1 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
代理です。作者が来るまでしばらくお待ちください。
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:19:14.06 ID:/fnTRNX+0
代理ありがとうございます
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:19:30.67 ID:8X5qV1cb0
代理し寝よ
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:19:53.15 ID:0m60OCqOO
じゃあ作者が来るまで俺の半生について語ることにする
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:21:38.44 ID:/fnTRNX+0
寒さにはどこかしらか人を底意地悪い性格に作り上げてしまう力がある。
タイガの森のなかでコケモモのつるを火にくべながら誰かの不幸を願い、
ことの成就のためには七人の魔女と手を組んでも構わない、
などとという大それたことを考えさせたりする力がある。
しかし、
俺はできる限りそんな誘惑に抵抗したい。
たとえ、
十二月パーティーの招待状が一通も来なくともすねたりしたくない。
空気なかに、
さわやかだが心を波立たせるグリーン・ノートの香水の粒子をわずかに、
しかし印象深く残して街の角を曲がっていった黒いドレスの女が、
自分のものでなかったとしても嘆きたくない。
嘆きはしても恨みたくはない。
彼女が、
冬の午後の陽光にきらめく色ガラスみたいなにおいの細片を残してくれたことに感謝する、
せめてそのくらいの矜持は残していたい。
6 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:22:23.02 ID:/fnTRNX+0
乾いた冷気と低い気圧は時々頭痛を誘う。
その日の朝がそうだった。
北アジア人ならば、
「生き返るような寒気」と表現するのだろうが、
負け惜しみの同意すらできかねる。
いったい何千回昼食を抜いたら、
一年の半分をニューヘブリデスのコテージか、
コスタリカのアパートメントで暮らせるようになるのかと計算してみる。
二十一世紀末にはそれが可能になるかも知れないという答えが出、
慣れ親しみすぎて毛穴まで数えられるようになった失望と、
また向き合う。
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:23:08.81 ID:/fnTRNX+0
午後になって気温は上がったが、
頭痛は去らなかった。
愚にもつかない離婚調査を終え、
地下鉄の階段を昇った。
公園のなかを近道して西池袋の自分の部屋へ、
急ぎ足で向かった。
爪楊枝みたいな槍を手にした甲虫が、
指揮官の号令にあわせて頭蓋骨の裏側を突いているシーンを俺は想像した。
とてもいやな日だった。
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:23:24.14 ID:DHoS7amP0
支援
9 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:24:04.69 ID:DHoS7amP0
支援
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:26:12.26 ID:/fnTRNX+0
▼・ェ・▼
公園に棲みついているイヌが、
俺の足音を聞きつけるとどこからともなく駆けてきた。
不自由な前肢をかばいながら、
俺のまわりを二回まわった。
その黒い、
うるんだ眼は、
期待に震えながらおれの顔に向けられていた。
ひょっとしたら昼食の残りが、
俺のコートの魔法のポケットからでてくるのではないかと考えているのだ。
11 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:27:23.02 ID:/fnTRNX+0
俺は時々公園で食事をする。
粘土みたいなソーセージをはさんだパルプみたいなパンを、
鉄鍋の底みたいな味のするコーヒーで口のなかに無理矢理流し込むだけの儀式だが、
定食屋のテレビで、
悲劇的にユーモアのセンスの欠けたコメディアンを眺めさせられるよりはましだからだ。
ある日、
食事中に不具のイヌと知り合いになった。
苦労のわりには性格のまっすぐなイヌだと思い、
粘土みたいなソーセージの一片をやった。
彼はそれを、
星つきのレストランのメインディシュよりもうまそうに食べ、
ぺたりと尻を地面につけて座ってつぎの配給を待った。
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:28:15.46 ID:DHoS7amP0
支援
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:28:46.45 ID:/fnTRNX+0
それ以来、
俺が公園にいると寄ってくる。
ペスタロッチ氏でもこれほどは子供たちに愛されはしなかっただろう。
俺と彼は時々見つめあい、
互いの生活の平穏と恵みを祈りあった。
俺は立ちどまり、
名前のない友人に視線の言語でこういった。
( ^ω^)「今日はあまり友好的な気分にはなれないんだお。
この忌々しい寒気団が「はるか上海」ってところまで行っちまったら、
一緒に素敵な食事をしようじゃないかお。
おまえにもケンタッキー・フライドチキンのセットをおごってやるお。
そのときは頬寄せあってメシを食い、
明日について明るく語ろうお」
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:29:25.01 ID:DHoS7amP0
支援
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:29:52.34 ID:/fnTRNX+0
俺の部屋に続く急な階段のうえの薄暗がりに、
白いものがふた筋見えた。
あやしい予感がし、
俺の脈搏がわずかに速まった。
数瞬間、
俺は左足を階段の一段目にかけたまま、
凍った。
美しい足だった。
('、`*川
最上段に腰をおろした女は、
足を組んでいた。
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:30:06.43 ID:DHoS7amP0
支援
17 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:31:03.22 ID:/fnTRNX+0
白い形のよい足は、
余裕をもって膝のうえで組み合わされ、
両方の足のふくらはぎがぴったりとくっついていた。
右の足先をもう一度左足の足首にからませることもできそうだと、
俺は思った。
ベルトのついた靴に、
金色の小さなバックルが輝いていた。
階段上の窓から入り込む冬の午後の斜光線が、
レンブラントのような完璧な光量配分となり、
ファンダメンタリストが数世紀も待ち望んだ奇跡の構図をつくりだしていた。
俺は視線をそらすことができなかった。
18 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:31:56.11 ID:DHoS7amP0
支援
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:32:51.32 ID:/fnTRNX+0
階段上で女が立ちあがった。
コートの裾がはらりと落ちて膝を隠した。
古びた厚い木の板が鳴った。
女の顔に逆光線になってよくは見えなかったが、
やわらかそうな髪が肩まであることがわかった。
女は俺の名前を口にした。
語尾をそれとはわからぬほど巧みにあげた。
俺は短く肯定した。
しかし、
声はうわずっていた。
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:34:12.25 ID:/fnTRNX+0
('、`*川「「コアラちゃん」てどなたですの」
( ^ω^)「あ、まだ帰ってませんかお。
秘書、みたいなもんでして、
ちょっと銀行のほうまで行ってくるようにいったんですお」
('、`*川「もうはがしていいのかしら、このメモ」
と彼女は、
ドアに貼りつけられた紙切れを優雅に指しながら、いった。
('、`*川「じきにお帰りになりそうなことが書いてあったんで、
待たせていただいたんです。
いけなかったかしら、お電話もなしに」
( ^ω^)「歓迎しますお。
わたしはたいていの場合多忙なんですが、
あなたは幸運なかただお。
今日に限って時間はたっぷりあるんですお。
一年ぶりですお、こんなに暇な午後は。
どうぞお入りくださいお」
21 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:35:13.36 ID:/fnTRNX+0
階下の店の撞球台のうえで、
最初のキューが、
セットした九つの球を散らす音がした。
寒気のなかではなおさら頭痛を増すはずの、
その乾いた刺激的な音もいまは少しも気にならなかった。
俺は数分前までの頭痛をすっかり忘れていた。
俺の頭痛は、
ある種の心理的衝撃と、
それがもたらす根拠のない希望によって治るのかも知れない。
世間ではこういうのを、
淡い期待感と呼ぶらしい。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:36:34.77 ID:/fnTRNX+0
たとえそれがどんな小さな果実すらもつけない痩せた木でも、
なにもないよりは百倍くらいましだ、
と俺は考えることにした。
問題なのは果実ではない。
果実が得られるかも知れないという気分の高揚だ。
実がならなければ、
晩秋に伐り倒して庭のたき火にくべりゃいい。
それからまた得体の知れない木を植えるのだ。
そして待つのだ。
23 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:38:55.47 ID:/fnTRNX+0
俺は階段を駆けのぼった。
少し体重が増えすぎたようだ。
虚無を食べても人間は太ることができるのだろうか。
擦れ違うとき、
女のつけている香水のかおりがした。
夏が懐かしく思えた。
海にむかって張りだした板敷きのバーのカウンターのうえにレモンを入れたジンがあり、
隣にこんなにおいのする女がいれば、
三輪オートバイの運転手で一生終わっても多分、
後悔しないだろう。
時々むきだしの彼女の腕をとり、
長い指をもてあそびながら、
海は硫酸銅をばらまいたプールみたいに青い、
などとくだらないことを口にしながら毎日上機嫌で生きていればいい。
24 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:40:35.91 ID:/fnTRNX+0
ドアに貼りつけたメモを破ってコートのポケットに突っ込み、
俺は鍵穴に鍵をさしこんだ。
('、`*川「秘書を雇ってらっしゃるの?」
と肩越しに彼女が尋ねた。
( ^ω^)「ええ、こんな小さな事務所でも、
やはり相当な量の事務処理をしなくちゃいけませんし、
そのうえぼくはパソコンのキーを叩くのが大の苦手なんですお。
ピアノのキーのほうは見かけよりもずっとうまく扱えるんですがお。
なんなら近いうちにお聞かせしましょうか」
女は笑った。
歯がこぼれた。
歯列矯正の必要はまったくなさそうだった。
25 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:42:12.28 ID:/fnTRNX+0
俺はドアを開きながらいった。
( ^ω^)「驚かないでくださいお。
あんまり整理してないんですお。
それに秘書も、
そっちのほうにはまるで興味のないタチで」
('、`*川「コアラちゃん?」
( ^ω^)「そうですお」
('、`*川「おいくつなの? 彼女」
( ^ω^)「四十二だったかな。
とにかく一回じゃ覚えられないほど古びていますお」
彼女は、
アイスクリームを冷蔵庫から盗みだした子供を咎めるときのように両手を腕の前で組み、
こころもち首を傾けた。
26 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:43:59.46 ID:/fnTRNX+0
( ^ω^)「とにかく、あなたは待っててくださったお。
メモに一時までには帰るって書いてあったからでしょう。
おかげで、心臓に氷のとげをさしたようにニヒルな探偵も、
気分のいい午後を迎えることができるお」
('、`*川「あなた、本当に探偵?」
( ^ω^)「ええ、探偵ですお。
おまけに運の悪いことに名探偵ですお」
俺は努力して微笑した。
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:45:07.43 ID:/fnTRNX+0
笑うと定年退職した怪獣みたいに見える。
笑わないと寒い国の憲兵の下っ端みたいに見える。
その落差が大きすぎるから相手は瞬間的にトランス状態になる。
表情の緊張と弛緩を二、三回くり返せば、
相手はセルロイドの時計でも言い値で買いたくなる。
だから露天商の群に身を投じないかと誘った友人がいた。
まだ出世前の体だから、
と婉曲に断ったが、
あまり甘くない思い出だ。
だが、彼の批評はおそらく真実に近く、
そのアドバイスの一部はいまでも必要に応じて生かしている。
悲しむべきことだ。
28 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:46:43.94 ID:DHoS7amP0
支援
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:47:07.27 ID:/fnTRNX+0
女の表情もわずかにゆるんだ。
( ^ω^)「ところで、あなたは?」
('、`*川「依頼人じゃ、いけない?」
非常に結構です、
という以外のなにか適切な言葉を探したかった。
( ^ω^)「とんでもないですお。
ただ美貌の依頼人の出現というのがあまりにもルーティンなので、
少し驚いてるだけですお。
とにかくなかへ入りましょうかお。
ご心配なら高校生みたいにドアを開けたままにしておきますお。
多少寒いですが、
少なくとも階段のうえの立話よりはましだと思いますお」
('、`*川「いいえ、ドアはしめてくださって結構です。
なかでお話ししましょう。
図書委員と風紀委員の密談みたいに」
30 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:47:28.25 ID:DHoS7amP0
支援
31 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:48:02.43 ID:/fnTRNX+0
脚の美しい依頼人は部屋のまんなかで立ちどまり、
あたりをゆっくり見まわした。
どこにすわるべきか思案にくれているのだ。
彼女は、
たとえば、
セツルメントの派遣で貧民窟を訪れた貴族の次女のように見えた。
あまりにも見慣れない場所に身を置いたとまどいを瞬間感じさせたが、
彼女の誇りがそれをあらわにすることを許さなかった。
彼女の眉の根は一ミリも寄らず、
感情の抑制は巧妙におこなわれた。
もう少しだけ探偵が取るに足らぬ自尊心を持っていなかったならば、
完璧と評価するべきだっただろう。
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:48:08.67 ID:DHoS7amP0
支援
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:48:55.98 ID:DHoS7amP0
支援
34 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:49:11.73 ID:/fnTRNX+0
俺は、
小さなスチールパイプの椅子のうえから五日分の新聞を床のうえにおろし、
彼女の腰を落ち着けさせるためのスペースをつくった。
ついでにポケットからとりだしたハンカチで埃を払う仕草をしてみせた。
そうしなければ、
彼女が自分の絹ハンカチでおなじことをしただろう。
たとえ彼女がいや味な趣味の持ち主ではなくとも。
そして、
俺は彼女のそんな姿を見たくはなかった。
('、`*川「長い休暇をとってらしたみたいね」
( ^ω^)「え?」
('、`*川「秘書のかた」
それから彼女はかすかに笑った。
熟れた野イチゴみたいな色の唇が上品に両側に引かれた。
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:49:37.50 ID:DHoS7amP0
支援
36 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:50:10.20 ID:/fnTRNX+0
俺は、
短い時間、
彼女の表情をのぞきこみ、
その微笑には必ずしも皮肉の痕跡が溶かしこまれていないことを確かめ、
心を安らげた。
彼女が腰をすわりの悪い椅子に落ち着けたので、
俺もデスクの裏側にまわりこみ、
すわった。
( ^ω^)「罪のない嘘ですお」
('、`*川「でしょうね。
仕事は一流、営業は五流というタイプの探偵が、
ドアの前にお客を引きとめておくためのね」
俺は努力して笑ってみせた。
コヨーテが笑ったようだとも昔はいわれたこともある。
すっかり太ったいまは、
コヨーテでも、
荒野の月夜に吠えるやつじゃない。
動物園の日なたで転げまわって乾いた土を体になすりつけているコヨーテだ。
37 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:50:20.92 ID:DHoS7amP0
支援
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:51:02.59 ID:DHoS7amP0
しえ
39 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:51:17.75 ID:/fnTRNX+0
短い沈黙があった。
階下の撞球台で球のぶつかる音がした。
空気が震えた。
( ^ω^)「コーヒーでもいかがですかお」
彼女は生死の決断を迫られたみたいに長く考え込み、
うつむいたままで、
小さくうなずいた。
俺は台所に立ち、
ガスの火をつけた。
冷えた台所にたたずんで、
湯の沸くのを待った。
長いあいだ彼女を一人にしておいた。
いやがるネコをだいていることは不可能だし、
話さない女を無理に話させる趣味も情熱もない。
湯の沸くまでの間にドアの開閉する音はしなかった。
40 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:51:43.63 ID:DHoS7amP0
支援
41 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:52:16.29 ID:/fnTRNX+0
俺は、
ドーナツ屋のスタンプを三十個集めて貰ったコーヒーカップを二個抱えて、
居間兼執務室へ戻った。
彼女は同じ場所にいた
彼女はごくわずかだけ顎をあげた。
喉が白かった。
うすい金属のブラインドからさしこむ光が、
彼女の顔と喉に輝きと淡い影の縞模様を与えていた。
穏やかだが、
どこかしら毅然とした表情と自然光の投影のくまどりが、
彼女を自分の犯した行為の正当性に疑いを持たない囚人のように見せていた。
それにしても魅力的な囚人だ。
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:52:28.64 ID:DHoS7amP0
支援
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:53:08.89 ID:DHoS7amP0
支援
44 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:53:16.16 ID:/fnTRNX+0
('、`*川「わたし、伊藤久仁子といいます」
と彼女は口を切った。
('、`*川「困っているんです、とても」
俺はうなずいた。
幸運と順調さをもてあましている女は探偵を訪ねたりはしない。
とりわけ場末の探偵など。
('、`*川「住まいは麻布なんですが、
近くに住むかたにこんなことをお願いするのは気が進まなくて」
彼女は、
膝のうえに置いたバッグの口金をひらき、
赤い煙草の袋を取りだした。
一本を引き抜いて口にくわえた。
プラスチックのライターの火は、
真冬の針葉樹林のなかのたき火のように見えた。
煙草に火をつけるためというより、
心に小さな温かみと小さな勇気を与えるために火をともしたのだ、
と俺は思った。
45 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:53:49.20 ID:DHoS7amP0
支援
46 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:54:23.58 ID:/fnTRNX+0
女は煙をゆるやかに吐き出した。
伏眼が深いふたえのまぶたを強調していた。
煙草の青い煙は短い時間、
午後の光のなかにわだかまり、
やがて消えていった。
('、`*川「捜して欲しいんです、ある男を」
口にするまでにあまりに長い時間をおき過ぎたので、
口調も言葉そのものもどこか人工的で、
ぎこちなかった。
( ^ω^)「もちろんですお。
その男はあなたのよく知っている人ですかお?」
('、`*川「全然知らない男です」
( ^ω^)「ほう」
('、`*川「少しは知っているともいえます」
( ^ω^)「ほう」
47 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:54:36.04 ID:DHoS7amP0
支援
48 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:55:13.29 ID:/fnTRNX+0
彼女は、
まだ半分も灰にしていない煙草を、
オートバイエンジンのピストンを裏返した灰皿でにじり消した。
('、`*川「一度だけ、
寝たことがあるんです、その男と」
( ^ω^)「つまり、行きずりのあいだがら、
そういうことですかお」
('、`*川「ええ」
( ^ω^)「脅迫されたのですかお?」
('、`*川「さぁ……」
( ^ω^)「というと?」
('、`*川「手紙はきたんですが……」
49 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:55:16.54 ID:DHoS7amP0
支援
50 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:56:33.17 ID:/fnTRNX+0
俺は煙草に火をつけた。
( ^ω^)「なにも要求していない」
('、`*川「ええ」
( ^ω^)「あなたはその男に住所を教えましたかお?」
('、`*川「いいえ」
( ^ω^)「いつ頃ですかお?」
('、`*川「手紙がきたのは一週間前です」
( ^ω^)「その男と会ったのは?」
('、`*川「三週間前……くらいでしょうか」
どこで、
と俺は尋ねた。
彼女は六本木のバーの名前をあげた。
最近流行しているタイプの店だった。
プラスチックのエアダクトの模型を接着剤で天井に貼りつけてあるというような。
51 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:57:42.08 ID:/fnTRNX+0
それから彼女は話し始めた。
('、`*川「雨の夜でした。
パーティーが終わった夜……」
俺の視線を無意識のうちに避けていた。
('、`*川「あまり、というより全然気分の乗らないパーティーだったんです。
二次会の誘いをいくつも断って、
一人で帰るつもりでホテルの外へ出たんですが、なんとなく」
( ^ω^)「なんとなく……」
('、`*川「ええ。
なんとなく真っすぐ帰るのがしゃくにさわって」
彼女は言葉を切った。
52 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:58:30.32 ID:/fnTRNX+0
それから、
なにかお酒はありませんか、といい、
ぜいたくをいって済まないけれど、
とつけ加えた。
安いバーボンならある、というと、
それで構わない、と答えた。
彼女の前に置かれたコーヒーは少しも減っていなかった。
氷を入れただけのバーボン・ウイスキーを半分ほど口のなかに注ぎ込んでから、
彼女は大きく息をついた。
プールからあがったばかりの競泳の選手を思わせた。
ごめんなさい、
と小さく微笑した。
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:58:50.38 ID:DHoS7amP0
支援
54 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 03:59:40.69 ID:/fnTRNX+0
('、`*川「その店で、その男に会ったんです。
とまり木のないカウンターにもたれていました。
わたしも、一人だったから、なんとなくそこへ。
一杯目を飲み干す前に男は話しかけてきました。
少し暗めの印象でしたが、
悪そうにも軽薄そうにも見えなかったものですから」
( ^ω^)「そして、一緒に酒を飲み、
ホテルに誘われ、それに応じた」
彼女は視線で俺を咎めた。
('、`*川「そうです。そのとおりです」
口調にも愉快さは感じられなかった。
またグラスを口に運び、
残りの半分を飲んだ。
55 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:00:50.01 ID:DHoS7amP0
支援
56 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:01:18.31 ID:/fnTRNX+0
('、`*川「気分がはっきりしなかったし、
つきあってもいいと思わせる男だったし」
彼女は言葉を切った。
俺は待った。
彼女の精神の表面は、
その膝からしたの脚の線ほどには滑らかではないようだ。
ところで、
膝からうえはどうなのだろう。
('、`*川「それに」
キングサイズの煙草が根元まで灰になるほどの時間のあとだった。
俺は春のことを考え、
春のにおいを思い、
彼女のスカートのしたに隠された脚のことを考え、
そのにおいを思い、沈黙に耐えた。
('、`*川「それに、わたし生理の直前でしたから」
俺は軽く溜息をついた。
57 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:02:24.05 ID:DHoS7amP0
支援
58 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:02:40.54 ID:/fnTRNX+0
彼女は続けた。
('、`*川「こんなことを隠していてもしょうがないと思うんです。
わたし、自分をかなり好色な女だと思います」
( ^ω^)「非常に結構ですお。
そうあることは罪悪ではないと思いますお」
俺はなかば腰を浮かせた。
( ^ω^)「もしよろしければ、
もう一杯つくりましょうかお」
女はうなずいた。
('、`*川「もしよろしければ、あなたも」
俺もうなずいた。
59 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:03:14.56 ID:DHoS7amP0
支援
60 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:03:55.08 ID:DHoS7amP0
支援
61 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:04:18.88 ID:/fnTRNX+0
新しいグラスには、
今度は軽く口をつけるだけで、
彼女は言葉を続けた。
('、`*川「でも、見も知らない男とどうにかなる、
そんなことは初めてなんです。
男友達には不自由していませんから」
( ^ω^)「でしょうお」
('、`*川「よほどどうかしていました」
( ^ω^)「わかりますお。
わたしにもそういう夜がありますお。
年に二回ほど。
世間の会社員たちがボーナスを貰う頃合いですお、だいたい。
普段は恨まないんですがお、自分の境遇を。
経産省を蹴飛ばして探偵になったのを悔んだりするのもその頃ですお」
彼女はもの問いたげな眼をした。
( ^ω^)「いやいや、昔話ですお。
地面にしみ込んだ酒はもう飲めませんお。
話を続けましょうお。
お互い、過去を振り返らずに明日の展望をひらくために」
62 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:04:45.07 ID:DHoS7amP0
支援
63 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:05:13.36 ID:/fnTRNX+0
依頼人は脚を組みかえた。
そのときかすかにスカートがめくれあがり、
太腿が見えた。
裾の乱れを手で直して、
彼女はいった。
('、`*川「忘れていたんです、手紙がくるまでは」
( ^ω^)「住所も教えてないのに、
どこへ届けられたんですかお?」
('、`*川「受付です。勤め先の」
( ^ω^)「差出人の名前は?」
('、`*川「ありません」
( ^ω^)「それでも、脅迫じゃないと」
('、`*川「ええ。いまのところは」
( ^ω^)「なんて書いてあったんですかお?
文通でもしようといってきたんですかお」
('、`*川「いえ、手紙もなにもないんです」
( ^ω^)「じゃ、なんですお」
64 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:06:01.77 ID:/fnTRNX+0
彼女は左手の指を立て、
頬にあてがった。
ためらっているようでもあり、
プレゼントを出し惜しんでいるセツルメントの学生のようでもあった。
('、`*川「写真です」
彼女はためらいがちに続けた。
('、`*川「その、なんというか、いやらしい写真です……」
それからの彼女の行動はきっぱりしていた。
膝のうえに置かれた草色のバッグをひらき、
煙草のかわりに何枚かの紙焼き写真をとりだし、
俺のデスクのうえに裏返しに滑らせた。
細長い赤い爪が去り、
ずんぐりとした不揃いな白い爪が写真を掴んだ。
65 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:07:09.48 ID:BCrm8OLN0
66 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:07:19.96 ID:/fnTRNX+0
正方形の印画紙が四枚あった。
全部がインスタント写真だった。
おおむね焦点は甘かった。
ストロボの光のあたった部分はジュラルミンの板のように輝き、
そうでない部分は熱帯の夜のように深い闇のままだった。
しかしその不完全さが、
ドイツ表現主義の画家の絵を思わせる不思議な効果をあげていた。
67 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:08:01.68 ID:/fnTRNX+0
一枚目では床に腰をおろした彼女が花模様の壁に寄り掛かっていた。
全裸だった。
軽く片脚を折り曲げて煙草を手にしていた。
カメラアイに向かってあいまいに笑っている。
68 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:09:01.20 ID:/fnTRNX+0
二枚目でも彼女はおなじ姿勢だったが、
今度は両膝を立てている。
そして指からは煙草が消え、
そのかわりに指は自分の性器を大きく押し広げていた。
あいまいな笑顔も消え、
なにかを我慢しているといった、
どこかしら求道的な表情を浮かべていた。
恥辱に耐えているというより、
快楽に耐えているといったほうが適切かも知れないと俺は考えた。
彼女の眼はカメラの斜め上方の空間のどこかで不完全な焦点を結んでいる。
まるで、
そこに際限のない悦楽に罰を与えてくれる誰かがたたずんでいるかのように。
69 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:09:56.83 ID:/fnTRNX+0
三枚目はうしろ姿だった。
しかし、
うしろ姿としてはやや不自然で、
そこには女の尻しか見えない。
彼女はしわの寄ったシーツのうえに、
尻だけを高く立てて体が折れ曲がる限界まで丸くなっていた。
まえの二枚とおなじく、
一片も布をまとっていないが、
まえの二枚よりもさらにコントラストが強かった。
白い部分はあくまでも白く、
黒い部分はあくまでも黒かった。
彼女の性器も肛門も、
むしろ美しいと思えた。
俺は、汗をかいてもいないのに手の甲で額の汗を拭う仕草をした。
彼女と視線を合わせることが怖かった。
70 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:11:38.46 ID:DHoS7amP0
なんと
71 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:11:52.60 ID:/fnTRNX+0
階下の撞球台で、
また球のぶつかりあう音がした。
それから床の軋む音がした。
時々昼から球を撞いている若い男はかなりな腕だ。
しかし、
どこか体を悪くしているみたいな頼りない歩き方をする。
何度か見かけたことがあるが、
場末の球屋にいるよりも、
白いペンキを塗りたくったコテージのテラスで、
センチメンタルな詩を構想しているほうが似合うタイプだ。
やつは多分、
生まれた時代と自分についてまわる不運を恨んでいるのだろう。
キューづかいが上達すれば、
人生の扱いはますます下手になる。
その小さないらだちを貫くようにキューを突き出しているのだろう。
だからあれほど澄んだ音をたてて、
球をぶつけ合うことができるのだ。
72 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:12:35.13 ID:/fnTRNX+0
短い放心から回復して最後の写真を眺めた。
彼女と、
それから男がいた。
二人でベッドのへりに腰掛けていた。
二人はカメラのレンズを見つめていた。
おそらくゼンマイ仕掛けのシャッターを使ったのだ。
衣服を着け背景を工夫すれば、
社員旅行での記念写真だといってもとおりそうだった。
つまり、
二人ともくつろいではいるが、
愉快そうでもなかった。
73 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:13:38.18 ID:/fnTRNX+0
男――その奇妙な脅迫者からは、
どこといって凶悪な印象は受けない。
かといって、
警察とは年末の国道の一斉検問以外につきあいはないという感じでもない。
このピントのぼけかけた写真からは正確には判断できないが、
どこかでかいだことのあるにおいがする。
一人で生きる者のにおいだ。
俺に似たにおいだ。
しかし、
俺よりもずっと痩せていて、
ライト級かひょっとしたらフェザー級程度だ。
しかし、
すねの長さから見て背はかなり高く、
胸には貧弱な体毛が見えていた。
74 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:15:12.63 ID:/fnTRNX+0
長い旅から帰ってきたみたいな気分で、
デスクのうえに写真を置いた。
男の姿の写し出されている一枚だけを除き、
残りは裏返しにして彼女のほうへ再び滑らせた。
依頼人はまったく姿勢を変えずそこにいた。
ただ、ピストンの灰皿に吸殻が二本増えていた。
フィルターにかすかなルージュのあとが見てとれた。
75 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:15:58.97 ID:/fnTRNX+0
( ^ω^)「こんなことをいってはなんですが、
きれいだと思いますお」
彼女はゆっくりと立ちあがり、
デスクの脇を通って窓辺へ向かった。
なにも見おろすことのできない窓の、
埃の積もった薄い金属のブラインドを二、三本指で折り曲げた。
('、`*川「お礼なんていえないわ」
( ^ω^)「写真て不思議ですお。
これがどんな悪意をこめて撮られたかは知りませんが、
少なくともここにはそれは写し出されていない。
じゃ、なにが写し出されているかとずっと考えていたんですお」
彼女は俺のほうを見ずにいった。
76 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:18:09.63 ID:/fnTRNX+0
('、`*川「で、なんでした?」
俺も彼女を見ずに答えた。
( ^ω^)「もの悲しさ、ですお」
('、`*川「もの悲しさ?」
( ^ω^)「ええ。夜明け近くになっても眠れないとき、
眠りたくもないが起きていてなにかをしたいとも思わないとき、
つまり、なんていうか、人生から一方的におりたくなったとき、
この写真みたいなファンタジーを持ちますお。
わいせつさや、いわゆる劣情なんてものとは種類が違うんですお」
息をついでなにかしら反応を待ったが、
なにも得られなかった。
俺はグラスを持ちあげて軽く振った。
氷がはかない音をたてた。
77 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:18:50.12 ID:/fnTRNX+0
( ^ω^)「五月になると風が吹くでしょう、あれみたいですお」
('、`*川「え?」
( ^ω^)「冷たくも暖かくもなく、
まるで暗くもないのに、
生きていくことの意味を疑わせるような穏やかな風。
なんていったらいいのかお。
さわやかな絶望、そんな言葉が思い浮かびますお」
('、`*川「お礼なんていえないわ」
( ^ω^)「お礼なんていりませんお。
感じたことを感じたまま喋ったまでですお。
ついでにもう一つ感じたことをいってもいいですかお」
彼女は黙っていた。
78 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:19:41.60 ID:/fnTRNX+0
( ^ω^)「あなたのお尻はとても魅力的だお」
('、`*川「もういいわ」
( ^ω^)「かわった形をした陶器のミルク入れみたいだお。
性器の形は奇怪だとも、
整っているともいえるし、
肛門がこんなにきれいだなんて……」
頬が鳴った。
持っていたグラスが床に落ち、砕けた。
('、`*川「ごめんなさい」
という小さな声がした。
79 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:20:53.32 ID:/fnTRNX+0
それから痛みがやってきて、
眼をあげると彼女は、
なにごとも起こらなかったかのように以前とおなじ場所に立っていた。
('、`*川「ごめんなさい」
と彼女は再びいった。
('、`*川「あまりそういういわれかたに慣れていないので」
(#)^ω^)「男をひっぱたくのは慣れていらっしゃるようですお」
('、`*川「ごめんなさい」
と彼女は繰りかえした。
(#)^ω^)「大丈夫ですお。
ひっぱたかれるほうも実は慣れているんですお。
とりわけ成人してからの十五年はカラスの鳴かない日はあっても、
わたしの頬の鳴らない日はないんですお。
だからこういうことで非行に走ったりはしませんお」
80 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:22:02.78 ID:/fnTRNX+0
少しかすれた声で彼女がいった。
('、`*川「その男を捜して欲しいんです」
(#)^ω^)「名前は?」
('、`*川「知りません」
(#)^ω^)「職業も」
('、`*川「知りません。
わたし、その男のことはなにも知らないんです」
(#)^ω^)「からだのほかには」
彼女は俺を見つめた。
俺はまた笑ってごまかそうと試みた。
81 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:23:54.28 ID:/fnTRNX+0
やがて一瞬停止した時間が再び流れる気配がした。
彼女は小さな暴力的衝動にうちかったのだ。
('、`*川「そうです。からだのほかにはなにも知りません」
(#)^ω^)「あまり深刻になることはないと思いますお。
当事者はなかなか落ち着かないでしょうが、
実際この手のトラブルはそう珍しいものではないのですお。
相手の目的は、ほとんどの場合、お金だけですお。
お金を有効に使えばじきに忘れてしまうこともできますお。
雪道で転んだことなど春になれば覚えていない、
それとおなじですお」
彼女は必ずしも俺と同意見ではなかったらしい。
しかし反論はしなかった。
窓辺から客用の椅子に戻った。
告白の証言台から傍聴席へ戻ったみたいだった。
82 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:24:55.73 ID:/fnTRNX+0
俺は続けた。
(#)^ω^)「もっと他にも相手は写真を持っているかも知れないお。
インスタントカメラはたいてい十枚ひと組のフィルムを使いますし」
彼女はうなずいた。
俺は顎で写真を示した。
(#)^ω^)「これだって複写するばネガもつくれますお」
不安そうな顔をするとき人を性的にさせ、
性的な表情のときには人を反省癖の迷路へ誘い込む、
そんな女もいるのだ。
(#)^ω^)「ところで、
なぜこんな写真を撮らせる気になったんですかお、
見ず知らずの男に。
別にわたしは責めているわけではありませんお」
83 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:25:21.70 ID:sPBCqHyx0
支援。
84 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:25:49.67 ID:/fnTRNX+0
女は、
俺が選り分けた男の姿の写し出されている一枚を除いて、
自分の痴態を写し出した写真をデスクのうえから引き寄せ、
そのほかにもいくらでも悪徳の種の詰まったいそうな、
金色の口金のハンドバッグにしまった。
それから、
むしろ毅然とした態度で俺の質問に答えた。
('、`*川「まえにもいいませんでした?
わたし、ベッドのうえではいくらでも淫らになれるんです。
相手が要求すればどんなことでもする女なんです」
マヤ族の泉みたいな眼だった。
石を落としても水音さえ聞こえないほど深い泉。
(#)^ω^)「とにかく。
とにかく相手を捜し、目的を知る。
つまり要求の金額を引き出し、
それを適性の水準まで引き下げ、しかるのちに金を渡す。
金を渡したらネガとコピーのすべてを回収して、
ついでに思い出を酒場のカウンターで吹聴して歩くことは健康によくないと心から理解させる」
彼女はなんの反応も見せなかった。
85 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:26:21.36 ID:D6o31/kkO
嫌な男だ
86 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:27:11.15 ID:/fnTRNX+0
(#)^ω^)「そして」
と俺は続けた。
(#)^ω^)「この一件に関しては、
あなたの顔も名前も脳みそのひだからきれいに洗い流したほうが無難だと信じさせ、
実行させる」
('、`*川「ありがとう」
と美貌の依頼人はいった。
('、`*川「あなたを信用していいんですね」
俺はうなずいた。
(#)^ω^)「信用してくださいお。
言葉以外には証明の手段を持ちませんがお」
87 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:28:01.92 ID:/fnTRNX+0
女は自分の家の電話番号を書いた紙片を俺に渡し、
連絡は午前中にこちらに、といった。
俺は、
その紙片を眺めながらもうひとつだけ質問したくなった。
(#)^ω^)「どちらが本名なんですかお?
伊藤と井藤。
あなた、たしかテレビのテロップでは井藤久仁江さんとおっしゃったでしょ」
女は動きをとめた。
腕を通しかけたコートの袖が頼りなく垂れた。
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:28:59.27 ID:/fnTRNX+0
(#)^ω^)「他のテレビなど見やしないけれど、
あなたの番組のファンだったんですお」
('、`*川「御存じなの?」
(#)^ω^)「国際天気予報。
私の砂を噛むような人生の稀な楽しみの一つですお。
終わってしまって実に残念ですお」
女は俺を凝視し、
それから眼を伏せた。
コートをもう一度脱ぎ、
椅子の背にかけ直した。
89 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:34:14.71 ID:jij2sd0OO
しえ
90 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:34:33.48 ID:/fnTRNX+0
続く
91 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:38:10.39 ID:/fnTRNX+0
こんな時間にもかかわらず支援していただきありがとうございました
92 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:39:47.84 ID:+VLIkL5D0
続きはいつ?
93 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:51:22.80 ID:/fnTRNX+0
年明けになるかもしれません
94 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/29(水) 04:54:31.06 ID:+VLIkL5D0
楽しみにしてます〜
お疲れさま
95 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
おつ!前にも似た題材で書いてなかった?