1 :
◆zS3MCsRvy2 :
5.惻隠ノ芽
鬱田ドクオは暁の明星を嫌厭している。
宵に望む明星は嫌いではない。
茜空が徐々に闇に覆われる中で、抜きん出て強く輝く様は風雅であり、むしろ好みである。
ところがこれが夜明けとなると話は違う。
明星は憂鬱を告げる兆しとなる。
('A`)(陽が出てきた)
早朝、座敷の窓に嵌められた格子の間から、ドクオは俄かに白み始めた東の空を眺めていた。
足元付近に放られているのは読みさしの書物と、融けた蝋が蓄積した燭台である。
昨晩は眠ることを忘れて夜通し読書に耽っており、気づいた頃には、既に黎明の刻であった。
そして畳間の中心に敷かれた布団には、女が一人、化粧も剥がずに寝倒れている。
恋仲ではない。金で上げられた女だ。お通と名乗っていた。
ドクオは廓の一室で一晩を越したのだ。
だがこの陰気な男は手もつけず、女を一人で床に就かせていた。
赤紫がかった東雲の空は、段々と青みを増していく。
上天はまだまだ暗い。
しかし少し視線を落とすと、太陽が姿を現しつつある山並みの際に、眩い白光が溜まっている。
その中間部だけが淡い紫色をしている。
言うなればそこは夜と朝の境目であり、
ぼやけた空の色に染められた千切れ雲が、さながら、行く当てのない風来坊のように流れていく。
その景色の中に混じる、地平すれすれで一際目立って煌く、ひとつの星――。
暁の明星。
('A`)「……チッ」
ドクオは舌打ちした。
('A`)(今日もだ……今日も一睡もせずに朝を迎えちまった……最悪だ)
そんなことを胡乱な頭で考える。
目の下に濃い翳ができている。
その割にはドクオは涼しい顔をしていた。
寝ずの朝には慣れている。母親を看病していた時も、だから然程苦労はしなかった。
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:11:33.01 ID:hhl/7CdQ0
おう 久しいな
支援
夜寝つけぬ時決まってドクオは家を出る。
そして覚醒している間中何某かの書物を読む。
ドクオは自他共に認める本の虫である。
目を通す対象は多岐に渡り、小説の類は元より、農学書、医学書、兵法書、風土書、
果ては史実を記した古巻物にまで至る。
蓄えた知識が如何様に役立っているかはドクオ自身も分からぬ。
だが知らず知らずのうちに、得てきた学が発揮される機会は自ずと訪れてくるだろう。
しかもそれは文章の界隈に限らない。思いがけず役に立つことが必ずある。
知識とはそんなものだ。
実感など伴わなくても構わない。
('A`)(……そう思わなきゃやってらんねェよ)
色々と理屈をつけてきたが、結局のところそれが本音である。
損得抜きに語ることはやはり出来ない。今までの自分の行為が徒花であったとは信じたくない。
('A`)「ふんっ……しょっと」
気怠い体をひと伸ばしする。
相変わらず目は醒めている。一度睡眠を逃すと大概こうである。
眠れぬ理由は種々様々だが、例を挙げると、夏の夜の粘々とした空気にあてられた、
おそらくは酔っ払いと思しき連中の喧騒に妨害されていることがまずひとつ。
病に伏せていた母の世話が終わったと一息吐いたら、続けざまに厄介が押し寄せてくる。
だから夏期は煩わしいのだ。毎年のように頭のおかしな輩が暴れ出す。
いや違う、そんなものは原因としては枝葉にすぎない。
何よりも――。
しばしばドクオは将来のことを考えてしまい眠れなくなる夜に出会う。
これは年中である。
家は継がないと言い張り続けてきたが、果たしてこのままでいいのかと、ふと頭を過ぎる瞬間がある。
日中はそんな漠然とした不安を忘れるために遊興に耽っているが、夜はそうはいかない。
必ず寝床に就く。そうなると否が応でも避けてきた問題を考えさせられる。
そこから逃れるためには起きているしかない。
というよりも、こうなってしまうと最早ドクオは落ち着いて睡眠することができなくなる。
しかし自宅にはいられない。理屈はよく解らぬが胸騒ぎが増幅する。
屋敷から出たならば適当な宿を探す。開いている宿がなければ歓楽街の遊廓に向かう。そこで一晩を越す。
そうして迎えた朝は本当に最悪な気分にさせられる。
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:16:49.55 ID:hhl/7CdQ0
支援
(*う∀-)「……ん、もう朝みたいだね」
背後から呆けた声が上がった。
振り向き見れば、先程まで眠りに落ちていた女郎がのそりのそりと布団から体を起こしている。
鮮烈な朝の光に目覚めさせられたのだろう。
着衣が少し乱れている。昨夜見た姿よりも艶が増している。
とろんとした眼を人差し指でこする緩慢な所作にも、妙な色香が漂う。
(*う∀゚)「ああ……兄さん、その様子じゃあ結局、一晩中起きていたみたいだねぇ」
('A`)「ま、まあな」
ドクオは戸惑いが混じった顔をする。
何度も宿代わりに遊廓で夜を明かしたことはあるが、付随してくる女に関心を持った機会はない。
だから異性との会話にはいつまで経っても不慣れである。
そもそも男女の仲を交わした経験などこの鈍らには一度たりともない。
生まれてから今に至るまで柔肌の味を知らぬ。
('A`)「どうにも目が醒めちまってよ」
(*゚∀゚)「へえ、そうかい、そうかい。ところでさ――」
不意に猫撫で声に変わった。
(*゚∀゚)「どうする? 今からでも寝ていくかい?」
お通は敷布の皺を伸ばしながら訊いた。
僅かに視線を下にずらして、潤んだ黒瞳ではなく長い睫毛で誘っている。
('A`)「いやいい」
仮にそのような疚しい目的であったなら揚屋に行く。
ドクオはとにかく夜風を凌げる場所が欲しかっただけに過ぎぬ。
それに――。
('A`)「あんたみたいな擂れた妓なんざ抱きたかねェよ。俺の純潔はクーに捧げる」
思わずお通はぷっと噴き出した。
ドクオの風貌からは想像もつかないような、気取った科白だったからだろう。
(*゚∀゚)「気障だねぇ。想い人かい」
('A`)「そういうこった」
(*-∀-)「でもこちらも仕事だからねぇ。
このまま何事もなく帰らせるのも、なんか悪い気がして仕様がないね」
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:21:57.03 ID:hhl/7CdQ0
支援いたす
('A`)「仕事っつったって……別に望んで就いた職じゃねェだろう。
男に抱かれずに終われるんなら、そのほうがあんただっていいだろうに」
吉原遊廓ならともかく、女娼あるいは芸妓の大方は、
田舎から人買いに連れられ、女衒経由で各楼に売られた身である。
この女も御多分に漏れないだろう。
現に指摘されてからお通は顔を背けている。ややあってから、すっと眼差しがこちらを向いた。
(*゚∀゚)「詮方ないよ。こういう宿命だったのさ。私はそれに従うだけ」
('A`)「宿命? ふざけやがって」
聞き捨てならぬ。
宿命や因縁などといった忌々しい二文字はドクオが一等嫌いな言葉である。
('A`)「抗う道もあっただろ」
(*゚∀゚)「そんなものありゃしないよ。私じゃなくてお父が決めたこと。
家の貧窮を救うにはそうするしかなかったの」
ああでも、と寝乱れ髪を撫でつけながらお通は付け加える。
(*゚∀゚)「お父を恨んではいやしないよ。むしろ関係は良好なまま。
毎月の終わりには代書屋で文を頼んでるしさ」
どうにもドクオは納得できぬ。そのような潮流に委ねた人生で構わないのだろうか。
これまでに上げた女は寝ないと伝えた後は終始無言であった。
此度の娼婦は違う。やたらと気兼ねなく喋る蝶である。
舌先で客を取っているのかも知れない。
('A`)「なら芸を磨けば――そうすりゃ床の専門になんかならずに済んだ」
(*゚∀゚)「何言ってんだい。そんなの無理難題に決まってるじゃないか。
生憎三味も踊りも碌に熟せやあしないから、閨房術なり甘えた睦言なりで生きていくしかないの。
そっちのほうは自信があるからね」
格子窓の隙間より入り込む光を背に、ドクオは女の白い面をじとりと見る。
話を聞けば聞くほどに沈められた娼婦の心情というものを知る。
そしてやはり得心しない。
己の生まれに逆らってきたドクオからすれば、女郎の言い分は全く受け入れられるものではなかった。
まして貧困ゆえの身売りという不条理。天の定めと割り切って捉えているなど信じられない。
自分は贅沢な悩みに過ぎぬがこの女は違う。
反発して当然のはずである。
なのに――この有様だ。
もどかしい。余計に苛立ちが湧いてくる。
13 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:31:23.07 ID:l5xpwkeX0
('A`)「でもよ、あんただって、本音を言っちまえばやっぱり厭なんだろ?
見知らぬ野郎の腕の中で夜を明かす生活なんてよ」
(*゚∀゚)「そりゃ――答えるまでもないことさ」
羽音のような声である。
(*゚∀゚)「でも言ったじゃないか。これが私の宿命だって。
もう諦観してるの。それに現状に大して不満なんてないんだから。放っておいて頂戴」
今度はぶっきら棒な口調で突き放された。
言葉のやりとりはそこで絶える。
沈黙に耐えかねてドクオが黙って荷を包み座敷から立ち去ろうとすると、
(*゚∀゚)「兄さん、最後に言っておくよ」
間際になって声が掛かる。引き戸の前に立ったまま、伸び切らない背中で聞く。
(*゚∀゚)「こんなところにまで来ておいて、嫌気だのなんだの訊いてさ、どうするんだい?
兄さん、ちょっとどうかしてるよ。人が観念してることにいちいち指図しないで。
それから……これは忠告になるけど、そんな不躾なようじゃあ、
いつまで経っても兄さんが想いを寄せている人は振り向いてくれないよ」
屹然とした語り口にも、ドクオはやはり振り返らない。
14 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:33:08.50 ID:l5xpwkeX0
廓からの帰り道、霞んだ光が蔓延する中、ドクオは少々思考を巡らせる。
思えばなぜ自分はクーに惚れているのか。
簡単な論題だ。
クーの出自は、元は御所の管轄下にあった公家の身分であるのだが、
いつ頃からか家を飛び出して、備富の襤褸屋で一人髪結いを営みながら暮らしている。
良家の娘が嫁入り前に家を出るなど、このご時世では滅多に聞かぬ、否考えられぬ話である。
川 ゚ -゚)「十五を過ぎてからは事ある毎に縁談を持ちかけられて、相当鬱陶しかった記憶がある。
いい加減飽き飽きしていたんだよ、くだらない生活だってな。
私は自由が欲しかったんだ」
そんなことをかつて語っていた。
あの娘は運命に身を任せることなく生きている。
そこにたまらなく魅力を感じる。
好意の端緒こそ淡麗な容姿という俗なものであったが、生き様を知ってからは、それは恋慕に変わった。
一方――。
('A`)(俺はどうしようもなく半端者だ)
家業を継ぐ気はないが財産には甘えている。
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:35:00.02 ID:pSlGncbM0
頑張れ田助ー
16 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:35:57.12 ID:l5xpwkeX0
そもそもどうして自分は鬱田の店を継承することを拒んでいるのか。
これもまた単純な話で、要は決められた道を歩むことが堪らなくいやらしく感じているからなのだろう。
先の明らかな人生よりつまらぬものはない。
書を読み始めた切っ掛けにしても現実から離れられるからである。
人は自分を道楽息子だの放蕩息子だの、酷い時には親不孝の痴れ者だと好き放題に言う。
至極正当な呼称だ。自分自身でもそう思う。
ドクオは足を止めない。
早朝ゆえにまだ幾らか涼しい。
これがあと一刻半もすると熱気が備富町中に充満するのだろう。
('A`)(決まった人生はつまらねェ…・…か)
とはいえ行く先の見えない人生は寄る辺がない。
現状はそういったもやもやとした不安感を、金に飽かせた遊楽漬けの暮らしで誤魔化しているだけに過ぎぬ。
そしてその泡銭は言うまでもなく呉服問屋鬱田屋の収入から得ているものである。
('A`)「最低の屑野郎だな俺は」
何度そんなふうに考え至ったか知れない。
徹夜明けの朝は自分をどうしようもなく後ろ向きにさせる。
17 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:36:43.75 ID:MjvtbEAL0
ほう…
支援
18 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:39:05.17 ID:l5xpwkeX0
瞼が重くなる。今になって眠気が再燃したらしい。
('A`)「……大人しく帰るとするかね」
今の時間帯なら父も母も起きてはおらぬだろう。
ひょこひょこと朝方に帰宅する姿を見られるのは気恥ずかしく、何より情けない。
実際家に戻ってみると出迎えの声はなかった。
('A`)(ま、当然か)
商人の朝は早いというが、それは齷齪働かねば当日の飯にも困るような類の奴らだけだ。
この家はそうではない。
自分は殆どと言い切っていいほど店の経営には関与していないが、どの程度余裕があるかぐらいは判る。
自室に向かう途中、襖の隙間から臥処を覗くと、どちらも寝息を立てているのが確認できた。
無駄な音を立てぬよう、そろそろとした足取りで階段を上がる。
鬱田の家は構えている店舗に並列して建っており、ドクオの部屋は二階隅にある六畳間である。
入室すると布団が敷きっ放しになっている。
稀にしか干されておらぬ敷布団が一枚。昨夜跳ね起きた状態のままである。
寝苦しさから近頃は掛布の世話にはなっていない。
嵐に構うのも嫌だけど新規読者が誤解するのもあれなので
この作者は田助じゃなくて、夏の日な
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:40:17.60 ID:pSlGncbM0
セックルシーンまだー?
21 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:41:43.20 ID:l5xpwkeX0
('A`)「俺が出て行ったことは……まあ知られてねェか」
胡坐を掻いて座った。
('A`)「ん?」
外で何か聴こえた。
草鞋――誰かが慌しくぱたぱたと草鞋履きで駆けていく音だ。そしてやたらと音の調子が軽い。
足音が向かう先は、おそらくだが、井戸の方角。
('A`)「伊予の奴かな」
伊予とは鬱田屋に丁稚奉公に出されている小僧である。
店のすぐ裏が奉公人どもの住居になっているが、どうやらそいつが水汲みにでも出かけたらしい。
仔細な事情はドクオは耳にしていないが、
伊予は最年少ゆえ年長者から共同生活の雑用を押し付けられているのであろう。
('A`)「朝から殊勝なこったな」
だがいざ店の業務となると、自分を扱き使う先輩連中に遅れをとるのだから切ない話だ。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:44:33.35 ID:SdB5dWoV0
いやらしい場面まだー?
23 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:45:19.19 ID:l5xpwkeX0
ただこれは伊予自身の責任ではない。
鬱田の呉服屋が雇っている奉公人は皆が皆手際がよく、一朝一夕ではそうそう追いつけない。
肝心要の長男がぐうたらなせいでもあるのだろうが。
('A`)(よくやるぜ、一意専心に勤め上げるだなんて俺には無理だね)
伊予に限らず、いやそれどころか、鬱田屋という区切りに限らず、
奉公人は幼少の時分に里を離れた人間が大多数ゆえ、働く以外に視野が広がっていないのだろう。
だから仕事に従事できる。
('A`)(……餓鬼の頃、ね……)
ならば――色街に売られた女どもと大して境遇は変わらぬではないか。
そんなことが頭に浮かんだ。
年季奉公は、商人の子が修行代わりに出されるという事例も比率としてはそれなりに高い。
とはいえ形としては大差がない。
意図に違いはあれど、親が子を送り出しているという事実は変わらない。
そこにおいて子供の気持ちは一切汲まれておらぬ。
支援
25 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:48:43.90 ID:l5xpwkeX0
('A`)「はっ、なんでェ、なんでェ、こいつは傑作だぜ」
ドクオは堪らず己を嘲笑う。
今朝方、酷な宿命に身を任せることの無常さをしつこくお通に説いていたというのに、
ごく身近に類似した例が、呆気なく転がっていた。
なぜ見過ごしていたのか。
あれだけ因果めいた物事を軽蔑していたというのに。
自分の志など所詮その程度であったか。
('A`)「……はあああ。ったくよォ、敵わないったらありゃしねェ」
出鱈目に気分が悪くなる。
('A`)(いかんいかん、どうも今日は特別具合の悪い方向にばかり考えちまうな……)
ドクオの思索が堂々巡りに陥るのは毎度のことだが、輪をかけて酷い。
今まで気が回らなかったことにまで及んでいる。深入りに過ぎぬが、ドクオは立ち戻れない。
('A`)(あいつらも……よくよく考えりゃ、生まれながらの定めに従ってんだな)
そこに甦ってくる、遊女との会話――。
26 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:52:01.65 ID:SdB5dWoV0
エッチな展開まだー?
27 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:52:40.95 ID:l5xpwkeX0
('A`)(……いかんな)
ドクオは両方の頬をぴしゃんと打った。
それでもまだ気分は入れ替わらぬ。眠気と嫌気の区別が付かぬ。
何もかも暁の明星が良くない。
陽の加護が薄い朝はドクオの閉塞感を増幅させ、鬱の檻から逃がしてくれない。
('A`)(やっぱ寝ねェと駄目だ)
寝転がってみる。
睡魔がゆっくりと降りてくる。
その中に混じって、また憂慮がドクオの脳の内側に沈み入ってくる。
('A`)(生まれ……生まれか)
生まれながらにして与えられた運命には、やはり従順になるべきなのか。
大体にして――自分はその辺の人間よりも随分と楽な人生を授かっているではないか。
28 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 18:55:15.82 ID:gltYRQtP0
どこが交換殺人なんだよ
29 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:56:08.87 ID:l5xpwkeX0
('A`)(それを否定するってのも本来は阿呆な話なんだろうな)
傍から見れば勿体のない行為なのであろう。
とはいえ「はいそうですか」と素直に従うのもかなりの抵抗感がある。
これはもう長年の沈痾みたいなものだから仕様がない。
それに他者からのやっかみもある。
こいつがまた煩わしい。
自らの生まれは選べないのだから、勝手に妬まれてもドクオからすれば困るほかない。
('A`)(だが……)
そこまで尊大に構えているにも拘らず、いざ実動となると浅ましいことに、
家を出てすっぱりと縁を切り自力で暮らしていくだけの甲斐性がこの若者にはない。
日の大半を書物を読み漁ることと筆を取り文章を書くことに費やし、
偶に気分転換に出かければ、友人の元を訪ねたりそこら辺をぶらついて持て余した暇を消費する。
店の業務は父親と奉公人数名に任せっ放しだ。
('A`)(……つくづく終わってやがるな、俺って奴ァ……)
一度考え込んでしまうと中々自己嫌悪から抜け出せない。
実に不甲斐なく感じる。
自覚しているのに何も行動に移せないのだ。それだけの気概すら己にはない。
30 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 18:58:16.86 ID:l5xpwkeX0
たぶん、無意識のうちに、選択肢を残してしまっているのだろう。
文士としての道が潰えても、最悪呉服屋の旦那になればいいと――そんな都合のいい考え方をしている。
咲かぬ種に価値はない。咲こうともしないのであれば尚更のことだ。
卑怯な野郎め――ドクオは心の底で悪態を吐く。
('A`)(……家継ぎ……か。ううん)
その点でいうと。
('A`)(内藤は……あいつにはどんな経緯があったんだろうな)
あの惚け顔は父親の職を何の抵抗もなく引き継いでいる。
('A`)「どうなんだろう」
そこに至るまでに悶着はなかったのだろうか。
常に目元にうっすらと微笑を宿しているから気づきにくいが、ああ見えて案外繊細なところがある。
もしかすると己が目指すべき進路について葛藤した時期もあったのかも分からない。
内藤はどのようにして自分の進む道筋を選んだのか。
31 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:01:31.52 ID:l5xpwkeX0
('A`)(今度会った時に訊いてみるのもいいかも知れねェな)
否、それは質問というよりもむしろ相談だろう。
弱音に思えるから自分では認めてはいないが、結局形式としてはそうなるに違いない。
そこから更にドクオは深みに嵌る。
('A`)(そんな難しい問題じゃねェんだろうけどよ)
生まれながらの宿縁に歯向かうことは正しいことなのだろうか?
それとも神仏への冒涜なのか?
答えは出せぬ。
ドクオは眦をゆるゆるとした手つきでこする。
ちょうど今朝起きたばかりの遊女がやっていた仕草に似ていた。
('A`)(……いけねェや。本気で眠くなってきた)
力なく目を閉じる。
途端に意識が深淵に吸い込まれていき――。
ドクオは一時の眠りに落ちた。
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 19:05:14.85 ID:K6HTDwzB0
青臭え
舞台が変わっただけでやってることは最初の作品と変わらねえな
展開もだらだら独り言ばかりで遅いし、順調に枯れてきてる
33 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:05:32.68 ID:l5xpwkeX0
※
珍しくその日はギコは朝方に参上した。
前回から一週間ほど間を空けてのことである。
(,,゚Д゚)「預かっていた刀の手入れが済んだ。
いやいや、この町にも優れた拵えの出来る職人がいたものだな」
そう世辞を添えて、提げていた打刀と脇差を手渡す。丸腰になる。
( ^ω^)「あれ、じゃあギコさんの刀はどうしたのかお」
(,,゚Д゚)「宿に置いてきた。さすがに二つ揃えてお天道様の下を歩くのは気が引けてのう」
確かに不審ではある。
(,,゚Д゚)「それと……こいつもだ」
と呟くと、ギコは懐に手を入れ何やら取り出した。確認すると継ぎ目の見える白木である。
(,,゚Д゚)「匕首だよ。これなら持ち運びもしやすい。袖の下にでも隠せば早々見抜かれぬだろう」
内藤は唾を呑む。
34 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:10:14.89 ID:l5xpwkeX0
(,,゚Д゚)「……」
凶器を渡す際、ギコにふと無言になる一瞬があった。
( ^ω^)「どうかしたのかお?」
(,,゚Д゚)「……いや、何でもない」
( ^ω^)「はぁ、そうかお。それならいいけど」
しかしギコの暗い瞳の中に、なぜかは判らぬが、内藤は幽かに寂しさの色を見た。
不可思議に思うが、その隙を許さぬかのように鳴蜩が大声で喚く。
太陽が昇り切った頃には更に喧しくなるだろう。
そこにこの暑さである。屋敷の中だろうとお構いなしだ。
(;^ω^)「今日も相変わらず暑いお。出かける気力が削がれて仕方ないお」
じりじりと高音で鳴く鳴蜩の声が、照りつける日射の擬音であるかのようにすら聴こえてくる。
(,,゚Д゚)「なんだ、今日もツンの屋敷に向かうのか」
首の骨を左右に二度鳴らしながらギコは問うた。
既にその眸子から寂寥は消え去っている。内藤は素知らぬふりをして答える。
35 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:12:54.52 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「そのつもりだお。ギコさんと別れたらすぐにでも出発する予定でして」
(,,゚Д゚)「しかしだな、あれは」
と、ギコは玄関口にぽつんと置かれた薬籠を指差した。
(,,゚Д゚)「戸を潜る際に認めてみたが、籠の中は随分と空いていたぞ。あれでは商売にならぬだろう」
( ^ω^)「いや……今日は商いじゃなくて私用で呼ばれているんだお」
(,,゚Д゚)「呼ばれている? 相手側からか?」
( ^ω^)「そうだお。何でもクックルが個人的に、僕に直々の頼み事があるそうなんだお。
用事の内容までは聞かされてないけど。いやあ、全く参ったもんだお」
(,,゚Д゚)「ほう」
ギコはこの数週間で生えたらしき顎の無精髭を撫でながら頷く。
(,,゚Д゚)「どうやら大層な縁が出来たようだな。
結構結構……それにしても、貴殿の才には驚かされる」
( ^ω^)「才?」
内藤は小首を傾げる。そんなものが自分に備わっているとはとても思えない。
36 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:13:56.89 ID:l5xpwkeX0
(,,゚Д゚)「何を言うか、貴殿には人に気に入られる才能があるではないか。それも抜群にな」
述べながら、ギコは内藤の鼻先を人差し指で指す。
(,,゚Д゚)「こいつは天性のものだ。磨いて光るものじゃあない。凡人が望んだところで易々と手に入らぬ。
貴殿が有する才は他の如何なる才覚にも勝るわい」
(;^ω^)「はあ……でも」
内藤は顔の前で、ギコが示した直線軌道を遮るように右手を振った。
(;^ω^)「自分じゃ全然分からないお。僕はただ普通にしてるだけだお。
これといって何の努力もしてないし、何の意識もしてないお。本当にただ……普通に」
(,,゚Д゚)「そういうところだ、そういうところだよ、まさしく」
ギコは鼻を鳴らして返した。
当の内藤はますます訳が分からぬといったふうな面をする。
(,,゚Д゚)「今の科白は卑下でも自慢でもなく、単純に本心なのだろう?」
( ^ω^)「そうだけど」
(,,゚Д゚)「そこだ。貴殿は人間臭すぎるのだ。
水清ければ魚住まず――とも言うが、貴殿は『まさに』といったところだな」
37 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 19:14:35.68 ID:RM+mzkWh0
さいでっか
38 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:17:10.28 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「水清ければ魚住まず」
以前にも耳にした。いつだったかは忘却の彼方だが、成句自体に覚えがある。
( ^ω^)「どういう意味の言葉なんだお?」
(,,゚Д゚)「魚は汚濁の全くない池には棲まん。多少泥の混じった水域に生息する。
同様に、清廉潔白な人間は近寄り難く付き合いにくい――。
つまりは少しぐらい抜けたところがある者のほうが親しみやすいということだ」
(;^ω^)「誉め言葉として受け取っていいのかお」
(,,゚Д゚)「それは貴殿自身の判断に任せる。
くく、しかしまあ、貴殿の才の一番の象徴はその面相に尽きるな。
誰であろうと油断を誘われるわ」
今度はギコは大口で笑った。対する内藤は苦笑いである。
(,,゚Д゚)「さて……そろそろお暇させてもらうとするか。
貴殿も早く和蘭人どもの屋敷に行かねばならぬようだからな」
わざとらしく発音するとギコは座布団から尻を浮かせた。
此度は帯刀していないせいか、やけに軽やかな挙措に映った。
39 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:20:01.61 ID:l5xpwkeX0
それからである。
(,,-Д゚)「いいや、『行かねばならぬ』は不適当だな。
この文では義務感が出過ぎている。推敲せねばならん」
前触れもなく、ギコは独り言――独り問答を始めた。
(,,゚Д゚)「『行きたがっている』――うむ、これが正当か」
( ^ω^)「へっ? いきなり何を……」
(,,゚Д゚)「内藤」
穏便に諭すような、しかし鋭敏さを失っていない目つきで、浪人が丸顔の薬売りを見下ろす。
(,,゚Д゚)「貴殿は、奴らとの交際を愉しんでいるのだろう」
内藤は返答しない。
(,,゚Д゚)「や、そう身構えるでない。別に不都合というわけではないぞ」
ギコの双眼が内藤の瞳を捉える。
幾度も身をもって体験した、あの何もかもを見透かすような眼差しで。
40 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:23:00.63 ID:l5xpwkeX0
(,,゚Д゚)「貴殿は、この短期の付き合いで解ったことだが……嘘が著しく下手糞であろう?
表情に出ている。口振りにも表れておる。これでは碌に虚仮も隠せまい」
正鵠を射ている。内藤は無言のまま頷いた。
(,,゚Д゚)「ならば変に取り繕うことは要らぬ。
欺瞞が苦手であるなら普段通りに振る舞えばいい。嘘臭さをわざわざ醸す必要はない。
取り入ることさえ出来れば筋道は問わない。幸いにも貴殿にはその才がある」
( ^ω^)「才――さっき話していた、人に気に入られる才能とやらかお」
ようやく声が出た。
ギコは満足げに口元をにやつかせている。
(,,゚Д゚)「ああ。俺が貴殿を頼りにしているのは、この卓絶した部分を見込んでのことなのだ。
埋毒を掘り起こすのは時期が訪れてからでも十全よ。だが――」
ギコは座している内藤に一瞥を投げ、
(,,゚Д゚)「入れ込み過ぎるでないぞ。ツンは俺の敵だ」
念を押してから去った。残されたのは内藤の身と――真新しい九寸五分一振り。
41 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:25:52.05 ID:l5xpwkeX0
※
ギコと別れた後、水出しの冷茶を一杯煽ってから内藤は屋敷を発った。
背中に籠はない。荷物は袈裟懸の小包のみである。その代わりに――。
(;^ω^)「……」
衣服の裏に譲り受けた匕首を忍ばせている。
(;^ω^)(変なとこに汗をかくお)
何も今日明日殺すわけではない。
内藤にも用意というものがある。迂闊には動けぬ。
ただ好機はいつ何時訪れるか分からない。
内藤が只今小刀を携えているのは、言わば一応の備えであり、また、慣らしの目的でもある。
(;^ω^)「けどやっぱりというか、なんというか……やばいくらい緊張するお。ふいい」
己の懐中に刃物を隠し持っている。
圧し掛かるその事実が、根が善良である内藤の肩には、堪らなく重く感じられて仕方がないのだ。
42 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:29:32.67 ID:l5xpwkeX0
坂の途中、比較的風が吹き通る場所で足を一旦休め、
脇の草叢を跳ね回る虫どもの蛙鳴蝉噪を聴きながらつい先程のギコの弁を回想する。
――入れ込み過ぎるでないぞ。
――ツンは俺の敵だ。
重々理解している。何が何でもツンを殺害するつもりである。
ことによっては命と引き換えでも惜しくはない。
母の仇である憎き長岡を討って貰った恩に報いるためならば、安いもの――。
( ^ω^)「……って、そこまではさすがに御免被るお。どこまで過激な玉砕精神だお」
やはり死ぬのは恐ろしい。
改めて痛感したが、自分は武士道にはとても立ち入れぬ。第一想像さえつかない世界だ。
( ^ω^)「……それに……」
計画をやり遂げる心積もりは確かにある。
既に死人が出ている以上後戻りは出来ない。出来ないにも拘わらずだ。
(;^ω^)「ツンを僕の手で殺してしまえるのかお……」
もし許されるなら、もし可能であるならば、件の少女を傷つけたくはない。
何度拘泥したことか。
内藤の胸の裡はこの期に及んでもまだ、ギコが危惧し続けている通りなのだ。
43 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:31:12.67 ID:l5xpwkeX0
切支丹討伐を始め、自分なりに色々とギコの動機を推察してみたが、
いずれの場合を切り取っても、幼いツンに怨嗟の端があるとは考えられない。
仮にギコの私怨であるとするならば、そもそも外に出ぬ少女を如何にして恨むのかという話になる。
目星をつけた通り他の者が一枚噛んでいるのだとするならば、
初めてギコに対面した時に感じ取った、莫大な憎悪の情念――あれをどう解釈すればよいのか。
どちらにも転べない。
ツンの落ち度が見えてこない。
( ^ω^)「邪推……なのかも知れんお」
内藤は一度額の汗を袖で拭った。
仇討ちの取引としてツン殺しを約束したが、実際に作戦を主導しているのは、首謀者のギコである。
自分は手足に過ぎないのだ。
手足なのだから、私情を差し挟まないほうが良好に決まっている。
動機を知らせては実行者たる内藤の心情に影響が出る、そうなると策に角が立つと、ギコは常に悩んでいた。
現に今自分は出口のない迷路を延々彷徨っている。
動機を掴んでいないのにこの有様だ。知ってしまったらどうなることか。
44 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:35:47.61 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「……ギコさんは凄い、ありゃ千里眼だお。僕がこうなることまで見越している」
内藤の主観が混じることを不可避だと読んでいたに違いない。
そして全てを予測し尽くした上で、あえて普段通りにしろと、冷静に告げたのだろう。
( ^ω^)「深く捉え過ぎてんだお、僕は。捨てないと、捨てないと……」
無為に考え事を過熱させたりせず、今はただ、自分に出来る範疇のことに専念しよう。
再び足を踏み出しながら、内藤はそう腹に決めた。
苦味の残る決定だった。
( ゚∋゚)「キタカ」
( ^ω^)「来ましたお」
この日も出迎えは一枚看板の黒服を纏ったクックル一人だった。
( ^ω^)「ツンは奥かお? やや、それより」
内藤は小さく咳払いをしてから尋ねる。
( ^ω^)「今日は何の用で僕を屋敷に招いたんだお?」
支援
46 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:38:39.75 ID:l5xpwkeX0
( ゚∋゚)「ソレ ナノダガ、 ウウム、 マア、 トニカク」
言葉切れが悪い。体裁が整っていないようにも見える。
( ゚∋゚)「トニカク ハイッテクレ。 ハナシ ソレカラデモ カマワンダロウ。 ウン」
( ^ω^)「いやいやいや、僕としても可及的速やかに納得のいく解説をして頂きたい所存なんですけども」
( ゚∋゚)「イイカラ」
と半ば強引に内へ通されたので、内藤も渋々従うしかなかった。
(;^ω^)「……」
内藤はこれまでとは一味違った空気を感じていた。
それもそのはずで、いつもであればクックルの先導で各間に案内されるのだが、
今回は二歩後ろから内藤についてきている。
(;^ω^)(なんか妙に下手下手に出てる感じがするお)
どうも落ち着かない。
この黒尽くめの用心棒は来客への持て成しの雑さに定評があるだけに、内藤は困惑しっ放しである。
47 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:41:52.91 ID:l5xpwkeX0
( ゚∋゚)「ソコダ。 ソノ ヘヤニ ハイッテ クレナイカ」
戸を開くと真っ先に、特異な紋様からして暹羅産と思しき絨毯が印象強く目に入った。
それからぐるりと見渡し中程度の部屋であることを認識する。
視点を中心に持っていくと、机の前にツンが座っていた。卓上には筆と紙が雑多に置かれている。
ξ--)ξ「……はあ、来ちゃった。もー。はーあ」
溜息混じりの声の中に、覇気はおよそ見当たらなかった。
大人しく正座しているように見えるが、けれどその表情は憮然としていて、
組んでいる足はしきりにもぞもぞと動いている。
時々「あー」とか「うー」などと声にならない声を意識なく喉から漏らしたりもする。
お預けを喰らった犬か、はたまた窮屈な場所に閉じ込められて煩悶する猫のような様子だ。
( ^ω^)(どっちにしろ小動物だお。ぷくく)
( ゚∋゚)「クスリヤ」
( ^ω^)「おっ?」
さっと振り返ると、大男が決まりが悪そうな顔をして立っている。
48 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:44:29.12 ID:l5xpwkeX0
( ゚∋゚)「ジツハ――オマエニ オジョウノ ベンキョウノ メンドウヲ タノミタイノダ」
(;^ω^)「はあっ?」
内藤は思わず大きく口を開けた。気にせずクックルは続ける。
( ゚∋゚)「オマエモ ショウニン ナノダカラ ヨミカキ グライハ デキルノダロウ?」
( ^ω^)「まあ自分も一応寺子屋には通っていたから……ってそれとこれとは別問題だお。
なんでただの行商人の僕がそんなことをしなくちゃならないんだお」
いや、それより先に――。
( ^ω^)「どうして今になってそんなことをする必要があるんだお。
農村部の出ならともかく、町の生まれでツンぐらいの歳の子なら、
大抵は通塾していて仮名文字と簡単な漢字を扱うぐらいは出来るはずだお」
( ゚∋゚)「シッテノ トオリ オジョウハ ナガイコト ヤシキノ ソト デテイナイ。
トウゼン マチノ ジュクニナドモ イッテナイ。 ソノタメダ。 ヨロシク タノム」
(;^ω^)「話を勝手にまとめに走るなお!
大体日本語は両親に教えてもらったと一番初めに聞いているお」
( ゚∋゚)「ソレハ ハナス ダケダ。 ソモソモ オジョウハ ニホンノ コトバシカ シラン」
49 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:48:40.83 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「ううん、確かにそのことも聞いたけど」
当たり前の話だが喋れることは識字能力とはまた別だ。
しかしツンは切支丹である。
( ^ω^)「聖書は」
( ゚∋゚)「ソレモ ダンナト オクガタガ ヨミキカセタ ダケダ」
即答される。ぐうの音も出ない。
( ゚∋゚)「トマア ソンナワケデ オジョウハ イマダニ
モジヲ ヨンダリ カイタリスル トイウ コトガ デキナイノダ」
ξ;-听)ξ「もーあんまり言わないでよー」
ツンは頬をぺたりと卓の平面につけて、間延びした声を漏らした。
察するに引け目、というより、恥じらいがあるのだろう。こういう動作はやはり子供らしく可愛げがある。
( ゚∋゚)「コレマデハ サキノバシニ シテキタガ
サスガニ ソノママデハ オジョウノ ショウライニ サワリガ デカネナイ。
ソコデ クスリヤニ センセイヤク オネガイシタイ」
50 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:51:15.34 ID:l5xpwkeX0
改めて請願される。珍しく頭まで下げている。
それでもまだ頭部は相当に高い位置にあるのだが。
(;^ω^)「むむむ……」
内藤としては当惑するばかりである。
ひとまずの事情は呑み込めたが、消化するにはまだ時間が掛かる。
( ^ω^)「益体もないことを……。てか、クックルが教えてやればいいんじゃないかお」
( ゚∋゚)「オレガ デキルワケ ナイダロ」
(;^ω^)「まあそんなことだろうとは思っていたけど」
片言の癖に書き取り読み取りが完璧ならば、それはもう創作落語に設えられるほどの滑稽談だ。
盛夏も盛夏である。
僅かに数寸ばかり開いた窓から吹き入る風に運ばれてきた、
新緑の期も過ぎ去ろうかという木の葉の群れがざざざと揺れる音色に混じって、
脇から「勉強なんてしたくなーい」と、やる気のない発言が聞こえてくる。
( ^ω^)「でもなんで僕に? 人に物事を教えた試しなんて殆どないってのに」
( ゚∋゚)「ホカニ チョウドイイ シリアイモ ミアタラナイ。
イヤ サガソウト オモエバ テアタリシダイ マチノ ニンゲンニ コエ カケルコトモ デキル。
ダガ オジョウガ オクサズニ スム ジンブツハ クスリヤ オマエシカ イナイノダヨ」
51 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:56:24.68 ID:l5xpwkeX0
クックルはちらりとツンを流し見た。
内藤もそれに続く。薄橙色の髪の童は一瞬びっくりしたように目を見張ると、
ξ;゚听)ξ「な、何よ。いけないの。あんたしか、その、知ってる人がいなくて」
と強気に言い返した。照れを匿う意味合いも含まれているのだろう。
( ゚∋゚)「コウイウトキハ シンアイノ ジョウヲ コメテ トモダチ トイウンジャ ナイノカ」
ξ゚听)ξ「ばっ、バカ! このおバカ! そんなんじゃないわよ!
そりゃ確かに友達とかいなくて寂しいなーみたいに思ったことはあるけど……って、
なに変なこと言わせるのよっ!」
( ゚∋゚)「イヤ オレ ナニモ シテナイガ」
ξ#゚听)ξ「あーもうっ! お昼ごはんも抜き!」
( ゚∋゚)「サッキ タベタ バカリダガ」
ξ;゚听)ξ「そうだった……うう……」
(;^ω^)「切り札それしかなかったのかお」
52 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 19:56:44.71 ID:10ioqaV70
まぐわいまだ?
53 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 19:58:06.12 ID:l5xpwkeX0
顔を真っ赤にして反論するツンを、余裕を持って適度にあしらうクックル。
( ^ω^)(平和な絵だお)
見飽きた光景を見守りながら内藤は一人思う。
( ^ω^)(……しかしこれは信用の顕現でもあるお。
僕を頼る、頼れるってことは、それだけの信頼感があるってことだろうし)
詰まるところ長きに渡る計画の下準備は現時点で完了していることになる。
後は次回来訪時にギコへと報告し、それから彼の指示を仰ぎ、次なる段階に移るだけ。
急に内藤の胸裡が慌しくなる。だが。
( ^ω^)(今は忘れたほうがよさそうだお)
内藤は余分な考えを廃した。
泡沫のように切りのない思慮が頭に引っ掛かったままだと、無我のうちに不穏当な言動を起こしかねない。
ここまで来て警戒し直されては全部がおじゃんになる。
しかしながら理由はそれだけではない。
今はとにかく――この屋敷でツン達との鼎談に集中したかった。
自分が背負っている使命を一時の間頭から追い出してしまいたかった。
54 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:01:15.13 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「……よし。分かったお、クックル。その頼み引き受けてもいいお」
内藤は笑い顔を作ってそう答えた。
( ゚∋゚)「ホントウカ?」
( ^ω^)「いきなりだから驚いただけで、別に厭ってわけじゃあなかったんだし、諾うお」
( ゚∋゚)「ヤア コレハ タスカッタ。 カンシャ スル」
内藤の承諾にクックルは嬉々として喜んだ。
しかし一方で指南される側、即ちツンは依然気の乗らない様相である。
ξ゚听)ξ「もう、どうしてそんな簡単に首を縦に振っちゃうのよ」
( ^ω^)「良かれと思ってのことだお。むしろツンにも感謝してもらいたいぐらいだお」
内藤の軽口に対し、少女はいじけた様子で、
ξ゚听)ξ「別に私が好き好んで頼んだわけじゃないわよ。クックルが勝手にしたことだし」
(;^ω^)「今になってそんなことを言われたら先に進めないじゃないかお。
クックルにしたって君のためを思ってるからだお。好意は有難く受け取っておくもんだお」
55 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 20:01:59.97 ID:Nh09zlc1O
久しぶり支援
56 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:06:21.22 ID:l5xpwkeX0
ξ゚听)ξ「嘘ね! きっと二人して私を困らせてやろうっていう、そういう裏話があったんでしょう」
(;^ω^)「そんなくだらない算段をするわけがないじゃないかお。
屁理屈捏ね回してないで早くやるお。決まったことなんだから」
ξ゚听)ξ「大人の間で決めたことじゃない。大人って本当に卑怯だわ。いやらしい」
(;^ω^)「自分が厭なだけなのを棚に上げてるんじゃないお。さっさと始めるお」
クックルの監督の下、内藤は徐にへたり込んでいるツンの左隣に腰掛ける。
ツンもとうとう観念したようで減らず口を叩かなくなった。代わりに筆の柄先を噛んではいるが。
( ^ω^)「えー、では、平仮名を覚えることから始めるお」
ξ゚听)ξ「なあに、それ?」
きょとんとされる。
( ^ω^)「一番易しい書き文字だお。まずはこれから……とは言っても……」
実際にどういう手筋で教えればいいのか。
本職ではあらぬゆえ已むを得ないことだが、教育術に関して内藤はからっきしである。
掻い摘むとお互いに素人なのである。
57 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:12:15.37 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「とりあえず……僕がお手本を書いてみるから、ちょっと見ていて」
して内藤は筆を取り、筆先をさらさらと走らせて伊呂波歌を書き上げた。
ξ゚听)ξ「これは何なの?」
( ^ω^)「そいつは『い』だお、『い』」
ξ゚听)ξ「い?」
( ^ω^)「い」
ξ゚听)ξ「い」
( ^ω^)「覚えたかお? 字の構成だとか、書き順だとか」
ξ゚ー゚)ξ「い」
(;^ω^)「真面目にやってくれお」
内藤は米噛みのあたりを軽く押さえた。
調子が狂いそうになる。基礎を一から学ばせることがこれ程骨の折れる作業だとは。
更にクックルの目もある。意識せずとも緊張してしまう。二重苦である。
58 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:14:58.11 ID:l5xpwkeX0
ξ゚听)ξ「やってるわよ。『い』でしょ『い』」
そうとだけ応えると、ツンは見様見真似で『い』の字を手元の用紙に書いた。
筆の握り方も変梃だし、記された文字も歪ではあるが、最初にしては上出来なほうであろう。
ξ゚ー゚)ξ「このぐらいは出来るわ。案外簡単なものね」
「楽勝よ」とばかりに、ツンは鼻をふふんと鳴らす。
( ^ω^)「初歩中の初歩、千里の道の第一歩目で得意気になられても弱るんだお。
他の平仮名も早いとこ身につけてもらわないと」
ξ゚听)ξ「えー? 今日はこの辺で御終いでいいじゃない。続きはまた今度」
(;^ω^)「一体何ヶ年計画で取り組むつもりなんだお。
ついさっき自分の口で簡単だって言ったじゃないかお」
ξ゚听)ξ「もう疲れたわ」
両括りにした髪の毛先をくりくりと丸めながら返事をする。
( ^ω^)「疲れた……って、始まってまだ寸刻も経ってないじゃないかお。
うだうだ不平不満を呟いてないで、次次。平仮名くらいさっさと修めるお」
臨時講師は呆れることしきりであった。
支援しとく
60 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:28:31.28 ID:l5xpwkeX0
それでも辛抱強く内藤は教え続けた。
快諾した手前、ここで折れるのはみっともないという見栄もあったのだろう。
その熱意に押されてか、ツンも嫌々ではあったが、少しずつ積極性を覗かせていた。
ξ゚听)ξ「――で、これが『せ』ね。合ってるかしら」
( ^ω^)「正解だお! やれば出来るじゃないかお」
意外にも呑み込みは早く、読み取りは半刻足らずで習得してしまった。
そこに至るまでに内藤は暑気と懸命で汗水漬になっていたが、ツンは余力があるのか涼しい顔をしている。
ξ゚ー゚)ξ「当然!」
ツンは澄まし顔のまま前髪を掻き上げた。
ξ゚ー゚)ξ「私にかかればこの通りよ。ないとーも私の凄さが分かったでしょう」
( ^ω^)「はいはい、そうですお」
内藤は適当に煽ててから、
( ^ω^)「よし、じゃ、その勢いで書き取りにも挑戦するかお。こっちは難易度高いお」
61 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 20:29:33.04 ID:FJLYbYpOO
面白い
62 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:29:37.46 ID:l5xpwkeX0
ξ゚听)ξ「……え?」
顔色が急変した。それから頬に空気を溜めて、
ξ゚听)ξ「厭よ。せっかく一段落ついたんだからもういいでしょう?」
責めるような口振りで訊いた。
( ^ω^)「いやいや、こういうのは意欲があるうちにやってしまったほうがいいんだお」
遠くで二度鐘の鳴る音がした。未の刻を過ぎたのだろう。
昼下がりは一日の中でも特に暑い。
ξ--)ξ「勉強するにしても、別のことがいいわ。また墨と睨めっこだなんて懲り懲り」
( ^ω^)「別のことって言われても……」
何があるだろう。そもそも内藤自身が寺子屋で習ったことなど然して多くない。
( ^ω^)「後は一応……珠算とかがあるけど……」
提げていた包を解き、使い古した算盤を出した。商人には必須ゆえ内藤は常に持ち歩いている。
63 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:32:51.76 ID:l5xpwkeX0
ξ゚听)ξ「何それ? 見たことないわ」
( ^ω^)「これは算盤っていうんだお」
ξ゚听)ξ「ソロバン?」
ツンは不思議そうに、恐る恐る梁付きの浅底箱を手に取るが、
初見で用途用法その他諸々が分かるはずもなく、
混乱したのか或いは自棄になったのか、いい加減に手中のそれを上下左右に振り出した。
ξ゚听)ξ「お? お?」
しゃかしゃかと小気味よい調子が刻まれる。
ξ゚ー゚)ξ「おー」
(;^ω^)「楽しくなってんじゃないお。遊び道具じゃあないんだお」
商売人にとっては魂のようなものである。
使い道を解しておらぬとはいえ軽々に扱われるのも少々癇に障るものがある。
無論そんな感情はおくびには出さない。
正確には出せぬのだ。相手は子供なのだから真剣に説き明かしても馬鹿馬鹿しいだけだ。
64 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:36:16.97 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「これはちょっと、一日じゃ習得は無謀だからやめといたほうがいいお」
ξ゚听)ξ「あら、でもいい音だったと思わない?」
ツンはこれといって気に留めるでもなく、あけらぽんとした面でそんなことを言う。
黄緑色の瞳には一点の濁りもない。
どこまでも粋美である。
(;^ω^)「だから遊び道具じゃないって……」
少女の無邪気な言い分に、青年はそれ以上注意を投げ返す気力が起こらなかった。
内藤は体を後ろに大きく反らし、天井板の柾目を惚けた眼で見つめた。
着物が汗で肌にぴたりと張り付いている。
ばたばたと布地を忙しなく引っぱって風を流したが、皮膚に纏わりついた汗の粘り気は消えぬ。
( ゚∋゚)「ダイブ クロウシテイル ミタイダナ」
唐突に野太い声が響いた。
クックルである。
65 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:39:13.40 ID:l5xpwkeX0
(;^ω^)「いやもう見ての通り難儀だお。先行きが不安だお」
ξ゚听)ξ「『よくできました』ぐらいのことは言って欲しいわ」
ツンが不服そうにそう漏らした。
退屈げに机に肘を立てて頬杖をつき、特別何かを眺めるでもなく視線を泳がせている。
( ^ω^)「油断するとすぐこんな具合になるんだから参るお」
ここにきて内藤はあることを閃いた。
( ^ω^)「これだけ気侭で手が掛かる奴なのに、
ツンの両親がややこしい耶蘇教の教義を伝え聞かせただなんて信じ難いお。
それもまだ小さい頃に。余程教えるのが上手だったんでしょうお」
一旦科白を切って、ぽんと手を打つ。
( ^ω^)「……もしかして、ツンの親御さんはそういうのを専門にやってたのかお?」
それとなく尋ねた。
私的な用事で訪ねているのだから、私的な質問をしてもそう不自然ではないだろう。
前回は喋り過ぎて失敗したが今回は立場が違う。
客と行商ではない。依頼人と受理人だ。そう強く咎めたりは出来まい。
66 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 20:42:51.03 ID:FJLYbYpOO
3人でずっとほのぼのしてほしいなあ
67 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:44:49.63 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「つまり牧師だとか、宣――」
( ゚∋゚)「ゼンゼン。 イエスノ オシエハ アクマデ ココロニ トドメテオク モノダ」
(;^ω^)「ありゃりゃ、そ、そうでしたかお……」
内藤は肩をがくんと落とした。予想が外れた瞬間だった。
( ゚∋゚)「ダンナハ オランダデノ クスリニ カンスル ガクシキヲ ヒロメルタメニ ニホンニ キタ。
オクガタハ ソノ テツダイ。 オレハ ゴエイヤクトシテ ツレテ コラレタ」
( ^ω^)「薬? ……どんなことをやってたんだお?」
思わぬ共通点である。
( ゚∋゚)「ソウ セカスナ。 コッチニ キテカラノ ダンナノ シゴト ソウ フクザツジャ ナイ。
タトエバ チイキイッタイデ セイトヲ トッテ クスリニ ツイテ コウギ シタリ、
コレハ マエニモ イチド イッタキガ スルガ ヤクソウヲ ドクジサイバイ シタリ シテイタナ。
ウラノ ハタケハ ソノ ナゴリダ」
( ^ω^)「ほう、そうなのかお」
要するに日本や大陸でいうところの本草学者に当たるのだろう。
内藤自身も稲生若水の『庶物類纂』等、本草学者が記した薬師書は後学のために数冊読破している。
68 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:47:57.05 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「だけどこんな近くに学者さんがいただなんて知らなかったお。
ああ、勿体ない。未練だお。是非僕もその教えに与りたかったお」
( ゚∋゚)「アマリ センデン シナカッタ カラナ。
ナニセ イコクノ ニンゲン ダカラ ヤクニン ウルサイ」
( ^ω^)「ううん、でもやっぱり悔やまれるお」
内藤は口惜しそうに腕を組む。
( ^ω^)(和蘭の薬学か……一度酒でも酌み交わしながら語り明かしてみたいもんだお)
そんなふうに夢想する。
ただ疑念は残る。
なぜ、娘を置いて屋敷から出ていく必要があったのだろうか――。
( ゚∋゚)「ソレヨリ クスリヤ」
(;^ω^)「おっ? なっ、何かあるのかお?」
何気ない呼び掛けにも内藤は幾らか焦ったが、
腹の裡はどうやら悟られていないらしく、クックルはそのまま次の句を繋げた。
( ゚∋゚)「ソノ アセダ。 ノド カワイタダロウ」
69 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:51:40.62 ID:l5xpwkeX0
言われてみれば、である。
( ^ω^)「へえ、おっしゃる通りで、口の中が干瓢みたいにからっからだお」
内藤は炎天下を駆け回ってきた犬が如く舌をだらりと出して、わざとらしく喘いでみせた。
( ゚∋゚)「フフフ」
大男は顔に似つかぬ笑みを零すと、山塊が動くかのようにのっそりと立ち上がり、
( ゚∋゚)「マッテ イロ。 チャデモ イレテ コヨウ」
そう伝え置いて――部屋を離れた。
始終光っていた監視の目が解かれる。二人になる。
( ^ω^)「……へ?」
内藤は軽く錯乱した。
これまでにクックルが自分とツンが一対一になる状況を作ったことは一度たりともない。
ツンを残したままでいいのだろうか?
70 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 20:53:19.26 ID:tuXp5atS0
来てたかとりあえず支援
では読んでくる
71 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 20:56:49.73 ID:l5xpwkeX0
(;^ω^)(違う違う……そうじゃなくて……)
二人きり――ということは。
( ^ω^)(殺そうと思えば……可能なんじゃ……ないかお)
突然のことに思考が精緻に働かない。無理矢理に引き摺り出す。
衣の上から胸元に触れる。硬い感触がある。
当然だ。ここには匕首が仕舞ってあるのだ。別の汗が葉裏の露のように滴り落ち始めた。
右側でぼうっと呆けているツンを見やる。女で尚且つ十かそこらの子供だ。
梃子摺る道理がない。
これは千載一遇の好機である。
ただ事に及んだ場合、同時に内藤の身に危機が訪れるのも確かだった。
ここで殺したとして、その後の安全は微塵も保障されていない。
それどころか悲惨な末路しか視えぬ。ほぼ間違いなく猛り狂ったクックルの餌食となるだろう。
纏めると、己が命と引き換えにツンの命を散らすことになる。
論外だ。自分の所望するところではない。ギコの指令とも甚だしく異なる。
72 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:00:08.78 ID:l5xpwkeX0
いや。
それも違う。争点は時期などではない。
あどけない横顔。
純真無垢な瞳の輝き。
一人の可憐な少女である。それ以上でもそれ以下でもない。
だからこそ内藤は苦悩するのだ。
出来得るならば殺したくはない。それでも殺さなくてはならない。
透明に近い肌白さの、細くなだらかな頸。その頸を裂くことが果たして出来るのか――。
これだ。
これがツンと出会った日から抱えている宿意であったはず。
(;^ω^)(一旦落ち着かないと危ないお)
首鼠両端を持した挙句、心を決めることが現在に達するまで未だに出来ないでいる自分。
その苦しみ、愚かさ。そして捨て去れぬ、ツンへの哀れみ。
問題はそこなのだ。
今取り憑かれている強迫観念は、一時の気の迷いに過ぎぬ。
73 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:02:24.98 ID:22G0ag3o0
4話まで読んできた支援
74 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:04:19.75 ID:l5xpwkeX0
内藤はまだ胸に手を当てている。
懐刀か、もしくは漫ろな心臓を押さえているのか。
(;^ω^)(落ち着け……落ち着け……)
再び整理し直す。
この場は何も為すべきではないのだ。
内藤は死ぬ気など毛頭ない。
だが――。
だが、もし――。
( ω )(僕が死ぬことで……禊になるのなら……)
それならば構わない――内藤はそう思った。
思ってしまった。
精神構造が虚ろである。
内藤の頭蓋内を満たしているものは、やはり正常な作用を失っていた。
75 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:09:02.45 ID:l5xpwkeX0
駄目だ。その先は彼岸だ。向こう側に行ってはいけない――。
「――ねぇ、ないとー」
自我の外で、内藤の名を呼ぶ声があった。
ツンだった。内藤はその声によって現実に帰還させられた。
ξ゚听)ξ「どうしたの、顔怖いよ。何か考え事?」
正気に戻ると、すぐ眼前にツンの顔があることに気づいた。こちらの顰め面を上目で覗き込んでいる。
(;^ω^)「ああ、うん、何でもないんだお。何でも」
あくまで平静を繕って対応した。
思惟が行き来している。どちらが夢でどちらが現なのか判別がつかぬ。
ξ゚听)ξ「それと……うーん、嫌な予感がするけど……やっぱり続きってするの?」
( ^ω^)「続き? どの?」
ξ゚听)ξ「勉強のよ! 他に何があるって言うのよ、全く」
(;^ω^)「あ、ああ、御免御免。そうだったお」
まだ頭がはっきりとしていないらしい。内藤は掌底で側頭を二度三度小突いた。
76 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:11:21.29 ID:l5xpwkeX0
ξ゚听)ξ「言っとくけど、私はもうやりたくないわよ。へとへとだもん。
それにやっぱり面白くないわ、お勉強って」
そんなことを本当につまらなそうに愚痴るのだから、内藤としては困り果てる一方である。
この気立てが優しく、悪く評せば柔弱な男は、性分が性分だけにあまり大声で叱れない。
ξ゚听)ξ「こんなことより、私、もっとないとーから町の話を聞きたいわ」
ツンはつまらなそうな顔つきのまま、言った。
( ^ω^)「ええと、そりゃどういう……」
ξ゚听)ξ「いけないかしら」
首筋に曲げた指先を添えて、やや視線をずらし澄ましている。
妙に様になっている。
単純に背伸びしているだけなのかも分からぬが、急激に大人びたように内藤の目には見えた。
不覚にも内藤はその仕草にどきりとさせられた。
ツンに格段変わった様子はない。
内藤の走り火なんて何処吹く風といった具合に、一定した表情を保ったまま。
ただ時々、特徴的な橙髪が、硝子窓の隙間からの微風でしなやかに靡いているだけである。
77 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:15:23.61 ID:l5xpwkeX0
暫く静謐な時間が過ぎる。やがて内藤が開口した。
( ^ω^)「……うん、そのぐらいならお易い御用だお」
以前から根付かせていた好奇心の種が芽吹いているのだろう。
応えてやりたかった。
( ^ω^)「僕としてもそっちのほうが得意な部門だお。
けど百聞は一見に如かずだお。実際にツンも、いつか町中まで出るべきだお」
口にしてから、内藤はそれが予てよりの目的の一部であることを思い出した。
だが今はどうでもよかった。
打算や策謀といった醜くどろどろした肚裏よりも、籠の中の鳥を想う素直な心情のほうが勝っていた。
ツンは「ううん」とどっちつかずな返事をしたが、態度からぐらつきが見て取れた。それで十分に感じた。
この少女は世間を知らぬ。
何ひとつ記憶に焼き付けないまま儚くなるのは、不憫に過ぎる。
――ああ。
やはり『そこ』なのだ。
焦点は、自分が本当にツンを殺せるかという――その一点のみなのだ。
そう再認識した。
78 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:15:37.47 ID:22G0ag3o0
しえんしえん
79 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:20:51.57 ID:l5xpwkeX0
戸が開いた。クックルが茶を運んできたらしい。
( ゚∋゚)「モッテ キタゾ。 フタリトモ ノメ。 サア。 アツイ ウチガ ダンゼン ウマイゾ」
口で勧めつつ腕も動かし、盆に乗せた陶器一式を慣れた手捌きで机上に置いていく。
頭を丸めていることもあってか、実物の数奇屋坊主を髣髴とさせる。
( ^ω^)「どうもだお。ふう、なんだか急にどっと疲れが溢れてきたお」
肩を回した後、内藤は両手を交差させて後頭部に当て、ぐいと押した。
凝っていた筋が伸びる。心地よい痛みを覚える。
ξ゚听)ξ「……ないとー」
隣でツンが無声音で呼んだ。
( ^ω^)「おっ?」
ξ゚听)ξ「さっきのお願いなんだけど」
照れ気味に内藤の口元を伺っている。
期待に沿う返答が待ち切れずそわそわしているのだと思われるが、
催促しているように見られるのでは、という気後れもあるのだろう、はにかみが透けている。
無性にいじらしかった。
80 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:21:54.13 ID:22G0ag3o0
しえn
81 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:23:51.42 ID:l5xpwkeX0
( ^ω^)「ああ、うん」
内藤は茶碗を掲げつつ、
( ^ω^)「この休憩が終わったら、幾らでも話してあげるお」
温順な微笑を浮かべながら目配せした。ツンも嬉しそうに、くすりと笑った。
幸せな気分だった。
この些細な幸せを――己が手で壊さねばならぬ。
無論内藤は忘れてなどいない。
それこそが近い将来迎えるべき、絶対的な現実なのである。
( ^ω^)(忘れちゃあいないけど……でも、でも今は……)
要らぬ。そんな現実は。
今ひとまずは、ツンが傍にいるこの瞬間だけは、忘れていさせてくれ――。
内藤は周囲に穿たれぬ程度に頭を振り、赤褐色の茶がなみなみ注がれた碗に、そっと唇をつけた。
一口啜る。苦々しさだけがやけに味蕾に刺さった。
82 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:24:14.72 ID:22G0ag3o0
支援
83 :
◆zS3MCsRvy2 :2010/08/29(日) 21:27:15.20 ID:l5xpwkeX0
五話ここまで
ありがとうございました
これでようやく全体の半分
次回からは解決編というか解答編というか
そういう感じのアレです
84 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:28:08.29 ID:22G0ag3o0
乙です!
楽しみにしてる
85 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:30:14.58 ID:FJLYbYpOO
お疲れ
乙
殺せそうにないなあ
87 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:38:52.07 ID:l5xpwkeX0
夏の話なのに夏が終わりそうだけど
まだ暑いから許してもらえるよね?
次回はなるべく早めに
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/29(日) 21:46:16.40 ID:hhl/7CdQ0
このままブーンとツンは平和に過ごさせてあげたくなるなー
乙おつ
89 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
乙です
ああ、この皮一枚でほのぼのしてる感じが堪らない