('A`)ドクオは独法師のようです

このエントリーをはてなブックマークに追加
1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:22:54.06 ID:ifehyjb60
おながいします
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:25:39.64 ID:4sTY4iSMO
代理ありがとうございました。
それじゃあ早速投下させてもらいます
3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:27:04.45 ID:4sTY4iSMO
 
 これは復讐だ、とドクオは思った。
 じっと孤独に耐え、彼女は機会を窺っていたに違いない。

 自分を裏切った人間に復讐をする。
 そのための機会を、一年もの長い間、彼女は待っていたのだ。

 むしろ、彼女にとって一年は短かったかもしれない。
 復讐の条件は、恐らく一生訪れることがないであろうほど厳しいものだった。
 そんなチャンスが、たった一年で巡ってきたのだから、きっと、彼女の復讐を神が後押ししているのだ。

 抗うことはできない。まず間違いなく、自分は彼女の復讐の餌食となる。ドクオは背筋がぞくりとするのを感じた。

 鬱屈した気持ちで、机上にノートを広げる。
 昨年度から使い続けているノートだが、勉強に有意義なことは何も書かれていない。

 近くの席の友人と話し、落書きを見せあう。
 時に、離れた席の友人とメールを交わす。
 それが、昨年度までドクオが行っていた、授業をやり過ごす専らの方法だった。

 英語科のクー教諭は、下流の水が流れていくように、穏やかに淀みなく、長い英文を読んだ。
 すごい、とは思わない。それがあるべき姿だからだ。
4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:30:04.83 ID:4sTY4iSMO
 
 だがこれは、何かおかしい気がする。

 今の自分は、自分のあるべき姿をしていない。
 むしろ、それとは遠くかけ離れた格好をしている。

 ここにいるのが自分ではなく、別の誰かであるような気がしてくる。
 その誰かを、自分が遠くから見つめているのだ。

 しかし、ふと我にかえると、目線の先に、ベージュ色したカーディガンの裾がある。
 ざらざらした手触りのそれをいじくり回す、自分の手がある。

 何とかしなくては、と汗ばんだ指を眺めて思った。

 結果から原因を探り、現状を打破する。
 そうしなければ、我が身は想像しえない苦痛にさらされることになるのだ。

 ドクオはノートのまっさらなページを開いた。
 そして、上部の余白に「解決策」と大きく書きなぐった。



 ('A`)は独法師のようです


5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:33:05.79 ID:4sTY4iSMO
 
 ※

 県立VIP高校の正門前で、ドクオは桜を見ていた。友人のビコーズも一緒だった。

 塀には、入学式と書かれた看板が堂々と立て掛けられている。
 その年の春は早めに訪れていて、桜は既に散りはじめていた。

('A`)「この桜は、どれだけの新入生を見てきたんだろうか」

 桜吹雪にあおられて、少し傾きながらドクオは言った。

( ∵)「さあ?
    僕らが五十期生で、入学者数が百二十人くらいだから、だいたい七万人じゃないのか」

 どことなく気障りな言い方に、ビコーズは歯が浮く思いをこらえて言った。
 これで満足か、と言いたげにため息までついた。

 だがドクオは、

('A`)「そんな数字に興味はないよ」

 と、腹立たしそうに腕を組んだ。
6以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:33:20.05 ID:fCGmefXo0
支援
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:36:07.09 ID:4sTY4iSMO
 
('A`)「俺はただ、この立派な桜に感動しただけだ。
    それに対して現実的な数字を挙げるなんて、野暮だと思わないのか」

( ∵)「七万人って、けっこう壮大な数字だと思うんだけど」

('A`)「小さい小さい。桜の花びらは七億枚ある」

 そうなんだ、と興味なさそうにビコーズは頷いた。

( ∵)「とにかく、行こうか。ほら、あそこでクラスが発表されてる」

 ビコーズは桜吹雪の向こうを指差した。
 昇降口の前に掲示板があり、そこに人だかりができていた。

 集団からは、歓喜に喚き、悲哀に呻く、若い声がしている。

('A`)「ほんとだ。でも、なんであんなに盛り上がってるんだろう」

( ∵)「いや、たぶん僕らが異常だよ」

 VIP高校に進学したのは、ドクオやビコーズの中学には三人しかいなかった。
 それに、塾に通っていたりもなかったから、知り合いが極端に少ないのだ。

 もちろん、クラスに不安がないわけではない。
 だが、ドクオとビコーズは中学で初めて出会った仲だ。そして今、互いを親友と呼んでいる。
 どんな悪条件下であっても、大抵は「なんとかなる」というのを知っているのだ。

('A`)「とりあえず、見に行ってみようか」
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:39:09.60 ID:4sTY4iSMO
 
 同じ新一年生たちで構成された人混みをかき分け、ドクオとビコーズは掲示板まで辿り着いた。
 クラスは全部で三つある。ドクオは、全員がそれぞれのクラスで一人になる確率を計算した。

('A`)「うん、大丈夫だな」

( ∵)「何が?」

('A`)「絶対に、全員がバラけることはない。今、その確率を計算したら、ゼロだった」

( ∵)「確率っていうのはね、確かだから確率というんだ。ドクオのは「率」だよ」

 ビコーズはA組の名簿の一番から指でなぞり、まず自分の名前を探しはじめた。
 ドクオはその指の動きを目で追う。

 名簿は、氏名をアイウエオ順に並べたものらしかった。
 ビコーズは、まだ見つかるな、まだ見つかるなと唱えながら、指を動かしていった。

 自分の名前が先に見つかってしまった時点で、ドクオは別のクラスということになる。
 何だかんだ強がりを言いつつ、できれば同じクラスでいたい、というのが本心だった。
 そして、ドクオが「あっ」と声をあげた。

('A`)「俺発見。A組だ」
9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:42:04.30 ID:4sTY4iSMO
 
( ∵)「ドクオはA組か」

 ビコーズは、さして気にも留めていないような振りをした。
 そして、ゆっくりと自分の名前を探す作業を再開する。

 彼の名前はすぐに見つかった。「ニダー」「モララー」を挟んで、「ビコーズ」と書いてあった。

('A`)「お前もか。とりあえず安心だな」

( ∵)「そうだね。知り合いがいると心強い」

('A`)「やっぱりさ、一人は怖いわ。狂喜する気持ちもわかる」

 ビコーズは頷いて、名簿から指を離した。

( ∵)「同じく。いま、すごく嬉しい」

 そして、その手をドクオの斜め上、高くで開いた。

('A`)「おう」

 彼は察して、同様に手を開いた。それは高く伸び、挙げられたビコーズの手のひらを叩いた。
 二人のハイタッチは、パン、と軽い音を鳴らした。

( ∵)「……そうだ、あと、ワタナベは?」

 ハイタッチした手をポケットにしまい、ビコーズは思い出したように言った。
10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:42:55.95 ID:qNY/kxdo0
面白い、支援
11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:45:04.95 ID:4sTY4iSMO
 
('A`)「あいつ、今朝は一人で行っちまったんだ。
    やけに慌ててたから、どうせまた時計を見間違えたんだろうけど」

 バカだよなあ、とドクオは遠くを見つめて言った。
 ビコーズも顎を引き、そうだなあ、と言った。

( ∵)「でもね、その話は来る間に聞いた。今のは、ワタナベは何組だろうかっていう質問なんだ」

('A`)「さあ? 見ようぜ」

 ドクオはA組の一番下を指さした。
 ワタナベという名前は、最後にあると決まっている。
 今までもずっとそうだった。探してみようではなく、見ようと言ったのには、そういう理由があった。

 しかし、

( ∵)「ワカッテマスって書いてある」

 そこには別の名前があった。しかも、「ワタナベ」よりも、五十音に並べて先にくる名前だった。

('A`)「じゃあ、ワタナベは別のクラスか?」

( ∵)「そうなるね……たまに会いに行こう。きっと寂しいはずだよ」

 だな、とドクオは頷いた。そして、掲示板を離れ、昇降口に向かった。
12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:48:18.03 ID:4sTY4iSMO
 
 ※

 だな、とドクオは頷いた。
 たまに会いに行こう、と約束したはずだった。

 なのに、何故だ。
 どうして、彼女の教室に行った記憶がないのだろうか。

 ドクオは頭を抱えた。

 まさか、一年もの間、二人揃って、うっかりしていたなんていう事もないだろう。
 彼女は隣の教室にいたはずだし、少し暇があれば会いに行けた。

 ならば何故、自分は会いに行かなかったのだろう。
 いくらなんでも、そんなことを忘れるはずはない。

 何故だ、何故そんな過ちを犯したのだ。
 その理由は、どこにあるんだ。
13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:51:19.56 ID:4sTY4iSMO
 
 ※

 一年A組の教室は、殺伐としていた。
 全員が全員の行動を窺うばかりで、歩み寄ろうとする気配がない。

 皆が前屈みになり、視線を合わせないようにクラスメートを観察している。
 トイレに立とうものなら、即座に数多の視線が身を貫くに違いない。

 ドクオはドアを開けたことを後悔し、すぐにドアを閉じた。

(;'A`)「な、なんだあそこは。教室じゃないぞ」

( ∵)「たぶん、みんなドクオが嫌いなんだよ」

('A`)「そんな簡単な話じゃない。
    数学の権威でも解明できないくらい巧妙に隠匿された計算が、教室じゅうに張り巡らされている」

( ∵)「その表現、どこで覚えたの?」

('A`)「見たままを言っただけだ……オェ」

( ∵)「まあ、換気すれば数式なんて飛んでいくよ。僕らは話し相手もいるわけだし」

 ビコーズは強引にドアを開き、教室を堂々と進み、窓際に立った。
 ドクオは、その後ろを、びっこを引きながらついていった。
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:51:20.11 ID:CDiPT/PDO
支援!
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:54:57.39 ID:4sTY4iSMO
 
( ∵)「窓、開けていい?」

 窓際の席の人に、ビコーズは訊いた。
「あ、はい、どうぞ」と女生徒はビクビクして答えた。

( ∵)「ありがとう」

 クレセント錠を回し、ビコーズは窓を開いた。
 そして、残りも同じプロセスで、窓際の生徒に確認してから、窓を開けていった。

 教室は、外からの風がそのまま吹き抜けていくようになった。

 涼しい風が入ってくる。
 空気が入れ替わっていく。
 ドクオは一瞬だけ、皆が若々しい草原にある青空教室にいる幻覚をみた。

('A`)「……」

 淀んだ空気が消えていくにつれ、教室を支配していた重苦しさがなくなっていく。

 明るい歌が心にしみてくるようだった。
 丸まっていた沢山の背中が、すらりと伸びていく。
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 21:57:06.63 ID:4sTY4iSMO
 
( ・∀・)「ねえ、君」

 真ん中あたりの列の、最後列に座っていた男子生徒が、意を決したように、突然振り向いた。

(;'A`)「わ、何?」

(;・∀・)「あ、ごめん……ええと、あの子って、君の友達?」

 彼は驚かせたことを詫びると、ビコーズのほうをちらりと見て言った。

('A`)「ああ、うん。親友だな。ビコーズっていうんだ」

( ・∀・)「へえ、羨ましいな。そういう人と、一緒の学校に来れるって」

 男子生徒は楽しげな目でドクオを見つめた。
 その純粋な色に、ドクオとビコーズを較べている様子はなかった。

('A`)「まあ、いちおう必死に勉強したからな。それでなんとか、同じ学校にできた」

( ・∀・)「ほおー。僕はバスケ部に入りたくて、頑張ったんだ。ここのバスケ部は有名だから」
17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:00:23.00 ID:4sTY4iSMO
 
('A`)「じゃあ……」

( ・∀・)「うん、頑張り仲間ってことで、よろしく。僕はモララーっていうんだ」

 モララーは右手を差し出した。

('A`)「ドクオだ。よろしく」

 ドクオも右手を出し、軽い握手を交わした。
 その時に、モララーの手がずいぶん熱くなっているのに気付いた。

 確かに彼は頑張り屋らしい。むしろ、頑張るための勇気を備えているのだろう。
 モララーの、はにかんだ笑みを見て、モテるだろうな、とドクオは思った。

 辺りを見ると、教室の雰囲気は様変わりしていた。

 いまだ、隠れるように黙りこくっているのもいるが、ちらほらと自己紹介が始まっていた。
 メールアドレスを手当たり次第に交換しているのもいる。

('A`)「あ、そうだ。メルアド」

( ・∀・)「おうとも」

 軽く返事をしたモララーが差し出した携帯には、可愛い女の子とのツーショットで撮られたプリクラが貼ってあった。
 やはりな、と思った。
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:03:29.15 ID:4sTY4iSMO
 
 新たな担任が来て、教室は忘れていた緊張を取り戻した。
 ショボン教諭は、新入生の心得や、今後の予定などを、かいつまんで話した。

 そしてすぐ、入学式に出る次第となった。
 体育館専用のシューズに履き替えて、整列させられる。

 自分の周りの人を確認しておけ、と言われて、
 ドクオは、自分の前にいるドク江という女生徒の顔を覚えた。

 否、覚えていた。

( ∵)「ねえドクオ、通りがかりに見たけど、あの子ドクオに酷似してないかい」

 ビコーズが三つ後ろから顔を出し、ドクオに言った。

('A`)「言わなくていい。何を隠そう、あれは俺のひとつ上の姉だ。
    ちくしょう、留年したなんて聞いてないぞ」

 ドクオは無意識に壁を蹴っていた。
 古いペンキが剥がれ落ちて、床に散らばった。

( ∵)「かわいそうに。でも一番つらいのはお姉ちゃんだとわかってあげて」

('A`)「同情の余地はないって。こいつは毎日、色々アレな漫画ばかり読んでたんだ」

 とにかくこの話はしないでくれ、とドクオは言った。
 行くぞ、と声がかかった。列がぞろぞろ動き始めたので、二人も会話を切り上げて歩きだした。
19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:06:11.54 ID:4sTY4iSMO
 
 入学式はごく一般的なものだった。
 新入生が呼名され、様々な学校関係者が祝辞を述べる。
 ドクオもビコーズもワタナベも、名前を呼ばれた時に返事をしなかった。
 大半がそうだったので、別にいいだろうと思ったのだ。

 とにかく、入学式はそれだけのちっぽけなものだったので、三十分とかからなかった。
 すぐ教室に戻らされ、そのまま解散になる。
 まだ話したいことでもあるのだろうか、残っている生徒もいたが、ドクオたちはすぐ校舎をあとにした。

( ∵)「ねえ、ワタナベを待とうよ」

('A`)「わかってる、正門で待とうと思ってたんだ」

 二人は真新しい鞄を肩にかけ、正門でしばし立ち止まった。
 しかし、なかなか現れない。心配したビコーズが、様子を見に行った。

 独法師で待っている間、ドクオは今後のことを考えた。

 友人はできた。
 仮に、モララーに裏切られることがあっても、あのクラスの雰囲気だったらやり直せるだろう。
 それに、もし嫌われたとしても、モララーがあからさまに自分を避けたりはしないだろう。
 彼はそういう優しい人間に違いない。

 それから彼が考えたのは、恋人のことだった。
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:08:19.27 ID:CDiPT/PDO
支援する
21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:09:42.93 ID:4sTY4iSMO
 
 今日、ドクオは初めてクラスメートの顔ぶれを見た。
 それだけでも、妄想していた恋愛というものの輪郭が、よりリアルになっていく。

 何より、実際に「つきあっている」人間を知ったことが大きかった。

 ドクオもビコーズも、これまでそういう人間を身近に感じたことがなかった。
 だからどこかで、愛や恋なんてものは存在しないのかもしれない、というふうに思っていた。

 だが、高校生カップルというのは、確かに存在していた。
 ならば自分にも、そういう機会が訪れないとも限らない。ドクオはそう考えた。

 間違いない、と思った。

('A`)「まさに順風満帆だ……」

 自分の航海は、喜びに満ちている。
 ドクオが小さくガッツポーズをしたところで、ビコーズがワタナベを連れて戻ってきた。

( ∵)「ドクオ、なにニヤニヤしてるんだよ」

('A`)「いやなに、幸せだなあと思って」

( ∵)「また妄想に浸ってたのか」

('A`)「妄想じゃないって。未来だよ」

 ビコーズとワタナベは、互いに顔を見合わせた。

( ∵)「ついに、桜吹雪にやられてどうにかなってしまったか」
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:12:06.26 ID:4sTY4iSMO
 
 とりあえず、とワタナベは言った。

从'ー'从「待たせちゃってごめんね。帰るんでしょ?」

('A`)「おう。それともメシ食うか?」

 ビコーズは時計を見た。まだ十時になったばかりだ。
 どこかでぶらついて、昼まで待つという時間ではない。

( ∵)「今日は一回帰ろう。で、暇だったらドクオの家にでも行くよ」

('A`)「俺かよ。まあ、それがいいな」

( ∵)「じゃあ、そういうことで。帰ろうか」

 互いに顔を見合わせ、異論がないことを確認した。
 三人並んで正門を出て、駅に向かう。

('A`)「そういえばワタナベ、お前今朝、時計を見間違えただろ」

 ドクオが、からかうように言った。
 そうなの? とビコーズは空とぼけた。

从'ー'从「そうなの。でも、言っておくけど、電車に乗ったときには気付いたからね」

 ワタナベは自慢げに胸を反らした。意地を張った姿が可愛らしかった。
23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:13:24.35 ID:Br42sRpSO
支援
24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:15:11.64 ID:4sTY4iSMO
 
( ∵)「……いや、そんなレベルで強がられてもな」

('A`)「うむ。手遅れになってから気付いたんじゃあな」

 しかし、二人もまた意地を張った。
 幼少からずっと、ワタナベと遊んでいるドクオでさえ、彼女に褒め言葉をかけたことは一度もない。

 むしろ、だからこそ幼なじみという関係は成立しているといえる。
 ドクオとワタナベだけではない。ビコーズを含めた三人の関係も、同じ理由で成立している。

 男二人のどちらかが、ワタナベに対する褒め言葉を口にした時点で、言わなかったほうの一人は除け者になる。

 だから、ドクオもビコーズも、決してワタナベに優しい言葉をかけたりしない。
 むしろ、関係の破綻を恐れるあまりに、多少厳しく当たるほどだ。

( ∵)「ワタナベ、君はもう高校生なんだから。自分でしっかりしなきゃ」

从'ー'从「えー。でもドックンだって、まだ私に起こしてもらってるよ?」

 ワタナベは、ドクオのことをドックンと呼ぶ。

 幼少の時に彼女がつけたあだ名である。
 お気に入りらしく、ドクオがどれほど抗議しても、ワタナベは頑としてそのあだ名を使い続けた。
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:18:11.52 ID:4sTY4iSMO
 
 彼が可愛らしいあだ名に反抗心を抱くその頃まで、
 ドクオはワタナベが自分の言うことには全て、素直に従うとばかり思っていた。

 思いがけなかった抵抗に、ドクオはあっさりと「ドックン」を認めた。
 その一週間後、彼はセックスというのを近所の不良少年から教わったが、ワタナベに試してみよう、とは思わなかった。

 しかし、後にも先にも、ワタナベがドクオの頼みを拒んだのはその時だけだ。

( ∵)「な……ど、ドックンってまだ自分で起きられないの?」

(;'A`)「ちがう、誤解だ! 今のは「タワシにおそうじしてもらってる」と言ったんだ、な、ワタナベ!」

从'ー'从「えー? ……うん、そうだったかも」

('A`)「ほら、ワタナベもこう言ってる」

 一瞬だけ、ドクオに憐憫の眼差しを向けてから、
 ビコーズは「なんだ、聞き間違いか」と頭を掻いた。

( ∵)「まあ、タワシにお掃除してもらってようが、
    ワタナベに起こしてもらってようが、バレたら同じくらい恥ずかしいと思うけど」

('A`)「いや、時計を見間違えるほうが」

( ∵)「ワタナベと競うな、狡い。だいたい、元からわかってたよ」

 ビコーズは、顔の左半分だけで笑って、ドクオに人差し指を突きつけた。
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:21:11.04 ID:4sTY4iSMO
 
从'ー'从「わかってたって?」

 ワタナベはきょとんとして首を傾げた。

( ∵)「だってそうじゃなきゃ、どうしてドクオなんかが、ワタナベが時計を見間違えたことがわかるって言うのさ。
    いつもより一時間だか二時間だか早く起こされたから、ドクオはワタナベのタイムスリップに気付けたのさ。
    ワタナベ、わかる?」

从'ー'从「今日の晩ごはんは何かなー」

 ワタナベは道路を通りすぎたヤマザキパンのトラックを見て呟いた。
 ビコーズの問いは聞こえていたようなので、彼は二度と繰り返さなかった。

('A`)「くそう、誰にも知られたくなかったのに……」

( ∵)「この僕に秘密を作るとはね。後でひどいぞ」

('A`)「ああ、殺される。これから素晴らしい日々が待っているというのに」

( ∵)「るっせぇボケ」

 ドクオはビコーズの新しいローファーで尻を蹴られた。
 手加減は感じられなかった。ドクオがさらに落ち込んだところで、三人は駅に到着した。
27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:24:28.56 ID:4sTY4iSMO
 
 時間が時間だけあり、電車はほとんど混んでいなかった。
 三人は適当な席につき、傍若無人に楽な姿勢をとる。

( ∵)「なんか、短かったわりに疲れたな」

从'ー'从「そうだね。私もさっきから、あちこち痛くて」

 ワタナベは脇腹をさすり、魂が出ていくようなため息をついた。

('A`)「生理痛か?」

 ビコーズが手を振り上げ、ドクオはまた叩かれた。
 今回についてはドクオも自分の失言を認めて、小さく謝った。

( ∵)「デリカシーを持て、アンポンタン。ワタナベ、答えるなよ」

从'ー'从「あ、うん。ありがと、BB」

( ∵)「び、BB?」

 ビコーズはいきなり改変された自分の名前を、裏返った声で繰り返す。

从'ー'从「入学式の間、ヒマだからビコーズのあだ名を考えてたの。
     ボウリングの球みたいな顔のビコーズで、BB。どう?」

('A`)「いいじゃん、BB。呼びやすい」

 そういう問題じゃなくて、とビコーズはドクオに張り手を食らわせた。
 今日はよく殴られるなあ、とドクオは思った。
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:27:36.92 ID:4sTY4iSMO
 
( ∵)「まあ確かにボウリングの球みたいな顔だとは思うけど、そのあだ名には色々問題がある」

从'ー'从「例えば?」

( ∵)「例えば……」

 とビコーズが言ったところで、電車が彼の降りる駅に着いた。
 彼らは確かに同じ中学だったが、最寄り駅は違っていた。
 たかが一駅だが、その間でも、料金が三十円違う。三年間乗り続ければ、二万は違いが出る。

 いちおう家計を気づかって、ビコーズは最寄り駅から通うようにしている。
 もはや彼も、友達と一緒にいたいから、などという理由で親に出費を強いるような歳ではないのだ。

 ドアが開いた。ビコーズは下車してから、車内に聞こえるように言った。

( ∵)「まず一つ、それはあだ名じゃなくて蔑称だ。あとの理由は後ほど」

 彼が言い終わると同時に、電車のドアは閉まった。
 ビコーズは、スピードを上げていく電車をじっと見つめていた。
 ドクオ達から、彼の姿が見えなくなるまで、ずっとそうしていた。

('A`)「お、怒った?」

从'ー'从「たぶん……ボウリングの球って言われるの、嫌だったんだ」

 触れちゃいけない話だとは思ってたんだよ、とドクオは言った。
 ワタナベは済まなそうに、ごめんなさい、と目を伏せた。
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:30:15.30 ID:4sTY4iSMO
 
('A`)「あー」

 電車は揺れる。ドクオは呻く。
 どうしてだか、ワタナベと何を話したらいいのかがわからなかった。

 車窓からは、桜並木が見える。
 この桜並木を、彼らの住む市の行政が大事にしていることを、ドクオは知っていた。
 毎年このあたりでは、春になると桜祭りなんていうのがあるし、木の維持のために何人も雇っているからだ。

('A`)「うん」

 こんなつまらない話よりも、もっと有益な話をしたほうが良いだろう。
 相手の知りたいことと、相手に知らせたいこと、相手が知らせたいこと。
 これらの均衡をうまくとったほうが、ワタナベだって楽しいはずだ。

 ドクオは息を吸って、話を切り出した。

('A`)「ワタナベ、クラスはどうだ?」

从'ー'从「うーん、可もなく不可もなくとしか言いようがないかな。みんな知らない人だし」

('A`)「そっか。あんまり顔ぶれを見る時間もなかったしな。仲良くなれそうな人とかいるか?」
30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:31:01.29 ID:Br42sRpSO
試演
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:33:57.45 ID:4sTY4iSMO
 
从'ー'从「一人、男の子が話しかけてきたけど、正直お近づきにはなりたくない感じだったかな」

('A`)「うわ、ひでえ」

 内心で、ざまあみろと思った。
 優越感が、ドクオの心を満たしていく。

('A`)「まあ、寂しかったら俺のクラスにも顔出せよ。話し相手にはなるから」

从'ー'从「……ううん、やめとく。毎日通っちゃうかもしれないから」

('∀`)b「そんな不安がるなって。なんとかなるもんだよ」

 ドクオはそう言って、最高の笑顔で親指を立てた。
 くす、とワタナベは微笑みを返した。

 その笑顔を見たときに、
 ドクオは自分がビコーズと結んでいる、暗黙のルールに違反しているのではないかと不安になった。

 人のことなんて言えたもんじゃないな、と思った。
 励ますくらいは友人として当然のことだ、とも思った。
32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:35:31.48 ID:vZA8kb/E0
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:35:35.15 ID:CDiPT/PDO
支援!
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:36:20.52 ID:4sTY4iSMO
 
 ※

 すっと目が冴えた。
 頭の中で、もやが掛かったようになっていた部分が、突如鮮明になった。

 とは言え、そこは快晴ではなかった。
 どしゃぶりの雨が降っているのに、遠くまでずっと見えた。

 そのイメージは、自分が全てを思い出したことを物語っていた。

 ドクオは、原因、と書いた。
 そしてその下に、ワタナベに会いに行かなかったこと、と記した。

 自分はワタナベの言葉に沿って行動した。
 その方が、彼女が喜ぶと考えたのだ。

 だから彼女が自分に依存しないよう、彼女の教室には行かなかった。
 彼女のほうから来たときは拒まなかったが、なるべくモララーを加えて話をするようにした。

 今思えば、自分はなんて酷いことをしたのだろうか。
 彼女が自分の教室にやって来た時点で、ワタナベを受容しなければいけなかった。
 そうしていれば、絶対にこんなことは起こっていなかった。
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:39:22.37 ID:4sTY4iSMO
 
 戦隊もののヒーローに憧れていたころ、
 僕はワタちゃんのヒーローになる、と約束した。

 自分は貧弱で、しかもハエに怯えるほど気弱だった。
 それでも、命がけで年上のガキ大将に挑んだことがあった。
 ワタナベを守るためだったように記憶している。

 自分は金属バットを必死で振り回して、ガキ大将の歯を何本も折った。
 もちろん、そのあと取り囲まれ、押さえつけられ、袋叩きにされたし、親にはがっつり叱られた。

 だが、レモンステーキのようになった自分に、ワタナベは「かっこよかった」と言ってくれた。
 その時に、僕は君のヒーローになるんだ、と約束を交わした。

 そう言ったときに、自分の頭の中には、カッコいい戦闘服を着たヒーローはいなかった。
 ただのTシャツに短パンを穿いた、ひ弱な子供が、ワタナベの隣に立っていた。

('A`)「……」

 それから十年して、彼女は、彼女だけのヒーローに見捨てられた。
 どんな気分だったか。どれだけ辛かったのか。どれほどヒーローの名を叫んだのだろうか。

 自分は、彼女の復讐から逃げてはいけないんじゃないか。
36以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:40:09.53 ID:CDiPT/PDO
支援!支援!
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:42:32.48 ID:4sTY4iSMO
 
 ノートの空白いっぱいに、否と書いた。

 復讐は刻々と近づいている。すでにゆっくりと、身体に染みてきているほどだ。
 だが、それに怯えてはならない。
 そんなことが許されるのは、おもちゃのバットしか持っていない短パン小僧だけである。

 最近では、ヒーローはよく感情と戦ったりするらしい。
 ならば自分は、自責と彼女の恨みと戦ってみせよう。

 そして、彼女の心の中で死んでしまったヒーローに、再び命を吹き込んでやるのだ。
 彼女を底知れぬ悲しみから救って、途切れた関係を取り戻すのだ。

 これは、自分にしかできないことだ。

 ドクオは、解決策と書かれたページを引きちぎり、
 代わりに現れたページに殴り書きをした。

 引きちぎったページを、決意と同様に丸め、固めた。
 それを教室の隅のゴミ箱に投げてみたが、まったく見当違いの方向に飛んでいった。

 ドクオは授業中の教室をひょこひょこ歩いて、
 丸めたページを拾い、きちんとゴミ箱に捨てた。
38 ◆kT8UNglHGg :2009/04/13(月) 22:45:18.28 ID:4sTY4iSMO
以上で今回の投下は終わりです

おひさです
「お前みたいな空気知らねえよ」って方は初めまして。

久々に書いてみました。
連載ものですんで、これからよろしくお願いします

質問とかあれば
39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:47:43.65 ID:vZA8kb/E0
話がよくわからんからなんともいえない
40以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:48:10.94 ID:CDiPT/PDO
乙!
41以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 22:48:11.79 ID:3J7ULAwh0
乙でした
42以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/13(月) 23:02:00.66 ID:SR+uEwutO
43以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします