これは以前発表したものを少しだけ修正したものです
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 17:09:59.04 ID:wfI6NFT90
律儀なやつだな
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 17:10:58.72 ID:XGASQcOe0
あれ?IDがPCだけど本物なのか?
※
冬の空を見て真っ先に人の死を連想する人間はどれぐらい
いるのだろう――そんなことを考えながら歩いていると、凍結した石畳に足をとられかけた。
中野梓は思わず小さな悲鳴をあげたが、幸いなことに情けなく転んだりすることはなかった。
図らずも舌打ちしそうになるが、自分が今いる
場所が墓地であることを思い出して、彼女は唇を強く結んだ。
「……ここに来るのは何ヶ月ぶりになるのかな?」
久々に訪れた地元は、昨夜から今朝方にかけてかなりの量の雪が降ったらしい。
ところどろこに雪が積もっていた。
大学生になり、家を離れてから三年が経過しようとしてた。
もちろんその間に何度か帰省することはあったが、ここ一年は
多忙な日々がずっと続いていたため、なかなか帰ることができないでいた。
それでも、彼女が眠る墓の位置だけは不思議と忘れることはなかった。
五年前のことを思い出してしまうせいだろうか。
彼女――平沢唯の墓を前にすると、決まって胸の奥底が疼いた。
「唯先輩……唯先輩は天国で澪先輩と仲良くやってますか?」
質問に対して、返事は当然なかった。
――梓は静かに今はこの世にいない彼女の墓に百合の花を手向けた。
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 17:11:33.86 ID:4Amsamep0
今夜のvipは荒れそうだな
これは今から五年前の話。
♪
全てが全て上手くいくはずなんてそうそう無いの
だろうが、それでも全てが全て上手くいかないなんてことも、
ほとんど無いのではと少なくとも律は常日頃から心の片隅で考えていた。
実際、軽音部としての活動や学校生活は充実していた。
学生の本分であるはずの勉強こそ芳しいとは言え
なかったが、それでも今の日々に不満は無かった。思いつきもしなかった。
今日の次には明日があって、明日の次には明後日が
あって――そのどれもが輝きに満ち溢れていることを信じて疑わなかった。
けれども当たり前だと思っていた日常は気づけば崩壊しかけていた。
終わりを告げようとしていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
いつの間にここまで悲惨なものに成り果ててしまったのだろう。
――私はどこで間違ってしまったんだろう?
ちーんちーん
ちーん
ちーん
♪
すべての始まり。
――最初に自分の間の悪さに毒づきたくなった。
次に猛烈な後ろめたさと羞恥心に消えたくなった。
最後に回れ右をして家に帰りたくなった。
――放課後。
体育の授業が五、六限と続いたせいか、身体が疲労を訴えていた。
早くムギの煎れた紅茶が飲みたい。
美味しいスイーツを心行くまで堪能したい。
欲求のおもむくまま、いつもどおり、
ティータイムを楽しみに音楽準備室に入ろうとして扉に手をかけた。
律「……っ!」
扉にかけられた律の手が止まった。止めてしまっていた。
僅かな隙間から伺えた。
唯と澪がキスをしていたのが。
並んで椅子に座って。
向かい合って。
目どころか網膜も角膜も虹彩も水晶体も視神経も全部を全部疑った。
いやいやいやいやいやいや、部室で何ヤってんだ
コイツら!?――全身全霊でツッコもうとして、後ろから声がした。
「何やってんですか、律先輩?」
気づかないうちに中腰になっていて、
気づいたら覗きでもするかのように扉と扉の僅かな隙間から中を
必死に窺っていたため、その声の主が自分の背後に立っているのに気がつけなかった。
律「……梓か」
突き出していたお尻を引っ込めてそっと音を立てないように扉を閉める。
梓「そうですけど、なんで部室に入らないんですか?」
律「うん?うん、入ろっか?」
梓「聞かないで下さい」
律「入るぞー」
そう行って無意識のうちに扉をノックしていた。
『はいはーい』
返事は平生の唯と何ら変わりのないものだった。
穿った聞き方をすればそれは どこか無理矢理落ち着かせているようにも聞こえなくもなかったが。
扉を開けて部屋に入れば唯と澪が既に席に着いていた。
唯「あれ?りっちゃん?」
律「ん?どした?」
澪「ノックして入って来るもんだからてっきり和あたりが来たのかと思ったんだよ。
そうだろ、唯?」
唯「うん」
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 17:23:45.04 ID:JajUxCBRO
※作者はちーんが馬鹿にされすぎていやになって冒頭を修正しました
見ているこちらの背中が痒くなってきて目を逸らした。
……この気持ちはなんだろう?
紬「ごめんなさい、先生に呼び出されてて遅くなっちゃった」
律の胸にほの暗い感情が訪れたのと、紬が扉を開いたのはほとんど同時だった。
唯「ムギちゃん、今日のお菓子はなあに?」
紬「ふふ、今日はチーズフォンデュよ」
唯「やったー!」
梓「唯先輩、お菓子もいいですけど今日こそは練習もしっかりしましょうよ」
見慣れた日常の光景だった。けれども違和を感じずにはいられなかった。
この光景にではない。
自分に、だった。
♪
自分の心というのは、実は一番自分が理解できていないのではないだろうか。
厚い雲の層によって星一つ見えない夜の空を見上げながら律は心の中でそう独りごちた。
紬「元気ないけれど、大丈夫?」
律「何言ってんだよ、ムギ。私は元気の塊だぜ?」
律は紬と珍しいことに二人っきりで夜空の下を歩いていた。
澪は、唯と二人だけの用事がある、と学校から出てすぐ別れた。
梓は梓で用事がある、と言って一人早めに部活を切り上げて帰宅していた。
紬「りっちゃん……本当に大丈夫?」
紬の心遣いは嬉しかった。
できることなら相談したかったが、自分で自分の胸の内の
わだかまりが何なのかもわかっていないのに、どう相談すればいいのだろう?
紬「勝手な憶測で言うけど、ひょっとして澪ちゃんのことと関係ある?」
一瞬顔が強張るのを感じた。
紬「やっぱり関係あるのね?」
紬が人の感情の機微に、決して鈍くないことを知っていた律は正直に話すことにした。
律「……はっきりとはわかんないんだけど、
なんかこう胸やけでもしたみたいにこう、イライラ、じゃなくてモヤモヤするんだよ」
あの二人がキスしたところを見た時から……とはさすがに続けることができなかった。
そもそも自分の悩みの類を言葉に
することが、不得手である律にとって、この告白はなかなかどうして至難なことだった。
紬「焦らずにゆっくり話してくれればいいから」
律「うん……」
そうは言ったものの、言葉はいつまでたっても出て来なかった。
♪
まどろみの湖は唐突に蒸発した。
鉛を仕込んだかのように重い瞼を持ち上げて、
周りをたっぷり三十秒は窺う。
律「…………」
ようやく律は、自分がいる場所が教室で、今が現代文の授業の最中だということを悟った。
どうやら相当熟睡していたらしい。唇の端を涎が伝っているのに気づいて慌てて拭った。
紬「『Kはなかなか奥さんとお嬢さんの話をやめませんでした。
しまいには私も答えられないような立ち入ったことまできくのです。』」
夏目漱石の『こゝろ』の
文章を紬が淀みなく読んでいくのを聞きつつ、教科書の文に目を通す。
現国の授業の好き嫌いは専ら扱っている話によって決まると思っている。
実際『中島敦』の『山月記』の授業では普段あまり
読書に関心のない律も、それなりに意欲を持って授業に挑むことができていた。
しかし……この話はいったい全体何が面白いのかよくわからない。
主人公である『私』――いや、『先生』だったか?――が恋敵である『K』を
延々と観察して勝手に苦悩しているという、そんな解釈しかできなかった。
しかも恋敵である『K』の
描写が絶えず続くものだから、うっかりボーイズラブ小説かと勘繰ってしまった。
これに比べたら中学生の頃に読んだ
『ご家庭でできる手軽な殺人』という単行本の方がよっぽど面白かった。
うん?ボーイズラブ?
ホモ?同性愛?バイ?レズビアン?
授業をそっちのけて矢継ぎ早に脳裏を掠めるいかがわしい言葉たちに律は一瞬眉を顰めた。
律「……!」
出し抜けに「あの光景」を思い出した。顔に血が上っていくのが自分でもわかった。
林檎のように紅潮した顔容を立てていた教科書に慌てて隠す。
律は無意識の内に授業の内容から離れて、あの二人のことについて思考を巡らせていた。
――女が女を好きになる。この気持ちは、わからなくもなかった。
種類こそ違うが律にしたって唯や澪のことは好きだ。
さすがにキスしたい なんてことは思ったこともないし考えたこともないが。
それに正直、唯と澪がキスしていたのを目撃した時は気持ち悪いとさえ思った。
気持ち悪い……あの瞬間、律が抱いたのは嫌悪感以外の何物でもなかった。
しかし、あの光景を見てからの二日間、時折去来する感情は
それだけではなかった。嫌悪感と同等、或いはそれ異常に胸を掻き乱す感情が
あった。だが、律はその曖昧模糊な感情が何なのかを明確に判断できないでいた。
相談しようにもこんな判然としない悩み
をどう相談すればいいというのか。そもそもこのことで相談をする
ということは、イコール、唯と澪の関係を打ち明けるということになってしまう。
――――――――
堂々巡りの思考はチャイムの音によって切断された。
とうとう授業内には結論は出なかった。
紬「りっちゃん、部活行きましょ」
律「ん?そうだな……」
喉から出た声は酷く辟易としていた。
紬「ねえ、りっちゃん……やっぱり何か悩んでるんじゃないの?」
三日前。
律は最終的に自らの悩みを口にする
ことはなかったが、どうだろう。このまま一人で悶々とするよりは
やはり、誰にでもいいからこの胸のわだかまりについて聞いてもらうべきでは。
律「ムギ、少しだけ教室に残ってくれない?」
ほんの僅か逡巡して、結局律は話してみることにした。
♪
律「…………」
いざ話そうとして、けれども何も話せないで時間は過ぎていった。
頭の中をどんよりと漂う文字を律は文章にできず二人しかいない教室は沈黙が支配していた。
紬「りっちゃんの悩みって澪ちゃんと唯ちゃんのことでしょ?」
紬の指摘はまさに不意打ちだった。律は零れんばかりに双眸を見開く。
紬「やっぱり。りっちゃんも知ってたのね……」
律「りっちゃんも?ムギもあの二人の関係を知ってるのか?」
紬「うん。前から、ね」
律「どういうこと?」
紬「二週間くらい前に澪ちゃんから相談されたの」
律「相談?」
しかしあのときはなぜあんなにも狙われたんだろうな
紬「唯ちゃんから告白されたけど、どうすればいいのかって。澪ちゃんすごく悩んでたの」
気づいていなかったの、と紬は意外そうな顔をした。
律「…………知らなかったよ……うん、何も知らなかったんだ私」
その時――律の瞳に昏々とした陰が落ちたのに果たして紬は気づいただろうか。
律「そっか、あの二人付き合ってんだな。何か急に二人が遠くに行っちゃったみたいだ」
紬「……りっちゃん」
律「澪とはさ。ずっとずっと一緒にいたんだ。それこそ知らないことなんてないって
ぐらいにさ。でも知らないことがないなんてそんなワケないよな。あるわけがない。
知らないことだらけだ。今回のことも何もわかっちゃいなかったし。そんでもって……
自分のことまでよくわからなくなった。私、澪に嫉妬してんのかな?」
或いは――
律「ムギ、部活行ったほうがいいんじゃない?今頃三人とも
首長くしてムギが持ってきてくれるお菓子待ってるだろうしさ」
紬「りっちゃんも部活行くでしょ?」
律「悪い。今日は休むわ。一人になりたい。勝手にムギに相談しといてそのくせ
一人にしてくれなんて身勝手だとは思うけど……今は一人になりたいんだ」
紬「うん、でも一人で抱えこまないで。
また、話を聞いてほしくなったら言ってね。いつでも相談に乗るから」
律「ありがとう。みんなには体調が悪いから休む、って言っておいて」
♪
自分しかいない教室で、もしかしたら、と律は思う。
自分が体調不良を理由に部活を休めば、澪が心配してくれるのではないか、と。
♪
それから一週間。
律が軽音部の活動を休んだのは週初めの月曜日だけで、その日以外はきちんと出席した。
端から見れば、何ら変わりのない学校生活の日常がただただ、過ぎていっただけの
一週間だった。少なくとも律にはそう映っていた。平々凡々とした日々が特筆
すべきこともなく終わっていったようにしか思えなかった。
もっとも律が軽音部のことを
本当に大切に思っているならもっと注意しておくべきだったのかもしれない。
静かに、しかし確かに日常に異常をもたらす変化の兆候は既に訪れていたのだから。
♪
今日も例によって例のごとく、軽音部は
音楽準備室で紬の用意してくれたお菓子と紅茶を片手に、会話に花を咲かせていた。
いつも通りの光景だったが、律は密かに澪と唯の様子が奇妙だということに気がついていた。
♪
部活後。
律と澪が一緒に帰ることじたいは全くと言っていいほど珍しいことではない。
だが、二人の間に一切会話が無いというのは本当に珍しいことだった。
無論ケンカしたわけではない。
澪「……はぁ」
澪の唇から陰鬱な溜息が零れた。
律「どうしたんだ、澪?」
ようやく律も口を開いた。
澪「何でもないよ」
律「……澪はホントにウソつくのが下手だよな」
澪「う、うそじゃないっ」
律「ウソだよ」
知ってる。
澪が嘘をつく時の癖くらい。
ほんの少しだけ話し相手から目をそらして、ほんのちょっぴり唇を尖らせる。
澪が嘘を言う時に絶対にしてしまう仕草だった。
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 17:40:58.15 ID:xZGcBc/C0
おちんちんびろーん
律「何か悩みがあるんだろ?だったら私に相談しろよ」
そうだ、相談すればいい。
――今までだって澪が悩んでいた時、側にいたのはいつだって私だったんだ。
澪「…………」
律「何で黙ってんだよ?何か言えよ?何か言ってよ!?」
いつの間にか律の語気は荒くなっていた。
知らず知らずのうちに澪の両肩を掴んでいた手に力が入る。
澪「……ごめん。言いたくない」
律の手が力を失って澪の肩から離れる。
澪の声は小さかったが、強い意思を秘めていた。
澪「ごめん、でも……」
続きは聞きたくなかった。聞きたくなくて無理矢理遮った。
律「私の方こそゴメン……たくっ、私ってば何考えてんだろうな?
澪が言いたくないって言ってんだから聞いちゃダメだよなぁ……」
頭の芯が熱くなっていく。肩が震えるのを必死で堪える。
律「さっさと帰ろ帰ろっ。早く帰らないと私みたいな美少女は襲われちゃうからな」
顔面神経痛患者のように引き攣った笑顔を浮かべているであろう自分を見られた
くなくて、律は踵を返して、そそくさと澪の前を歩いていった。
言葉を交わすことは無かった。五分もしないうちに澪の家の前にたどり着いた。
澪「律、じゃあ……また明日」
別れの挨拶を告げる時でさえ、律は澪の顔を直視できなかった。
律「また明日な」
律の遥か上にある三日月にまもなく雲がかかろうとしていた。
♪
自分の部屋に入って電気もつけずに、律はベッドに飛び込んだ。
自分がわからなかった。
自分のことなのにまるで赤の他人のことのように理解できなかった。
胸の奥が滾った熔岩のように奔流する感情に襲われ、涙が頬を伝い落ちる。
どうして――どうしてこんなに涙が溢れて止まらないのか明白な理由が思いつかない。
澪が自分から離れてしまったから?もしくは、澪を自分から奪いさった唯が憎いのか。
どこかで働いていた理性が決壊しようとしている。そんな気がした。
――スカートのポケットに入っていた携帯が不意に鳴った。
枕に押し付けていた顔を慌てて上げ、律は携帯を取り出し画面を見た。
澪からメールが来ていた。
律「澪……!」
急いでメールを開こうとして……やめた。
どうして、澪に、自分の感情に、こんなにも振り回され続けなければいけない?
ふとそんな疑問が頭をもたげた。
徐々に熱に浮された思考が冷えていく。正常に回転し始めた脳みそが新鮮な空気を求める。
律は空気を入れ換えるために窓を開けようと身体を起こして、窓の前に立った。
窓ガラスに淡く映った律の目は赤く潤んでいた。
律「ふふ……」
三日月の形に割れた唇から小さな笑声が漏れた。
何を悩んでいるのだろう。懊悩などに意味が無いことくらい、わかりきっているのに。
律「そうだよ。私は何を悩んでんだ?私はハッピー百パーセントの田井中律だ。
悩む暇があるなら行動しなきゃな」
雲間から覗いた月がひっそりと律を照らし出した。
♪
それからまた一週間が経過した。
その間の律は第三者から見れば、今までと何ら変化の無いように思われた。
軽音部の皆とは普段と同じように接することができていた。
澪と話す時でさえ平生と変わらぬ接し方をすることができた。
澪がそのことに対してどのような思いを抱いていたのかは、
律にはわからなかったし先週のことについて、彼女がどのような
結論に至ったのかについても思いつかなかった。
――しかし、小さな変化が起きた。
律と澪が一緒に帰らなくなった。
澪『これからは部活の後は図書館で勉強することにする。もうすぐ三年生になるしな』
澪はその宣言以来、部活後は図書館で勉強するため一人で帰っていた。
それについて律は何も言わなかった。
ただ、いつもと同じようにからかって、ガンバレと言ってやっただけだった。
そして金曜日の今日。
そんなマジメな彼女が珍しいことに学校を欠席した。
まさか、サボタージュをする度胸は澪には無いはずなので、何か欠席には理由があるはず。
律「まあとりあえず、りっちゃん隊員としては澪ちゅわんに会いに行くべきだよな」
様子が見たいというのもあるが、単純に澪に会いたかった。
会って何でもいいから話がしたかった。
そういうわけで、現在、部活を終えた律は澪の家へ向かっている最中だった。
ただし、澪の家に向かっているのは律一人ではない。
唯「澪ちゃん大丈夫かな?」
わたしのケータイにもメール来ないし――律の隣を
歩く唯が、心配げに携帯電話の画面を見つめながら呟いた。
律「ケータイしながら歩いてると危ないぞ」
普段ならおそらく言わないであろうことを、
口にして、そのことに無意識に眉を顰めた。
唯「そうだね、危ないよね」
そう言って唯は携帯電話を閉じた。歩くペースが速くなる。
律「……」
前を歩く唯の背中を眺めながら律は黙考する。
――何を自分は苛立っているのだろう?
唯が澪に会いに行くことは、予想できたはずだ。
唯と澪は女同士でありながら、お互いに好意を抱いて付き合っているのだから。
――恋人が恋人のもとへ見舞いに行くのは当たり前のことだろ?
律「……唯」
見慣れた背中が振り返った。
唯「どうしたの?」
律「唯は澪のこと、好き?」
唯の両目が不思議そうにしばたたく。
唯「何言ってんの?りっちゃん。
当たり前だよ。りっちゃんだって澪ちゃんのこと大好きでしょ?」
素直に頷くことができなかった。
唯の『好き』と律の『好き』は字面が一緒でも意味合いはまるで違う。
澪にとって、唯は恋人で、律は幼なじみなのだ。
恋愛感情と友情はまるで違うモノ。今だって澪が心配で、唯と律は彼女の家に向かって
いるのに、二人が澪に対して抱いている気持ちはまるで違う。違うはずなのだ。
でも……だとしたらこの胸の奥で燻っているドス黒い感情は一体全体何だというのか。
唯「りっちゃん、どうしたの?コワイ顔して」
律「……何にもだよ。それやり早く澪の家に行こうぜ」
答えは――まだ出てこない。
♪
澪「入って」
澪は、自分の見舞いに来た唯と律を部屋へと招いた。
律「お、今日はけっこう片づいてんじゃん」
軽口を叩いたが、それに対して今までならあったであろう、澪の合いの手はなかった。
澪「ベッドにでも座ってくれ」
言われて唯と律はベッドに腰をかける 。
実際、澪の部屋は綺麗に片付いていた。
最近は澪の家には来ていなかったせいなのか、妙に懐かしく感じられた。
昔はこうやってよくこのベッドに座って
澪と駄弁っていたな、と思い出して、律は頬を緩めかける。けれども、
澪の暗澹たる表情はそんな律の暖かな思い出をいともあっさり胡散霧消させた。
唯「澪ちゃん、大丈夫?」
聞くまでもなく、澪の表情は大丈夫からは程遠かった。
憔悴とまではいかないまでも、澪の顔に浮かんでいるのは紛れも無い疲労だった。
唯「澪ちゃん、何があったの?」
澪「……」
どういうわけか、澪は質問に答えようとはしなかった。
律は澪の表情をじっくり窺ってみる。否、じっくり見るまでもなく、澪が何か悩みを
抱えているのは明白だった。
唯はおもむろに立ち上がると、ベッドの正面にある椅子に
腰を掛けた澪の前に、ひざまずいた。澪の手を優しく包み込んで、唯は澪を見上げた。
唯「澪ちゃん、わたし約束したよね?澪ちゃんが困ってたら絶対に助けるって」
澪「……」
唯「澪ちゃんを守ってみせる、って。澪ちゃんの悩みはわたしの悩みでもあるんだよ。
一人で抱えこまないで。わたしが側にいるから」
澪「唯……」
唯は柔らかな微笑みを湛えて、澪の頬を両手で優しく包んだ。
どこまでも暖かで真摯な言葉に澪の能面のような表情が崩れた。
澪「……っ」
嗚咽を漏らして肩を震わせる澪を唯は、優しくけれども力強く抱きしめた。
律はただ、二人を見守ることしかできなかった。
♪
澪「――先週からなんだ」
ようやく落ち着いたところで澪は改めて、唯と律に向き直った。
その瞳はまだ濡れていたが、それでも澪の表情は幾分か見れるものになった。
澪は机の隣に設置された引き出しを開けて、あるものを取り出した。
唯「これは……手紙?」
澪は小さく頷いた。
――澪いわく、何の前触れもなくその手紙は送られてきたらしい。
手紙の内容はずいぶんと汚い字での誹謗中傷、罵詈雑言であったそうだ。
39 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 17:56:53.76 ID:LPbOC+2G0
こころバージョン違いが多くね?
もっとも内容はあるようでまるで存在しないので、これが秋山家のポストに
入っていなければ、澪に対して向けられたものかどうかすら判断できなかっただろう。
ただ手紙は一枚には収まらなかった。
最初にその手紙が投函されてから二週間。手紙の合計は七枚にも及んだ。
そのどれもが、似たり寄ったりな内容ではあったが、
送られる側としてはやはり不愉快極まりないものでしかなかった。
何より澪は繊細な少女だった。
正体不明の誰かから送られて来る手紙なんてものに、恐怖心を感じずにいられるはずがなかった。
澪「それにこれだけじゃないんだ……」
――今週に入って更なる変化が起きた。
図書館に通い出してから今日で五日目。
澪は昨日までの四日間誰かにつけられていたそうだ。
最初、澪は気のせいだと思っていたが、
日にちが経つにつれて自分が誰かにストーキングされていると、確信を持つに至ったらしい。
澪「それで、恐さに耐え切れなくなって今日は学校を休んだんだ」
律「……なるほどな。そういう事情があったわけか……ってどうしたんだよ唯?」
なぜか、今度は唯が沈黙して青ざめだまま固まっていた。
心なしか白くなった頬は氷の膜でも張ったかのように硬くなっている。
唯「う、ううん何でもだよ」
明らかに動揺しているのを唯は隠そうとして、しかし全く隠せていなかった。
4
澪「唯……?」
澪の表情が不安に曇る。
唯「大丈夫だよっ澪ちゃん。私がついてるからね」
唯の言葉は奇妙な程頼りなかったが
それでも澪には心強く聞こえたのか、少しだけ安心したように胸を撫で下ろした。
澪はまるで唯の動揺に気づいていなかった。
自分のことで精一杯で気づくことができなかったのだろう。
律だけが、今この場で唯の小さな狼狽に気づいていた。
律「でも、誰が澪にそんな嫌がらせをしてるんだろうな?」
律は何気なくぼやいただけのつもりだったが、唯と澪は黙って何も言おうとはしなかった。
二人が黙ってしまったので、律も必然的に口を閉ざすことになった。
――霜が下りたかのような沈黙を打ち破ったのは、律の携帯電話の着信音だった。
律はポケットに突っ込んでいた、電話を取り出してメールを開いた。
紬からだった。メールの内容は――
『澪ちゃんの様子はどう?家にはいましたか?来週は皆で 揃ってティータイムができることを願っています』
♪
その週も次の週も表面上は比較的平穏無事に推移した。
澪に届けられる不吉な手紙は相変わらず、続いている。
変化も起きた。
澪が図書館に行くのをやめて皆と一緒に帰るようになった。
唯と律は放課後は澪の家にできるだけ足繁く通うことにした。
しかし澪は紬と梓には、自らが今置かれている状況について一切説明していない。
皆に心配をかけたくないと澪が、突っぱねたからだ。
とにかく澪は気丈に振る舞って、決して自分が陥っている状況を周りに悟らせなかった。
澪が今置かれている状況を知っている人間としては
奇妙な感想かもしれないが、正直言って律は感心していた。
いつの間にこんなに強くなったのだろう――そう思わずにはいられなかった。
昔の澪ならとっくに音を上げて、
律に縋り付いてたとしても全くおかしくなかったはずだ。
澪の変化の理由は、やはり唯に関係しているのだろうか?
澪のことを考えていたのに不意に唯の姿が脳裏に浮かんだ。理由もわからず肺腑が熱くなる。
律は考えるのをやめた。
どんなに思案しても、自分を苛む問題に対する解答は出ないのだ。考えるだけ無駄だ。
律「うわ……雨降りそうじゃん」
見上げた空には、分厚い雲が立ち込めていた。
雨なんてクソくらえ、と、まもなく泣き出すだろう空に毒づきつつ、律は澪の家へ急いだ。
♪
朝、律が寝坊をして澪を待たせてしまうことはそれほど珍しい
ことではなかったが、逆のパターンというのはなかなかどうして新鮮だった。
五分程待って、ようやく澪が玄関から出てきた。
澪「遅れてごめん」
寝不足のせいなのか澪の目は充血していた。ここのところ、
澪はずっとこんな調子だ。睡眠時間が足りていないのは誰が見ても明らかだろう。
律「澪、大丈夫か?」
澪「大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけだから」
これに似たような会話は既に何回かしていた。
しかし、律がどんなに案配を確認したところで澪は同じことしか言わなかった。
♪
律の不安は的中した。
澪は休み時間に保健室に行ったらしい。熱を測ると三十八度六分もあって昼前
に帰宅した――という話を放課後、たまたま廊下ですれ違った和から聞くことになった。
和「それと、もう一つ唯のことで話があるんだけど……時間あるかしら?」
律「唯のこと?何の話?」
和「悪いけど、ここじゃ話せない。生徒会室に行きましょ」
♪
放課後、病欠した澪の家を唯と律は訪ねた。
もっとも澪の熱は昨日から全然下がっていなかったので、
ほとんどまともにしゃべることはできなかった。律としては昨日の
放課後に澪の家を訪問していなかったので、少しでも話をしたかったが、
それで風邪に苦しむ彼女を余計に苦しめるのは嫌だったので何とか我慢した。
澪へのお見舞いを早々に済ませ、唯と律は昨日と同じ曇り空の下を二人一緒に歩いていた。
普段通りであれば、唯と律は澪の家から
帰る時はそれぞれの家に真っ直ぐ帰宅するところであったが、今日は違っていた。
律はぼんやりと昨日の和と交わした会話の内容を反芻していた。
和『これは私の勝手な思い込みかもしれないっていうのをあらかじめ言っておくわ』
和はそう前置きをしてから話を始めた。
ほ
和『二週間くらい前……ちょうど澪が休んだ日あたりかしら。
……その日から唯の様子がおかしい気がするの。
はっきりとはわからないけど、一緒に登校する時とか妙に後ろを振り返ったりとかするし。
それに本人は自覚してないかもしれないけど、
日が経つごとに疲れた顔をしてることが増えてる気がするの。
なのに私が何を聞いても唯は何にもないよ、の一点張りだし。
あの娘が何かに悩んでるのをただ黙って見ているなんてできない。
律は何か唯のことで知らない?
何でもいいの。何か知ってるなら教えて』
和はそう捲し立てたが、律は首を振ることしかしなかった。
ただ、唯のことは気になった。
その日は唯には何も言わなかったが、
結局次の日になって部活が終わった後、二人だけの音楽室で思い切って尋ねてみた。
50 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 18:08:08.50 ID:xZGcBc/C0
なんでタイトルスペース空けたの?
律『唯……最近何か悩んでない?』
唯『……どうしてそう思うの?』
律『見てればわかる』
真っ暗な音楽準備室に二人の声だけが、ひっそりと木霊した。実際、唯の表情が
自分の知っているものよりも暗く見えるのは明かりが灯ってないせいだけではあるまい。
唯『そっか。うん、そうだね。りっちゃんにだけは話そうかな……』
唯は訥々と語り出した。
――送られて来る嫌がらせの手紙以外にも、もう一つ澪を悩ませているものがあった。
正体不明の誰かによるストーキング行為。もっともこれは、
律と唯の二人と一緒に下校することによって回避することができていた。
だが――ストーキングされていたのは澪一人ではなかった――唯もまた、その被害者の一人だった。
唯『澪ちゃんが誰かにつけられてるって聞いた時、わたし、驚いたんだ。
だって澪ちゃんまで、そんな目にあっているなんて思わなかったから』
酷く力の抜けた声が律の耳朶を撫でた。
続けて唯は律に言った。その声もやっぱり何かが欠けていた。
唯『今日だけでいいから……今日だけ、
澪ちゃんの家から帰る時、りっちゃんに着いてきてほしいな』
――そんな流れで、曇天の下を律は唯の隣で彼女に歩調を合わせて歩いていた。
唯「ねえ、りっちゃんは澪ちゃんのこと好き?」
不意に投げかけられた唯のその質問はいつか二人で、
澪の家へ向かっている時にも彼女が律にしたものだった。
あの時、律は頷くことができなかった。
でも今は、はっきりと頷くことができた。
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 18:09:29.86 ID:BTjBmKON0
こころ……か。
唯「そっか……りっちゃんも澪ちゃんのことが大好きなんだね」
唯の呟きに混じって背後から足音が聞こえてきた。
唯「わたしも澪ちゃんのことが大好きだから 澪ちゃんにもわたしのことを好きでいてほしいんだ」
律「……そっか。私も澪には私のことを好きでいてほしい――いや……私のことだけを好きでいてほしい」
喉が熱い何かを飲み下すかのように震える。気づけば律は宣言していた。
律「ううん……私のことだけを好きでいてほしい」
僅かに俯いた唯の表情に影が差した。
しかし、それは本当に一瞬のことだった。
今度は唯の耳にも届いたらしい。二人の背後で何かが音を立てて道路に落ちた。
唯が振り返ったのを見て、律も初めて自分の背後を振り返った。
傘が曲がり角のあたりで横たわっていた。持ち主らしき人間は見当たらない。
律「誰かいるのか!?」
もちろん反応はなかった。あたりを十分に見回した後で、律は傘を回収した。
律「……!」
手に取ってみて、律はこの傘に見覚えのあることに気づく。いや、
見覚えがあるどころではない。今朝だってこの傘を持って登校する姿を見たではないか――
唯「りっちゃん、早く帰ろ」
まるで何もなかったかのように唯は踵を帰して、先へ進んでいた。律は慌てて後を追った。
五分も経たないうちに、唯の家の前まで来ていた。
唯「りっちゃん、ありがとう」
突然の唯の場違いな一言に律は思わず、眉を顰めた。
律「何言ってんだ……?」
唯「りっちゃんはわたしの相談に乗ってくれたでしょ?」
――後になって、律は自分が唯の発した言葉の意味を間違って理解していたことに気づいた。
律「相談って言ったって、ほとんど何もしてないだろ」
唯「そんなことないよ。本当にありがとう」
なぜだろう。
この時の唯の表情を形容する言葉が律には出てこなかった。
悲しそうでもあり、嬉しそうでもあり。
或いは、何かに束縛されていながら、
何かから解放されたかのようでもあり。
もしくは、儚げでありながら、どこかしたたかな印象を与え。
――そんなチグハグな表情を浮かべた唯に律は、何か予感めいたものを感じずにはいられなかった。
唯「 」
白い息が言葉を紡いだ。 それが――律にとって最期に耳にした唯の言葉だった。
♪
次の日。
放課後、いつもなら律が向かうのは音楽準備室だったが、この日は違っていた。
律は唯の家へ向かっていた。得体の知れない何か……強いて言うなら嫌な予感に
攻め立てられるように足早に彼女のもとへと向かった。
きっかけは昼休み、唯から送られてきた一通のメールだった。
『放課後、家に急いで来てほしい』
酷く無愛想なメールだったが、どういうわけか
律は胸騒ぎにも似たものを感じて、終礼が終わると同時に学校を飛び出した。
知らず知らずのうちに走っていたせいか、 唯の家に着くのにそれほどの時間は要さなかった。
インターホンを押す。
反応はなかった。もう一度押してみる。反応無し。もう一度押す。押す。押す。押す――
律「どうしてメールで来いって言ったくせに、出てこないんだよっ……くそっ」
胸を焦がすような焦燥感が律から冷静な判断力を奪っていた。
普段なら絶対にしないが、不法侵入などに構うことなく律はドアに手をかける。
律「うそ……」
――ドアが開いた。
♪
――唯の部屋の扉は閉まっていた。
唯の名を呼んでみてもドアをノックしても返事はない。
まさか寝ているのか……?
焦燥にかられていた律はドアノブを捻ってドアを開いた。
――律の予想は半分は当たっていた。
確かに唯は寝ていた。
俯せで。
赤い夕日が照らす血溜まりに身を沈めて。
一ヶ月近く前、唯と澪がキスをしていたのを 目撃した時と同じように脳の芯が痺れて、思考が麻痺する。
初めて嗅いだ血の臭いが、鼻孔を刺激して吐き気を促した。
律「ああああぁぁぁ……」
喉を食い破って悲鳴が這い出ようとしていた。
今まで自分の中で維持してきたものが、音をたてて崩れていくのがわかる。
――取り返しのつかないことが起きてしまった。
それでも、律は誰かに暗示でもかけられたかのように、部屋の机に眼をつけた。
机の上には手紙が置いてあった。
手紙を見て、ギョッとした。
律はそれに引き付けられた。夢中になってその手紙の封を切る。
手紙に並べられた丁寧な文字に目を通す。
量は決して少なくなかったが、内容自体は簡単なものだった。
――これは遺書なのだろうか?
内容は軽音部を始めとする皆や両親への感謝と、死ぬことに対する謝罪だった。
遺書と言うには、酷い違和感があった。
どちらかと言えばそれは日記の何気ない一頁のようなそんな印象を律に与えた。
しかし、手紙の裏面には続きがあった。
そこには律に対する礼の文章と澪のことを頼むという旨の文章が綴られていた。
ただ、最後の一文だけはそれまでの文字と違い乱暴に書かれていた。
――もっと早く死ぬべきだった。
たった一文でありながら、あまりにも痛切なそれは
律の肺腑を深く深くえぐって、ゆっくりと墨汁のように染み込んでいった。
震える手で手紙を再び封の中へ入れ、もとあった位置にそれを置く。
そうして振り返って、律は壁に迸っている唯の血潮を初めて見た。
♪
ゆったりと進んできた日々は、見る影も無く崩壊した。
凄惨たる日常だけが壁にこびりついた血のように残った。
様々なことが一度に起きすぎて、
一介の女子高生に過ぎない律はただひたすらに状況に流されることしかできなかった。
怒涛の一週間に律はただ翻弄され続けられた。
それから更に一週間。周りの状況が鎮静化し始め、
ようやく律は澪のもとへと足を運ぶ余裕を時間的にも精神的にも持つことができた。
律「澪、いるか?」
久々に訪れた澪の部屋の扉は閉ざされていた。
――澪は唯の死以来学校に来ていなかった。
一応ノックをして、それからドアを開ける。
窓から差し込む黄昏れの光がベッドに腰掛ける澪を赤く照らしていた。
澪の横顔は長い黒髪に隠れて見えない。
一瞬、澪の膝の上に乗っているノートが気になったが、無視して澪の名を呼んだ。
律「澪」
呼ばれて初めて律に気づいたのか、ゆっくりと彼女の首がこちらを向いた。
――ぞっとした。
湧き出てきた感情は、久々の再開に対する
歓喜ではなく、変わり果てた幼なじみに対する恐怖だった。
狂気を孕んだ視線が律をいぬく――知らず知らずのうちに息を呑む。
憔悴しきっていながら、夕日の赤を浴びる双瞳だけは爛々と不気味な光を放っていた。
澪「唯は……唯は、どこ?」
律は数瞬迷って、答えた。
律「どこにもいない。唯は死んだんだよ」
澪が目を零れんばかりに見張る。不思議なことに
この時、律の目には澪が口を開くのが奇妙な程、緩慢に映った。
澪「―――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!!」
劈くかのような悲鳴が律の鼓膜を貫いた。
命そのものを絞り出してしまうかのような絶叫だった。
唯が死んだという事実に抗うかのように床に両の手をついて、激しく背を震わせる。
時折悲鳴に混じって、唯の名が口許から荒々しい吐息とともに漏れる。
――――永遠に続くのではないのかと、思われた慟哭が止んだ。
澪「ゆ、い……」
いつの間にか床に横たわっていたノートを拾い上げて澪は、それを開く。
開かれたノートの頁には沢山の文字が 敷き詰められていた。内容は、はっきりとは
視認できなかったが、それでも日記らしきものが書かれているのは、何となくわかった。
唯の存在が澪の中であまりにも大きなものであったのだということ を今更にして律は認識した。
無意識のうちに握っていた拳が白くなる。
律「澪……」
澪「ゆい、ゆい、ゆい、ゆい、ゆい、ゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆい
ゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆい――――」
律の言葉は澪には届いていなかった。
壊れた彼女はただひたすらもうこの世にはいない恋人の名前を呟き続ける。
自分がどうしてここにいるのかわからなくなった。
明確な目的と意志を確かに握りしめて、ここに来たというのに……何もできない。
どうして……いや、解答はあまりにも単純で明快だった。
澪が今求めているのが、律ではなく唯であるというただそれだけの理由だった。
それだけ――しかし、律にはあまりにも辛辣な事実だった。
♪
唯の死は唯の死という事実だけに収まらなかった。
軽音部――放課後ティータイムは
唯の死を皮切りに一切合切、僅かな容赦もなく刹那の間に崩壊した。
唯の死は澪の精神を根こそぎ叩き潰して、彼女をただの廃人へと変化させた。
正常に機能していた日常の歯車は全て漏れることなく狂って、唯の周囲を不幸に導いた。
今まで輝いて見えた律の景色は、暗澹たるモノクロに取って代わってしまった。
律「でも、たとえそうだとしても……」
――せめて澪だけは、澪だけはもとに戻す。昔の澪を取り戻す。取り戻してみせる。
状況は絶望的だったし、律自身辟易としていたが、
それでもその想いだけが律を突き動かした。微かな希望の
残滓を胸に、律はその日も澪の部屋のドアをノックする。
――返事はまだ、ない。
♪
来る日も来る日も律は、澪の家へ通った。
ひたすらドアをノックし続けた。
拒絶されようが、目覚まし時計を投げつけられようが、
罵声を浴びせられようがドア越しに澪に訴え続けた。
愚直でしかなかったと思う。
馬鹿でしかなかったと思う。
でも、そうだったとしても澪を諦めることだけは絶対にしないつもりだった。
たとえこの先、十年経とうが二十年経とうが、
百年経とうが、律は諦めるつもりなんて、まるで無かった。
ただもう一度、澪の笑った顔が見たい。
また、一緒に駄弁りあいたい。
自分に向かって微笑む澪を抱きしめたい。
――律が澪のために必死になる理由なんて、それだけで十分だった。
ほ
69 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 18:39:45.27 ID:XGASQcOe0
こうやって改めて読んでると、この律マジで最低だな
澪と一緒になる資格なんて無いんじゃないか
♪
その日――澪の部屋のドアが開いていた。
律「澪……」
一ヶ月振りに見た澪は最後に見たあの日と同じで、ベッドに腰を掛けていた。
澪の膝の上に乗っていたノートは開かれていた。
もっとも、注ぎこむ淡い夕日の光が反射して、律には何が書いてあるのか見えないが。
律「澪」
ゆっくりと澪は首を動かして、こちらを見た。
――酷く虚な瞳だった。
あの日見せた狂気はもうどこにも存在していない。
律「澪……」
徐々に澪に近づいていく。一歩、二歩――
澪「律」
澪に名前を呼ばれたことが、あまりにも懐かしくて――律は思わず立ち止まってしまった。
澪「私は……私は、唯が死んだって事実を今まで認めることができなかったんだ」
淡々とした声だった。十年以上の付き合いがあるにも関わらず、ここまで感情の抜け落ちた澪の声は初めて聞いた。
澪「私、自分では自覚してなかった。唯のことがこんなにも好きで好きで仕方なかったんだってことに。
唯が死んでそれで初めて知ったんだ。唯がどれだけ私にとってかけがえのないものだってことを。
自暴自棄になって、その唯の死から逃げようとしたけど ……無理だった。
どんなに自分の殻に篭ったところで、現実は変わらなかった……っ」
澪の言葉はそれ以上続かなかった。 開いたノートに雫が落ちる。
律は、気づいたら澪を力強く抱きしめていた。
澪も縋るかのように律の身体を抱きしめ、服を強く掴む。
背中に澪の爪が食い込んでいたが、 構わず律は、自分の胸に顔を埋めて泣いている澪の頭を優しく撫でた。
声すら漏らさず、騒ぎもしない、
静かな号泣だった――唯の死から一ヶ月の間、澪はひたすら闘ってきた。
いや、彼女の闘いは自分に手紙が送られてきたその日から、始まっていたのだろう。
律「――澪。辛いかもしれないけど、聞いていてほしい。
唯の遺書には澪のことも書いてあった。沢山、沢山。本当に
どうしたらこんなに言葉が浮かぶのか、ってぐらいにさ。
澪が唯のことを大好きなように、唯も同じくらいお前のことを大切に思ってたんだよ。
だから、遺書には自分が死んだ後、澪のことを頼むって書いてあったんだ。
私宛に、な。けれど、唯の遺書にそれが書いてあろうがなかろうが私には関係ないよ。
私も澪のことが大切。すごく大切なんだ。
だから、唯が澪を守ろうとしたように、これからは私が澪を守るよ」
そうだ。ほんの少しずつでもいいから、ゆっくりと歩んでいこう。
――もう、誰も私の邪魔をする存在はいないのだから。
澪「り、つ……っ」
律「澪は頑張ったよ。今までずっと頑張ってきたんだ。だから少しくらい休め。
休んで、そしたらまた私と一緒に学校に行こう。楽しいことをいっぱいしよう。
ムギも梓も、澪のことをずーっと待ってる」
たった数ヶ月の間に様々なことが起きた。
起きすぎたくらいだった。
色々なことが起きて、色々と失って、色々と悩んで、
色々と思い知って、そうして一つの答えにたどりついた。無くしたものはあまり
にも、尊いものだったが、それでも最後の最後、一番大切なものだけは守り抜いた。
律「澪……」
この先にもきっと困難は自分たちに立ち塞がるだろうし、その度に何度も
立ち止まるのかもしれない。けれど、それでも澪と一緒なら絶対にどうにかできる。
律「これからも、よろしくな……澪」
澪「――うんっ」
窓から差し込む柔らかな夕日が、抱き合う二人を確かに照らしていた。
ほ
ちーんちーん
76 :
修正有り:2010/05/06(木) 19:17:20.14 ID:Zi9Rt5TA0
♪
その日も、律は澪の部屋にいた。
澪と二人で――澪と律は二人一緒に並んでベッドに座っていた。
澪は唯と付き合うのをきっかけに、その日から日記をつけ始めた。律は自分に身体を預ける彼女の温もりを 感じつつ、その日記に目を通していた。
澪らしい丁寧な細かい字で書かれた数々の思い出の中には、 一ヶ月間、自らの殻に閉じこもり部屋に引きこもっていた時のことまで執筆されていた。
もっともこの時に限って言えば、精神的安定を極端なまでに欠いていたせいか、 それまでの字とは打って変わってミミズが這ったかのように酷い字が並べられていた。
律「――あれから一週間、か」
澪が復活の兆しを見せたあの日から、今日で一週間になろうとしていた。
澪は相変わらず、学校へは登校していない。 けれども、徐々に良い方向に向かっているのも確かだった。
澪は少ないながらも、以前のように笑うようになった。 口数も徐々にではあるが、増えてきている。
今でも隣を見れば、穏やかな寝顔がそこにある。無意識に律は、彼女の黒髪を撫でた。
律「……!」
不意にあることに気づいて、律は心臓を鷲掴みされたかのように息を呑んだ。ほとんど同時に携帯電話の着信音が鳴る。
――電話の着信音が、日常の崩壊を告げる、不気味な鐘の音のように聞こえた。
♪
しとしとと降る雨が律の気分を
僅かに鬱屈とさせたが、それでも傘を差して唯の家へ向かった。
律の、放課後に唯の家に行って彼女に手を合わせるという習慣は今も継続している。
けれども休日に唯の家を訪ねたのは始めてだった。
傘――唯が自ら命を絶った日の前日、一緒に帰る律と唯を
ストーキングした人物が落としたと思われる傘――持ち主は既にわかっている。
律の歩くペースは無意識に速くなっていた。
♪
傘の持ち主――琴吹紬は仏壇の前で手を合わせていた。
紬「わざわざ呼び出してごめんなさい」
紬はゆったりと振り返って今まさに部屋に足を踏み入れた律を一瞥した。
♪
♪
♪
律「それで、メールで話したいことがある、
ってわざわざ唯の家に呼び出して、一体全体何のようだよ?」
自然と声が刺々しくなる。
紬「……私、どうしても唯ちゃんに謝りたくなったの」
律「謝りたくなった?」
紬「唯ちゃんだけじゃない……澪ちゃんにも」
紬のかんばせに深い悲しみがたゆたう。
後悔しても後悔しきれない――そんな表情を浮かべた。
紬「もっと早く気づくべきだった。りっちゃん」
紬の言葉に含まれた氷剣は、律の肺腑を一切の遠慮も無くえぐり取った。
紬「――どうして、唯ちゃんを殺そうと思ったの?
どうして澪ちゃんをあそこまで苦しめたの?」
♪
律「――で、こういう場合ってやっぱりとぼけるべきなのか?
それとも証拠はあるのか、とか聞くべきだと思う?」
紬「……」
律は壁に背中を預けた体勢で紬の表情を窺う。
紬は無理矢理こしらえたとわかる無表情で、口を開いた。
紬「証拠なんてない。でも……おかしなことが幾つかあるわ」
律「たとえば?」
紬「私が最初に違和感を抱いたのは、りっちゃんが、唯ちゃんと澪ちゃんのことで
私に相談した時よ」
吹けば飛んでしまうかのような微かな疑問。
けれども、紬が律に疑惑の眼を向けるきっかけになったのは、間違いなくそれだった。
紬「唯ちゃんは、澪ちゃんに告白する前にね、
私に相談してきたの。澪ちゃんはどんな人が好きなんだろう、って」
律「……それで?」
紬「私は唯ちゃんにこう言ったの。
私よりもりっちゃんの方が澪ちゃんのことには
詳しいはずだから、りっちゃんに聞いたら――って。
実際、唯ちゃんは、じゃあそうする、って言ったの。
もし、唯ちゃんが私が言ったとおりにりっちゃんに
相談していたなら何か二人の関係について知っててもいいはずなのに――りっちゃんは
あの時まるで二人が付き合っていることも、全く知らないかのような振る舞いを見せたし、
唯ちゃんから相談をされたとも言わなかった」
律は何も答えず、紬の次の言葉を待った。
紬「それだけじゃない――りっちゃんは澪ちゃんが日記をつけていたことは知ってるわね」
律「まあな」
紬「四日前、澪ちゃんの家に行ったの」
そういえば……律は澪が三日前に話していたことを思い出す。
紬が澪の家を訪ねたことについてそれとなく触れていた。
律「澪が言ってたけど、ムギもそういや、澪のとこに時々顔出してたんだな」
紬「ええ。そして四日前、澪ちゃんの顔を久々に見て、色々なことを話したの。
唯ちゃんやりっちゃんのことや、梓ちゃんや軽音部のこととかも――それで澪ちゃんが
日記をつけてるって話になって、その日記を見せてもらったの。
最初は少し恥ずかしがってたけど……その日記を見ていてある法則に気づいたの」
律は図らずも唇を噛んでいた。
律「法則、ね。私も日記には目を通したよ。でもわかんなかったけど」
紬「後でもう一度見てみればいいわ。澪ちゃんを散々苦しめた手紙が送られて来る日には
決まってもう一つあるものが来てたの――もっともこの法則が当て嵌まるのは澪ちゃんが、
唯ちゃんとりっちゃんと一緒に帰るようになってから以降だけれどもね」
睨むかのように細められた紬の目が、冬の水面のように静かに律を見つめた。
紬「りっちゃん――あなたよ」
もちろん、律自身、既にそれについては気づいていた。
紬「それだけじゃない。
澪ちゃんがストーキングされるようになったのも、澪ちゃんが図書館へ行き始めてから。
つまり、りっちゃんと一緒に帰らなくなってから。
そしてストーカーが澪ちゃんをつけるのを止めたのも、
りっちゃんが、澪ちゃんと唯ちゃんと一緒に帰るようになってから……これは偶然かしら?」
――それとも必然?
紬の問いには答えず、律は逆に質問し返した。
律「唯が死ぬ前日。私と唯をつけてたのはなんでだよ?」
紬「唯ちゃんからね、あの日の前日の夜に電話が来たの」
その時のことを思い出しているのか、紬の表情は悲しみを漂わせた。
紬「唯ちゃんが自殺した二日前――唯ちゃんが澪ちゃんの
家から帰ろうとした時、りっちゃん、背後から唯ちゃんを襲ったそうね」
律「襲った、ね……まあ、確かに背後から襲いかかる形にはなっちゃったけど……
別にそんなつもりは最初はなかったんだよ。
澪へこ手紙をポストに投函して、適当に付け回す。
ついでに唯が一人で澪の家に行ったときは、今度は唯をストーキングする――そんな
ことをしばらくは続けてて、その日もただ、ストーキングしてただけだったはずだった。
……けれども、我慢できなくなった。いつも通り唯の背中を追っているだけねつもり
だったのに、唯が澪を独占しているのかと思ったら何か、目の前が真っ赤になって……」
気づいたら律は唯の背中を力任せに突き飛ばしていた。
地面に倒れ伏す唯に律は、馬乗りになって、耳元でひっそりと、陰惨たる呪詛を呟いた。
――澪を返せ――
自分の声が自分のものに思えなかった。
自分の声帯を誰かが、勝手に使って勝手に声を出したかのような――とにかく
自分が自分じゃなくなってしまうかのような恐怖が律の全身を冬の寒さ以上に震わせた。
それだけ呟いた時には冬の寒さが冷静な思考を呼び覚ましていて律は全力で逃げた。
怖かった。何もかもが。全てが全て。自分の周りを取り囲む
有象無象が、とにかく怖くて怖くて仕方なかった。
律「唯のやつ、さすがに私がストーキングしてた犯人だって気づいたはずなのにな。
何で私を糾弾しなかったのか……私には未だにわからない」
何より、どうして唯は自殺したのだろう。
紬「唯ちゃんはね、りっちゃんが犯人だって、もちろん気がついてた。
澪ちゃんを苦しめたのも、唯ちゃんを苦しめのも全部理解してた。
唯ちゃんは今までの経緯を全部説明してくれた。
説明した後、電話越しで、唯ちゃんは泣いてた。
どうしたらいいのかわからないって。どうすればいいんだろう、って。
でもね、ずっと泣いてた唯ちゃんが突然、泣き止んだの――わたしが何とかする、
力強くそう言ったわ。
唯ちゃんは続けて、だからムギちゃんは何もしないで見守っていてほしい、って
私に頼んだの。だから私は何もしないでおこう、そう思ったけれど……」
律「じゃあ、それで……」
紬は小さく頷く。
紬「りっちゃんと唯ちゃんが二人だけで、音楽準備室に残る、って言ったから、
気になってこっそり音楽準備室の扉の前で、盗み聞きさせてもらったわ」
ほ
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 19:44:24.73 ID:JajUxCBRO
さるさんくらったか?
あとコイツは本当にこころの作者なのか?
89 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 19:53:48.39 ID:vWviUI4p0
一応ほ
90 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 19:55:01.12 ID:0ePWKBPw0
またお前かwwwwwwwwwwwwww
91 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:05:24.42 ID:xZGcBc/C0
ちーんちーんぽーこぽーこ
律「なるほど、それで私と唯のことが気になって後をつけたのか」
紬「自分自身の目で確かめたかった。りっちゃんが本当に犯人なのか、って。
それで確信したわ。間違いなくりっちゃんが犯人なんだって」
心なしか青ざめた紬の唇から漏れでた吐息は震えていた。
紬「りっちゃんは気づいてた?唯ちゃんたちをつけつてた
私が傘を落とした時以外、りっちゃんは一度も後ろを振り返らなかったのよ」
ある種、当たり前の話だった。
犯人である律には後ろを振り返るべき理由などなかったからだ。
律「まあ、真剣に話す唯に引きこまれていたってのもあるけど」
唯がまるで背後を振り返らなかったのも、犯人は背後ではなく目の前にいたのだから、
当たり前のことだった。
律「……はは、まさかな、こんな形で糾弾されるなんてな」
でも。
ここまで全てのことがつまびらかになっていきながら、
唯の行動の理由も、彼女の自殺の理由も律にはわからなかった。
紬「りっちゃん、最初の質問に答えて。どうしてあんなことをしたの?」
唯の自殺の理由はまるでわからなかったが、律の行動の理由はあまりにも簡単だった。
律「唯から澪を奪い去りたかった」
律「澪には私だけを見ていてほしかった」
かつて唯に向かって告げた言葉が無意識に律の口から出ていた。
あの時の唯がどんな顔をしていたのか、今は、もう思い出せない。
けれどもあの時の自分の気持ちは明確に覚えている。
胸を焦がすかのような焦躁と澪を恋しいと思う気持ち。そして唯への身勝手な敵意。
唯が澪に告白する際に、律に相談したことがあった。
律は深く考えなかった。深く考えることを拒絶した。
唯と澪が恋人同士になる――その事実から目を背けた。
だが、間もなく訪れた現実に、律はうちひしがれた。
二人がキスしていたのを見て、二人が仲睦まじく会話をしていたのを見て、唯の胸で
泣く澪を見て、湧き出て止まない嫉妬心を抑えれことなんて、できなかった。
何より自分に嘘をつき続けることができなかった。
律「最初は、自分が澪のことを好きだって認めるのが怖かった」
――だって私は女で、澪も女なんだぜ。
額を押さえた律は天井を仰いだ。
95 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:09:49.94 ID:XGASQcOe0
さるよけ
96 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:11:01.41 ID:WwW/FWBd0
wwwwww
律「唯に感心したのは、澪を好きになった、
それだけじゃなく、周りに相談してまで、澪にコクったってことなんだ。
私にはそんな勇気はなかった」
だから――
律「唯も澪も両方追い詰めた。
唯を殺すつもりなんて無かったけど、
追い詰める気はあった。澪もそうだ。私が追い詰めて、
私を、私だけを頼るように仕向けた。私に依存してほしかったから」
結果として、それは成功した。上手く行き過ぎたくらいだった。
ただし、沢山のものを代償にして、だが。
紬「そう」
その一言だけを置いて、紬は身を翻す。
律はその背中にかける台詞を持ち合わせてなどいなかった。
――いや一つだけある、か。
律「ムギ、一つだけ聞きたい。どうして唯は自殺したんだと思う?」
紬は一瞬だけ、律を振り返った。
紬「明日、現代文の課題があるから、きちんとやってきてね」
98 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:12:34.49 ID:L/7hMlGT0
さる
99 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:12:59.18 ID:XGASQcOe0
さるさんよけにかきこんでやんよ
♪
律「なるほど、な」
面白い偶然もあるもんだ、と律は独り言ちた。
現代文の課題の範囲である『夏目漱石』の『こゝろ』の文書を 目で追いつつ、問題を解いていく。
苦手なはずの現代文の問題が、不思議なほど簡単に解けていく。
律「まるで、この『わたし』は私で、『K』は唯で、『お嬢さん』は澪じゃん」
自分の行動はそっくりそのまま、この物語の『わたし』を
なぞったかのようだ――馬鹿馬鹿しいと思いつつも、笑い飛ばす気にはなれなかった。
いよいよ課題の最後の問題を解こうとして、律の手が止まった。
問題文を読んで、数回教科書の最後あたりの文書を目で追っていく。
最後の問題はこんな問題だった。
『Kの自殺の理由を二つ挙げよ』
自殺の理由。
『K』の自殺。
――唯の自殺の理由。
『K』の遺書に残された最後の一文と唯の遺書に残された最後の一文。
――どうしてもっと早く死ななかったのか。
全く内容は違うし、そもそも『こゝろ』の遺書には澪――つまり『お嬢さん』の
名前は一切出てきていないが、それでも、何か、運命的な何かを感じずにはいられなかった。
数分間考えて、結局板書してあるはずのノートを開く。
答えは二つ書いてあった。
一つは――教科書の本文通り、 生きていたために自らの道を踏み外してしまったという理由。
もう一つは――生きていたために 信頼していた『わたし』の裏切りを知ることになったという理由。
律「そういうことなのか……?」
唯が死んだ理由。
前者は無いにしても、後者の可能性は十分にあるのでは?
もっと早く死んでいれば、律が、唯を、澪を苦しめていた 犯人だと知ることはなかったはず。
律の裏切りが唯の心にどれほどの傷を追わせたのかは、わからない。
死に追いやるほどに致命傷だったのか。それとも……
律「……いや」
でも、何かが決定的に足りない。
その理由が唯を自殺にまで追い詰めたというのには、どこか納得できない。
あと一つ。何かが足りない。何かが――
机上の携帯電話が鳴って律の思考が切れる。
電話を開いてみると、予想通り、紬からだった。
――律が紬に糾弾されても、 こうして落ち着いて問題に打ち込めているのには、確信があるからだ。
紬は絶対に律が唯や澪にしてきたことを誰にも言わない、という。
今、この状況で仮に律が澪たちを苦しめてきた張本人だと、
たとえば澪が知ったらどうなるか――優しすぎる紬がその後の
ことに思考を巡らせれば、そんなことは絶対にできるはずがなかった。
紬からのメールに返事をして、その日は結局寝ることにした。
♪
軽音部は実質崩壊したも、同然だったため、 律は放課後は唯の家へと直行することにしていた。
相変わらず無用心というのか、施錠がされていないので律は、何事もなく家に上がれた。
勝手知ったる風に律は、仏間に行こうとして、その足が止まる。
律「……なんだ?」
何か、暗い呪詛のようなものが耳孔を掠めた気がして、律は音のする方へと視線を向けた。
そこはたしか、律の記憶が正しけれだ洗面所であったはず。
律は知らないうちに、その不気味な声のする洗面所へと足を進めていた。
104 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:22:01.24 ID:JajUxCBRO
さるよけ支援
期待している
105 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:25:13.54 ID:XGASQcOe0
もうすぐ前回のラストに追い付くね。そっからどうすんのか見届けてやるよ
♪
廊下と洗面所を仕切るドアを開けて、律は絶句した。
息をすることすら、忘れて零れんばかりに目を見張る。
様々な種類の感情が律の胸に濁流のように流れこんで、律を酷く困惑させた。
律「ゆ、い……」
洗面所の鏡を両の目を見開いて、唯は鏡に映った自分の頬を撫でた。
「お姉ちゃん……」
唯は鏡の自分に向かってそう言った。
否、唯じゃない。
唯は既にこの世にいない。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
唯ではなく、その妹の憂は虚ろな瞳で、けれども恍惚そうな表情を浮かべて鏡に映った姉の名を呼ぶ。
――憂もまた、唯の死によって壊れてしまったものの一つだった。
その事実に今更のように気づいて律は、戦慄した。
唯の格好をした憂は、本当に姉にそっくりだった。しかし、どうして憂は唯を真似る?
何のために?
理由を想像する。想像して自分の顔から血が引いていくのを感じた。
憂「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」
律「――憂ちゃん」
不意に憂の唇が動きを止めた。 鏡に映った『姉』ではなく、律の方へと視線を移す。
律「憂ちゃん……」
かつて、そこにあった光どこにもはなかった。
どこまでも深い闇が支配した憂の瞳が、律を憎悪を持って睨む。
憂「どうして……お姉ちゃんを、どうしてお姉ちゃんを殺したんですかぁ……?」
唯の姿をした憂の声は、壊れた蓄音機を連想させる。
光を失った双眸を除けば、本当に姉妹は似ていた。
唯の姿をしていた憂は、最後に自分に言の葉を向けた唯を律に思い出させた。
108 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:35:56.70 ID:XGASQcOe0
ここで自分の所為じゃないとか言った律は最低
109 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:45:24.10 ID:JajUxCBRO
またさるさんくらったか?
110 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 20:47:51.46 ID:XGASQcOe0
もうちょいで終わりそうなのに惜しい奴だな
ほ
>>108 あれは本心じゃないでしょ
じゃなきゃ律の後の行動と矛盾する
113 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 21:02:49.10 ID:JajUxCBRO
しえ
不意に何かが脳裏で閃く。
律「!!」
わかった。
わかってしまった。
どうして唯が自殺したのか。
どうして、最後に唯は律と一緒に帰ったのか。
よく考えれば、否、考えるまでもないことだった。
教科書の本文を見ればすぐわかることだった。 あの文書そのものが答だったと言ってもいい。
律「たしかに……私のしたことによって唯は死んだ……でも、殺すつもりはなかったんだよ」
確かに律は、唯を追い詰めた。追い詰めようとした。でも、殺そうとは思わなかった。殺したいとも思わなかった。
ただ、奪いたかっただけだ。
唯から澪を。
しえんた
し
117 :
修正あり:2010/05/06(木) 21:23:18.83 ID:Zi9Rt5TA0
憂「そ、そそんなの嘘ですっ……っ」
どこかイカレてしまったかのようは吃音は、 実際に憂の中の何かが壊れかけているのを示唆していた。
憂「だ、だだって、昨日いいぃ言ってたじゃないですかっ紬さんが……つつ紬さんがあっ……」
なるほど……会話を聞かれていたか。だが、そんなことは今更どうでもよかった。
律はゆっくりと憂へと近づいていく。
律「うん……ムギの言ったとおりだよ。私が唯を追い詰めた 」
追い詰めて追い詰めて、唯を苦しめた。
ただ、自分の願望のためだけに。
澪が欲しくて。
そして――
後ずさる憂を律はゆっくりと抱きしめる。
憂のやつれ果て、尖ったおとがいが、律の肩に触れた。
118 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 21:33:06.40 ID:JajUxCBRO
しえんた
119 :
修正あり:2010/05/06(木) 21:36:20.94 ID:Zi9Rt5TA0
その顎の感触が、自分が犯してしまった過ちの重さを伝えた。
――ああ、そうか。きっと私は……
律「憂ちゃん――」
唯は、律が自分を追い込もうとしている犯人だと気づいた時、もう一つ決定的な ことに気がついた。
あまりにも決定的なそれは、唯を死へと文字通り追いやった。
――唯を自殺に追い込んだのは、他でもない――律に対する罪悪感であり後悔だった。
もしかしたら、それはあの物語の『K』の自殺の理由の一つだったのかもしれない。
120 :
修正あり:2010/05/06(木) 21:37:58.46 ID:Zi9Rt5TA0
唯が自殺した前日、あの日、唯が律に向けて言った言葉を憂の耳元で囁いた。
律「――ごめんね」
おわり?
122 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 21:55:39.56 ID:Zi9Rt5TA0
※
田井中律は、大学生になって地元を離れた――それが四年前。
彼女が大学生になり、地元を離れて一週間後――秋山澪は死んだ。
唐突に何の前触れもなく交通事故で、死んだ。
澪の葬儀が行われたその日、梓は悲しみ以上の疑問を抱いた。
田井中律が、その場にいなかったことが、不思議で仕方がなかった。
そして、紬の涙の混じった小さな呟き――
『気づいてしまったのね』
結局。何も梓はわからなかった。
五年前の平沢唯の自殺の真相も。
ほ
初めて見たけど面白い
125 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 22:18:37.74 ID:JajUxCBRO
しえ
126 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 22:29:42.57 ID:Zi9Rt5TA0
冷たい何かが頬を伝って、梓は合掌をやめた……どうやら、雪のようだ。
――律とは彼女の卒業式以来会っていない。彼女がどこの大学に行ったのかも、実のところ梓は知らなかった。
彼女の担任であった山中さわ子に聞けば、当然わかることだったが、梓は聞こうとはしなかった。
それに――おぼろげながら梓は察していた。
律はきっと梓に会うことも、紬に会うことも望んでいない――明確な理由は存在しなかったが、なぜか、そんな気がした。
梓「じゃあ、唯先輩……そろそろ行きますね」
結局今になっても全てが、全てわからずじまいだった。
けれど、これもまた確信なんてなかったが、それでいいと思った。
知らないほうがいいこともある――そんな知ったような口を聞くつもりはないけれど。
いずれ知る機会もあるかもしれないが、それは今じゃなくていい。
また来ます――そう心の中で唯に告げて、梓は唯の眠る墓地を後にした。
127 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 22:31:15.76 ID:Zi9Rt5TA0
おわり
はあああああああああああああ!?
129 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 22:32:34.59 ID:Zi9Rt5TA0
これで今度こそこの話は完璧に終わり
スレストされなくてよかった
見てくれた人支援してくれた人どうもありがとう
130 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 22:33:56.25 ID:enlLLuJC0
>>1乙
読解力の無い俺だと澪が何に気づいたのか分からないんだが誰か教えてくれないか
こころっていうからには、律も自殺することになるのか。
これは律も死んだって事?
原作どうだったっけ?
最後手紙で自殺することを告げたんだっけか?
結構面白かった
でも最後の方で失速してもったいない感じだな
>>130 唯が自殺した理由とかストーカーの犯人とか手紙の犯人とかじゃね?
135 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 22:43:29.97 ID:enlLLuJC0
>>134 なるほど
唯を追い込んだのが律だと分かって絶望したのかね
136 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 23:13:35.53 ID:JajUxCBRO
乙!前より後味がよくなったようななんかわからんけど
俺のりっちゃんはとりあえず罪悪感を感じてるんだね
スレタイに改行がうんぬん
138 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/06(木) 23:21:01.74 ID:JajUxCBRO
もうひとつだけ言わせれ
ど う して ち ー ん を な く し た
139 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 00:08:56.40 ID:c/ZVMEjZO
まだ見たい人いるかもだからあげておくね
141 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 00:12:29.86 ID:vLYwe/pk0
あげ
142 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 00:15:51.14 ID:6kpqG8U90
シリアスなのは何度も読まないよ
精神的に疲れる
ち ー ん
144 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 00:21:47.16 ID:zlXdLMyU0
今回はスレストされなかったのか
ちーん
記念ちーん
ただただ気持ち悪い
147 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 01:38:11.06 ID:c/ZVMEjZO
ただただ気持ち悪い
ちーん
ちーん
!vip2:stop:
---
まほうつかいたんのつよめの攻撃
MP315使ってへっぽこの呪文を唱えた。
★ミ (スレのダメージ 0)
このスレは1回目のダメージを受けた (150/1000)
追加攻撃!! さらにこのスレは2回目のダメージを受けた (160/1000)
150 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 01:54:39.14 ID:c/ZVMEjZO
スレストwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ご苦労さんです本当お疲れ様です
151 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 01:58:04.25 ID:E3SXNdN10
もう終わったスレにスレストとか
ポイントの無駄遣い過ぎだろwwwwww
152 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 01:59:26.44 ID:c/ZVMEjZO
まさに ちーん ですね
153 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 02:07:36.37 ID:179bj7XN0
これでスレストされたら伝説になるな
154 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 02:10:07.53 ID:c/ZVMEjZO
眠いで最後の
ちーん
ちーん
155 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 02:52:10.50 ID:179bj7XN0
しかし本当になんでチンチンなくなったんだ。あれ好きだったのに
156 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 05:18:44.52 ID:h2SGvDNV0
乙
157 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 07:58:45.77 ID:c/ZVMEjZO
これ修正ありって書かれてない部分も微妙にへんかしてる?
ちーんちーん
159 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 12:09:47.12 ID:Fq+TKj9Z0
ちーん
160 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 14:11:27.58 ID:TIBoEDxEP
漱石というより松本清張だな
ちーん
お前等良くこんな長ったらしい長文読めるな
しかもオリジナルじゃなくて既存の作品をけいおんに置き換えたのを
ちーん
ちーん
言い忘れてた乙ちーん
164 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/07(金) 17:27:26.88 ID:OK66pdX70
本人乙
166 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: