――大人の階段を昇るだとか、坂を登るだとか。そういう表現がある。
邪推してほしくないのであえて言うと、純粋に『卒業』とか『就職』とかを考える歳になった、という意味だ。
いや――私に限って言えばその歳は、残念ながらもうだいぶ過ぎてしまったのだが。
ともあれ、そうして子供時代を駆け上がり、眼前に広がった景色。そこに居る、数多の先人。
その人たちの背中を見て……当時の私は、言葉を失ったのだ。
彼らは、人でありながら人ではなく。何かの足りない人間に見えて。
そんな彼らは私を呼ぶ、私に向かって手招きする。
そんな彼らと私の間には、深く、流れの速い川があるように思えた。
もちろん、そんなの気にしていられる状況じゃない。置いていかれるのは嫌だ。ならばこの川は渡らなくてはいけない。頭の
中ではちゃんとわかっているのに。
澪「……怖い…」
――私は、そこに足を踏み入れることが出来ず、今に至る。
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/20(月) 08:28:25.97 ID:85yxZEA7P
朝のキチガイスレ
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/20(月) 08:28:42.20 ID:3X3K7X2N0
おっちゃん、納豆定食ひとつ
◆
――大学卒業から何年過ぎたかなんて考えたくない。鬱になるだけだ。
今日もまた、同じ一日が始まるだけ。何度も繰り返した、何も無い一日が。
澪「……ん…朝か」
寝巻き姿のまま部屋を出て、ママ――母親の姿を探す。もっとも、着替える必要なんてない生活だから、そのことについては誰も何も言わない。
たとえ今が昼と言った方が近い時間帯だったとしても。
母「――起きたの?」
澪「…うん」
母「朝ごはんそこに置いてるけど、食べる?」
澪「うん」
母「じゃあ温めてね。私は仕事行ってくるから」
澪「いってらっしゃい」
……何も変わらない、互いに定型句だけの会話。もう何度繰り返されただろう? 私もママも数えてないし、数える意味も無い。
それでも、歳を取って少し頼りなくなった親の背中に、何も感じないわけではなくて。
澪「……ハローワーク…と」
朝食を摂りながら、携帯電話で軽く検索し、募集条件を見て。
澪「……無理、かな」
……と、ハードルの高さに諦める。ここまでが日課。
――何気なく、携帯電話のアドレス帳を開いてしまい、また後悔する。
高校の仲間。大学の友人。彼女達とももうどれだけ連絡を取っていないだろうか。
……距離を取ったのは、私からだが。
澪「……結局、みんなの成功が妬ましいんだよな、私は」
こんなことなら、何も考えずただ皆と一緒に歩いていけばよかった。それほど素晴らしい仲間だった。
彼女達と仲良くやっていた頃を思い出すと、やっぱりそれは輝いて見えて。
でも、今先に行ってしまっている彼女達と会っても、私があの頃と同じように輝いていられるとは思えなくて。
……でもそれと同時に、彼女達もあの頃と変わらず居られるのか、と考えると少々疑問が残る。
だって、私が見た『先に行った人達』は、到底輝いてるようには見えなかったから。
澪「……いや、それは負け惜しみか」
実際、何も考えず先人を追った人達は、私の視界から消えてしまうほど遠くに行った人達は、程度の差こそあれどちゃんと生きている。
私のように鬱になって死にたいと思うことはあまりないのだろう。誰もがそれなり程度には日々が充実しているはずだ。
そして、その『それなり程度には充実している人』の後を、また多くの人が追いかける。誰かの後を追うのは楽で確実だから、それを求める。
……もっとも、それさえ出来なかった私が何を言っても、それは負け犬の遠吠えにしか過ぎないのも、また事実で。
嗚呼、今更妬んだって、何も変わらないというのに。
あの時の選択をいくら悔いても、逆に悔いていないように振舞っても、何も変わらないというのに。
私に残された現実は、良くも悪くも『彼女達とは違う』ということだけ。
良くも悪くも、とは言うが、悪い面の方が大きいのは明白である。
……だから私は、彼女達に会わせる顔を持たないんだ。
――そんなある日、意外な人物から意外なメールが届いた。
from:憂ちゃん
to:
――仕事辞めちゃいました。
――今から会えませんか?
無職相手なら、と私は二つ返事で了承し、念入りに身だしなみを整えて外へ出た。
外に出るのは何週間ぶりだろうか。太陽の光が眩しい。ちょっと眩暈がする。
澪「……憂ちゃん、か…」
……これが律とかならドッキリの可能性もあったのだが、他ならぬ憂ちゃんだったから私は疑いもしなかった。
いや、疑いはしなかったけど、同時に俄かには信じがたい内容だったのもまた事実。
全てをソツなくこなす憂ちゃんは、持ち前のそのスペックの高さを十二分に生かし、超優良企業に就職したと聞いていたのに。何の問題があったのだろうか?
……純粋な興味から、私は憂ちゃんに会えるのを楽しみにしていた。
もっとも、憂ちゃんが自分と同じ『負け組』に堕ちてきたことを喜ぶ、下衆みたいな一面もあったことは否定しない。
――憂ちゃんの話を聞くまでの間だけだったけれど。
憂「――視界が歪む、って言うんでしょうか。単に比喩なんですけど。こう……未来が、見えなくなっちゃったんです」
澪「未来?」
……私は馬鹿のように鸚鵡返しで答える。それほど憂ちゃんの第一声は理解できなかった。
未来? そんなの、私にだって見えていない。むしろ私のほうが見えていない。ママ――じゃなくて母親が死ねば、私に生きる術は無い。私の居る所はそんな処だ。
なぜ憂ちゃんは、そんな余計に見えない処まで堕ちてきたんだろうか。
憂「その、きっと生きているってことはわかるんですけど……そうじゃなくて、何の為に生きているのか、それが見えなくて」
澪「何の為って、そんなの……私に言われても困る」
憂「あはは、そうですよね……でも、私にもわからないんですよ。その、実のところ、私には将来の夢というものが無かったんです」
将来の夢、か。また懐かしい言葉を持ち出してくる。
私の夢は……何だったか。懐かしすぎて、遠すぎて、もはや霞んでしまっているけれど。それなら実質、夢を持たない憂ちゃんと一緒かな。
あぁ、高校時代に律達が掲げた『目指せ武道館ライブ!』でも夢に入るかな?
……あれ、私はその夢を『いつ』諦めたんだっけ。
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/20(月) 08:51:00.15 ID:QcXmSXNM0
俺の方が面白いの書けるんだがどうするお前ら?
書いてもいいか?
……武道館だけじゃない。
思い起こせば幼い頃には女の子らしくスイーツ屋とかも夢見たし、少し歳とってきたら詩人とか、まぁいわゆる作家になって子供に夢を与えたいとか思っていたような気もする。
そのはずだ。そのはずなのに。
……私は、いつ、どこでその『夢を諦めた』? いつ『希望を持つのを止めた』んだ?
それは……
――それは、現実を見た時、だろう。
憂「それに気づいた時、光り輝く未来は私の傍を掠めて、ずっと遠くに飛んで行っちゃいました。それが悲しくて、それ以上
に悔しくて、空しくて…」
澪「……それは、わかるよ。遠くで輝く光って、とっても冷たいんだ」
ずっと遠くで輝く、かつての仲間達の放つ光。
私には手に入らない、手を伸ばしても触れることの叶わないその光は、泣きそうになるほど冷たく心を刺す。
その『光』の、私と憂ちゃんに共通する具体例を挙げるなら、もう雲の上の人に近しい存在になってしまった唯か。
憂「…お姉ちゃんは立派な人になっちゃって。もう私がいなくても生きていけて。ずっとお姉ちゃんの光を追いかけて生きてきたけど、いざそれを見失っちゃうと、私には…何も無くて」
澪「ミュージシャンだか芸能人だか知らないけど、憂ちゃんなら唯と同じ道を歩けたんじゃないか?」
憂「…いいえ、私はお姉ちゃんの照らしてくれた道を歩いていたに過ぎないんです。私がお姉ちゃんの世話をしているつもりだったけど、一歩先を歩くお姉ちゃんに依存していた面も、すごく大きかったんです」
澪「……離れてみて初めてわかったこと、か…」
憂「はい……ちょっと、気づくのが遅すぎましたね…あはは」
……その憂ちゃんの空虚な笑みに、返せる言葉を私は持っていなかった。
――それからちょくちょく、憂ちゃんとは顔を合わせた。メールで互いに連絡し合い、何となく会いたくなったら会う。そんな感じで。
ただ、そうして会っても、私達を包む状況は何一つ好転はしなかった。
それは当然だ。私達は特に行動を起こさなかったから。
どう行動を起こしても、憂ちゃんか私のどちらかが潰れてしまう未来、現実しか見えなかったから。
……私達は、ただ、悩んでいるだけだった。
憂「……妥協、しちゃいましょうか」
今日もまた憂ちゃんの家で仕事を探す『フリ』をしていると、不意にそんなことを呟かれる。
澪「妥協?」
憂「ええ。この際、もうなんでもいいじゃないですか。生きていければ……」
澪「まぁ、履歴書真っ白よりはいいけど……」
>>8 蛸壺設定みたいだから書いていいよ
全員落ちぶれなら良かったのに
憂「…最近はほら、『働けるだけで幸せ』って時代ですし…」
澪「……でも、それじゃ…」
憂「………そう、ですよね。それじゃ、私が仕事を辞めた意味もありませんよね」
澪「いや、憂ちゃんが選んだ道なら、私は否定しないけど…」
憂「いえ、もう少し……お願いです、もう少し、考えさせてください…」
澪「う、うん……」
憂ちゃんは焦っている。それは傍目に見ても明らかだ。
焦って出した結論なんてロクなものにならないのは、お互いに経験からわかっている。
でも、それでも、私達は焦らなくてはいけない。だって私達は間違いなく『負け犬』なのだから。
……本当は、そんな『負け犬』の数も増減を繰り返している。だからそこまで焦る必要はない、と私は自分に言い聞かせている。
案外、時間が解決してくれるんじゃないかな、とも思いたくなる。勿論、そんなことは無いんだけれど。
――でも、結論を出す『タイミング』くらいは、稀に時間が運んできてくれたりもするようで。
「ただいまー」
憂「え!?」
澪「今の声…」
唯「おお、みおちゃんまでいる。ひっさしぶりー」
澪「ゆ、唯!? なんでここに!?」
唯「いや、憂が仕事辞めたって聞いたからさ。お姉ちゃんとして話くらい聞いてあげないと」
さすがに憂ちゃんも唯に報告だけはしていたらしい。
帰ってくるまで結構時間がかかっていた気もするが、それは多忙な存在ゆえか。
何はともあれ、唯のお姉ちゃんっぷりは健在なようで、少しホッとする――
憂「……いいよ。お姉ちゃんの助けなんていらないもん」
澪「…憂ちゃん?」
憂「お姉ちゃんは私なんかに構わないで、輝かしい人生を歩んでればいいんだよ」
唯「う、憂…?」
いけない、妬み全開だ。
気持ちはわかる。負け組特有の劣等感というか。例えば私も律と二人きりで面と向かって会ったりしたら憎まれ口の一つも叩きたくなるだろう。
それ以上に憂ちゃんの場合、同じ負け組の私の前で成功者の、そして同時に自分を道に迷わせたとも取れる姉に一人だけ情けをかけられているんだ。意地を張りたくもなるというもの。
もちろん、唯にそんなつもりがないのは私以上に理解しているとは思うのだが、理解していても止められない激情というのもあるわけで。
だったら流石に私が間に入るしかないわけで。
澪「まぁ落ち着いて。唯もほら、時間あるんだろ? 荷物置いてきて、座ろう?」
唯「う、うん……」
唯が自室に去ったのを見届け、憂ちゃんに向き直る。
澪「……落ち着いて。ね?」
憂「………はい、すみません…」
澪「謝らなくていいよ、気持ちはわかるから。でもせっかくの機会だし、唯にいろいろ聞いてみよう?」
憂「そう…ですね。それで何かが掴めれば…」
澪「うん…」
15 :
忍法帖【Lv=4,xxxP】 :2011/06/20(月) 09:19:15.13 ID:x9wdkQJP0
続けろゴミクズ
――結局、私達はこの時を待っていたのかもしれない。
形はどうあれ、私達の『夜』が明ける、その時を。
澪「――実を言うと私も唯にはあまり会いたくなかったんだけど。まぁ仕方ないか」
唯「えっ……みおちゃん、私のこと嫌いなの?」
澪「あぁいや、そういう意味じゃなくて。自分で言うのも情けないけど…無職がそういう劣等感を持ってるのは、さっきの憂ちゃんを見てもわかるだろ?」
唯「……ごめんね、無神経だったかな」
憂「ううん、そうじゃないの。ありがとね、お姉ちゃん。私を心配してくれたんだよね…?」
唯「憂のことを考えなかった日なんてないよ。もちろん澪ちゃんも、話は聞いてたから」
澪「まぁ、唯に悪気が無いのはわかってるよ」
唯は何も変わっていない、ように見える。少なくとも今は。
全てはこれからの質問でわかるのかもしれないが。
憂「……ねぇお姉ちゃん。お姉ちゃんは、何を思って働いてる?」
唯「……いきなり難しい質問だねえ」
憂「だって、私には何も無かった。働く理由が、ただ生きたい以外に何も無かった…」
唯「……考えてみても、私にもそれ以外の理由なんて無い気がするなぁ。今の仕事はそこまで苦痛じゃないから続けられてるだけ、みたいな」
澪「…案外適当だなぁ。唯らしいけど」
唯らしいけど、全く参考にならない。
でも案外、誰に聞いても同じような回答なのかもしれない。お金が貰えるから働くだけ。お金がないと死ぬから仕方なく働くだけ。
……そして、それのほうが納得がいく。
誰も皆、自分の生きる意味なんて見つけきれてなくて。
誰も皆、自分が何の為に進んでいるのかわからなくて。
それでも、生きていけてるからそれでいいんだ、って。
たとえ思い描いた未来とは違っていても、死ぬよりはマシだ、って。
そうやって、昔の自分の放つ光から目を逸らして、みんな生きているんだ。
18 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/20(月) 09:30:41.76 ID:TeSQ5wJXO
傷の舐めあい
唯「……でもさ、もし、私に何かハッキリした理由があって働いてたとして、さ」
憂「うん」
唯「…私の言葉に、憂は素直に耳を傾けてくれるのかな?」
憂「え…っ?」
唯「ちょっと意地悪な言い方だけど……憂が私のことを妬んでるなら、私が何を言っても聞いてくれない気がするんだ」
澪「……ホントに意地悪だな、それ」
唯「……うん、ごめんね憂」
でも、真理なのかもしれない。
妬んでいる限り、どんな素晴らしいことを口にしようと、それは『成功者だから言える戯言』なのだ。
私達のような負け組から見ても、妥協してそこそこの環境で働いてる者達からしても、耳を貸すのが馬鹿らしくなるような綺麗事。
所詮は上から目線。ほんの僅かな歩む速度の差から産まれた、『上に立たない限り』一生消せない概念。
……結局のところ、最初に考えたとおり、何も考えずに皆と同じ道を歩むのが最善だったんだ。
皆と歩幅を合わせていれば間違いはない。成功も無いかもしれないけど、失敗は無い。この時代、失敗したらそれだけで大きく遅れを取ることになるから。再起不能にさえなりかねないから。
だから『失敗しない』道を選ぶ。臆病に、保身を第一として歩む。
幼い頃に夢見た未来を切り捨て、諦め、何よりも安全な道を進む。それが最善なんだと、自らに言い聞かせながら。
それなのに、いつしかそんな自分が捨てた夢は、諦めた未来は、自分の心に影を落とし、成功者を妬む。
誰よりも『失敗した』私は、私と憂ちゃんは、それ故に誰よりも影が濃く、誰よりも妬みが深くて。
でも『失敗しなかった』人も、常に悩んでいて。妬みも影も消せなくて。
みんなそれを知ってるから、先に行く人は皆、多くを語らず手招きするだけ。
それが社会なんだと、生きることなんだと。それが現実なんだと。『大人』は皆、そう教える。
……それがわかるくらいには、唯も大人になっていた。
憂「……ねぇ、お姉ちゃん。将来の夢って、何だった?」
唯「………なんだったかなぁ。もう思い出せないよ」
澪「いつ諦めたかも…思い出せないよな」
唯「うん。それが大人になるって事だったんだよね、今にして思えば」
憂「夢を諦めて、希望を捨てて、道標を全部失って、それでも歩いていくことが…?」
唯「うん。それが大人になるって事」
憂「そ、っか……」
唯「大人になるとね、迷う時間さえ無いんだ。自分は真っ直ぐ歩いてるって思い込まなくちゃいけない。疑っちゃいけない」
憂「つらい、ね…」
唯「うん……」
澪「………」
唯「………」
憂「………」
それなら、大人になれなかった私はどうすればいいのか。
大人になったけど、真っ直ぐ歩けなかった憂ちゃんはどうすればいいのか。
……きっとどんな美辞麗句を並べても、現実は『もう遅すぎる』としか言わないだろう。
結局、私達の先に真の意味での光なんてなかった。
先を行く人の照らす、人工灯があるだけで。
――その灯りに従えず、まっすぐ歩けなかった私達には、もう、未来なんてないんだ。
なぜ澪はいつも無職にされてしまうのか
――そんな現実に打ちひしがれ、どれほどの時間が流れただろうか。不意に唯が口を開いた。
唯「――あの、さ。怒らないで聞いて欲しいんだけど」
澪「…うん」
唯「二人とも、働きたくない…んだよね?」
まぁ身も蓋もない言い方だとそうなる。
あまりに広大すぎる社会と、そこで働く人々から伺える、凍てついた心。それらに気圧された私。
そしてそうなることも覚悟の上で飛び込んだはずが、その先に何も見出せなかった憂ちゃん。
形こそ違えど、今の精神状態であんな『現実』と向き合うことは、恐らく出来ない。
唯「…じゃあ、さ。一緒に暮らそうよ」
憂「……えっ?」
唯「わ、私が、二人の分まで働くから! その分、二人で家事とかやってくれたら嬉しいなー、って! ほら、あの、主婦だ
よ! ね?」
たどたどしく、ただ思いつくままを口から並べたようなその唯の言葉は、私達の『何処』を見て、向けられたものなのか。
私達の、情けない心なのか、惨めな現実なのか。どちらにせよそれは。
澪「……同情、か」
唯「っ!? 違う、違うよ澪ちゃん!」
憂「…そう取られても仕方ないよ、お姉ちゃん。そして、私達はそれに甘えたら、もう一生、普通には戻れない」
甘えられるものなら、甘えたい。働かなくていいなら働きたくない。それはきっと、誰もが抱いている感情。
でも、誰もがそれを許さない。世間も、現実も、自分自身も。
勤労が義務であるこの国で、働かないのはやはり堕落に他ならないのだから。
私も憂ちゃんも、悩みながらも、拒みながらも、やはり心のどこかでは働くことを捨てられないでいるんだから。
でも、そんな私達に、唯は言葉を重ねる。
唯「違うよ……二人のためじゃなくて、わたしが、私が寂しいから、一緒に暮らして欲しいんだ…」
澪「唯……?」
寂しい、と、そう口にした唯の目元に、徐々に涙が溜まっていく。
寂しいなんて気持ちには、自ら孤立した私も、自分のことだけで精一杯だった憂ちゃんも、もう慣れてしまっていたのに。
なのに、成功しているはずの唯が、それに慣れていなくて、耐えられなくて…?
改行ミスってる死にたい
唯「寂しいよ……部屋に帰っても、誰もいなくて……一人で食べるご飯は、おいしくなくて…」
憂「………」
唯「仕事も…みんな私を変な目で見るんだ。頑張っても、誰も素直に褒めてくれなくて…点数稼ぎとか言われて。みんなと仲良くしたくてお茶とかに誘っても、最初に疑いの目を向けられて…」
澪「………」
それは、先程も述べた『立場が下の者の妬み』だろう。
成功者である唯が何をやっても、何を思っていても、他人の目には『自分を踏み台にしようとしている』としか映らない。
勿論、それはただの被害妄想。唯はそんな奴じゃない。
でも被害妄想というものは、意外と誰もが持っているもので。極端な話、『情けをかけられた』と思うのも本人にそのつもりがなければ被害妄想で。
……そう、さっきの私や憂ちゃんのように。
唯というものをよく知っている私達でさえそう思ってしまうのだから、他の人たちに疑うなと言うのは無理というものだ。
私達でさえそうだったのだから、他の人を責められるわけが無い。
……あえて言うなら、それこそ『社会が悪い』としか言えない。
真っ先に疑ってかからないと寝首を掻かれる、そんな社会が。
唯「――でも仕事はね、仕方ないと思うよ。諦めるよ。辞めればいいだけなのに辞めない私が悪いとも言えるから」
憂「それは……仕方ないよ。働かないと生きていけないんだから」
唯「それは相手にも言えるよ。だから諦める」
諦める、なんて唯には似合わない言葉だ。
でも、残念なことに筋は通っている。本当に残念なことだけど。
唯「でも、だから、だからこそ、せめて仕事以外では…誰かと仲良くしたい。一人じゃないって…思わせて欲しい。昔みたいに……みんなと笑いたい!」
澪「だから…私達に、家に居てくれと?」
唯「……もう、一人は嫌だよ…お願いだよ、憂、澪ちゃん……」
憂「でも……」
唯「お、お金なら沢山余ってるし、私ももっと頑張るし! それに……」
憂「…そうじゃなくてね、やっぱり、自分で働かないと…」
唯「し、仕事が決まったら出て行っていいから! それまででいいから……」
憂「お姉ちゃん……」
ネガティ部ドラフト1位確定ダナ
BADキワマリ安くてジャンキーの才能あるヨ
唯「私は家事なんて全然しないから! 仕事以外何もしないから、たくさん二人に迷惑かけると思うから……だから、二人は働かなくていいから……そばにいてよぉ……!」
澪「唯……」
……惨めだな、と。心からそう思った。
もちろん、次の瞬間にはそう思った自分を嫌悪していたけれど、それでも、成功者のはずの唯が惨めに見えた、その事実は私を悩ませた。
私も憂ちゃんも、唯も。そして連絡こそほとんど取っていないけれど律もムギも梓も、みんなそれぞれ別れた道の先で一人で頑張っている。
そしてその中で、私が知る限り最も成功している唯が、最も落ちぶれている私から見て『惨め』と映った。
その結果、私がどんな感情を抱いたか…は、今は問題じゃない。問題なのは何故唯が、唯だけがそう映ったか。
惨めな私から見て惨めに映った唯は、立場こそ違えど、どこかが私と一緒なんだ。
先に進みたくなかった私と、先に進んで、昔を懐かしむ唯。それと、先に進んだ結果、全てを見失った憂ちゃん。
私達に共通しているものは、一体何なのか。
――『現実』を突きつけられ、それに負けてしまったことだろうか。
……私達は皆、過去に縛られている。
あの頃はよかったと。あの頃のまま進めたら、それならよかったのに、と。
過去に縛られ、後ろばかり振り返りながら歩く。
そんなんじゃ当然、真っ直ぐ歩けるはずもなく。
ふらふらと歩く私達は、誰もが等しく、間違っているのかもしれない。人生における正解を選べなかった負け組なのかもしれない。
……だったら、私は――
澪「――いいよ、唯。一緒に暮らそう」
唯「えっ…?」
澪「……やっぱり、ダメか?」
唯「う、ううん、そんなわけない! 澪ちゃんこそいいの?」
澪「唯がよければ、だけど。お金の面で唯の世話になることには違いないんだから」
唯「お金なんてどうでもいいから! 一緒にいてくれるなら、それだけでいくらでも取り戻せるから…!」
涙を流しながら、それでもこの上なく嬉しそうな笑顔で、唯は私に抱きついてきた。
……もちろん、横から差す訝しげな視線にも気づかないわけじゃない。
澪「……嬉しかったんだ、私は。成功してる唯が悩み、苦しんでるのを喜ぶなんて、すごく醜いと自分でも思うけど」
憂「………」
澪「でも、唯も悩むんだって思うと、こんな私達と同じように悩むんだって思うと、ね。私達とは全然違う唯だけど、私達と同じなのかもしれないって」
憂「同じ……」
澪「うん。私達は皆、同じものを嫌っていて、同じものに悩まされてる。同じものに――挫折した」
タイミングこそ違えど、唯はまだその一歩手前であれど、根本は同じ。
同じ私達なら……きっと一緒にいれば、苦しみは和らぐ。和らげてあげられる。
澪「互いに足りないものを補ってあげられれば……どうにか、こんな『現実』の中でも生きていけるんじゃないかな」
憂「私達がお姉ちゃんの苦しみを和らげて、お姉ちゃんは私達が悩まなくて済むように働く…」
澪「うん、そういうこと」
私怨
33 :
忍法帖【Lv=13,xxxPT】 :2011/06/20(月) 10:22:39.41 ID:y1Ni6/Sji
支援
憂「…いい、ですね。結構、素敵な関係かもしれません」
唯「憂も……いいの? 私が言ってることは、二人の人生を貰うってことなんだよ? 一生私のお世話なんだよ?」
澪「唯こそ、私なんかが居たところで仕事が楽になるわけでもないし、むしろ苦労して稼いだお金を使われるんだぞ?」
唯「澪ちゃんならいいよ。仲間だもん、友達だもん」
澪「そんな適当な――」
と、抗議しようとして。自分の言ったことを反芻してみて。
私が何にお金を使うのかと言われれば……唯の世話になる以上、唯を世話する以外のことにお金を使う気には到底なれなかった。
唯「欲しいものがあったら買っていいよ。お小遣いとか給料とか、そんなこと言わないから、いくらでも」
それには流石に頷かない。唯を通して買ってくれとせがむなら……三人皆で楽しめる物を、だ。
完全に自分の為の買い物になりそうなら、日雇いの仕事にでも出よう。それくらいなら頑張れる。
……でも、そんな風に私が金銭面で全て頼るつもりはないというのを唯は察したのか、寂しい表情で告げる。
唯「……私がお金を稼げなくなったら…さっさと捨ててくれていいからね?」
澪「……何を…言ってるんだ」
問い返しはしたものの、言いたいことは察してしまう。唯は『契約』のようなカタチで私達との関係を保とうということだ。
唯は私達の為だけに働くと決意し、同時に働く事だけで私達に必要とされる道を選んだ。
ならば、働けなくなったら。お金を稼げなくなったら。その時はもう、契約の効力は無い。自分を切り捨てろ、と。そう言っているんだ。
こうして澪は唯のひもになった
実質『働かなくてもいい』と言い切ってくれた唯が、私にとっては救いの女神に見えているのに。
唯自身は『他人の人生を奪う』契約を持ちかける悪魔の気分なんだろう。
……唯をそんな目で見ることなんて勿論出来ないし、それに唯には悪いけど、私はまだ大人になれていない。
大人と違って、私は絶対に損得勘定なんかじゃ動かない。友達が友達で居てくれる、その恩義だけに則って行動する。
澪「そんなこと、私達に出来るわけないよ」
憂「そうだよ。お金を稼ぐことが第一の世の中で、それを担うお姉ちゃんが一番偉いのは、やっぱり否定できないから」
唯「イヤだよ、そんなの……私は対等でいて欲しいよ」
唯はお金という形で私達に奉仕して、私達は唯の世話で文字通りの奉仕をする。
そんな関係を求めているのだろう。けれど生憎、全てに必要なのは、お金なんだ。
憂「ううん、そういう『社会』なんだから、お姉ちゃんが一番偉いの。だからその分、お姉ちゃんがお金を稼げなくなったら私達がもっと頑張ってお世話するよ」
澪「最後まで、絶対見捨てないから。そうやって、死ぬ時に貸し借りゼロの対等な立場で人生終われたら、それでいいと思う」
……とは言うけれど、こんなの偽善だ。
より大きい『お金』というもので『先に』世話になる私達のほうが、明らかに立場は弱いんだ。
だから本当は、捨てられても文句を言えないのは私達のほうだ。
だからこそ、そんな私達を見捨てずに養ってくれる唯のためならば。
――私の一生なんて、いくらでも捧げよう。
37 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/20(月) 10:34:05.49 ID:S4ckgQ9+i
クッソみたいなSSだな……
溜まりに溜まって、自棄糞になった時が見ものだ
――
―――道標が欲しかった。
道を照らす街灯が欲しかった。
進むべき道を指し示してくれる人が、手を引いてくれる人が欲しかった。
……今の私にとって、それは唯。
澪「――唯、仕事は…辛くないか?」
唯「大変だよ。でも言ったでしょ、二人の為ならいくらでも頑張れるって」
唯の笑顔は、いつも変わらない。変えてしまってはいけない。
それが今の、私と憂ちゃんの使命。生きる意味。
でもやっぱり、その『大変な仕事』を唯だけに押し付けているという罪悪感は消えなくて。
唯「……澪ちゃん」
澪「…ん?」
唯「いつも家事、ありがとね。大変でしょ?」
澪「……そんなの、唯の為だと思えば何ともないよ」
唯「……一緒だよ、私も。私達は一緒なんだよ」
澪「…そう、かな」
唯「そうだよ」
唯も、『大変な家事』を私達に押し付けているという罪悪感を抱えていて。
そうだ、私達はどちらも大変だと知っている。どちらも苦しいものだと知っている。
唯「だから、辛く苦しい仕事は、絶対に澪ちゃんや憂にはさせたくない」
澪「…私も、家事は唯にはさせたくないよ。いろんな意味で」
唯「……ちぇっ。せっかくカッコつけたのに」
澪「……大丈夫、わかってるから」
……苦しみを押し付けあい、分かち合う、それが私達の関係。
互いに依存した、歪で危うい関係。
もしもこの関係が崩れれば、私達は生きていけないだろう。
誰か一人でも、何か一つでも欠けようものなら、そこで私達三人の『全て』は終わる。もう、先は無い。
……それでいいのか、と口にする人もいるだろう。
私だって、いい事だと胸を張っては言えない。
私だけじゃなく、憂ちゃんや唯にとっても、こんな未来が最善だなんて言えない。
でも、誰もがそうだろう。
誰もが『夢』を捨てて『現実』で生きている。夢を捨てざるを得ない、こんな腐った現実で生きている。
何一つとして苦しみの無い夢のような世界は、所詮夢なのだ。
挫折し、妥協し、諦めて、そうして最後に残ったたった一つのモノだけを大事にしながら、生きていくしかないんだ。
そんな現実に不満を抱きながら。
それでも、私達の生きる場所は現実にしかない。
そこに生きる人に平等に冷たく、情けも救いもない、そんな現実にしか生きれない。
向き合えば向き合うほど空っぽで虚ろな、何も無い現実にしか。
――現実は、きっと本質からして間違っている。
そんな間違った世界で、間違った私達は、間違ったやり方で生きる。
人から見れば、それは最低な生き方かもしれない。それでも、私には――私達には、もうそんな生き方しかできない。
もう、それだけしか残されてないから。そうすることでしか生きていけないから。
……でも、そんな間違いだらけの人生に、たった一つだけ望むとするなら。
たった一つだけ、救いを実感できるとするなら。こんな世界でも、生まれてきて良かったって思える瞬間があるとするなら。
唯「澪ちゃん…」
憂「澪さん…」
――せめて、最期の時には、二人が隣にいてくれて。
――「頑張ったね」って言って、微笑んで欲しいな。
おつん
何か社会人の澪と憂と梓が主人公のssとちょっと似てたな
45 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/20(月) 11:11:14.03 ID:TeSQ5wJXO
読むのがしんどい
馬鹿には辛いSSじゃのお
46 :
忍法帖【Lv=15,xxxPT】 :2011/06/20(月) 11:15:44.05 ID:vdDIwdrPi
乙
ゴミみてえなSSwwwwこれなら俺の方がオモロイの書けるわw
乙。
バブル崩壊直後に大学卒業した世代にはつらいSS。
オッサンも頑張らないとな。
乙
いろいろ心に染みた
二度とVIPでやるなゴミクズ
気持ち悪いんだよ
tes
54 :
忍法帖【Lv=12,xxxPT】 :
tes