唯「では、あなたは神は存在しないとお考えですか?」

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1棄車保帥 ◆jGok8klrco
さわ子「平沢さん、どうもけいおん部はあまりお好きに召さないようですね」

唯「ええ、嫌いです。」

唯はそういって首を振った。

唯「もちろん」

と唯は続けて言うのだった、

唯「すばらしものもあります。たとえば、あのふわふわ時間の演奏なんかはすべて…」

さわ子「ときにはいくつとも知れぬ楽器の音がおれの耳元でかすかに響き、
     また時には様々な歌声が聞こえる」
    (「あらし」三幕二場)

唯の顔は急に喜びに輝いた。

唯「あなたもお読みになったことがあるんですか」

と唯は尋ねた。

唯「この、けいおん部であの本を知っているものは、誰もいないと思っていましたが」

さわ子「ほとんどいないだろうね。私はその少数者の一人なんだ。
    あれは禁書になってるんだ。
    だが、ここでは掟をつくるのは私だから、わたしは掟をまた破ることができるのだ。
    何の罰も受けることも無しにね」
2棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:49:26.38 ID:AMYf6erB0
唯「でも、なぜ禁止になっているのでしょうか」

と唯は尋ねた。
シェイクスピアを読んでことがある人間にあった興奮から、
唯はしばらく他の一切の事を念願から忘れ去ってしまった。

顧問は肩をそびやかした。

さわ子「それは古いものだからだ。
    それが何よりの理由だ。
    ここでは古いものには一切何の用も無い」

唯「たとえそれが美しいものだったとしてもですか」

さわ子「美しいものならなおさらだ。美は人をひきつける。
    そして、われわれは人々が古いものに惹きつけられることを好まない。
    われわれは人々が新しいものを好むことを望んでいる」

唯「でも新しいものは馬鹿馬鹿しくてゾッとするじゃありませんか」

唯はしかめ面をした。

唯「山羊と猿め!」 (「オセロ」四幕一場)

オセロの言葉でもなければ、唯は自分の侮蔑と憎悪をうまく言い表せられなかった。

さわ子「とにかく可愛い大人しい動物どもだ」

さわ子はつぶやいた。
3棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:50:08.96 ID:AMYf6erB0
唯「あなたは幸福のためにかなり高価な犠牲を払っていますね。
  他にも何かありますか」

さわ子「うむ、もちろん宗教もそうだ」

とさわ子は答えた。

さわ子「昔は神と呼ばれるものがあった。
    けいおん部の創設以前のことだがね。
    だが、わたしはうっかりしていた。
    君は神については何もかも知ってるはずだ」

唯「えぇ…まぁ」

と唯は口ごもった。
唯は、孤独、夜、月下に青白く横たわる地卓、
断崖、ほの暗い闇への跳躍、死などについて語りたかった。
唯は口に出して語りたかった。
しかし、言葉が無かった。シェイクスピアにさえ見当たらなかった。

一方、顧問は部屋の反対側にへとゆき、書棚の間の壁にはめ込まれた大きな金庫を開けていた。
重い扉が開いた。
内側の暗がりの中をかき回しながら、

さわ子「宗教は、わたしにとってはいつも興味のある問題だった」

と、顧問は言った。
彼女は分厚い黒い書物を引き出した。

さわ子「たとえば、君はこんな本を読んだことは無いだろう」
4棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:50:35.90 ID:AMYf6erB0
唯はそれを手にとって見た。

唯「新約ならびに旧約聖書」

と唯はタイトルページを声に出して読んだ。

さわ子「これもそうだろう」

それは、小さな書物で表紙が取れていた。

唯「キリストのまねび」 (中世のキリスト教神学者、トマス・ア・ケンピスの著)

さわ子「これも」

また一冊わたした。

唯「宗教的経験の種々相、ウィリアム・ジェイムズ著」 (ジェイムズ、米国の哲学者)

さわ子「わたしはもっとたくさん持っているのだよ」

唯「でも、もしあなたが神についてご存知なら、なぜみんなに教えておやりにならぬのですか」

唯は怒りを込めて尋ねた。

唯「なぜ神に関するこういう書物をみんなに与えておやりにならぬのですか」
5棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:51:24.43 ID:AMYf6erB0
さわ子「それは、シェイクスピアを与えないのとまったく同じ理由からだよ。
    つまり、古いものだからだ。
    こういうものは何百年以前の神のことを書いてあるのだ。現在の神じゃない」

唯「でも神は不変です」

さわ子「しかし、人間は変わるよ」

唯「もしそれだと、どう話が違ってくるのでしょうか」

さわ子「それはもう全然違ってくるね」

とさわ子は答えた。
彼女は再び金庫のところまで歩くと一冊の書物を取り出した。

さわ子「これはメーヌ・ド・ビラン(フランスの哲学者)と言う人が著したものだ。
    この人は哲学者だった。
    もっとも哲学者と言って君に通じるかどうかわからないが」

唯「その夢想が天地間にあるすべてのものに思い及ばぬような人間のことでしょう」
(「ハムレット」一幕五場
 「ホレイショーよ、天地間には哲学では思い及ばぬことがあるものだ」)

唯は間、髪をいれずに答えた。

さわ子「まったくそのとおりだ。
    彼が実際に夢想したことを今すぐに君に読んで聞かせよう」

顧問は書物の紙片を挟んであった箇所を開け読み始めた。
6棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:52:05.08 ID:AMYf6erB0
さわ子「年をとっていくにつれ人間が宗教に関心を持つようになるのは、
    死や死後に来るもの対する恐怖のせいだと言われている。
    しかし、わたし自身の経験は次のような確信をわたしに与えた。
    即ち、そういう恐怖や想像とは待ったく別に、
    宗教的感情は年をとってゆくにつれ次第につのってくる傾きがある。
    それが募ってくるのは情熱が静まってゆき、空想や感受性が以前ほど刺激されなくなり、
    刺激されにくくなっていって、我々の理性の活動がより平静になり、
    むかしはそれに心が奪われた想像や欲望や気晴らしによって曇らされることがなくなるからである。
    そこでは神がまるで雲の後ろからでたように姿を現す。
    われわれの魂はあらゆる光の根源を感じ眼にも見、そちらへと向くようになる。
    自然に不可避的にそちらに向う。なぜなら感覚の世界にその生命と魅力を与えていたものが
    われわれから逃れ始め、現象界はもはや内部からや外部からの印象によって支えられないようになってしまえば、
    われわれは何か永続性のあるもの、何かわれわれを裏切らないもの――つまり、実体、絶対的な階級的な真理、
    といったものに寄りかからずにいられないような気持ちになる。
    そうだ、われわれはどうしても神に向かわずにはいられない。というのは、この宗教的感情はその性質上、
    これを経験する魂にとってとても純粋でとても快いものなので、
    われわれのあらゆる他の損失を補ってくれるからである」

さわ子はその書物を閉じ椅子にもたれた。
7棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:52:23.80 ID:AMYf6erB0
さわ子「哲学者が思いも及ばなかった多くの事柄の一つはこれだった」

と彼女はその手を振った。

さわ子「われわれ、つまり現代の世界だった。
    『青春と繁栄のある間だけ神に頼らずにすませるのだ。
    そういう神からの独り立ちが最後まで人を安全に導けるものではない』
    ところがだ、われわれはもはや現在最後まで青春と繁栄を失わないのだ。そこでどうなる?
    明らかにわれわれは神から独り立ちできる、ということになる。
    『宗教的感情はすべてわれわれの損失を補ってくれるであろう』
    しかし、われわれには補うべき損失などもはや無いのだ。
   宗教的感情は余計なものだ。
   若々しい欲望がけっして衰えないのに、なぜ代用品が必要なのだろうか。
   最後の最後までわれわれが昔ながらのばかげた遊びを楽しみ続ける以上、
   気晴らしの代用品など何の必要があるのか。
   休息の必要などどうしてあろうか。
   アニメがあるのに慰めがいるか。社会秩序があるのに何か不動なものが必要か」
8棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:54:09.55 ID:AMYf6erB0
唯「では、あなたは神は存在しないとお考えですか?」

さわ子「いや、多分神はあるだろうよ」

唯「それじゃなぜ…」

さわ子は唯をさえぎった。

さわ子「しかし、神は違った者たちにそれぞれ違った形で姿を現すのだよ。
    近代以前には神はこういう書物に書かれているようなものとして姿を現したのだ。ところが今じゃ…」

唯「今はどんな形で姿を現しますか」

と唯は尋ねた。

さわ子「さあ、それは無として現れることになるね。全く存在しないかのようにね」

唯「それはあなたの罪ですよ」

さわ子「けいおん部の罪だと言って欲しいね。神は機械や大衆の幸福とは両立しないのだ。
     人はどちらかを選ばなくてはならぬ。わが、けいおん部は機械と幸福を選んだのだ。
     わたしがこうした書物を金庫にしまっておかなくっちゃならぬのもそうしたわけからなのだ。
     こうした書物はみだらなものだ。人々はびっくりするだろうよ、もし…」

唯は途中から口を出した。

唯「でも、神が存在すると感ずるほうが自然じゃないでしょうか」
9棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:54:54.44 ID:AMYf6erB0
さわ子「そんなこと言うのはジッパーでズボンを締め上げるのが自然かどうか問題にするのと同然だよ」

とさわ子は皮肉った。

さわ子「人が何かを信じるのはそう信じるように条件付けられたからなんだよ。
    人が何か誤った理由から信ずることとに対して別な誤った理由を見つけること――これが哲学と言うものだ。
    神を信ずると条件づけられたからこそ、人々は神を信ずるのだよ」

唯「しかし、そうはいっても」

と唯はなお頑固に言い張った。

唯「人がたった一人きりになるとき――夜など全く独りきりになって死について考えたりするときは
  神を信ずるのが自然ですよ…」

さわ子「ところが、いまでは人々は決して一人きりにはならないのだよ」

とさわ子は言った。

さわ子「われわれは人々が孤独を憎悪するように仕向ける。
     そして孤独を経験することがほとんど不可能なように人々の生活を設計してある」

唯は陰鬱そうにうなずいた。
彼女は、中学時代にはグループの輪から締め出され苦しんだが、
高校生になると、部活動から逃れて、一人きりになることができないので彼女は苦しんできたのである。
10棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:55:35.76 ID:AMYf6erB0
唯「わたしはそんな生活、好きじゃないんです。
  わたしは、不都合が好きです」

さわ子「われわれはそうじゃないね。」

とさわ子は言った。

さわ子「われわれは愉快にやるのがすきなんだよ」

唯「ところがわたしは愉快なのが嫌いなんです。
  わたしは神を欲します。詩を、真の危険を、自由を、善良さを欲します。
  わたしは罪を欲するんです」

さわ子「それじゃ全く、君は不幸になる権利を要求しているわけだ」

とさわ子は言った。

唯「それならそれで結構ですよ」

唯は意気昂然として言った。

唯「わたしは不幸になる権利を求めているんです」

さわ子「それじゃ、いうまでもなく、年とって醜くよぼよぼになる権利、
    梅毒や癌になる権利食べ物が足りなくなる権利、
    しらみだらけになる権利、明日は何が起こるかも知れぬ絶えざる不安に行きえる権利、
    チブスにかかる権利、あらゆる種類の言いようも無い苦悩に責めさいなまれる権利もだな」

長い沈黙が続いた。
11棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:57:36.79 ID:AMYf6erB0
唯「わたしはそれらの全てを要求します」

唯はついに答えた。

おわり
12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 22:57:46.19 ID:cwVLKv1d0
ふむぅ
13棄車保帥 ◆jGok8klrco :2011/02/26(土) 22:57:58.82 ID:AMYf6erB0
こんな感じでお願いします
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 22:59:47.87 ID:3CJ7L/nE0
これだからソフィストは…
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 23:20:40.64 ID:VRvXSFp30
こいつ書き切りやがった
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/26(土) 23:57:03.77 ID:uauxt00KO
やるじゃん












とミサカはミサカは本音と逆のこてを言ってみたりする。
17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
よく分からんが面白い
よく分からんが