伊織「た、貴音が欲しい!……んだけれど」

このエントリーをはてなブックマークに追加
1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:05:29.08 ID:uEkVIOjl0
……。

「あの日……」
「えっ……」
私の頭を撫で回す手が止まる。
振り子時計の鐘の音はずっと鳴り響いて、感覚をマヒさせる。
まるでここは、お伽噺の中みたいね。

「今思えば、あの夏の日が、皆で集まれた最後の日でしたね」
「……」
それも、きっと私のせい。
口を開こうとすると、喉の奥が詰まる。
鼓動がゆっくりと高まっていく。密着している貴音にもきっと、伝わってるに違いないわ。
「さぁ、続きをどうぞ。伊織の思うままに」

ワガママなのはわかってる。
だけど私は、それでも貴音にずっと傍にいて欲しい
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:06:59.55 ID:uEkVIOjl0
3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:07:59.50 ID:ttpnc/K00
いい加減に完結させろよ
4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:08:13.49 ID:JqFS/vFF0
寝れないよぉ
すいみん不足なの
5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:08:44.60 ID:uEkVIOjl0
……。

七彩のスポットライトが重なって、私を照らす。
手を振るたびに、大きな歓声が沸き起こる。

その声援をシャワーのように身体に浴びると、とっても気分がいいわ。

──いおりんのダンスマジ最高!

そんな声がドームに反響して、至るところから聞こえる。
あずさがおっとりした動きで、ステージのギリギリまで立って微笑む。
「みなさ〜ん、私たちのライブに来てくれてありがとうございます〜」
亜美があずさの背中に勢いよく飛び乗った。
「イエーイ!これからも亜美たちはメチャ頑張るよ→」

正面に立って、マイクを握りしめて言った。
お決まりの笑顔をつくる。
「にひひっ。みんな次のライブもよろしくお願いしまぁす」

竜宮小町を結成してもう3カ月。季節はもう秋ね。
もうしばらく行ってないけれど、カフェの前の桜並木はきっと紅葉がキレイなんでしょうねぇ。
6以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:12:32.97 ID:TjE8QCFw0
さっきすぐに落ちてた?
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:13:07.86 ID:uEkVIOjl0
ステージから降りるなり、律子がスポーツドリンクを手渡す。
「お疲れ様、今日も良かったわよ」
「あったり前じゃない。私をダレだと思ってるのよ」
熱気がこもった身体がゆっくりと冷めていく。
汗がだんだんと冷えていって、興奮がおさまっていく。

……最近は山のように仕事が入って事務所もロクに立ち寄れないわ。
はぁ〜たまにあのしょっぱいお煎餅が恋しくなるのよね。

パープルを基調としたステージ衣装が、汗で身体に張り付く。
シャワーを浴びたい気分だったけれど、私はまっすぐ楽屋へと戻る。

お兄様がご褒美にプレゼントしてくれたバッグから、携帯電話を取り出す。
メールをチェックっと……。

0件、ね。

一つ、小さなため息をついてソファへ投げ捨てた。
胸の辺りをきゅっと握りしめる。

今日はもう帰ってすぐ寝ましょう……。
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:17:54.99 ID:uEkVIOjl0
──伊織、パパは仕事に行ってくるから良い子にしてるんだぞ。
何かあったら新堂に申しつけろ。

お父様は大きなキャリーバッグを引きずって、私の頭を撫でる。
「う、うん。行ってらっしゃい。次はいつ帰ってくるの?」

そう聞くと、いつもお父様は、すぐ帰ってくる、とだけ言う。
だけど、その「すぐ」が3日だったり、3カ月だったりする。
リムジンに乗り込むお父様を、何十人もの執事と一緒に見送った。
「……」

──伊織、何が欲しい? 欲しいものなら何でも買ってやる。

お父様は財布を取り出して言う。来週は私の誕生日だった。
去年はジュエリーを好きなだけ貰った。一昨年は私専用の別荘。

「ね、ねぇ。お父様、今年はね、家に……」
言いかけて、止めた。
「ぬいぐるみでいいわ。ぬいぐるみを買ってちょうだい」

違うの、お父様。私が本当に欲しいのは……

……。

瞳をゆっくりと開くと、ガラスのシャンデリアがそこにあった。
「……」
電気スタンドを手探りで付けて、備え付けのミネラルウォーターを口に含む。

どうして昔のことなんて夢に見ちゃったのかしら。
私らしくないわね……。
9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:24:47.55 ID:uEkVIOjl0
そのままメールをチェックする。
淡い蛍光色が灯る。

……そのまま、そっと携帯電話を閉じる。

最近、貴音とはぜんぜん会ってない。
たまに事務所のホワイトボードを眺めると、貴音の欄には
ちらほらと「地方営業」や「番組収録」って文字がサインペンで書かれていた。

美希も貴音も、あのプロデューサーと順調にやってるみたい。
特に美希はレッスンをやけに頑張るようになった。
あのいつも寝ていた美希が……世の中どうなるかわかったもんじゃないわね。

……そう、先のことなんて、どうなるのかわからない。

また胸の奥が、優しい熱を帯びた。
あの日から、この仄かな温もりは段々と大きくなっていった。

浮かぶのは、決まって貴音の笑顔。そればっかり。

……一体なんなのかしら、これ。

私は、この不思議な感覚に名前をつけることができなかった。
10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:28:32.58 ID:uEkVIOjl0
「伊織、来週はついにアイドルアカデミーの予選よ」
ハンドルを握る律子が、不敵に微笑んだ。
窓ガラスからは、昔よくリムジンで通った765プロへ続く道が見える。
枯葉が舞い落ちて、歩道が赤く染まっていた。
そういえば、貴音とオーディションへ行く時にいつも通っていた。

……秋って、変にノスタルジックになっちゃうからイヤよね。

「伊織?」
「えっ? あっえぇ、わかってるわよ」
「あの961プロダクションとの対決よ、相手にとって不足は無いわね」
「961プロダクション……ね」

あのテレビに映ってた悪趣味な社長がいるトコね。
ま、どんな相手でも正々堂々、この伊織ちゃんの力を見せつけるだけよ。

「あっ……」
その時、窓から一瞬だけ、秋の景色にはちょっと不釣り合いな銀色が視界に入った。
慌てて、振り向く。

遠ざかっていく景色の中、貴音が、プロデューサーと歩いていた。
何か冗談を言ったみたいだった。口元に手を当てて、とびきりの笑顔を見せている。

突然、どうしようも無く胸が苦しくなった。
ズキズキと針が刺さったように、痛みが走る。何よこれ……。

こんな情けない姿を見られたくなくて、そっと隠れるように、うずくまった。
11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:40:26.58 ID:uEkVIOjl0
「ふ、ふざけないでよ! こんなの絶対おかしいわっ!」
「おやぁ〜? 一体どうしたのかな」
「あ、あんたの仕業でしょ! 卑怯よこんなのっ!」

頭に血が昇って、何も考えられなくなる。
私のかすんだ視界の先に、口元をぐにゃりと歪ませた顔がうつる。
ソイツの胸倉を掴む私を、あずさと亜美が肩を掴んで止める。

何で……何で急に課題曲が土壇場になって変更になるのよ!
しかもその曲が以前961プロがカバーしたものって……偶然にしてはちょっと出来過ぎよ!
それでも、私たちは僅かな残り時間で、必死に練習した。

けれど、いきなり本番でBGMが止まるアクシデントが起こった。
練習の時はなんとも無かったのにっ……!

「あ、あんたこんな事してまで勝って嬉しいの?!」
いきり立つ私を、黒井が冷笑する。襟を正しながら言った。

「なぁにを馬鹿なことを。勝負事は勝つことが全てだろう」
「まっ……待ちなさい!」
「反省して、よくよく覚えておくんだな、成金」
「……!」

血が出そうなほど唇を噛みしめる。
悔しい……! なによ……私が……間違ってるっていうの……!
12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:48:24.19 ID:uEkVIOjl0
「い、伊織、これで終わりじゃないわ。だからそう気を落とさずに……」
「わかってるわよ、だけど今日はちょっと一人にさせてちょうだい」

……。

ふらふらと、急な階段を一段ずつ昇る。途中、何度かつかえて転びそうになる。
「非常出口」の標識の灯りに虫が群がる。
かすかに蛍光灯の光が漏れる事務所の扉の前に立った。

……ここも、久々ね。

不意に、ポケットから振動が伝わった。
携帯電話を取り出して、ゆっくりとボタンを押す。

[ミキ:おデコちゃん久しぶり。この前ね、プロデューサーさんがね〜……]

……相変わらずお気楽よね。
ていうか最近いっつもプロデューサーがどうのこうのってメールばかりじゃない。

返信する気にはどうしてもなれなかった。ポケットにゆっくり戻す。
その時、目の前で扉がきしむ音がした。

顔をあげると……。
ちょっと羨ましいくらいの大きなバストがそこにあった。
更に顔をあげる。

「何をしてるのですか。こんな遅くに」
「貴音……」
13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:53:09.58 ID:uEkVIOjl0
そのまっすぐ見つめてくる瞳に、思わず顔を背ける。
こんなみっともない顔、見られたくなったし。
それに……。

貴音の顔を久々に見たら、何故か顔が焼けるように熱くなった。
本当に、なんのよこれ……。私、病気なのかしら……。

呟くように、言った。
「あんたこそ、何してるのよ」
「わたくしは、プロデューサー殿に大事な用事があったのです」
「そう、あいつ色んなトコ駆けずりまわってるものね」
「……」

そっと、私の肩に何かが触れた。懐かしい、貴音の手の平の感触だった。
「……敗れたのですね」
「……うるさいわよ」
「あなたはオーディションに落ちた時はいつも、そのような面持ちで夜更けまでレッスンをしますね」
「……うるさい」
「水瀬伊織、あなたはとても芯の強い人間です。わたくしは、そんなあなたを見ていると力がわいてくるのです」
「……うるさいっ……」

思い切り首を横に振る。
涙がこぼれそうになるのを、必死で堪える。
貴音の穏やかな声が、私の中に滑り込んで、蕩ける。
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 03:58:03.84 ID:uEkVIOjl0
「も、もう、用が済んだんなら帰りなさいよ……」
「……」

そのまま、沈黙が流れる。
灰色のアスファルトをひたすらじっと見つめる。
しばらくして、乗せられた手がそっと離れた。

「わかりました、では……」
それだけ言って、床にまで伸びる銀髪が視界から不意に消えた。
コツン、とひとつハイヒールが鳴る音が廊下に鳴り響く。

──伊織、何が欲しい?

「……」
「伊織……?」

気づいたら、私は貴音のスカートの裾を力無く握っていた。
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:01:29.86 ID:3aj9inY+0
つぎ落ちたら諦めてSS速報に行けよ
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:02:52.15 ID:uEkVIOjl0
「どう、したのですか……?」
「……」
また静けさが広がる。
すきま風が吹きつけて、身体を突き刺す。
遠くで換気扇の回る音が、妙に耳にこびり付く。

「なにか、わたくしに申すことでも……?」
曖昧な、その胸の底に溜まっている気持ちを、ただ理解したかった。
何度も何度も、自問自答を繰り返す。

どうして、私はこんなにこいつを見ると、胸が苦しくなるのかしら。
何か言おうとしても、喉で絡まって、言葉が出てこない。

「私は……」

……。

銀色の後ろ姿が、段々と小さくなっていく。
ハイヒールが床を打つ、小気味良い乾いた音も……やがて消えた。

結局、私は何も言えなかった。

そして、誰もいない事務所で、
私はプロデューサーの机に置いてある一通の手紙を見つけることになる。
17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:08:14.85 ID:uEkVIOjl0
書類だらけの散らかったデスクの上で、丁寧に折り曲げて置いてある手紙。
それに少しだけ違和感を感じて、偶然目に止った。

ま、人の手紙を勝手に覗き見るなんてシュミ悪いわよね。

すみっこに置かれたホットコーヒーは、まだ湯気をたてていた。
どうやら一応アイツはちゃんと来てるみたいね。

ロッカーに置きっぱなしになっている、埃の被ったノートを拾い上げた。
めくっていくと……ステップの改良、好きな食べ物、
○×ゲーム、ポーカーのルール説明、週末のショッピングの場所。

そして、私の書いたプロデューサーの落書きと、美希の3人の似顔絵のページ。
そこから先は、白紙が続く。心無しかハートマークが増えている気がする。
「……」

不意に、かすかに開いた窓から秋風が吹いて、手紙が床へと落ちる。
私はそれを拾い上げる。

あら、この字……どこかでよく見た気がするわね……。
悪いとは思いつつも少しだけ、指先でめくるように、中を少しだけ覗きこむ。

「……!」
その手紙の内容は、最初の一行で理解できた。
お腹の底から、ドロドロの真っ黒い何かがせり上がる。
体が一気に強張って、思わず舌を噛みそうになった。

──プロデューサー殿。わたくしは、あなた様に恋焦れております。

うそ……でしょ……!
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:16:01.32 ID:uEkVIOjl0
手が震えて、その一枚の紙切れを落としそうになる。
必死に、デスクに戻そうとするけど、体が鉛のように重くて動かない。
呼吸ができない。視界がかすむ。

必死に目だけを動かしていく。手紙の文末は……。
もし、わたくしの気持ちが届かないのならば、全て忘れ去ってください。

それを見たとき、ある一つのアイディアが浮かんだ。
その瞬間、頭の中に濁流のように、意識が流れ込む。

──水瀬の基本理念、欲しいものは勝ちとること。
──正々堂々、欲しいものは自分で勝ちとってみせるんだから!
──どうしてもキレイ事じゃ済まされないことも出てくる
──勝負事は勝つことが全てだろう

渦のように、ぐるぐると掻き混ざる。
「やめて……」
誰か私を叱って止めて……。止めてよ……。……貴音。

背中から、ドアが軋む音がした。
心臓が跳ねあがる。
振り向くと、コンビニのレジ袋を抱えたプロデューサーがそこにいた。
「おぉ、伊織。久しぶりだな。どうしたんだ? こんな夜更けに」
「……あ……」
私は、気づいたら手紙をぐしゃぐしゃに握りしめていた。
何知らぬ顔で腕時計を見て、プロデューサーは言う。
「丁度、夜中の12時だ。送っていくから今日はもう帰れ」
19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:17:50.18 ID:uEkVIOjl0
……。

鐘の音はまだまだ鳴る……。それにしても長いわ。
「……」
貴音は私の告白をただ黙って聞いていた。
瞳を閉じて、人形のように、ただただ私の言葉に耳を傾ける。

身震いするこの身勝手な体を、なんとか収めつつ言った。
「な、なにか言いなさいよ……」
「……」
「話を」
「えっ」
「話を続けてください」
感情のこもって無い、平坦なトーンでぽつりと言った。
私の背中に回す貴音の指先が、氷みたいに冷たい。
思わず鳥肌が立つ。

そして……。
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:21:48.25 ID:uEkVIOjl0
……。

そして……あまりにあっけなく、貴音の恋は終わりを告げる。
いえ、始まりすら無かった。私のせい。

765プロオールスターライブのために事務所に集合したその日。

髪をばっさり切り落として、茶髪になった美希が満面の笑みで言った。
その隣でプロデューサーが、苦笑を浮かべて頬を掻く。
「ミキね、ハニーとラブラブになっちゃったの〜」
「お、おい……」
「トップアイドルになったらね、結婚してくれるんだって」
「ばっ……! それは内緒だって……」

……!
大きな祝福の声があがる。
真が茶化したり、あずさが羨ましいと言って嘆いたり……。
その中で、私と、貴音だけがただ呆然と立ち尽くしていた。
やがて、貴音は大きな瞳をそっと閉じて、泣きそうな声で言った。

「おめでとうございます……美希……どうかお幸せに……」

その声はしばらく私の頭の中で、ひたすらリフレインした。
21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:23:05.36 ID:uEkVIOjl0
こっから書き溜めなしでござる
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:26:41.37 ID:P++uMj3X0
生殺しすぎる・・・
23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:34:55.54 ID:rr8eFifM0
うああああせつない
24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:38:19.47 ID:uEkVIOjl0
暗闇の中、枕をキツく抱きしめる。
ぐるぐると、同じ思考が回り続ける。

「…ぅ…!」

もしかしたら、手紙を受け取っても結果は変わらなかったのかも知れない。
だけど、プロデューサーの隣に立っていたのは貴音の可能性もあった。
今だともう、決してわからないこと。

貴音を深く傷つけた罪悪感の片隅で、これで良かったって思う自分が堪らなくイヤだった。

私は、貴音に謝らなくちゃいけないわ。
だけど、それがどうしてもできない。

ジレンマに押し潰されそうになる。

気づいたら朝だった。
執事が、また機械的な手つきで山ほどの朝食を並べる。

「お嬢様、今日のメニューは……」
「……いらないわ」

この広い部屋でいるのは私だけ。
てきぱきと、執事がオレンジジュースやパイをかたずけていく。
壁にかかったカレンダーをチェックする。
家族が帰ってくる予定は、全て未定だった。

……私は……私はただ……そう、貴音が欲しいだけ……。
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:50:28.82 ID:79ypzFu8O
恋文とかお姫ちんマジ古風
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 04:52:55.89 ID:uEkVIOjl0
厚手のコートを羽織る。
枯れた落ち葉を踏む。ぱきぱきと割れた音を鳴らす。

もうすっかり寒くなってきたわ。
そろそろ、冬が来るのね……。

朝の陽ざしが、事務所の扉を照らす。
一つ、深呼吸をした。白い吐息が霧のように立ち込めて、すぐに消える。
ドアノブに手をかけようとすると、中から声が聞こえてきた。

「ねぇ、どうして? ミキ何か悪いことしたのかな?」
「お許しください……」
「せっかくの二人でのお仕事なんだよ? おデコちゃんもきっと来るよ。貴音楽しみにしてたよね」
「わたくしは、わたくしはなんと愚かなのでしょうか……」
「ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」

そのまま、何も聞こえなくなる。
消え入りそうな足音が近づいてきて、ゆっくりと扉が開く。

「あ……」
「……!」
貴音は、私を見て大きく目を見開いた。
「くっ……!」
「まっ……!」
そして、そのまま何も言わず背を向けて走り去っていった。
引き留めようとした手が、視界の先で揺れる。

貴音……泣いてた……。
27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 05:07:09.64 ID:uEkVIOjl0
モヤモヤとした煙のような何かが私の体中を巡る感覚がする。
このところ、この感覚がまとわりついて離れない。

「そろそろ1年がたつけれど、あなたはリーダーとして本当に良くやってくれたわ」
「……」
律子の声が、ノイズがかかったみたいに聞こえる。
書類を渡される。簡単なチェックシートみたいなものだった。

765プロでの契約期間は、基本的に52周。
そこで一旦、引退コンサートを必ず行う。
なんだか変な話だけど、とにかく、私はもうすぐ大きなドーム公演を控えている。

「そこから先はあなたの自由よ。私の勝手に付き合ってくれて本当にありがとう」
「私は……」
「今すぐ決める必要は無いのよ、ゆっくり考えてちょうだい」

……。
他の皆はみんなアイドルを続ける、と即答していた。
その中で、美希だけはプロデューサーとの婚約があるから、出来次第ってことになる。
最近の、美希の熱意の入り方は尋常じゃなかった。
初めて出会った時とは信じられないくらいにレッスンをこなすし、仕事も全くサボらない。

そして……。

私は、一番送信履歴の多い相手にメールを送った。
[あんたは、どうするの?]
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 05:23:10.90 ID:uEkVIOjl0
「ど、どうしてなんだよ?! 貴音」
「四条さん、あんなに高みを目指すって……」

いつもの事務所が、これ以上無くざわつく。
ソファに座る貴音が、目を伏せて言った。
「もうよいのです。このままではきっとわたくしはもう、歩けませんから」

「でも……」
「いつからかわたくしは、脆くて愚かな心に囚われていた。それだけのことです」

貴音の視線が、わたしに向く。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……!」
貴音の微笑は今まで何度も見てきたから、きっと私だけ気づいた。

その中には……感情が、全くこもっていない。
今までの貴音の笑顔には、温もりがあったんだって知った。

ぐっと、うさちゃんを握りしめて、何かを耐えた。

貴音は、色の抜け落ちた瞳で言った。
「わたくしは、故郷に帰ろうと思います」
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 05:34:20.41 ID:uEkVIOjl0
……。

執事がトレイにオレンジジュースを持ってくる。
私はそれを受け取って、ぼんやりと考える。

私たちが目指した場所はひとつのハズだった。
だけど、振り返ってみると……。

美希は全てを。そしてプロデューサーを手に入れた。
貴音には、何も残らなかった。
私には……一体何が最後に残るの?

胸の奥が、またむずむずする。
そして、締め付けられるような痛みが襲う。
「……!」

この気持ちが、ハッキリすれば貴音とも向き合える気がする。
ソファでうなだれていると、革靴が大理石を叩く音が聞こえた。
小さな紙袋を私の前に置く。きっとご褒美のネックレスか何かね……。
「伊織、久しぶりだな」
「……」

プロデューサーにも、美希にも、律子にも相談できない。
ちょっと気は乗らないけれど……。
私は、引き留めるように腕を握って……ぽつりと言った。

「お兄様、ちょっと聞いてほしいことがあるの」
30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 05:45:51.62 ID:uEkVIOjl0
……。

全て話し終えたらと、また身体が熱っぽくなる。
お兄様は、私の眼をひたすらじっと見つめて、話を最後まで聞いていた。

「……」
お兄様は腕を足の前で組む。そのままぴくりとも動かない。
それから、ひたすら沈黙が流れる。

壁際の、古時計の振り子が降られる音だけが鳴る。
やがて、お兄様は重い口を開いた。

「……諦めろ」
「……えっ」
「お前は水瀬財閥の令嬢だ。いずれ後悔する」
「い、言ってる意味がよくわからないわよ……」
「お前では背負いきれない」

そう言って、お兄様は立ちあがって去っていく。
去り際に、一言だけ言った。
「問題なのは、お前の覚悟だ」

えっ……。

かく……ご……?

私は、その言葉を噛みしめた。
「覚悟……」
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 05:55:45.31 ID:uEkVIOjl0
そして、引退コンサートが終わる。
無事に成功。私はピンクのライブ衣装を身に纏って、
大歓声の中、マイクを置いてステージを下りる。

……。

貴音は、紅茶を掻き混ぜる。そのまま口へ運ぶ。
「おめでとうございます。水瀬伊織」
「……」
貴音の空っぽの笑顔が、心臓を突きさす。
「待たせたわね」
「……?」
貴音は無表情というより、無機質な顔で私をみつめる。

ブラックコーヒーを、一口含む。
そのまま、一気に飲み干した。
「1年も待たせて、本当にごめんなさい」
「……」

その言葉の意味を理解したのか、貴音はやがて苦しそうに顔を歪めた。
「何故ですか?」
「あんたが、その、大切、だから……言える立場じゃないけど……」
「……」
貴音は横目で、ひとつだけぽっかりと抜け落ちた空席を眺めて、言った。

「伊織、あなたはいけずですね」

……そして、私は覚悟を決めて、貴音を部屋へ呼んだ。
32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 05:57:50.89 ID:uEkVIOjl0
……。

「ん……」

貴音の匂いがする。
柔らかで、花のような、甘い香り。
「ふふっ、どうしたのです。いきなり抱きついたりなどして」
「……別に、何でもないわよ」
「そうですか」
「でも、特別にもう少しこのままでいてもいいわよ」
くすくすと鈴の音のような笑い声がする。
おデコをかきあげるように、驚くほど冷たい貴音の手の平が這う。

見上げると、貴音は寂しそうに満月を眺めていた。月明かりが横顔を照らしてる。
「……一度しか言わないから、よく聞きなさい」

「貴音、ずっと私の、その、傍にいなさい……よね」
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:12:16.12 ID:LjcfW5Tz0
終わり
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:18:22.87 ID:uEkVIOjl0
……。

これで私の告白は全て終わり。

古時計を見ると、針が十二時ピッタリで止まっていた。
そのまま、少しだけ右にズレ動いて、また戻る。
……どうりで長いと思ったわ。

「……」
貴音は、眠っているかのように動かない。

……許す、なんて都合のいい言葉は聞きたくないわ。
私を叱ってよ。殴られるのも、覚悟のうちだから。

「貴音……?」
おそるおそる聞くと、貴音は口を開く。寒気が体を駆け巡った。
だけど、聞こえた言葉は意外なものだった。
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:21:15.85 ID:uEkVIOjl0
「わたくしの方こそ、お許しください」
「えっ」
「うすうす感じてはいました。あなたがあの夜に、手紙に気付いたであろうことは」
「それって……」
「伊織のことならば、何でもわかりますから」
そう言って微笑む。抜け殻の貴音。

「ですが……わたくしも怖かったのです。真実を知ることが」
「……」
「伊織、あなたを、信頼するあなたを、例えほんの少しでも恨みたくはなかった……」
そう言って、貴音は手の平で私の胸をとんと押す。
また、じわりとそこから熱が広がる。

貴音は窓際の手すりに手をかけて月を眺める。
「伊織の兄方の言う通りです。わたくしなどとと居ても伊織は、きっと後悔しますよ」

そして、震える声で言った。
「忘れましょう。全て。なにもかも。わたくしとあなたは、出会ってなどいなかったのです」
えっ……。

忘れる……。
それは私にとって、何よりも優しくて、何よりも残酷な言葉だった。
36以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:35:18.01 ID:uEkVIOjl0
「全て、泡沫の夢だったのです」
「い、いやよ!」
私は、喉を奥が痛くなるくらいに、思いっきり叫ぶ。
振り返って、真剣な顔で貴音に言った。

「では、あなたに背負いきれますか? 過去と現在と、未来。そのすべてを」
「うっ……!」
「わたくしでは、とてもとても出来ぬことです」
「……」

私の曖昧でハンパなあの気持ちが、わだかまりを作っている。

──私は、こんな抜け殻のような貴音が欲しかったの?

「……伊織、そのほうがお互いにとって良いことなのですよ」
「わかった……わよ……」
遅れて、自分の声だって気づいた。

──なにもわからない。

「悪かったわね……手紙……返すから……」
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:35:32.68 ID:UXPqWrXw0
朝イチにいおたかスレを見つけるなんて
38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:37:47.78 ID:XxMwuxXa0
たかいお可愛い
39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:44:20.24 ID:uEkVIOjl0
鐘の音だけが、一定の音階で鳴る。
段々と、その音が意識を麻痺させる。
なんだか半透明な膜の中にいるみたいだった。

「……わたくし、様子を見てまいります」
ゆっくりと時計に近づいていって、貴音は背を向けて跪く。

私は、そんな貴音を横目で見ながら、
大切にしまってある小さな箱の蓋を開けた。

くしゃくしゃになって黄ばんだ手紙を取り出す。

昔よく遊んだオモチャとか、昔のお父様からのプレゼントとか、
とにかく私が大切に思ったものは全部ここにしまってあった。

……辛くなるから、すべて返すわ。
あなたと笑ったことも。フタリの記憶を全て。
40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:53:41.95 ID:ttpnc/K00
支援
41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 06:55:03.26 ID:uEkVIOjl0
あら……?

ふと、ぼやけた視界の先で、あるものが目に止った。
小さな小さな、一枚の白い紙だった。

これって確か……。
指先でつまんで、拾い上げる。

それを、そっと裏返すと……。

「……!」

──1年後、これを夢現では無いと証明しましょう。各々道は違えど、目指す場所は一つです。

満面の笑顔を浮かべた写真が折り曲がって入っていた。
私と、美希と、貴音の3人の、ピカピカのステージ衣装で映っている。

「っ……!」

その写真を見て、私が本当に欲しかったものは、この貴音との日々のそのものだってことに気づいて、
そして、それはもう二度と手に入らないものだと悟ってしまったとき……。

「……ひぐっ……!」

今頃私は、涙が溢れて止まらなくなった。
42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 07:07:37.95 ID:uEkVIOjl0
──やっと、わかったわ。

「これは一体……異国の時計でしょうか……」
貴音は、相変わらず膝をついて時計と睨めっこしている。
一歩ずつ、貴音へと歩み寄る。

どうせ、あんたじゃ直せないわよね。
……あんたが機械に疎いのは知ってるわよ。
英語が全く読めないことも知ってる。視力が悪いことも、、
コーヒーよりも紅茶が好きなことも、ポーカーは案外弱いことも、
普段は抜けてるくせに妙に勘が鋭いことも……。全部知ってる。

そして、あんたはやっぱり私がいなくちゃダメってことも。そうでしょ?貴音。
だってあんた、未だに一人で電車に乗れないじゃない。

「いお──」
私は、そっと貴音の頭を胸に引き寄せて、強く抱きしめた。
頬に貴音の、銀髪のさらさらした感触が伝わる。
貴音の生温かい吐息が、体の芯まで伝わってくるようだった。
更に力を込めて抱きしめる。
この体から溢れ出しそうな想いを、決してこぼしてしまわないように。

ありがとう、貴音。
果てしない時間の中で、あなたと出会えたことが何よりも私を強くしてくれた。
43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 07:12:33.75 ID:XxMwuxXa0
お姫ちんと伊織可愛い
44以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 07:17:21.06 ID:uEkVIOjl0
月灯りが、私たちを鈍く照らす。

……月にはウサギがいるっていうけれど、本当の話かしら。

貴音は、床にぶらりと下げた腕を、おそるおそる背中に回す。
そのまま、くすぐるように指先が表面をなぞって……。
やがて、ほんのすこしだけ力がこもった。

ねぇ貴音、もうすぐ、また私たちが出会った春がやってくるわよ。
今年は去年よりもずっと寒いみたい。
冬を越えて、枯れた命は証を残す。また新しい花が芽吹くのね。
そして、暖かな風が優しい香りを運ぶ。貴音と同じ香りを。

ねぇ、貴音、ねぇ……。

──貴音、好き……。

私はそっと、貴音と手と手を重ねて、壊れた時計の針を右へと進めた。
45以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 07:17:57.16 ID:uEkVIOjl0
46以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 07:21:38.74 ID:uEkVIOjl0
閉店満足

もうこういう話は二度とカカロット

オヤスミー(^o^)ノ
47以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/13(金) 07:23:33.46 ID:XxMwuxXa0
いおたか良いね…
2度でも3度でも書いてよ
乙!
48以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
お疲れー
どのSSでも美希は美味しいとこもっていくな…