて、それに塩辛い。市販のを使わずに奴が作ったのだろう。
余計なことをしやがって・・・。
ようやく皆が食べ終える。・・・が、いきなり保田の怒鳴り声が響く!
「あんたたち!まだ御飯粒が残ってるでしょ!残さず食べなさい!」
「は、はい!」
そう言う保田の皿にも御飯粒が残ってるんだけどな・・・。
片付けは夕食を作らなかった私が担当することになった。
その間、リビングから楽しげな会話が聞こえてくる。
しりとりとか早口言葉とか、じゃんけんとかをして遊んでいるようだ。
「じゃんけんぴょーん」とかいう変な掛け声が聞こえてきたりもする・・・。
ふー・・・やっとのことで片付けを終える。
と、辻と加護の二人が近寄ってくる。
「おじちゃんも一緒に遊ぼうよー!」
「おじちゃんとトランプするのれす!」
それにしても・・・女の子ってこんなに騒がしいものなのだろうか。
うちの姉は昔もかわらず大人しかったんだけどな・・・。
トランプか・・・。しかしどうやらトランプが見つからないらしい・・・。
仕方なく部屋へ戻って自分のトランプを探す・・・が見つからない。
なんとか、O'NO99というカードゲームを見つけ出す。まあこれでいいだろう。
O'NO99・・・これはUNOの親戚みたいなゲームだ。
しかし、似ているのはカードの模様と名前のみで、UNOとは根本的にルールが全く違う。
持ち札は一人常時4枚。1枚出しては1枚取るといった感じで進む。
そして場に順番に1枚ずつ出していき、そのカードに書いてある数字をどんどん足していく。
そしてその数字が99以上になった人が負け、というルールだ。
結構単純なゲームだが、リバースやホールド、ダブルプレイなんかの特殊カードがあって、
80を超えたあたりからかなり白熱した展開になることうけあいの結構お薦めのゲームである。
高校時代、そして大学時代と、色んなイベント毎にこれで遊んでいたため、
このゲームには楽しい思い出しかないと言ってもいいほどだ。表面もすでにボロボロになっている。
ルールを説明する。姉は遊んだことがあったが、やはり他の三人は一度では理解できなかったらしい。
最初と言うことで、特別に全員のカードを見せながらゲームを進める。
「10!」「15!」「23!」「27!」「37!」「44!」という感じで、数字が足されていく・・・。
ただ、問題なのが、辻と加護の番になると計算に時間がかかってしまうことだ。
そして保田もまた、計算が遅い一人だった。
「おいおい・・・・44じゃなくて45だろ?お前計算もできないのか?」
「なによー!少し間違えただけでしょ?そんなに言わなくてもいいじゃない!」
計算を間違えた保田がふくれる・・・。その顔を見てさっきのフグを思い出しそうになる・・・。
数字もどんどん増え、ようやく90代に差し掛かった。
「92!」「97!」「Hold!」「Reverse!」「Hold!」「-10!」「Double Play!」・・・。
特殊カードが出るたびに説明する。辻と加護は意外なことに物覚えが早かった。
それに比べて保田は全然覚えられないようだ。
「え?これ逆向きになるやつでしょ?」
「それはリバースだろ!お前のはホールドだから、そのまま次の人にパスなの!」
「じゃあこれは?」
「それはさっき説明しただろ!ダブルプレイは次の人が二回連続で出すの!」
「ああ、じゃあこれは?」
「それは普通の数字だろーが!出してもいいけど99超えるぞ!」
そんなやりとりが続く・・・。一回目の敗者は案の定保田だった。
二回目からは普通にお互いのカードが見えないようにする。
しかし・・・やはり敗者は保田だった。保田の眉間にシワがよる。
三回目・・・さすがに今度は大丈夫だろう・・・と思ったのも束の間、
保田はカードを出した後に補充するのを忘れ、ペナルティとしてそのまま少ない持ち札で戦う。
そして・・・案の定保田の負け。三連敗だ・・・。
いつしか保田の表情は危険な領域に入っていた。かなりピリピリしている。
一方の辻と加護の二人は、勝ち続けということで、きゃっきゃ言って喜んでいる。
このゲームのいいところは、負けがたったの一人で、後は全員勝ちということだ。
そのため、負けない限り、優越感に浸り続けられるというのが特徴だ。
もともとこのゲームは、ある程度ルールを把握すると、後はカードの運不運で決まる部分が多い。
そのため、一人が負け続けるということは滅多にあることではない。
しかし、その滅多なことになってしまうと、それは悲惨としか言い様が無くなる。
今の保田の状況がそれに当てはまる・・・。
4回目・・・さすがに保田の怒りが爆発寸前ということで、それを阻止すべく、
最初からいいカードをどんどん捨てて、手持ちを数の多い悪いカードばかりで固める。
そう、あえて生贄として負けるつもりなのだった。
・・・しかし、そんな最悪なカードであるはずなのに、結局負けたのは保田だった。
「はいやすらさん、らぶるぷれいなのれす、にかいれんぞくれすよ!」
辻のダブルプレイ攻撃が見事に決まってしまったのだ。
おいおい・・・俺までまわせば俺の負けだったのに・・・なんてことしやがるんだ!
と、保田の両手がポキポキと音を鳴らす。どうやら大明神の怒りが限界に来ているようだ。
5回目・・・またもや生贄となるべく、最初からいいカードをどんどん使いまくる。
そして姉もまた、同じように色つきカードを出しまくっている。多分同じ考えなのだろう・・・。
そして・・・いよいよ90代へ突入!これで俺に回ってくれば、俺の負けだ!
と、直前になって保田がリバースを出す。そのまままわせばいいものを、余計なことをしやがって!
結局その回は負けるように努力した私でも姉でもなく、負けたのはリバースを食らった加護だった。
「あー、うちの負けやー!やすださんずるいですよ!」
そう言う加護をよそ目に、自慢気に答える保田。
「真剣勝負にずるいも何も無いんだよ!・・・なあもーちゃん!」
こいつ・・・さっきまでと急に態度変えやがって!
それからは満遍なく負けがまわってくるようになり、かなりの盛り上がりを見せる。
O'NOを終え、今度は別のゲームで遊ぶことになった。
部屋に戻り、自分の物置部屋を探す・・・。積んであるダンボールの中から幾つかおもちゃを取り出す。
元々、私たちはとある街の小さなマンションで暮らしていた。
いつしか兄がそこから出て、そして大学に入る時に私もいなくなった。
そして父の死後、二人残った母と姉はそのマンションを引き払い、この家に帰ってきたのだ。
そのため、当時の家財道具は全てこの家に運んだはずなのであるが、
テレビゲームなんかは全て兄が持って行ってしまい、古いガラクタだけが残っている。
しかし、その中にも掘り出しものはあるものである。
黒ヒゲ危機一髪(ビール樽ヴァージョン)と、エポック社の野球盤(ドームじゃないやつ)だ!
思わず懐かしさに浸る・・・。さてさて、どちらを持って行くべきか・・・。
とりあえず黒ヒゲだな・・・。
黒ヒゲ危機一髪を持って行くと、辻も加護もかなり喜んでいた。
「うち、これやったことあるで!」
「ののも遊んだことあるれす!」
やはり時代を超えてもこういうゲームは残るもんだな・・・。
一方の保田は、ゲームよりもそのビール樽ヴァージョンに興味があるらしい。さすが酒好き・・・。
これはルールは無用だろう。樽に開いた鍵穴に剣を刺していき、
ある一つの鍵穴に刺すと、樽の中から黒ヒゲが飛び出てくるのだ。
まあ、個人的なルールで、その飛び出してきた黒ヒゲをキャッチしたら勝ちだとか、
その黒ヒゲをヘディングすると勝ち・・・なんて遊び方をしていたが、それはやめておこう。
一人ずつ剣を指していく・・・。結構ハラハラするもんだ。
と、鍵穴も残り少なくなっていく・・・。次は保田の番だ。
彼女が鍵穴に剣を刺す・・・と!
その瞬間、「ワッ!」と言って彼女を驚かす。
「ぎゃー!」という叫び声を出し、硬直する保田・・・。
結局黒ヒゲは飛び出てこなかったものの、保田は固まったままだ・・・。
ちょっと驚かしすぎたかな・・・?
五秒後、彼女はなんとか正気を取り戻した。
そして私をにらみつけると、「覚えておきなさいよ!」と小さく呟く・・・。
しまった!保田大明神を怒らせてしまったらしい・・・。
しかし・・・こんなに驚くとは・・・外見と違って結構小心者なのかもしれないな・・・。
今度は私の番だ。残りの穴は三つ。かなりハラハラする。
と、私が剣を刺し込もうとした瞬間、彼女はその樽をテーブルに叩きつける。
ドン!!!
その弾みで、中の黒ヒゲが飛び出す・・・。
しかし、私はまだ鍵穴に剣を差し込んでいない。衝撃で作動したのだ。
「もーちゃんの負けね!」
うすら笑いを浮かべながら大明神が勝ち誇る。
「おいおい!まだ刺してねーって。お前が叩くから誤作動したじゃねーか!」
「何よ!もーちゃんの負けでしょーが!潔く認めなさいよ!」
「なんだとこの野郎!」
そんなやりとりを姉が笑いながら見つめる。
一人の子が小さな声でもう一人に尋ねる。
「ふたりはなかがわるいのれすか?」
「のの、それはちゃうで!けんかするほどなかがいいんや!」
「そうなのれすか。じゃあふたりはなかがいいのれすか?」
「そうや。ほんまはなかええんやで!」
と、その言葉に反応して思わずそちらを振り向いて叫ぶ!
「悪い!」
しかし、その言葉は見事なまでにハモッっていた。
そう、私と彼女の二人が同時に同じ言葉を発したのだ。
二人ともそう言い終わった後にお互いの顔を見合わせ・・・そして思わずふきだす。
その様子を辻と加護の二人が不思議そうに見つめている。
「なんれわらってるのれすか?」
「わからへんけど、なんや、これがおとなのれんあいってやつちゃうか?」
「おとなのれんあいれすか・・・。ののにはまらわからないのれす・・・」
その後、野球盤で遊ぼうとしたが、野球のルール自体がわかってないのがいるみたいだったのでやめておく。
神技と言われた幻の剛速球を見せたかったのだが、まあ、仕方が無い。それは別の機会にしよう・・・。
こうして夜も老けていき、辻・加護・姉の三人が一緒に風呂に入る。
風呂場からきゃぴきゃぴとはしゃぐ声が聞こえる。・・・それにしてもなんで保田は入らないんだろうか。
まあ、風呂場が狭いということもあるのだろうが・・・。
と、保田が声をかけてくる。
「ねーもーちゃん!あたしたちも後で一緒に入ろうか!」
「バ、バカ!何言ってんだよ!やめろよな、そういうことは!」
「あ、赤くなったー!もーちゃんもしかして照れてる???」
「別に照れてねーって!」
「隠さなくてもいいっていいって!別に減るもんじゃないし!」
「おい・・・それは普通男のセリフだろーが!」
「あはははは・・・もーちゃんかわいい!」
かわいいと言われるとなんかむかつく・・・。
でもこいつに言われると、・・・なんか変な気分だ。
保守age!
144 :
山崎渉:03/01/16 08:23 ID:???
(^^)
しばらくして三人が風呂から上がり、着替えを済ませて出てきた。
「あー、さっぱりしたでー!」
「気持ちよかったのれす!」
タオルで髪を乾かせながらそう言う二人を見て、一瞬ドキッとする。
それまで子供だと思っていたのに、なんだか急に色っぽく見えてしまったのだ。
しかし、その一瞬の表情を保田が見逃すはずはなかった。
引きずられるようにして物置部屋へと連れて行かれる。
「もーちゃん今、二人に興奮したでしょ?」
「こ・・・こうふん?ま、まさか・・・だってまだ子供だよ?」
「でも一瞬見とれてたよね?」
「いや・・・別にそんな・・・ことは・・・」
「やっぱりね・・・。やっぱりもーちゃんもああいう若い子がいいんでしょ?結局は・・・」
若い子と言うか、奴らはまだまだ子供じゃねーか!
と言いつつも、確かにドキッとしたのは本当のことなのだが・・・。
「いや・・・そんなこと無いって・・・本当だってば・・・」
「本当にそう?若い子とか来ても平気でいられる?」
「ああ、全然興味ないって!」
「そう・・・それならいいや・・・じゃ、一緒に入ろうか!」
「だからそれは遠慮するって言ってるだろ!」
時々こいつは男を困らすような事を平気で言い、その反応を見て楽しんだりする。
それはある意味、私がこいつに振り回されているだけのことなのかもしれないが。
しかし、私はその時、彼女が別のことを言おうとしていたことには気づいていなかった。
それがわかるのは、それから少し経ってからのことである。
翌朝、仕事を終えて家に戻る。辻と加護はまだ寝ているようだったが、
保田はすでに台所で朝御飯の支度をしていた。
「もーちゃんおはよ!お仕事ご苦労様です!」
なんか堅苦しい挨拶だな・・・。
「ああ。・・・お前がそんなこと言うなんて、なんか怪しいな!」
「あははは・・・なんも無いってば」
「本当か?また白子おごらせようとか考えてるんじゃないだろうな!」
「あれ・・・ばれちゃってた?」
「ったく・・・そういうとこだけ計算できるんだな!」
「えへへ・・・普通の計算だってできるよ!」
どこがだよ・・・、昨日のゲームでお前の計算能力の無さは確認済みだ!
「大体お前の一日のギャラの方が俺の月のバイト料より全然いいだろーが!」
「へえ・・・そうなんだ・・・」
こいつら自分の稼ぎがどれだけ凄いかわかってないみたいだな・・・。
本当のことを言えば、月数万足らずの今のバイト料どころか、
以前会社で働いていた時の月収さえも、奴らから見れば塵みたいなものである。
しかし、その代わりにその世界は非常に浮き沈みの激しい世界でもある。
一度人気を失ってしまえば、もう用済みとなってしまう・・・それが現実だ。
そのため、昨日まで歌手をしていた人間が、次の日から事務所の電話番になることさえあるのである。
そして彼女は、その厳しい世界の中に、もうじき一人で巣立とうとしている。
その時、彼女がどうなるか・・・それは誰にもわからない・・・。
そして私もまた、それをただ見守ることしかできないのだ・・・。
保
朝御飯ができあがったものの、辻と加護はまだ寝ているようだった。
それもそのはず、うちの朝御飯はかなり早い。
この日はいつもに比べれば遅い方だったが、それでもまだ6時半だ。
保田はいらいらした表情で部屋中を歩きまわる。
しかも、私が見ているテレビの前を平気で横切るのだ。これはさすがに注意しなくては・・・。
「おい!テレビの前横切るなって!見てるんだからさ・・・」
しかし、その声も耳には入らないらしい・・・。
仕方なく奴の動きに合わせて体を左右に動かして覗くように見る。
と、どうやらその行動が挑発と受け取られたらしい。奴の怒りの矛先がこちらに向く・・・。
そして奴が口を開こうとした瞬間、逆にこちらから先制攻撃を仕掛ける。
「だから邪魔だって言ってるだろ!見えねーんだよ!」
「なによそれ!あたしのこと邪魔だって言うの!」
「ああ、だから邪魔だって言ってるだろ!」
「な、なによその態度!そんなにテレビが大事なわけ?」
「大事とか大事じゃないとかそういう問題じゃないだろーが!」
「あーそー、どうせもーちゃんのことだから、この女子アナが目当てなんでしょ!」
う・・・それは確かに否定できないかもしれない・・・。
運が悪いことに、ちょうど画面には中野美奈子アナが映っているところだった。
「へー、もーちゃんこんな子が好きなんだ・・・もしかしてこういうぶりっこっぽいのが好み?」
「んなわけねーだろ!」
私はぶりっこは嫌いだ・・・。ぶりっこに比べれば、
多少ブサイクでもありのままを見せるような女の方が付き合いやすい。
しかしまあ、確かに中野美奈子は私の好きなタイプだったりするのだが・・・。
「ああわかったよ、チャンネル替えればいいんだろ!」
そう言ってチャンネルを替える。
テレビから「綾子の〜ス〜パ〜おてんき〜」という陽気な声が聞こえてくる。
そう、実はこの関西限定の中元綾子アナ(元さくらっこ)も結構好きなのだ。
そう、それは私の作戦通りの展開であった・・・。
中野美奈子と中元綾子のリレー・・・それが私の朝の楽しみの一つなのだ。
そしてその二人が出ていない時は、あまり好みではないものの、
他局の江崎友基子、久保田智子が臨時の代用となる・・・。
このように、私はひっそりと朝の女子アナやアシスタントの女性を見ることをささやかな日課としていたのだ。
もっとも、それが朝のテレビ番組の策略でもあるのだが・・・。
しかも、それは傍目から見ても、ただ単にニュース番組をリレーしているに過ぎない。
姉も母も、そして保田も・・・私の思惑には全く気づいていなかったのだ。
それはまさに完全犯罪と言える・・・。
しかし・・・世の中そんなに甘くはなかったようだ・・・。
保田がテレビを見ている私の顔を覗き込んで、ニヤッと笑う。
嫌な笑い方だ・・・。思わず全身を鳥肌が襲う・・・。
「もー・・・ちゃん・・・さあ・・・」
彼女はわざとゆっくりとじらすように話し掛ける。全身に寒気が走る・・・。
「いっ・・・つも・・・さあ・・・」
言うなら早く言えって。
「女・・子・・ア・・ナ・・が・・出・・て・・る・・場・・面・・だ・・け・・見・・て・・る・・よ・・ねえ?」
頼むから言うなら普通に言ってくれ!じらすのだけは止めてくれ!
「ず・・・ぼ・・・し・・・で・・・しょ?」
まいった・・・お前には完敗だよ・・・。
しかし、ここで罪を認めるわけにはいかない。
「何言ってんだよ!どこのチャンネルも女子アナが出てるなんて当たり前のことだろーが!」
「本・・・当・・・に・・・そう?」
だからじらすのはやめてくれ!・・・なんか妖怪に話し掛けられてるみたいだ!
しかしこれ以上じらされるのはたまらない・・・切り札を出すなら今しかない!
「だから何勘違いしてんだよ!・・・あ、そういうこと?・・・もしかして焼きもちってやつ?」
ふふふ・・・これでさすがのこいつも大人しくなるだろう!
・・・。
と思ったのだが・・・どうやら私の作戦は間違っていたようだ。
奴はぎゃははははと大きな声で笑い出し、そしてニヤッと笑ったまま、私に尋ねる。
「ふーん?そ・・れ・・で・・誤・・魔・・化・・せ・・た・・つ・・も・・り?」
いつのまにか完全に保田ペースになっている。
元々奴がテレビの前をうろうろしていたのが悪いのだが・・・。
仕方ない・・・部屋へ戻ってゆっくりするか・・・。
席を立って部屋へ戻る・・・しかしなぜか奴もついてくる。
「おい、ついてくんなって!」
「なによその言い方!やっぱりああいうぶりっこが好きなのね!」
「だから違うって言ってるだろ・・・ったく・・・」
やれやれ・・・どうやら切り札が逆の効果を挙げてしまったようだ。
と、奴は部屋を見渡すと、本棚に置いてあったクマのぬいぐるみを手にとった。
そう、以前ここに荷物を運んだ時に変な趣味と言われた、あのぬいぐるみだ。
「もーちゃんさ、これ自分で買ったの?」
いかにも人を馬鹿にするといった表情で尋ねてくる。
「なわけねーだろ。貰いもんだよ・・・」
「へえ・・・誰に貰ったの?やっぱぶりっこに貰ったとか?」
「だからぶりっこは関係ねーだろ!昔の彼女だよ!」
そう言うと、彼女はさも予想通りといった感じでそのぬいぐるみを見つめる・・・そして。
「その子のことまだ好きなんだ・・・もーちゃん・・・」
なんか嫌な言い方だな・・・。
「昔の話だって・・・別に今はなんとも思ってねーよ!」
しかし、しつこく尋ねてくる。
「じゃあなんでまだ持ってるわけ?やっぱり未練があるんじゃないの?」
完全に焼もちってやつか?なんか変にこだわるな・・・。
「だから違うって!そういうのなんか捨てにくいだろーが!」
「あーそー、よっぽどその子のことが好きだったんだ・・・」
こいつには何を言ってもわかってもらえないようだな。
もっとも、女の考え方と男の考え方は基本的に違う。
男の場合、こういう貰い物は、別れた後でもなんとなく捨てづらいものである。
しかし女から見れば、それは未練たらしく映るのだろう。
ただし、それも個人によって大きく異なるのだろうが。
そして私の場合、どんな貰い物でも、それを捨てるということができない性質なのだ。
ある意味貧乏性というか、まあ、相手に悪いと思ってしまうのだ。
しかし、やはりちゃんと説明しておかないと、とんでもない誤解を招いてしまいそうだ。
「わかったよ・・・。どっかにしまっとけばいいんだろ?」
そう言って彼女の手からそのぬいぐるみを取ろうとするが、彼女は離そうとしない。
「じゃあさ、あたしが預かっててあげるよ!いいでしょ?」
「なんでお前が預かるんだよ・・・いいって、その辺にしまっとくから・・・」
しかし奴はそれを離そうとしない。
「やっぱりまだ未練があるんじゃないの?そんなに手元に置いておきたいわけ?」
そこまで言われると仕方ないな・・・。奴の言う通りにする。
「ああ、わかったよ。好きにしろって・・・」
「じゃ!これ貰ったからね!返せって言っても返さないから!」
そう言って彼女は、そのぬいぐるみを持って自信満々に部屋を出て行った。
結局、ただそれが欲しかっただけじゃないのか?
まあしかし、なんだかんだ言っても焼もちを焼かれるというのは気分がいいものだ。
ただ、その時の私は、そのぬいぐるみに特別な意味があるとは思っていなかったのだが・・・。
12月上旬・・・その時の意味がわかるのはかなり後になってからのことだった。
しばらくぼーっとした後、リビングへ向かう。
と、遠くから奴の怒鳴り声が聞こえる・・・。どうやら、辻と加護を強引に起したらしい。
眠い目をこすりながら二人がリビングに顔を出す。
「・・・おはよう・・・おじちゃん・・・」
「・・・おじちゃん、おはようなのれす・・・」
かなり眠そうだったが、更なる保田の声が二人を襲う。
「あんたたち!もう御飯できてるんだからね!さっさと顔洗う!!!」
「早くしないと御飯抜きだからね!!!」
御飯抜きという言葉に慌てて洗面所へと向かう二人・・・。
なんだかなあ・・・。
朝御飯を食べる。もちろん私一人だけリビングなのだが。
しかし、正直言って、保田の料理はなかなかの味だ。
多少しょっぱいというのが問題だが、その他は基本的に合格点をクリアしている。
それにこの出汁まき玉子は母や姉のものとは味が違うものの、かなりの絶品だ。
しかし問題もある・・・料理を食べ終わった後に、その味をしつこく訊いてくることだ。
「今日の出汁まき玉子、どうだった?美味しかったでしょ?」
「ああ、旨かったよ」
「ほんと?どれくらい美味しかった?」
「どれくらいって・・・かなり旨かったよ」
「かなりってどれくらい?ねえ、ほっぺがとろけるくらい?」
「ああ、それくらいかな?」
「ほんとに?ほんとに?」
それにしても、なんでこんなに駄目押しするのかがわからない。
しかも最後は結局・・・奴の自慢に行き着いてしまうのだ。
「でしょ?でしょ?やっぱあたしって料理上手?」
「はあ・・・そうだね」
「あははは・・・やっぱりそう?もーちゃんもそう思う?」
なんだかなあ・・・。まあ、それで本人が満足ならいいんだけど・・・。
しかし、やはり少しくらい謙虚さが欲しいところだ。
と、悦に浸っていた彼女の怒鳴り声が突然響き渡る。
「ちょっと加護!辻!なんであたしの出汁まき玉子残してるのよ!」
「うち、これいじょうたべきれへん・・・」
「ののもおなかいっぱいなのれす・・・」
子供の胃袋は大人よりも小さい・・・残すのも無理は無いな・・・。
そう思ったものの、どうやらそういった理由では無かったようだ。
「だから寝る前にお菓子食べるのやめなさいって言ったでしょーが!」
・・・なるほどね。そりゃ寝る前にお菓子食べたら朝御飯食べれなくなるわな。
でも、それを止めなかったお前にも責任があるんじゃないのか?
そう思いつつ、穏やかになだめる。
「まあまあ、別にまずくて残したんじゃないんだからさ。まあ、大目に見ろって」
そう言うと、辻と加護の二人もそれに従う。
「そうなのれす。とってもおいしかったのれすよ!やすらさんりょうりじょうずなのれす!」
「うちもこんなおいしいりょうりつくれるようになりたいわぁ!」
その言葉にようやく納得する保田・・・。
「そう?そんなに美味しかった?やっぱあたしの料理ってば(略)・・・」
それにしても単純な奴だ・・・。
・・・。
その日は午後から仕事ということで、三人は午前中に家を出た。
玄関に見送りに出る。久しぶりに人数が多くて賑やかだったこともあり、こっちは少し寂しい気分だ。
辻と加護の二人が声をかけてくる。
「おじちゃん、またあそびにくるからね!」
「またくろひげさんやるのれす!」
「ああ、またな!辻!加護!」
そう言って、順番に辻と加護の方を見る・・・と、二人いっせいに声を出す。
「ちがうのれす!ののがつじなのれす!」
「うちがかごやで!おじちゃんまだなまえおぼえてへんのか」
まいったな・・・。結局、どっちが辻でどっちが加護かは覚えられそうにないな・・・。
まあ、うちに頻繁に来るようになれば別だが、それは多分無いだろう・・・。
「そうそう、あたししばらくこっち来れないから!」
「ああ、そう・・・」
なんかそれはそれで寂しいものだが、まあそれも仕方の無いことではある。
「それじゃ、いってきまーす!」
そう保田が言うと、辻と加護の二人も真似をする。
「いってきまーす!」
と、すかさず保田が注意をする。
「あんたたちはお邪魔しました、でしょ!」
こうしてようやくのことで嵐は去り、平穏な家庭に戻った・・・かのように見えた。
しかし、この後すぐ、更なる嵐がやってくることになるとは・・・。
(辻・加護編 終)
保
オモロイ
たった一日ではあったものの、久しぶりに大人数で過ごした時間は非常に楽しいものであった。
その分、辻と加護が去った翌日からは、何か寂しい感じがする・・・。
そう、ふさがりかけていた心の穴がまたポッカリと開いてしまったような、そんな感じなのだ。
ただし、その原因が辻と加護の二人ではなく、もちろん保田の存在だということには自分でも気づいている。
そう、保田が家を出る直前に言った「しばらく来れないから」という言葉が気になっているのだ。
彼女が普段うちに来るのは週に一日か二日・・・。
しかし、私にとってその日は一週間の中で最も充実した日々であった。
出会った最初のうちは彼女の一方的なわがままに戸惑い、そして怒っているうちに一日が過ぎていった。
そしてそれからの一ヶ月は、少しずつ彼女の魅力に気づくようになり、やがて彼女と過ごす時間が楽しみになっていった。
そのため、良くも悪くも、彼女と過ごした日々は決して忘れられない日々でもあるのだ。
もちろん母と姉と三人で過ごす時間も非常に温かいものではあったが、
しかし、それも彼女が加わることによって初めて完全なものとなっていたのかもしれない。
もしかすると、母と姉、そして保田と四人で過ごす時間こそが、私にとっての本当の家族団欒なのかもしれない。
と言うのも、元々、私は母と姉とは血が繋がっていない。
しかし、私はその二人を本当の家族、いや、それ以上の存在だと思っている。
そして保田のこともまた、私はそのように感じているのかもしれない。
ただし、私の彼女に対する感情は、自分でもよくわかっていない・・・。
それはそう・・・今までに感じたことの無い、何か言葉では言い表せない不思議な感情なのだ。
それを人は恋と呼ぶのかもしれない・・・。
しかし、それは私が今までに経験した恋とはまた少し違った感情でもあった。
本当のことを言うと、その時の私の中には、保田のことを好きと思う気持ちは確かにあった。
しかし、それは単に好きということでもなく、また、恋という感情とも何か違うものであった。
私は彼女に恋しているのだろうか?
それとも、落ち込んでいた私の心の穴にタイミングよく彼女が滑り込んできただけなのだろうか?
今の段階ではそれはわからない・・・。ただ、今がそれを知るにはいい時期なのかもしれない。
彼女としばらく会わずにいて、もし、その感情がすぐに冷めるものであるならば、それは恋ではないということになる。
そして、もしその感情が持続、もしくは更に募るのであれば、それは私が彼女に対して特別な感情を抱いていることになる。
しかし、それはそれで何か寂しいものでもある。
彼女と会えない・・・それは確かに、その私の彼女に対する感情を確かめるには絶好の機会かもしれない。
しかし、それが恋であったのならば、それは私にとって一番の辛い試練になるかもしれないのだ。
そうして自分の気持ちを確かめるべく、彼女が家を後にしてから一週間が過ぎようとしていた・・・。
さすがに12月を過ぎると、日に日に寒さが増してくる。
代役として夕刊を配り終え、部屋で毛布をかぶりながら電気ストーブに当たる。
と言っても、朝刊に比べれば夕刊は全然ましなのだが・・・。
しかし、その日は風が強かったこともあって、体が温まるのに少し時間がかかった。
今日は私が晩御飯の係だ。こういう日は温かいものが一番だな・・・。
そろそろ台所で準備でもしようと思い、部屋を出ると、ちょうど玄関が開く音が聞こえた。
多分母か姉だろう・・・。私がこの家に帰ってきた頃はあまり仕事も無く、
暇な生活を送っていた姉だが、最近はほぼ毎日仕事に出かけている。
もっとも、身内贔屓というわけではないが、うちの姉はその辺のアイドルなんかよりも全然魅力的だ。
スタイルもいいし、清楚だし、教養もある。それに何より滅茶苦茶かわいい。
そんな姉がモデルの仕事で忙しいというのも当然と言えば当然のことである。
逆に、それまで暇な生活を送っていたことの方が私にとっては不思議なことなのだ。
姉は私にとって自慢の姉であり、そして理想の女性でもあるのだから・・・。
玄関に出迎える。・・・と、そこに立っていたのは保田だった。
「よっ!もーちゃんただいま!」
しばらく来ないと言っていたことが嘘のような、いつも通りの陽気な挨拶だ。
その態度に少し唖然とする・・・。
「・・・ああ・・・おかえり・・・って、お前・・・しばらく来ないんじゃなかったのか?」
「そうよ、今日はすぐ帰るから!あたしこう見えても売れっ子だからね」
「おいおい、どこが売れっ子なんだよ・・・」
そう笑顔で答えながらも、すぐ帰るという言葉に胸が切なくなる・・・。
やはりこれは・・・恋なのだろうか?
と、彼女が後ろを振り返りながら話し掛ける。
「そうそう、今日からこの子、お世話になるから。もーちゃんよろしく!」
「この子???」
と、彼女の後ろに、一人の少女がいることに気づく。
背は先週来た辻と加護と同じくらいか、あるいは少し上くらいだろうか。
ただ、保田の背中で全身が隠れるくらい小さいのは同じだ。
「・・よ、よろしくお願いします!・・・」
その子は小さいけれどもはっきりした声でそう言うと、私に向かって小さく頭を下げた。
この子はいったい・・・?この子もモーニング娘。のメンバーなのだろうか?
あいにく、彼女の顔を見るのは初めてだった。
と、その私の戸惑いが向こうにも伝わったのか、その子もそう言ったきり下を向いてしまった。
「ほらほら、さっき緊張しないでって言ったばかりでしょ!もう一度挨拶しなさい!」
「それにもーちゃんもだよ!こういうのは初対面が一番大切なんだからね!」
一番大切って言われてもなあ・・・。
大体お前との初対面だって、姉との話に夢中で俺なんかに見向きもしなかったくせに・・・。
おまけに、お前から初めましての挨拶や自己紹介なんか聞いた覚えは無いぞ・・・。
騒がしかった辻と加護とは違い、その子はかなり脅えているようだ。
個人的には、この前の二人のような人なつっこい子もいいのだが、
どちらかと言うとこういうシャイで謙虚な子の方が好感が持てる。
もっとも、それは私が人見知りする性質で馴れ馴れしくされるのに慣れてないだけなのだが。
と、保田がその子の緊張をほぐそうと優しい口調で話し掛ける。
「ほら、そんなに緊張しないでいいってば!これからここが自分の家になるんだからね!」
自分の家???
ってことは、この子もこれから保田と同じようにここに来るってことか?
おいおい・・・そんな話、全然聞いてないぞ!!!
そう言うと、保田は靴を脱ぎ散らかしてズタズタと玄関を上がり、
その子に自分についてくるように手招きする。
はあ・・・なんか俺の知らないところで勝手に話が進んでいくな・・・。
しかし、保田は急いでいるらしい。玄関で突っ立ってるその子を見てせかす。
「ほらほら、早く上がんなさいってば!こっちがリビングだから、こっちこっち!」
それを聞いてその子が慌てて返事をする。
「は・・・はい・・・すぐ行きます!・・・」
そう言ってその子は靴を脱ぐと、自分の靴とともに保田の脱ぎっぱなしの靴を揃える。
なんか凄い光景を見てしまったって感じだ。まあ、教育が行き届いているってことなのかもしれないが。
しかしまあ、それ以前に自分の靴くらい自分で揃えろって・・・。
玄関に上がったその子はもう一度、私に丁寧にお辞儀をする。
「あ、あの・・・お、お邪魔します!・・・」
なんかかなり緊張しちゃってるな・・・。こっちもどう対処していいのやら・・・。
「ああ・・・こちらこそ・・・」
二人に遅れてリビングに入ると、早速保田がその子に部屋の説明をしていた。
「ここがリビングであっちが御飯食べるところね。その奥が台所・・・後はもーちゃんにでも聞いてみて!」
その子は「は、はい!・・・」と言って、その説明を真剣に聞いている。
どうでもいいが、「もーちゃんにでも」ってところが気になる・・・。もっと別の表現はできないのか?
それから保田は、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。
「おいおい、まだ夕方だぞ!ちょっと早いんじゃねーのか?」
「いいでしょ、あたしが飲みたいんだから!飲みたいんならもーちゃんも飲めば?」
「そういうことじゃねーだろ!夕方から酒飲むなって言ってんの!」
「もーちゃんって頑固ねえ・・・。飲みたい時に飲むのが旨いんでしょーが!」
それにしてもまあ・・・こいつは本当に酒好きだな・・・。
ただ、そのやり取りがおかしかったのか、その子は少し笑みを浮かべる。
そして、その子の笑みを見て保田の行動の意味にようやく気づく。
なるほど・・・そういうことか。保田はその子の緊張をほぐすために、わざとビールを取り出したのだろう・・・。
そして冷蔵庫を勝手に漁ることで、その子にこの家での自由な過ごし方の見本を見せたのかもしれない。
言葉で説明するよりもまず自分が見本を見せる・・・。それはある意味保田らしい方法と言えるのかもしれない。
しかし、その感心もすぐに打ち消されることになる・・・。
「ぷはーっ!やっぱ夕方に飲むビールは最高だな!」
そう言って保田はビールを一気に飲み干し、「ほい!」と言って私に空いた缶を渡す。
・・・やっぱこいつ、ただ酒が飲みたいだけだったみたいだな・・・。どうやら感心して損してしまったようだ。
ここ初めてきたんだけど(・∀・)イイ!!
期待してますです。
age!
165 :
山崎渉:03/01/21 16:32 ID:???
(^^;
それにしても、しばらく来ないとか言っておきながら突然帰って来てビールの一気飲みとは・・・。
正直、恋なのか何なのかと悩んでいる自分が情けなく感じてしまう。
でもまあ、そういうところがある意味、こいつの魅力なんだろうが・・・。
と、保田はゲップをしながらそばで立っていた女の子に二言三言耳打ちをする。
さっき来たばかりだが、もう出かけるらしい。と言うか、今日はその子を連れてきただけなのだろう。
それに対して、その子は「お疲れ様でした!・・・」と言って一礼する。
どうやらしっかりと教育が行き届いているらしい。
ただ、その言葉は嫌々押し付けたものではなく、自発的に出たもののようだった。
その子の表情を見ると、その子が保田に対してある種の信頼を置いているように見える。
そして保田も、その信頼に応えようとしているように思えた。
それはある意味、先輩後輩を超えた結びつき・・・というものなのかもしれない。
正直、それは羨ましいことでもある。私の場合、一方的な先輩後輩の関係しか築けなかったからだ。
ただ、そういうものは人間本来の魅力によるものなのだろう。
・・・残念ながら私にはそういった魅力は皆無と言わざるを得ない。
ただ、まさかとは思うが・・・こいつ、後輩たちに酒とか教えてないだろうな?
それだけは少し心配だったが、まあ、こいつもそこまで無茶なことはしないだろう。
そんなことを思いながら感心していると・・・一方の保田はその言葉を聞いて頭を抱えている。
何か不満なのだろうか?・・・と思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
「だからそういう挨拶はここでは無しって言ったでしょ?ここではみんな家族なんだから!」
「は、はい!・・・わかりました!・・・」
家族か・・・。
本来であれば、この家で彼女が「家族」という言葉を使うのは間違っているのだが、
しかし、確かに彼女はすでにこの家族の一員・・・しかも、ある意味私以上にこの家族の一員なのだ。
そして、その子も今日からこの家族の一員に加わる・・・のだろうか。
保田はすぐに家を出るらしい。その子を一人残して、ついて来るように手招きする。
それにしても、今日は泊まっていかないのか・・・。それは正直、ちょっと寂しい気がする。
しかし、それはその子も同じらしい。先程までの表情と違って、不安な表情を見せている。
彼女は脱ぎ散らかしたはずの靴が揃えられていることなど気づく素振りも見せずに話し掛けてくる。
まったく・・・少しは誰が揃えたのかとか疑問にならないのだろうか・・・。
「あたしこれから仕事だから!あの子よろしくね!」
よろしくって言われてもなあ・・・どう対処すればいいのか・・・。
って、それ以前に、仕事があるのにビール飲んだのかよ!それも一気で!
「お前、仕事あるのに酒飲んだのかよ!」
「あはは、まあいいじゃん!やっぱ仕事の前には気合入れないとね!」
駄目だこいつは・・・。
とは言うものの、私も大学時代、講義やサークルの前なんかに気合を入れようとして
酒を飲んでから出かけたことがあったりするのだが・・・。
しかし、それは恋愛問題や人間関係なんかで悩みがあった時に限る話であって、
私はそれを超法規的措置と名付けていた。
とすると、彼女にもそうした悩みがあるのかもしれない・・・。
まあ、彼女は超多忙な国民的アイドルであり、そして半年後にはそのグループから脱退するんだから、
悩みの一つや二つくらい無い方がおかしいのかもしれないが。
ただし、彼女の場合は悩みとは関係なく、
ただ単に酒を飲みたかっただけという確率の方が高いかもしれないが・・・。
彼女がちらちらと時計を見ながら話し掛ける。かなり時間が押してるらしい。
「そうそう、あの子見かけによらず頑張り屋さんだから、すぐ慣れると思うんだけど・・・」
そう言うと彼女は何か困った表情を浮かべる。
何か適当な言葉を探しているが見つからないようだ。
数秒間考えた挙句、出てきた言葉はよくわからないものだった。
「えっとね・・・あんまり頑張らせないでね!」
はあ・・・頑張り屋さんに頑張らせないようにか・・・。
それはまた難しい注文だな・・・。
ただ、その言葉で私は中澤姉さんの言葉を思い出していた。
そう、それはいつか言われた、保田がこの家に来る理由・・・だ。
もしかすると、その子も彼女と同じような理由を持っているのかもしれない。
それが何かははっきりとはわからなかったが、
私がすべきことは、多分彼女と同じように、普通に接するということだろう。
ただし、彼女との場合は、普通以上の感情を抱いてしまってはいるが・・・。
しかし、私がそんな感情を抱いて悩んでいることなど、こいつは気づいていないのだろう。
もしかすると、あのキスの約束さえも、私をからかっただけのものなのかもしれない・・・。
ついついそんなことまで考えてしまう。・・・これも恋の兆候なのだろうか?
そんなことを考えている私に対して、彼女は一言言い残してから疾風のように去っていった。
「もーちゃん!紺野のこと、頼んだからね!」
紺野・・・?
紺野キタ━━━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━━━!!!!!
>>109 >あー、また泣き虫の面倒見なくちゃ・・・たまらんなこりゃ・・・。
これ紺野のことか?
171 :
山崎渉:03/01/22 21:29 ID:???
(^^)(^^) 山 崎 渉 通 信 vol.1 (^^;(^^;
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
さあ、今日からキミも1日1回、山崎カキコをしよう!
やり方はとても簡単!
名前欄「山崎渉」、E-mail欄と本文に「(^^)」を入れて書き込むだけ!
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
揃えage!
「おい、ちょっと待てって!紺野ってあの子のことか?」
慌ててそう言ったものの、すでに玄関のドアは閉まり、彼女は立ち去った後だった。
まいったな・・・。それがあの子の名前なのだろうか?
あいにくと、その名前を聞くのは初めてだったのだ。
まあ、しかし保田についても最初は全然知らなかったし(しかも最初はずっとホダだと思っていた)、
その紺野という子についても、接しているうちに知ればいいことなのかもしれない。
そう納得してリビングに戻る・・・。
と、その子はどうしていいのかわからないといった表情で、さっきの場所にそのまま立っていた。
まいったな・・・。かなり緊張しているらしい・・・。
しかも、保護者の保田がいなくなったことによるのだろうか、目が少し潤んでいる。
とりあえず、何か話しかけなくては・・・。
とは言っても、保田から知りえた情報は名字くらいしかない。
でもまあ、最初はそれくらいで十分だろう。
恐る恐る名前を確認する。
「紺野・・・だっけ?」
そう尋ねると、その子が返事をする。
「・・・は、はい!・・・紺野あさ美です・・・」
なるほどね、あさ美という名前なのか。
次は・・・と、とりあえず立ち話も何だし、座るように言うか・・・。
「とりあえずさ、そこのソファーにでも座ってて・・・」
「・・・は、はい!・・・」
その子は言われた通りにソファに座る。しかし、緊張したままだ。
さてと、どうやってこの緊張をほぐすべきか・・・。
とりあえず座らせて見たものの、次の対処が思いつかない。
普通に接するのが一番なのだろうが、あいにくとこの状況では、それは不可能だ。
その子の緊張をほぐさないといけないし、それに自分も・・・。
元々私は人見知りするタイプで、初対面の人とすぐに打ち解けることはまず無い。
そのため、進級などでクラス換えをした時などは、最初はあまり友達も作れず、寂しい思いをすることも多かった。
ただし、それも最初のうちだけで、その環境に慣れてくるとそれは一変(豹変と言った方が適切かもしれない)する。
そんな私のことを、友達はよく「別人になった」とか「猫かぶってた」と表現するが、それもある意味正解かもしれない。
しかし例外もある。それは相手の方からいきなり馴れ馴れしく接してくる場合である。
私ははっきり言って、そういった初対面から馴れ馴れしく振舞ってくる連中は気に入らない。
そういう連中は、大体において謙虚さを知らない、傲慢でわがままで自己中な輩が多いからだ。
そのため、基本的にはそうした連中と親しくなることはあまり無い。こちらが拒否反応を起してしまうのだ。
ただ、そんな連中の中にも、まれに波長の合う人間もいるもので、逆にそうした奴と普通以上に親しくなる場合もある。
それにそのまま当てはまるものでは無いが、私と保田との出会いもそんな部類に含まれるものかもしれない。
さて・・・この子の場合は・・・どうすればいいだろうか。
かなり緊張しているようだし、こちらの方がはるかに年上、しかもこちらが迎え入れる側だ。
とすると、やはり私がリードしないといけない。・・・まあ、当たり前のことなのだが。
とりあえず、隣のソファに座って質問でもするか・・・。
「えっと、・・・」
そこまで言ってから考える。・・・彼女のことを何と呼べばいいだろうか?
呼び捨てで「紺野」では向こうの緊張を増長するだろうし、「紺野さん」は変だ。
くだけて「紺ちゃん」ってのは馴れ馴れしいし、「あさ美ちゃん」ってのは逆にこちらが恥ずかしい。
と言うことは、名前で呼ぶのは除外した方がよさそうだな・・・。
そうなると、残ったのは「君」・・・くらいか。
瞬間的にそんなことを考え、話を続ける。
「・・・君もモーニング娘。のメンバー・・・でいいんだよね?」
そう言った後になって気付く。・・・なんかまずい質問の仕方をしてしまったような・・・。
その子もその質問が意外だったらしい・・・。潤んだ瞳のまま驚いたような表情を浮かべる。
「・・・は、はい!・・・そうです!・・・」
ただ、目に涙を浮かべながらも受け答えははっきりしている。
意外と芯の強い子のようだ。
とりあえずこれだけは言い訳しておかなくては・・・。
「あっ、ごめんごめん。ほら、俺全然そういうこと知らないからさ・・・」
そこまで言ったところで、その子が申し訳無さそうに口を開く。
「あ、いいんです。・・・私まだまだ未熟ですから・・・全然気にしてません!」
なんか・・・謙虚というか律儀というか、でも少し可哀想な感じもしてしまう。
多分、自分があまり知られていないことを自覚しているのだろう。
慌てて彼女をフォローする。
「あ、いや、未熟とかってことじゃなくてさ・・・ほら、この前も辻と加護がうちに来たんだけど」
「俺、二人の顔知らなかったしさ、結局どっちがどっちだかもわからないままだし・・・」
と、その言葉に彼女が反応する。
「辻ちゃんと加護ちゃんがここに来たんですか?」
どうやらその子は辻と加護と仲がいいらしい。この子も同い年くらいだろうか?
「そうそう、なんかあいつ・・・ああ、保田の後を内緒でついてきたらしくて・・・」
「そうなんですか。そう言えば保田さんには秘密があるみたいなこと言ってました」
「ははは・・・秘密・・・ね。まあ、ここはあいつの秘密の隠れ家みたいなもんだからな」
と、そこまで話が続いたものの、また沈黙が続きそうな気配だ。
なんとか話を続けて緊張を解かなければ!
「そう言えば、東京にもみんなが通う部屋があるんだって?」
そう尋ねると、その子は急に下を向いて黙ってしまった。
まさかとは思うが、この子もその部屋のおじさんのことが好きなのだろうか。
まあ、その部屋のことを口止めされているだけなのだろうが・・・。
「あ、いや、ごめんごめん。それ秘密だったっけ。なんか悪いこと聞いちゃったな・・・」
「いえ、全然悪くないです!・・・確かに秘密ですけど、でも・・・」
最後の「でも・・・」という言葉は、通常はその後に会話が続くことを意味しているが、
しかし、この場合は多分そのまま会話を曖昧に終わらせるために用いた表現であろう。
再び沈黙が訪れる。・・・と、その前になんとかしなければ・・・。
「えーと・・・この家のことあいつ・・・じゃなくて保田から色々と聞いてるのかな?」
その答え次第では、今後の話の振り方も考えなくてはならなくなる。
「あ、はい!・・・素敵なお母さんとお姉さんがいるって聞いてます!」
ようやく緊張がほぐれてきたのか、その子は明るい笑顔でそう答える。
ただ、それはそれでいいんだが・・・俺は?俺は無視か?
「・・・俺のことは?」
しかしその質問がまずかったようだ。その子の表情が急にこわばる。
「あ・・・いえ、もう○○さんのことも聞いてます!保田さんが優しい人だって言ってました!」
はあ・・・優しい人ねえ・・・。なんか嘘っぽいな・・・。
あいつ、もしかしてとんでもないこと吹き込んだりしてないか?
まあ、それはいいとしても、もう○○さんと本名で呼ばれるのはなんか堅苦しいな。
「あのさ、もう○○さんじゃなくて、もーちゃんでいいから。保田もそう呼んでるし・・・」
「は、はい!わかりました!・・・もーちゃんさんですね!」
もーちゃんさんって・・・。
「あー、もーちゃんさんじゃなくて、もーちゃんね、もーちゃん・・・」
「はい!もーちゃんさんですね!」
駄目だこりゃ・・・。当分はもーちゃんさんと呼ばれ続けられそうだな・・・。
それからしばらく話を続け、一応この家では自由に過ごしていいということを話しておく。
まあ保田みたいに自由すぎるのもあれだが、それもこの子なら大丈夫だろう。
それから、自分の家だと思って過ごすようにと何度も念を押して話すものの、
こちらから一方的に話し掛けるばかりで、なんだか尋問のような感じになってしまう。
何度か緊張がほぐれかけた様子を見せたものの、その子は結局目に涙を浮かべたままだ。
やはり初めての家で、見知らぬ男、それも一見怖そうな男と二人でいるからだろうか。
それにしても・・・なんで保田は先に帰ったんだ?これって責任放棄じゃねーのか?
そんなことを思いながら、保田の忠告を思い出す。
頑張り屋さんに頑張らせないように・・・。
そうは言われたものの、俺にどうしろと言うのだろうか。
結局その子は必死で泣くのを我慢してるみたいだし・・・。すでに頑張らせてしまっている・・・。
と、私は一つのアイデアを思いついた。
そして、その子にしばらくテレビでも見て気楽に過ごすようにと言い残して部屋へ戻る。
部屋のダンボールから取り出したのは・・・そう、先週遊んだ黒ヒゲ危機一髪だ!
辻と加護があれだけ喜んだんだから紺野も大丈夫だろう・・・。まあ、かなり安易な発想ではあるが。
黒ヒゲを持ってリビングに戻る。
紺野は言われたままにテレビをつけていた。と言っても、この時間はどの局もニュース番組しかやってないが。
ソファに戻り、黒ヒゲをガラスのテーブルの上に置く。
「これやったことある?」
そう尋ねると、「はい、あります!」という答えが返ってきた。
どうやら作戦成功のようだ!
すぐにゲームを始める。順番にテンポよく鍵穴に剣を突き刺していく。
そして、私が刺したところで、ボワーンと黒ヒゲが飛び出す。
「あいたたた、負けちゃった・・・」
そう言ったものの、あまり盛り上がらない。先週は人数が多かったからだろうか。
もう一度始める。今度は紺野が刺したところで黒ヒゲが飛び出す。
「ああ、負けちゃいました・・・」
淡々としたリアクションだ。先週の辻や加護、そして保田とは大違いだ。
冷静というか何と言うか、やはり緊張しているのだろう・・・。
どうやら私の作戦は失敗に終わったようだった。
と、そろそろ夕食を作り始める時間・・・今日は私の当番だ。
夕刊配達の後、一応スーパーに寄って足りない材料は買ってきてある。
今日の夕食は先週辻と加護が来たときと同じ、カレーライスだ。
またカレーかい!と言われそうだが、統計的には日本人は週に一度カレーを食べているらしい。
まあ統計云々は言い訳で、本当は他の料理が面倒くさいというのが理由なのだが。
ソファに座ってテレビを見ている紺野に、一応聞いてみる。
「今日カレーだけどいいかな?・・・なんか嫌いな食べ物とかある?」
返ってきた答えは「大丈夫です」というものだったが、多分最初だから遠慮しているのだろう。
一応もう一度聞いておく。
「あのさ・・・別に遠慮しなくてもいいから。・・・チーズ入れようと思うんだけど大丈夫?」
「は、はい!私チーズ大好きです!全然大丈夫です!」
「そっか、それはよかった。・・・やっぱナスカレーにはチーズだからねえ!」
と、そう言うと、紺野はビクッとしてこちらを見る。
そして、こちらの反応を確かめるように恐る恐る声を出す。
「ナ、ナス・・・ですか?」
どうやらナスが嫌いだったようだ。まいったな・・・俺の大好物なのに・・・。
「あ、ナス嫌いだった?ごめんごめん、じゃあ別の材料にすっか・・・」
そう言うと、紺野は首を大きく横に振る。
「あ、いえ、別に嫌い・・じゃ・・ないん・・です・・けど・・」
完全にナスが嫌いなようだ。否定しようとするものの、なんだか否定になっていない。
他の材料を探そうとすると、再び紺野が声を出す。
「あの・・・本当に大丈夫ですから・・・」
しかしその声に力強さは感じられない。かなり無理しているようだ。
「ああ、いいっていいって!保田なんかあれ駄目これ駄目のオンパレードだぞ!」
「まあ、俺が当番の時はわざと嫌いなものばっか食わせてるけどね!」
そう言うと、紺野は少し笑ったものの、やはりナス嫌いについては否定する。
「本当に全然大丈夫ですから・・・もーちゃんさんのナスカレー食べてみたいです!」
「いや、いいんだってば。それに今日は初日なんだしさ。・・・ね?」
「本当に本当に大丈夫ですよぉ!ナスカレー食べさせてください!」
いつのまにか弱々しい言葉が強い口調に変わってきている。
それから数回やりとりを繰り返すものの、最後はついに黙ってしまった。
「無理しなくていいってば。材料は他にいっぱいあるんだしさ」
「・・・」
そして、紺野は再び目に涙を浮かべはじめる。まいったな・・・。
しかし、その涙によって、保田が言っていた頑張り屋さんという意味がわかったような気がした。
仕方なく・・・と言うか、予定通りに、ナスカレーを作り始める。
と、玄関のチャイムが鳴り、ドアの開く音がする。
玄関に出迎えに行くと、姉が帰ってきたところだった。
姉は玄関に並べてある靴を見て、私に尋ねる。
「あら、もう紺ちゃん来ちゃってた?・・・遅れちゃったみたいね・・・」
やっぱり姉は知っていたようだ・・・。と言うことは、多分知らされていなかったのは私だけなのだろう。
文句を言いたい気持ちもあったが、姉の笑顔を見ると、そんな気持ちは一気に吹き飛んでしまう。
台所に戻る。姉はすぐにソファに座る紺野のところへ行って、笑顔で挨拶をする。
「紺ちゃん、これからよろしくね!」
「は、はい!よろしくお願いします!」
二人の会話は一応台所まで聞こえてくるが、何を話しているかまではうまく聞き取れない部分もある。
ただ、なんだか少しずつ打ち解けている様子だった。
カレーの具を炒め終え、鍋に火をつける。
鍋が煮込むまで、リビングに行って二人の会話を聞くとするか・・・。
と、私に気づいた姉が、ソファに座るように言う。
「もーちゃん、女の子なんだからもっと優しく接してあげないと駄目よ!」
いきなり怒られてしまった。・・・こっちはそうしたつもりだったんだが。
と、紺野が口を挟む。
「あの・・・もーちゃんさんは凄く優しかったです。ただ・・・私が緊張してただけなんです・・・」
うう・・・。子供にフォローしてもらうとは・・・なんか複雑な心境だな・・・。
その言葉に姉も納得する。
「そう?それならいいんだけど・・・。まあ、もーちゃん中身と違って見た目こわいしね・・・」
「どういう意味だよ。・・・全然怖くない・・・よね?」
そう言って紺野の方を向くと、返ってきた答えは・・・
「・・・少しこわかったです・・・」
その答えを聞いて姉が微笑む。
まいったな・・・。まあ、確かに今の短髪姿は結構こわいと言われることも多い。
現に髪を切った時、保田からもヤクザみたいと言われたりもしたが・・・。
あれはいつだったか・・・ようやく保田と親しくなりはじめた頃だったか・・・。
それまで私は普通の髪型をしていた。と言っても、流行に疎いので、最近の若者のような洒落た髪型ではない。
ただ、私が髪を伸ばしていると、なぜか周りからかわいいと言われることが多かったりする。
それも女性から言われることが多く、私はそれを結構気にしていた。
まあ、保田の場合は、髪型云々以前に、「もーちゃん猿みたい!」なんて言われてたが・・・。
そこでたまに思い切って短髪にすることがあるのだが、そうすると今度は、
かわいいから一転して、かっこいい、りりしいと言われるようになるのだ。
ただ、それとともに怖いという印象を受けるのも事実らしいが。
そしてこの前髪を切った時も、その髪型を見た保田の第一声は、「もーちゃんヤクザみたい!」というものだった。
まあ、その時はアゴヒゲも伸ばしていたし、ある意味自分でも凄みがあるな・・・なんて思っていたりもしたのだが。
なので、別に紺野から怖かったと言われたことも、それほど意外なことでも無かったと言える。
それに、髪型を除いても、そもそも顔自体が怖いと言われることも結構多いのだ。
ただ、その場合は、「目は優しそうなのに顔全体だと怖いよね」というように言われることが多い。
まあ、自分でもあまり顔には自信が無いので、顔の話題はそれくらいにしておくが・・・。
その場を離れて、再び台所で料理を始める。
と言っても、すでに具は煮込んであるので、後はルーを入れるだけだ。
それと、サラダは色々と面倒くさいので、トマトオンリーでいいだろう。
トマトを大きく四等分して、それに塩を適当にパラパラと振りかける。これでサラダの完成。
あまりに適当、単純ではあったが、それが男の料理の基本である。
そうこうするうちに、今度はようやく母が帰宅。
リビングに入ると、さすがに子供の扱いが上手いだけあって、すんなりと打ち解ける。
なんだか、私だけが取り残されてしまったような・・・そんな感じだが、まあそれも仕方の無いことだろう。
この家では私だけが一人、男なのだ・・・。
そうして母と姉とはそれなりに打ち解けたようだった。
ただ、やはりまだ緊張が残っているのか、たまに目が潤んでいたりするのだが・・・。
カレーができあがり、夕食の時間になる。
いつもはごっつい顔の保田が座っている場所に、かわいらしい紺野が座っているのには少し違和感があるが、
まあ、それもすぐに慣れるだろう。ただ、やはり少し寂しい気がするのも事実ではあったが。
カレーを食べ始める。ナス嫌いの紺野はどんな反応を見せるのだろうか・・・。
と、紺野は目を輝かせながら「・・・おいしいです!・・・」と言って私の顔を見てくる。
うーん・・・なんだか無理してるような気もしてしまう。
何と言っても、その子は頑張り屋さんだ。保田と違って素直にまずいとは言わないだろうし。
でもまあ、あまり嫌々といった感じも見受けられないし、それに・・・
保田の下品な食べ方とは違って、いかにも女の子らしいといった食べ方をしている。
まあ、作った側としては満足だろう・・・。
まだ慣れていないためか、少しぎこちなかったものの、なんとか夕食の時間を終える。
と、片付けを始めようとした私に対して、紺野が話し掛けてくる。
「あの・・・私もお手伝いします!・・・」
「ああ、いいって!そんなに気ーつかわなくても!」
「いや・・・お手伝いさせてください!・・・」
なんだか消極的なのか積極的なのかわからない子だ。
まあ、ただ一つ言えることは、かなりの頑張り屋さんだということだ。
「ああ、そう?じゃあ、手伝ってもらおっかな?」
「・・・はい!ありがとうございます!・・・」
ありがとうねえ・・・それはこっちのセリフだと思うんだが・・・。
ただ、やはりなんだか無理をさせているようで、保田からの忠告が何度も頭の中をよぎる。
一応普通に接してはいるものの、こういう感じでいいのだろうか?
片付けを終える・・・が、「それ取って」「布巾は棚の中ね」などといった事務的な会話ばかりだ。
唯一、「そっちに置いといて、なっちじゃないよ」という言葉で少し微笑んだくらいだ。
それにしても・・・我ながらひどいオヤジギャグだ・・・。
その後、一人自分の部屋へ戻って考え事をする。
初めてうちに来た紺野のこと・・・そして保田のこと・・・。
そう言えば、先週保田から辻と加護に欲情したでしょ?と詰め寄られたっけ。
あれももしかすると、紺野が来ることを前提にした質問だったのかもしれない。
でもまあ、そんな心配をするということは、向こうもこっちのことを気にしているのかな?
・・・ついついそんなことを考えてしまう。まあ、単に後輩を心配しているだけなのだろうが。
それに、ぶりっこ云々にこだわっていたのも、もしかしたら紺野のことなのかもしれない。
まあ、今のところ紺野については、ぶりっこといった印象は受けないが、
ただ、私がああいった大人しそうな子がタイプということに気づいていたのだろう。
実は紺野の姿を初めて見た時、その突然の訪問に驚いてはいたものの、
第一印象は全然悪くなかった。・・・と言うよりも、むしろ印象はかなり良かった。
と言うのも、そのたれぱんだのような愛らしい顔が、私のストライクだったからだ。
多分、同じクラスにいたら、真っ先に好きになるタイプだろう・・・そんなことまで思っていた。
ただ、そうは言っても、やはり年齢差もあり、恋愛対象にはなることはないだろう。
あくまでも、かわいい妹といった感じだ。
それに私自身、今は保田のことで頭がいっぱいで、他の女のことは考えられない状態なのだ。
そして、今の不安な気持ちも、紺野との今後の接し方についてではなく、
保田と会えないことに起因するものなのだ。
そんなことを思いながら、パソコンを起動する。
すぐに画面に保田のウィンク画像が表示されるが、ただ、やはりそれは一つの画像に過ぎない。
それが実際の保田ではないことに、逆に寂しい気持ちが増幅する・・・。
と、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
184 :
番組の途中ですが名無しです:
保守シマス