魔法少女まどか★マギカ第11話「じゃましないで!」

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魔法少女まどか★マギカ第11話「じゃましないで!」

 キュゥべえは珍しく困惑を見せた。
 耳裏をくすぐってくる独特の声で言う。
『なぜかなぜかって、まだ分からないのかい? いいかい、美樹さやかは上條(かみじょう)恭介(きょうすけ)の病を治す願いと引き替えに魔法少女になった。そして魔女になり、無謀な闘いを挑んできた佐倉(さくら)杏子(きょうこ)の自爆魔法で相打ちになった』
 シンプルな回答は、授業中の先生の声と重なり、まどかの意識の中で混濁していく。
 まどかは既に講義の声を聞いていなかった。数学の授業をしている中、教科書も閉じたまま。頭を抱えて、そしてキュゥべえの答えさえも耳には入れていない。
 キュゥべえはそれを見越した様子で、まどかの肩の上に乗ったまま、諦め混じりに淡々と言う。
『これで何回目かな。鹿目(かなめ)まどか、きみは全てを見ていたじゃないか。美樹さやかが魔女になり、佐倉杏子と二人で消滅してしまったところを』
『そんなのわかんないよ、なんで、どうしてこうなったの……』
『大丈夫さ。ワルプルギスの夜はキミが契約してくれさえすれば倒せるんだ。鹿目まどか、キミが美樹さやかや佐倉杏子の代わりに戦えば、この町の人々を救えるんだ』
『違う。さやかちゃんや杏子ちゃんがどうしてこうなったの。もう私、わかんないよ。私はさやかちゃんや杏子ちゃんの代わりにはなれないんだよ』
 キュゥべえはため息をついた。説明を繰り返していて精神の疲労が蓄積されていた。鹿目まどかは美樹さやかや佐倉杏子が消滅した理由を認識しているはずだが、どういった理由からか、どうしてどうしてという言葉を繰り返すのだ。どうしても現実を見ようとしない。
『キミは分かっているはずだ、鹿目まどか。ワルプルギスの夜は来る。暁美(あけみ)ほむら一人ではあの超弩級の魔女を倒せない。キミが美樹さやかや佐倉杏子の代わりに戦うしかないんだ。何を迷っているのかな。道は明らかだろう。これだから人間の心理は分からないんだよ』
『違う、代わりだなんて、どうしてそうなるの? 代わりなんてできないよ。さやかちゃんはさやかちゃんだよ。さやかちゃんは正しいことをしただけなのに、どうして、』
 と思念波で言い争うが、議論は噛み合わない。
 まどかは涙をこぼしはじめた。
 そこに数学教師の声が飛び込んでくる。
「この問題を、美樹さやか、じゃないな、鹿目まどか、代わりに頼む」
「代わりに?」
「ああ」
 代わりという言葉が頭の中で回転した。さやかちゃんの代わりに? 問題、説かなくちゃ。足元がふらつく気がした。涙を流しながら、まどかは黒板へ歩いて行き、チョークで回答を、書こうとしたところ、胃からせり上がってくるものがあった。
「うっ」
 まどかは嘔吐した。代わりに代わりにという言葉で精神が圧迫されたのだ。堰を切ったように、今朝の朝食、前日の夕食、前日の昼食を溢れさせてしまう。出せば出すだけまどかの中で理不尽の念が重くなった。
 さやかちゃんの代わりなんて誰にもなれないはずなのに、みんなおかしいよ、とまどかは吐くのをとめられなかった。
「ああぁ、保健委員、は、鹿目まどかだっけ? じゃあ代わりに学級委員長が」
 教師は投げやりな口調で指名した。
「私が行きます」
 ほむらが教師の声を遮り、立ち上がった。まどかに肩を貸した。そして振り返りもせずに教室を出た。
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(チベット自治区):2011/03/17(木) 00:10:50.71 ID:SGJ5rrfu0
せやな
 保健室のベッドに座ると、ほむらは冷たい視線で射た。
「大丈夫? あなたは相当に衰弱しているようだわ」
 言いながらまどかをベッドへ横たえた。彼女の顔には生気がなく困憊の色をしていた。
「だいじょうぶ、わたしはだいじょうぶだから」
 と言いつつも声は絶え絶えである。
「いええ、あなたは嘔吐したわ。消化されるはずだった食べ物をエネルギーに変えられていない。これから忙しくなるわ。少しでも蓄えがなければ」
「あっ、それなら杏子ちゃんがくれたお菓子が、」
 とまどかはポケットからうまい棒を取り出す。
 杏子が魔女の姿に変じたさやかを救うために、闘いへ挑む直前に、まどかに与えたものだった。いわば杏子の遺品。
 杏子が食べ物を大切にしていたのを思うと、食べてしまうことこそが遺品とはいえ最大の礼儀に思えた。
 しかし、
「あっ」
 うまい棒は潰れた上、真っ二つに割れていた。教室で嘔吐してへたり込んだときか、保健室のベッドに横臥したときか、あるいはもっと前か。いずれにせよ、まどかの責任で杏子から受け取った菓子が潰れてしまったのに間違いはなかった。
 駄目になったお菓子を見て、まどかに杏子やさやかの最期がフラッシュバックした。
「ごめんね、ごめんね」
 まどかはまた涙しはじめた。
「聞いて」
 ほむらが言う。感情を抑えた口調だった。
「ワルプルギスの夜が来るわ。私だけでは勝てないかもしれない。でもそれは、策略次第だと、私は思う。キュゥべえの甘言に乗らないで。必ず勝つから。あなたは逃げて。」
「でも、逃げるだなんて」
「普通のし方では勝てない。私は、勝つためなら手段を選ばないわ。何が起こるか分からない、そう、勝つというより、私は生きてはいられないかもしれない。だから
 あなたは、逃げて。まずは帰ってから、出発の準備をしなさい。勝負は明日よ。遠くへ、できるだけ遠くへ逃げて、お願い、お願い、もうこれで会うのは最後よ」
 言ったきり、ほむらは背を向けて保健室を出た。隠しきれない、戦いに赴く前の恐怖の色を、まどかに見せないために。
4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(宮城県):2011/03/17(木) 00:11:43.32 ID:HGDN3gEn0
せやろか?
 まどかは帰宅して、母の靴を見つけた。玄関に革靴が残っているというのは母が出社していない証拠だった。
「あら、お帰り。気分悪いの、顔が真っ青よ。まどか、早退したの?」
「ごめんなさい」
「謝らなくたって良いよ。私はそんな鬼母じゃないんだから」
 と笑う。
 もちろん、ごめんなさい、という謝罪は結局ほむらの言いなりで帰宅してしまった自責の念から出た言葉だった。
 ほむらちゃんの助けになりたい、とは思うが具体的な魔法少女になるという行動を起こせない自分が無力でたまらなかった。ごめんなさい。さやかや、杏子、そして巴マミにも申し訳がないのだった。
 だが母親はほむらとのやりとりを知らないのでさやかの心中が分かるはずもなかった。
 誤解したまま、
「良いのよ良いのよ、たまには勉強なんてやめなさい。気分が悪いんでしょう。何か飲む? あ、当然お酒はなしよ?」
「お水ちょうだい」
 さやかはリビングの机に突っぷして、母がミネラル・ウォーターを運んできてくれるのを待った。
 逃げる? 一体どこへ? なるべく遠くへ? ほむらがスケールの大きい闘いを挑もうとしているのは分かった。だが、そうと推し量れた以上は、ますます逃げることなんて出来ない。魔法少女は孤独だ。だからせめて見届けてあげたい。
 しかし、見届けてあげたい、というのは見ているだけでもある。戦わずに、いつも守ってもらってばかり。 杏子ちゃんだって、私を守るために魔法を使わないでいれば、さやかちゃんの目を覚ましてあげられたのかもしれない。今ごろ笑って握手できていたのではないか。
 自省すると、悔やみというナイフがまどかのノドの最もやわな部分を裂く。声も出なかった。まどかは重圧に押しつぶされたとき、声も出せないクセがあった。
 ただし、キュゥべえは杏子がさやかを救い出せる公算はないと知りつつ戦いに誘ったのだが、その策謀をしらないまどかは自分を責めるばかりである。
「おまたせ」
 母親がテーブルにコップを置く。七分まで水が注いであった。
 まどかは、ありがとう、と言えない。
 その様子を見て、母はこりゃとんでもなく体調が悪いなと察する。
「なあ、まどか、何があったのさ、いや理由は言わなくていい、何が悲しいの? 話してごらん」
「この前言ったよね? 絶対に正しいことをしているのに、間違っている友達がいて、でもダメだった、わたしダメだった」
「そっか、ダメだったか」
 母もいつの間にかグラスを持っていて、その中にはワイン。昼間からアルコールとは、会社で何か問題があったに違いない。その都合で帰宅しているのか。
 母は一息に赤ワインを呷った。
「まどかは、ダメだったか。ダメな子か」
「うん、ダメだった、本当に、何もできてない! 代わりにすらなれない! 誰かが誰かの代わりになるなんて、そういうのおかしいと思うんだけど、でもやろうとしたって出来ないよ! わたしには出来ない」
 マミは宙づりで死に、さやかは狂い、杏子は理想のために殉死した。そしてこれからほむらも。自分はいつも、近くにいたとしても叫んでばかりではなかったか? 文字通り、口ばかりで何も行動せずに。魔法少女にならないのではなく、なれないのだ。
 自発的な意志は介在せず、流されているだけ。
 まどかは嗚咽しながら、また吐きそうになった。しかし今度は胃袋が空だったので、食道を通して胃の空気が漏れただけだった。
「まどかは、出来なくてもいいのよ、アタシがやったげるから。大人をナメるな。必ず最後に、アタシが守ってあげるから」
「ううっ、ママ?」
「ツライことは全部大人に任せなさい。子供は、子供の人生を生きればいいのよ。ツライ分だけ大人は楽しいんだから、ね?」
 大人には心地よい責任感と、アルコールがある。手の中のグラスを振った。いつかの人生訓でまどかを落ち着かせる狙いだった。
「分かってない! 子供もツライの、でも楽しくないの! ずっと、絶望しかないの! 大人は楽しいかもしれないけど、私は違う! ツライ大人は楽しいよ、でもツライ子供はどうすればいいのよ!」
 まどかは結局水に一度も手をつけず、自室へ篭もってしまった。
 母はテーブルに残されて、言葉もなく酒を飲んだ。ワインがなくなったので、新しくビールの缶を開ける。そこへ電話、職場から。母は無視してアルコールにふけり続けた。ビールを飲むと、携帯電話の電源を切る。
 断電の直前、鳴り止まない携帯電話のディスプレイには、「経理部長のハゲ」と敵対する役員の名前が表示されていた。彼女には彼女の戦いがあった。
 キュゥべえがまどかの枕元に座っている。
 そしてこの世のものとは思えない、天国の園のリンゴの木から果実として産み落とされたような声で、
『まどか、これはたいへんなことだよ。暁美ほむらは精神のバランスを失っているようだ。一人ではワルプルギスの夜をとめられやしないさ』
 まどかは答えない。彼女はベッドへうつぶせに寝ころんでいる。ベッドサイドには、旅行カバンと、数枚の着替え。ただし逃亡の準備は途中でやめてしまって放置している。
『暁美ほむらは犬死にがオチさ。とても正気とは思えないね』
『ワルプルギスの夜って?』
 まどかの瞳には関心の光が宿っていた。
 それを見抜いてキュゥべぇはほむらの無勢を説く。これを機に鹿目まどかと契約できれば。
『魔女さ。暁美ほむらでは到底勝ち目がない、強力な魔女さ』
『どんな人?』
『え?』
『どんな魔法少女、ううん、女の子だったの?』
 ゆっくりと答える。
『まどかは、それを、聞きたいかい?』
『いい』
 まどかは枕に顔をうずめた。
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2011/03/17(木) 00:16:11.42 ID:6WLQnA/70
さんぎょうで
 翌日、まどかは学校をサボった。
 早朝、家族の誰にも会わないで、足にはスニーカー。逃亡を決意したのではない。肩の上にはキュゥべえが乗っていた。他には荷物がなかった。女の子はいつでもカバンを一つ持ち歩くものだが、手ぶらだというのは、ほむらを探し出すという意思の表れだった。
『すごい魔力だ。夕方にもワルプルギスの夜が出現するに間違いないね。まどか、感じるかい?』
『ううん、何も』
 と家を出てすぐ会話をした。
 まどかはワルプルギスの夜が出現する前触れを全く感じなかったので、キュゥべえの言うことが分からなかった。
『ほら、』
 キュゥべえは柔らかな尾でさやかの顔をなでる。ひゃん、とまどかは驚く。
『こ、これは』
 すごい。急に空が濁って暗くなり、建物も廃墟の様相に変わった。なにより、ある方向から怒涛のように魔力が流れてくる。その方向へ歩くのが、躊躇われるほどだ。思わずまどかは、向かい風へ相対したときのように顔を背けた。魔力の風圧が、まどかの髪をなでいく。
『分かるだろう、僕も初めてだ。暁美ほむらを探したいなら、きっとこの魔力の源泉に向かっているはずだ。この魔力は、ワルプルギスの夜の発生予定地点から流れてきているからね』
『そんな、』
 と弱音を吐きかけたが、まどかは頷くだけで返事した。彼女の決意は固まっていた。どんな困難があっても、せめてほむらのそばにいる覚悟だった。
 電車の駅へ向かい、焼け焦げたかのように魔力で損壊して見える車両に乗って、目指すは見滝原駅。ワルプルギスの夜の出現地点は、キュゥべえに教えてもらった。
『暁美ほむらはなぜか前もって出現地点を知っていたんだ。本当に不思議だ。でも、そんな彼女だからこそ、下準備は既に済ませて出現予定地点に待機しているに違いない』
 まどかは答えなかった。それくらいはもう知っていた。昨日の、保健室での会話を思い出すと、ほむらが準備を万全にしてワルプルギスの夜の出現地点で待っているというのは明らかだった。それくらいの周到さがなければ、昨日のような真摯な言葉は言えない。
「おじょうちゃん、どこへ行くんだい」
 知らない声に振り返ると、車内の近くに座っている老婆だった。
 老婆が腰を下ろしている座席も、腐った牛皮のように朽ちて見えたが、もちろん普通の人である本人は気がついていない。ワルプルギスの夜は、グリーフシードから孵化する前から広大な結界を準備しているのだ。魔法少女にしか視認できない、蜘蛛の巣を。
「えっと、」
 と説明に詰まる。
「おじょうちゃん、中学生? 小学生かな? 学校はどうしたんだい、ランドセルも背負わないで」
「小学生じゃありません!」
 と抗議するまどか。昔から幼く見られるのが嫌だった。
 けれども、小学生じゃありませんとしか言えないのが辛かった。ほむらちゃんがワルプルギスの夜と闘うので見届けるんです、と口に出すのもおかしい。
 ほむらちゃんがワルプルギスの夜を倒さなければ、このまま発動した結界に閉じ込められてあなた方は、みんな死んでしまうんです、と子細に説明したところで気が触れていると誤解されるばかりだ。魔法少女は、日陰の存在。崇高な使命があっても明かせない。
 何をしたって誰にも見てもらえないし、本のページを焼くようにマミさんたちは消えてしまったんだ、とまどかは涙をこぼしそうになった。だからせめて私の記憶には、ほむらちゃんを残す。必ず本当のほむらちゃんを覚えておこう、とまどかは考えた。
『日陰の存在だが、それも契約さ。僕たちは、魔法少女に何でも願いを叶えるという対価を提供してあるんだからね』
 とキュゥべえが余計なことを言う。
 そのとき、携帯電話が鳴った。ディスプレイには家の番号。まどかは無視した。
 三度、それから電話があった。
『出なくてもいいのかい?』
 駅の改札を抜けてから、キュゥべえが尋ねる。
『いいの。ママが、私が学校へ行ってないから怒ってるんだと思うの。でも、ほむらちゃんのことの方が大切だから』
『何回も電話して来るだなんて、きっと重要な要件があるんだよ』
『かまわないから。私はこうすると決めたから』
 見滝原の出没予定地点へ行くにつれ、風景が、壊れたカメラで撮影したような陰の強いものになっていった。強烈な熱を当てたようにコンクリートすら爛れて見える。人類が滅亡して、百年後。そんな荒廃した雰囲気だった。
 結界は、魔女の心象風景を象っているというが、よほど人間嫌いなのがワルプルギスの夜の特徴らしい。
 怖い。
 それがまどかの正直な感情だったが、巴マミが気丈に振る舞っていたのを思うと、当然弱音は吐けなかった。マミさんも、怖かったけど魔女に立ち向かったんだ。私もワルプルギスの夜にまみえにいくんだから、せめて恐怖は押し隠さないと。
 そうでなければ、いつも通りにほむらちゃんの足手まといになってしまう。
とりあえず改行しろよとしか
 風が吹くと崩落しそうな、ビルの森を抜けて、建物の玄関や、裏路地に踏み込む。ほむらちゃん、と声を出して探したかったが、出来なかった。物音を出した途端に、何者かに憑き殺されそうな気がした。
 先ほどからあたりに人影はなく、叩けば折れそうな沈黙が張りつめていた。人間はエントロピーを小さくしたがる生き物らしい。ぎっしりと詰まった沈黙を裂いてまで騒いだりは出来ない。
 そのとき、地鳴り、ではなく携帯電話のバイブレーションが鳴った。咄嗟のことでまどかは身を固くした。
『メールが来たようだね』
 とキュゥべえが言う。
 あたりはワルプルギスの夜の領域だ。そんなときにメールを寄越した人物を、少々憎みながら、まどかは携帯電話を開いた。どうでもいい内容ならばしばらくメールには応えられない、と返信しようと思った。
 もしも今のメールが魔女の襲撃だったなら、私は死んでいた? そう思いながら、メールの射撃手を確認する。
 父からだった。電話してください、という一文だけのメールであった。
 ちょうどバイブレーションが鳴って、静けさの緊張がほぐれたので、まどかは父へダイヤルをかけた。この通話が終わったら、ほむらちゃん、と大声で呼ぼうと決めた。
 静粛という名の結界を、破いてくれたのは、父親からのメールだった。そのことへの多少の感謝もあった。着弾の瞬間には恐怖に血の気がひいたが、肉親からのメールと分かれば怖くはない。
「もしもし、パパ、珍しいね?」
 まどかの声は弾んでさえいた。
「まどか、聞いてください」
 と父親が言う。
「ママが、自死しました」
「自死?」
 普段使わない言葉だ。そういう耳慣れない単語を聞いたとき、人間は急に不安になる。意図的に避けてきた急所を、突かれたようで。
 自死。その音にだけでも荒んだものを感じる。どこの家庭にでも、タブーは二つある。セクシャルな言葉と、死にまつわる言葉。その後者が、自死。鹿目家のタブー、自死。
「自ら死ぬ」
 と父は言った。
 自死。なんて古風な言い方だろうと思ったが、その奇抜な言葉遣いが、かえってまどかを納得させた。
「そう」
 口に出して答えたことで、まどかの胸の中で何かがストンと落ちた。
「帰ってきなさい」
 と父親は怒らずに言う。普段は優しい父親だから、叱咤することには慣れていないのだ。実は、現在の鹿目家では、父親には怒るほどの気力もなかった。朝目覚めたら、冷たくなった妻の死骸と、ベッドサイドに置かれた大量の薬の空き瓶。致死量をはるかに超えた睡眠薬。
 そして失踪している娘。何度電話をしても、娘のまどかは応答しない。精根尽き果てて、メールをして、ようやくの通話だった。父親が丁寧語になるのも仕方がなかった。
「分かった」
 まどかは一も二もなく引き返した。
つまり、どういう事だってばよ
 帰りの電車の車内で、
『ママは、どこかの魔女に?』
 殺されたのか。
『違うよ。夜中でも、魔女が出現したら僕には分かる。まどかのママは、魔女の接吻を受けてはいないと断言できる』
 では、昨日私が怒鳴ったのが原因? 私が早退して、さやかちゃん達のことでケンカしたのが、ママが自死した理由だろうか。私が早退しなければ、こんなことにならなかった? そもそもさやかちゃんが魔法少女にならなければ、こうはならなかった? 
 まどかは自責した。だが自己に対する許しはおりない。さやかが死んだ運命は覆せないのだ、もっと自分が強くあって、ママに当たり散らしさえしなければ、今頃ママは元気に自分が学校をサボったことを怒れていたかもしれない。
『まどかは、ママが魔女に殺されていればいいと思ったかい?』
『そんなことはない!』
『もしそうだったら、まどかは自分を責めなくて済んだのに。魔女を憎悪するだけで良かったのに。魔女がまどかのママを殺していたなら、まどかは魔女に復讐するだけで良かったのに』
『違う、それは違うよ』
 まどかは、もしも魔女のせいで母親が死に追いやられていたとしても魔女に復讐は出来ないだろうとおもった。きっとそうなっても、母親を守れなかった自分こそを憎むだろう。あるいは、もっと別の選択肢を取れたのではないかと思い悩むだろう。
 もしもまどかが魔法少女の契約を結ぶことがあっても、それは他者を打ち負かす力を手に入れるためではなくて、自分を成長させる力を手に入れるためだ。
 私、マミさんみたいに格好良くて素敵な人になれたらそれだけで充分なんだけど、といういつかの夢は、地に足ついた現実へと形を変えはじめていた。まどかは、巴マミになりたいのではなくて、自分のまま、成長したいと思い始めていた。
 遺書は二通あった。
 家に帰ると、まどかは簡単な便せんの方だけを渡された。
 母の遺体がある病院へタクシーで向かいながら、ゆっくりと目を通した。
「まどかは大学に行きなさい。うちには、かなりの蓄えがあります。ただし詳細な金額は教えません。まどかはまだ子供だから、お金のことは心配しないでください。あと、パパはいつまでも専業主夫をしていないで、働いてください。どうぞよろしくお願いします。」
 と数行の手紙だった。
「これだけ?」
「ああ」
 と父親はもう一方の遺書を読んでいる。
 もう片方の遺書は封筒に入っており、達筆な毛筆で『鹿目詢子』という署名がしてあった。『鹿目詢子』という母の名を読んでまどかは言いしれぬ胸騒ぎを感じた。
 無理矢理ではないが、父が読んでいる遺書をひょいと覗き込んだところ、会社の競争が激しくて云々という文面が見えた。
「こら!」
 父親が思いのほか大きな声で叱った。
「ごめんなさい」
「ママが、こちらはまどかに見せるなって」
 と父親はなんとなく後ろめたくて言い訳をした。
「どうして?」
「恥ずかしいからさ」
 まどかと父親は、病院へ着いた。看護婦に受付で名前を告げると、ある部屋まで案内された。遺体安置室。
 遺体安置室は、他の部屋とは違ってドアも外壁も無機質な灰色をしていた。何色だろうと、中の人間は文句を言わないから、塗装しないで放ってあるのだ。
 まどかと父親が部屋に入ると、看護婦はいつの間にかいなくなっていた。とはいっても二人はそれには気がつかなかった。彼らの注目は、室内のベッドに安置された、鹿目詢子の遺体へ集中していたからだ。
「ママ?」
 まどかは母親の頬をなでた。温度が冷たいから、ではなくてわけもなく涙がこぼれた。単純に、母親の体がそこにあるから泣いてしまってとまらなかった。体のあるなしは大きな違いだ。
 電話や、遺書を読んでも、頭の中で母が死んだという概念のスイッチがオンになっただけだったが、現に目の前に母の体があって、それが死んでいるとなって、ようやく現実に母親の死が聳え立ったのだった。
 それから二人は手続きを終えて、いったん帰宅した。
 まどかは母の部屋をあさって、日記を発見した。
 日記を発見するつもりはなかったが、遺品整理で気を紛らわせようとしていると、見つけてしまったのだ。
 迷いなくまどかは日記を開いた。ママと自分は女同士だ。ママの意志を継承するなら、私がふさわしい。女同士でなければ分からないことがある、とまどかは気負っていた。
 最初のページに、十年後の目標、二十年後の目標、三十年後の目標が書いてあった。キャリアウーマンらしい計画性だ。
「十年後の目標:役員になる。二十年後の目標:社長になる。三十年後の目標:会長になる」
 順調すぎるほどに出世していく理想モデルのあとに、さらに細かく、人事部と営業部を影響下に置く、などの戦略を書いてあった。
「今日は管理職会議があった。私は経理部長の罷免を提議した。課長に過ぎない私が、経理部長に楯突こうというのだから、あのハゲは顔を真っ赤にしていた。人事部や営業部にはしっかり根回ししていたし、
 反ハゲ派は諸手を挙げて賛成だろうから、ハゲが失職するのは明らかだった。おそらく四分の三は私の旗に味方する。しかし、議決の結果は、不通過。賛成に挙手したのはなんと私だけだった。
 経理部のハゲが買収をしかけて、私から離反させたのだ。おそらく人事部は佐藤さん、営業部は遠藤さんから切り崩されたに違いない、彼らにはハゲに弱みを握られているふしがあった。社内設備の件で、」
 そこからはまどかには分からない社内の人間関係のことだった。さらに翌日、翌々日、と読み進めるうちに、まどかは、自分の母が追い詰められていたのを知った。
地震の影響で打ち切りなんだっけ?
「今日、退職届を提出した。せめてクビを切られた形式にしたかったが、依願退職ということで、ケリがついた。退職金は出たが、クビにされた場合と違って、雀の涙にもならない。
 明日からは収入の道が閉ざされているから、なんとかして職を見つけなければ。うしろには崖しかない。前進あるのみ。ただし道は険しい。仕事のことは、家族には言っていない。
 欲をかきすぎたせいで、逆に自分が追い出されたのだから、みっともなくて言えるわけがない。どうしよう。」
 そして、自殺の晩。
「これで人生はおしまいです。」
『まどかっ! くるぞっ!』
 キュゥべえの声。
 そのとき、荒れ狂う風がまどかを襲った。ごぉぉんごぉぉんと至近で鐘の音圧にさらされているように魂が体からはみ出そうになった。内蔵をうしろから誰かに引っ張られている。腸から、心臓、脳を奪われて体が抜け殻になりそうだった。
 風はまどかから体温を取り去って、代わりに気怠さを与えた。しかし部屋には何の異変もなく、日記帳のページも、すこしもめくれ上がってはいない。
『いまのは!?』
『ワルプルギスの夜だ! グリーフシードにヒビが入り始めている! まだ生まれてはいないが、それだけで今の魔力だ!』
『わかった!』
 まどかは母の部屋を出た。
 父に出くわした。
「どうしたんだ?」
 廊下を塞いで通してくれない。
「ちょっと出かける」
「こんな日に? おかしいんじゃないのか」
 怪訝な顔をする。
「でも、」
「うちにいなさい!」
 まどかが口答えしかけたので、頭に血がのぼったのだった。
「ごめんなさい!」
 まどかは無茶を貫いて家を飛び出した。
 追って、父からメールが来た。
「まどかも一人になりたいよな、分かった、夜までには帰ってくるんだぞ」
 道中、キュゥべえと合流してまどかはほむらの秘密を聞いた。
『僕の推理ではね、たぶん当たっていると思うんだけど、』
 とキュゥべえはほむらが時間旅行者であることをばらした。そうであれば、何もかも納得がいくのだ。過去に遡れる能力があるからこそ、全ての人間の氏名を知っているし、キュゥべえが契約した覚えもないのに魔法少女でいられるのだ。
 ほむらはワルプルギスの夜の、グリーフシードの目の前にいた。
 孵化した瞬間に時間を止めて、攻撃を叩き込む。ほむらはそういう作戦だった。卵のままで攻撃しても、効果があるかが分からないし、ひょっとすると自身に不利に働く可能性があった。そこは未知数だった。だから、あえて孵化した瞬間に……
『暁美ほむら』
 キュゥべえが声をかけた。
『邪魔しないで』
『暁美ほむら、キミはどうしてワルプルギスの夜の発生地点が分かるんだい?』
『統計よ』
『統計? ははは、僕はキミの能力を鹿目まどかに教えてしまったよ。出来るんだろう、時間遡航が。ただし特定の地点にしかタイムワープできないようだけどね』
 ほむらは答えない。
『そうだろう? なんども闘いを繰り返しているから、ワルプルギスの夜の発生地点を覚えてしまったんだね、悲しいことだ、そんなに戦い続けて』
『邪魔しないで!』
『ほむらちゃん!』
 まどかが、ほむらの怒号にかぶせるように言った。
『私、ここにいるから。ほむらちゃんを覚えるから。お願い、ここにいさせて』
『逃げてと頼んだはずよ』
 冷静なスタンスを崩さないほむら。
『ほむらちゃん、時間、戻れるんでしょう? 大変だったよね、でも、何度も繰り返してるなら、なんで分かってくれないの! 私もここにいさせて!』
『それはできない。まどかは、分かっていないわ』
『ここにいる!』
『ごめん』
 ほむらは謝ると同時に、鞭状の魔法の帯をまどかへと射出した。鞭に絡め取られて、身動きが出来なくなるまどか。
『私は何度も繰り返してきた! お願い、これだけが私の願いなの! まどかは闘わないで、逃げないなら、せめてそこから動かないで!』
『いや! なんで私を!』
『うるさい!』
 しかし鞭を、キュゥべえが断ち切った。
『困るね。魔法少女が普通の人に魔法を使っちゃダメだろう。暁美ほむらには魔法少女の矜持がないのかな』
 キュゥべえの体を包み込むように、魔法の炎が燃えていた。その火炎をナイフに変じさせ、鞭を切ったのだった。
 ほむらは無言でライフルを出現させ、キュゥべえに射撃。瞬間の早業。キュゥべえはもちろん、致命傷を、負わなかった。キュゥべえは魔力の障壁でライフルの弾を受け止めていた。
『家畜より弱い主人がいるかい? 僕を甘く見ない方が良い』
 キュゥべえは無数の魔弾をほむらに放った。

(了・第十二話へ)
21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西):2011/03/17(木) 00:27:11.90 ID:bMmyIks5O
続けて
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(鹿児島県):2011/03/17(木) 00:27:38.92 ID:nMbh/2O60
糞スレ立てんなまどか厨
11話が見られないので内容を妄想しておきました。
同じことをしている方がおられれば、このスレで是非見せてください。私が読みたいので。
需要がゼロだったなら、クソスレ立てて申し訳ありませんでした。
24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西):2011/03/17(木) 00:38:32.09 ID:U/xbCEkMO
読んだよ
まどか可哀相だよまどか
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2011/03/17(木) 00:39:08.58 ID:6WLQnA/70
こんなの絶対おかしいよ
>>24
>>25
ありがとうございます!
正直いって今週放送休止とかもう待てない・・・
どういう展開になると思いますか?


ほむらvsまどか だとか、
ほむらvs本気出したキュゥべえ がくると熱いんですけど。
まどかvsメカまどか
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(静岡県):2011/03/17(木) 00:50:32.65 ID:RH56Qtii0
まどかvsビオランテ
中学生の妄想日記はチラ裏でやってろ