俺「今日は死んだ女が復活する日。俺は殺される……」
○【She is blind】 「Love is blind」を「恋は盲目」と訳したのは日本が最初と言われている。 昨今においても「愛」と「恋」のニュアンスに明確な差異を感じ取れる言語は異例である。 したがって「Love is blind」は「愛は盲目」と訳すのが正しいと考える文学者もいる。 【She is dead】○ ピリリリリリ。 耳にやたらと響く電子音で目を覚ました。携帯が鳴っている。寝ぼけたままディスプレイを見る。 彼女からだ。 俺「はい……」 彼女「もしもし、寝てたー?」 2月14日。今日は彼女との約束がある。夜明け前には起きる予定だったが、 疲れのせいか大幅に寝過ごしたようだ。
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 18:27:47.56 ID:Acf0MSEN0
そりゃ日本語に訳すのに外国が最初であってたまるかよ
これは痛いね 妹が爆発しないSSは他でやってくれないか(^^;
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 18:31:13.79 ID:Yznfx36KP
ガシッ! ボカッ!! アタシは死んだ。 She is dead(笑)
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 18:32:09.40 ID:c/7dcWVv0
6 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:33:05.36 ID:5Axu6CGb0
俺「……ああ。目覚ましはセットしてたはずなんだけどな」 彼女「ごめんねー。私ちょっと早く準備出来ちゃったから、そっち迎えに行っていい?」 俺「あ、ああ。いいよ」 ピンポン。 この音は携帯の何倍も耳に響く。音量が遥かに大きいせいが第一だが、嫌な思い出も多い。 俺「あ……」 彼女「ん? 誰か来たのかな?」 俺「あ、ああ……」 彼女「出なくていいの?」 ピンポン、ピンポン。 間髪入れず鳴らされるインターホン。来訪者の心情が、どんな形にせよ穏やかでない事を示す。 俺「そ、そうだな」 彼女「うん、じゃあ切るね?」 ピピピピピンポンピンポンピンポン!
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 18:33:40.26 ID:L0Ix53MEO
マジできめえ
8 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:34:08.90 ID:5Axu6CGb0
心臓が高鳴る。逃げ遅れた事をようやく実感した。 早起きの予定は、彼女と会う為ではなかったのだ。 俺「そ、そうしてくれ!」 彼女「何これ……すごい鳴らしてない?」 俺「う、うん……誰だろうなぁこんな朝から」 ドンドンドンドンドンドン! 間違いない。『死んだ女』が訪ねて来た。 俺「うおお……!」 彼女「えー、やだ怖い。大丈夫?」 (女の声)「ねー! 開けてー? 早くぅー! いるんでしょー!?」 彼女「……女?」 俺「いや! 知らない!」 (女の声)「寝てるのー!? 早くプレゼント受け取って欲しいなあー!」 彼女「……ねぇ。喋り声聞こえてるんだけど?」
9 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:37:11.36 ID:5Axu6CGb0
ドンドンドン! ドカ! ドカ! ガンガンガン! 俺「ま、ま、待ってくれ。後で説明する。今は――」 ドカーン! 扉が勢いよく吹き飛んで手作り風の箱に包まれたチョコレートの津波があらゆる家具を押し流しながら部屋になだれ込む。 俺「う、うわあああああああああああ」 女「うっひょーやっと開けてくれたーアイラブユーーー!! 」 彼女「何の音!?」プツッ。 チョコレートの洪水に紛れてあの女が獣のように襲いかかってくる。 窓から飛び出し、ベランダに丁寧に置いておいた靴をつっかけ、2階から飛び降り、両手をついた。 この日の事は事前に予測していた為、一応逃げる準備はしてあった。 しかし、女の攻撃がこんなにも熾烈なものになるとは思いもよらなかった。これは去年の比ではない。 窓ガラス、窓枠、壁の順で吹き飛び、大量のチョコレートもろとも滝のように降り注ぐ。 埋もれる前に走り出し、からころという硬質の音を背に残してバイクのエンジンをかけた。 女「待ってー待ってよぉー!! そんなに急いでどこ行くのぉー!?」
10 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:38:22.88 ID:5Axu6CGb0
運転は不慣れだったが無意識にアクセルを大きく開く。 女は華奢な体格に似合わず幾百千ものチョコレートを紐で引き摺って尚も追いかけてくる。 俺「頼むからほっといてくれ!」 女「私の事が好きじゃないのぉー!? あんなに可愛い可愛いって褒めてくれたじゃなーい!!」 信号を無視し、横切りかけた車をかろうじてかわす。 女は車の側面に頭から突っ込み、バラバラに分解し、それでも速度を落とさなかった。 俺「冗談じゃねーぞ……!」 女「私の愛を受け止めてぇー!」 背中に次々とチョコレートが当たり、箱の潰れる音がする。 俺「いて、いて! やめてくれ!」 女「これを食べればもっと私を好きになるわー!」 俺「諦めてくれたら少しは好きになる!」
11 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:42:15.26 ID:5Axu6CGb0
女「そんな冷たい事言うなんて、らしくないぞ。私の顔が嫌いになった? なら一肌も二肌も脱ぐよー」 俺(こいつ、いきなり裸見せて来るんじゃないだろうな……) 見たいとは思わない。しかし見る事自体は損ではない。ちらっとミラー越しに確かめる。 女は素手で自分の顔を引き剥がしていた。 俺「う、う、うわああああああああああああああ!!」 女「仲良くなる為ならどんな犠牲でも払うわ。例え私の精神が崩壊しようとも!」 俺「……!」 携帯が鳴っている。彼女に違いない。今はとても出られる状況ではない。 大通りまで逃げ切り、一気に加速した。 女「待ってよー! そんなに速く走れないってばー!」 俺「それなら助かる……!」 時速100km……130km……まだ上がる。 女「ちょっと待ってったらー!……」 女が遠ざかっていく。
12 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:43:36.87 ID:5Axu6CGb0
――――――――――――――――――――――― 気が付いたら知らない場所まで来ていた。女の気配は無い。 住宅街の中にひっそりと建つ神社の前にバイクを止め、携帯を開く。 着信5件、メール3件。全て彼女から。 『意味わかんない』 『ごめん……私はただ心配で不安なだけで、別れたくない。今日会えないなら落ち着いたらでもいいから』 『ごめんなさい。気が向いたら電話でもメールでもいいので連絡ください。待ってます』 俺「ああ、やばいなこりゃ……」 慌てて電話をかける。しばらく鳴らすも、なかなか出ない。きっと怒っている。 俺「くそ、馬鹿……!」 震える手でメールを打った。 『会いたい。今から行く。さっきはすまなかった』 送信。 その時、どこからか声が聞こえた。 女「うふふ……」
13 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:46:25.10 ID:5Axu6CGb0
俺「!?」 神社の入り口の急な階段の頂上、そこにある鳥居の上に、女が絡みついている。 俺「……!」 女「いた」 人体模型のように血管も筋肉も露になっていた女の顔がみるみる再生し、女優のような美人になっていく。 女「こういう顔が好き?」 俺「……いや……!」 女が鳥居から落ち、階段を転げ落ちて来る。 急いでバイクにまたがった。 女「じゃあ芸能人で言うと誰が好き?」 急発進させながら呟く。 俺「……山田花子」 バイクは5、6m動いた所で急激に減速し、エンストを起こした。
14 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:47:43.52 ID:5Axu6CGb0
俺「え!?」 女「嘘だぁ」 いやに近い声。振り向くと、後輪に女の腕がぐるぐると巻き取られていた。血と粘液が溢れている。 無理矢理止める為に車輪に手を突っ込んだのだ。 俺「嘘……!」 女「うふふ。どんな人が好きなのかなぁ」 俺「くっそ!」 バイクを蹴倒し、女の顔面を殴る。人並みに柔らかく、反動も少なかった。が、女は顔色ひとつ変えない。 女「あ、やっだー。殴った、ひどーい」 たまらず逃げ出す。すぐに女がバイクをがりがりと引き摺りながら追って来た。腕を掴まれる。 女「どっこ行っくの?」 俺「構わないでくれ……!」 女「しょうがないなぁ。じゃあこれだけでも食べて」 女の口が顔の半分を占めるほど開く。可愛らしく包まれたチョコレートを吐き出した。
15 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 18:49:37.63 ID:5Axu6CGb0
俺「やめろ……」 女「あーんしてあげるね」 車輪に食い込んでいた腕がぬるぬると抜けて、包み紙を引き裂く。 女「はい、あーん」 俺「う、うう……!」 押し倒され、ハート型の大きなチョコレートを口元にぐりぐり押し付けられた。 歯の前面でチョコが砕け、唇が切れる。 女「何が入ってるかわかるー?」 俺「……!?」 女「うふふ、恥ずかしいなぁ」 俺(やめろ……!) 地面を手探りし、硬いものを拾った。女の頭を思い切り殴る。それはブロックの小さな欠片だった。 女「あー、女を物で殴ったなー?」 仰のけのまま再び振り被り、今度は眼球を殴った。
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 18:54:41.03 ID:cyrMf1PZ0
クソワロタ
17 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:05:04.92 ID:5Axu6CGb0
顔を背け、怯む女。 女「いやっ!」 のしかかっている女が少し軽くなった。その隙に片膝を抜いて思い切り蹴飛ばす。 俺「来るな!」 立ち上がりながら走り出し、住宅街の中、工事でもしているのか、物音のする方向に向けて、死角から死角へと逃げ隠れる。 女「ひどいじゃん。もう、どこよー?」 俺(やばい、やばい……到底勝てない……!) 女「バイクどうすんのー? 鍵つけっぱなしだよー?」 俺(そんな事言ったって、お前がいたらそれどころじゃないだろ……! 家壊したくせに!) 逃げるのに必死ではあった。しかし足音を悟られてはまずい。 一方の女は容赦無く、速く走り、高く跳び、その気になれば何でも壊す。 潰れた目も恐らく既に元通りだろう。見つかるのも時間の問題だった。
18 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:07:54.49 ID:5Axu6CGb0
―――――――――――――――――― ――2年前の1月下旬。 俺「……」 女「そんなに暗くならないで。こっちまで悲しくなるじゃん」 俺「だって……」 女「ううん……へーき。私泣いてないでしょう?」 俺「……ああ」 女「ね? だから笑って」 俺「……怖くないのかよ」 女「何が?」 俺「もうすぐ死ぬかも知れないんだぞ」 女「そりゃあ最初は怖かったけど。でもね、この前の夢の話したっけ?」 俺「ああ」
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 19:08:58.05 ID:L0Ix53MEO
痛い
20 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:11:53.64 ID:5Axu6CGb0
女「そそ。あの夢の中でお婆ちゃん言ったの。『怖いと思うから怖いんだ』って」 俺「……」 女「お婆ちゃんはいつもそうだった。私が怪我しても『痛くないと思えば痛くない』。私が車で酔っちゃっても『気持ち悪いと思うから気持ち悪いんだ』って」 俺「……」 女「そういう時は、目を閉じて、想像の中で自分の乗ってる車を噛み潰すの。そうすれば少しは楽になった」 俺「俺はそんな風に割り切れないよ」 女「私はそうやって育ったから」 俺「……」 女「もう泣かないで」 俺「ならさ……」 女「?」 俺「俺の事、嫌いって思える?」 女「……うふふ、なんで?」
21 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:14:25.44 ID:5Axu6CGb0
俺「未練を残して逝ってほしくないよ。離れられて清々するって、そう自分に言い聞かせてくれよ」 女「ふふ……やーだ」 俺「どうして!」 女「チューして?」 俺「え……!?」 女「いいから」 女の細く引き締まった腕が伸びてくる。そして――。 俺「……」 女「……へへ」 俺「……したよ」 女「最後の思い出。お婆ちゃんとこに持って行くんだ」 俺「……」
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 19:16:32.33 ID:fFCV4gxA0
産業でまとめろ
23 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:18:01.30 ID:5Axu6CGb0
女「『可愛い』って言って?」 俺「……可愛いよ」 女「嬉しい。『好き』って言って?」 俺「好きだよ」 女「あは。……『愛してる』は?」 俺「……」 女「?」 俺「愛してる」 女「ありがとう」 俺「く……」 女「だーいすき」 俺「どうしてなんだよ……どうしてお前が死ぬんだよ……!」
24 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:20:19.34 ID:5Axu6CGb0
奇しくも、その後女は2月14日まで生き延び、心臓が止まる寸前まで笑顔でいた。 最後の気力でかたどった素朴なチョコレートを恋人に手渡し、23:59に短い生涯を終えた。 ――はずだった。 翌年、つまり今から数えて1年前のこの日、女は約束通り現れた。 正確には「約束通り」とは言い難い。なぜなら、あの時の会話によれば、 会いに来るのはあの直後のバレンタインデー1回きりと取るのが自然であり、 生前にそれが叶った以上、女が死後の来訪を決め込んでいるとは本来気が付くべくもない。 更にはそれを毎年繰り返す事など、常人ならば、残念ながら、愚かと認めざるを得ないだろう。 そう。女は愚かだった。 恋に落ちて間もなかった2人の熱い関係が、いつまでもいつまでも続くものと盲信しており、 今ではそんな思い込みを決まり事のように一方的に押し付け、相反する事柄には聞く耳を持たなくなったのである。
25 :
>>1 ◆UFreq.PnF7rO :2011/02/14(月) 19:22:50.06 ID:5Axu6CGb0
――――――――――――――――― 俺「どうしてなんだ……」 ピリリリリリリ。 俺「!」 女「あ、そこかー?」 彼女からの着信。 俺(しまった! 油断してた……!) 一直線に迫る足音。速い。 俺(くそ……!) 本能的に、少しでも広い道が見える方へ駆けた。追い詰められて窮屈な心理状態がそうさせたのかも知れない。 女「いたー! おぴょおおおおおおおおおおお!!」 俺「うわああああああああああ」 工事現場が見えた。作業帯に囲まれた一画の中、マンホールが開かれている。
ガードマン「危ないですからこちらからお回りください」 俺「助けてくれ!」 女「ふん! ふん! 追いつい……た!」」 女が後ろから飛びかかって来た為、顔から転倒する。 俺「放せ!」 ガードマン「ちょ、ちょ、ちょっと」 女「ハァハァハァハァ、あーん、だあああいすきいいいぃぃ!」 人並みはずれた握力で肩を掴まれ、指が食い込むのを感じる。 俺「がっ! ぐああああ!」 小太りなガードマンが戸惑いながら女の背中を捕らえる。しかし、遠慮しているのか、その力は微々たるものだった。 女「キャー! 痴漢!? やだ怖い! やめて!」 ガードマン「も、申し訳ありませんが危ないので……」
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 19:25:22.25 ID:T1IFSdn7O
今日のダンタリアンの書架スレか
女がガードマンに構ったわずかな隙に強引に体を起こし、女を振り落とした。 そして、作業車に積まれていた大根ほどの大きさのある工具を引き抜き、女の顔を本気で打った。 ガードマン「あっ!!」 女は苦痛こそ訴えないものの、物理的な力によって多少よろめいた。一瞬で充分だった。 女の服を両手で引っ掴み、開きっ放しのマンホールへ、逆さに引き落とした。 別のガードマンと作業員が血相を変えて集まって来る。 「何やってんだ!!」 「救急車呼べ!」 「捕まえろ!」 怒号が飛び交う中、脇目も振らず駆け出した。今度の追っ手は泥に汚れた作業服と制服に身を固めた、ただの人間だ。 必死で走れば逃げ切れるだろう。
――――――――――――――――― 現場から声が聞こえなくなってから、走りながら電話をかけた。 彼女「……はい」 俺「あ、もしもし! ごめん、すぐ行くから!」 彼女「……何なの?」 俺「え?」 彼女「……はぁ。さっきからなんで電話出ないの? メールしないの?」 俺「ごめん、俺が寝坊しなきゃこんな事にならなかったんだけど」 彼女「意味わかんない。さっきの女の声何?」 俺「あれは……(どう説明すればいい?)」 彼女「ふーん。そ、言えないような女なんだ」 俺「違う!」 彼女「じゃあ言って。誰?」
朝の女のせりふをおよそ聞かれていたなら、上手い言い訳などどうやっても立たない。 俺「あれは……元カノだ」 彼女「……!」 俺「あいつが勝手に会いに来たんであって俺は――」 彼女「はあ?」 俺「だ、だからいきなり家に上がり込んで来たんだって」 彼女「開けたんだ。バレンタインデーに。彼女と会うって約束してるのに」 俺「開けてねーよ!」 彼女「怒鳴りたいのはこっちなんですけど!?」 俺「お……」 彼女「電話もメールもシカトして元カノ部屋に入れて。今度は連絡来たと思ったらしまいに逆ギレ!?」 俺「おい……」 彼女「……違う人にあげよっかな」
俺「なっ……」 彼女「んー? チョコレート。早起きして手作りしてさー……はぁ」 最後は涙声だった。 俺「やめろ……」 彼女「何を?」 俺「絶対会いに行くから……」 彼女「元カノさんは? もういいの?」 皮肉たっぷりな物言い。 俺「……あいつにはうんざりしてるよ」 彼女「ふーん。彼女より優先なのにか」 俺「だから違うんだよ……信じてくれって……」 彼女「……信じられるか。ばーか」プツ ツー、ツー、ツー……。 俺「……」 力無く、立ち止まる。
俺「ああもう!」 携帯を地面に叩きつけそうになった。 バスの通りそうな道を歩いたが、来る気配は無い。仕方なくタクシーを拾う。 運転手「どちらまで?」 俺「え……っとここはどこかな」 彼女の住所を告げ、ここからの料金を尋ねる。 運転手「うーん。3千円行くかなぁ」 俺「oh...」 運転手「大丈夫?」 俺「は、はい。ちょっと早く出してください」 運転手「急いでるの?」 俺「まぁ」 運転手「仕事ですか?」 俺「いや……違うけどまぁ大事な用です」 運転手「そうかぁ。ちょっと待ってね、今打ち込むから」
不器用にカーナビを操作し始める運転手。 運転手「あっと……これどうやるんだろうなぁ。これかな? あ違う……あ、何丁目でしたっけ?」 俺「適当でいいんでとりあえず出してください……!」 運転手「あぁ、はいはい……怒らないで」 元来た道を確かめる。あの女ならとっくに這い出してどこかで目を光らせているに違いない。 ――タクシーは走り出した。この運転手、どうも頼りない。 俺「あの」 運転手「?」 俺「遠回りしないでくださいよ? 多少はわかるんで……」 運転手「はっは、そんな事しませんよ。昔はあったけども。料金かさ増ししたりする為に」 俺「……頼みます」 バイクで走って来た海沿いの国道を逆戻り。あれは何分ほどの事だったか。 家を飛び出して来た時、女が車を跳ねてしまった。あの人はどうなったのだろうか。
――考えている時、不意に右肩の少し下で何かが服を引っ張ったような気がした。 俺(ん……? 虫か?) その辺りを軽く摘んでよく見てみると、血のようなものが一滴、付着していた。 恐らく女のものだ。 俺「……」 鼻でため息をつき、腕組みをしながら背もたれに深く体を預けた。 すると再び、服に動きが。今度はさっきよりやや強い。 血痕に触れてみる。何やら少し立体的な感触だった。血痕というよりはかさぶたのような――。 その時、乾いていたはずの女の血がじっとりと濡れ、指に付いた。 俺「!」 それは成長するようにみるみる大きくなっていき、白い骨や肌を形成し出した。 俺「う、嘘だ!」 運転手「はい?」
血痕だったものが指となり、そこから手となり、服を鷲掴みにした。 俺「車止めて!」 運転手「え? ここでいいの?」 俺「今すぐ!!」 運転手「あぁ……でもここ車多いからもうちょっと我慢して」 手からしなやかな腕が生え、肩が作られ――隣に腰掛ける格好で、女の全身が現れた。 山田花子にそっくりな顔で見つめてくる。 俺「……!!」 女「そんなに見ないでー? もう、エッチなんだから」 そう言い終えて、ようやく服が体を覆った。 運転手「えぇ!?」 女の声に驚いて振り返る運転手。 運転手「あ、え? 2人乗ってたんですか? ああこりゃ気付かなかった」 女の口が真ん丸に開いた。スイカを吐き出すような大きさだった。 俺「わああああああああああああ!」 運転手「ひい!」
抱き付かれたまま必死の抵抗。体を振って女の頭を何度も窓に打ち付ける。 運転手がハザードランプを点け、路肩に車を止めた。 俺「と、止められるんじゃねーか!」 運転手「あ……ひ……」 女が特大のチョコレートを吐き出し、その口のままにんまりと笑った。 その光景に我を失った運転手は後ろの扉を開け、「お、降りて!」と叫んだ。 俺「助けてくれよ!!」 女「どこ行こっか」 事も無げに扉を閉めがら女が言う。 俺「どこも行かない! 帰れ!」 女「近くにホテルあるかしら。デュフフ。ねぇ?」 運転手「ひぃ!」 女「一番近い所カーナビで調べて」 俺「要らねぇ!」
女が巨大な唇をタコのように突き出して、口を完全に塞ぐ。 俺「……!!」 そしてそのままはっきりと言った。 女「ラブホ! ここまで言わせないでよねー」 運転手「は、は、は、はぃ、すみません……!」 運転手は全身をわなわなと震わせながら、周りも見ずに車を出した。 ピリリリリリリリ。 携帯が鳴った。 女の顔を両手で押し返すが、口を吸盤のごとく強く吸われており、一向に離れない。 ピリリリリリリリ。 女「もう、誰? 1年に1回のデートなのにぃー」 俺(携帯壊す気じゃねぇだろうな……!) 太いちくわのようになった女の唇を両手で絞り、渾身の力で引き剥がす。すぽん、といい音がした。 俺「車を降りろ!」
女「なんで?」 俺「何でもだ!」 女「へぇー。生きてて初めてちゃんとわかり合える人と出会ったと思ったのに」 俺「……?」 女「人が傷つくような事平気で言う人だと思うと悲しいな」 俺「……お前こそ俺を傷つけてる」 女「そう? じゃあ傷つけるってどういう事かな」 俺「……」 突然女の歯が恐竜のように鋭く伸びた。 女「怒るよ……!」 俺「うわああああああああああ!!」 恐ろしい歯で腕に噛み付く。それはたやすく皮膚を貫き、肉に突き刺さった。 激痛に叫び、女の髪を掴んで引き離そうとするも、少しも効果が無い。 運転手も悲鳴を上げていた。
自分側、すなわち反対車線に面する扉を開けようと取っ手を引くが、反応しない。 俺「開けろ!」 運転手「は! あい! え! 私ですかぁ!?」 俺「ドアを開けろー!!」 運転手「はっ……は!」 車は走り続けている。開いたのは逆の扉だった。 俺「こっち開けろよ!!」 運転手「ぶつかるでしょう!」 俺「腕が! 食われてるんだよ!!」 女「腕より私を食べて?」 怪物の口とほぼ同時に、扉が開いた。 女の腹と座席を蹴るように、車の行き交う車道へ飛び出す。 女「ちょっと!」
向かいから大型トラック。四角い前面が急激に大きくなる。耳をつんざくクラクション。 俺「やばいっ……!」 ドン! ――危うい所で歩道に飛び込んだ。子供の背丈よりやや高い柵が張ってあり、その向こうには砂浜が広がっている。 冬の海は人がおらず、夏に来るより輝いて見えた。 上体をひねって後ろを見ると、トラックが10mほど進んだ所でブレーキ痕を残して停車しており、 その前方には女が血まみれで転がっていた。 タクシーは既に遠くにいた。トラックの運転手が降りて女の元へ駆け寄る。 運転手「大丈夫か!」 女「……えへ」 笑っている。
俺「……!!」 女がどの程度のダメージを受けているかなど、気にもならなかった。 恐怖で思考が働かない。 柵を乗り越え、石垣を滑るように5m下の砂に飛び降りた。左の袖は自らの血でぐっしょり濡れている。 壁に沿って走った。この海に繋がる川へ辿り着けば、道路をくぐって隠れる場所を探せる。 砂の上は走りにくく、出血もあってか、息が上がる。振り返る勇気は無い。 女が一滴の血から再生した事を思い出し、川を目指しながら着ている服を脱ぎ捨てた。
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/02/14(月) 20:24:31.71 ID:xrzLMxi60
しえん
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :
2011/02/14(月) 20:36:52.38 ID:mgGaypZz0 なにこれ