1 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
代行
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 03:39:40.33 ID:BlXRBd9ZO
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 03:50:59.62 ID:BlXRBd9ZO
■Scene1■
定期的なリズムで、テレビの横に置いてある小さな時計の秒針が音を立てている。
さして興味は無いものの、付けっぱなしになっているテレビからは、
全く興味の無い、本当に生活に必要なのかどうかすらもわからない日用品を
やけに声を張り上げた若い男が熱心に推していた。
『あれもこれも付けてこの値段!!』のあれもこれもに何の用途があるのだろうと虚ろに視点も合わせないまま
男はただ、ぼっとしていた。
もう時計は4時を回っている。
深夜と言うよりは早朝に近い。
『カァ』とカラスが一鳴きする。
「…………もう寝ないと…」
男が同じセリフをもう何度も繰り返してはいるが、どうにも落ち着かなかった。
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:02:39.06 ID:BlXRBd9ZO
ベッドの縁に背を付けて、座椅子に腰掛けていた男は、小さなテーブルの上に置いていたマグカップに手を伸ばす。
口に当て、ぐっと傾けるが、何時間も前に淹れたインスタントコーヒーはもうそこには
喉を潤せる程量が無く、すっと垂れた幾つかの水滴が下に滑りすぐ消える。
苦く、冷え切っていた。
男「………………」
立ち上がることも面倒ではあったが、どうせ寝付けないのだから、ついでに煙草もと思い、マグカップを持って炊事場に向かった。
ポットで湯を湧かしている間に、吸い慣れた煙草を口にくわえて火をつける。
しばらく埃をとらなかった換気扇の音が妙に五月蠅いが、
ゆらゆらと口元でブレる白い煙が、ゆっくりと上に登り、音の鳴る編み目の辺りでフッと吸い寄せられる様を見ると
まだそれなりに機能している事がわかる。
マグカップにインスタントコーヒーの粉をさっと入れて、湯が沸くのを待っていた。
よくわからないが頭が重たかった。
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:14:08.33 ID:BlXRBd9ZO
ボコボコっ………
ポットの中激しく沸き立つ湯の音を聞き、男は煙草を灰皿に押し付けもみ消した。
カップに注ぎマドラーでクルクルと回す。
口に近づけようとした時、欠伸が出た。眠気から来るものではなく、気だるさからきたものだった。
男は早々ともう一本煙草に火をつけ、深く煙を吸い込む。
鼻と口から勢い良く吐き出すと熱いコーヒーを啜った。
そのまま吸い終わるまで炊事場に立っていたが、遠くで始発駅に向かう電車の走る音が聞こえて来たので、カップを持ったままベランダに向かった。
遮光カーテンをめくり、窓越しに見た外はまだ日が昇る予兆も見せず真っ暗だった。
街灯や、斜め向かいのマンションの明かりなどが景色を照らしてはいたが、人が出歩いている気配はなかった。
夏もとっくに過ぎ、紅葉にはまだ早く、半袖の夜が心地よい季節だった。
6 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:24:54.66 ID:BlXRBd9ZO
男は鍵を下ろし、ベランダに出た。
一人暮らしのワンルームに柔らかい風が入る。
縁に肘をかけ、すぐそばに伸びる駅の線路とホームはもう明かりが点っている。
男は、コーヒーを啜りながらぼーっとその景色を眺めていた。
男「………………んっ?」
『それ』が視界に入った時、男は意識にない程度で声を出した。
田舎とも言えない都心部とも言えないこの静かな街にある、眼前に広がる駅の改札は小さいが、切符売り場のそばに、
それはいつからあるのかわからない、少なくとも男が住み始めた時にはもうあったのだが、随分と使い込まれた黒板のような小さな伝言掲示板がたてつけてあった。
男はそれを鉄道利用客は勿論、駅員ですら活用しているところをみたことがなかったし、
小学生がいたずらに備え付けのチョークで下品な言葉を書いているのを見かけたぐらいで
何故そこにおいてあるのかもよくわからなかったが、外観の一部としてさして普段から意識もしてはいなかった。
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:32:31.67 ID:BlXRBd9ZO
ベランダから見下ろした改札にはもう明かりが点っていたのだが、
例の掲示板の前に人が立っている。何かを書いているのを男は確かに見た。
先程時計を見てから、まださほど時間は経っていないので5時にはなっていないだろう。
始発も動いていない時間帯だった。
更に男の興味を惹いたのは、掲示板の前に立つ人物は1人で、服装からして間違いなく駅員では無い。
後ろ姿ではあるが、容姿からして女性に見える。
男「(………なにしてんだろう…)」
男はじっとその女性を見ていた。
しばらくすると女性はその場から歩いて離れていき、ついにはベランダから確認できない位置に消えていってしまった。
せっかく淹れたコーヒーはまたも冷め切ってしまっていたが、男はそんな事には全く目もくれず、ただその女性が、
例の掲示板に何を書き残していたのかが気になって仕方がなかった。
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:40:26.71 ID:BlXRBd9ZO
いやらしい事をしようとしている。どこか疚しい気持ちはあったものの、どうしても気になった男は、
そそくさとベランダから部屋に戻り、飲み終わってないカップをテーブルに置いた。
ついでににコンビニに寄ろう。
そう思い立ち、そこらに置いてあった千円札と小銭を無造作にポケットへ突っ込み、家の鍵を持って玄関に向かった。
部屋の電気をあえて付け、テレビを消す。
そのまま玄関まで向かい、サンダルを突っかけていた時だった。
ドアの向こう、同じ階の廊下を誰かが歩いている音がした。
男は一瞬ゾッとした。
時間が時間であったし、今までもこの時間まで起きていることは何度もあったが、こんな時間に帰ってきたりする住人の足音を聞いたことが一度も無かったからである。
特に悪い事をしたわけでも無いのに、男は玄関で身動き一つせず、じっと息を殺していた。
9 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:48:45.36 ID:BlXRBd9ZO
少しずつ足音が近づいてくる…
もうドアを挟んで真向かいにいるのではないかと思う程だった。
のぞき穴で確認すれば良かったのだが、よくわからない恐怖感が全身を駆け巡り、覗く事すら受け付けなかった。
少しずつ音が離れていき、どこかで足音が止んだ。と思うと、鍵穴に差し込む音が聞こえ、
バタンとドアの閉まる音がした。
男はしばらくそこを動かなかった。見に行くのを止めようかと思う程だった。
少しの間を置き、そっとのぞき穴を覗く。
小さな穴から見える景色は普通の渡り廊下だった。
男は勝手な恐怖感から解放され、安堵の息を漏らした。
しっかりとサンダルを引っ掛けて、出来るだけ音が無いようにゆっくりとドアを開ける。
また柔らかい風が部屋に抜けていく。その柔らかさが一層男を安心させたので、外に出て鍵を閉めると、あまり足音を立てないようにゆっくりエレベーターに向かい、下行きのボタンを押した。
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 04:58:30.80 ID:BlXRBd9ZO
エレベーターにそそくさと乗り込み、降りて外に出る。
ここから駅までは歩いて5分もかからない。
暗いとはいえ、見慣れた景色に出た男は、先程の言いようのない恐怖などほとんど忘れ、あぁ煙草を持ってこればよかったなぁなどと考えていた。
ぷらぷらと駅まで向かう短い道のりの途中、すこし脳裏をよぎった考えは
先程の足音の人=同階の住人=先程の掲示板の女性
なのではないか。という事だった。
確かに同階に女性は住んでいる事は知っている。たまにエレベーターで顔をあわす程度だが。
それでも1人ではないので特定はしかねる。
余りにもタイミングが良いし、普段からその時間帯に帰ってくるような様子は確認できない。
もしこの仮説が正解だとしても、それはそれで面白いじゃないかと思っていたし、何よりもしそうなら、知った顔の女性の誰かが、
例の掲示板に書いた事柄であるなら、不謹慎ではあるが余計に気にもなるものだった。
男は気づかぬうちに少し早足になっていた。
11 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 05:07:13.70 ID:BlXRBd9ZO
あっと言う間に駅についた。
まだ遠目だが、確かに掲示板には何かが書いてある。
男は少しだけ周りを気にしたが、誰も歩いてはいなかった。
ゆっくりと目的に近づくにつれて、なにやら文字が書いてある様に見える。
ついに掲示板の前に立った男は掲示板にかかれた文字を見て驚愕した。
少しの間、その文字を見ていた。
その後振り返り、上を見上げた。
男の立っていた位置からは、電気をつけたままにしておいた自分の部屋が見える。
が
先程ベランダに出た時には間違いなくついていなかった隣の部屋の電気もついている。
ああ隣の人だったのか。さっきの足音は。
と楽天的な解決だけの思考では決して終わらなかった。
自室の部屋の隣、さっきまではおそらくだったが、今は間違いなくとはっきり言える、
この掲示板に文字を書いた女性が
ベランダからこちらを見ていた…………
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 05:20:14.29 ID:BlXRBd9ZO
しかし男は全く怖がらなかった。
その文字を先に見ていたからである。
しばらくベランダの女性の方を見た後、再び掲示板に視線を戻した。
男はそばに置いてあるチョークをそっとつまみ、女性が書いた文字の下に新しく書き足した。
短い文を書き終えると、今度は女性の方を振り向きもせず、その場を立ち去り、早足で家へと戻った。
エレベーターを上がり、真っ直ぐ部屋に向かう。
ドアを少し大げさに閉め、サンダルを脱ぎ、炊事場ですぐに煙草を手にとった。
火をつけ、吸ってみるがそんなことはどうでもよかった。
換気扇はあえてつけず、静かに耳を立てていると、隣の部屋の女性が家をでる音がした。
まず間違いなく掲示板に向かったのであろうと思ったが、
男はベランダ出ようとはせず、煙草をギリギリまで吸いきり、
リビングには戻らずまたサンダルを突っかけて部屋を出た。
今度は下まで降りず、自分の家のドアの前で背を壁にして女性の帰りを待った。
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 05:29:35.41 ID:BlXRBd9ZO
しばらくすると、少し離れた所でエレベーターが稼働する音が聞こえてきた。
ガーっと開き、女性が廊下を歩いてくる。
うつむきがちに角を曲がった所で男の存在に気がついた女性は顔を真っ赤にして目を少し潤ませていた。
女性とは言え、
ショートボブの明るい髪。
小さな背。
大きく丸い目、下がった目尻、軽く上がった口角。
綺麗より可愛いが似合うこの女性はラフな格好で、少し間を空けた位置で男と向かい合っていた。
男「……………こんばんわ」
男は出来るだけ優しく伝わるように声を出した。
女性は手の平で顔を包むように隠しながら小さく頷いた。
男「…………えーと…」
男は少し困ったように頭をポリポリとかいたが、何を言えばいいか、ありきたりな対話文句を頭の中に浮かべては消して言っていた。
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 05:40:08.42 ID:BlXRBd9ZO
女性は顔を上げてこちらを見た。
女「……………あの…」
女「おっ………『お友達から始めれませんでしょうか?』…」
面を向かって言われるとこんなにも照れるテンプレートな台詞があるだろうか。
女性は一番最初に掲示板に書いたメッセージを声に出して男に言った。
男「『はい』」
男は確かにあの時そう書いていた。
女性はそれを確認している為、さほど驚きはしなかったが、それでも喜びが大きな瞳から溢れ、頬を伝う。
女性「『沢山話してみたいです。』」
と女性は書いたのであろう言葉を発した。
男「………ははっ」
我慢できず、細かい笑いが口から出てしまっていた。
男は優しく微笑みかけて口を開く。
男「冷たくなったコーヒーしかないんだけど、いい?」
そう言いながら間を詰め寄っていく。近くなっていく女性の頭が縦に揺れると、男は行き場のなくなった女性の手をそっととる。
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/24(水) 05:53:23.23 ID:BlXRBd9ZO
男は女性と一緒に部屋へと入っていった。
空が少しだけ明るみを帯びている。
男は沢山聞きたいことがあった。気だるさも眠気も今はそこになかった。
窓の外を始発電車が走り始める。
今日、休日明けの新しい週を迎える通勤会社員の、一体どの位があの掲示板に足を止めるのだろう。
小学生は上から下品なことを書くのだろうか。
駅員は小さなそのやりとりを見て、微笑ましく思うのだろうか。
朝日が軽く、薄く、優しく男の部屋を照らす。
男は遮光カーテンをめいいっぱい明け、朝一番の光をいっぱいに取り込んだ。
先程までうなだれていた男が座っていた、ベッドの縁を背にした座椅子には、満面の笑みで冷めたコーヒーをゆっくり口に含む女性が小さくそこに座っていた。
少しでも私達が幸せになれるような月曜日を。
■Scene1■ fin
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
休憩休憩