【ウィキ】祭神論争・明治の国家神道に関する捏造

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1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%85%A7%E5%A4%A7%E7%A5%9E
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#.E7.A5.9E.E9.81.93.E4.BA.8B.E5.8B.99.E5.B1.80_.E7.A5.AD.E7.A5.9E.E8.AB.96.E4.BA.89
>なお、政府は神道に共通する教義体系の創造の不可能性と
>、近代国家が復古神道的な教説によって直接に民衆を統制する
>ことの不可能性を認識したと言われている。神道事務局祭神論争参照。
上のこの項目と関係のない出典もさだかでない独自研究による
いい加減な捏造記述は削除しておくように

>多くの民俗行事が禁止された。そのため、出雲神道系などの信仰が偏狭な解釈
>皇統譜につながる神々に変更されたものが多い
多くのや多い、ではなく一部のである
国策であって偏狭な解釈ではないしこの表現は非難中傷にあたる
祭神を変更することになったのも国と関わる神社だけであり
田舎の民間信仰、神社などに影響はなかった
無論変更は神社側との協議で決められ
どちらにとっても不敬にあたる祭神の押し付けなどは存在しない

>神葬祭等の「宗教的な活動」を政府が厳禁
ノートにもあるようにほとんどの「宗教的な活動」が禁止されたかのような誤解を生む表現である

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%91%AC%E7%A5%AD
>制限つきの信教の自由
サギ新興宗教にとっては制限つきかもしれないが
一般の信徒、信者、宗教家から見れば特に制限などないので
この表現は間違っている

上の記述を元にすべて正しく書き直しておくように