パキスタンのナワズ・シャリフ元首相(57)は25日、約7年間にわたる
事実上の亡命生活を終え、滞在先のサウジアラビアから同国政府の
特別機でラホールの空港に到着、帰国を果たした。
元首相は2008年1月8日の下院選への出馬をはじめ、政治活動を再開する方針だ。
ムシャラフ政権にとっては、ブット元首相に続いて影響力のある政治家を国内に
抱え込む形で、一歩間違えば命取りになりかねない。
帰国の経緯については、ブット氏の勢力伸長を恐れる軍部が「対抗軸」として、
実現に動いたとの見方があるが、25日付現地紙によると、シャリフ氏の
甥(おい)は今回の帰国実現に際し、「政権とは一切取引をしていない」と否定。
サウジアラビアのアブドラ国王がムシャラフ大統領を説得したとの報道も一部にあるが、
真偽は不明だ。
ムシャラフ氏は「政権の共同運営」で実質合意したブット氏の帰国は認める一方で、
今年9月に帰国を試みたシャリフ氏は到着数時間後にサウジに追放するなど、当初、
「シャリフ抜き」の政局を描いていたのは明らかだ。
しかし、ブット氏が下院選を意識するあまり、ムシャラフ氏や軍部への批判を過熱させ、
3日の非常事態宣言発令以降、「米国はパキスタンへの軍事援助を見直せ」などと
発言すると、軍部内で危機感が急速に広がり始めた。
シャリフ氏は、1997年2月の下院選大勝を背景に軍部を支配下に置こうとし、99年
10月の軍事クーデターで「返り討ち」に遭った。シャリフ氏から権力を奪った張本人が
ムシャラフ氏で、両者の関係は悪い。だが、ブット氏に比べれば、シャリフ氏は軍部への
理解も深く、多くの軍幹部と同じ東部パンジャブ州出身であることもプラスに働いている。
シャリフ氏帰国で、非常事態宣言下での下院選ボイコットを検討している
野党パキスタン・イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派(PML―N)が選挙参加に傾き、
野党側の足並みが乱れるのは必至とみられる。
ただ、これは政権にとって「もろ刃の剣」の意味合いを持つ。
PML―Nは、シャリフ氏帰国で勢いづくとみられるが、この影響を最も受けるのが、
最大与党パキスタン・イスラム教徒連盟カイディアザム派(PML―Q)だからだ。
PML―Qは、PML―N離党者を中心に結成され、両党は支持基盤が重なる。
さらに、「政治家としてはムシャラフ氏より役者が数段上」(地元記者)のシャリフ氏が
今後、ブット氏と組んで、ムシャラフ氏の追い落としに出る可能性もないわけではない。
ソース(YOMIURI ONLINE):
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071125id25.htm