唯「うきき。うきき。うっきっき。」
律「梓はいるか?」
憂「あ。律さん。梓なら先ほど、お花を摘みにいきましたよ。どうしたんですか?そんなに血相を変えて。」
律「う、憂ちゃん。いや、なんと言っていいんだか。
唯の奴が……」
憂「お姉ちゃんが!お姉ちゃんがどうかしたんですか!」
律(しまった!憂ちゃんにこの話をするとややこしいことになる。私は梓に伝えるためにわざわざ二年の教室までやって来たのに。
決して話をややこしくするためにやって来たわけじゃないんだぜ)
律「オーケー、落ち着くんだ、憂ちゃん。
いや、唯、つまり君のお姉ちゃんは、そのなんというか……
そりゃ、だれだって驚くさ!私だって驚いた。
でも、こんな事はきっと誰にだって起こりうることなんだよ。
一見すると私達の回りに、スロットでジャックポットを当てた友達はいない。けど、この世界のどこかにはいるはずだ。
この事件もそれと同じ程度の……つまり、非常に確率は低いのだけれども、起こりうる……」
憂「で、話が見えないです。お姉ちゃんが、どうしたんですか?」
律「まあまあ、ところでああ、梓だ!梓はお花を摘みに行ったんだったな。
いや、この学校でお花があるといえば、どこだ?ふむ。花壇か。
待て待て。確かこのような話を聞いたこともあるぞ。
女性が登山道を離れて、しゃがみ込んで、高山植物を、こう、眺めるように座っているってことは、一見すれば高貴な―まるでその女性自身が一輪の花のような―姿ではあるが、実際は大便や小便をしていると……
つまりだ、梓は、その排泄をしに行ったということか?
いや失礼。きっと憂ちゃんは婉曲表現で、梓の品のない排泄姿を私に想像させないように配慮してくれたわけだが……
逆に『お花を摘む』という表現が、和式便器にしゃがみ込んで排泄する姿を写実的に表しているがゆえの弊害で私は想像をかきたてられてしまったんだ。
もっと、シュルレアリスム的な婉曲表現が必要だったんだ、例えばな、『梓ちゃんは、ピーナッツ色のトウモロコシ畑に駆け出し、ディープ・パープルを大音量で垂れ流すグラマンの機銃掃射を受けています』とかな。
これならば、一見梓が排泄しているとは思えまい。」
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 13:02:04.23 ID:Z9Jv31JwP
どうしたいんだよ
憂(駄目だこりゃ!律さんはここ数日の暑さで頭をやられている。
でも、お姉ちゃんに何かあったのは確かなようだね。
この人にかまっている時間があるなら、私が直接お姉ちゃんの教室にいけばよかったんだ)
憂「あ、ありがとうございました。それじゃ私はこれで失礼します。ぺこり」
律(しめしめ。これで厄介者はいなくなった。さあ、梓、梓はどこだ?)
純「梓なら中庭に煙草を吸いにいきましたよ」
律「何だと!あなたは……えっと、具志堅さん?そう、梓の友達の具志堅さん!ありがとう、具志堅さん!」
純「えっと、鈴木です……」
律(鈴木?そんな馬鹿な!
あんな奇っ怪な顔の持ち主が、鈴木なんてありふれた苗字な訳がねえぜ。つまり、あいつは具志堅さん、または古波蔵さんだ!それくらいの器の持ち主に違いあるまい。
でも、お花を摘みに行く、というのが、まさか表現どおりの意味でも、世間一般に流布している共通解釈でもないとはな。へっへっへ。
ジャック・デリダも驚きだな。憂ちゃん、なかなかやるぜ。いや、まさか、お花を摘みに行くという意味が、煙草を吸いにいきましたよ、って事だとはいったい誰が想像できるかね?
梓の排泄姿が煙幕となって、喫煙姿の想像を阻害している。
素晴らしいよ!まさに骨を斬らせて、肉を断つだ!)
律「ありがとな、具志堅さん!それじゃ、梓の所にいってくるぜ!」
律「あ、梓。おーい」
律(こいつ、中庭で煙草を吸ってやがる。なんて堂々とした態度なんだ。
梓のこの大胆不敵さならば、クレムリンの前でスターリンを批判しかねないぜ。
だって、職員室の窓が見えるじゃないか。いやはや、世の中狂ってやがる。
トイレの個室でこそこそ煙草をふかす連中が停学になって、職員室の目の前の中庭でギター片手にまるでジミーヘンドリックスのように煙草を吸う人間はお咎めなしなんだからな。)
梓「律先輩じゃないですか。お久しぶりです。」
ペンペンペンペンペンペンペンペンペンペンペンペン。
ペンペンペンペンペンペン、ペンペンペンペンペンペン。
ペンペンペ、ペンペンペ、ペンペンペンペペンペンペ。
律「おお!梓よ、お前は、ジミーヘンドリックスだ!」
梓「ジミヘン!?失礼な。私は、今ムッタンで、世界的クラシックギターの名曲を紡いでいるんですよ。
なんだかわかりますか?」
具志堅wwwwww
律「ああ、なんだこの物悲しくなる曲は。
少々、説明口調になるが、解説させてくれ。
アンプにつながっていない、ムスタングの、ピンと張った輪ゴムを弾くような間の抜けた音は、それ単体では栓を抜いて一晩ほっぽいたビールだ。
でも、梓が口に咥えた日のついた煙草の煙が、ゆらゆら真夏の日差しの中に消えていく。
煙草の先が、燃え、その滓が真っ白い梓の世界に飲み込まれていく。
梓は、何を見つめているんだ?そのつぶらな眼差しで!私は、その白い海に浮かんだ黒い瞳が、ぼんやりと滅んでいく音楽を見つめているようにしか見えないのだ!」
梓「……律先輩、今日はどうしたんです。マリファナでもキマッてるんですか?」
律「マリファナ、そんなモノは日本にないぜ。それより、未成年が煙草を吸っていいのかよ」
梓「最近のロッカーは、酒やタバコやドラッグもやったことがないくせに、愛と平和をほざくんですね。
私は、そんな糞虫たちとは違うんです。」
律「ああ、酷い精神病だ!そんなモノをやる人間が、愛と平和を語れるのかねぇ!?
だけれども、たしかに私達の中に、このようにして、社会の規範に挑戦する人間がいない―たとえそれが若気の至りという名の、一過性の精神病でも―ってのは音楽家としては少しいびつだよな
まあ、とにかく頭がオカシイぜ、梓。」
梓「ふん!まあ、いいです。
これは、フランス映画禁じられた遊びで、ナルシソイェペスという、ちょー有名ギタリストが津軽三味線をべんべん弾くようにこの曲を弾いていたんですよ。
ギターを始めるきっかけとなった曲を世界中のギタリストに尋ねたら、これはきっと五本の指には入るでしょうね。」
律(どうした梓?頭がおかしくなってやがる。)
律(でも、とりあえず梓に唯が猿になった話だけはしておくか。なぜかって?そりゃ、ムギがこう言っていたのさ。
『梓ちゃんなら、唯ちゃんが猿になった原因を知っているかもしれないわ』
ってね)
☆正義の章
初めて唯が猿になった時の話をしよう!私の名前は秋山澪だ。
唯は猿になった。
それは認めなくてはいけない。だが、このようにも反論が出来る。
"そもそも、人間はすべからく猿ではないか"と。
この反論―極めてダーウィニズム的な―は、私達けいおん部、ひいては全人類を窮地に貶める。
しかし、この反論に答えるのは、最後にしよう。
唯が猿になったというのは、決して叙事的な事ではなく、現象的であるということ、そして、『実存は本質に先立つ』という、二十世紀の哲学者どものチンケな脳がようやくたどり着いたテーゼを忘れなければ
唯が人間ではなく、猿だということに気がつくのであるからな。
まず、異変に気がついたのはムギだ。どうやら、唯の様子がおかしいと私に耳打ちしてきた。
私は、梓というあのゴキブリのような後輩がいない(その日は偶然梓はいなかった)音楽室で、ムギの紅茶を飲んでいたのだが……
私はそこで初めて、唯に目を向けた。
唯は、椅子に座っていた。なにやら変わった様子には見えない。
ムギが言った。よく見てみて。
私は、唯の顔を覗き込んだ。
私は、怖がりなもんだったから、ひっ。と小さく悲鳴をあげ、椅子を倒して、後ろに倒れこみそうになった。
特徴その一。まず、唯の目が猿の目になっていた。
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 14:02:49.47 ID:6UkwLhH30
しえん
猿と人間の眼の違い?そんなモノ、いちいち説明させるな。
仕組みは同じさ。ガラスで屈折させ、網膜の視細胞のロドプシンで、光刺激を電気刺激にして、脳に伝達している。カスケード反応さ。一分子の光子すら、電気刺激に変換可能だ。
タコイカや、昆虫の眼とは違う、でも私達の眼の仕組みは、あの忌々しい猿と変わらん。
でも、明らかに違う点がある。
それは、黒目の大きさだ。これはすぐに動物園に行って確認して欲しい。
猿どもには白目が殆ど無い。黒目が、あの瞼の下の、柔らかい眼球をびたあっと覆っている。
それは、人間の胎児の眼と同じだな。まあ、個体発生は系統発生を繰り返すから、仕方ないよ。
それに比べて、私の眼はどうだ!すぐに確認してくれ。私の眼はたしかに、蠅のようにドデカイかもしれんが、白目は多いはずだ。黒目に比べてな。でも、猿の眼は白目がないんだよ。
なぜだかわかる?
18 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 14:53:42.89 ID:oE7zigaD0
以前も書いてたよね?
そこには人間の偉大な進化の痕跡があるんだよ。
人間は黒目を小さくし、そのまなざしの機能を最大限に利用出来るようになり、コミュニケーション能力にさらなる磨きをかけたんだ。
人間の偉大さは、言語を生み出したことだけではない。―哲学を生み出すには、言語さえあればよかったのか?―
社会性を獲得する上で、まなざしは重要なファクターだったんだ。
眼が何を見るのか?それこそが、ヘーゲルの"認識の哲学"を完成させる推進力となったのさ。
まあ、ヘーゲルなんてどうでもいい。重要なのは、黒目が小さくなったことだ。
黒目が小さくなったことによって、会話の時に、誰を見て話しているのかがわかるようになった。
セックスの時に、見つめ合うことが出来るようになった。
ふと隣の人を見たときに、その人が遠くを見ているのか、近くを見ているのかわかるようになった。どこを見つめているのかわかるようになった。
相手の目を見て、他人の考えがわかるようになった。
>>18 記憶している限りぼくがこの話を書くのは初めてですよ
でも良く考えてみてくれ。狩猟時代に、黒目が小さくなることがいかに生存に不利だったか。
だって、白はとても目立つよ。例えば、プレデターに襲われたとき、白い部分があれば、それだけで敵に発見されやすくなる。
また、獲物を捕まえるとき、黒目の動きが非常に分かりやすくなってしまい、あの敏感な野生動物にすぐにバレてしまうよ。
本当なら、こんな欠陥的な眼なんてとっくに淘汰されても良かったんだ。
でも、人間の眼は進化した。社会性のほうが個人の生存より重要だったというわけさ。ああ、利己的な遺伝子も真っ青だよ。
そして、唯の眼から白い部分が無くなって、どこを見つめているのだかわからないうすら黒い瞳だけが、浮かび上がっていたんだ。
正義の章 終り
梓「唯先輩!唯先輩!」
紬「あら。梓ちゃん。そんなにあわててどうしたの?忘れ物かしら?」
梓「例えパンティを忘れても、こんなに焦りませんよ。
聞きましたか、ムギ先輩。大変な事が起こったそうです。ところで唯先輩はどちらに?」
紬「大変なことって何よ?」
梓「とぼけても無駄です!唯先輩がとうとう猿になったそうじゃないですか」
紬(荒々しいわね、梓ちゃん。女の子なのに、はしたない。
音楽室に来るなり煙草?女子高生が煙草なんて吸うのかしら?
それにしても、ずいぶんと堂に入った煙草の吸い方ね。
銘柄は……リベラマイルド?なんだか、女子高生が吸っていい煙草なのかしら。
それに、マッチ!どこかの風俗でもらってきたようなしけたマッチ。それで、ボと火をつけて、煙草に火をつける。
そして、煙草が音を立てて燃え上がるように、大きく息を吸い込んで、まるで仕事上がりにビールを一気に飲み干すように、煙草を吸うのね!梓ちゃんは。)
24 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 15:15:26.52 ID:TNpWuxmo0
何この翻訳小説
25 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 15:17:09.72 ID:PytuffPh0
リベラマイルドとか廃止銘柄やん
梓「唯先輩が猿!猿。猿ですよ。こんなことあっていいんですか?」
紬「でも、猿になることくらい、人間誰しもありうることなのよ。梓ちゃんしかり。
梓ちゃんの知り合いで、猿になった人はいないかしら?」
梓「いるわけないです。人間が猿になる……人間は猿だった……でも、唯先輩のような天使が猿になるわけがありません!」
梓「まあ、ま、さ、ムギ先輩。ムギ先輩も吸っていいですよ。私だけ吸うのは心苦しいですから」
紬「私、煙草は吸わないわ」
梓「うひょ!なら葉巻ですか。お金持ちは違いますね」
紬「私、葉巻も吸わないわよ」
梓「え。おかしいですね。ムギ先輩なら、私煙草の臭い煙を肺に満たすのが夢だったの〜とかいってノってくれると思いましたけど。」
紬「間違っているわ、梓ちゃん。そんなことだから、唯ちゃんが猿になったのよ。」
梓「関係の無いことを持ち出して、因果を結ぼうとする……詐欺師がよくやるんですよ。
もうだめだ。さあ、ムギ先輩。唯先輩に会わせるです。」
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 15:30:14.30 ID:KbsAraM3i
支援
>>25 そういえばもうずっとすってません。
かっこつけて吸ってた時機もありましたが。売ってないのは寂しいです。
紬「わかったわ。ところで、梓ちゃん。明日は暇かしら?」
梓「私に暇な時間はありませんよ。でも、唯先輩に関連する用事であれば、私は他のどの重要な仕事をうちやって、駆けつけます。
私は唯先輩にそれくらいの恩があるのですから。」
紬「……なら、梓ちゃんは明日唯ちゃんに会えるわ。」
梓「つまり、ムギ先輩が唯先輩の所に案内してくれるという事ですか?」
紬「ええ、そうよ。おめかしをして、朝八時に駅前に来て頂戴。」
梓(といわれて、朝6時から駅前でムギ先輩を待ってはや二時間……中々来ないです。
ところで唯先輩はどちらにいらっしゃるのでしょうか?猿になったということは、つまり人間社会から放逐されてしまったということでしょうね……
唯先輩のような人が猿になって、キチガイどもが人間のまま。
なんて不条理な社会なのでしょうか)
梓「あ!あの黒塗りの外国車は!」
紬「お待たせ、梓ちゃん。さあ、いきましょう。唯ちゃんもとい、猿の場所へ」
琴吹家の車は、静かにコンクリートのジャングルを抜けて行った。
梓は、革製のシートの上で恐縮して、煙草をちびちび吸っていた。
紬は窓の外をぼんやりと見つめていた。
車内では決して唯の話題や、いなくなった律と澪の事には触れられなかった。
梓は、最後に見た、律の気違い的な表情を思い出し、吹き出しそうになるのをこらえて、煙草の灰をシートの上に落とした。
街を抜け、二人をのせた車は郊外へとでた。
人間の密度が薄くなるにつれ、空の色は一層青くなっていくように思えた。
梓も窓の外を見た。透明な窓は鏡のように、車内を映し出していた。
紬はいつの間にか、梓の頬をしっとりと見つめていた。
梓は気持ちが悪くなった。煙草を吸おうと思っても、箱はからになっていた。
―猿がニーチェを読むわけがありません。―
車は、田舎の小さな動物園の前についた。紬は梓にここで降りるように支持した。
「中に唯ちゃんがいるわ。」
「唯先輩はこんなところで働いているのですか?」
紬は質問に答えなかった。梓の記憶している限り、紬が質問に答えないのはこれが初めてだった。
二人は、窓口で働く精神の不自由な人間から、こども用チケットを購入し、動物園の中に入っていた。
霊長類館という、檻のジャングルを二人は歩いた。
おりの中には、手に乗るような小さなリスザルから、尻尾や手の長いテナガザルが区分けされていた。
入り口に近い方から、進化系統的に、人間と隔たっているようだった。
新世界猿の檻は、旧世界ザルの檻よりも、前にあった。
それから、大型霊長類の檻の前に梓と紬は来て、ある衝撃的な事実に気がついた。
「お、檻の中に……いる猿の数……どの檻も同じです……」
紬は沈黙したまま。
「つまりですね、その数は」
「言わないで梓ちゃん。それはこれから観るものを見れば、私達の運命が決して救いのないものだということが分かってしまうのだから」
紬と梓は、チンパンジーの檻の前で立ち尽くしていた。さらに奥にある、二つの檻に眼をやった。
ずいぶんと狭い檻のようで、中に何が入っているかはわからなかった。
でも、そこになにがいるかは容易に想像できるのである。
「……唯先輩は、一番奥のおりにいらっしゃいますね?」
「そうよ。でも、そこに行く前に、私達は、一つ手前の檻を見なければいけないわ。私も、一人でそれをするのが恐ろしくて、梓ちゃんを誘ったの。」
「私だって……あの狭い檻の中にいる動物を見るのは……」
梓はうずくまり、口を押さえて必死に吐き気をこらえた。
「進むんだ。梓」
梓の頭の中で、突然尊敬する秋山澪の声が響いてきた。
「進むんだ。梓」
「嫌です!……唯先輩の手前の檻にはどうせ……あの悪魔が……」
「進むんだ。梓」
「やめてください。なぜ私は進まなければいけないんです」
「進むんだ。梓」
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 16:22:04.31 ID:HF7nEofKi
支援
「梓ちゃん、何と話しているの?」
梓は進退きわまった。
「逃げればいいだろ、弱虫梓」
「逃げちゃいなさいよ、弱虫梓ちゃん」
「進むんだ。梓」
梓は絶叫した。そして、梓は人間的な恐怖を克服した。
なぜ突然そのような精神の作用があったのかといえば、突然唯の顔が頭に浮かんできたからだ。
しかしなぜ唯の顔が浮かんできたのかについての十分な説明はできない。
だが梓にとって唯とは、ジャンセニストにとってのイエス・キリスト以上の存在だった。
「進むです。ムギ先輩。
人間の意志は、この程度で崩れ落ちるべきものではないのです。はっきり言えば、意志の力によって山を動かすことも可能です」
「それは信仰によってではなくて?」
今度は梓がムギを無視した。
チンパンジーの次の檻には五匹の人間がいた。
「あっ!律先輩がいらっしゃる」
梓が指をさすと、律は檻の奥へ引っ込んでいった。律は裸で、ぼろぼろの爪でひどく憔悴しているようだった。
「プ。これはこれは、律先輩。こんな世界にいたとは。ざまあないですね。
ああ、見てみればたいしたことはない。律先輩と、四人の人間がいるだけじゃないですか。
それが動物のように扱われているだけじゃないですか。
この世界に、動物以下の扱いを生まれた時からうけて、死んでいく人間なんてごまんといます。さあ、ムギ先輩、先に行くです」
律は梓に指をさされ、火を怯える動物のように、震えていた。
梓は平気なふうだったが、紬はその場にへたりこんだ。
紬はアポロンだったからだ。対して梓は
梓は先に進んだ。人間の次の檻には、おそらくはディオニュソス的な空間が広がっているだろう。それは梓と同質な、地獄だった。
紬「あ、あ、梓ちゃん……あなたは律ちゃんのようになるのが恐ろしくないの?
人間は誰しも、こうなるおそれがあるのよ……」
梓「それは敗北者の価値観ですよ。
超人はそれを乗り越えているんです。はっきり言って、動物扱いされるような人間は、無価値なのです。
そして、それを恐れる道徳にしばられているのも、御免なのです。
さあ、ムギ先輩、先に進むのです。人類の先へ」
ムギは結局、人間の檻の前で、うずくまりその先へ進むことができなかった。
梓は最後に、軽蔑のまなざしを紬へ投げかけ、人間の檻の次にある最後の檻へと向かった。
梓が紬を見つめることは二度となかった。
☆正義Uの章
世界が終わる最後に、私達の話をしよう!私の名前は秋山澪だ。
律は、人間だった。
ムギはアポロンだった。
梓は、ディオニュソスだ。
私は誰だ?私の正体は……まあ、秋山澪だ。ただ、ロミオを演じたことがある。
その時の話でもしようか。
ロミオとジュリエット。原作はシェークスピア、脚本は琴吹紬だった。
ロミオ役は私で、ジュリエット役は律。
ここにある倒錯があるわけだ。本来ならば、私がジュリエットだったんだ。それが、ヒロインの機構。
しかし、私に与えられたのは、ロミオという属性だった。
まず物語を分析する。
この悲劇に流れるのは、個人の不幸を根底とした社会の安定だ。
ロミオとジュリエットは、誤解の連鎖により死亡する。その誤解―策謀―を立たのは、ロレンスという人間なのだが、ここに人間の意志の弱さを読む。
ういうい
人間の、運命に対する非力さが現れている。
最後に、両家は和解する。一見悲嘆を根底とする決着だが、これは一般的に最良の解決であった。
ロミオとジュリエットという、相反する二人が結ばれ、人間社会に不調和をきたすことなく、結果争いの種が消えていったのだからな。私が木役なら、この結末を大いに受け入れるさ。
そして、ロミオ。ギリシア悲劇しょき、エウリピデス以前は、主役の男は英雄だった。英雄が戦うのは、一人の女ではなく、運命だった。
しかし、ロミオは、せいぜいジュリエットの家や自分の家と戦うだけで、大いなる運命とは対決しようとしなかった。阿呆だ。
阿呆だ。
私は阿呆だ。
腐りきった悲劇は、人間の弱さを風刺している。運命の過酷さではない。
頭がおかしくなってきた。
最後に唯の話をしよう……
梓がディオニュソス的?あの可愛い後輩が……
ディオニュソス対アポロンの構図が終焉を迎えるのは、イエス・キリストが道徳的規範を打ち立てたからだ。
アポロンはもともとディオニュソスに力を借りていたからな。つまり、ムギもだ。
唯はキリストだよ。
ディオニュソスとは相容れないんだ。
正義Uの章 おわり
唯はほっかむりをかぶって、顔が見えないようにし、透明な檻の中で膝を抱えて座っていた。
梓「唯先輩」
梓は話しかけたが、彼女は答えなかった。
梓「唯先輩。唯先輩。会いに来ましたよ。人間を乗り越えて会いに来ましたよ。」
梓は唯を覗き込んだ。やはり唯は猿だった。
梓「たとえ猿でも、私は唯先輩を愛します。
神を愛するように、あなたを愛します。だから私を愛して下さい」
梓「無視ですか?それとも猿は口が聞けないのですか?」
唯先輩!
梓が透明な檻に一歩踏み込んだ。すると唯は梓の方を見た。黒い大きな目が、悪魔のようにぎょろんと動いた。
「あずにゃん。憂を殺しちゃった。
憂は私に人間に戻ってっていった。だから殺したの。
憂は黄色い石鹸のように、風呂桶に沈んだの。
でも、私は幸せだよ。とーっても幸せだよ。愛=死
愛を教えてよあずにゃん。」
唯は血だらけの猿のような手をびたあっと梓の顔にくっつけた。
梓は頬をほころばせて、唯に抱きつくように甘い息をかけて最後に語りかけた。
梓「死は乗り越えがたいです。
死は忌むべき者。
死は死は死は!死は"人間だけのもの"
死は救い。死は苦しみ。
死は絶望的な限界状況。
死は主体の断首。
死はやはり避けられないのです。
死は……
ぽくぽくぽくなむちーん」
いつの間にか、澪が梓の後ろに立っていた。澪は檻の外から二人を見守っていた。
澪「死んだ二人に詩を捧ぐ。
英雄も賢者も、満ちた後、欠ける時を待つのは新月に同じ。
運命はあなたを王にした。しかし永遠の命を与えはしなかった!
"ギルガメシュ叙事詩"より
」
終劇
あずにゃんが好きだ。
でももうだめぽ
えぇまた書いてくれよぉお疲れ様
52 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/10(月) 17:35:42.13 ID:JISqJqEE0
乙!
あずにゃんにゃん!!あずにゃんにゃん!!ぷくぷくぷく・・・・・
の人ですか?
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
ぽくぽくちーん