2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 16:10:32.20 ID:M33LQmbK0
笑福亭スレかと思ったのに・・・
パー速のが良かったのか?
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 17:01:58.20 ID:/HlEodOS0
6 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 17:31:11.91 ID:/2Iw7jY4O
まぁ名前を変えても実質そうなのでこのままいきます
8 :
都留屋シン:2010/03/19(金) 17:57:25.50 ID:imSbaqCO0
時間が推していますが六時半〜七時の間に再開したいと思います。
若干煽りが入らないか不安ではありますが気にせずに行きましょう
それでは準備が出来次第またノシ
sage進行でいけばいいじゃない
さて、それではぼちぼち再開したいと思います。
前回トリップを思いっきり
つけ忘れてしまったのですがまぁなんとかなるでしょう。
それでは続きを始めたいと思います。
最後までお付き合いいただけるとこれ以上のことはありません。
基本sage進行で、思い出したときにageていきます。
11 :
38-1:2010/03/19(金) 18:57:46.43 ID:imSbaqCO0
日が傾いているせいで窓の冊子や光の加減によって
俺の顔にだけ黒い影が張り付いていた。
さながら映画の悪役のようである。
あいつらからは俺の目の光だけが見えているって寸法か?
これはますます犯人染みてきた。
哀れな怪人と化した探偵の、その哀れな末路を看取ってくれるのは
どうやらこいつらだけらしい。このまま消え去ってしまいたかったが、
そんなことは土台無理な話なので俺はただそこにたたずんでいる他なかった。
誰も何も言わない。
俺も、ハルヒも、長門も、朝比奈さんも、古泉も誰も何も言わなかった。
ただ互いの腹のうちを探り合うように、時間だけが過ぎ去っていった。
そうしているうちにいい加減疲れ切っていた俺は
何を言うでもなく連中とは反対方向へと歩き出した。
数歩歩いたところで背後から朝比奈さんの声がした。
俺を呼びとめるその声が。それでも俺に立ち止まる気はなかった。
そのまま歩き去ろうとする俺に朝比奈さんは尚も言葉をかける。
みくる「キョンくん……鶴屋さんが、これを校庭に置いて行ったのっ、
キョンくんへって、書き置きが添えられてたの、だから、
だからせめてこれだけは受け取ってあげて、キョンくん!」
そう叫ぶ朝比奈さんの声は悲痛に満ちていた。
叫び慣れていない朝比奈さんのかすれるような声とその言葉の意味するところに
思い当たった俺は脚を止め振り返った。
12 :
38-2:2010/03/19(金) 19:00:12.69 ID:imSbaqCO0
朝比奈さんは今にも泣き出しそうな顔で俺を見ながら、
その手に例の置き時計を抱えていた。
例の趣味の悪いパチもんくさい置き時計である。
あれは俺が鶴屋さんに買ってあげた、というか無理やり買わされた時計である。
その時計が捨てられたということはすなわち、
鶴屋さんはもう俺との関係を打ち切るつもりなのか。俺はそんな風に感じた。
どうやら鶴屋さんは俺と過ごした時間をすっぱりきっぱりと忘れるつもりらしい。
そして、今まで通り、日々を過ごすことに決めたようだ。
俺のいない時間を過ごすことに決めたようだ。
結局、最初から無理だったのか。
俺が鶴屋さんの隣に立つなんて。共に未来を過ごすことなんて。
最初から無理だったんだな。
キョン「それ……いりませんから……処分しといてください……
お手数おかけしてすいません……朝比奈さん……」
朝比奈さんはすがるように俺を見て言う。
みくる「え、で、でも、これは鶴屋さんが、あなたにって……」
キョン「いりません。捨ててください」
朝比奈さんはしゅんとして押し黙りそれ以上俺に声をかけることはなかった。
これ以上ここですることはない。そう判断して俺は再び歩き始めた。
13 :
38-3:2010/03/19(金) 19:04:53.68 ID:imSbaqCO0
背後からハルヒが俺に向かって叫ぶ声が聞こえた。
ハルヒ「ちょっと、みくるちゃんが持ってけって言ってんだから
持っていきなさいよ! ちょっと、キョン!」
そういって何度も俺のあだ名を叫んだ。
怪人キョン、なんともしまらない名前だな。
これじゃぁどっかの物珍しい草食動物みたいじゃないか。
これが怪盗とかならまだ、いや、関係ないか。
怪傑ってのもいいが、生憎俺は悪役だ。
そんなバカみたいなことを考えていると
ハルヒの呼び声に混じって古泉が俺に語りかけてきた。
古泉「やれやれ、困ったものですね。
これだけ皆さんに迷惑をかけておいて無視して帰るなんて、
男らしくありませんね。まったく、とんだ腰抜けですよあなたは」
うるせぇ古泉。その挑発には乗らんし、男らしくないことは今に始まったことじゃない。
とにかく今は誰とも関わり合いたくないんだよ。俺のことなんか放っておいてくれ。
お前に返す言葉なんて初めから持ち合わせちゃいないんだ。
古泉の言葉に胸中悪態を吐きながら俺は振り返らずに歩き続けた。
それでも古泉は俺への非難をやめないとしない。
いい加減に腹が立ってきたが、今さら振り返る気も起きなかった。
古泉「どうして逃げるんですか。谷口さんを殴り飛ばしたからですか?
鶴屋さんに逃げられたからですか? あなたは何に怒っているんですか?
そもそも誰かに怒る資格があなたにはあるんですか?」
14 :
38-4:2010/03/19(金) 19:11:22.16 ID:imSbaqCO0
んなもんねーよ、ねーから俺はさっきまでこっぴどく叱られてたんだ。
そしてこれから正にその代償を払うんだ。
これ以上俺の傷口を広げるような真似はやめてくれ。頼むからよ。
古泉「まったく、あなたという人には失望しました。
これまであなたを信じて見守ってきた僕たちに
失礼だと思わないんですか?
あなたは本当に馬鹿ですね。馬鹿な人です。
どうしようもないくらい残念な子です」
畜生、腹が立つ、やっぱりこいつには腹が立つ。
一回くらい決着をつけておいてもいいかもしれないが、
腕っ節がいつものゲームの結果と違うのは目に見えている気がした。
一回ぐらいはこいつを殴りつけてやりたい。
だがそれでも振り返ってやらん。絶対に、絶対にだ。
もうこれ以上は、これ以上は何もしたくないし、されたくもない。
誰にも、誰とも関わり合いたくないんだ────。
古泉「やれやれ、あなたもまったくしょうがない人ですね。
そんなあなただから、鶴屋さんにも逃げられてしまうのでは?」
その一言で俺は立ち止まった。
キョン「なんだと……?」
その言葉はまさに事実だった。少なくとも俺にはそう思えた。
その事実に胸をえぐられて俺は脚を止めてしまった。
したり顔で微笑む古泉の顔が思い浮かぶ。畜生、また、俺は、自分で────
15 :
38-5:2010/03/19(金) 19:16:59.48 ID:imSbaqCO0
古泉「あなた、”おつむ詰まってますか?”」
その一言にはっとして俺は思わず振り返った。
視線の先にいる古泉の表情は俺が想像した通りのニヤケ面だった。
しかしそれは挑発に成功したからというわけではなく、
本当に俺を見守っているような穏やかなものだった。
呆気にとられて体から力が抜けてしまう。
なんだ、聞き覚えがあるぞ。今の言葉は、確か、確か────
古泉「どうですか、涼宮さん。この僕の紅色の脳細胞にかかれば、
彼を引きとめることなど造作もないのです」
ハルヒ「さすがね、褒めてつかわすわ。
そしてどうやら、あっちにも話をする準備はできたようね」
そう言って堂々と胸の前で腕を組んだハルヒの浮かべる笑みは
いつもの何倍も迫力溢れるものだった。
気迫と言ってもいい、それほどの凄味を感じさせていた。
俺は思わずサスペンスの三流悪役のようにたじろいでしまった。
そのリアクションを見て大いに満足したハルヒは朝比奈さんの手から
置き時計を取り上げると大きく振りかぶり力の限りおれに投げつけてきた。
あんまり強く投げるもんだから危うく受け取り損ねるところだった。
こんな安モン、落としたらバラバラに砕けて大変なことになるだろうに。
そんなことにも構わずにハルヒは銃を構えるような仕草で人差し指を俺に向ける。
16 :
38-6:2010/03/19(金) 19:22:03.65 ID:imSbaqCO0
ハルヒ「あんたが何するつもりなのかはわかんないけど、
中途半端に終わらせたら承知しないんだからね!
その時はあたしがブローニング片手に学校中を追い回して
蜂の巣にしてあげるわ! 覚悟しときなさい!」
ハルヒがとんでもない事を言う。
だからブローニングはシーズン6の16話に一回使ったきりだっつーに!
ってこのツッコミも前にもしたことがあるような……そんな気がする。
終業式の日、春休みの前日に。SOS団の部室でした会話にそんなやりとりがあった。
こいつら、覚えているのか。まさか、覚えているっていうのか?
それははっきりとはわからなかったが、それでもそこには、
あの探偵ごっこをやっていたあいつらの変わらない姿がそこにある気がした。
たとえ時間の輪が閉じても変わらない、バカみたいなあいつらがそこにいるような感覚が。
それだけはまったく、これっぽっちも、変わることがないと強く主張するように。
自分たちの存在を示していた。
消えてしまった過去の、閉じ込められてしまった過去のその向こう側から。
確かに聞こえた気がした。
こいつらのバカ騒ぎが、喧騒模様が、そして、続いていく日々の宴が。
長門が突然カバンの中からもじゃもじゃのカツラを取り出しおもむろに頭に装着して言い放つ。
長門「新シリーズは……近い────」
長門の目が力強くキラリと光った。マジか、それマジなのか長門、
信じていいんだな? 信じていいんだよな、長門さん!?
17 :
38-7:2010/03/19(金) 19:25:51.27 ID:imSbaqCO0
長門は俺の言葉に小さくコクンと頷いた。
ってなんでお前にそんなことがわかるんだよっ!とはツッコミきれないままに
長門が放った「我々がそうする」という言葉に内心ドン引きしながらも
楽しみにしているようなその表情に何も言い返すことができなかった。
海外ドラマが延々とシーズンまたぎで作り続けられる秘密がそこにはあったのかもしれない。
だがそんな秘密を掘り起こす気は俺にはまったくこれっぽっちもなく、
エリア51にグレイ型の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースが
いるかどうかなんて考えたくもなかった。
どうも長門の方は微妙に覚えているみたいだった。
さすがというかなんというか、
8月に夏休みを繰り返した時も一周欠かさず覚えていた長門なら不思議はないのか。
というよりもあの法令線とカツラにかける情熱が時間の壁を突破したのだと思う方が
俺的にはしっくりくるのだが。どうなんだろう。
それはちと面白おかしく考えすぎなんだろうな。うん。
若干鶴屋さんの癖が移ってしまったような自分に奇妙なおかしさを覚える。
一方朝比奈さんはというととても何かを言いたそうにしていたのだが、
ハルヒに背中をドンッと叩かれて
「さぁ、みくるちゃん、カミさんの話をしてあげなさい!」とたきつけられると
「う、うちのカミさ……え、あたし女の子なのに……カミさんなんていませんー……ふえぇ……」
となんとも痛々しい目を伏せたくなるような悲痛な表情で
一つしかないネタを繰り返しそのたびに涙を潤ませて押し黙っていたのだった。
南無阿弥陀仏、成仏してください朝比奈さん。
あなたのごこーいはほんとーに忘れませんから。ええ、もうほんとに。
18 :
38-8:2010/03/19(金) 19:30:01.97 ID:imSbaqCO0
俺はハルヒに投げつけられた鶴屋さんが校庭に残していった置き時計に
視線を落とす。たしかにテープで紙がくっつけられていて俺への宛て名がある。
だがそれ以外には何も書かれておらず鶴屋さんの意図がさっぱり読めない。
いったいどういうことだ。また謎解きかよ。俺のありきたりな脳細胞には酷な作業だ。
そう思って置き時計を眺めているとなんだかその嫌味なデザインに腹が立ってきた。
いったいどこの馬鹿がこんなデザインを好むというのか。
あ、鶴屋さんだった。これは失敬。考えろ、考えろ俺。ううむ、うーうむ。
そうして置き時計を何度かひっくり返しているとメーカーのロゴが目に入った。
たしかこれは丸鶴デパートにあったあの時計店謹製の品だったよな。
あの店の雰囲気にまったくそぐわないこの悪意に満ちたデザインに
とてつもない違和感を感じたんだ。そう、あの店の名前を、俺は確か……。
Okey-Dokeyを、置き時計と読み間違えたんである。
そのあとOK時計とも読み間違えたな。
Okey-Dokey。
確か鶴屋さんに意味を教えてもらってたんだが、なんだっけか。忘れた。
いやいや、思い出せ、思い出せ俺。
なんかすげぇ大切で重要なことのような気がするぞ、がんばれ俺。ふぁいとっ! 俺!
主になけなしの脳細胞! よし、ピンと来た、違った、なんだっけ、思い出した! かもしれない。
そうしてようやく回答に思い至った瞬間俺の全身に電撃が走った。
正確にはそのあまりのくだらなさに驚愕しちまった。
19 :
38-9:2010/03/19(金) 19:34:49.58 ID:imSbaqCO0
鶴屋さんはこれをどこに置いていったって。
確か校庭だったよな。これを校庭に置いていったんだよな。
それが本当なら、もしそうなら、これは、これはあまりにも─────────
馬鹿馬鹿しい事件だった。
置き時計のロゴ。Okey-Dokey=OK
買ってきた店の名前。OK時計、じゃなかったロゴと同じOkey-Dokey=OK
置いていった場所。校庭=肯定
そのあまりのくだらなさに俺は放心した。
あまりにもくだらないダジャレだった。
そしてそれにすぐ気付かなかった俺の脳細胞の残念さといったらなかった。
おそらく俺が一つのヒントで気づかなくても大丈夫なように
それはもう念入りにダブルトリプルミーニングで答えを用意してくれたに違いない。
つまり、このシャレのくだらなさはイコール、
俺への気遣いというか保険のようなものである。
俺がどんだけ馬鹿で阿呆で残念な子でもさすがにこれには気づくだろうという
深い深いおもんぱかりと遠謀の結果である。
それすら見過ごしかけた俺のあまりの間抜けさを自分自身でも残念に思った。
ようはフツーにOKの返事である。
鶴屋さんがなぜに逃走したのかはまだわからないが、
それでも自宅にお邪魔してもいいことにはなった。
俺の不躾と不作法とその他もろもろの下心は無駄ではなかったのだ。
20 :
38-10:2010/03/19(金) 19:40:00.34 ID:imSbaqCO0
そう思うと現金なもので、
腹の底や胸の奥からふつふつと力がわいてくるようだった。
頬が緩むのを止められない。
怪人百面相というのもあながち間違った例えでもないのかもしれない。
きっと今の俺の表情は緩みに緩みきってだらしがないくらいなのだろうから。
顔を上げて連中を見るとあいつらも俺に負けないくらい嬉しそうに笑っていた。
ハルヒ「谷口の馬鹿にはあたしが追加で制裁を加えておくから気にせずに行ってきなさい!」
いやそれはだめだろう! おい! 謝っといてくれとは言わないがそれだけはやめてくれ頼むから!
古泉「後の処理は機関に任せてください。今あなたを失うのは、我々にとってもマイナスですから」
そう言って目いっぱい邪悪に笑う古泉。悪人くさい雰囲気すらかもしだしている。
こえーよ、お前らの組織こえーよ! ていうかいったいどこまで権力あるんだよお前ら。おい笑うな。
長門「大丈夫。それがかなわないときは私が全員逮捕する。安心して。自供を引き出すのは得意」
いやいやそれ自供じゃねーから、脅迫だから!
頼むから暴力的な手段だけは控えてくれ、マジで!
そして唯一特にすることがない朝比奈さんはしばらく周りを見回しておろおろとしていたものの、
意を決したように真剣な表情で眉根を寄せると珍しく普段より一際大きな声を上げて叫ぶ。
みくる「か、カミさんに全部やってもらいます!」
そう言って俺に向けて力強く人差し指を突きだした。
勇気と元気を目いっぱい振り絞った朝比奈さんは居もしないカミさんに何かをさせると言う。
21 :
38-11:2010/03/19(金) 19:43:12.86 ID:imSbaqCO0
朝比奈さん、そこまで無理をしなくても……。
俺がそう思っていると組んでいた腕を崩して
朝比奈さんの隣に歩み寄ったハルヒがその背中をバシンとはたく。
ハルヒ「みくるちゃん、よくぞ言ったわ!
それでこそ刑事……なんだっけ? まぁいいわ、とにかく偉い!」
ハルヒの気合のこもった一撃に
「ふえぇ!」とたじろぎながらも朝比奈さんは恥ずかしそうに照れ笑った。
そんなハルヒと朝比奈さんを見ているとふとある疑念が浮かんだ。
朝比奈さん、まさかカミさんってのは神さんのことじゃないでしょうね。
それだけは、それだけは本当にやっちゃいけないことですから!
触らぬ神になんとやらですから! マジで洒落になりませんからっ!
触る神どころか叩いてくる神にバシバシとはたかれながら
朝比奈さんは頭をかばいつつ何度も「やめてください〜」と悲鳴を上げている。
ハルヒもちょっと調子に乗り過ぎな気もするが、勇気を振り絞って
ついに配役を完遂した朝比奈さんに対するねぎらいの気持ちの表れなのだろう。
いわばこれは古泉に出したグッドサインと同じものなのだ。
それにしては過激だが、まぁハルヒなりの愛情表現のようなものだと思われた。
22 :
38-12:2010/03/19(金) 19:46:07.96 ID:imSbaqCO0
似たような感じで鶴屋さんにバシバシとはたかれたり殴られたり蹴られたり
口の中にアイスをつっこまれたり脳天に空手チョップをくらわされたり
指に噛みつかれそうになったり舌をホールドされたり顔面を指で突かれたり
両頬をつかまれタコチューにされたりなじられたり罵られたり
無理やり押し倒されたり頭を鷲掴みにされ髪の毛をめちゃくちゃにされたり
指で無理やり眉間にシワを作られたり……多いな……
された俺としてはその気持ちは痛いほどにわかるのだった。
ついでに若干凹む気持ちも併せて。がんばれ、朝比奈さん。
思えば俺は鶴屋さんに何かをしてもらって、もといされてばかりだった。
自分からあの人に絡んだことはあったものの、
それよりも圧倒的に鶴屋さんが俺に絡んできた回数の方が多い。それがとても心残りだ。
俺があの人に、鶴屋さんに何をしてもらえるかなんてどうでもいい。
ただ俺は何かをしてあげたかった。
俺なんかにもできることがあるのなら。俺なんかを求めてくれているのなら。
あの人のもとへ駆けつけないわけにはいかなかった。
あの人が逃げるというのなら、俺は追いかけるまでだ。
そうしてずっと引き寄せられるままに。
俺は鶴屋さんのそばにずっと居たのだから。
23 :
38-13:2010/03/19(金) 19:50:03.28 ID:imSbaqCO0
キョン「お前ら、ありがとよ! 恩に着るぜ、後のことは全部任せた!
っていうか俺にはできることなんて最初からないしな、だから全部、
任せたぞ! 俺はさっさと行ってくる、やり残したことを済ませてくる!」
そう言ってあいつらの返事を待つまでもなく走り出した俺の背中に、
あいつらの声援が浴びせられた。
ところどころアホだのバカだのボケだのキョンだの酷い罵詈雑言を
主にハルヒに浴びせられながら俺はカバンも取りに戻らないまま学校を出た。
脇目も振らず人気のない校庭を走り抜け校門を通り過ぎると
路肩に黒塗りのセンチュリーが停まっていた。
いつぞや鶴屋さんが乗ってきたいかがわしい高級車である。
運転席のウィンドウが音を立てて下がる。
なんだ、鶴屋家が寄こしたヒットマンでも出てこようってのか、
そいつはGか、それともバーコードか、弾道を曲げるタイプのスタン、じゃねぇ暗殺者か、
なら物影に隠れても無駄じゃないのか? マジでピンチかもしれない。
などといい加減な洋画の知識を駆使しながらなんとか生存の可能性を探っていく。
俺が本気で戦慄したのも無理はない。
窓の向こうから発される空気の異質さというか凄味と呼べる迫力を肌で感じ取ったからだ。
数多幾多の戦場と人生を駆け抜けたような
渋いダンディーさを纏ったその人物が車の窓から顔を出した。
荒川さん「どうも、お待ちしていましたよ」
……なぜに荒川さんがここに?
24 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 19:51:58.91 ID:hLmq/bi9O
支援!
25 :
38-14:2010/03/19(金) 19:54:34.17 ID:imSbaqCO0
しかもこれ、鶴屋さんが前に乗ってきた車でしょうに。
機関と鶴屋家は相互不可侵じゃないんですか?
荒川さん「スポンサー特権ってやつです。
株主優待のようなものだと思ってください。わりとよくあることですよ」
地味にリアルな話だった。しかもわりとよくあるんですか。意外といい加減な組織だなおい。
それともそれを頼む鶴屋家の人間がちゃらんぽらんなのか?
キョン「まさか普段からそうしてるとか……」
荒川さん「いいえ、スポンサーから依頼があればたまに、という程度です。
春休みの間に常の使用人全員に暇を与えたそうでしてね。
あなたが探しているお方のお父上に指名されまして、
私はいわば日雇いの勤めに出ていたわけです。
と言っても臨時の送迎サービスみたいなものですよ。
私は超能力者ではありませんから手が空くこともありますからね。
こうして組織に貢献するのも悪い気はしませんよ」
とするとあの日も荒川さんが運転してたってのか。
如何に優れた組織であろうと運営資金なくしては人も物も集まらないだろうし
案外こういうサービスをそこかしこでやっているのかもしれない。
そう思えば納得がいくようないかないような。とにもかくにも俺には僥倖である。
キョン「それじゃぁ、乗せて行ってもらってもかまいませんか……?」
荒川さん「もちろんです。その為にここでお待ちしていたんですからね。
もっとも、あなたが嫌がろうと無理やり連れてくるよう
厳命されていますからあなたの意思は関係ありませんが」
26 :
38-15:2010/03/19(金) 19:58:48.33 ID:imSbaqCO0
笑みをたたえながら言う荒川さんの言葉を聞いて
俺は思わずずっこけそうになった。そして背筋に寒気が這い回った。
どうやら鶴屋さんは俺が謎解きに失敗したときのことまで考えて
保険を用意しておいたらしい。たぶん、おそらくではあるが
俺と荒川さんが顔見知りなのを知っていたのかもしれないし、
単に荒川さんの腕っ節がいいと踏んだだけなのかはわからないが、
まぁいい、俺は黙ってこれに乗ればいいだけなんだから話は簡単だ。
座り心地絶妙なバックシートに腰を下ろした瞬間車が突如急加速して
明らかに法定速度を数十キロは超えた速度で走りだした。
不安は感じるが俺にできることはもちろんない。
荒川さんが大丈夫だと判断してるんだから大丈夫だろう。
そうして俺は何度も顔面を青ざめさせたりパトランプの赤に照らされて
紫色に染まりながらもなんとか無事に鶴屋家の門前までたどりつくことができた。
正直言って死ぬかと思った。
しかしそこはそれ荒川さんの運転技術が素晴らしかったおかげで
酔って吐くこともなかった。
俺を下ろした荒川さんは俺に通用口の鍵を渡すと
戦闘機のパイロットの如き堂に入ったグッドサインを作って
何も言わずに走り去って行った。
手渡された鍵を呆然と眺めつつ
一応これも鶴屋さんが用意したものなのだろうと思い
通用口を開けて扉をくぐった。
27 :
38-16:2010/03/19(金) 20:01:51.28 ID:imSbaqCO0
一応中に入ったはいいが
ここからどうすればいいのかさっぱりわからない。
その場に靴を脱いで無断で上がらせてもらった俺は
一度行ったことのある場所、春休み三日目に日向ぼっこをしたり
膝枕をされたりした縁側に足を向けた。だがそこには何もなかった。
強いて言うならどういうわけかごはん粒が一つだけ落ちていたということぐらいだ。
ごはん、ごはんか。
以前鶴屋さん手作りの昼食をご馳走になった部屋に行けってことなんだろうか。
自分の推測に自信は抱けないながらも俺は指示されたであろう部屋へと向かう。
屋敷に人の気配はなく一見して無人のようにも感じる。
果たして鶴屋さんは本当にあの部屋にいるんだろうか。
とにもかくにも行ってみないことにはな。
障子戸を開いて昼食をご馳走になった部屋を覗くも鶴屋さんはいなかった。
なんだ、違うのか。とすると台所か? ダメだ、場所がわからん。
それともあのごはん粒はただの落し物だったのか。
いや、そんなことはないと思うんだが。
そう思って部屋の中を観察していると奥のふすまが目に入った。
俺が勝手に侵入して鶴屋さんにとっちめられたあの廊下に出るふすまである。
鶴屋さんが俺をここに導いたのはつまりこの戸を通って来いということなのだろうか。
俺は部屋の奥の扉を開いて廊下に顔を出した。
そこはなんとも薄暗く不気味な感じがした。
28 :
38-17:2010/03/19(金) 20:04:54.40 ID:imSbaqCO0
ところどころ障子を透き通った光が覗くものの、
日が傾いた今はその光もほとんど届かず不気味な空気が漂っている。
日本家屋のこういうところは苦手に感じる。
これだけ大きな屋敷になればなおのことだ。
俺は恐る恐る脚を踏み出しながら軋む床の音を耳障りに感じつつ
屋敷の奥へと続くT字路へとたどり着いた。
確か、俺はちょうどここで鶴屋さんに発見されて盛大に驚いたんだった。
思い出すだけで情けない、それはもう情けない探偵だった。まさに不作法探偵だ。
とはいえ今は探偵ではなくモノホンの闖入者、じゃなかった
招かれたる者なので遠慮することはない。
妖怪とか飛び出して来やしないだろうな、などと真剣に失礼なことを考えつつ
俺は奥へ奥へと足を踏み進めた。正直帰りたい、いやダメだ。
怖い、じゃないがんばれ俺。
そういえば鶴屋さんはこの廊下の向こうには奥座敷があると言っていた。
家人や使用人を遠ざけて一人になりたい時はそこに居るのだという。
その話を鶴屋さんの口から聞いたとき俺はいつかそこに招かれてみたいと思った。
今思っても不躾な話だが、それが今実現しているというのか。
つまり今この状況はあの日俺が願った通りだっていうのか。
鶴屋さんが一人で居る為の空間。そこに招かれるというのはどういうことなのか。
あの時はなんの実感もなくただそうなればいいと漠然と願っていた。
それはごく曖昧な願望だった。
29 :
38-18:2010/03/19(金) 20:09:19.82 ID:imSbaqCO0
今現実となって俺の目の前に続いている道筋。
それで正解なのかどうかはわからないが、今は何も考えず進むしかない。
日の光も届かない暗がりの中を歩いていくしかない。
その先に鶴屋さんが居るのかどうかもわからない。だが進むしかないんだ。
それしか俺にはできないんだ。
あの人が俺を待っている、その僅かな可能性でもあるのなら。
足を踏み出さないわけにはいかなかった。
手で壁をなぞりつつ足元を確認しながらつまづかないよう慎重に
一歩一歩進んだ俺は廊下の先に光を見た。
ふすまの隙間から覗くごくわずかな光だった。
おそらく日は沈んでしまっているだろうから日の光じゃない、
おそらく間接照明か何かの灯りなんじゃないだろうか。
誰かがいるのか。居るとしたら一人しかいない。
俺が鶴屋さんが用意した道を正しく辿ってこれたのなら
このふすまの向こうには鶴屋さんが居るはずだ。
吹き抜けの廊下で唇を重ねた後、
涙を流しながら俺に背を向け走り去った鶴屋さんの後ろ姿が脳裏によぎる。
何を今更ためらっているんだ俺は。
今更鶴屋さんと会うのが怖いのか?
あぁ、怖いとも。この先に居るのが鶴屋さんだとして、そうして何を話し、
何を伝えればいいのか。その言葉を俺はいまだ用意できていない。
し
31 :
38-19:2010/03/19(金) 20:16:44.11 ID:imSbaqCO0
そして、この先に待っている鶴屋さんが俺を受け入れてくれるとは限らない。
鶴屋さんは一度記憶を失って、俺と関係を持つ以前の鶴屋さんに戻っているのだ。
その鶴屋さんが俺の知っている鶴屋さんと同じように
俺との関係を継続することを選んでくれるのか。それはまったくの未知数だった。
この先に居るであろう鶴屋さんは、俺が知っている鶴屋さんとも
俺が知っていた鶴屋さんとも違う全くの、いわば新たな鶴屋さんだと言える。
それは俺の知らない鶴屋さんだ。
その心情を俺は正しく読み取ることができるのか。
誤解なく、想いを伝えあうことができるのか。
以前と同じように、俺の言葉に笑顔を返してくれるのか。全く以て不明解だ。
その事実がふすまにかけた俺の手をためらわせていた。
拒絶されてもおかしくなく。
受け入れられたとしても以前の鶴屋さんとは違う部分に対して
俺はどう接すればいいのかがわからない。
ただそうだとしても、一人で居る為の空間に
俺を招き入れてくれたその事実だけを心の支えにするしかない。
迷いがあるのは常にそうだ。俺は常に、ずっと、一番初めの最初から。
こうして迷い続けてきたんだからな。
そんな状況を常にひっくり返してくれたのが鶴屋さんの底抜けの明るさと押しの強さで、
そして、俺自身の鶴屋さんのそばに居たいという想いだった。
推理はもういい。何もかもここに置き去りにして、俺は今ふすまを開くしかない。
32 :
38-20:2010/03/19(金) 20:21:46.40 ID:imSbaqCO0
ここに居る俺は迷探偵でも、真犯人でもない。
ただの俺だ。ただそれだけの俺だ。
何者でもないジャスト・ライク・ザットだ。
なら、俺は。
俺が俺の思う通りに。やりたいようにやろう。
その想いだけがややもすれば止まりがちな俺の足を踏み出させてくれる。
俺は日本家屋独特の木材に囲まれ篭もった空気を静かに深く吸い込み、
肺の底に溜めてからゆったりと吐き出した。
腹は決まった。俺はふすまにかけた手を横に動かす。
そこは小さな部屋だった。
俺の部屋ほどもない小さな暗室だった。
一応採光用の小窓が奥に一つ見えたものの
構造上必ず部分的な暗がりが生じるよう設計してあるように見えた。
広さは本間の畳で四畳半ぐらいだろうか。
何分暗いせいで具体的な広さが把握しづらかった。
確かに精神を統一するとかそういう用途には向いているように見えた。
卓台というか小さな文机のようなものが一つ据え置かれている。
ごく小さな収納や飾り棚もある。
ただそれ以上余計なものは一切なく無駄のない簡素な室内だった。
33 :
38-21:2010/03/19(金) 20:27:49.67 ID:imSbaqCO0
多少広い茶室といった趣きである。
部屋に一歩足を踏み入れて左を見ると間接照明が一つだけ床に置かれていた。
デスクライトとそう変わらない大きさの和紙でくるまれた照明で
やわらかな光を発していた。
ただ部屋全体を照らすような灯りではなく、
むしろ光と影の境界を明確にするためのそれであるように思えた。
奥の窓からは月明かりさえも覗かない。
おそらく奥に採光用の空間があるのだろうが月光の反射ではここまで届かないらしい。
右手を見ると奥にもう一つふすまがあった。押し入れのようにも見えたが、
こう広い屋敷のことだから奥にまだ部屋があるのだとも思える。
俺はかろうじて照明の光が届き光と闇の境界に立つそのふすま戸に手をかける。
扉を開くことは簡単で奥はやはり部屋のようだった。
だが先程の部屋とは比べ物にならないほど広い。
空気の感じや音の響きから少なくとも十畳では済まないだろう。
照明に照らされるのは敷居の少し手前までで室内の様子はまったく伺えない。
先程の照明を使えないかとは思ったが充電式のものには見えなかったし
こう暗く広いと電源が見つけられないどころかそもそもあるのかすらもわからない。
先は読めないがもう考え込む気にはならなかった。
俺は何も考えずに足を踏み出すことにした。
俺はもう探偵でもなんでもないんだ。
ならここは普段何も考えていない俺の通りに。何も考えずに進もう。
34 :
38-22:2010/03/19(金) 20:31:51.97 ID:imSbaqCO0
開き直ってみれば案外楽なもので半ばヤケクソ気味に大股で
部屋の奥へ奥へと踏み出した俺はやがて闇の真っ只中に佇んだ。
照明のかすかな光も届かない本当の闇の中に。
さてこれからどうしよう。
そんなことを思っていると背後のふすまが音も立てずに閉まり、
突然まったくの暗闇になってしまった。
暗黒の中に取り残された俺はふすまを閉じた者が誰なのか、
考えるまでもなくその名を呼んでいた。
キョン「鶴屋さん? 鶴屋さんなんですか……?」
正直自信はなかった。
闇の中に閉じ込められるような形になったのは
正体を知られるのが不都合だからという可能性もある。
ふすまを閉めたのが鶴屋さんだと言うならなぜそんなことをする?
俺に姿を見られたくない理由でもあると言うのだろうか。
混乱しながらも俺はその場に佇んで返ってくる言葉を待った。
だがそれは待てど暮らせどやってこなかった。冷や汗が頬を伝う。
もし鶴屋さんじゃなかったら? などというくだらない考えが頭をよぎる。
鶴屋さんでないなら誰だっていうんだ。
こんな不気味な雰囲気に飲まれてたまるか。
そう決心した俺はふすまの方へ振り返り周囲を手で探りながら
わずかずつ足を擦って前に進んだ。
ふむ
36 :
38-23:2010/03/19(金) 20:37:50.38 ID:imSbaqCO0
ふすまの隙間から光が漏れてくることもない。
元々そんなに確かな光でもなかったのだから当然か。
ふすままでそれなりの距離がある。
一歩進むたびに距離感と方向感覚を失いそうになった。
少しずつ方角が見失っているような気がして俺の不安は一層高まった。
手で何かを頼りにできればいのだが。
そう思って周囲を探っても何に触れることも、壁に触れることもなかった。
自分が今どこに立っているのかもわからないまま、俺は手探りでゆっくりと歩み進んだ。
暗中模索。今の俺にふさわしい言葉だった。
キョン「鶴屋さん、そこに居るなら返事をしてください。
あなたが許してくれたから俺はここまで来れました、
だから顔を見せてください、鶴屋さん。そこに居るなら、出てきてください!」
そう天井が高いというわけでもないのだろう。
部屋の奥や天井に反響した俺の声は距離感を狂わせるには十分なほど
何に減衰されることもなく跳ね返ってきた。調度品などは何も置かれていないに違いない。
でなければここまで綺麗に音が跳ね返ってくることはないだろう。
それはさらに、もしかするとこの場には俺一人しかいないのではないだろうかという
疑念と不安を増幅させる。まさか座敷牢というわけではないだろうが、
生活感のない雰囲気が俺の神経を摩耗させていた。
何度も鶴屋さんの名前を読んだ。
しかしそれでも言葉が返ってくることはなかった。
そうして歩み進んでいるうちになんとか元のふすまにまで辿りつくことができた。
さ〜るよけ!
38 :
38-24:2010/03/19(金) 20:42:11.65 ID:imSbaqCO0
手をかけてふすまを開こうとしたが
何かがつっかえているような抵抗を受けて少しも開くことができなかった。
まさか、本当に閉じ込められたっていうのか。
俺の背筋に寒気が伝った。かけた手に力が入らない。
もしかして、もしかすると、いや、まさか。
そんな風に俺は何度も自分が置かれた事態にあれこれと考えを巡らせていた。
そうして閉じ込められたということ以外に、思い当たることが一つ。
このまま今以上に力を込めれば無理やり開くことはできるかもしれない。
だが、それはふすまを閉じた者の意図に反することのように思えた。
俺を閉じ込めるだとか、そんな目的で閉じられたとは思いたくなかった。
顔を見たくない、あるいは見られたくない理由、いや、事情があるのだとしたら。
このふすまは開いてはいけない。たとえ俺の不安がどれだけ増大しようとも。
それが鶴屋さんだったというのなら、なおさら俺はその意図に従う義務がある。
それが俺をこの空間に招き入れてくれた鶴屋さんに対して
俺が返せる唯一の謙譲の姿勢な気がした。
戸にかけた手を離して俺はふすまを背にしてその場に座り込んだ。
深く息を吸い込んだ後軽くもたれるとふすまは俺の体重でたわまずにわずかに抵抗した。
まるで反対側から誰かがもたれかかっているような感覚だった。
ふすまを手で抑えるということはないだろう。それなら位置がおかしい。
それは間違いなく、俺と同じように反対側でふすまに背を預けている者が居ることを表していた。
その人物が何者なのか。考えるまでもなかった。
39 :
28-25:2010/03/19(金) 20:46:38.87 ID:imSbaqCO0
キョン「鶴屋さん……ですか……」
おれはもう一度その人の名を呼んだ。
暗闇の中で何度も呼んだその人の名を。
春休みの初めから。ずっと呼びつづけてきた人の名前を。
俺はそれ以上言葉を発することなく、
沈黙の中で暗闇を見つめ続けながら言葉を待ち続けた。
見ることも、感じることも叶わない空間にまるで言葉だけが置き去りにされているようだった。
感じることも見ることも許されない、
聞き、話す、言葉のやりとりだけが許された空間だった。
まるで他の何者も余計で邪魔だとされているように。
背中の抵抗感が少しだけやわらぎ、ついで少しだけ重たくなった。
感覚が変わった。
おそらく背をもたれさせるのをやめ正面に向き直ったのだろう。
重心を先程よりも上に感じる。ふすまに寄りそうような形になっているのだろうか。
頭の中でその姿を想像する。
俺はふすまの反対側の人間を鶴屋さんと断定した。
やはり鶴屋さんは俺を待っていたのだ。ここで、この空間で。
伝えたいことがあったから今ここでこうしているのだ。
俺は鶴屋さんの答えを待った。
ふすまの向こう側からポツリポツリと、声が聞こえ始めた。
もふもふ
41 :
28-26:2010/03/19(金) 20:50:38.18 ID:imSbaqCO0
鶴屋さん「キョンくん……ごめん……
こんな風にしか話せなくてさ……ほんとにごめん……」
その声音は弱々しく、覇気が感じられなかった。
俺が知っていた鶴屋さんの声でも、俺が知っている鶴屋さんの声でもない。
やはり今の鶴屋さんは、俺の知らない鶴屋さんだった。
キョン「いいんです……無理やり訪ねてきたのは、俺の方ですから。
招いてくれて、ありがとうございます」
鶴屋さんは俺の顔を見たくないのではなく、
おそらく見ることができないのだろう。
だから直接俺に来てもいいと答えることはできなかったし、
玄関で迎えることもできなかった。
まわりくどいささやかな手がかりを残して俺をここに誘導することしかできなかった。
温もりも表情も押し隠すために、それは自分の感情を俺に見せないためなのだろう。
あの探偵ごっこを通して俺たちは互いの仕草や表情や
瞳からさえ互いの感情が洞察できるほどに互いの距離を縮めていた。
その洞察が、今は余計なのだ。
ただ純粋に言葉を交わすにはあまりにも性急過ぎるのだ。
今の俺と鶴屋さんに必要なのは瞬間的に心を通わせることではない。
それでは何も解決しない。今必要とされているのは、ちゃんとした言葉によって。
想いを伝えることだけだった。
42 :
28-27:2010/03/19(金) 20:55:01.02 ID:imSbaqCO0
鶴屋さん「ううんっ……来てくれてありがとっさ……キョンくん……
あんな風に逃げておいてさ、キョンくんを傷つけたのに……
いろいろ勝手なことまで手を回しちゃってごめんよ……」
キョン「少しだけ怖い思いはしましたけど、大丈夫です。
むしろ助かりました。さすがに走ってここまでくるのは無理がありましたからね」
ふすまの向こうで鶴屋さんが少しだけ笑ったのがわかった。
声は聞こえなかったが、なんとなく、背に感じる感覚で。
俺もなんとなく微笑んでしまう。少しだけ息を吐く時間を得て俺はもう一度深呼吸をした。
俺は鶴屋さんに伝えることがあった。
キョン「過去は……閉じ込められてしまいました……
時間の輪ってやつに……説明すると、ややこしいんですけどね……」
鶴屋さん「それは、なんとなくわかってっからさ……いいよ……
まだ、他にも……話したいことはあるんだよねっ……?」
その言葉は俺の考えを見透かしているというよりも
そうであって欲しいという願いに根差すものなのだろう。
そして当然のこと、俺はまだすべてを伝えていない。
最初から最後までの何もかもを。その感情のすべてを。
キョン「えぇ、もちろん……」
俺はもう一度深く息を吸い込んだ。その音も重さの感覚も伝わっているのだろう。
今度は鶴屋さんの方が何も言わずにじっと待っててくれていた。
俺はゆっくりと息を吐き出し呼吸を整えてから話し始める。
43 :
28-28:2010/03/19(金) 20:58:56.14 ID:imSbaqCO0
キョン「過去は、閉じ込められてしまいました……、
だから、今これから、あなたと始めたいんです……。
新しい時間を、新しい俺たちの時間を、今、これから……。
正直、あなたが居ないと、俺はどうにかなってしまう。
これは本当に俺のわがままで、何の正しさも根拠もありません。
ただ、俺にはあなたが必要で、俺にはあなたが足りなくて……
それが……苦しくてたまらないんです……鶴屋さん……」
俺は自分の気持ちを吐き出した。
感情に流されないよう必死に自分をなだめながらありのままの本心を語った。
先走らないよう気をつけながら発した一言一言に何の嘘偽りもなかった。
その言葉がどれだけ鶴屋さんに届いたのかはわからない。
そうして今度は、俺の待つ順番がやってきた。
しかしそれはすぐに終わりを迎えた。
鶴屋さん「キョンくん……聞いてほしいっさ……」
なだめるように、落ち着かせるように語りかけた鶴屋さんの言葉に
悪い予感を感じて俺は唇を噛みしめた。
拳を握りしめて後に続く言葉に備える。
そんなことは無意味なことだとわかっていても、それをやめることはできなかった。
そうして耳に聞こえる音だけに意識を向け言葉の意味だけを拾い上げる。
鶴屋さん「あたしたちって……さ……
本当に、一緒に居ても……いいのかな……許されることなのかな……」
44 :
28-29:2010/03/19(金) 21:02:29.51 ID:imSbaqCO0
俺は何かを言い返したくてたまらなかった。
鶴屋さんの言葉を否定したくてたまらなかった。
それなのに、返す言葉が見つからなかった。頭の中のどこを探しても見つからなかった。
俺と鶴屋さんの関係は世界に受け入れられざるもので、一度はなかったことになった。
その時間の輪を突き破ってまで俺は想いをつないでしまった。
時間の輪にまたがって記憶を継承させてしまった。
その俺達がこれからどうなっていくのか。それはまったくの未知数で、
誰にも予測がつかないことだ。その先が本当に存在するのかどうかさえもわからない。
世界の自浄作用ってやつはもう俺達を護っちゃくれない。
安全を保障してはくれない。むき出しのまま艱難辛苦にわが身をさらされるしか道はない。
鶴屋さんが語る恐怖というのは即ちそれだった。
異端として一度は打ち捨てられた想いを正しく受け継ぐことができるのか。
それは俺自身にもわからないことだった。
わかっていたつもりだったのに、いまだに俺は引きずったままだった。
胸の奥から否定の感情が次々と湧き上がってくるのを抑えることができない。
鶴屋さんの話はまだ終わっていない。
俺の待つ順番はいまだ継続している。その途切れ途切れの言葉を俺はただ待ち続けた。
言葉を返さないないままでいる俺の背に
ふすまを挟んで感じる鶴屋さんの重さが少しだけ増した。
胸の内が張り裂けそうだったが今は耐え忍ぶしかなかった。鶴屋さんの話は続いていく。
悲しみと悔しさをにじませるようにポツリポツリと言葉をこぼすように。
45 :
28-30:2010/03/19(金) 21:05:41.83 ID:imSbaqCO0
鶴屋さん「こうして一緒に居ても……いいのかなって、
正直、わからなくなっちゃってさ……。
キョンくんのことは、好きさっ……大好きっさ……
今でも……それは変わらないにょろ……でもさ……
それってすごく、勝手なことだよね……ずるいことだよね……
あたしたちにはさ……一緒に居ていい理由が、あるのかな……?
それがキョンくんの為になるのかな……
あたしには……わかんないよ……信じられないよ……」
俺は何も答えることができなかった。
言葉を選ぶことも偽りを述べることもできなかった。
手段や犯行として言葉を紡ぐことさえもできなかった。
泣きたいのに、どう泣けばいいのかさえわからなかった。
涙は涙腺を通ることなく押しとどめられ、頭の奥がひどく痛んだ。
それでもかすかににじんだそれを目元を押さえてこらえた俺は
最後まで鶴屋さんの言葉を聞こうと思った。
それが俺の果たすべき責任なのだと自分に言い聞かせつつ。
そして自身の犯行の代償なのだとも。
扉の向こうから鶴屋さんが深呼吸をする息遣いが聞こえた。
耳に聞こえる音はそれだけでも心地よかった。
この人の息遣いや些細な仕草さえもが俺を安心させてくれる。
言葉を耳にする勇気を与えてくれた。
自分を落ち着かせた鶴屋さんはゆっくりと言葉を続ける。
心情を吐露することにどれだけ苦痛が伴おうとも俺に宛てた言葉を選び出していく。
46 :
38-31:2010/03/19(金) 21:10:22.94 ID:imSbaqCO0
その痛みがどれほどのものなのか。苦しさがどれほどのことなのか。
想像だにできない俺はただ自分の唇を噛みしめていることしかできなかった。
鶴屋さん「今のあたしはさ……前みたいに、
キョンくんと笑い合ったり……じゃれ合ったり、
きっとできないと思う……」
言葉を耳に拾うたびに震えを増す手先を腹に抱え肘で押さえつけ、
反対側の手は額に添えて抑えた。
あの時の鶴屋さんはもういない。俺と笑いあった鶴屋さんはもういない。
その事実が俺を悲しくさせる。
俺とあの人の時間は時間の輪に置き去りにされたまま還ることはない。
怒りでも憎しみでもなく。ただ辛さだけが俺の神経を苛んでいく。
背中にかかる重さが増した、そんな気がした。
鶴屋さん「今のあたしはさっ……前のあたしであって……前のあたしとは違う……
キョンくんの知らない、違うあたしなんだよっ……」
言葉の端々に嗚咽が混じるのも構わずに
鶴屋さんは息を殺しながら必死で言葉だけをつないでいった。
喉の奥から絞り出すようにかすれるように、
か細く発された言葉が俺の胸の奥に深く突き刺さった。
心臓の直下に痛みを感じる。途切れ途切れに背中に感じる鶴屋さんの重さから、
彼女が泣いているのがわかった。悲しみと悔しさで身体を震わせているのがわかった。
感情を俺に悟られないように必死で押し隠そうとしているのがわかった。
47 :
38-32:2010/03/19(金) 21:12:32.77 ID:imSbaqCO0
そんな鶴屋さんに、俺は何をしてやれる。何をしてあげられるっていうんだ。
傷ついて、寂しがっている彼女に対してどうしてやれるっていうんだ。
ただ暗闇を見つめ続けることしか俺にはできないっていうのか。
光も熱も音も無くした俺自身に最後に何が残っているというんだ。
感覚のすべてをなくした俺に残っているものを探り出す。
五感のすべてを遮断された俺に残されているものはたった一つ。
それが唯一、俺を勇気づけてここに居させてくれるものだった。
時間の輪に閉じ込められた俺が胸の内に留め切れなかったもの。
ただ想いというそれだけ、たった一つそれだけだった。
背後に感じる鶴屋さんの重みが増して殺されていた息遣いがよみがえる。
息を殺すことも忘れた鶴屋さんがつなぐ言葉を俺は耳に聞く。
光も熱も音もすべてふすま一枚を隔てた向こう側にあった。
そして想いだけが暗闇の中に置き去りにされていた。
その閉ざされた闇に向かって、俺に向かって鶴屋さんは語りかける。
鶴屋さん「それでも……それでもさ……」
必死で搾り出した声に俺は確かに感じていた。
鶴屋さんの俺に対する想いを。偽らざる感情を。
48 :
38-33:2010/03/19(金) 21:14:43.17 ID:imSbaqCO0
その中に確かに、光を感じることができた。
鶴屋さん「それでも……さ……」
背に感じる重さに温もりを感じることができた。
たとえ何に隔てられていたとしても。
俺には感じることができた。
鶴屋さんの胸の高鳴りを。肌を合わせることがなくとも。
想像することができた。
かすれる声が一際大きくなり、ついに鶴屋さんは息を押し殺すことをやめた。
鶴屋さん「それでもっ……あたしを……
キョンくんはあたしを、さっ……選んで……くれるのかなっ……」
いつか尋ねたあの時の。
その時のように。
鶴屋さん「ねぇ……キョンくんっ……」
俺の心臓が一際大きく高鳴った。
俺の頭の中に。
言葉だけが取り残されたような暗闇の中で。
俺の胸の内に。
すべての感覚が蘇った。
49 :
38-34:2010/03/19(金) 21:17:28.68 ID:imSbaqCO0
俺の答えは決まっている。たった一つ、決まっている。
あの時、許しでも理解でもなく。
俺の言葉を求めてくれた鶴屋さんにそう伝えたように。
もう一度。俺は言う。
伝えるべき言葉を。俺が一番伝えたかった答えを。
キョン「当たり前です……」
その一言を。
ならば鶴屋さんが俺に返す言葉もやはり決まっている。
そう、その言葉は俺の求める、俺が求めて求め続けてやまないものだった。
ゆっくりとふすまが開かれ、
あらかじめ背を離していた俺の背後から柔らかな光が射し暗闇の中から俺を照らし出す。
振り返る間もなく、背中に重みを感じた。
確かな温もりが俺の背中を伝って胸の内に届いた。
再びともった灯りに俺は懐かしさを覚えた。
こんな風に、心に灯りを灯したことがある。そんな気がした。
耳元にそっと唇が寄せられ、
息遣いにくすぐられながら俺は確かに聞いた。
50 :
38-35end:2010/03/19(金) 21:20:48.79 ID:imSbaqCO0
鶴屋さん「浮気……すんなよっ……」
泣くようにかすれる声と吐息の奥の裏にこの人のすべてを。
この人の感情のすべてを。
鶴屋さんという人の何もかもを。
知ることができた気がした。
そうして薄明かりの中、
俺の背にそっと身を寄せて手を回した鶴屋さんのその手を取って。
そのまま振り返った俺は、かすかに照らし出された明りの中で。
鶴屋さんの確かなぬくもりを感じていた。
すべてを取り戻した温まりと明るみの中で。
互いの心音と感情をいつまでも。
感じ合っていたいと思った────。
51 :
39-1:2010/03/19(金) 21:27:36.47 ID:imSbaqCO0
かすれる声と薄明かりの中に浮かび上がった素肌は赤みの中に白さを湛えていた。
中心の筋目に舌を這わせて奥に探りを入れる。
拒むように体が戦慄くことも構わずに指先で入口を押し広げると
小さく息を漏らした鶴屋さんは批難するように俺を見る。
強引さを指摘されても已むことのない衝動が俺を突き動かしていた。
それでもそこは若輩者の俺であるから上手く自分を導くことができなかった。
何度も失敗を繰り返す姿を見かねて鶴屋さんは俺を抱きよせ自ら体を動かして位置を示す。
俺はただその場から前進するだけでよかった。
鶴屋さんはため息と共に自ら身をよじって自分が気に入る場所を俺に教えようとする。
そこに及びついたとき鶴屋さんの体がひときわ大きく強張った。
俺を見る目の中に扇情が混じる。
呆けたように俺を見つめる胡乱な表情に引き寄せられるままに唇を重ねた。
ねだられるままに刺激を与えていく中で何度も俺の名前が呼ばれた。
耳をくすぐる吐息に混じって肝胆相照らす仲になったことを悦ぶ声が聞こえる。
胸の内を吐きだすように思いのたけを奥に注ぎ込むと
背に回された指が立てられ爪が肉に深く食い込む。それでも俺は構わなかった。
鶴屋さんが俺に何かを感じさせてくれるのなら
それが痛みだろうと楽しみだろうと苦しみだろうと何でもよかった。
俺はただ単に楽しみたかったわけじゃないし、ただ痛みを通して実感を得たいわけでもなく。
ただ彼女から、鶴屋さんから何かを感じていたかった。
感じ続けていたかった。
ふむふむ
53 :
39-2:2010/03/19(金) 21:31:23.78 ID:imSbaqCO0
それが俺の望む唯一のことで、鶴屋さんに望む唯一のことで。
すっかり乱れてしまった普段着の和服の上に雫が滴り落ちる。
汚れてしまうのも気にせずに鶴屋さんは俺の頬に手を添え
自分の方へ向き直らせると満足していないと盛んに主張してきた。
それでもやはり控え目に、おずおずと言葉尻を濁らせながら
吐き出す言葉の一つ一つに気遣いをにじませながら、最後には俺に決めさせようとする。
鶴屋さん「キョンくんは……その……まだ、平気なのかなっ……?
良ければ、だけどさ。場所変えてさっ、ちゃんと布団の上でしないっかなっ……?
い、一応用意してあったりするんだけど……さっ……」
鶴屋さんが一体どんな気持ちでその準備をしていたのかを想像するだけで
俺は笑い出しそうになってしまった。
そんな俺を見てふくれっ面を作る鶴屋さんの可愛さったらなかったのだが、
非難の色がますます濃くなっていくのを受けて降参の白旗を上げた。
それでも必要以上に俺を責めることはなく居住いを正して俺の手を取り
卓台の中から行燈のような電池式の照明を手に持つと暗い足元の廊下を迷うことなく進んでいく。
本物の日本家屋には無粋な蛍光灯というものは全く存在しないらしい。
確かにこの雰囲気の中で赤々と蛍光灯が灯っていたら興ざめではある。
そうすることを常識だと思っているに違いない鶴屋さんが
俺が暗がりの中を恐る恐る進んできたという話を聞いたらどう思うのだろう。
大笑いするのか、苦笑いするのか、
それとも教えなかった自分を恥ずかしく思うのか、やはりまったくの未知数だった。
54 :
39-3:2010/03/19(金) 21:35:07.03 ID:imSbaqCO0
こうして俺の手を取って歩み進む鶴屋さんは
俺の知っている鶴屋さんであって、そして俺の知らない鶴屋さんでもあって。
しかしその言葉の裏の意味に俺は今しがた思い至った。
つまり、こういうことではないだろうか。
結局のところ俺が知っている鶴屋さんというのは
俺と一緒に居た時間の鶴屋さんである。
そのまま言葉のままの意味で、俺は俺と過ごしたその時間の鶴屋さんしか知り得ない。
俺の知らない俺の居ない場所でも、鶴屋さんの時間は変わらずにそこにある。
それもやはり俺の知らない鶴屋さんなのだ。俺の知ることのできない鶴屋さんなのだ。
まだ俺の知らない色々な面が鶴屋さんにはある。
そしてそれを受け入れる用意が俺にあるのか。
あの質問にはこういう裏の意味があったのだと今ながらに思う。
思えばそれは当たり前のことだ。俺にだってある。
鶴屋さんの知らない俺の時間が。俺だけが過ごした俺だけの時間が。
そうしたものも含めて、自分が受け入れてもらえるのかどうか。
きっと鶴屋さんはそれを俺に尋ねたかったのだろう。
時間の輪がどうとかではなく、
物語の本筋がどうとかではなく。
ただ当たり前のありきたりの質問を俺にぶつけただけなのだ。
55 :
39-4:2010/03/19(金) 21:38:33.11 ID:imSbaqCO0
たとえ俺の気に入らない側面が自分にあってもいいのかと、
それでも自分を好きでいてくれるのかと。
そういう当たり前のことを俺に尋ねたんだ。
その当たり前の質問に、
当たり前ですと答えられた俺は正解を導き出すことができた。
今ここにたどりついて、
ようやく俺はありのままの鶴屋さんを受け入れる用意が整ったのかもしれない。
そう思えば今の鶴屋さんがかつての鶴屋さんと
どう違うかなどという疑問に意味がないことがわかる。
それでもその質問が選ばれたのは、
やはり、俺の真意を問い質すにはうってつけだからだ。
そうすることでようやく俺は自分の気持ちを真正面からとらえることができた。
さ迷うことなく、安らぎと共に鶴屋さんとここにいられる。
俺はかつてあの時計のある広場で鶴屋さんにされた質問を思い出す。
俺と鶴屋さんの違いとは何か。
やはりあの質問にも答えなどなかったのだ。
ただ求められていたのは、俺の気持ちだった。
ありのままの感情だった。
臆病になっていたのは鶴屋さんではない。俺自身だった。
今なら素直にそう思える。
56 :
39-5:2010/03/19(金) 21:41:47.60 ID:imSbaqCO0
こうして自分の感情に気づくことができたのは鶴屋さんのおかげで、
やはり俺はここにきて伝えた通りにこの人のことが必要なんだ。
鶴屋さんなしでは生きられない。
それほど、俺の中で鶴屋さんと過ごした俺の時間は大きなものになっていた。
だからこそ、ここでこうして二人で居るということに意味がある。
素直にそう思うことができた。
そうしてしばらく歩きいくつか部屋を横切りながら奥へと進むと
それほど広くもないが天井が高くいくつも採光窓がある部屋にたどりついた。
生活感のあるその部屋は誰かの私室のようにも見えた。
それが誰の、とは考えるまでもなく。
あらかじめ敷かれた布団の上に引き倒されるままに
俺は鶴屋さん上に四つん這いになった。そばに転がった照明だけが俺達を照らす。
うっすらと照らし出される灯りの中で鶴屋さんが俺を見る目には
まだ怯えが残っているような気がした。
俺が自分の気持ちや質問の意味について気づくことができて
ようやく感じることができるような、些細な変化だった。
下手をしていれば永遠に見過ごしていたかもしれない
その不安をぬぐうことができるのは今この時を置いて他にない。
俺は鶴屋さんの耳もとに口を寄せて静かにささやく。
キョン「あの時……広場で俺に質問したことを、覚えていますか……?」
57 :
39-6:2010/03/19(金) 21:45:18.80 ID:imSbaqCO0
鶴屋さん「えっと……広場でしたのは……確か、
あたしとキョンくんがどう違うのかって話……だったよねっ?
あ、あれはもーいいのさっ、ただ単にその場の勢いで
言っちゃっただけだからさ、キョンくんが全然……
気にすることなんて……ないっから……さっ……?」
ひょっとするとそれは鶴屋さん自身も気づいていない感情なのではないだろうか。
鶴屋さんが俺の隠された感情に気づかせてくれたように、
俺も鶴屋さんからそれを引き出すことができるかもしれない。
そしてそれがおそらく、俺がこの人にしてあげられる唯一の、
たった一つのことなのだ。それに今ようやく気付くことができた。
キョン「でも俺はその答えに辿りつきましたよ。
きっと、鶴屋さんも気にいってくれるんじゃないでしょうか」
鶴屋さん「ん……そこまで言うんだったらさっ、じゃぁ、聞かせてもらうよっ。
キョンくんが見つけたっていう、答えってやつをさっ」
俺の方へと顔を向けて話す口ぶりには若干以前の鶴屋さんがにじみ出ていた。
やはり内心気になっていたらしい。
そうして興味深そうに俺の目をじっと見つめてくる。
その瞳には明らかに期待の色が浮かんでいた。
まったくもって素直じゃいのにあけっぴろげに
素直なその態度に微笑ましさを感じながら、俺は言う。
58 :
39-7:2010/03/19(金) 21:48:36.91 ID:imSbaqCO0
キョン「どうでもいいです」
鶴屋さん「……えっ?」
呆気にとられたような顔をして目を丸くした鶴屋さんは俺の表情をしげしげと観察する。
まったく嘘を言っている風には取れなかったのか、
それが余計に疑問をかきたてるのか。
未知の対象と遭遇したような驚きに満ちた表情で俺を見つめてくる。
そして我慢しきれなかったのか俺に直接尋ねてくる。
鶴屋さん「ほんとに、ほんとにどうでもいいってことなのかいっ?
興味がないってことじゃなくって、何がどう違ってても、
ほんとに全然気にしないって、そう言いたいにょろっ!?」
俺は素直に短く大きく頷く。
正真正銘俺の本心なのだから他に言いようも飾りようもない。
そんな俺の清々しい表情を見て信じられないといった表情を浮かべた鶴屋さんは
手強い難敵でも見るような視線で俺をねめつけていたが、
やがて頬を緩ませ笑みを浮かべると次の瞬間には大笑いし始めた。
俺は頬杖を突きながらしれっとした顔で鶴屋さんの一人爆笑大会を見守る。
嬉しそうに転げまわる鶴屋さんに何度もぶつかりながら、
そんな攻撃では効きませんと挑発するとやはり嬉しそうにムキになった鶴屋さんが
俺の体をバシバシと叩いてきた。
それでも俺が平然としている姿を見るや否や考え込むような表情を作った後
何かを思いついたらしい悪意に満ちた邪悪な笑みを浮かべる。
全スレのまとめとかないの?
60 :
39-8:2010/03/19(金) 21:51:41.06 ID:imSbaqCO0
八重歯に証明が反射してキラリと光った、ような光らなかったような。
多分この人の八重歯が光るのは普段ちゃんと歯磨きをしているせいだな。
謎が解けた。やはり超常現象でもなんでもなかったらしい。よかったよかった。
そんな馬鹿なことを考えていると突然鶴屋さんが俺の上に飛び乗ってきた。
馬乗りになったまま胸の前で手を交差させると
わきわきと指先を小刻みに動かして俺の覚悟を促す。
その構えはまさに俺が以前鶴屋さんに見せたものである。
丸鶴デパートの雑貨屋で超然と俺へのいじめをやめない鶴屋さんをとっちめるための必殺技、
というほどのものでもない単なる小技である。ただ必笑なのは間違いがなかった。
一文字違っている気もするが。まぁそれもよくあることである。
貝が怪になったり名が迷になったりするなんてことは。わりとよくあることである。
鶴屋さん「キョンくん、覚悟するっさっ! あん時の恨み、今こそ返してあげるよっ!」
そうして掛け声と共に青ざめる暇もなく瞬時に伸ばされた手で
全身のありとあらゆる笑いの急所をまさぐられ、
俺は鶴屋さんに負けないくらい大声でのたうちまわった。
鶴屋さん「うりうりうりうりっ!
ここかいっ、ここが弱いのかいキョンくんはっ! そらそらそらっ!」
そうしてボロボロになり果てるまでなぶられ弄ばれ攻撃の手が緩んだ頃には
畳の上にはみ出して力なく横たわる羽目になった。
温まった布団と違って本間の畳は若干冷たかった。
62 :
39-9:2010/03/19(金) 21:56:57.48 ID:imSbaqCO0
息も絶え絶えに布団の方を見ると鶴屋さんは
せっかく直した着物をはだけさせたまま嬉しそうにこちらを睨んでいた。
してやったりという表情を浮かべて満面の笑みを浮かべる。
まったくもって鶴屋さんらしいその表情に俺は安心さえ覚えた。
やはり鶴屋さんはこうでなくてはならない。こうでなくてはつまらない。
そうして俺を時めかせてくれることこそが
俺が鶴屋さんなしでは生きられなくなった根本の原因なのだ。
責任の一つも取ってもらいたいと全くもって男らしくもないことを考えてしまうのは
鶴屋さんが男らし過ぎるからなのだろうか。いや、違うな。
それは単純に、俺がそうして欲しいからで。そして何を隠そうそれは。
俺がこの人にしてあげたいことそのものだった。
それをわかってかわからいでか、
挑発するように着物の肩をよりはだけさせた鶴屋さんは
その全体的に控え目な胸元で俺を煽ろうとする。
鶴屋さん「仕返し、しないにょろっ?」
舌先を少しだけ覗かせながら誘い出そうとさえしてくる。
そんな風に言われれば動かないわけにはいかないし、
そんな風に誘われれば乗らないわけにもいかない。
布団の上に戻った俺はそのまま鶴屋さんを崩し伏せて
再び四つん這いの格好になる。
63 :
39-10end:2010/03/19(金) 21:59:44.18 ID:imSbaqCO0
微笑みをたたえて俺を見上げる鶴屋さんの瞳には
もう何の陰りも迷いも浮かんでいなかった。
今ようやく、鶴屋さんの方でも俺を受け入れる用意が整ったのだ。
嬉しそうに楽しげに俺に笑いかけてくれる鶴屋さんに引き寄せられるままに
鶴屋さんの唇に自分のそれを重ねて、深く永い口づけを交わした。
離れたときに引いた糸を舌先で舐め取った鶴屋さんは
そのまま俺を抱き寄せて耳打ちするように囁く。
鶴屋さん「ありがとっさ……キョンくんっ……」
そうして呼びかける鶴屋さんの声が耳をくすぐって、なんとも言えない心地になる。
嬉しそうに強く抱きしめてくれる鶴屋さんに同じようにそうしていると、
朝まで眠ることはなく。
抱き合ったままでいられたのだった────。
これは乙でいいのか?
65 :
都留屋シン ◆wScl9LyheA :2010/03/19(金) 22:04:43.12 ID:imSbaqCO0
いえ、まだ追記分があります。
ところがどっこい今日は時間的にこれまでなのでまた明日にしたいと思います。
すごく申し訳ないんですけどまた保守していただけると助かります。
最後の最後のラストラン、それまでお付き合いいただけましたらどうか。
この後がエピローグになります。それでは明日、また会いましょうノシ
66 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 22:05:37.54 ID:bGIb2lC80
乙よー
69 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 22:10:39.55 ID:bGIb2lC80
追記
投稿時間は通常通り七時半からを予定しています。
終了時刻はどんなに遅くても九時半までには終わるでしょう。
ではまたノシ
71 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 22:40:58.33 ID:2B/Vp8Dz0
ほっほっほっはとほっほっ
72 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 22:46:13.04 ID:XbZiNvNo0
追いついた
年上好きな俺としてはとても楽しめるSS
がんばってくれ
すまん 熟女は無しだ
>>75 画像見たらエロはあり得ないが普通に見てるだけならカッコイイとは思った
そうやって目覚めていけばいいのです
78 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 23:09:27.04 ID:Y4nOP0BX0
いよいよだ
79 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/19(金) 23:23:32.14 ID:6TO1WJXI0
乙 続きも楽しみにしてる
ただ一つだけ。「新川」さんじゃなかったっけ?
なんか違和感感じるもんで。
なあ、パー速とかまとめwikiとかでやれば?
せっかくだし、長いよ
>>80 いまどきパー速とかねぇだろ
明日で終わるんだしいまさら感が否めない意見だ
落ちてたからな、しょうがないっちゃしょうがない
あとパー速はもうアウトだな
保守すむにだ
hos
85 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 01:11:24.14 ID:sp4X/xc0O
保守
つのだ☆ひろ
87 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 02:26:33.08 ID:BgQph/eG0
hs
ほ
89 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 03:38:18.99 ID:ndud0Ucs0
ほ
90 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 03:44:49.87 ID:GGhqYgr/O
ハルヒや古泉は鶴屋さんに嫉妬しないのか?
91 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 04:06:58.63 ID:yiqZGxHR0
ほす
にょろ
ぬ
94 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 07:49:28.31 ID:ZD1kCMvv0
k
95 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 08:56:14.61 ID:hv47UxtP0
k
パー速でやれよクズ
ほっほ
98 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 10:27:15.99 ID:kKOTJh4TO
保守保守
99 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 11:12:17.74 ID:BgQph/eG0
h
ほしゅ
文才がない
堂々と誤字を使ってるね
読む気失せた
102 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 13:31:41.57 ID:GGhqYgr/O
ほ
103 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 13:33:53.64 ID:aOvao1dm0
ほ
105 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 14:39:23.87 ID:8m4xXklr0
ほす
107 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 15:33:05.69 ID:zUU4UppL0
なんでトリが2つもあるのっと
☆
ほす
115 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 16:39:47.82 ID:rtA3PG360
電子彗星さん保守お疲れ様です
117 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 16:45:41.12 ID:48CrnOJ40
うむ
我は電子彗星、このスレを粛清する
!vip2:stop:
---
真の勇者のさすがの攻撃
MP392使ってへっぽこの呪文を唱えた。★ミ (スレのダメージ 0)
このスレは1回目のダメージを受けた (150/1000)
こうかは ばつぐんだ!! さらにこのスレは2回目のダメージを受けた (300/1000)
ぼうそうがはじまった!! さらにこのスレは3回目のダメージを受けた (450/1000)
追加攻撃!! さらにこのスレは4回目のダメージを受けた (470/1000)
eip = eip + unescape("%u7030%u4300")
うむ
125 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 18:28:27.23 ID:yiqZGxHR0
欠番多すぎワロス
127 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 18:47:59.98 ID:BgQph/eG0
hs
VIPのローカルルールってパート禁止だったんだっけ?
もし禁止なら警察(笑)はなんでおkなの?
hs
133 :
都留屋シン ◆wScl9LyheA :2010/03/20(土) 19:33:37.65 ID:BgQph/eG0
なんか今日は無理そうな感じですね。
また明日、落ち着いてきたら再開したいと思います。
また明日、よろしくおねがいしますノシ
おいw
この空気では投稿しづらいというか、すいません。また明日七時半に戻ってきます。
136 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 19:42:08.86 ID:+gz8qvJ/0
明後日までスレが残ってるならそれもよかろう
明日から岡山に泊まり……お願いします今日中になんとか
137 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 19:46:25.86 ID:BgQph/eG0
>>136 ちょっと考えさせてください。
心の準備とか含めて。
明日にしても変わらん気がするが…
つか、残っているかもかなり微妙だぞ
>>138 それもそうですね……わかりました、再開します。
八時から始めたいと思います。
それまで準備をば。
140 :
40-1:2010/03/20(土) 20:02:54.63 ID:BgQph/eG0
なんだかんだで結局その日は鶴屋さんの家に泊まってしまった。
確か日が昇るまでは起きていたと思うのだが、
その後で思いっきり寝てしまったらしい。
まぶたを開くと鶴屋さんが隣に寝ていた。
最後に終えた後崩れた布団を直して並んで寝たのだから
当たり前ではあるんだが。
ただ前と違って壮絶な寝返りを打たれることもなく安眠できたことには驚きだった。
この人もフツーに寝れるんだなと感心したが、思えばそれは当たり前の話で、
おそらくこっちが鶴屋さん本来の寝相なのだろう。
俺をしばきまくっていた鶴屋さんもあれで案外無理をしていたのかもしれない。
おそらく今がきっと、一番自然な関係なんだろうな。
そんな風に思った。
なんともおしとやかになってしまったお姫様を起こさないように
そっと立ち上がろうとしたのだがいつの間にか俺の腕やら足やらは
その姫様にがっちりとホールドされてしまっていた。ほとんど身動きが取れない。
前言撤回、やっぱり鶴屋さんは鶴屋さんだった。
安らかに眠るその頬をふにふにと二三回つつくも一向に起きる気配はなかった。
なんかもうどうしようもない。
仕方なく俺は鶴屋さんを自分ごと布団にくるんだまま抱え上げた。
お姫様だっこ、と行きたいところだったが
さらすわけにもいかなかったのです巻きを小脇に抱えるような形になってしまった。
141 :
40-2:2010/03/20(土) 20:05:44.07 ID:BgQph/eG0
雰囲気もムードも余韻もまるごと台なしにしたまま
当のご本人はいまだに夢の中で戯れていらっしゃる。
マジでどうすればいいやらわからなかった。
仕方がないので一応服だけは着せておくことにした。
一晩最初が一番大変だったのだがまぁなんとかなった。
ハタから見れば完全に犯罪者で逆回しにすればすごいことになっていようとも、
それはそれで笑えるからまぁいいかとも思えた。人には絶対見せられんが。
一通り着せ終わったので自分の着替えに取り掛かる。
着たきりのシャツに若干嫌な匂いを覚えるもののすぐに慣れた。
慣れてはいけなかった気もするのだが仕方がない。
家人のものを借りるのはさすがにためらっちまうからな。
くぅくぅと寝息を立てる和装娘さんを今度こそお姫様風に抱え上げた俺は
障子戸を開いて朝の光の中に踏み出した、
と思ったのだが朝どころか思いっきり昼の太陽だった。
天頂からそそぐ光は縁側いっぱいを照らし出していた。
どうりで部屋の中に届く光が弱いと思った。真上から射していたわけだ。
思いっきり学校には遅刻どころの話じゃないが、不思議と気にはならなかった。
142 :
40-3:2010/03/20(土) 20:08:42.89 ID:BgQph/eG0
そのまま俺はお姫様だっこをされている鶴屋さんを
気をつけてゆっくりと下ろしながら自分の膝の上、
というか縁側に投げ出した両足の太ももに鶴屋さんを寝かせ、
ようと思ったのだがいまいち据わりが悪かったので仕方なく膝の間に座らせることにした。
くたっと俺の首元にもたれかかった頭を支えながら
そのまま鶴屋さんが起きるのを待った。
ここはやはりあれをやっておくべきなのだろうか。
日当りのいい縁側の陽光注ぐ陽だまりの中ですやすやと眠るこの人を起こすには
あれしかないのだろうか。
というか単に俺がそうしたいだけなのだが
まぁバレなきゃいいというかバレても多目に見てもらえるだろうからかまいやしない。
いざ、実行の時。
そんな不埒なことを考えていると突然大きく跳ねた鶴屋さんの後頭部が
俺の顎先に強かに命中した。
「おふんっ」と奇妙な呻き声を上げたまま俺は背後にぶっ倒れた。
痛む顎をさすりながら見下ろすと鶴屋さんはまだすやすやと眠っていた。
俺の腹の上でもそもそと寝返りを打とうとしている。
どうやらその寝返りの一撃を運悪く食らってしまったらしい。
寝相はいいと思ってたんだがな……。
思いっきり推理を誤った俺はそれでもまぁ当然かと思い直す。
今の俺は探偵ではない。
ましてやさ迷ってなんか絶対いない。
143 :
40-4:2010/03/20(土) 20:12:13.11 ID:BgQph/eG0
ただ俺は俺として。ジャストライクザットな俺として。
この人の下敷きになって寝具の代わりをつとめている。
さっきのは俺の不埒への罰みたいなもんだろう。
その裁きを受けたなら、俺はもう犯人でもない。
幸いにしてこの世は有限責任だった。
罰を受けて償いを終えた巨大な悪は、それでもまだ受け入れてもらえた。
この人の傍にいることが許された。そうして罪を重ねながら。罰を受けながら。
この人のそばに居続けようと俺は決めた。
迷探偵でも真犯人でもないただの俺として。
この人のそばに。
鶴屋さんのそばに。
そんなことを思っていると一際大きく伸びをした鶴屋さんは俺の腹の上から
ムクッと起き上がると寝ぼけ眼を指でこすった後で元気一杯に朝の、
もとい昼の挨拶をしてくる。
鶴屋さん「おっすっ! おはようキョンくんっ!
今日も爽やかでいい朝だねっ、にゃははっ♪」
キョン「おはようございます、鶴屋さん。
というかもう昼ですけど、爽やかなのは間違いないですね」
鶴屋さん「ありゃっ、そーなのかいっ。
それだと学校の方には思いっきり遅刻だね!」
がんばれー
145 :
40-5:2010/03/20(土) 20:16:32.18 ID:BgQph/eG0
キョン「ですね、今から出たら思いっきり放課後ですよ」
鶴屋さん「まーいーじゃんっ!
放課後でもあの子達はまだ残ってるはずだしさっ、
行こーよ! きっとみんな心配してくれてるにょろっ」
そう言って俺の腹の上で少しだけ上体を起こした鶴屋さんは
腹ばいのまま胸の上まで昇ってくると俺の頬に手をそっと添えた。
そのまま優しく撫で上げてくる。
なんともこそばゆい心地の中で見る鶴屋さんの瞳はとろんとしていて、
愛しそうに俺を見上げる表情の柔らかさに吸い込まれそうになる。
俺がその瞳に見とれているといつの間にか顔を近づけてきた
鶴屋さんは覆いかぶさる体勢のまま唇を重ねてきた。
ほとんど強引に奪われるような形になった。
そのまま目いっぱい深くまで舌を挿し入れられる。
そうしてたっぷりと俺の口腔に自分の唾液を注ぎ込んでから
口を離した鶴屋さんは一仕事終えたようなさっぱりとした表情で
俺の額を一発叩いて起きるように促すとそのまま奥の方へと歩いていった。
ふすまを開けながら俺を手招きする。
鶴屋さん「ほらっ、早く着替えないと夜になっちゃうよっ!
キョンくん、きびきび動くっさね!」
146 :
40-6:2010/03/20(土) 20:21:11.99 ID:BgQph/eG0
若干厳しい口調になるのは本当に時間が推しているからで、
鶴屋さんはおそらくここから学校までの長距離を毎朝毎日
送迎車など頼りにせず徒歩で通っているのだろう。
鶴屋さんが見立てる到着時間には
俺のスタミナも考慮に入れられているのだろうから
本当の本当に時間がないのだ。
俺は慌てて起き上がると思いのほか力の入らない昨日とはまた違う意味で
けだるい足を引きずりながら促されるままに鶴屋さんの寝室へと戻り
自分の上着を回収した。
着替えの邪魔をしちゃあならんと部屋を出ようとしたところで
帯を外して着物を床に落としていた鶴屋さんの裸、
というか下着姿が目に飛び込んできた。
上は何もつけていないので下に一枚だけという
凄まじく扇情的な姿に俺は思わず目を手で覆い隠して
「すいません!」を連発してしまった。
今更何がすいませんなのか。それは俺にもわからない。
それでもなんだか、申し訳ない気がするのはおそらく忠犬根性というか、
飼い主の許しが出ていないのに餌に口をつけた飼い犬が
叱られるのを覚悟するような心地なのである。
卑屈なまでに自分の立場を貶める俺を面白いものでも見るように
興味深々な顔をした鶴屋さんはまたまた良からぬことを思いついたらしい。
あぁ、またか。と俺が後悔した直後、予想通りの言葉が飛んできた。
147 :
40-7:2010/03/20(土) 20:25:00.99 ID:BgQph/eG0
鶴屋さん「当然、キョンくんはあたしの着替えを手伝ってくれるんだよね?」
そう言って嬉しそうにタンスの中から自分の制服を取り出し、
どういうわけだかスカートの方を俺に放り投げて寄越してくる。
キョン「いや、逆でしょう! 普通は────」
と言ったところではたと気づいた。
この人は普通じゃぁ、ないんだと。
というか俺が「普通」という立場に立ち続ける限り、
俺の周囲に居る人間はすべてが自動的にアブノーマラーであり、
それ即ち俺が俺自身であることが原因なのである。
そんな今更なる歴然な事実に肩の力が抜けてしまう。
俺の間抜け面を受けて鶴屋さんが、
鶴屋さん「今更過ぎるよキョンくんっ! 気づくの遅すぎっ!」
とその間抜けをたしなめるようにキツイ言葉を投げかけてくる。
そして俺が後悔をすることもできずに呆然とつっ立っていると
いつの間にか制服の上を着ていた鶴屋さんが、
鶴屋さん「ほら、これもっ♪ 着替えさせてくれたみたいだからさっ……?」
そう言って下の布に指をかけると横に引っ張って少しだけずらすような仕草をした。
とんでもないことをしながらもその表情はなんとも楽しげで、
瞬時に距離を詰めてスカートを差し出した俺に
「重畳っ!」と言うや否やその場で片足を上げ俺に履かせるように仕向けてくる。
149 :
40-8:2010/03/20(土) 20:28:55.92 ID:BgQph/eG0
「マジで勘弁してください……」と言う俺の精一杯の赦宥の言葉を無視して
鼻息一つでその悲痛な訴えを踏みにじる。
目を瞑ったままスカートを差し出すも上手く鶴屋さんの足に通らない。
というかわざと外されているのではないだろうか。悪意を、悪意を感じる。
この上ない邪悪な悪意を感じる。
いつぞやこの人を惑星に例えて優しい女神だったらいいなどと思っていたが
とんでもない、とんでもない暴虐の女神である。
思えば神というのはそういうものなのかもしれない。
きっと俺が困って困って困り倒している姿を見て楽しんでいるのだ。
なんという、なんという恐ろしい女神だろうか。
それはそれで愛されてるってことなのかもしれないが。
おそるおそる目を開くとまぁ、なんだ。
にんまりと笑みを浮かべて嬉しそうな鶴屋さんと、
あとその下腹部の下に素晴らしい眺望が広がっていたわけで、
当然ながら見ずに履かせるというのは土台無理な話なわけで、
自信満々の鶴屋さんにたっぷりと見せつけられながらも
俺はなんとか神の指令を果たした。
鶴屋さん「よくできましたっ♪」
そんな労いの言葉さえ俺の精神に負担をかける。
心臓が、俺の心臓が持たない。
こうすることもいつか気にならなくなる時が来るのかもしれないが、
それでも今こうして困っている俺を見て嬉しがる鶴屋さんのいじめっ子モードが
俺にどれだけの被虐耐性を与えようとそれを容易に上回る準備が
この人にはあるように思えた。強く生きよう。そう思った。
150 :
40-9:2010/03/20(土) 20:33:16.26 ID:BgQph/eG0
一方俺の着替えはというとブレザーを羽織るだけで済んでしまった。
なんだか物足りなさそうな鶴屋さんの視線が突き刺さり背筋に寒気が走る。
いかん、このままここにつっ立っていると強引に脱がされるんじゃないか。
とまで考えた俺の不安は見事に的中せず、俺が持ってきた
あのパチもんくさい置き時計で時間を確認した鶴屋さんは
俺の手を取って強引に引っ張りながら屋敷の廊下を突っ走り始めた。
ガタガタバタバタと板が軋む盛大な音を立てながら
廊下を駆け抜けて門口をくぐるや否や九十度ターンし
垣根の通りを俊足で駆け抜けて行く。
俺は必死で体勢を崩さないよう気をつけながら
その手に引かれるままに付いて走った。
息が切れる中で何をそんなに急いでいるのかと尋ねると、
鶴屋さんは底抜けに明るい笑顔で答える。
鶴屋さん「ずっと二人っきりってのもいいけどさっ、
それでも、みんなでワイワイやりたいときもあるじゃんっ♪
キョンくんだって、みんなに会いたいって、思うにょろっ!」
それはそう、俺だってそう。俺とこの人の違いはというと、
それを即座に実行に移すか否かなのだということを俺はハッキリと実感した。
151 :
40-10:2010/03/20(土) 20:35:27.22 ID:BgQph/eG0
ともすれば狭くなりがちな俺の生活圏をこの人は広げてくれる。
訪れたことのない場所の、見たことのない景色の、
感じたことのない感傷と、抱いたことのない想いを含めて。
この人は俺に何かを感じさせてくれるのだ。
そこから受ける悲しみも、苦しさも、憤りも、切なさも。
すべてが大切な感情のように思えた。
そこで抱く楽しみも、喜びも、愛しさも、恋しさも。
すべてが貴重な体験のように感じた。
得難いものを得て居るような。そんな充足感と幸福感に浸らせてくれる。
それはとても難しいことでいて、とても簡単なようでいて。
奇跡のような確率の中でこの人と出会って、好き合って、愛し合って。
そこから生まれ、また続いていくこの瞬間の繋がりが、
思い出が宝物のように思える。
こうして、楽しい思い出も、苦しい想い出も、全部ひっくるめて積み重ねていけたら。
続いていくことができたら。忘れられない夜を重ねることができたなら。
生まれてきたことを感謝せざるを得ないないような、
そんな幸福を感じることができる。
152 :
40-11end:2010/03/20(土) 20:37:39.10 ID:BgQph/eG0
そんな期待と楽観を含めて、
俺を支えて引っ張ってくれる鶴屋さんの優しさと力強さに魅かれながら。
頑張ろう、ではなく。頑張りたいと思う自分がいることに驚いた。
そうしてたどり着いた未来ならばきっと、胸を張って誇れるのだ。
自分自身に、この人に。俺自身に、鶴屋さんに。
駆け抜けて行くこの時間は、とても、とても大切な。
俺たちだけの時間なのだから。
153 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 20:40:15.53 ID:HC/B6RN+0
ほす
まだか!!
154 :
41-1:2010/03/20(土) 20:40:55.93 ID:BgQph/eG0
学校にたどり着いた俺と鶴屋さんはまず職員室へと出向いた。
俺の失態、というか一連の暴挙を一緒に謝ってくれるらしい。
少なくとも校舎内の追走劇に関しては自分にも落ち度があるのだから
謝らなきゃいけないと、明るい表情とは裏腹に責任を感じているようだった。
職員室には一年の時担任だった岡部が居た。
どうやら二年になっても俺のクラスの担任らしい。
俺の姿を認めるや否や椅子を回してこちらに来るよう促してきた。
その前まで歩み寄って俺は頭を下げる。
隣で鶴屋さんも一緒に頭を下げてくれていた。
その後がどうなったのかはわからないが、
どんな処分でも俺は甘んじて受けるつもりだった。
古泉はなんとかしてくれると言っていたが、結局俺の態度が悪いままでは何にもならない。
そうして精一杯の謝罪することだけが俺にできる唯一のことだった。
しかし次に岡部の口から語られた言葉に俺は呆気に取られた。
なんで頭を下げるんだ、と聞き返されてしまった。
呆然とする俺と鶴屋さんを交互に見るや一つ咳払いをした岡部はこんなことを言ってきた。
若いのは結構なことだが春休みに少し喧嘩して気まずくなったくらいで
学校中を走り回ることはないんじゃないのか、
おまけにそれをからかってきたクラスメイトを殴り飛ばすこともないだろう、
そのまま運悪く足を滑らせ机の角に頭をぶつけて怪我をさせたのはお前も悪いが、
相手の方も謝ってきているので大事にするつもりはない、
そして結局は学生同士の痴情のもつれとして処理されたのだという。
155 :
41-2:2010/03/20(土) 20:44:11.02 ID:BgQph/eG0
顔中を真っ赤にした俺と鶴屋さんを交互に見るや、
珍しく頬を吊り上げて机に向き直って言う。
岡部「ところで古畑任三郎の新しいシリーズが始まるそうだが、お前たちは知ってるか?」
なんでも今朝から校内はその話でもちきりだという。
俺たちの追走劇などはとっくのとっくにすっ飛んで今は誰も話題にすらしないらしい。
なんとも言えない妙な感覚である。
おそらくは長門と古泉の合わせ技というか合体ツープラトンというか、
二重の隠蔽工作の末にこうなったのだろう。
しかし俺達の追走劇のせいで新シリーズまで始まっちまうとは。
驚き半分、楽しみ半分である。いや、楽しみ全部かもしれない。
案外隠れファンが多いらしく、俺もその一人で、
もちろんのこと宇宙人のお済みつきなのできっといいシリーズになることだろう。
隣を見ると鶴屋さんも嬉しそうに笑みを浮かべている。
あぁ、きっとこの人もファンだったんだろうな、となんだか妙に安心したような
不思議な心地になる。探偵ものは、いついつの世でも面白い。
この場合は刑事だが、まあいいか。似たようなもんだ。根っこは同じ、そう、同じだ。
別にいいよな、俺が探偵で、鶴屋さんが助手で、ハルヒや長門や朝比奈さんや古泉が刑事だって。
同じことだ。仲間外れなんかじゃ、ないんだよな。
なんとなくそんな風に感慨に浸っていると鶴屋さんが俺の手に自分の手を重ねてきた。
指と指を絡めてしっかりと、恋人同士がするそれのように。
放課後だがまだ人の気配が多く残る校内でも構わずに。
156 :
41-3:2010/03/20(土) 20:48:50.19 ID:BgQph/eG0
堂々と俺の手を握ってくる。
そして嬉しそうに恥ずかしそうに笑いながら俺を見上げてくれる。
俺もいい加減、このしまらない苦笑いを卒業する時がきたのかもしれない。
自然に、ナチュラルに。
俺は頬と目元を柔らかくして鶴屋さんに微笑み返す。鶴屋さんも笑ってくれた。
どうやら俺の今の顔は、単なるニヤケ面ではないらしい。
鏡で確認して覚えておきたかったが、残念。
俺のこの表情はきっと俺の記憶にも残らずに、鶴屋さんだけのものになったのだ。
不意に伸ばされた繋がれていない方の手で俺に
「よしよしっ♪」をした鶴屋さんが俺の手を引く。俺たちは部室棟へと歩き始めた。
歩きながら、俺は携帯を取り出して谷口にメールをする。
渡り廊下の途中で立ち止まり鶴屋さんに待ってもらいながら俺は谷口の返事を待った。
机に叩きつけたことが周囲の記憶から消えたとしても
俺があいつを怪我させたという事実には変わりがなく、
それを脇に置いたままにしておくことはできなかった。
そうして一分ほど待っているとやがて返事が届く。
文面には一行、「なんのことだ?」とだけ書かれていた。
驚いた俺はそのまま谷口の電話に発信をかける。
が、1コールも続くことなく切断されてしまった。
呆然としていると二通目のメールが届いた。
157 :
41-4:2010/03/20(土) 20:51:32.62 ID:BgQph/eG0
そこにはこう書かれていた。
[女に振られて辛い気持ちはよーくわかる けど殴ることないだろ?
許してやらないでもないがその代わり俺が振られた時は
お前を殴らせてもらうからな そん時を覚悟しておけ]
これには思わず笑ってしまった。
そのぐらいは当然の権利で、俺の義務だよなと思いながらも
よからぬことを思いついてしまった俺はこう返す。
[それじゃぁ俺はあと何回殴られればいいんだ?]
すると三十秒も経たない内にたった一言 [るせぇ!] と返事が来た。
次いで [当然その回数分だ] と続けて届く。
俺は [周りに机のない場所ならな] と返す。
すると間もなく [じゃぁ椅子のある場所にしておいてやるよ] と帰ってきた。
椅子のある場所には普通机もあるもんじゃないのか?
などというくだらないツッコミは返さないでおいた。
なんだか無粋な気がしたし、
なにより放ったらかしにされている鶴屋さんの機嫌がよろしくないからだ。
どうもメールを打っている俺の横顔が楽しそうに見えて仕方がなかったらしい。
自分ではかなり苦い顔をしていたと思うのだが、
そうは見えなかったようだった。
158 :
41-5:2010/03/20(土) 20:55:14.54 ID:BgQph/eG0
自分にはそういう顔をしてくれないとでも言いたげな
不満の浮かぶ表情でじとっと横目で睨まれてしまう。
なぜにそんな寂しそうな表情をなさるのか、とかつての俺ならそう思っていただろうが、
今ならもう少しマシな言葉をかけられる。そのぐらいの智恵は身についていた。
主に鶴屋さんに鍛え上げられることによって。
キョン「鶴屋さんとメールしてたときは、
きっともっと面白い顔をしてたと思いますよ」
俺がそう言うと瞳を数回ぱちくりさせた鶴屋さんは
片手を頭の後ろに回して「たっはーっ!」と盛大な声を上げると
自分にも思い当たる節があったらしく「面目ないっ!」と謝ってきた。
キョン「や、鶴屋さん、そんなに謝らなくてもいいんですけど」
鶴屋さん「それもそーだねっ、待ってたのはあたしだしっ」
そう言ってあっけらかんと事実を述べて見せる鶴屋さんに睨まれて、
若干調子に乗っていた自分を反省しつつ今度は俺の方から手を差し出した。
その手を取って満足げに胸を張った鶴屋さんの偉そうで尊大な態度に
精一杯卑屈な笑みを浮かべて返すと、
鶴屋さんは後ろ向きのまま俺の手を引いて後退し始める。
あんよが上手、とでもされているような気分だったが、
ステップらしきものを踏もうとしている鶴屋さんのそれに合わせていると
それなりに様になっている気がしてきた。
159 :
41-6:2010/03/20(土) 20:59:00.29 ID:BgQph/eG0
片手を離してその場でくるりと半回転、
俺の隣に並び立った鶴屋さんは満足げな表情を浮かべて
腕に抱きついてもたれかかってくる。
俺がわざとらしくため息のようなものを吐くとクスクス笑いが聞こえてきた。
本当に、嬉しいときは嬉しそうに笑う人だな、と思いながら
俺はなんとなく納得するような感覚を胸に抱きつつ歩みを進めた。
時折俺の顔をのぞきこんでクスクス笑う鶴屋さんの声に耳をくすぐられる。
そうして気持ちよく収まった鶴屋さんは階段を登る時以外はずっとそうしていた。
踊り場を横切るたびに抱きつかれているんだか体当たりされてるんだか
わからないような時はあったもののなんとか無事に
SOS団の部室の前まで到着できた。
このタイミングで階段から滑り落ちるなんていう
あんまりにもあんまりな珍事を回避した俺は内心で安堵していた。
腕に抱きつかれる感覚が引くように去って俺は鶴屋さんの方へと向き直る。
鶴屋さんは理由はわからないが居心地悪そうにしていた。
先程までの底抜けの明るさからは一転、迷いのような感情も伺える。
それもなんとなくわかる気がした。俺が動かずに後悔する人間なのだとしたら、
鶴屋さんは動いてから後悔する人なのだろう。
たとえどんなに根が明るかろうと後悔しない人間などいない。
161 :
41-7:2010/03/20(土) 21:03:02.32 ID:BgQph/eG0
それが俺から見た俺の知っている鶴屋さんに似合わなくても、
ありのままの鶴屋さんを見るならばそれは間違いなく
鶴屋さんらしさなのだと言える。
かつて鶴屋さんが言った「あたしらしさって何?」という言葉。
それはある意味では俺にも言えるし、もちろん鶴屋さんにだって、誰にだって言える。
似合わない涙を流したり、似合わない言葉を口走ってみたり。
一人ならばそれは問題のないことなのかもしれない。
ただ誰かと共に過ごして行く中である瞬間にそうした境界が揺らいでしまうのは
仕方がないことだ。たとえ俺が俺自身としていついつまでも変わらない俺でいたとしても、
鶴屋さんと一緒にいるときの俺っていう奴は、
鶴屋さんのそばに居るときだけの存在なのだ。
その時だけに感じられる新しい自分自身なのだ。
だからこそ、鶴屋さんは今揺らいでいる。
それがわかるようになるくらい俺は鶴屋さんからたくさんの感情をもらったし、
同時にそのらしさって奴をを揺らがせるくらい
鶴屋さんに多くの感情を与えてきた。
言いにくそうにしながらも鶴屋さんは怖ず怖ずと口を開く。
俺は黙ってそれを聞く。
待つことも、促すこともなく。
離れては繋がる言葉の境界に息を合わせて。
162 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 21:04:48.78 ID:0MIicwCJ0
しえん挟まないとさるになるんでね?
163 :
41-8:2010/03/20(土) 21:06:26.71 ID:BgQph/eG0
鶴屋さん「キョンくんっ、あたしはさっ……
キョンくんがあたしのこと好きだって言ってくれたことが、
本当に嬉しかったんだよっ! ほんとさっ!
もう、この後どうなってもいいって思えるくらい、すっごく嬉しかったんだよっ!」
普段なら何気なく言えることでも言い辛い時間と場所はある。
一生懸命に言葉をつなぐ鶴屋さんを見つめながら俺は黙って胸の内に受け入れる。
悔しそうに、言葉をつなぐ鶴屋さんのその想いの一つ一つを。
言葉の合間と合間に照れ笑いをはさみながら鶴屋さんは続ける。
鶴屋さん「でも、あたしはやっぱダメさっ……
今、ここに堂々と正面から入るってのはさ……無理っぽい感じだよっ……
やっぱもちょっと離れたとこからじゃないとさ……
なんか、調子狂っちゃってさ……ダメなんだよね……ごめんっ……!」
上手く答えられない俺も辛いが、
一番辛いのは目の前のこの人なのだと自分に言い聞かせて次の言葉を待つ。
俺が覆した鶴屋さんの今までの立ち位置と、これからの新しい立ち位置の。
今はその境界線上なのだ。
時と場にも、気持ちの上にも。不安にならないわけがなかった。
鶴屋さん「でもね……キョンくんのそばには、居られるよっ!
そんでできれば……この先もっ……ずっと……ずっとさっ……」
切なげに言葉を選ぶ鶴屋さんを見ていると俺の方までたまらなくなってくる。
165 :
41-9:2010/03/20(土) 21:09:46.08 ID:BgQph/eG0
それでも今は聞き役に徹する時で、
それになんとなく鶴屋さんが言わんとしていることがわかってきた。
その一言を返す時は目いっぱい真剣に、
そして笑える表情を浮かべておくといいだろう。
鶴屋さん「そんでさっ、キョンくんが困った時は……
また遠慮なくあたしを頼ってよ! 全力でサポートすっからさっ!
あたしにできることだったら……なんでもすっからさ……
ほんとだよっ……」
そう言って切なげ笑う鶴屋さんに、俺は冗談みたいに真剣な言葉を返す。
もちろん、そこに込めた感情は冗談なんかではなく、
期待と願望と、淡い下心と。
ついでに溢れる若さも込めて。
キョン「鶴屋さん……結婚してください」
そう言い放った次の瞬間、鶴屋さんの表情が大変なことになった。
その場でバタバタと悶え始める鶴屋さんは
その顔が俺から伺えないように両腕を交差させて隠して、
鶴屋さん「ちょっ! な、なんてこと言うのさっ! ま、まだ早いよっ」
などと必死で否定しながらもやがて恐る恐る腕の隙間から眼を覗かせて言う。
166 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 21:10:45.21 ID:hv47UxtP0
しえん
支援するにもsageようか
169 :
41-10:2010/03/20(土) 21:14:42.65 ID:BgQph/eG0
鶴屋さん「その……一年くらいっ……だっけ?」
俺は思わず口元を手で隠しながら笑ってしまった。
それでもやはり目元の緩みだけはどうしようもない。
なんだか鶴屋さんの剣呑な視線が突き刺さっているような気がする。
すっかり開き直った俺は自分の誕生日から計算するまでもなくありきたりな答えを返す。
キョン「そのぐらいですね。
そしたら俺はもう、完全に鶴屋さんから逃げられませんね」
鶴屋さんは顔の前で交差していた腕を胸元まで下ろし
「そんなつもりないくせにっ!」と言いたげな瞳で責めるように俺を見る。
だがその口元は緩んでいて、そんな睨みながらも嬉しそうな表情を見ていると
俺の首にかけられた手綱が根差すのはそうした契約でも、
まぁその、なんだ。体の関係でもなく。
ただ単純にこの人自身なのだと思うと
背中の真ん中らへんがこそばゆくなる思いでいっぱいだった。
鶴屋さん「キョンくんっ……あ、あたしのこと……あ、愛してるっ……のかなっ!?」
恥ずかしさでちゃんと眼を開いて言えない鶴屋さんはうっすらと目元を潤ませながら
精一杯の勇気を振り絞って半目がちになりつつ俺に尋ねてきた。
唇をきつく結んでうーとかぅーとうなりながら恥ずかしそうにしている。
放っておけばこのまま泣き出しそうでそんな鶴屋さんも見てみたい、などと不埒なことを
考えるまでもなくそれ以前にボコボコにのされるだろうことに思い至れる俺の頭脳は別の手段を考える。
170 :
41-11:2010/03/20(土) 21:18:57.09 ID:BgQph/eG0
それを言うのは何度目か、と思ったが今の今まで俺は一度も
その”あ”から始まる言葉を口にしていないことに思い至った。
しかしそれを言うにはなんだかとってもはばかられるというか気恥ずかしいというか、
それを堂々と言える鶴屋さんの肝はなんと据わっているんだろうか、などと
自分に言い訳をしながらもとりあえずこれが俺の精一杯。
キョン「当たり前です……」
80点、いや、60点と言ったところか。
鶴屋さんの若干微妙に睨んでいるような喜んでいるような複雑な表情から見るに
ぎりぎり落第点はクリアーしたというところだ。
昨日はこれが百点の解答だったはずなんだがなぁ。
問題文に不正があったんじゃないか?
などと愚痴をこぼしながらもそんな不出来な答えでも
内心とても喜んでくれていたらしい鶴屋さんは恥ずかしそうに微笑みかけてくれる。
そして何かを宣言するかのように姿勢を正すと元気一杯に大きな声で叫ぶように言う。
鶴屋さん「てっへへっ……キョンくんはっ、ほんとにほんとにっ、しょうがない子だねっ!
もう、ほっとけないったらないっさ! と、いうわけでさっ!
あたしはこれからも君を、キョンくんを観察し続けるって誓うよ!
今日も明日もこれからも、絶対に!」
ニカッと八重歯を覗かせて笑う鶴屋さんのその笑顔がどれだけまぶしくとも
俺はもうたじろがない。単に姿勢のことではでなく、気持ちの部分で。
今なら恥ずかしがらずに見れる。この人の笑顔をまっすぐに。
172 :
41-12:2010/03/20(土) 21:21:10.56 ID:BgQph/eG0
また明日。絶対に。
そのフレーズは今この時でも息づいていた。
俺と鶴屋さんが春休みに何度も交わした、あの大切な約束は。
まだ生きているのだ。そしてそれは恐らく、この先もずっと変わらずにそこにある。
今日も、明日も、その先も。
絶対に。
たとえたまに無理曜日で、来れないデーがあったとしても。
そうした絆が俺達を支えてくれる。互いを想う気持ちが支えてくれる。
俺達の関係を。俺達の未来を。
それがこの先も続いていくのだと確かに感じさせてくれるのだ。
鶴屋さん「ほっとけないからっ! ほっとけないからさっ!
だからあたしのものになっちゃいなよ!
さぁっ、どうなんだいっ! キョンくん!」
そう言って力強く手を差し出してくる。
責めるようで命令するようで、
それでいてこれ以上ないくらい下手に出る鶴屋さんの姿に俺は思わず笑ってしまった。
そんな俺の反応を受けて鶴屋さんは顔を真っ赤にして押し黙る。
それでも差し出した手は引っ込めずに、
本当に真っ赤な顔のまま唇を結んで恥ずかしさに耐えている。
鶴屋さんに尻尾があったらきっと今頃盛大に左右に振れていることだろう。
そんなやかましさは今この場には、とてもお似合いなのだった。
173 :
41-13:2010/03/20(土) 21:25:14.68 ID:BgQph/eG0
キョン「俺の手綱、離さないでくださいね」
差し出すその手を取った時、ついに俺は逃げられなくなった。
鶴屋さん「そんなの……当たり前さっ!」
そのまま強引に引き寄せられ、体勢を崩しつんのめった俺を受け止めると
鶴屋さんはそのまま自分の唇を俺のそれに重ねてきた。
まるでマーキングでもされているような気分だった。
所有権を主張するように強く強く俺を抱き寄せる鶴屋さんに負けないくらい、
俺も鶴屋さんを抱き寄せた。
舌が絡み合い粘膜と粘膜が触れ合う度に唾液が糸を引いた。
時折漏れる熱を帯びた息遣いが耳を、喉を、肌をくすぐってくる。
甘い香りがした、とまで感じたのは俺の頭が沸騰しているからなのかもしれないが、
とにかくいい香りがした。
それは鶴屋さんの髪の毛に鼻をくすぐられたからかもしれないし、
吐息なのかもしれないし、
艶やかな肌のそれなのかもしれない。
手を添えたうなじのサラリとした肌触りと、重ねる唇の柔らかさと、
耳をくすぐる口づけの音と、なんとも言えないこの滑らかな舌触りと。
耳の裏、首筋に添えた手を動かすたびに
鶴屋さんが俺を抱き寄せる手が深く絡みついてくる。
息をするのも忘れそうになるくらい、喉の奥から熱い息がこみ上げてくる。
互いの舌を滑らせるように絡め合わせる。
174 :
41-14:2010/03/20(土) 21:27:47.70 ID:BgQph/eG0
そうしてたっぷりと互いの味覚を堪能していると背後で突然ドアが開くような音がした。
それもゆっくりではなく一気に開かれたような激しい音が。
驚いた俺達が振り返るとハルヒが思いっきりこちらを見ていた。
俺の額を冷や汗が伝う。
なんだかまずい場面を見られたような気がして思わず変な顔になってしまう。
鶴屋さんはというと困ったような恥ずかしがるような表情で
「こ、こんちわっ、ハルにゃん! たっはは……」などと笑ってごまかしている。
なんつうか、やっちまったって感じだ。
こう、わりとお約束の展開ではあるのだが
いざ自分の身に降り懸かるとめちゃくちゃ心臓に悪い。
蛇に睨まれた蛙のようにすくみあがってしまう。
頭の中は完全に鶴屋さんと二人きりのモードになっているので
まったくもって状況に対応できない。頭脳は即座にオーバーフローしていとも容易くショートする。
自分の頭のめぐりが今ほど悪いと思ったことはなく、鶴屋さんも似たような感じだった。
そうしながらもその場でしっかりと抱き合ったままの俺達を見るや
ハルヒは大きくため息を一つ吐くと顔を真っ赤にしてまくし立てる。
ハルヒ「あんたらさっきからうっさいのよ! 中までまる聞こえだったんだからね!
あ、鶴屋さんはいいの、気にしないでね。問題はコイツよ、バカキョン!」
そう言ってハルヒは俺を睨みつける。
その気迫に思うも思わずもたじろいでしまいなんとなく親に叱られているような気分になる。
気まずい、逆らえない、反論の仕方がわからない、って俺は小学生か。
175 :
41-15:2010/03/20(土) 21:31:58.79 ID:BgQph/eG0
そんな残念な感じの大きな子供をジロリと睨みつけた我らが団長様は
俺の眉間に向けてズビッと人差し指を突き出すと死刑でも宣告するように言う。
ハルヒ「キョン、今ここでハッキリ言葉に出して誓いなさい。
鶴屋さんを自分の命よりも一生をかけて大切にしますってね。
そんでもって苦労も絶対させないこと! 浮気なんてもっての他よ! いい!?」
ハルヒの剣幕に気圧されるも俺だって言い返したいことぐらいある。
「お前に言われんでも、じゃない、なぜにお前に命令されにゃならんのだハルヒ!」とは
声に出さずに心の中で反論しておいた。
俺の真実の言葉というか喉をついて出る音はヒューとかコホーとかいう
かすれた呼吸音だけである。微妙にしゃっくりが出そうな感じさえする。
そんな情けない俺を放ったらかしにしてハルヒは自分の言いたいことを言いたいだけ言う。
ハルヒ「約束しなさい、キョン! そしたら、このあたしが公認してあげてもいいわ。
あんたと鶴屋さんが幸せになれるように祈ってやってもいいわよ。ただし!
団の活動に支障をきたさないよう慎むべきときは慎みなさい!
今のさっきみたいに部室の前でイチャコラされたらたーまったもんじゃないわよ! 馬鹿!」
鶴屋さんが申し訳なさそうに頭の後ろをかく。
俺はというとまともにハルヒの顔を見られないまま額に手を当てて唸るのだった。
何はともあれハルヒの公認を得るというのは凄まじいことである。
頼もしいなんてもんではない。
神のお済み付きを得たような心強さすら感じる。これ以上ない味方をつけてしまった。
本当に後戻りできないなこれは。そんなつもりは元々ないが。
176 :
41-16:2010/03/20(土) 21:35:10.09 ID:BgQph/eG0
鶴屋さん「まーっ、でもっ!」
いつの間にか正体を取り戻していた鶴屋さんが不意に何かを言い始める。
鶴屋さん「あたしは別にキョンくんとずぅっと一緒に居られれば、
後はキョンくんが誰とどうなろうとかまわないにょろよっ?」
俺とハルヒは驚いて同時に鶴屋さんの方を見る。
俺がそんなことをしないとわかりきっている鶴屋さんがからかうつもりで……
言ったのではないようだ。
あっけらかんと笑う鶴屋さんは威厳に満ちているというか、
余裕に満ちてしゃくしゃくであるというか、どっしり構えて不動なること雲山の如し、
というかマジで真実本気の堂々たる目つきである。うっすらと笑みさえたたえていらっしゃる。
どうやら真実本気に冗談ではないようだ。
鶴屋さん、あなたどんだけ懐深いんですか、深すぎますよ鶴屋さん、ねぇ!
というかこの御方は一体俺みたいな俗人の何歩先をお往きなさってらっしゃるんだろうか。
既に神仙の領域である。やっぱり鶴屋さんは普通でも俺と同じでもなんでもなかった。
ある意味宇宙人未来人超能力者神、ついでに迷探偵を超えるほどの
特別で強烈なパーソナリティーを持ってらっしゃるんじゃないだろうか。
内面から滲み出すその凄みに気圧されながらも頭の片隅に可愛いなどというワードを
ふわふわと漂わせているあたり俺の惚気っぷりも仙人クラスなのだった。
俺がそんなことを思っている間にハルヒがあんぐり呆然と我を失っている間に、
いつの間にか姿勢を崩して人刺し指を立てて空気をくるくるとかき混ぜながら
眼をつむった鶴屋さんが暗唱するように言い放つ。
支援
178 :
41-17:2010/03/20(土) 21:40:29.19 ID:BgQph/eG0
鶴屋さん「それでもっ! 一番乗りはあたしっかな〜♪」
そう言って珍しく間延びした声を出す。
それは鶴屋さんが何か企んでいるときの、
もとい言葉に裏があるときに発する上ずりである。
鶴屋さん「ま、この辺がね、慎み切れないかもしれないけど許して欲しいっさ!」
そう言って前のめりになりながらお腹を抱えて笑ってみせる。
俺もハルヒもさっきからずっと開いた口が塞がらなかった。
そして鶴屋さんは固まって動かない俺の耳元に口を寄せると
俺にだけ聞こえるよう小さな声でそっと囁く。
鶴屋さん「春休みの……十三日目っ!
あの日がなんの日だったかじっくり推理してみるといいっさっ♪
きっと、すぐにわかってもらえると思うっからさっ!
ねっ……たんてぇーくんっ♪」
最後の方はいつもの大声になり言いたい放題言い切った鶴屋さんは
ハルヒのもとへ駆け寄るやそのまま体当たりするように抱き着いて
動揺するハルヒを後ずらさせながら部室へと突入していった。あの日何の日、ふっふーじゃねぇ、
真面目に考えて時間の自浄作用って奴が記憶だけを操作したんであれば、
まぁ、その、なんだ。つまり既成事実は消えてないってことだ。
あのまま俺まで忘れてたら素敵にえらいこっちゃになってたんじゃないだろうか?
いや、確実にそうなってただろう。
約半年後ぐらいにそれはそれは愉快な珍事になっていたことだろう。
180 :
41-18:2010/03/20(土) 21:43:34.71 ID:BgQph/eG0
まさかそこまで見越して、ということはないだろうが、
いやしかしなんというか、ただでは転ばない人だなほんとに。
砂を噛んでも立ち上がる、そんなバイタリティもまたこの人の無敵さを支える一柱で、
たまらない魅力の一つなのだった。
それにしてもさっきまで遠慮するだのどうだの言っていた人と
同一人物だとはまったく思えない。
しかしそれがとっても鶴屋さんらしい姿なのだからどう異議の挟みようもない。
やっぱりこの人は、なんだ。すげえっていうよりは。
面白い人だな、と。素直にそう思った。
俺が部室に入ると鶴屋さんは朝比奈さんと、
もとい朝比奈さんをハグハグしたまま全身をまさぐっている最中だった。
その耽美かつびあ〜んな花香る桜の園に
俺は内心「ほ〜ぅ」と感嘆しつつ顎に手を添えて唸った。
おまけにそこに負けじとハルヒが加わるもんだから現場は一層悲惨なことになった。
みくる「た、助けてキョンくん、鶴屋さんダメ、涼宮さんも〜ふえぇ〜」
と必死で俺に助けを求める朝比奈さんの悲鳴を無碍にしつつ
春爛漫の素晴らしい光景を堪能しているとどちらかというと夏の男、
紅色の脳細胞ならぬ紅色のなんか光る丸い玉、もとい古泉が話しかけてきた。
そしてその隣に長門が……長……長門さん?
不思議なことに、まったくどういうわけか長門は
もじゃもじゃヘアーのカツラではなくデコっパゲのカツラをかぶっていた。
184 :
41-19:2010/03/20(土) 21:46:27.95 ID:BgQph/eG0
いや、それは、さすがにどうだろう。
なんとなく残念な心地になった俺はその額をピシャリとはたき、はせずに
両手を添えてそっとカツラを持ち上げた。
俺も残念そうな顔をしていると思うが、
長門の方もとても残念そうな顔をしていた。
キョン「こっちは、ダメだ……お兄さんとの約束だぞ……」
そう力なく言う俺に長門は黙って小さく頷いた。
隣で古泉が苦笑いを浮かべている。
宇宙人の突然の豹変ぶりに驚いているのかもしれないが、
お前の口元にだってわけのわからない口ひげがくっついてるぞ。
どれ、むしり取ってやる。かしてみろ。
俺がそう言って手を伸ばすと「遠慮しておきます」と丁寧に辞退した古泉は
自ら付け髭をあっさりすっきりパリッと簡単に剥がしたのだった。
ちっ、皮膚ごと剥がしてやろうと思ったんだがな。
俺のそんな悪態を受けても古泉は笑みを絶やさない。
次いで真面目な表情に変わると本題に移る。
古泉「ここから続いていく時間というものにはまったく保障はありません。
何が、どうなっても、世界が滅んでも、誰と誰が手を取り合っても、
何もかもが予期しえぬ世界です。僕たちの組織は頓着しませんが、
未来人達は困っているかもしれませんね。
それでも鶴屋さんがああいうことを言う人ですから、
ひょっとするとあんまり変わらないのかもしれません」
185 :
41-20:2010/03/20(土) 21:48:36.12 ID:BgQph/eG0
キョン「浮気すんなよって言われたりしても気にしないって言われたり、
こっちとしてはえらいことなんだが……」
古泉「それは自分を嫌いになるな、という命令みたいなものではないでしょうか。
彼女なりにあなたに気を使っているんだと思いますよ。
そして、変えてしまった未来に対しても」
キョン「未来……か」
俺はなんとなく朝比奈さんの方を見る。
朝比奈さんは相変わらずハルヒと鶴屋さんにもみくちゃにいじくり回されていた。
朝比奈さんが未来人でも、いついつどの時代の人間でも。
鶴屋さんにとっては大切な親友で、かけがえのない人の一人なんだ。
そう思えばわかるような気がした。
この人がどうして、あんなにも思い悩んで苦しんだのか。
そして鶴屋さんのそんな優しさに、俺は頭が下がる思いで一杯だった。
次いで長門が口を開く。
その口から話される内容はとても真面目で、真剣な話だった。
長門「実際的無限と可能性無限の境界に我々は常に立っている。
そこが反復を繰り返す地平面上だとしても常に上昇を続けていく。
その先がどんな未来で結末だったとしても。
貴方達は前に進まなければいけない。これは、義務」
義務。つまり法則っていうか、そうせざるを得ない運命ってことか?
186 :
41-21:2010/03/20(土) 21:51:00.49 ID:BgQph/eG0
その運命って奴は俺たちを傷つけもするし、また何かを気づかせもする。
鶴屋さんとのあの激しい戦いの中で学んだこと。
それは辛さ乗り越えて勇気を振り絞って、
目の前の壁を飛び越えなければ何も得られないのだということ。
そしてそれは飛び越えてしまえば、
新しい発見を俺たちに与えてくれるのだと。
無理だダメだ、それはいけないことだと思っていても。
超えてしまえば案外、それはそれで俺たちの今までいた世界と変わらずに、
超えたという事実そのものが俺たちの過去の積み重ねで礎になっていくのだと、
そう納得できた。
俺はなんとなく長門の頭を撫でたくなってそこにぽんと手を置いた。
長門は何を言うでもなく俺を見上げていた。
キョン「今の俺は、どういう風に見える?」
何気なく尋ねた言葉に長門は、
長門「今のあなたも。とてもユニーク」
といつか聞いた言葉を返した。今も、今までも、か。
キョン「ありがとな、長門。春休みの間も裏でハルヒの面倒を見ててくれてよ。助かったぜ」
長門「気にしないで。あなたはただ私に見せてくれればいい」
187 :
41-22:2010/03/20(土) 21:54:18.13 ID:BgQph/eG0
キョン「何をだ……?」
長門「───を」
突然のハルヒの叫び声でかき消されたそれを俺は確かに理解した。
音は聞こえなくとも唇の動きでわかった。
特徴的な口使いで始まる単語。”も”で始まるその言葉。
口元を緩ませながら俺は、「あぁ」と、短く答えた。
それで十分だった。
視線を鶴屋さんハルヒ朝比奈さんに戻すと
いつの間にか桜の園の主役は鶴屋さんになっていて、
その場でハルヒが鶴屋さんに何かを言わせようとしていた。
真っ赤になって恥ずかしがる鶴屋さんに朝比奈さんが後ろから声援を送っている。
そんな朝比奈さんのエールを受けてうっすら涙を浮かべた鶴屋さんが朝比奈さんを抱きしめる。
そして「みくるがあたしのお嫁さんになってくれたらいいのにっ!」などととんでもないことを口走った。
「いっそキョンくんと二人でうちに婿入りと嫁入りしないかいっ!?」とこれまた
大胆かつ破天荒な提案をする。
春休みに俺にコーヒーカップを投げつけたときのあれはなんだったのだろうか。
実は鶴屋さん、ホントにそのケがあるんじゃないのか?
俺に真実を言い当てられて狼狽した部分もあったんじゃないのか。
もしかすると鶴屋さんはとてつもない天然の女たらしなのかもしれない。
男子が好意を抱く云々以前に鶴屋さんに想いを寄せる女子達の妨害を受けるのかも。
そう考えると俺のしたことと言うのはその女子達からしてみれば
極刑クラスの暴挙なのではないだろうか。一気に背筋が寒くなった。
188 :
41-23:2010/03/20(土) 21:56:28.17 ID:BgQph/eG0
ついさっきまで手をつないで校内を練り歩いてしまったではないか。
明日からマジで謎の暗殺者に狙われるかもしれない。
Gでも、バーコードでも、弾道を曲げるアレでもない生身の人間に背後から
襲われるかもしれないというリアルな恐怖に戦慄しながら俺は鶴屋さんの言葉を待った。
そうしてハルヒと朝比奈さんに押し出されながら鶴屋さんは怖ず怖ずと口を開く。
らしくない不安を眉根に浮かべながら、それでも最後には、
やっぱりいつもの鶴屋さんに戻るのだった。
元気いっぱいに、高らかに、ハキハキと。
気持ちのいい風を吹かせるのだ。
心地好い春風を。一年中、いついつどの時でも。
鶴屋さん「えっと……その……キョ、キョンくんっ!
あっ……愛してる……にょ、にょろっ!」
それでも言い終わる頃にはすっかり顔中を真っ赤にさせてよろめいて、
朝比奈さんやハルヒに支えられてしまうあたりまだまだ不慣れな感情なのだなぁと
その初々しさに感じ入りながらも、それに返す俺の答えだって当然ながら決まっている。
俺はその場にいる全員を一回ずつ視界に収めてその姿を脳裏に焼き付けてから向き直る。
ハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉、最後は鶴屋さん。
鶴屋さんは顔中を真っ赤にしたまま俺の答えを待っている。
さっきのはきっと鶴屋さんの精一杯の勇気というか、負けん気というか。
それが人前でも内心を正直に白状させたのだろう。
189 :
41-24:2010/03/20(土) 21:59:22.15 ID:BgQph/eG0
その頑張りに敬意を表して、俺も応える。
鶴屋さんに、目の前で涙を浮かべて真っ赤になっている
偉大で可愛い先輩に。
キョン「鶴屋さん……愛してます」
俺の言葉を受けて目をまん丸に見開いた直後、
うつむいてしまった鶴屋さんはふるふると肩を震わせる。
ハルヒや朝比奈さんが心配そうに顔を覗き込むも、
次いでその表情が困ったような表情になった。
しょうがない、とでも言いたげな表情でハルヒと朝比奈さんが俺の方を見る。
鶴屋さんが一体どんな表情をしていたのかは、
ハルヒと、朝比奈さんと、鶴屋さんの。三人だけの秘密なのだった。
そんな俺の心配を余所に次の瞬間、顔を上げて目いっぱい
元気いっぱいのいつもの笑顔を浮かべた鶴屋さんは俺の言葉にこう答えてきた。
鶴屋さん「うんっ! 知ってるっさっ!」
そう言ってあっけらかんと言い放つ鶴屋さんの笑顔はまぶしくて、
見たことがないくらい晴れやかで、そして何よりキュートだった。
そうして駆け寄ってきた鶴屋さんに抱きしめられるのかと思った矢先、
照れ臭紛れの右ストレートがみぞおちに飛び込んでくる。
「おふんっ」と奇妙な呻き声を上げながらもなんとかその場に
身体を残した俺に鶴屋さんは追い打ちの二撃三撃を叩き込む。
190 :
41-25:2010/03/20(土) 22:02:00.80 ID:BgQph/eG0
ただそれはまったく痛くなく、まったく手加減されていて、
ぜんぜん痛くも痒くもなかった。むしろくすぐったいぐらいだった。
そうしてひとしきり俺にじゃれついて満足したのか、
鶴屋さんは堂々たる威厳をまとって俺に言い放つ。
鶴屋さん「キョンくんっ、愛してるよっ! これからもずっと、ずっとさっ!
あたしからは絶対に逃げられないんだからね!
覚悟するっさ! にゃははっ♪」
そうして俺を力いっぱいに抱きしめる鶴屋さんのいい香りに包まれて。
人目もはばからずに交わされた口づけの甘ったるさと言ったらなかった。
やれやれと言った表情で俺を見るあいつらのため息が聞こえる。
俺を引き寄せて離さない鶴屋さんを、
俺もしっかりと抱きしめ返して応えれば見える気がする。
ここから始まる、俺と鶴屋さんの物語を。
ここから始められる、俺たちの明るい未来の時間を。
唇を離しても、そこから交わされる言葉で俺たちは繋がることができる。
いついつでも、その気持ちを、言葉にして伝えることができる。
耳をくすぐる吐息に混じって愛を囁くことなんて。
とても容易くできるんだ。
勇気があれば、できるんだ────。
鶴屋さん「めがっさっ、大好きっ!」
この時既に俺の頭の中も目の前も、鶴屋さんの笑顔で一杯だった。
鼻をこすりあわせながら額をくっつけ合った俺と鶴屋さんは、
そのまま指と指を絡め合わせて。
宇宙人、未来人、超能力者、神に見守られながら。
キョン、鶴屋さん「愛してる……」
そう囁き合うことができたんだ。
fin.
3日楽しませてもらった お疲れ様
193 :
都留屋シン ◆wScl9LyheA :2010/03/20(土) 22:06:58.48 ID:BgQph/eG0
長い時間、お付き合いいただいて本当にありがとうございます。
まだもう少しここに残っているので
質問などがあれば答えていきたいと思います。
なにかありましたらお気軽にどうぞ。
>>194 エピローグはありませんが、即興で書くぐらいならできます。
ご希望があればやります
198 :
都留屋シン:2010/03/20(土) 22:15:04.85 ID:BgQph/eG0
わかりました、
リアルタイムだと遅れがちになると思いますが。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
以前書いた鶴屋さんネタってどれ?
>>199 キョン「朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていた」
というのを書きました。
検索すればまとめが出ると思いますよ。
>>200 トンクス
後で調べて読んでみるよ
あと、お疲れさま久しぶり読み応えあったよ
その1の途中までしか読んでないけど、時間ができたら読む、てか読みたい。
こんなゾクゾクしたSSは初めてです、お疲れ様!
203 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/20(土) 22:37:44.30 ID:+gz8qvJ/0
ながもんの言ったもから始まる言葉が分からない俺は読み返した方がいいですか?
乙
もで始まる言葉がわりかし本気で分からないけどそれを聞くのは野暮ってものだろうか
ともかく、2作丸々読ませてもらったけれどどちらもとても面白かった。ありがとう
>>203 >>204 「ストーリー」を和訳してください。
ぼちぼち書き溜まってきたので空気を読んで投稿していきたいと思います。
206 :
エピローグ:2010/03/20(土) 22:58:20.81 ID:BgQph/eG0
鶴屋さん「キョンくん、あたしたちがさっ、
ずっと一緒に居られることってすっごいレアなんだよね?」
下校途中、何気なく発された一言に俺ははたと立ち止まる。
なぜにこの人はそんなことをお尋ねになるのか。
意図は見えないまでも不安を感じていることはわかった。
キョン「えぇ、まぁ。それはもうレアリティが高いらしいですよ」
鶴屋さん「やっぱそっか……そうなんだよね……」
キョン「何か気になることでも……?」
鶴屋さん「いやね、なんかね。……不安になるのは仕方がないっていうか、
どうしてもっていうか、二人っきりになると思うにょろ。
その……あたし達はさ、これから何に寄って立てばいいのかな……?
何か支えになるもんがないとさ……その……不安でさっ……」
それはそうだろうな、と俺は思う。
207 :
2:2010/03/20(土) 23:07:32.29 ID:BgQph/eG0
確たる足場を俺たちは持たない。何者からも切り離された自由な存在だとしても、
時には休む場所が必要なのだ。
どうしようもなく傷ついたときに身を託せる場所が。
これから俺たちが向かう場所。それは何を隠そう俺の家で、
そんでもってその後は鶴屋さんの家に直行なのだった。
とっくのとっくで肉体関係を結んでいた俺達がいい加減これから
巻き込むことになるであろう人達に対してできることはというと、結果報告。
誰が仰天して飛び上がってひっくり返ろうが後の祭り、
既に来年の祭りの準備が始まっているのである。
鶴屋さんの不安の正体というのも俺にはわかる。
気持ちの問題は時間が癒せるかもしれないが、
身体の方はというとそうはいかず。
わけのわからない組織や存在が背後にうごめく世界に
直接さらされることになった鶴屋さんの胸の内はおそらく、
俺が最初に感じた戸惑いと同じものなのかもしれない。
鶴屋さんは強い。強いからこそ、立ち向かおうとする。
そして今全力で怖がっている最中なのだ。
そうした恐怖の中で俺がしてやれることと言ったら、
そうしたことに一年先輩、
いわば超常現象二年生の俺として新一年生たる鶴屋さんに
アドバイスできることと言ったらたった一つしかない。
210 :
3:2010/03/20(土) 23:19:28.27 ID:BgQph/eG0
キョン「普通にしてればいいんです。普通にね」
普通にする、というよりは普通にしておく、と言った方が正しいかもしれない。
不満そうな表情を作った鶴屋さんは
それでも納得できないと言いたげな表情で俺のことを睨む。
それだけじゃないんだぞ、とでも言いたげだ。実際それだけじゃないんだろうな。
まともじゃない世界で自分を、普通さって奴を保つのは相当な根気がいる。
気が触れたっておかしくないくらいのストレスにさらされて、
それでも自分を保たなきゃいけない。
不安も、恐怖も、俺がスーパーなんちゃらに変身して
取り去ってあげられればいいんだが、そういうわけにもいかなかった。
鶴屋さん「キョンくん……あたしはさっ、たださっ!
一緒にいられればいいって言ったけど……それでもさっ、
怖いって思っちゃうのは、なんでなのかな……
こういうのは初めてだからわかんないんだよね……
どしてもさ、不安になっちゃうんだよ……」
弱いままでは、生き続けていくことはできない。
にも関わらず、誰かを好きになる度に俺は弱さを抱えていくし、当然ながら鶴屋さんだって。
心がなく、誰にも気持ちを開かず、ざっくばらんで居続けられたなら。
もしそうなら傷つくことなんてないのかもしれないし、
深い絶望に打ちひしがれることもないのかもしれない。
面白かったです
エピローグに入るようですがひとまず乙といわせていただきます
三日間楽しませてもらいましたありがとう
212 :
4:2010/03/20(土) 23:36:53.36 ID:BgQph/eG0
抱き寄せるだけでは済まない、そんなためらいもある。
無機的な世界に感情だけが取り残されていくような感覚がするのは仕方がないことだった。
キョン「鶴屋さんの部屋で俺が毎日寝起きするってのは、
どうですか? 安心できますか?」
顔を赤らめて苦い表情を作りつつ唇を結んだ鶴屋さんは責めるように俺を見る。
鶴屋さん「そ、そーいうことでもなくてっ! ……も、もーいいよっ、
あたしがしっかりしてれば済むことなんだからさっ!
キョンくんには頼らないからねっ! いーっだ!」
俺に頼りにして欲しがる先輩は俺を頼りにするつもりはないらしい。
そりゃ俺は頼りにならないこと請け合いではあるが、
それでもこのままこの人に無理をさせるわけにもいかない。
鶴屋さんの無敵さにひたすら甘え続けられるほど俺の神経も太くはない。
俺だけが居心地のいい関係というのは、全然気持ちよくなんてないんだ。
鶴屋さんが俺たちの関係をよくしようと頑張ってくれるなら、
俺はそれ以上に頑張らなくては。
そうするうちに鶴屋さんの半歩でも先を歩けるようになったなら。
きっと鶴屋さんだって俺のことを頼りにしてくれるに違いなかった。
213 :
5:2010/03/20(土) 23:44:51.79 ID:BgQph/eG0
キョン「鶴屋さん、そりゃぁないんじゃないですかっ!
俺だっていろいろ頑張ってるんですから、
ちっとは褒めてくれたっていいじゃないですかっ」
わざとムキになった振りをするのはゲーム開始の合図であり、
当然ながら受けて立たないわけにもいかない鶴屋さんとの間で
ついに戦いの火蓋が切って落とされた。
キョン「春休みにもけっこーひどいこと言ってくれましたよね。
あたしの何を知ってるんだとか勝手なことを。
鶴屋さんだって俺の名前すら知らなかったくせに!」
鶴屋さん「だ、だからそれは……で、でもキョンくんが、
キョンくんがアホすぎるからいけないのさっ!
キョンくんがもちょっと賢かったらあたしもあんな風にならなくてよかったにょろっ!
全部キョンくんのせい! 絶対そうさ!」
キョン「それにしたって鶴屋さん、
もう少しホントのことを俺に教えてくれたっていいじゃないですか。
秘密主義っていうのは誤解を招くものなんですよ。
そういう意味では俺に負けないくらい鶴屋さんだってアホです!」
鶴屋さん「な、なにさなにさ! あ、あたしだって、あたしだってさ!
もっと早く仲良くなりたかったさ! もっといろいろしたかったさ!
なにさ! いいじゃん別にっ、上手くできなかったことぐらいさっ────!」
そこまで言ってようやくハタと気づいたのか、
涙を流しつつスカートを握りしめていた鶴屋さんは
うつむいていた表情を再び俺に向き直らせる。
217 :
6:2010/03/20(土) 23:57:14.22 ID:BgQph/eG0
なんだかとても居心地がよかったのだが、
鶴屋さんはというとバツが悪そうに視線を落としてしまう。
この人の強さってのは、また弱さでもある。
優しい、強い、激しい、明るい。
それはすべて鶴屋さん自身がそうしていたいという姿であって、
そうでない自分が受け入れられてもらえるのか、安心できるのか。
そこまで慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
これは俺の問題であると同時に、鶴屋さんの問題でもあって。
そうして抱えた問題に、俺たちはまだ一年生だった。
たとえ鶴屋さんが俺の上級生で、
俺が鶴屋さんより一年長く超常現象を体験していようとも。
俺たち二人のこれからはまだ始まったばかりなんである。
キョン「残念な子なのは、俺だけじゃないみたいですね」
鶴屋さん「キョンくんが……あたしをこんな風にしたんじゃんっ……
責任取るにょろっ!」
キョン「責任なんか取れません」
俺の言葉に失望するように鶴屋さんは再び唇をきつく結んで押し黙ろうとする。
俺はそんな鶴屋さんに拳を一つ、えいやっとは言わないまでも優しく小さく、
その胸にトンと添える。
219 :
7:2010/03/21(日) 00:00:11.23 ID:0EgrYtKD0
驚いたような表情で見上げてくる鶴屋さんに言うべきことはというと、
さっぱりすっぱり俺の本心なのだった。
キョン「そのままの鶴屋さんが、俺は好きなんです。
ダメな子でも、残念な子でも、明るい子でも……激しい鶴屋さんでも」
鶴屋さんの瞳がまん丸に見開かれる。
珍しいものでも見るように、俺のことを見上げてくる。
その視線のくすぐったさといったらなかったが、
それはさておき、締めの句が残っていた。
キョン「俺がどんなにダメな奴でも、ずっと、鶴屋さんの味方です。
ダメな残念なままの俺でも。鶴屋さんの味方でいます。
だから、俺と。タッグを結成しませんか?
辛い立場の、普通人間同盟って奴を」
味方です、の当たりで止めて置いて欲しかったのか、
最後の普通人間同盟を聞いたあたりで鶴屋さんは驚くのをやめて
責めるように俺を睨んできた。それを俺が気にしないかというと、
そんなことはなかった。まだ締めの句は途中なんである。
キョン「不安なのは、同じです。俺だっていついつでも不安げです。
でもところがどっこい、俺には今心強い味方が居るんです。
何を隠そうそれが貴女で、そんでもって、
そんな人がいつか俺を頼りにしてくれたらって思うと。
胸が踊るような気がします」
鶴屋さん「じゃあさ……一つ約束してよ……」
220 :
8:2010/03/21(日) 00:10:37.25 ID:0EgrYtKD0
キョン「なんですか?」
鶴屋さん「敬語……やめよ……?」
今度は俺の方が目を丸くしてしまった。
そんな俺の表情の変化に戸惑いながら鶴屋さんはしどろもどろに言葉を続ける。
鶴屋さん「その、あの、なんていうのかな……えっとさ……
もっと、気さくな感じで、ざっくばらんな感じで!
その……男らしい感じに……してもらってもいっかなっ……?
なんか、後ろからついていきたくなる感じでさ……」
ああ、と俺は頭をはたく。
どうも俺は今のいまだに鈍い自分を卒業できていないようだった。
なんとなく不安だが、ここは一つ気を引き締めるしかない。
鶴屋さんの不安の正体というのは結局、
俺の心が揺らがないかどうかという不安なのだ。
不安げな鶴屋さんの表情に向き直って、俺は言う。
キョン「俺たちは……ひょっとしたら。ずっと一緒にいられないかもしれません。
不安を抱えたまま、続けていくことって……きっと難しいことなんですよね」
222 :
9:2010/03/21(日) 00:18:02.30 ID:0EgrYtKD0
鶴屋さん「キョンくんをさ、独り占めしたいっていうのは、
ほんとにあたしの、ただのわがままだからさ……
まだそういうとこがあるのは自分でもわかってるよ……
でもさ、お願いだよ……キョンくん……」
ともすれば嗚咽になりがちな息遣いの中で、鶴屋さんは声を搾り出すように言う。
鶴屋さん「あたしと居るときは……あたしだけのキョンくんでさ……
居てほしいのさ……じゃないと……不安になっちゃうにょろ……
怖いんだよ……キョンくんと居るのが……でも、でもさ……」
次いで語られた言葉は、この人がずっと抱えてきた本心だと思えた。
それぐらい一生懸命に、鶴屋さんは言葉を選び出していた。
鶴屋さん「一緒に……居たいよっ……すごく、怖いけど……
そんなの関係ないって……思わせてよ……
じゃないとまた……逃げ出しそうになるっから……さ……」
まるで別人のように言葉を吐き出す鶴屋さんの、
その胸の内に去来するものは苦痛でも、重過ぎる誓いでもなく、
自分に勇気を与えて欲しいというそれだけの願いだった。
鶴屋さん「そしたら、そしたらさっ! ……な、なんだってできる気がするのさっ!
なんだってできるって思えるのさ……だ、だからさ、キョンくんっ!
あたしに勇気を分けて! お願いっ!」
そうして差し出してくる手をすぐさま握り返して、
強引に引き寄せた俺は鶴屋さんをしっかりと抱きしめる。
苦しそうに嗚咽を漏らす鶴屋さんの口を吐いて出る言葉は、とても悲観的なもので。
224 :
10:2010/03/21(日) 00:21:35.71 ID:0EgrYtKD0
とても悲しい言葉を口にする鶴屋さんの、
すべての不安が胸にしみこんでくる。
それでも俺たちが離れられないことはわかりきっていた。
一度知ってしまった温もりから、逃れられないことぐらい。
鶴屋さんにだってわかってるハズだ。
どれだけ辛かろうと、怖かろうと、悲しかろうと。
離れられない、忘れられない温もりがそこにあるなら。
どれだけ喧嘩をしても、最後にはそこに行きつくと思えるなら。
俺達は今この時を精一杯、守っていかなきゃいけないんだと。
理想を脇に置いてまで守りたいものがあるのだと、そう思えた。
鶴屋さん「……キョンくんっ、お願いだよ……
一つだけ、叶えて欲しい約束があるのさっ……」
キョン「……なんですか……?」
鶴屋さん「あたしのさ……家族になるって……今誓って欲しいのさ……
そうすればさ、きっと、きっと不安なのも忘れられると思うにょろっ、
そーすればさ……信じられる……気がするさっ……」
どうやら恋人気分で居られるのはここまでのようだった。
ここからは、どうやら俺は違う責任を果たさなければいけないらしい。
何を今更、というまでもなく、その為にどこそこ誰の家に向かっているのかは関係なく。
鶴屋さんが俺になって欲しい特別な存在というのは最愛の恋人でも、
便りになる男前でもなかったようだ。
225 :
11:2010/03/21(日) 00:26:57.33 ID:0EgrYtKD0
ただ単に、家族。それだけだった。
恋人同士を続けていく自信がなくなった鶴屋さんが
唯一続けられると確信するもの。
その答えならとっくに出していたような気もするのだが、
改めて俺は誓いを立てる。
キョン「誓います……そんときは、父親とでも、旦那とでも、なんとでも呼んでください」
泣き出しそうな鶴屋さんの表情がようやく安心したそれに変わる。
そのままきつく抱きしめ返してくる俺と鶴屋さんが歩いていく時間。
それは恐らく、甘ったるいだけの恋人関係なんかではなく、
きっともっと厳しいものになる。
やらなきゃいけないことが山積みで、辛いこともたくさんあるかもしれない。
ただその契約の中に居る限り、俺たちは安心することができる。楽にしていることができる。
その為なら多少の窮屈さは、むしろ気持ちのいいもんだと思えた。
鶴屋さん「そいじゃ、あなたって呼んでも、いっかな?」
楽し気に嬉しげに話す鶴屋さんの表情の晴れやかさと言ったらなかったが、
そこはそれ、一応は呼び慣れた方にしておいてもらった。つまらなそうに唇をとんがらせた後、
鶴屋さん「ま、いいよっ! そのぐらいは譲歩してあげてもさっ♪」
226 :
12:2010/03/21(日) 00:32:10.93 ID:0EgrYtKD0
そう機嫌をよくしてついに念願の座を勝ち取った実感を得たらしい
鶴屋さんは小さくガッツポーズを取った。
自分の立ち位置を究極的に確かなものとして、
安心しきった鶴屋さんが俺にすることなど決まりきっていた。
照れくさ紛れの殴る蹴る。
さんざん浴びせられながらも、
何もかもが緩みきった鶴屋さんの一撃がそう重いハズもなく。
ぽすぽすと間抜けな音をさせながら
嬉しそうにじゃれついてくる鶴屋さんを見ていると
首にくくられた手綱が手に周り、足に周り、腰に周り、
胴に回って身動きが取れなくなったとしてもそれはそれ、
居るべき場所に居続けられているんだからいいじゃないかという実感が持てた。
時が勝手に進んで行って世界がどれだけ変わろうとも、
変えたくないものがそこにあるなら変えないでいることもできる。
ゆるがせたくない想いがあるのなら、
壁を一つ飛び越えた頼りない足場の上にだって築いていける気がした。
明日の礎を、投げ出すことなく。
二人手を取り合いながら。
そうして歩いていくうちにやがて俺の家の前にまで到着した。
いい加減不安がる時間的余裕もなくなってしまっていた。
キョン「さぁ、鶴屋さん。覚悟はいいですか。二連戦の初戦ですよ。
ここで慣れておけばきっとあとが楽です」
230 :
13:2010/03/21(日) 00:43:33.76 ID:0EgrYtKD0
鶴屋さん「そ、そうだね……い、妹ちゃんだって居るし、
そうさねっ、勝手知ったる我が家だと思えばいいんだからね! あっはっは!
ところでキョンくん、あたしの髪の毛、乱れてないかな?」
キョン「別に乱れてないですけど」
鶴屋さん「ちょっとこの辺見てくれるにょろ?」
そう言って額の生え際の辺りを指さしている。
俺は少しだけ身を屈めて覗きこむ。
キョン「なにもおかしくないですけど……」
鶴屋さん「もっとよく見て! ほら、この辺とか! ほら!」
キョン「いえ、別に何もな────」
俺がさらにかがんで頭の高さがそう変わらなくなった所で
不意に唇が奪われた。数十秒ほどそうした後で、
新しい俺たちが交わした初めての口づけは
鶴屋さんの「ぷはっ!」というなんとも間抜けな声と共に終わりを迎えた。
キョン「……もうちょっとムードがあってもよかったんじゃないですか?
不意打ち以外の選択肢もあるでしょうに」
鶴屋さん「いーのっ! これぐらいでっ!
じゃないと、恥ずかしくってさ! おかしくなっちゃうからね!
というわけで、キョンくんっ! 気合入れていくっさー!」
234 :
14:2010/03/21(日) 00:58:27.24 ID:0EgrYtKD0
そう叫びながら戦車のように突撃していく鶴屋さんが
取手に手をかけ勢いよく開こうとした瞬間、
ガチンと金属同士がぶつかる盛大な音がした。
フツーに鍵が閉まっていたようだ。
そのあんまりな惨状で鶴屋さんが発した
「キョンく〜ん……」というSOSを受けて
俺はズボンのポケットから自宅の鍵を探り出す。
キョン「後先考えてくださいね、ホントに」
鶴屋さん「たはは……面目ない……」
そんな風に鶴屋さんに謝られつつ鍵を差し込んだところで
突然ドアが勢いよく開かれる。
鍵が開くような音とほとんど同時に飛び出してきた扉を
思いっきり頭にぶつけられた俺はそのまま仰向けにぶっ倒れた。
唖然と俺を見下ろす鶴屋さんの隣、
扉の影から驚きの表情で同じく俺を見下ろしている奴。
何を隠そう残念な俺のそう残念ではない妹だった。
キョン「いきなりドアを開くな……このままだといつか俺は死ぬぞ……」
妹ちゃん「ごめんねキョンくんっ、あ、目の下が黒くない! なんか元に戻ってる!
よかったねっ、あ、それとお父さんとお母さんがカンカンだったよ!
どこほっつきあるんてるんだーってさ」
235 :
15:2010/03/21(日) 01:06:39.69 ID:0EgrYtKD0
鶴屋さん「キョンくん……いつもこんな目に遭ってるのかいっ……?」
キョン「いえ、そんなこともないと、思いますけど……多分……」
妹ちゃん「あ! 鶴屋さんだ! どーして鶴屋さんがここにいるのっ、ねぇねぇ!」
いつぞや雪山で楽しく雪だるまを作りっこした相手、
優しい美人のお姉さんこと鶴屋さんを妹は忘れてはいなかったようだ。
らんらんと瞳を輝かせて俺のことを放ったらかしにしたままはしゃぎ始める。
鶴屋さんの方はというとすっかり懐かしい気分に浸っているのか
妹とそう変わらないテンションで飛びかかってくる我が妹を抱き閉めてくるくると周り始める。
なんとも楽しげで幸せそうな二人を見上げながらなんとも心細いような気分になる。
誰かが間に挟まる限り
こういう邪見にされる日々が待ち構えているような、そんな予感がした。
強く生きざるを得ないくらい、盛大に放っておかれるような待遇が
容易に想像できて俺は痛む頭をそっと撫でた。
まぁそれでも、それはそれでいい風景なんじゃないだろうか。
こうしてなんだかんだで巻き込まれつつ、
今後一切しっとりとしたムードが訪れないのだとしても、
いやまぁそんなことはないだろうが、夜とか夜とか、夜とか。
まぁいいんじゃないか、こういうせわしない感じのほうが。
無駄に腹を探り合うより、絶えず相手を気にかけるより。
ずっと楽で、続けやすいものなんじゃないかと。なんとなくそう感じた。
238 :
16:2010/03/21(日) 01:16:38.86 ID:0EgrYtKD0
こんな感じで明日が続いていけばいい。
そうだな、これなら無理をしなくてもいい気がする。
どっちが頼るとか関係なく、当たり前のようにそこに存在することができる。
そういう時間と空間を、俺は手に入れたのだ。
朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていることが当たり前になるような、
そんな時間と空間を。そういうことなら俺ももう少し、肩肘張らずにいられるかもな。
無理せず、楽にしたままでよ。
鶴屋さん「キョンくんっ、ぼさっとしてないで早く起きるっさっ、
なんでも妹ちゃんが一風変わったチーズをご馳走してくれるそうだよっ
楽しみだねっ♪」
それはおそらく父親の酒のつまみだとは思うのだが、言わないでおいた。
鶴屋さんがなんか気に入りそうな気がしたからだ。理由はわからない。
ただなんとなく予感がしただけだ。
キョン「それ多分スモークチーズじゃないでしょうか。チーズを煙でいぶした奴です」
鶴屋さん「そうかいっ、それは楽しみだねっ! あ、ところでキョンくんっ」
俺に言葉をかけた後で家の中を覗き込み妹が近くに居ないことを確認し、
そっと小声で囁くように鶴屋さんが俺に尋ねて来る。
鶴屋さん「ところでさっ、あたしが好きな人って、誰だか知ってるにょろっ?」
俺は呆気に取られてキョトンとしてしまう。
いついつだったかあの時の、あの質問の答えが今、明かされようとしていた。
にょろーん
240 :
17:2010/03/21(日) 01:26:02.43 ID:0EgrYtKD0
鶴屋さん「あたしが好きな人は────キョンくんさっ! 知ってたかいっ?
にゃっははっ♪」
そう言って笑いながら扉の影へとひっこんでしまう。
そんな風に言われたら、笑ってしまう他ない。追いかける他ない。
扉をくぐって限界に出た俺を誘うように、
招くようにスキップを踏む鶴屋さんの後を追いかけて、
嬉しそうに振り返って俺に笑いかけてくれるその向日葵みたいな笑顔に誘われて。
追いかける俺から逃げるように飛び跳ねる鶴屋さんの軽快さに翻弄されながら。
たまらなくくすぐったそうにする鶴屋さんをようやく捕またと思ったらまた逃げられて。
そうしてキッチンでようやく鶴屋さんを抱きしめたときに
不意に俺の目に飛び込んできた妹のキョトンとした瞳。
勝ち誇ったような邪悪さを含んだ笑い声を上げて、
鶴屋さん「まっ、そーゆーことさ! よろしくねっ、妹ちゃんっ!」
と改めて挨拶をした鶴屋さんは見せつけるように俺に額をすりよせてきた。
妹の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
肉親のこういうシーンを見るというのがどれだけ気まずいもんなのか、
一体全体どういう心地なのだろうか。
俺にはまだわからない感情である。妹がもうちょっと成長したころには
わかるのかもしれないが、今の俺にはとてもわかってやれそうもない。
244 :
18:2010/03/21(日) 01:39:21.58 ID:0EgrYtKD0
キョン「まぁ、そういうことだ……」
どういうことだ、までは言わないが、
結果だけは理解したらしい妹はこくこくと数回首を縦に振る。
おれがおかしかった理由も春休み中に何度も出かけた理由に納得してもらえたようだった。
余計な説明の手間が省けたのはよかったが、さてどうしたもんだろう。
ゴロゴロと甘えてくる鶴屋さんは、
自分の親の前でもこんなテンションで居るつもりなのだろうか。
それはそれは恐ろしい光景が広がるのか、あらあらまぁまぁと
微笑ましい光景が広がるのかは未知数であるものの、
まぁなんとかなるんじゃないだろうか。鶴屋さんの親なんだ。
どーせちゃらんぽらんに決まっている。
鶴屋さん「でさっ、キョンくん……も一ついいこと教えておいてあげるねっ
あたしの親は実はすっげー厳しいからさっ、覚悟しておいた方がいいにょろっ」
とんでもない事実をさらりと告げられて額に油汗が浮かんでくる。
そんな俺の反応を見て「にししっ♪」と嬉しそうに笑った鶴屋さんが、
鶴屋さん「嘘だよっ! うちの親はむちゃくちゃちゃらんぽらんなのさ!
きっとキョンくんのことも気にいってくれって! なははっ♪」
という言葉にまともに返事も返すことができないまま、あぁとかうぅとか呻きながら
想いを馳せた未来の景色。鶴屋さんが居る世界。俺の隣に居る世界。
朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていることが当たり前の世界。
246 :
19:2010/03/21(日) 01:54:24.02 ID:0EgrYtKD0
それを思い描くだけで俺の不安は吹き飛ぶのだった。
少々の困難ぐらい、むしろ上等だとさえ思える。
ただ締めるべきところは締めておかないとな。
俺は鶴屋さんの額をぴしゃりと軽くはたいて
「うにゃっ!」と声をあげた鶴屋さんが額をさすりながら
責めるような視線を送ってくるのも構わずに俺は言う。
キョン「もうちょっと、やさしく扱っていただけませんか?
そこだけです、俺があなたに望むのは」
そんな俺の言葉を受けて「ごめんごめんっ」と調子に乗っていた自分を
素直に反省した鶴屋さんは呟くように言う。
鶴屋さん「じゃっ、あたしのこともそーしてもらおっかなっ、
その為にはほらっ、態度で示さないとね」
そうして肩手を自分の腰の回したまま唇を数回指先で打つ。
妹が目を丸くして硬直しているのも構わずに、
ねだられたなら応えるしかない俺は大人しくそうする。
そうして重ね合わせた唇の甘ったるさと言ったらなく、そして、
重ね続けている限りは囁くことができない言葉のもどかしさったらなかった。
唇を話した鶴屋さんが開口一番俺に言い放った言葉。
鶴屋さん「キョンくんっ、愛してるよっ!」
それに俺が同じ言葉を重ねたのは、ねだられたからでもなく。
247 :
20:2010/03/21(日) 01:58:52.67 ID:0EgrYtKD0
気遣う為でも、ましてや手段や犯行としてなんかではなく。
俺の正直な想いとして、伝えるのだった。
キョン「俺も、愛してます」
「百二十点!」と叫んだ鶴屋さんが俺に抱きついてくる。
なんとも気まずそうなに困ったような表情を浮かべる妹を気の毒に思いながら、
何度も何度も同じシーンを繰り返しながら。
こうし続けていれば見られるかもしれないな。
いつか、夢の続きを。
俺と鶴屋さんが並んで立った、春休みのあの日々の。
しえんた
250 :
21end:2010/03/21(日) 02:08:37.76 ID:0EgrYtKD0
夢のような日々の続きを────。
鶴屋さん「めがっさおつかれっ! キョンくんっ!」
きつく抱きしめねぎらってくれる鶴屋さんのいい香りと、深い優しさと。
惜しげもない愛情に包まれながら、俺は。
そんな風に思った。
tomorrow is for ever. look inside now.
お疲れ様
ものすげえ文字数だな
252 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 02:13:25.64 ID:0EgrYtKD0
長々とエピローグをつづってしまいましたがここで一旦幕引きにしたいと思います。
なんだかんだで方向を見失いつつも
この場で追記できて良かったと思っています。
もうちょっと居ますので何かおっしゃりたいことがあればなんなりと。
できるだけお答えしていこうと思います。
お疲れさま
全部読んだけどかなり楽しませてもらったよ
ありがとう!
乙
できればお互いの両親と話すシーンもほしかったけど贅沢は言えない
乙乙!
乙
>>254 それは想像するだけで笑えるシーンですがw
その場合人物を創作することになるのでまーちょっとややこしいことになりますw
原作でもあえて触れられていない部分だと思いますので
ちょっと手を出しにくい感じです。やれるにはやれますが、一応寝る時間なので。
これで2chに投稿最後にするつもりでしたがなんだかんだでまだやれそうな自分がいるのが恐ろしいです。
乙
この一週間楽しかた
259 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 02:37:18.82 ID:0EgrYtKD0
mixiやらpixivなんかでもあんま熱心にやってないですが
基本同名で活動してますのでハンドルでググったら普通に検索で出ると思います。
何やってるかちょっと観察してみたい、という方は探していただけると
すぐ見つかると思います。ほとんどまだ何もやってない状態ですけど。
それでもよければぜひ。
ではまたいつかノシ ありがとうございました。
マジ乙!超乙!
261 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日) 02:53:58.08 ID:bmYGuKLu0
おつ!!
年上好きって書き込んだけどやっぱ関係無いよな、そんなの
普通に面白かった!!乙!!!
完結したのか・・
乙!としか言えない乙!
263 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/21(日) 03:38:22.19 ID:P0Stj9yQ0
凄い量w
乙
セリフオンリー系のSSぐらいしかよんだことなかったけど
すごい楽しめた乙!
校庭での場面、古泉が「機関」について発言してる…。
都留屋シン乙
襖隔てのシーンは、目頭が熱くなったよ。
日本神話の男神女神の黄泉の国での邂逅に
通じるものが有ったよ。
しかし、一番愛おしい女に振り向いて貰えないのはおろか
ほかの男との睦み事を描写しなきゃいけないなんて…
考えたら、同人作家って途轍もないパラドックス抱えてるな。
乙!
これで安心して岡山に旅立てるわ
主にありったけの感謝を。
鶴屋さんの可愛さを再認識できたわww
キョンの親は難しいだろうな・・・
キョンもハルヒ以上に特異な存在だろうから・・・
270 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 07:59:31.28 ID:0EgrYtKD0
朝っぱらながら目が覚めてしまったのでちょこちょこレスをば
>>270 シン乙
今この次元では、あなたがテキストデータとして
物語と紡ぎましたけど
新たなハルヒの世界の地平を拓いた者として、
一言有りますか?
自分でも質問の意図が不明瞭だと思いますが、
作者の作品に対する意識、みたいなものが明確に有れば教えてください。
272 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 08:51:40.87 ID:0EgrYtKD0
>>271 実は裏テーマというか大量の仕込みをしていたのですが、
なんとなく言わないままの方がいいかなーとは思って
たんですが言わないでおいた答えをざっと書き込んでみます。
ともすれば散漫になりがちな文章ですのでまとめるまで少し時間をください。
あとアニメを、今、見ているので、すいませ(ry
以下その他のレスをば
>>268 今日書けて良かったです、
ありがとうございました。行ってらっしゃいませノシ
>>269 鶴屋さんの可愛さは正義w
まぁそうですね、会話の端でも見えれば
そこから読み取れるものもあるんですけどw
他にももうちょっと考えたいレスがあるのでまた
お疲れ様でした。
面白かった〜
読んだ感触として、モチーフの多くは西洋の寓話の方が比較的多い気がする。
ちょっと嬉しかったのは、ケイゾクの遠山金四郎?っぽいフレーズが有ったところ。
その周辺に、臭いを気に掛ける描写も有った気がするから真山さんktkr?も…。www
ケイゾクアンソロ本のサムライガンの作者の漫画も、着想の一要因になってたりしますか?
275 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 09:22:10.36 ID:0EgrYtKD0
散漫な文章ですがつらつらと思ったことを書き上がった順に投稿していきます。
なぜに二次創作でこの分量で、
なぜにキョンと鶴屋さんで、
探偵もので恋愛ものかと言いますと。
前回、作品を書き終わって胸の内に去来した感情が発端となっています。
この物語に先はあるのか? と。文脈上あることにはなっていますが、
際限なくあの続きを書くことはありえないわけで、
物語が進めば進むほどに敷居が上がって行ってしまう構造にもやるせなさを感じていました。
このままだとデータの海に沈んでいったそれこそ単なる過去ログに過ぎず、
なら別の形でそこに価値を与えることができるのではないかと思い
純粋に自分が書いてみたいというアイデアの後押しもあって
反転構造を意識しながら描きました。当然ながら恋愛ものとしての筋は通したままで。
文章にすれば
前回は 鶴屋さんがキョンを好きになった物語 で、
今回は キョンが鶴屋さんを好きになる 物語 です。
「好きに」という目的部分を残したまま意思決定の主体や時系列を入れ替えました。
そうすることで場面に説得力が生まれればいいと。
あの時間の輪という設定はそのまま二次創作という
活動に対する昔からの疑問から生まれました。
パラレルワールドは=ここだけの話。 記憶改竄は=ここまでの話。
というように解釈していただきたいです。当て馬に関しては
恋愛ものにありがちな主人公を忘れて別の人を好きになる、もとい作者が
そうさせるある種の回避行動、とまで言うのは酷でしょうが見えざる神の余計なお世話のことです。
つづく
276 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 09:36:47.83 ID:0EgrYtKD0
>>274 モチーフに関しては実は、ないんです。まったく。
何かを参考にすることもありませんでしたし、
ただ結末まで必要な過程を盛り込んで行く上で物語の原型として
同じ道筋を辿ったのかもしれません。
匂い、肌触り、味覚をプッシュしまくったのは無機性と有機性を区別する為で、
容姿や言葉という普遍的な要素、感情に因らない無機的な要素と
それを土台として表現される有機的な要素をどうしても含みたかったからで、
性描写にまで踏み込んだのもそれ故なのだと今振り返ると思う次第です。
最初の一回目は単純に前回要望があったからなのですが、
二回目は物語上の必然として意識しながら書きました。
肉体的な接触の後で精神的な繋がりを取り戻す過程に
キョンが暮らす灰色の世界=無機的な物質の世界の上に
深緑色=鶴屋さんの感情を乗せることが欠かせなかったんです。
つづく
恋愛ものの類型、一人主人公対多数ヒロインのシチュエーションの中では
必ず報われない結末というのがあって、それは最初に提示された
作品単位のヒロイン と
物語単位のヒロイン の相違が生み出しがちな軋轢、
例えば作品全体(シリーズ)を通してのヒロインはハルヒですが、
物語単体(ストーリー)として例えば消失のヒロインが長門であるように、
潜在的な欲求、誰とだれが結ばれて欲しいという願いと
作品の前提として作者と読者の間で結ばれる約束事、
誰がヒロインであるかと読者の欲求の相違、それが最大の障壁でもありました。
そうしたら、
あなたの描き著したいという意識は、一説に言われる
人類普遍の共通認識(ユグラドシル?アカシックレコード?に代表される概念)に
辿り着いているんだろうな。
なんか、イイ。
279 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 09:51:33.09 ID:0EgrYtKD0
鶴屋さんの罪悪感というのは物語の枠の上ではそれで、
現実世界を含めれば単純に
「自分の想いが報われると大切な誰かの気持ちを踏みにじるのではないか」
といういろんなヒロインを支持する人達のジレンマというか、やるせなさを代弁すると同時に、
鶴屋さん自身が持つ常識的な感覚と抑えられないほどの欲求がぶつかることで生じる変化。
そのテーマを正面から見据えない限り絶対自分は納得し切れない。その一念を抱き続けることで
鶴屋さんとキョンの直接対決という難しいシーンも乗り越えられた気がします。
あれは本当に大変でした。ながらも向き合う価値のあるテーマでした。
280 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 10:02:33.71 ID:0EgrYtKD0
普遍性に関しては意識しています。
だからこそ前回、自分の趣味を全面に出したことを反省するというか
補完する意味もあって鶴屋さんが好きな人だけでなく
そうじゃない人達にも支持してもらえるような、
そういう激しい山と誰にでも起こりうる問題を乗り越えることで
新しい可能性を提示することが今回の最大の狙いでした。
そして、それは二次創作という媒体の中でできうる限界というか
どこまでやっていいのかという限界意識との戦いでもあったわけで。
キャラクターに歩み寄ってもらった前回の反転、
今回はどれだけキャラクターに歩み寄れるか、それもテーマの一つでした。
281 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 10:10:26.73 ID:0EgrYtKD0
いろんな作品を見て行くことで抱えていく疑問、
サブヒロインを好きになる度に抱えて行くやるせなさ、
どうして許されないのか どうして許され”ていない”のか。
そういう疑問に対して一つの答えを出すことが目標でしたが、
これはやはり永遠のテーマなのだなと痛感させられることもありました。
それでも一方、際限なく傷ついていく中でどうしても失ってはいけない感情があり。
好きだという純粋無垢な気持ちを傷つき倒れていく中でも持ち続けることができるのか。
憎しみや狂気に走ることなくどれだけ誠実でいられるか。キョンが怪人になりかけたのにはそういった意味があります。
282 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 10:18:24.05 ID:0EgrYtKD0
守り守られる関係の中で対等になれればきっと乗り越えられるだろうと思い、
その一つの答えとして家族という結末に至りました。
即興のエピローグを通してその答えに至ってから鶴屋さんが突然生き生きし始めたのには
その答えが間違っていないと思わせてくれるくらい書いている自分でも驚きを感じました。
安心できる場所があれば、きっとなんとかなるんだと思います。
そうした感傷と感情を込めて、結末の後に導き出せた答えに私自身安心感を覚えます。
結末を描き切ってもなんだかんだでまだ物足りなかったわけです。
そうして描くことができて本当によかったと思います。
283 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 10:28:58.86 ID:0EgrYtKD0
前回と同じ山を違った道順で、
時には険しい道筋を辿りましたが、
頂上に着いた後はゆっくりと身体を休めて、
そして坂を下って元々暮らす場所に帰っていって。
最初に時間の輪が閉じた時点を見ていただけるとわかる通り、
視点の時系列をズラして部分的に切り取るなら、
ハッピーエンドがバッドエンドになり、
バッドエンドがハッピーエンドになり、
そうした永遠に続くであろうやるせなさの循環の輪から
抜け出してキョンと鶴屋さんが自分たちだけの世界を
築くことができたことが救いなのだと、
今改めて意識しているところです。
それができてようやく、パワーバランスを超えた絆というものが築けるのだと。
うつろっていく時間の中で唯一変わらない関係を築くことができるのだと思います。
284 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 10:34:35.75 ID:0EgrYtKD0
まだ語っていないことはありますが、
一番言いたいことは言えたのでこの場で置いておきたいと思います。
自分も身体を休める番だと思いますので。
この場限りで終わってしまうのは残念ですが、
興味がありましたら名前で検索してみてください。
きっとこの名前を使い続けると思いますので。
お疲れ様
色々考えているんだねえ。俺なんかはなんも考えず読んでたけど、まあ楽しかったからいいのかなw
ともかくありがとう
286 :
都留屋シン:2010/03/21(日) 10:39:52.30 ID:0EgrYtKD0
そんな感じで、
いろんな機会を築いていけたらいいと思っています。
一応どこぞに投稿しようかと思っていた一次創作の方も
推しに推してますので(汗
まぁなんとか、します。がんばって、無理でも次もまたやります。
そんな感じでいろんなことが続いていけばいいと思っています。
私のまとめは以上です、
読んでいただいてありがとうございましたノシ
まだ答えていないレスはもちょっとまとめてからしっかりしたいと思います。
落ちるまではちょこちょこ覗いていますので、何かありましたらどうぞ。ではノシ
お疲れ様です
下手なラノベ作家よりあとがきがなげえwwwwwwwwwwwwwww