余録:外交の作用と反作用
ttp://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20100930k0000m070116000c.html ある国の外交政策に見える二つの特徴についての話である。「一方では、力または力による威嚇こそ
交渉の主な手段であるという信念が存在する。他方には、国家的必要性はすべての個人のもつ
宗教や哲学にまさるという理論が存在する」
▲誤解しては困る。これはある英外交官の第一次大戦前のドイツ外交への評言だ。当時ドイツは
欧州大陸で周辺国を圧倒する力の興隆期を迎え、ウィルヘルム2世の膨張主義外交が従来の諸国間の
勢力均衡を狂わせていた
▲だが、この強圧外交は、それに驚愕(きょうがく)した各国の対独連携を呼び起こし、外交の大失策として
世界史に刻まれた。教訓は二つ、歴史的勃興(ぼっこう)期にある国は力ずくの外交に出ることがある、
だがそれは必ず反作用を伴い、悪くすれば誰も望まぬ外交的破局を招くことだ
▲では尖閣諸島事件での中国の高飛車な対外行動を周辺諸国をはじめ国際社会はどう見ただろうか。
通商制限や友好事業の関係者拘束が、事実上の外交圧力になったありさまをどう受け止め、
今後の外交や経済政策に反映させるだろう。作用・反作用は力学の大原理だ
▲おりしもノルウェーでは、中国で服役中の民主活動家にノーベル平和賞が授与されぬよう中国が賞の関係者に
圧力をかけていたと報じられた。外交関係の悪化をほのめかしての横車だが、結果は国際社会の目を改めて
中国の人権問題に注がせる反作用を招いただけだ
▲今やグローバルな大国となった中国が、むき出しの力による権益追求を超える「国益」の再定義ができるかどうか。
諸国民はじっと見つめている。後世の外交史家も筆のふるいどころとなる一章だ。
毎日新聞 2010年9月30日 0時00分