■ アン・アプルボーム氏:収容所の歴史を『グラーグ』で解読、忘却望むロシアの姿勢批判
◇ピュリツァー賞受賞のアン・アプルボーム氏会見
ソ連の強制収容所について記した『グラーグ』(川上洸訳、白水社)で2004年度のピュリツァー
賞を受賞した、アメリカのジャーナリスト、アン・アプルボーム氏が、このほど、東京都内で記
者会見を開いた。収容所の歴史が、ロシアで広く継承されていない現状と、スターリン時代を
肯定的にとらえたがる同国政府の傾向を批判した。【鈴木英生】
アプルボーム氏は、今回、夫であるポーランドのシコルスキ外相と共に来日した。『グラーグ』
は、公文書記録などで収容所の歴史を解読した本だ。グラーグとは「収容所管理総局」の略
称。収容所のシステム全体をも指す。最盛期は、1929年から54年まで。へき地への強制移住
を含めて約2870万人、人口の約15%が収容された。戦時中、収容者の4分の1が死んだという。
アプルボーム氏は「基本的に、収容所は人を殺すために作られたのではない」と強調した。
酷使できる労働力の確保が、収容所建設の主な理由だった。
収容所は、地方の鉱山などだけでなく、モスクワ都心にさえあった。囚人は、アパート建設や
漁業、飛行機の設計から原子力発電所の運営まで、あらゆる仕事に従事した。「40年代、人
々が囚人と会わずに仕事をするのは難しかったでしょう」 にもかかわらず、今のロシアで、多
くの人はグラーグについてあまり知らない。
理由のひとつは、今のロシア指導者層に、プーチン首相ら元KGB職員がいること。グラーグ
の記憶は、彼らのイメージを傷つける。指導者層は、スターリン時代を「名誉回復」したがって
おり、スターリンの戦時中の指導力が称賛されている。
ともあれ、今のロシアでは「経済が崩壊した90年代はひどかったが、プーチン政権以降、ソ連
の安定と安全が戻ってきた」との歴史観が、広く受け入れられている。『グラーグ』は、現地の
新聞で外国人がロシア的なものの見方を攻撃している例として紹介されたという。
アプルボーム氏は、単にロシアの負の歴史をあげつらいたいわけではない。「誇るべき歴史
は、サハロフやソルジェニーツィンらソ連反体制派のヒーローたちです。彼らは、小グループ
でも、国際メディアや国際機関を使って政府に道義的圧力をかけられることを示しました」
彼らもグラーグ同様、ロシアでは一般に忘れられつつあるという。さらに、アプルボーム氏も
認めるとおり、今の指導者層に対するロシア国民の支持は強い。それでも、アメリカ人らしい
信念を感じさせつつ、こう語った。「国民性は変わります。進歩のない共産主義国家だった
ポーランドは、今やダイナミックな政治文化を持つ国です。ロシアもまた、違った性格の国に
なる可能性を持っていると思います」
* 毎日jp (2008/11/05-東京夕刊)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20081105dde018040064000c.html * 依頼頂きました
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1224133244/210