1 :
代行:
鬼叩かれ覚悟で書かせて頂きます
お暇つぶしに読んでもらえたら嬉しいです
代行
2 :
忍法帖【Lv=8,xxxP】(2+0:8) ◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 11:47:21.87 ID:3YQYonAB0
代行様、ありがとうございます!
書いていきます
3 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 11:49:04.49 ID:3YQYonAB0
「エピローグから始まるプロローグ」
「青春」 なんていう
青臭い言葉のど真ん中にいた頃の話さ
街にはデビューしたばかりの光GENJIの曲が溢れ
そして僕のラジカセからは
いつも尾崎の歌が流れていたよ
人生の岐路と言うものに初めて直面し
不安や希望でごちゃ混ぜになった心に
戸惑っていた毎日
誰かを真剣に愛することを知り
その喜びや、恥ずかしさや
感動や、むずかゆさや切なさに
戸惑いを覚えていた毎日
明らかに容量オーバーになった想いのやり場を探すかのように
僕らは必死で言葉を捜していたね
4 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 11:51:44.03 ID:3YQYonAB0
「僕はきっと変わらないよ。
うん、絶対に変わらない」
いつも繰り返した僕の口癖は
いったいどれほどの慰めと不安を
君に与えていたのだろう
夏の終わりを感じさせる
夕暮れの涼しい風の中
風を抱いて踊っていた
君の髪から流れてくる甘い香りを
僕は今でも覚えているんだ
今の自分をいつか振り返る日が来ることは解っていたよ
そしてその時の自分は
おそらく今の自分とは違うんだという現実も
君はもちろん
きっと僕にも解っていたんだと思う
5 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 11:53:38.35 ID:UHXNLGFmO
……小説?
6 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 11:53:55.65 ID:3YQYonAB0
ただ
それを認めることが
無性に腹立たしかったんだ
何か得体の知れない敵に一方的にやられてしまうのを
ただ指をくわえて見ているだけのような気がしてさ
僕らは必死にあがき
必死に生きていた
若さと言う無鉄砲さが生み出す武器を
僕らはなすすべも無くもてあましていたような気がする
いったい何と戦っているのかさえも解らずにね
ただじっとしていられないような
そんな若い衝動に身を任せていた
あの切なくも輝かしい日々
7 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 11:56:03.86 ID:3YQYonAB0
きっと想い出というものは
時に優しくそして時には無情なまでに
正直に蘇る
だけどきっと
そんなものの一つ一つを積み重ねて
僕らは今を生きているんだ
あの時にしか
出来なかったことがある
あの時にしか
言えなかった言葉もある
そして
今だから言える事があるんだ
君に出会えた事を
僕は誇りに想っているよ
泣いた…
9 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 11:57:09.35 ID:UHXNLGFmO
もう一回言うわ。小説?
これ小説ってより歌詞じゃね?
10 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 11:57:13.59 ID:3VFW8JM60
濡れた
11 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 11:57:57.09 ID:3VFW8JM60
西野かなの歌詞よりひどいな
12 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 11:58:13.16 ID:3YQYonAB0
「14歳・秋」
「期間限定?何だよそれ!」
大声で叫ぶススムをにらみながら僕は答えた
「だからあくまでも卒業するまでのって意味で期間限定なわけ」
「お前そんな冬物バーゲンみたいな
ふざけた気持ちで彼女と付き合うくらいならやめとけよ!
あの子は相当いい子だって言ってたのはお前だろ?」
人一倍正義感の強いススムならではの怒りに
僕はふれてしまっていたようだ
「俺だって解ってるよ、かわいそうだって
でも、きっとその方がいいに決まってる」
「何でだよ?」
「言いたくねぇ」
「なら勝手にしろよ!」
「ああ」
胸ポケットから取り出したshort hopeに火を点けながら僕は言ったよ
「勝手にするさ」
「・・・シュウ、お前どうしたんだ?ちょっとおかしいぞ、この頃」
ススムは僕のくわえていたタバコを横取りすると諦めたように寝転がり
青い空に向かって薄紫色の煙をゆっくりと吐き出した
「どうもしないさ」
新しいタバコに火を点けて僕も同じように寝転がったんだ
言いたいことは沢山あったさ
でもね
僕にはそのことを人に話すだけの整理が自分自身の中でもまだついていなかったんだ
無理に探す自分の言葉でかえって自分が混乱してしまうだけのように思えたしね
僕は一週間前の親との会話を思い出していたよ
13 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:00:26.85 ID:3YQYonAB0
「引っ越すって、何だよ急に!」
「だからな、おじさんが家を出て行ったから、誰もおばあちゃんの面倒を見る人がいなくなっただろ
本当はすぐにでも行ってやりたいとこだけど、一応お前の卒業を待ってだな・・・」
「一応って何だよ!いきなり引っ越すだの、面倒見るだの・・・俺は絶対いやだからな!
一人でここで暮らすよ!」
「馬鹿なこと言うんじゃない!!」
僕の必死の抗議は、親父の一括で却下されてしまったよ
そしてその時僕の中で想い描いていた僕の人生が音を立てて崩れ去ったね
「たかが車で4時間の距離じゃないか!高校を卒業したらいつでも戻って来れるだろう!」
そう言って話にけりをつけた親父を一瞥して、僕は部屋に閉じこもった
そのさ 「たかが車で4時間の距離」 がね
自転車を唯一の移動手段とする僕にとっては途方も無い距離であったし
高校を卒業するまでの時間というものこそさ
当時の僕にとってはきっと
かけがえの無いものだったんだ
トイレ板でやれ!
15 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:02:40.74 ID:3YQYonAB0
仲間と同じ高校に行き
サッカーをして
バンドを組んで・・・
そんな僕のささやかな計画や夢がどれほど大切なものかなんて
きっと自分勝手な大人には理解できなかったのだろうね
その日からきっと僕は変わったのだと思うよ
何をしていても真剣に取り組めない自分がいたしね
楽しければ楽しいほど
後で辛くなる事を恐れて仲間とも距離を置きがちになった
吸った事の無いタバコも始めた
美味しいなんて全く思わなかったけれど
とにかく今出来ることは手当たり次第にやっておこうと思ったんだ
16 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:04:44.70 ID:3YQYonAB0
昨日彼女に
卒業するまでしか付き合えないと伝えたんだ
彼女は泣いていた
「先輩が高校生になったら
彼女でいられるなんて思ってなかったから・・」
そう言って
ただ泣いていた
「僕はきっと変わらないよ。
うん、絶対に変わらない」
そう言う事しか出来ない僕は
夕暮れの踊り場に響いた彼女のすすり泣く声を
ただうつむいて聴いている事しか出来なかったんだ
おそらくそんな最近の僕を見かねて
そしてススムの彼女から聞いた
僕と彼女との理不尽な約束にとうとう業を煮やして
ススムがやってきたわけだね
17 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:06:47.02 ID:3YQYonAB0
「大体お前、彼女知ってんのか?
タバコ吸ってるって」
「知らない」
「言わないのか?」
「言ったら泣かれるだろうな」
「泣かれるような事してるからだろうが」
「ああ・・・
泣かすような事ばっかりだな・・・」
「いいのかよ?
カナちゃんにとってお前は憧れの先輩なんだぜ」
「憧れね・・・」
僕には今もって解らなかったんだ
何で彼女は僕の事を想ってくれたのだろうな
ススムの彼女に「シュウに話があるんだって」と
ニヤニヤしながら紹介されたカナは
前々から僕も知っている子だった
全校集会や体育祭など、全校行事の度に近くに座っていた
目が大きくて
笑顔が可愛い子
「先輩に憧れています」
なんて言ってうつむくその子を
本当に可愛いと思った
自分もその子が好きだと気付くまでに
そう時間はかからなかった
18 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:09:07.04 ID:3YQYonAB0
「そんなお前がなぁ・・・
タバコは吸うわ喧嘩はするわじゃねぇ・・・」
「人の事言えんのかよ
ススムのやってる事だって、リコは知ってんのか?」
「・・・知らない」
僕らは顔を見合わせて笑った
なんか
久しぶりに笑った気がしたよ
「俺、引っ越すんだ」
唐突に
僕は切り出した
「・・・は?」
「だから、引っ越すんだ、俺」
「いつだよ?」
「春」
「春って・・・」
「卒業したらすぐ、次の日には」
「マジかよ・・・」
「ああ」
「いつ決まったんだ?」
「先週、急に」
「何処に・・・?」
「遠くだよ」
「高校は?」
「あっちの学校探すって、親が」
「なんで?」
「家庭の事情ってやつ」
「・・・すまん・・」
「別に・・
離婚とかじゃねえし」
「そっか・・」
「ああ」
お互いが言うべき言葉を
必死に探していたんだと思う
19 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:11:11.48 ID:3YQYonAB0
「なあ・・・」
「ん?」
「・・・もう一本くれるか?」
「ああ」
僕らは
強くなってきた風で火が消えないように
両手でライターを包み込んで一緒に火を点けた
「知ってんのか?」
「誰が?」
「誰がって・・・」
深く吸い込んだ煙をため息混じりに吹き出しながら僕は答えた
「引っ越すことは・・・言ってない・・・」
「・・・言ってやれよ」
「ああ・・・」
「なるべく早く・・・言ってやれよな」
「ああ・・」
言葉数の少なくなった僕らの間を風が音を立てて通り過ぎていった
20 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:13:24.91 ID:3YQYonAB0
「みんなには・・・言わないのか?」
「そのうちな」
「そっか・・・」
「ああ」
透き通った青い空に
風に流された2本の煙が消えていくのを僕はぼんやりと見ていた
僕らはゆっくりと
でも確実に
青春という貴重な時間を消費していたんだね
今日と言う日が二度と戻っては来ない大切な時間だと言うことに
なんとなくではあるけれど気付き始めていたよ
「お前、変わるなよ・・・」
「変わんねぇよ・・・」
あいつの言葉に
僕が答えたのか
僕の言葉に
あいつが答えたのかは
覚えていないんだ
でもね
変わりたくないって思った事
ずっとこのままでいたいって思った事だけは
あの日見上げた真っ青な秋の空と同じくらいに
鮮明に僕の胸に焼き付いていたんだ
21 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:15:40.80 ID:3YQYonAB0
「15歳・早春」
周りは受験一色だった
地元の高校を目指して勉強に夢中な仲間達の中で
僕は言いようの無い孤独を感じていたよ
抑えきれない不安と困惑の中で
僕はあがいていたみたいだ
“大人たちは心を
捨てろ捨てろと言うが
俺は嫌なのさ
退屈な授業が
俺たちの全てならば
なんてちっぽけで
なんて意味の無い
なんて無力な
15の夜”
もう伸び始めたテープから繰り返し聴こえる
尾崎の歌が
僕の心の叫びを代弁していたよ
仲間と放課後につるむことも少なくなった
彼らは彼ら自身の目標、夢に向かって
必死に学び必死に過ごしている
22 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:17:45.50 ID:3YQYonAB0
いったい僕に
何が出来たのだろう?
引越し先の高校での入学はもう決まっており受験とは無関係な自分と
今の彼らとの間にある明らかな温度差を
友情と言う一言で埋めてしまう事なんて
出来はしなかったんだ
もうしばらくすれば離れてしまう
仲間たちとの時間
それを少しでも大切にしたいと思う僕の本音と
彼らの成功のために距離を置かなければならないと言う建前とが
僕の中で交錯していた
そんな中で彼女だけが
唯一素直になれる時間を僕に与えてくれていたんだと思う
お互いの今を精一杯大切にしたい気持ちは
きっとほかの誰とも分け合うことの出来ないものだった
多くを語り合ったわけではないし
多くの時間を過ごしたわけでもなかった
でも僕にとって
そのささやかな時間の中で育まれる想いこそが
今にも壊れてしまいそうな心を
しっかりと支えてくれていたん
23 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:19:48.08 ID:3YQYonAB0
「今、天使が通りましたね」
僕らに無言の時間が流れると
カナはよくそう言った
「二人でいる時に、何も話させない時間がありますよね
でも、心が通じ合っていたら
その時は天使が横切っているんですよ
だから
先輩と一緒にいる時に無言になっても
私は幸せなんです」
そんなカナの説明
お伽話のようなそんな話にさえ
僕は心から感動していたよ
ただ一緒にいる時間だけを大切に出来る幸せ
そして
そう想わせてくれる人を愛せる幸せ
例えそこに
一緒に居られなくなった時の不安や寂しさが
付きまとっていたとしてもね
僕らは今という時間にしか費やせない
二人の時間を
きっと他の誰よりも大切に生きていたんだと思うんだ
24 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:21:49.02 ID:3YQYonAB0
僕らには伝えたいことも
伝えなきゃいけない事も
きっと山ほどあったはず
だからこそ
二人の間で足早に過ぎていく時間と
度々通り過ぎてゆく天使たちは
言葉にならない想いの中で恋する僕たちを
ただただ優しく見つめていたのだろうね
卒業はもうすぐそこまで迫っていた
ある日僕はカメラを持って一人
この街の見わたせる少し小高い丘の上に出かけたんだ
「きっと、戻って来るから」
誰にともなく僕はつぶやいてシャッターを切った
今までただ何も考えずに過ごしていたこの街の風景が
こんなにも特別に思えるのはなぜだろう
あれほど嫌がっていた学校前の長くて急な坂道さえ
僕にとって愛おしく思えるのはなぜだろう。
「この街に、君が居るから」
言い聞かせるようにつぶやきながら
僕は何度もシャッターを切った
春の強い風に飛ばされそうになるマフラーを抑えながら
僕の指先は色褪せることの無いこの街の景色を
しっかりと焼き付けていったんだ
25 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:24:13.94 ID:3YQYonAB0
「17歳・冬」
賑やかなジングルと飾られた電飾が
当たり前のようにこの季節を盛り上げていた
作り上げられた幻想の世界は
つかの間の平和をこの街に投げかけているようだった
「私はやっぱりオールドファッションが好き」
いつものドーナツショップで
楽しそうにそう言って笑う彼女の顔を
ぼんやりと見つめながら
僕は全く別の事を考えていたんだ
高校生活も3年が終わりに近づいていたよ
中学卒業と同時に引っ越した僕は
どうせ友達もいないし、行きたい高校なんて解らないから
という理由で
親の反対を押し切って
地元から離れた市内にある通信制の高校に入学していた
平日はバイト
夜はバンドや単車
時代はバブル真っ只中で
街にはPrincess Princessの曲が溢れ
僕のCDウォークマンからは
相変わらず尾崎の曲が流れていたのさ
26 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:27:29.65 ID:3YQYonAB0
通信制の学校は週に1度しか学校に行かなくていい
その代わり4年間の単位取得制で卒業になる
「みんなもう卒業するんだよな」
「え?」
「俺らの同級生、もう来年卒業だよな」
「ああ、そうね。でも、急にどうして?」
「さあ・・・」
「変なの。ねえ、コーヒーおかわりしていい?」
「ああ」
最近よく
あの街の事を思い出すんだ
はいはい映画化決定ね
↓AA
28 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:30:39.87 ID:3YQYonAB0
「16歳(回想)」
高校に入学して、16歳になってから僕はすぐに単車の免許を取った
初めての遠出であの街へ行ったよ
4時間かけてたどり着いたあの街は何も変わっていなかったね
ささやかな同窓会
「お前ら全然変わってないな」
そう言って笑う僕を
仲間は複雑な顔で見ていたよ
髪を染め
はやりのバンドスタイルで単車に乗り
バイトで稼いだ金でおごっている僕は
明らかに彼らとは違っていたしね
「お前らも卒業したら早くこんな街を出て、都会で暮らしなよ
腐っちまうぜ?」
見栄と憧れで持ち歩いていたポケットボトルに
わずかに残った味もわからないバーボンを喉に流し込みながら言う僕を
ススムはじっと見つめながら言ったんだ
「お前、今楽しいか?」
「ああ、最高にな」
「ならいいんだ」
「お前らは?」
「まあ、そこそこにな。期末試験近くて憂鬱だけどな」
そう言って、予想問題で盛り上がる彼らを僕は冷ややかな目で見ていたよ
「お子ちゃまだな、お前ら」
そう言ってタバコに火を点けた。
「ほら」
差し出すshort hopeをススムはやんわりと断った
ラグビーの同好会を作って毎日ハードな練習をしているから
タバコは体にひびくらしい
「お前ら全然変わってないな・・・」
僕はもう一度つぶやいた
29 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:32:41.40 ID:3YQYonAB0
「カナちゃんとはどうなったんだ?」
そう聞いてくるススムに
僕は笑いながら言ったね
「あの子もまだまだお子ちゃまだからな」
「そっか・・・」
連絡は取っていたんだ
いや
むしろ必死で連絡を取ろうとしていたと言った方がいいかな
バイトで稼いだ金の半分以上は県外通話でかさむテレホンカードの購入に消えていた
カナの事を
本気で愛している自分に気付いていた
僕らは遠距離恋愛という甘美な響きに惑わされるかのように
まるで綱渡りのような交際を続けていた
きっと彼女は
今の方がお互いの事をよく解り合えていると思っていただろうね
そばにいた頃はお互いあまり話もせず
それでもただ
一緒にいるというだけで幸せを感じられていた
そばにいる
たったそれだけの幸せを奪い去られるように遠く離れた僕らは
受話器越しに多くの事を語り合うようになっていたよ
一本の電話線だけが
僕と彼女との今にも切れてしまいそうな関係を
繋ぎ止めていたんだ
30 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:34:53.48 ID:3YQYonAB0
一本の電話線だけが
僕と彼女との今にも切れてしまいそうな関係を
繋ぎ止めていたんだ
夜の電話Boxで座り込み
もう指が覚えている彼女の電話番号をプッシュして
カードが切れるまでの会話に夢中になっている毎日
始めの頃はいつも想い出話に花が咲いたよ
放課後のデートや
当時の学校の様子とかさ
二人で早朝新聞配達をした事や
卒業式の日に始めて手をつないだ淡い想い出なんかも
やがて僕らは
お互いの近況を語り合うようになったんだ
その頃からだったと思う
僕のカナに対する会話に
嘘が溢れてきたのは
31 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:41:00.20 ID:3YQYonAB0
カナの受験の話や
同級生の話
「この前、リコ先輩に会ったんです
ススム先輩と相変わらずうまくいってるみたいでした」
寂しそうにそう言う彼女の声を聞きながら
僕は明らかな焦りと
そして訳の解らない嫉妬を感じていたんだ
遠くにいる自分
カナのために、何一つ彼氏らしいことが出来ない自分
カナの生活
自分の中途半端な学生生活
電話でしか繋がっていない
僕らの距離を
まるで埋め合わせようとでもするかのように
僕は必死で嘘をつくようになっていった
バンドはデビュー間近で
学校では人気者
毎日が忙しくて
新鮮で
そして夢に溢れている自分
ギターがなかなか上達せず
お情けでメンバーに入れてもらっていることも
バイトとたまの学校で
後は単車で夜中に走り回っている
そんな堕落した生活も
決して彼女には知られたくなかった
「やっぱり先輩は私の憧れです」
嬉しそうに言うカナの
その言葉を聞く一瞬だけが
僕にとってはまるで・・・
まるで麻薬のような慰めと安心感を産んだんだ
そして
その一瞬の快楽を手に入れるためだけに
僕の嘘はさらに積み重なっていったんだよ
虚像の中に
自分で自分を追い込んでいる事は解っていたけれど
自ら作り上げたその虚像に自分を合わせる勇気すら
僕には無くなっていたんだ
32 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 12:41:23.50 ID:EdBTGzYM0
くさい死ね
33 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 12:45:02.91 ID:3YQYonAB0
「でも、卒業したらこっちに戻って来るんだろ?」
ススムの質問にふと我に返った
中学の卒業式の日
仲間の前でしたカナとの約束を僕は思い出したよ
「僕は絶対に変わらないよ
高校出たら、きっと迎えに来るから」
期間限定の付き合いなどと言っていた
僕の思いがけない約束に
カナは涙を流してただうなずくだけだった
「わかんねぇ
あっちにも仲間がいるし
バンドも俺がいないと迷惑だし」
僕の嘘は
今や仲間に対しても膨張していたんだ
「そっか・・・
そうだよな・・・
お前にもお前の世界があるしな」
「ああ」
そう答えながらも
僕は言いようのない虚しさを感じていたよ
僕の世界?
嘘で固められた虚像の世界
そんなものなんて
ありはしないんだ
僕にあるのは
嘘を付く事でしか守り通せない
ちんけなプライドと見栄だけさ
当たり前の学生生活の中で、今だに青春を謳歌している仲間に
置いて行かれているような恐怖感にいつも怯えている僕は
「変わったな」って言われる、その一言だけを
自分勝手に美化しているだけなんだ
34 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:46:09.88 ID:3YQYonAB0
35 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:47:37.85 ID:3YQYonAB0
それからしばらくして僕は
カナに会うため、またあの街を訪れた
丘の上に母校の望める人通りの少ない川土手を、手を繋いで歩いたよ
会えない時間と距離を埋め合わせるには
僕らの時間は少なすぎたんだね
溢れてくる想いと裏腹に
取り繕っている僕の言葉は
情けないほどにわずかだったよ
立ち止まったトンネルの入り口で
初めてのぎこちないキスをした
「初めてだよ」
意味のないそんな言葉だけに
真実を込めたんだ
どれだけの嘘を付いても
そしてどれだけの見栄を張ってもね
彼女を想うその気持ちにだけは
嘘はなかったんだ
多くの嘘の上に重ねられた、たった一つの真実だけを頼りに
あの日僕はカナを強く
うん、強く抱き締めた
36 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:51:17.72 ID:3YQYonAB0
「17歳・冬」
「出ようか・・・」
僕は彼女の残していたドーナツのかけらを口に押し込むと
冷めたコーヒーで流し込んだ
早足で歩く僕を追いかけながら彼女は尋ねた
「ねえ、どこに行くの?」
「外」
「外は解ってるって」
「俺さ・・・」
「うん」
「バイト先の師匠に、卒業したらここに就職しろって言われたんだ」
「うん」
必死で付いてくる彼女の方を振り返ろうともせずに、僕は話を続けたよ
「見込みがあるから、将来は店を任してもいいってさ」
「うん」
「夜のバイトはやめて
今の店で落ち着こうかなって思ったりしてる」
「うん・・・」
37 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 12:51:58.19 ID:MInMrGpw0
メンタルの強さは評価する
38 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:54:01.79 ID:3YQYonAB0
僕は昼間、大工道具を主に扱う刃物屋でバイトをしていた
夜は知り合いのバーでバーテンの真似事みたいな事をしていたけれど
夜遊びの延長のようなもので、およそ仕事と言えるようなものではなかったね
「いつ独り立ち出来るか解んないけどな
卒業したら家を出るから」
「うん・・・」
立ち止まった僕に追い付いた彼女は
腕を絡めて、ポケットに突っ込んだ僕の手を握った
「だからそん時はさ」
「その時は?」
「俺のところに来いよ」
「えっ?」
「嫌か?」
彼女の目から涙が溢れてきた
「泣くなよ・・・」
「泣くよ・・・」
「何でだよ
気に入らないのか?」
「嬉しいからに決まってるでしょ」
「そっか・・・」
「でも本当にいいの?」
「何が?」
「本当に私でいいの?」
「ああ」
「シュウの中には・・・永遠の恋人が居るんでしょ?」
彼女の一言で
僕はまた意識が遠いあの街へと飛んで行くのを感じたよ
39 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:56:07.85 ID:3YQYonAB0
「16歳(回想)」
高校に入学してすぐに仲良くなったノボルは、いつでも能天気な奴だった
大の親友となった僕らは
毎晩のように単車を転がし、若さに任せて飲み明かしたものだ
ノボルは遠く離れた街にいるカナと僕との事を
心から応援してくれていたよ
一度だけ
ノボルと単車でカナに会いに行った事があるんだ
初めて会った彼女を
ノボルは絶賛したよ
ある日ノボルは
一人でカナの家に行ったんだ
遠出のツーリングの途中で寄ったのだとあいつは言っていたが
本当のところは解らないね
そしてその日
カナに対して付いていた僕の嘘はとうとう暴かれたんだ
40 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 12:58:52.93 ID:3YQYonAB0
嘘で固められた僕の現実を知ったカナは
いったいどんな思いでいたのだろう
「シュウごめん
俺、シュウがカナちゃんに
そんな嘘付いてるなんて全然知らんかったけん・・・
言ってくれとったら口裏あわせたんやけど・・・
ほんっとにゴメン・・・」
そう言って僕の部屋で土下座して謝るノボルを
僕は怒ることさえ出来なかったよ
情けなさと後悔が
後を絶たずに溢れた
ただ
なぜか沸き起こる不思議な安堵感に僕は当惑していたんだ
「カナちゃんに、電話しなくていい?」
「そうだな・・・」
「出来る?」
「ああ・・・しなきゃな・・・」
「何なら俺から・・・」
「いいよ、俺がすっから」
受話器から聞こえるカナの声は
不思議なくらいいつもと変わらなかった
まるで何事もなかったかのようなカナの反応に
僕は困惑し
そして怯えた
41 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:03:18.68 ID:3YQYonAB0
「カナ・・・?」
「いいんです」
「あのね、カナ・・・」
「いいんです
何があっても、先輩は先輩ですから」
僕の言い訳さえ聴こうとしない、カナの頑なとも言える優しさが
僕を余計に叩きのめした
控えめな電話交際はそれからも続いていたんだけれど
でも僕は
お互いの中に出来始めた溝が少しずつ大きくなっていっていることを
感じずにはいられなかったんだ
カナの優しさに触れれば触れるほど
そして
カナを想えば想うほど
その資格が無い自分を責める思いが
重たく圧し掛かって来る事は
僕の中では、どうすることも出来ない事実だったんだ
42 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:06:10.19 ID:3YQYonAB0
「カナ
僕はきっと 変わってしまったんだよ」
とうとう勇気を出して言ったあの日
いつもの電話boxの外には冷たい雨が降っていた
「先輩は変わってないです」
カナはそう言ったよ
「私が、先輩を信じられなくなってしまったんです」
そう言ってカナは泣いた
違うんだよ
変わってしまったのは僕なんだ
君の信頼や憧れを
裏切っていたのは僕なんだよ
そんな僕を、カナはただの一度も責めず
皮肉の一つも言わずに
ただ一生懸命に僕を想って
そして信じようとしてくれていた
カナは最後に言ったよ
「先輩は
私の宝物です」
きっとその日
僕の恋は終わったんだ
43 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:08:15.97 ID:3YQYonAB0
僕はもう、カナの憧れの先輩では無くなっていた
「宝物」は
大切にしまっておいたほうがいい
罪深い僕が
なおも君の「宝物」という名誉ある位置に置かせてもらえるならば
僕は君の中の宝箱にひっそりと身を隠そう
時々蓋を開けてくれたらいいからさ
時々
僕を想い出して
憧れだった僕も
嘘つきで見栄っ張りな僕も全部
時々眺めて
君の想い出を彩ることが出来れば
それでいいから・・・なんて、ちよっとくさすぎるよね
その日から僕は
永遠の恋人としてカナを心の中に置いた
大切なものを失ってしまった自分の罪の十字架を
自ら背負っていたかったのかもしれないんだ
きっとこの先
カナを超える人と出逢えるとは思わなかったし
誰かをそこまで愛せるとも
思わなかったよ
44 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 13:10:13.54 ID:HR7OeOK40
読んでて恥ずかしくなってくる…
作詞?ポエム?
45 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:10:52.11 ID:3YQYonAB0
今の彼女との付き合いが始まる時でも
僕の中にはカナの存在が大きく居座ったままだったんだ
自分の中にある
永遠の恋人の存在を認められるならばという
自分勝手で理不尽な条件を突き付けて始まった付き合い・・・
そんな僕に
今の彼女は何も言わずに付いて来てくれたよ
「俺の彼女は
お前だけだろ」
そう言って僕は
用意していたリングを彼女の指にはめたんだ
バイトで貯めた金でこっそり買っておいたサファイアのリング
ネオンも鮮やかに輝きだした都会の雑踏のど真ん中で
驚きを隠せない彼女の吐息が
冬の空気に白く溶け込んでいった
僕らは
長いキスを交わしたよ
その時
薬指に光る小さなサファイアを夜空にかざしながら、彼女は言ったんだ・・・
「やっとだね」
「何が?」
「やっと私、シュウの永遠の恋人を越えたんだね」
僕は時間が止まるのを感じたよ
得意気に微笑んでいる彼女をみつめながら
その時僕の口から出てきた言葉は、自分でも驚くようなものだった
「悪い
さっき言った事、全部取り消すから」
「え?」
「そのリングはお前にやるよ
とにかく、ごめん」
「ちょっと!」
唖然とする彼女にそれだけ言うと
僕は振り返って歩き出した
46 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:13:41.12 ID:3YQYonAB0
自分でも訳の分からない事をしているって解っていたんだ
彼女は必死で僕を追いかけ、僕の行く道をふさいだよ
涙と、謝罪と、懇願と、怒りと
そして罵声
人間の感情として
恐らくはあらん限りの感情をぶつけ
そして僕の頬を力いっぱい叩く彼女を僕はまるで他人事のように冷たく見下ろしていたんだ
カナを越えた?
お前が?
そんな事は誰にも判断させない
自分でさえ判断出来ないのに
目の前にいる、今はやりのボディコンスーツに
ワンレンの茶髪を振り乱して泣き叫ぶこの女はいったい何者なのだろう・・・
どうして僕は
満たされない想いの代償を
こんなにも安易に手に入れた気になっていたのだろう
僕は、ただ黙って彼女から離れたよ
彼女はもう追いかけてすら来なかった
最低な男だと思ったさ
いつまでも昔の想いを引きずって
そこから抜け出せない事を人のせいにして
自分を慰めている
相変わらずのただの安い見栄っ張り
クリスマスのイルミネーションで飾られた、この都会の街を行き交う人々は
僕らのそんなささやかな事件にはまるで無関心だった
僕は自分というこの醜い生き物の
僅かな存在すら消し去ろうとするかのように足早に雑踏を後にしたんだ
17歳、冬
僕の恋がまた一つ終わった
47 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:16:41.94 ID:3YQYonAB0
「19歳・春」
4月15日
尾崎が死んだ
つけっぱなしのテレビのテロップに流れた深夜の悲報に、僕は愕然とした
高校を卒業し
僕は家を出る準備を始めていたんだ
市内の部屋を借り
とりあえずバイトをしながら、やりたいことを探す・・・
そんな甘えきった将来設計に親は反対したけど
親元で暮らすのはうんざりだったしね
荷造りのダンボールから引っ張り出した尾崎のCDを眺めながら
僕はいつ止まるとも知れない涙をぬぐおうともせず
ただひたすら尾崎の歌声を胸に刻んだよ
「15の夜」も
「seventeen’s map」も
リアルタイムで僕の青春を飾っていた
「I Love You」」や
「Oh my little girl」は
過去の名曲なんかじゃあないんだ
早すぎた伝説などと、熱く語る特番のアナウンサー
今更尾崎を知った連中が見せる、その場しのぎの涙とコメント
そんなお祭り騒ぎのようなメディアの報道に
苛立ちを感じずにはいられなかった
48 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:19:56.84 ID:3YQYonAB0
きっと
どれほどの言葉を紡いだとしても
尾崎に対する
いや
彼の歌に込められた魂に対する僕の想いは
語り尽くすことは出来ないし
あえて語ろうとも思わないよ
口から出て来る言葉全てが安っぽく思えるほど
尾崎の歌は
僕の人生に欠かせないものだったから
彼の生き方を真似しようとか
彼の叫びに声を合わせようとかは思わない
ただ彼の歌う
そして搾り出す叫びは
何かを伝えたくても伝えられない
どうしようもないほどの僕の苦しみを代弁してくれていたんだと思う
埃をかぶって置き去りにされたステレオからは
いつまでも尾崎の歌声が流れていた
シェリー
俺はうまく笑えているか
俺の笑顔は卑屈じゃないかい
俺は誤解されてはいないかい
俺はまだ馬鹿と呼ばれているか
俺はまだまだ恨まれているか
俺に愛される資格はあるか
俺は決して間違っていないか
俺は真実へと歩いてるかい
19歳、春
僕の青春が終わった
49 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:25:02.68 ID:3YQYonAB0
「22歳・冬」
引っ切り無しに掛かって来る携帯電話にいい加減うんざりしていたよ
自分の親ほど年の離れた営業部下に僕は声を荒げた
「・・ったく、何度言ったら分かるんっすか!そのくらいの細かいことはそっちで判断してくださいよ
詳しい報告はミーティングでまとめて上げて下さい
いちいち指示するほど暇じゃあないんっすよ」
「しかし・・・」
まだ何か言いたそうな相手の言葉を無視して、僕は電話を切ったんだ
オフィスビルに囲まれた通りから見える空は
今日もスモッグに煙り
行き交う車の吐き出すガスに喉は痛んだ
50 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:27:34.31 ID:3YQYonAB0
この仕事に就いてようやく3年になろうとしていたよ
地方大手不動産会社が、サイドビジネスで始めた携帯電話の営業代理店で働き始めた僕は
大手企業に携帯電話を一括売却すると言う営業戦略が当たり
あっという間にこの部門のチーフディレクターに昇進した
折からの携帯端末値下げ方針でこの部門は驚くほど営業利益を上げてさ
ついには本体の不動産業務を吸収するまでになったんだ
会社は新たなビジネスに進出を試み不動産業界の絡みを利用して
アミューズメント施設の運営を始めた
その部門でもチーフディレクターを兼任した僕は
街のめぼしい所の土地を買い上げては、そこに新たな施設を立ち上げていったんだ
17箇所の施設のトータルディレクター
そして営業決済総責任者というのが、僕の肩書きだったよ
51 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:30:31.64 ID:3YQYonAB0
高校を卒業してすぐ家を出て、安いワンルームのアパートに住んでいた僕の生活は
この1年ほどで一変したね
都心のマンションの最上階に部屋を借り
趣味の悪いベンツを乗り回し銀行やゼネコンからの接待に明け暮れた
電話一つで1億近くの金が動くことも珍しくはなかったよ
バブルが弾けたとはいえ
僕にとってはこの状況こそがチャンスだと思えてならなかったんだ
眠らない街のネオンと酒は毎晩のように僕を誘い
金にぶら下がる女たちを手当たり次第に抱くことさえ
日常の些細なイベントでしかなかった
大きなプロジェクトがまた一つ軌道に乗ろうとしていた
僕の頭の中はすでに、今夜顔を出す店の事で一杯になっていたよ
ある都市銀行の支店長代理に電話を掛けた
52 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:34:40.43 ID:3YQYonAB0
「あ、ヤマモトさん?俺だけど」
「これは、いつもお世話になっております!」
「ちょっと喉かわいちゃってさー、今夜あたりどーヨ?」
「それはもう、喜んで!こちらから迎えに行かせますんで!」
「ああ。じゃあ、連絡してヨ」
「かしこまりました!」
電話を切った僕は、なんとなくおかしくなって
一人で苦笑いをしていたよ
マンガみたいだな、こんなの
こんな暮らしがある事を知ってはいたけれど
まさか自分がその一人になるなんてな
夢のようだなんて言うけど
実際ちょろいもんだな・・・
僕は人生を完全に舐めきっていたよ
手に入らないものなんて無いように思えていたからね
満員電車でもみくちゃにされながら必死で稼ぐ、そこらへんのサラリーマンの月収を
僕は一晩で使い果たすんだ
多少の罪悪感と躊躇は滑らかな酒で流し込めばいい
歩道に座り込むストリートミュージシャンのギターケースに
1万円札を放り込んで僕はタバコをふかした
彼は僕をチラリと見上げると
ギターをかき鳴らして唄い始めた
53 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:37:06.47 ID:3YQYonAB0
本当は
心のどこかにいつも訳の分からない
もどかしいようなむなしさを感じてはいたよ
何かが足りないこと
何か大切なことを
忘れたままになっていることに、気付いていないわけではなかったんだ
それでも
その大切な何かに気付く事を
僕は怖れていたんだね
自分の生活が
実は何一つ満たされてはいない事
僕の追い求めているものは
実のところ風のようにむなしいものである事
その全てに気付いていたとしても
僕はもう決して抜け出せない堕落のラビリンスに
足を踏み入れてしまっていたんだ
そんな僕を、あざ笑うかのように聴こえて来る彼の歌は
あえて避けていた僕の記憶を呼び起こさずにはいられない
尾崎の歌だった
「僕はきっと変わらないよ」
そう言って後にしたあの街
いったい僕の
何が変わらずにいるのだろうね
いったい僕は
あの苦おしいほどに真っ直ぐな生き方と引き替えに
何を手に入れたのだろう
金と欲望に渦巻くこの街に
あの輝いていた毎日は
すっかりかき消されてしまったよ
54 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:40:31.15 ID:3YQYonAB0
僕の思考を遮るように
また鳴り出す携帯のベル
僕は大切な何か
気付き始めた何かを脱ぎ捨てて
また電話に出るんだ
今日という一日の終わりを
僕はどう迎えるのだろう
そこにきっと
愛は無い
ただ目の前にある欲望だけを抱き締めて
僕は眠るのだろうね
ただ目の前にある金にしがみつく為に自分をさらけ出す
行きずりの娼婦のような女どもと
僕は少しも違っちゃあいないよ
ストレスやプレッシャーを
忘れられるその一瞬のために
失いそうな物の大きさが
圧し掛かってくる今日を
ただ忘れるために
そして目覚めた僕は
置き去りにされた夢の欠片と
どこの誰とも知らない女の寝顔に
ため息をつく
それだけの事
ただそれだけの事なんだ
22歳、春
確実に忍び寄る崩壊の足音に、僕は気付いてさえいなかった
>>3の前半までしか読んでないけど読んでる人いるの?
56 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 13:42:15.70 ID:QD+tOBoL0
おっちゃんがんばれ
読んではないけど応援してる
57 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:43:55.32 ID:3YQYonAB0
面倒臭い話ですが、読んで下さっている方がおられましたら本当にありがとうございます
話はもうそろそろ後半です
長くてすみません
58 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:44:34.84 ID:3YQYonAB0
59 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:45:09.74 ID:3YQYonAB0
全く読んではないけど何か文章をがんばって書いてるのは見てるよ。
おっさん応援してる
61 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:48:17.19 ID:3YQYonAB0
>>9 小説っぽくはないですね
すみません!
ジャンルはよくわかりませんが、ただただ書き連ねました
62 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:48:54.84 ID:3YQYonAB0
>>60 その評価だけで十分です!
本当にありがとうございます
>>59 >「青春」 なんていう
>>3のここまでは読んだけど文章の入り方はいいね。センス感じる。
がんばれ
64 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:50:12.05 ID:3YQYonAB0
65 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:51:37.98 ID:3YQYonAB0
「23歳・夏」
こもったタバコの煙を吐き出そうと、車の窓を開けたんだ
たちまち流れ込んでくる熱気に思わず顔をしかめると
僕はすぐに窓を閉めエアコンを強にした
「たく、最近の異常気象はどうにかしてるよな」
助手席の彼女は
そんな僕の苦情に一瞬だけ微笑んだ
ショップには(たまごっち)を手に入れようと並ぶ若者の列が
毎日のように長蛇の列を作っている
街には顔を真っ黒に焼いたアムラーが溢れ
そして僕のカーステレオからは
相変わらず尾崎の曲が流れていた
「なあ、どっか行きたいとこある?」
「どこでもいいよ」
そう言って彼女はぼんやりと外を眺めていた
「じゃあ、早めにホテル入るか」
「うん」
「こう暑くちゃあ、何もする気が起きないしな」
「うん」
言い訳がましく言う僕のセリフに
軽くうなずいて彼女は目を閉じた
僕らは旅行に来ていたんだ
もちろん
旅行といえば聞こえはいいが
現実はそんなものではなかった
66 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:54:19.94 ID:3YQYonAB0
高校を卒業して市内のある会社に就職した僕は
明らかに現実離れした生活を送っていたんだ
出始めの携帯電話の営業をしていた僕は
社内ではいつもトップのセールスを維持していた
市内の一等地に立つ2LDKの高級マンションに住み
眠らない街を飲み歩いたよ
およそ柄のいいとは言えない高級車を乗り回し
毎晩のように違う女を抱いた
うん・・・
少し大げさではあるけれど、そんな感じだったよ
会社の新しい事業を任された僕は
市内のあちらこちらに、新型のアミューズメント施設を立ち上げて行った
まだバブルの名残が残っているこの街では
全てが僕の成功を約束しているかのようだったね
銀行やクレジット会社は競うように僕から融資を取り付けていたし
増え続けていくクレジットカードの数は僕にとって
勲章のようなものだったよ
地方の情報誌に、やり手の若手ビジネスマンとして
紹介されたりもしてね
でもね
そんなうかれた僕を
バブル崩壊の余波は確実に飲み込んでいったんだ
67 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 13:57:09.50 ID:3YQYonAB0
瞬く間に店舗はつぶれ
残った負債の埋め合わせに借金を重ね始めた頃になっても
僕は事の重大さに気付かないふりをしていたんだ
一度知った甘い生活の味を忘れられるほど
僕は大人ではなかったよ
まもなく会社は倒産し
僕は職を失った
付き合いのあった子会社の社長がお情けで僕を拾ってくれ
今では人手に渡ってしまった
自分の建てたアミューズメント施設の雇われ店長になっていたよ
収入が変わっても
生活は変えられなかったんだ
高校の後輩だった彼女と偶然再会したのは
店の金に手をつけ始め
その埋め合わせに決算前に借金を重ねるという
そんなお約束の泥沼にはまり込んでいたちょうどその頃だったよ
結婚して2歳の子供を抱えていた後輩の彼女は
仕方なく引っ越した僕の安アパートに来ては旦那の事で愚痴をこぼし
別れたいと泣いたものだ
梅雨の蒸し暑い雨の晩
僕は彼女を抱いた
68 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:00:07.85 ID:3YQYonAB0
「別れてこいよ
そして俺のところに来ればいい」
そう言う僕に
彼女は泣きながら身を任せた
彼女は僕のアパートに転がり込んできたが
離婚の原因となった僕との交際を彼女の親が認めるはずもなく
子供は彼女の親に引き取られたままだったんだ
アパートの家賃はいつ追い出されてもいいくらいに滞納していたし
家の電話も、電気も、ガスも全部止められそうになっていた
それから僕らは旅に出たんだ
昔バイトでお世話になり
今だによく面倒を見てくれていた先輩に金を借りた
先輩は、僕の会社が潰れてからも僕から離れていかなかった
数少ない友人の一人だった
オーストラリアの大学に行くと言って
就職せずに必死にバイトで貯めた50万円の貯金を
先輩は何も言わずに貸してくれた
1週間で返しますと頭を下げたけれど
もちろん返すあては無かったし
正直に言えば返すつもりも無かった
転がり落ちるような最悪の生活の中で
僕にとってはもはや
友情や信頼と言ったものは何の意味も持っていなかったんだ
ただ彼女と過ごす
堕落した生活だけが
僕の中にわずかに残った生きることに対する執着心を
かすかに灯し続けていたみたいだった
69 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:02:27.04 ID:3YQYonAB0
二度とあの街には戻らないつもりでアパートを出てから、もう3週間になる
昼間はパチンコで時間をつぶし
夜は目に入ったファッションホテルを転々としながら
僕らはあの巨大な街から離れて行った
「シュウ君の育った街に行ってみようよ」
アパートを出てすぐに彼女はこう言ったが
僕は首を振ったよ
「行ったって楽しくないよ
何にも無い所だから」
「でも、想い出の街だって
昔からいつも言っていたでしょ?
シュウ君の育った街
私も見てみたい」
僕は黙って車を走らせた
この街からも
そしてこんな僕を受け入れてくれるはずも無い
あの街からも
出来るだけ遠くへ逃げたかったんだ
70 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:04:39.54 ID:3YQYonAB0
旅行資金は底を付こうとしていた
自分たちのしている事が
単なるその場しのぎのゲームに過ぎないことは
解っていたよ
いつか必ず
終わりが来る事
こんな暮らしも
そして僕らの
傷を舐め合うような付き合いも
「このへん、いい加減田舎だな
ホテルもありゃしない」
舌打ちしながら言う僕に、彼女はポツリと言った
「ねえ」
「ん?」
「帰ろっか・・・」
71 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:07:32.92 ID:3YQYonAB0
驚きはしなかったよ
いつかどちらかが言わなければならない言葉だとは
解っていたんだ
ただ
どちらが先に言うかというだけの
問題だった気がする
お互いの中で微かに覚悟していた
もう一つの恐ろしい選択
死 という選択が彼女の口から出て来なかった事に
僕はなぜか安堵していたんだ
「子供にね・・・逢いたいの」
彼女はそう言って涙を流した
「ああ」
僕は、タバコをくわえた
彼女が火を点ける
水商売をしていた彼女の
手馴れたこの癖が僕は嫌いだった
「明日・・・帰ろう」
「いいの?」
「ああ」
車内にこもった煙で
顔をしかめた
どうしてこんな風になってしまったのかな
どこかでリセットしなきゃいけない事は解っていても
僕は相変わらず見栄っ張りで
嘘つきで
そして自分勝手な男だったよ
72 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:11:16.60 ID:3YQYonAB0
やっと見つけた安っぽいホテルに
僕らは泊まった
汚れきった身体を禊ぐかのように
そして
愚かな自分たちの姿を心のどこかに刻み付けようとでもするかのように
僕らはただがむしゃらに抱き合った
目が覚めた時
彼女の姿はそこになかった
【シュウ君の育った街 いつかきっと見に行きます ありがとう】
小さな冷蔵庫の上で
エアコンの風を受けて小刻みに揺れていた彼女の手紙
朝早くにタクシーで出て行ったと、慌ててフロントに電話した僕に
迷惑さを前面に出した声でフロントのおばさんは言った
今にも飛んで行きそうな薄っぺらな別れを
上に置かれた彼女のライターと小さな指輪だけが
かろうじて押さえつけていた
灰皿の上でゆっくりと灰になってゆく
あっけないほどに儚い
僕らの終わりが放つ小さな炎で
僕はタバコに火を点けたんだ
僕も帰ろうと思った
終わった夢にけじめをつけるために
そして
悪夢のような生活に終わりを告げるために
73 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:13:49.60 ID:3YQYonAB0
実家に電話をした僕に
おふくろはまず怒鳴り散らし
そして泣き
最後に帰って来なさいと言ったよ
「お父さんには話してあげるから、早く、気を付けてね」
借金の催促が実家まで行き
音信不通になった息子の捜索願いを出そうとしていた矢先の事だった
電話Boxを出ようとした僕はふと立ち止まった
僕の指は・・・
そう、僕の指は
掛け慣れたあの番号を覚えていたんだね
受話器から聞こえてきたのは
懐かしいカナの声だった
ためらいながら受話器を戻そうとする僕の耳に
カナの大きな声が聞こえたんだ
「先輩っ!・・・?」
ひとこと目の声がいつも大きかったカナのクセを想い出して
僕は思わず微笑んだ
「・・・ああ、僕だよ」
「やっぱり」
「よく・・・わかったね」
「だって先輩の電話はいつもひとこと目が遅いから」
そう言ってカナは笑った
74 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:16:22.37 ID:3YQYonAB0
カナは饒舌だったよ
よく話し
そしてよく笑った
友達の事
仕事の事
そして、彼氏の事
「カナ、幸せかい?」
「うん。先輩は?」
「ああ・・・幸せだよ」
僕は
最後の嘘を付いたんだ
僕も
幸せになろう・・・
うん、きっと
きっと幸せになるよ
そしてこの嘘が
いつか嘘じゃあなくなったら
また君の街を訪ねようと思うんだ
75 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:18:34.06 ID:3YQYonAB0
「じゃあ・・・いつかまた」
「はい・・・今度はいつになりますかねえ?
今日だって3年ぶりでしょう?」
「ああ、そうだね」
「私、家を出ているかもですよ」
「そうだね」
「でも、それでいいんですよね」
「ん?」
「先輩も、私も・・・
それでいいんですよね」
「ああ・・・それでいいんだよ」
「先輩?」
「ん?」
「何かあったんでしょう?」
僕はその質問には答えずに
その代わりずっと伝えたかった一言を
カナに投げかけたんだ
「カナはね・・・」
「はい?」
「カナは、僕の永遠の恋人だから」
「はい!
先輩も、私の宝物です」
そう言ってカナはまた笑った
23歳、夏
僕の中で何かが変わろうとしていた
76 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:21:45.17 ID:3YQYonAB0
「26歳・秋」
残暑の厳しい一日だった
頭に巻いていたタオルを絞ると、汗が滴り落ちた
世紀末に予言されていた恐怖の大王は未だに訪れていなかったよ
いたるところでGLAYの曲が流されており
街には似たような三つ釦スーツに身を包んだ暑苦しい若者が溢れ
そして僕のMDウォークマンからは
やっぱり尾崎の曲が流れていたね
3年前のあの日
僕は実家に帰ってから親に頭を下げたよ
借金を返すまで家に置いて下さいって
あんなに嫌がっていた家に転がり込んだ
そして先輩のところに行ったんだ
気が遠くなるほど殴られたよ
僕はひたすら謝り
どうしても返さないといけない人がいるからと親に立て替えてもらったお金を、先輩に返したんだ
先輩は言ったよ
「お前が金を持ち逃げしたことが悔しいんやない
何で俺に正直に相談せんかったんかが悔しいんや」
僕は、二度と先輩の信用を取り戻すことは出来ないだろうと思っていた
そんな僕に先輩は水で濡らしたタオルを放り投げて言ったんだ
「その面が治ったらまた来い」
涙が止まらなかったよ
何でこんな僕を許そうとしてくれているのだろうね
何でこんな僕の事をまた信じようとしてくれているのだろう
嘘つきで見栄っ張りな僕は
逆に人を信じるという気持ちさえも忘れてしまっていたんだ
77 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:23:53.39 ID:3YQYonAB0
その次の日から、僕はがむしゃらに働いたよ
昼間は建設現場で鳶の仕事をし夜は道路に立って旗を振った
少しずつだけど、確実に借金を返していったよ
遊びもしなかったし彼女も作らなかった
酒もタバコもやめてね、稼いだ金を全部借金の返済に充てたんだ
3年たった今日
やっと借金を払い終わった
3年という時間をかけなければ取り戻せないほど
僕の失ってしまった信頼や
そして友情は
大きなものだったんだね
鳶の親方や仲間が僕の借金返済を祝ってくれた
「ようがんばったな」
そういって親方は僕の頭を力いっぱいたたいたよ
「お前、この後どうするんだ?」
「まだわかんないっス」
「ここで働け」
僕は常々、借金を返すまではよろしくお願いしますと親方に言っていたんだ
親方は夜勤などの現場が出た時には、優先的に僕を行かせてくれた
その方が日当が高いからね
残業もすすんでやったよ
僕の借金がこんなに早く返せたのは、ひとえに親方の協力があったからに他ならないね
「はい。お世話になります」
それからの事は
よく覚えていないんだ
お祝い会は大いに盛り上がり
3年ぶりに飲んだ酒に、僕は初めて酔いつぶれて記憶を失った
78 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 14:25:21.35 ID:qSXNE1yBi
今北産業
79 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:27:12.64 ID:3YQYonAB0
次の日の朝気が付くと事務所で寝ていたよ
ふらふらする頭と開ききっていない目を、朝日が眩しく突き刺した
頭を抑えながら起き上がった僕を事務の女の子が笑いながら冷やかした
「親方がね、1週間休みをやるって
今まで休み無しで頑張ったから、ご褒美の有給休暇だって言ってましたよ
それからこれ、特別ボーナスですって
みんな羨ましがってましたよ」
僕は差し出された封筒を受け取った
びっくりするような金額が入っていたよ
あわてて親方の携帯に電話した
「おう、やっと起きたか」
「親方、あの・・・金・・・」
「ああ、気にすんな!お前の積み立てだ」
そう言って笑う親方
「ありがとうございます」
「いいから、ちっとばかりゆっくりしてこい
帰ってきたらまたこき使ってやるから」
「・・・ありがとうございます」
僕は何度も親方に礼を言った
81 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:29:04.02 ID:3YQYonAB0
82 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:29:49.83 ID:3YQYonAB0
昼過ぎになって
ようやく頭痛が治まってきた
ごそごそと支度を始める
「あ、お出かけですか?」
「ああ お言葉に甘えて、ちょっと行って来るよ」
「どこに行かれるんですか?」
「うーん・・・大切なとこかな・・・」
「あっ、もしかして彼女さんですか?」
「はは、どうかな」
「気をつけて、行ってらっしゃい」
「ありがとう」
僕は親方に「乗っていないから使え」と言われて貸してもらったビートルに乗り込んでキーを回した
へそ曲がりのビートルはしばらく駄々をこねていたが
やがて青空の下に心地いい音を響かせて動き出した
アクセルを踏み込んで
南へと車を走らせたんだ
行きたい場所は
一つしか思いつかなかったよ
83 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:32:44.55 ID:3YQYonAB0
高速が通って便利になったあの街は
車で2時間の距離になっていた
10年ぶりに訪れた街は驚くほど変わっていたよ
観光に力を入れ始めたらしく
道路は整備され、小奇麗な店が立ち並んでいた
あんなに長くて広く感じた校舎の前の坂道はあっけないほどに狭く、短かった
母校には新しい体育館が建ち
渡り廊下の丸窓だけが、当時の記憶をよみがえらせたよ
街に入ってしばらくして、僕は電話Boxの前に車を停めたんだ
僕の指はまるで魔法のように
滑らかにボタンを押していたよ
聞き覚えのある彼女のお母さんの声が受話器から響いてきた
「カナはねえ、結婚して、家を出とるんよ」
「そうでしたか」
「おたく、カナの中学の先輩やろ?カナが言っとったわ、いつか連絡があるかもって。
連絡先教えようね」
「あ、いえ
大丈夫です」
「どうして?あの子も待ってるやろうし」
「すいません
本当に大丈夫ですので
元気にしているとだけ、お伝えください」
そう言って僕は電話を切ったよ
なぜか嬉しかったんだ
カナが、結婚しているという事は覚悟していたものの
幸せに暮らしているとのお母さんの言葉は、僕にとっては何よりものいい知らせだったんだ
84 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:34:52.02 ID:3YQYonAB0
連絡を取ろうとした仲間はみんな、家を出ていたよ
ススムは高校を出て警察官になり、今では関西にいると聞いた
アイツらしいと言えばアイツらしいな
みんな、それぞれの人生をそれぞれの場所で精一杯生きているんだろうな
でも
僕はこうして帰ってきた
やっと・・・
うん・・・やっと、この街に帰ってこれたんだ
流れてゆく時間も
すれ違ってゆく人たちも
薄れてゆく想い出も
忘れられない人も全部
こうしていつか自分だけの故郷に帰る日が来るんだろうな
そこには
大切に思っていた仲間はもういないかもしれない
街の風景も
匂いも
変わってしまっているかもしれない
でも故郷ってさ
そういうもの全部を包み込んでしまうくらい
僕らにとっては大きくって
大切なものなんだろうな
26歳、秋
僕に故郷が出来た
そして・・・
僕の中の永遠の恋人が
その想い出が
その出逢いが
宝物に変わった
85 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:37:27.70 ID:3YQYonAB0
「36歳・春」
丘の上に停めた車から降りた僕は
大きく背伸びをした
青く澄み渡った空はどこまでも遠く
はるか彼方に見える海との境界さえ曖昧にしている
心地よい風を胸いっぱいに吸い込んでから
僕は助手席のドアを開けた
10年ぶりに
僕は故郷を訪れていたんだ
この10年間で、僕の生活もまた大きく変わっていたよ
恋をして
愛を紡ぎ
結婚をした
この街のことも
そしてカナの事も知らない
しっかり者のかわいい妻との間に娘が産まれた
親方はそれを期に
僕が親方の会社を辞めて
親会社の社員になるようにと薦めたんだ
何度も断る僕に
「子供まで出来て、いつまでも日雇いで働いてちゃいかん
ここはもうお前が働く所やない
家族のためだ」
と言って聴かなかった
僕は親会社に就職し
それなりに毎日をこなしている
ふと気がつくと
10年がたっていたんだね
あっという間の10年間で
僕もいっぱしの親父になったよ
仕事の空きを利用して
娘とこの街に来ようと思い立ったのは
この10年という
切りのいい年月のせいかもしれない
86 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:39:31.76 ID:3YQYonAB0
「ここが、パパの宝物なの?」
来年には小学校に上がる娘は
僕の手を取って助手席から降りると
不思議そうに尋ねた
「ああ、そうだよ」
「ふーん・・・」
「パパにはね
4つの大切な宝物があるんだ」
「なあに?」
「1つは、家族だよ」
「うん!」
娘は嬉しそうにうなずいた
「2つ目は友達」
「ノボルおじちゃんとか?」
「そうだね」
高校時代から腐れ縁のノボルも
今では3児の父親になり
なんだかんだで
今だに家族ぐるみの付き合いが続いている
僕は続けたよ
「そして3つ目が、この街」
「ふーん・・・どうして?」
「ここはパパが育った場所だからだよ
ここには、パパの大切な想い出がたーっくさんあるんだ」
「へえー
じゃあ、4つ目は?」
娘は小さな指をぎこちなく4本立てて尋ねた
「4つ目は・・・」
「うん!」
「ふふ・・4つ目は、秘密だよ」
「ずるーい!」
たちまち頬を膨らませて抗議する娘の頭を撫でながら
僕は言うんだ
「大きくなったら、教えてあげるよ」
87 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:42:31.26 ID:3YQYonAB0
ああ
きっと教えてあげよう
いつかこの子が恋をして
幸せを感じたり
涙を流したり
実る恋や
実らない恋を知って
人を傷つけることも
傷つけられる事も理解してさ
忘れられない素敵な出来事を
たくさん積み重ねて
そんな出来事が一つ一つ
想い出へと変わっていってね
そしていつかこの子の心の中に
美しく溢れる想い出たちが納まるほどの
宝箱が出来たら
その時僕は
僕の大切な宝物の
話をしてあげよう
「ぜーったいに?」
「ああ」
小さな小指を突き出しながら
娘が尋ねる
88 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:44:41.64 ID:3YQYonAB0
「絶対に
カナが大きくなったら教えてくれるの?」
「ああ、もちろん」
「本当に?」
「ああ、約束だ。」
「うん!約束!」
無邪気に微笑む娘を抱き上げて
僕は優しくキスをしたよ
かつて通い続けた校門前の坂道を
部活の生徒が駆け上がっている
後輩と言うにはあまりにも年の離れた生徒たちに
娘は笑顔で手を振っている
僕はもう一度胸いっぱいに
この街の空気を吸い込んだんだ
無鉄砲で
怖いもの知らずで
ただがむしゃらに生きていたあの頃
仲間と過ごすこの小さな校舎の
わずかな時間こそが
自分たちの知りうる
全ての世界だったあの日々
変わってしまう
人や街並みや
風景
その全てがあったとしても
今も優しく桜の咲き誇る
この坂道の風景は
僕の中では
きっといつまでも変わらない事だろうね
心の中の宝箱に大切に収めた宝物は
決して色褪せることなく
僕らの青春と言う日々に彩りを添えてゆくものなのだから
89 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:47:11.82 ID:3YQYonAB0
遠くに聴こえる汽笛の音が
どこまでも青いこの街の空に吸い込まれていった
ふと坂の下に目をやると
小学生ぐらいの男の子をつれた母親が
ゆっくりと
この美しい桜を眺めながら
登って来るのに気付いたんだ
目が大きくて…
笑顔の素敵な…
懐かしい…
いや、
忘れもしないその顔は・・
僕のカーステレオからは
今も変わらない
尾崎の歌声が流れている
90 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:49:35.38 ID:3YQYonAB0
「エピローグ そしてプロローグへと」
「青春」 なんていう
青臭い言葉のど真ん中にいた頃の話さ
街にはデビューしたばかりの光GENJIの曲が溢れ
そして僕のラジカセからは
いつも尾崎の歌が流れていたよ
人生の岐路と言うものに初めて直面し
不安や希望でごちゃ混ぜになった心に
戸惑っていた毎日
誰かを真剣に愛することを知り
その喜びや、恥ずかしさや
感動や、むずかゆさや切なさに
戸惑いを覚えていた毎日
明らかに容量オーバーになった想いのやり場を探すかのように
僕らは必死で言葉を捜していたね
91 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:51:45.76 ID:3YQYonAB0
「僕はきっと変わらないよ。
うん、絶対に変わらない」
いつも繰り返した僕の口癖は
いったいどれほどの慰めと不安を
君に与えていたのだろう
夏の終わりを感じさせる
夕暮れの涼しい風の中
風を抱いて踊っていた
君の髪から流れてくる甘い香りを
僕は今でも覚えているんだ
今の自分をいつか振り返る日が来ることは
解っていたよ
そしてその時の自分は
おそらく今の自分とは違うんだという現実も
君はもちろん
きっと僕にも解っていたんだと思う
ただ
それを認めることが
無性に腹立たしかったんだ
何か得体の知れない敵に
一方的にやられてしまうのを
ただ指をくわえて見ているだけのような気がしてさ
僕らは必死にあがき
必死に生きていた
92 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:53:49.31 ID:3YQYonAB0
若さと言う無鉄砲さが生み出す武器を
僕らはなすすべも無く
もてあましていたような気がする
いったい何と戦っているのかさえも
解らずにね
ただじっとしていられないような
そんな若い衝動に身を任せていた
あの切なくも輝かしい日々
きっと想い出というものは
時に優しく
そして時には無情なまでに
正直に蘇る
だけどきっと
そんなものの一つ一つを積み重ねて
僕らは今を生きているんだ
あの時にしか
出来なかったことがある
あの時にしか
言えなかった言葉もある
そして
今だから言える事があるんだ
93 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:55:57.34 ID:3YQYonAB0
僕には
4つの大切な
宝物がある
守るべき家族
僕を取り巻く全ての友
大切な故郷
そして
君を含めた全ての人との
出逢いという奇跡
今ゆっくりと坂道を上って来る君を
こうして偶然にも見つけた奇跡
それも僕の宝物だよ
でも
でもね
僕は
君に声は掛けないでおくよ
僕らが手を引いている
お互いの小さな宝物に
僕らの奇跡を教えるには
まだ早すぎるんだ
94 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 14:58:24.57 ID:3YQYonAB0
だから
だから僕のこの物語には
終わりがない
僕にこれからも
奇跡と呼べる出逢いが訪れる限り
例えばそれが
いつかきっとまた出逢える
君との出逢いでも
まだ名も知らない
誰かとの出逢いでも
僕に奇跡と呼べる
出逢いが訪れる限り
僕の宝物は
増え続けてゆくんだ
エピローグからプロローグへと
終わらない物語を
生きゆくままに
僕は綴ろう
バックミラーに小さくなってゆく
懐かしい君の姿に
僕は心の中でつぶやいた
この街で君に出逢えた事を
僕は誇りに想っているよ
終
Fin
95 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 15:01:28.90 ID:3YQYonAB0
一年前に
妻が他界しました
妻に伝えたかった自分自身の過去の話を
やっとこうして形にすることが出来ました
読んで下さった皆様
本当にありがとうございました
96 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 15:50:10.16 ID:3U0oaXc0P
歌詞?
97 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 15:54:45.89 ID:3U0oaXc0P
飛ばし飛ばし見たけど矢沢あいを思い出した
98 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 16:10:03.24 ID:QD+tOBoL0
おっちゃんおつ!
奥さんにご冥福を
次はちゃんと伝えてあげてねっ
あとで読むねっ
99 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 16:10:52.27 ID:9Nn2wpgPi
>>96 一応物語風にしてるんですが、エピローグやプロローグは歌詞っぽくなってしまいました
100 :
◆6GjkMUo4Hg :2013/10/11(金) 16:13:45.54 ID:9Nn2wpgPi
>>98 ありがとうございます!
本当に自己満足なのですが、形に出来て良かったです
102 :
忍法帖【Lv=12,xxxPT】(1+0:8) :2013/10/11(金) 18:05:33.31 ID:LKh9mEou0
乙!
結局全て読んだよw
103 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 19:27:17.26 ID:9KUIqll+0
全部読んだ
人生楽しんでて裏山展開かと思ったらなんかドロドロしてたな
長生きしろよおっさん
104 :
名も無き被検体774号+:2013/10/11(金) 20:11:03.39 ID:3TpUl4UHi
ようやく読み終わったー
お疲れさん
面白かったがお前キモいな