来夏「紗羽が居なくても、寂しくなんてないよ」

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1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:20:22.03 ID:dGv/snSJ0
途中で10分くらい抜ける可能性あります。
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:20:50.19 ID:S3L5b3ea0
代行ありがとうございます
3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:20:53.83 ID:XICQWmxl0
来夏「紗羽のまんこ好きだったよ・・・・・・・」
4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:21:55.84 ID:S3L5b3ea0
「納得できるまで」

それは三学期が始まった頃だった。
合唱部の友人である、田中大智が推薦で合格したとの知らせを聞いて集まった時のことである。

寒い海岸際での言葉。突如として決まった……いや、もっと前には決められていた、沖田紗羽の留学。
卒業式を待たずして、夢の挑戦をするために海外へと発つ決意。
何もかも知らない環境、慣れない土地で単身挑む勇気。
誰もが、その心を尊重して送り出していった。

当日の空港。
涙を瞳に潤ませつつ、みながそれぞれ別れの言葉をかわす。
惜しまれつつも、紗羽はエールを背に日本を旅立っていった。

溺愛していた娘の独り立ちに涙する父 正一。厳しい言葉をかけながらも全力で背中を押した母の志保。

応援すると決めた合唱部のメンバー、不器用なりにも最後の最後で言葉を伝えた大智。

誰もが、寂しさの中に激励を込めて送り出した。
もちろん、そうしている間にも時間は進んで行く。寂しいから、という理由だけで今を止めることは出来ない。

特に紗羽と仲の良かった合唱部も、残り一か月を切った学校生活に各々戻り始めていた。


一人を除いて。
5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:22:54.92 ID:S3L5b3ea0
「おはよう、来夏」
「……おはよ、和奏」

朝の寒い日であった。
教室上部に取り付けられている暖房器具の温風を、直に浴びる位置。
自転車登校で身体を動かしたにも関わらず、末端が冷えるので暖を求めて向かった先

そこに座席を持っている友人の宮本来夏へと、坂井和奏は朝の挨拶を交わした。

温かさで少し呆けていたのだろうか。来夏の返事は、少しだけ間があった。

「眠い?」
「ん?」

普段なら、明るい返事をする来夏なのだ。朝も決して弱いわけではないはず。
なのに、頬杖をつき窓外に広がる鈍色の空を眺めるなんて、どうにも来夏らしくない。
違和感を覚えて、和奏が質問をしてみる。

「眠くないよ」
「じゃあ、体調悪いとか?」
「ううん。元気だよ」
6以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:24:12.22 ID:dGv/snSJ0
ちょっとだけ支援
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:24:57.91 ID:S3L5b3ea0
姿勢を解き、机の上に手を乗せながら来夏は優しく笑う。
顔色は悪くもない、声も普通。表情の作り方だって健全だ。

けれども、和奏が感じ取ってしまう奇妙な相違点。

(なんだか、勢いがないというか……)

何か大事な物を失ってしまったかのように。

覇気が感じられない。
今やりたいこと、やるべきこと、やらなきゃいけないこと。
それを、無事にみんなの助力を得て完遂させた白祭。

来夏の学校生活の中で、ランク付けをすれば1位に入るであろう力の入れ方。
そんな大イベントが終わっても、ここまで燃え尽きたかのような状態には、ならなかっただろう。

では、一体何が原因なのか?

温かい風の流れる場所に手を広げて、悴んだ指先に血液を巡らせつつも和奏は思った。


それは多分、紗羽が居ないからだろう。
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:27:47.93 ID:S3L5b3ea0
チラリと、来夏の席から数人分、後ろを見据える。
今までならば、きっともうこの時間には座っているであろう人物。
合唱部の結成を手伝い、共に苦楽を経験した親友。

沖田紗羽は、もう教室にはいない。

もし、居たとすれば。
きっと、卒業旅行の話を和奏と同じように、暖を取りつつ話していただろう。
進路先のことや、受験のこと。楽しかった思い出や、次の授業の内容など。他愛ない話をしていたに違いない。

でも、今はいない。
二人よりも背が高く活発で男勝りな少女は、既に卒業扱いとして白浜坂高校への登校義務を無くしていた。
今年で廃校になることから、卒業生を一人でも確保したいという配慮らしい。

「田中はどう思う?」
「どうって……」

いつものように、一日の学課を修了した後だった。
自転車置き場へ向かう田中と、和奏は鉢合わせた。
何とはなしに、そのことを尋ねてみたが……

「そんなん、誰だってそうじゃねーのか? 坂井も、そうだろ?」
「まあ……それは……。でも、来夏は長すぎるっていうか」

重すぎるというか……。
伏し目がちに和奏は言う。
9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:30:20.68 ID:S3L5b3ea0
「あいつら、前から仲良かったからな。仕方ないと思うぞ」
「……」

それだけで片付けて良いのだろうか。
今日も、いつものように、当たり前みたいに時間は過ぎていった。
予習した授業を終え、教科書の一文を読み、体育で汗を流し、昼食を済ませ、眠気と戦いながら放課後を待つ。

当たり前のことだけど。当然のことなのだけれど。
そこに、意味がなくて良いわけがない。
残された、十数日。人生にしてみれば一瞬のことかもしれないけれど、二度とは戻せない時間。

短くても、限りがあっても、だからこそ一生懸命に過ごすべきではないのだろうか。

「つか、俺に相談されても……」
「大事な友達のことでしょ」
「それはそうだけど……俺よりも、普通に女友達に聞いた方が良いんじゃねーのか?」
「来夏のことをちゃんと知ってて、私とも付き合いのある友達って、紗羽ぐらいだよ?」
「ああ……確かに……」
「なに?」
「いや、別に」
「友達少なくて可哀相とか思ってない?」
「そんなことないぞ」
「田中だって、同じじゃん」
「う……」
10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:32:39.75 ID:S3L5b3ea0
居ないことはない。けれど、非常に数が少ない。
和奏も田中も、その点に関しては共通していた。
人の心を動かす、他人にはない何かを持っているのも同じなのだが、友人作りとはまた少し別である。

「そうなんだ。気づかなかったよ」

というわけで、来夏と紗羽を知り、尚且つ自分たちの友人でもあるもう一人。
前田敦博、通称ウィーンに田中は相談を持ちかけてみた。

話を切りだしたのは、一時間目の体育で。
寒空の下、精神面や肉体面を鍛えるマラソンを行っている最中だった。

この時間のみ、普段は別々の場所で行われる体育でも、男女入り混じって行われる。
陸上部の長距離走が得意な人は、意気揚揚と前を走り。
体力があるはずの、サッカー部や野球部の連中は何故か、ちんたらと走っていたり。
それぞれの個性が表れる中で、田中とウィーンは適度な速度で息を弾ませつつも、共に走っていた。

「ま、俺も坂井に言われなきゃ、気づかなかったけどな」
「紗羽が居なくて、寂しいのは僕だけじゃなかったんだね」
「そうだな」
11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:33:47.80 ID:dGv/snSJ0
C
12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:35:39.95 ID:S3L5b3ea0
ふと、田中とウィーンは少し前方を走る、来夏を見た。
明るい髪色の癖毛は走った振動で跳ねているのか、はたまた地毛なのかわからない。
運動神経や体力面で言うなら、男子のが上だ。
何故、来夏がそんな二人の前を走っているかと言えば、単に周回遅れをしているからである。

話せる程度のスピードにも関わらず、来夏は実質、更にその後ろを走っているわけだ。
マラソンは苦手と言っていたが、それにしては遅過ぎであろう。

「つっても、俺たちに何が出来るって話だよな」
「励ませばいいんじゃないのかな?」
「そりゃそうだけど……どうやって?」
「うーん……」

足を動かしながら、ウィーンは考える。
そして、何かを思いつくと長い袖のジャージをまくりつつ駆け出して行った。

「ウィーン?」
「大智、僕たちはいつも音楽でつながってきたんだ! それを忘れちゃいけないよね!」
「は?」

嬉しそうに、前へ前へと進んで行く。来夏はすぐ目の前だった。
13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:38:10.07 ID:Lb7OfUtH0
長くて読むのだりぃ
読んでる奴いねぇだろ
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:38:37.56 ID:S3L5b3ea0
「来夏!」
「ん?」

汗一つかいてない表情で、来夏は声を聴いて振り向く。
そのまま横へ並ぶと、ウィーンは大きく息を吸ってから、顔を前に向けたまま声を発した。

「はーなーれていてーもー♪ とおーくぅでーもぉー♪
 僕らはーいーつだあってー、一緒だーったはずーさー♪」
「ウィーン?」
「来夏、僕と歌わない?」
「え?」

今度は顔をちゃんと向けて、ウィーンは言う。
身長差があるので、横というよりも下に動かしたように見えるが。
来夏はきょとんとしつつも、いつもの奇行による耐性が出来てたおかげか、会話を続ける。

「今、体育の時間なんだけど」
「音楽はいつだって、あるものだよ。今が何の時間だなんて、関係ないじゃないか!」
「いや、思いっきり関係するから!」
「宮本、前田! お喋りしながら走ってると、一周増やすぞ!」

カッコよく決めたつもりのウィーンの後ろから、体育教師の怒号が飛んでくる。

「ほらー、もー! ウィーンのばかー!」
「あ、待ってよ来夏!」
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:41:50.69 ID:S3L5b3ea0
元から苦手なものを、更に増やされるほど苦痛なことはない。
ウィーンが来なければ、ペースも乱されなかったし、罰もなかったはずだ。
渋々、来夏は少しだけスピードを速めて、乳酸蓄積を増やさざるを得なくされてしまった。

「何やってんだよ……」
「ウィーンらしいんだけどね」

呆れ顔で事の顛末を見ていた田中の独り言を、後ろからやってきた揺れるポニーテールが拾う。
和奏が、速度を調整して田中の所へやってきたのだ。

「空回りするのは、いつものことだからな」
「それもそうだね」
「けど、ちょっとは元気出たんじゃねーの」
「うん。ちょっとだけね」

眉をつりあげ、先ほどまで1mlも出ていなかった汗を額に浮かべつつ走る来夏。
それを追いかけるようにして、ついていくウィーン。
微笑ましくも、少しだけいつもの風景に戻った気がした。

 ――――――――

「あー、お腹空いた」

数日後。前よりは活発さの戻ってきた来夏は、トレイを運びながら席へついた。
日替わりの安価な定食を机の上へ置き、目の前に座っている和奏と共に食事をとることになっているのだ。
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:41:53.99 ID:ZRfwjFT80
支援
17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:43:16.07 ID:ulmXLqWB0
VIPで地の文があるSS
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:44:38.57 ID:S3L5b3ea0
「もう後ちょっとで卒業だねー」
「うん」

お手製の弁当を持参している和奏は、箸で卵焼きを口に入れながら返答する。
まだまだ寒さは厳しいけれど、少しずつ春の訪れを感じる風景づくりは始まっている。
校門前の桜の木は、蕾をつけており、既に咲き始めているのも見られる。

「楽しかったなー、高校生って」
「そうだね」
「和奏はどうだった? 音楽科も普通科も経験した人って、そんなに居ないと思うけど」
「んー。やっぱり、最初はどっちも大変だったかな。
 音楽科に入った時だって、お母さんのこともあったし……
 普通科に移った時も、勉強についていくのが大変だったもん」
「そっかー。そりゃそうだよねぇ」
「でも、特にだけど。合唱部に入れって、活動できたことは楽しかったよ」
「和奏……」

来夏は嬉しそうに頬を緩ませる。
元はと言えば、自分が歌いたい。ただそれだけの為に、和奏を誘ったのだ。
彼女の理由も何も知らずに、我がままで。

けれど、結果的にそれが和奏にとって良い方へ転がり、充実感を与えてくれた。
淡々と過ごすはずの、高校三年生が色鮮やかになってくれた。
19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:47:03.82 ID:S3L5b3ea0
「良かったー。ね、紗羽はどうだっ……」

それは流れるような思考と動作だった。
息をするのと同じくらい、無意識的にしてしまった行為。
来夏は、いつも隣に座っているはずの親友の名を呼びながら、顔を横へ向けてしまった。

けれど、そこには何もない。
見えるのは、目の前に存在する食堂一階へ続く螺旋階段に、大きな柱。それと、小さな観葉植物だけだ。

いつものように、どうでもいい話、大事な話、関係ない話、楽しい話をしていた、沖田紗羽はそこには居ない。

「来夏」
「……あっ」

笑顔のまま、けれども固まった来夏を見て和奏はすかさず呼びかける。
数瞬の間を置いて、現実を認識した来夏は小さく声を出す。

「あはは。癖でしゃべっちゃったよ。失敗、失敗!」

その振りまいた明るい表情は、誰がどうみたってやせ我慢であった。
認めてしまった、傍に居ない友人。
思い出話に参加することも、食事を一緒に取ることも、最後の短い高校生活を共にすることも

今はもう、できない。
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:50:10.81 ID:S3L5b3ea0
「おっと、早く食べないと冷めちゃうね」
「……」

和奏は心配をした。
目の前で、味噌汁を啜りながら、おかずに手を付けている友人は、どうみておかしかったから。
根拠はわかっている。様子が変なのも理解できている。

でも、だからって、一体どうしろと言うのだろうか。
自分に何か出来るのだろうか。

……いや、何もしないで放っておくわけにはいかない。
このまま、もやもやして終わる高校生活なんて嫌だ。

「ねえ、来夏」

何か出来ることがあるはずだ、そう思って和奏は声をかける。

「和奏」

その言葉はすぐさま、遮られてしまった。
箸を止め、言葉を続ける。まるで、最初からそう来るとわかっていたかのように。

「あたしね、別に紗羽が居なくても、寂しくなんてないよ」
21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:51:40.41 ID:EgODhSez0
TARI TARIのSSは何故か少ないんだよなー
支援
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:52:52.77 ID:S3L5b3ea0
「え……」

それだけ言うと、再び来夏は食を進めた。
あからさまな、空元気の台詞と理解しつつも
こうまで突き放されてしまうと、生半可な考えや気持ちでは、きっと何も変えられないだろう。

「そういえば、さっきの授業であったPACS法って、私よくわからなかったんだけど……」
「ああ。あれはね、いわゆる結婚制度までいかずとも、それなりの権利を得られる――――」

和奏はそれ以上何も言わず、別の話題などをして過ごすことにした。

かといって、現状を放棄したわけではない。
何か、やらなければ。友人の為に、という義務感が和奏を動かした。

 ――――――――

夕暮れ時。まだ虫の声は聞こえてこない。
日が傾くのと同時に、寒さもやってくる。

みんなに別れの挨拶をして、来夏は校門を出た。
いつも使っているヘッドホンを耳にかけ、眩しい夕焼けに目を細めつつも坂道を降りていく。

呆けるように、けれど足を動かしながら。来夏は帰路をなぞっていく。
黄昏時の、不思議なもの悲しさは更に心を沈ませていく。

みんなが、自分のことを気遣ってくれていることは知っている。
無理に紗羽の話題を避けているのもわかるし、元気づけようと色々やってくれていることも。
23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:55:22.78 ID:S3L5b3ea0
でも、それを簡単に受け入れられる余裕が来夏にはなかった。
嬉しいし、ありがたいのだけれど。鬱陶しいとまではいかなくても、若干の嫌気を覚えてしまう。

楽しかった高校生活。
たった一人、普通科でありながらも声楽部に所属した、二年と数ヶ月。
結局そこは辞めることになったけれど、それが納得できなくて始めた合唱部。

一人じゃダメだった。友人たちが居ないと、くじけていた。

多くの人を巻き込んだ発表会でも、途中で投げ出していた。

勝てるわけない、もっと上が居るから。だからと言って、商店街のイベントを諦めるなんて、許してくれなかった。

自分が、本当に何がしたいのか。どうしたら良いのか。

気づかせてくれたのは、いつだって紗羽だったのだ。

他にもたくさん、お世話になった人は居る。
嫌いだった人も、苦手だった人もいるけれど。
最後の最後、明るい世界を作り出すことに対して、もっとも関係が深かった親友が


……居ない。
24 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:15) :2012/10/25(木) 22:57:04.53 ID:idNjZ0b50
読みにくい
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:57:31.45 ID:S3L5b3ea0
信号待ちをしながら、来夏は更に考え込む。

死んだわけじゃない。そんなことはわかっている。
もう会えないわけでもない。電話やメールをすれば、きっと話せる。

でも、今は……。
もう少しだけでも、一緒に過ごせたら。ちゃんと区切りをつけて、気持ちが整理できていたら。
まだ、大丈夫だったのだろうか。





その時であった。

自分の世界に入り込み、音楽で周りの音を遮断していたせいだったのだ。
ふと、隣を人が通過した。
横断歩道の少し先を歩いたことを、目の端で認識してしまったのだ。

悪気はない。その人だって、つい信号を見ずに歩いてしまっただけ。危険と判断してすぐに停止した。

歩行者用の信号は、赤色に光っている。
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:58:59.51 ID:/UGP8SFC0
支援
27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 22:59:29.57 ID:S3L5b3ea0
どれだけ小さな子供でも、外を歩く以上は知っている当然すぎる交通ルール。

赤色信号で渡ってはいけない。

来夏だって、そんなことぐらい知識以前の問題ともいえるほど、当たり前にわかっている。

けど、けれども。

意識が別のところで
外の音が聞こえにくくて
ふと、隣の人が道を渡ろうとしていたら

信号は、青色だと思って歩き出してしまうのは必然なのだ。

前も見ないで、来夏は一つ、歩みを進める。


横断不可の、歩道を。
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:01:47.55 ID:S3L5b3ea0
ほぼ、同時だった。


高校生の通学路だ。集団でもない。
いきなり飛び出してくることなんて、普通は考えられない。

そんな風に走っている、当たり前の車が一台あった。
ドライバーは若者。音楽を大音量で流し、上機嫌に歌いながら走っていた。

どちらが悪かったわけじゃない。
けれど、たまたま。偶然が重なっただけ。

その車は、歩みを進めた来夏の目の前に出てきたのだった。

何事か。そんなことを理解する間もなく。





来夏のヘッドホンが宙を舞った。
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:04:08.54 ID:S3L5b3ea0
衝撃耐えられず、ぐちゃぐちゃに内部機構を破壊しつつ、コードが線を描きながら空を飛んでいく。
そして、あり得てはいけない音を立てて地面に降り立った。
パーツが散乱していく。道路にも転がっていく。

コロコロと転がった一つの金属部品は、一足だけ落ちている小さな革靴に当たると停止した。



――――痛い。


現状を理解するまもなく、痛みが襲ってくる。

何で、こんなことに?

来夏は動転しながらも、周囲を見渡す。

見えているのは、夕焼け色の空だった。
時間は全然進んでいない。

とにかくわかるのは、激痛が自分の身体に発生していること。

それと、もう一つ。



自分の肩を、誰かが力強く握り締めていることだった。
30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:06:46.71 ID:S3L5b3ea0
「あぶねー……」

疲れた様子もない。けれど、たくさんの汗をかいた表情が目の前にあった。

「田中……?」

思ったよりも、無事であった友達の顔を確認すると、田中は一息つく。

「お前な、信号赤だったんだぞ?」
「え?」

言われながら、来夏は耳をおさえた。
真っ赤に染まり、血は出ていなくとも激しい衝撃が加わったことがわかる。

なんで、そんなことになっているのだろう。

妙に寒い足元をみて、やっと来夏は今を理解した。

自転車に乗って、冷や汗をかいている田中。彼が、肩を掴んで動きを止めてくれたのだ。

だが、片手で行ったせいで体勢は斜め横に向いてしまった。
その時、ちょうど前を走ってきた車のサイドミラーに、来夏のヘッドホンのみが接触したのだ。
片方だけだが、靴も一緒に脱げてしまっている。
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:09:22.09 ID:S3L5b3ea0
「……」
「……大丈夫か?」

周りを見る。ぶつかった車は、既に居ない。そもそも気づかなかったのだろうか。
少し後方に、砕けたヘッドホンが落ちている。
勿体ないと思いながらも、それだけで済んだことに来夏は安堵した。

「……危なかったぁ」
「そうだな」
「……ありがと、田中」
「おう、気にすんな」
「でも、助けるならキッチリ助けてよ」
「え……」

言いながら、来夏はヘッドホンの部品を集めていく。
ショックなのは当然だし、今になって少しずつ恐怖が体に表れてきたのだ。
カタカタ震えながら、一つ一つパーツを拾っていった。

「宮本。」
「ん?」
「靴。」
「あっ。」

自転車から降りて、来夏の革靴を渡す。
震えているせいで上手く履けず、田中の自転車を支えにしながらゆっくりと足を収めていった。
32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:11:54.57 ID:S3L5b3ea0
「……ところで、何で?」

自転車通学の人ならば、駅前の近くまでは来ないはず。
なのに、なぜか田中はここまで来ている。それを聞きたかった。

「ああ。坂井から、伝言頼まれてさ」
「和奏から?」
「なんか、前に集まった海岸に来てくれって」
「?」

なんでわざわざ、そんなところへ?

疑問に思いながら、来夏は向かう。
田中へは、もう一度小さくお礼を言った。ヘッドホンの部品も拾ってくれるそうだ。

もう少しすれば、海に太陽が溶け込む。そんな時間だった。

冷たい潮風が吹き抜ける海岸際、砂浜へと降りていくための幅の大きな階段。
両手をこすりながら、時たま息で温めている和奏がそこに座っていた。

「和奏!」
「あ、来夏!」

視認すると、和奏は笑顔で迎えた。
立ち上がって、何やら嬉しそうに来夏を見ている。
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:14:17.79 ID:ZRfwjFT80
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:14:22.16 ID:S3L5b3ea0
「どうしたの?」
「うん。来夏と話しがしたくて」
「メールじゃダメなの?」
「メールじゃダメなの」
「?」

和奏は来夏から視線を外し、身体を海へと向ける。
何を言うのでもなく、ただ風を受けているだけ。
首に巻いたマフラーを、飛ばされないように抑えつつ、来夏は和奏の言葉を待つ。

「ねえ、来夏」
「ん?」
「私はさ、言いにくいこととか、言いたくないこととか。そういうのも、ちゃんと伝えたいんだ」
「……うん。知ってるよ」
「別に、みんながそうであればいいとは思わないんだけど、
 でも、そうした方が絶対良いんじゃない? って考えることもたくさんある」
「……」
「だって、後悔したくないでしょ?」
「……うん」
「だからさ、来夏」

和奏は、振り返り来夏を見て言う。


「寂しいって、言っていいんだよ?」
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:16:25.71 ID:S3L5b3ea0
「――――!」

あえて、言わなかった。
そんなことない。自分は大丈夫。

「……でも」

それは、自分で考えていることがあったから。

「寂しいって言ったら、もっと寂しくなるじゃん……」

拳を握り、俯いて来夏は言った。
言わないで、我慢して、自分の中で押さえておけば。
それだけで済む。

でも、言ってしまったら。誰かに聞かれたら。

自分も、聞いた人も。みんな同じになってしまう。
だから、言わなかった。言えなかった。

「うん。そうだね」
「じゃあ!」
「でもね、来夏」

遮るように和奏は言葉を重ねた。
強く言ったわけではないのに、何故か押し負けてしまう。

「だからって、嘘はつかなくても良いんじゃないかな」
「え……」
36以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:18:30.56 ID:S3L5b3ea0
来夏の表情を見て、和奏は続ける。

「そうやって、嘘をついて、一人で抱え込んで。良いことなんて、一つもないよ」
「それは……」
「……例えば、音楽だって、そうなんだよ。
 一人で練習して、良いのも悪いのもわからないで、黙々とやっても……それはきっと、楽しくなんてない」
「……」
「けど、来夏も知ってるはずだよね。音楽だって、楽しいことばかりじゃないって」
「うん」
「苦しいこととか、辛いこととか。たくさんあるけど、それをみんなでやれば楽しくなることだってあるはずだよ。
 別に良いと思う。苦しい、辛いって気持ちをみんなで共有したって。そうやって、誤魔かすだけで、楽しくなるかもしれないし」
「……うん」
「だから、来夏」




「元気、出しなよ」


そう言った和奏の目を、来夏は見た。
海に沈んで行く夕日を背にしているから、よく見えなかったけれど。
でも、その瞳は潤んでいた。

和奏も、寂しいはずなんだ。
それを、自分はそうじゃないなんて強がって。他人に迷惑までかけて。
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:19:55.32 ID:ulmXLqWB0
支援
38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:20:22.16 ID:S3L5b3ea0
「バカだ……あたし」

来夏は小さく呟く。
そして、目を閉じて溜まった水分を頬へと押し流した。

和奏がそれを見つけ、小さく微笑む。
すると、来夏は表情を変えてずんずんと海の方へと歩き出した。

「来夏?」

和奏の声も少し遠くに聞こえるほど。
波打ち際まで来た来夏は、大きく息を吸った。

肺へ十分空気を溜めこみ、そして今度はそれを……音として、言葉として思い切り吐き出した。

「紗羽のバカーーーー!!!」

海の向こうへ、届いて欲しいと願うくらい。大きな声で叫ぶ。

「あたしだって、寂しいよーーーーー!!!」

「一緒に卒業したかったーーーーーー!!!」

「相談もなしに勝手に決めんなーーー!!!」 

「アホーーーーーーーーー!!!!!!!!」
39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:22:23.27 ID:S3L5b3ea0
「……また、恥の上書き?」

すぐ傍まで来ていた和奏が、小さく問う。

「うん。今まで嘘ついてた、恥ずかしいあたしを上書きしたの」
「そっか」
「はー。なんか、叫んだらスッキリしたー」

和奏の方へ来夏が振り返る。少しだけ赤くなった目をしているが、陰鬱さは全く感じられない。

いつもの、宮本来夏だった。

「そうだ、来夏」
「ん?」
「このことをね、ちょっとだけ紗羽に相談したんだ」
「えっ」
「そしたら、メールが来たんだ」
「う、うん」
「それ、今からやっていい?」
「うん……ん?」
40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:24:14.29 ID:S3L5b3ea0
やっていい?
来夏は考える。
メールならば、読んで良いかと聞くはずだ。
やっていいとは、一体?

「ひゃっ!?」

考える間もなかった。
来夏の臀部へ、衝撃が走る。
沖田家に伝わる恒例の行為。お尻への張り手が、炸裂したのだった。

「もー! やっていいって、そういうことー!?」
「そーいうこと!」

和奏はいたずらっぽく笑い、来夏は少しだけ赤面する。

何か伝えるより、何かやってあげるより、直接言うより、話すより

もっと、わかりやすく元気の出る方法だった。

何より、紗羽らしくて。

「ふふ」
「あはは」

おかしくって、二人は笑ってしまった。
その笑みの端から零れていた涙は、きっと来夏も和奏も。
同じ気持ちから流れたものに相違はなかった。
41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:26:22.32 ID:S3L5b3ea0
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遠くに居ても、心まで離れ離れなんかじゃない。
寂しいなら寂しいと言えばいい。それだけ。

会いたいなら、また、会いに行けばいいのだ。


「紗羽ー、いつか遊びにいくからね」
「あ、あたしも行くー」


ああ、そういえば

もっと簡単に繋がっていられるものがある。

それを、やろう。みんなで!

「それでは、白浜坂高校合唱時々バドミントン部、最後に一曲歌います!」


ね、紗羽。


きっと、あたし達と一緒に歌ってるよね。


遠くでも、離れていても。
42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:27:19.12 ID:S3L5b3ea0
そして、いつか。


「いち、に、さん!」



絶対また、会おうね!







おしまい
43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:27:56.95 ID:ZRfwjFT80
44以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 23:28:05.88 ID:S3L5b3ea0
以上です。支援ありがとうございました。
45以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします