【スロベニア】ボスニア人高齢亡命者の苦難
ボスニア人亡命者のAisaさんは晩年をスロベニアで暮らすことを期待している。しかし
スロベニア政府が彼女に住居を提供して15年になるが、彼女はいまだなじむことがない。
「私には帰る故郷がありません。私の子供たちも難民で、世界中に離散しています。
私は自分の健康に気をつけて、日々をすごしています」
70才を過ぎた彼女はスロベニア第2の都市Mariborにある彼女が暮らす新しく改築された
小さなアパートにやってきたUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)からの訪問者に語った。
Aisaさんと74人のうち大部分の高齢のボスニア人亡命者は同じ集合住宅に暮らしていて、
スロベニア語教室を提供され、彼女たちが生活するのに必要な援助を受けている。
しかし、UNHCRと政府からの支援のなか、彼女らはけして若い同胞のように順応することが
できない。このような問題がヨーロッパ中で見受けられる。
「このような人々は置いてかれたのです。亡命者たちの親類は(1992-1955年の)戦争で
殺されるか亡命中に離散しました」とスロベニア国営の受け入れプロジェクトの
マネージャーDrago Hausmeister氏は語った。
「彼らは働いたりスロベニアになじむには年をとりすぎていています。そのため彼らは
病院へ行ったり、隣人らとコーヒーを飲んだり、テレビを見ながら日々をすごすのです」
「順応するために老人は家族の支援制度が必要です。支援なしでは、彼らの多くは退屈、
孤独、憂うつにあえぐことになります」とUNHCRブダペスト支部長のLloyd Dakin氏は語った。
UNHCRの経験では、特別支援の必要があるこのような集団は集団亡命の後に
よくおきざりにされる。若年と中年の亡命者はたいてい新しい国で自分らの生活を
立て直すことができるが、60才を超える人々にとってはそれが非常に困難になる。
高齢者の多くが亡命して最初にやむなくたどり着いた場所から移動するのを
ためらう傾向がある。その結果たとえばポーランドでは、公式の統計で
60才以上の新参者は年間の平均でわずか0.7%との数値が出ている。
亡命者の順応プロセスをUNHCRは3つの大きな要因に分類している。亡命者に対しての
法的認知、経済的自立とそれから受入国の文化的、社会的特徴の吸収だ。
最初のプロセスはかなり率直的だが、次の2つの段階は、とくに高齢者の多くが、
十分に前進できないでいる。
Mariborのケースでは、スロベニア政府は2002年にAisaさんと隣人に無期限の
居住許可を出した。しかし彼女の年齢でフルタイムの仕事を見つけるのは別の問題だ。
彼女らのうちの多くが社会福祉やそのほかの政府やNGOの支援に頼っている。
スロベニアやそのほかヨーロッパで暮らす高齢の亡命者にとって文化的、社会的な
順応はほとんど前進がない。年をとりすぎいていちから新しい言語を覚えたり社会的な
つながりを立て直するのに負担が強く受入国の空白にとどまりがちだ。
「この悪い状況の中私たちはけしてよくなることがない」と84才のOsmanさんは
Mariborで暮らす高齢のボスニア人の苦境をもらした。妻を失った彼は必要な
すべての援助を受けてきたが、誰も彼の人生を取り戻せないと言った。彼は1992年に
離れた故郷の東ボスニアの写真を大事にしている。
対照的に、彼の20才の孫娘のMersadaさんは流暢にスロベニア語を話し簡単に順応している。
彼女は観光の勉強をしていて、いつか亡命者受け入れプロジェクトから抜け出して
ホテル経営を望んでいる。しかし多くの高齢亡命者がうつに苦しみ将来のことよりも
過去に気をとられがちであり、スロベニア政府への負い目を感じている。
「私たちは自分らが手に入れたもの、とくにこの地で安全で健康でいられることに
感謝しています」と71才のHajrijaさんは隣人とコーヒーを飲みながら語った。
ソース UNHCR News Stories 17 January 2008
Elderly refugees struggle to integrate in Slovenia (記者による訳)
http://www.unhcr.org/news/NEWS/478f7e984.html