★岐路に立つ東欧経済 進出企業が人材争奪戦
■人手不足、賃金上昇…魅力低下
2004年の欧州連合(EU)加盟以降、高成長を続けてきたチェコやポーランド、ハンガリーの
東欧諸国の経済が岐路に立たされている。安い労働力を背景に西欧向けの輸出基地として
日本を含む海外企業の進出が相次いだが、人手不足と人件費の高騰でその強みを失いつつある
ためだ。各国は繊維や単純な組み立てなどの労働集約型からデジタル家電やIT(情報技術)などの
高付加価値産業への構造転換を進めており、日本企業にラブコールを送っている。
≪目立つ女性従業員≫
チェコの首都プラハから車で1時間半のコリン市。広大な麦畑の中に白くそびえる工場がある。
トヨタ自動車と仏プジョー・シトロエングループ(PSA)の共同出資で設立された「トヨタ・プジョー・
シトロエン・オートモーティブ・チェコ(TPCA)」だ。
西欧州向けの「トヨタアイゴ」や「プジョー107」など3車種で年間約30万台を生産し、両社にとって
戦略拠点の一つと位置付けられている。
生産ラインで働く従業員には若い女性の姿が目立つ。3500人の全従業員のうち22%が女性だという。
「人材の確保が厳しくなっている。うちの工場からも何人かが引き抜かれた」
TPCAの高橋恭弘社長は、人材争奪戦の激化に危機感を募らせる。
チェコ東部では韓国の現代自動車の新工場が年内に稼働を始め、協力工場を含めて1万人規模の
新規雇用が必要になるといわれており、TPCAなどの他社から熟練工員をヘッドハントしているという。
高橋社長は「人件費も高騰しており、最近では通常の求人活動では、なかなか適切な人材が
集まらない」と漏らす。
人材確保は、チェコに限らずハンガリーやポーランドでも、進出企業の大きな課題になっている。
≪高い経済成長率≫
民主化以前から工業国としての基盤を持つ東欧諸国は、熟練した優秀な人材が豊富な一方で、
賃金は英・仏・独に比べ4分の1から5分の1程度と安いことが魅力となり、国外の製造業が相次いで
進出。各国政府も法人税の軽減などの優遇措置で積極的な誘致活動を展開してきた。
チェコ、ポーランド、ハンガリーの3カ国に進出する日本の製造業は、1995年段階で23社だったが、
06年末には193社と9倍近くに急増した。
自動車ではスズキがハンガリーに30万台規模の生産工場を建設。家電ではシャープや東芝が
ポーランドに液晶テレビ工場を相次いで開設したほか、松下電器産業はチェコにプラズマテレビの
製造拠点を設けている。
海外からの対内投資をテコに、財政再建中のハンガリーを除くチェコとポーランドは、07年の実質
経済成長率でEU加盟国平均の2倍近い6%台を確保している。
≪西欧へ出稼ぎも≫
しかし、高成長に比例して賃金水準も上昇。07年の平均月収はチェコが789ユーロ、ハンガリーも
739ユーロと00年に比べ約2倍に上昇。ポーランドも712ユーロと1・6倍の水準だ。
日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部欧州課の土屋貴司課長代理は「専門性の高い技術者や
マネジャー層の賃金は、英独に追いつきつつある」と指摘する。さらに「EU域内での就業自由化により、
東欧から賃金水準の高い西欧に出稼ぎに出る労働者が増え、人材不足に拍車をかけている」という。
人手不足と賃金高騰のダブルパンチで、安くて豊富な労働力を目当てにした繊維などの労働集約型の
企業では、ブルガリアなどの周辺国に投資をシフトする動きが出ている。
東欧諸国は、これまでの成長の原動力だった対内投資を失う危機に直面している。
>>2に続く
>>1の続き
■日本企業にラブコール 脱・労働集約産業急ぐ各国
岐路に立たされた東欧諸国が取り組んでいるのが、これまでの労働集約型産業ではなく、ハイテクや
IT(情報技術)などの高付加価値企業の誘致だ。日本企業の得意分野でもあるだけに、進出への
期待は高まるばかりだ。
今月1日から1週間の日程で行われた日本経団連の中東欧ミッション(団長・御手洗冨士夫会長)では、
各国首脳から熱烈なラブコールが殺到した。
ハンガリーのジュルチャーニ首相は「投資や雇用にかかる税制の簡素化も進めており、新たな投資を
希望する」と進出を要請。ポーランドのカチンスキ大統領は「独立戦争当時のスローガンは『第2の
日本をつくろう』だった」とアピールし、チェコのボンドラ副首相も「経団連の欧州事務所もぜひ
チェコに」と、誘致合戦を繰り広げた。
御手洗会長は「(東欧は)地理的に欧州の中心にあり、将来の経営戦略を考える上で重要。日本
企業の投資も第2フェーズに入りつつある」と語り、ハイテク分野などに投資が広がるとの見通しを
表明した。
ただ、すでに進出した日本企業からは、道路整備の遅れや旧社会主義体制の名残で、行政対応に
時間がかかるなどの課題を指摘する声も強い。
東欧諸国が引き続き投資を呼び込み、成長を持続するうえでも、インフラの整備や制度の改革が
不可欠といえそうだ。
(内田博文)FujiSankei Business i. 2008/6/12