記者の目:G20首脳会議の米中対立を超えて=柳原美砂子
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20101118k0000m070121000c.html ◇不均衡是正へ実効性高めよ
韓国・ソウルで12日に閉幕した主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を取材した。
08年秋の金融危機後、5回目になる今回は初めて欧米以外で開催され、討議でも新興国の存在感の高まりを
感じた。だが、サミットを通じては、経常収支など世界経済の不均衡是正に向けた「参考指針」の策定を
めぐって米中の対立が際立ち、首脳宣言がうたった「通貨安競争の回避」の難しさがむしろ浮き彫りに
なった印象がある。各国の国益がぶつかり合う今だからこそ、G20は「危機再発防止」の原点に戻り、
不均衡是正に向けた枠組みの実効性を高める努力が必要だ。
◇参考指針巡り駆け引き続く
サミットに先立ち、10月下旬に韓国・慶州で開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議で、米韓が各国の
経常収支の黒字、赤字を15年までに国内総生産(GDP)比4%以内に抑える数値目標を提案した。
これを受け、明確な数値目標ではない「参考指針」導入を巡り、サミットは米中の駆け引き一色になった。
米国「来年2月、フランスで開くG20財務相・中央銀行総裁会議までに、参考指針の策定を終えよう」
中国「参考指針の定義すら明確になっていないのに、首脳が時期に合意することはできない」
首脳宣言の文言を詰める作業は、こんなやり取りが繰り返され、溝が埋まらないまま最終日の12日未明に
もつれ込んだという。結局、参考指針の策定時期は「来年前半」に延び、参考指針に関する説明も
「一連の項目で構成される」とのあいまいな文言にとどまった。
経済の実力に比べて人民元相場を安く抑え、輸出競争力を高めて経常黒字をため込む中国に対し、旺盛な消費を
背景に輸入を増やし経常赤字を膨らませた米国は、2国間協議で何度も人民元切り上げを求めてきた。
しかし、中国は人民元の急上昇が輸出産業へ打撃を与え、経済や政治の不安につながることを懸念して首を縦に
振らなかった。
>>239 支持率の低下にあえぐ米オバマ政権は、輸出主導の景気回復や雇用拡大を急ぎ、交渉の舞台をG20に移した。
そして、中国に真正面から人民元切り上げを求めるのではなく、人民元相場の柔軟化を促す「過度な経常黒字の是正」
という“変化球”を投げたのだ。
サミットの表舞台でも、中国の胡錦濤国家主席は「主要な準備通貨の発行国は責任ある政策を実行し、為替レートの
安定を図るべきだ」と、ドル安と新興国の通貨高を招く追加金融緩和に踏み切った米国を批判。オバマ大統領も
会議後の会見で「中国は通貨を過小評価している。人民元上昇を注視していく」とクギを刺した。世界の2大経済大国が
自国の国益を優先させて衝突する姿を見ていると、首脳宣言の「通貨安競争の回避」は空証文のようにも映る。
初めてG20サミットが開かれた2年前、各国は危機克服という同じ課題に向き合ったはずだった。
だが、今は経済状況の違いなどから、各国の立場は以前とは大きく異なる。G20の国際協調は、もはや無理なのか。
確かに、不均衡是正や通貨安定の特効薬はない。米韓が提案した経常収支の数値目標も「民間活動が含まれ、
政府がコントロールできない」(野田佳彦財務相)と疑問視する声は多い。
だが、ある財務官経験者は「G20という枠組みで、首脳同士が顔を突き合わせて議論することにこそ意味がある」と
強調する。実際、サミットで米金融緩和への批判が集中したことで、市場では「米国はさらなる追加緩和に踏み切りに
くくなった」との受け止めが広がり、ドルが買い戻されている。中国も、米国が満足する速度ではないにしろ、
人民元を緩やかに切り上げている。G20の議論は、自国に最善と判断する政策がどのように評価されているか、
また世界経済全体にどんな影響を及ぼすのか、各国が顧みるいい機会にもなっている。
◇国益ぶつかるが建設的協調可能
参考指針の策定は来年の議長国フランスが引き継ぐ。指針を用いた最初の評価も来年中に行われ、経常黒字や赤字が
「過度で継続的」と判定された国は自主的に改善に取り組むことになる。内政干渉でなく「ピア・プレッシャー
(仲間同士の圧力)」によって政策協調を進める仕組みだ。
日米の景気回復が鈍化する中、欧州では財政不安が再燃している。各国が余裕を失い、自国の利益だけを優先すれば、
通貨安競争が泥沼化しかねない状況は続いている。今後も国益はぶつかり合うだろう。しかし、その衝突を、
世界経済の安定に向けた建設的な「ピア・プレッシャー」に変えていく力も、G20にはあると信じたい。(東京経済部)