オバマ氏の旧家を訪ねる
「米大統領」が過ごした裏路地
米民主党の有力大統領候補バラク・オバマ上院議員が一九六九年(当時六歳)から
四年間住んだ旧家が、南ジャカルタのメンテンダラムにある。大統領選最終戦が
大詰めを迎える中、オバマ氏が幼少期を過ごした路地裏の旧家を訪ねた。
メンテンダラムは、中央ジャカルタの高級住宅地にあるオバマ氏の母校、メンテン
第一小学校から車で約二十分。洪水が多発するチリウン川を渡り、自転車や医療器具の
中古品を販売する伝統市場の雑踏を越え、さらにどぶ川を渡ってラムリ通りにたどり着いた。
この通りは乗用車がやっと通れるほどの狭い路地。バッソ(肉団子)売りの屋台がチンチンと
皿を鳴らし、バジャイが騒音を上げて行き交う。おもちゃ売りのカキリマ(移動式屋台)に
子どもが集まり人形を物色していた。ジャカルタの典型的なカンプン(下町)だ。
旧家の前に住む自動車販売アニスさん(五〇)はやんちゃで有名だったというオバマ少年を
覚えていた。「『ベリー』(幼少時の愛称)とはクレレン(おはじき)やアンガル(チャンバラ)
をして遊んだ。ここら辺は昔も今も変わらない質素な住宅街だ」
鉄板を貼っただけの飾り気のない黒い門。その奥に屋根裏部屋を乗せた木造平屋の旧家があった。
オバマ氏のイメージとかけ離れた質素さに拍子抜けする。
オバマ氏が帰国した後、アニスさんの父が家を買い取り、現在の持ち主はアチェ人の実業家
ズルフィアン氏。同氏が経営する会社のスタッフや客が泊まるゲストハウスとして使っているが、
改装はほとんどしておらず、当時のままという。
十五×二十五メートルの細長い敷地に建てられているのは、寝室二つ、居間、台所、倉庫、
トイレ、メイド用の部屋のあるこぢんまりした民家。オバマ少年がインドネシア人の義父と母、
異父妹の四人で住んだ部屋が残っていた。四脚のいすと小さな食卓。寝室の脇にある勉強机と
ベッドが置かれた小部屋には、フットボールや野球、サッカーボールが描かれた壁紙が貼られてある。
この部屋でオバマ少年が勉強に励んだのかもしれない。
窓が少ない室内は、表口と裏口を開け放すと風が通り抜ける。前の路地に、オバマ氏が一時通った
カトリック系学校聖フランス・アシシの子どもたちが、バッソの屋台で買い食いしながら笑い声を
上げて通り過ぎた。
オバマ氏は自伝「マイ・ドリーム」で、「メンテンの物乞い」などジャカルタの路地裏の風景を
詳述している。この旧家で過ごした幼少期は、オバマ少年にとって貴重な経験になっているようだ。
じゃかるた新聞 2008年10月30日(木)のトップ記事全文
http://www.jakartashimbun.com/top.shtml =画像=
とぶ川を渡ってたどり着くラムリ通り。新しい高層ビル郡に囲まれているが、通りは昔とほぼ同じ
http://www.jakartashimbun.com/2008/images/200810300101.jpg 木漏れ日の差し込む子ども部屋
http://www.jakartashimbun.com/2008/images/200810300102.jpg