唯「あはは、やだなぁムギちゃん。4月1日はとっくの前だよ〜?」
梓「普段嘘の欠片もつかないような人が言うと真実味がありますからね」
澪「その分、律がそんなこと言い出しても誰も信じないだろうな」
律「な、なんだと〜? 泣くぞ?」
紬「その……嘘じゃないんです」
唯「だからもうだめだって。一回嘘とバレたら4月バカはもう終わりだよ〜?」
梓「……いや、唯先輩、これって」
澪「もしかして……本当に?」
律「……本気と書いてマジか?」
紬「はい……。本気と書いてマジなんです」
唯梓澪律「エ〜ッ!!!!!」
突然の紬の告白に、4人は音楽室の気温が数度下がったような錯覚に陥った。
紬「もうさわ子先生のところに退部届も提出してきました」
律「ちょ……いい加減冗談はやめろよな」
唯「そうだよ〜。ムギちゃんがいなくなったら、私達、音楽室で美味しい紅茶やお菓子が食べられなく――」
澪「ばかっ。そういう問題じゃないだろ?」
梓「そうです! 放課後ティータイムは……私達5人のバンドはどうなっちゃうんですか?」
紬「……ごめんなさい」
律「そもそも何で辞めるなんて言うのさ!?」
梓「私達の演奏が未熟だからですか……?」
澪「わ、私がムギの書いた曲にヘンな歌詞をつけたから……?」
唯「私がムギちゃんの分のケーキも食べちゃったから……?」
必死に問いただしても紬の口からまともな言葉が語られることはなく、
紬「本当に……ごめんなさい」
そう言い残して、紬は音楽室から出て行ってしまった。
取り残された4人の間には、何とも言えない重苦しい空気が漂う。
すると、音楽室のドアを破壊せん勢いで、見慣れた人影が飛び込んできた。
唯「さわちゃん先生」
さわ子「ちょっと貴方達!! 今、ムギちゃんこっちに来なかった!?」
律「来たも何もいきなり軽音部を辞めるなんて言い出して……」
梓「そ、そう言えば先生のところに退部届を出したって……」
梓の言葉に促されるように、さわ子は懐から一通の封筒を取り出した。
その表面には紬らしい上品に整った字で『退部届』と確かにある。
澪「ちょっと見せてください!」
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 22:28:27.14 ID:WutOQBIeO
しえ
さげてこ
封筒の中にはこれまた高級感漂う上質な便箋用紙、
しかしそこに書かれていたのは『一身上の都合により軽音部を退部させていただきます』
という、あまりにも無機質なワンセンテンスだった。
律「一体どうしてムギは急にこんなこと言いだしたんだ……」
梓「やっぱり私たちの演奏が……」
澪「私の歌詞が……」
唯「こっそりお茶っ葉を家に持って帰ってたのがバレたのかも……」
さわ子「わからないけど……これ(退部届)を持ってきたときのムギちゃん、ちょっとおかしかったわ。
私が理由を尋ねてもちっとも答えようともしないし……。
ああ、ムギちゃんが軽音部からいなくなっちゃたら私の安らぎの放課後ティータイムはどうなるの!?
それにあの子ほど喜んでコスプレしてくれる子もいないし……ああ、私の生きがいが……」
音楽室が暗欝とした溜息で充満していたその頃、紬は逃げるように早足で校舎を後にしていた。
するとそんな紬の前に急停車する黒塗りの車が一台。
紬「ちょっと斉藤! 学校には乗りつけないでとあれほど……」
斉藤「申し訳ございませんお嬢様。しかし本日はこの後……」
紬「わかっています! だからしばらく離れたところで呼ぶつもりだったのに……」
紬は恭しき斉藤の所作に促されるようにリムジンの後部座席に乗り込んだ。
そして最初の信号で停車すると、運転席から斉藤が語りかける。
斉藤「お嬢様……軽音部の方はよろしいのですか?」
紬「…………」
斉藤「皆様には事情をお話しになられたのですか?」
紬「…………」
斉藤「お嬢様……今ならまだ間に合――」
紬「斉藤、余計な口は慎みなさい」
斉藤「はっ、申し訳ございません。しかし……」
紬「もういいの」
斉藤「お嬢様……」
それっきり紬は窓の外をぼうっと見つめたまま、黙り込んでしまった。
紬「琴吹家の言うことに私が逆らう余地などないんですから……」
ある日のこと、世界中を飛び回る実業家である紬の父親が、珍しく屋敷に帰っていた。
そして紬は父親の部屋に呼び出された。
ムギ父「紬よ、お前は学校で軽音部に所属しているそうだな?」
紬「!!」
紬は驚きで眉毛がひっくり返りそうな錯覚に陥った。
自分が軽音部に所属していることを父に打ち明けたことはなかったからだ。
もとより、紬の父は世界を股に掛ける多忙の身。娘の学校生活に関して、
立ち入るような余裕も暇もなかったはずだ。だとすれば父にこのことを密告したのは……
ムギ父「そう怖い顔をするでない。このことを私に教えてくれたのは斉藤ではないよ」
紬「じゃあ……」
ムギ父「私の旧い友人でね。今はレコード会社の重役を務めている男がいる。その彼がね、偶然にも見たそうだ。お前の所属するバンドの演奏をな」
紬「!!」
紬には一つだけ思い当たる節があった。
数週間前、彼女たち放課後ティータイムは初めての学内以外での演奏活動を行ったのだ。
澪「提案があるんだ。学園祭も近いことだし、その予行演習といったらなんだけど、ライヴハウスに出演してみないか?」
律「はぁ〜? 私たちを出演させてくれるライヴハウスなんて、どこにあるんだよ?」
梓「私の父がよく出演しているライヴハウスがあって……そこのマスターがご厚意で私たちに演奏させてくれるって言うんです。
もっとも本当に小さなライヴハウスですけれどね」
紬「そう言えば梓ちゃんのお父様はジャズミュージシャンをされているんでしたよね」
唯「ライヴハウスか〜、って……ライヴハウスって何するところ? 新しいレンタルビデオ屋の名前?」
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 22:38:40.52 ID:QohAXp3mO
支援
そんなこんなでとある週末の晩、放課後ティータイムの面々は梓の父親御用達のライヴハウスで、数曲ながらも演奏を行った。
ライヴハウスというよりもジャズバーといった様相の小さなハコではあったが、
ジャズミュージシャンが出演するようなところだけあって、客の年齢層も音楽的嗜好の敷居も高く、5人は受け入れられるかどうか心配だったが、
澪『あたし もう今じゃあ、あなたに会えるのも夢の中だけ〜♪』
澪『たぶん 涙に変わるのが遅すぎたのね〜♪』
唯『見つかりにくいのは〜♪』
唯『傷つけあうからで〜♪』
客1「ヒューヒュー!!」
客2「お嬢ちゃん達、若いのになかなかやるなぁ〜!!」
澪唯『最近はそんな恋の〜 どこがいいかなんて〜♪』
澪『わからなくなるの〜 それでもいつか〜少〜し〜の〜♪』
唯『ららら〜♪』
澪『あたしらしさとか〜 やさしさだけは〜 残れば〜♪』
唯『ららら〜♪』
客3「ウチの娘にしたいくらいだよ!」
客4「いやいやウチの息子の嫁に(ry」
客5「寧ろ俺の嫁に(ry」
澪唯『まだラッキーなのにね〜♪』
律が偶々その頃よく聴いていたというとあるバンドのカバー曲が好評。
さらにオリジナル曲も意外にもウケたのだった。
これに気を良くし、来る学園祭ライヴに向けて自信を高めたはずの軽音部の面々であったはずだったのだが……。
紬「まさかあの時……」
ムギ父「その通りだ。あの時の演奏をその友人が偶々見ていたそうだ。
彼は元々ジャズもよく聴く人間だったからね。そこの常連だったそうだ」
紬「そんな……。でもそれだけでどうして私のことを……」
ムギ父「お前がまだ小さい頃の写真を見せたことがあるだけだったけどね。
彼はすぐ気付いたそうだ。『あんな特徴的な眉毛をしているのはお前の家系を置いて他にいるわけがない』と、な。それにしても――」
父からの次の言葉を想像し、紬は思わず身を固くした。悪い予感が胸を過る。
ムギ父「まさかお前が私に黙って軽音楽などにうつつを抜かしていたとは――な」
紬「そ、そんなっ……!」
ムギ父「仕事ばかりでお前にかまってやれなかった私にも責任がある。斉藤にももっと紬の学校生活について報告をさせるべきだったと反省しているが――」
悪い予感は見事に的中した。
紬「黙っていたことは謝ります! でもっ……!!」
ムギ父「軽音楽など浮ついた不良の音楽だ。由緒正しき琴吹家の人間がやるものではない」
紬「そ、そんなことはありません!!」
ムギ父「私の時代ではエレキギターが不良の代名詞だった。
長髪で、服装は乱れ、何かにつけて社会に反抗する輩ばかりだったよ。
そういえば常にナイフを持ち歩いていたような危険な男もいたな」
紬「それは昔の話です!」
ムギ父「実際、私の部下に調べさせたところによるとお前のいる軽音部にはロクな人間がいないそうじゃないか。
提出書類をすぐに忘れる部長に、猫の耳を頭につけて喜び狂う後輩……終いにはアホの子に衆目の前で下着を晒すような娼婦紛いの同級生まで……」
紬「みんなのことを悪く言うのは止めてください!!」
ムギ父「いずれにせよ、そんな部活にお前が身を置くことは許せん。すぐに退部しなさい」
紬「………っ!!」
数日前の父親とのやり取りを思い出し、紬は流れる景色を眺めながら小さく唇を噛んだ。
言いたいことは山ほどある。撤回させたい発言を積み上げればそれこそ天を突くほどだ。
しかし、父親の築いた『琴吹家』というブランドの中でぬくぬくと育ち、実際に今もその恩恵を受けて生きている自分を思うと、紬にはそれ以上何も言い返すことができなかったのだ。
斉藤「紬お嬢様……そろそろ屋敷の方に到着致します。
先生の方が見えるまではもう少し時間がありますので、到着しましたら先にお食事になさいますか?」
紬「…………」
斉藤「お嬢様?」
忠実な執事の声色に、自分を心配するわずかな陰りが見えたことには気づいたものの、紬はやはり黙っていることしかできなかった。
何が『お嬢様』だろうか――。
自分はただの籠の中の鳥、自力じゃどこにも飛んで行けない無力な存在――。
そんなやるせない気持ちが紬の心を支配していた。
し
紬が退部を告げてから数日というもの、音楽室は昼間だというのに灯りの消えた暗闇のような雰囲気に支配されていた。
律「うう〜っ……ムギの紅茶とお菓子がないと力が出ない〜」
唯「私なんか禁断症状で手が震えてきたよ……」
澪「どこまで欲求だけで生きてるんだお前らは」
すると、友達のいないオタク生徒の休み時間のごとく机に突っ伏す先輩の姿を見かねて、
梓「ムギ先輩の見よう見まねなんですけど……先輩が残していったお茶っ葉で紅茶を淹れてみました」
唯「あずにゃんすご〜い!!」
律「でもこれ……」
澪「うん……『あの味』ではないよな」
梓が淹れた紅茶も不味いわけではない。寧ろ高級な茶葉を使っているので、舌にとろけるような美味なのは相変わらずだ。しかし、
唯「ムギちゃんの淹れてくれる紅茶は暖かかったなぁ……」
梓「そうですよね……」
唯の言わんとすることの意味が梓にも良く理解できた。
唯「ムギちゃん……教室でも最近殆ど話しかけてくれないよね」
律「殆どというか全くだな。まあ、あんなことを言い出した手前、気まずいんだろうけどさ」
澪「私も廊下ですれ違ったけど何もなかったよ……」
梓「どうしちゃったんでしょうか、ムギ先輩……」
さわ子「ちょっとみんな!! ヘンタイ……じゃなくてタイヘンよ!」
するとまたもや闘牛のような勢いで音楽室に駆け込んでくるさわ子。あまりの勢いのよさに音楽室のドアが吹き飛んだような錯覚すら受ける。
律「ヘンタイは先生の方だろ。それより今度は一体何なんだ?」
唯「今の私たちにとってムギちゃんのことより大変なことなんてないよ?」
さわ子「そのムギちゃんのことよ!」
澪「な、なんだって!? ムギが……転校!?」
梓「う、嘘ですよね……?」
さわ子「嘘じゃないわ。さっき職員室に来てね、正式に転校届を提出していったの」
律「まさか……転校のことがあったから軽音部を辞めるなんて言い出したんじゃ……」
唯「そんなぁ……どうして転校なんか……」
さわ子「しかもムギちゃんの転校先は……ロンドン。あの名門、ブラックモア音楽大学の付属校らしいわ」
澪「ロ、ロンドンッ!?」
梓「ブ、ブラックモア!?」
律「なんだなんだ、そのブラックなんちゃらってのは?」
澪「ブラックモア音楽大学って言ったら、有名なミュージシャンが多数卒業した名門中の名門大学だぞ!?」
4人は今更ながらに思い出す。
紬の実家は正真正銘の名家で、それこそ夏休みには「ちょっとそこまで」のノリでフィンランドに避暑に出かけるほどの国際派お金持ちであったことと、
さわ子「どうやらムギちゃんはクラシック音楽を専攻するコースへの編入を希望していたようだわ」
紬自身も幼少のころからクラシックピアノを嗜み、コンクールで賞を獲得するほどの才女であったことを。
唯「クラシック音楽って……あのべーとーべんとかもーつぁるとか……変な髪形のオジサンたちがやってる音楽?」
律「今まで1年以上一緒にやってきて一度もそんな素振りは見せなかったのに……」
梓「やっぱり私たちの演奏に嫌気がさして……」
澪「いや私の歌詞がムギの曲を台無しにしたから……」
さわ子「ただ、私にはどうも解せない点があるの――」
もはやお通夜状態の4人を前に、さわ子は俄然真剣身を帯びた口調で語り始めた。
さわ子「夏休み明けにやった進路希望調査じゃ、ムギちゃんの希望進路は国内の文系大学だったわ。
音大もオの字も留学のリの字もなかった。それがこの数カ月で留学志望に変わるなんてちょっと不自然。それに――」
唯律澪梓「それに?」
さわ子「退部届を出しに来た時もそうだったけど、転校届を出しに来た時も、ムギちゃん、尋常じゃなく落ち込んでいたように見えたの――」
さわ子はその時の紬の、ご自慢の眉毛が額から取れて今にも落ちてきそうなほどの沈んだ表情を脳裏に思い出していた。
さわ子「それこそ、まるで誰かに無理やりこの状況に追い込まれているような……ね」
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 22:53:37.28 ID:Yy6vEAee0
し
また違うけいおん!スレに誤爆したよ。死にたい・・・。
紬「そんな……軽音部を辞めるなんて……私には出来ません……」
控え目な調子ながらも紬は父親に意見した。だが、
ムギ父「紬よ、私は何もお前から音楽を取り上げようというわけではない。お前は小さい頃からピアノを弾くのが好きで、才能もあったようだからな」
紬「……え?」
ムギ父「実はな、さっき話した私の旧友のレコード会社はクラシック音楽を主に扱っているらしくてな。それで紬の演奏に、彼は随分と感銘を受けたらしい。
演奏していたのは粗野な音楽だったが、お前の鍵盤捌きには見るものがある、とな」
紬「それはつまり……」
ムギ父「紬、お前はクラシックのピアニストになりなさい。それならば私もお前が音楽をすることを許そう」
その提案をすることで、娘の態度が少しでも軟化するとでも父は思っているのだろうか?
そう思うと、紬は自分の父親の考えの浅はかさを呪いたい気持ちになった。
音楽を演奏することが楽しいのは勿論だ。
だが紬にとっては、軽音部のメンバーで、つまりは放課後ティータイムの5人で音楽を演奏することに意味があるのだ。
それを父親は少しもわかってくれていないのは、火を見るより明らかであった。
紬「お父様、私が言いたいのはそういうことでは……!」
しかし、事態は紬の想像よりずっと深刻であった。
ムギ父「良い機会だ。お前ももう高校2年生、卒業後の進路を考えるべき時だし、海外の音大付属校へ転入して本格的にクラシックピアノを学ぶといい」
ムギ父「専属の家庭教師も付けてあげよう。勿論、すべてが上手くいけば数年後には件の旧友のレコード会社からデビューさせてくれるという話も取り付けてある――」
紬「そ、そんな……」
ムギ父「悪い話ではないだろう? 思えばお前は昔からピアニストに憧れていたではないか」
「私の意志はどうなるのか」――結局、その言葉は言えずじまい。
紬は今更ながらに、自らに課せられた『琴吹』の名の重さを、ひしひしと思い知る羽目となった。
律『最初は私と澪だけでどうなるかと思ったけど、その後すぐにムギが入部してくれたからこそ、今の軽音部があるんだよなぁ』
澪『ムギ! また新しい歌詞を書いてきたんだ! これはとある少女の甘い初恋をチーズケーキの味に例えた私の自信作なんだけど……また曲をつけてくれないかな?』
梓『ムギ先輩はキーボードお上手ですよね。バッキングにもソロにも対応できますし……。私のお父さんも「ジャズ界隈にもアレだけのプレイができる人間はいない」って言ってました!』
唯『ムギちゃん、ケ〜キ〜、おかわり〜、もういっこ〜。こうちゃ〜、おかわり〜、もういっぱい〜』
「お嬢様、只今先生がお見えになられたようです――」
執事の言葉にハッとして顔をあげる紬。気付けば、軽音部の仲間達のことを考えていた。
だが、自分にもう戻る場所などないのだ。
俯きながら屋敷のピアノ室に向かうと、既に琴吹家によって手配されたクラシックピアノの講師と思しき人間がいた。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 23:06:14.26 ID:Yy6vEAee0
し
斉藤「こちら、現在世界的演奏家としても活躍されておりますスウェーデンのピアニスト、イングヴェイ先生です」
先生「ハッハー!! この度琴吹家に雇われてツムギを指導するイングヴェイ・マルムスティーンだ!!
出身は貴族だ!! 正確には伯爵だ!! と、いうことでよろしくなツムギ!! これで今日から俺とツムギはソウルメイトさ!」
紬「……斉藤、この人は一体?」
斉藤「イングヴェイ先生はクラシックピアノの常識を覆す超絶速弾きで世界に名を轟かし……」
先生「ハッハー!! 速いだけのスピードなんてクソさ!! 大切なのは常にメロディアスであるということなんだ!!」
斉藤「CDを出せばミリオンセラー、ツアーをすればアリーナ級の会場を次々にソールドアウトという――」
紬「そういうことを聞いているのではなくて……」
斉藤「先生には、ピアノの演奏技術だけでなく作曲についても紬お嬢様を指導していただくこととなっております――」
紬「作曲?」
斉藤「はい。軽音部で紬お嬢様が作曲された楽曲について、旦那様の旧友の方の評価もかなり高いものであったようでございますので」
先生「ほう? それじゃさっそくその曲とやらを聴かせてもらおうか。ツムギの才能を測るいい参考になるぜ」
しかし、あれはあくまでも放課後ティータイムのために、あの5人で演奏するために書いた曲だ。
それがこうして意外な形で評価されていることに紬は戸惑いと切なさを隠しきれなかった。
斉藤が手際よく放課後ティータイムの音源の入ったCD−Rをステレオにセットするのを見ながら、紬はまた一つ大きくため息を吐いた。
備え付けの高級ステレオから、既に懐かしくすら感じる『ふわふわ時間』の演奏が流れ出す。
先生「ウェーッ! ひどいな! これだけたくさんのミスがあると一晩中かかっても指摘しきれないぜ! まるで才能ないね!」
紬「……ッ!!」
先生の失礼な反応に思わず眉毛を吊り上げた紬だったが、
先生「だがひどいのはあくまでも演奏で、メロディやコード進行の構成には光るものがある。この曲はツムギが作曲したんだろう?」
仲間の演奏を否定されたことで煮えたぎる腹の内をおさえながら、紬は何とか頷いた。
先生「バッハが死んでからというもの、世の中の誰も作曲はしてこなかった。みんなバッハの真似なんだ。
それ以後、初めて作曲をしたのは俺なのさ。そしてツムギ、キミはそんな俺の跡を継ぐピアニストになれるぜ」
こんな最大級の賛辞を送られても嬉しくないのはなぜだろう――。
そんなことを考えながら、紬はもう戻ることのない軽音部の懐かしき仲間たちの顔を思い出していた。
先生「しっかし、このドラムはなんだ? 走りまくってろくにリズムキープもできてねえ。
ただのドラムは曲に合わせてリズムを取っていればいいんだよ!」
紬「……」
先生「ギターもひどいね。リズムを弾いている方はもはや冗談としか思えない。
もう一人の方は下手じゃないんだけどオリジナリティに欠けるしカリスマ性が感じられないね」
紬「…………」
先生「極めつけはこの歌詞だよ。対訳を見たけどひどすぎるね。『キミを見てるといつもハートドキドキ』なんて歌詞は大嫌いだ!薄っぺらだ!寒気がする!」
紬「…………それ以上おっしゃると丸焼きにしますよ? この豚――」
斉藤「お嬢様の今夜の御所望は豚の丸焼きでございますね? 了解致しました。早速シェフに手配させます。先生もよかったらご一緒にいかがでしょうか?」
先生「ハッハー!! 俺は貴族だからな!! 高級な肉を出してくれよ!?」
腹に据えかねた紬の暴言を寸前のところで斉藤が機転を利かせ、食い止めた。
その頃、桜高の音楽室では――
澪「このままムギが去っていくのを黙って指を咥えて見ているだけでいいのか?」
梓「それは……絶対にイヤです……」
律「そうだな。事情はよくわからないけれど……もしもムギにまだ軽音部に未練があるのなら……」
唯「そうだね! ムギちゃんのたくあんあんなに美味しいのに、みすみすそれを手放すなんてだめ!」
澪梓律「何を言っているんだお前は」
とにもかくにも4人は紬に事の真相を問いただすことに決めた。
早速翌日、HRが終了するや否や逃げるように教室を後にしようとした紬を四人は呼びとめた。
唯「ムギちゃん!」
唯の呼びかけに、紬は肩をびくつかせ、廊下に立ち止まった。
澪「今までは曖昧にしてたけど……もう限界だ」
律「どうして軽音部を辞めるなんて言い出したんだ?」
梓「留学するって本当ですか?」
紬はそれに応えることなく、歩を進めようとしたが、肝心の脚がちっとも動いてくれやしないことに気付いた。
そもそも自分にはここまで深刻な顔をして、真摯に心配してくれる友人達から目を背けることなど不可能なのだと思い知る。
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 23:18:00.78 ID:Yy6vEAee0
し
)>27
支援どうもです。
紬「本当です……」
律「どうしてだよ? 留学のことなんて今までちっとも話したことなかったじゃないか」
僅かに潤んですら見える律の目が『どうして私達に一言相談してくれなかったんだ』と語っているようで、何ともやるせない。
澪「もしかして……黙っていたのは何か理由があるんだな?」
紬「澪ちゃん……」
澪の指摘は鋭かった。しかし、『軽音楽などという低俗な部活に身を置くことは許さん』という理由で半ば強制的に退部させられ、
『音楽をやるなら、琴吹の名に相応しきものをやるべきだ』という理由でこれまたクラシックピアノを学ぶための留学を強いられたなどという事情、
どうして仲間達の前で口に出すことができようか。
紬「私は軽音部にいてはいけない人間なんです」
梓「そ、そんな! ムギ先輩がいなかったら放課後ティータイムは……」
唯「そうだよ? ムギちゃんがいなかったら私……」
梓と唯に至っては感極まったのか、既に半分泣いている。
そんな姿をみせられて、紬に感ずるところがないわけがない。しかし、
紬「ダメなんです……。私がいるときっとみんなに迷惑をかけることになる……」
――自分の家の都合で、彼女達を振り回すわけにはいかない。
紬には心を鬼にしてその場を立ち去る以外の選択肢がなかった。
先生「ハッハー!! 『ゴルドベルク変奏曲』をこの短期間でこれだけ弾きこなすなんて、ツムギはなかなか才能があるぜ!!
ま、俺のプレイにはまだ遠く及ばないがな。なにせ俺は、ルックスは悪くないし、金持ちだし有名だからな」
紬「ありがとうございます……先生」
家に帰ればすぐにピアノのレッスンが待ち受けていた。
どんなに自分が巧みにきれいな旋律を紡いでも、そこにはあるべきものがない。
勢いよく突っ走る律のドラムがない。
ボトムを支えるがっしりとした澪のベースがない。
空気を切り裂くような梓のリードギターがない。
見ているだけで楽しくなってくるような唯のリズムギターがない。
どんなに素晴らしいバッハの曲を弾いてみたところで、ここには足りないものが多すぎる。
そんな状況では、紬がいかにイングヴェイ先生に賞賛の言葉を浴びようとも素直に喜べるわけがない。
斉藤「紬お嬢様――」
レッスンが終わると執事の斉藤が紬に声をかけた。
紬「斉藤……私、今日は少し疲れてしまったの。もう休むわ――」
斉藤「はっ。ただその前に一つだけどうしてもお嬢様にお伝えしなくてはなりませんことが」
紬「……何かしら」
斉藤「お嬢様の渡英の日取りが決まりました」
紬「え……もう?」
斉藤「はい。旦那様が一刻も早く渡英と転入の手続きを進めるよう、各方面へ手を尽くして頂いたようで」
紬「そんな……。(私はまだ心の準備が……)」
斉藤「渡英の日取りは――――になります」
紬「!!」
斉藤の言葉に、紬は驚きのあまり眉毛を震わせた。
さる避け支援
律「こうなったら直接ムギの家に乗り込もう!」
翌日、音楽室では律が部長の本領発揮とばかりに熱い決意をブチあげていた。
澪「の……乗り込むって……お前なぁ」
律「いや、昨日のムギの反応を見て私は確信した。アイツは自分の意思に反して、留学することを強いられてるに違いない」
梓「確かに……私にもそういう風に見えました」
唯「でも……それとムギちゃん家に乗り込むのと何の関係が?」
律「それは決まってるだろ。ムギの親父さんに抗議するんだ!」
?「それはあまりお薦めできる行為ではございません」
律「そんなこと言ったって私たち出来ることはそれくら……って」
澪「だ、誰だ!?」
斉藤「私、琴吹家の執事をしております斉藤と申します。以後お見知りおきを――」
律「あ……前にムギの家に電話したときに出た執事の人……」
梓「というかいつの間に音楽室に入ってきたんですか!?」
唯「気配をまったく感じなかったよね?」
斉藤「気配を消すことは琴吹家に仕える者として当然の能力でございます」
澪「忍者じゃないんだから……。って、それより何なんですかいきなり」
斉藤「はい。紬お嬢様のことでお伝えしなければならないことがあって参りました」
律澪唯梓「!!!!」
瞬間、音楽室内の空気が一変する。
斉藤「皆様も知っての通り、この度紬お嬢様は海外の音大への進学のため、ロンドンへ留学することとなりました。
今後はクラシックピアノと現代音楽理論、作曲を専門に学んでいくことになります。いずれはレコードデビューも……」
律「私たちが聞きたいのはそういうことじゃないよ!」
斉藤「……失礼しました。確かに皆様のお察しの通り、今回の留学は紬お嬢様の意志ではございません。
旦那様……つまり紬お嬢様のお父上直々の意向でございます」
澪「やっぱりそうか」
梓「そんな! それじゃムギ先輩も本当は軽音部を辞めたくなんかないんじゃ……」
斉藤「私にはお嬢様の本心ははかりかねます。ただ私なりの執事としての使命感から、今日はこの軽音部を訪問させていただきました。
お嬢様はご自分の口で皆様に事情を説明することが憚られたようでしたので……」
唯「それじゃあ……どうしてムギちゃんのお父さんはムギちゃんを留学させようとしたんですか?」
斉藤「旦那様はお嬢様が軽音楽を演奏することを快く思っていないようなのです」
澪「そ、そんな……」
律「いくらなんでもそれは酷くないか!?」
斉藤「お嬢様お付きのピアノの講師の方も、
『ハッハー!! 軽音楽なんて子供の遊びさ! 俺は貴族だ、正確には伯爵だ。伯爵にはその身分に相応しき高貴な音楽を演奏するべきだ!!』とおっしゃっておりまして……」
梓「失礼です! 音楽に貴賤はありません!」
唯「そうだそうだー! 謝罪と賠償を要求するぞー!」
斉藤「そうですね。確かに失礼かもしれません。主人の非礼は部下の非礼……謝罪のしるしと言っては何ですが琴吹家特製の最高級シフォンケーキを……」
唯「うん、きっとお父さんも悪気があって言ったわけじゃないんだよ(モグモグ)」
律「ちょ! 唯、簡単に買収されるなよ(モグモグ)」
澪「律も食べてるじゃないか……!! でもおいしいなこれ(モグモグ)」
梓「(駄目だこいつら……早く何とかしないと)モグモグ」
律「とにかく! 私たちはそんな話は納得できないよ、斉藤さん!」
澪「そうだ。ムギ本人が嫌がっているんだろう?」
梓「お父さんが軽音楽に偏見があるのなら、一回私たちの演奏を聴いてくれと言いたいです!」
唯「そうだよ〜。サイトーさんからもなんか言ってあげてよ〜(モグモグ)」
必死にムギ奪還を主張する4人。しかし斉藤の口から次に放たれたのはあまりに絶望的な言葉だった。
斉藤「琴吹家にとって、現当主である旦那様の意思は絶対でございます。いち執事が口をはさむことは勿論、紬お嬢様も逆らうことはおそらくできないでしょう」
律「そんな……」
澪「それじゃあ、ムギ自身の意思はどうなるんですか!?」
斉藤「……それが琴吹の姓を名乗る人間の宿命でございます」
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 23:29:11.08 ID:Yy6vEAee0
し
『宿命』――その言葉は4人にとってあまりにも想像がつかないものだった。
ただ、これまで幾度となく見せつけられた紬の実家の名家としてのクオリティ。
それを思えば『宿命』という言葉がいかに重く、ただの女子高生である自分たちに覆しようがないことであるかということだけは自然と想像がついた。
梓「そんな……ひどいです……かわいそうです……。生まれた家のせいで、自分の好きなことが好きなように出来ないなんて……」
斉藤「どうかご理解ください」
唯「それじゃ……もうムギちゃんがロンドンに行っちゃうことは変えられないの?」
斉藤「……どうかご理解ください」
音楽室を再び重苦しい空気が包み込んだ。
斉藤「私が今日ここにやってきたのは、どうか皆様には紬お嬢様を怨まないで欲しいということをお願いしたかったからです。
紬お嬢様は、おそらく皆様に本当のことをおっしゃられないと思いますので……」
唯「そんな怨むだなんて……。ムギちゃんは私たちの大切な友達だよ?」
唯の言葉に一同力強く頷いた。
斉藤「紬お嬢様は良いご友人をお持ちになられたようです――。この斉藤、琴吹家の執事としてお嬢様に変わり厚く御礼を申し上げます。
是非、紬お嬢様が渡英される際にも空港までお見送り頂ければお嬢様も喜ぶと……」
律「! そうだ! 斉藤さん! ムギはいつ向こうにいっちゃうんだ!?」
斉藤「はい――。○月○日、朝一番のフライトで――」
澪唯梓「!!!」
律「それって、学園祭の翌日じゃないか……」
しかし、そんな紬の親友達に待っていたのはあまりにも皮肉な状況であった。
その晩。
部屋で一人、紬はアルバムを眺めていた。
収められた写真は、カメラ好きの澪が1年以上にわたって撮りためた軽音部思い出のシーンを集めたものだった。
籠の中のお嬢様として育ち、悪く言ってしまえば世間知らずだった自分に色々なことを教えてくれた、かげがえのない場所だった軽音部。
思い出せば思い出すほど、紬はそれを捨てなくてはならないという自分の宿命にどうしようもなく泣きたくなってくる衝動に駆られる。
紬「もう……限界です」
ベッドに倒れこみ、思う存分枕を濡らそうとしたその時、紬の携帯がメールの着信を告げた。
紬「メール……律ちゃんから……」
律『明日の放課後、どうか音楽室に来てほしい。これは軽音部の部長としてじゃなく、田井中律として、友達としてのお願いなんだ』
紬「澪ちゃんからも来てる……」
澪『律からメールが行ったと思うけど……。私はムギの意思を尊重したいと思ってる。
でもこのまま終わっちゃうのだけは絶対にいやなんだ。私たち、ムギが来るまでずっと、待ってるから』
律と澪のことだ。きっと2人で額をより合わせて、悩んだ挙句、このメールを送ってきているに違いない。
そう思うと紬は胸が締め付けられる思いがした。
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 23:36:09.46 ID:RbSisM3W0
支援
紬「今度は梓ちゃん……」
梓『私、ムギ先輩のことが好きです。このまま終わりなんて絶対に嫌です!』
紬「唯ちゃんも……」
唯『ムギちゃん……私たち、みんなムギちゃんのこと、大好きだよ?』
最後の二人はもはや、趣旨がよくわからない感情の吐露となっていた。
しかし、そんな文面だからこそ紬の心にはまっすぐストレートに伝わった。
紬「みんな……。どうして……? 軽音部を捨てていく私のためにどうして……?」
結局、その日紬は枕を濡らすこととなるのであった。
かくして翌日。4人は音楽室で紬が来るのを待った。
唯「ムギちゃん、きっと来てくれるよね……」
律「だといいんだけど……今日は学校にも来てなかったからな」
唯達のクラスの担任の話では、紬は転校の準備や手続きで何かと忙しく、転校の当日まで学校は欠席するだろうとのことであった。
梓「そう言えば学園祭本番はもう3日後ですよね……。全然練習してない……」
梓の言葉に一同押し黙る。
一つだけ断っておくのならば、彼女達は練習を『しない』のではなく『出来ない』のだ。
大事なパズルなピースが一つ欠けた状態では、いくら演奏を合わせたところで意味などないのだ。
4人で合わせたところで、律のドラムは走るどころかワンテンポもツーテンポもモタりはじめ、
梓のギターは発情したウマのいななきのような間抜けな音を出し、
澪のベースは演奏した途端に四弦が切れ、
唯に至っては家にギターを忘れてきた。
澪「大丈夫……きっとムギは来てくれるさ。そうじゃなきゃ放課後ティータイムは……」
4人だけでやっていくことなんて――出来ない。
誰もがその恐ろしい想像に思い至った時、期せずして音楽室のドアが控え目な音を立てて開かれた。
律澪唯梓「!!!!」
その輝かしき黄金の眉毛の持ち主は見紛うことなき紬その人であった。
紬「昨日、斉藤がここに来たって聞いたのだけれど……」
澪「ああ。そこで大体の事情は聞いた」
紬「今まで黙っていてごめんなさい」
紬は今にも消え入りそうな沈痛な表情で頭を下げた。
紬「斉藤の話にもあったと思うけど……お父様は頑固な人、一度決めたらきっとテコでも動かない……。本当にごめんなさい……」
唯「そんなぁ〜……じゃあやっぱりロンドンに行っちゃうの?」
梓「どうしてもお父さんを説得することは出来ないんですか!?」
縋りつくような唯と梓の懇願に、紬は力なく首を振った。
紬「ごめんなさい……。これが私のお父様のやり方……そして、琴吹家の宿命なの」
『宿命』――4人がその単語を聞くのは2度目であったが、紬本人の口から聞くそれは一層重みがあるように感じられた。
紬「私は明日日本を発つの……。本当は学園祭のステージで最後に一緒に演奏したかったけれど……どうやらそれも難しいというのが本当のところ……」
『学園祭』――その単語に4人の胸の中で鼓動が跳ねた。
紬「軽音部での1年半は……本当に楽しかった。『放課後ティータイム』は最高のバンドだったと思います。だから私がいなくなっても……活動を続けてね」
唯「そんな……ムギちゃんがいなくなったらキーボードは……」
紬「大丈夫、学園祭で良い演奏をすればきっと新しい部員が……」
律「いい加減にしろ、ムギ!!」
突如、律が机を叩いて大声をあげた。その場にいた全員が、文字通り数秒固まった。
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/05(日) 23:52:41.16 ID:Yy6vEAee0
し
>唯に至っては家にギターを忘れてきた。
ちょっと待て
律「さっきから聞いてれば……二言目には『ごめんなさいごめんなさい』って……謝罪の言葉ばかり。
私たちは同じバンドのメンバーである前に仲間だろ? 友達だろ?
私たちが去っていく友達を恨んだりするとでも思ってるのか? そんなわけない!」
澪「り、律、ちょっと落ちつけ……」
律「落ち着いていられるか! しかも何だ? 『私がいなくても代わりがいるから』だなんて理屈っぽいことを言いやがって!
ムギは私たちのことを買いかぶりすぎているぞ!? お前がいなかったら……駄目なんだよ。
この5人じゃないと駄目なんだよ! 琴吹紬に代わりはいないんだよ!!」
唯「りっちゃん……」
梓「律先輩……」
澪「わかったわかった。ちょっと落ち着け」
律「もへっ!?」
澪の大きな手に口を塞がれ、バタつく律。そして澪は律がクールダウンしたのを確かめると、凛とした瞳で紬を見据えた。
澪「でも律の言ってることには私も同意だ。放課後ティータイムはこの5人じゃ駄目なんだ。
それで今日、私たちはムギにどうしても聞きたいことがあったんだ」
紬「聞きたいこと……?」
澪「さっきからムギが言っていることは本心からのことなのか?」
紬「!!」
澪「本当にロンドンに行くことは宿命で仕方ないことだと思っているのか?
本当に自分がいなくなった放課後ティータイムが活動していっていいと思っているのか?
本当に自分の代わりの部員があっさり後釜に収まってしまっていいと思っているのか?」
澪の問いかけに、それまでどこか達観したような諦念を湛えていた紬も、目に見えて動揺し始めた。
唯「ムギちゃん……今言ってたよね? 『本当は学園祭のステージで一緒に演奏したい』って」
梓ムギ先輩「……言ってましたよね?『この1年半は本当に楽しかった』って」
紬「わ、私は……」
澪「お願いだ、ムギの本心を聞かせてほしい。アメリカに行くことがムギの本心ならば私たちには何も言えない。でもそうでないのなら……」
紬「ほ、本当は……」
唯「ムギちゃんだけが本心を言うのは不公平だから、私も言うね。私はムギちゃんがいなくなっちゃうのいやだよ。一生アイスが食べれなくなっちゃうよりいやだよ?」
律「お、いい心がけだな、唯! 私も本心を言うぞ! ズバリ、絶対に嫌だ! っていうかそんなことさせないし阻止する!」
梓「わ、私も嫌です!! 絶対に阻止しますっ!」
澪「勿論、私もだ。正直、今つらくて仕方ないし、偉そうなこと言ってるから我慢してくれるものの……本当は……泣きそうで……」
その言葉が、ほぼ引鉄となった。
紬「い、嫌です! 本当は……ロンドンなんて行きたくありません!!
みんなと一緒にお茶をしたいし、買い物に行きたいし、海にも行きたいし、クリスマスパーティーしたいし、演奏したいし……とにかく……いっしょに……いたい……!!」
最後の方は涙声になった紬の告白。
彼女は初めて自分の心の内以外で本音を吐き出したのだ。
眉毛に対する愛情がぱねぇwww
支援
澪「……よし。それじゃあ決まりだな」
紬「……きまり?」
律「ムギが日本を発つのは学園祭の翌朝だろう? だったら最後まであがいてやろうってことだ!」
紬「……あがく?」
唯「今度の学園祭……一緒に演奏しよう?」
紬「……演奏?」
梓「先輩のお父さんに、私たちの演奏を見せつけてやりましょう!」
紬「……見せつける?」
律「そうだ! 私たちのメチャ素晴らしい演奏を聴かせて、ムギの父さんの心を変えてやろうって寸法さ!」
澪「それが何よりも雄弁に、ムギの本心をお父さんに伝えることになると思うからな。
あ、大丈夫、ムギのお父さんが学園祭当日に日本に滞在しているのは執事の斉藤さんに確認済みだ。何とか連れてきてくれるようにするってさ」
紬「斉藤が……そんなことを……」
律「ま、たとえ日本にいなくても首根っこ捕まえてでも連れてくるけどな♪」
唯「だから残り時間は短いけど……また一緒に練習しよう?」
梓「私たちも最高の演奏を見せられるように頑張ります!」
紬「みんな……ありがとう……」
律「なぁーに。何度も言うように私たちは同じバンドのメンバーである前に友達だぜ?」
唯「これくらいのこと、あたりまえだよ?」
梓「だから皆でまた頑張りましょう!」
澪「よし! そしたらここ最近ずっと怠けてたし、早速練習をしないとな!」
紬「……はいっ!」
紬の表情に、やっとのことで僅かな光が指した。
かくして、学園祭でのステージに最後の希望を託した紬達であったが、現実というものはそんな女子高生の友情を察してくれるほど、甘くも善人でもなかった。
その日、紬が家に帰ると、
斉藤「紬お嬢様、おかえりなさいませ」
紬「斉藤……なんだか気を遣わせてしまったみたいね。ありがとう」
斉藤「いえ。勿体ないお言葉でございます。それよりお嬢様……先程から旦那様がお待ちでございまして……」
紬「お父様が?」
斉藤「はっ。お嬢様がお帰りになり次第、連れてくるように、と」
紬には話の内容は大体予想がついた。
逃げるわけにはいかない。自分は最後まで足掻くことを決めたのだから――。
ムギ父「斉藤から話は聞いた。学園祭で軽音部として演奏をするそうだな」
紬「はい。斉藤の言うとおりです」
ムギ父「何でも私にも見に来てほしいとのことらしいが……」
紬「はい。お父様がご多忙なのは重々承知ですが……」
ムギ父「なに、私としても娘が人前で演奏するのを見に行くことは吝かではない。ちょうどスケジュールも空いている」
紬「そ、それでは!?」
ムギ父「ただし、これが軽音楽の演奏などというくだらない茶番でなければ、もっとよかったのだがな」
紬「!」
ムギ父「何を考えておるのかはわからんが、紬よ。私は考えを変えるつもりはないぞ。
確かにこの1年半、活動してきた部活動の最後の晴れ舞台、思い入れがあるのもわかるし、演奏をすることは許そう。
だが、それと留学の話は別だ」
紬「お父様……それはっ!!」
――本当は行きたくなんかないんだ!
あれだけ心の中で準備していたその一言が、父親の前に出ると急に言葉に出なくなる。
ムギ父「何度も言うようにお前は琴吹家の人間だ。この意味がわかるな?」
父親の威厳ある口調に威圧されて言葉が出ない。
ムギ父「音楽をやりたいならロンドンで、イングヴェイ先生の元で思う存分やればいい」
先生「ハッハー! その通りだぜ!! 貴族に相応しい音楽を、俺がツムギに叩きこんでやるから心配するな!」
紬「(駄目だ……。私は結局、この人の前では本当のことなんか言えない……)」
それは、高校2年生になる今の今まで、琴吹家という厳重な鳥籠に囲まれ、蝶よ花よと寵愛された紬だからこその、あまりにも皮肉な心情であった。
ムギ父「予定通り、留学の話は進める。これ以上、私から話すことはもうない」
先生「ハッハー! そういうことだ! それじゃツムギ、しっかりバッハの旋律を自主練習しておけよ?
ちなみに俺がツムギの年齢くらいの頃は友達も作らず、誰とも喋らず、1日に15時間の練習を(ry」
軽音きらいなら別荘にスタジオ作らんよなあ
駄目だった。自分にはまだ、この鳥籠から飛び立つための羽がない――。
紬は自分のふがいなさを呪いたい気分になった。
そして自分への怒りを処理しきれない少女の未成熟な心は、やがてそのフラストレーションの矛先をどこに向けていいかわからず、戸惑うことになる。
斉藤「お嬢様……」
父親の部屋から出ると、斉藤が心配そうに紬に声をかけた。
紬「斉藤……どうして私は琴吹の家に生まれてしまったのかしら」
斉藤「っ!? お嬢様?」
紬「この琴吹の姓のせいで、私は好きな人たちと好きなことをすることすらままならない」
斉藤「お嬢様、それは……」
紬「きっとこうやってこれから先の人生も、お父様が決めたレールの上をただ忠実に歩いていくことしかできないのかしら……」
斉藤「旦那様は紬お嬢様のためを思って……」
紬「私のため……ですって? 私から何よりも大切なものを奪うことが私のためですって? お父様も斉藤も……わかっていないわ。全然!! 何も!! わかっていないの!!」
斉藤「お嬢様……お気を確かに」
紬「こんなことなら……こんなことなら……私は琴吹の家になんか生まれなければよかった!!」
感情を爆発させた紬は、斉藤の制止も聞かずそのまま自室に籠ってしまった。
こんなイングヴェイいやだあああああああ
紬「お父様のバカ……ッ!! 斉藤のバカ……ッ!!」
何が『私のため』だろうか。2人とも何もわかっていやしない。そして、
紬「私の……バカ……ッ!!」
どうしてあの時、父親を前にして自分の気持ちを無理やりにでも押しとおすことができなかったのか。
それ以前に、琴吹のブランドに守られて今までぬくぬくと生きてきた自分が何を言ったところでそれがどれだけの説得力があるのか。
周囲へのやるせない怒りと自己嫌悪がないまぜになったネガティブな感情の濁流に飲み込まれ、紬はそのまましばらく泣き続けた。
翌朝。
泣き腫らして目が真っ赤の紬も、もはや腹を決めるしかなかった。
父親がなんと言おうとも、執事がなんと言おうとも、
自分にはもう残されたわずかな時間で出来る限りの抵抗を――つまりは軽音部で最高の演奏を――するしかないと。
紬「例え、それが軽音部での最後の演奏になるとしても……」
すると部屋のドアをノックする音が響く。入
室を促すと、そこに現れたのは早朝からパーフェクト執事モードの斉藤であった。
斉藤「紬お嬢様、今日は学校には行かれるのですか?」
紬「ええ、行きます。残された時間は……少ないから」
斉藤「わかりました。留学の手続きや準備の方は私の方で何とかしましょう」
『留学』という単語に、紬の眉毛が一瞬大きく跳ねたのを、有能な執事は見逃さなかった。
し
斉藤「紬お嬢様……私も大分迷いはしたのですが……どうしてもお伝えしたいことがひとつだけあります」
紬は無言で続きを促した。
斉藤「お嬢様はもしかしたら旦那様を怨まれているかもしれません。
何せお嬢様があれだけ没頭していた軽音部の活動を、あのような言い分で晒し、奪おうとしていることは事実――」
紬「何が言いたいの。お説教ならもう十分お父様から……」
斉藤「時にお嬢様、疑問に思ったことはありませんか?」
紬「斉藤……目的語をはっきりさせなさい。有能な貴方らしくもない」
斉藤「はい。でははっきりと申し上げます。
――お嬢様は、旦那様が経営する会社の中に、楽器店があることを疑問に思ったことはありませんか?」
紬「え……?」
思わず紬はハッとした。そもそもどうして今まで気づかかなかったのだろうと。
1年半前、まだスタートしたばかりの軽音部、音楽初心者の唯がギターを買いに行った楽器店。
あれは確かに自分の父親が経営する会社のカテゴリーに入っているものだ。
斉藤「あれだけ軽音楽をお嫌いな旦那様が、ギターやベースなど軽音楽の根幹を担う楽器を扱うような店舗を経営されているのは不思議な話ですよね」
紬「単にそれをビジネスと割り切っているのでは……」
斉藤「私の知る限り、旦那様はそのようなことが出来る人ではありません」
紬「それではどうして……」
斉藤「その答えは……この写真をご覧ください」
すると斉藤は胸ポケットの中から一枚の写真を取り出した。いかにも年季が入ったような所々ヨレすら目立つ写真だった。
紬「これは……!」
しかし、その写真を見た紬の眉毛は驚きでひっくり返った。
そこに映っていたのは紛うことなき、ひとりのキーボードプレイヤー。
ただそれは優雅な挙動でバッハを紡ぐクラシックピアニストのそれでなく、椅子も使わず、ダイナミックな挙動で、
紬もはじめてみるような旧式のハモンドオルガンをワイルドに弾き倒すその姿は、
いつぞや律と澪に見せられたロックのDVDにあったハードロックバンドのキーボードプレイヤーのごとき、ロックに己の魂を殉教させた狂信者のような姿だった。
紬「これは……もしや……」
そして紬には、そこに写る若きミュージシャンの正体がすぐにわかった、否、わかってしまった。
何せ長髪を振り乱し、汗を撒き散らして、鍵盤を叩くその男の眼の上には、
あまりにも特徴的すぎる大きく太い眉毛――琴吹家の血を引く者の証――が鎮座していたからだ。
斉藤「お嬢様のお察しの通りでございます。これは……30年前の旦那様です」
紬「これが……お父様!?」
斉藤「はい。実は旦那様も……紬お嬢様と同じだったのです」
59 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 00:19:43.10 ID:cYix2Y0BO
全力で支援
りっちゃんかっけぇ
60 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 00:23:23.03 ID:sJ4/V+LCO
琴吹家のおかげでギー太買えたのに…
斉藤「幼少の頃からロック音楽が何よりもお好きだった旦那様は16歳の時、高校の軽音楽部に入部し、ご学友とロックバンドを結成されました」
斉藤「旦那様の担当はキーボード、そして2人のご学友――確かレック氏とパーマン氏というステージネームで旦那様は呼ばれておりました――がベースギターとドラムスを担当され、
今では珍しいキーボードトリオのロックバンド、『コトブキ・レック&パーマン』、通称『KLP』として活動されていました」
斉藤「高校の学園祭での演奏のみならず、ライヴハウス――当時はまだそういう呼び名はございませんでしたが――での演奏も定期的にされていたようです」
紬「お父様も……軽音部に?」
斉藤「はい。その後、バンドの活動は旦那様が高校を卒業され、大学へ入学された後も続きました。
旦那様もまた幼少のころよりピアノを嗜んでおられまして、
クラシック音楽をバックグラウンドにしつつもロックらしい勢いに満ちたワイルドで斬新な演奏は、『キーボードの魔術師コトブキ』として、好評を博しておられたようです」
紬「そう言えばこの写真……お父様はオルガンにナイフを突き立てて……」
斉藤「オルガンへのナイフ攻撃は旦那様のステージでの十八番でございました。
そのせいで旦那様は普段も常にステージ用のナイフを持ち歩いておられて、私どもも肝を冷やしたものです。
そして、評判を積み重ねた旦那様のバンド、KLPには遂にレコードデビューの話が来られたそうでございます」
紬「お父様がレコードデビュー!?」
斉藤「しかし、それは皮肉にも旦那様が22歳の時、大学を卒業されるころの話でした」
紬「まさか……」
斉藤「はい。旦那様のお父上、つまり紬お嬢様のおじい様が猛烈に反対されたのです。
皮肉にも旦那様は楽器の腕前だけでなく、頭脳も明晰でおられ、大学では経営学で主席の成績を修めておられました。
そんな旦那様をおじい様は未来の琴吹家当主に育て上げたいと考えておられた」
なんと言うことだろうか。あれだけ紬が軽音部の活動に没頭することを良しとしなかった父親が、自分と殆ど同じ境遇であったとは。
紬は驚きで開いた口がふさがらなかった。
斉藤「その後旦那様は半ば強制的に音楽活動を断念させられ、アメリカの大学院で経営学を学び……
そこから先は申し上げずとも聡明な紬お嬢様なら想像がつくことでございましょう」
紬「お父様は……音楽を諦めてしまったの?」
斉藤「少なくともKLPを辞められてから、鍵盤に触れる姿を私は見たことがありません。
あれだけ熱心に収集されていたロックのレコードを聴くことも、音楽の話をすることも無くなりました」
紬「そうだったの……」
紬は思わず大きな溜息を吐いた。
父親は音楽の道を諦め、琴吹家繁栄の旗手を担う道を選んだ。
しかし、自分は父親ほど諦めがよくもないし、簡単に割り切れるほどバンド仲間との友情に疎くもない。
紬のそんな拭いきれぬ父親への不信感を察したのか、斉藤はさらに言葉を続けた。
斉藤「ただ……バンドを辞めることになり、最後のライヴハウス出演を終えた夜の旦那様の魂の抜けたような表情だけは今でも忘れることができません」
紬「……!」
斉藤「旦那様のバンドメイトであったレック氏、パーマン氏は今ではそれぞれの新しいバンドを率いて、今でも音楽活動を続けておられるそうです。
その噂を耳に挟むたび、あの旦那様が決まって物憂げな表情をなさるのです」
紬「お父様は……音楽活動に未練があったと言うの?」
斉藤「現に琴吹家が楽器店の経営に着手したのは旦那様が当主になられてからです。
少なくとも私は捨てきれぬ未練があるものと思っておりますが」
そこまで話を聞いて、紬の中では父親に対して数分前まで抱いていた大きなわだかまりが少しだけ溶解されるような心地がした。しかし、
紬「それなら……お父様は私にも自分が味わったのと同じ悲しみを味合わせるつもりなの?」
斉藤「その逆かと――」
つまりはこういうことだ。
紬がこの先どんな生き方を選ぶとしても、『琴吹』の名は常について回る。
もし紬がこの先もずっと軽音部のメンバーと演奏を続ける道を選ぶとしたならば、必ずそれが弊害になる時がやってくるのだ。
64 :
柊みき ◆0RC65olbVQ :2009/07/06(月) 00:30:15.80 ID:h84bkn/eO
支援
なるほど本格派SSか
斉藤「旦那様は実際にそういう経験をされております。
だからこそ、きっと紬お嬢様に同じ思いをしてほしくなかったのではないでしょうか。
クラシックのピアニストというのは旦那様の最大限の譲歩だったのかもしれません」
紬「そんなことを言われても……。
私はもうお父様が6年間のバンド活動で得たものと同じくらい、軽音部――放課後ティータイムの活動からかけがえのないものを得てしまっているというのに……」
それはお茶を囲んで楽しく笑いあう友情であり、つらいことがあっても手を取り合って乗り越える絆であり、
目覚めてしまったちょっと歪んだ性癖であり、そして何よりも仲間と一緒に演奏をすることの楽しさ。
斉藤「それはわかっております。ただ私はお嬢様に旦那様の気持ちをほんの少しでもよろしいので理解していただきたい。
そして琴吹家の執事として、お嬢様に自分がこの家に生まれたことを後悔などして欲しくないのです――」
そう言うと、斉藤は「そろそろ登校の時間でございますね」と腕時計を見やって、慇懃なお辞儀をすると部屋から立ち去って行った。
学園祭までの残り少ない期間、放課後ティータイムの5人はそれぞれが1分1秒を惜しむように練習に励んだ。
律「やるなら後悔はしないようにしないとな! うりゃぁ、必殺りっちゃんブラストビート!!」ドコドコドコ……
律は朝から晩まで、手にマメが出来るまでスティックを握り続け、
澪と絶妙なアイコンタクトを取りながら必死に鉄壁のリズムの構築に心血を注ぎ、ペットボトルに入れてファンに売りつけることができそうなほどの汗を流した。
澪「私だって負けていないぞ。もうガラスの心臓を持つ歌姫とは呼ばせない」ボンボンボン……
澪は澪で生来の恥ずかしがり屋の性格を克服し、少しでもボーカルに自信が持てるよう寝
る間を惜しんで歌唱特訓を行った。
ベースの練習は言わずもがな、勝負パンツにまで気を使い、何度か大人のランジェリーショップに足を運んでみたものの、やっぱり恥ずかしかったのでいつもの縞パンで勝負することにした。
梓「絶対にムギ先輩のお父さんをギャフンと言わせる演奏をして見せます!」ギョワーン……
梓もまた替えの弦を10セット駄目にするほどの練習に励んだ。
深夜まで弾くものだから、ウ○コを頭に載せた毒舌な妹が業を煮やして「バカ野郎」と怒り出し……ということはなかったが、
ジャズミュージシャンである彼女の父親が感心するほどの練習ぶりだった。
67 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 00:41:03.84 ID:cYix2Y0BO
支援
テステシ
唯「お菓子食べる時間も削ってるから力でないけど……やるしかないよね!」チャルメラー……
唯に至っては、あまりの没頭ぶりに、元来の『一度何かに熱中したらそれしか見えなくなる』性格が災いし、もはや寝ることすら完全に忘れていた。
そのせいでとうとう今朝は登校途中に突如道端に倒れこんでイビキをかきだしたという。
『アスファルトの上で寝転がるお姉ちゃんもかわいい〜』とは彼女の妹の憂の談だ。
たぶんスカートだったので寝転がるとパンツが見えていた故の発言であろう。
さわ子「アウイエー……皆の晴れ舞台だもの、とびっきりの衣装を用意してあげなきゃ、私の可愛いリトルバスターズ(部員)に失礼ってもんよね!」
顧問であるさわ子は本業がおろそかになって減給を食らうほどに5人の衣装作りに気合を入れた。
しかし、気合いを入れすぎたおかげでおかしな方向にいきすぎた衣装は、5人にとってあまりにも着るのが恥ずかしく、残念ながらお蔵入りとなってしまった。
流石に乳の4分の3を放り出したような水着のような衣装を着る勇気には、残念ながら澪にはなかったのだ。
そして紬も、自宅でのピアノレッスンを一時中断してまで軽音部に顔を出し、5人での練習に加わり続けた。
先生「ファック! 俺様のレッスンをサボって軽音部を優先するだって!? ソウルメイトが聞いてあきれるぜ!」
紬の申し出にインギ先生は機嫌を損ねることこの上なかったが、機転を利かせた斉藤が山ほどのピザとステーキを手配すると大人しくなった。流石光速の豚だ。
とかく、こうして彼女達はベストを尽くしたのであった。
そして学園祭当日がやってきた。
律「さてと……体育館は幸いなことに満員御礼だ。私達ってもしかして結構人気ある?」
澪「どうだかな……。それよりムギのお父さんは本当に来てるのか?」
梓「これだけ人がいたんじゃ、ここからじゃわからないかもしれませんね……」
紬「はい……。多忙な人ですからもしかすると来な――」
唯「あっ、なんか後ろの方にいかにもお金持ちの貴族っぽい身なりの人がいるけど、あれってもしかして……」
律「アホか唯、ありゃただの豚だよ」
澪「しかも性格が悪そうだ。どうやって校内に入りこんだんだろうな」
梓「でも光速の豚ですね。指が芋虫みたいですけど、速く動きそうです」
紬「!」
紬は思わずハッとして、舞台袖から身を乗り出した。
紬「お父様が……来てる……。しかも斉藤にイングヴェイ先生まで……」
『続いては軽音部、放課後ティータイムの演奏です――』
紬が目を丸くしていると、放送部のアナウンスが体育館に響き渡った。
律「ムギ、いけるな?」
紬「……っ! はい!」
律の問いかけに紬は力強く頷いた。
さっきからインギーの扱いひでぇwwwwwwwwwwwww
72 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:04:28.85 ID:3/6koMZlO
朝まで残ってて
律「よしっ! 今日のライヴはまさに軽音部の正念場だ! 気合い入れていこうぜ!」
唯「お〜」
梓「お、おー……」
澪「おー、って、律が珍しく部長らしいな」
律「珍しくは余計だよ! それよりムギもほらっ」
律に促され、紬は思い切って右腕を天に突き出した。
紬「は、はいっ。……おー!」
正直に言えば、この瞬間の5人の胸中は不安が8割だった。
なにせ、今日の演奏が5人の放課後ティータイム、最後の演奏になってしまうかもしなかったからだ。しかし、
紬「私……やります!」
紬の力強い言葉に、バンドは息を吹き返した。
最後の演奏になんかしてたまるか――。全員の心が一つになった。
そしてステージに上がり、5人がそれぞれの立ち位置につく。
紬もまたステージ後方、律のドラムセットの横に立つ。
愛機のKORG TRITON EXTREMEの76鍵の感触を確かめると、ゆっくりとステージ上の唯、梓、澪の後ろ姿を、そして客席を見渡した。
紬「何度見ても……この光景は最高だわ」
それは何も唯達弦楽器隊のケツの動きが見えたりスカートの中が見えるからではない。
この場所が、間違いのない自分の居場所であるからだ。
し
75 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:06:17.51 ID:cYix2Y0BO
唯「こんばんは! 放課後ティータイムです! それでは早速聴いてください! 『ふわふわ時間』!」
そして唯のMCに導かれ、バンドがドライヴし始めた――。
唯『ふわふわタァ〜イム♪』
澪『ふわふわタァーイム♪』
斉藤「…………」
琴吹家に勤め、もう数十年になる執事、斉藤は目の前の光景を大きな感慨とともに見つめていた。
赤ん坊のころから身の回りの世話を任せられ、成長を見守ってきた紬が、ステージの上で何と立派に演奏していることか。
斉藤「紬お嬢様……うっ……うぐっ……なんとご立派に……」
時の流れと目の前の少女の姿に想いを馳せると自然と熱い涙がこぼれた。
だが、彼はプロの執事。すぐに自分が主の付き人としてこの場にやってきたことを思い出すと、傍らで厳しい表情でステージを睨んでいるはずのムギ父の表情を伺った。
斉藤「だ、旦那様……!」
斉藤は素直に驚いた。ムギ父のステージを見つめる目は険しく、大きな眉はしかめられたままだが、組んだ腕の先、右手の5本の指を曲のリズムに合わせるようにひっきりなしにバタつかせているではないか。
まるで、自分がバンド活動にのめり込み、10本の指でハモンドオルガンを弾き倒してきたあの頃のように――。
先生「ハッハー!! 放課後ティータイムなんてお笑いだぜ!!」
相変わらず演奏の稚拙さに毒舌を吐くインギ先生も、そういう割には大きな腹が揺れるのが判るほど、ノッている。というか、これはもはや噂に聞く『ヘドバン』の域では――。
斉藤「紬お嬢様……もしかすると……もしかするかもしれませぬ」
その時、紬は何を思ったのか突然髪を剃りだした
律「な、どうしたんだよっ!」
紬「私、ブルースウィルス先輩みたいになりたかったの!みんなにコペンハゲとか言われたいの!だから…」
律「じゃあ、トランスポーターパゲ目指せよ!あんなイケメンハゲをさ!」
『ふわふわ時間』から始まったステージは、『カレーのちライス』、『私の恋はホッチキス』、『ふでペンボールペン』と続いた。
いつも以上に熱の籠った演奏に、体育館に集まった客だけでなく、ステージ上の5人の興奮もピークを迎えた。
律「すごい! すごいよ! 今日は今までで最高の演奏だ!!」
澪「うん、練習時間も少なかった割には……すごく良かったな」
梓「やっぱりこの5人での演奏にはマジックがあるんですよ!」
ステージ上で身を寄せ合い、互いの演奏を賞賛しあうリズム隊の二人と梓。そして、
唯「ね? ムギちゃん見てよ。お客さん達、私たちの演奏でこんなに喜んでくれてるよ?」
紬「……はい」
鳴りやまぬ拍手を送り続けるフロアの客を見渡しながら、紬は感極まって答えた。
これだから、バンドは……軽音部は辞められないのだ。
5人でステージに立ち、互いにアイコンタクトを交わして、思い切り演奏する。
どんなに美味な紅茶を飲んでも、どんなにおいしいケーキを頬張っても、この瞬間の快感に勝るものなどないのだ。
だったらどうする?
この大切な仲間と過ごす大切な瞬間を捨てたくないのならばどうする?
答えは簡単――捨てなければいい。
大声でこの大切な時間を守りたいんだと叫べばいい。
決意とともに紬は眉を引き締めて、メンバーの顔をそれぞれ見やった。
そしてそれに呼応したかのように唯がマイクの前に立つ。
79 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:11:55.49 ID:cYix2Y0BO
>>73 ケツいうなwww
俺
>>1みたいな文の書き方大好きだわw
真面目に不真面目な感じだ
支援
唯「え〜、それでは……実は次の曲で最後になっちゃいます」
客『え〜っ!!』
唯「えへへ……ごめんね〜。でも私たちまだ5曲の演奏で限界なんだぁ〜」
律澪梓「(私たちというより唯(先輩)が、なんだけどな」
唯「それではここで突然なんですけど……今日は特別にメンバーのソロタイムを用意しています!
軽音部のおっとりぽわぽわプリンセス! おいしい紅茶とケーキの妖精、キーボードのムギちゃん!」
本番を翌日に控えた最後の練習の時、4人が提案したのは、当日のステージでは特別に紬のソロタイムを設けようということだった。
紬「そんな……ソロタイムだなんて……私……」
梓「ムギ先輩の腕前なら大丈夫ですよ!」
律「大丈夫! ムギの好きな曲をポロポロ〜ンと弾いてくれればいいからさ!」
澪「きっとお父さんへのいいアピールになるさ」
唯「そうだよムギちゃん、『私は軽音部でこれだけの演奏が出来るんだ!』って、見せてつけちゃおうよ!」
皆の言葉に押され、最初は戸惑いもあったものの、ステージに上がってしまえばやるしかないという気持ちのみ。
そしてこのソロタイムのために用意された体育館用のグランドピアノに、紬はまっすぐ向かった。
カポッ。マイクの前に立った唯は突然カツラを取りツルツルな頭を披露した。
唯「みんなに聞いてほしいの!私は実はハゲだったんです!」
会場は静寂に包まれた
82 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:14:04.64 ID:80Kd0L5I0
し
幼少の頃から慣れ親しんだ重厚感のある鍵盤の感触を確かめながら、紬は椅子に腰かけた。
ステージの上ではバンドの4人が皆、祈るような表情で紬を見守っている。
フロアでは聴衆達が息を飲んでピアノに向かう紬をじっと見つめている。そしてその聴衆の中には、あの父親もいるのだ。
紬「(私のピアノは……ここ(軽音部)でも輝ける!)」
そうして、紬の指が、繊細でガラスのように美しいメロディをゆったりと紡ぎ出し始めた。
斉藤「! これは……っ!」
メロディを一聴した斉藤は驚く。
インギ「ハッハー!! ツムギのヤツ、まさかハイスクールの学芸会でバッハを演奏するとはな!!」
『ゴルドベルク変奏曲』――紬がイングヴェイ先生のもとでこの数日というもの、弾きに弾きこんだ必殺の名曲。
唯「綺麗な曲……」
思わずステージの上で紬を見つめる唯が呟いた。他の三人に至っては、そのメロディの美しさに言葉も出ない。
目を閉じ、10本の指を鍵盤の上で跳ねさせながら、紬は考えていた。
琴吹という名家に生まれた自分の宿命を怨んだ。
自分から軽音楽を取り上げようとした父親を怨んだ。
たとえそれが父親自身の経験に基づく、娘を思っての行動だとしても怨んだ。
そんな自分を取り巻く環境のすべてを怨んだ。
だけど本当に一番怨むべきは、いつまで経っても籠の中の鳥として、心の中ではその安住を良しとしていた自分だったのだ。
だけど今はもう違う。
紬は自分の生きるべき道――その行く先が少しだけでも見えたのだ。
だったら後はそこまでまっすぐに飛んでいくのみ。
紬「(そう……だから私はこの籠の中から大空に飛び立ってみせる!)」
数分に及ぶプリマドンナのごとき華麗な指捌きとそれに呼応する美しいメロディ。
が、突如そのクラシカルな優しい旋律を弾き止めた紬は、ステージ中心の唯にアイコンタクトを送る。
唯「それじゃあ最後の曲行きます! 『翼をください』!!」
待ってましたとばかりに律がスティックを鳴らす。
律「わんつーすりーふぉーっ!!」
そしてそれまでバッハを奏でていたクラシカルな紬の指は、走り出したバンドサウンドに乗って、激しくバタつき始めた。
優しいクラシックのメロディを奏でていたグランドピアノの美声が、一気に激しいロックサウンドの咆哮に変わる。
その音色はとても美しく演奏している紬はとても輝いていた。そして頭も輝いていた。
律「綺麗なハゲだなぁ…」澪「ああ…」
梓「まさにとぅきんですね」
斎藤「立派なハゲになられましたねお嬢様…」
>>85 投下中に笑かすなwww
『今〜 わたしの〜 願いごとが〜♪』
インギ「ハッハー!! なんてこった! ツムギのヤツ、ロックでバッハを表現してやがる!! それに速いだけじゃねえ!! 俺の言った通りメロディアスであることにこだわってるぜ!!」
その指捌きで世界の聴衆を魅了し続けた天才ピアニストも舌を巻くアレンジとメロディのセンスを紬はいかんなく発揮していたのだ。
『叶うならば〜 翼〜がほし〜い♪』
斉藤「お嬢様……なんという……」
幼少の頃からの教養として、クラシック音楽を荘厳に奏でるためにあったピアノで、紬がはち切れんばかりの希望を跳ねるようなビートに乗せたロックを奏で出した。
この行為の意味の深さに気付かないはずがない斉藤は、もはや人目もはばからず鼻水と涙がないまぜになった液体で執務服の袖を汚した。
『この大空に翼を広げ〜 飛んでいきたいよ〜♪』
ムギ父「…………」
そしてムギ父はただじっとステージで演奏する紬の姿を見つめ、ただ一言――。
ムギ父「あれは確かに……私の娘だな」
『悲しみのない〜 自由な空へ〜 翼はためかせ〜 いきたい〜♪』
この日、ステージの上で、一人のキーボードプレイヤーの少女が、己を閉じ込めていた固い固い『宿命』という殻を見事にカチ破り、大空に飛び立つ瞬間を多くの聴衆が目にすることになった。
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:32:04.47 ID:NDaMLVisO
そして少女は同時に『宿命』という名のヅラも外すことができた。そして大空へと飛び立つヅラを多くの観衆は目にすることとなった。
紬「ああ、頭皮に何もないこの解放感…誰かにこのツルツルな頭にキスしてほしいわ」
その後の話をしよう。
演奏が終わると、その余韻に浸る間もすらも惜しむように紬はステージを降りた。
用が終わればすぐに帰ってしまうだろう多忙な父親を探すためだ。
そして校門前に停められた、明らかに場違いな黒塗りのリムジンの前で紬は父親の姿を見つけた。
紬「お父様……ッ!!」
息を切らして駆けてきた紬の後方には、当然のごとく軽音部の仲間が揃っていた。
紬「私は……ロンドンへは行きません!!」
ムギ父「…………」
紬「勝手なことを言っているかもしれません! 琴吹家の人間としての自覚に欠けるかもしれません! でも、やっぱりこれだけは譲れません!」
ムギ父「…………」
そして紬は心配そうに成り行きを見つめる唯、澪、律、梓の4人を指し示して言い放った。
紬「私の居場所は……ここ(軽音部)なんです!」
ムギ父「――そうか」
紬「だからどうか……って、え?」
ムギ「好きにするといい。留学の件は……斉藤」
斉藤「はっ。至急キャンセルの手配を致します。と申しますかこの斉藤、正直申し上げてこの状況を想定していたところがございまして、実は既に手配済みだったりしています」
ムギ父「……そうか」
そう言ってムギ父は車に乗り込んだ。
紬は紬で、あまりにもあっさりと自分の申し出が認められたものだから戸惑うことこの上ない。
ムギ父「ところで、紬よ――」
紬「は、はい……っ!」
ムギ父「お前の演奏、悪くなかったぞ」
そしてリムジンは町の雑踏へと消えていった。
ムギ父「その子達もみんなパゲなのか?答えなさい紬」
紬「ええ、みんなの髪は寝ている隙に脱毛しておきました!」
梓・唯・澪・律
『次はお父さんの番ですよ!かっこいいハゲになりましょうね』
斉藤「いやはやしかし、旦那様も素直でない」
リムジンの運転席でハンドルを握る斉藤は、後部座席で、思案顔で窓の外を眺める主をたしなめた。
斉藤「この斉藤、旦那様が演奏中終始身体を揺らして楽しまれておられたのをしかと見ておりますとも。
それであるのに『悪くはなかったぞ』とは――。これがツンデレというものなのでしょうか」
ムギ父「あれは正直な感想だ――」
主が窓の外を見たまま答えた。
ムギ父「若い頃の私ならば、ワイヤー宙吊りでピアノごと回転させられてもバッハを弾きこなす自信があるぞ」
斉藤「これはまた……。しかし今日私は確信しました。旦那様と紬お嬢様はやはり親子でございますな。鍵盤に向かう姿がそれはもう、そっくりでございましたぞ」
実を言えば斉藤には確信があったのだ。
主が自分の二の舞にならないようにと、たとえ悪者になろうとも娘の夢に待ったをかけたい気持ちと、
自分が叶えられなかった夢を自分の娘に託してみたいという気持ちがせめぎ合っていることを――。
ムギ父「斉藤よ――。今だから言うが、私は紬が自分から日本に残りたいと言うようならば、最初から留学の話はなかったことにするつもりだった」
斉藤「知っておりました――」
ムギ父「紬が軽音部にいることも、本当は1年半前から知っていた」
斉藤「それも知っておりましたとも――」
ムギ父「私の旧友が紬の腕前を見染めたと聞いた時、不安と同時に嬉しくもあった」
斉藤「それは当り前でございましょう――」
95 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:43:55.38 ID:80Kd0L5I0
し
96 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:44:36.23 ID:/zQ24GA6O
さすが斎藤主をツンデレ呼ばわり
ムギ父「私は自分の言いつけに対して、紬の口から『NO』と聞きたかっただけなのかもしれない」
ムギ父「自分が志半ばで諦め、未練を持ったままの夢に対して、強くあってほしかった」
ムギ父「それが紬にとっての成長であると思っていたからだ」
ムギ父「私は、娘の器量を測るために紬の夢を弄んだことになるのだろうか――。だとすれば父親失格だな」
斉藤「旦那様ほど娘想いの方はおられません――」
ムギ父「それならば……そうだな。まずは正しいオルガンへのナイフの突き立て方でも紬に教えてやろうか」
斉藤「お嬢様もお喜びになられることでしょう――」
こうしてとある一人の父親にとっての、自分の手の中から巣立っていく娘を見送ったのであった。
インギ「ハッハー!! しかし実にすばらしい演奏だったな!! 俺の若い頃を思い出すぜ!!
実を言うと俺様は、昔はピアノでなくエレクトリックギターが本職だったんだぜ!? 久しぶりにストラトキャスターを引っ張り出してピロピロするか!! ハッハー!」
斉藤「そう言えば先生も乗られていたのでしたね。道理でさっきからやけに車体が傾くと思いました」
インギ「ハッハー! 俺は貴族だ!! 正確には伯爵だ!! そして光速の豚だ!!」
斉藤「紬お嬢様の未来に幸がありますよう……」
この後、ムギ父は娘のバンド活動に関して、今度は180度態度を変えて見事な親馬鹿化。
澪や梓が引くような高級機材を軽音部に提供し始めたり、音楽室にさらに良質な紅茶やお菓子が提供されるようになったのは、また別のお話。
98 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 01:54:08.28 ID:z5ADQW2xO
しえ
こうして、正式に紬の転校・留学は白紙となり、これまで通り桜高に通い、軽音部に残留することが決まった。
さわ子「私は最初からこうなることの予想はついていたわ!
(キリッ)と、いうわけでムギちゃん、ケーキまだー? あんまり焦らされると私の大事なトコロがハイブレットレインボウになっちゃうわ」
律「いや、先生もめっちゃ焦ってたじゃん」
さわ子「さ、さぁ……。何のことやら……?」
紬「クスクス。わかりました。今すぐに紅茶も淹れますね」
放課後。音楽室で茶を囲む光景が、久方ぶりに戻ってきたのだ。
梓「まったく。また練習もしないで紅茶にお菓子ですか」
澪「まぁまぁ。久しぶりだしいいじゃないか」
唯「ほうらよ。むぎふぁんのけーひほいひいよ?(そうだよ。ムギちゃんのケーキ美味しいよ?)」
紬「ふふふ。唯ちゃんも慌てなくてもまだいっぱいおかわりありますからね?」
律「しっかし、学園祭でのムギのピアノソロ、すごかったよなー」
澪「本当、私なんか鳥肌立ったよ」
唯「すごいよねー。私もムギちゃんみたいにギー太でクラシックの曲、演奏してみたいなー」
梓「唯先輩……。クラシックの曲なんて知ってるんですか?」
唯「むむ! 知ってるよ〜。前にムギちゃんにCD貸してもらったことあるし。なんだったけなぁ……たしか『ぱがにーに』って人の『かぷりーす』っていう曲」
澪「パガニーニだろ。私も名前しか知らないけど」
律「っていうか今でもたまにFのコードおさえられない唯にそんなの弾けるのかよ」
梓「たぶん、一日に15時間練習しても無理ですよ?」
唯「うわーん!! みんながいじめるー!」
紬「……ふふふ」
紬はニコニコと穏やかな笑みを湛えて、このありふれた軽音部の日常を眺めていた。
自分は決められた生き方のレールから、過保護な壁に囲われた鳥籠から、確かに飛び立った。
しかしその翼を得ることが出来たのは、間違いなく仲間達の協力があってこそなのだ。
だからこそ、自分はこの大切な仲間達と一緒にいたいと願った。
唯「う〜、いじめられたせいで力が出ないよ〜。ムギちゃん、ケーキ〜」
梓「唯先輩! 練習はどうするんですか!? まぁ……私もちょっと食べたくはあるんですけど」
律「梓だって満更でもないじゃないか。 何はともあれまずは食べてから考えるか!」
澪「まったく唯も律もどこまで本能で生きてるんだか……って、正直私も食べたいなあ……なんて」
どんなに美味しいケーキだってそれを笑顔で食べてくれる人間がいなくては意味がない。
どんなに素晴らしい音楽だって共に奏でる人間がいないと意味がない。
紬はそんな仲間たちとこれからも共に歩むことを、自らの意思で、自らの手で掴み取ったのだ。
紬「……けいおん! やっぱり最高です♪」
ただこの後、あまりにも暴走していく紬の性癖のせいで、嫁の貰い手も婿のあてもなくなったことで、
ムギ父が斉藤が頭を悩ますのは、また別のお話――。
終わり
101 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:02:42.47 ID:jHM89bz7O
>>1がピロウズ好きなのはよく分かったwww
いい話でした、乙です。
103 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:04:46.95 ID:/zQ24GA6O
乙
グレングールドは好きかい?
乙
ちゃんと完結して安心したよ
終わりです。
シングルに入ってる『ふわふわ時間』のキーボード無しバージョンを聴いたら、あまりの違和感のなさにムギが可哀そうになって書いた。
後悔はしていない。
あ、あと前に別のSSを投下した時も別スレに誤爆したことがあって
今回もその過ちを繰り返してしまったのはホントに情けない。
豚貴族の腹で押しつぶされたいくらい情けない。
さる食らいまくって途中大変だったけど、支援ありがとうございました。
そういう意味じゃ途中はさみこまれるハゲSSもありがたかったり……なんてw
>>101 好きですね。
あと邦楽じゃスーパーカーが好きで最近よく聴いてます。
>>103 クラ好きの友人に薦められた唯一CD持ってるクラシックピアニストですね。
乙
久しぶりにいいSSでした。
107 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:10:00.31 ID:/zQ24GA6O
紬の感情を眉毛で表現しててクスリときたぜ。
キーボードなしのふわふわ時間っていじめかよ
ムギ好きな俺には最高だった。
乙
誤爆から来たけど面白かった
お疲れ
>>107 シングルにコピーする際の参考用にギター抜きとかベース抜きとか色んなバージョンが入ってるんだ。
ギターやベースは無いとやっぱり違和感があるし、
ドラムにいたっては曲になってない。
それがキーボード抜きだけあまりに違和感無くて、
「別にこれでもいいんじゃね?」
っていうような可哀想なバージョンがあるんですねこれが。
111 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:22:14.07 ID:NDaMLVisO
>>1 おい、涙がとまらないじゃないかどうしてくれる
112 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:23:51.97 ID:r3Q7h17A0
良かった!!ありがとう。
>>1乙でした。
ムギ大好きになったぜ!
113 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:26:00.17 ID:z5ADQW2xO
ムギがレズって事はムギ父は…
114 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:30:33.80 ID:3/6koMZlO
115 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:31:25.15 ID:3/6koMZlO
オナニーつまんね
乙でした!
むぎゅううううううがいない軽音部なんてあり得ないぜ
118 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 02:55:42.34 ID:UvoyDjgiO
乙
素晴らしかった
さわちゃんとインギーのからみが見たかったww
乙
121 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 03:05:55.42 ID:Ml2V/ioP0
いちおつ。
すんごく良かった!
123 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 04:27:59.84 ID:GGPl4ZAY0
ほいさ
124 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 05:05:27.18 ID:5faV4pRfO
よかったお
126 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 05:30:48.70 ID:Oq+Fzovq0
127 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 05:48:38.28 ID:bN8aKkL7O
とりあえず安易にキャラ死なせて感動とろうとするSSよりは面白い
128 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 05:49:41.15 ID:hlgvK3cbO
129 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 05:54:36.00 ID:hnU1osUw0
>>1乙
素晴らしかった
個人的にけいおんのSSではトップクラス
130 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 06:02:30.84 ID:rNVyUxTQO
大体感動させようとするのは事故か刺されるか白血病を入れてくる
何が言いたいかというとこれは最高
131 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 06:23:23.94 ID:i+adCXHH0
全部読んだ面白かったありがとう
今読み終わった。きれいなストーリーだった。
>>1乙
133 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 07:47:45.63 ID:vpxCKKEC0
ほ
まだけいおんssなんて書いてるカスいたのか
135 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 08:07:53.44 ID:8e6I+tnMO
か
136 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 08:19:01.88 ID:8e6I+tnMO
がりがり
乙!最高だったよ
138 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 09:30:28.10 ID:8e6I+tnMO
カリカリ
今まで読んだ中で一番です。乙
翼をくださいに感動
140 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 10:14:39.36 ID:8e6I+tnMO
がっちむち
141 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 10:38:43.56 ID:SNNE43Mw0
142 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 10:55:28.33 ID:EsxlxUyuO
いちおつ!
翼をくださいで涙腺崩壊余裕でした
また気が向いたらでいいからSS書いてくれ
143 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 11:12:22.44 ID:t/f7MIKCO
いちおつ
144 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 11:36:09.57 ID:pTrGmigBO
おもしろかった
乙!
145 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 12:00:03.99 ID:9t3SjkEX0
>唯「それじゃあ最後の曲行きます! 『翼をください』!!」
ここで涙腺決壊。サビの歌詞がバーンと出てきちゃって。
しっかし、自由ってのは厳しいもんだねと思った。
俺たち、この時代にこの国で生きてて、ほとんどの自由が与えられてるはずなんだけどさ。
がんじがらめ。未来への希望も無い。
だからこそ、このSSは価値がある。
146 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 12:19:40.64 ID:0czaSZKKO
乙
感動した・・・
147 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 12:32:28.47 ID:1rYVtCzE0
>>1乙
前にもムギちゃんが転校するssあったけど、違う人か?
あれも面白かった
気持ちわりースレだなww
149 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 13:05:52.47 ID:+dxI7SzBO
乙かれ
150 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 13:09:22.75 ID:UTS/ayYSO
151 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 13:27:01.78 ID:Dtvazw3ZO
おつ
>>145 自由すぎると人は自由の重圧に耐え切れずに権力や権威にすがりつくってフロムっていう昔の偉い人が言ってた
153 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 14:09:39.98 ID:GGPl4ZAY0
あげちゃうぞ
154 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 14:10:48.83 ID:4p7SDeCa0
>>1 いいSSだった
やっぱり紬がいないと駄目だな
155 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 14:25:25.64 ID:qdQlArgi0
おまいら痛々しいコメ書きすぎワロタw
自重汁www
何か前あった律のSSみたいな気持ち悪い流れになってんな…
さっさと落としてやれよ…
158 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 16:00:12.48 ID:GGPl4ZAY0
だが
159 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 16:56:26.94 ID:iBvYwWFqO
ムギ大好きな俺には嬉しすぎるSSだった
>>1ありがとう
お疲れ
160 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 16:59:08.35 ID:6Cx11VCLO
眉毛はいらない子
161 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 17:09:42.39 ID:KmNevGQ8O
乙乙乙!面白かった!
162 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/07/06(月) 17:58:22.46 ID:6qVeoB8sO
乙、よかったぞ
乙、やっぱり紬は最高だな
財布呼ばわりするような奴とは友達になれない
調子付かせるだけだからおだてんのもその辺にしとけ
言いかげん寒いぞ
165 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
紬は必要
梓は一期ではいらなかったろ