幼年期U
夜は色が着いているが、昼は白い。
―――スペインの諺より
生まれてはじめての別れを経て、しかし苗はひとりではありませんでした。
晩夏の大地にあまたに息づくたくさんの草たちがそこにはいて、
同じ土地に芽吹いた彼らと、苗はすぐに打ち解けます。
ひとつの季節が姿を消して、あたりは少しずつ変わっていきます。
苗も少しずつ変わっていきました。
守ってくれる存在はいないけど、もう守られるほど幼くもなく、
風に倒されるほど脆弱でなく、雨に流されるほど地に足が付いていないわけでもありません。
初秋の日差しはまだ夏の輝きで、増えた葉が余すことなく照らされてはまた数を得ます。
土をつかむ根はぐんぐんと水を吸い上げ、幹は樹皮をまとって固くなり、
まだまだ幼い苗ではあっても、次第に木としての様相を整えていきます。
そうやって、秋も半ばに入った頃には頭ひとつ大きくなっていて、
あたりを囲む草たちに苗は一目置かれはじめます。
そんな平和な黄金の夕暮れが過ぎ、銀色の夜に秋が眠る頃、
ある珍客が舞い込んだことなど、苗にはまだ知る由もありませんでした。
翌朝、苗は悲鳴で目覚めました。
なに事かとあたりを見やると、
泣き声混じりに草たちが「あっち行け」「こっち行け」と繰り返しています。
真横から差し込む朝日にくらみながらも、
よくよく眼を凝らしてみると、いくつかの草たちが葉を食いちぎられて泣いており、
その真ん中では見慣れぬ生きものがおろおろと行き場をなくしているのがわかりました。
(;^ω^)「いったいなにがどうしたんだお?」
尋ねると、その見慣れぬ生きものが自分たちの身体の一部を夜中に食いちぎったのだと、草たちが答えます。
(;´∀`)「食べないとぼくは生きられないモナ!」
慌てて弁解の声が挟まれます。
けれどそれではこちらが生きられないのだと、草たちの怒声が生きものに飛びます。
身勝手だとののしる声に囲まれ、うつむいてたたずむ彼がぽつりとこぼします。
( ´∀`)「だから……ちょっとずつしか食べてないモナ……」
蔑む声にかき消され、それは苗にしか聞こえませんでした。
すっかり委縮した彼に向け、だから苗が尋ねます。
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 16:59:13.29 ID:dOBgtTucO
し
( ^ω^)「なんできみは草たちを食べちゃったんだお?」
草たちの声がぴたりと止みます。
他の草たちとは違う声色に、すこしの落ち着きを得て彼は答えます。
( ´∀`)「だって食べなきゃ生きられないモナ」
( ^ω^)「なんで生きなきゃならないんだお?」
( ´∀`)「だってぼくは生きているモナ」
( ^ω^)「それなら生きてどうするんだお?」
( ´∀`)「生きて立派なチョウになるモナ」
( ^ω^)「チョウっていったいなんなんだお?」
( ´∀`)「それはぼくにもわからないモナ」
( ^ω^)「わからないのになりたいのかお?」
( ´∀`)「わからないからなりたいんだモナ」
そういうものかと、とりあえずの納得をして、最後に苗が尋ねます。
( ^ω^)「じゃあ、チョウになったらどうするんだお?」
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 17:00:51.16 ID:ZkPKTPvWO
支援
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 17:01:48.38 ID:vBdDEBT30
シュペルヴィエルのような詩性ですね
( ´∀`)「羽を広げて空を飛ぶモナ」
そう言うと、彼はうっとりとして虚空に目をやりました。
苗も同じ場所を眺めてはみますが、どんなに目を凝らしてもなにも見えやしません。
きっと生きものの想像の中にだけ、チョウは姿を見せているのでしょう。
彼の想像を苗はイメージします。
しかしいくらめぐらしたとて、残念ながらなにも形づくられはしませんでした。
チョウという言葉は依然として言葉のまま、具体的な形を持つに至らないのです。
では、この生きものの中で、どんなイメージがチョウとしての形を帯びているのでしょう?
それが知りたくてたまらない苗は、そのための名案を考え出します。
( ^ω^)「それなら、ぼくの葉っぱを食べればいいお」
想像を眺めていた生きものの視線が苗に引き寄せられます。
( ^ω^)「草たちとは違って、ぼくにはいっぱい葉っぱがあるお。
一つや二つ食べられたって、痛くもかゆくもないんだお」
( ´∀`)「でも、ぼくは三つも四つも食べるモナ」
( ^ω^)「ならぼくは、五つも六つも葉っぱを増やすお。
そのかわり、チョウになって飛んでる姿をどうかぼくに見せておくれお」
申し出に目を丸くした彼の前にはらりと葉っぱを落として、苗が促しをこめて笑いかけます。
その葉を恐る恐るかじることで、生きものは苗と約束を結んだのでした。
彼は名前を芋虫のモナーといいました。
苗が自分はブーンだと名乗ると、なんのブーンかと芋虫が聞き返します。
質問の意味がよくわからずに苦笑いだけを返すと、
芋虫は質問したことなどとうに忘れて、葉っぱかじりに精を出していて、
またしても苗は苦笑してしまいました。
( ^ω^)「チョウっていったいどんなだお?」
とある昼下がり、苗は問いかけ、芋虫はチョウの夢を語ります。
( ´∀`)「チョウってのは……んー……きっと超スゴくて超キレイなんだモナ!」
( ^ω^)「おお! 超スゴくて!」
( ´∀`)「超キレイなんだモナ!」
そこで苗は合点がいきます。
ついに成し遂げた大発見を、彼は誇らしげにのたまいました。
( ^ω^)「そうか、わかったお!
超スゴくて超キレイだから、チョウは『チョウ』って言うんだお!」
( ´∀`)「は? なに言ってんの? 寝言は寝てから言えモナ」
( ^ω^)「あれ?」
枝の上に腰かけて、芋虫は夢中で葉をかじります。
負けじと苗は、かじられた分だけ葉を増やし、
いつしかかじられた分以上に葉は増えて、晩秋にあたりが色褪せていく頃、
苗の身体も芋虫の身体も、以前の二倍にも三倍にも大きくなっていました。
大きくなるほどに目に見える景色は広がっていき、それが苗には楽しくもあり、
けれど広がっていくほどに見下ろす景色から色が消え、それが彼には悲しくもありました。
( ´ω`)「どうしてみんな消えちゃうんだお?」
草たちが消えたむき出しの地面を見下ろし、苗がぽつりともらします。
それは自分の葉っぱが消えたことに対する嘆きでもありました。
( ´∀`)「みんなちょっと隠れてるだけだモナ。またひょっこり戻ってくるモナー」
まん丸でっぷり肥った芋虫が、最後に残った葉の一切れをかじりながら笑いかけます。
柔和な笑みに救われて苗がまたひとつ大きくなった翌朝、とうの芋虫が姿を消してしまいました。
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 17:15:10.56 ID:a2uNrPvrO
しえ
モナーはどこへ消えたのか。
彼の寝床の枝の上、その下に広がるむき出しの地面。
探そうにもまだ暗く、遅い初冬の夜明けを前に苗は思わず舌打ちします。
東の空は瑠璃に染まらず、日はなかなか差し込みません。
差し込まない暗がりの中で、苗の心中はよからぬ想像に支配されていきます。
孤独な夜に悩みが押し寄せてきたら、なんにつけてもまず逃げなければなりません。
なぜなら、闇は孤独な心の隙間を巧みに縫って入り込んでくるからです。
そうして心の奥底までも、黒く染め上げてしまうのです。
普段どんなに笑うものでも、夜闇の毒気に当てられずにはいられません。
それは彼とて例外ではありません。
冬の到来に葉を失った自分を、芋虫は見捨てたのかと彼は疑いました。
やがて、裏切りこそが真実であると思わずにはいられなくなったのです。
けれど、それは苗の本質ではありません。
むしろそれは本質の裏側です。
誰かとの友情を疑わせ、信頼を揺るがせ、約束を忘れさせるのは、
まずもって夜の闇のせいなのです。
特に夜明けを控えた最も暗いこの時間こそ、静謐をまとい闇が最後の触手を伸ばしてきます。
それは約束も信頼もなにもかもを裏返す、強い呪縛をはらんでいます。
だから、耐え抜かなければなりません。
どんな醜い疑いも揺らぎも、心の中だけの出来事に留めねばなりません。
一度口をつき、言葉として心外に出でたそれらは、形を持って独り歩きをしていきますが、
心の中に留め置く限りにおいては、あたりの闇と同じような存在でしかないのですから。
ほら、東の空が瑠璃色に染まり、夜が力を失っていきます。
日差しが闇を切り裂いて、苗の身体を照らしていきます。
行き場を失った闇が霧散し、苗の心でも同じことが起こります。
( ^ω^)「おっおっお。こんなところにいたのかお」
ねぼすけの朝に大きく笑いかけながら晴れがましい気持ちになって、
そうして彼は、もの言わぬ肉塊となったモナーを見つけ出したのです。
苗の幹にぶら下がり、モナーは姿を変えていました。
固い殻を身にまとい、微動だにせず、食べもしなければ喋りもしません。
モナーは芋虫であることを止めていたのでした。
では彼はいま、彼であることを止めてなにをしようとしているのでしょうか?
苗にはわかっていました。簡単なことです。
だってつい昨日、モナーに言われたことなのですから。
( ^ω^)「モナーはちょっと隠れているんだお」
それからひょっこり戻ってくるのです。
そして戻ってきたその時こそ、彼は望んだチョウとなっているであろうことが、
当然のこととして苗には理解されました。
だから苗はその日まで、彼を懐に抱き続けようと決めたのでした。
凍てついた季節がやってきました。苗にとって初めての冬です。
色に乏しい地面とは対照的に、
濃さこそ夏に及ばないものの、冬空は透き通った水の色をしています。
乾燥した空気に真昼の光は眩さを増し、
日は白み、夜の月は銀に縁取られ、星はその数を増していきます。
色や装飾が空に施される、見上げることが楽しい季節です。
かと思いきや、一転してモノクロに代わる季節でもありました。
どんよりと分厚い灰雲が天を覆い隠し、雨とは異なる白色のなにかを落とします。
それは大地だけでなく、落ちた葉の代りに苗の枝にも、
隠れ続けるモナーの上にも降り積もり、すべてを白く染め上げるのです。
それは落ち葉よりも優雅に風に舞い、
落ちてなお舞い上がっては中空にきらめきを放ちます。
日に白く、月に銀。その魔力に魅了されるのもまた一興。
しかし苗はあえてそれらから距離を置きました。懐にモナーを抱いていたからです。
それらは純白の中に冷たさと重さをはらんでいます。
苗にとってはなんでもないそれらも、モナーにとっては脅威なのです。
だからモナーは隠れているのです。
身を縮め、わざと風に揺られては払い落とし、舞っては落ち落ちては舞うそれらから目をそらして。
そうして苗は冬を越えてゆくのでした。
やがて、日差しが質を変えた数日を境に、大地を覆った白いものが土の下に隠れます。
苗の枝に積もったそれらも雫となってこぼれ落ちていくことで、冬は別れを告げていきました。
ξ゚听)ξ「はいはい。春よ春。支度しなさいバカたれども」
まもなく、暖かさと柔らかさを含んだひとつの風が通り過ぎました。
慌ただしく流れていくその風の巻き毛が頬をかすめ、
その香りと感触の滑らかさに思わず苗はうっとりと目を細めます。
やがて大地からは、隠れることを終えた草たちがぽつりぽつりと姿を現してきます。
長いかくれんぼの中でみんな苗のことは忘れていたけど、すぐに彼を兄と呼んで慕い始め、
そうしてあたりに冬の前と同じ顔ぶれがそろいはじめることで、約束の時間は近づいてきたのでした。
( ^ω^)「モナー。あとは君だけだお」
夏よりも秋よりも多くの葉を携えて、苗は語りかけます。
その先では、懐に抱かれたモナーが、おだやかな春の木漏れ日に照らされていました。
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 17:26:19.27 ID:dOBgtTucO
しえん
( ^ω^)「ほら、ぼくはいっぱい葉っぱをつけたお。きっと食べても食べきれないお」
それでもきっと、食いしん坊のモナーのことだから食べつくしてしまうかもしれないなと、
それならもっと葉っぱをつけなきゃならないなと、しあわせな想像が頭をよぎります。
なにより、チョウとして自分のまわりを飛ぶモナーのイメージは、
具象化がかなわないとて、ひと冬の時間に育まれ、
いかな春の色あいよりも華やかで鮮やかな抽象として苗には描かれていていたのです。
しかし抽象には、現実と不可分である細部が欠けていました。
夏の日差しが備える欄干こそが、秋の夕の草たちの黄金色こそが、
冬の月の銀色の縁取りこそが、それらが現実である証拠なのです。
そして、抽象がそれらを有することは不可能なのです。
幸福といえど抽象にすぎない想像は、
どうしても現実にもの足りなさを感じさせずにはいられないのです。
( ^ω^)「だから、はやく出てきておくれお」
その形が顕在化するまでは、二度目の春は真に訪れないのだと思えてならず、
そうやっていじらしく待ちつづけて、ついに苗はその日を迎えたのでした。
('∀`)ノ「よう。大きくなったな、ブーン」
朝、枝のきしみに目を覚ませば、そこには思ってもみない再会が待ち受けていました。
気の毒なほどに不細工な顔。
目覚めたものに悪夢だと言わしめ、もう一度目覚めようとさせる顔。
糞が偶然鳥の顔になったとしたら、それはドクオの顔でしょう。
(* ^ω^)「ドクオ! 帰ってきてたのかお!」
けれど悪夢の前にして、苗は破顔し、歓びを前面に表しました。
生まれて初めて目にした他者としてのドクオの顔が、
美醜の基準において正の頂点とは言わないまでも、
少なくとも不快ならざる顔として、苗には刷り込まれていたのです。
それゆえ、彼はなにごとも美しいと感じられる度量の深さを持っているのかもしれませんし、
あるいは、ただ単に美的感覚が欠如してしまっているだけなのかもしれません。
('∀`)b「フヒヒwww ガイアが戻って来いと言ってくれたんだ!」
それはさて置き、照れくさそうに鳥が笑います。
行きて帰えりしその風貌は、痩せこけていながら豊満、薄汚れていながら気高くありました。
旅の最中の光景に、あるときは感嘆の声をもらし、またあるときは苦渋にうめいたことでしょう。
けれど、基本的には息を吸い吐き、路行くために獲物を啄ばむだけであった彼の口は、
語るべき宿り木を前にしてついに饒舌さを許され、嬉々として南への旅路を語りはじめます。
語りには少なからず誇張が含まれていました。
その点において苗が耳にした旅物語は現実のものではなく、
しかし何者も鳥の真実の体験を彼として追うことなどできるはずもなく、
なにより語り手が誇張にかまけ細部をなおざりにしなかったという点において、
物語は抽象の域を出た、再構築された現実でした。
笑い歓び驚き震え、苗は語られる鳥の旅路を自己の現実として享受します。
気がつけば影は東に長く伸びており、そこで物語はひと段落しました。
('∀`)「それで、おまえにゃなにがあったんだ?」
問いかけを受け、苗は満面の笑みでこたえます。
( ^ω^)「話す前にこの子を紹介したいんだお!」
そうして懐に目をやり二の句を継ごうとしたところで、苗は絶句しました。
モナーがいなくなっていたのです。
慌て、狼狽し、取り乱すなか、必死に考えを巡らします。
乱れた頭でも、モナーがチョウになった可能性だけは否定されました。
そうであったとしたら、たとえこの地を離れるにせよ、
飛び立つ前にモナーは一声かけてくれるはずなのです。
考えられたのはひとつだけ。
寝ている間に、モナーに危機が迫ったということだけでした。
('A`)「おい、どうしたってんだよ?」
( ;ω;)「モナーがいなくなってるんだお!」
半ベソをかいて苗が叫び、怪訝な顔をして鳥が尋ねます。
('A`)「それってもしかして、おまえの幹についてた虫のことか?」
その瞬間、先ほどまで思いも浮かばなかった最悪の光景が頭をよぎり、サッと苗が凍りつきます。
想像を振り払うように首を振り、目と耳をふさごうとしますが、適いませんでした。
('∀`)「そいつなら、帰ってきたとき、俺が食ったぞ。うまかった」
口ばしのすき間からペロリとのぞいた舌の生々しさ。
それは、紛れもない現実でした。
日と月の交代と同じくして入れ代わるはずだった語り手と聞き手。
しかしその日、月は出ていませんでした。新月だったのです。
月のない夜に語り手と聞き手が交代するなど、ありえるはずがなかったのでした。
苗は声をなくし、訪れた夜には沈黙だけが残されます。
自分が語った再構築された現実に誰よりも興奮しきっていた鳥は、
その勢いに押し出された言葉がどれだけ苗を傷つけたのか、理解するのに時間を要しました。
そして理解し、青ざめます。
(;'A`)「ち、違う! 違うんだ!」
とっさに口をついたその言葉に、苗がすがるような目で彼を見ます。
そのあまりの透明さを直に受け、鳥はひるんだように後ずさりし、口をつぐんでうつむきます。
(;'A`)「いや……違わない、か……」
ようやっと絞り出せたのは、か細いそんな声でした。
それを合図に苗は泣きます。
誰もがたまげる大きな声で、「おーんおーん」と泣き叫びます。
たまらず目覚めた草たちが風もないのにざわめき立ち、
呼ばれたように都合よく分厚い雲が夜空を覆い、あたりに冷たい雨をまき散らします。
泣き声は、雨音をもかき消し夜に響きます。
言い訳は返す刃のごとき結果しか生まないことを知っていた鳥は、
葉の隙間から降り込んでくる雨にぬれそぼり、黙って枝に留まるだけでした。
そのいたたまれなさは旅路で経験したどんな苦難よりも耐えがたく、しかも逃げることは許されません。
辛さと後悔ににじんだ涙が雨に流されることだけが、彼にもたらされた唯一の救いでした。
しかしその救いも、泣きやんだ苗の一言を前にしては、なんの意味も持ちませんでした。
( ;ω;)「なんでまだここにいるんだお! どっか行けお! いなくなれお!」
いつの間にか雨はやみ、落ち着きを取り戻した草たちが眠る静かな夜。
泣きはらした結果の赤い目が、声をかけようと近づいた鳥を怒りと憎しみで射ぬきます。
( ;ω;)「おまえの顔なんか見たくないお! 二度とぼくのところに来るんじゃないお!」
開きかけた鳥の口が、間近で放たれた言葉にうちのめされることで閉じられ、
もともとかけられる言葉もかける権利も自分は持ち合わせていないのだという苦笑に歪みました。
結局彼はなにも言わないまま、ひるがえって枝を飛び立ち、どこへともなく消えていったのでした。
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 17:53:51.11 ID:ZkPKTPvWO
ブーン…
鳥が消えてなお泣き続け、しらず眠りに落ちていた苗が目覚めたのはもう昼も半ばを過ぎた頃でした。
下りはじめた日差しの下では、なにごともなかったかのように春が続いています。
身の回りの出来事になどお構いなしに超然と流れていく時間の中、冷静さを取り戻しかけた彼は、
突如現れ草原を飛び交う一匹の生きものを目にした途端、しかしまたしても冷静さを手放してしまいました。
中空を縦にジグザグと、危なっかしく浮いては落ちかけまた浮いては落ちかけ、
そうやって草たちの頭上を、自分の目の前を、身体の何倍もの大きさの羽を広げて飛んでいるその生きもの。
夜に似た黒地の羽根の上には、夏空の青、秋の夕の茜、冬の雪の白を散りばめられていて、
さらにその上から塗付された粉が日差しを反射し、羽ばたくごとに星に似たきらめきを周囲に投げかけています。
その生きものがはたしてなにものなのか、知らずともはっきり分かりました。
それは彼の中の抽象の完全なる具象化だったからです。
( ;ω;)「……チョウだお」
声に出して確認した瞬間、涙がこぼれ落ちました。
それは昨夜のような激しさは伴わず、けれどそれゆえに長く、彼の頬に筋を引き続けるのでした。
季節は移ろい、チョウが姿を消してなお、苗は鳥への恨み事を呟き続けます。
しかし、長い雨に季節が身を置く頃、恨むことに疲れた彼は、なぜ自分は泣いたのかを考えはじめていました。
( ´ω`)「モナーが可哀そうだったからだお」
はじめはそれしか思いつきませんでした。いや、苗にとっては、それしか理由はなかったのです。
あと少しでモナーはチョウになれたのに、食べられてしまった。
ドクオは自分のお腹を満たしたい、それだけの理由でモナーのすべてを奪った。
なんてひどいやつだ。だからぼくはもういないかわいそうなモナーの代わりに泣いて怒ったのだ。
それは当然のことなのだ、正しいことなのだ。ぼくが正義で、ドクオが悪だ。
雨の季節に出た答は、せいぜいこの程度のものでした。
しかし季節がまたひとつの移ろいに身を委ねる頃、
強い日差しが彼の心の奥底まで届いたのか、唐突にひとつの考えが浮かび上がってきました。
『ぼくは、チョウになったモナーを見ることができなかった、ぼくのために泣いている』
それはとても恐ろしい考えで、苗は即座に否定しようと努めました。
なぜなら、この考えを受け入れるということは、
鳥が自分のためにモナーを食べたと同様、苗が自分のために泣いたということになり、
自分のために行動を起こしたという点で、ふたりの立場は同等だということを認めることになるのです。
しかし否定なんてできるはずがありません。だってその通りなのですから。
『そうだ。確かにぼくはぼくのためにも泣いて怒った。
だけどそれはちょっとの理由で、やっぱりモナーが可哀そうだったからそうしたのだ』
だから彼はそのことを認めつつも、ふたつの理由を優位性の問題で解決しようと試みました。
しかしその瞬間、またしても恐ろしい考えは浮かんできます。
『ぼくはモナーが可哀そうだという理由を盾にして、ホントは可哀そうなぼくのために泣いたのだ。
モナーのためというオブラートに包むことで正しさを得ながら、結局ぼくはぼくのために泣いていたのだ』
それは鳥に対する怒りへの正当性を弱めるだけでなく、
自分のための行動を他者のためと偽った苗自身の愚劣さを露呈するものでした。
だから、追い詰められた彼が最後のよりどころとしたのは、こんな単純な理由でした。
( `ω´)「でもぼくはモナーを食べられたんだお! 怒って当然だお!」
『しかしドクオはなにも知らなくて、なによりモナーは誰のものでもない』
それは直ちに浮かんだより単純なこんな事実で、即座に退けられるものなのでした。
( ω )「悪いのはドクオだお。悪いのはドクオだお」
夏の間、苗は否定ばかりを呟き続けていました。
しかし言葉はただ呟かれたにすぎず、自体にその通りの意味も持っていませんでした。
むしろその意味に反して、口をついた言葉は再会へ渇望を募らせるばかりです。
逆の意味は日増し強まっていきます。
けれど、それを素直に認めるには彼はあまりに幼すぎました。
なにより、たとえ認められたにしても、こちらから会いに出向くなどできるわけがないのです。
彼はそこにいることしかできない存在だからです。
( ω )「悪いのはドクオだお。悪いのはドクオだお」
だから彼は祈るように、同じ呟きばかりを繰り返していたのかもしれません。
そうして晩夏の昼下がり、飛ぶのではなく地を歩き、彼は草かげより現れました。
('A`)「俺の顔なんざ見たくねぇだろうけど、どうしても言っときたい事があってさ」
苗の枝葉の真下、むき出しの地面に立って鳥が見上げます。
再会の喜びを押し殺そうとした結果の無表情が精いっぱいで、苗は目を合わせることさえできません。
鳥はジッと見上げたまま、しばらく口を開きませんでした。
どうしていいのかわからずに、目をそらしたままだんまりを決め込むしかない苗にむけ、
ようやく彼は二の句を継ぎます。
('A`)「おまえ、でっかくなったよな。俺が帰ってきてからも」
それを受け、目に見える景色が、目線の高さが上がっていることにはじめて苗は気付きます。
頭の中で煩悶するだけの泣き暮らしの日々の中でも、確かに彼は育っていたのです。
どうして気付かなかったのだろう? けれど、それがどうしたのだろう?
内からも外からも投げかけられてくる疑問で、苗の無表情は徐々に崩れていき、そこで鳥がぽつりと続けます。
('A`)「でもさ、これを見てみろよ」
足もとにあるむき出しの地面を指しました。
('A`)「でかくなるほど、おまえは枝を広げる。
葉っぱは増える。そしたらここには日は届かないんだ」
鳥の言うとおり、大地の地肌は広がる苗の枝葉に応じて輪を描きそこにありました。
その境界を侵さぬようにほかの草ぐさは生えていて、
侵して生えるものたちも確かにありましたが、けれど彼らはあってもまばらで、そして虚弱でした。
現実を突き付けてそこに立つドクオは、輪の外に茂る草たちに目をやり、容赦なく放ちます。
('A`)「いずれおまえはもっとでかくなって、こいつらの上まで枝を伸ばす。
そしたらこいつらはここにいれなくなって、嫌でも姿を消しちまう。
おまえはこいつらから日差しを奪って、場所を奪って、そうやってでかくなるんだよ」
歌うように続けます。
('A`)「それだけじゃない。おまえは生まれたときから奪ってるんだ。
おまえがいなけりゃここには別のなにかが育ってた。
それはこいつらの兄弟だったかもしれん。子どもだったかもしれん。
それをおまえは押しのけて、ここに根ざして、そうやってでかくなったんだよ」
苗は愕然とします。
無表情は完全に崩れ落ち、目は一年前のすがるようなそれに変わっていきます。
鳥は諭すよう笑い、こう添えました。
('∀`)「俺たちは……奪って生きてるんだよ」
寂しげにつぶやいた苗の笑みには、なぜか嘲りだけがありました。
それが苗だけでなく、鳥自身に、そしてここにあるすべてに向けられていることを悟ったとき、
己が占有する土地、その境界を描くようにして生える草たちの並びの中に、
連綿と繋がるひとつの輪を、苗は見たのです。
草は日を食み、芋虫は草を食み、鳥は芋虫を食みました。
苗は日を食み、間接的に草を食み、一部を芋虫に食まれ、鳥がその芋虫を食みました。
いつの日か鳥も誰かに食まれ、苗もまた別の誰かに食まれていくのです。
そしてその別の誰かもそのまた別の誰かに食まれてゆき、一連の流れはひとつの輪を描くのです。
その輪の中に誰もがいるのです。逃れることなどできやしません。
ならば、いずれ食まれるこの身は、食まれる以外なんの意味があるのか?
その時がくるまで別の誰かを食み続ける? いずれ自分が食まれるというのに?
奪うことでしか生きられぬ悲哀を知り、いずれは奪われるわが身の上を知り、
そうして苗が前にしたのは底をも知れぬ暗い深淵と空虚でした。
眼前に迫ったそれらが苗を食もうと口を広げて待っています。
逃れる術など知るわけもなく、幼い彼があらがうには空虚はあまりに巨大でした。
鳥の声が響きました。
('∀`)「だから俺は飛ぶんだ。おまえはもっとでかくなれ」
真っ暗闇の中に一筋の糸が差し出されたとしたら、どうして掴まずにいられましょうか?
鳥の言葉は糸でした。そこにどんな意図があったにしても、
もしくは意図などなく、振り返ればただの気休めにすらなっていないものだとしても、
あるいは釣り糸のごとく罠にかける餌が付いているものだとしても、
それは確か糸であり、間違いなく掴んだものを引き上げたのです。
深淵から、空虚から、苗を確かに引き上げたのです。
再び開けた世界の中で、鳥は相変わらず寂しげに笑っていました。
そうしてなにかを言おうとして、けれど結局なにも言わず、
苗のそばをすり抜けるようにして飛び立ちました。
飛んでいく。小さくなっていく。ドクオはもう戻ってこない。
幼さゆえの直感でそう悟ったとき、鳥はまだ声が届く位置にいました。
しかしそのとき、夢を語る芋虫の笑顔が、彼を奪われた自分の悲しみが思い出され、
声が出ることはありませんでした。
飛んでいく。小さくなっていく。ドクオはもう戻ってこない。
一瞬が分かれ目でした。もう声は届かないでしょう。
でっかくなりたい。
遠ざかっていく鳥の背が背負う背景の中へ、苗は泣きながらそう願いました。
自分がもっとでっかくあれば、まだ声は鳥に届くだろう。
その声は、自分が奪ったいのちの分だけ大きいのだから。
( ;ω;)「奪った分だけ……」
だからこそ、いまでこそ、苗には見えたのです。
羽を広げ飛んでいく後ろ姿に重なった、チョウの姿が。
抽象が具象に、想像が現実になったいま、もう声を押し殺す理由はどこにもありません。
彼はあらん限りの声で叫んでいました。
( ;ω;)「ぼくはここにいるお!
ずっとずっとここにいて、ここででっかくなるんだお!」
鳥が振り返りました。
届いた。うれしい。
夢中で苗は叫びます。
( ;ω;)「ぼくの枝はきみの家だお!
だから絶対戻ってこいお! 戻ってこいお! 戻ってこいお!
でないと泣いちゃうお! ずっと恨んじゃうお!」
('∀`)「なに言ってんだバーロー! 泣いてんじゃねーよ!
ふひひ! 来んなって言っても戻ってやんよ!」
聞こえる。聞こえる。変わらない声が聞こえます。
豆粒のように小さな点が、おちょくるように空中で上下しています。
いまは笑って苗が叫びます。
( ^ω^)「やっぱり戻ってくるなお! おまえの顔なんか見たくもないお!
やっぱり二度と来るんじゃないお!」
('∀`)「ふひひ! うるせー!
絶対戻ってきてやる! 死んでも戻ってきてやんよ!」
鳥の叫びは小さくなり、姿は背景に溶けていきます。
もはや叫びは途切れ途切れにかすれていて。
('∀`)「覚えてろ! 戻って上から糞してやんよ!
それまで枯れるんじゃねーぞ!」
聞き取れたのはそれだけでした。
今回はこれで終わりです。
支援うれしかったです!ありがとうございました!
乙
うるっときた
よかったよ
45 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 18:28:57.16 ID:ZkPKTPvWO
乙!
46 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/19(土) 18:48:31.52 ID:nvYpXporO
乙
好きだ
47 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
これは意外と