1 :
1 :
03/12/29 16:42 ID:NpnyD4Bh タリバン政権の駐パキスタン大使だったザイーフたん!
記者会見を通して世界のお茶の間にデビューして以来
応援してきたスレッドも Part14になりました!
一日も早いザイーフたんの帰還を祈りつつ・・・
これからもアフガン情報を追いながら
ザイーフたんと愉快な仲間たちをマターリうぉち&応援していこう〜!
前スレ関係、ニュース関係、情報関係は
>>2-5 へ
2 :
1 :03/12/29 16:48 ID:NpnyD4Bh
3 :
1 :03/12/29 16:49 ID:NpnyD4Bh
4 :
1 :03/12/29 16:52 ID:NpnyD4Bh
5 :
1 :03/12/29 16:52 ID:NpnyD4Bh
6 :
1 :03/12/29 16:54 ID:NpnyD4Bh
・゚・(ノД`)・゚・やっちゃった。。。
>>1 > Part14になりました!
「part16」です!!!!!
7 :
1 :03/12/29 17:05 ID:NpnyD4Bh
>>1 さん、スレ立て乙華麗〜!&ありがとう〜!。。。ムム?ダレカナ?w
私は前スレの連続投稿の途中で、スレ容量制限に気づかないまま
書き込み不能になり、その後『スレ立てホスト規制』に引っかかって
しまいましたw;;
で、新しいスレなのにいきなりで申し訳ないのですが、
ひとつの記事が2スレに分かれるのもなんなので、
送信済みの3回分を含め書き込みさせてくださいm(__)m
& これからもマターリうぉちしていきせう〜!
ロヤ・ジルガも近々終わるようですし、タリバンも新しい戦略を
考えているようだし、今後の展開もとても興味深いです。
●60 bombers ready to strike: Taliban
http://www.thecouriermail.news.com.au/common/story_page/0,5936,8277209%255E1702,00.html From correspondents in Kabul 29dec03 Source: AFP
◎カブール空港近くで情報工作員により逮捕された自爆犯と見られる男が、
(逮捕後に)自分の身体に縛りつけた爆発物を爆発させたため6人が死亡した、と
29日、アフガン当局者が言いました。
タリバンスポークスマンの1人がこの爆発への関与を認め、その目的は空港に本拠を置く
ISAFの部隊だったと言いました。
彼はさらに数十人の自爆犯が首都にいると警告しました。
カブール警察本部長ババ・ジャンは報道陣に爆発現場で語りました。「ジャラル長官と
4人のボディガードが、爆破装置を持ったテロリストを逮捕しようとしている時に
殺害されました」
ジャラルはアフガン情報部、第21情報管理職のトップでした。
「テロリスト自身を含むあわせて6人が死亡しました」 警察本部長は 容疑者は運んでいた爆発物を取り上げられた後、身体に縛り付けていた 他の爆発物を爆発させた、と言いました。 情報部幹部たちの乗った白いトヨタサーフジープは 爆発でめちゃめちゃに破壊されて いました。 「圧力鍋の中に入れた爆発物を運んでいた1人のテロリストを追跡し、逮捕したのです」 ある治安情報筋が名前を明かさずに話しました。 「彼を逮捕し、車に乗せた後、爆弾が爆発しました」 警察本部長ジャンは 爆弾犯は外国人だと言いましたが、その身元に関するその他の 詳細は明かしませんでした。
タリバンスポークスマンは この攻撃はアブドゥッラーという名前の35歳のチェチェン人 によって行われたと言いました。 「私たちは今日のカブールの自爆攻撃について実行を認めます」アブドゥル・サマドと 名乗るスポークスマンが、通信社AFPに衛星電話で語りました。 「彼は自爆攻撃を実行するためにカブール空港のISAF基地に向かって歩いていました。 もし彼が基地までたどり着くことができなかった場合には、第2の作戦として、 路上を移動しているISAFのパトロールの部隊かその他の連合軍の車両を狙うつもりでした。 しかしアフガン治安職員に逮捕されたので、自爆を行い、自分自身と他の5人を 殺害したのです」 このタリバンスポークスマンは、ISAF部隊、連合軍、国連やNGOに協力する人々、への 自爆攻撃を行う意思のある者たちが他にもいると言いました。
「60人の自爆犯グループがカブールに入りました。狙いはISAF、連合軍、国連、 NGO、そして外国人のために働く(アフガンの)人々になるでしょう」 「私たちは現在いっそう組織化されています。攻撃の焦点は今後 国境地帯よりも 都市にあわせていくつもりです」と、彼は 東部国境沿いでのタリバンの犯行とされる 暴力の高まりについて触れながら言いました。 数百人のISAF部隊がこのメイン供給ルートとしてこの空港を本拠にしています。 今回の爆発攻撃は、6月7日にドイツのISAF兵4人と自爆犯自身が死亡したカブールでの 自爆車両攻撃以来最悪の攻撃です。この攻撃はアルカイダの犯行とされています。 最近カブールの北部で起きた爆発は 歴史的会議(ロヤ・ジルガ)を妨害することは ありませんでした。会議場は数キロ西にあり、代表者たちが新憲法制定の準備を していました。
12月14日にロヤ・ジルガが始まって以来、カブールには少なくとも7発のロケットが 撃ち込まれていますが、建物などのダメージがいくつかあっただけで、死傷者は 出ていません。 (先週)木曜日に起きた爆弾の爆発は、国連のゲストハウスの壁を破壊しましたが、 負傷者はいませんでした。 アフガン軍とISAF部隊は金曜日にロケット攻撃を行っていたと見られる7人の男を 逮捕した、とカブール守備隊司令官ムハマド・アユーブ司令官は言いました。 この男たちはカブールの北東30キロにあるデー・サブズを調べている時に逮捕されました。 彼らは武装はしていませんでしたが、"テロリスト"組織とのつながりを示す ビン・ラディンのポスターとその他の書類が見つかった、と司令官は言いました。 タリバン政権が崩壊してから2年、戦士たちは軍や支援職員への定期的な攻撃を 続けています。 (終わり)
●Kabul suicide attack overshadows key Afghan debate
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL151495.htm 28 Dec 2003 By Mike Collett-White KABUL (Reuters)
>>9-13 記事の後、新しい情報や少し違った情報を見つけました。
目についたところだけ抜粋します。
◎被害者のジャン氏はファヒム防衛大臣個人の警備の責任者でした。
◎警察は自爆したとされる男を拘束した理由を話していません。
◎アフガン治安当局が『犯人は身体に爆弾を巻きつけていた』と言っているのに対し、
ISAFの報道官の1人は、それよりも自動車爆弾によるもののように見えると
言っています。
>>14 人名間違い訂正
>◎被害者のジャン氏は >>◎被害者のジャラル氏は
ジャンさんは事件についてコメントしている警察の人の名前でした;
17 :
黒ターバン ◆RGK/h/GT6g :03/12/30 03:13 ID:KV3bYLiV
サラ〜ム!
祝、新スレ (コソーリ、1さんて、誰だろ・)
>>16 〜、、例の圧力釜事件、、、謎。
ニュータリのほうへも書いたが、気になって気になって、、圧力釜が。
ロヤジルガ、、なんだかねぇ、国会中継みたいに出来んようだったな、
きっと、秘密の会話があって、公にできない内容も多々あったんじゃなかろうか?
ま、タリバンの戦略とは、
あんまり今後の動向には関係ないだろうな。およばれの無かった、
西の大親分、何をおもうぞ、そちらのほうが、気になる。
こんばんわデス〜! 祝新スレ! ザイーフたん、今どこにどんな状況か激しく気になります。 じっくり・まったり待ちませう。。。
こんにちは〜!
>>19 おお!やっぱり!>スレ立て
あらためてありがとうです〜〜!
>もう、大晦日ですねぇ・・・今年も早かった。。。
ほんとに早いですねぇ。。この速さで来年は世界では何が起きるんでしょーか、、
カブールの『自爆攻撃』事件について、今までにわかっている情報が
まとめられている記事です。『雪崩作戦』の終了についても触れられています。
●Afghanistan: Taliban Claims Tactical Shift As Police Arrest Three After Bomb Blast
http://www.rferl.org/nca/features/2003/12/30122003154458.asp By Ron Synovitz Prague, 30 December 2003 (RFE/RL)
◎アフガン治安局員は カブールで自爆攻撃を計画していたと考えられるタリバンと
アルカイダの容疑者3人を逮捕したと言っています。当局はこの男たちは12月28日に
カブール空港近くで5人の治安関係者が死亡した自爆攻撃を実行した2人の男と
つながりがある可能性を示唆しています。
タリバンがアフガニスタンの都市部には自爆の覚悟のある200人の実行メンバーがいると
主張しているさなか、カブール警察は昨日(29日)金属製の料理用深鍋に爆発物を
詰め込んだ3人のテロ容疑者を逮捕しました。
国家治安当局は カブールの混雑した地区で逮捕したこの3人のうちの1人は、パキから
来た男で、ブルカで身を潜めてその下には赤いドレスを着ていたと言いました。
--ブルカは全身を包むベールで、タリバン支配時代にはアフガン助成に強制され、
今も広い範囲で着られています。
治安関係者は3人のうちのあと2人(パキ人とアフガン人)も拘留されていると言います。 3人はタリバンとアルカイダのために働いていると主張していて、伝えられるところでは 12月28日にカブール空港近くで情報部長官アブドゥル・ジャラルを含む5人の治安関係者が 殺害された自爆攻撃と同じような攻撃を計画していたと言っている、と関係者は 話しています。 ある治安関係者は 名前を明かすことを断った上でRFE/RLに語り、(28日の)爆発は 料理用深鍋に隠された爆弾によるもので、昨日(29日)逮捕された容疑者が持っていて 発見された即席爆破装置と同種類のものだと言いました。 「あるテロリストグループが治安当局によって監視されていました。そのうちの1人が 逮捕されて、車で移送され、空港当局の治安局に向かっている途中に、圧力鍋に 隠されていた爆弾が爆発したのです」と匿名の関係者は言いました。
アフガン当局は なぜテロ容疑者が人がたくさん乗っている警察車両に爆弾を持ち込む ことができたのかは話していません。昨日報道陣の質問を受けたカブール守備隊警察 本部長ディル・アガは 当局は爆弾がどこから来たものか確認できていないと 言いました。 「私たちは 爆弾が車の中に置かれていたにしろ、誰かが外から投げ込んだにしろ、 この背後に何者がいるのかをはっきりさせるために調査が必要です。それについて今 何か言うのは時期尚早です」アガは言いました。 アフガン防衛省スポークスマンの1人は今日(30日)、12月28日の攻撃は2人の攻撃者の 仕業であるように思われると言いました --当初報道されているより1人増えています。 スポークスマンは 容疑者の1人が料理用深鍋に入れた爆発物を運んでいて、 もう1人が自分の身体に巻きつけていた爆発物を爆発させたと言いました。 彼は 2人を警察車両に乗せる前に、なぜ適切な(持ち物等の)取調べがなかったのか について、詳しい説明はしませんでした。
カブールの警官アブドゥル・ジャミルは 容疑者の遺体は爆発のせいで2人とも身元の 確認はできなかったと言いました。しかし2人ともアラブ人かパキ人ではないかと 思うと言いました。 タリバンの副軍事司令官サビル・モミン師はアフガンの山の多い南部の某所から 衛星電話でロイター通信のインタビューに答え、アフガニスタンの都市に最近200人の タリバンとアルカイダの戦士が入り込んでいると言いました。 モミンは 130人ほどの訓練を受けたタリバンが現在カブールにいて、アフガン政府庁舎、 雨軍率いる反テロ連合軍の外国部隊、国連職員、そしてNGOの支援職員に対する 自爆攻撃を行う準備が整っていると主張しました。 モミンはまた、タリバンの持つ資源は限られているが、先日のカブールの爆発で使われた ような強力な即席爆弾を製造することができると言いました。
アナリストたちは もしモミンの主張が本当なら、タリバン残党とアルカイダの戦略の 転換は アフガニスタンにいる12,000人の外国連合軍兵士と6,000人近いISAF人員の 懸念材料となりうると言っています。 この夏以来、アフガニスタンでの破壊的なゲリラ攻撃のほとんどは南部と東部の 遠隔地域で起きています。 一方、雨率いる連合軍は今日、アフガニスタン南部と東部での反乱勢力を一掃する 大規模な軍事作戦を終了したと言いました。雨軍スポークスマンのヒルファティ中佐は カブールで報道陣に語り、『雪崩作戦』での部隊人数2,000人と戦術エリアの範囲 233,000平方キロメートルというのは、今までで最大規模の連合軍の(掃討)軍事作戦 だったと言いました。 ヒルファティは この作戦でライフル銃、ピストル、RPG、曲射砲、さらにロケット、 砲弾、地雷、その他弾薬類の置かれた貯蔵所を暴いたと言いました。 そして連合軍によって 100人以上の『敵』人員が逮捕され、10人が殺害された、と 言いました。 (終わり)
謹賀新年デス〜!本年も宜しくです∀・)ノ
>>27 いよーっ、色男! いいですなぁ!!
ありがとう〜
29 :
怒髪天女 :04/01/01 14:59 ID:x4UxB0ga
新年明けましておめでとうございます かわいい!さん、待ってました! 今年も、ちょこちょこおじゃまします、よろしくドウゾ。
あけましておめでとうございます〜!
今年もよろしくお願いします。
>>26 一瞬「今年はヘビ年?!」と思ってしまいましたw!
でもよく考えたら、インドネシア(イスラム圏)の話だから
関係ないですよねww
観光資源としてこのまま飼われていくのかもしれませんが、
大切にされて身体と同じように長く生きて欲しいです>ヘビたん
>>27 ステキなお正月画像ありがとう〜〜!
ラディたんも和の渋い魅力ですが、
ザイーフたんがなんだかとっても男前です!
●Fashion designer says NWFP people not Taliban
http://jang.com.pk/thenews/jan2004-daily/01-01-2004/national/n5.htm January 01, 2004 By Javed Aziz Khan PESHAWAR
(要約)
パキ・北西部辺境州出身初の若い女性ファッションデザイナー、サラー・ジャヴェド・
ガンダプルは、自分の州の人々は伝統と慣習を尊重すると同時に現代的で文明化された
人々であり、タリバンとは違うと言っています。
弁護士一家の一員の彼女は、パシュトゥン文化を現代的なタッチで世界に紹介し、
(タリバンとは違うということを)世界に証明して見せたいと考えています。
>>31 記事の翌日の様子です
●Afghan Constitutional Convention Adjourned
http://www.theledger.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20040101/API/401010575 January 1, 2004 By STEPHEN GRAHAM Associated Press Writer KABUL, Afghanistan
(要約)木曜日、ロヤ・ジルガのいくつか残された修正事項に関する票決が、
カルザイと対立する勢力のボイコットを受けて土曜日まで延期されることになりました。
関係者の話では、502人の参加者の半分以上は木曜日に自分の票を投じ、
それは結果を出すのにじゅうぶんな数でしたが、舞台裏での数時間の口論の後、
妥協を見出す時間を稼ぐために土曜日まで会合は中止になりました。
●9/11 rugs: Kabul to the East Village
http://www.thevillager.com/villager_35/911rugs.html Volume 73, Number 35 | December 31 - January 6, 2004 By Michael Luongo
前スレか前々スレに載せたアフガニスタンの"戦争柄"じゅうたんについての記事です。
写真
http://www.warrug.com/ イタリア系雨人でニューヨーク市民である取材記者が 9.11柄じゅうたんを
アフガニスタンで買ったときの体験談、それを持ち帰ろうとした時期が
たまたまトルコのテロ事件のすぐ後だったため、
『金髪&青い目のアメリカ人』ではない記者が 経由したイスタンブールの空港で
テロリストに間違えられた話、
そして9.11柄じゅうたんを今の普通の雨人がどんな気持ちで受け止めるのか、、と
いったことが書かれていてとても面白かったです。
38 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/02 22:58 ID:J+ytRbnc
39 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/02 23:02 ID:Wy9lyn3w
こんばんは〜!
●Afghan Aid Worker Abducted in Afghanistan
http://www.macon.com/mld/macon/7636320.htm Jan. 05, 2004 NOOR KHAN Associated Press KANDAHAR, Afghanistan
(要約)
支援団体のために荷物を運んでいたトラックに同行していた小型トラックの
アフガン人運転手が、ザブル州内でタリバンと見られる武装グループに誘拐されたと
月曜日にアフガンの警察は言いました。
誘拐を阻止しようとした地元の2人の住民が撃たれて負傷しました。1人は重傷です。
小型トラックも持ち去られましたが、荷物を運んでいた2台のトラックは無事でした。
タリバンスポークスマンの1人、ラティフィ師は月曜遅くにAP通信に衛星電話を
かけてきて、誘拐の実行を認めました。
地元民を撃ったのはアクシデントだったと言いました。
運転手の身柄釈放の条件は後で発表するそうです。
●US, Afghan troops raid Kandahar compound
http://www.pakobserver.net/200401/06/view/?page=1&id=9 JANUARY 06, 2003
(要約)
日曜の朝、ウルズガン州デー・ラウードのある敷地構内を雨&アフガン部隊が
急襲し、1人の容疑者が負傷したことを 月曜日に雨軍が明かしました。
ウルズガン当局は この襲撃は先週土曜日に雨軍車列が攻撃を受け、2人の雨兵士が
負傷したことへの対応だと言いましたが、雨軍報道官はその件は否定しています。
ウルズガン州知事の話では この敷地建物は旧タリバン政権に近い部族指導者
ハジ・グラム・ナビのもので、急襲でナビの親類3人が拘束されたけれど
ナビ自身は逃れたということです。
月曜日に雨軍が明かした別の件ですが、先週金曜日に雨軍はクンドゥズ東部の
麻薬精製施設を空爆・急襲し、数人を拘束しました。
施設には1・5トンのアヘンがありました。
アフガン側当局者の話では、施設のあった場所は雨軍発表よりもっと西部だと
いうことです。拘束者の中には 地元民の他に、麻薬栽培が伝統的にいっそう
さかんなナンガルハル州の者たちがいました。
48 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/06 10:52 ID:NMK1+duA
>>47 自己レス
ぼんやりしていて 今 気がつきました。
47の記事のタイトルにはカンダハルとありますが、中身にでてくるのは
ウルズガン州と、北部の麻薬施設のことだけです。
ウルズガン州はカンダハル州の北にあります。デー・ラウードは
オマル師の出身地と伝えられている村or町で、カンダハル寄りにあります。
ナイジェリアの記事です。知識がないため、国情・地名・組織名などの理解と
カタカナ表記に間違いがあるかもしれません。
●Talibans strike again, kill policeman in Nigeria
http://allafrica.com/stories/200401050676.html January 5, 2004 Lagos
◎アフガニスタンのタリバン活動を思い起こさせる急進的イスラムグループが
ヨベ州州都ダマトゥルを襲撃し、警官を1人殺害した、と 州知事ブカル・
アッバ・イブラヒムが昨日言いました。
ムハジルン宗派のおよそ200人のメンバーが先週木曜の朝 州都で空中に発砲し
騒乱を起こして、3ヶ所の警察署を奪いとりました。
この攻撃は先月の末、イスラム急進派が起こした2つの事件に続くものです。
その事件とは北部地方でイスラム急進派と治安部隊が衝突し、1人の警官と
3人の急進主義者だという者たちが死亡したものです。
ムハジルンは主に中流階級のナイジェリア大学の卒業生たちで、『サウジアラビアの
イスラム教ハッハーブ派の原則に従ったイスラム国家』というタリバンのビジョンに
刺激を受けていると考えられています。
「自分たちをタリバンと呼ぶこのグループはマイドゥグリ市の北東部を3ヶ月前に 出発して、ヨベ州とニジェール共和国の間の開放地区に落ち着きました。 イブラヒム州知事は、州政府は地元住民の苦情を受けて、このグループに 移動するよう説得を試みたが、彼らは言うことを聞くどころか治安部隊に向かってきて、 2つの暴力事件を起こしたと言いました。 「木曜の朝、彼らはこの州都のいくつかの警察署を攻撃しましたが 追い払われました。 グループメンバーのほとんどは この国で非常に影響力を持つ人々の子供たちです」 知事は付け加えてそう言いましたが、詳細は述べませんでした。 木曜日に1人の警官が殺され、先月には当局者が1人ダマトゥルの北240キロにある カナンマで先月殺されています。ダマトゥルはニジェールとの国境にある北部の 辺境地です。 ムハジルンの起こした衝突は プラトー州の南部ジョスが緊張状態にある最中に 起きました。ジョスでは先月別のイスラムグループに警察が手入れをし、3人が 死亡しています。 (終わり)
今日は自己レスが多くてほんとに申し訳ないです。
>>55 の訳文1行目
>タリバン活動を思い起こさせる急進的イスラムグループ
↓
>タリバンの運動に刺激を受けた急進的イスラムグループ
明けましておめでとうございます! >▲ブラジルが意趣返し 米国人だけに指紋採取と顔写真撮影 日本でも導入して欲しい(^^ >あげ玉ちゃん 翻訳記事、感謝してますです。 で、 イスラム教ハッハーブ派 → イスラム教ワッハーブ派 ですよね?
>>58 ああっ!ヽ(´д`;)ノ
そうです!ワッハーブです〜〜;
●Taliban sorry for "mistake" that killed 16 Afghans
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL188972.htm KANDAHAR, Afghanistan, Jan 7 (Reuters)
◎タリバンは水曜日、カンダハルの爆弾攻撃で多くの子供を含む16人の人々を殺害した
ことを謝罪しました。そしてそれは雨部隊をねらった攻撃だったと言いました。
タリバンは当初、子供たちの下校時間に軍の敷地近くで起きた火曜日の爆発との関与を
否定していました。
この爆発は 四半世紀の流血の時代の後、平和と安定の時代が来るようにアフガン人が
希望を込めた新憲法がカブールで採決されたちょうど2日後に起きました。
「あれは私たちのムジャヒディンによる間違いでした」タリバンの上級司令官サビル・
モミン師は衛星電話で言いました。
「私たちは 地方再建チーム(PRT)の事務所を狙いたかったのですが、小さなミスで
この作戦は失敗しました」と彼はロイター通信に語りました。
PRTは 主にこの国の雨連合軍の傘下にある民間の武装した組織で、治安の改善と
再建の取り組みを支援するためにアフガニスタン全体に展開しています。
タリバンとその同盟者の犯行とされる暴力の多発で 極めて重要な支援任務がこの国の 3分の1ほどの地域で中断されています。 モミンは 雨&連合軍部隊は あの爆発が起きた道を定期的に通っていると言いました。 爆発のすぐ後、1人の人物がアフガン当局に逮捕されました。 しかしモミンは その人物のことは知らないと言い、(関与した)タリバン兵は バイクで逃走したと言いました。 埃っぽく荒涼とした、かつてのタリバンの本拠地の住民に対して モミンは 雨軍やアフガン軍の建物から離れているようにと促しました。そういう場所は 近々攻撃されるだろうと言いました。 火曜遅くに雨軍が出した声明は この残虐行為がタリバンによる犯行だと 断固として 非難しています。 「この犯罪的攻撃は 残酷で抑圧的だった旧政権の勢力がいまもアフガン人の成功を ひっくり返そうとしていることを 私たちに思い出させます」
タリバンと、アルカイダを含むその同盟者は 外国軍、雨に支えられたカブールの政権、 アフガン軍、支援職員に対して ジハードを宣言しています。 カンダハルの当局者は水曜日に 死亡者の数は16人にのぼり、その中には少なくとも 8人の子供がいると言いました。その他に50人が負傷しています。 雨軍とアフガン軍は別個の展開で、『重要なタリバンの司令官』を逮捕するために 国境の町スピン・ボルダクで作戦を開始したと あるアフガン人司令官は言いました。 町の上空をヘリコプターが飛んでいましたが、戦闘に関する報告はありませんでした。 この作戦が 今回のカンダハルの爆発と関連しているのかどうか 今のところ はっきりわかっていません。 アフガニスタンにはタリバン&アルカイダのイスラム武装派を追うために 12,000人の 雨の率いる連合軍が駐留しています。主に南部と東部でこの8月以降、400人以上の 命を奪っている攻撃と戦闘の波を連合軍は防ぐことができていません。 (終わり)
>>61-63 関連と別件の記事です。 記事タイトル2行目に
「タリバンが謝罪」とありますが、記事本文には出てきません。
●U.S. forces chase suspected Afghan bombers
Taliban official apologizes for attack that killed 15 people
http://www.msnbc.msn.com/Default.aspx?id=3885573&p1=01%7C%7C%7C%7C003 The Associated Press Jan. 07, 2004 KANDAHAR, Afghanistan
◎その多くが子供だった15人の市民を殺害した爆発事件の容疑者を追って 雨軍は
パキ国境に近い町を徹底的に調べた、と水曜日に軍報道官は言いました。
火曜日に破壊的な爆発事件の起きた南部カンダハル市とパキスタン国境の間にある町
スピン・ボルダクで雨軍の捜索作戦が集中的に行われた、と雨軍報道官ヒルファティは
AP通信に語りました。
「連合軍は火曜日の攻撃に関わったとみられる容疑者を追っています」
ヒルファティは電子メールで言いました。
雨軍はこの爆発事件に関してタリバンを非難していますが、ヒルファティはそれ以上の
詳細は述べませんでした。
時限爆弾は大勢の子供が歩いていたカンダハルの通りに置いてあった手押し車に 隠されていました。その数時間後に隣のヘルマンド州で起きた路上の銃撃事件と あわせて 南部アフガニスタンでは火曜日に27人が死亡しました。 この銃撃事件は火曜日の夕方に起きたもので、武装グループが2台の車を止めて発砲し、 12人を殺害した、と当局は言いました。 ○2年たっても治安は悪い 残酷なタリバン政権が崩壊して2年たちますが、アフガン政府とその外国の支援者が 4半世紀近くの戦闘で疲れたアフガン人に治安をもたらすことに失敗していることを これらの暴力事件は明確に見せています。 スピン・ボルダクのある当局者は 火曜遅くに100人以上の雨兵が地区の官庁(複数)を 立ち入り禁止にしたと言いました。 雨兵たちはすべての部屋を捜索しましたが、容疑者は見つからなかった、と 匿名を条件に この職員は話しました。
タリバンスポークスマンの1人、アブドゥル・ハキム・ラティフィ師は 雨軍が捜している男はタリバン軍の地元司令官のアミン・サヒブ・ザダだが、 彼はその地域にはいないと言いました。 「彼はまったく無事です」とラティフィは衛星電話でAP通信に語りました。 カブールの南西およそ250マイルで起きた、ヘルマンド州の車道上の銃撃事件は 誰が実行したのかはっきりわかっていません。州知事モハメド・ワリ・アリザイは AP通信に、犠牲者は全員 圧倒的にパシュトゥン人の多いこの地域に住むハザラ人 だったと語りました。そしてこの事件の攻撃者たちは、民族間の緊張を引き起こしたい のだろうと示唆しました。 銃撃事件は爆弾事件はここ数ヶ月、アフガニスタンの南部と東部ではありふれたことに なっています。タリバンはそういった事件の多くに関与を認めています。 暴力行為は来年6月に予定される国政選挙のタイムテーブルを脅かしています。 そしてパキスタン国境沿いの広い地域で再建作業をほとんど停止させています。 (終わり)
●Hazrat Ali provided safe passage to OBL from Tora Bora
http://dailymailnews.com/200401/06/news/107.html (記事に日付がありませんが、URLをみると1月6日です)
東部ナンガルハル州の元警察本部長ハジ・モハメド・ザマンは 彼が主張する
『2001年12月にビン・ラディンはトラボラからの安全な逃げ道を提供されていた』と
いう話をワシントンタイムズの報道が裏付けた、と言いました。
ザマンは自分の住むバドブヘルで報道記者たちに語り、2001年12月のトラボラの空爆の
前に ジャララバードの部隊司令官ハズラト・アリの軍によって、ビン・ラディンは
安全な道を提供されたと 自分は何度もメディアに話してきたと言いました。
先週の2003年12月に発行された雨の情報は『あのサウジの億万長者はトラボラの
アルカイダ施設にいた。そして居場所をはっきり突き止められて大規模な軍事攻撃が
行われる直前に逃れたが、それはハズラト・アリの部隊の支配する地域を通ってのこと
だった』とザマン氏が話していることを裏付けています。ハズラト・アリは
ビン・ラディンを守ったために非難されています。
ザマン氏は「私の部隊の者たちはトラボラの右側を支配していました。そして こそこそと出入りするのに使われていた左側は あの軍事作戦中 ハズラト・アリの 指揮下にありました」 彼はまた、ハズラト・アリの部下のヒサヘル、ミラジュッディン、ハサン・カーンは オサマと共に逃走したとき持っていた衛星電話と一緒に今も行方不明だと言いました。 ザマン氏は ハズラト・アリの部隊が捕らえたアルカイダメンバーは9人だったのに対し、 自分の軍が捕らえたのが41人だったことは、オサマ捕獲作戦に対する自分の誠実さの 明らかな証拠だと言いました。 彼はまた オサマ、アルカイダ、タリバンと自分は一切つながりはないと言い、 強硬路線には激しく反対していたと主張しました。 (終わり)
>>55-59 "ナイジェリアのタリバン"の続報です。
●Troops Kill 5, Arrest 47 Islamic Radicals in Yobe
http://allafrica.com/stories/200401070466.html January 7, 2004 KANO
*タリバンのように厳しいイスラムの戒律で地域を治めたいと考えている
ナイジェリアの若いムスリムの集団が武装化し、
最近北部で軍や警備隊と衝突しているということですが、
先週金曜日からの鎮圧作戦で多数が拘束・殺害されたらしいです。
で、そのグループのリーダーは『オ マ ル 師』というあだ名で、
今回 逮 捕 さ れ て しまったそうです。。ヽ(´д`;)ノ
>>61-63 関連
●Taliban deny hand in Kandahar blast (記事は下の方にあります)
http://jang.com.pk/thenews/jan2004-daily/08-01-2004/national/n12.htm January 08, 2004 our correspondent PESHAWAR:
◎タリバンは学校帰りの子供を殺害したカンダハルの爆発事件との関与を否定し、
代わりに爆発に関してタリバン活動に敵意を持つ勢力を非難しました。
タリバンスポークスマンのハミド・アガは 自分たちは一般市民に危害を加えていないと
言いました。「私たちは祖国を占領している雨人およびその同盟者と戦っています。
潔白なアフガン人、もちろん子供たちを殺すことは私たちのポリシーではありません」
アガはThe News紙にそう語り、主張しました。
別のタリバンスポークスマン、ラティフ・ハキーミは アフガン政府と雨政府は
アフガニスタンで起きるすべての暴力行為をタリバンのせいにしていると主張しました。
「やっていないことで私たちを非難するのは不当です。普通のアフガン人は私たちを
守り、食料その他の支援を与えてくれます。そういう人々に危害を加えることなど
想像できません。なぜ思慮なく爆弾で人々を殺して、一般アフガン人が私たちに
反感を抱くようにする必要があるでしょう?」彼は力説しました。
73 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/09 11:17 ID:YefaQtZE
あの金持ち父さん貧乏父さんの著者、ロバート・キヨサキさんの
金持ち父さんになる方法。今朝の新聞にも掲載してありましたね。
日本ではまだネットビジネスに対して不信感を抱く方が多いと思います。
それはねずみ講やマルチまがいのビジネスが横行している為です。
しかし全てが間違ったビジネスではないのです。
日本とさほど物価の変わらないアメリカの多くの人が不労所得を得て、
広い庭に大きな家を建てています。日本でも不労所得を得る時代がやってきました。
私も毎日この情報を元に3万〜5万円程稼いでいます。先月は90万円以上稼ぎました。
しかもネットとメールだけで、誰にもばれず誰にも会わず。
これがこの最強情報です。
http://user.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/takayo552003?
●Soldiers hurt in Afghan blast
http://theaustralian.news.com.au/common/story_page/0,5744,8353140%255E1702,00.html January 08, 2004 Source: AFP
◎2人のアフガン兵士が8日、兵舎の屋上の見張り所のそばに置かれていた爆弾で
負傷しました。この兵舎は今週初めに2回続けて起きた爆発で15人の子供が死亡した
事件現場から遠くない場所にあります。
東部カンダハルに広がる軍の兵舎の、端の建物の屋上で今回の爆弾は爆発しました。
被害者は警備任務についていた兵士たちでした。1人の兵士は片脚を切断しなければ
なりませんでした。もう1人は軽症だけですみました。
この兵士たちの部隊指揮官ファイズ・モハメドはこの件をタリバンの犯行とみて
非難しました。
今回の爆発は 先日ひとつの小さな爆発が起き、それに興味を持って寄ってきた
子供たちのグループを その2〜3分後 手押し車に隠されていたもう一つの爆弾が
吹き飛ばした事件の現場から およそ100メートルのところで発生しました。
昨日の夕方、市内で別の爆弾がみつかり、信管が抜かれたと副警察本部長の
サリム・カーンが言いました。この爆弾は繁華街のバスターミナル近くで、
藁の下に隠されているのがみつかったものだとカーンは言いました。
>>78 雑談に自己レスはトホホなのですが、、
>もし地球人(雨人)がある程度自由に火星に行き来できるようになったら
↓
>もし雨軍&雨宇宙開発関係者だけが火星に行きたいときに行ける状況になったら
いもしない火星人をでっち上げて
で、結末は
>>76 >★大量破壊兵器捜索チームの一部、ひそかに撤収 米紙報道
デス
82 :
朝まで名無しさん :04/01/10 16:17 ID:28ZPRYcM
>>81 >藪双子
藪家の子育て・・・男の子なら「たとえDQNでも将来は大統領にする」という
明確な目標をもって育てられるけど、女の子だと まったく野放図に
なってしまうのかもですね〜〜;
ところで さっき日テレの夕方6時台のニュースで
アフガニスタンレポートをやっていました。
カブールの女性の生活ぶりがテーマでしたが、不安定要因の説明のところで
ほんの一瞬オマル師からパキメディアに送られてきた音声テープが流れました。
録画し損ねたので深夜のニュース枠でもう一度やってほすぃです。
こんにちは〜!
>>84 こういうおかしな点をメディアはチクチクつついてほしいですねぇ。。
前スレの後半で何度か話題に取り上げたフランス人ジャーナリストの記事です。
●Two French journalists jailed in Pakistan
http://www.globeandmail.ca/servlet/story/RTGAM.20040110.wpaks0110/BNStory/International/ Jan. 10, 2004 Associated Press Karachi, Pakistan
◎土曜日、パキスタンの法廷は当局の許可なくアフガン国境沿いのエリアに行った
2人のフランス人ジャーナリストにビザの違反で懲役6ヶ月を言い渡しました。
フランスのL'Express誌で働く記者と写真家のEpsteinとGuilloteauの2人はまた
各々2,300カナダドル相当の罰金を科せられました。(*他記事によると1,750雨ドル)
裁判官ヌズハト・アラ・アルヴィは この2人は許可なく南西部の都市クウェッタに
出かけたことで、パキスタンの出入国管理法に違反したと判定されました。
警察は フランス人たちのビザは首都イスラマバード、ラホール、カラチに行くこと
しか許可していないと言っています。
ジャーナリストたちは事情聴取を受けた後、カラチの刑務所に送られました。 被告側弁護人ナフィース・サディキは 2人は上告するつもりだと言いました。 2人のジャーナリストは12月6日に、パキ人ジャーナリストのハワル・メヘディ・ リズヴィと一緒にこの南部の港町カラチで逮捕されました。リズヴィは彼らに 協力していた人物で、今も拘置所にいると考えられています。 パキスタン当局はまた、フランス人たちは偽のドキュメンタリー制作に関与していて この地では微妙な問題となっている『アフガニスタンからパキスタンに密かに 入り込んでいるタリバン』の様子をみせようとしていたと言っています。 しかし彼らはビザの違反の件以外では告訴されませんでした。 (終わり)
●Afghan Violence Kills 4 Suspected Taliban
http://www.sunone.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20040110/API/401100806 January 10. 2004 By NOOR KHAN Associated Press Writer KANDAHAR, Afghanistan
◎タリバンとみられる者たちが 定期的にアフガン兵が通る路上に爆弾を置こうとして
予定より早く爆発が起き、4人が死亡したと 土曜日に当局が言いました。
◎一方、麻薬密輸業者と見られる者たちが5人のアフガン兵を射殺しました。
先週の日曜日にこの国でタリバン後最初の憲法が批准されて以来、アフガニスタンの
南部では暴力の波が広がっています。
4人の(タリバンとみられる)遺体は タリバンの本拠地だったカンダハルから
北西に約70キロのヘルマンド州のムサ・カラとサンギンの間の路上で発見されました。
州政府報道官のモハメド・ワリ・アリザイはAP通信に この男たちはタリバンとの
つながりを示す衛星電話の番号の書かれた書類を持っていたと語りました。
しかしそれ以上の詳細は述べませんでした。
「彼らはタリバンで、この地域をよくパトロールしているアフガン兵を狙って
爆弾を置こうとしていたのです」アリザイは言いました。
4つの時限爆弾と5つの無線セットが遺体のそばで見つかりました。 この事件は 15人のアフガン人一般市民--ほとんどが子供だった--を殺害した カンダハルの爆弾事件とその北部のヘルマンド州の銃撃事件で あわせて27人の 市民が死亡した日から4日後に起きました。 これらの暴力事件は タリバンが追放されて2年たっても雨&アフガン軍が彼らを 鎮圧できていないことを明らかにし、また、新憲法の下でこの夏に行われる予定の 選挙のタイムテーブルを脅かしています。 さらなる暴力が土曜日に発生しました。カンダハル州のショラバクに近い遠隔地の 軍国境検問所を20〜25人の武装集団が攻撃しました。そこに配備されていた10人の 兵士のうち、5人が死亡し、2人が負傷した、と副州知事モハメド・ハナス・カーンは AP通信に語りました。 ここにいた兵士たちは人数が少なかったため、「反撃の機会がなかった」と カーンは言い、加えて 攻撃者たちは増援部隊が到着する前に逃走したと言いました。 (終わり)
>>85 下から3行目訂正
>違反したと判定されました。 >>違反したと判定しました。
NHK BS-1で今夜これからやるみたいです。 22:25 BSプライムタイム「CIA秘められた真実(1)暗殺工作」元職員の証言 23:14 BSプライムタイム「CIA秘められた真実(2)冷戦の終えん予測できず」 00:03 BSプライムタイム「CIA秘められた真実(3)テロとの戦い9・11の失態」
93 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/12 11:07 ID:VNLAJzKH
94 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/12 23:05 ID:8gW8ArDR
しばらくプロバイダがアク禁中だったので昨日のネタを。
http://www.mainichi.co.jp/eye/yoroku/200401/11.html 毎日新聞の余録子には、アメリカの対アフガン政策、対イラク政策を支持している
人がいるみたいで、昨日の余禄もそういうニュアンスです。
ただ、
>戦乱が続いたアフガニスタンでは、米国憲法にもない「男女平等」を明記した
>新憲法ができた。10年前なら、想像もできないことだった。今は誰もが祝福の
>気持ちでいっぱいだ。復興の道は険しくとも心から成功を祈りたい。
「今は誰もが祝福の気持ちでいっぱいだ」はいかがなものかと思う。
余禄子は、アフガンの隅々までを取材して上記のように判断されたのか。
米軍の誤爆で殺された子供たちの親も新憲法の発足を祝っているのか。
私には、多少余禄子の願望が滲み出ている記事に思える。
>>91 本日のBSプライムタイムもお買い得でした。
大仏様恫喝・拉致・監禁から歓喜の帰還まで・・・緊張しながら見ましたが録画し損ねて残念。
>>95 ああっ!見逃しました!;
●Newly trained Afghan soldiers desert army
http://news.iol.co.za/index.php?click_id=126&art_id=qw1073837702776A125&set_id=1 January 11 2004 AFP
◎アフガニスタン国軍(ANA)の数千人もの兵士が雨国から来た教官の訓練を終了した後
創設間もない軍の兵役を放棄していると 日曜日に防衛省関係者が言いました。
「およそ3,000人のANA兵士が軍から逃げました」閣僚のモハマド・ザヒル・アジミ将軍は
言いました。
「防衛省は 彼らは戻ってきて軍に加わらなければならない、そうしないなら
訓練にかかった費用をすべて払わなければならないだろうと発表しました」
この兵役の放棄は およそ1万人規模の始まったばかりのANAにとって深刻な打撃だと
ザヒル・アジミは言います。一方、国際監視員は ANAの人数の実態は7,000人に
近いと考えています。
たとえ将来7万人に増加すると予測しても、現在政府当局によって武装解除と
復員作業を受けている10万人の武装民兵の数と比べると少ない数です。
厳しい訓練、安い給料、そして今なおカブール以外の地方一帯を広く支配している 私兵部隊とのつながり、などが 集団脱出の背後にあると考えられます。 職場放棄者にいくらのお金が費やされていたのかははっきりわかりませんが、新兵は 訓練期間中50ドルを受け取り、その後、月給を最低で70ドル受け取っています。 それに加えて、輸入物の軍服と授業料がかかるほか、兵士は1日7ドルの食事手当てと もしカブールの外に演習に出た場合はひと月に60ドルを受け取ります。 ANAはタリバンが追放された後の2002年3月に創設されました。 ANAは志願兵を受け入れています。そして当初、地方の民兵指揮官や軍閥たちは 自分の部隊のいくらかの人員を国軍に加わえるように指示を受けていましたが、 今はストップしています。 「民兵指揮官たちはANAに有能な兵士ではなく弱い怠け者たちを紹介してきました。 それらの者たちは厳しい訓練に耐えられませんでした」ザヒル・アジミは言いました。 「彼らに支払われていた給料は 他のことで一ヶ月に稼げる額より低かったので 彼らは去って行きました」
*
>>97 の投稿番号は 2/3の誤りです。
「今は全員志願兵にしたので ここ数ヶ月は兵士の逃亡が起きていないのです」
アフガニスタンは30年近くの戦争に耐えてきました。1992〜1996年の内戦は
国軍を含むすべての政府機関を破壊しました。
2001年のタリバン崩壊後、ボン合意は 武器をかき集め、民兵の武装解除をするために
国軍と警察部隊のプランを立てました。
ANAの形成は雨軍が監督していましたが、イギリス、ニュージーランド、フランスも
支援していました。ドイツ、ブルガリア、ルーマニア、カナダ、韓国、モンゴルも
技術支援をしていました。
派閥同士の戦闘と司令官たちによる人権侵害に悩まされている地方に政府の権限を
拡張しようと試みているカルザイ大統領にとって、私兵部隊の武装解除は優先順位の
高い項目のひとつです。
(終わり)
99 :
黒ターバン ◆RGK/h/GT6g :04/01/13 02:49 ID:Pp6Afybk
サラ〜ム!!
すまん、ここしばらく、こちらのほうを見てなかった、
>>72 やっぱ、そうか、ニュータリのほうに、ハミド・アガ氏のコメントを
聞きたいと書いたが、やっぱ、そうか、(ホッ!)
>>67 おー、ハズラットアリ!!なるほど、面白い記事、
アフガン東部地区、互いに競り合っている同士じゃないかい?山本氏のレポートを
思い出す、、(、彼らはお互いに、おまえだ、君だ、あいつだ、と、言い合いながら
でも、なんだかんだいいながら、結局は、ラディン氏を雨に引き渡すこと誰一人としてはしなかった
アフガン人らしい、よく健闘している、というふうなレポートであった)
◆ザマン氏についての過去記事がある、、、こんないきさつもあったんだなぁ
http://www.alles.or.jp/~tariq/homogenous/teronewsE.html [朝日新聞1月5日]
>アルカイダ捜索中の地元部隊で仲間割れ、5人死亡
>アフガニスタン北東部ジャララバードの消息筋によると、ナンガハル州チャパルハル周辺で
>アルカイダ残党の捜索をしていた地元部隊が3日、仲間割れを起こして銃撃戦になり、5人が死亡、
>6人がけがをした。事件に関係した数人が5日に逮捕されたという。
>消息筋によると、カディール州知事の部隊とザマン同州司令官の部隊が捜索に当たっていた。
>ザマン部隊が「この地域にはアルカイダはいない。我々の仲間だ」と主張したが
>カディール部隊が捜索を続けたため、銃撃戦になったという。(01/05)
>>99 >ハミド・アガ氏のコメント
ここ数ヶ月、アフガン南部・東部で民間人が巻き込まれる事件がおきたときに
タリバンスポークスマンの、主にモミンさんとアガさんの間で
『タリバンの責任を認める・認めない』と正反対のコメントが出されることが多いですね。
結局真相はわからず、どちら側のスポークスマンもその後失脚することなく
登場しつづけているのが不思議だな〜と思っています。
この記事でアガさんはモミンさんを「タリバン(代表者)ではない」と言っていますが
http://jang.com.pk/thenews/dec2003-daily/10-12-2003/main/main11.htm モミンさんはタリバンの活動が活発化し始めた去年の春ごろからずっと登場している
人ですし、このアガさんの発言をそのまま信じる気になれません。
『事件の真相がわかる』とか『オマル師がどちらかのスポークスマンを否定する』とか
『どちらかが失脚しメディアに登場しなくなる』…というような判断材料を
得られるまでは どちらの発言もニュートラルに耳を傾けていきたいなと思っています。
*オマル師が否定…に関しては 記事が出ているのに見落としているかもです。
ご存知の方がいらしたら、教えていただけるととてもたすかります。
●Suspected Taliban Kill 4 Afghan Officers
http://www.belleville.com/mld/belleville/7691347.htm Jan. 12, 2004 Associated Press KANDAHAR, Afghanistan
◎ライフル銃を装備した数十人のタリバンと見られる兵士たちが 月曜日に
警察検問所のひとつを攻撃し、4人の警官が死亡した、と州知事が言いました。
この攻撃は南西部の州ニムロズで発生したと ニムロズ州知事カリーム・バラヴィは
言いました。
当局はニムロズに隠れていると思われるアルカイダとタリバンを追跡するために
最近数ヶ月ニムロズの警備を強化しています。
2001年に雨連合軍のアフガニスタン攻撃で政権を転覆させられたタリバンは 再編して、
警官や兵士が雨軍やカルザイ政権のために働くのを妨害するために攻撃を増しています。
これらの暴力事件はパキスタン国境に近い南部と東部に集中していますが、北部でも
事件は起きています。
北部の主要都市マザリシャリフでは日曜の夕方、フランスの支援組織・技術協力開発機関の 事務所の前で爆弾が爆発し、警備員と作業員それぞれ1名が負傷したと この市担当の アフガン軍スポークスマン、クアドゥラトゥッラー・ハムダードは言いました。 取調べの一部として 2人の(支援組織の)被雇用者が交流されています。 先週木曜日には 警察は市の国連事務所近くの溝に置いてあった爆弾を取り除いて 破壊しました。 これらの暴力行為は 雨&アフガン軍がタリバン追放後2年たっても彼らを鎮圧できて いないことと、新憲法の下でこの夏予定されている選挙のタイムテーブルが脅かされて いることを明確に示しています。 先週アフガニスタンでは少なくとも36人の人々が暴力行為で死亡しました。 その中には カンダハルの2回つづけて起きた爆発事件で死亡した一般市民15人が 含まれます。そのほとんどは子供でした。 先週には 4人のタリバンとみられる者たちが 定期的にアフガン兵士が移動に使う ヘルマンド州の路上に爆弾を設置していて、予定より早く爆発が置きて死亡しました。 (終わり)
●Taliban claim killing of 10 Afghan soldiers
* One injured in blast near NGO in Afghanistan
* US death toll 100
http://www.dailytimes.com.pk/default.asp?page=story_13-1-2004_pg7_43 January 13, 2004 AFP KANDAHAR:
*
>>102-103 の別記事です。
こちらではタリバンスポークスマンのひとりハキム・ラティフィさんが
「タリバン兵が月曜日にニムロズ州ハシュルド地区の軍検問所で政府側兵士10人を
殺害した」と言っています。
102-103記事に出てくるニムロズ州知事も「自分が確認している死亡者数は4人だが
それ以上の死亡者が出ているかもしれない」と言っています。
マザリシャリフの爆発事件については 現地の当局は犯罪ではなく事故の可能性も
あるとみているようです。
他に
>>101 のアフガンでの雨兵死亡者数について触れられています。
●Two French Journalists Freed in Pakistan
http://www.diario.com.mx/nota.asp?notaid=542b0d236eaa6e41b85fcf4d7421ab70 1/12/2004 SHEIKH SABIR Associated Press KARACHI, Pakistan
◎許可なくアフガンとの国境付近に行った後、パキスタンのビザ違反で6ヶ月の刑を
言い渡されていた2人のフランス人ジャーナリストが釈放された、と月曜日に
発表がありました。
シンディ高等裁判所の裁判官は 記者のEpsteinと写真家Guilloteauに対して
土曜日に課された6ヶ月の判決を7日に引き下げました。彼らはすでに警察の拘置所に
長く拘束されていたので、そのまま釈放されました。
フランスのL'Express誌で働くこのフランス人たちの釈放は、先週フランスの
ドヴィルパン外相からパキのカスリ外相に電話があったことなど、この事件への外交上の
動きに続いて行われたものです。
「これは良い決定です。私たちはこの決定に満足しています」と被告側弁護人の
サディキは言いました。彼は月曜日に法廷に出廷していたジャーナリストたちもまた
『うれしくて興奮している』と言いました。
サディキは 2人のパスポートを手に入れて、彼らが月曜遅くにはパキスタンを
離れられるようにしたいと言いました。
裁判官ザワル・フセイン・ジャフェリは 2人にそれぞれ課された罰金を1,750ドルから 3,500ドルに引き上げました。パスポートの変換は罰金の支払い後となります。 2人はもともと アフガニスタンからおよそ30マイルの距離にあるパキ南西部の クウェッタ市に許可なく入ったことで、カラチの法廷で判決を言い渡されていました。 警察は 彼らのビザはイスラマバード、ラホール、カラチにしか移動を許していないと 言いました。 パキ当局は この男たちは伝えられるところによれば アフガニスタンからパキスタンに タリバンが密かに入り込んでいるのを見せる偽のドキュメンタリーの制作に関わって いたと言っています。タリバンに関することはこの地では微妙な問題です。 しかし2人はビザの違反のみで起訴されました。 2人は 自分たちはジャーナリストとしての仕事をしていたと言っています。 フランスの外交官は月曜日にカラチの法廷に出席しました。カラチ市はこの2人が 12月6日にパキ人ジャーナリストのリズヴィと一緒に逮捕された南部の都市です。 リズヴィは彼らの協力者で今も拘置所にいます。 パリに本拠を置くメディア監視組織『国境なき記者団』は3人のジャーナリスト全員の 釈放を要求していました。 (終わり)
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/15 20:11 ID:J3LIdnmN
●Rockets Fired at U.S. Afghan Base
http://www.theledger.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20040115/API/401150686 January 15, 2004 By AMIR SHAH Associated Press Writer KABUL, Afghanistan
◎およそ1ダースのロケットが東部アフガニスタンの雨軍基地に向けて発射されたが、
死傷者は出なかった、とアフガンと雨の当局が木曜日に言いました。
ロケット弾は水曜日の夜11時頃、カブールの南東約90マイルにあるコースト空港付近の
地上で爆発した、と州知事スポークスマンハヤトゥッラー・タニワルは言いました。
「今までこれほど多数のロケット弾が空港に向けて撃たれたことはありませんでした」
タニワルはAP通信に語りました。
攻撃は山のほうから市の南部に向けて行われたと彼は言いました。
ロケット攻撃は雨軍基地に向けて国中で定期的に行われています。
時には岩に立てかけただけで粗雑なタイマーで発射される弾丸は めったに
狙いに当たることはありません。
カブールの雨軍報道官ヒルファティは この夜の攻撃を確認し、死傷者と損害は
なかったと言いました。
コースト空港は雨軍航空機とともに500人以上の雨&同盟国軍兵士の本拠地となっていて、 この国にいる連合軍の3番目に大きい基地となっています。 コースト州と隣のパクティカ州はすぐ近くのパキスタンとの国境を越えて行ったり来たり していると考えられるアルカイダ兵士に対する軍事作戦の焦点となっている地域です。 パキスタンとの関係を改善する努力のひとつとして カルザイ大統領は木曜日、 追放されたタリバン政権のために戦っていて投獄された49人のパキスタン人を 釈放しました。 カルザイは タリバンの逃亡中のリーダーの中核だけが犯罪者やテロリストとして 追われているのだと言っています。このジェスチャーはパキスタン政府がパキ国内の 刑務所にいるアフガン人囚人たちを釈放すると約束したことにあわせたものです。 1月4日にこの国のタリバン後初めての憲法が批准されて以降、タリバン容疑者・ アフガン兵士・一般市民を含む少なくとも40人が 激増する暴力の中で死亡しています。
支援グループと地雷除去作業員もターゲットになっています。火曜日には東部の都市 ジャララバードとパキスタン国境の間の地雷除去作業地域で時限爆弾の爆発が ありました。しかし誰も負傷しなかった、とOMAR地雷除去団体の責任者ファゼル・ カリム・ファゼルは言いました。もうひとつ爆破装置が発見されて信管が取り除かれ ました。 およそ2週間前にも爆発事件があり、3台の地雷除去作業員の車両が破壊されたと ファゼルは言いました。 カルザイはこの国の広大な地域を支配している多くの民兵たちの復員をしようと しています。木曜日、民兵たちは首都から100台以上の重兵器を移動しました。 これはたとえ遅いとしても、この国の平和に向けた道筋の大きな一歩です。 ほとんどは大砲と多重ロケット発射砲であるこれらの器材は 短いセレモニーの間 砲弾で破壊されたこの市の旧王宮と並んで道の脇に整列して置かれました。 アフガン軍と西側諸国の軍の関係者はこれら器材が首都南部の兵舎に転送されることを 賞賛しました。器材は新国軍が立ち上がり機能するまでそこで保管されます。 1990年代に、民兵同士の戦闘は首都の広い範囲を破壊しました。 (終わり)
118 :
怒髪天女 :04/01/18 01:03 ID:QBYHHH5u
こんばんわ、 先ほど、ニュ-スで自衛隊のイラク到着、を観ました。 似合わないベレ-帽と、肩の日の丸をみて、悲しくなってしまいました。
119 :
怒髪天女 :04/01/18 09:52 ID:5QShZL5d
>>118 中継地クェ-トの米軍キャンプ着のシ-ンでした。はやとちりでした。
でも、気持ちは同じ・・・
>>111 関連
●Afghan leader Karzai defends women singers
http://in.news.yahoo.com/040117/137/2ayuz.html January 18 By Sayed Salahuddin KABUL (Reuters)
◎カルザイは土曜日、新憲法にとって初の試練となった『女性の歌う姿がテレビで
放送されて良いかどうか』という論争の判断は政府に任されるべきだと言いました。
西側の国に現在住んでいる女性流行歌手パラストの歌う姿が放送されたことに
最高裁判所が抗議した後、国営カブールテレビが長年続けてきた女性歌手の禁止を
今週再開したことは 改革派にとってひとつの後退でした。
情報文化大臣は 女性歌手が放送されることは女性に平等の権利を与えている
アフガンの新憲法と一致していると主張しました。
しかし宗教保守派が優位に立っている法廷は 女性歌手禁止を解除することは
新憲法の『すべての法律はイスラムの教えと対立することはできない』という条項と
矛盾すると主張しました。
「アフガニスタンは 当面放送できる女性歌手(の音声と映像)をラジオとテレビで 50〜60年分持っています」 カルザイはこの騒ぎについての見解を聞かれて 報道陣に語りました。 「今回の方策は情報相大臣の決定です。アフガニスタンは今日の社会環境に自らを あわせていく必要があるのです」 パラストの古い映像は彼女がヘッドスカーフなしで歌っている姿を見せていました。 女性歌手への禁止はソ連に支えられた共産主義政権が崩壊し、ムジャヒディンの政権が 権力を握って以来、12年近く行われてきました。 1996年にさらに保守的なタリバンがムジャヒディン政権を倒し、厳しいシャリア法の 押し付けの一部としてすべてのテレビ放送を禁止しました。 2001年に雨連合軍にタリバンが倒されて以降、改革派と自由化に反対する保守派の間の 戦いが続いていることを 今回の論争は明確にしています。
今回の出来事は カブールラジオ&テレビ局の局長が保守派から(改革派に)置き換え られた数週間後に起きました。保守派だった前局長は北部同盟派閥の主要官僚です。 北部同盟はカルザイ政府の主要勢力で、主にムジャヒディングループからなっています。 カルザイの発言についてコメントを求められて、最高裁判所副裁判官のファズル・ アハマド・マナウィは「私たちに言うことは何もありません」とロイターに語ました。 (終わり)
●Bin Laden in 'good health': report
http://news.ninemsn.com.au/World/story_35572.asp Sun 18 Jan 2004 AFP
◎あるイスラム系ウェブサイトで公表されたタリバンからと称する声明によれば
ビン・ラディン、ザワヒリ、オマル師は健康だということです。
"アフガニスタンのタリバン・イスラム首長国"と名乗る組織の声明は
「信心深い首長オマル師と、シェイク・オサマ、そしてザワヒリは健康だ」と
言っています。
groups.yahoo.com/group/globalislamicmedia/message/291 という
ウェブサイトに載せられ、『アフガニスタンのムジャヒディン勝利の前衛』と
署名されたこの声明の信憑性を確かめることはできませんでした。
声明は パキ&雨軍によるビン・ラディン、オマル師、ザワヒリの捜索についての
メディア報道は『ただ人々を騙すことだけを狙った偽りである』と言っています。
ビン・ラディンはアフガニスタン‐パキスタン国境地帯に隠れているという示唆は
あるものの、3人の逃亡者の所在は不明です。
ビン・ラディンとアルカイダを保護していた強硬路線のタリバン市民軍は
9.11攻撃の後、2001年11月に雨連合軍によるアフガニスタン攻撃で倒されました。
今月上旬、アラブの衛星テレビ アルジャジーラはビン・ラディンのものと考えられる
音声テープを放送しました。その中でビン・ラディンは 捕らえられたイラクの独裁者
サダム・フセインと同様の運命をアラブ湾岸諸国の君主達に警告しています。
(終わり)
--------------------------------------------------------
記事中に出てくるサイトは
http://groups.yahoo.com/group/globalislamicmedia/message/291 ですが、私のPCは激しく文字化けして ほとんど漢字と半角カタカナです;
IEの『エンコード』をアラビア語にしたら 文字化け解消しました。
129 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/18 20:55 ID:R90f6K2n
アフガニスタンの子供ってきれいな顔してるよね。 大人になると漏れなくモサモサになってしまうのか。
131 :
黒ターバン ◆RGK/h/GT6g :04/01/19 00:38 ID:wST/izml
JUSの現地ソースによる記事です。このパターンのJUS記事だと
いつも雨&連合軍兵士が多数死亡しているのですが、他メディアのフォローは
めったにみかけません。が、この記事には
>>120 記事の事件が含まれています。
●Taliban Wage Deadly Weekend Attacks; Coalition Casualties Reported
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=91722&list=/home.php& Jan 18, 2004 By Zafir Jamaal, JUS
アフガニスタンから届いたばかりのニュースによれば、タリバンはコースト州
マイダン・フラに対する攻撃を続けています。ムジャヒディンが撃ったミサイルは
連合軍敷地内に着弾し、内部の給油所に着火しました。その結果、爆発で45人の
兵士が負傷し、十数人が死亡したのではないかと思われます。
負傷者はバグラム空軍基地に移されました。そして地域全体に非常線が張られて
誰も許可なくこのエリアへの出入りはできません。雨コマンド部隊は基地にいる
アフガン兵士たちの検挙を始め、彼らがタリバンの攻撃を助けていると非難しました。
さらなる詳細は今後わかり次第伝えます。
パクティア州のサイード・カラムでは1台のアフガン軍の軍用車両が地雷で 破壊されました。乗っていた全員が死亡しました。また、同じくパクティア州で、 雨軍の10車輪車両が破壊され、乗っていた全員が死亡したのではと考えられています。 遺体と車両の残骸はバグラム空軍基地に運ばれました。 カンダハルではタリバン兵とアフガン軍兵の間に激しい戦闘があり、5人が死亡し 14人が負傷しました。この戦闘は1時間以上続き、2人のアフガン兵士が死亡し、 9人が負傷しました。タリバン側は3人が殉教し、5人が負傷しました。 カンダハル州知事報道官ハリド・パシュトゥンは この事件はハクレズ地区で発生し、 およそ40人のタリバン兵が13人のアフガン兵士を乗せた軍車両を待ち伏せ攻撃した ものだと言いました。
ウルズガン州のデー・ラウード地区では、この地区の雨軍基地への攻撃があり、 6人の雨兵が死亡し、11人が負傷しました。攻撃は現地時間土曜日の早朝4時50分に 行われました。タリバンは基地を取り囲み、発砲したので雨軍兵士は驚きの声を あげました。タリバンは支障なくその場から逃げました。 ハクレズでは土曜日にもうひとつ攻撃があり、16人のアフガン兵が死亡し、3台の車両が 破壊された一方、2人のタリバンが殉教し、3人が負傷しました。 その他の詳細はわかっていません。 この2週間の間にタリバンの攻撃で70人のアフガン兵士が死亡もしくは重症を負いました。 (終わり)
上のほうにある女性歌手のテレビ放映 たぶんですが私が見たのと同じものだとおもいます 昔はこんな番組あったんだよって局の人が見せてくれました 内容はレオタード姿っぽい女性が一人でひたすら踊ってるだけでした そのときはフ〜ンって感じで眺めてましたが全然面白いものでは無かったです 一緒にいた中国人は喜んでましたが・・・
ひさびさの北の親分記事です。その他いくつかの事件も扱われています。
●Dostum eyes Afghan defence post
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16222&view=detail 1/19/2004 (AFP)
◎アフガニスタン北部の有力な司令官ドスタム将軍はカルザイ政権の中で軍の
高いポストを求めていることを明らかにしました。
このコメントが出されたのは 雨連合軍とタリバンと見られる兵士との間の最近の戦闘で
1人のタリバン兵が死亡し、3人の雨兵が負傷した日曜日のことでした。
「ポストが重要なのではなく、私は政府に協力したいと思っています」ドスタムは
日曜日、北部ジョーズジャン州シェベルガン市で報道陣に語りました。
「私はカルザイに 国防大臣か軍参謀長、あるいは2万人の兵士とともに なにか軍の
ポジションを与えてくれるように要請するつもりです」
土曜日、カルザイはドスタムに高いポストを与えることに異論はないと言いました。 「もし彼が国防省の上級ポストを求めるなら、それは正当な要求です。私たちは それについて考えているところです」 10月以来、カブール当局はドスタムとそのライバル、タジク人のアッタ・ムハンマド 司令官に中央政府のポストを与えることを検討中だと言っていました。 それは2人を北部地域から引き離して、それぞれの民兵部隊の間で死者の出るような 衝を頻繁に起こしている対立を抑えようとする試みのひとつです。 ウズベク人将軍のドスタムはジュンビシュ‐イ‐イスラミ党を支配しています。 そしてソ連のアフガン占領時代にその凶暴さで知られたウズベク市民軍の多数派を 率いています。
○北部の支配 2001年後期のタリバン政権崩壊の後、ドスタムは国防副大臣に任命されました。 2002年半ばに彼はその役割を離れ、北部アフガニスタンに関するカルザイの特別顧問に なりました。 ジュンビシュ党は北部アフガニスタンの支配をジャミアティ‐イスラミ党と争って います。ジャミアティ党は主に反タリバンの旧北部同盟勢力から成っていて、 現在はカルザイ政権内で優勢を保っています。 ジュンビシュとジャミアティの兵士たちを武装解除・復員させようという努力は 試験的な武装解除・復員・社会復帰プログラムのもとで11月以来進行中です。 地方の司令官たちに忠実な民兵の武装解除は 支配力を各地方に伸ばそうとしている カルザイの政府にとって、重大案件のひとつです。 ドスタムはシェベルガンで日曜日に新しい非政府系テレビ局『アイナTV』を開設しました。 この局は北部のジョーズジャン州、バルフ州、ファールヤプ州、サリ・プル州で 放送することになっています。
○雨軍基地への攻撃 一方、中央アフガニスタンの雨軍基地では、週末に15人の反乱側兵士が重機関銃と 手榴弾で攻撃を仕掛け、1人の反乱兵士が死亡し、3人の雨兵が負傷しました。 カブールの雨軍報道官ヒルファティは 3人の雨兵が負傷したのは荒れた中央部の ウルズガン州デー・ラウードの雨連合軍基地で 戦闘中に爆弾の金属片が当たった ものだと言いました。 「私たちの側は応戦して攻撃者の1人を殺害しました」ヒルファティは言いました。 そして15人の反乱兵士はRPGとAK-47ライフルを使って部隊に攻撃してきたと言いました。 反乱勢力はたいてい雨連合軍部隊に対してロケットを使った攻撃をしてくるので、 今回の重機関銃を使った基地への直接攻撃は通常とは違うものだったと ヒルファティは付け加えました。
彼は今回の攻撃者たちが何者であるか 憶測は避けました。同様の攻撃は(通常)
追放された旧タリバン政権の残党か、その同盟者アルカイダ、反逆軍閥ヘクマ派に
よるものとされています。
12,000人の雨連合軍は主にパキスタンとの2,400キロの国境に沿って 反乱勢力の
捜索の3年目に取り掛かっています。
(終わり)
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>>134-136 でJUS記事の信憑性を疑うように書いてしまいましたが;
こちらの記事の最後の項目『デー・ラウードの雨軍基地への攻撃』は
>>136 と同じ事件を扱っているようです。死傷者数は大幅に違いますが、
『攻撃者は(いつものロケット弾攻撃ではなく)基地に直接発砲した』と
いう点は共通しているように思います。
彡珍米ポチミ 川川 ::::::⌒ ⌒ヽ 川川::::::::ー◎-◎-) 川(6|:::::::: (。。)) ,.:':'゙'゙'゙:゙'゙':';., 川川;;;::∴ ノ 3 ノ r゙ ,.: :;;;:: : : : :; \_;;;;;;;;;;;;;;;;ノ | : ::::〜';::--ー'ー-----ーー;;:'゙ .: :` ‐- 、 | ,i ::::::::::::::::::::::::::::::: ::: :ヾ i r' ::::::::::::::::: : : :::::: ::::: ::::. . / .| :::::::::: : : : : ::: :: :: イ i : : ::::::::::: : : ::::::: : | .| ,.;イ-- ., ,... -' i i ,.;':/ ゙'ー-.,_ i ,.イ:: / .i:::: /:/  ̄i / ゙i | │:: ノ::/ | i | | r':: イ:::::i゙ | | i | |::: /'i: i i i | i |:: | ヽ '-., ヽ 〈 ヽ ヽ., i, , '-, ゙'ー'ー' ヽ、`,ー、 `'ー'ー' `^ '´ `゙'
20世紀初頭アフガニスタンのアマヌッラー王の『いとこの息子』という人が
書いた文章です。王家関係者の考えを知ることのできる記事は少ないので
興味深く読むことができました。
●Afghanistan: victim of false beliefs
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16205&view=detail Reported by: Aslam Effendi 1/19/2004 (hi Pakistan )
アフガニスタンは間違った信仰心の犠牲になってきた不運な国々のひとつです。
アフガニスタンと英領インドの間の戦争を アフガン人の多くは政治的な戦争だと
考えずにイスラム教とキリスト教の戦争だと考えました。そういった戦争の結果、
アフガン人とイギリス人の間に憎悪が生じました。
ムハマドザイ王朝のアマヌッラー王は アフガニスタンをヨーロッパ諸国と同レベルの
国にしたいと思っていました。イギリス人に対する大きな憎悪はありましたが、
アマヌッラー王はアフガンの人々に科学的技術や知識を得る重要な手がかりとして
英語を学ぶようにアドバイスしました。また王は 女性の教育なしに新世代の発展は
できないだろうと考えていました。
アマヌッラー王はアフガン人に知識を求めるようにアドバイスしました。 その例として預言者ムハンマドが『もし必要ならば、人は知識を求めに遠く中国までも 行くべきである』と言っていることをあげました。しかし熱狂的信者グループの一部は アマヌッラーに異議を唱え、「預言者は『イスラムの知識を求めるために中国まで 行くべきだ』と言ったのだ」と主張しました。 アマヌッラー王はまた、イスラム教では誰もが祈りを導くことができると言っていました。 それで彼自身金曜日の祈りを導いていました。しかし熱狂的聖職者たちは 王は あごひげを生やしていないからそのようなことをする資格はないと言っていました。 アマヌッラー王は自分の周りの追従者(ゴマすり)たちを信用しませんでした。 そして国民が自分と自分の政府をどう考えているか知るために、王は変装して夜の カブールのバザーを歩き回り、直接アフガン民衆のことを学ぶことを 定期的に実行して いました。あるとき1人のアフガン人から正体を見破られそうになりました。 そのアフガン人は彼に言いました「あなたの目はアマヌッラー王の目と同じように 美しいですね。王も、そう、非常に魅力的な目を授けられていました」
アマヌッラー王は初期のムハマドザイ王朝の君主たちと違いました。先代君主たちは 強大な大英帝国のご機嫌を損ねないためにロシアとは友好を結ばないようにしていました。 しかしアマヌッラー王はソビエト連邦の父・レーニンと親密な友好関係を築きました。 このことはイギリスを不安におびえさせました。イギリスはアフガンの王が バジャウル、 チトラル、ディル、ブネル、スワト、ペシャワルetc.のような英領インドに強奪された アフガンの領域を取り戻そうと野望を持つことを恐れていました。 それに加えて アマヌッラー王はパシュトゥン人の間のヒーローとなっていました。 パシュトゥン人たちは王を『ガージ(イスラムの戦士)アマヌッラー』と呼んでいました。 また彼は インド人の政治指導者たちからイギリス支配からインドを開放する人物と みなされ、高い尊敬を得ていました。 これらすべてが英領インド政府には大きすぎる脅威でした。その結果イギリスの政策 立案者たちは「アフガニスタンの政権を変えるべき時が来た。アマヌッラーによる英領 インド領域への攻撃を避けるために 政権交替はますます必要となってきた」と 考えました。
それで1919年に私(この記事の筆者)の父アブドゥル・レーマン・エフェンディ王子は アフガニスタン王の地位を継承するために必要なすべての支援を提供すると 密かに 申し込まれました。もし私の父がその人生でなにか賢明な行いをしたとすれば、それは いとこのアマヌッラー王に代わって王座に座る計画を断ったことでした。 私の父が拒否すると、イギリスはアマヌッラー王を倒すだけでなく 恥もかかせようと 決心しました。そしてそういう意図を持って、アマヌッラーの後継者選びのために 熱狂的聖職者たちと悪名高い強盗たちの働きを利用しました。 聖職者たちは アマヌッラーを『不信心者』と宣言しました。なぜなら彼はあごひげを はやしていない、西洋の服を着ている、女性の教育を望んでいる、世俗的な教育の導入を 望んでいる、妻の女王は顔を覆っていない…etc.etc...。 アフガニスタンの熱狂的宗教勢力はアマヌッラーに対して蜂起しました。イギリスの 計画は成功しました。パシュトゥン部族たちは王座奪回のために最大限の支援をすると アマヌッラー王に申し出ましたが、王はそれを断って恩知らずの祖国に別れを告げました。 彼は失意の人となりました。進歩したアフガニスタンという彼の夢は粉々になりました。
永久追放後の滞在先ローマへ出発する前に、彼はボンベイのタジ・マハル・ホテルで 1〜2晩を過ごしました。そのあいだ誰とも会おうとせず、ボンベイのイギリス人知事の 求めにも応じませんでした。唯一彼の相手になったのは 4代にわたるアフガン王家の 腹心の友だったパルシ人実業家のルスタムジー・ドゥバシュでした。 タジ・マハル・ホテルで過ごしている間、イギリスのキング・ジョージ5世から アマヌッラー王への同情を述べた1本の電報が届きました。アマヌッラーは電報を読むと 床に投げつけて、それを足で踏みました。スルタムジーはアマヌッラーの足元から 電報をそっと拾い上げると、歴史的価値のある文書としてとって置きました。 何年も後に私がボンベイのルスタムジーを訪問した時、彼はその歴史的電報を見せて くれました。彼はそれを自分の持っているものの中で最も貴重なものと考えていました。
ムハマドザイ王朝のもう1人のメンバー、ザヒル・シャーが王になりました。 彼はアフガニスタン内の宗教的熱狂勢力を恐れていたので、アフガン人(の有力者の 子弟)を 高等教育を受けさせるためにイギリスに派遣するのを避けました。 かわりにそういった人々はドイツとソ連に送られました。ソ連に送られた人々は 共産主義理論を注入されて、アフガニスタンに共産主義ウィルスを広めるために 戻ってきました。その結果、ザヒル・シャーは王座を失い、君主政治の下、この国で なされていたすべての発展は押し流されました。 一方、アメリカは世界唯一の超大国になることを熱望していました。そしてベトナムで 受けた屈辱の原因となったソ連をこらしめたいと望んでいました。 それでサウジアラビアの資金とオサマを利用して かつてイギリスがアマヌッラー王に 対して行ったのと同じ手法をソ連打倒に使いました。 その計画は 世界中のどのムスリムよりもアフガン人以上に熱狂的なムスリムはいない、 という状況の中で見事に成功しました。
不信心者の国ソ連と戦う『聖戦』は 熱狂的アフガン人ムスリムにソ連と戦う機会を 与えました。アメリカの政策立案者にとってソ連に対抗する熱狂的アフガン人ムスリムを 増やすことより大きな関心はありませんでした。(*アフガニスタンを良くするという 関心はありませんでした) ソ連崩壊の後、アフガンの宗教的熱狂勢力はアフガニスタンの支配者になりました。 これらの勢力は西洋的なものはすべて非イスラム的とみなしました --ただし カラシニコフ、マシンガン、RPG、ミサイル、戦車、戦闘機、爆弾犯etc.etc...を除いて。 アフガニスタンは文明国家になるかわりに あっという間に石器時代へとむかって 行きました。宗教熱狂派のアフガン統治者はアメリカのオイル・ゲームに協力しなかった ために倒されました。彼らが追い払われたという現実はあるとは言え、アフガニスタンが 受けた損害は計り知れないものです。 アフガン人の間にイスラム狂信者を導入するというアメリカの政策は その反動を 受けています。アメリカは現在、自分が植えた木の果実を味わっているのです。 (終わり)
156 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/01/21 18:33 ID:MLSZOp0c
こんにちは〜!
●Taliban warns of more attacks
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/31216CB5-1252-41B1-9B35-AA1F024B66F2.htm Thursday 22 January 2004
◎アフガニスタンの非合法組織タリバンは 外国軍とそれに協力するこの国の
暫定政府大統領カルザイに攻撃を増していくと脅しました。
(木曜日に出された)チラシを読むと タリバンスポークスマンの1人アブドゥル・
サマドは「カルザイとその協力者たちは不信心者であり、雨国の手先だ」と
言っています。
「彼らは雨&同盟国の代理人です。前回私たちはみなさんに『彼らに協力するのを
やめなさい。そうすれば許されるでしょう』と家族や親類に忠告するように
告げました。そうでなければ攻撃と危害を受ける覚悟をしなさい、と。」
タリバンは 国連、雨主体の多国籍軍、支援職員、NGO、アフガン政府の警官・兵士を
攻撃するつもりだと警告しました。
チラシは「以前はこの国の共産主義政権のために働いていた者たちが、現在は
カルザイに協力している」と述べています。
このチラシは『南東部ゾーン(担当の)ムジャヒディン』と自称するタリバンの派閥の
ひとつによって発行されました。
〜〜以下略(最近のアフガンの治安状況一般について)〜〜
●Gay writer is pumped to discover a changed Kabul
http://www.thevillager.com/villager_38/gaywriterispumped.html January 21 - 27, 2004 By Paul Schindler
【一枚目の写真キャプション】
昨年10月、シュワルツェネッガーの写真を背景にしたアフガニスタンのジムの
従業員たち。カリフォルニア州知事選挙の数日前のことで、ボディビルダーたちは皆、
彼がおそらく知事になるだろうというニュースに沸き立っていた。タリバン政権下では
シュワルツェネッガーのような西洋の有名人の写真は眉をひそめられていた。
【二枚目の写真キャプション】
カブールの国立ポートレイト・ギャラリーから2人の女性の写真。サベラ(左)は
タリバン政権下で職を奪われたと話した。彼女は現在シャコリア(右)に仕事を
教えている。シャコリアは最近大学を卒業した。
美術館は女性が姿を見せることのできる大切な場所のひとつ。
【以下 記事本文】 先週の土曜日、クリストファー・ストリートのアーカイブス・ビルディングの ウィングス劇場に80人ほどの旅行好きの一団が 紀行作家&写真家のマイケル・T・ ルオンゴの昨年10月のアフガニスタン旅行についての講演を聴きに集まりました。 このイベントは50年前にイギリスで創設された国際非営利旅行会員組織の地方支部の ニューヨーク市グローブトラッターズの後援で行われました。 ルオンゴは この講演会の目的は『ニュースの中で必ずしも見ることのない物事に ついての写真』を紹介することだと言いました。 さまざまな見出しをあげながら、彼はカブールの女性の状況の変化から異常な速さで 作り直されていく都市の光景まで、また、アフガン国内旅行者にとっての社会基盤から 急速に発展するボディビルの現場まで、幅広い一連の話題を論じました。 カブール滞在中の2週間の間ずっと、ルオンゴはタリバン的な制約と戦後の自由の 影響力の競い合いに注目しました。彼は街中で見かけるアフガン女性のおよそ90%は ブルカを着ていたと言いました。そして公の場で見かけた女性と会話をしようとした ために、通訳から何度かきびしく叱られたと言いました。 カンダハルの不穏な状況は旅行を危険なものにしていました。
同時に彼は 多くの女性はタリバンが政権を握る前に就いていた職業に戻っていたと 言いました。そして現在彼女たちは学校だけでなくほかの場所で、特にカブールの 芸術関係の機関で働く姿が見られると言いました。 ルオンゴは国立劇場と国立ポートレイト博物館双方の復興作業で重要なポジションに 就いている女性たちにインタビューしました。 ルオンゴはカブールの通りを歩いていて、戦後アフガニスタンで目に見える もうひとつの現象の手がかりも拾いました --それは若い男性たちの間で高まる ボディビルの人気です--。 ルオンゴはゲイなので、特にこの方面の話を知りたがっていることを認めながら、 関係者の中に彼の趣味を不愉快に思う者はいないように見えたと言いました。 「もし私がゲイでなかったら、おそらく(ボディビルに)注目しなかったでしょう」 ルオンゴは言いました。「誰かが『あの人たちはボディビルダーだ』と注目すると、 彼らは自分の筋肉をとても見せたがります」
ある時 ルオンゴがモスクの前でボディビルダーの写真を取っていると、さまざまな 年齢の20人ぐらいのアフガン人男性のグループがそれを見ようと集まってきました --アフガン人男性は社会生活のほとんどを他の男性たちといっしょに過ごします--。 そして彼らはルオンゴがゲイだとわかると、ルオンゴとモデルのボディビルダーの 2人にデートをしろと声に出してうながしました。 カブールでは現在20件のジムが営業しています。ジム・カルチャーは 最初は パキスタンから戻った地元の人間がアフガニスタンに持ち込みましたが、 最高のフィジカル・コンディションを持つ者の多い若い雨兵の存在が (ボディビルの需要に)大きな拍車をかけたとルオンゴは説明しました。 ルオンゴが訪問したいくつかのジムには、アーノルド・シュワルツェネッガーの 大きな写真が置かれていました。そしてここの選手の間では 彼らのヒーローが カリフォルニア州知事に立候補したことで話題騒然となっていました。
タリバン崩壊以降、カブールの人口は70万人以下から200万人以上に膨張した、と ルオンゴは説明しました。急激な人口増加はあっても、カブール市は旅行者にとっての 快適さを保っています。特にアフガニスタンが『東洋の啓蒙』を求める『不満のある 西洋人』の『ヒッピーの行き先』となった1960年代の後半に作られはじめたホテルは 快適です。この国は家族にとってはまだ理想的な(旅行の)行き先ではありませんが、 そこに広がる歴史を見たいと熱望する勇敢な旅行者に対しては受け入れ準備ができて いるとルオンゴは言いました。 「アフガニスタンで観光事業を担当している人間は ビン・ラディンが捕まった時には トラ・ボラ周辺の洞窟は最も大きな観光スポットとなるだろうと考えています」と ルオンゴは回想しました。「ビン・ラディン発見の再現に基づくほとんどディズニーの ツアーのようになるでしょう」
ルオンゴはザ・ヴィレジャー誌(この記事サイト)と姉妹出版社のダウンタウン・ エクスプレス、そしてゲイ・シティ・ニュースの寄稿者の1人です。 また、ニューヨーク・タイムズ紙やバジェット・トラベルを含む出版社でも書いています。 そしてハウォース・プレスでゲイ・トラベル文学シリーズの編集者もしています。 ニューヨーク市グローブトラッターズは2月7日土曜日に3周年を祝います。その日は 旅行写真家のケネス・アクセンがメキシコのユカタン半島についての講演とスライド・ ショーを行います。ウィング劇場、クリストファー通り154、午後4時から5時30分まで。 入場料は10ドルですが、グローブトラッターズ会員は8ドルです。 (終わり) ------------------------------------------------------------ (ラディたんが捕まる云々は置いておいて…) >トラ・ボラ周辺の洞窟は最も大きな観光スポットとなるだろう 2001年12月〜2002年1月ごろ、タリバンが負けて その後現在のように 頑張って反撃できるかどうかまだ予測がつかなかった頃に、このスレでも 「タリバンやラディたん関係のものを観光資源にしたらどうか」という 話題が出ていたような記憶が・・・w? タリバンまんじゅうとか、顔の部分をくりぬいたパネルでコスプレ記念写真とか 極めて日本的な観光地を想像したような気がシマス、、、www;
>161 性懲りもなくまたタリバン叩きか。 お前の二枚舌にはウンザリする。 女性の職が奪われた? それがどうした。 女性は家庭にいるべきで働いたってどうせろくに仕事ができるわけでもないし、 いたずらに失業率を押し上げるだけに過ぎん。
●Associate of Taliban Leader Arrested
http://www.myrtlebeachonline.com/mld/myrtlebeachonline/7788451.htm Jan. 24, 2004 Associated Press KANDAHAR, Afghanistan
◎パキスタン当局は土曜日、アフガニスタンとの国境の町で、アフガンの元州知事で
オマル師の親しい仲間だった人物を逮捕しました。パキ当局者のひとりが言いました。
パキ警察と情報職員が正午ごろパキ南西部の国境の町チャマンでアブドゥル・マナン・
ハワジャザイ師を捕まえたと、地域担当の国境警備隊長バシト大佐は言いました。
バシトは ハワジャザイ師は拘置されているが、治安上の理由で場所は明かさないと
言いました。
アフガン当局はこの逮捕を賞賛し、副国務大臣ヒラルッディン・ヒラルは 彼の送還を
求めるつもりだと言いました。
カンダハル州知事スポークスマンのハーリド・パシュトゥンは ハワジャザイは
タリバン政権時代にオマル師の親しい友人だったと言いました。
しかしパシュトゥンは サリ・プル州とバドギス州の知事だったハワジャザイには
タリバン政権崩壊以降、テロ攻撃とつながる直接の証拠はないと言いました。
パシュトゥンはパキスタン当局にパキスタンの国境無法地帯に隠れているとみられる
タリバンメンバーやオマル師に対する行動をもっと起こすよう求めました。
アフガニスタンに駐留する雨軍はこの逮捕に関する情報は得ていないと
報道官のヒルファティは言いました。
記事の前半は
>>170 と同じ件ですが 補足っぽい内容があります。
●Taliban governor arrested in Chaman
http://www.nation.com.pk/daily/jan-2004/25/main/top11.asp January 25, 2004 CHAMAN (AFP)
◎パキスタン治安当局は土曜日、元タリバン政権州知事マナン・ハワジャザイ師を
チャマンで逮捕した、と情報局当局者が言いました。
ある情報局職員が匿名を条件に話したところでは、ハワジャザイは主要な商業地域
マール・バザールで車から降りたところを拘束されました。
彼はタリバン政権の初期にサリ・プル州のタリバン司令官長で、その後2001年の
タリバン政権崩壊までバドギス知事でした。
この2年以上のあいだに、今までのところパキスタンは500人以上のアルカイダメンバーと
タリバンリーダーたちを逮捕しています。
昨年8月には同じ街で18人のタリバン兵が逮捕されました。
○アフガン政府高官がタリバンの待ち伏せ攻撃から生き残る カブールからの別の報告:南東部ザブル州のアフガン高官の1人とその護衛が 夜間に車列で移動していた時、タリバンの待ち伏せ攻撃に会い、高官は無傷で逃れたが 2人の護衛が負傷した、と当局者が土曜日に言いました。、 この攻撃はザブル州州都カラトの近くで金曜遅くに起きました。州治安主任の モハメド・アヨブが衛星電話でAFPに語りました。 一発の弾丸がザブル州シー・ヨライ地区長のモヒブッラーのターバンを突き抜けました。 2人の護衛は弾が当たり1人は重傷だとアヨブは言いました。 アヨブは 治安部隊が1時間以上交戦して有名なタリバン兵の1人を逮捕したと言いました。 モヒブッラーが攻撃を受けたのは アフガンの支援団体を訪問しにカラトに向かう途中の ことでした。
アヨブは(逮捕された)タリバン兵の身元は明かしませんでしたが、この兵士は 隣のパキスタンでトレーニングを受けていたことを自供したと言いました。 「このタリブは尋問のため、カブールの国務省対テロ戦争部局に送られました」 タリバン反乱者は2001年に権力を失った後、最近数ヶ月は影響力を取り戻そうとして 雨連合軍、アフガン民兵、政府関係者への攻撃を頻繁に行っています。 (終わり)
●US jets bomb after Afghan base hit by rockets
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/5895942.htm KUNAR, Afghanistan, Jan 25 (Reuters)
◎雨軍は日曜、アフガニスタン東部のクナル州の軍基地がロケット攻撃を受けた後、
いくつかの地域を爆撃しました。
夜明け前のこの襲撃で ナラング地区の山のふもとに建つ何件かの泥作りの家が
わずかに損傷を受けたが、死傷者はなかった、と村民たちは言いました。
他に数発の爆弾が反乱兵士たちの居場所付近に落とされました。そこから河床の
近くにある雨連合軍基地に少なくとも2発のロケットが撃たれたとみられます。
ロケット弾による損傷や人的被害があったかどうか、今のところわかっていません。
当局はこのロケット攻撃について タリバン残党、アルカイダメンバー、ヘクマ派を
非難しました。
クナル州はパキスタン国境近くにある州です。そこにある雨軍基地は頻繁に、 しかし効果のない攻撃を受けています。 昨年数人の雨軍兵士がタリバンの仕業と見られる爆発で死傷しました。 隣のナンガルハル州では 土曜日に少なくとも4人の子供が 州官庁近くに 置かれていた地雷で負傷したと 警察高官が言いました。 また他に数発のロケットが ナンガルハル州の別の地区の政府の建物に命中して、 いくらかの損害を与えたものの人的被害はなかった、と高官は言いました。 彼はナンガルハル州のふたつの攻撃をタリバンのものとして非難しました。 タリバンは500人以上が死亡している最近の暴力事件に関して非難されています。 500人の中には ゲリラ兵、一般市民、支援職員、アフガン軍兵士のほか、雨連合軍の 10数人以上の兵士が含まれています。 (終わり)
>>170 >>172 関連
●Taliban deny arrest of Mulla Omar’s aide in Chaman
http://paktribune.com/news/index.php?id=52838&PHPSESSID=ae806e7f471f9693d7401a3f1870d0fd January 25, 2004
◎タリバンは元タリバン政権の知事の1人アブドゥル・マナン・ハワジャザイ師が、
チャマンのパキ〜イラン国境地域で逮捕されたという報道を否定しました。
タリバンスポークスマンの1人ラティフ・ハキーミは 拘束されたのは
アブドゥル・マナンではないと言いました。そしてタリバンの中にはアブドゥル・
マナンと同じ名前の者が4人いて、「彼らは全員無事で逮捕されていない」と言ったと
BBCは伝えています。
当初の報道はパキスタン当局がチャマンでアブドゥル・マナンを拘束したと伝えて
います。マナンは重要人物でオマル師の側近だと公表されています。
アブドゥル・マナン・ハワジャザイはアチャクザイ(一族?)で、かつてチャマンに
住んでいたと言われています。彼はバドギス州の知事のままでいました(?)。
しかしながら、彼の逮捕の状況はまだはっきりしません。
◎タリバンが3人の雨のスパイを拘束 タリバンは雨国のためにスパイ行為をしていた容疑でタリバン内の3人の著名な リーダーを捕らえました。 ラジオ・テヘランはタリバン指導者の話として「タリブ・ジャンとグル・ムハマド・ コチャイ師の2人はタリバンの重要人物の1人の逮捕で雨軍を援助していたと告発された」 と伝えました。 グル・ムハマド・コチャイ師はタリバン政権のモスクワ特使でした。 もう1人のスパイ容疑者の名前はまだ発表されていません。 (終わり)
●Two Thousand Ulamas Issue Fatawa Against The Karzai Regime
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=92426&list=/home.php& Jan 26, 2004 By Zafir Jamaal, Jihad Unspun
アフガニスタンの2千人のウラマーがカルザイ政権は不信心だと宣言し、政権に対する
ジハードを呼びかけました。ウラマーたちはカルザイ政権と戦うことは義務であり、
政権への支援は財政的なものもその他のどんな手段も許されないとするファトアを
発令しました。
ウラマーたちは この政権はシャリア法を満たしていないと言いました。
そしてイスラムの教えの実行を求める声に強く抵抗していると言いました。
最近人々の目を引いた出来事のひとつは 最高裁がアフガン国営テレビに対し 女性
(の演技)の禁止を求め、また将来のどんな(アフガンの)イスラム政府もこれらの
布告に従わない者は罰することを求めたのが(カルザイ政府に)拒絶されたことでした。
このファトアはタリバンスポークスマンのハミド・アガからファックスで 国内の
さまざまな新聞社に送られてきました。ファトアは カルザイ政府と旧共産主義政権の
あいだに違いはないと述べています。そして若者たちにジハードに参加するように求め、
自分を良いムスリムだと考えているすべてのアフガン人は家族や友人をカルザイ政権
から離れさせ、支援をやめさせるように求めました。
また、イスラムの教えに従って女性がベールを身に着けることの実施、イスラムの
教育制度の確立、そしてかつてイギリスやソ連と戦ったように(現在の)偽善的な
政権と戦うことを求めました。
ファトアはさらにつづけて、アフガニスタンへの攻撃は イスラム政権(タリバン)を 破壊しただけではなく、この国のイスラム教のアイデンティティを消そうとする試み であり、『十字軍戦士』たちはこの国に支援のふりをして不道徳とキリスト教を広めに 来ているのだと言っています。 そしてムスリムたちに(十字軍の)取り組みに抵抗して どんな形かは関係なく 政権へのいかなる支援も認めないように求めました。そして物質的にしろ財政的にしろ 政権への支援は死刑に値する罪と考えられると宣言しました。 関連した出来事として、タリバンはアフガニスタン国内で人々に 政権側で働く者は タリバンの正当な(理屈の通った)ターゲットとみなされるので、カルザイ政権への 支援をやめて、自分の家族にも政権に協力することをやめさせるように警告するチラシを 配りました。 チラシは カルザイ政権に対しても ムスリムを殺している連合軍に協力するのを やめるよう言い、そしてもしそうしないなら、更なるタリバンからの攻撃を覚悟する ように警告しました。 (終わり)
>>175 >>177 関連を含みます。
●More Taliban Attacks, Spokesman Denies Arrest Of Commander
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=92445&list=/home.php& Jan 26, 2004 By Zafir Jamaal, JUS
パクティア州とコースト州で連合軍による軍事作戦の結果、60人が逮捕され、
連合軍情報筋がタリバンのものと主張する武器貯蔵庫が押収されました。
この作戦には70台の人員輸送装甲車を使って400人の追加兵士が参加しました。
逮捕された60人はハロティ部族の人々です。彼らは尋問のため不明の場所に移送され
ました。
日曜日にクナル州の雨軍基地に攻撃がありましたが、死傷者の報告はありません。
この攻撃は早朝、州都アサダバード近くで起きて兵士たちにパニックを引き起こしたと
言われています。雨軍報道官の1人は この攻撃はタリバンとヒズビ-イスラミによるもの
とみていると言いました。その後雨軍航空機がアサダバード近くの村を爆撃しましたが
幸いにも市民に死亡者はありませんでした。しかし多くの家が爆撃で倒されました。
チャマンではタリバン政権下で副州知事を務めた人物が逮捕されました。 マウルヴィ・アダムはタリバン政権下でサリ・ヒル(プル)州の副知事でした。 タリバン司令官マウルヴィ・アブドゥル・マナンも逮捕された、という矛盾する報道が あります。パキスタン政府は当初、マナンは土曜日にアダムの逮捕に関連して逮捕された と主張していました。しかしながら、タリバンスポークスマンのラティフ・ハキミは 報道陣に対し、アブドゥル・マナンは逮捕されていない、そしてタリバンには アブドゥル・マナンと同名の司令官が4人いて、全員無事な所にいると語りました。 タリバンはマウルヴィ・アダムが逮捕されたという件は認めています。
高いレベルの情報筋の話では、行方不明になっているパキスタンのパンジャブ州の スポーツ・文化大臣ナイーム・ウッラー・シャハニが現在は誘拐事件の犠牲者だと 認識されていることを確認しました。この大臣は先週のある時点で行方不明になり、 最初は身代金目的で誘拐されたと考えられていました。現在ワナの捜索活動から、 当局の考える事件の動機の可能性にいくつかの新しい点が見えてきました。 当局はミラン・シャー市でモラナ・ジャラルッディン・ハッカニの息子を逮捕しました。 モラナはヒズビ‐イスラミのメンバーであるとともに タリバン政権の元法務大臣で、 司令官の1人でした。政府はモラナの息子の逮捕を否定していますが、ジャサラトは これを確認しました。(*Jasaratは 検索してみたらパキの新聞のようです) この事件の誘拐犯は大臣の身柄と引き換えにハーリド・オマル・サイード・シェイクと ハッカニの息子の釈放を要求したと情報筋は主張しました。司令官ハッカニ自身は 公に姿を現すことはなく、アフガニスタン国内のどこかで、雨軍に対するジハードに 参加していると考えられています。
他の報告では、先週末、ザブル州の刑務所に一発のロケット攻撃があり、刑務所構内に いた警備員が死亡しました。この地域の情報筋は ザブル州の検問所のひとつを タリバンが攻撃して、連合軍兵士2人が死亡し、1人が負傷したとも言っています。 これ以上の詳細はわかっていません。ジャララバードの空港もロケット攻撃を受け、 3発のロケットが空港敷地内に着弾しましたが、死傷者の報告はありません。 しかし何台かの軍用車両が破壊されました。 パクティア州ではアフガン軍の車列が待ち伏せ攻撃を受け、雨軍に協力していたと 言われるアブドゥル・シャクールと身元確認されている1人のスパイとともに、5人の アフガン兵士が死亡しました。これ以上の詳細はわかっていません。 (終わり)
●Canadian soldier killed in Kabul
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/3432587.stm ◎カナダの平和維持部隊兵士1人を含む少なくとも2人がカブールで起きた自爆攻撃で
死亡しました。
他に数名が負傷するとともに自爆犯も死亡しました。
この爆発事件は現地時間午前8時25分に 兵士たちのパトロール中に発生したと
当局は言っています。
カナダ平和維持部隊とアフガン兵はこのエリアを現在立ち入り禁止にしています。
負傷者は病院に運ばれました。
BBCのアンドリュー・ノース記者は 事件の現場から 2台の破壊されたジープが
まだ道路の脇に置かれていると言っています。
カナダ平和維持部隊の基地は事件現場から近い距離にあります。
昨年10月に 2人のカナダ人兵士がカブールで地雷の爆発で死亡しました。他に4人が
昨年の初頭にカンダハル近くで雨軍戦闘機の誤爆を受けて死亡しました。
NATOは昨年8月にISAFの指揮権を引き継ぎ、首都から外の地域へと展開することを
検討しているところです。
カナダ人兵士は昨年8月、2,000人の兵士を送り、アフガニスタンの平和維持軍の中で
最大の分遣隊を構成しています。
>>186 >>187 の事件、タリバン側の声明部分を抜粋
●Canadian peacekeeper, Afghan killed in Kabul attack
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/SP288588.htm 27 Jan 2004 By Yousuf Azimy KABUL, Jan 27 (Reuters)
タリバンスポークスマンがカブール郊外で起きたカナダ軍平和維持部隊への
自爆攻撃実行の責任を認めました。
「この攻撃は我々が行いました。実行を認めます」とハミド・アガはロイターに
語りました。
もう1人のタリバン幹部、アブドゥル・ラティフ・ハキミは 外国の"不信心者"たちに
同様の攻撃を行うのを待っているタリバン支持者が数百人いると言いました。
>>186-188 のAP記事です。既出情報と追加情報が混在していますが
全文紹介します。
●Suicide bomber kills two in Afghanistan
http://www.tulsaworld.com/BreakingNewsStory.asp?ID=040127_Br_afghan27 By AMIR SHAH 1/27/2004 1:43:00 PM
◎火曜日、カブール市内をパトロールしていたNATO治安部隊の車列に1人の自爆犯の
攻撃があり、カナダ人兵士1人とアフガン一般市民1人が死亡しました。
タリバンが実行を認めました。
死亡した兵士は 今月になって60人以上の死者を出している新しい暴力の波の中で
最初の外国人犠牲者となりました。この攻撃はアフガニスタンの大統領が
ポスト‐タリバンの時代になって初めての憲法に正式に承認の署名をした翌日に
起きました。
市の西部の主要道路を移動していた3台の車列に対するこの攻撃で 3人のカナダ兵と
8人の市民が負傷しました。
「道路にデコボコがあったので、車列がそこを通るのにスピードを落としていた時、
テロリストが車両の1台に飛び乗って自らを爆破させたのです」事件の起きた地区の
警察部長アリ・ジャン・アスカルヤルは言いました。
平和維持軍はカナダ人兵士1人の死亡を確認しました。「爆発が起きたのは自爆犯の 行為によるものだったとみられます」 タリバンスポークスマンの1人、ハキム・ラティフィ師はAP通信に衛星電話をかけてきて、 今回の攻撃は『私たちの国から連合軍がいなくなるまで続くことになる』自殺爆弾攻撃 作戦の始まりだと言いました。そして自爆したのはコースト州出身の22歳のハフィズ・ アブドゥッラーだと身元を発表しました。 カルザイはこの攻撃を『国民の平和と安全を崩壊させようと夢中になっているテロ勢力』 のものとして非難しました。 駐アフガン雨大使ハリルザドは この攻撃は『アフガニスタンが進展をしているので いかにテロリストたちが絶望しているかを示している』と言いました。 そしてタリバンは打ち負かされるだろうと断言しました。「歴史が私たちの側にある ことに疑いはありません」
ベルギー、ブリュッセルのNATO本部では、NATO事務総長シェファーがこの攻撃を非難し、 この事件で連合軍の平和維持軍が(アフガンでの活動を)思いとどまることはないと 誓いました。 「この兵士たちへの攻撃は恥ずべき行動です。しかしより良くより希望に満ちた将来を アフガニスタンに築くのを助けるという私たちの約束にこの事件が影を落とすことは ないでしょう」シェファーは言いました。 国際部隊と地元警察はカブールのカナダ軍首長基地からおよそ1マイルで、旧王宮の 廃墟に近いこの事件現場に非常線を張りました。 ひどく燃えて窓が吹き飛ばされた、荷台に屋根のないタイプの軍用ジープ1台が 黒い残骸の残る路上に置かれ、その隣に白いシートが横たえられていました。 小さなカナダ国旗がジープのアンテナから垂れ下がっていました。 死亡した兵士はニューファンドランド島、コンセプション港から来た26歳のマーフィー 伍長と身元が確認されました。負傷したのはオンタリオ州ベサニーのフェイコ大尉(30)、 ニューファンドランド島バーントアイランドのマクドナルド伍長(30)、 ニューブランズウィックのハートランドのニューマン伍長(23)です。
負傷者のほとんどを受け入れた病院の院長ファゼル・カリム・サイーディは 20歳の アフガン市民が腹部の負傷で死亡したと言いました。他に2人の負傷した市民が重態です。 カナダ兵の負傷者は安定状態にあるとスポークスマンのランガー中佐は言いました。 この攻撃の後、アフガニスタンの主要基地の中でカナダ兵たちは互いを抱きしめあい 慰めあいました。 軍の中には この攻撃は先週初めにカナダ軍がカブール警察とともに 何人かの テロ容疑者と麻薬組織のボスとされる者たちを逮捕した襲撃に対する報復だろうと 言う者のもいました。その襲撃はカナダ軍がNATO率いる治安部隊の一部として 昨年8月にアフガニスタンに到着して以来始めての攻撃的な活動でした。 兵士の多くは 交代要員が到着すればカナダに戻れるので、それを待っています。 タリバン追放から2年が過ぎ、タリバン残党はアルカイダやヘクマ派勢力とともに 雨軍や国際部隊に対して定期的に攻撃を行っていますが、自殺爆弾攻撃は アフガニスタンでは普通でない戦術です。
国連は 6月に予定されている画期的な選挙は治安の悪さから遅れることになるだろう、 そして状況が改善されなければこのまま取りかかることは不可能だろうと警告しました。 およそ2,000人のカナダ兵士が治安部隊に貢献していて、これはアフガニスタンにいる 平和維持部隊としては最大規模の部隊です。 昨年6月、バスに対して自殺攻撃があり、4人のドイツ兵が死亡し、29人が負傷した事件は ポスト‐タリバン時代になって首都で起きた最悪の事件のひとつでした。 もうひとつ、昨年12月28日には、自殺爆弾犯と見られる者たちがカブール空港の近くで 逮捕された後、自爆して、4人のアフガン情報部職員と運転手1人を殺害する事件が ありました。 昨年10月には地雷の爆発で2人のカナダ兵士が死亡しています。 (終わり)
記事ページにビデオの画面写真が1枚掲載されています。
●Video shows Taliban moving freely
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/B3EEA49F-9066-4042-A500-60E693DDC210.htm 27 January 2004 Aljazeera
◎アルジャジーラは パキスタン国境に近い東部アフガニスタンの政府の建物を
タリバン兵が破壊している姿を映したビデオのコピーを受け取りました。
火曜日に放送されたこのビデオは 雨連合軍がタリバンを捕らえるための捜索活動を
コンスタントに行っているにもかかわらず、タリバンが地域の主要道路を自由に
移動している様子を見せました。
日付不明でぼけた画面のこのビデオはさらに、タリバン兵が無線電話で相互に
通信している姿と、雨軍が頻繁に通る道理に地雷を埋めている姿も映していました。
軍事活動が終わると、タリバン兵は『戦利品』と呼ぶものを集める一方、
仲間の1人が祈りの呼びかけをしました。このタリバンたちはさらに ビン・ラディンの
雨軍に挑む呼びかけの言葉を引用して戦い続けることを誓いました。
雨国は2001年に 9.11攻撃に関与したとされるアルカイダをかくまったことで
タリバン政権を非難し、追放しました。
○張り詰めた状況 このビデオはアフガニスタン中で治安が悪化しているさなかに送られてきました。 戦争で荒廃したこの国の南部と南東部では特に数多くの攻撃や誘拐事件が 目撃されています。 火曜日にはカナダ軍の平和維持部隊がパトロール中に近くで起きた爆発で 1人が死亡し3人が負傷しました。また1月6日にはカンダハルで爆発があり、 15人が死亡し、他に大勢が負傷しました。 この新たに巻き起こっている暴力はタリバンと非合法組織アルカイダの残党が アフガニスタンの山岳地帯で再編成しているのではという憶測を高めています。 暴力的な事件(が多発するの)で 国連と人道支援機関は多くの地域で活動の縮小を 余儀なくされています。 (終わり)
>>199 ビデオURL教えていただいてありがとうございます!
>>198 追加情報抜粋
●British soldier killed in Kabul suicide blast
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL271031.htm By Sayed Salahuddin KABUL, Jan 28 (Reuters)
タリバンスポークスマンのラティフィ・ハキミは 今回の自爆攻撃者の身元を
サアドという名の20代のアルジェリア生まれのイギリス人だと確認しました。
サアドは最近ウズベキスタンに本拠を置いていたということです。
「彼はパレスチナのジハードにも参加していました」とハキミは付け加えました。
アフガニスタンで中東、アフリカ、中央アジアと関係のある(イスラム系)戦士は
通常アルカイダネットワークと結びついていて、タリバンではありません。
>>202 >★アフガン:米兵7人爆死は事故 地元州当局者
に対するタリバンのコメントを抜粋します。
●US troops killed in accidental blast, Afghans say
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL29845.htm 30 Jan 2004 By Sayed Salahuddin KABUL, Jan 30 (Reuters)
(今週2件続けて外国平和維持軍に対して タリバンが実行を認める
自殺攻撃がありましたが)
木曜日の件について尋ねられたタリバンスポークスマンのアブドゥル・ラティフ・
ハキミは「タリバンゲリラ兵はこの件には関係ありません」と言いながら
付け加えてこう言いました:「これは神の報いです。私たちはガズニ州で起きたこと
すべてに満足しています」
●US releases teenage prisoners from Guantanamo
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/N29157238.htm By Charles Aldinger WASHINGTON, Jan 29 (Reuters)
(要旨)
雨政府は木曜日、グアンタナモの捕虜収容所にいる3人のアフガン人の
10代の少年たちを釈放し、飛行機で母国に帰したと言いました。
帰国した少年たちは市民生活に戻れるようNGOが支援するそうです。
未成年者の長期拘束は 人権団体などから強い非難を受けていました。
こんにちは〜!
>>210 >▲フセイン氏:「非協力的で健康に異常なし」 アラブ紙報道
>>何か笑ってしまいました>見出し
ワロタ!(・∀・)
フランス人ジャーナリストの『偽タリバン取材ビデオ』問題の続報です。
ここしばらく関連記事を貼っていませんでしたが、
パキ人ジャーナリストで仲介者のリズヴィ氏の処遇が問題になっています。
当初の報道では偽タリバンのセッティングをしたのはリズヴィ氏と言われていましたが、
その後リズヴィ氏は自分も騙されていたと主張しているようです。
●Taliban film case: Pakistani Journalists shifted to jail
http://www.paktribune.com/news/index.php?id=53448 January 30,
◎警察は金曜日、タリバン兵の姿をビデオ撮影した件に関わった3人の
パキ人ジャーナリストを司法官ハルーン・アガの前に立たせました。
その場は厳しい警備態勢が取られました。
法廷が被告人の供述を記録した後 被告人たちはクウェッタの164地区の刑務所に
移されました。
バロチスタンの人権委員会副委員長マリク・ザフール・アハマド・シェワニは ハワル・メヘディ(リズヴィ)、サイード・ヌールッラー、アブドゥッラー・ シャキールを含むこの件の被告人たちを弁護(擁護)しました。 一方、リズヴィは この件に関して自分は潔白で、自分に向けられた 告訴内容にあたることは何もしていないと主張しました。 リズヴィはフランス人ジャーナリストたちと同じく自分のことも騙していた現地人を 非難しました。フランス人ジャーナリストたちも当初、『パキ国を中傷するために パキ国内でタリバンの偽ビデオを撮っていた』という容疑で拘留されていました。 また、リズヴィの兄弟ソハイル・リズヴィは法廷内で彼と短い面会をしました。 ソハイルはリズヴィと面会した後、能力と費用が許す限り、彼の主張を擁護すると 語りました。 「私たちはこういう逮捕のやり方を恐れません」ソハイルは 兄(弟)は根拠のない 告訴からすぐに解放されるだろう、と希望を持って言いました。
彼はさらにこの訴訟に関して 彼が『情報局の非情な役割』と呼ぶものを暴露すると 誓いました。 ソハイルは 刑務所と警察当局が拘束中のリズヴィを拷問にかけたと非難しました。 「面会のあいだ、ハワルは大きな精神的ストレス状態にありました。そして彼の 身体の動きは この1ヶ月の拘留中に刑務所内で当局によって叩きのめされていたことを はっきり示していました。 ソハイルは 最初政府はリズヴィの拘留を否定していたのに「その後、メディアの 圧力に負けて、彼を法廷に差し出した」と言いました。「このことは明らかにこの件が 政府レベルの問題であることを示しています」 「政府は独立メディアの声を抑圧しようとしているのです」 (終わり)
「神は私をタリブとしてお作りになりました」今回の恩赦で釈放されたアフガン人の タリバン司令官の1人、55歳のハル・モハマドは明言しました。「タリブとはアッラーの 喜び(幸せ)のために奮闘する者です。不信心者と戦うこと--これは全能のアッラーの 命令なのです。敵が雨人だろうと、ロシア人、イギリス人だろうと それは問題では ありません」 シェベルガン刑務所は誇りっぽい平原にある荒涼とした要塞です。そしてここは キューバのグアンタナモ基地、カブールのはずれにあるバグラム空軍基地について 3番目に多くのアルカイダおよびその同盟者の囚人を拘置している所です。 囚人たちのほとんどは2001年12月に タリバンのクンドゥズの要塞が陥落した後に ここに連れてこられました。 自身が属するパシュトゥン人コミュニティの長老たちから 今年行われる選挙がらみで プレッシャーを受けているカルザイ大統領は 最近タリバン率いる抵抗活動が急増して いるにもかかわらず、(主にパシュトゥン人の)囚人たちを釈放すると先月発表しました。 カブールでは 囚人釈放の提案は カルザイ氏が比較的穏健なタリバン内の勢力に対して 譲歩することでタリバン(の中心強硬派)がカムバックするのを妨げる試みの一部だと 見られています。
「理由もなく人々を苦しめ投獄する時代は過ぎました」カルザイのスポークスマンは 言いました。「この恩赦に選ばれた者たちは 新しいアフガニスタンで平和できちんと した生活を送るためのすべての権利を有する普通のアフガン人たちです」 シェベルガン刑務所の警備管理者ファザル・ハディはあまり楽観していません。 「彼らの一部はもう抵抗活動に加わらないでしょうが、ほとんどは復帰するだろうと 思います。彼らは根本主義グループの一員で、多くはマドラサの生徒です。残念ながら 戻っていくでしょうね」 囚人たちはカルザイの使者に対しては 釈放されるために実に巧みに作り上げた見解を 述べて見せる一方で、それ以外の訪問者に対しては正反対のことを言います。 管理者のハディ氏は詳しく述べています:「最近ここに数人の雨人が来ました。囚人の タリブたちは雨人が立ち去ると彼らを帝国主義者と呼びました。そしてもし自分たちが 釈放されたら(活動に)戻って雨人を殺すと言っていました」 アフガニスタンにいる西側外交官たちはカルザイ氏に『敵対相手と橋渡しをするという 誤った試みをすることで、国際部隊が直面している任務を悪化させないよう』警告して います。
「私たちはこれがタリバン"穏健"派の下位兵士と関係を築こうとする試みのひとつだと 承知してます。しかし国際部隊を危険にさらしている暴力的な敵対勢力の釈放につながる 処置には絶対反対するつもりです」ある外交官は言いました。 テレグラフ紙がシェベルガンを訪れた時、受刑者たちの中でタリバンへの支持は強い ものでした。若い兵士は年長者たちと声を合わせて、この国を中世に引き戻すような 厳格な活動をよみがえらせると誓っていました。 タリバンの温床のひとつ、南部ザブル州から来た26歳のアブドゥッラーは 軍閥たちが 支配件を握って以降 失われている日常生活の安定を回復するために タリバンが 復権することを願っていると明言しました。「タリバン時代は安定していました。 戦いもなく、私たちの家々が略奪されることもありませんでした」 しかしながら、囚人たちのすべてが同意しているわけではありませんでした。 一部の者はタリバンがパキスタン北部の活動と契約を結んで以来 過酷な数年間が 続いたため、タリバンに幻滅したことを認めました。 刑務所内の環境は明らかに囚人たちの一部の者たちの戦闘意欲を削いでいて、 彼らは今では家庭生活に戻りたいと切望しています。
シェベルガンは そこに囚われている463人のパキスタン人と437人のアフガン人受刑者 にとって酷な監禁場所です。ここは1980年代にソ連によって大幅に再建されましたが、 その独房はシラミだらけのベッドと崩れかかった壁が目につきます。 食事に関しては赤十字の介入で改善されました。囚人たちは現在週に2回牛肉を食べ、 ニンジンとジャガイモのような野菜とお米の食事を毎日食べています。 それでもほとんどの者たちが疥癬、消化不良、坐骨神経痛などにかかり、少なくとも 47人が結核を患っています。 シェベルガンのパキ人囚人のほとんどは 近々釈放される見込みはありません。 カルザイ大統領は この問題はイスラマバードと交渉しなければならないと言いました。 多くのパキ人受刑者はタリバンが自分たちを騙してアフガニスタンに戦いに来させた ことを怒っていると言いました。 (終わり)
>>219 最後の部分ですが、開戦当初から1ヶ月くらいの間 タリバン(オマル師)は
パキ人義勇兵に「来なくていいですよ」と言ってましたよね?たしか…。
今考えると タリバンの上層部は時機を見て戦わずに撤退することを
かなり早い段階から決めていたようなので、
義勇兵が来ると事態がややこしくなるから断っていたんだと思います。
でもある時点で 彼らの勢いを抑えられなくなって
「じゃあ、来たい人だけ来てくださいです。。」となったような記憶があります。
だから「騙された」と感じている人は タリバン政権というよりも
タリバンの方針を知らなかったパキ国内の親タリバンリーダーたちの
言葉を信じてしまった、ということになるのかな?と思います。
●Eight killed in fresh violence in Afghanistan
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL20365.htm KABUL, Feb 1 (Reuters)
◎アフガニスタン中央部でタリバンとその支持者とみられる者たちによる
爆弾攻撃があり、アフガン当局者1人とその家族7人が死亡した、と
地方当局者が日曜日に言いました。
土曜日 ウルズガン州デー・ラウードの市長ハリファ・サダートとその家族が
買い物から帰る途中、家の近くに設置されていた爆破装置に乗っていた車両が
接触しました。
州知事ジャン・モハマド・カーンは 死亡者の中にはサダートの3人の子供がいたと
言いました。
「遠隔操作の爆弾でした」カーンは衛星電話でロイター通信に語りました。
カーンは6人の容疑者が逮捕されたと言いましたが、身元については述べませんでした。
「爆発物はタリバンか…あるいはアルカイダか、ヘクマ派の手作りのものだった ようです」と彼はヘクマ派の名にも触れて言いました。 山岳地帯であるウルズガン州はタリバンが2001年後期に雨連合軍によって政権を 倒される以前はタリバンの拠点のひとつでした。 それ以来この州では戦闘と雨軍の攻撃が断続的に起きています。 今月、この地域では一般市民を含む80人以上の人々が死傷しました。 アフガン大統領カルザイは土曜日、この州で2週間前に行われた雨軍の空爆で 10人の村人が死亡したと言いました。それは『その攻撃で死んだのは武装した5人の 男だった』という雨軍側の報告に異論を唱えたものとなりました。 アフガニスタンは昨年8月以来、500人以上の死亡者と多数の負傷者を出している 暴力の新しい波によって揺り動かされています。 (終わり)
225 :
黒ターバン ◆RGK/h/GT6g :04/02/02 02:09 ID:+8IQVUwn
サラ〜ム!!
>>220 関連、
うん、そうだったなぁ、同記事をニュータリのほうにも、くんくん日記より
載せたが、当時を振り返ると、確かに、、参考記事
http://www.tokyo-np.co.jp/terro/text/2001/text/dtr2001110205.html >「アフガニスタン・タリバン政権を支援する部族の義勇兵約千二百人が、
>国境を越えてアフガン・コナル州に入った」と語った。 ・・・
>タリバン側はこれまで「善意は受けるが、必要はない」とし、・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
思い起こせば、、義勇兵にまつわる、様々なことがあったなぁ、、
<参考過去記事>
http://www.mediajapan.com/ocsnews/96back/666b/666/666topic.html >ペシャワル市内、ナセルバザール(市場)付近の道路脇に人だかりができている。
>白と黒の横縞模様のタリバーン旗がはためくテントが設けられ、
>アフガニスタンでの「聖戦」に参加する人々が列をなしているのだった。
>アメリカと戦うムジャヒディンになろうとする人々はノートに自分の名前と住所などを書き、
>いつでも戦いに出られるように登録しておくのだという。
>列に並んでいた大学3年生、エンジニアリング専攻のモハマド・アシャクさん(22)は、
>「アメリカは(アフガニスタンで)罪のないイスラム教徒を殺している。
>私たちの兄弟、姉妹、土地、宗教を守るために戦う」と英語で語った。
> 国境の町、ペシャワルでは10月12日以降、毎日反米集会が開かれている。
>集会を主催している「イスラム聖職者協会」は「すべてのイスラム教徒は
>アメリカと戦うために隊列を整えよ」と連日スピーチを行っている。
>それに応えて人々は「聖戦」に参加するためアフガニスタンに向かう。
>>225 ソースと参考記事をありがとうございます。
パキ人義勇兵の人たちが早く解放されて、できれば
誤解(と私は思っている)も解けてほしいなと思います。
参考記事にもあるとおり、当時の義勇兵と義勇兵を送り出した
親タリバンリーダーたちの気持ちもわかるし、
やはり騙したとか騙されたとかいう言葉は使いたくないですよね。
「私たちは1週間の間にふたつの自殺爆弾攻撃を経験しました。これは憂慮すべき 傾向です」カブールに住む政治オブザーバーで解説者のカビール・ランジバル教授は 言いました。「南部の問題がカブールに入ってこようとしています。これは私たちを 少し狼狽させています」 マーフィーの遺体は昨日ニューファンドランド島の家族のもとに戻りました。 彼は故郷のコンセプション・ハーバーに火曜日に埋葬されるでしょう。 26歳で Royal Canadian Regiment Battle groupの第3大隊2,100人の1人だった彼は 6ヶ月の(アフガンの)任務に就いて たった5日しか働いていないところで、 同僚たちと乗っていたIltisジープへの自殺爆弾攻撃を受けました。 他に3人のカナダ兵がこの攻撃で負傷しました。その翌日にはふたつ目の自殺爆弾攻撃が あり、イギリス兵1人が死亡し、4人が負傷しました。 『自殺爆弾攻撃は戦後のカブールの危険な新しい局面の始まりを表している』として アナリストたちの見方は一致しています。
「これは始まりに過ぎません」タリバン幹部のアブドゥル・ラティフ・ハキミは 攻撃の実行を認めて、警告しました。「同様の攻撃がさらに行われるでしょう。 数百人もの私たちの仲間が自殺攻撃を実行する覚悟をしています」 治安専門家たちは 自殺爆弾攻撃はアルカイダの仕業だと考えていました。 しかし現在は カブールの外部で再編成しているタリバンの仕業だと言います。 タリバンはアフガニスタンに駐留する外国軍と、雨政府に支えられたカルザイ政権に 対するジハードを宣言しています。 タリバン復活の源はアフガニスタンの騒然とした南部地方にあります。国連やその他の 支援団体は治安上の懸念から 昨年の夏にこの地域から撤退しました。 それにより タリバンの生まれたまさにこの地域 --過去にタリバンを支持していた パシュトゥン人の支配するエリア-- は危険のるつぼと化しました。 ランジバルは カルザイ政権が"地方の住民たちを恐れさせている"イスマイル・カーンや ハズラト・アリのような軍閥と取り引きしていることを非難しました。
「自殺爆弾攻撃は悪い国内政策と直接つながっています」と彼は言いました。 「そういった軍閥たちは タリバンが戻ってくるような風潮を作り出しています。 そこに法はありません。違法行為しかありません。軍閥かタリバンかという選択しか なくなっています。もし私たちがこの状況を変えることができなかったら、 事態はさらに悪くなるでしょう。人々はタリバンに共鳴し始めるでしょう。なぜなら 彼らはこの無秩序の中で安全を象徴することになるからです」 しかし ある西側外交官高官は 歴史は繰り返す、と言われ始めていることを 重要視しないようにと警告しました。 「現在起きている(タリバンの)復活はまだこの国の一定の地域に限られています。 そして肝心なことは そこに住む人たちは誰もこれ以上の戦争を望んでいないということ です」 「再建に焦点を当てるべきです」と彼は すでに地方のパトロールを始めている 雨軍とイギリス軍の再建チームに言及しました。
一方、警察はこれ以上のタリバンの潜入を防ぐために カブールに入るルートに 検問所を設けました。 昨日、彼らはまた自爆攻撃が起きるかもしれないという新しい報告を得ました。 しかし地元の警察長官たちは まったく自分たちの手の届かない問題を解決する 力はないと感じています。 「私は自爆実行者がアフガニスタン出身者だとは思いません」と マーフィーが 死亡した地域担当の警察長官シェル・フセインは言いました。「アフガニスタンの 敵たちは状況を不安定にしようとしています。そして私たち(タリバン後の アフガン統治)の失敗を世界に見せつけたいと思っているのです」 フセインは これからも多くの兵士たちがターゲットにされるだろうと考えています。 「私たちはこれで終わったとは見ていません」 マーフィーが死亡した現場の近隣に住み働いている人々は 自殺爆弾攻撃は市内に 新しい恐怖を生み出したと言っています。
*
>>231 は5/6です
多くの人々は 暗くなってから家を離れるのを怖がっています。
「(外国の)兵士たちが最初にここに来た時は、彼らは平和と治安と繁栄をもたらして
くれました。しかし今は平和について楽観視してはいられません」と57歳の
ネック・モハマドは言いました。彼は通りであの爆発が起きた時、孫息子を学校に
連れて行く途中でした。
ハジ・アリグッラーは通りの向かいにある自分のセメント店内で 火曜日の爆発の
死傷者の治療(処置)をしました。彼は(外国)兵士たちが(アフガンでの)作業を
続けてくれることを祈るばかりだと言いました。
なぜなら外国兵なしでは「また内戦になる」からです。
「犠牲はしかたのないことです」彼は言いました。
(終わり)
>>234 ありがd!
オマル師のメッセージ キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!!!
●Eid Ul Adha Message From Mullah Omar
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=93249&list=/home.php& Feb 02, 2004 Source: Daily Islam, Translated By JUS
◎信心深い指揮官でタリバン最高指導者であるモハマド・オマル師が 犠牲祭によせて
メッセージを出しました。その中で彼は この国が雨人の十字軍とカルザイの偽善的な
政権から解放されるまでジハードは続くと言いました。
パシュトゥ語で書かれ、タリバンスポークスマンのハミド・アガからファックスで
送られてきたこのメッセージは このように述べています:
インシャーアッラー、雨国はアフガンでジハードが行われた後のソビエト連邦と
同じように崩れ落ち消え去るでしょう。
そしてメッセージはすべてのムスリム、特にグアンタナモに閉じ込められている
ムスリム同胞たちとその家族に向けられています。
オマル師は ムスリムが閉じ込められ犠牲になっていることは無駄にはならず、
アッラーはこの世でも天に召されてからも彼らに報いてくれることでしょうと
言いました。
オマル師は(雨軍の)占領から2年たっても 偽善者たちの約束は実現しておらず、 封建的な暴力を終わらせるという制約はごまかしであり、軍閥たちは今も王子のように この国を支配していると言いました。 彼はさらにつづけて ロヤ・ジルガやその他の会議は『アフガニスタンの大衆に対して 誠実で、この国のイスラム教の遺産を守ることに真剣な政府を実現させることに 占領軍は関心を持っている』とアフガン人が考えるよう騙すのに使われた道具だと 言っています。 実際にはアフガンの大衆は 何世紀にも渡って築いてきたイスラムの政府を失い、 そして現在は爆撃と治安悪化と不品行と悪徳の犠牲者になっている、とオマル師は 言いました。 オマル師は アッラーの御意思で雨軍はムスリムの土地から追い払われるだろう、 そして雨人のヘゲモニーを取り除くことはムスリムの手によってなされるだろう、 という言葉でメッセージを締めくくりました。 (終わり)
>>237 スゴイ゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!
貴重で素晴らしい写真集紹介 ありがとうございます〜〜!
どの写真も タリバンらしい良い雰囲気があるうえに
服装の様子がよくわかる写真が多くて とてもうれしいです。
ザイーフたん写真は1〜2枚 初めて見る気がするものがありました。
アガたん記者会見写真は まわり(背後)の様子がわかってすごくイイです!w
ところで アガたんはもう1年近くメディアに登場しなくなってしまいましたね。
再登場ハゲしくきぼんです!
(知っている限りで アガたんのフルネームに ハミド は入っていないので、
最近登場回数の多いハミド・アガさんとは別人物だと考えています)
●Russian Taliban Men To Be Taken Home For Trial From Guanta
http://www.bernama.com.my/bernama/v3/news.php?id=43955 MOSCOW, Feb 3 (Oana/RIA NOVOSTI)
*タリバンのために戦って 現在グアンタナモに拘束されている
何人かのロシア人(ロシア国籍人)がロシアで裁判にかけられるために
近々グアンタナモから移されることになるそうです。
関連記事●Russian mother pleads for son to stay in Guantanamo
http://www.abc.net.au/news/newsitems/s920538.htm *これは去年の8月の記事ですが、あるロシア人拘留者の母親が
「ロシアの刑務所や裁判所はとても恐ろしいところだから、
このまま"人道的で環境の良い"グアンタナモに息子を置いておいて欲しい」と
言っている記事がありました。
グアンタナモがいい場所だと言うのではないけど
『祖国の人権状況の方が恐ろしい』と感じている人は他にもいそうですね。
アフガン人で今までに釈放された人たちは その後の記事を見たところでは
帰国直後に尋問を受けたあとは自由になっているようです。
ちなみにこの記事によると ロシア人拘留者は8人です。
●Guantanamo Afghans Rejoin Families
http://www.arabnews.com/?page=4§ion=0&article=38986&d=3&m=2&y=2004&pix=world.jpg&category=World KABUL, 3 February 2004
(要約:話題がふたつあります)
先週の木曜日、グアンタナモに拘束されていた13〜15歳のアフガン人の少年たちが
釈放のため赤十字に引き渡され、その後家族の元に戻ったと月曜に関係者が言いました。
少年たちは見たところ元気そうで、グアンタナモでは年長者たちと違う部屋で
遊びや楽しみも許されていたと言いました。雨政府はアフガン当局に、
報復を避けるため、少年たちの名前を明かさないようにと指示しました。
国連の食料農業機関(FAO)は アフガニスタンの農民がケシ以外の作物を
作るように奨励するために、各国に資金援助を求めました。
FAOは2,550万ドルの資金を集めて、今後5年間、アフガンの4つの主なケシ栽培地域で
代替作物の農業開発プロジェクトを設けたいと思っています。
最終的には10年以上かかる作業と見て、各国の長期的援助公約が必要と言っています。
●US citizen held from Afghanistan gets lawyer visit
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/N03363815.htm CHARLESTON, S.C., Feb 3 (Reuters)
(要約…にしては長いです)
両親がサウジアラビア人で、雨生まれで サウジで育った23歳の
ヤセル・エサム・ハムディは2001年のアフガン戦争中に
アフガニスタンで拘束されました。
当初はグアンタナモに送られましたが、その後雨国籍であることがわかると
サウスカロライナ海軍基地に送られ、今もそこで拘束されています。
3日火曜日に初めて弁護士との面会を許されました。
面会後 弁護士は詳しいことは述べませんでした。しかし印象として
「どのくらい拘束されるのかわからない状況はかなり厳しいように見えた」と
語りました。
ハムディの家族は 大学生だった彼はその夏にパキスタンの難民を
支援しに行って、国境を越えてアフガニスタンに入った時、
タリバンから一方的に仲間に加えられ、戦闘に参加させられたと言っています。
4月に最高裁で審議され、6月の終わりまでに判断が下される見込みです。
●US forces invite innocent Taliban members to join Afghan peace process
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16477&view=detail KABUL, Afghanistan, 2/4/2004 (Xinhua)
◎「アフガニスタンに駐留する雨軍は無実のタリバンメンバーに対して 国の和平
プロセスに加わるよう招く一方で、抵抗を続けるタリバン兵士に対しては戦闘作戦を
強化する」と水曜日に雨軍報道官が言いました。
「私たちは戦闘作戦を強化し、春、夏、秋と続けていきます」ヒルファティ報道官は
カブールの記者会見で言いました。
「しかし私は 敵たちに言いたいのです。できれば自分たちのやり方の間違いに気づき、
タリバンの幹部でない者なら アフガニスタンの一般の人々の中にそのまま入っていけば
いいのだと」
昨夏以来 主に南部と東部地域でタリバン残党による反乱活動は増加し、
さまざまな攻撃と武力衝突で多くの市民を含むおよそ500人が死亡しています。
この発言に先立って雨&アフガン当局は「2人の国際平和維持部隊兵士と多くの市民が 死亡したタリバンと見られる自爆犯による最近の攻撃は 2001年に雨連合軍に倒された タリバンの自暴自棄を示している」と言いました。 「犯罪者でもテロリストでもない多くの普通のタリバンがいます。私たちは彼らに 和平プロセスに加わるよう求めます」雨軍報道官は強調しました。 現在アフガニスタンにタリバン&アルカイダ残党捜索のためおよそ9,000人の部隊を 置いているペンタゴンは 戦後復興期のアフガニスタンでタリバンの攻撃が高まる 可能性を防ぐため、早期の対応として春の攻勢を計画中だと報道されています。 (終わり)
>>224-245 にタリバンからレスがきますた。
●‘Taliban will never cooperate with Afghan govt’
http://jang.com.pk/thenews/feb2004-daily/05-02-2004/main/main15.htm February 05, 2004 KABUL
◎「タリバンは決して雨政府に支えられたアフガニスタンの政府と協力しません。
たとえ私たちのリーダーに大統領職が与えられても」と 水曜日にタリバンを
代表すると名乗る人物が言いました。
「タリバンはどんな条件を出されても、たとえ政府のポジションをすべて与えられても
現在の政府にには決して加わりません」 アフガニスタン南東部から ムハマド・
サイフル・アデルと自称する男が電話で言いました。
「私たちは1人でも外国の兵士がアフガニスタンにいる限り政府と協力するつもりは
ありません。彼らが去ることをのぞみます。たとえオマル師に大統領職を与えられても
私たちはユダヤ人とキリスト教徒と協力するつもりはまったくありません」
*
>>244-245 の間違いです;
水曜日、この発言に先立って、雨軍スポークスマンのヒルファティは タリバンの中には
穏健派もいるので、そういう人々となら雨軍は協力するつもりがあると言っていました。
「私たちが和平プロセスに招いている(罪のない)タリバンは大勢います」
ヒルファティはカブールの記者会見で語りました。
しかしながら、サイフル・アデルは「タリバンの中に 穏健派と強硬派の区別は
ありません。イスラムは平等な宗教です。私たちの敵が私たちを穏健派と根本主義者に
分けたがっているのです。タリバンはアフガニスタンがイスラム法で統治された
独立国であって欲しいと思っています」と言いました。
カルザイ大統領は タリバンの中の一定の人々、特に無理やり徴兵された兵士たちは
武器さえ引き渡せば、喜んで恩赦を与えると何度も言っています。
(終わり)
去年アフガンに行った者ですが 今月末くらいに再びアフガンに行くことになりそうです このスレで色々情報取得していましたがこれからもお願いします 帰ってきたらなにか報告します
●Afghan troops hang Taliban soldier from crane
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL102062.htm 05 Feb 2004 KABUL, Feb 5 (Reuters) -
◎木曜日、南部ヘルマンド州で タリバン兵の1人がダム爆破に失敗して
死亡した後、アフガン政府軍はその遺体をクレーンから吊り下げました。
タリバンたちがヘルマンド州北部のカジャキ地区のダムを爆破しようと試みて
いたときに(政府軍と)始まった戦闘で、ほかに2人のタリバンが負傷したと
知事のシェル・モハマド・アフンドザダは言いました。
「死亡したタリバンはカジャキの市場でクレーンで吊るされました」
アフンドザダは言いました。付け加えて 政府軍は他のタリバンゲリラ兵たちと
一緒に逃げた負傷した2人の捜索を開始したと言いました。
〜〜中略(一般的なタリバンとアフガニスタンの近況)〜〜
タリバンが権力を握っていた1996年、彼らはカブールの通りの部署から元大統領
モハマド・ナジブッラーを吊るしました。
>>249 現在のアフガンを直接見ることのできる方に
このスレに書き込んでもらえることが本当にうれしいです。
249さんが現地でお仕事を無事安全に終えられ、戻ってきてまた
ここでお話をしてもらえることを 心から楽しみにしています。
こんばんわデス〜!
>>349 お話をうかがえるのを、お待ちしています!
お年でもあるし心配です。ご回復を!!
☆アフガン元国王、体調不良でインドの病院に搬送
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20040205id23.htm AFP通信によると、アフガニスタンのザヒル・シャー元国王(89)が3日夜、アフガニスタンから
インドのニューデリーの病院に搬送された。
腸の不調を訴えているが、容体は安定しているという。アフガニスタンのカルザイ大統領の報道官は、
元国王がここ数日、疲労気味で気分がすぐれなかったことを明らかにしたが、危険な状態ではないとしている。
>>192 関連
この記事とその次に紹介する記事は 出てくる人名が多くて混乱しました。
自分の勘違いや、訳の間違いがないことを祈りつつ紹介します。
●Suicide bomber in Afghanistan was son of al-Qaeda member: Taliban
http://paktribune.com/news/index.php?id=53768&PHPSESSID=1764149e9df7ef072984778b40a25774 February 05, 2004 KABUL
◎アフガニスタンに駐留する国際平和維持軍のカナダ軍パトロール部隊に自爆攻撃をして
2人を死亡させた実行者は アルカイダメンバーの息子だ、とタリバンスポークスマンが
言いました。
1月27日にカブールで ISAFのパトロール部隊に歩いて近づいて自爆した人物は
パキスタンで2003年10月に殺害されたアルカイダメンバーの息子だと スポークスマンは
言いました。
「南東部コースト地域出身のアフガン人モハマド・アブドゥッラーは エジプト系
カナダ人のアブドゥル・レーマンの子供です」と スポークスマンでモハマド・
サイフル・アデルと自称する人物は言いました。
「アブドゥル・レーマンは対ソ戦時代のすばらしい戦士でした。彼は人生の大半を パキスタンとアフガニスタンで過ごしました」 「最近パキスタンの部族地帯、アングール・アッダの村に対してパキスタン軍が 行った軍事作戦中に彼は亡くなりました」 「兄弟のズバイド《モハマド・アブドゥッラー》はファーハドと呼ばれていました。 彼は2001年後期にコーストで雨軍に逮捕されました。今はグアンタナモに拘留されて います」 1月27日に起きた自殺爆弾攻撃で、1人のカナダ兵と1人のアフガン一般市民が死亡し、 他に9人ほどが負傷しました。 アフガン当局とISAFは 今までのところ『自爆犯は爆発物に加えて臼砲と大砲(の弾?) を身体につけていた』という以外、人物についての詳細は明らかにしていません。 (終わり)
>>192 >>254-255 関連 こちらも人名が錯綜しています
●Suicide bomber no Canadian, troops insist
http://www.theglobeandmail.com/servlet/story/RTGAM.20040205.wkabu0205/BNStory/National/ Feb. 5, 2004 By LES PERREAUX Canadian Press Kabul
◎カブールでカナダ兵1人が死亡した自殺爆弾攻撃者の身内がカナダ人だったという
話が木曜日に出されたことは、その攻撃現場にいた部隊の中で驚きと疑いをもって
受け止められました。
アフガニスタンのカナダ分遣隊トップ司令官アンドリュー・レスリー少将は
先週の攻撃から1日半後に 流れていたカナダとつながりがあるという噂を退けました。
「私はそうは思いません。たわごとでしょう」 カナダとつながりのあるテロリストが
実行したのかと尋ねられた時レスリーはそう言いました。
1月27日の自爆攻撃と、翌日イギリス兵1人を殺したふたつ目の自爆攻撃は ひとつの
つながりのある出来事だとレスリーは言いました。そしてカナダ軍ではなく、NATOが
狙われたのだろうと示唆しました。
最初の攻撃の現場にいた兵士たちは 自爆攻撃者がカナダ人の経歴を持つ者だという
形跡は その前後に何もなかったと言いました。実行者はカナダ軍に何かしてくると
いうよりも ただこっそりとジープでパトロールしていた兵士たちに近づいてきたと
言いました。
自爆実行者の頭部を見たカナダ軍とアフガン警察当局は、それは30〜40歳で エジプト系カナダ人の22歳の息子のようには見えなかったと言いました。 このエジプト系カナダ人の男は最近パキスタン軍に殺害された人物で、アルカイダ 活動に加わっていたと見られていました。 「事件現場を見た私の意見としては、この人物はもっと年長だと思われます」 ジョン・ヴァス少佐は言いました。彼は事件の時パトロール部隊を指揮していました。 「その人物は35〜40歳くらいだと思います。とは言うものの、私は彼の顔を一回チラッと 見ただけだし すごい緊張の中のことでした。わかっているのは 彼が自身を爆破した 事実と、彼の身体や顔中に異物が付着していたことです」 アフガン警察とカナダ軍の捜査官はこの自殺爆弾攻撃を調査中です。そして軍捜査局員の ひとりが呼ばれました。今までのところ、軍は調査結果について何も明らかにして いません。 AFPは水曜日、タリバンスポークスマンの話を引用して 自爆攻撃者はモハメド・ アブドゥッラーといい、昨年10月にパキスタンで殺害されたアルカイダの一員と 見られるエジプト系カナダ人の息子だと伝えました。
AFPの伝えた内容と適合する名前はありませんでしたが、22歳のアブドゥッラー・ハドル という人物は アフガニスタンの急進主義者のトレーニングキャンプを運営していた ことで非難されていたのと同じ人物かもしれないという憶測を引き起こしました。 トロント生まれのアブドゥッラー・ハドルはエジプト系カナダ人のアーメド・サイード・ ハドルの息子です。アーメド・サイードはアルカイダとつながりがあり、昨年10月に パキスタン軍に殺害されたと言われています。 トロントにいるアブドゥッラーの兄弟の1人、アブドゥラーマン・ハドルは アブドゥッラーが自爆攻撃者だったとは思わないと言いました。 「そんな恐ろしいことをする人物と自分が関係あるとは思いたくありません。 私の知る兄(弟)はそんなことをするとは思えない人ですから、彼がやったとは 考えていません」アブドゥラーマンは言いました。 キャンプJulienで『自爆攻撃者とカナダにつながりがある』という噂が疑ってみられて いる一方で、攻撃で死亡したマーフィー伍長が任務についていたアフガニスタンの カナダ軍主要基地では、その報道は今も兵士たちにショックを与えています。
「兵士が…それもカナダの兵士が…その上もう1人カナダ人? 肉体を使った攻撃で 自らを殺した? それは考えられうる最低のことです」 マーフィーの(負傷した)同僚の1人を担当しているSgt.-Maj.バートレットは言いました。 「この報道を見たとき、私はこのようなことが行われた、あるいは行われうることに 本当に驚きました。信じられません」 「水曜日の報道は タリバンを代表すると自称する人物が自爆攻撃の実行を最初に 認めた報道とは違いました。APは先週、タリバンスポークスマンの1人は 攻撃者を コースト州出身の22歳のハフィズ・アブドゥッラーだとしていました。 APもAFPのどちらの報道も 独立して確認することはできていません。 「タリバンは虚報を流す作戦を行うことで知られています」キャンプJulienにいる カナダ軍司令官ドン・ディーン中佐は言いました。 「タリバンの言うことは控えめに聞かなければなりません」
爆弾攻撃者の頭部を数回見てその年齢を28〜35歳と見ているSgt.-Maj.バートレットは この謎はすぐに明らかになるだろうと確信していると言いました。 「私はDNA検査や現代医療技術を信じています。即座に答えはわかりますよ」 「私は(捜査官たちが)自爆攻撃者の遺体の一部を保持していることを知っています。 そしておそらくその父親のDNAももっているでしょう。両方を並べれば、すぐに わかることです」 DNA検査にどれくらいかかるかということはわかっていません。10月2日にパキスタンで アーメド・サイード・ハドルが殺害された後、そのにDNA鑑定が最終的に完了するまで 数ヶ月を要しました。 アフガン警察の調べを受けた目撃者たちは 先週の自爆攻撃者は 他の多くのカブール 市民と一緒にバス停留所に立ち止まっていて、目立つ存在ではなかったと言いました。 その見かけは汚くて服装も乱れていたと説明しました。 自爆攻撃事件現場となったとおりを含む地域を担当する兵役軍人のムハメド・ イブラヒムは周りの人たちに何の疑いも感じさせなかったと言いました。
イブラヒム氏は 自爆攻撃者には1人協力者がいて、2人で現場に来て、
臼砲の爆弾を胸部に取り付ける準備をしていたのではないかと言いました。
「少なくとも2人の人物がこれに関与しています。大きな計画の一部だったのです」
イブラヒム氏は言いました。
(終わり)
-------------------------------------------------------------------------
ちなみに去年10月29日のCSモニター記事では アーメド・サイード・ハドルは
パキ軍による部族エリアへの襲撃を逃れた、と書かれています。
(襲撃を逃れた者のうち2人がその後逮捕された、と書かれていますが名前はわかりません)
前スレ
>>160 ●Tribesmen take cash, count 'blessings' from Al Qaeda
http://www.csmonitor.com/2003/1029/p01s03-wosc.html Officials term the recent operation "successful" but now admit that
an Egyptian-born Canadian, Ahmed Said Khadr, believed to be an Al Qaeda leader,
escaped the raid. This past week, at least two Al Qaeda men, who had fled
the raids in South Waziristan, have been arrested in Pakistan's Punjab region.
262 :
怒髪天女 :04/02/06 19:00 ID:yUFxsyOe
がんばれ!ザイ-フたん&アフガンうぉち13、より 03.7.30あげ玉さんの翻訳からハッサン・カ-ン准将の推論部分を勝手に ニュ-タリに取り上げてしまいました、事後報告でスミマセン。。。 パキの動きに目が離せません。
>>262 いえいえ、お恥ずかしい訳文ですが、興味ある点の指摘に
使っていただけてうれしいです。
(元記事を書いた記者さんに敬意を払いつつ)
>>254-261 関連です。追加情報部分のみ抜粋。
●Videotape evidence might help identify Kabul suicide bomber
http://www.cbc.ca/stories/2004/02/05/taliban040205 しかし捜査官たちはさらに調査を進めています。彼らはカナダ軍を攻撃した人物が
自らを吹き飛ばす直前の様子が映っているビデオテープを持っています。
パトロール部隊が移動中に道路の様子を映していたビデオがあることをISAFは確認
しました。伝えられるところでは、そのビデオには 自爆実行者が何人かの人々と
しゃべっている様子と、一台の車がその人物に向けてライトを点滅させて、
パトロール部隊が近づいていることを知らせている様子が映っていました。
これは攻撃が自爆者1人で行われたのでない証拠になるかもしれません。
>>254-261 >>263 関連 『ハドル家の人々』 アブドゥラーマンさんの写真有り
●Khadr says his brother was not the Kabul bomber
http://www.ctv.ca/servlet/ArticleNews/story/CTVNews/1075982693770_120///?hub=TopStories ◎アブドゥッラー・ハドルは 先週カブールでカナダ兵士1人を殺害した自爆攻撃者が
自分の兄かもしれないという、不確定ではあるけれど衝撃的な報道を信じられないと
言っています。
AFPの報道は 先月マーフィー伍長とアフガン一般人1人を殺害した自爆攻撃者は
カナダ国民の息子かもしれないというタリバンスポークスマンの話を引用して伝えて
います。
このスポークスマンが自爆攻撃者について語ったことには カナダ国民アーメド・
サイード・ハドルとその息子のアブドゥッラー・ハドルとの顕著な類似点が見られます。
最近グアンタナモから釈放されたアブドゥラーマン・ハドルはカナダAMに 自分は
兄がそんなことをできるとは思わないと語りました。
「起ったことは恐ろしいことだと思います。兄が関係しているとは思いません」
*
>>264 の1/6は1/5の間違いです
「私はこの告発(非難)がまったく理解できません。このタリバンのスポークスマンは
自分が何を言っているかわかっていないのです。彼は報道の中で私たちの家族のことに
触れていますが、そこに出てくる名前は混乱しています。彼がその情報をどこから
得たのかわかりませんし、なぜ私たちの家族にそんなことを押し付けようとしたのか
わかりません」
現在トロントに住んでいるハドルは 自分は2週間アブドゥッラーと話をしていないと
言っています。そしてアブドゥッラー(が今居るであろう場所)からの電話がないので、
兄は自分が自爆犯と言われていることも知らないと思うと言っています。
カナダ軍はAFPの報道を調査中です。そして特に 出されている名前が混乱している
ために、依然情報の正確さを疑っている状態です。
タリバンスポークスマンのモハマド・サイフル・アデルはAFPに 自爆攻撃者は
モハメド・アブドゥッラーといい、かねてからアルカイダとつながりがあると
言われるエジプト系カナダ市民のアブドゥル・レーマンだと語りました。
レーマンは昨年秋にパキスタンの銃撃戦で死亡したと考えられています。 しかし 最近DNA鑑定で確認されたのは 昨年10月に死亡したアーメド・サイード・ ハドルで、レーマンではありませんでした。 アーメド・サイード・ハドルは 雨情報当局によれば ビン・ラディンの提携者だと 伝えられていました。 もしタリバンスポークスマンが 本当にハドルのことを言っていたのであれば、 その息子はおそらくアブドゥッラー・ハドルでしょう。ハドル家の5人の息子のうち アブドゥッラーは2001.9.11のあと姿を消して、足取りのつかめない唯一の人物です。 しかしこの推測には問題があります。 アブドゥッラー・ハドルは22歳の若さです。アフガニスタンのキャンプJulienにいる カナダ軍の、自爆実行者の遺体を見た兵士は CTVニュースに もっと年上で、 たぶん40歳くらいに見えたと話しています。
先月、アブドゥラーマン・ハドルは報道陣に、自分と自分の兄はアフガニスタンの アルカイダ関連の訓練キャンプのひとつで訓練を受けていたと語りました。そして アフガニスタンの男性にとってはそれは普通のことだったと言いました。 もう1人のハドルの息子はいまもキューバに拘束されています。さらにもう1人の 息子はパキスタンの病院で 父親が死亡した銃撃戦の現場で負傷した傷の治療を 受けています。 (カナダ)国防大臣デヴィッド・プラットは水曜日に出たこの情報に慎重に対処して います。 「私はこの点について何も確認できていません。私たちはさらに多くの証拠と アフガニスタンにいる人々からの詳細を必要としているところです」と Commonsの外で報道陣に語りました。 「ここで情報源に留意しなければなりません --それは明らかにタリバンの一員であり、 私たちは彼らの出す情報はすべて差し引いて聞いているのです」
プラットはDNAの証拠は攻撃者の身元解明に使われるだろうと言いました。 「明らかなことはこの問題についての調査はまだ終わっていないということです」 カナダ当局は カブールの爆発現場から遺体の残骸を収集したことを確認しました。 連合軍は通常の業務として 敵の遺体のDNA検査をしています。 FBIと雨軍情報局はテロ容疑者たちのDNAに関し幅広いデータバンクを持っています。 (終わり)
ひさしぶりのバチャ記事です。
●Karzai pardons warlord handed over by Pakistan
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16493&view=detail PESHAWAR, Pakistan, 2/6/2004 (Daily Times (Pakistan))
◎パキスタンは カルザイの支配と争っていて3ヶ月前に逮捕された軍閥の1人を
アフガン当局に引き渡しました。
カブールの情報筋がデイリー・タイムズ紙に語ったところでは、カルザイは木曜日に
パシュトゥン人の軍閥で アフガニスタンのコースト州の元知事だったバチャ・
カーン・ザドランを赦免しました。
ザドランとその兄弟のアマヌッラー・カーン・ザドランは水曜日にパキ‐アフガン
国境のトルハムでアフガン当局に引き渡された、と当局筋は国境地域でデイリー・
タイムズに語りました。カブールの情報筋は「ザドラン氏は赦免を与えられるだけの
一定の条件を満たしていたのでしょう」と言いました。
「彼は暴力を非難し、カルザイ政権を支援することと自分の私兵部隊を放棄することを
表明しました」カブールの大統領宮殿に近い情報筋は付け加えて言いました。
*
>>270 は連続投稿番号 1/2です。最近番号ミスが多くてすみません。
アフガン東部ナンガルハル州知事のマウルヴィ・ディン・ムハマドと知事の主任補佐官の
ハジ・ザヒル・シャーがザドラン氏とその兄弟の身柄を預かりました。
情報筋は「彼らは敬意を持って受け入れられました。しかしその後私たちは
2人が目隠しをされてどこか不明の場所に連れて行かれたという未確認の報告を
聞きました」と付け加えて言いました。
このザドランとその兄弟の2人は昨年12月1日にアフガニスタンからパキスタンへと
国境を越えようとした時に北ワジリスタン行政区で逮捕されました。
「カルザイ政府はイスラマバードに対して 即座にザドランを逮捕するように
要求しました。なぜならザドランはロヤ・ジルガを動揺させるたくらみをしていた
からです。彼は逮捕されて、The Foregners Actのもと ミランシャーで2ヶ月を
すごしました」パキスタンの当局筋は名前を明かすことを断った上で話しました。
アフガン情報筋は ザドランの追放を 軍閥主義の克服とアフガニスタンに平和を
取り戻すのを促進する取り組みと結びつけました。
(終わり)
●AP: Afghan Boy Talks About Guantanamo
http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story&cid=516&ncid=516&e=4&u=/ap/20040207/ap_on_re_as/afghan_guantanamo_boy Feb 7 By NOOR KHAN, Associated Press Writer NAW ZAD, Afghanistan
◎テロ容疑者としてキューバの雨軍の収容所に1年間拘束されていた15歳の少年は
釈放された後、自分は(反タリバンの)アフガン民兵にタリバン同調者だと
間違った告発をされて拘留されたと言っています。
モハメド・イスマイル・アガはグアンタナモの最年少収容者の1人として
1年間を過ごした後、先週辺鄙な南部アフガニスタンの村の家族のもとに戻りました。
グアンタナモは 9.11攻撃の後 雨率いる連合軍アフガニスタンで戦争をはじめて以降
拘束されたアルカイダ&タリバン容疑者およそ650人が拘留されている厳重に警備された
拘留所です。
アガは釈放された3人の少年ののうちの1人です。軍当局は この少年たちは役立つ情報を
提供したがもうそれ以上の価値はなく、また、もはや雨国にとっての脅威ではないと
言いました。
釈放されてから初めてのインタビューで アガは 雨軍は自分の人生の時間を
14ヶ月も"盗んだ"けれど、それでも待遇はよかった と言いました。
彼のケースは アフガニスタンの南部と東部をかき乱している敵意に満ちたタリバンの 反乱活動と、雨軍が彼らを追跡するために 残酷なアフガン人同盟者を時折使っている 状況の中で アフガン人の若者が捕まってしまう危険性を明らかにして見せています。 アガは 雨軍はカブール北部にあるバグラム空軍基地で、彼がタリバン支持者かどうかを 尋問したと言いました。けれどもいったん彼がキューバに到着すると、そこで行われた 尋問はわずかで、ほとんどは勉強と祈りと良い食事を与えられる日々でした。 「最初僕は雨軍につかまったことで悲しくなりました。雨軍は僕の人生の14ヶ月を 盗みました」アガはカブールの南西300マイルにある市場街ナウ・ザドのバザーにある 親類の雑貨店に座って話しました。 アガの話では、家族は彼が死んだか、隣のパキスタンかイランに仕事を見つけに行った と思っていたそうです。彼が拘留されてから10ヶ月たって初めて 家族の者たちは 赤十字を通して彼が生きているという手紙を受け取りました。 「でも雨軍はキューバで良い時間を過ごさせてくれました。とても親切にしてくれて、 英語の勉強をさせてくれました」彼は顔いっぱいの笑顔で言いました。小さなあごひげと 白いターバンは彼の顔を2〜3歳年上に見せました。
ナウ・ザド当局はアガに取材に応じるようと彼の住むドゥラビエン村に使者を送り、 また、彼の住む丘陵地帯にはタリバンがいると警告しました。 これは1月29日に3人の少年がグアンタナモから釈放されて以来初めてのインタビュー です。 アガは 現在敵意ある反乱活動を増大させている、追放されたタリバン軍とは 何の関係もないと言いました。 「僕はタリバンではありません。そう言われるのは間違いです。僕は潔白です」 雨当局は先週 3人のアフガン人少年のうち1の人は反雨民兵グループに徴兵されていたと 語ったと言いました。もう1人はタリバンに誘拐されて、訓練と戦闘への参加を 強要されたと言いました。そしてもう1人は急進主義的なモスクで学んでいた生徒で、 武器を手に入れる準備をしていた時につかまったと言いました。 雨当局は 詳細を明かすと少年たちの身元がわかり、彼らを危険にさらすことになるかも 知れないので明かせないと断りました。
人権擁護団体は 家族から引き離すことは彼らに苦痛を与えるとして 少年たちの拘留を ずっと批判してきました。人権団体といくつかの外国の政府はさらに 少年たちが 他の数百人の成人の拘留者たちと同じように(正式に)裁判にもかけられず、弁護士との 面会も許されていないことに不満を表明していました。 ペンタゴンは 年齢は『敵戦闘員』をどう扱うかを決定する要因にはならないと主張 しています。関係者はまだ他にも年少者がグアンタナモにいると言いました。 ヒューマン・ライツ・ウォッチは これらの年少者たちは『少年兵を社会に復帰させる』 という雨国も義務を課されている国際条約に違反していると言いました。 子供の人権会議の選択議定書は武力闘争に参加できる最低年齢を18歳と定めています。 そして各国政府には元少年兵を復員させ社会に復帰させることを義務付けていると ヒューマン・ライツ・ウォッチは言いました。 アガは 長い冒険の始まりは2002年の後半に故郷の農村を出てヘルマンド州の州都 ラシュカルガーへ 友人のひとりと向かった時に始まったと言いました。 2001年にタリバンが追放されて以来、タリバンはヘルマンドを含む南部の州で執拗な 反乱活動を続けています。
少年たちが(反タリバンの)アフガン民兵に拘束されたのは、旅の途中に ある町の店の外に立っていた時だったと言いました。 「民兵たちは『俺たちの仲間に入れ』と言いました。でも僕たちは貧しい失業者で 市民軍に入るよりもお金を稼ぎたいと言いました。すると彼らは『お前はタリバンだ』と 言いました」とアガは言いました。 その後アガは雨兵に引き渡されたと言いました。そして最初は南部カンダハル市に 連れて行かれ、その後バグラムに移され、独房に拘禁されたと言いました。 一緒にいた友人モハメド・ワリは カンダハルで見失い、それ以来会っていません。 「彼らは毎日尋問しました。そして最初の3〜4日はほんの少しの食料しかくれなくて ひどい扱いをを受けました」 殴られることはありませんでしたが、一度に3〜4時間もしゃがんで座らされたり、、 睡眠をが必要な時でもそうされたと彼は言いました。 「彼らは僕がタリバンかどうかを尋ねました。僕は『違います。僕は無実です』と 言いました。僕は釈放されるものと思っていたのに そうではなくてキューバに 送られたのです」
アガは頭を覆われて、2003年の2月に地球の反対側で飛行機を降りるまで、自分が どこに行こうとしているのかわからなかったと言いました。 「2〜3日の間、僕は頭が混乱していました。でもその後雨人たちが親切にしてくれて 果物までついた良い食事と 祈りの前の沐浴のための水もくれました」 彼に英語の読み書きを教えることに加えて、雨軍は彼の母国語パシュトゥ語の本と コーランも提供しました。 彼は 15歳のナキブッラーと13歳のハサドゥッラーだと彼が説明する他の2人の少年と 一緒に収容されました。その2人も1月29日に釈放されて、先週家に送り届けられました。 彼はグアンタナモのほかの拘留者は見なかったと言いました。 少年たちの面倒を見ていたグアンタナモの雨軍の兵士たちは 彼らの送別会をやって くれて、写真を取ったり、学校に戻るように勧めたりしました。 アガは 自分は学校に行くにはあまりに貧しいので、また仕事探しを始めるつもりだと 言いました。そして親戚中を訪ね歩いています。 (終わり)
>>270-271 バチャ続報
●Afghan tribal leaders to decide warlord's fate
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16499&view=detail 2/7/2004 (ABC News)
◎アフガニスタンのカルザイ大統領は 政府軍に激しい攻撃を行っていた軍閥の
指導者の運命は 部族の長老たちが決めることになるだろうと言っています。
「私はザドラン部族の長老たちを招いて、バチャ・カーン・ザドランの今後について
話し合います」
「私たちは彼をザドラン部族の長老たちに引き渡すつもりです。そして彼が過去に
したような行為はもう行わないという保証を得るつもりです」
カルザイ氏は この軍閥指導者を裁判にかけるよりも、伝統的な方法を通して
問題解決することを望むと言っています。
「もしこれを伝統的手段で解決できれば その方が良いでしょう」
アフガンの伝統的手順のもと、バチャ・カーンの地域のリーダーたちは集まって、
彼をどうするか決める協議をすることになるでしょう。
バチャ・カーンは 以前はザドラン部族のリーダーとみなされていました。 そして今でも配下の者たちからいくらかの支持を得ています。 パキスタン警察は先週水曜日に 彼を兄弟のアマヌッラー・カーンと一緒に アフガン当局に引き渡しました。 反タリバンの軍閥で、タリバン政権に対する雨軍率いる連合軍の軍事行動に協力した バチャ・カーンは 2001年後期にタリバン政権が倒れた後、南東部コースト州の知事を 短期間務めました。 しかし彼は タリバン崩壊直後に与えられたポストを解任された後、カルザイ政権に とって面倒な敵対者になりました。 この2年間に南東部のコースト州とパクティア州では、政府軍とバチャ・カーン支持者 が関わった衝突で数百人が死亡しています。 (終わり) ------------------------------------------------------------------ 無事に落ち着くところに落ち着きそう…というこの記事を読んで なんとなく ホッとしますたw たしか昨年雨軍にさらわれた(?)という記事のあった 長男も 無事に帰してもらえるといいですな〜
●At least 20 killed, 40 wounded in Afghan clashes
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/B564857.htm KABUL, Feb 8 (Reuters)
◎日曜日、当局筋はアフガニスタン北東部のバダフシャン州でいくつかの衝突があり、
少なくとも20人が死亡し、40人が負傷したと伝えました。
木曜日にアルゴ地区のいくつかのエリアで2人の政府軍司令官(政府指揮官)の間に
戦闘が勃発した後、数百人の民間人が家から逃げ出さざるを得なくなりました。
「続いている衝突で アルゴ地区では20人が死亡し、40人が負傷しています」
カブールの政府発行紙アニス・デイリーは伝えました。
パキスタンに本拠を置くアフガン・イスラミック通信は この地区のいくつかのエリアで
栽培されているケシ作物に対する税を誰が受け取るかが2人の司令官の間で争議となって
始まった戦闘は日曜の朝まで止まなかったと伝えました。
戦闘を止めるためおよそ100人の治安部隊がバダフシャン州の州都ファイザバードから 派遣されたと当局は言いました。さらに地元の人々は 州当局者を信用していないので 中央政府に介入して欲しいと願っています。 2001年後期に雨連合軍の部署区攻撃で急進的なタリバンが政権の座を追われて以来、 そして昨年8月から襲撃と衝突が頻発して500人ほどの人々が死亡している中で、 この戦闘はバダフシャン州で起きた最も被害の大きいものとなりました。 タリバン打倒以来のこのひどい暴力行為は タリバン&アルカイダ残党を追跡するために 1万2千人の雨率いる軍隊がアフガニスタンに駐留しているにもかかわらず発生しました。 (終わり)
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●Islamic rappers' message of terror
http://www.guardian.co.uk/religion/Story/0,2763,1143643,00.html Antony Barnett Sunday February 8, 2004 The Observer
◎これはジハードスタイルのラップです。血も凍るような映像を使い、若いイギリス人
ラッパーがこちらに向かって銃やコーランを振り回しているミュージックビデオは
急進的イスラムサークルの中で最新ヒットになっています。
このラップ・ソングは『汚れたKurrar』というタイトルです。Kuffarはアラビア語で
不信心者という意味です。そしてビン・ラディンとニューヨークのWTCへの攻撃を
賞賛しています。
ビデオは最近イスラム急進主義者モハメド・アル‐マサリが運営しているウェブサイトで
公表されました。アル‐マサリは1994年以来イギリスに住み 活動拠点もイギリスに
置いているサウジアラビアの反体制者です。アル‐マサリは このビデオは若い世代に
向けてモスクで大量に売られていて、海外で大きな需要があると主張しました。
ビデオでこちらを向いて演じているラッパーは自らを『Sheikh Terra and the Soul
Salah Crew』と呼んでいます。So Solid Crewというラップグループと組んだもので
『Salah』はアラビア語で信仰という意味です。
このビデオは最初は Ali G のいたずらかと思えるかもしれませんが 暴力的な映像 から すぐにそれが冗談ではないとわかります。 歌は イラク駐留の雨海兵隊員の1人が負傷して地面に横たわっているイラク人を 銃で撃って歓呼の声をあげている映像で始まります。終わりの部分ではラッパーたちの 笑い声とともにハイジャック機がツインタワーに飛び込む映像が流れます。その後 1945年以降の『雨の侵略の犠牲者』だと彼らが主張する56カ国の名前があげられて 行きます。 この4分間のラップは主に『汚れた不信心者』トニー・ブレアとジョージ・ブッシュに 対する痛烈な非難を繰り返して 聴き手に『やつらを炎に放り込め』と促しています。 最も残酷な映像のひとつはチェチェンのジハード戦士が捕まえたロシア兵をカラシニコフ で蜂の巣にしているものです。他の映像ではパキスタン大統領ペルベズ・ムシャラフを 裏切り者と呼び、また、全身に『今でも奴隷』という言葉を重ねられたコリン・パウエル とコンドリーザ・ライスの写真も出てきます。 労働党MPのアンドリュー・ディスモアは このビデオを見てうんざりした、そして これを内務省に知らせて なにか違法な部分がないかを警察に調査を頼むと言いました。
ディスモアは「急進主義者たちは自分たちの狂気のブランドに若くて感受性の強い ムスリムの少年たちを引き付けて、テロ行為をするようそそのかすために 音楽と ビデオを獲物として使っているのです。許しがたいことです」と言いました。 最初にビデオが公表されたウェブサイトは『サウジアラビアの正当な権利の擁護委員会』 が運営しているものでした。この委員会はサウジ政府によって投獄された後、1994年に イギリスに来たアル‐マサリが運営している組織です。 アル‐マサリは「1人の少年が私のところに来てこのビデオを見せたのです。私は ラップのことはさっぱりわかりませんが、これは良い内容だと思いました。 メッセージを行き渡らせるために現代的な方法を使った優れた試みだと思いました」 アル‐マサリはジハードのメッセージを売り込むために西洋音楽を使ったり、MTVのような 映像を使うことを問題視しませんでした。音楽とダンスを禁じたタリバンのような イスラム宗派に嫌気が差した若いムスリムを引き付けるのにこれは効果的な方法だと 言いました。「このビデオを見たことも手に取ったこともないという若いムスリムを 私は知りません。これはどこででも売っています。私がモスクであう人は誰でも それを求めてきます」
アル‐マサリは ビデオのメッセージは西側諸国に対するテロ攻撃に参加するよう
ムスリムを刺激するものではないと言いました。
「私が思うに、この歌詞はただの隠喩的なものです。これはファトアだ、というような
ものではありません」
2002年11月に、アル‐マサリは ビン・ラディンのものからだという4,000語の
メッセージを広めました(配布しました)。
2001年、その5年前に当時の保守党内務大臣マイケル・ハワードがアル‐マサリを
国外追放しようと試みた後に、彼はイギリスへの永住権を与えられました。
(終わり)
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ビデオをダウンロードできるページ
●Welcome to the Investigative Project (IP) News Service
http://www.ipnews.planetgac.com/ 私が午前中に見たときはアクセスできたのですが、今、送信前に確認したら
アクセスできませんでした。一時的なダウンかもしれないので、
興味のある人は何度か見てみてください。
●Jihad rap from Britain
http://www.jihadwatch.org/archives/000793.php こちらのページには上のサイトにリンクしたダウンロードURLが載っていますが
やはりダウンロードのアクセスできませんでいた。
でもビデオの中のラッパーの写真を見ることができます。
292 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/10 20:52 ID:VM0wFHBh
293 :
怒髪天女 :04/02/11 09:35 ID:I48QWo1M
>>289 ダウンロ-ド出来ました、『今でも奴隷』には笑わせて頂きました。
●Secrets of an Afghan grave
http://paktribune.com/news/index.php?id=54195&PHPSESSID=d566fbe5645964e93b13145d161a5e61 WASHINGTON, February 10
◎ぶしゅ政権はサダム・フセインとその他の人道上の罪を問われた加害者たちの責任を
公式に認めていますが、アフガニスタンの軍閥たちは処罰を免れて、支配をつづけて
います。
強情な地方の司令官たちをコントロールしようとアフガニスタン大統領カルザイが
奮闘している時に、雨政府はその司令官たちに道理に反する『正当性』を与えています。
最終的には 過去、現在、そして将来にも起こすであろう不正行為に罪のある
これらの者たちの大半は責任を問われなければなりません。
「地方のリーダー、司令官、将軍 --彼らをなんと呼んでも良いかまいませんが、
アブドゥル・ラシッド・ドスタムとアッタ・モハマド、他に何人かの者たちは
北部アフガニスタンの荒涼とした風景を墓で満たした大虐殺に関して責任がある
でしょう」とインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は伝えています。
彼らは自らの権力を維持するために、北部アフガニスタンの軍閥たちの間では 伝統的な『免責』の文化に頼っています。 『人権のための医師団』の調査団として、私たちはマザリシャリフ周辺の数多くの 集団埋葬地を訪ねました。犠牲者たちは層になって横たえられていて、最も最近の 犠牲者が一番上に置かれています。 言われている話では 北部同盟の司令官たちは1997年のタリバンの攻撃を阻止して、 数千人を殺したということです。1998年、タリバンはマザリシャリフを奪い、 報復として数千人を殺害しました。 2年前、北部同盟と同盟を組んだ雨率いる多国籍軍はタリバンを倒して、権力の座から 追い出しました。8千〜1万人のタリバンとアルカイダの兵士が 伝えられるところでは 北部の都市クンドゥズで北部同盟に降伏しました。その北部同盟の部隊は2人のライバル 司令官ドスタムとアッタ・モハマドに率いられていました。
捕まったタリバン側の兵士の一部はグアンタナモに送られて、今も多くがそこにいます。 その他はアフガン国内の刑務所に交流されました。一部は釈放されましたが、おそらく 数千人が今も不明のままです。 彼らはどこにいるのでしょうか? 2002年1月、私たちはマザリシャリフから西に1時間 ほどにあるシェバルガンの町の古い刑務所の劣悪な環境の中に3千人近くがいるのを 発見しました。その刑務所はドスタムの支配下にあり、彼の豪華な指令本部は通りの 向かいにありました。 しかしこの荒廃した刑務所に押し込められていた人数を入れても、まだ多くの所在が 不明なままです。私たちは彼らの大部分が、ここに来る途中に最期を遂げたのかも しれないと思い始めました。 実際、私たちが刑務所を出発して、荒地の中を数マイル道を下っていくと 明らかに 肉が腐った臭いを感じました。そしてすぐにブルドーザーの跡と骨格の残骸を発見 しました。
2〜3ヶ月後に国連人権高等弁務官の後援で、私たちの法医学専門家が15遺体を発掘し、 3遺体に予備的な検死を行いました。 最初の調査結果により死亡原因は窒息であることが確認されました。その後目撃者たちが 「数百人の囚人がシェバルガンへ彼らを移送するコンテナトラックに閉じ込められて 死んだ」と伝えてきました。何ヶ月間も人権のための医師団はこの埋葬場所の調査を するよう求めましたが、雨国防省と国務省に妨害される(無視される)ばかりでした。 集団埋葬地のことが広く報道された後、国連はその場所を調査することに同意しました。 そしてホワイトハウスの報道官ダン・バートレットは「尋問や調査のための適切な 方針を後日定めるつもりです」と言いました。 雨軍特殊部隊は(タリバン兵たちの)降伏の現場にいて、ドスタムとアッタの司令部に 付いていたにもかかわらず、「トラックの後は追わなかった、締め切ったコンテナは 決して見ていない」と言っています。ドスタム自身は200人にものぼる戦争捕虜が 自軍の拘置所で死亡したことを認めました。
何千人とまではいかなくてもおそらく数百人が埋められていると尾思われる この 集団埋葬地は いまだにじゅうぶんな調査もされず、放置された状態になっています。 何人かの目撃者は殺されたり行方不明になっていて、アフガニスタン駐留の国際治安 維持部隊が目撃者に保護を申し出ることもなされていません。 バグダッドで死亡した前国連人権高等弁務官のセルジオ・ヴィエラ・デ・メロは 調査の重要性を理解していました。カルザイと前アフガン国連特使ラクダル・ ブラヒミもそうでした。3人とも公式にその場所を(調査のために)保護しておくことを 支持しました。 しかしながら、雨政府は公に詳細な調査をすることへの支持を拒みました。このことは アフガンの軍閥たちに 自分たちは権力を維持できるし、決して過去の罪の責任を 問われないのだという新しい確信を与えただけではなく、正義と法治への支えを ひどくゆるがしました。
四半世紀続いた戦争からの復興を目指して奮闘しているアフガニスタンは 過去の罪を 問う努力を維持するにはあまりにも脆い状況にあると言う人々もいます。 また、犯罪に対処しない限り 復讐という腐った文化は生き残って、平和は訪れない だろう、とアフガンの人権擁護団体の人々などは言っています。 アフガニスタンの傷は それに責任のある者たちのほとんどが黙認や承諾を与えられて いる状況では、決して完治することはないでしょう。もし雨政府が代理軍(北部同盟) に無頓着なアプローチを続けて、正反対の方角を向くことを選び、一般的に認められて いる戦争に関する法律と原則を無視するなら、民主主義と法治を広めるというその目的は アフガニスタンでは決して成し遂げられないでしょう。 ジョン・ヘファーナンは人権のための医師団の上級の情報提携者です。 ジェニファー・ラーニングはハーバード大学公衆衛生学部の教授で、人権のための 医師団の役員の一員です。 (終わり)
>>252 ザヒル爺、回復に向かっているようです!
●Former Afghan king recovering in India after illness
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16519&view=detail KABUL, Afghanistan, 2/10/2004 (AP Wire)
◎火曜日、大統領報道官は アフガニスタンの高齢の元王がインドの病院で
腹部の不調の治療を受けて 元気に回復していると言いました。
モハマド・ザヒル・シャー(89)は腸閉塞のため、1週間前に飛行機でニューデリーに
行きました。関係者は薬物治療が効果を挙げたと言いました。
「元王は電話で友人と話をし、その辺を歩くこともできます」カルザイの報道官
ハミド・エルミは言いました。
エルミは 元王がじゅうぶん回復して家に戻れるにはおそらく2週間かかるだろうと
言いました。
ザヒル・シャーは1933年から1973年まで、アフガニスタンを統治していました。
それは宮廷クーデーターで彼が追放され、この国が無政府状態と戦争状態に
陥っていく前の、最後の平和な時代でした。
30年近くイタリアに亡命していた元王は タリバン政権崩壊の後の2002年4月に
アフガニスタンに戻りました。
ザヒル・シャーはそれ以降2回治療と健康診断のためパリを訪れました。前回は昨夏の
ことでした。エルミは元王はここ数年に2回腸閉塞を患ったことがあったと言いました。
先月新しい憲法がこの国を『イスラム共和国』であると宣言して、君主政治は歴史と
なりましたが、元王は『国父』としての役割を保っています。
●Man blows himself up after killing Afghan official
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL114227.htm By Kamal Sadaat KHOST, Afghanistan, Feb 11 (Reuters) -
◎目撃者の話によれば、水曜日、アフガニスタン南東部コースト州の町で1人の男が
情報局職員1人を射殺した後、自らの身体を爆破しました。
この男の身元はわかっていませんが、当局は最近数ヶ月反乱活動を増加させていて、
いくつかの都市を自殺爆弾攻撃で脅している、追放されたタリバン軍の一員だと
言いました。
コーストの町の副情報局長モハマド・イサ大佐は事務所(役所)に向かう途中に
バザーを通りかかったとき、乗っていた車に攻撃を受け殺害された、と目撃者は
言いました。
「犯人の男は逃げようとしましたが、逮捕しようと兵士たちが叫び声をあげて追う中、
男は自分の身体を吹き飛ばしました」現場近くの商店主パチャ・グルは言いました。
パキスタンに本拠を置くアフガン・イスラミック通信は イサは昨年一度 暗殺の 試みから逃れていたことと、2ヶ月前に同じ町で下位の情報職員が殺されていたことを 伝えました。 コースト州はパキスタンの国境に接する州で、雨連合軍がタリバンをビン・ラディンと アルカイダをかくまっていたことで2001年11月に権力の座から追い出して以来、 治安の悪さに苦しんでいる地域です。 国境近くに配備されている雨部隊は頻繁ではあるけれどあまり効果のない攻撃を イスラム武装勢力から受けています。 今回の射殺と自爆の事件は先月2日連続でカブールで起きた国際治安維持部隊への ふたつの自殺攻撃に続くものです。先月の事件ではカナダ兵士とイギリス兵士が それぞれ1人死亡しています。
昨年12月にカブールで起きた別の自作爆弾攻撃で5人のアフガン治安当局者が死亡 しています。タリバンは3つの攻撃すべての実行を認めています。 タリバンがこの国にいる外国軍に対する聖戦をさらに調整の取れたものとするために 作った新しい命令系統を発表した後、昨年の8月上旬以降アフガニスタン中で起きている 暴力の中で550人以上の人々が死亡しています。 アフガニスタンにはアルカイダ&タリバンを追跡する10,600の雨軍率いる部隊のほかに さらに6,000人の国際平和維持部隊が 主に首都をパトロールしています。 国の大半で治安が欠如していることは6月にこの国で初の民主選挙を行おうとする 取り組みへの懸念を高めています。 (終わり)
男は逃げようとしましたが、カーンのボディガードがあとを追いました。 「すると男は自爆したのです」タニワルは言いました。 タリバンスポークスマンの1人、サイフル・アディルは その攻撃者はハーフィズ・ ハラルというコースト出身の24歳のタリバン兵だと身元を確認しました。 アディルは衛星電話でAP通信に対し、カーンはタリバンについてのプロパガンダを 撒き散らし、それをアフガニスタンに駐留する雨軍に報告したため攻撃されたと 語りました。 2001年後期に雨連合軍の侵入で追放された強硬路線のタリバン勢力は 外国軍と 雨政府に支えられたカルザイ政権に対する軍事作戦の新しい戦術として、アフガンの 各都市で自殺爆弾攻撃を行っていくと警告しています。 先月にはカブールで別々に起きた自殺攻撃で、国際治安部隊のカナダ兵士1人と イギリス兵士1人が殺害されました。
一方、東部アフガニスタンの州知事の1人は水曜日、タリバン&アルカイダによるもの だろうと知事自身がみている別の爆弾攻撃から無傷で逃れることができたと言いました。 クナル州知事サイード・ファゼル・アクバルは 火曜日、州都アサダバード付近の 道路を自分の乗った車が通った時、遠隔操作爆弾が爆発したと言いました。 車両はわずかに損傷を受けたけれど、人的被害はなかったと言いました。 アクバルは カルザイと雨連合軍を支援しているために自分は狙われたのだと 断言しました。 「爆弾が爆発したのは、連合軍によって建てられた学校の開校式に向かう途中でした」 と彼は電話でAPに語りました。 (終わり)
>>303-305 >>306-308 のロイター続報のタリバン側コメント部分のみ抜粋
●Man blows himself up after killing Afghan official
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL123027.htm By Kamal Sadaat KHOST, Afghanistan, Feb 11 (Reuters)
2人のタリバン幹部が別々にイサ(イサ・カーン)への攻撃にはタリバンのメンバーが
関わっていたと言いました。しかしその攻撃者がどのように死んだかについては
異なる説明をしました。
タリバンスポークスマンのハミド・アガは アフガン警察が攻撃者を殺したと
言いました。しかし別のタリバン幹部、アブドゥル・ラティフ・ハキミは
その男はイサを殺した後、自爆したと言いました。
「その男はタリブであり、アフガン人でした」ハキミは言いました。
●Four Afghan deminers die in ambush
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/8598F6A2-4EF6-4673-8460-B540AEF1490E.htm 14 February 2004 AFP
◎アフガン西部地区でタリバンとみられる者の待ち伏せ攻撃により4人のアフガン人
地雷除去作業員が射殺されました。これは今年になって初めての人道支援作業員の
死亡事件です。
この土曜日の事件は この2日間にアフガニスタンで起きた暴力の中で最悪のものでした。
不安定な南東部で起きたいくつかの事件で他に1人のアメリカ兵を含む3人が死亡し、
15人が負傷しました。
最も新しい犠牲者はNGOの地雷除去団体で働いていた人たちです。西部ファラー州で
乗っていた2台の車両が待ち伏せ攻撃を受け、射殺されました。
ファラー州知事ハジ・アブド・アル‐ハジ・ナマティは 3人の地雷除去作業員が
その場で死亡し、もう1人は警官に話をした後、負傷が原因で死亡したと言いました。
○「不幸な事件です」 アフガニスタンの地雷除去組織OMARで働いていた地雷除去作業員たちは ファラー州から 隣のヘラート州に向かう途中、バラ・ブルク地区で攻撃を受けたとナマティは言いました。 ナマティは 武装集団はステーションワゴンに乗ってきて、2台のOMARの車両の後を追い、 弾丸を浴びせかけたと言いました。 「これは不幸な事件です。これは泥棒や追いはぎの類の仕業ではありません。アルカイダ とタリバンが事件の背後にいます」 OMARは土曜日の時点ではコメントを出しませんでした。
○ターゲットにされる支援職員 土曜日の攻撃は昨年8月に南東部ガズニ州でデンマークの難民支援組織DACAARの4人の アフガン人職員が処刑方式で射殺されて以来の、支援職員を狙った最悪の事件です。 暴動と暴力が集中している不安定な南部と南東部の州に比べて ファラー州は通常は 平穏な州です。南部・南東部のパキスタン国境沿いの出入りのしやすい地域では タリバンとアルカイダの残党が再編成していると考えられています。 (終わり)
●Terrorists prepped for a long conflict
http://www.washtimes.com/world/20040213-113721-1802r.htm By Anwar Iqbal UNITED PRESS INTERNATIONAL QUETTA, Pakistan
◎あるテロリストが持っていた情報キットをUPIが手に入れて、タリバン&アルカイダと
その同調者たちが アメリカ率いる対テロ戦争との長い戦いに生き残るために
どのように備えているかを明らかにしています。
キット(用具一式)の内容はアラビア語、ダリ語、パシュトゥ語、ウルドゥー語などの
いくつかの言葉で記載されています。このキットはアフガニスタンとパキスタンの
テロリストたちの間で密かに配られています。
多くの文書からなるこのコンテンツは パキスタンのタリバン&アルカイ、およびその他の
この地域の非合法組織と関連を持つ人々から手に入れました。すでにその内容を
熟知しているアフガン人やパキスタン人の情報筋によって、信憑性については独立した
確認が得られています。
これらをみると、タリバン&アルカイダ、その他の武装グループは アメリカ率いる
対テロ戦争がもたらした変化にじゅうぶん気づいているようです。そして自分たちが
たとえ地元の広範囲な共感を得ている地域でさえ、もやは公然とは活動できないことを
認識しています。
キットの文書は タリバンとアルカイダのテロリストたちにとって『大衆に溶け込み』 『他の人々と見分けがつかなくなること』が必要だと繰り返し強調しています。 指示をみると 大きなテロ組織はすでに3つの区分に分けられていることが説明されて います。 第1の区分は中央司令部で『markaz(中央)』あるいは『nazm(指揮)』という言葉で 触れられています。 第2の区分は小単位のグループで、第3の最も重要な区分は『友人』と呼ばれる 個人メンバーです。彼らは『必要がない限り互いに会ってはいけない』『nazmと 通信をしてはいけない』と注意を受けています。 「暮らしている環境に完全に融合しなさい…自分自身の所属するグループのメンバー とであっても、個人的な友情は持たないように」とキットはアドバイスしています。
このキットにはFBIの最重要お尋ね物リストに載っている18人のテロリストの写真が 含まれています。第1番目はアルカイダのリーダー、オサマ・ビン・ラディン、その次に 副官のアイマン・アル‐ザワヒリ、そしてその他のアルカイダ幹部たちです。 写真の上には『これらはムジャヒディンであり、危険な宗教テロリストではない』と キャプションが付けられています。 キャプションは最近パキスタン政府が出した同様の『危険な宗教テロリスト』の18人の リストにも付けられています。パキ政府の出したリストは パキスタンの一般人に対し もしこれらの人物たちについて何か見るか聞くかしたら政府に通知するようにアドバイス しています。 キットに入っているアルカイダのチラシにはコーランから引用した韻文が書かれています。 「アッラーを信じ(他の土地に)出かけていってアッラーのためにジハードを行っている 者たちと、そういう者たちを保護し助ける者たちは まさに真の信者である。彼らは 神に報いられるであろう」
マニュアルの一冊は 一般的な注意書きで始まっています:『すべてのメンバーは 組織と指揮系統を守るために、私生活、社会生活において必要な事前対策はすべて 取っておくように…私生活においてはどのメンバーもその暮らしている社会の人々と 区別がつかないよう、完全に溶け込むように』 そしてアルカイダのユニットへの指示が並べられています: ○西洋の服を着る人々が住んでいる地域に暮らす場合は、自分も同じようなものを 着るように…もし社会の大多数が世俗的な考え方をする地域なら、自分の宗教的 心情を表さないように。 ○近隣の人々の民族的特性を注意深く観るように。もし《パキスタンの》パンジャブ州 出身者の多い地域なら、彼らはしばしば情報局のスパイをするので 彼らからは 離れているように。 ○地元のモスクを規則的に訪れないように。それよりも自宅で祈りなさい。たとえ 毎週の(聖なる)金曜日の祈りでも。
○近隣の人たちのことをよく知りなさい。しかし多くの友人を作ってはいけない… 必要ない限り 移動したり、新しい都市や国を訪れてはいけない…移動中には決して 違法な物を持っていてはいけない…移動中に自分の組織やリーダーたちを示すような オーディオテープやビデオテープ、ポスターなどを持っていてはいけない。 キットは携帯電話使用に関する助言も与えています: ○携帯電話は必要な時だけ、他に代わりの手段がないときだけ使いなさい…携帯は 全く使わないことが望ましい…もし使わなければならないときは、偽の名前と住所で 手に入れなさい…自分のnazmから与えられた電話で友人や親類にかけてはいけない。 インターネットの使い方: ○インターネットはインターネットカフェに行って使いなさい…決して同じ店に 何度も行ってはいけない…店を離れる前にはすべての証拠を消しなさい…電子メールを 送るときには決して自分のイデオロギー的信条がわかるような言葉を使ってはいけない。
アルカイダ内の関係: ○それぞれのメンバーは私生活上のトラブルは自分で解決し、組織や指揮系統に 個人的問題を持ち込むべきではない。 ○指揮系統から特定の個人と協力して働くようアドバイスされたり、誰かを紹介された時、 それらの人々と決して個人的友情は持たないように。 ○もし指揮系統が責任を持った『友人』との会合を手配したり、そういう人物と接触する 機会があったときは、誰にも言わないように…たとえ組織内の誰かに対しても。 ○もし責任を持った『友人』から秘密の任務を与えられた時は…組織内の最も親しい 『友人』に対してもその仕事のことを言わないように。たとえその人物がどんなに 信頼できる者でも。
○同様に、もし責任ある立場の人物から他の『友人』宛てのメッセージを与えられても、 組織内の第三者に決して言わないように…該当者に対してのみ、自分自身で メッセージを届けて、決して他の人物を(その仕事に)使わないように。 (終わり) ------------------------------------------------------------ >○それぞれのメンバーは私生活上のトラブルは自分で解決し、組織や指揮系統に 個人的問題を持ち込むべきではない。 ちょとワラテしまいましたw; 2002年ごろにアフガンのアルカイダキャンプの跡地で地元民が 大量のアルカイダの 『プライベートビデオ(?)』を発見してそれをCNNに売った(?)ということが ありましたが、たしかその中で放送されたものの一場面で、 壁をよじ登る訓練などをしていたアルカイダ君の1人が その後カメラに向って 「こんなことやりたくNEEEEE----んだYO!」と叫んでいるシーンが あったことをふと思い出しました。。w
2月15日はソ連のアフガン撤退記念日なんですね。
>>148-155 も関連しているかもです。
●"Afghan invasion sparked rise of extremists" - Moscow
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16596&view=detail MOSCOW, Russia, 2/14/2004 (AFP)
◎15年前、10年に及ぶ悲惨な侵略の終わりとともに最後のソ連軍部隊がアフガニスタンを
去りました。その侵略は少なくとも1万5千人の兵士の命を奪い、オサマ・ビン・ラディン
のアルカイダネットワークのような急進的イスラム過激派の高まりに燃料を注ぎました。
アフガンへの侵入はロシア国内でいまだに激しい議論を引き起こしています。ロシアは
現在、ほとんどムスリムで占められるチェチェン共和国の血まみれのゲリラ戦で身動きが
取れなくなっています。このゲリラ戦はこの10年間ほとんどずっと荒れ狂い続けていて、
公式な犠牲者の発表では1万人のロシア兵が死亡しています。
(アフガンからの)撤退を指揮したソ連軍の将軍ボリス・グロモフは金曜日に公表された
ロシア軍新聞クラスナヤ・ズヴェズダとのインタビューの中で、アフガン戦争は暴力的な
イスラム急進主義を育てたものだったと厳しく決め付けて言いました。
「侵略は大きな間違いでした。それはアフガニスタンだけでなく地域全体にテロリズムの
要塞を開拓してしまいました」グロモフは言いました。彼は1989年2月15日にアフガニスタン
を離れた最後のソ連兵でした。
グロモフはアフガニスタン駐留ソ連軍の最後の司令官でした。モスクワ政府は1979年 12月25日、ソ連精鋭部隊を使ってカブールの大統領邸に夜間の急襲を行いました。 それはその前年にアフガニスタンの権力を握っていたマルクス主義政権のバックアップを するためでした。 ソ連軍を1989年に屈辱的敗退に追い込んだのはアメリカがパキスタンの秘密情報部を 媒介として使い、武装と資金提供を行ったゲリラ兵たちでした。 ソ連に対する『ジハード--聖戦』はムスリム世界のいたるところで志願者を惹きつけ、 その中には若いオサマ・ビン・ラディンもいました。その戦いは彼らをゲリラ戦術の プロにしていきました。 しかしソ連情報部の旧KGB海外情報部副長官ヴァディム・キルピチェンコのようなタカ派は 今日の(イスラム)急進主義活動に関してはアメリカ政府に責任があると主張しています。 「ワシントンは彼らに武装させ、"不信心者"と戦うよう送り込みました。アメリカ人が テロリストへの道を開いたのです」
侵略当時のキルピチェンコの上官、ウラジミール・クリュクコフ将軍は さらに挑戦的な タイトルをつけたインタビュー『我々はこの戦争に勝った』の中で語りました。 「私たちは自軍を誇りに思います。彼らは任務を遂行し、どうにか状況を安定させました。 アフガニスタンにいた私たちの軍の僚友たちは勝利を得たのです」と彼はクラスナヤ・ ズヴェズダ紙に語りました。この諜報機関の長は改革派のソ連リーダーミハイル・ ゴルバチョフを非難しました。ゴルバチョフは占領を終わらせる命令を出した人物で、 ポスト共産政権の彼の後継者たちは 自分たちは『アフガニスタンを放棄した』と 言っています。 「1991年8月以降、私たちは軍の装備をカブールに届けるのをやめました」と彼は言いました。 そして(もし)ソ連の軍事援助があれば、アフガンのナジブッラー共産政権は1992年3月に 転覆されることなく生き残っただろうと主張しました。 しかしグロモフは今でも兵士たちの遺体袋の悪夢を思い出します。 「毎日最も恐ろしかったことは兵士の死亡でした。アフガニスタンでは私はいつも心配 しながら電話を眺めていました --今また、誰かの死を告げる電話がかかってくるのでは ないかと思いながら。それが最悪のことでした」
クラスナヤ・ズヴェズダ紙はソ連撤退の15周年記念にあわせ、金曜に出された号を 実質的に丸ごとこの問題に費やしました。15周年の記念イベントは 日曜日に モスクワ中央部を通るアフガン兵役経験者のパレードが行われことになっています。 彼らはプーチン大統領が主催するレセプションの前に、クレムリンの壁にある無名戦士の 記念碑に花輪をかけることになっています。 15年たっても未だに「チェチェンに軍を送っているロシアの指導者たちは何も学んで いない」と アフガンの任務についていた軍関係者は言っています。 「ふたつの戦争は似ています。私たちは同じタイプのパルチザンと戦っているのです」 と、あるアフガン兵役経験者で、ソ連のヒーローの称号を持つルスラン・アウシェフは 言いました。 「そういうわけで 軍事的そして教訓的視点から見て、アフガンとチェチェンの 紛争はそっくりなのです」と彼は 金曜日に発行されたネザヴィシマヤ・ガゼッタ紙の インタビューで言いました。 (終わり)
久しぶりにパキISI元長官のハミド・グルさんのインタビューです。
インドのメディアに対するものです。
前半のカシミール問題部分は省略して、後半から紹介します。
●'We are walking into the American trap'
http://ushome.rediff.com/news/2004/feb/12inter.htm The Rediff Interview/Former ISI chief Hamid Gul
February 12, 2004
○9.11のパキスタンへの影響をどう分析しますか?
私たちは悪意ある足に引っかかりました。私たちはタリバンを支援していました。
アメリカはユノカルがロビー活動をしていたので そのことに沈黙していました。
私は9.11事件はアメリカの創造物だとずっと言っています。アフガニスタンに制裁を
課すためにアメリカはオサマに対して根拠のない主張を広め始めたのです。
○あなたが初めてオサマに会ったのはいつですか?
1993年の12月にスーダンで会ったのが最初でした。その次は1994年で、私たちは中東で
行われたアフガン人指導者たちの会議に出席しました。彼は黒い目をきらめかせて
穏やかな話し方をしました。彼は血の祝宴を好むテロリストには見えません。
アメリカが彼を捕まえることができないのは ただアッラーがそうさせまいと望んで
いるからなのです。
○オサマとアルカイダは現在どのくらいの力があるのですか? イラクにもたらされた状況から、オサマの組織は その大きさ、内輪における信頼度、 組織化の度合い、どれも減少するよりむしろ高まっているに違いありません。 アメリカに対する抵抗活動をしていた これらアラブ人ムジャヒディンはマドラサが 生み出したものではありません。彼らは高い教育を受けた裕福な家庭の者たちです。 彼らはボスニア、チェチェン、アフガニスタンのような(彼らにとって)遠い場所に ジハードを行いに出かけていっています。それらの地域では彼らは外国人です --文化的にも、言語的にも、その他多くの面で。しかし今、神はイラクに彼らを 送ったのです。
○今イラクで何が起ころうとしているのですか? シーア派とクルド人勢力は反アメリカの活動をすると、その結果としてサダムが復権して しまうのではないかと心配していました。今、サダムはいなくなったので、彼らは 自由にアメリカと戦うことができます。しかしアメリカがイラクで敗北する前に アメリカ社会の中で多くの騒動(混乱)が起きるでしょう。 アメリカがイラクから撤退を余儀なくさせられる前にふたつのことが起きるでしょう。 まずエネルギー事情に対する彼らの支配は進でしょう。そしてイスラエルはあらゆる 方面から脅威にさらされるでしょう。イスラエルのロビーはアメリカが引くことを 許すでしょうか?アメリカは精根尽き果てるまでイラクから撤退しないでしょう。 アメリカは時間をかけた賢い判断をすることなく進み、手遅れの判断がアメリカ自身を 破壊するでしょう。今後20年間彼らはどうにかイラクに宿営地を設けつづけるでしょう。 それが現実です。アメリカはエネルギー資源を使い果たすまでイラクに留まり、その後 将来のエネルギー資源が眠っているカスピ海に移るでしょう。
○アフガン戦争以来あなたが関わりを持っている相手であるアメリカ人について、 どう思っていますか? 個人的には彼らはとても良い人たちです。アメリカ人は交渉するにはとてもやりやすい 相手です。しかし集団になると方針決定の不透明な推進力がどこかで働きます。 それはいつも交渉している時に突然起ります。彼らは支配したがります。彼らは カウボーイ的なのです。自分のやり方でやりたいのです。彼らは今まで真の抵抗に あったことがなく、それはひとつの悲劇と言えます。彼らはこれまで威厳ある敗北を 経験したことがありません。おそらく真実の体験は 垣間見えるところでは9.11です。 3千人の悲劇とは何でしょう?私たちは30万の悲劇を体験しています。私たちは インド‐パキスタン分割のトラウマを体験してきました。アメリカは国家として 未成熟です。
○しかしあなたはアフガニスタンのことでアメリカに協力していましたね。 いつ、なぜ、あなたは彼らに敵対するようになったのですか? まず第一に、私は一個人として彼らと関係したのではありません --ひとつの作戦を 共同で行ったのです。それは私たちが遂行していた任務でした。私がアメリカに敵対する ようになったのは、彼らがアフガンの国家を裏切ったからです。アフガン人は偉大で とても誇り高い人々です。彼らはこの世界への贈り物です。あの部族、非常にすばらしい 団結する力、そして自由への渇望は彼らを際立たせています。私は彼らを愛しています。
○あなたはタリバンを作ったと言われていますね。そしてしばしば名付け親と呼ばれて います。 私がタリバンを作ったのではありません。それは『タリバン』の著者のアーメド・ ラシッドが言っていることです。私はヘクマティアル、ラバニ、そしてマスードのような 多くの北部同盟のリーダーたちの友人でした。私は自分個人のできる範囲で、彼らの 間の和平の仲介をしようとしていました。彼らはすばらしい人たちですが、交渉するのは とても難しいのです。 1人のアフガン人の中に、兵士、政治家、実業家、そしてムッラー(という役割)が 詰め込まれているのです。彼らが自分の身を定めた場所から 彼らを動かすことは 誰にもできません。彼らの中には人間の特質の最善のものといくらか最悪のものが そなわっています。彼らが敵と交渉する時には、彼らは疑いなく裏切りをします。 マスードは私の良い友でした。彼は特に優れた策士でした。とても鋭い頭脳の 持ち主でした。
○どんな状況がタリバンの創造につながったのですか? 誰かがタリバンを作ることはできません。それは自然に生まれたのです。アフガン国民の 心理を理解すれば、それがわかるでしょう。ロシアの撤退の後、ナジブッラー政権が 崩壊し、ムジャヒディン同士の内戦があり、タリバンが組織される状況が生まれました。 私はタリバンとつながりがあることを認めるのに臆することはありませんが、私が 作ったと言うのは本当ではありません。 タリバンが最初に出現した1994年8月、私はカブールにいました。ヘクマとマスードの 間の和平仲介をしているところでした。私は最初、タリバンのことを アメリカが ジハードの産物を撲滅するために解き放った集団だろうと受け止めました。私はヘクマと マスードの双方に、タリバンと戦うために結束すべきだと告げました。
タリバンはジハード・リーダーたちの歩兵だった者たちでした。彼らはジハードに 参加し、アフガニスタンからロシア人を追い出す前線部隊にいました。そういう兵士は (戦争が終わって)マドラサに戻りましたが、やがて彼らは「アフガン人はバラバラに なり、正常になるチャンスは遠ざかった」と考えました。その後ヌールザイ部族の ある若い女性が東部カンダハルで、男たちから暴行される事件があり、そこから オマル師は立ち上がったのです。 ついでながら、タリバンリーダーのオマル師はパキスタンに行ったことはありません でした。本当にタリバンの活動は女性を守るために始まったのです。オマル師は普通の ムジャヒドでした。彼は最初にわずか40人を集めました。そして'tabrees haram hai'と 言いました。そして彼は活動を始めました。ラシッドの本は嘘のかたまりです。 タリバンはパキスタンで作られたのではありません。 (終わり) ---------------------------------------------------------- タリバンは1994年8月生まれなんですね。 今年の8月は10歳のお祝いをしたいですな〜〜!
●Afghan Raids Net Three Arrests, Weapons
http://www.goupstate.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20040215/API/402150748 February 15, 2004 The Associated Press
◎日曜日、軍用機の支援を受けたアメリカ部隊はアフガニスタン南部のふたつの村を
封鎖して、2人のテロ容疑者を拘留しました。一方、カブールのアフガン警察と
NATO率いる部隊は別の襲撃で1人を逮捕し、武器とテロ関連資料を押収しました。
軍用機の支援を受けた少なくとも60人のアメリカ兵が 日曜日に南部ヘルマンド州の
ふたつの村を封鎖し、タリバン幹部の1人ダドゥッラー師とつながりを持つと見られる
マウルヴィ・アブドゥル・ガファールとグル・アガの2人を拘束した、と地元地区長の
ハジ・アミールが言いました。
土曜日に行われた別の軍事作戦では、アフガン警察とNATO治安部隊は カブールにある
テロ容疑者の隠れ場所を襲撃し、1人を拘束し、武器と『テロ関連資料』を押収しました。
カブールをパトロールしているISAFのスポークスウーマンRita LePageが言いました。
その隠れ家にはその時5人の女性と12人の子供がいましたが、襲撃による負傷者は
なかったとLePageは言いました。
LePageは容疑者の名前と国籍を明かしませんでした。そしてテロに関わる重要人物の
1人ではないとみなしていると言いました。それ以上の詳細は述べませんでした。
338 :
怒髪天女 :04/02/16 20:58 ID:lBbRVqo9
>>329 ハミド・グルのインタビュ−記事訳文、興味深く読みました。
彼は、もっともっと、真実を知っている人物、命をかけてすべてを話して
ほしいものです。アメの罠、に関連して
Musharraf and the US Move To Disband the ISI, Purge the Military
and Eliminate Pakistan As A Strategic Power
Source: ForecastPakistan
2004/1/29
http://islamicawakening.com/viewnews.php?newsID=866
339 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/18 06:11 ID:LVtP0VAu
>>341 >▲核漏えい疑惑のカーン博士が心臓発作?…パキスタン紙
>>この報道について、パキスタン国軍のスルタン報道官は16日、
>>本紙に「根拠のないもの。博士は元気だ」と否定した
疑惑の心臓発作ってカンジですねぇ。。
>>324-327 関連。なんとなくシミジミします。。
●Soviets' lost boys in Afghanistan
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16606&view=detail 2/16/2004 (BBC)
ソ連を構成していた諸国の軍の兵役経験者たちは日曜日にアフガニスタンから最後の
部隊が撤退した15周年の記念日のイベントを行いました。
しかしロシアのテレビはアフガンのクンドゥズから 実は現在もいくらかのソ連兵士が
そこに残っていることを伝えました。
ウクライナ出身のゲンナディ・Tsevmaが18歳でソ連軍に入ってから、アフガニスタンの
戦争が終わるまで、4年ほどかかりました。
当時11歳だった弟のセルゲイは 街中の人々がゲンナディを見送りに出てきたことを
覚えています。
しかしその後2通の手紙がアフガニスタンから届きました。 1通目はゲンナディを反逆者であると非難する内容でした。2通目は彼が無断で 軍を離れたと伝えてきました。 「私はいつも兄が生きていると希望を持っていました」セルゲイは言いました。 「自分が兵士になったら、アフガンに行って、兄を見つけたいと思っていました」 しかし『ソ連のベトナム』が終わって、彼の夢は今までかないませんでした。 ○故郷を想う 北部アフガンのクンドゥズの町で、"ニクママト"は運転手として月に180ドルを稼ぎ、 妻と3人の子供に食事と衣服を与え、生計を立てています。 「私は年をとりました」現在はニクママトと呼ばれているゲンナディは言いました。 「見てください。私は38歳です。まるで年寄りのようです。私は祖国を失いました」
彼は 自分は軍から逃げたのではない、とロシアのテレビに語りました。 自分の担当部署で眠っていた時、ムジャヒディンに捕まったのです。 「彼らは私に言いました:もしムスリムになりたいと言うなら、その信仰を認めよう。 もしいやだと言うなら、我々はお前を殺す」 ムジャヒディンはゲンナディを自分たちのために戦わせようとしました。 「しかし私は最後まで武器を取りませんでした」彼は言いました。 彼は今でも祖国に帰った場合に軍法会議にかけられる可能性を恐れていました。 家を出てから20年以上たち、ゲンナディは弟に電話をしました。 「やあ、セルゲイ。きっと戻るつもりだよ」彼は約束しました。「心配しないで。 待っていてくれ」
同じくクンドゥズにはアクマトという元兵士が住んでいます。アレクサンドル・ レヴェネツとしてウクライナに生まれた彼は、上官の虐待から逃れるため、工兵部隊から 脱走しました。 ゲンナディと同じように、彼もムジャヒディンに加わりました。 しかしゲンナディとは違って、彼をアレクサンドルとしてウクライナで待ってくれる 人は誰もいません。彼の最後の身内はずっと以前に死亡しました。 アフガニスタンでは 彼は妻と2人の娘がいます。 「正直に言って、私は帰りたくありません」彼は心を打ち明けて言いました。 「今私は自分がアフガン人のように感じています」 (終わり)
パキのマドラサについてのopinion記事です
●They still mourn collapse of Taliban
http://www.gulfnews.com/Articles/Opinion.asp?ArticleID=111442 By David Blair | 19-02-2004
白い帽子と緩やかな長い服を着た小さな男の子がアフガニスタンとの国境に沿って
鋭くそびえたつ雪をいただい山の峰の陰の中で遊んでいました。
山の向こう側の気がかりな騒乱はダル・ウル‐ウルーム・イスラミア・マドラサで
スパルタ教育の行われているみすぼらしい教室の先生と生徒たちを今も心配させて
います。
「私たちはタリバンの崩壊を嘆き悲しんでいます」このマドラサのリーダーの
マウラナ・ゴウハル・シャーは言いました。「私たちは今も彼らのために泣いています。
兵士として、そして統治者として、タリバンは人々によく仕えていました」
他の髭を生やした教師たちも シャーがタリバン政権下のアフガニスタンを『唯一の 真のムスリム国家』と表現した時、その通りだとうなずきました。 ほぼ2年前、ムシャラフ大統領はマドラサから急進主義を引き離し、現代的なカリキュラム を幅広く教えさせる、という野心的な計画を発表しました。150万人の生徒を抱えていた 1万校が2002年末までに改革するか閉鎖されるかしました。 1000人の生徒と53年の歴史を持つシャーのマドラサはパキスタンで最も大きく歴史の 古いマドラサのひとつです。シャーは マドラサがイスラム狂信者の温床で、新入生を テロ組織に送り込んでいると言われていることを強く否定しました。 とはいえ、アラビア語で『学生』を意味する名前のついたタリバンの運動はパキスタンの マドラサで生まれました。シャーの学校はジャラル・ウッディン・ハッカニのような 数多くのタリバン司令官を生み出してきました。ハッカニはアメリカ政府がアフガニスタン の最重要指名手配リストでかなり上のほうに挙げている人物です。タリバン政権が 死の苦しみにあっていた時、多くのマドラサが彼らのために戦うよう志願者を送りました。
○バランスが取れている パキスタンの政党JUIに所属して、パキ国会に議席を持つシャーは、宗教的献身が 熱心過ぎないようにする『ダイエット』は 英語の授業をすることでバランスが取れて いると言います。しかし彼のマドラサの教師たちはブロークン・イングリッシュしか 話せないのですが。彼はさらに、コンピュータの授業も行っている、と主張しました --しかし 1000人の生徒に5台しかありませんが。 最近の調べで、一部のマドラサは11世紀のテキストを使って薬学を教えていたり、 紀元前300年のユークリッドの著作のみに基づいた数学を教えていることがわかりました。 2002年の世界銀行の報告によれば、マドラサの15〜20%が軍事訓練を行っています。 パキスタン人権委員会のアフラシアブ・ハッタクはマドラサで実用的な教育が欠如して いることは中核となる問題だと言いました。「彼らは次世代の人々がこのようなことで 悩まなくてすむように、人々に備えさせることをもっと考えるべきです」 (終わり)
●Villagers spot hundreds of Taliban in restive Afghan province, Afghan officials say
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/news/archive/2004/02/19/international0944EST0533.DTL February 19, 2004 NOOR KHAN, Associated Press Writer KANDAHAR, Afghanistan (AP)
◎アフガン当局は木曜日、数百人のタリバン兵が南部アフガニスタンで再編成していて、
村人を脅し、政府が6月の大統領選挙を前に国を安定させようとしている努力の土台を
揺るがそうとしている、と言いました。
ザブル州はタリバンのかつての地盤だった南部の都市カンダハルから60マイルほどしか
離れていません。多くのタリバンは2年以上前のアメリカ連合軍の攻撃を受けたあと、
パキスタンと国境を接している辺鄙な山岳地帯へと逃げました。
しかしながら、アメリカ軍スポークスマンはその報告(冒頭の報告)を信じませんでした。
「もし数百人の兵士がそこにいたなら、私たちは殺していたでしょう」ヒルファティは
カブールで言いました。
最近数ヶ月、ザブル州当局はタリバン側戦士たちによる一連の爆弾攻撃と誘拐事件のあと
(中央政府に)支援を求めています。
村人たちはザブル州のミザン地区とアタガル地区でこの数日間にタリバン兵を見たと 報告していると副州知事のマウルヴィ・モハマド・オマルは言いました。 「さらに隣のカンダハル州マルフ地区でもタリバンは目撃されています」とオマルは ザブル州の州都カラトから衛星電話で話しました。 彼は タリバンは小さいグループで移動し、山の中で目撃されていて、人数は400人以上 だと言いました。タリバンはアメリカに支えられたカルザイ政府の支持者に対して すでに攻撃を行っていて、村の長老の1人が誘拐されています。 「私たちはその地区にいる政府軍を増強するために増派部隊を送る計画です」 オマルは言いました。 ミザン地区長のハジ・モハメド・ハシムもまた、「とても大勢のタリバンがこの地区の 山に姿を現しています」と言いました。人数については述べませんでした。
「彼らは人々に対して 政府に対するジハードを戦うようにと言っています」 ハシムは言いました。 ザブル州で目撃されているタリバン軍の一群を率いているタリバン司令官の中には カディル師という重要人物がいます。カディル師は昨年10月にカンダハルの厳しい 警備をされた刑務所から脱走した人物だとオマルは言いました。 アフガンの首都カブール以外の地域での治安の欠如は、今年後半に行われる予定の 初めての民主的選挙のためにこの荒れた国の準備作業を任されている国際組織の 関係者たちの懸念を高めています。 11,000人以上のアメリカ連合部隊がこの国の南部と東部でタリバン&アルカイダの ゲリラ兵の追跡作戦を続けています。 (終わり)
354 :
黒ターバン ◆RGK/h/GT6g :04/02/20 02:24 ID:xokuC4hg
サラ〜ム!!
>>349 >>他の髭を生やした教師たちも シャーがタリバン政権下のアフガニスタンを『唯一の
>>真のムスリム国家』と表現した時、その通りだとうなずきました
・・・・・・・・僕も思わず頷いてしまう、
紀元前300年の、>>ユークリッドの著作のみに基づいた数学・・って、
びつくり。一体どんなん?。どこぞで、そんな知識を得たのやら。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ニュータリに、載せたけど、こちらにも。
懐かしいっていうか、、とにかく心熱くなる。ザイーフタン写真も
きれいに撮れている。”♪タリバンソング”♪?も、メロディは覚えられそう。
(以前、こちらにお邪魔したばかりの頃、載せた
もう、見れないと思っていたが、偶然見つけられた)
http://www.a2youth.com/multimedia/poems/jihad/flash-01.html
356 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/20 13:11 ID:3HOtCmM8
●Authorities in Herat closed a women's driving school
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16675&view=detail 2/19/2004 (Afghaniyat New Group)
ヘラートの当局は女性用の自動車教習所を閉鎖しました。
ヘラートの消息筋がアフガン・イスラミック通信(AIP)に語ったところでは、
この女性用自動車教習所は2日前にヘラートで外国NGOの支援で始められたものでした。
しかしそのわずか翌日に、ヘラート当局は教習所関係者を呼び出して、
閉鎖するように要請しました。その結果、教習所は現在閉鎖されています。
さらに教習所の一部の教官たちが拘留された、という報告もありますが、
AIPはこれについては確認できていません。
アフガンの交通に関する法律は、女性が国内で運転することを禁じていないということは
述べておく価値のあることです。しかしアフガン交通担当警察から運転免許証を手に
入れた女性の数はとても少数です。
東部アフガニスタンのナンガルハル州の交通担当警察長官モハマド・ヘラル・ヘラルは
AIPに対して「女性に運転免許証を発行することについて、私たちの側にはなんの制限も
ありません。しかしまだ免許証をとりに来た女性はいません」と語りました。
>>351-353 関連で、ミザンという地区名がこちらではマジンになっています。
●Over 100 armed Taliban re-group in southern Afghanistan
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16701&view=detail KANDAHAR, Afghanistan, 2/20/2004 (AFP)
◎100人以上の武装したタリバンが南部アフガニスタンの遠隔山岳地帯に集結している、と
当局者が言いました。差し迫る攻撃の懸念がこの地域で高まっています。
追放されたタリバン政権の残党が南部のザブル州に集結している、と、地方当局者の
ハジ・ハシムは言いました。
最近数ヶ月南部と東部のアフガニスタンでは 支援職員や一般市民に対する暴力と同様に、
アメリカ連合軍とアフガン軍に対する攻撃が見られます。
「昨日、100人以上の武装したタリバンがアルガンダブ、ハク・アフガン、デイチョパン
地区からマジンの山の中に集結ました」金曜日、副知事のハシムはAFPに語りました。
ハシムは 昨日知事とこの状況について話し合いをするため州都カラトに行ったが、
知事からは「たいした脅威はない」と言われた、と言いました。
しかしながら、攻撃してこようとしているタリバン兵の数に対して マジンを守っている 部隊は70〜80人しかいません。 「もしタリバンが攻撃してきたら、私たちは自分たちの身を守ることと、司令部に支援を 求めることはできます。しかしこちらからタリバンを攻撃する能力はありません」 ハシムは言いました。 今回のタリバンの集結の中心人物はこの地域のタリバン司令官として有名なカハール師と ガファール師だと考えられています。 「これらの地域はタリバン支持者が多いのですが、アメリカ軍はそういう(山岳)地区の パトロールをしないで都市ばかりパトロールしています」ハシムは言いました。 マジンから110キロほどにあるカンダハルは 2001年にアメリカ連合軍に追放された タリバン政権の生まれた地で、かつての本拠地でした。 ここでも主にパシュトゥン人住民の間で今もタリバンへの支持があります。パシュトゥン 人はカブールの中央政府からの疎外感を感じています。
アメリカ軍スポークスマンの1人はザブル州のタリバンの集結について、ほとんど語りま せんでした。ザブル州は南部をカンダハル州と中部ウルズガン州に接していて、首都 カブールの南西約300キロにある州です。 「私たちはタリバンが大勢集まるのを歓迎します。そうすれば彼らを捕まえやすくなり、 殺しやすくなりますから」アメリカ軍ヒルファティ中佐は言いました。 カンダハルの軍副司令官モハメド・カーンも 100人以上のタリバンがその地域に 集まっていることを確認しました。 「タリバンがマジンに来ていることから、私たちは彼らの武装した動きを不審なものと してみているのです」 デイチョパンは山岳地帯の洞窟に身を隠しているタリバン反乱者に対する軍事作戦が いままでに何度か行われたところです --とくに昨年8月の「山のマムシ作戦」では アメリカ連合軍によって、200人以上のタリバン側戦士が殺害されました。 (終わり)
●Operation Enduring Misery(不朽の悲惨作戦)
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16693&view=detail Reported by: MIKE WHITNEY 2/20/2004 (Counter Punch)
○アフガニスタンの大失敗
もしぶしゅのイラク政策を理解したいなら、私たちはアフガニスタンを見てみれば
いいのです。基本原理は同じです。
およそ11,000人のアメリカ軍人が現在アフガニスタンにいます。その多くは軍事施設に
配置されていて、この国全体の安定や再建にはほとんどなんの貢献もしていません。
一部の者たちは南部で復活するタリバンに対する継続中の作戦に加わっていますが、
これは主に空爆作戦と特別急襲作戦に限られています。カブール以外の地域の生活を
正常化させる取り組みは展開されていません。また、軍閥や麻薬密売人たちは基本的に
好きにするように放っておかれています。
11,000人の軍隊はアフガニスタンくらいの大きさの国に治安を回復するという責務を
担うには規模が非常に小さいです。ぶしゅ政権はこの規模の部隊ではなにもできない、
ことも何をすべきかも知っています。アフガニスタンを民主化するという概念は慎重に
作りあげられた幻影で、そのリアリティはジョージ・ぶしゅのスピーチの中でしか
リアリティを持ちません。アフガニスタンを再建する、あるいは統一するという意向が
(政権に)ないことは、軍が限定的にしか配備されていないことで証明されています。
微々たる財政支援の公約もまた、アメリカがアフガニスタンに対する自身の約束を 引き受ける真の努力をするつもりがないことを示しています。戦争の前に、ぶしゅは この苦境に立つ国への『マーシャル・プラン』を約束しました。かなり遠目に見ても、 再建事業と似ているように見えるものは何も行われていません。現在のアフガニスタン のための予算支出は30億ドルで、そのうち23億ドルは直接 軍とセキュリティ要件に 使われます。そのため、大統領選挙戦期間中のぶしゅを立派に見せるであろう 成り行き任せな『お気に入りプロジェクト(戦争&戦後処理)』には 7千億ドルしか 残りません。おそらく、KRB(ケロッグとハリバートンの子会社のブラウン&ルート)の 請負人たちは、占領者(アメリカ側)の無類の寛大さを例証するために、少女の学校と 女性の避難所をそそくさと作るでしょう。しかし重要なことは実際には何も起らない でしょう --平均的アフガン人の生活向上のためには何もなされないでしょう。 意味のない規模の軍隊の配備と再建のための不十分な融資というこれらふたつの要因は ぶしゅ政権が民主国家アフガニスタンを築くために何の仕事もしていないことを 疑いなく証明しています。ぶしゅは自分の選挙公約の中に『国家建設』を入れることを 控えています。それどころか(建設どころか)アフガニスタンは現在の占領が続く限り、 決して正常な治安を経験することはないであろう従属国のひとつとなりました。 治安の空白 --これは戦争と、人々のニーズに(アメリカや国際社会が)無関心である ことが生んだものです-- は アフガニスタンが暴力の軌道に乗って落ち続けていく だろうということを約束しています。
ぶしゅ政権はカルザイ政権の形成にかなりの時間を費やしてきました --仮にその 政権に民主的な正当性がないとしても--。ぶしゅ政権の代表者たちは自分たちの 手の内の人物、ハミド・カルザイが(トップに)選ばれることを確実にするために アフガン固有の大会議・ロヤジルガに割り込みました。そして実際にそうなりました。 元王ザヒル・シャーは(トップの地位に就く者として)人々から人気のある候補の 1人でした --彼は実際、最初の投票では、有効な1,500人の代議員票のうち800票を 得ていました-- しかしアメリカの望む結果をもたらすために、奥の部屋で交渉が なされた後は、陰に押し込まれました。それ以来、シャーはイタリアでの隠居生活に 戻っています。 カルザイは操り人形かもしれませんが、人当たりの良い人形であり、彼の命を狙う 数多くの試みから生き残ったという不可思議な能力の持ち主でもあります。彼の権限は カブール市の外にはほとんど及ばないので、皮肉を込めて『カブール市長』と呼ばれて います。彼の内閣は主にアメリカで教育を受けた大臣たちからなっています。その一部は かつて世界銀行で働いていました。ぶしゅ政権のすべての被任命者に要求されている 『自由貿易』のリトマス試験を彼らが通すだろうと私たちは確信できます。そして ワシントンからの指令が綿密に進められる違いないという見解も同じです。 アフガニスタンの資源をアメリカの貪欲な巨大エネルギー企業に署名譲渡させる時が 来たら、彼らは"祖国(アメリカ)に対する愛国的忠誠心を誇示して見せる"という 面倒なことはしなくなるだろうと予測できます。
カブール以外の地域では 中央政府は本当に何の力もありません。地方では軍閥、強盗、 麻薬取引業者がチェッカーボードのように入り組んでいます。タリバンは南部で抵抗活動 を増大させていますが、彼らの軍事力は簡素なものでアメリカ軍の比ではありません。 彼らが望みを持てる最善の方法は、混乱分子となることと、(新政府に)幻滅した農民を 味方につけることです。(反アメリカの)雑多な組織に多くの大衆が惹きつけられて いたり、また、大衆がテロ行為を手引きして、見逃す可能性があるにもかかわらず、 アメリカ軍はそれら組織に対しての優位を維持していくでしょう。 カブール以外に住む人々にとって、物事はタリバン時代から少しも良くなっていません。 軍閥と麻薬業者は前任者と同じように残酷で、裁判も以前と同じように独断的に行われて います。国連とNATOの双方は地方に法と秩序をもたらす一定の役割を担うつもりがある と示していますが、まだなにも具体化していません。オマル師の最近の言葉を 引用しましょう:「アメリカ人がアフガニスタンにもたらした民主主義はどれほど 成功したというのか?」 ○結局少しも成功していない 『不朽の自由作戦』は侵略を進めるための大きなマーケティング・ツールとでした。 しかしアフガンの人々のために民主主義を築くことも、最低限の治安レベルを提供する ことも 見る影もなく失敗しています。
無策という同じパターンは現在イラクでも見られます。開戦からひどく人員不足だった (アメリカ)軍は、現在バグダッドの外(周辺)の8つの基地から退いているところです。 このことはアメリカ軍が困難な治安維持任務にこれ以上関わらなくなることを示して います。軍は新しい配備地で準軍事的襲撃や、飛行活動、日課の演習などを行うでしょう。 but as far as being engaged in bringing peace to the beleaguered Capital, (and risking American lives in the process) that period is about over. (*わかりませんでした) 油田はすでに確保されています--パイプラインルートは保護されるでしょう--ビジネスは 活発になるはずです--他のことはすべて二の次です。 アフガニスタンと同じように、アメリカ議会から与えられた資金のほとんどは 軍需品と、 ハリバートンやベクテルなどの会社の契約債務に費やされています。 資金のうちのほんの一部だけが再建に割り当てられています。200億ドルがイラク人の 生活にどんな影響を与えるのかはわかりません。ぶしゅ政権が言う"自由"と"民主主義"の 約束は 本質の欠けた空っぽの美辞麗句にしか聞こえません。
アメリカがイラクに約束したことは 治安の増強と自由選挙に向けた実際的な動きを 形作ることで証明されるべきです。アメリカはそのどちらもできていません。 それどころか、ぶしゅ政権は選挙プロセスの成り行きを支配しようとしています。 その一方、同じ時に、バグダッドから軍を引いているのです。 ○不幸な結末にしかならない イラクは一触即発の状態です。秩序を築く前にアメリカ軍が撤退してしまうなら、 ぶしゅ政権がイラクの選挙を捜査できてもできなくても、それは重要ではないでしょう。 バグダッドはただ無政府状態に陥っていくでしょう。 ぶしゅ政権は再選のためには 毎日アメリカ兵の血が流されるのを止めなければ ならないと判断しています。それで彼らは後退して、イラク人自身に任せることを 決めたのです。 私たちはこの戦略の結果を、イラク警察官の死亡者数の劇的な増加をという形で すでに見ています。この傾向がアメリカ軍の介入なしに覆ることはないでしょう。
ぶしゅ政権はアフガニスタンでもイラクでも危険なゲームをやっています。 どちらの国も状況はさらに厳しく破局に傾いていて、政策の失敗は急速に明らかに なっています。たとえメディアがこの苦難を覆い隠しても、そして政権関係者が 必要に応じて嘘をついても、両国へのぶしゅの意向はさらに明白になっています。 その意向とは (両国の)全住民とその資源をコントロールするのに、最小限の 軍隊を配備ですませようというものです。 このことは(両国に)現存する社会秩序が崩壊の危機にさらされていることや、 そのような状況から派生する暴力を(ぶしゅ政権が)重要視していないことを示唆して います。それは両国全体が民族・部族ごとに決裂して、継続的に内戦と報復が起きる 状態にゆだねられて行くことを意味しています。 戦争から2年たったアフガニスタンで私たちが目にするものは、影響力のある 中央政府がなく、バラバラで破綻した状況と、それを築こうという努力を占領軍が 何もしていない状況です。
社会崩壊のこのモデルは現在イラクに伝わっています。メディア上でぶしゅの擁護者は こういう無秩序状態は民主主義の創設期には実際予想できるものだと言って私たちを 納得させようとしています。しかし事実はそうでないことを証明しています。 アフガニスタンはむしろ、民主主義からも、あるいは侵略を受ける以前の政権の 一貫した姿からもはるかに遠ざかっています。 少なくともアフガニスタンはぶしゅ政権が成功のシンボルとして掲げる実例のようには 見えません。だからぶしゅ政権がアフガンモデルをイラクで模倣しようとしたり、 その結末が同じような悲劇になるとわかっても驚くことはありません。バグダッドの 街なかで毎日見られる虐殺は、私たちの敬虔な大統領になんの影響も与えていない ようです。どれほど人々の悲惨な状況を見せつけられても ぶしゅ政権の関係者たちが その壮大な計画(たくらみ)を実行することを思いとどまることはないのではないかと 私たちは疑うばかりです。 (終わり)
●'Osama in Afghanistan'
http://www.hipakistan.com/en/detail.php?newsId=en54713&F_catID=&f_type=source KHOST, Feb 20 AFP
◎タリバンはこの春にアフガニスタンの南部と南東部でアメリカ率いる連合軍に対する
新しい波を起こす、とタリバンの代表者だと自称する人物が金曜日に言いました。
以前に自分はタリバンの意思を伝える確実な情報源だと証明したこの男性は、南東部の
都市コーストでインタビューに応え、オサマ・ビン・ラディンとオマル師は共に
アフガニスタンで生きて活動しているという主張もしました。
「オサマと副官のザワヒリは2人とも無事で アフガニスタン国内の別々の場所に
います」、とモハメド・サイフル・アデルはパキスタンとの国境に近いコーストでの
インタビューで言いました。
対ソ戦ムジャヒディンの元リーダー、ジャラルッディン・ハッカニは「タリバンの
副指導者の役割を担っています」とアデル氏は言いました。「彼は私たちの活動の
重要な役割を演じています。そしてすべての軍事行動についての責任を負っています」
彼は付け加えました。
「ハッカニはパクティア、パクティカ、コーストで 本人自ら軍事活動を指揮して います」と、このスポークスマンは南東部の3つの州の名を出して言いました。 西側アナリストの一部は 今年中のある時期に行われることになっている選挙の 準備期間にあるアフガニスタンを不安定にする企てとして、タリバンは現在自分たちの 実際の力を誇張して見せようとしている、と警告しています。 アナリストたちは タリバンはヒット&ラン攻撃を行おうとしているが、大衆からの 支持が低いままなので、国内に重要な脅威を引き起こすことはできない、と言っています。 アデル氏は タリバンの活動は重大な攻撃を増大させる能力がある、と主張ました。 そして「私たちはこの春に空前の攻撃を行います」と自慢しましたが、根拠となるものは 示しませんでした。 「タリバンのメンバーたちは たとえば、大きな町を攻撃して、奪取し、数時間占拠し、 その後そこを離れるでしょう…私たちはここのアメリカ軍基地への攻撃を指揮しています。 私たちは多くの殉教者を出してもそれを行います」スポークスマンは言いました。
サイフル・アデルとのインタビューはこの町の中心部にあるホテルの一室で、2時間に 渡って行われました。このタリバンスポークスマンは見たところ無防備でインタビューに 現れましたが、数人のタリバン兵が付近の目に入るところにいて、明らかに彼を守る ために周辺部をパトロールしていました。 インタビューはすべて 地元知事の建物といくつかの軍事施設から200〜300メートルも 離れていない場所で行われました。 おそらく占領軍に協力するアフガン人に圧力をかける試みとして、アデル氏は タリバンはアメリカと協力する"売国奴"たちの全リストを持っている、と明言しました。 「アメリカ兵が基地の外に出ればすぐに 私たちは彼らがどこに行こうとしているか わかります。私たちは彼らに協力する売国奴たちの名前はもちろん、いくら受け取って いるかも知っています」彼は言いました。 イラクのゲリラ兵は占領軍に協力するイラク人を狙うことを重視しています。しかし アフガニスタンでは今までのところそれは起きていません。アデル氏は アメリカの 空軍力に対するタリバンの防衛力の欠如が活動の弱点であることを認めました。
しかし彼は タリバンの活動は近いうちにその能力を持つだろうと主張しました。 「防空能力の欠如は私たちの最大の弱点です。しかし私たちはそれに取り組んでいます」 彼はまた 南東部のいくつかの地方官庁の何人かの高官たちがタリバンを支援している と主張しました。 「地方官庁には私たちの支持者がたくさんいます。私たちは一部の当局者と良い関係を 持っています」彼はそう言って、今月上旬に別の地方高官を殺害した件への関与を 認めました。その人物は彼が言うには売国奴の1人でした。 このタリバンスポークスマンは 活動している兵士の中に多くの志願兵がいると 主張しました。「そのほとんどはアラブの同胞たちですが、アフガン人もどんどん 増えています」 「アメリカはこの地域で数多くの無実の人々を殺しています。被害者の身内たちは 復讐したいと思っています」彼は言いました。彼はさらに、タリバンはアルカイダの グループと協力し合っていて、彼らからの資金援助への返礼に、軍事支援をしている、 と言いました。 (終わり)
「タリバン活動の軍事戦略のトップはサヒブ・ハッカニで、本人自らパクティア、 パクティカ、コースト各州のすべての軍事活動を指揮しています」とモハマド・ サイフル・アデルと自称するスポークスマンは言いました。名前のあげられた州は いずれも南東部の州です。 タリバンは南部の都市カンダハルで出現し、今でもこれら地域で強い支持を保って います。アデルはさらに、タリバン残党部隊はこの春に大規模な攻撃を開始する 準備をしていると言いました。 ハッカニは1979年に始まったソ連の侵入と戦ったアフガニスタンの最も有名な ムジャヒディンのひとりです。 多くのアフガン人は彼のことを1991年4月にコーストの町を奪取した軍司令官の1人と して知っています。それは1989年のソ連の退却の後、2年間の町の包囲攻撃が終了し、 ムジャヒディンの初めての大きな勝利の記念となった出来事です。
彼はこの期間に"がらくたディーラー"という意味の"カバリ"という異名を得ました。 それは彼が戦場で破壊された戦車の装甲をスクラップとしてパキスタンで売っていた からです。 13年が過ぎても、パキスタン部族エリアに接している地域での彼の名声は落ちていない ことを AFPはコーストの40キロ南のザーワ山地にあるインザルカイで知りました。 ハッカニは1989年に暫定的なアフガン政府を形作るための委員会のひとつのトップに 任命されました。しかしこの国は1992年から内戦に巻き込まれ、ハッカニは1996年に タリバンが現れるまでそれには参加しませんでした。 オマル師の超保守的なイスラム教の見解に近い見解を持つハッカニは1996年に タリバン政権によって部族問題大臣に任命されました。 戦場からは決して離れることなく、ハッカニは1996年にカブール北部のショマリ平原で 北部同盟に対する壊滅的な攻撃を指揮しました。この戦いを評論家たちはタジク人に 対する民族浄化の実践のひとつだったと呼んでいます。
アメリカに追われているハッカニは数多くの幸運な逃走劇を重ねていますが、空爆で 負傷しています。 彼はしばしばタリバン運動の"穏健派"の1人であるとか、大パクティア地方--パクティア、 パクティカ、コースト--から多数のパシュトゥン人部族を彼の指揮で(タリバンから) 脱退させることができたなどと紹介されていますが、ハッカニはオマル師への忠誠を 守りつづけています。 パキスタンの秘密情報部だけではなくアラブ湾岸諸国の君主たちとも親しいという 評判のあるハッカニは、対ソ聖戦時代もその後も、気前の良いスポンサーたちの支援で 長いこと恩恵を受けています --そのお金を彼はマドラサやモスクの建設に使っています。 コーストの当局者は ハッカニはコースト、パクティア、パクティカ、そして隣接する パキスタンのミラン・シャーの各地に時間を割り当てて過ごしていると言っています。 (終わり)
378 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/21 22:58 ID:a2hafpYK
379 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/22 16:05 ID:h2umnek3
●Pilot dead after attacker fires at helicopter as it sits on ground
http://www.canada.com/news/world/story.html?id=0ABB5AD9-9A1B-4EEC-A349-CC43BF625E03 February 22, 2004 THALOQAN, Afghanistan (AP)
◎アフガニスタン南部で日曜日、地上に止まっていたヘリコプターを1人の男が攻撃し、
オーストラリア人パイロット1人が死亡し、アメリカ人女性1人が負傷した、と
当局者は言いました。
4人の外国人と1人のアフガン人通訳がタロカンの学校建設プロジェクトを視察するため
ヘリコプターに乗っていました。そして離陸しようとした時に、男が攻撃をした、と
カンダハル州知事スポークスマンのハーリド・パシュトゥンは言いました。
オーストラリア人男性のパイロットは死亡し、この地域に医療診療所を設ける手伝いを
していたアメリカ人女性は重傷を負った、とアメリカ大使館スポークスマンの1人が
匿名でAPに語りました。
攻撃した男は逃走しました。アフガン軍はタロカンで戸別の捜索を行いました。
タロカンは南部の都市カンダハルの南西およ64キロにあります。
この事件は当初、ヘリコプターは飛行中に攻撃を受けた、と報じられていました。
アメリカ軍の即応部隊が負傷者をカンダハルに移送した、と軍のスポークスマン、
ヒルファティは言いました。目撃者たちはヘリコプターには弾痕が残っていた、と
言いました。このアメリカ軍用ヘリはすでに回収されています。
関係者は このヘリコプターは南部アフガニスタンのインフラ計画を監督している エンジニアリング会社のひとつ、ルイ・バーガー・グループ社のものだと言いました。 ここは旧タリバン政権の反乱者たちが活発な地域です。 カブールのルイ・バーガー社の広報担当者マイク・ステイプルズはコメントを避けました。 タリバンを代表して話すと言うアブドゥル・サマドという男性がカブールのAPに 事件の6時間後に電話をしてきて、タリバンの関与を認めました。 この話を独立して確認することはできませんでした。サマドは攻撃には8人のゲリラ兵が 関与していた、と説明しましたが、これは目撃証言とは一致していません。 パシュトゥンは 日曜日に外国人が訪れることを地元の当局は何も聞いていなかった、 と言いました。 反乱者たちはアメリカに支えられたカルザイ政権を揺るがし、この戦争で打ちのめされた 国を再建する取り組みを妨害しようと 最近数ヶ月、南部と東部のアフガニスタンで 攻撃を繰り返し行っています。 (終わり)
383 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/23 10:54 ID:bnyIc0ui
384 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/23 11:04 ID:bnyIc0ui
386 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/23 11:22 ID:bnyIc0ui
387 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/02/23 11:32 ID:bnyIc0ui
389 :
◆QvQ1ShKye. :04/02/24 01:32 ID:S1PONGvE
ザルカウィシボン
●Escalating tribal tensions in Afghanistan's southeast may benefit Taliban
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16797&view=detail KHOST, Afghanistan, 2/24/2004 (AFP)
◎今まで、南東部コースト州のパシュトゥン部族リーダーたちの権限は タリバンの
勢力をよせつけませんでしたが、部族の間の緊張の高まりはこのバランスをくずす
かもしれません。
「コーストはしばしばカブールからとても反抗的な州だと見られています。しかし、
タリバンの活動は限定的です」この地域の主要な親政府軍の第25民兵分隊司令官
ヒアルバズ・カーン将軍は言います。東はパキ政府の権限の及ばないパキ部族エリア、
西はタリバン&アルカイダが住んでいると思われている山岳地帯に囲まれているものの、
コーストはゲリラ攻撃を免れているように見えます。ゲリラたちは南隣のパクティカ州に
攻撃しに行きます。
コーストの大きな平原は比較的平穏だということを AFPはコースト市といくつかの
町を訪ねて知りました。
しかしながらタリバンたちが過去数ヶ月間に活発化し、この春には大規模な軍事活動を
すると脅しをかけてきていることを地元当局は認めています。
「タリバンは選挙プロセスを妨害しようとするでしょう。しかし私たちにはそれを やめさせる手段があります」ヒアルバズ・カーンは6月に予定されている選挙に触れて、 そう言いました。 カルザイ政権に忠実な部隊は さらに別のの高まる前線の脅威にさらされています --それは国境を越えてくる外国人反乱活動家と自殺爆弾攻撃志願者たちだと将軍は 言います。 「この病はイラクとパレスチナから来ています」 実は今はまだ、この州の主な治安の請け負い人は第25分隊よりも パシュトゥン人の 有力部族です。 今までのところ、部族長の大多数は州知事アブドゥル・ハキム・タニワルと協力する ことを選んでいます。そのためタリバンの活動能力は制限されています。 「コーストはとても伝統的な社会であり、部族の支持は重要な政治的決定要素です」 ある地元NGOのスポークスマンアミール・シャー・カルガルは言います。
「部族の政府への支持がなければ、タリバンは活動能力を増し、知事はこの州を管理する 権限を保障されないでしょう」 しかし知事が特定の有力者に地域レベルの権限を持てるよう優遇しているため、 いくつかの部族の間で緊張は増していて、リーダーたちが知事への支持を取り消すかも しれない懸念を高めています。 「知事は自分の属するタナイ部族を除くほかのすべての部族の権益を差し押さえています」 コーストの地元新聞のジャーナリストの1人が、匿名で話しました。 このことは部族の中で、特にザドラン、グルバズ、マンドザイのフラストレーションを 増加させています。タリバン運動の主要人物で、元ムジャヒディン司令官の1人であり、 ザドラン部族のリーダーでもあるジャラルッディン・ハッカニはこの種の不満から 得をする立場にいます。 「部族間に緊張があります」ヒアルバズ・カーンは言います。「知事のおかげで、 タナイ部族にはあまりにも多い力が与えられているかもしれませんが、しかし こういった不和は話し合いで取り除かれるでしょう」彼は付け加えて言いました。
タリバンを助けるかもしれないもうひとつの分裂は、この町にいる"共産主義者"と 対ソ戦を戦った"ムジャヒディン"戦士の間の政治(行政)上の対立です。 親ロシアだったナジブッラー政権を構成していた者たちは現在その大勢が州政府の高い ポジションを占めています。対ソ戦のベテランたちはにとって、これは受け入れがたい 状況です。 この問題が悪化するのは土地所有に関する争議のみです。1992年にナジブッラー政権が 倒されて、家を追われた数百人のナジブッラー支持者たちは、今、ムジャヒディンの 一族たちから、自分たちの資産の返還要求をしようとしている、と地元当局は 言っています。 (終わり)
●Ex-Afghan governors play the blame game
http://paktribune.com/news/index.php?id=56072&PHPSESSID=a0610127816a8293e137e4d320dedd1b February 24, 2004 KABUL
◎不安定な南部ザブル州はアフガニスタンで最も貧しく、発展も滞っている
危険なエリアのひとつです。
この1年間で3人の知事を迎えたこの州は、とても不安定と考えられているため、
人道支援組織でさえ危険を冒してこの地域に入ろうとはしていません。アメリカが
資金を出している道路建設プロジェクトが反政府勢力の攻撃にあってからは特にそうです。
一方、前州知事の2人は不安定さが増している原因について、他の方向を指摘しています。
昨年7月に解任されたハミドゥッラー・トーキは、この地域のタリバンの復活に対して
断固とした行動をとらなければ、すぐにコントロールの効かない事態になるだろうと
警告しました。
トーキはかつて強硬派ヘクマティアルの支持者でしたが、タリバンが権力の座に就くと、
カルザイへの支持に回りました。彼は「事態はスピードを増しています。これは他の
州にも広がっていく癌です」と警告しました。
タリバン政権の前も後もこの地域を支配してきた地元軍司令官のトーキは自分が解任された ことに今も批判的で、後任知事のハフィズッラー・ハシェミ・ポパルザイをザブル州の 混乱が増している原因だと非難しています。 「治安情勢はとても悪いです。州の11地区のうちの8地区は中央の支配から(反乱側に) 落ちました。ここには行政権限がなく、いくつかの地区は完全にタリバンと協力して います」 トーキは 自分は治安を回復するために、国際治安部隊ともっと多くのアメリカ連合軍が この州に配備されることを望むと言いました。 彼は(自分の後任の)ポパルザイのような『よそ者』にそんな仕事(国際部隊を呼び入れる) はできなかったし、中央政府はザブル州の知事を(ポパルザイの後任に)カンダハル人を 任命するべきではなかった、と言いました。 「地元大衆の支持がなかったら、兵士の力だけでは治安をもたらすことはできません」 トーキは言いました。
隣り合ったザブル州とカンダハル州の間には長く歴史的な部族の競争関係があります。 昨年末、カンダハル州知事ユスフ・パシュトゥンは トーキはザブル州知事任期中に タリバンの再出現に注意を払わなかったと非難した、と伝えられています。 これらパキスタンに接した南東部の州は 強硬派のタリバン体制が出現し、力を固めて いった中核地帯です。 南東部の治安情勢に詳しいカブールの情報筋の1人は この地域のタリバンは「決して 本当に撤退したのではなかった」と言いました。そして2001年のアメリカの空爆の後、 主にバイクに乗った機動力の高い(タリバンの)部隊が再出現し、州都カラトを除く ザブル州の大半を支配していると言いました。 一方、今年1月までザブル州知事を務めていたポパルザイは 自分はアルガンダブ地区 以外のすべての地区を統治していた、と主張しました。 彼はさらに、タリバン復活という報道を退け、現在の治安問題は派閥の競争と個々の 犯罪者によるものだとしました。
「泥棒たちはこの無秩序状態を利用したいのです。タリバンに力はありません。 彼らは弱体化傾向にあります」 しかし最近行われた憲法ロヤ・ジルガにこの州の代表として出席した2人の人物は ザブル州の状況はますます悪化している、と(ポパルザイと)異なる意見を言いました。 (代表者の1人)サイフッラー・ハクバヤンはIWPRに対し、タリバンはいくつかの地区で はっきり姿を現していることと、州の行政期間はとても弱いので、多くの人々は市民軍 (タリバン側)の方を向いていてその復権を支持していることを語りました。 もう1人の代表者ナザル・モハマドは経済のひどい状況が絶望感を生み出している、と 訴えました。「普通に働いている人たちが、暖房のために木材を盗んでいるのです」 ポパルザイは 自分はこの州で違法行為を根絶やしにしようと努めてきたと言いました。 そして自分の業績として、新しい議会と病院をいくつか作ったことをあげました。 「私は人々と良い関係を築きました。私は人々の心を勝ち取ったのです」 しかし、この1月に、彼はカルザイ政権に解任され、その後任に現在のヒヤル・モハマドが 就任しました。
ポパルザイは 自分はこれを受け入れようと思ったと言いました。「私たちは中央政府の 指示に従うつもりです」 トーキは 元ガズニ州副知事だったヒヤル・モハマドの方が成功するチャンスがありそう だし、そうである事を願うと言いました。「私は人々が彼を友人とみて、支援することを 期待します」 大統領スポークスマンのジャヴェド・ルディンはIWRPに対し、中央政府はザブル州の 事態を詳しく追っていて、その治安情勢は国中で一番悪いと考えていると語りました。 「人々はとても苦しんでいます。政府はザブル州を優先順位の上の方に置いています」 しかし元知事たちは自分たちの任期中の州行政機関が不正行為を行ったという申し立ては 否定しました。 ポパルザイは 自分が権力の座についている間に、違法に幹線道路料金をとって利益を 得ていたという話を否定しました。カブールに新しい大きな家を買ったばかりのトーキは 違法な武器売却で資金を作ったと言われることを否定しました。 2人とも現在は失業中です。 (終わり)
●FORMER AFGHAN PRIME MINISTER CALLS FOR ATTACKS ON COALITION FORCES
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16828&view=detail 2/25/2004 (RFE/RL)
反乱勢力ヒズビ・イスラミのリーダーで元アフガン首相のグルブディン・ヘクマティアルは
2004年を"戦争の年"だと宣言し、支持者たちにアメリカ連合軍、NATO軍、親政府アフガン
市民軍に対する攻撃を増大させるように指令を出した、と ラホールに本拠を置く
Daily Times紙が2月24日に伝えました。
ヘクマと元アフガンムジャヒディン司令官ジャラルッディン・ハッカニは新しい"戦略"を
指揮しようとしていて、その戦略は"ムジャヒディン秘密部隊"という名で募集された
戦士たちが行うことになっている、と 身元不明の情報源が話したことが報じられました。
Daily Times紙が話を引用したこの情報源は 1,100人ほどの戦士が雇われてヒズビ・
イスラミによって訓練を受けていると伝えました。アフガニスタンでソ連との戦いが
行われていた間、ヘクマとハッカニはともに名高いムジャヒディンのリーダーでした。
●Young Turkmen face beard ban
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/3486776.stm 25 February, 2004 By Monica Whitlock BBC Central Asia correspondent
◎トルクメニスタン大統領ニヤゾフは国内で若い男性が髪や髭を長く伸ばすことを
禁じる法令を通しました。
大統領はこの問題は若者の間で最も緊急の問題であるとし、人々の髭・髪のチェックは
教育省が担当すべきだと言いました。
中央アジアの国ニヤゾフ氏の発令はいつも権威主義的です。
しかしこの最新の法令は国家が人々の私生活に干渉する度合いとしては新しいレベルに
達しています。
ニヤゾフ大統領はテレビに出演し、男性は、少なくとも若者たちは、もはや髪を伸ばす
ことはできず、髭を生やすことは許されない、と言いました。
彼は理由は言いませんでした --しかしこれはトルクメニスタン特有のことでは
ありません。
世界のこの地域では、髪・髭に関する規定は一般的に何らかの点でイスラム教と
つながっています。しかしニヤゾフ氏の法令は、もっと幅広く あらゆる個人主義
に対して向けられているように思われます。
○孤立状態 現在首都アシュガバートではヤギ髭が流行っています。それらはおそらくまず最初に 剃られることになるでしょう。 ニヤゾフ氏の法律はますます個人に向けられたものになっています。 現在は街の通りでカーラジオを聴いたり、タバコを吸うことが禁じられています。 また、オペラやバレエの後援は不必要だと言う理由で禁止されています。 これらの規則はトルクメニスタンと1970年代のエンベル・ホッジャ支配下のアルバニア との比較を呼び起こします。ホッジャもまた、髭に関することを含む違法行為の 膨大なリストを作りました。 ニヤゾフはそのうえ 政府閣僚は--彼が言うところでは"人々を守るために"--公の場所 にはビデオモニタを置くべきという規定を持ち込んだばかりです。 トルクメニスタンは外の世界からさらにいっそう切り離されています。そしてニヤゾフ スタイルの政府に対するチェック&バランスはわずかしかなされていません。 日曜日に彼は15,000人の看護士・ヘルスワーカーたちを解雇し、軍の徴集兵と置き換える 予定です。 (終わり)
●Five Taliban arrested in southern Afghanistan
http://www.hipakistan.com/en/detail.php?newsId=en55628&F_catID=&f_type=source February 27 2004 ISLAMABAD
◎パキスタンに本拠を置くアフガン・イスラミック通信が今日伝えたところでは、
アフガン軍は南部ザブル州で行われた"クリーンアップ"作戦で 5人のタリバン容疑者を
逮捕しました。
ザブル州副知事のマウルヴィ・モハメド・オマルは通信社に、逮捕はミーザナ地区の
最近の襲撃作戦の中で行われたと語りました。
「私たちは全身を覆うスカーフを着て逃げようとしていたタリバン兵の持ち物の中から
カラシニコフを10丁回収しました」とオマルは言いました。そしてこの5人の容疑者は
尋問のため、南部カンダハル州に送られたと言いました。
●Tales of the Taliban: Part Tragedy, Part Farce
http://www.e-ariana.com/ariana/eariana.nsf/allDocs/77BB7872048D787387256E48004BE9CF?OpenDocument The Washington Post 02/28/2004 By Constable Pamela
外の世界からみると、タリバンは女性を家に閉じ込め、鞭で厳しい規則を押し付け、
2001年にアメリカの空爆で追い払われるまで 他のすべての軍事ライバルたちを
鎮圧していた 不気味で不可解なイスラム武装勢力の派閥のひとつでした。
しかし内側から見ると、タリバンがアフガニスタンの大半を支配した5年間は
致命的な軍事上の失敗を重ね、重要でない宗教上の問題にこだわりすぎ、内部は深く
分裂し、タリバン運動の支援に大挙して押し寄せたアラブ人兵士たちとの厄介な関係を
抱えた間抜けな喜劇のひとつでもありました。
旧タリバン政権外務省の元職員のワヒーダ・モジダはタリバン時代について4万字の
報告を書きました。それを読むと 何の文書記録も残さず、めったに自分たちの活動の
説明をせず、部外者との接触を避けていた、短命だったイスラム政権の中の滑稽さと
悲痛さを見て取ることができます。
ダリ語で書かれたモジダの未公開の報告によると、タリバンのイスラムに関する極端な
概念は多くの奇怪な出来事を生みました。タリバンの宗教指導者モハマド・オマル師は
尋ねてきた中国の外交官におもちゃのラクダを渡されると、"まるで灼熱の石炭の
ひとかけらを持った人のように"飛び上がって尻込みしました。生物の形をまねたものは
すべて非イスラム的であると考えていたからです。
モジダの報告の別の一節には あるカブールの男が歯医者で虫歯に詰め物をしたところ、 タリバンの聖職者から"詰め物をした歯は祈りと沐浴を無効にする"と言われたので、 最高裁判所に歯を抜くという宗教令を確実にしてもらうよう必死に頼んだという話が 出てきます。 モジダはさらに、当局者たちが非イスラム的とみる歴史的美術品の破壊を始めた 2001年初旬に、タリバン内部の穏健派と根本主義者の間の亀裂がいかに深かったかに ついても書いています。狩猟のシーンを描いたあるヨーロッパの価値ある絵画を 破壊するかどうかの口論は、5つの省庁の当局者同士の主導権争いになりました。 モジダは オマル師がアフガニスタン中央部の崖に刻まれた威厳あるふたつの仏像の 破壊命令を出した時に訪れた重大局面について述べています。 モジダによれば、多くの当局者たちはこの指令はまずいと考えていました。一部の者は 外国の自然保護論者(*この場合は遺跡保護?)に前もって忠告しようとしました。 一方、他の者たちは責任をかわそうとしました。 タリバンの外務大臣だったワキル・アハマド・ムタワキルは仏像破壊について"うんざり" していましたが、外国メディアに対してはそれを支持して見せなければなりませんでした。
「大きな悲劇が起こりました」モジダは書きました。13世紀以前に彫られて、顔の部分は 削られている仏像のあるバーミヤンに軍用火薬が輸送されました。 タリバンの上級幹部でもオマル師(の命令)を無視する勇気のある者はいませんでした。 オマル師の精神は"いつも影のように人々に覆いかぶさっていた"とモジダは書きました。 仏像の象徴的な破壊は 世界の大半の国々を(タリバンから)遠ざけた一方で、外国の ムスリム同調者からは闇献金を引き寄せ、また、横暴な西洋との戦いに加わりたいと 熱望しているアラブ人兵士たちの新しい流入を呼びました。 48歳のモジダは現在アフガン最高裁の上級補佐官の1人を務める保守的なイスラム学者 です。彼はタリバンに加わったことはありませんでしたが、1980年代にソ連軍と戦った 他のアフガン人イスラム組織の活動家の1人でした。 今週あるインタビューの中でモジダは 自分はタリバンを笑いものにしたいと思って いるのではなく、その欠陥と熱狂的な異常さが徐々に自分を幻滅させ --最終的には 当初はタリバンを支持していたほかの多くのアフガン人も遠ざかって行った点を 強調したいのだと言いました。
「アフガニスタンではじゅうぶんな(正しい)歴史がすぐに書かれることはありません。 中立な者は誰もいません」彼は言いました。「私は自分が見たタリバンの良い面も 悪い面も 自分が書く必要があると思いました」 友人たちは彼にそれは危険が大きすぎると言いました。しかしモジダは彼の本を読んだ 何人かのタリバン元リーダーたちが、そこには"いくらかの真実が述べられている"と 非公式に認めたと言いました。 モジダの本の中にはすでに外国の専門家たちが指摘している点が含まれています。しかし 彼が実体験した描写と逸話は 孤立していたタリバン支配時代の歴史を新しく生彩のある 詳細で明らかにすることに貢献しています。 モジダが書いている最も重大なタリバンの失敗は 任務を行うための法律知識も イスラムの知識もなく、ほとんどが文盲だった村の武装集団に宗教警察をまかせ、 彼らに独断的な権限を与えたことでした。彼が一例としてあげたある事件では、 1人のシーク教徒の男性に(宗教)警察隊は「元が何者であろうと お前はやはり ムスリムだ」と主張して、モスクに祈りに行くことを強要しました。 宗教的リトマス試験と個人の忠誠心へのタリバンの妄執は 再三彼らの行政能力の土台を 傷つけたとモジダは言います。行政高官のポストを獲得するには"コーランの韻文を 立派に朗読する"能力があれば十分で、転属してきた担当官は "andivalis”として 知られる大きな支持者グループを一緒に連れてきて、各省庁に(物事を)最初から始める ように強要しました。
タリバンが北部アフガニスタン出身の民族武装勢力との対立を解消できなかったことも 彼らを真の政府へと発展させる妨げとなっていました。高官たちが戦いの前線に送られ たため、その省庁はリーダー無しでさまようことになりました。軍司令官たちは 民間出身の同職位の者たちと比べて一層大きな権限をふるい、役得を得ていました。 「タリバン指導部は戦争以外何のプランも持っていませんでした」モジダは書きました。 しかもその戦略はしばしば誤っていました。経験豊かな司令官さえ、戦場での決定を オマル師の許可を得るまで待たなければなりませんでした。ところがオマル師は通常 南部の自分の部屋で外部との連絡を立たれた状況にありました。計画はあまりにも 行き当たりばったりだったため、戦場に送られた数多くの部隊から大規模な死傷者が 出たのは当然のことでした。 モジダはある男性の話を語りました。その人物はカブール近郊で数人のタリバン司令官と ディナーをとり、その後小型トラックのキャラバンでドライブに行こうと誘われました。 彼らはスピードに乗ってくると銃を撃ち鳴らしました。男性はこれは敵戦闘部隊の間を すり抜けるレースなのだとわかりました。「そこには多くの遺体と捕虜がいました。 しかし司令官たちは気にとめませんでした。彼らの唯一の関心事は前線を素早く突破 することだけでした」
しかしモジダの報告では、タリバンの当初の目的は 無法状態にある戦争で荒廃した 国の武装解除と沈静化で、彼らは権力を握ろうとは思っていませんでした。 他の武装勢力よる犯罪と虐待への取り締まりは、バスの乗客を暴行したある司令官への 処罰で始まりました。それを大衆は安堵感を持って迎えました。"(西部の)イラン 国境から(北東部の)バダフシャーン州の端まで、誰もが彼らを歓迎しようとしていた" とモジダは書いてます。 タリバンのカブール統治の初期の様子は、残酷さだけでなく不運さも印象に残りました。 村出身のムッラーたちは首都で道に迷いました。タリバンのラジオ放送は市民に対して 道に迷っている人々を案内するように公報を出しました。新しく任命された大臣たちは 裸足で省庁の閣僚室に行って豪華な椅子に座りました。 かなり多くのタリバン幹部が 目や手足を失っている身体障害者でした。そのことから モジダは タリバンの弾圧政治を肉体(を失ったこと)の復讐の表れだったのでは ないかという推論を展開しました。片目のオマル師はタリバン運動の首長に選らばれた とき、絶対的権力を得ました。しかし彼は(決断を)"夢と占い"に頼り、重要な決定が なされるべきときに しばしば他人には計り知れないことを言いました。
しかしやがてタリバンは 彼らの良き指導者パキスタンが思っていたよりも野心的で 挑戦的になりました。そして中東から来た富裕な後援者たちに近づいていきました。 モジダはこれらのアラブ人たちを抜け目なく、また致命的な存在だったと評しました。 まず最初に彼らは高価な車を贈って、オマル師とその副官たちに取り入りました。 その後、彼らは訓練キャンプを設けて、そこでアフガン人の兵士たちに"ホッケーの ボールのような"普通の物体を使って爆発物を作る方法や、キュウリから毒物を抽出 する方法などを教えました。 しかし田舎出身のアフガン人民兵たちは、"聖戦"を支援するためにイエメン、サウジ アラビア、イラクから群れをなしてやって来た、更に狂信的な兵士たちと 気持ちが かみ合うことはありませんでした。あるインタビューでモジダが話したところでは、 アラブ人たちはアフガン人を野卑で不潔だと見下していました。特にアフガン人が タバコや大麻を吸うことはアラブ人の気に入りませんでした。さらにアラブ人は タリバンの厳格な構造さえ、純粋さの点で不十分だと見ていました。 タリバン幹部の中でもずっと進歩的な者たちは実際、リーダーたちの最も急進的な 方策に反対していました。そして時間とともにタリバンの内部は穏健派と根本主義者に 深く分かれていきました。教育を受けた職員たちのいる数少ない省庁のひとつだった 外務省の内部でそのような奮闘があったことをモジダは直接見ていました。
彼の上司ムタワキルはオマル師と親しい関係にあったにもかかわらず、穏健派の1人と して知られていました。ムタワキル大臣はテレビを1台持っていて、アラブのニュース チャンネルを好んで観ていましたが、そのテレビが宗教警察に壊されないように、 地下室に鍵をかけて隠していた、とモジダは書きました。 今日、オマル師は逃亡者となり、パキスタン国境沿いに隠れていると考えられています。 自らアメリカ当局に投降したムタワキルはアメリカ軍の拘置所で1年以上を過ごした後、 最近釈放されて、現在はアフガニスタンで静かに暮らしています。 以前は大きなターバンと長い髭の姿で働いていたモジダ自身は、旧タリバン政権で働いて いた他の大部分の職員たちと同じように、現在は誇らしげに同じジャケット&ネクタイの 制服姿を見せています。夜、彼はかつての上司が地下室に隠していたコンピュータで 自宅学習をしているそうです。 (終わり)
●'Pak army appears to be helping Taliban'
http://sify.com/news/fullstory.php?id=13416093 Monday, 01 March , 2004 PTI New York
◎この春に重大な軍事対決の準備をしているアフガニスタンのタリバンを、
パキスタン軍は今も支援しているように思われる、とあるメディアが報じました。
アメリカの情報当局は 攻撃に失敗した後、国境を越えて(パキスタンに)逃げようと
するタリバン兵たちをパキスタンの軍用トラックが拾っていく様子が写っているとされる
衛星写真を持っています。
アメリカ当局がパキ当局にこの写真を突きつけた結果、タリバン勢力へのパキスタンの
目に見える形の支援は終了した、とタイムマガジンは書いています。
タイムマガジンは アメリカとアフガン当局者の話として、アメリカはさらに
部族地帯の荒地にある20ヵ所以上のタリバンの隠れ家と見られる場所を特定した
情報をイスラマバードに提供したと伝えています。
アフガンの治安関係者はパキスタンの担当者たちがタリバンの戦う意欲を黙認し続けている --さらには煽ってさえいる--と不満を訴えている、とタイム誌は伝えています。 パキスタンの体制の中でも最も高いレベルで今もタリバンに対する"郷愁"が残っていると ある西側外交官は言っています。 パキスタンのムシャラフ大統領はアルカイダ幹部たちの追跡には協力していますが、 タリバンを根絶することにはあまり熱意を見せていません。 パキスタンの治安局がタリバンのリーダーたちを保護することをやめるまで、 アフガニスタンは決してタリバン復帰の脅威から逃れることはできないだろう、と アメリカ当局は言っています。 (終わり)
>>424 です。
●Family demands Mulla Zaeef’s trial
http://jang.com.pk/thenews/mar2004-daily/02-03-2004/main/main8.htm March 02, 2004 By Rahimullah Yusufzai PESHAWAR
◎元タリバン駐パキスタン大使アブドゥル・サラーム・ザイーフ師の家族は
国連と人権団体に、ザイーフ師を何の告訴もせずに拘置所に留めておかずに
裁判にかけるようアメリカ政府に圧力をかけて欲しい、と訴えています。
拘留されていザイーフ師の家族の人々はThe News紙に 逮捕されてから2年以上過ぎても、
彼は告訴されるのかわからないままだと不満を訴えました。
「私のおじはずっとキューバのグアンタナモ米軍基地から手紙を書いてきています。
赤十字国際委員会を通して手紙のやり取りをすることはできます。しかし私たちは
アメリカ政府がいつ彼を裁判にかけるのか、そしていつこのはっきりしない状況から
抜け出すことができるのかはわからないのです」と甥のハミードゥッラー・ザイーフは
言いました。
タリバン大使だったザイーフ師がイスラマバードでパキスタン当局に逮捕された後、
拡大家族(大規模な家族)のザイーフ家の長となった若いハミードゥッラーは、
拘留されているおじへの正式な裁判を求めて当てもなくあちらこちらに働きかけています。
「イスラマバードにいる国連関係者は非協力的です。赤十字国際委員会も助けることが
できないと自分たちの無力さを言っています。人権擁護団体は 1人の外交官に対する
こんな明らかな人権侵害あるのに関心を持ってくれません」彼は嘆きました。
ザイーフ師の家族は 起訴内容を説明せずに彼を逮捕し、アメリカ軍当局に渡した パキスタン政府からも辛い思いをさせられています。家族のひとりが説明しました: 「パキスタンの情報当局員が夜、ザイーフ大使を逮捕しにイスラマバードの私たちの家に 来たとき、局員の1人が ザイーフ・サヒブは5日後に家に戻って来られるだろうと約束 しました。またその局員はザイーフの不在中にパキ政府が家族の面倒を見て、すべての 要求に応えると保証しました。その紳士に再び会うことはありませんでした。渡された 電話番号も通じませんでした」 ザイーフはタリバン政権時代の最後の数ヶ月間、イスラマバード駐在のアフガニスタン 大使でした。彼はタリバンの公の顔で、最も力強いスポークスマンでした。彼の親しみ ある顔は毎日世界中のテレビ画面に登場して、タリバン側の話を伝え、アメリカ連合軍と その同盟者・北部同盟に対する(タリバン軍の)戦果を主張していたものでした。 9.11事件のあとアメリカにプレッシャーをかけられたパキスタン政府が タリバン政府 との外交関係を断った時、ザイーフはアフガン大使館を閉鎖して 記者会見もやめなれば なりませんでした。それから少ししてパキスタン当局は 公にすることなくアメリカに 彼を引き渡しました。今日までパキ政府は 彼を逮捕した時の情況と、アメリカに 引き渡した理由について説明していません。
パキスタンで逮捕された後、伝えられるところでは、ザイーフはカンダハルのアメリカ 軍基地に移されて、そこで7ヶ月監禁されました。その後グアンタナモに空送され、 現在もそこに拘束されています。グアンタナモのアメリカ陸軍刑務所から釈放された 何人かのアフガン人捕虜たちは、ザイーフの家族に、自分たちは彼が独房にいるのを 見たと話しました。ザイーフはグアンタナモからの手紙の中で、家族と友人たちに、 自分ために祈ってくれるよう頼みました。手紙は明らかに雨軍関係者から検閲されて いるので、彼は手紙の中で多くを語ることはできません。 ザイーフの妻と7人の子供は、大家族の人々とともに、今もイスラマバードに住んで います。一家は他の借家に移りました。そしてハミードゥッラー・ザイーフによれば、 経済的に厳しい状態にあるということです。 しかしやはり、家族にとっての最大の心配事はザイーフの今後の運命です。 「おじさんはアメリカが裁判に引き出せば喜んでそれを受けるでしょう。おじさんは 裁判を受けて自らを弁護する覚悟ができています。彼は外交官の1人だったに過ぎず、 悪事には関わっていません。裁判をやってほしいという求めに応じて、アメリカに 審理をさせてください。私はザイーフ・サヒブが自分の汚名を晴らすと確信しています」 ハミードゥッラー・ザイーフは強く訴えました。 (終わり) ------------------------------------------------------------ 。゜゜(´□`。)°゜。
●Coalition troops, Afghan forces launch operation in Zabul province
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=16890&view=detail 3/1/2004 (Khaleej Times)
◎月曜日、パキスタンに本拠を置くアフガン・イスラミック通信(AIP)は、
アメリカ連合軍とアフガン軍が南部ザブル州にいるタリバン&アルカイダ残党に
対する掃討作戦を開始したと伝えました。
「この作戦は日曜日、ザブル州デイ・チョパン地区で アルカイダ&タリバンメンバー
追跡のため大規模に開始されました」とAIPは情報筋の言葉として伝えました。
デイ・チョパンの山岳地域はこの数年間に渡りタリバンの本拠地のひとつとなっています。
昨年ここではアフガン軍とタリバンの間に数回の衝突が報じられました。
最近この州では約400人のタリバン兵が目撃されていて、彼らは連合軍とその他の政府側
勢力に対する新たな攻撃に向けて準備していると言われています。
アフガン軍は先週タリバン軍がザブル州で活動しているという報道のさなかに、この州に
入りました。
ザブルはカブールの南西約240キロにあり、北東部はパキスタンと国境を接しています。
州当局によると、ザブル州の8割近くが政府の行政力の及ばない状態になっています。
〜〜以下略(一般的な近況)〜〜
>>427-229 ・゚・(ノД`)・゚・・゚・(ノД`)・゚・・゚・(ノД`)・゚・
あげ玉たん、ありがとう〜!
●Taliban Spokesman Rebukes Rumors Of Divisions Inside Leadership
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=95681&list=/home.php& Mar 02, 2004 By Zafir Jamaal, JUS
◎Sana Newsによれば、南部アフガニスタンで タリバンスポークスマンの1人、
マウルヴィ・マフムード・ウッラー・ハク・ヤールは タリバン内に分裂があると
いう報道は誤りであり、モハマド・オマル師はタリバンの最高指導者のままであると
言いました。
彼は タリバン指導部は 10人のシューラ委員会が、会議を先導するオマル師と
ともにタリバンの活動を管理していく形で組織化されている、と言いました。
このシューラはタリバンのメイン・スポークスマンとしてハミド・アガを任命した一方で、
サイド・ウル・アディルをアガの代理人に指名しました。タリバンは各地に異なる
スポークスマンを置き、彼らはメディアに話をする前に、アガの許可を得ます。
シューラは6ヶ月ごとにタリバン指導部の再編成をしています。そしてオマル師以外は
新たに権限を与えられたり、あるいは首にされたりはずされたりします。このやり方は
タリバン政権がアフガニスタンを支配していた期間にも行われていました。
次の会合は来月で、今後の方針がその時に承認される見込みです。
マウルヴィは タリバンが今も組織できていて、アフガニスタンにいる不信心者に対する
戦いを続けるよりよい能力があることのすべてをアッラーに感謝すると言いました。
彼はまた、最近キューバから解放されたマウルヴィ・ワキル・アーメド・ムタワキル
(*キューバではなくバグラムかカンダハルですよね?)は タリバンと直接的な関係は
築いていないと言いました。さらに彼は続けて、カルザイがムタワキルを自分の政権に
加えようとしても、それはタリバンの戦いになんの影響も与えないし、それでタリバンが
ハミド・カルザイを容認したととるべきではないと言っています。
434 :
黒ターバン ◆RGK/h/GT6g :04/03/02 23:52 ID:E6cifvvZ
サラ〜ム!!
>>424 〜
あげ玉ちゃん、ザイーフ氏情報、ありがと。.島
>>彼はタリバンの公の顔で、最も力強いスポークスマンでした。彼の親しみ
>>ある顔は毎日世界中のテレビ画面に登場して・・・・
*うん、うん、unn
>>431 やっと、謎がとけて、すっきりした気分、僕は、
色々なタリバンスポークスマンが出てきて、?疑問も感じていた、
ハミド、アガ氏からのコメントをいつしか心待ちにするようにもなっていた
>>このシューラはタリバンの
>>メイン・スポークスマンとしてハミド・アガを任命した一方で、
>>サイド・ウル・アディルをアガの代理人に指名しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
タリバン時代のシューラの様子が「アフガニスタン」という本にも(広瀬崇子、堀本武功共編著)
山根聡先生の記述した箇所があり、20名くらいが、交代で色々な物事を
取り決めるおはなしあいがおこなわれていたとあった。(p44〜p55)
ニューズウィーク日本版 2004.3.10号 13ページ > ■アフガニスタン > カラーになったタリバン雑誌 > > イスラム原理主義を掲げるタリバンは、人間の顔や身体を写真やイラストで > 表現することを禁じてきた。そのタリバンも、アフガニスタンの駐留米軍や > カルザイ政権への抵抗運動を少しでも盛り上げようと、発行するプロパガンダ > 雑誌にフルカラー写真を載せはじめた。 > > タリバンが現在発行するのは、2001年末の政権崩壊直後に創刊された > 「アザム(不屈)」のほか、カラフルな月刊誌「ジハード(聖戦)の声」と > 「ジハード」の3誌。パシュトゥン語で書かれ、アフガニスタンやパキスタンの > アフガン人の間で数千部が流通している。 > > これらの雑誌には、反イスラム的な「異教徒の敵」の写真が掲載されている。 > 若いアフガン女性のボディーチェックを行う米兵の写真や、ワインのように > 見える飲み物で中国の用心と乾杯するカルザイ大統領の写真もある。
> 異教徒だけではない。アザムの最新の号に掲載されたタリバン司令官の
> インタビューも、カラー写真つきだった。
*写真キャプション:>プロパガンダもカラフルに
●Taliban: They're Ready for Their Close-Up
http://www.msnbc.msn.com/id/4409232/ March 8 issue Sami Yousafzai and Ron Moreau
*こちらの記事によると、カラー写真つきインタビューをうけているのは
ロザイ・カーン師だそうです。
パシュトゥン語はわかりませんが、カラフルタリバン雑誌、
見てみたいですね〜
>>435 訂正 一番下の行
>中国の用心 >>中国の要人
>>439 昨日ダウンロードしました。ありがとうございます。
●Taliban Kill Seven
http://news.scotsman.com/latest.cfm?id=2609139 Thu 4 Mar 2004 "PA"
◎タリバン兵と見られる者たちがパキスタン国境近くでアフガン兵を襲撃し、7人を
殺したと 軍の上級司令官の1人がカブールで言いました。
タリバンゲリラ兵はカブールから約230キロ南西にあるカンダハル州マルフ地区の
国境検問所を攻撃したと 州の軍司令官カーン・モハメドは言いました。
モハメドはこの攻撃をタリバン兵によるものとして非難しました。7人の死亡のほかに、
1人が行方不明となっているとみられます。
モハメドは調査のためアフガン兵の部隊がこの地域に送られたが、逮捕に結びつくような
情報は得られなかった、と言いました。アフガン当局は タリバンはパキスタンを
安全な避難所として使っていると ずっと不満を訴えています。
>>264 関連。『ハドル家の人々』その2
●Bin Laden loves volleyball, hates ice - Canada TV
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/N04266779.htm By David Ljunggren OTTAWA, March 4 (Reuters)
◎オサマ・ビン・ラディンと親しいつながりを持つあるカナダ人一家のドキュメンタリー
番組は アルカイダの長について、善意の持ち主の家族的な人物で、飲み物に氷を
入れることを禁止し、バレーボールが好きで、子供たちの扱いに手を焼いていた、と
描いています。
水曜の夜にカナダのCBCテレビで放送されたこの番組は 9.11の首謀者として非難されて
いる世界の最重要指名手配者の私生活をベールを取り除きました。
番組は エジプト生まれで、ビン・ラディンの友人で、アルカイダの財政担当者の1人
だとされたアーメド・サイード・ハドルの未亡人と子供たちとの長いインタビューを
放送しました。
ハドルは昨年10月にパキスタン警察との銃撃戦で死亡しました。そして17歳の息子の
オマルはアフガニスタンで起きたアメリカ兵士殺害に関与したとされて、グアンタナモの
アメリカ軍基地に拘留されています。
もう1人の21歳の息子アブドゥラーマン・ハドルは 昨年の末にグアンタナモから釈放 されて、現在はトロントに住んでいます。番組の中で彼はビン・ラディンのことを まったく普通(の人物)だったと評しました。 「彼は 妻との問題、子供と問題、財政上の問題を抱えていました。ご存知のとおり、 子供というものは言うことを聞きませんし、言われたことをやりません。つまり彼は ただの父親であり、普通の人間だということになるわけです」彼は言いました。 ハドルの23歳の娘ザイナブは1999年に結婚した時、結婚式に出席したビン・ラディンの ことを運動が得意な人だったと言いました。 「彼はバレーボールが大好きでした。それに乗馬も…子供たちは彼の周りで(バレー ボールで)遊んでいました…子供たちが彼に向って(ボールを)撃つと、それを返して いました。父親が撃ちそこねると、子供たちは笑いました。だいたいそんな感じでした」
アーメド・サイード・ハドルは1977年にカナダに移住しました。そこで結婚しましたが、 1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻すると、ソ連軍と戦いにアフガンに行きました。 家族(息子たち)も後に加わりました。 ハドル家の人々はアフガニスタンのジャララバードの町にあったビン・ラディン家の 敷地構内に、2001年のアメリカ軍の攻撃を受ける直前まで住んでいました。息子の1人、 14歳のアブドゥルは、父親が殺された戦闘の中で捕まりました。 オマルとアブドゥラーマンは別として、この家族の大半の者たちは 現在パキスタンに 住んでいます。しかしカナダの市民権は保持しています。アブドゥラーマンは家族の中で アルカイダとビン・ラディンの戦術(方策)を放棄した唯一の人物です。 ○サバイバルの準備 ザイナブは ビン・ラディンは自分の3人の妻と子供たちに多くの制限事項を押し付けて いた、そして敷地内の彼らの居住部では電気を使うことを禁止していたと言いました。
「彼は妻と子供たちに冷水を飲むことを許しませんでした…なぜなら もし冷水が手に 入らないような時が来た時、それを我慢できるようにさせたかったからです。 彼らは生き残ることができるでしょう。彼らにとってはそうむずかしいことでは ないでしょう」 アブドゥラーマンは思い出を語りました:「彼は氷を使おうとしませんでした。そして 実際 自分と一緒に暮らしている人々にもそれを禁じていました…彼は周りの者たちを 甘やかしたくなかったのです」 アーメド・サイード・ハドルは1996年に、パキスタンのエジプト大使館の大きな爆破事件 に資金提供した疑いで パキスタンで逮捕されました。彼は 自分は潔白な慈善活動の 奉仕者だと主張しました。そして当時のカナダ首相クレティエンがこの件に介入した後 釈放されました。 「私は自分の家族がアルカイダ・ファミリーの一員であることを認めます。私たちは アルカイダとつながりがあります」とアブドゥラーマン・ハドルは言いました。 彼は自殺爆弾攻撃者になれ、という父親の要請には抵抗した、と言っています。
しかし別の息子、22歳のアブドゥッラー・ハドルはイスラムのために殉教するという 考えを支持していました。 「すべてのムスリムはイスラムのために殉教者になることを夢見ています。誰もがこれを 夢みます。キリスト教徒だって自分の宗教のためなら死のうとするでしょう」 アブドゥラーマンは言いました。 この番組からは ハドル家の人々が最後にビン・ラディンに会ったのがいつなのかは わかりませんでした。ビン・ラディンは今もアフガニスタンとパキスタンにまたがる 部族エリアで、追跡捜査の主眼となっています。 アブドゥラーマンとザイナブは あのアルカイダのリーダーは馬とラクダを愛していた --そして子供たちを愛していた、と記憶を語りました。 「父親として彼は子供たちに、コーランを暗記したら馬をあげると約束していました。 子供たちは馬が欲しくて 一生懸命暗記しようとしました。その姿から、彼らもまた 普通の子供たちだとわかるでしょう」アブドゥラーマンは言いました。 (終わり)
447 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/05 13:00 ID:dmwdsOmR
>>442 訳訂正
記事文章上から2行目
>家族的な人物 >>家庭的な男性
450 :
怒髪天女 :04/03/06 06:44 ID:Z+ELx+Su
おい、ハゲ玉、前にタリバン中傷記事貼ってたことの釈明はいつになったらやるんだ? 隠れ親米ポチのハゲ玉サイテー。
454 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/06 22:09 ID:jqXLgBlj
>>453 米軍報道官は「武装勢力が米軍の基地をうかがっていたので攻撃した」と語った。
基地を観察してるだけでも攻撃されてしまうんですね。何ともいたたまれない・・・。
455 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/07 10:58 ID:ENpd4LOu
●Aid agency official killed in Afghanistan
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/80E507F9-DCFD-41FF-895B-7ACF49178F2E.htm 07 March 2004 Agencies
◎緊張の続く南部アフガニスタンの州で赤新月社の責任者の1人が武装グループに
殺害されました。
2人の武装した男が土曜日、ザブル州の州都カラト付近で、アフガン赤新月社の州担当
責任者ムハマド・イサを射殺した、と州警察長官ムハマド・アユーブが日曜日にAFPに
語りました。
「彼は昨晩、住んでいたナウ・ヒエズ村に向う途中に殺害されました」
元ムジャヒディン司令官だったムハマド・イサは 追放されたタリバン政権の
メンバーたちから、職を辞めるよう繰り返し脅されていたと 赤新月職員の1人が
言いました。
「彼は殺される前、何度かタリバンから脅しを受けていました」
ムハマド・サリムはAFPに語りました。
○容疑者 サリムはこの攻撃から生き残ったイサの弟の話から説明しました。 弟によれば攻撃者たちはタリバンでした。彼らはイサをどこかわからない場所に 連れて行こうとしました。イサは抵抗し、そして射殺されました。 アユーブは 事件の発生したエリアに配備されていた治安部隊が 6人の容疑者を 逮捕したと言いました。 「私たちは彼らが何者かはわかりません。現在調査中です」 カブールの国際赤十字連盟と赤新月社はこの殺害事件を確認しました。 「昨日、ザブル州の地元赤新月の責任者が待ち伏せ攻撃で殺害されました」と 職員の1人が自分の身元を明かさないことを求めた上で話しました。
○その前に起きた事件 技術者とアフガン人護衛が殺害される一方、別のトルコ人技術者とアフガン人運転手が 誘拐されました。 カルザイ大統領はトルコ人技術者たちに対する攻撃を非難し、家族にお悔やみを 述べました。これらの殺害事件はタリバンがかつての本拠地だったザブル州で 更に活発化しているという懸念を際立たせています。 強硬派タリバン政権の残党は アメリカ率いる連合軍、アフガンの親政府軍、国際支援 職員に対して攻撃を増していくと繰り返し脅しています。 12,000人のアメリカ連合軍部隊に支援されているアフガニスタンの政府は、タリバン 残党が大衆の支持を得ることのできているような首都以外の地域に権限を広めることは まだできていません。
○殺害された市民 また日曜日には、中央部ウルズガン州で、1台の戦車が地雷を踏み、3人の市民が死亡し 7人が負傷していたことが明らかになりました。 この戦車の乗員は無傷で逃れた、と 事件の起きたチャルチェノ地区の副区長ハジ・ ファルクが言いました。事件が発生したのは土曜の午後でした。 この地雷が新しく置かれたものだったのか、世界でも最も地雷が多く埋められた この国で未発見のままの古いものだったのかは はっきりしていません。 パキスタンに本部を置くアフガン・イスラミック通信は 戦車が地雷を踏んだ後、 兵士たちが周りの家々と市民に無差別に発砲したと伝えました。 ファルクはロイター通信に対し、市民に死傷者が出たのは地雷の爆発によるものだと 語りました。 (終わり)
●Afghan minister says he was fired for presidency bid
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL20106.htm By Sayed Salahuddin KABUL, March 9 (Reuters)
◎アフガニスタンの元計画省大臣は 政府が辞任を発表した翌日の火曜日、
今年行われる選挙でカルザイの対抗馬になろうとしたために解雇されたと
カルザイ大統領を非難しました。
政府当局によれば、カルザイは日曜日、計画大臣だったハジ・モハマド・モハキクが
閣議を通して辞職した後、その大臣職を別のものに替えました。
モハキクは記者会見の席で、カルザイが計画省の権限の一部を金融大臣アシュラフ・
ガーニ・アーマドザイに移す決定をしたことに抗議して自分は会議の場から出たけれども、
辞職したのではないと言いました。
「私はカルザイと論争となり、その会合から去りました。ところがその後、彼らは
私が辞職したので他の者を任命した、と言ったのです」彼は後にロイター通信に
付け加えて言いました。
「私の解任は間違いなく 私が大統領選の候補になると発表したことと関係があります」
モハキクは自分の解雇は違法だと言いました。そして自分は大統領職に立候補するな、と 警告の脅しを受けていたと言いました。彼は アーマドザイが閣僚の粛清を行おうとして いると非難しました。 「これは始まりに過ぎません。他の人々にもおそらく同じことが起こるでしょう。 国の大動脈を掌握し、他の者を粛清したがっている集団がいるのです」 北部同盟派閥の元司令官だったモハキクは2001年のタリバン政権追放後、アメリカが 後ろ盾する政権になってから カルザイ内閣を離れた最初の大臣です。 ○政府は大臣が自ら退いたと主張 政府報道官ジェウェド・ルディンは モハキクは(自分から)やめたと主張しました。 「閣僚セッションの中で、彼は立ち上がり、『この内閣は自分のいる場所ではないので 離れたい』と言いました。彼が正式な閣議の場でこのような発言をしたことから、 カルザイ大統領は彼の辞職を認め、法に従って他の者に替えたのです」
モハキクの内閣からの離脱は カルザイが政府から北部同盟の影響力を縮小させて、 より専門的(な知識を持つ)大臣を就任させようと試みている時に起きました。 モハキクは悪名高い(北部)同盟の司令官の1人で、そのハザラ人の部隊は1990年代の 内戦中にライバル派閥に対して行った残虐行為と 1997年に北部でタリバン兵を虐殺した ことで非難されていました。 重要な計画省の部署にはモハキクに替わって欧米の教育を受けたベテラン技術官僚の ラマザン・バシャルドゥーストが就任しました。 アーマドザイは東京で報道陣に対し、誰かを大統領職に立候補させないように圧力が かけられることはないと言いました。 「私たちは競い合いを歓迎します。そして1人を選びます。唯一の正当な道は 論議のプロセスを通して築かれるものです」
アーマドザイは3月31日にベルリンで開かれる国際援助会議に先立つ会談のため、日本に 来ていました。彼は火曜日、モハキクが閣僚を去ることで惜しまれることはないだろうと 言いました。「政府の動きへの影響はまったく小さなものでしょう」 彼はモハキクが立候補するなら"幸運"を祈ると言いました。「私は彼が 現大統領や その他の候補者と比べる価値のある説得力ある綱領を出してくれることを望みます」 アーマドザイは政権の中でわずか一握りの専門家の1人です。カルザイと同様、彼は アフガニスタン最大の民族集団であり伝統的にこの国を支配してきたパシュトゥン人です。 カルザイは今年6月に予定されるアフガニスタン初の大統領選挙に立つつもりで、 勝つことが大きく見込まれています。 (終わり)
JUS記事です
●Crack American Team Hunting Bin Laden While More Soldiers Killed In Afghanistan
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=96555&list=/home.php& Mar 09, 2004 By Zafir Jamaal, JUS
サダム・フセインを捕まえたと伝えられる米軍のチームがアフガニスタンに到着しました。
そして 伝えられるところでは、オサマ・ビン・ラディン、アイマン・アル‐ザワヒリ、
ビラル・ウッディン・ハッカニ、サイフ・ウッラー・マンスール、グルブディン・
ヘクマティアル、ムハマド・オマル師、カシュミール・カーン、ウスタド・ファリード
という8人の"ホットな"ターゲットを追跡中です。
チームは国境の両側から軍事作戦を開始し、米軍特別奇襲部隊もこれに参加します。
このチームは伝えられるところでは ターゲットを生きて捕まえるよう指令を受けて
いますが、逃げようとしている場合は撃ってもいいことになっています。
アフガニスタンで最近行われいる複合的な軍事作戦は、(地元市民軍の)1人の司令官を 含む数人の兵士が死亡する結果となりました。情報筋によれば、カピサ州の人々は ミリ・ウルドゥと呼ばれる地元の市民軍に対して反乱を起こしました。ミリ・ウルドゥは タリバン&アルカイダムジャヒディンへの捜索活動をしていますが、その無益な捜査は 地元の人々の名誉を失墜させ、生計を成り立たなくさせているため、嫌気がさした人々は 市民軍と戦い始めました。そして民兵司令官を含む5人の兵士を殺害しました。
一方、パクティア州ザルマトでは、タリバンムジャヒディンはパトロール部隊を攻撃し、 2人の兵士を殺害し、3人を負傷させました。攻撃者側の死傷者に関する報告は今のところ ありません。 ザブル州では、赤新月社のアフガン人責任者が殺害されました。この事件は夕方の5時に 責任者イーサ・カーンが仕事を終えて帰宅する途中に発生し、身元不明の攻撃者たちが 彼の車を待ち伏せ攻撃し、その場で殺害しました。この攻撃の実行を認める声明は ありません。 (終わり)
当局は以前、井戸を掘る作業をしていたこのトルコ人たちは土地をめぐる争議の中で、 アフザル・カーンと呼ばれる元民兵司令官によって誘拐されたと言っていました。 戦後の復興のための重要な働き手である外国人技術者は、アフガニスタンの国内で 攻撃に会うことがますます増えています。 3月5日には、カブールから南西へ約170マイルの幹線道路で作業していたトルコ人技術者 1人が殺害され、もう1人が誘拐されました。2人を警護していたアフガン人兵士1人も 殺害されました。 当局はこの事件に関してタリバンを非難しました。アメリカ連合軍が彼らを鎮圧すると 誓っているにもかかわらず、タリバンは南部と東部で反乱活動を押し進めています。 (終わり)
>>475 「山嵐」へのタリバン側コメントです
●U.S. launches new Afghan push against bin Laden
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL112495.htm By David Brunnstrom KABUL, March 13 (Reuters)
(抜粋)
タリバンのスポークスマンの1人は 米軍がパクティカ州ワザ・フワ地域から
隣のコースト州ヤクビ地区にかけて攻撃を開始したと言いました。しかし彼は
居場所をつかまれていないタリバンのリーダー、オマル師は無事だと言いました。
「オマル師はとても安全な場所にいます。しかし私たちはオサマ・ビン・ラディンに
ついては知りません」アブドゥル・ラティフ・ハキミは電話でロイター通信に語りました。
>>475 >>477 タリバン関連の追加情報
●U.S. Steps Up Hunt for Osama Bin Laden
http://www.guardian.co.uk/worldlatest/story/0,1280,-3857812,00.html March 13, 2004 By STEPHEN GRAHAM KABUL, Afghanistan (AP)
(抜粋)
米軍は木曜日に南部アフガニスタンで空爆を行いました。しかしヒルファティ(報道官)は
土曜日の時点でその地域にはまだ兵士が展開していたと言うだけで詳細は述べませんでした。
彼は新しい軍事作戦に参加する兵士の人数を話すことは断りました。しかしその兵士たちは
"1日24時間、頭上高く待機している"航空支援を得られるだろうと言いました。
南部カンダハル州のアフガン軍司令官の1人、ハジ・クラナイはAP通信に対して
米軍機が木曜日に 小型トラックに乗っていた12人のタリバンと見られる者たちを
殺害したと言いました。
グラナイは その航空機はカンダハル市から東に約160マイルのマルフ地区を攻撃したと
言いました。そこは3月3日にタリバンと見られる者たちが国境検問所を襲撃して
7人のアフガン兵を殺した事件のあった地区でした。
米軍は今のところコメントしていません。
●Mine Explosion Kills One Afghan Soldier
http://paktribune.com/news/index.php?id=58124&PHPSESSID=2aeeb9cc579d036d5964015b72728d5d March 13, 2004
◎東部アフガニスタンでアフガン兵を乗せていた1台のジープが地雷の上を通り、
爆発して 兵士1人が死亡し、5人が負傷しまし。金曜日に軍高官が語りました。
この爆発が起きたのは木曜日で、首都カブールから南に90マイルのコースト州ヤクビ地区
だったと コーストの軍高官ハヤル・バズは言いました。
攻撃を認める声明等は出ていません。
最近数ヶ月タリバン&アルカイダ兵と見られる者たちは アフガン兵に対する攻撃を
増しています。バズは木曜日の爆発の犠牲となった兵士たちは、ヤクビ近辺の村で
武器の隠し場所になっていたと見られる家を捜査した後 戻る途中だったと言いました。
バズはアフガン軍が攻撃者を捜しているという他に詳細は述べませんでした。
●Afghan police: Taliban attack leaves four dead at border
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/news/archive/2004/03/13/international0103EST0402.DTL NOOR KHAN, Associated Press Writer KANDAHAR, Afghanistan (AP)
◎ロケットと重機関銃で武装したタリバンが アフガン‐パキ国境近くにある官庁の
ひとつを攻撃し、銃撃戦となり、アフガン兵1人とタリバン3人が死亡したと
日曜日に警察が言いました。
この攻撃は土曜の夜にカンダハル市から100マイル南東にあるカンダハル州のショロヴァク
地区で発生しました。副警察本部長サリム・カーン将軍が言いました。
カーンは およそ60人のタリバン兵士がショロヴァク地区の役所を攻撃したと言いました。
タリバンを乗せていた車両の後は、彼らがパキスタンの国境を越えてやって来て、戦闘の
後、またそこに退去していったことを示していたとカーンは主張しました。
この戦闘で負傷した2人のアフガン兵の容態は良いと彼は言いました。
この攻撃は 米軍が国境山岳地帯にいるタリバン&アルカイダを根絶することを意図した
「山嵐作戦」を開始したことを確認した数時間後に発生しました。
パキスタンは 遠隔の孤立した国境沿いでテロ容疑者たちを追い立てるために、パキ国境
側からこの軍事作戦に歩調をあわせる約束をしています。
>>475 >>478 関連
●Three Taliban held in U.S. Afghan offensive
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/SP42380.htm SPIN BOLDAK, Afghanistan, March 14 (Reuters)
◎タリバン&アルカイダを鎮圧することをめざして南東部アフガニスタンで行われた
米連合軍の掃討作戦で3人のタリバン司令官が逮捕されたと 日曜日にアフガン軍
将校が言いました。
◎1週間たったこの掃討作戦で少なくとも12人のタリバン兵が死亡しました。米当局は
この作戦でオサマ・ビン・ラディンが捕らえられることを期待しています。
◎日曜日に反乱勢力は東部の都市ジャララバードにロケット攻撃をして2人が負傷したと
パキスタンに本部を置く通信社が伝えました。
3人のタリバン司令官は金曜日にザブル州の1軒の家を襲撃した米軍アフガン軍の共同軍事 作戦で逮捕されたと 南東部担当のアフガン軍将校ファテー・カーン将軍は言いました。 米連合軍はタリバン時代の州知事アブドゥル・ラザク師を追跡していて、この3人を 捕らえました。3人はナイマトゥッラー師、サレハ・モハマド師、バルチ師であると 確認されました。たくさんの武器も押収されたとカーンは言いました。 この3人がタリバンの中でどの程度高い地位の者なのかははっきりしていません。そして 米当局からのコメントはまだ入っていません。 12人のタリバン兵が木曜日にカンダハル州で乗っていたトラックに空爆を受けて死亡 したと アフガン軍将校が言いました。 この死亡したタリバンたちは 13,500人の米連合軍からの部隊が航空支援を受けて 3月7日に開始した「山嵐作戦」で初めて伝えられた死傷者です。
パキスタン軍は部族民兵の支援を受けて 反乱兵士たちがパキスタンの辺境地の無法な 部族地域に逃げ込んでくるのを止めるために山中のアフガンとの国境をパキ側から 封じています。 この新しい軍事作戦は アフガン軍と米連合軍に対してだけでなく、支援職員や 一般外国人に対する反乱勢力の攻撃が急増したことを受けたものです。 米国防省は「山嵐」を ビン・ラディンを含むアルカイダの逃亡者たちを追跡して 捕らえるために 広く行われる春の攻撃だとしています。 この展開は ビン・ラディンがいると考えられているアフガニスタンとパキスタンの 間の地域の天候が良くなる時期を利用して進められていると当局は言いました。 日曜早くにパキスタンとの国境に近いジャララバードに、反乱勢力が3発のロケットを 撃ちました。そのうちの2発の爆発で2人が負傷したとアフガン・イスラミック通信は 伝えました。 (終わり)
484 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/14 21:51 ID:snv4+jEU
●Wanted tribesmen refuse to surrender
http://www.jang.com.pk/thenews/mar2004-daily/15-03-2004/main/main3.htm March 15, 2004 By Rahimullah Yusufzai PESHAWAR
*南ワジリスタンでパキ当局は『アルカイダ&タリバンの協力者と思われる部族民』を
差し出せと 期限を設けて部族有力者たちに命令しているそうですが、
『重要お尋ね者部族民』の1人ネク・モハマドが電話でThe News紙に自分の
主張と事情を話した、という記事です。その中から一部抜粋。
「私や他の人たちがアルカイダとタリバンのメンバーに避難場所を与えている証拠は
どこにあるのですか?なぜ当局は私たちがかくまっていたとする非パキスタン人の
名前を公表しないのですか?」彼は尋ねました。
ネク・モハマドは この情況への当局の対処の不手際を強調するかのように、これまで
語られていなかった話をしました。
「アイマン・アル‐ザワヒリ医師の息子が捕まったという話がどのように広まったか
ご存知ですか? パキ軍は南ワジリスタンで最近行われた軍事作戦で、アブドゥッラー・
カーンの息子のアシュラフ・カーンを他の潔白な村人たちといっしょに逮捕しました。
アシュラフは精神的に病んでいるので、取調官に対して自分はアルカイダ幹部ザワヒリの
息子のハーリド・アル‐ザワヒリだと話したのです。そしてザワヒリの息子が捕まったと
いう話はすぐに広まったのです」
487 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/16 11:42 ID:bvC/j4rg
__ _,.ー'''¨ ̄  ̄ ̄``丶、 .| / ヽ | / / ∧ ゙、 .| ,' / ,.'_ ゙、j i | ,' レ''/_ jノVリ .| l ,チ f fj l | | イ ll {l! l | | ,' … '、 | ! l .、、 > | | i _、 ノ ちゅぱちゅぱ | | ( ゛ゝ、へv-、| ,i ハ ├ー '´ ヽ、_,,ノ ゙〉 | fゝ、_ | / ゙、 |ト、 {ヽ__ノ / | / ゙、 l `\ \ ノ | j / V ヽ i / | ノ / i | | | / / / | | | 'i / // ゙、 || | ゝ/レ'´ ゙、 ゙、 |! | ゙、 ヽ ゙、 | | i i i ,'
3月 17日 (水) 22:00 NHKニュース10 ▽今年の花見はお早めに▽アフガン・進まない軍閥武装解除▽
495 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/17 18:58 ID:uG6AmIhb
●Two US soldiers, five militants die in Afghan clash
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/L18284874.htm KABUL, March 18 (Reuters)
◎木曜日、アフガニスタン中央部で2人の米兵と少なくとも5人のイスラム過激派が
死亡しました。米軍が言いました。
首都カブールの南にあるウルズガン州のこの衝突は アフガン駐留の米軍が
ビン・ラディンを含むタリバン&アルカイダ兵追跡作戦を進めている時に発生しました。
米兵・アフガン兵がある村をパトロールしていた時"反連合軍"からの攻撃を受けた、と
米軍は発表しました。
「兵士たちは応戦して、少なくとも5人のテロリストを殺害し、他に負傷者を出しました」
2人の米兵が負傷しました。
アフガニスタンの南部と東部にいる米軍はパキスタンとの国境に沿ったアフガン側で
アルカイダとその他武装勢力の追跡を続けています。一方パキスタン軍はパキ側の
辺境部族地帯で掃討作戦を開始しています。
パキスタン軍は木曜日にアフガンとの国境付近でビン・ラディンの副官アル‐ザワヒリを
追い詰めた状態になっているかもしれないとパキ当局は言いました。
ウルズガン州はパキスタンとの国境から西に約300キロにあります。
●Taliban appoints new area chief
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=17109&view=detail CHAMAN, Baloochistan, 3/18/2004 (The Australian )
◎タリバンは南部の米軍とアフガン軍に対する軍事行動を指揮するために元司令官の
ダドゥッラー師を任命した、とタリバンスポークスマンの1人が18日に言いました。
サビル・モミンと自称するこのスポークスマンは、ダドゥッラー師の軍司令官任命は
オマル師によって承認された、と言いました。
アフガン南部の町スピン・ボルダクからパキスタンの国境の町チャマンにいる報道陣に
電話で話をしたモミンは、ダドゥッラー師の任命は2〜3日前のタリバン幹部10人会議で
提案されたと語りました。
オマル師自身はこの会議に参加しませんでしたが、ダドゥッラー師の任命を承認して
いるとモミンは言いました。
ダドゥッラーはハーフィズ・アブドゥル・ラヒムの後任となります。ラヒムは12月に
タリバンの元本拠地カンダハル州のマルーフ地区で、米軍の空爆により14人の仲間と
ともに殺害されたとモミンは言いました。
ダドゥッラー師の任命は この地域でのタリバンの軍事活動を増大させることになると
彼は言いました。
ダドゥッラーはすでにアフガニスタンに駐留する米軍に対する軍事活動を進めるために
地元司令官たちに武器を配り始めていると彼は付け加えました。
●SUSPECTED NEO-TALIBAN KILLED IN SOUTHERN AFGHANISTAN
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=17108&view=detail 3/18/2004 (RFE/RL)
◎ペシャワルに本部を置くアフガン・イスラミック通信は、ザブル州アタ・ガル地区で
米連合軍部隊が行った大規模な軍事活動で7人の武装グループメンバーが殺害されたと
3月18日に伝えました。
ザブル州州都カラトの不特定の情報筋によれば、この武装グループはアフガニスタンの
旧タリバン政権支持者だということです。この軍事活動でほかに15人の武装グループ
メンバーが逮捕されています。
ザブル州と隣のカンダハル州のアフガン当局は ネオ‐タリバン軍はアタ・ガル地区を
ふたつの州で散発的な攻撃を行う基地として使っていると考えています。
連合軍はすぐ近くのミザン地区に向かっているところだと言われています。
ザブル州副知事モハマド・オマルは 2月にはミザン地区とアタ・ガル地区におよそ
400人ほどの(タリバン側)戦士が集まっていたと見積もっていました。
●Japan to provide major financial aid to Afghanistan
http://www.sabawoon.com/news.asp?id=17126&view=detail TOKYO, Japan, 3/18/2004 (Xinhua)
◎日本はアフガニスタンの幹線道路建設と大学の設備購入のための補助金として
106億円(9900万米ドル)を提供することにしました。木曜日に外務省が言いました。
合計額のうち 102億円(9500万米ドル)はふたつの幹線道路プロジェクトのためで、
残りの4億1600万円(390万米ドル)はカブールにある複数の大学の設備購入のために
支出されることになると外務省は言っています。
この補助金は2002年の東京支援会議で日本が約束した30ヶ月の間に支払うことに
なっている5億ドルの一部です。
こんにちわデス〜! ザワヒリたん、心配・・・
●Pak denies Afghans can cross border unchecked
http://www.asianage.com/main.asp?layout=2&cat1=3&cat2=34&newsid=93745&RF=DefaultMain By Munir Ahmad Islamabad, March 21 (AP)
◎アフガン国境に近い部族地域でアルカイダと見られる戦士に対するパキ軍の最大級の
攻撃が行われているまさにその時にパキ治安部隊はノーチェックで人々(男たち)が
アフガン国境越えるのを許している、という話をパキ政府は日曜日に否定しました。
パキ軍とアルカイダと見られる武装勢力の戦闘が行われている場所からおよそ30キロにある
アフガニスタン南東部パクティカ州を土曜日に訪れたAP通信の記者は、戦闘に参加している
くらいの年齢の男たちが1分おきに2人くらいの割合で国境を行ったり来たりしているのを
見ました。誰も(国境越えのための)文書を求められていませんでした。
しかしパキスタン内務省報道官のアブドゥル・ラウフ・チャンディリーは パキの準軍事
警備部隊と軍隊は"悪党たち"が不法に国境を越えるのを防ぐために注意深く見張っている
と言いました。
そして警備隊は(国境の向こうにいる)親戚を尋ねようとする地元部族民だと認めれば
国境越えを許していると言いました。
「パキ‐アフガン国境付近には多くの部族が住んでいます。これらの部族に属する人々は ふつう親類を訪問するのを政府から妨害されることはありません。国境を見張っている 私たちの警備隊は部族民のことをよく知っています。(APの記者が見たのは)そういう 人々が国境を越えるところだったのでしょう」チャンディリーは言いました。 パシュトゥン部族民は国境の両サイドで圧倒的多数派を構成しています。そして彼らは 何世紀もの間抜け道の多い国境を自由に行き来してきました。 9.11以来、米軍、アフガン軍、パキ軍の兵士たちは 自分たちはアルカイダとタリバンの 兵士たちが国境を行ったり来たりするのを防ぐために国境を封鎖しようとしていると 言っています。 ここ1週間に渡り、数千人のパキ軍部隊が南ワジリスタンの部族地域にいる数百人の (アルカイダと見られる)戦士を攻撃しています。そしてそこにはアルカイダ2の アイマン・アル‐ザワヒリがいるかもしれないとパキ軍は考えています。 (終わり)
>>513 送信前のリロードで気づきました。これから記事を見ます。
「パキスタンのすべてのムスリムは(米国の)お得意様のこの政府を取り除く努力を するべきです。この政府はパキスタンを破壊するまで米国に服従し続けるでしょう」 パキスタン外務省スポークスマン、マスード・カーンは、政府はこのテープに関して 即座にコメントすることはないと言いました。昨年9月にザワヒリがムシャラフの打倒を 呼びかけるテープが公開された時、政府は(その呼びかけで政府が)テロリスト追跡を 思いとどまることはないだろうと言いました。 ワシントンでは国防長官ラムズフェルドが そのテープについての報道を聞いたと 言いました。そしてもしそれが本物なら、その話し手は「明らかにとても高いランクの 人間で、過去に無実の男性、女性、子供たちを殺し、今後もその可能性のある人物です。 そしてそう認識されなければなりません」と言いました。 このテープは 長年アルカイダ、タリバン、そのパキ人支持者の隠れ場所であり、要塞 となってきた南ワジリスタンのアフガンとの国境沿いでパキ軍が行っている作戦が 2週目に入ったところで公表されました。
ムシャラフが"重要人物"捕獲への期待を口にしたあと、この険しい地形の国境地帯に アル‐ザワヒリがいるかもしれないという憶測が流れました。この地域はパキ連邦政府 よりも地元部族民が強い権限を持っています。 パキスタン国務大臣ファイサル・サレハ・ハッヤートは木曜日、今回の軍事作戦で 50人以上のテロリストが殺害されていると言いました。パキスタン部族エリアの 治安長官マフムード・シャー准将は 150人以上の容疑者が逮捕されていると言いました。 このテープがいつ録音されたものかはわかっていませんが、話し手が以下のように 話している部分は、南ワジリスタンで起きている衝突に触れているものと思われます。 「私はパキスタン軍に呼びかけます:哀れな軍隊よ、ムシャラフはあなた方をなんと 惨めな状態に置いていることか…ムシャラフはこの国の天然の防護壁 --国境に住む 部族たち-- を、あなた方とその部族を戦わせることで台無しにしています。そして あなた方の持つ核兵器をなくそうとしています。あなた方はパキスタンが再び分割 されるまで沈黙しているつもりですか?」
テープの話し手はパシュトゥンとバルーチの国境沿いに住む部族の名前を繰り返し 言いました。そして彼らにタリバンとともに パキスタン軍に対する関係を閉じるように 促しました。 「タリバンとその支持者はあなた方の兄弟です。それなのにどうして彼らを傷つけようと する十字軍とユダヤの代理人(ムシャ政府)を認めることができるでしょう?」 話し手はイスラム武装派がしばしばそうするように、米国人に"十字軍"という言葉を 使いました。 話し手は 国境で行われているような軍事作戦は、米国の意のままにムスリム同士が 対抗させられていて、イスラム法を汚すものだと言いました。 「イスラム法に従えば、このような活動を正当だと思うすべての兵士は不信心者です」 月曜の朝に起きたイスラエルによるハマスの創設者アーメド・ヤシン師の暗殺には 触れていないことから、このテープはそれ以前に録音されたものとみられます。
アルジャジーラのスポークスマン、ジハード・Balloutは カタールに本拠を置く この放送局がテープを受け取ったのは木曜日だと言いました。しかしどのようにしてかは 明らかにしませんでした。テープの録音時間は17分でした。 「声、ニュアンスなどから見て、これは本物だと思います」Balloutは言いました。 話し手はまた、イスラム聖職者たちに、パキスタンの人々に『ムシャラフの真の姿は ムスリムに対する裏切り者であり殺し屋であること』を伝えるように促しました。 「聖職者たちはパキスタンから十字軍を追い出すよう、国民を駆り立てるべきです」 「アフガニスタン、イラク、チェチェン、パレスチナにいる十字軍はパキスタンを 最初の(第一の)的に絞っています。なぜなら米国はパキスタンが中央アジアで 特別な力を持つ存在であることを望まないからです」 アル‐ザワヒリは1998年に自分のエジプトのイスラム聖戦機構とオサマ・ビン・ラディンの ネットワークを合併してから、アルカイダを動かすイデオロギーの大半を与えてきたと 専門家は言っています。米国は彼の捕獲に対する報奨金として2500万ドルを提示しています。 (終わり)
【米大統領:パキスタンへの制裁解除 対米協調を評価 】
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20040326k0000m030123000c.html >ブッシュ米大統領は24日、パキスタンのムシャラフ陸軍参謀長(現大統領)が
>99年にクーデターで政権を奪取したことにより同国に科していた制裁措置を解除した。
>01年9月の米同時多発テロ以後の対米協調を評価し、
>ウサマ・ビンラディン氏捕捉作戦などでの協力拡大に期待を込めたものだ。
>この制裁は正当に選ばれた国家指導者をクーデターなどで退陣させた政府への
>直接支援を禁じる米国内法に基づいており、解除によって大規模な経済支援が可能になる。
>ブッシュ大統領の覚書は、制裁解除がパキスタンの民主化を促進し、
>米国の国際テロ対策上も重要だと指摘している。
>米国はパキスタンに98年の核実験を理由とする制裁も科していたが、既に大部分が解除されている。
アフガン、イラクに次ぐ、ブッシュの軍事作戦発動は、
イランでもシリアでもなくて、パキスタンに決まったのかな。
いくら何でも、中国が黙っちゃいないとは思うが・・・
制裁解除、と書いてあるのに… すごい、バカタリでいっぱいだ…
●Tribal laws complicate al Qaeda hunt in Pakistan
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL131230.htm By Jason Szep ISLAMABAD, March 25 (Reuters)
◎血の復讐から名誉の作法まで、パキスタンの荒涼とした北西部辺境地帯で 数世紀に
渡って続いてきた部族の法はアルカイダ兵の掃討作戦と、オサマ・ビン・ラディンの
追跡を困難にさせています。
数千人のパキスタン軍部隊がアルカイダ兵を含む数百人の外国人武装兵を取り囲んで
います。武装兵はパキスタンの半自治国境地帯--アフガニスタンと国境を接する
警戒地域--の泥作りの要塞に身を隠しています。
しかし古くからの規範で部族の長老たちが管理しているこの山岳地域においては、
ムシャラフ大統領は注意深くことを進めなければなりません。そうでなければ危険が
彼の部下たち(パキ軍)に燃え移るだろうと専門家たちは言います。
10日続いている対立は すでに"バダル--何世代も続きうる復讐の義務"として知られる
部族法のひとつと結びついた反発をかき立てている、と北西部辺境州州都ペシャワルで
部族民の1人イブラヒム・シンワリは言いました。
シンワリは火曜日に起きたペシャワルへのロケット攻撃は 今回の戦闘で26人の一般市民が 死亡したことに対する復讐である"バダル"のひとつの現われだと思うと言いました。 南ワジリスタンで散発的な戦闘が10日間続いている中で、100人近くの人々が亡くなって います。南ワジリスタンは貧しい7つの部族の行政機関の中の最も大きい地区で、 そのほこりっぽい村々はタリバンとアルカイダの避難場所のひとつとなっています。 約60人の(パキ軍)兵士、そして11人の外国人武装兵、26人の一般市民--そのほとんどは 女性と子供--が今までに死亡している、とThe News紙は伝えました。 この軍事作戦がすぐに終わらないと、独立心の強いパシュトゥン人部族の間に反乱が 起きて、それが南ワジリスタンを越えて アフガニスタンのタリバンへの同情心が高揚 している(他の)地域に広がるかもしれない危険をムシャラフは冒すことになります。 ○血の復讐 「バダルはすでに始まっています。そして他の部族の領域に流れ込む危険性があります」 シンワリは電話で話しました。
この情況がさらに燃え広がることを防ごうと、パキ軍は最近その進展の速度を落として 部族の長老たちにパシュトゥン人武装勢力との交渉をさせています。 この話し合いは パシュトゥンワリという部族の名誉の作法に従って会議に招集された 長老たちが"ジルガ"で決めるという、コンセンサスを得るための部族の法を反映した ものです。今週十数人の長老たちが部族の反乱者たちと会談を持ち、降伏しろという 政府の要求を伝えています。 もうひとつ、19世紀のイギリス統治時代にさかのぼる法の中に、犯罪を犯した部族民は (統治者に)引き渡されなければならない、そうでなければ氏族全体が処罰を受ける、 というものがあります。 ジグザグの山々や洞窟、深い谷だらけのこの国境地帯は何世紀もの間、(他者から) 統治されること、征服されることを拒んできました。19世紀半ばから第2次世界大戦に およぶイギリス軍の世界遠征の時代にも それは続きました。 この部族は『古くからの法令によって部族の長老が統治する半独立の特別地域を作って いい』ということを見返りに、1947年にパキスタン国に名目上加わるよう説得されました。
"メルマスティア"の名で知られる規範のひとつは 戦闘に加わりたがる部族の気持ちを 説明するのに役立ちます。"メルマスティア"下では、保護すべきと認められた客人の ためには、部族民は死ぬまで戦わなければなりません。 そのケースが南ワジリスタンで起きているのかもしれません。ここでは多くの外国人 武装兵--ウズベク人、チェチェン人、タジク人、アフガン人、中国から来たウイグル人 --は 信心深い部族民たちからイスラムのヒーローとして見られています。 "メルマスティア"の規則はムシャラフに 部族の長老たちの間で和解を取り決めることを 求めるよう圧力を加えています。この長老たちは4月2日に行われる7つのすべての 部族行政機関による大ジルガに出席する予定です。 「(部族の)法は機能しています。交渉には時間がかかります。ジルガは犯罪を犯した 人々を刑務所と同等の場所に入れることができます。犯罪者は収監されるか、罰金を 課されます」 (終わり)
ラディたんと会ったことのある人たちの証言でまとめた
ラディたん特番をBBCでやるようです。
●'I met Osama Bin Laden'
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/3570751.stm ↑記事で扱っている番組の大まかな内容は
ファンにとっては既出っぽいですが、新しい映像などあるといいですね。
今日イギリスで放送されるようですが、
以前『グアンタナモ特番』がイギリスのBBCだけで放送されて、
「日本では見れないのか〜〜;」と、このスレでみんなで残念がっていたら、
その1〜2週間後にBBCワールドで日本語訳つきで放送されたことがありましたよね?
なのでこれも少し待てば観られるんじゃないかと期待しています。
●Two Afghans killed, 10 missing, in Taliban raid
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/SP216367.htm KANDAHAR, Afghanistan, March 28 (Reuters)
◎日曜日、タリバンは不安定な中央部の州のアフガン軍駐屯地を急襲し、少なくとも
2人の兵士を殺害した、と地域当局者が言いました。10人の兵士が行方不明だと
いうことです。
◎別の事件ですが、南東部の町にある軍事基地を攻撃しようとした自爆実行者が、
爆弾が(予定より)早く爆発して死亡しました。また一方、同じ町の別の攻撃で、
6人が負傷した、と軍司令官の1人が言いました。
追放されたタリバン政権のスポークスマンの1人は 中央部ウルズガン州のデー・
ラウード地区で、11人の政府軍兵士が夜明け前の攻撃で死亡した、と言いました。
「私たちタリバンの兄弟が兵士11人を殺害しました」タリバンスポークスマンの1人、
アブドゥル・ハキム・ラティフィは秘密の場所から衛星電話で話しました。
しかし州当局者の1人が匿名を条件に語ったところでは、殺害されたのは2人、負傷が 3人、10人が行方不明、ということです。 これら暴力事件のニュースが報じられたのは、カルザイ大統領が 当初は7月に予定 されていた大統領選挙と議会選挙を9月に行うことにすると話したのと時を同じく してでした。 カルザイのこの発表は 国連が投票の安全確保についての懸念を高めているのを受けた ものでした。カルザイは報道陣に対し、選挙の安全確保はベルリンで今週開かれる アフガニスタン援助国の会合で自分が提起しようと思っている主要な課題のひとつだと 言いました。 昨年8月以来、主にアフガニスタンの南部と東部一帯で起きている暴力事件で、反乱側の 戦士、一般市民、救助職員、アフガン軍・米連合軍兵士を含む600人以上の人々が 死亡しています。
南東部コーストの町の軍司令官の1人、ヒヤル・バーズ・シェルザイは、自爆攻撃者の 爆弾が早く爆発しすぎて本人が死亡する事件が土曜日にあったと言いました。 住民の一部は、その死亡した男は自爆犯ではなく普通の一般人で、何かの爆発で 死亡したのだと言いました。 コーストで起きた別の事件ですが、米軍基地のある空港近くのレストランにロケット 攻撃があり、1人の子供を含む6人の市民が負傷した、とシェルザイは言いました。 土曜の夜にコーストで起きた3番目の攻撃は、米軍と協力して働いている一部のアフガ 軍兵士のいる家(施設)に3つの手榴弾が投げ込まれたものです。この攻撃では 誰も負傷しませんでした。 当局はコーストで連続して起きたこれらの暴力事件に関して タリバンとその味方の 武装勢力を非難しました。コーストは2001年後期に米軍率いる軍事作戦でタリバン 政権が追い払われるまで、タリバンの要塞のひとつだったところです。 (終わり)
カァールザイザイ♪ カァールザイザイ♪ ユカイ痛快カルザイ君は♪ 傀儡政権の大統領(プレヂデンツ)だい♪
●Taliban Leader Omar Wounded in U.S. Bombing Raid, DPA Reports
http://quote.bloomberg.com/apps/news?pid=71000001&refer=asia&sid=ajhl6PHQwj7U March 29 (Bloomberg)
◎逃亡中のタリバン指導者モハマド・オマル師が今月上旬、米軍の爆撃で負傷し、
ボディガード4人が死亡した、とドイツ通信社(DPA)がパキスタンの新聞報道を
引用して伝えました。
オマル師は両脚と身体の左側を負傷して、2ヶ月は動き回ることができないだろう、と
DPAはウルドゥー語の日刊紙Ausafに載せられたジャッバル・アジズ医師のインタビューを
引用して伝えました。攻撃が行われたのはアフガン南部の州ザブルだということです。
この新聞(Ausaf)はタリバンと接点を持つことで知られていますが、アジズ医師との
インタビューがいつどこで行われたかは伝えていない、とDPAは報じました。
41歳くらいと言われているオマル師は 米連合軍によるアフガニスタン戦争で
2001年12月にタリバン政権が追放されて以来逃走を続けています。米国は 今も
アフガニスタンに隠れているアルカイダ・テロネットワークのメンバーたちと同様に、
オマル師とその他のタリバン幹部たちの追跡活動強化を支援するために
アフガニスタンに2,000人の海兵隊員を送っているところです。
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>この新聞(Ausaf)はタリバンと接点を持つことで知られています
Ausaf紙はJihad Unspunがよく情報源にしているパキの地元紙ですよね…
心配です、、、
>>547 >すごく心配ですよね、、、
JUS記事でも扱われました(次に送信します)。
JUSとしても現在確認を取っているところだそうですが、心配は増すばかり・・・
>▲深まる謎 イラク・邦人外交官殺害
>>本日のオススメ。
これから読みますね〜!
●Unconfirmed Reports Claim Mullah Omar Injured
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=98589&list=/home.php& Mar 30, 2004 By Zafir Jamaal, JUS
JUSはタリバンの最高指導者で神に忠実な指揮官モハマド・オマル師がおよそ2週間前に
カブールの空爆(*ザブルと思われる)で負傷したという未確認の報告を少し以前に
受け取りました。私たちは情報源から裏づけを取ろうと努力しながら、この未確認情報を
公表しないことに決めました。(しかし)その時からオマル師が負傷したとされる話は
主流の通信社に伝わっていっていました。
今日私たちはこれ以上の噂を抑えるため、私たちが最初に受け取った情報(オリジナルの
情報)を公表します。以下の情報は確認できていないものであることを強調します。
そして確認が取れるまで、これは慎重に考慮されるべきものです。
2004年3月11日かその前後に、オマル師はミサイル攻撃のターゲットとなり、ボディガード
4人が死亡し、オマル師自身も重傷を負ったと伝えられています。彼は身体の左側と
両脚を負傷したと言われています。この攻撃が行われたのは、伝えられるところでは、
ザブル州でシューラ会議の会合があったときだと言われています。他のタリバン幹部たちは
被害を受けずにすんだと言われています。
私たちはこの情報について再び読者にお知らせするつもりです。伝えられているこれらの
内容を確認でき次第、この報道をアップデートします。
ひさびさに田中宇氏の記事です。続き物ですが
下の記事は9.11に関心のある人にオススメです。
●世界を動かすスペインの政変
http://tanakanews.com/e0323madrid.htm ●スペイン列車テロの深層
http://tanakanews.com/e0330madrid.htm でも下の記事でひとつ つっ込みを入れたいところが・・・
>アルカイダはサッカーを「西欧のスポーツ」として嫌い、アルカイダと結託していた
>タリバン時代のアフガニスタンでサッカーが禁止されていた。
●Taliban's latest tune -- Messengers of peace
http://www.expressindia.com/ie/daily/20000803/isp03063.html 以前このスレに貼ったこの記事によると 2000年にパキの少年サッカーチームを呼んで
国際試合が行われたものの、宗教警察が乱入して少年たちを逮捕して
頭の毛を剃って追い出すというトンデモ事件もあったようですが(この件はスポーツ大臣が謝罪)、
基本的にはタリバン時代にもサッカーをすることは許されていたようです。
The capital's dilapidated stadium sees regular games of football,
but elsewhere the biggest crowd pullers at sports grounds have become public executions.
551 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/03/31 10:24 ID:tLvcQ48L
¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶ ¶¶¶¶¶¶ ¶*゚ー゚ ¶ ヘイッ!私のギコクンどこ? U U く く ¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶ このAAをみてから10日以内に10回書き込まないと、 両腕をもがれて死にます。 虐厨はうそつきだと思ったみなさん。 すいません。 虐厨はうそつきではないのです。 しにたくないだけ、なんです。 ¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶¶
オマル師負傷?について、タリバンのコメントが出ました。
●Mullah Omer not injured in Zabul: Spokesman
http://paktribune.com/news/index.php?id=60089 March 30, 2004 KABUL
タリバンのスポークスマン ムフティ・ラティーフッラー・ハキミは
3月にザブル州で米軍の空爆が行われた時に、ムハマド・オマル師が負傷し、
4人のボディガードが死亡した、という報道を否定しました。
ラジオ・テヘランとの電話インタビューでハキミは この2週間の間
ザブル州には空爆はまったくなかったと言いました。
一方、米軍側は(も)この2週間にザブル州での空爆はなかったとラジオ・テヘランの
記者に語っています。
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この否定記事で安心したいところですが、
>>549 のJUS記事によると、
事件がおきたのは3月11日前後で およそ3週間前のことなので、
『この2週間』というのを強調されるとかえって微妙に思えてしまいます、、
●Afghanistan: Hekmatyar changes color again
http://www.atimes.com/atimes/Central_Asia/FD03Ag01.html Apr 3, 2004 By Syed Saleem Shahzad KARACHI
*ヘクマが自分の派閥ヒズビ・イスラミを政治政党として9月のアフガンの総選挙に参加
できることを見返りに雨・アフガン(&パキ)政府からの停戦要請に合意する(した)
のかも?という内容です。(記事のイラストには顔がヘクマのカメレオンが・・・w)
タリバンとその味方の勢力がこの春に大規模な反政府・反米運動を行うと前から言って
いたのに、まだこれといって目立つ出来事が起きていないのはヘクマの心変わりが原因
だと、記事の記者は見解を述べています。
しかしこの記者は かつてタリバンが出現したときにヘクマの部下たちがヘクマではなく
タリバンとの連携を選んだように、今回もヘクマにはついて行かずにタリバンに合流する
可能性があると、タリバンファンにとってはうれしい予測を立てています。
●Afghan Farmers Protest Opium Crop Plan
http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story&cid=516&ncid=731&e=7&u=/ap/20040405/ap_on_re_as/afghan_drugs Mon Apr 5, 2:31 PM ET By AMIR SHAH, Associated Press Writer
KABUL, Afghanistan
◎蔓延する麻薬生産を厳しく取り締まる取り組みのひとつとして ケシ畑を破壊する
政府の計画に対して、月曜日東部アフガニスタンで数百人の農民がデモを行いました。
カブールから東におよそそ90マイルにあるケシ栽培の盛んな地域のひとつナンガルハル
州の町カマの近くで 300人ほどの農民たちが平和的に集会を行ったと 州警察高官の
アジャブ・シャーが言いました。
政府の計画は ナンガルハル州と他にふたつの主要なアヘン生産州のアヘン作物のうち
75%を破壊することを求めています。アヘンはヘロインの原料になります。
撲滅運動はアフガニスタンの(アヘン)作物が収穫される前に、最大30%を破壊する
ことを予定しています。
ナンガルハル州知事のディン・モハメドは 200人ほどの人々が日曜日に 計画を
縮小するように求めてカマから州都ジャララバードにやってきたと言いました。
州政府は州内のすべてのアヘンを破壊する計画を立てていました。 「しかし私たちは中央政府から5つの地区で75%を破壊するように指示を受けました」 とディン・モハメドは言いました。そして付け加えて、撲滅活動はもうすぐ始まるだろう と言いました。 昨年、アフガニスタンは世界のアヘンのうち約4分の3を生産しました。当局は この 儲かる商売は 国の大半を支配している非正規の民兵組織の指揮官たちと、追放された タリバンを含む反政府勢力の両方に利益を与えていると見ています。 カルザイ大統領の政府は麻薬生産への取締りを開始すると誓いました。そして米国と イギリスを含む海外の援助国はアヘン生産地を破壊するため、新しいアフガン治安部隊を 何百万ものドルを費やして訓練しているところです。 (終わり)
●Taliban blow up an NGO-funded school in eastern Afghanistan
http://www.e-ariana.com/ariana/eariana.nsf/allDocs/A6B7C6AD05FEB74F87256E6F0050C3C7?OpenDocument Kuwait News Agency 04/07/2004
◎アフガニスタン東部のパラヴァン州で、海外NGOが資金提供した学校をタリバンが
爆破したという報告が水曜日にありました。
パキスタンの通信社NNIによれば、学校の建物の中に爆弾が置かれていて、
火曜日遅くに大きな爆発を起こし、建物を完全に破壊したということです。
爆発が起きたのが夜遅くだったため、死傷者はなかったと報道は伝えました。
一方、その報道がさらに伝えるところでは、火曜日アフガン警察はカブールで
タリバン運動の旧司令官アブドゥル・ハディを逮捕しました。警察はさらに、4丁の
機関銃、1台のラジオ、数枚の重要書類を回収したということです。
ペシャワルに本拠を置くアフガン・イスラミック通信が今日伝えたところでは、
旧タリバン政権のハキミが 9月に行われようとしている選挙に投票しないよう
アフガンの人々を脅しました。「米国はジハードへの思い(心情)を鎮圧するために
アフガニスタンで選挙をしたがっているのです。選挙に参加してはいけません。
さもなければ厳しい責任を負わされるでしょう」とハキミは声明を出しました。
>>567 関連
●Afghans to send troops to northern province
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL322873.htm KABUL, April 7 (Reuters)
◎アフガン政府は北部ファールヤーブ州で地方の実力者が率いる部隊が 州内の
いくつかの地区に侵攻したことから、秩序回復のために数百人の部隊を送ることに
したと水曜日に国防省は言いました。
州政府の部隊とドスタム将軍の部隊の間の戦闘をやめさせるため、軍の大隊が送られる
ことになるとカルザイ大統領の補佐官で政府スポークスマンのザヒル・アジミ将軍は
言いました。
アジミは 現地の州に軍隊を空輸できるよう手配するために、アフガニスタンに駐留
する米連合軍部隊の関係者と話し合いをしているところだと言いました。
「これらの部隊を送る目的は 戦闘をやめさせ、平和と安定を守り、中央政府の存在を
示すことです」
>>566 アブドゥル・ハディ関連
●Taliban commander arrested
http://news.com.au/common/story_page/0,4057,9221341%255E1702,00.html From correspondents in Kabul April 7, 2004 Agence France-Presse
◎タリバンのトップ司令官と見られる人物がアフガン警察と国際平和維持部隊により、
カブールの裕福な近郊地域で逮捕されたと政府高官が7日に言いました。
2001年後期まで北部アフガニスタンのタリバンの軍を指揮していたアブドゥル・ハディが
昨日(6日)逮捕されたと副国務大臣ヒラルディン・ヒラル将軍が言いました。
「ハディは4丁のAK-47機関銃と長距離ラジオ、そして彼がいくつかのテロ事件に
関与していることを示す文書とともに逮捕されました」
ハディは指名手配の軍閥グルブディン・ヘクマティアルの根本主義派閥ヒズビ‐イスラミ
の元司令官だったが 後にタリバン運動に加わった、とヒラルは言いました。
いくつかの大使館があり、当局の重要人物の居住地で、米連合軍の基地のひとつもある
高級住宅地のワジル・アクバル・カーンでの逮捕は、NATO率いるISAF部隊との共同作戦
だったとヒラルは言いました。
ハディの逮捕は先週、すぐ近くのワルダク州で、米連合軍が他のヒズビ−イスラミの
司令官アマヌッラーを拘留したことに続くものです。
米国によって、世界的なテロリストの1人と指定されたヘクマは元アフガンの首相で、
1979〜1989年の対ソ戦の時代の主要なムジャヒディン軍閥の1人でした。
ワシントンは ヘクマがアルカイダとタリバンが行っているテロ行為に参加したり、
支援していると非難しています。
今日(7日)先に行われた通信社との会見で、ISAFのスポークスマンの1人は、
タリバン、アルカイダ、ヘクマ派とのつながりを持つと見られる者7人が日曜日に
逮捕されていたと言いました。
6,500人ほどのISAFの部隊がカブールの治安維持のためアフガン警察と協力しています。
その他に135,000人の米連合軍兵士が主に南部と南東部でタリバン&アルカイダの
反乱者と見られる者たちの追跡をアフガン国軍と共に行っています。
(終わり)
-----------------------------------------------------------------------
ヘクマ関連の人物のニュースが続いているのは
>>559 の『ヘクマ寝返り?』説と
関係あるのでしょーか?
>>567-568 の続報(追加情報)
●Dostum takes districts in Northern Afghanistan
http://www.rnw.nl/news/news.html#3967425 08 April 2004 01:30 UTC (ソース表記なし)
実力者ドスタム将軍の配下の部隊が北部アフガニスタンのファールヤーブ州で4つの地区の
支配権を握りました。ドスタムの民兵と衝突していた州政府の部隊が前日に降伏しました。
カルザイ大統領は秩序回復のためこの地域に数百人の兵を送っているところです。
ドスタム氏は大統領顧問の1人ですが、彼の部隊は2001年のタリバン打倒以来、この領域の
支配権を握ろうと何度か(攻撃を)試みています。
ロシアネタです
●Afghan vendors beaten in Volgograd marketplace, several are killed and wounded
http://www.e-ariana.com/ariana/eariana.nsf/allDocs/E527C377D412E67587256E6F0058B6D2?OpenDocument Pravda 04/07/2004
◎50人の若者のグループがボルゴグラードの市場で暴力行為を組織的に行いました。
この青年たちは金属の棒を持って武装して、露店地域に突入し、販売員を殴ったり
露店を壊し始めました。
彼らはコーカサス山脈地域と中央アジア地域出身の販売員たちを攻撃しました。
犠牲者たちはボルゴグラードに数年間住んでいて、いわゆる"アフガン人ディアスポラ
(国外移住者)"と呼ばれている人たちです。攻撃は1時間続きました。武装グループの
うちの一部はマスクを着けていました。
アフガニスタン出身者の1人でタジク人販売者の21歳のサファル・アリ・チャラエフが
死亡しました。20人の販売者たちが負傷し精神的ショックを受け、そのうち8人が病院に
運ばれました。生命に危険はないということです。
警察は武装グループの(うちの)18人を逮捕しました。彼らは取調べを受けているところ
です。ボルゴグラード地域の警察本部長ベトル・チャグパ将軍は 捕らえた男たちは
スキンヘッドやその他の急進的な青年のグループには属していないと発表しました。
この事件についての主な所見は『土地(資産)所有にまつわる衝突』だということです。
逮捕された者の一部は 伝えられるところでは犯罪者集団のメンバーです。
警察とアフガン人たちはともにこの攻撃は"事前に準備されていた"と考えています。
アフガン移住者のリーダー、バハヴィ・ニザムトディノフは 移住者の販売者たちは
市場で働いている数年の間犯罪組織から繰り返し脅しを受けていたと言いました。
>>558 >>560 >>561 次スレテンプレの
>>5 あたりに入れる『ザイーフたん安否情報』の
文章の案です。
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ザイーフたん安否情報
●Family demands Mulla Zaeef’s trial
http://jang.com.pk/thenews/mar2004-daily/02-03-2004/main/main8.htm 2004年3月2日付のこの記事により、ザイーフたんが現在もグアンタナモに
拘留されていて、赤十字を通して家族と手紙のやり取りをしていることが
わかりました。
ザイーフたんの命が無事で、家族と連絡が取れているとわかったのは
うれしいことですが、記事によると大黒柱を失ったザイーフたんの家族は
精神的苦痛とともに経済的にも苦しい思いをしているそうです。
ザイーフたん本人と家族の人たちの置かれた情況が少しでも早く良くなる事を
心から願っています。
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>>574 訂正
>>467 でこの件の日本語記事をマダムさんが紹介してくださっています。
残念なことに記事URL先は現在みられないようです。
467記事で取り上げられていて、このニュースの主題でもある
『家族が裁判を求めている』という点を574に入れなかったので、
それを加えて書き直しました。
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ザイーフたん安否情報
●Family demands Mulla Zaeef’s trial
http://jang.com.pk/thenews/mar2004-daily/02-03-2004/main/main8.htm 2004年3月2日付のこの記事とザイーフたんが現在もグアンタナモに
拘留されていて、赤十字を通して家族と手紙のやり取りをしていることが
わかりました。
ザイーフたんの命が無事で、家族と連絡が取れているとわかったのは
うれしいことですが、記事によると大黒柱を失ったザイーフたんの家族は
精神的苦痛とともに経済的にも苦しい思いをしているそうです。
そしてザイーフたんを公正な裁判にかけるように米国と国連に求めています。
ザイーフたん本人と家族の人たちの置かれた情況が少しでも早く良くなる事を
心から願っています。
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>>567-568 >>571 関連の親分記事です。既出情報と新情報が混在しているので全文紹介します。
ただ、最後の段落のアブドゥル・ハディ逮捕の件は新情報がないので省略します。
●Dostum forces attack Faryab province
http://www.dailytimes.com.pk/default.asp?page=story_8-4-2004_pg7_8 April 08, 2004 AFP
◎火曜日の夜、ファールヤーブ州でアフガン軍閥ドスタム将軍と政府が任命した軍司令官の
ハシム・ハビビ将軍の間に戦闘が勃発したことから、中央政府はこの地域に750人ほどの
兵士を送る指示を出したと当局は言いました。
「ドスタムの部隊はシリン・タガブ、ジャマ・バザール、ビルチラギの地区を獲得しました。
そして激しい戦闘が今もこれらすべての地区の郊外で続いています」とハビビ氏は言いました。
パキスタンに本拠を置くアフガン・イスラミック通信(AIP)がファールヤーブ州知事の
話として伝えたところでは、ドスタムの兵はいくつかの地区を押さえ、州都マイマナから
25キロのところにいるということです。
「情況は大変悪いです」とアナヤトゥッラー・アナヤト知事は言いました。
この戦闘はウズベク人司令官ハビビが忠誠を尽くす相手をドスタムからカルザイ大統領の 中央政府に切り替える決断をしたことが引き金だった、とアナヤト氏は言いました。 それでドスタムは自分の兵をこの州に動かしたのだと知事は言いました。 「私たち(州政府)の名誉を守るため、私たちはこの州への侵略に抵抗し戦うつもりです」 と彼は付け加えて言いました。 国防省スポークスマンは戦闘が起きていることを確認しました。報道官はどちらの側からも 死傷者の報告はないが、政府は750人のアフガン国軍部隊をその地域に送る指示を出したと 言いました。 部隊は木曜日までにファールヤーブ州に到着すると思われます。 (後略&終わり)
578 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :04/04/08 16:00 ID:b69wt78t
小 林 源 文 は 馬 鹿
236 :猫侍 ◆fj8rUSB2rc :04/04/08 19:48 ID:uCzbxVIP
アンゴルモア・猫侍共同声明
ベンゼンさんのHPに書いてもいいのですが、すぐ消されるでしょうし、
メールしても梨の礫だと思いますのでやむをえずここに書きます。
ベンゼンことOO君、ねこちんちんことOO君、あなた達も知っていると思いますが
我々は現在、具体的な社会的制裁を与える為数々の行動に出ています。
特にベンゼンさん、あなたにはよく分かるはずです。色々連絡もあるでしょうから。
ただし、あなた方の今後の行動によっては和解も可能です。
和解の条件として、以下。
○ベンゼン氏のHPにおいて両人の公式謝罪文を載せること
まず自営業オフでの数々の狼藉の謝罪、自営業氏への謝罪。
ねこちんちんにおいては閣下への侮辱。
アンゴルモア氏への誹謗中傷、猫侍への誹謗中傷。
○アンゴルモア氏への民事裁判で決定した金額の支払いに速やかに応じる
これについては先に書類が届いていると思う。
一度に払えなければ金利を含めた月々での支払いに応じ、書面に署名捺印する。
今までのように無視を決め込むのであれば今後は容赦しない。
○猫侍への和解金支払い
ベンゼン氏・ねこちんちん両人に支払いを求める。
金額は話し合いに応じる用意がある。
○2chを含めたネットの禁止(二年間)
個人情報漏洩・数々の誹謗中傷。これに対する被害者へ謝罪の明かしとして。
以上、応じる気があれば
[email protected] まで。 以上の用件に不服がある、又応じる気がないのであれば、
そのまま我々は法規に則り行動を続けます。 以上。
イラクでとんでもないことが起りましたな〜〜;
>>580 >2004年3月2日付のこの記事によると、ザイーフたんが現在もグアンタナモに
>にしたいと思うのですが、、、どうでせうか?
チェック&レスどうもありがとう〜!
その部分は
>>574 をコピペ編集しているうちに
なにか間違えてしまったみたいです(恥;
574では >この記事により になっているのですが
それでもいいでせうか〜?(文章の〆の部分が 〜〜ことがわかりました なので)
>>581 >この記事により
こっちの方が正しいですな!
いやー、ここ数日イラクから目が離せませんのう、、、。
>>582 ありがとう〜!
他の人の意見もあるかもだから、あと2〜3日様子を見てから確定しましょう。
●Local radio makes impact in conservative Kandahar
http://www.e-ariana.com/ariana/eariana.nsf/allDocs/3DDF47F70B9A19D587256E70006BE856?OpenDocument IRIN 04/08/2004 KANDAHAR
カンダハル市の込み合った通りに西洋の音楽が鳴り響いています。23歳の時計屋
アブドゥル・サタルはアザド・アフガン・ラジオ(アフガンの独立系ラジオ)が流す
音楽を聴いています。それは南部のカンダハル州に新たに設けられた地元ラジオ局です。
この南部の地方都市はタリバン運動の生まれたところです。ほんの2年前までタリバンは
音楽を聴くことを厳しく禁じたり独立メディアの活動を禁止していましたが、彼らの
強硬路線の政権は米連合軍によって押しつぶされました。
そしてこの市の大部分には今も超保守主義と文化的複雑さが影を投げかけていますが、
サタルのような多くのカンダハルっ子に対して、独立系のラジオは民主主義を人々に
伝える優れた手段となっています。「実際、地元局はBBCやカブールの放送や
Voice of Americaより良いです。ここの地元の人たちにとって、よりわかりやすい
話し方と番組作りをやっていますから」サタルは言いました。彼は隣のパキスタンの
国境沿いの都市クウェッタで数年間亡命生活をした後、最近戻ってきました。
騒然とした南部の不安定さにより多くの難題はあるものの、アザド・アフガンは 表現の自由と地方のアフガン人への情報提供を促進するために活動している、 この国に14ある独立系地方ラジオ局のひとつです。文盲率の高さと何十年間も 独立メディアがなかったことから、ラジオは田舎の地域の人々に情報を届け、教育する 最も有力な方法のひとつです。 アザド・アフガン・ラジオはカンダハル市と周りの5つの地区をカバーする半径100キロ 内で聴くことができます。この局はおよそ15万人のリスナーにニュース、教育、スポーツ、 地元の主張からなる番組を夕方〜夜の5時間届けています。とくに重点が置かれているのは 地方当局に対する人々の不満の声を取り上げ、関連省庁からの返事を得ることです。 「アザド・アフガンは単なるラジオ局以上の存在です。私たちは番組を通じて人々と 当局の間の橋のようになっています。『なんでも質問してください。私たちが答えを 探してきます』ですよ」アザド・アフガンのプロデューサー、ナジブッラー・ゼヤルマル はIRINに語りました。 ワシントンに本拠を置くアフガン文化協会(ACS)の支援でちょうど2ヶ月前に設立された アザド・アフガンは、保守的で男性優位で、治安情況の悪い南部に民主主義を促進しよう というさらに挑戦的な課題を持っています。
このラジオ局は今後3年間の資金面の準備はうまくいっていますが、ゼヤルマルによれば 女性がメディアに登場することには安全上の懸念がまだあるので、女性職員を引き付ける ことはできていません。「カンダハルには政府系メディアでさえも女性レポーターは いないのです。治安と文化的制約のため、教育を受けた女性たちがラジオやテレビに 登場する勇気を見せることはないでしょう」ゼヤルマルは話しました。 このラジオ・プロデューサーは 関心はあっても、アザド・アフガンのような先進的な 活動に参加している多くの女性にとって安全は文化的制約よりも重要だと言いました。 カンダハル情報文化省の役人の1人マスーナは「実際、差別的な伝統より治安が問題なの です。私たち(州政府)が軍閥や身勝手な武装勢力を治めるまで、(女性は)誰も メディアに姿を見せる勇気はないでしょう」とIRINに語りました。そして付け加えて メディアを通して発言したために脅されたことのある人々を自分は知っていると言いました。 彼女は 今は普通の家庭で女性が写真を撮ったり、この地域の女性の生活が大きく変わる 事を示す選挙カードを受け取ることが許されていると説明しながら、「私はメディアは 大いに助けになれると思っています」と言いました。 (終わり)
586 :
◆QvQ1ShKye. :04/04/10 00:25 ID:Ryr048+0
BS世界のドキュメンタリー 知人たちが語る半生 「ビンラディン・その正体に迫る」 ビンラディン・その正体に迫る◇ウサマ・ビンラディン氏の人間像に迫る。ビンラディン氏はどのような曲折を経てアメリカを敵対視し、最終的に9・11テロを起こすに至ったのか。 サウジアラビアやパキスタンの情報機関の元トップ、直接面談して伝記を書き上げたジャーナリストらの証言を通して、その過程を追う。 放送日時4月10日(土)23:00〜23:50 NHK衛星第一 Gコード(675519)
>>586 番組情報ありがとうございます。もしかして
>>537 のものでしょうか?
BSでやるんですね。今夜楽しみです!
●Afghan army troops restore calm to northern city after militia takeover
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/news/archive/2004/04/09/international1026EDT0502.DTL AMIR SHAH (04-09) 07:26 PDT KABUL, Afghanistan (AP)
◎有力な地方軍閥の配下の民兵組織が北部の都市マイマナに急速に侵入した翌日の金曜日、
アフガン軍は市を穏やかな状態に戻しました。しかし追い払われた州知事は依然
身を隠した状態で、AP通信に命の危険を感じると本人が語りました。
大統領スポークスマンのジャウェド・ルディンによれば、政府軍兵士は抵抗を受けずに
ファールヤーブ州の都市を奪い返しました。
カルザイ大統領は州知事エナヤトゥッラー・エナヤトに職務を再開するよう指示しました。
エナヤトはトルクメンとの国境付近に身を隠していて、事故で片脚を痛めたため安静に
しているとルディンは言いました。
金曜日に衛星電話で連絡してきたエナヤトは 自分は敵軍が自宅を燃やし略奪したあと、
命の危険を感じたと言いました。
トルクメニスタン国境に近いマイマナは木曜日にアブドゥル・ラシッド・ドスタムの部隊 の手に落ちたと政府は言いました。 この衝突についての説明は流動的でしたが、国内の南部と東部でタリバン&アルカイダの 追跡にすでに取り組んでいるカルザイと米連合軍にとって、今回の出来事は新たな 治安上の問題となっています。 米軍に訓練を受けた約150人の国軍部隊が木曜日遅くに支障なくこの市に入りました。 そしてさらに600人の兵士が向っているところだと大統領スポークスマンのルディンは 言いました。 「彼らは空港を確保し、その後市内に入りました。私たちの得た報告では、人々は彼らを とても暖かく受け入れました」 (この事態に関して)死傷者の報告はありませんでした。そしてドスタム支持者たちから も金曜日には新しい事件の報告はありませんでした。ドスタム配下の者たちが市内から 撤退したのかどうかについては今のところはっきりしていません。
ドスタムの副官の1人が(記者に)電話番号を教えたマイマナ病院の医師ハロウン・ トゥラニは「市内は落ち着いて、商店も開いています。(政府軍の)指揮下にある警察 若い武装した人々が市を押さえています」と言いました。 ルディンは「ドスタムは木曜日にカルザイに電話をして『中央政府に完全に忠誠を尽くす』 ことを表明し、『自分についていくつかの誤解があった』と言った」と言いました。 当局は ドスタムは大統領顧問の1人だが、2001年に米軍を支援してタリバン軍を追放した 以降も大きな私軍部隊と北西部の固い支配権を持ったままで、(今回)隣の州から ファールヤーブ州に"大規模"な部隊を送ったと言いました。 (終わり)
●Civil war fear as Afghan city falls to warlord
http://www.e-ariana.com/ariana/eariana.nsf/allDocs/DF924ED128D4D18887256E7100785ABA?OpenDocument The Guardian, UK 04/09/2004 By James Astill
◎アフガニスタンで最も有力な軍閥の1人の配下の兵士たちが親政府軍から北部の重要な
都市のひとつを奪ったことから この国がいつの間にか内戦に陥る懸念が高まっています。
当局によればアブドゥル・ラシッド・ドスタム将軍の部隊は水曜日に北部の州
ファールヤーブに侵入しました。ドスタムはカルザイ大統領の特別顧問の1人です。
そして囚人(捕虜)たちを戦車で押しつぶした人物として知られています。
州都マイマナは昨日ドスタム将軍の部隊が攻撃した後落ちた、と当局は言いました。
カルザイ大統領スポークスマン、ジャウェド・ルディンによれば「マイマナ市は昨日
近隣の州やマイマナ周辺地域から来た身勝手な武装集団の手に落ちた」ということです。
「ドスタム将軍は大統領顧問の1人です。しかしだからといって、彼が部隊を配置したり、
軍の作戦上の問題に関与する権利はありません」とルディン氏は言いました。
マイマナの知事で、親政府司令官のハシム・ハビビ将軍はマイマナから東に20マイルの
所に居ると伝えられました。
昨日ファールヤーブ中で小衝突が燃え上がったことについて、オブザーバーたちは、 北部マザリシャリフに本拠を置き、仲間のウズベク人からなる私兵軍を維持している ドスタム将軍はハビビ将軍が自分の命令に従うのをやめたので、彼を追い出すことに したのだと言いました。 より重要なこととして、アナリストたちが話ことは、これが一ヶ月のうちに有力な軍閥が 政府と武力衝突を引き落とした2回目のケースだということです。 先月、以前はアフガニスタンの中で最も安全な都市と考えられていた西部の都市ヘラート で、親政府側兵士と州知事で軍閥のイスマイル・カーン配下の民兵たちとの間に激しい 戦闘がありました。カーン氏の兵士たちはカルザイ氏の部隊を市から追い出し、多くの 死者を出し、勝利を収めました。 米軍の訓練を受けたおよそ150人の新国軍部隊が昨日ファールヤーブ州に送られていますが マイマナに到着したという報告はありませんでした。同様の規模の政府軍兵士が(先月) ヘラートにも送られましたが、兵舎から出ることはできませんでした。
指標となる選挙が9月に予定される中、アナリストたちは 今回の戦闘はカルザイ氏が この国の大半をコントロールできていないことを示していると言いました。 「最初にヘラート、そして今回北部で、私たちは軍閥が中央政府に挑戦しそれが成功して いるのを見ました」International Crisis Groupのサミナ・アーメドは言いました。 「差し迫った選挙を前に、このことはカルザイが本当に大きな問題を抱えようとしている ことを示しています」 アフガニスタンの長期にわたる不安定さへの関心は主に南部と東部に集中してきました。 そこではタリバンゲリラ兵やその他のイスラム戦士たちによる攻撃で最近数ヶ月間に 数百人の命が奪われています。 「今度の暴力は広範囲に及ぶ影響力を持っています。とても心配です」アーメドさんは 言いました。「南部の暴動は2年前の戦争から少しも利益を得ることができなかった 貧しい人々(個人)が行っています」
「(しかし)現在私たちは強力な指揮官たちもまた政府の前に立ちはだかっているのを 目の当たりにしています。このことは今まで南部で見てきたどんなことよりもはるかに 危険な展開です」 アフガニスタンのソ連占領時代、ドスタム将軍は親ソ連民兵のリーダーとして現れました。 彼はそれ以来3回の戦争状態の中で何度も立場を変えてきました--最初は親ソ政権に そむきました。その後、親ソ政権に取って代ったムジャヒディンの政権にも背を向けました。 ドスタム将軍の部隊はタリバンによって押しつぶされましたが、宗教者の政権に爆撃が 加えられる直前に亡命先からアフガニスタンに戻りました。反タリバンの北部同盟の リーダーの1人として、ドスタム将軍はしっかりと米国のお気に入りになりました。 そしてカルザイ氏の第一次内閣で副防衛大臣の職という形で報いられました。 (終わり)
595 :
怒髪天女 :04/04/11 06:33 ID:hMLmeMZM
>>594 ひまわりの種の話は萌え&ホローリしました〜!
今まで見たことなかった写真も何枚かあってうれしかったです。
JUS復活キタ━━━━ヽ(゚Д゚,,o)ノ━━━━!!!!
●Taliban Kill “Dozens” Of Coalition Forces, More MIA’s Reported
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=410&list=/home.php& Apr 11, 2004 By Zafir Jamaal, JUS
◎アフガニスタン各地のさまざまな軍事作戦で、タリバンムジャヒディンは
伝えられるところでは数多くの米軍とアフガン軍の兵士を殺害し、同時に
大勢(の連合軍兵士)が戦闘中に行方不明になっています。先週激化した
アフガニスタン(政府)との対立で多数の車両も破壊されました。
ヘルマンド州では、サンギン地区でタリバンムジャヒディンの待ち伏せ攻撃を受けた
連合軍とアフガン軍の兵士たちは対応に追われました。数時間続いた銃撃戦の結果、
1人の米兵と3人のアフガン兵が死亡したと伝えられました。他に6人の報告があり、
そのうち2人もまた米兵だったと言われています。3人のタリバンがこの戦闘で殉教
しました。
カンダハル州でもタリバンが現地の米軍基地のひとつにロケット攻撃をして、戦闘の舞台 となりました。目撃者の話では、ロケットは数十発にも達し、基地に大きなダメージを 与えました。カンダハルの治安長官サリム将軍によれば この攻撃は木曜日の朝に行われ、 大規模だったため、兵士たちは当惑し、基地全体に混乱が広がったということです。 サリムは死傷者の数を公表することは断りました。この基地は依然はタリバン最高指導者 モハマド・オマル師の作戦本部だった所でした。 ウルズガン州では タリバンが地雷を使って車両を破壊して、アフガン兵1人が死亡し、 1人が負傷しました。 一方、パキ‐アフガン国境近くにいた連合軍部隊への攻撃があり、数人の兵士が戦闘中に 行方不明になりました。この部隊の車列は7台の車両からなっていましたが、うち5台が 載っていた兵士とともに行方不明だと現在伝えられています。この車列はガズニ州で 対タリバン&アルカイダ作戦を行っていた時に ロケットと手榴弾で待ち伏せ攻撃を 受けました。2台の車両しか基地に到着しなせず、他の5台の所在が不明であることを 独立した情報筋が確認しました。その後、この攻撃に対応して米軍機がこの地域に 爆撃を行いましたが、死傷者の報告はありません。 (終わり)
●Afghan spy chief kidnapped
http://www.hipakistan.com/en/detail.php?newsId=en60759&F_catID=&f_type=source KABUL, April 10
◎土曜日に当局者の1人が語ったところでは、タリバンと見られる戦士たちが
アフガニスタン南〜中央部ウルズガン州の州政府高官を誘拐しました。
「私たちの情報長官ハジ・アーマドゥッラーと2人の護衛が隣の地区の任務から
州都タリン・コウトに車で向う途中、タリバンに誘拐されました」治安当局者の1人が
匿名を条件にAFPに語りました。
この当局者は3人が誘拐されたのは木曜日で、ウルズガンにいるタリバン残党の主要な
隠れ家と見られる南部山岳地域の辺鄙なシャー・ワリ・コト地区に連れて行かれたと
考えられていると言いました。
タリン・コウトから衛星電話で話をしたこの当局者は、誘拐犯は政府になんの接触も
してきていないと言いました。
599 :
怒髪天女 :04/04/12 08:44 ID:WwuAsKeD
>>586 アメが証拠として提出したビデオ部分、以前何度も放映されたものより、はるかに
鮮明で、しかも本人らしく見えるのにビックリ(個人的に、証拠ビデオの人物は偽者
と思ってるので)・・・どう感じましたか?
( ´_ゝ`)おや(
>>559 )?ヘクマが・・・
●Fugitive Warlord Urges Afghan Uprising
http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story&cid=516&ncid=731&e=2&u=/ap/20040412/ap_on_re_as/pakistan_afghanistan_hekmatyar Apr 11, 2004 By JANULLAH HASHIMZADA, Associated Press Writer
PESHAWAR, Pakistan
◎米国の最重要お尋ね者の1人のアフガン軍閥グルブディン・ヘクマティアルが
同国民にむけてアフガニスタンにいる米連合軍に対する蜂起を起こすように促しました。
日曜日にAP通信が手に入れた声明の中で ヘクマはイラク人の蜂起と競う気持ちで
アフガンの蜂起を起こすことを呼びかけています。彼はイラクで米軍と戦っている
シーア派聖職者ムクタダ・アル‐サドルの支持者による蜂起を喜ばしいと言いました。
「アフガン人はイラクのムジャヒディンのように占領に対する蜂起の道を選ぶべきです」
と語るこの声明はパシュトゥ語で書かれ、AP通信が翻訳しました。
ヘクマは1980年代のソ連軍のアフガニスタン侵入と戦ったイスラムゲリラ派閥のひとつ、
ヒズビ・イスラミを率いています。彼は伝えられるところでは、米国に支えられている
アフガンのカルザイ政権に反対しているタリバンと軍事的に結びついています。
「外国の占領者を立ち退かせる民衆の蜂起を始めたことではアフガン人はイラク人より 先んじていると・・・誰もが思っています」声明は言いました。 この声明はアフガン東部の国境から約30マイルにあるパキスタン北部のペシャワルを 訪れたヘクマの副官の1人からAP通信に公表されました。 この声明がいつどこで作られたものかははっきりしていません。また、信憑性も すぐには確認できていません。そこには"ヘクマティアル、アフガニスタン"と サインが入っていました。 ヘクマはアフガニスタンにいる米軍と戦う呼びかけを多数出しています。彼は2002年に イランを離れてからアフガニスタンに隠れていると考えられています。 (終わり)
>>5 (新情報で書き換え)
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ザイーフたん安否情報
●Family demands Mulla Zaeef’s trial
http://jang.com.pk/thenews/mar2004-daily/02-03-2004/main/main8.htm 2004年3月2日付のこの記事により、ザイーフたんが現在もグアンタナモに
拘留されていて、赤十字を通して家族と手紙のやり取りをしていることが
わかりました。
ザイーフたんの命が無事で、家族と連絡が取れているとわかったのは
うれしいことですが、記事によると大黒柱を失ったザイーフたんの家族は
精神的苦痛とともに経済的にも苦しい思いをしているそうです。
そしてザイーフたんを公正な裁判にかけるように米国と国連に求めています。
ザイーフたん本人と家族の人たちの置かれた情況が少しでも早く良くなる事を
心から願っています。
●US forces appeal to Afghans against Taliban
http://www.jang.com.pk/thenews/apr2004-daily/12-04-2004/main/update.shtml#14 (Updated at 1145 PST) SPIN BOLDAK, Afghanistan: US
米連合軍はアルカイダとタリバンの情報を求めて、アフガン(とパキの)国境地帯に
航空機からチラシを撒いた、と月曜日に住民が外国の通信社に報告しました。
ジェット機が肩にロケットランチャーを担いだ反逆者の写真(絵)の載せた何千枚もの
チラシを撒きました。チラシのメッセージはペルシア語とパシュトゥ語で書かれ、
アフガンの人々にタリバンとアルカイダ、そし反逆の司令官グルブディン・
ヘクマティアルに忠実な部隊についての情報を提供するよう促しています。
「連合軍に対する攻撃はみなさんの地域への人道援助を届けることの障害になって
います」チラシの1枚にはそう書かれていました。
>>598 続報 要約
●Taliban say kill Afghan spy chief, seize districts
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/ISL18018.htm By Mirwais Afghan KANDAHAR, Afghanistan, April 12 (Reuters)
◎タリバンのスポークスマン、ハキミは タリバンが誘拐したウルズガン州の情報長官
アーマドゥッラーと護衛2人を殺害したと言いました。
◎ハキミは「アーマドゥッラーにタリバンと協力するように求めたところ、断ったので
殺した」「彼らの遺体は 最近ウルズガン当局に殺されたタリバンの遺体と交換で
なければ渡さない」と言いました。
◎またハキミはタリバンが日曜日にパクティカ州の3つの地区を、地区の当局者の協力を
得て、戦うことなく手に入れたと言いました。しかし地域の警察本部長は否定しました。
実際に子載れらの地区の支配がどうなっているかは今のところ確認できてません。
◎またハキミは今後数日間に州政府や連合軍への攻撃を強化すると言いました。
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オマル師負傷?(
>>544 >>549 )とヘクマの心変わり?(
>>559 )の記事が出てから
タリバンの活動の記事が急に減ったので( ´・ω・ ) ショボーンだったのですが、
昨日今日の記事を見ているとヘクマとタリバンは再度協力の約束をしたのかもしれませんね。
・・・でもタリバンとしては 全面的にはヘクマを信じない方がいいかもですね〜。。w
(゚Д゚;)!!
>>607 訂正;
>実際に子載れらの地区の >>実際にこれらの地区の
609 :
怒髪天女 :04/04/13 07:20 ID:UQLGxaS8
>>605 同意です。(以前放映されたものの人物、何か品がなくいや-な感じがしたのです・・)
既出御免のOBLエピソ-ド
In their last chat, in early November, bin Laden had boasted of possessing chemical
and nuclear weapons. But, according to Mir, the real reason for his summons was
remarks he'd made on a U.S.TV show, saying that bin Laden couldn't back his beliefs
with Islamic teachings. "I watched you on Larry KIng," Osama said.
" I want to tell you my position."
Daniel Pearl Murderより
誘拐事件に関し、
>>607 と矛盾するレポートです。(要約)
●Taliban says it killed kidnapped Afghan intelligence official
http://news.independent.co.uk/world/asia/story.jsp?story=511002 13 April 2004 By Amir Shah in Kabul
◎被害者の当局者の名前がこちらではハミドゥッラーとなっています。
◎州高官のラービ氏の話では、誘拐された3人は生きていて、当局がタリバンと
釈放の交渉をしていると言うことです。
◎607の通り、タリバンのハキム(ハキミ)師は3人を殺し、タリバン兵の遺体との
交換を求めていることも書かれています。
◎別件ですが、アフガン政府は昨日タリバンの側で戦っていたか、スパイをしていた
嫌疑でつかまっていた9人のパキ人を釈放しました。両国の緊張関係を和らげる
目的があるようです。
>>610 訂正
◎607の通り、タリバンのハキム(ハキミ)師は3人を殺し、タリバン兵の遺体との
交換を求めていることも書かれています。
↓
◎607の通り、タリバンのハキム(ハキミ)師は タリバンが3人を殺し、その遺体と
タリバン兵の遺体との交換を求めていることも書かれています。
●Seven Americans Killed In Taliban Attacks, Two US Captives Embrace Islam
http://www.jihadunspun.net/intheatre_internal.php?article=742&list=/home.php& Apr 14, 2004
By Zafir Jamaal, JUS
◎アフガニスタンでは戦闘がエスカレートし続ける中、タリバンの攻撃により合計で
7人の米兵とさらに多くのアフガン兵が死亡しましました。他に大勢が負傷したと
伝えられています。また2人の米兵がイスラム教を受け入れたと言う報告を
受け取りました。
ザブル州のシャー・ジョイ付近で、米軍の車列がタリバンムジャヒディンの攻撃を
受けました。2人の米兵が死亡し、他に負傷者が出ました。この攻撃の後、米軍機が
その地域に爆撃を始めました。今のところ他に手に入った報告はありません。
パクティア州では、地雷の爆発でアフガン兵2人が死亡し、3人が負傷しました。
この事件の後、米軍は地雷を埋めたタリバン捜索のため、空からのパトロールを開始
しました。一方、コースト州とパクティア州のいくつかの検問所にも攻撃があり、
アフガン兵1人が死亡し、4人が負傷しました。
コースト州でタリバンはいくつかの連合軍の車列に対して自動小銃を使って攻撃しました。 この攻撃で4台の車両が破壊されました。コーストでは2機の無人飛行機も落とされたと 報告されました。これらの飛行機が落とされたのは 駐アフガン米大使がこの地域を 訪れていた時のことでした。またコーストでは、兵士の1人が匿名でパキスタンの新聞 Daily Ausafに語ったところでは、2人の米兵がイスラム教を受け入れました。 彼らは2人ともタリバンと他のイスラム学者たちへの支持を示し始め、イスラム教に ついてさらに学び始めました。Alhamdulilah! シャロンギの町バルマルから50キロのところで、金曜日にタリバンと連合軍が交戦する 事件がありました。目撃者の話では、連合軍がバルマルから来る途中、大きな爆発が あたりを照らし、突然ロケットと砲撃の音が聞こえてきました。銃撃は1時間半続きました。 目撃者の報告では、13人のアフガン兵と連合軍兵が死亡しました。多くのタリバンも 殉教しました。17人のアフガン人民間人もB-52の爆撃で死亡しました。 タリバンはバルマルで大規模な攻撃を計画中で、これらの(今回の)衝突は、戦闘で 兵士たちに経験をつませるためのものだったと伝えられています。この攻撃は地雷の 爆発で車列の7台の車両にダメージを与えて始まりました。
一方、コースト州の旧&新空港がミサイルとロケットの攻撃を受けました。今入った ばかりの報告によれば、3人の米兵と4人のアフガン兵が死亡し、5人が負傷しました。 2台の軍用車両も破壊されました。この攻撃は金曜の夜中続き、その音は地域全体に 聞こえました。旧空港はアフガン軍の管理下にあり、米軍は新空港を管理しています。 米軍はタリバンの攻撃に対して唯一の優位な手段が近接航空支援なので、他の空港を 守るためにヘリコプターと航空機を移送し始めました。 大きな武器庫がヤコビ村で押収されました。そしてそれを移送している時にタリバンが 地雷を使って攻撃し、車列を吹き飛ばし、3人の米兵と2人のアフガン兵を殺害しました。 (終わり)
616 :
怒髪天女 :04/04/14 08:00 ID:Q0TWZHzn
>>614 >2人の米兵がイスラム教を受け入れました。
すばらしい!
>>617 補足
>インタビューの声を「本物のオマル師だ」と確認したのもその人です。
電話インタビューです。
現在495kbですが、次スレ立てましょうか?