【パラオ】どの慰霊碑も日本の方を向いている…パラオの慰霊碑守りたいと来日 [10/17]

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1不思議の国のありすφ ★
パラオの慰霊碑守りたいと来日

「戦友の戦没者慰霊碑を守りたい」−。那須町で育ったパラオ在住の倉田洋二さん(82)が、
太平洋戦争で宇都宮の部隊が玉砕した西太平洋のパラオ共和国アンガウル島の慰霊碑保存に
立ち上がった。国や県、遺族らが建立した二十六の慰霊碑が、ホテル建設で移設を余儀なく
されたという。移設費用の支援要請でパラオから来日した倉田さんは十六日、福田富一知事を
訪ね、「生き残り兵の役目と思って何とか移設させたい」と切々と訴えた。

十七歳で南洋諸島を所管する南洋庁=当時=に入庁、海洋研究者としてパラオに移り住んだ
倉田さんは、一九四四年に現地で徴集され、アンガウル島戦に参戦。捕虜となり米国本土に
連行された。現在は特定非営利活動法人(NPO法人)「OWS」の副会長として、自然
保護活動に努めている。

アンガウル島は倉田さんが住むコロール島から船で片道約四時間。外周三キロで
人口二百人程度という。

「永代供養」の名目で慰霊碑を建立したはずの土地にホテル建設計画が浮上。心配した現地の
州政府が新たな土地を用意したが、移設費用が工面できず、倉田さんが来日し戦友会などに
協力を呼び掛けている。

戦没者への思いは熱い。戦友の亡きがらは遺族の元にすべてあるわけではない。「どの慰霊碑も
日本の方を向いているんです。海の上を歩いても帰りたかっただろう戦友のことを思うと、
移設作業は生きている者の役目」(倉田さん)

慰霊碑の一つは、県が補助金で建立したことから、倉田さんは福田知事を訪問した。

アンガウル島で祖父が戦死し、手元に石一つが届いたことを打ち明けた福田知事は「公金支出は
難しいが、少しでも負担が軽くなるよう知人友人に声を掛けます」と神妙な面持ちで語った。

十八日にパラオに戻る予定の倉田さんは「アンガウル島は戦前戦後にわたって日本とも歴史的な
つながりが大変深い。温かいご支援をお願いします」と話している。

寄付金振込口座は、三井住友銀行渋谷支店、普通預金6445395、「アンガウルの未来を
考える会」。浄財の使途と移設工事の経過は「OWS」のホームページに掲載する。

下野新聞 (10月17日 05:00)
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20081016/65018