ピピピピッ。
静かな部屋に鳴り響いた電子音。
澪「36度8分か……」
高校入学してから8カ月、昨日初めて学校を休んだ。
しかしこの調子なら、明日には学校に行けそうだな。
昼下がりにしてはやけに室内が暗い。
ベッドにもぐったまま目だけを窓の外に向けると、
なるほど、外はしとしとと雨が降っていた。
決まってこんな日は、頭が痛む。
私の頭部に刻まれた古傷が痛むのだ。
それと同時に瞼の奥に浮かんでくる、律の泣き顔。
私は古傷に左手を当てながら無意識に呼んでいた。
「りっちゃん……」
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 10:14:53.24 ID:wGpkuj0TO
きもww
そうそう、
小さい頃、私は律を「りっちゃん」と、
律は私を「澪ちゃん」と呼んでいた。
そして私たちはある日を境に「ちゃん」を付けなくなった。
その日のことを、私はしっかりと覚えている。
むっくりとベッドから起き上がり、まだちょっとフラフラしながら机に向かう。
一番下の引き出し、その中の一番奥。
あ、あった。
私は両膝をついて手を奥に入れると、その先に触れた手紙の感触を確かめつつ引き出した。
『りっちゃんへ』
ここにあるってことは未だに送っていないから。
一番奥にしまってあるのは、律に読まれたくないから。
律宛の手紙なのに律に読まれたくないなんて、ちょっと変だな。
なんだかおかしくて、笑ってしまう。
これを書いたのは3年前。中学一年生だった。
久しぶりに読んでみようと、封のされていない封筒から便箋を引っ張り出す。
ピンク色で、カワイイうさぎさんのキャラクターが描かれた便箋。
あれ、今よりも字が下手だな。
またおかしくて、笑ってしまう。
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 10:15:52.56 ID:KsV6gxTyO
ちょっと本格的に気持ち悪い
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 10:15:58.18 ID:ta0Pbp9Pi
在日朝鮮人のSSいらないわ
『りっちゃんへ』
りっちゃんが、
私のためにつくってくれた、たくさんの冗談と、
私のために費やしてくれた、たくさんの時間と、
私のために流してくれた、たくさんの涙に、
ありがとう。
大好きでした。
手紙は途中だったが、私は天井を見上げた。
自然と溢れてきた涙で続きが読めなくなってしまったのだ。
3年経った今でも色褪せぬ思い出がよみがえる。
きもい
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 10:17:37.81 ID:t9L1gp4GO
これは超感動巨大スペクタクルな話になる
3年前
中学一年生の秋。
ざわついた教室。
暗い空。
ガタガタと鳴る窓。
朝のホームルーム。
教壇には担任の先生が立ち、これから来る台風について話していた。
どうやら、大型の台風が近づいてきているため、
今日は臨時休校になるらしい。
窓の外を見ると、
木々は踊る様に風に煽られ、
ゴミや砂が舞い上がり、
時々怪物の唸り声のような風の音が聞こえてきた。
とりあえず続けろ
この中を歩いて帰らなくちゃいけないの?
こ、怖い。
りっちゃん「みーおちゃん! 帰ろ!」
はっと我に返り前を見ると、
さっさと帰り仕度を済ませたリっちゃんが私の顔を覗き込むように立っていた。
どうやらホームルームは終わっていたらしい。
みおちゃん「りっちゃん、歩いて帰るの?」
りっちゃん「え? それ以外、どうやって帰るの?」
ですよね。
でもさ、こんな中歩いて帰るのは……
りっちゃん「もしかしてみおちゃん、怖いんでちゅか?」
萌豚きもいから他所でやれ
汚れる
もう!
なんでこんな時ばっかり鋭いんだよ、りっちゃんは!!
いや、でも怖いなんていったらい三日間はからかわれるな。
みおちゃん「な、何を言ってるんだ! こ、怖いわけな、ないだろ? さ、早く帰るぞ!」
くすくすと笑うリっちゃんの声を背中に聞きながら、私はカバンをひっつかんでずんずんと歩きだした。
そうだ、早く帰ってしまおう。
外にいる時間をなるべく短くすれば、怖い時間も短くて済むもんな。
急ぎ足で廊下を歩く。
廊下は電気が煌々と点いているにもかかわらず、どことなく暗い影を帯びている。
こ、怖い。
廊下に並んでいる窓は、今にも割れそうなほどガタガタと震えている。
こんなたくさんの窓に囲まれているのだ。
もし窓が割れてしまったら……。
やっぱり学校にいるのは危険だ。
とにかく早く帰ろう。
形容しがたい恐怖心の塊が、胃のあたりからぐいぐいとせりあがってくるのがわかった。
いつもの見慣れた学校のはずなのに、今は知らない学校にいるようだった。
怖い、何もかも。
震える足。
なんとか、もたつきながらも歩く。
歩け、私。
歩くんだ、私。
早く帰らなきゃ。
りっちゃん「近くで見るとすごいな……」
下駄箱から一歩外に出ると、
風が轟々と唸り声をあげ、木々をなぎ倒し、
あちこちから何かが倒れる物音が聞こえてくる。
教室から見ていた外なんかとは比べ物にならないくらい、怖い。
りっちゃん「私の家族は迎えに来れないからなぁ。みおちゃん家は? 誰か迎えに来れる?」
私は小さく首を左右に振った。今日は両親とも仕事でいないのだ。
りっちゃん「先生が、
『どうしても帰れない生徒は、台風が弱まるまで教室に残っててもいい』
って言ってたけど、残ろうか?」
私は大きく首を左右に振った。
歩いて帰るのは怖い。でも、ここにいるのはもっと怖い。
りっちゃん「うーん。じゃあ、あたしの家に行く?
みおちゃん家より近いし、
それに、今日は聡が風邪引いて学校休んでてさ。
お母さんが看病してるから大丈夫だとは思うんだけど、ちょっと心配ってのもあるし」
私はそこでやっと気が付いた。
そっか、私、家に帰っても一人なんだ。
みおちゃん「聡が風邪引いてるのに、私お邪魔じゃないかな?」
りっちゃん「だいじょぶだいじょぶ! 私の部屋にいれば平気でしょ! 部屋にいれば風邪もうつらないしさ! よし、そうと決まればさっそく行きますか!!」
そう言い終わらないうちに、りっちゃんは私の手首を掴んで走り出していた。
みおちゃん「あ! こら! こんな時に走ったら危ないだろ!!」
商店街は半分がシャッターを閉めていた。
シャッターがガタガタと鳴る。
いつもより人通りの少ない商店街は、やはり見慣れたいつもの商店街とは違って見えて、私の恐怖心をこれでもかと煽ってきた。
りっちゃん「みおちゃん、大丈夫だって! 大丈夫だから!
だからさ、ちょっと離れてくれない? 腕、痛いんですけど……」
気が付くと私は、りっちゃんの腕にしがみついていた。
首を左右に振る。
イヤだ。
ていうか、怖くて離せない……。
その時、突風のような一際強い風が私たちを襲った。
二人で体を寄せ合い、縮こまってなんとかやりすごした……と思ったら、
りっちゃん「あっ!!」
そう言ってりっちゃんは後ろを振り返った。
私もつられて振り向くと、プリントがひらひらと空中を舞い上がっていくのが見えた。
りっちゃんが私の腕を振りほどく。
りっちゃん「やっばい!!」
りっちゃんはプリントを追いかけて行ってしまった。
どうやらカバンのフタが開いていたらしく、中から飛んで行ってしまったようだ。
いつもだらしないからこういうことになるんだぞ。
それにしても必死に追いかけてるな。
大事なプリントなのかな?
もしかして、今日提出するはずだった数学の宿題?
あ、りっちゃんがジャンプしてプリントを掴んだ!
と思ったら、手に触れる前にまたプリントが舞い上がってしまった。
りっちゃん「ぬおおおお!! 待てぇーーー!!!」
必死にプリントを追いかけて行く。
なんかりっちゃん、犬みたい。
ちょっと面白いかも。ぷぷっ。
散々プリントに弄ばれていたが、ようやくキャッチしたらしく、
プリントを高々と掲げ、満面の笑みを見せてくれた。
あの喜び方。やっぱり犬みたい。
満面の笑みに、私はぷっと吹き出して答えた。
犬が笑顔で駆け寄って来た。
いや、りっちゃんだ。
面白いから後でちょっとからかってやろう。
あれ、りっちゃんが立ち止まってしまった。
上を見たり横を見たり、きょろきょろしている。
どうしたんだろ?
私も当たりを見回してみるが、何も無い。
しかしよく聞いてみると、金属の軋むような音が聞こえている。
なんだろ、なんか不気味な音だな。
嫌な予感がざわざわと音を立てて私の全身をなでまわしていく。
なんか、怖い。イヤだ。
何?何?何?怖い。怖い。怖い。怖い!!
私はざわつく全身と、不安に揺れる心と、胃からせり上がってくる恐怖心に立っていられなくなり、
両手で耳を塞いでしゃがみこんだ。
その時聞こえたりっちゃんの声を最後に、私はしばらく気を失う。
りっちゃん「みおちゃん、危ないっ!!!」
気が付いたら真っ白い天井を見上げていた。
ここはどこ?
首を動かして辺りを見まわそうとしたら、頭のてっぺんに鈍痛が走った。
みおちゃん「いたたた……」
ふいに出た私の声を合図に、りっちゃんが駆け寄ってきた。
「みおちゃん! みおちゃん! 大丈夫?」
りっちゃんが上から覗き込むように私を見つめている。
目には不安の色が映り、その瞳は震えていた。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 10:30:09.34 ID:9Q6c5Ww0O
ほぉ
りっちゃんの説明によると、
強風で商店街の看板が外れ、私を直撃したらしい。
幸い小さな看板だったため、
頭を直撃して怪我をし、意識は失ったものの、
命に別条はないし後遺症もないということだ。
怪我、ってどれくらいの怪我なのかな。
りっちゃん「みおちゃんのお母さんね、
今入院の手続きしに行ってるんだけ……あれ?
みおちゃん? おーい! 戻ってこーい!」
私はこのりっちゃんの声を最後に、再び気を失った。
だってりっちゃんの制服、たくさん血がついてたんだもん。
あれって、私の血!?
気持悪い、吐きそう……。
次に目を覚ますと、目の前にはママがいた。
その隣にはパパ。
そしてその隣にはりっちゃん。
りっちゃんは私服だった。
着替えに帰ったのかな?
私は心の中で言った。
「バカ」
台風なんだから、危ないだろ。
頭が痛いので、恐る恐る触ってみる。
頭のてっぺんにはガーゼが厚く乗せられ、網のようなネットがかぶせられていた。
産まれて初めての入院か……。
パパとママは、私の意識が戻って安心したのか饒舌だった。
それとは対照的に、いつもよく喋るりっちゃんは俯いて押し黙ったままだった。
なんでだろう?
さっき私がりっちゃんを見て気絶しちゃったこと、気にしてるのかな?
ママが言いにくそうに言った。
澪ママ「みおちゃん、あのね、傷のところなんだけどね」
なんか、すごく嫌な予感がする。
できればママの話、聞きたくないな。
澪ママ「傷口を縫うためにね、周りの髪の毛をね、その、あの、そ、そ、剃ったの」
うぅ、私、女の子なのに。
もう、学校行けない……。
私は布団を頭まですっぽりと被り、
声を押し殺して泣いた。
だって、だって、
人見知りで引っ込み思案で怖がりな私にとって、
唯一ちょっとだけ人に自慢できるのが髪だったのに。
りっちゃんだって褒めてくれたんだよ?
みおちゃんの髪キレイだね!って褒めてくれたのに。
あ、そうか。
りっちゃん、だからさっきから黙ってうつむいてるんだ。
私は心の中で言った。
「バカ」
傷ついたのはりっちゃんじゃないんだから、
そんな悲しそうな顔しないでよ。
怪我は順調に回復し、ほどなくして退院となった。
その翌日、私は学校へ行った。
まだ頭にガーゼと白い網のようなネットをかぶったままだったので本当は行きたくなかったんだけど、
2週間も学校を休んでいたのだ、これ以上休むわけにはいかない。
イヤでも注目の的になる私。
何人もの人に「大丈夫?」と聞かれ、
「もう大丈夫」と、同じ答えを繰り返す。
最初は心配されているんだと嬉しくもあったけど、
知らないクラスの人「秋山さん、大丈夫?」
さすがに知らない人にまで声をかけられるのは疲れる。
もうヤダ。帰りたい。
だが今は我慢だ。
みんなが事情を分かってくれればきっと収まるはずだから。
しかし、そんな私の淡い期待は外れ、
むしろお昼休みになる頃には、自体はさらに悪化していた。
どう悪化していたかと言うと、
隣りのクラスのAさん「みおちゃん! ものすごく大きい看板が頭に直撃して倒れたところをりっちゃんに助けられて、お姫様抱っこで病院まで運んでもらったんだってね!」
まず、いらない尾ひれがたくさんつき、
隣りの隣りのクラスのBさん「秋山さん! 一度死んだけどりっちゃんの心臓マッサージで蘇生したなんて、スゴイね!」
次に原型を留めなくなり、
どっかのクラスのCさん「あなたが秋山さん? 宇宙人にさらわれたところを田井中さんに助け出されたんですって?」
最後には宇宙規模の壮大なスケールにまで膨れ上がっていた。
いったいどうなっているんだ?
誰がこんなウソを?
誰かの悪意を感じ、
少しイライラしながら廊下を歩いていると、聞きなれた声が聞こえてきた。
りっちゃん「でさでさ、みおちゃんったら『助けてりっちゃぁぁぁん!!』って泣くわけよ。だから私が崖から落ちたみおちゃんを……イダイッ!!!」
なんとなく勢いで、後ろからりっちゃんにゲンコツしてしまった。
りっちゃん「イタタタタ……って、みおしゃん!?」
みおちゃん「ねつ造すんなっ!!」
りっちゃん「……」
あ、ヤバイ。さすがに怒らせちゃったかな。
でも、元はと言えばりっちゃんがウソついて回っているからであって。
りっちゃん「……」
あ、やっぱりゲンコツはダメだよね。謝らなくっちゃ。
みおちゃん「あの、りっちゃん、ごめんね? 痛かった?」
りっちゃん「……」
みおちゃん「りっちゃん?」
りっちゃん「面白いっ!! みおちゃん!!
そのツッコミ、お笑い芸人みたいで面白いよ!!
イタタ。あ、でも、もう少し手加減してね?」
りっちゃんは頭にできたタンコブをさすりながら笑った。
ゲンコツが面白いの!?
私は心の中で言った。
「バカ」
面白いのはりっちゃんの方だよ。
そして私は気が付くと、つられて笑っいてた。
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 11:04:44.56 ID:9Q6c5Ww0O
age
待ちに待った日が来た。
と同時に、恐れていた日でもある。
晴れてガーゼが取れるのだ。
しかしそれと同時に、毛を剃られた部分が露呈してしまうことにもなる。
ママと病院に行き、ガーゼをとってもらった。
帰りは帽子を目深にかぶり、差している傘に隠れるように歩いた。
しとしとと雨が、降っていた。
家に着き、まず自分の部屋へ向かった。
どうしよう。
どれくらい剃られたのかな。
見るのが怖い。
傷口も見えちゃうよね。
でも見ないと。
明日から学校に行くのに、対策を練れないもの。
髪が無い部分をどうやって隠すか。
上手くいけばポニーテールで隠せるはず。
しかし場所が悪かったり、剃られた面積が広ければ隠せないかもしれないな。
その時は、どうしよう……。
沈みこんだ気分のまま部屋のドアを開けた。
りっちゃん「お帰り」
みお「うわっ!! なんでいるんだ!?」
びっくりした。まさかりっちゃんがいるとは。
制服着てるから、学校帰りにそのまま来てずっと待ってたのかな。
りっちゃん「みーおちゃん! 帽子、取らないの? ここ、部屋だよ」
みおちゃん「うぅ。分かってるよ。それより、なんでここにいるんだ?」
りっちゃん「みおちゃん冷たいっ! あたしがみおちゃんの家に来るのに、
理由なんていらないだろ?」
私はベッドに座っているりっちゃんを避けるように、机の近くにあるイスに座った。
りっちゃん「で、病院はどうだった?」
みおちゃん「うん。もうガーゼいらないって……」
りっちゃん「そっか! 良かったな、みおちゃん!!」
私は机に突っ伏してしまいそうなほどうつむき、とりあえず蚊の鳴くような声で返事だけした。
りっちゃん「みおちゃん……もしかして、まだ髪の毛見てないのか?」
私は素直にうなずく。
だってさ、怖くて見れないんだよ。
りっちゃん「帽子とれ。カリスマ美容師りっちゃん様が見てやる!」
そう言うとりっちゃんが近づいてきた。
みおちゃん「ひぃぃぃ!! やめてくれ!!」
ダメダメ。河童みたいになってるかもしれないんだから、絶対見せられない!
りっちゃんなんかに見せたら、1か月はからかわれるよ。
りっちゃん「じゃあどうすんだよ。明日、帽子かぶって登校すんのか?」
みおちゃん「うん」
りっちゃん「こら!! できるわけないだろ! 校則違反だっつーの!」
みおちゃん「うーん……」
りっちゃん「だからさ、私が見てやるって」
みおちゃん「やめろ! 近づくな!」
りっちゃん「じゃあみおちゃん、自分で見れるの?」
私は首を左右に振った。
みおちゃん「こ、心の準備がまだ……」
りっちゃん「だーーーっ!! いいからさっさと取れ!!」
みおちゃん「いやあああああ!!!」
私が帽子を押さえるより速くりっちゃんが帽子をはぎ取った。
私は目をぎゅっとつぶった。
もうダメだ。
今日から1ヶ月はからかわれるんだな、私。
きっとりっちゃんは今頃笑っているはず。
あれ、おかしいな。
笑い声どころか、物音一つしないぞ。
私は恐る恐る、少しずつ目を開けた。
りっちゃん「……」
みおちゃん「りっ……ちゃん?」
りっちゃんの目は、笑ってなんかいなかった。
りっちゃん「……ごめん!」
そういうとりっちゃんは物凄い勢いで逃げだした。
え? 何? 私の頭、そんなにひどいの?
あまりの恐怖に、りっちゃんを追うことも、
声をかけることもできなかった。
部屋には取り残された私と、
投げ捨てられた帽子。
聞こえてくるのは、
玄関が乱暴に開かれる音、
遠ざかる少女の靴音。
そして何も聞こえなくなると、
雨の音がしとしとと部屋の中に入り込み、
部屋を冷やしていった。
「みおちゃん?」
ふいに掛けられた声に体がビクついた。
見ると、乱暴に開け放たれたドアからママがのぞいていた。
澪ママ「りっちゃん、どうしたの? なんかものすごく急いでたみたいだけど」
澪ちゃん「うわあああああああん、ママァァァァァァァ!!!」
しばらくしてママのお陰で落ち着きを取り戻した私は、
勇気を出して、ママと一緒に鏡を見ることにした。
前髪のすぐ後ろから綺麗に一列、刈り込まれている。
幅は10センチほど。つむじの方まで続いている。
この髪。
これは、こ、これは、
みおちゃん「落ち武者!」
いっそ、殺して……。
しばらく放心状態だったらしいが、なんとか戻ってこれた。
ママが、
傷口が複雑な形をしていて……だとか、
だからたくさん剃った……だとか、
でも傷口はとってもきれい……だとか、
髪の毛が伸びれば目立たない……だとか、
色々言っていた気がする。
私は未だ喋り続ける母を置き去りにし、自室へ引きこもった。
もうダメ。
私、一歩もこの部屋から出たくない。
たしかに剃ったよ。
そして確かに毛が生えてきたよ。
でもさ、
明らかに周りの長さと違うよね。
そうだ、
周りの長さと同じくらい伸びるまで、ここで引きこもってればいいのか。
そうだそうだ、そうしよう。
いや待て。
ウィッグは?
いやいや、あれは地毛に偽の髪の毛を結びつけるから、
ここまで短かったら付けられないんじゃないか?
じゃ、じゃあ、
カツラ?
でも、カツラってばれないかな?
しかも、きっと、ものすごく高いよね。
あぁ、消えてなくなりたい……。
ピーンポーーーン。
玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると、20時だ。
こんな時間に誰だろう?
なんとなく不審に思った私は、応対しているママの声に耳を傾けた。
足音。
誰かが私の部屋に近づいてくる。
この足音は……。
と思う間もなく、豪快な音と共にドアは勢いよく開け放たれた。
「みおちゃん!!」
みおちゃん「ノックくらいしろ! ていうかキャップ! その帽子脱げよ。ここは部屋だぞ」
さっき聞いたばかりのセリフを返してやると、
「まぁまぁ」とか言って、てきとうに流された。
こらこら。
しかしりっちゃんは、いつになく真剣な目で私を見つめて言った。
りっちゃん「みおちゃん。見てほしいものがあるんだ。じゃーーん!!」
りっちゃんがキャップに手をかけ、一気に脱いでみせた。
私は言葉を失った。
りっちゃんが、りっちゃんが、
丸坊主だったのだ。
みおちゃん「り、り、り、り、りつ、りつ、つっちゃ、ちゃ!?」
りっちゃん「えへへ。けっこう頭の形いいだろ? 聡に使ってるバリカンでさ、
自分でやったんだよ」
りつはニヤニヤしている。
嬉しいのか?
坊主になって嬉しいのか?
私は落ち武者だし、りっちゃんは坊主だし。
私の頭の中は完全にパニック。
何?
なんなの?
いったい何がおきてるの?
りっちゃん「みおちゃん。あのね、えっと、その、ごめん!」
りっちゃんが両手を合わせ、頭を下げている。
みおちゃん「なんで? なんでりっちゃんが謝ってるの?」
りっちゃん「あ、あの時、私がプリント追っかけていかなきゃよかったんだ。
ずっと……えっぐ、ひっぐ」
りっちゃんの声は、涙声に変わっていった。
りっちゃん「うぅ、ずっと、みおちゃんの、そ、そばにいればさ、
えっぐ、みおちゃんが、ひっぐ、怪我しなかったんだ。みおちゃん
、あ、あたしの腕、離したくないって言ったのに、ひっぐ、あたしがふりほどいたからぁ。
だからね、私も髪の毛いらない!みおちゃんの傷、私が半分もらうことはできないけど、
うぅ、ひっぐ、みおちゃんが髪の毛なくて恥ずかしいって思う気持ちは、
えっぐ、私と、私と、半分こしよ?」
りっちゃんは、謝る必要なんてどこにもないのに……。
りっちゃん「ふえ? みおちゃん?」
りっちゃん、やっぱり、りっちゃんは、
みおちゃん「バカ! りっちゃんのバカ!」
りっちゃん「え? ええええええええ!?
は、初めてみおちゃんにバカって言われた! みおしゃん、ヒドイ!!」
りっちゃんが私の腕を振りほどこうとしたけど、
私はぎゅっと腕に力を入れて阻止。
みおちゃん「りっちゃんの髪、サラサラでとっても……えっぐ、ひっぐ、
キレイだったのに、うわあああああああん!!!」
私たちは抱き合ったまま、声を上げて泣いた。
たくさんたくさん、泣いた。
どっちの涙なのか、どっちの鼻水なのか分からないくらいに。
どれくらいの時間が経ったんだろう。
りっちゃんがふいに話し始めた。
りっちゃん「ねぇ! あたしさ、これからみおちゃんって呼ばない!」
みおちゃん「え?」
りっちゃん「これからはさ、澪って呼ぶよ。だからあたしもさ、律って呼んでよ。
坊主になって、心機一転!! 生まれ変わるってのはどう?」
澪「え? いや、私、坊主にはならないぞ?」
律「へ? じゃあ、そんな落ち武者みたいな頭のままで登校す……アフンッ!!
澪! ゲンコツは良いけど、手加減して! 手加減!
えっと、じゃあ、ちょんまげ結ってごまかすの……ゲフンッ!!
う、うん。そのくらいの強さなら耐えられる……かも」
あれ? なんだろ。
ゲンコツすると手が痛いけど、ちょっと楽しいかも。
律「ていうか、澪は坊主にならないのかよ!?」
澪「当たり前だ。だって私が坊主になったら、
高校一年生のころまでにマンガと同じ長さにならないだろ?
つじつま合わせるためには、カツラとかウィッグ駆使してしのぐしかないんだよ」
律「あぁ、それなら大丈夫だ。
澪はムッツリスケベだから伸びる早さは尋常じゃな……ゴフッ!!
う、うまくなってきたじゃないか、ゲンコツ。
いや、そうじゃなくて、だったら高校生になった時に、
マンガに合わせてウィッグでもカツラでもつければいいだろー!
今は一緒に坊主にするんだぁ! ほら! 親切にバリカン持ってきてやったぞ! 観念しろー!!」
澪「バカ! バカ! やめろバカ律っ! こっちにくるなぁ!!」
あれから3年か。
あっという間だった、かな。
もう一度手紙を読み返そうと下を向くと、来客を知らせるチャイムが鳴った。
今日は家に私一人。
仕方ない、私が出るか。
インターホン越しに応答する。
みお「はい、どなた……」
「私だよん!」
律か。学校のプリントでも持ってきてくれたのかな。
ドアを開けると、待ってました! と言わんばかりにぴょんぴょんと家の中に入ってきた。
本当、犬みたいなやつだな。
律「澪、顔色いいみたいだな!」
唯「やっほー! 澪ちゃん! 私も来ちゃいましたっ!」ビシッ
ムギ「ご迷惑じゃなかったかしら? これ、お見まいにお菓子持ってきたのぉ」
梓「澪先輩、お体の具合はどうですか? って、あ! ちょっと、律先輩!
すぐ帰るって言ったじゃないですか!? なんで勝手に上がっちゃってるんですか!?」
澪「いいよ、梓。熱はもうないし、律は、いつものことだから」
後ろから、さっさと部屋の中に入って行った律の声が聞こえてきた。
律「あれ? なんだ? 私宛の手紙が落ちてるぞ?」
私は全身から血の気が引いていくのを感じた。
『りっちゃんへ』
りっちゃんが、
私のためにつくってくれた、たくさんの冗談と、
私のために費やしてくれた、たくさんの時間と、
私のために流してくれた、たくさんの涙と、
私のために半分こしたくれた、たくさんの悲しみに、
ありがとう。
大好きでした。
りっちゃん、バイバイ。
律へ
これからも宜しくな。
大好きだよ。
澪
真っ白になって立ちつくす私の目に映るのは、
開けられたドアの外、いまだしとしとと降り続く雨だった。
私の部屋から聞こえるみんなの叫び声は、
聞こえない聞こえない聞こえない……。
チーン。
おしまい
>>1と最後だけ読んだけどなんか気持悪いな
これ全部読めるやつってどういう層なの?
おつ
50 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 11:51:44.84 ID:9Q6c5Ww0O
うむ
51 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 12:06:10.48 ID:CuN2lmXjO
性欲とは逃れられぬカルマ
排泄行為に過ぎない
52 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 12:16:14.14 ID:sbr7s1hLO
梓の登場が理解できない
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 12:22:07.20 ID:MkRC0SXH0
もしもし率高いな
54 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 12:51:20.35 ID:xA4r6Z1i0
乙ー
55 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 13:03:35.71 ID:Yw3S/ie30
いいんじゃないかな
56 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 14:20:43.53 ID:J3uPXs5QO
帰るまで残ってろよ
57 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 17:08:00.64 ID:siGZ2aL8O
チーンチーン
58 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
おつ