唯「中学生のころの話しようよ!」和「じゃあ、最後は唯ね」
1 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :
私は 私が――
私が 私を――
私を 私に――
私に 私は――
どうして こんなことをしてしまったんだろう
たくさんのひとを きずつけて
たくさんのひとを 悲しませて
たくさんのひとを 泣かせてきて
そうして 私はここにいる
それに なんの意味があるというのか――
2 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:26:17.06 ID:iMPVdsGv0 BE:909310673-2BP(2050)
音楽準備室には、いつものように5人の少女がいる。
私の、平沢唯の大切な人たちだ。
この人たちがいなかったら、私は今も……。
「唯ちゃん。お砂糖いくつ?」
「え? あ、2つでお願い」
と。
変なことを、考えていた。
この人たちと出会わなかったら、なんて、そんな馬鹿な例え話は在り得ない。だという
のに、私はそんなことを一瞬、考えてしまった。
思わず、溜め息が漏れる。
私は馬鹿だ、と。
「どうしたんですか? 唯先輩」
梓が私を案じて声をかける。
大丈夫、なんでもないよと答える。
大丈夫なんかじゃないことは、私が一番よくわかっているのに。
3 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:30:30.36 ID:iMPVdsGv0 BE:1948523459-2BP(2050)
私の隣には、田井中律が座っている。
2年も同じ部活動をしていると(梓は一年だが)こういった席というものにも決まりが
生まれる。いつの間にか、律の席は私の隣になっていて、私の向かい側に座るのは紬
になっているのだ。
いつからだったか。
――それは、いいか。
また今度の機会に考えよう。
「唯、疲れてないか?」
「……そう見える?」
そう、見えるのだろうか。
私が疲れているように。
……ああ。そうか。
私は、少しはマトモになれたのかもしれない。
だったら。
だったら、私だって話さなくてはならない。
みんなが話してくれたように。
「みんなが話してくれた昔話。私もするけど、いい?」
だめ
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 14:31:57.05 ID:1xmddoKZ0
出たキ違い
もう前の続きから投下しちまえよ
最後まで頑張れ
期待してる
8 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:37:11.85 ID:iMPVdsGv0 BE:1385616184-2BP(2050)
みんなの視線が私に注がれる。
何故か、心配したような顔をしている。
どうしてかはわからない。
でも、そんな顔をされると少し、昔を思い出して苦しくなる。
「……」
誰も言葉を紡がない。
口を閉ざして、私を見ている。
ぼんやりと。
私も、そんな顔をされるのは嫌いだった。
だから。
私も、下を向いた。
そうして、話し出す。
私が、なにも考えない子供だった頃の話を。
9 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:40:13.99 ID:iMPVdsGv0 BE:692809128-2BP(2050)
――平沢唯は普通な子供だった。
周りからどう思われているのかは別として、少なくとも、自分ではそう思っていた。
平凡で。
凡庸で。
中庸で。
そんな子供なんだと、私は幼稚園児の頃から考えていた。
周りからは、呆としている子供と思われていたのだろう。
だが、それは普通の許容範囲だ。
人は、行動に依って人格を決定付ける。故に行動していない私は周りから見ても、
決して変わった子供ではなくて、少し抜けた子ていどの評価だったのだ。
一般的に考えた場合、平沢唯という女の子はどこにでもいる子供だったのだ。
「ゆいちゃん。カスタネット上手だねー」
「うん! わたし、カスタネットだいすき! うんたん、うんたん」
こうして、友達と話している時も。
「おねーちゃーん!」
「あ、ういー」
妹と話している時も。
――私は、努めて呆とをしているようにしていた。
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 14:45:25.02 ID:TtgVh7bC0
また最初からか…
11 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:47:47.81 ID:iMPVdsGv0 BE:346404342-2BP(2050)
どうしてそんなことをしているのか。
私にもわからない。
ただ、みんなに対しての違和感があった。
――どうして、みんなはこんなに簡単なことができないのだろう。
そんなことを思い始めていた。
無論、私だって初めてやることを完璧にはこなせない。
それはどうにもならない。知らないことを知っている人間はいない。
ただ、私の場合はほんの少し。一日だけそれに触れてしまえば、一定の水準まで達
することができた。
だから、私の友達たちが馬鹿に思えた。
なんて覚えが悪いのだろうと見下した。
無意識の中で思っていた。
そんなことを。
幼稚園児の私は、自分と他人の差を知らなかった。
自分ができることは他人にもできて、それが当り前なのだと思っていたのだ。
それが間違っているということを知ったのは、いつだっただろうか。
12 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:50:14.87 ID:iMPVdsGv0 BE:519606926-2BP(2050)
幼稚園の砂場で、女の子が暴れている。
どうやら、男の子に砂のお城が壊されたようだった。
女の子は拳を振り上げて、男の子に襲いかかる。
……それを、少し離れたところから眺めているのは私。
隣には砂の山を作って遊んでいる、幼馴染の姿。
幼馴染の和は、私を時折チラリと見ている。
「ゆいちゃん? どうしたの?」
「んーん。なんでもなーい」
「そっか」
そうだ。
私は、あの子のように怒ったり、感情をあらわにしたことがなかったと思う。
つまり、私は人間的に欠落しているのだ。
だからだろう。
――その、元気な女の子が妙に輝いて見えたのは。
な、和!?
いつのまにかクソコテのssが落ちてる件
地の文必死で書いて落ちるとか
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 14:52:40.66 ID:IL6LU+lG0
今から外でなのに・・・
残ってろ!
17 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 14:56:25.76 ID:iMPVdsGv0 BE:1299015656-2BP(2050)
夕方になると、母が迎えに来てくれる。
妹の憂は、いつだって母にくっついていて、私はお姉さんだからという理由で母に対
して甘えられずにいた。
それでも、母は優しく言ってくれる。
「唯は、今日の晩御飯なにが食べたい?」
憂は母に甘えているけれど、晩御飯の話をされるのはいつだって私だ。
夕日に染まった道。
それに照らされる、母と妹。
何故か、幸せな気持ちになる。
「わたしは……アイス!」
「アイスはご飯食べてからね。それじゃあ、カレーにしようか?」
そう言うと、母はその右手で私の左手を握る。
憂も笑って私を見ている。
なら、私も笑っていよう。
そうでないと、二人は悲しい顔をすると思うから。
自演してwwwwwww他の書き手見下してwwwwwwwwwwwww
評価落とさせてwwwwwwwwwwwww自分を崇めさせてwwwwwwwwwwwwww
批判記事は消去wwwwwwwwwもとい批判は須らく荒らし認定wwwwwwwwww
必死に書いた地の文wwwwwwwwwwwwww保守されずに落ちるwwwwwwwww
これからも頑張る?wwwwwwwwww沢山レスして欲しい?wwwwwwwwwwwwwwwwww
こいつが出しゃばる分だけwwwwwwwwwwwwけいおんSSの評判悪くなりまくりんぐwwwwwwwww
早く消えろよwwwwwwwwwwww需要は重要なんだよ笑wwwwwwwwwwwww
19 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:03:28.28 ID:iMPVdsGv0 BE:1385616948-2BP(2050)
家に帰ると、私は決まって居間で寝転がる。
もちろん制服から普段着に着替えてからだが、このゴロゴロタイムが、私の一日の楽
しみなのである。
「ういー。ういもゴロゴロしよーよー」
「ええ! わ、わたしはいいよぉ! おねえちゃん見てる!」
憂はそう言って、ソファに座って私を眺めている。
ならば仕方ない。
見られているのなら、尚更ゴロゴロするほかない。
まるでアザラシかセイウチのようにだらける。疲れるようなことなどしていないが、こう
していると妙に安らぐ。
きっと、私は元来、怠けることに特化していたのだろう。
だから、なにかに真剣に取り組むことなんてなかったのだ。
だから――誰も私を見てくれないのだ。
20 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:05:15.30 ID:iMPVdsGv0 BE:909311437-2BP(2050)
頑張ること。
それは、古来から美学とされてきた。
努力することで、それを周りに見せつけることで、人は人を認める。
結果は二の次なのだと。
たとえ、結果がついてこなくとも、努力は裏切らないと。
そういって、彼らは自分をごまかしてきた。
自らの無力さを。
つまるところ、それは『才能』への当てつけなのだ。
努力をせずとも、これといった頑張りを見せずとも結果を出してしまうものへの、嫌悪
に他ならなかった。
なんて、理不尽な不等号。
100の結果を出したものよりも、70の不完全な結果を残したものが認められる。そ
んな、そんなおかしなことがあるか。
だって、『私』にとってその結果というものは。
それでも、私はその理屈を理解できない。
――ほんの少し、指を動かすだけで出てしまうのだから。
21 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:10:07.80 ID:iMPVdsGv0 BE:1948523459-2BP(2050)
私は、なんとなくわかっていた。
憂は私よりもカスタネットが下手なのに、両親からは私以上に褒められていた。
和は私よりもザリガニを獲るのが下手なのに、皆から私以上に褒められていた。
それは、私がなんの努力もなしに結果を出してしまったからだ。
カスタネットだって、殆ど練習なんてしなかった。
ザリガニ捕りだって、なんとなく糸を垂らしていただけだ。
だから、人は私を見てなどくれない。
一生懸命がんばった二人ばかりに視線が行き、私はその視界には決して入らない。
入れてくれない。それが、なんとなく悲しいから、私は少しだけ頑張ってみようと思っ
た。
頑張れば。認めてくれると。子供ながらに感じてしまったからだろうか。
気がつけば、私は川に糸を垂らした。
「……いっぱいだ」
バケツにザリガニが蠢く。
――なにか、厭だ。
それでも、私はザリガニを釣る。
バケツには、真っ赤なザリガニがたくさん。
それでも、私はザリガニを釣る。
それでも、私はザリガニを釣った――
スレストしていいかな?
23 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 15:13:51.87 ID:vdA5xy++0
待ってあげて
24 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:15:09.77 ID:iMPVdsGv0 BE:1558819049-2BP(2050)
気がつくと、私の目の前には浴槽があった。
真っ赤な、浴槽。
うじゃ――うじゃ――うじゃ。
……気持ちが悪い。
どうして、こうなっているのか。
わからない。
でも、きっと私の所為なのだろう。
隣には和の姿。
泣いているのか、怯えているのか。
当然だ。自分の家の浴槽に、数え切れないほどに、夥しいまでのザリガニがひしめ
いているのだ。これは、一種のホラーだ。
なのに――
どうしてか。
親友が隣で震えているのに。
私の頬は――不気味に吊り上っていた。
BP1発なら打てる
26 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:19:23.67 ID:iMPVdsGv0 BE:346404724-2BP(2050)
達成感があった。
どうしてか。なにかをやりきったという、爽やかな感情があった。
親友が肩を震わせて怯えていても、
妹が信じられないという顔をしていても、
母が和の母親に頭を下げていても、
父に叱られていたとしても、
私は――誰かに構ってもらえる嬉しさを感じていた。
なんだ、簡単じゃないか。
こうすれば、みんなは私を見てくれる。
こうすれば、私はみんなを見てあげられる。
止められるまで、やってみようじゃないか。
なにもかもを。
27 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:24:33.38 ID:iMPVdsGv0 BE:2121725077-2BP(2050)
幼稚園を卒園する頃になると、私の世界は少しだけ、否。大きく広がっていた。
なにかに熱中すること。
というよりも、固執することにした私は周りからどういう目で見られていたのかはわか
らない。わからないけれど、私にとってその行為はきっと間違いではなかったのであ
る。
「唯ちゃん。砂のお城を作ってくれない?」
そんなことを先生は言った。
だから、私は他には何も考えなかった。
否否、考える必要がなかったのである。
私には、砂のお城を作るという固執するべき対象が与えられた。
だったら、それを実行するまでだ。
自分が納得のいくまで?
そんなブレーキ(もの)は存在せず。
ただ、止められるまで。
ただ、制止されるまで。
常軌を逸していると言われても。
私は、砂のお城を作り続けた。
28 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:29:11.51 ID:iMPVdsGv0 BE:519606634-2BP(2050)
人は、私をこう言った。
「――平沢さんところのお姉ちゃん。少しヘンよ」
「そうよね。間違えても間違えても同じことしてるし、できるようになると、今度は見境な
く続けるのよ」
「まるで、ブレーキのないクルマみたいね」
ブレーキのないクルマ。
――ああ。言い得て妙だ。実に的を射ている。
ブレーキがない、ということはマトモに走らないということだ。
それでも、マトモに近づけようと走り続けて、ある程度はマトモに走れるようになった
ら、今度はスピードを出し始める。止まれないのだから、行きつく先は破滅か、どちらに
せよ求めた結果(マトモ)には程遠くなる。
それが私だ。
小学校に上がっても、それは変わらず。
呆としていても、やれと言われたことにはロボットのように固執した。
そうでもしないと、私は私を保てないのだから。
このままつづけさせよう
30 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:34:17.97 ID:iMPVdsGv0 BE:173202522-2BP(2050)
私の家は5人家族だ。
私と、妹の憂と両親と祖母の5人。
小学校に入る際に必要な『ランドセル』は、祖母から買ってもらったものだ。入学式
の一日前、私はそのランドセルことラン子と一緒に寝た。それくらいに、大事なものだ
ったのだ。
……思えば、私が名前を付けたモノは、それが初めてだった気がする。
「唯、ゆいー」
「なあに? おばあちゃん」
私は、祖母が大好きだった。
変な目で私を見ないし、私の頭を優しく撫でてくれる。
その手は暖かくて、
その手は優しくて、
その手は私を包んでくれた――
「唯は小学校にあがったら、友達をたくさん作るんだよ」
「うん! 私、友達100人作る!」
そうだ。
私は――トモダチを100人作るんだ。
31 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:42:17.83 ID:iMPVdsGv0 BE:2338227869-2BP(2050)
それから、私は学校でたくさんの友達を作った。
どうやら私は、人と話したりすることが得意な性格らしく、人見知りもしなかった。そう
なれば、周りの子供たちは私に寄ってくる。それが、なんとなくだけれど誇らしかった。
私は好かれているのだ、と。
存在を認められ、こうしてこの場にたくさんの人に囲まれて生きているのだ、と。
そう考えると、胸が熱くなって、妙に嬉しかった。
――そう。
私には、友達がいたのだ。
たくさんの友達が。
私の、そばに。
確かにいたのだ。
32 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:45:15.94 ID:iMPVdsGv0 BE:779409836-2BP(2050)
「和ちゃーん」
小学4年生になった。
そんなある日のことだった。
学校での昼休み、それは小学生にとってしてみれば友達との時間に他ならない。30
分ほどの時間を如何にして過ごせるのか、それを養い、友人とのコミュニケーションを
とる時間が、昼休みなのだ。私にとって、この昼休みは和との時間なのである。
友達が何人できても、私は和との時間を大切にした。
どうしてか。
それを問われると、答えられない。
ただ、私は昔からの友人を大切にしたかったのだと思う。
和という、私にとって初めての友達との時間は、きっと特別だったのだ。
「図書室行こうよ!」
「唯が図書室なんて珍しいね。読みたい本でもあるの?」
「うーん。なんだろ。あるかな?」
「知らないわよ」
和は、昔からかっこよかった。
勉強もできるし、人当たりもいいし、運動もできるしと、私は彼女に一種の憧れを抱
いていた。
というよりも、その感情は畏敬の念に近かった。
彼女はまぶしくて、だから一緒にいたのかもしれない。
光源に近ければ、その恩恵を受けやすいから。
……彼女は、私にとって最も『褒められる』人間だったからだ。
33 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:50:08.95 ID:iMPVdsGv0 BE:1818621476-2BP(2050)
私が通う小学校『桜ケ丘第一小学校』の図書館は、少し広めで設備もしっかりして
いるらしい。
司書のような役割の先生もいるし、図書委員はこの学校でも最も大変な、ある意味
学級委員よりも仕事量が多いとされる委員会だった。
私は、あまり本を読むことが得意ではなかったのであまりここには来ていなかった
が、和は、まるで自分の家のように歩き出し、本棚から本をとる。私もそれを真似て、
隣の本をとって見てみる。
……まったく、意味がわからない本。
なにか偉い人の伝記のようだが、私にはその人がどれだけ偉い人なのかはわからな
い。ただ、和の真似をしているだけなのだから。
「和ちゃん。この人だれ?」
「……えと。野口英世ね。黄熱病の人って覚えておけばいいよ」
なるほど。さっぱりわからない。
勉強ができる上に、ものもよく知っている和は私の誇りだ。彼女の友人になって本当
によかった。
それはそうと、この人がなにをしたかに関してはすでに忘れてしまった。というよりも、
割とどうでもいい。
和は手に取った本を持って椅子に座る。もちろん、私も同じく隣に座って子供百科を
開く。
――気がつくと1時10分の予鈴が鳴っていた。
子供百科には涎がついていた。
34 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:55:46.61 ID:iMPVdsGv0 BE:1212414847-2BP(2050)
――授業の時間は退屈だ。
国語の時間も算数の時間も、なにもかも。
学校とは、友達を作るために来るものだ。だって、祖母は私にそう言ったのだから。
目の前には黒板。一番前の席に座っている私は、先生からいつも見られている。見
られているのだ。
「――」
今の時間は、なんだったか。
ああ、そうだ。今は理科の時間だ。
醤油の瓶に、どうして二つの穴があいているのか。それについて、先生は一生懸命
私たちに話してくれている。
……あまり、興味がなかった。
「ようするに、空気が入ることで穴から醤油が出るわけです。どうしたの? 平沢さん」
「……」
みんなの視線が私に集まる。
……わからない。
どうしてだろう。
どうして、みんなは私を見ているのだろう。
「唯!」
次いで、和の声がする。
床には、水が滴っていた。
35 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 15:59:25.89 ID:iMPVdsGv0 BE:1039212364-2BP(2050)
どうやら、私はお漏らしをしてしまったようだ。
気がつけば、スカートは濡れていて、パンツはびしゃびしゃになってしまっていた。
そうなってしまったのは、いつからだろう。
思い出せない。
ただ、周りの同級生は私を非難しなかったのを覚えている。
保健室から帰ってきた私を、みんなは素直に心配してくれた。
これも、普段の行動が影響していた。
普段から、私は周りには優しくしていた。
友達を作るためには、これが一番いい方法だからだ。
遠回りなんて必要ない。
私にとって、友達を作るという行動は祖母から与えられた『存在理由』だからだ。こう
していれば、私は私でいられるという条件じみたものだったのだ。
故に――
故に私は、無意識の中であるが『人に好かれるように』行動していた。
だって、そうでもしないと周りは私に優しくなんてしてくれないと思ったから。
36 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:04:36.84 ID:iMPVdsGv0 BE:1212414847-2BP(2050)
その反面、私は勉強が苦手だった。
というよりも、やる必要がなかったのだ。
なにせ、私には友達を作る以外の必要性を学校という場所に感じなかった。ならば、
勉強なんてしたって意味はない。そう思ったからだ。
「唯、テスト何点だった?」
「えへへー。30点だったー」
本能的に理解していた。
人が、人の結果を訊く理由はつまるところ『優越感』を得たいがためだ。
だから、私が悪い点数をとったところで友達たちは私に対して失望したりはしない。な
にせ、自分よりも下の人間なのだから、歯牙にかける必要はないからだ。警戒する必
要がある要素のない人間に対して、人はある程度は優しくなれる。もとより、私にはそ
ういった要素がなかったので、敵を作る理由もなかった。無害というものは、なによりも
強力な武器となりえる。
「和ちゃんは100点かー。すごいなー」
37 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:05:25.70 ID:iMPVdsGv0 BE:1039212364-2BP(2050)
そして、相手を褒める。
これで完了だ。これで、自分と対象との友好な関係は継続される。自分を、必要程
度に自虐することで、対象はさらに優越感を感じる。
それは、決して不快になるほどのものではない。運動も、限界に近くなるとつらく感じ
るように、こういったプラスの感情も度が過ぎると不快になる。
だから、私は褒めすぎないし自虐しすぎない。
「でも、お母さんに怒られちゃうかもなー。この点数じゃ」
「大丈夫だよ。唯は他にもいいところがたくさんあるんだから」
そうすれば、私に味方してくれる人だって増えるのだから。
38 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:10:11.83 ID:iMPVdsGv0 BE:1299015656-2BP(2050)
しかし、問題はあった。
確かに問題は存在していたのだ。
「唯―。もう少し、勉強しなさいね」
ほんの少しだけ、咎められる程度なのだが、母に叱られる。
小学生にとって、両親というのは優しいものなのであるが最も畏怖するべき存在でも
ある。
なまじ傍にいるから、評価が低かったり機嫌が悪かったりするとどうにもいい気持ち
はしないからだ。月に一度会う程度の人間相手には在り得ない感情が存在する。
「唯、ちょっと来なさい」
自分の部屋でゴロゴロしていると、祖母がドアを開けて私を呼ぶ。
憂は友達の家に遊びに行っている。
祖母は最近、憂に色んなことを教えていて、そのことに私は少しだけやきもちを妬い
ていたのだが、久しぶりに祖母が私になにかを教えてくれるようだ。なんとなく嬉しい気
持ちになって祖母の部屋へと向かう。
――この家の唯一の和室。そこが、祖母の部屋だった。
39 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:18:33.61 ID:iMPVdsGv0 BE:389705033-2BP(2050)
――和室、というよりも私は祖母の部屋の匂いが大好きだった。
なにか、やさしい。
私を、心まで包んでくれそうな気持ちになる。
そんな部屋が、私は昔から大好きだった。
「唯、ちょっとここに座って」
祖母が優しく笑って手招きする。
それに倣って、座布団に正座する。
この部屋に来ると、なんとなく引き締まった気持ちになる。
どうしてだろうか。
「どうしたの? おばあちゃん」
「うん。唯は、学校楽しいかい?」
やんわりと祖母は話し出す。
それに対して、私は大きく頷く。
楽しいと、答える。
40 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:21:59.39 ID:iMPVdsGv0 BE:519606443-2BP(2050)
「そうかい。よかったねえ」
皺だらけの顔に、さらに皺が増える。
祖母は満面の笑みで、また皺だらけの手を私の頭に乗せる。
それは、私が大好きな行動(こと)だった。
でもね、と祖母は話を続ける。
「でもね、学校はそれだけじゃなくって。唯が大人になった時に困らないように、お勉強
する場所でもあるんだよ。だから、少しだけでもいいから、お勉強してほしいな」
――それが、私に与えられた新しい、存在理由だった。
41 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:25:23.34 ID:iMPVdsGv0 BE:779409263-2BP(2050)
それからだ。
私は、また一つ変わった。
勉強をしてみることにした。
そうでなくては、周りが私に興味を持ってくれないような気がしたから。
以前とはまったく違ってしまった。
価値観も、
倫理観も、
優先順位も、
なにもかも。
「ねえ唯ちゃーん! 外で鬼ごっこしようよー」
「……私、図書室行くから、いい」
友達との関係、それがどうでもよくなっていた。
以前まではなによりも大事なのだと心から思っていたのにも関わらず、今の私はまる
でロボットのように学習という一つの行動に傾倒していた。
手には本が握られていて、なによりも優先するべきは知識を増やすことだった。
それが何を意味するのか、私にはわかってなどいなかった。
今まで築き上げてきたものを放棄してまで続けるということが、なにを意味している
のかを。
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 16:29:45.19 ID:5uohlO2t0
3度目の正直っていうし頑張ってくれ
43 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:30:16.62 ID:iMPVdsGv0 BE:2727932279-2BP(2050)
――気がつけば、私は1番になっていた。
テストでは90点以下を獲ることはなくなった。
授業中も集中して先生の話を聞いていた。
休み時間は勉強して、次の授業に備えた。
昼休みは友達の誘いを断って図書室で本を読んだ。
私は楽しかった。
頑張った結果が出ることが、なによりも楽しかった。
周りは私の結果を褒めてくれる。
先生は私に良くできたと言ってくれた。
100点をとると、周りは私に注目してくれた。
でも――どうしてか。
どんどんと、友達はいなくなっていった。
そう。
誰も、私を遊びに誘ってなどくれなくなっていたのだ。
親友だった筈の、和も含めて。
44 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 16:30:54.74 ID:OW1IKNgo0
晒し上げ
またスレストが来るに1票
45 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:34:51.75 ID:iMPVdsGv0 BE:779409263-2BP(2050)
「唯って、変わったよね」
「うん。付き合い悪くなった」
「いつからだっけ? 4年のころからかな」
「そうだね。確かそれくらいだった気がする」
「6年になってから唯と遊んだ?」
「ううん。だって、ずっと勉強してるか本読んでるんだもん」
「唯って、変わったよね。和」
「ホントに。昔は、あんな子じゃなかったのに」
教室の端から、声がする。
私の話をしている。
でも。
どうでもいい。
私は私。
彼女たちは彼女たち。
だから、私はこのままでもいいと思う。
46 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:40:15.43 ID:iMPVdsGv0 BE:346404342-2BP(2050)
小学6年生ともなると、『異質なもの』に気づく。
自分とは違うもの。
否、自分たち、コミュニティとも言っていいそれとは違うもの。
道を違えたもの。
異端。
そういったものに気がつき、排除しようとする。
子供というものは素直故に残酷だ。
捉えたものは捉えたもの。自分の価値観を絶対としているがために決して曲げな
い。
自分がオカシイと決めたモノには容赦なく烙印を押す。
もとより、動物とは群れで行動するものが多いのだから、人間もそれに該当してもお
かしくない。
だから人は群れる。
コミュニティを作って、部外者との線引きをする。
自分を抹殺せしめんとする天敵に対して、これ以上なく残酷な振る舞いを見せる。
だからこそ、子供は恐ろしい。
ただ、私も自分の価値観を絶対として、それを行動基準として動いているのだから、
文句は言えないのだが。
周りの子供たちにとって、突如、一心不乱に勉強に打ち込みだした私は異質なもの
でしかなかった。
だって、私は彼らに対してあまりにも存外な態度だったのだから。
彼らも、私に対してそういった態度をとったって、おかしくはないのだ。
47 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:45:47.14 ID:iMPVdsGv0 BE:779409263-2BP(2050)
「――」
私はなにも答えない。
ちらり、と和の顔を見てからはもう一度本に目を落とすだけだ。
和は私のその態度に怒ったのか、手をとって引っ張る。
……少し、痛い。
「クレープ。食べに行こうよ。唯」
静かに、和は言った。
周りの和の友達は『そんな奴なんかに構わないで早く行こう』といった顔をしている。
なんて、冷たい表情だ。
本を机にしまって、もう一度和の顔を見る。
「――あ」
泣いていた。
その目には、涙が光っていた。
顔を赤くして、肩を震わせて、泣いていた。
あの日とは違う。
私が泣かせてしまった恐怖と怯えの涙とは違う。
――私を、心底心配する涙だった。
ちょwwwwwwwwwwwwwクソワロタwwwwwwwwwww
49 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:50:35.91 ID:iMPVdsGv0 BE:433005252-2BP(2050)
「和ぁ……いいよ、こんな――」
「――そんなふうに言わないで! 私、唯が独りでいるのが寂しそうだと思ってたの!
小さいころから一緒に遊んでたのに、突然本を読みだして勉強しだして、テストだっ
て、私よりもできるようになって……。ホント言うと、邪魔だった……」
そうだ。
私は、和の居場所を奪ってしまった。
クラス、否。学年1の秀才という称号を、和から奪い取った。
だから、私は彼女に嫌われて当然だった。
嫌われるものなのだと、私は5年生のころに気がついたからだ。
「でも――! でも唯は私の親友なの。ほっとけなくて、変わってて、そんな唯が大好き
なの。それは……どうしても嘘をつけない……。嘘なんて、つけないの……・」
和が私に抱きつく。
私よりも少し大きい彼女の体は震えていて、私に抱きつくというよりももたれかかって
いた。
――それでも、わからなかった。
これだけの言葉を聞いても。
これだけの言霊をぶつけられても。
ここまでの思いを知ったとしても。
私には、彼女の気持ちが理解できなかった。
50 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 16:56:28.07 ID:iMPVdsGv0 BE:519606926-2BP(2050)
「……」
どうして。
どうして、わからないのだろう。
それが厭だった。
親友だった人が泣いているのに、その気持ちを全く理解できない。
ただ『ああ、この人は悲しいんだなあ』程度にしか感じない。
肘の裏をつねられている感じだ。触られているのは分かっても、痛くも痒くもない。
人の気持ちがわからない。
それは、ほんの少しの恐怖に思えた。
足が、震えてくる。
寒気がする。
他者の痛みを感じないのは仕方がない。私は他者ではないのだから。ただ、理解で
きないというものは意味が違う。男は出産や生理の痛みを知ることはないが、痛いと
いう感覚はわかる。だが、私には悲しいという感情を理解しきれない。
和の顔を眺めていると――先生が焦ったような顔で、教室に入ってきた。
泣いている和のほうへと向かうのかと思った。先生とはそういうものだから。しかし、
先生は私に向かって――
「平沢さん! おばあちゃんが病院に運ばれたそうです。先生が送っていくから早く来
て、憂ちゃんはもう向かってるから」
そんなことを、言った。
51 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:00:26.56 ID:iMPVdsGv0 BE:1169114639-2BP(2050)
病院へと向かうクルマのなかでは、なにも話さなかった。
先生も急いでいて、何も話さなかった。
どうして、この人は他人のために頑張れるのだろう。
そんなことを考えていた。
だって、祖母のことは先生には関係がないじゃないか。
なのに、こんなに真剣になって病院へと急いでくれている。
動機も理由もわからない。
でも、その行動は美しく思えた。
人のためになにかをすること。
それを素晴らしいことなのだと知っていても理解ができなかった私は初めて――
――その由縁を知ることができたのだ。
52 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:05:19.02 ID:iMPVdsGv0 BE:692807982-2BP(2050)
病院に到着すると、先生は受付で祖母の病室を尋ねた。
323号室。それを聞くや否や先生は私の手をとって、走りだした。
その表情には切羽詰まったものを感じる。
「ここね。平沢さん、おばあちゃんはここにいるわよ」
「――うん」
ドアを開けて、愕然とした。
だって、私が見たのはいつも優しい、ほんわかとしたおばあちゃんではなくて――
皺だらけの手で、頭を撫でてくれるおばあちゃんではなくて――
笑顔が素敵な、私の生きる理由を与えてくれたおばあちゃんではなくて――
――機械につながれて、ようやく生きながらえている、ニンゲンだったのだから。
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 17:07:17.15 ID:5uohlO2t0
読んだのはここらへんまでだったか?
ようやく続きか
54 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 17:07:32.95 ID:qep19L6RP
こういうやつこそスクリプト爆撃されるべき
55 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 17:09:39.55 ID:OW1IKNgo0
今生きてるけいおんSSはここしかないのか。
こんなのいらないから早く12月14日の続きが読みたい
56 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:10:03.60 ID:iMPVdsGv0 BE:1515517875-2BP(2050)
手が震えた。
死、というものを連想させられた。
したくてしたんじゃない。これは、連想せざるを得ない状況なのだ。
ベッドの周りには父と母が悲しそうな顔で私を見ている。憂はすでに大粒の涙を零し
ている。
祖母の顔が、見える。
青白い。
体調が悪いとか、そういうレベルではなくて――もうこれは。
「唯、おばあちゃんに声かけてあげて」
母が私を祖母の側に座らせる。
私は、なにをしていいのかがわからなかった。
声をかける、ということも忘れていた。
あまりにもリアルで、あまりにも現実的に、死がある。
命を失ってしまう瞬間、私にもいつか来てしまうその瞬間がここにあった。
喉が、鳴る。
なにも、わからなくなった。
すると――
「ゆ、い――」
声がした。
それは他ならぬ、目の前にいる祖母その人からだった。
>>55 それ読みたいんだが
こういうどうでもいい糞SSばっかり生き残るんだよな
そろそろスレストしようかね
58 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:14:37.57 ID:iMPVdsGv0 BE:1558819049-2BP(2050)
「――おばあ、ちゃん?」
かすれた声に、耳を傾ける。
きっと、これが最後だと思うから。
死というものは、最後だから。
それを迎えれば、その人の存在は亡くなってしまう。
覚えている限り、人は生きているというけれど、そんなものは綺麗事だ。死ねば終わ
りだ。その人はその場にはいないのだから。
――故に、手を握った。
僅かばかりの体温。
これを、しっかりと。きっちりと克明に刻んでおかなくてはならない。
「唯は、頑張れる子だけれど……。新しいことを覚えると、他のことを忘れちゃう子だか
ら……今度は笑顔を振りまける人になりなさい。唯は、笑顔が一番可愛いんだから。
憂を、守ってあげられるお姉ちゃんに――」
ああ。
そうする。
絶対に、笑顔を振りまける人間になる。
馬鹿みたいに、笑顔でいよう。
憂を、守ってあげられる姉になろう。
「――憂と一緒に、ね。唯」
――それを最後に、その人の体温は消えた。
59 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:19:42.15 ID:iMPVdsGv0 BE:779410229-2BP(2050)
祖母の死。
それを実感したのは、棺に入った祖母を見たときではなかった。
周りの人たちは暗い顔をしていた。
憂はずっと母に抱かれて泣いていた。
それを見た時でもなくて。
火葬場から見た煙でもなくて。
祖母の、白い骨を見てしまった時だった。
それを見た瞬間、実感した。理解した。
――もう、おばあちゃんはいないんだなあ、と。
60 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:24:50.89 ID:iMPVdsGv0 BE:2121725077-2BP(2050)
空っぽになってしまった和室に、私と和は座っていた。
なにも話さない。
座布団を敷いて、そこに正座していた。
お線香の匂いと、畳の匂いがする。
この部屋の匂いは、大好きだったのに。
今は、なにも感じない。
寂しいだけだ。
祖母がいないこの部屋には、なにも情感がわかない。
和も寂しそうな顔をして私を見ている。
目の前にあるのは、一つの箱。
木の箱だった。
「――唯、これ……」
「うん」
蓋に手を掛けて、開ける。
中には一枚の紙と、小さな紙袋が二つ入っていた。
唯へ。と書かれた紙袋と――
――憂へ。と書かれた紙袋が二つ、入っていた。
61 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:30:50.88 ID:iMPVdsGv0 BE:1385616184-2BP(2050)
自分の部屋で外を呆と見ていた憂を部屋に呼ぶ。
まずは紙を開いてみろと和は言う。
大切な友人の提案は聞き入れる他ない。故に、私たち姉妹はまずその一枚の紙を
開いてみた。
「あ」
それは、手紙だった。
祖母が私たちに遺した、手紙だった。
柔らかい字で、ゆっくりと書いてあったそれを読むと、目の前が見えなくなった。
滲んで、字が読めなくなる。
喉から声が溢れる。
これは嗚咽だ。
私たちのために――祖母は用意していたのだ。
いなくなってしまったときのために、私たちに遺してくれていたのだ。
自分の死なんていう、絶対に受け入れたくないものを受け入れて――
――私たちに、笑っていてほしいと手紙を遺してくれていたのだ。
そう思うと涙が止まらなくなって、鼻水も止めどなく溢れてきた。
11月26日と日付が書いてあるのを確認したとたん、私は半狂乱になって泣き崩れ
た。みっともなく、畳に顔をこすりつけて泣いた。
そして、紙袋を抱きしめた。
思えば、私が一番大きな声で泣いたのは、この日だった気がする。
きっと。いいや。絶対にそうだろう。
62 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:35:27.39 ID:iMPVdsGv0 BE:779408892-2BP(2050)
それから、私はまた一つ変わった。
以前のように、友人を作るという一点にのみ重きを置いた人間ではなくて、
以前のように、勉強をすることだけに集中した人間でもなくなって、
私の周りに、笑顔が溢れているようにと行動する人間になったのだ。
そう。
今の私は、このとき生まれた。
言ってしまえば、今までは生まれてさえいなかったのだ。
利己的な私は、人間として形成されておらず、今、生まれたのだ。
63 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:40:06.69 ID:iMPVdsGv0 BE:1169113493-2BP(2050)
「唯は、部活とかやったりする?」
「部活?」
中学校に入れば、ほとんどの生徒が部活動なるものを始める。私にはそれがどうに
もいいものに思えなかったので、部活に関してはなにも考えていなかった。
だって、つまらないじゃないか。
1つか2つ、年が上の先輩という人種にコキ使われて、へーこらして、そういうのはホ
ント勘弁というかノーサンキューなのである。
そういうわけで、和の発言は意外とも思えた。
彼女も私と同じような考えの持ち主だったので、部活動なんて始めたりはしないだろ
うなと思っていた。だから、彼女の言葉は意外性があったのだ。
「やらないよー。だってだって、私、運動音痴だし」
「……そうね。唯ったら、未だにキャッチボールもできないものね。でも、文化部とかは
――」
「やりません!」
64 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:45:32.07 ID:iMPVdsGv0 BE:2121725077-2BP(2050)
私だって、一般的な常識はある。
文化部、例えば吹奏楽部なんかは女子生徒が大半のため、人間関係はドロドロ。
演奏どころではないということは常識である。常識のある私は、それだってちゃんと知
っている。
美術部だとか合唱部だとか、文化部はいくつかあるが、殆どが女子が主導の部活
動だ。そうなれば、環境は違えど状況はほとんど同じだ。友達を作ったりして楽しむの
はいいけれど、媚を売りながら時間を浪費するのは大変賢くない。
そも、どうしてそんなに和は部活動を薦めるのか。
「和ちゃん、なにか部活動でもやるの?」
「私はやらないわ。だって、唯の面倒見なきゃいけないもの」
「そんなことある!? 私だって子供じゃないんだからさ、大丈夫大丈夫」
「子供以下よ。イマドキ、調理実習でフライパン爆発させる子いないわ」
「そうかなあ……。結構いると思うんだけど……」
いるとは思う。
だって、ここにいるんだから。
「とにかく、憂に心配掛けさせるんじゃないわよ。あの子、小学生なのにずいぶん大人
びちゃって」
「憂は自慢の妹だよ! 和ちゃんもそうおもうでしょ?」
「ええ。あの子はホント、よくできた子よ。
――本当に、心配になるくらいに」
65 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:50:19.71 ID:iMPVdsGv0 BE:1558818094-2BP(2050)
私の家は4人家族ではある。
ただ、私が中学校に上がってからは父の仕事が忙しくなって、母もそれに付き合う形
で海外に出張する機会が多い。
そうなると、残される私たち姉妹は食事などの世話を真鍋家に頼る形になっていた。
「唯ちゃん。おかわりする? 憂ちゃんも」
「二人とも可愛いなあ。おじさんとお風呂入るか?」
「ちょ! お父さん、唯は中学生なのよ!」
「じゃあ、憂ちゃん」
「お父さん!」
こんな感じで、真鍋家の食卓にはいつも笑顔があった。
私が大好きな、笑顔だ。
いつまでもここにいたいと思うくらいに、笑顔だ。
「えへへ……」
「どうしたの? お姉ちゃん」
「どうしたんだろうね。でも、楽しくない? 憂」
「……うん!」
そのなかでも――
妹の笑顔は、なによりも大好きだ。
最後まで見たい
スwwwwクwwwwリwwwプwwトwwwマww
wダーwwww?wwww
68 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 17:54:59.73 ID:iMPVdsGv0 BE:2727932279-2BP(2050)
「最近、憂が和ちゃんの家に行ってるよね」
「そうね。お母さんから、お料理を教わってるみたいね」
「料理!?」
ショック。
姉である私を差し置いて、妹は料理を習得しようとしている。
いつだって私にくっついてきた、あの小さな妹がだ。
「そうよ。結構筋がいいみたいで、本人も楽しそうよ」
「ほえー」
憂にも、打ち込めるものができたんだなあと思うと安心にも似た気持ちになる。
今まで憂は、ずっと私や和の後ろにくっついて来た。その憂が、私のもとから離れて
頑張っている。
それを知って、感慨深く思う。
「とにかく。唯だって料理の一つや二つできるようにならないと。憂が苦労しないよう
に、頑張りなさいよ」
「そーだねー」
とはいっても、私はこのままでいいと思う。
のほほんと。
ゆったりと。
そんなこんなで、生きていてもいいと思ってたのだ。
69 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:00:55.44 ID:iMPVdsGv0 BE:1515517875-2BP(2050)
――そうして、一年が過ぎた。
二年生となっても全く変わらない私は、家で絶賛ゴロゴロ中なのである。
やめる気はない。
なにせ、私にとってのゴロゴロとはアイデンティティそのものなのだから。
「うへへー」
それにしても退屈だ。
外は雪が降っていて、出かけるのは億劫だ。
中学生になった憂は、今日の晩御飯を作っている。和の両親はご飯を食べに来ても
いいと言っていたのだが、憂は自分で頑張りたいとそれを聞き入れず、今や海外にい
る母も認めるくらいの主婦っぷりなのである。
確かに後ろ姿は、女の私が見てもお嫁さんっぽくて抱きしめたくなる。
居間に漂う香りから察するに、今日はカレーだ。憂が作るカレーはよくわからないけ
れどすごくおいしい。どういうカラクリかはしらないけれど、すごく美味しいのである。
「ういー。アイス食べたい」
「ご飯食べてからね」
「うぅ〜。アーイースー。アーイースー」
ゴロゴロしながら連呼する。
やることもなく、打ち込むものなんてものなくなった私には、これくらいしかすることが
ない。妹からアイスをねだるという、なんとも情けないっぽい行動だが、実はこれがなん
となく楽しい。
憂はクスリと笑って私を眺める。
その表情はなによりも大好きなものだ。
私の、たからものなのだから。
70 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:06:06.82 ID:iMPVdsGv0 BE:1039213038-2BP(2050)
また、春が来た。
桜が咲いて、散っていく。
この時期が、実は私は一番好きだ。
花弁が頭にふわり。それだけで幸せな気持ちになる。
「唯、花弁が頭に」
「似合う?」
「頭の中もお花だらけの唯には、お似合いという言葉すら足りないくらいよ」
その言葉は喜んでいいのだろうか。
喜んでおこう。きっと、彼女は私を褒めたのだ。
右手に握られたアイスが、ぼとりと地面に落ちそうになる。
「ほら、アイス」
「おっとっと!」
公園のベンチに座って、二人でアイスを食べる。
毎週火曜日の楽しみだ。今日の私はバニラのソフトクリームを食べている。ふんわり
とした舌触りがなんともいえない。
もwwっうwwwwすwれwwすwwwとwwwでwwもwwうぃっうぃwwwかwwらwwww
72 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:11:29.68 ID:iMPVdsGv0 BE:1039212364-2BP(2050)
「ねえ、唯は修学旅行どうしたい?」
「どうしたいって。長野でしょ? わさびアイスを食べたい!」
「……唯はアイスのことばかりね」
「アイスは私の生きがいだからね!」
そんな軽口を叩いていると、少し離れた公園の入口から、憂が見える。
手にはエコ袋といわれる買い物袋がぶら下がっている。どうやら、今日の買い物をし
てきたようだった。
その表情は、なにか寂しい顔をしていた。
73 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:16:25.41 ID:iMPVdsGv0 BE:2338227296-2BP(2050)
「憂って、学校の友達とかいる?」
和がそんなことを尋ねてくる。
まったく心外だ。
憂は人当たりもよくて、周りからも私からも頼られる存在だ。その憂に友達がいない
なんてことは在り得ない。実際、憂は友達を家に連れてくるのだから。
「そんなことないよ。この間も純ちゃんって子と遊んでたよ」
「――そう。ならいいけれど……」
意味深な言葉が聞こえる。
顔をのぞき見ると、その顔は心底心配している。私よりも、彼女のほうが憂の姉に相
応しいとさえ感じてしまうほどに。
昔から、和は憂の姉としての役目を担っていた。
それはほかでもない。私が馬鹿だったからだ。
私が他のものに異常なまでに執着し、固執したがために生まれたパラドックス。姉で
ある私は成長せず、妹ある憂だけが成長していった。
そして、その成長を生んだのは和という存在だ。
幼いころから、和は憂に色々なことを教えていた。
一人っ子の和は、憂を本当の妹のように可愛がっていた。
私が――可愛がらなかったから。
――私のような姉で、憂は本当に幸せなのだろうか。
そんなことを考えてしまう、4月のある日だった。
74 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 18:20:42.34 ID:OW1IKNgo0
あれ?まだスレストされてなかったんだ。
意外だな
75 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:20:57.33 ID:iMPVdsGv0 BE:1212414274-2BP(2050)
「ここは長野です!」
「誰に言ってるのよ」
6月。私たちの学生生活に於いて、最も大きなイベントの一つである修学旅行が行
われた。
行先は長野。お寺や山、その他にも見学の名所があるとされる土地なのだが、私は
如何せんよく知らない。とにかくみんなと旅行に行けるということが楽しみで、嬉しくて、
それだけしか考えていなかったので、長野について調べることなんて一度もしなかっ
た。
そうして、実際に来てみれば――
「さむい!」
そう、寒いのである。
別に北海道ほどだとか、それほどではないのだが山には雪が残っているところを見
ると、やはり私たちが住んでいる土地に比べて遥かに気温が低い。
「唯も和も早く行こーよ。わさびアイス食べるんでしょ?」
同じグループになった神田が急かす。
彼女も私に負けず劣らずのアイスマニアで、学校でもよくアイスの情報交換を行って
いる。
その彼女が調べた店なら、きっと最高のわさびアイスが食べられる筈だ。
76 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:24:05.77 ID:iMPVdsGv0 BE:519606443-2BP(2050)
――その一日は、あっという間に過ぎてしまった。
気がつけば夜になっていて、私たちはホテルの一室に集まってテレビを囲んでいる。
クラスの中でもリーダー的な存在である高槻の手には、一本のDVD。
その内容は、いくら『そういう知識』に疎い私にもわかる。
というよりも、それくらいは知っていないとまずいだろうとも思う。私にだって、いつか
好きな人ができて、その人とデートしたり、その人とキスしたり、その人と――
「……むむ」
「あれ? 唯、赤くなってる?」
「な、なってないもん! 私だって――」
口にするのははばかれる。
だって、私もうら若き乙女だもの。そういうことを口にするのは大変はしたない。
テレビ画面に移された情景を説明するのも恥ずかしい。
でも……ああなってるんだ。へえ……。
私にとっての修学旅行は、そういった。ほんの少しの色気(?)もまじったような3日
間だった。
77 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:28:19.63 ID:iMPVdsGv0 BE:519606634-2BP(2050)
――修学旅行も終わり、家に帰ってくると憂は眠そうな顔で出迎えてくれた。
「おかえり、お姉ちゃん。楽しかった?」
「もちろん! すっごく楽しかったよ! はい、おみやげ」
おみやげに買ってきたのは長野土産ではおなじみ、フルーツはちみつである。憂はト
ーストなどに執拗にジャムを塗りたくる性質なので、きっとはちみつも似たようなものだ
ろう。
憂はそれを受け取ると、にこりと笑って――
「おいしそうだね。ありがとう。今日のご飯はカレーだよ」
「カレー!? うわーい! ういーだいすきー!」
憂に抱きついて、喜びを身体中で表現する。
頭がよくない私には、これくらいでしか自らを表現できない。
と。
憂の身体に、ちょっとした違和感発見。
78 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:30:08.86 ID:iMPVdsGv0 BE:2078424386-2BP(2050)
「憂、もしかしてまたおっぱいおっきくなった? お姉ちゃんよりおっきくなっちゃやーよ」
「そ、そんなことないよ!
……確かに、最近ブラがきつくなったかもしれないけど」
やっぱりそうだ。
年齢の違いが1つしかないのだから、仕方ないといえば仕方がないのだが、憂は私
よりもプロポーションがいい。
なにかこう、メリハリがある。そのうえ、柔らかいので抱きしめ甲斐のある身体をして
いる。かくいう私はというと、胸は小さくないのだが(同級生の間ではという話ではある
が)腰つきだとか、そういったところの発育があまりよろしくないのである。
同じ血が流れているというのに、どうしてこうも違うものなのか。憂の成長を目の当た
りにする度に思うことだ。
「――あ。お肉買ってくるの忘れちゃった。
お姉ちゃん、野菜の皮、剥いておいてくれる?」
「まかせんしゃい!」
憂でもそんなことがあるんだな、と驚く。
しかし、憂も人間なのだからそんなことだってあるだろう。今の私に与えられた任務を
こなすことのほうが大事だ。
台所には二人分のカレーの材料。
じゃがいもに人参に、玉ねぎやカレールーだ。それに加えて、憂のカレーにはホウレ
ンソウが入れられる。
79 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:33:21.00 ID:iMPVdsGv0 BE:1558818566-2BP(2050)
「……そのまえにジュース飲もっと」
近くのスーパーに行ったとはいえ、すぐには帰ってこないだろう。修学旅行から帰って
くるバスのなかは乾燥していたためか、喉が渇ききってしまっている。確か、冷蔵庫に
コーラが入っていた筈だ。
「あれ?」
確か、憂はカレー用のお肉を買いに行くと言っていた。
ならば、この冷蔵庫の中にある豚肉はなんなのだろうか。
……手にとって見てみる。
別段色がオカシイわけでもない。どうやら、憂は思い間違いをしてしまったようだ。
憂にも、こんなことがあるんだなと再度確認。ちょっぴりでも抜けていてくれなくては
姉である私があまりにも恥ずかしいし、妹としても可愛くない。小さなころから、こういう
ミスをあまりしなかった憂の意外な一面だろうか。
「――」
80 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 18:34:19.68 ID:iMPVdsGv0 BE:692807982-2BP(2050)
――和の言葉を思い出す。
『とにかく。唯だって料理の一つや二つできるようにならないと。憂が苦労しないよう
に、頑張りなさいよ』
いつ、そんなことを言われたのか。
それは思いだせない。
それでも、確かにそんなことを言われた。
言われた。
かけがえない、親友に。
言われた。
言われたのだ。
そして、目の前にはチャンスがあって。
――なら、そうだ。
やることなんて、一つしかない。
包丁の刃に映ったのは、不気味に歪んだ口元。
それが誰のものかはわからなくても問題はないだろう。
81 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 19:03:48.23 ID:iMPVdsGv0 BE:2727931897-2BP(2050)
Interlude
私、平沢憂はしっかりしている。
……と、周りからは言われている。
自分ではそうは思わないのだが、世間的にそう言われてしまっているのならやること
なんて決まっている。
――人の性質とは、つまるところ『他者の自分への評価』に依存する。
周りからどう思われているか、ではなくて周りからどう言われているか。それが重要な
のだ。
それは、決して他人でなくてもいい。
親でもいい。兄弟だっていい。ようするに自分以外の人間によって、人の性質とは決
定づけられる。
故に、親は子供を褒める。
たとえ勉強が出来なくとも、それだけで人は尊敬を集める研究者に成長する。
――そう。人の成功や実力とは才能ではない。『努力』なのだ。
評価に値する人間になるために、
自分で自分を褒めてあげられる人間になるためには、
才能のない私には、努力しかなかったのだ。
それしか、知らなかったから。
だから……豚肉を買って、家に帰って来た私は唇を噛んだ。
だって――そこには、容易く結果を出す人(おねえちゃん)がいたのだから――
Interlude out
82 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 19:09:13.51 ID:iMPVdsGv0 BE:519606162-2BP(2050)
帰って来た憂の顔は、凍っていた。
どうしてそんな顔をしているのか。
どうして、手が震えてしまうのか。
どうして私はそれでも笑うのか。
両手に握られた鍋には、私が作ったカレーが入っている。
味見をしたのだが、問題なく美味しい。これなら憂も喜んでくれるだろうと安心した。
安心したのだが、今の憂の表情はなによりも強張っている。
怒っているようにも見える。
悲しんでいるようにも見えた。
「うい? どうしたの?」
顔を覗き込む。私よりもほんの少しだけ、憂は背が低い。
昔から私よりも少しだけ、ほんの少しだけ小さな妹は唇を噛んでいる、なにかを堪え
るように。
それは……そうだ。怒りに近い。
憂は、怒っているのだ。
「ご、ごめんね? 私……私……」
ただ、なにに怒っているのかがわからない。
私は憂のためにカレーを作っただけだ。本当だったら感謝されたっていい。それなの
に、憂は唇をかみしめて哀しい怒りを露わにしている。
……それは、なにか理不尽ではないのだろうか。
私は、いいことをしたというのに。
83 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 19:09:37.10 ID:gpq2R+JN0
念のために言っておくが、唯はそんなに万能じゃない
84 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 19:14:25.76 ID:iMPVdsGv0 BE:779409263-2BP(2050)
昔から、憂は努力家だった。
昔から、私は天才肌だった。
その差は、埋められない。
どうしたって私のほうが上になってしまう。
たとえ憂が努力をして、私よりも結果を出せるようになってしまっても、それは容易く
流点する。幼いころから、取り組んでしまえば私のほうが上だったのだから。
そこまではわかっていた。
だから両親は私に家事をさせなかった。
常識的なレベルにとどまる、憂にやらせることでバランスを保った。憂の自尊心。そ
れが家事だったのだ。
姉にはできないけれど、自分にはできる。
ここまではわかっていた。
ただ、それが意味するものを理解していなかった。
なにせ、平沢憂はその優越にも似たバランスに依って保たれていたのだから。
それが、崩壊していくのを私は知らないでいた。
結局、妹は姉の持つ悪魔的な才能と、神にも愛されるような在り方に絶望していたのだ。
和ってひとりっこじゃなく弟と妹がいる
86 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 19:19:08.62 ID:iMPVdsGv0 BE:2078424386-2BP(2050)
「……」
沈黙は誰のものだろうか。
二人で向かい合って採る食事は、あまりにも殺伐としていた。
黙々と私が作ったカレーを口に運ぶ憂は、こちらを一切見ようとせず、テレビに写さ
れる本来の目的を逸脱したクイズ番組を見ている。
笑みなど浮かべず、ただただ呆と見ているだけだ。
その姿に、言葉は投げかけられない。
まさに拒絶。
私という存在と、一線をおく行動だった。
……憂は食べ終わり、食器を流しへ持っていく。
ごちそうさま、とも言わない。いただきます、を言っていないのだから当然ともいえ
るが、彼女は決してそういった礼儀を忘れる娘ではなかった。故に、それはもとより故
意のものなのであろう。
食器を洗う音。
テレビの笑い声。
それだけが、居間を支配する。
『ちゃうねん。いいか、矢口は自分がヘキサゴンファミリーになってへんと――』
つまらない。
リモコンを取って、テレビの電源を落とす。それとほぼ同時に水道の音も止む。
誰かが階段を上がる音がする。きっと、憂は自分の部屋へと行ったのだろう。
「……ごちそうさま」
誰に言うわけでもなく呟く。
その言葉は、誰もいない居間に響くだけだった。
87 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 19:19:48.28 ID:iMPVdsGv0 BE:1299015465-2BP(2050)
これで書き貯めとログの分は消化。
これからはながら投下になるけれど、入浴のため少し席をはずす。
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 19:20:06.46 ID:OW1IKNgo0
酷過ぎるキャラ崩壊だな。
ここまで見てたけどもう我慢出来ないからログ消すわ
まあがんばれ
90 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 19:58:47.57 ID:u0SyQzZs0
なんか本文のないスレかと思ったら
>>1をNGワードにぶっ込んでたのか
91 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:13:59.46 ID:iMPVdsGv0 BE:259803432-2BP(2050)
ただいま
92 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:20:57.50 ID:iMPVdsGv0 BE:1385616948-2BP(2050)
頭では理解していた。
それなのに、この手は止まらない。
たとえ憂が、自分の居場所を無くしてしまったと感じたとしても、私は家事をするのを
やめない。
否、やめられない。
常に忙しくないといられない。常になにかしていないと生きていけない。そんな錯覚さ
え覚えるほどに、私は変わってしまっていた。
恐ろしい。
だって、自分でも不理解(わから)ないのだ。
今、私はなにを望んでいるのか。
頭と体が、まるで別のイキモノみたいに分かれてしまっている。
頭では拒絶しているのに、
身体はそれを執拗に求める。
打開できないパラドックスだ。今までとは全く違う。
過去、私は色んな人を傷つけてきた。
ブレーキのないクルマは、誰かを傷つけることしかできない。
それと同じく、私は触れる人や関わる人を傷つけることでしか自信の存在を認識でき
ない。
何かに、固執して。
何かに、執着して。
そうでもしないと生きていけないのだ。
誰も食べてくれない食事を作っていると指を切った。
赤い血が流れるのを見て安心した。
――なんだ、私もとりあえずは人間なんだ、と。
93 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:26:38.08 ID:iMPVdsGv0 BE:1732020285-2BP(2050)
私が憂の居場所を奪ってしまってから一週間が経った。
朝、憂よりも早く起床する。
朝食を作って、憂を起こしに行く。
私に起こされた憂は何も言わない。ただ虚ろな目で私を眺めて、着替えだすだけ。ま
るでカラクリの人形のようだ。生気のない。ただただ生きているだけの彼女をこうしたの
は私だ。
だというのに。
だというのに、私は憂の部屋でニコニコと笑っている。
こんなには、どう考えてもおかしいのに。
おかしいのに、私はどうにも可笑しいと認識する。
朝食を食べて、憂を送り出す。
以前とはまるで逆の立場だ。
「さて、今日もがんばらなきゃね」
頑張る必要なんてない。
妹が笑っていないのに、それなのに私は無責任に笑っていた。
そんな自分が厭になる。
こんな自分が本当に厭だ。
わかっていても、この身は動く。
絶え間なく、動き続ける。
支援
うい
96 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:38:25.44 ID:iMPVdsGv0 BE:779408892-2BP(2050)
「ねえ、唯」
「なぁに? 和ちゃん」
秋も深くなって、教室は緊張していた。
休み時間だというのに、多くの生徒は席について参考書を読んだり問題集を解いて
いる。
もうすぐ受験ということなのだろうが、私にはそのことについての悩みはなかった。
早々に志望校だけは絞っておいたからだ。
桜ケ丘高校。和と同じ高校に行きたい。ただそれだけの理由で決めた高校なのだ
が、私は如何せん偏差値だとかそういったものを知らないでいた。
どれくらいの点数を取ればいいのか。どれほどの学力ならばいいのか。それすらもわ
からないままに決定していたのである。
和が話しかけてきた理由。それは――
「アンタのテストの結果見たけど、あれじゃあ桜高厳しいわよ?」
そんな、至極まっとうなことであった。
97 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:47:18.75 ID:iMPVdsGv0 BE:1299015656-2BP(2050)
「ふぇ?」
「ふぇ? じゃなくて、アンタ5教科合計で200点しかとってないじゃない。今のままじゃ
はっきり言って無理よ」
「そんな!」
……そういえばそうだ。
最近は家事しかしていない私は、まったく勉強というものをしていなかったのである。と
いうよりも、家事をする前から、そんなものはしていなかったのだ。
とすれば、この状態は当たり前ともいえる。
私という人間は、ある一つのことにしか特化できないのだから。
「どうしよ……」
「どうするもなにも、やるしかないわね。勉強」
「和ちゃん。なんとかして!」
「無理よ。自分で何とかしなさい」
「うう〜」
98 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:48:22.21 ID:iMPVdsGv0 BE:2078424386-2BP(2050)
机にうなだれる。
今、私は家事に特化した人間だ。
故に、今の私に勉強は不可能だ。どうにもならない。
こうなったら――
「ねえ、和ちゃん。パンツ見せたげるから勉強教えて!」
「なによそれ。
……わかったわ。今日、唯の家に行くから」
「私のパンツ見たいの!?」
「見ないわよ!」
99 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 20:54:59.51 ID:iMPVdsGv0 BE:649507853-2BP(2050)
放課後である。
退屈極まりない授業は終わり(全部寝てた)今はその帰り道にいる。
いつもとは違って、街中は避けて帰っている。
それは和の提案というか、命令に近い指示が原因である。
『――アンタはアイス屋さんとかブティック見たらすぐ入るから、そこは避けるわよ。い
い?』
私にだって我慢くらいできる。
……否。できない。無理だ。限りなく。
「和ちゃんて、お姉さんみたいだよね」
「そう? ま、アンタの友達やってると自然にそうもなるわよ。妹がいきなり二人なん
て、なんか変な気分になるわね」
「憂は昔から和ちゃんにべったりだったもんね!」
「憂の場合は、私よりも唯にべったりだった気がするわよ」
「そんなことないよ。和ちゃんもお姉ちゃんって言われてたじゃん」
確かに、そんな時期もあった。
あれは、そうだ。和がやめさせたんだった。
憂には唯がいる。だから、自分を姉と呼ぶのはやめてくれと。
そんな昔話をしているうちに、我が家についたのであった。
100 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:02:19.71 ID:iMPVdsGv0 BE:2424828487-2BP(2050)
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
……とはいっても、誰もいない。
憂も帰ってきておらず、両親はまだドイツにいる。
私たちの声は廊下の向こう側まで響くだけだ。
ホントに、広いには広いが人がいない家である。
「さて、和ちゃん! お菓子食べよう!」
「勉強しなさい」
なんてテンプレートなお言葉。
母に言われたことがない代わりに、和に耳にタコができるくらいに聞かされた言葉
だ。
101 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:04:07.44 ID:iMPVdsGv0 BE:1385616184-2BP(2050)
「前言撤回。和ちゃん、お母さんみたい」
「よく前言撤回なんて知ってたわね。それと、お母さんはホントにやめて。まだ二児の
母にはなりたくない」
この間読んだ漫画に載ってたから使ってみたのだが、どうやら使い方は正しかったよ
うだ。
和は本当に母性がある。
優しくて、いい匂いだし、胸だって――
「和ちゃんのボインちゃん!」
「唯!?」
特に胸だ。
胸が大きいのは妙に許せない。
私なんて、成長しているにはしているがそのスピードがやたらとゆっくりだ。故に、私
はいわゆる貧乳というレッテルを貼られている。
ところで、レッテルってなんだろう。
支援
103 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 21:04:56.54 ID:5uohlO2t0
数回ギター触っただけで弾ける様になってしまう憂は努力型ではないな
努力型の性格ではあるが
笑み社唯和好きだったよな
支援
105 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:11:31.03 ID:iMPVdsGv0 BE:519606926-2BP(2050)
ジュースと少しばかりのお菓子を持って自室へと向かう。
やはり勉強を教えてもらうのだから、おもてなしくらいはしないといけない。和だって、
割と甘党で、ファミレスに行くと必ずパフェを頼んでいる。
その和なのだから、お菓子を断ることは在り得なかったのである。
「さ、やるわよ」
「なにを?」
「帰るわ」
「ごめんなさい! やりますやります! やらせてくだせえ!」
と。
こんな感じのミニコントに興じたところで勉強開始である。
教科書を開いて、シャーペンを取り出して、ノートを広げる。
……。
……うん。
「全然わかんないよ。和ちゃん、This is penってなに?」
「え?」
そんな、スタートだった。
その日、憂は家に帰ってこなかった。
106 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 21:15:56.46 ID:SflGukj+0
支援
107 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:26:54.47 ID:iMPVdsGv0 BE:173202522-2BP(2050)
朝、目が覚めて部屋に行っても憂の姿はなかった。
どこに行ったのだろう。
心配になる気持ちのその反面、妙な気持ちがざわついた。
――あんな子、どうなってもいいや。
そんな気持ちにかぶりを振って否定する。
なんてことを考えたんだ。私は。
妹が、帰ってこないのに心配にならない姉なんていない。
その筈なのに。
「憂の……馬鹿……」
否。馬鹿なのは私だ。
どうしてわからない。
理解しない。
しようとしない。
他人の気持ちをわかろうとしない私は、人間じゃない。
そんなことを考えると――
「う……おえ……!」
びしゃり、と床に吐瀉。
黄色い液体が口元と跪いた膝をぬめりと濡らす。
「学校、行かなきゃ」
和に心配は掛けさせたくない。
その一心で、学校へと向かった。
108 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 21:33:23.81 ID:5rs2qaJM0
唯に呼び捨てにされてーー!!
109 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:38:02.32 ID:iMPVdsGv0 BE:519606443-2BP(2050)
「ねえ、唯」
「――」
外を見ていると、気分がよくなった気がする。
秋の空。
秋の風景。
なんとなく、情緒が深い。
私は、昔から秋が大好きだった。
誕生日が秋だから、というわけではなくて、ただ純粋に秋という季節が生み出す情景
が好きだったのだ。
幼いころ、父に連れられて行った湖を彩っていたのは紅葉だった。
赤い紅い紅葉は、私の目を支配した。
「ねえ」
だってそうだろう。
あんなにも美しい赤なんて、他にはないんだから。
110 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:46:02.07 ID:iMPVdsGv0 BE:1212414274-2BP(2050)
「そういえば、和ちゃんの眼鏡も赤いね。だから私、和ちゃんが好きなのかな」
「眼鏡をかけ出したのは小学校高学年からでしょ。それと、いきなり告白しないの」
「えへへ。それで、どしたの?」
「昨日、帰ったら憂が泣きながら私の部屋にいたんだけど――」
驚嘆した。
それはなにも憂が和のところにいるという話に、ではなくて――
「憂、私に抱きついて『死にたい』なんて言ってたわよ……」
憂が抱いていた、絶望にだった。
111 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 21:46:43.80 ID:iMPVdsGv0 BE:1039213038-2BP(2050)
サファリをアップデートしたらパソコンがすごい重くなった。
少し席をはずして復旧してみる。
このssを擁護するわけじゃないけど
12月14日を貶めるからこのスレのアンチはもうちょっと発言に気を使ったほうがいい
113 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 22:06:41.17 ID:WFS25UNH0
ほ
114 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:13:15.26 ID:iMPVdsGv0 BE:909310673-2BP(2050)
無理だった。
重いけれど仕方ない。
再開する。
115 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:17:07.95 ID:iMPVdsGv0 BE:606208027-2BP(2050)
和は、私には何も話さなかった。
ただ、憂は追い詰められている、と。
それだけしか言わなかった。
「――そんな」
彼女にとっての存在理由はなんなのだろうか。
平沢憂は、自分をどのようにして保っていたのか。
人間は、バランスを取らなくてはならない。そうではないと、比重が傾いた人間はマト
モにはなれないのだ。
憂にとって、バランスをとるには家事という役割が必要だった。
家庭の中でのポジション。言うまでもなく、それが彼女の居場所でもある。
それを奪ったのは誰か。
他でもない。この私だ。
それには気が付いていた。
気がついていても、それでもなお、私は憂の居場所を奪い続けて笑っていた。
なんて、下衆な女。
まるで、売女だ。
「う……あ……」
心の中で、憂が呟く。
『――私の場所をとらないでよ。異常者』
瞬間。頭の中が、真っ白になった。
116 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:25:52.08 ID:iMPVdsGv0 BE:259803623-2BP(2050)
目が覚めると、私は保健室のベッドに寝ていた。
「私、どうなったの?」
「倒れたのよ。体育の時間にね」
……ああ。そうだった。
私は憂のことを考えていて、目の前に迫るバスケットボールに気がつかなかったの
だ。
鼻がじんじんとする。どうやら、鼻血もでていたようだ。
でも、そんなことはどうでもいい。
「ねえ、和ちゃん。ここ、誰もいない?」
「ん? 誰もいないわよ。先生も職員室だしね」
だったらいい。
これから言うことやすることは、他の誰にも聞かれたくないし見られたくない。
いつも明るくて、
いつも元気で、
いつも笑っている。
そんな、平沢唯が崩れてしまうから。
投下終わりを0時近くにすることで自演しても暴かれにくくする為の時間取りでした
118 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 22:28:23.23 ID:weBm9JYBO
支援
119 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:30:33.38 ID:iMPVdsGv0 BE:1818621476-2BP(2050)
――それから、私は時間を忘れてしまった。
「ホント、唯は甘えんぼね」
「うん。ごめんね?」
和が私の頭を撫でる。
こういうことをしたあとの和は、いつだってすごく優しい。
なんだって聞いてくれそうな。
なんだってしてくれそうな。
そんな雰囲気になる。
それに、私はいつだって甘えてきた。
どうして、こんなことをしたのだろう。
きっと、からっぽだから。
私の中には、なにもないから和を求めて、その空っぽの自分を慰めようとしたのかも
しれない。
「唯、なにかあったんでしょ?」
「……うん」
「やっぱり。憂のことでしょ? なにがあったのか話してくれない?」
――和の表情は柔らかくて、優しい。
その目を、自分に向けてほしいから、私は上手になったのかもしれない。
だから――私は話した。
居場所を奪ってしまったこと。
自分が、どうしようもない壊れた人間だということを。
120 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:37:17.75 ID:iMPVdsGv0 BE:519606926-2BP(2050)
私が話をしている間、和は何も言わなかった。
ただ黙って。
ただ黙って、時折、頭を撫でて話を聞いてくれていた。
眼鏡をとった和は、いつもとは違っていて――
――涙を流しながら話す私も、いつもとは違っていた。
好きだった。
憂も、和も、離したくなかった。
好かれたかった。
それが裏目に出てしまって、結果はこうだ。
話が終ると、和の白い肌が私を包み込む。
まだ、終わりじゃないと。
それだけ言って、和は私に服を着せてくれた。
121 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 22:43:04.17 ID:iBPEwf7cO
支援
122 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:44:52.82 ID:iMPVdsGv0 BE:779410229-2BP(2050)
学校が終わってすぐ、私たちは真鍋家の前にいた。
「大丈夫よね。唯」
「うん! 私、憂と仲直りするんだもん」
目的はたった一つだ。
憂と仲直りする。
壊れかけの姉妹の絆を修復しようと、私たちはここにいる。
秋の、少し冷たい風が私の背中を押す。
「それじゃあ、憂を居間に連れてくるわ。憂だって、いきなり唯が部屋に来たら驚くだろ
うし」
そういって、和は自分の部屋のほうへと歩き出す。
私はというと、真鍋家の居間の椅子に座って、待機している。
昔は、ここが私の家庭の食卓だった。
それが憂の料理になって、それを奪うように私は自分を壊した。
自分を見てほしい。
それだけのために、たくさんの人を傷つけてきたのだ。
そんなことを考えていると、後ろから聞き慣れた声で聞き慣れないトーンで――
「和ちゃんがお客さんっていうから来たのに、なんだ。お姉ちゃんか」
と。
私の妹、平沢憂が立っていた。
123 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 22:47:38.85 ID:WFS25UNH0
支援
これ全員分やってるのか。
前のも酷かったが唯のも酷いな。
125 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 22:54:33.91 ID:iMPVdsGv0 BE:3117636498-2BP(2050)
対面に憂が座る。
それも、昔と同じ席だ。
「ねえ、憂……」
重い口を開く。
目を合わせようとしても、なかなかそうはいかない。憂の表情を見てしまうと、気圧さ
れてしまうからだ。
悲しい顔をしているのか。
それとも、無表情なのか。
見なければわからないのだが、見れないでいる。
「……帰ってきてよ。憂」
ただ、それだけの発言だった。
憂は、私の在り方に不満があるのだ。
そうでないと、家出じみた行動に出たりはしないだろう。
「ねえ、憂。唯は憂のためを思ってやったことなの。だから、許してあげてくれない?」
「……和ちゃんもお姉ちゃんの味方なの? 私の言い分も聞かないで――」
「聞かせてよ! 憂の言い分! 私だって聞かなきゃ納得できない!」
憂が私を一瞥する。
そして、紡ぎだす。
――それは、憂の昔話だった。
126 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:02:03.85 ID:iMPVdsGv0 BE:779409263-2BP(2050)
Interlude
平沢憂は、平沢家の次女として生まれた。
生まれたときから、一つだけ年が上の姉がいて、記憶はないけれど母から聞くと、姉
は私を見つめ続けて、その場から離れなかったそうだ。
たった一つだということは、私が生まれた時は姉は一歳。言葉も話せないが、姉とし
ての自覚があったのだろう。
つまり、私を愛してくれたのだ。
幼稚園に上がっても、姉は私の側にいてくれた。
私は身体が小さいほうだったので、男の子にいじめられていた。そのときだって、姉
は勇敢に助けてくれた。
大丈夫だよ。憂。
その言葉に、何度助けられたことか。
憂。
うい。
うーい。
何度も、何度も姉は私の名前を呼んで、抱きしめてくれた。
苦しくなるくらいに、息が止まるくらいに。
それから、少し大きくなって、私は自分を見つめるようになった。
127 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:03:25.92 ID:iMPVdsGv0 BE:1169113493-2BP(2050)
姉は勉強していたり、友達をたくさん作ったりしていたが、私にはなにもなかったのだ。
確かに、私はいい子でいるようにしていた。
母や真鍋のおばさんの手伝いをしたり、言いつけを守ったりと、周りは私を良くでき
た子というレッテルを貼った。
それは厭ではなかった。
だって、それはプラスの評価だったから。
ただ、それが足かせになっていた。
128 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:08:49.49 ID:iMPVdsGv0 BE:692807982-2BP(2050)
レッテルというものは、そのまま足枷になる。
私はいい子なのだから、いい子でいなくてはならない。
そうでないと、周りは私に失望して、見てなどくれない。目もくれない。
だから、私は努力をした。
誰にも見られないように、天才なんだと思わせるために。
勉強だって、料理だって、なんだって。
努力をして、血がにじむくらいに頑張って、そうしてようやく人並みにできるようになっ
た。
そうなれば、努力を知らない人たちは『よくできた子』と言ってくれる。私を、見てくれ
る。
それが嬉しかったのではない。
そうしないと、いけなかったのだ。
誰も寄せ付けない。
誰も肉薄できない。
誰にも近づけない。
そんな人間になるためには、他者に見せつけるしかなかったのだ。
結果を。
成果を。
だから――私は姉を妬ましく思った。
少しだけ、少しだけ指を動かしてしまえば結果を出してくる。
その姉を、憎らしくも感じた。
129 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:15:41.05 ID:iMPVdsGv0 BE:779409836-2BP(2050)
それから、また少し大きくなって私は平沢家の家事を引き受けるようになった。
両親が仕事の関係上、海外に行くことが多くなったからである。
今までは、私たちが幼かったためかそれはなかったのだが、中学生になって、両親
は家を空けることが多くなったのだ。
その間、私は姉の面倒を見ることになる。
いつから、私たちの関係は逆になってしまったのか。
ふと、そんなことを考えたこともあるが思い出せなかった。
祖母が亡くなったあたりから、姉は空っぽだった。
家では呆としていて、なにを考えているのかがわからなかった。
でも、そこが可愛いと思い始めた。
そう。
姉に対して特別な感情を抱き出したのはこの頃。
そして、私のアイデンティティが生まれ、そして芽吹いたのもこのころだ。
いい子であろう、という漠然とした在り方は――
――姉の誇りの妹であろう、という明確な対象ができあがって完成したのだ。
130 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:23:38.32 ID:iMPVdsGv0 BE:346404724-2BP(2050)
ある日。
私はカレーを作るための豚肉を買い忘れてしまった。
否。正確には『買い忘れたと思っていた』だ。
本当はカレー用の豚肉は冷蔵庫に入っていて、私はその存在を忘れてしまっていた
だけだった。
たったそれだけ。
その、ボタンの掛け間違いにも似た僅かな誤差が、私の存在を危ぶませた。
「――あ、豚肉あったよ。憂」
笑顔の姉の姿。
右手に握られているのはおたま。
立ち込めるカレーの香り。
顔面の血液が、引いていくのを感じた。
とにかく、怖かった。
姉、平沢唯が。
怖くて、
恐くて、
仕方がなかった。
私をここに存在たらしめていた存在が、私の存在を崩していった。
それから――平沢姉妹は壊れてしまったのだ。
私は、誰かに求められていないといけなかったのだ。
それが、平沢憂だったのだから。
Interlude out
131 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:30:20.47 ID:iMPVdsGv0 BE:866010645-2BP(2050)
憂の話は終わって、居間は静寂に包まれた。
「――」
誰も、なにも言わない。
言うことがない。
だって、私と憂は同じだったから。
132 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:31:12.51 ID:iMPVdsGv0 BE:779409836-2BP(2050)
まったくの同じ。
ここに来る途中、和は言った。
『――唯は、誰かに必要とされてなきゃダメみたいね。だから見境なくいいところを見せ
たくなってしまう。そうじゃなきゃ、誰も自分を見てくれないと思ってしまうから』
私と憂は同じく、『誰かに認めてもらわなくては生きていけない人間』なのだ。
誰か、というものは誰だっていい。
とにかく欲しい。
愛が欲しい。
ただ。それだけの話だったのだ。
「わかったわ。それならぴったりじゃない」
和が話し出す。
口元には笑み。にこりと笑って――
「憂の側に人がいると、誰よりも『優しく』なれる。唯は『唯(ただ)の女の子』でいい。そ
の二人を『和ませる』のが私。それなら、なにも問題ないじゃない。これから、三人で生
きていけばいいのよ」
と。
あまりにも、私たちを救ってくれる一言を簡単に言ってのけた。
133 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:38:16.81 ID:iMPVdsGv0 BE:3117636498-2BP(2050)
季節はまた移って、冬になった。
私たちは冬休み、一度も遊ばずに勉強に励んだ。
和も憂も私に協力して勉強を手伝ってくれた。
別に、誰かに認めてもらえなくても、私は私だということを知ったが、今回ばかりは
和や憂のために頑張らなければならない。
それだけ。
たったそれだけ。その一心で勉強した。
「和ちゃ〜ん。どうしよ〜」
そして、試験当日。
隣で歩いている和は落ち着いた顔をしている。対照的なまでに震えている私とは大
違いだ。
「しょうがないわね……。ほら、耳貸しなさい」
和が私の耳元で、一言だけ。
――よし。
――よし。
それでいい。
それだけで、私は頑張れる。
「よーし! いっくぞー!」
みてる
135 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:43:09.94 ID:iMPVdsGv0 BE:909311437-2BP(2050)
試験会場に入って、一番最初に目に入ってきたのは、ウェーブの髪をしたま眉毛の
太い女の子だった。
素直に美人な人だな、とだけ思った。
私には和がいるじゃないか、と心にとどめておく。
もしかしたら、私は真正のレズビアンなのかもしれない。もしそうでも、まったく問題は
ないのだが。
「受験番号450は……ここだ!」
和は……少し遠い場所に座っている。
その表情は、不安そうな顔をしている。
――なるほど。
じゃあ、やることなんて決っていた。
「ふええええ!! 和ちゃ〜ん!!」
筆箱の中身を床にぶちまけて、鞄の中の参考書も一気に解放する。
和は驚いた顔をしながらこちらに走ってきて、一緒に拾ってくれる。
「まったく……フフフ……」
和が、笑ってくれる。
それだけで、私の緊張もどこかへと飛んでいってしまった。
136 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 23:48:06.74 ID:o5Rhax6pO
支援
137 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/27(土) 23:48:40.38 ID:iMPVdsGv0 BE:519606443-2BP(2050)
そして、中学の卒業式。
卒業式の後に合格発表だなんて、本当に心臓に悪い。
しかし、不安だとかそういったものはない。
すっきりとした気持ちだ。
今までずっと、机の引き出しにしまっていた小さな紙袋を取りだす。
祖母からもらった紙袋。
まだ、結局開けないままだった。
でも、今日は一つの区切りの日だ。
だから、開けよう。
「――あ」
中には、空色のヘアピンが入っていた。
小さな頃、祖母と見た青い空。
そんな色をしていた。
「おばあちゃん。いってきます」
仏壇に頭を下げて、手を合わせて学校へと向かう。
――その日の空の色は、あの時と同じ色をしているような気がした。
SSさえ読めればいいだけの奴はコイツの手段を選ばない自己実現至上を知らないから簡単に支援なんて打てるんだよな
139 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/27(土) 23:59:29.10 ID:WFS25UNH0
うん
140 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/28(日) 00:07:43.98 ID:gwfO27+10 BE:1212414847-2BP(2050)
「和ちゃ〜ん!」
「なによ! どうしたのよ!」
「よかった〜。合格だよ〜」
和に抱きついて、その柔らかい胸に顔をうずめる。
この状態でも歩けるのは和のものすごいところだ。幼いころからの経験値がものを言
う。
それはともかく、私は桜ケ丘に合格した。
どうやら、私の中学からは私と和の二人だけが合格だったらしい。
なんてシビアな入試だろうか。
「和ちゃん! 約束の、ほら! ほら!」
あの日の約束。
勉強をしている間、確かにちょっぴりえっちなこともしたけど、入試2週間前から今日
まではキスもしていない。
だから、合格したときの約束はあまりにも私の欲望の力を刺激した。
「ほら、目つぶって」
唇に優しい感触。
――まだ咲かない桜の木の下。
一生、この人の側にいよう。
そう、決めた瞬間だった。
141 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/28(日) 00:08:52.57 ID:oq8gqQ+K0
っていうかどんな糞SSにも支援する奴はいるからな
漫画や小説でどんなに出来の悪いものでも売り上げゼロなんてことはないように
142 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/28(日) 00:11:44.77 ID:gwfO27+10 BE:779410229-2BP(2050)
――外は暗くなっていた。
私は長い話を本当に時間を忘れてしてしまっていたらしい。
「これが私の昔話。ちょっと色々あったけど、今は幸せだよ」
「……だよな。和も憂ちゃんもすごいな。私にはできないよ」
「っていうか。唯先輩と和先輩ってそういう仲だったんですね」
「素晴らしいわー」
和は、本当に掛け替えのない存在だ。
なにものにも代えがたい、私の大事な大事な親友で――恋人だ。
143 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/28(日) 00:13:57.03 ID:gwfO27+10 BE:1385616948-2BP(2050)
「これで、みんなの昔話も終わったな」
「長かったような。短かったような気がしますね」
「ホントだよね。私が言い出して、ムギちゃんが話し出して」
「私が話して、澪が話して、梓が話して、色々あったんだなって思ったよ」
「そうね。でも、それがあって、今があるのよ」
必要のない過去なんてない。
だから、これからも私は私の過去を大事にしておくだろう。
空色のヘアピン。
外して、眺めると――あの日の空が見えた。
そんな気が、した。
全員分読んだけど、全員メンヘラだった。
145 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/28(日) 00:22:10.66 ID:gwfO27+10 BE:1039212364-2BP(2050)
Epilogue
三人の女性で手をつないで、桜の道を歩いている。
後ろ姿から、その三人がただ仲がいいわけではないことは窺い知れた。
和が、唯の頭を撫でる。
それを見て、憂は対抗するかのように唯に抱きつく。
その姿は、彼女たちが小さな頃を思い出させる。
和は、いつもお姉さんだった。
それに続くように、唯と憂は側にいた。
今は少し変わっていても、きっとこれからはこのままでい続けることだろう。
だって――三人はあんなにも楽しそうに笑っているのだから。
青いヘアピンと、オレンジ色のヘアゴムを見て――そんなことを確信した。
三人に幸あれ、と。
ありもしない身体で、そんなことを願ってみた。
True end
146 :
笑み社 ◆myeDGGRPNQ :2010/03/28(日) 00:24:39.53 ID:gwfO27+10 BE:606207072-2BP(2050)
終わった。
終わった。
147 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/28(日) 00:26:21.61 ID:dxJb4q6e0
乙
148 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/28(日) 00:30:07.85 ID:Dr540xAc0
乙、まだ読んでないけど。
乙でした
150 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/28(日) 00:43:48.57 ID:GaIpAF4a0
これから読む
151 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/28(日) 00:46:29.49 ID:N4zX8n4j0
乙、最初の3行しか読んでないけど
152 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/28(日) 01:22:32.21 ID:LHlHE2fqO
乙
スゲーよお前
スゲーよ
スゲー
乙
154 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
ありゃー…
スレストとうとう来なかったのか…