1 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
代行
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 18:56:19.36 ID:pza83HY90
どこかで目覚まし時計が鳴っていた。
この世のあらゆる生物が起きだしそうな、不快な音の連続。
その音は段々と鮮明になって、わたしの耳に流れ込んでくる。
わたしは布団から腕を出して、頭上をまさぐる。
目覚まし時計は中々つかまらない。
そんなわたしを嘲笑うように、目覚まし時計は騒々しい音を鳴らしつづけている。
わたしは瞼を押しあげ、ベッドから身体を起こす。
違和感。
目覚まし時計は鳴りつづける。
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 18:58:00.33 ID:pza83HY90
目覚まし時計を探す。
見つけた。
目覚まし時計を止める。
……いや、止めようとする。
いや、それも違う。
目覚まし時計を止めようとした。
目覚まし時計は鳴りつづける。
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:02:55.57 ID:pza83HY90
わたしは目覚まし時計を見つめまま動かない。
なぜ?
動かない。
わたしは動かない。
わたしが動かない。
いや、わたしは――。
――動けない!?
目覚まし時計は鳴りつづける。
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:04:52.37 ID:7XEYCFwb0
ち、ちんいりもの
こういうスタイルのは創作でやれよ
気取り過ぎでキモチワルイよ
目覚まし時計が止まった。
いや、違う。
――目覚まし時計は止められたんだ!
誰に? わたしにだ。わたしが止めた。わたしが目覚まし時計を止めた。
でも、それも違う。
わたしは止めようとしたけど、止めてない。
だって、わたしは動けなかったんだ。
止めようがない。
じゃあ、誰が止めたんだ?
わたしはベッドから抜け出す。
またもや違和感。
――わたしがベッドから“勝手に”抜け出した?
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:10:21.92 ID:dRQkSNtyO
?
9 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:10:35.98 ID:TkFEc3FZ0
そして、気が付くと私はまたベッドの上で寝ていた。
手足はベッドに固定されており動かせない。
そして彼女たちは見たことも無い機械を私の頭に近づけてくる。
ビリビリとした強い衝撃を頭に感じて私は再び意識を失った。
――目が覚めると目の前に2人が立っていて、開口一番こう言った。
「お前は今後、仮面ライダーとして生きていくのだ。」
また仮面ライダーか…流行ってるな…
11 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:15:15.98 ID:pza83HY90
目が覚めたときから感じてきた違和感の正体がわかったような気がした。
でもそれは荒唐無稽という言葉がぴたりとあてはまるもので、とてもじゃないけどまともな答えじゃなかった。
そう、まともじゃない。
だけど、現実はあっさりとわたしの答えを肯定し、答えを拒否しようとするわたしを否定した。
ベッドから抜け出したわたしが勝手に動き、携帯電話を手に取ったのだ。
ありえない。ありえないだろ、こんなことって。
朝起きてみたら自分の身体が見ず知らずの何者かに乗っ取られてるなんて話、現実にあるはずがない。
きっとこれは夢であって現実じゃない。
悪夢だと、そう思いたかった。
けれど携帯電話のテンキーを打つ親指は、まるで「これは現実なんだよ」とわたしに突きつけるようにひとりでに動いていた。
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:19:28.81 ID:pza83HY90
こんな馬鹿げた現実なんて見たくはなかった。
わたしはなんとか自分の意志で身体を動かそうと、必死に頭の中でもがいた。
しかし、現実はあくまで非情らしい。
いまのわたしには身体どころか視線をコントロールすることさえできなかったのだ。
つまり、わたしがいま見ているものは自分ではない誰かが見ているものでしかないのだ。
現実から顔を背けようとしても、わたしを操る奴が目を閉じないかぎり、わたしは直視せざるをえない。
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:24:46.08 ID:pza83HY90
どうしてこんなことになったんだ。
そんな単純な疑問がわきでてきて、原因はなにかと記憶を寝る前まで遡ってみる。
携帯電話の着信をチェックして、目覚まし時計をセットした。
部屋の明かりを消して布団を被って、明日のことを考えながら目を瞑ると、すぐに眠りにつくことができた。
なんらおかしなところはない。
なにかがわたしの中に入ってきたとか、なにか怪しいものを見たとか、そういったことは一切なかった。
それは断言してもいい。
部屋に来る前のことを思い出してみても不可解なことはない。
ということは就寝後だろうか。
目覚まし時計の音で目を覚ましたときには、既に身体は乗っ取られていたはず。
起きてすぐに違和感があったのだから、そう考えるのが筋だろう。
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:29:08.64 ID:pza83HY90
となると眠ってから起きるまでの間が怪しいか。
睡眠中になにかが起ったのであれば記憶になくてもおかしくはない。
……そういえば夢を見た。
どんな夢だったか。
夢の内容はノイズがかかったように、よく思い出せない。
もしかしたらその夢が関係しているのかもしれない。
漫画じみた発想かもしれないけど、現状を鑑みればその考えはさして突飛なものでもないはず。
なんとか夢の内容を思い出そうとする。
が、操られているわたしが携帯電話を机に置いたので作業を中断した。
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:35:34.95 ID:pza83HY90
わたしは窓辺に寄ってカーテンを開けた。もちろん操られて勝手にだ。
見慣れた町並みが窓を通して目に入る。
あまり興味がないのか、すぐさま踵を返して部屋を出た。
廊下に出ると、足裏を通して床のひんやりとした感触が伝わってきた。
さながら自分の家のように自然な足どりで、階段へ向かって歩いて行く。
階段を下りる時になって、新たな疑問がうかんだ。
わたしを操っているのは誰なのか。
目覚まし時計を止めて、携帯電話をチェックし、カーテンを開ける。
それらの一連の行動は、常日頃から同じことをやっているかのように手慣れていてスムーズだった。
それにやけにのんびりとしているのが気になる。
慎重というよりは余裕があるといった感じだ。
時間が充分にあるということか。
そこまでは考えられたものの、具体的にわたしの身体を操ってなにをしようとしているのかは皆目見当がつかない。
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:40:43.55 ID:pza83HY90
一階に下りたわたしがダイニングに通じたドアを開ける。
ダイニングからは誰かがなにかを……ママだ! ママがお弁当を作ってる音だ。
わたしの足が音の聞こえてくるキッチンへと向かっていき、視界にママの顔をとらえた。
嫌な予感がした。まさかママになにかするんじゃ。
わたしはいまにもこの身体から抜け出したい衝動に駆られた。
ところが、その予感は幸いにも当たらなかった。
「ママ、おはよぅ……」
わたしが勝手に喋った。それもわたしの声そのままで。
ママはわたしが操られてることに気付いていないのか、いつものように口元に笑みを浮かべながら「おはよう。まだ眠そうね」とわたしの顔を見て言った。
「うん……かおあらってくる」
なんの戸惑いも見せず眠たげに返事をして、ママに背を向ける。
どうやら、いまのところはママに危害を加えるつもりはないらしい。
17 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:45:47.47 ID:pza83HY90
洗面所のある方へ歩き出す。
と、わたしは急に恐くなった。
なぜだかはわからないけど、もう二度とママと会えないような、そんな気がした。
わたしはママに助けを求めようとした。
いまじゃないと手遅れになると思ったから。
――ママ、わたしはここだよ。ママ、助けて! ママ! ママ! ママッ!
マイクに向かって声を張り上げるように、わたしはとにかく必死に声を出そうとした。
どうしても、ママに気付いて欲しかった。
ママに気付いてもらえれば、たとえ声が嗄れようともかまわなかった。
しかし、聞こえるのは自分の足音と衣擦れの音だけだった。
どれだけ頭の中で言葉を唱えようと、わたしの口が動くことは決してなかった。
わたしの中には怒りではなく、失望と恐怖だけが残った。
18 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:50:27.52 ID:pza83HY90
暗澹とした気持ちでいると、わたしの目の前に自分の顔が映りハッとした。
どうやら洗面所の鏡を見ているらしい。
鏡に映る自分は寝起きということもあって眠たそうな目をしていたけど、いつもとなんら変わりのない正真正銘の自分の顔だ。
ふと思う。この身体を操るのは彼なのか、それとも彼女なのか、そもそも人間なのか。
気味が悪いくらいに違和感なくわたしを演じる正体不明の闖入者は、一体何者なんだろう。
わたしの身体を使ってなにをするつもりなんだろう。
どうしてわたしがこんな目に遭わなきゃいけないないんだろう。
きっとこれらの答えは誰も教えてくれないだろうし、誰も知らない。
おそらく答えを知っているのはこの闖入者――化物だけだ。
鏡に映る自分。
それはいまや、化物なんだろうか。
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:51:21.57 ID:pza83HY90
〇 ○ ○
四方が真っ白の空間にわたしは立っている。
壁があるのかないのか、天井があるのかないのかはっきりしない、そんな空間だ。
目の前には二つの赤いドアがあった。
ドアの手前には一匹の羊がいて、じっとわたしを見つめている。
どうしてこんなところに羊がいるんだろう。
わたしは羊に近づくと身を屈めるようにして羊の顔を覗き込んだ。
羊はまるで置物のように微動だにしなかった。
もしかしたら死んでいるのかもしれなかった。
でも、立ったまま死ぬというのもおかしいし、動くのを我慢しているのかもしれない。
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:52:24.01 ID:pza83HY90
そんなことを思っていると、我慢の限界だったのか羊がまばたきをした。
わたしもつられてまばたきをした。
「こんにちは」
どこからか声が聞こえた。
「こんにちは」
また同じ声が聞こえた。
その声は目の前にいる羊から聞こえたような気がした。
「こんにちは」
間違いない、この羊がしゃべったのだ。
わたしは驚いて固まってしまった。
羊もこちらを見たまま固まった。
まるでにらめっこのようにわたしと羊はお互いの顔を見合っていた。
21 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:53:49.28 ID:pza83HY90
「こんにちは」と、羊が四度目のあいさつをした。
「こんにちは」と、わたしもあいさつをした。
羊はそれからこちらを見つめたまま、また口を噤んでしまった。
わたしはなにを話していいのかわからなかった。
喋る羊と会うのは初めてだったのだ。
わたしたちの間に沈黙が訪れた。
沈黙はわたしが話し出さないかぎり破られそうになかったので、適当な質問をしてみることにした。
「ここはどこ?」
「ここは夢の中だよ」と羊は無表情で言った。
なぜだかわたしはそう言われても驚きはしなかった。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:55:15.02 ID:pza83HY90
羊は再び黙ってしまったので、わたしはまた話題を考えなくちゃならなかった。
それにしても無口な羊だ。
今度は目の前の赤いドアについて聞いてみることにした。
「このドアはなに?」
「君のドアだよ」
「わたしのドア?」
「うん。君だけが開けられるドアだよ。試しに開けてごらんよ」
わたしは首を傾げながら、ドアに近づく。
「どっちのドアを開ければいいんだろう」
「両方開けていいんだよ」と羊が言った。
特に考えもせずに右のドアを開けてみた。
23 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:56:33.26 ID:pza83HY90
ドアの向こうには見たこともないほど広大な草原が地平線の彼方まで広がっていた。
草花が風に揺らめき、青空では雲が気持ちよさそうに泳いでいる。
素敵なところだと思った。
人の手が加えられていない、ありのままの世界だ。
でも、ここはどこだろう。
わたしは疑問を持ちながら、左のドアも開けてみることにした。
左のドアを開けて、わたしはまた首を傾げた。
おかしなことに左のドアの先にも、右のドアとまったく同一の草原があったのだ。
24 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:57:45.00 ID:pza83HY90
草原に足を踏み入れ、ドアの方を振り返ってみる。
ドアはいま入ってきたものしかなく、右のドアは見当たらない。
もう一度、右の草原へ行って同じように見てみると、左の草原と同じでドアは一つしかなかった。
わたしは白一色の空間へ戻って羊に聞いてみることにした。
「どっちも同じ草原なのに、どうして向こうにはドアが一つしかないんだ?」
「同じじゃないからだよ。違う草原なんだ」
「違う? わたしには同じに見えるけど」
「違うよ。よく見てごらん」
羊に言われて、わたしは右の草原と左の草原を間違い探しみたいに見比べてみることにした。
25 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:58:19.63 ID:gk0qMnUq0
てす
26 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 19:59:05.79 ID:pza83HY90
右の草原と左の草原を行ったり来たりしていると、いつの間にか羊もわたしと一緒に草原へ足を踏み入れていた。
「どこが違うんだ? 同じじゃないか」
わたしが聞くと羊は面倒くさそうに口をあけた。
「め〜」
答えは教えてくれないらしい。
何度も何度も右の草原と左の草原を行き来したものの、結局わたしには違いがわからなかった。
「ねえ、あの草原はなに?」
「あの草原は君の草原だよ」
「わたしの? わたしは草原は持ってないけど」
そう、家に小さな庭はあっても草原は持っていない。
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:00:30.52 ID:pza83HY90
羊はわたしの言ったことが聞こえなかったのか、それとも無視しているのか口を閉ざしてしまった。
わたしは膝をかかえてその場に座り、白一色の空間からドアの向こうにある草原を眺めることにした。
草原には表情があるような気がした。
言うなれば、微笑しているような草原だった。
わたしは時間を忘れて草原をぼんやりと見つづけた。
草原に強い興味があるわけではなかったけれど、夢の中だから時間を気にする必要なんてなかったのだ。
28 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:07:56.98 ID:pza83HY90
いつか隣を見たとき、羊はうつろな目で草原を見ていた。
きっと草原で遊びたいんだろう、単純にそう思った。
わたしは羊にもう一つだけ質問をしてみた。
「ねえ、君はここでなにをしてるの? 向こうで遊べばいいのに」
羊はまばたきをすると、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
「僕はなにをしているんだろう」
その呟きはわたしへと向けられたものではないように感じられた。
わたしは羊に返事を返さなかった。
それからというもの羊は黙ってしまい、二度と喋ることはなかった。
話し相手を失ったわたしは、いつしか眠ってしまった。
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:13:59.14 ID:pza83HY90
〇 ○ ○
なにやら話し声が聞こえて、わたしは目を覚ました。
いつの間に寝てしまったのだろう。
わたしは寝る前の記憶を呼び起こそうとした。
けれど、頭が上手く回らない。
眠っていた意識が徐々に回復しようとする中、馴染みのある光景が視界にあることに気付いた。
軽音部のみんなが目の前でお茶をしていたのだ。
眼前に現れた思わぬ光景に、わたしの意識がたちまち覚醒する。
「まさか、澪がイヤな顔一つせずに引き受けるとはおもわなかったなぁ」
「さっきも言ったけど、最後の学園祭だからな。それにクラスのみんなにあんな風に言われたら断れないだろ」
律に勝手に言葉を返す自分。
わたしは悪夢の真っ只中にいることを瞬時に思い出した。
そうだ、わたしは操られているんだ。
朝起きたら化物に乗っ取られていた。
一階でママと言葉を交わして、洗面所の鏡で自分の顔を見た。
記憶がないのはそれからだ。
どうやら眠っている間に、わたしに潜む化物は律儀にも学校に来たらしい。
それとも学校になにか用があるのだろうか。
いや、学校に用があるからこそ、この身体を操っているんだろう。
じゃなかったら、一介の女子高生であるわたしの身体を使う必然性を感じない。
もしや、わたしの身近にいる人が目標なのだろうか。
もしそうだとしたら、律たちが危険だ。
どうにかしてこの化物を止めないといけない。
31 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:25:34.51 ID:pza83HY90
「やけにポジティブだなぁ。いつもだったら気絶とかしてそうじゃんか」
「わ、わたしだってやる時はやるんだぞ」
「澪もこの三年で変わったってことか」
繰り広げられる律との会話から得られる情報は断片的で、なんの話をしているのか正確に把握することは難しい。
律はわたしがいつもと違うことに気付いていないのだろうか。
反応を見るかぎり、気付いていないのだろう。
ママも気付かなかったし、律が気付く可能性は低い。
律だけじゃない、ムギや唯、梓だって気付かないだろう。
わたしを操作するこの化物は、完璧にわたしになりきれるのだから。
逆に言えば、律たちがわたしの異変に気付くときは、化物が正体を現したときとも言える。
とにかくいまは化物を追い出すことを第一に考えよう。
たとえ可能性が限りなくゼロであっても、いまできることはそれぐらいしかない。
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:33:00.19 ID:pza83HY90
しかし、いざ化物を追い出す方策を考えようとしても、現実味のない、おそらくは世界初の現象に対する策はそう簡単には思いつかない。
女子高生が化物に乗っ取られるなんてこと、常識的に考えたらありえない。
頭を悩ますわたしをよそに、化物は悠々と紅茶を口にしていた。
口の中にレモンの香りが広がるのがわかる。
「それにしても澪せんぱいがロミオなのはともかく、律せんぱいがジュリエット……ぷぷっ!」
「くらぁっ!」
日常茶飯事になりつつある梓と律のじゃれあい。
いや、そんなことはいい。いま梓はなんと言った? わたしがロミオ? 律がジュリエット?
律の魔の手からなんとか逃れた梓が、期待に満ちた目をしながら言う。
「み、澪せんぱいのロミオ楽しみにしてます! 劇、ぜったいに見に行きますね!」
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:39:01.43 ID:pza83HY90
梓の何気ない言葉に戦慄した。
後悔しても遅い。
絡まった糸がほどけたかのように、これまでの会話の意味を完全に理解してしまった。
いまのわたしにとって、そのことは決して喜ばしいものではなかった。
謎の闖入者のせいで忘れていたのだ。
わたしたちのクラスは学園祭の出し物で演劇をやることになり、今日のHRではその配役を決めることになっていた。
しかし、わたしはこのとおり朝から訳のわからないことに巻き込まれてしまっていて、そんなことはすっぽり頭から抜け落ちていた。
しかも気がついたときには部室にいたので、HRでなにがあったのか知る由もない。
梓の言うとおりであれば、ロミオとジュリエットの主役であるロミオを、わたしがやることになったと見ていいだろう。
34 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:44:07.82 ID:pza83HY90
最悪だった。
わたしがロミオ? 主役? そんなの無理に決まってる。
わたしに誰かを演じるなんてことできるはずがないし、それも舞台上で演技するなんて、想像しただけでも恐ろしい。
バンドの演奏とは訳が違う。
いまからでも他の役、裏方にでも代わってもらおう。
でも、どうやって?
拒否しようにもいまのわたしには意志を伝達する手段がない。
化物が居座るかぎり、わたしはロミオ役を降りることはできないんだ。
化物を追い出すしかない。
化物を追い出しさえすれば、全てが解決するんだ。
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:48:09.98 ID:pza83HY90
わたしは化物を追い出す方法を編み出すために、再び考えをめぐらせた。
それは迷路の出口を探すというよりも、迷路の入口から出口までを自ら創造するような作業だった。
アイデアが出てこなくて挫けそうになる度に、絶対になにか方法があるはずだと自分を奮い立たせながら、思いついたアイデアは片っ端から実行に移した。
しかし、それらの場当たり的なアイデアが成功することは一度もなかった。
結局、解決の糸口すらつかめないまま、いつしかわたしは諦念を抱きながら帰途についていた。
隣を歩く律が声を出して笑っている。
化物も同様にくすくすと笑っている。
なぜだか、わたしも笑っている。
笑いたくなんてないのに、顔の筋肉が勝手に動いてしまう。
その事実にわたしの心はチクチクと痛んだ。
わたしはただの操り人形だった。
わたしは感情を表現することさえも満足にできない。
どんなに悔しくても表情が変わることはないし、声を出して泣きたくても一粒の涙すら流せない。
いまのわたしは玩ばれるだけの存在でしかなかった。
別れ際になって、律の曇りのない声が「また明日」と告げた。
毎日と言っていいほど耳にするその日常的なフレーズは、いまのわたしには特別な意味を持って聞こえた。
それから家に着くまでの間、わたしは明日について考えた。
わたしに明日があるんだろうか、明日になれば元通りになるだろうかと、頭の中で様々な明日を想像した。
思い通りの明日が来る保証がないのにも関わらず、考えれば考えるほど、気付けば自分に都合の良い明日を作り上げていた。
でも、もしも明日、すべてが元通りになったとしら、わたしは笑うだろうか、それとも泣くだろうか。
自問するも、答えは出なかった。
37 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:52:37.51 ID:pza83HY90
結論から言えば、一週間が経過した現在も事態は一向に好転する兆しを見せていない。
逆にこの一週間を経たことで、わたしには明るい未来は永遠にやって来ないのだと確信した。
根拠がないわけではないけれど、決定的と言えるわけでもない。
でもなぜだかわたしは、そのネガティブなイメージを捨て去ることができない。
この一週間、わたしは自身に起った超常現象について考えに考えた。それも飽きるほどに。
その過程で、一つの新たな解釈が生まれた。
少しばかし立ち位置を変えるだけで、物の見方は大きく変わった。
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:53:20.00 ID:pza83HY90
その新たな解釈に至るまで、わたしは自分の側から超常現象について解釈を試みていた。
それもそのはず、事故にあった当事者は大抵自分中心に物事を理解しようと無意識にしてしまうものだから、その行為自体はおかしいわけではない。
では、相手側から理解しようとすればどうなるか。たちまち物事はまた違った姿を見せるはずだ。
「また明日」という言葉がいまのわたしと律では感じ方が違うのと同じで、立場が違えば見ている物も違うし、考えることも違う。
当たり前のことだ。
そんな当たり前のことから新たな解釈は生まれた。
つまり、化物側から今回の超常現象について考えてみたのだ。
39 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:54:47.00 ID:pza83HY90
そもそも化物という認識が間違っていたんじゃないかと思った。
一週間もありながら、この間に非人間的というか化物めいた行動、他人に危害を加えるということは一切なかった。
それどころか、学校ではクラスメイトの前で堂々とロミオを演じ、放課後には律の家で一緒に練習をしたりと、極めて真面目な生活を送ってさえいる。
本物の女子高生みたいにその生活ぶりは自然体で、とても演技のようには見えない。
では、もしも、化物が化物じゃないとしたら。
化物と思っていたものが本物の秋山澪であり、このわたしが偽物の秋山澪だとしたら、この偽物のわたしこそが化物なんじゃないか。
そう考えた。
40 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:55:37.83 ID:pza83HY90
たとえ、わたしが化物ではなかったとしても、わたしの存在意義というものがわからない。
わたしが本物の秋山澪であったとしたら、今度は表のわたしの存在意義がわからない。
どちらかが本物であれば、一方は偽物になる。
それとも両方とも本物? 両方とも偽物?
どこに帰結しようと理解不能な部分が出てきてしまう。
結局、答えを断定することはできていない。
41 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:56:18.50 ID:pza83HY90
洗顔を終えたわたしの顔が鏡に映っていた。
わたしの視線が勝手に口から鼻へ、鼻から目へと辿っていく。鏡に映る自分の目と目が合った。
鏡を通して、わたしの存在を確かめるように、わたしの目がわたしを見ている。
この身体から脱け出すために試したアイデアの中で、化物と対話をするというのがあった。
頭の中で言葉を組み立て、化物に念じるだけ。
我ながら、馬鹿みたいだなと思うけど、試したときはとにかく必死だった。
結果は現状が物語っている。
そのアイデアをもう一度試してみようと思った。
別に成功する気がしたわけじゃないし、成功するとも思っていない。
ただ、話し掛けたくなったのだ。鏡に映る自分に。
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:57:33.70 ID:pza83HY90
頭の中でイメージする。
――あなたは誰?
当然だけど、わたしの口から声は出ないし返事もない。
鏡に映るわたしが誰なのか、わたしにはわからない。
――わたしは誰?
わたしは自分が誰なのかを知らない。
秋山澪のはずではあるけど、もう確証はない。
自分が本物なのか偽物なのかわからない。
本物ってなんだ? 偽物ってなんだ? みんなどうやって見分けるんだ?
目に映る人間が本物かどうかなんて、結局は誰にもわからないじゃないか。
――わたしはどこにいるんだろう?
意識だけが身体の中に存在している。
でも、五感を受動的に感じることはできる。
あやふな存在、曖昧な存在、中途半端な存在。
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 20:58:34.74 ID:pza83HY90
肉体がなければ死んでるも同じ?
肉体こそが本物?
肉体こそが生きている証しなの?
――ねえ、教えてよ。あなたは誰? わたしは誰? ここはどこ? わたしが偽物だったらどうして生きてるんだ?
ねえ、教えてよ。誰でもいいから教えて。
本物か偽物か教えてよ。お願いだから、教えてよ。
返事はない。
完全な静寂。
わたしの視線が動く。
鏡に映る自分の口元が、ゆるりと変化する。
わたしが――笑った!?
44 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 21:00:48.95 ID:pza83HY90
〇 ○ ○
目覚まし時計が鳴っている。
どうやら今日も同じみたいだ。
日が変わっても、この身体はわたしのものではないらしい。
わたしが勝手に目覚し時計を止めて、勝手にベッドから抜け出した。
わたしはこの状況にいい加減にうんざりしていた。
このもう一人のわたしが、人の身体を勝手に動かしているのが我慢ならない。
それに加え、ロミオ役を頑なに拒否する後ろ向きな性格と来たら、見ていてイライラした。
こんなうじうじしたわたしは、わたしじゃない。
いつになったらわたしは元通りになるんだろうか。
このままじゃ、ロミオは演じられそうにない。
もうじき学園祭が始まってしまうというのに。
とは言ったものの、いまのわたしにできることはなにもない。
暇つぶしにロミオとジュリエットの台詞を暗誦するぐらいだ。
――ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?
その名台詞の続きは思い出せない。
ロミオの台詞なら覚えているけれど、ジュリエットの台詞は覚えていなかった。
ロミオの最後の台詞はよく覚えている。
――地上での最後のキスだ、お休みジュリエット。
この後のキスシーンを想像する度に、やっぱりロミオ役は恥ずかしいかもしれないと思ってしまう。
お わ り
46 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/19(土) 21:04:13.69 ID:a0PKQQol0
おい
おい
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