1 :
◆s7L3t1zRvU :
昨日は規制で立てられなかった。
ホント待っていた方いたらごめんなさい。
3/4から始まります。
2 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 20:57:25.42 ID:ucTJESuk0
3/4 へ
3 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 20:59:26.53 ID:ucTJESuk0
来る日曜、私は暖色の電灯によって、落ち着いた表情を見せる喫茶店を訪れていた。
私の家の最寄り駅から電車で四駅のやや栄えた街、さらに駅から徒歩五分ほどの人気が若干、少なくなる場所にそこはある。
崩された字体で記された店名は、訊くと『ksms tech』というらしい。
木目の美しい床は磨きこまれ艶やかだが暖かさのある色合いで、白い壁のよそよそしさを緩和している。
モノトーンのソファやテーブルが並ぶ店内を流れるナンバーは、フォーク色の濃かった初期のボブ・ディラン。
knock knock knock'n on heaven's door.
対面には、幸せそうな笑みを浮かべてガトーショコラにフォークを入れる女性。
天国への扉を前にしたら、人はこんな表情を浮かべるのだろうか。
(-、-*トソン「うふふふ、ここのチョコ使ったケーキは絶品だって噂なんですよー」
ゆっくりとケーキを口に運ぶと都村先生は、まさにほっぺが落ちる、という風に両頬に手をやって身をよじる。
(*゚、゚*トソン「〜〜っ」
歳相応の服装なのに、彼女は時々こうも子供っぽくなって、それがますます……
(‘_L’)「すみませんっ、ウェイターさんこっちにも同じ物を頂けますかっ」
食欲を掻き立てられる反応なので、即、コーヒーを運ぶギャルソン姿の男性に声をかける。
すると彼は、肩から指先まで美しく直立させた私の挙手に気付き低い声で答えた。
N| "゚'` {"゚`lリ「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。……ガトーショコラだね? すぐ持ってこよう」
ニヒルに微笑んだ彼は背筋の伸びた長身の、そして肩幅の広い、簡潔に言うと、いい男だった。
頼みます、と同じく背筋を伸ばして付け加えると、手元に唯一あるコーヒーをすすった。
汚れていないコーヒーカップで飲むそれは、金曜の夜、伊藤氏と向き合って飲んだものより格段に美味しかった。
爽やかな酸味が際立つ一杯は、目が覚める味わいだ。仕事を前にしてのチョイスとしては最適だったと思う。
4 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:02:04.08 ID:ucTJESuk0
土曜の朝、人形が書き出した招待状を前に、私達はこんな会話をした。
***
(‘_L’)「不思議の国のアリスさんが私の担任しているクラスにおりまして。
ゆっくり相談事をしたいとお呼びがかかっているんですが、なにせ私は男で、場所が喫茶店なんですよ」
(゚、゚トソン「ええ」
(‘_L’)「日曜の昼間に三十路間近の男性が喫茶店で一人いたら、気持ち悪いでしょう」
(゚、゚トソン「私はあんまり気にし――」
(‘_L’)「そこに、笑顔で現れるティーンエイジャー。危ないですよね」
(゚、゚;トソン「あーまあ笑顔かどうかはわかりませんけど」
(‘_L’)「世間的に結構危ないんですよ、私とアリスさんの体裁とかその後のこととか」
(゚、゚;トソン「なーんかそれって完全に私、先生の隠れ蓑じゃないですか」
(‘_L-)「こんなこと頼める人が私には都村先生しかいないんです」
***
そうして、ご飯をご馳走する約束を重ねて、都村先生の協力を得られたというわけだ。
聖職者と謳われる立場でも、一旦いらぬ誤解を与えると名誉を回復するには相当な労力を要する。
私としては一切そのような事態を望まないので、成り行きで近くにいた彼女は渡りに船であると断言できる存在だった。
デートなどではないですよね、という確認を何度かした後、彼女は首を縦に振り、昼食前に帰宅していった。
そして、今日、我々はここにいる。
5 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:05:10.81 ID:ucTJESuk0
そわそわしながらケーキの到着を待っていると、窓の向こうを待ち人らしき影が横切った。
ドアベル。
木製のドア上部に取り付けられた真鋳のベルが軽やかに揺れる。
彼女は、店内に入ると全体を見回して私を発見する。
ベージュと黒のコントラストが映えるロングコート姿で、足音刻むブラウンのブーツは私の持つどの靴より高価そうだ。
コートを脱いで先ほど私がオーダーしたウェイターに渡すと、こちらに歩み寄る。
生じる違和感。
「こんにちは、今週でしたらご都合がよろしかったんですね。お待たせしたようで申し訳ありません、先生……と、どなたですか?」
とろけるような表情でガトーショコラを大事に大事に食べる都村先生は、背後に立った彼女に気付かなかったようだった。
音を立てて口の中のものを飲み込んだ都村先生は、振り返る。
Σ(*゚、゚*トソン「はっ、ここ、こんにちは伊藤さ……ん?」
彼女が語尾を上げて疑問符を放ったのも仕方の無いことだ。
何故なら現れた少女は、
ξ゚听)ξ「私に面識ある方でしょうか?」
私達の期待した人物とは似て非なる存在だったのだから。
私はケーキの到着を気にしつつ、都村先生は眉間にしわを寄せ、そして現れた少女は無表情に、それぞれ沈黙する。
(‘_L-)
(‘_L-)
(‘_L’)「まあ、座ってください」
まだ、午前十一時ですしゆっくりいきましょう。
6 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:08:17.20 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「申し遅れました。伊藤デレです」
私と都村先生は隣接した席となり、その向かいに少女が座ると、自己紹介が始まった。
顔を合わせたことのある人間達の集まりのはずなのに、奇妙な話だ。
(゚、゚;トソン「ニューソク高等学校で英語の非常勤講師をしております、都村トソンと申します」
続いて私が口を開こうとすると、自称『伊藤デレ』はそれを遮った。
ξ゚听)ξ「存じております。私の所属するクラスの担任であり、生物・化学担当教員、重森フィレンクト先生」
首肯すると、再び間が空いた。
私は次に何を言うべきか迷いに迷っている隣の女性を捨て置いて、目の前の少女の観察を始める。
黒いニットのタートルネックに、小さなリングチャームがみっつ連なったネックレスが無表情な彼女の首元に輝いている。
プリーツスカートは赤がメインのチェック柄で、健全な膝上数センチといった長さだ。
一番特徴的なのは、美しく光を返すその――
(゚、゚トソン「伊藤さんって、金髪じゃなかったですよね……」
(‘_L’)「彼女は間違いなく、黒髪ウェーブでした。金のまきまき、いや巻き髪ではありませんでしたよ」
(゚、゚トソン「噛みました?」
小さく咳払いを、ひとつ。
私は鞄から人形を取り出してテーブルの上に置いて、切り出した。
(‘_L’)「なんでも、連れて行きたい場所があるとか。お話もそこで?」
ペンを固く握り締めたままのミニチュア伊藤デレ人形は、コーヒーカップの横に自立して不動を貫く。
愛用していたペンなので、良かったらまずこれを取り外して欲しい。
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 21:08:41.40 ID:xGhXvZ9xO
待ってた支援
8 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:11:34.51 ID:ucTJESuk0
自称……、いや省略しよう、伊藤さんは自らをかたどった人形を手に取ると、ソファに背をもたれさせない窮屈な姿勢のまま頷いた。
ξ゚听)ξ「仰るとおり、本日は先生をお連れしたく参りました。そこで私とお話して頂きたいのです」
端々に違和を覚えていると、テーブルの横にぬっとウェイターが現れた。
N| "゚'` {"゚`lリ「デレちゃん、いいのかい? お姉さん達の邪魔をして」
切り替わったBGMのピアノに挟まれた声の意味を考え、気付く。
彼は周囲の、学生を始めとした様々な年齢層のカップル、あるいは夫婦もいるのだろう、それら多くの客と同列にしている。
私と、都村先生を見て。
ξ゚听)ξ「あら、もしかして先生方はデートコースにここを組んでらっしゃったのですか?」
やんわりと否定しようと口を開けかけて、隣から冷静な声が飛ぶ。
(゚、゚トソン「いえ、それは昨日の時点できっちり『違う』ということで話が済んでるので」
にべも無い。
N| "゚'` {"゚`lリ「はっはっは、フラれたな男前。ほら、お待ちかね、当店自慢のガトーショコラだ」
ぽん、と肩をはたいて目の前に黒いケーキを出すと、ウェイターは会計待ちの客の元へと向かっていった。
皿を出す時の優雅な動きは、私が待ちわびたものを極上の逸品に演出した。
ξ゚听)ξ「マスターは最近私のことを覚えてくださって、時々ああして話しかけてくださるのですよ」
へえ、と私は笑顔でお釣りを渡しているウェイター、いやマスターを眺めた。
人通りの少ない道でも繁盛している要因のひとつが、彼だろう。
そんなことを考えてフォークを手にすると、伊藤さんは遮るように喋りだす。
9 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:14:24.61 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「すみません、私にお会いさせる時間がなくなってしまいますので、そろそろ移動を始めたいのですが」
(‘_L’)
(‘_L’)「……はい」
ようやく手の届くところへとやってきたガトーショコラは、テーブルの上に載って即時、包装してもらうことになった。
彼女なんだか様子がおかしくありませんか、とは怪訝な表情をした都村先生の言である。
店を出て、振り返らずに歩き続ける伊藤さんの背後で、私達は声を潜めて喋る。
(‘_L’)「とは言ってもですね。私も彼女と面と向かってまともにコミュニケーションを取るの久しぶりでして」
前回遭遇したのは暗い道で、交わした言葉も二言三言。
外見を変えたのも、口調を変えたのも、認識するほどの時間はなかった。
(゚、-トソン「なーんかおかしいですよね。『わたし』って一人称を三人称みたいに使ってたり、いたるところにきちっと敬語入れようとしたり」
伊藤さんの後ろに付き従っていると、次第に人影が少なくなっていく。
背の高い建物は姿を消していき、住宅がその密度を増す。
見上げればそこには曇天が広がっており、二月上旬の低い気温も重なって、行く先を知らぬ私達を落ち着かなくさせた。
ついに歩が止まったのは、住宅同士の塀に挟まれた小さな裏道の前に辿りついてからだ。
湿った道は細く、小学生の子供が横向きにようやく通れるほどで、少女の肩越しに覗き込むと捨てられた空き缶やビニールごみが見えた。
(゚、゚トソン「伊藤さん、こんなところに何があるの?」
伊藤さんは停止の合図として右の掌を私の眼前に突き出すと、逆の腕を細い道につっこみ、そして引いた。
その手には、銀色の丸っこいものが握られていた。
10 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:17:02.42 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「ドアがあります」
簡潔にそれだけ言うと、彼女は手にした銀色のものを小道の右側にあるコンクリート塀にぶち当てた。
鍵の挿入を想起させる金属同士の擦過音。
腰の位置でコンクリートに繋がったそれを伊藤さんが手放すと、ようやく丸みを帯びた銀の正体が分かる。
かなりシンプルなタイプの鍵穴もない、安っぽいアルミの輝きを持つ、
(゚。゚トソン「……ドアノブ」
(‘_L’)「紛うこと無きドアノブですね」
危険の香りが、顔を見合わせた私達の間に流れる。
電波な意味合いを多分に含んで。
ξ゚听)ξ「空間の間隙に挟まれないよう、お二人とも一歩お下がりください。接続まで二十一秒かかります。
通路は気温が低く、また薄暗いのでこちらをお持ちください」
コートのポケットから取り出したのは、薄緑のコケが入った掌サイズのガラスジャーがふたつ。
そして黒い粉末入りのプラスティック製試験管のようなものがよっつ。
前者はガラスのハンドルが、後者はコショウ入りのビンに付いているような穴あきの蓋がそれぞれ付いている。
戸惑いの色に染まるの都村先生に代わり、それらを受け取る。
鞄とケーキとごたごたで、私の両手はすっかり塞がってしまった。
ξ゚听)ξ「棒状のものは上部を回転させて利用します。温度調節は回転数によって行えます」
(‘_L’)「使い捨てカイロみたいなヤツですね?」
手中でほのかに暖かいそれをよく見ると、黒い内容物の内側を細い管が数本通っており、酸素供給をそこで行うものと思われた。
ξ゚听)ξ「いえ、何度でも使えますよ? 廃棄には問題ありませんが」
11 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:20:47.43 ID:ucTJESuk0
無表情のまま答えた伊藤さんは、それだけ言ってドアノブに左手をかけ、私達に再度下がるよう指示する。
回された銀色が小さな音を立てると同時に、変わる声色。
ξ゚听)ξ『稼動開始。目的・空間接続。保持するアドレスへの接続を開始します』
そこから起きた現象は、予想だにできないものであった。
二十一秒間。
身動きがとれないほどに。
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 21:22:11.07 ID:xGhXvZ9xO
支援
13 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:23:23.16 ID:ucTJESuk0
小汚い小道を作るコンクリートの塀が左右に展開し、
足元のアスファルトは、小道の入り口を中心に半径2メートルほどだけが静かにゆっくりと落ち窪んでいく。
塀に繋げたはずのドアノブだけが下降する伊藤さんについて来て、周辺の景色が広がり、また相対的に上昇していく。
ディズニーランドの気付かぬ内に降下する大型エレベーターを思い出した。
成人男性が二人余裕を持って通れるほどになった塀の間からは、
黒い金属製の壁が隆起するように、あるいは落ちた地面に押し出されるように現れる。
無音、それが逆にいくらかの不安を煽る。
もといた地面の高さが胸元までになると、せりあがる壁の下方に穴を確認できた。
なおも沈降を続けるこの部分は、地表から見れば半円の落とし穴のようなのだろう。
徐々に全貌を明らかにする黒壁の穴は縦に長く、それがある種の入り口であると気付くまでに時間はかからなかった。
天国への扉?
いや、地獄の釜か、黄泉への岩戸か。
黒い門が十分な大きさに開け、暗く空虚な穴を露にした頃、地形変動は停止する。
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 21:24:53.23 ID:TZ7Q2vzi0
wktk支援
15 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:26:26.77 ID:ucTJESuk0
(‘_L’)「」
(゚、゚トソン「」
私達はトンでもな状況に、二人して活動を停止していた。
このびっくり現象を目の当たりにしたおかげで、以降、ショックに対して鈍感になれたというものだ。
ξ゚听)ξ『目的達成。本時以降、外部からの接続を遮断。入門を確認後、私に到着の報告を。以上』
握ったままのドアノブをポケットに入れると、ついに伊藤さんは我々を振り仰ぐ。
ξ゚听)ξ「この操作が午前中しかできないので急かしてしまいました。それではご案内いたします。足元にお気をつけてくださいね」
(゚、゚;トソン「……はっ。いけない、苦しいと思ったら息するの忘れてました」
(‘_L’)「ははは、またですか」
自分よりも慌てる人間の横にいると、冷静でいられるのはよくあることだ。
歩き出した伊藤さんの背が、暗闇に飲み込まれたところで、私達は二十一+α秒ぶりにそんな言葉を交わした。
穴からは規則的な足音が響いているが、彼女は暗くても平気なのだろうか。
ふ、とアイコンタクト。
都村先生の怯えた目が私を見上げていた。
口の端を上げて首を小さく傾けて、大丈夫ですよというアピールしてから、暗闇へと一歩踏み出した。
そこで受け取ったガラスジャーがグリーンに淡く光っているのに気付く。
なるほど、こういうわけか、と光るコケを見て納得する。
GFP。いや、全然違うか、ルシフェリン―ルシフェラーゼ反応?
こと、植物と昆虫に関しては門外漢だ。
刹那、そのようなことを考えてから、暖かな試験管と光るジャーを、それぞれ都村先生に受け渡す。
そして頷きあってから、私達は大分先行している案内人に追従した。
16 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:29:58.54 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「私がここを見つけたのは、十一月の始め頃、『ksms tech』を出てぶらついていた時でした」
下り階段に、揺れる金髪がグリーンに染まるのを眺めていると、そんな声が聞こえる。
長い間、黙々と三人で下り続けていたので私は少々驚いた。
ξ゚听)ξ「私は夕日に向かって歩き、不思議な非日常を探していたと記憶しています。
西日に目を細めながら振り返ると、長い影が私の後ろについてきていました」
(‘_L’)「非日常は、果たして見つかったわけですね」
あと数メートルほど下った先に緑の光を認めながら、私は訊いた。
ええ、という返答に言葉は続く。
ξ゚听)ξ「蹴飛ばした空き缶が裏道に入り、中を歩いていた猫が逃げました。車も人も通ってはいませんでした。
そこで銀色に光るドアノブを見つけたのです。宙に浮いたそれを不思議に思って手に取ると、気付けば私は」
暗い道は終わり、視界は大きく拓けた。
ξ゚听)ξ「ここにいたのです」
長い階段の出口は、広い空間を見渡せる小高い場所にある。
(゚、゚*トソン「うわあ……綺麗……」
大きな空洞とも言えるそこは、球場ほどに広く、天井は遥か上空に見える。
滑らかな石床には、ところどころ白い鍾乳石や石筍が美しく並んでいて、緩やかな起伏を持つ地面に囲いを作っていた。
壁はというと、手元にあるジャーのものと同じ朧げな緑に光に覆われている。
そして、一際明るい部分が随所にあり、私達の出てきた穴の両脇にも存在した。
そこは清水流れる水路の入り口で、通路を挟むように続き、等間隔を守って蛇行しながら奥へと流れている。
せせらぎを耳に木霊させながら水路の先を眺めると、鍾乳石の間から私達の通ってきた穴に似たものが左右、正面に見えた。
17 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:32:58.37 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「そこに流れているのは、地上の水が高度にろ過されたもので、美味しく飲めますよ。水温は四度と低いですが」
(‘_L’)「地上、ですか」
なるほど、あれほど延々と地中へと下っていれば、当然ここは地下ということになる。
感覚が狂うほどに続いた階段の先に広がるこの空間。
子供がこんな世界に到達したのであれば、送る荷物の差出人住所にx県などと茶目っ気を出したくなる気持ちも分からなくもない。
(*゚、゚*トソン「伊藤さんっ、ここ、すごいねえ。先生わくわくしてきたよ」
ほとんど少女の表情で、遠くを眺める仕草をする都村先生は、すっかり上機嫌となっていた。
さっきまで私の服の袖をぎちぎちに握り締めていたのが嘘のようだ。
ちなみに黒いコートの袖は、不自然によれて固まっている。
緑の光源に溢れる大空洞内では、何故か色彩が本来通りの色調で視認できる。
ξ゚听)ξ「どうぞ、よろしければどこでも見ていってくださいね。使いのモノが参りましたらお呼びしますので」
聞くや早速水路の脇にしゃがみこんで、両手に水をすくう都村先生。
(゚、-*トソン「っひゃ、つめたーい! あ、でもこれホント美味しいですよ先生!」
二十も半ばだろうに眼前でかようにはしゃがれると私としては、
(‘_L’)「うまっ」
飲んでみたくなるので隣で座り込んで、一口。
澄み切った水は唇に触れた瞬間から全身に染み入るようで、加糖でもされているのではと思うほどの甘味が口腔内を満たした。
それから思い出してガトーショコラの入った箱を注視する。
『ksms tech』の真髄よ、待っていろ、とばかりにテープに爪を立てる。
18 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:36:59.35 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「先生方、参りました」
(‘_L’)
(‘_L’)「……はい」
壁際のコケを弄くり回していた都村先生もその言葉で戻ってくる。
指先についたコケや土を発見して、しまったな、という顔をしている彼女は、私が若干凹んでいるのに気付かないらしい。
やがて、流れを遮る水音が向かってきた。
下流を見ると、通路両端の水路に四本ある足をそれぞれ、二本ずつ突っ込んだ板状のものがゆっくりと接近しているところだった。
畳換算で五畳ほどの面積を持つ乳白色の板は、こちらに近づくにつれて形状を、椅子をみっつ生やした板に変える。
何故か、それらは進行方向に対して真横を向いていた。
伊藤さんが停止したそれに乗ると、当然のように椅子に座る。
ξ゚听)ξ「使いのモノです。どうぞ、ご乗車ください。私のもとまで参ります」
(゚、゚;トソン「モノって、不思議物質の『物』だったんだ」
(‘_L’)「むしろ、使いのモノリスじゃないですか。ところで、あの、これの上で飲食は?」
乗り込みながら、何の気なしにそう訊くと、私は席についた。
足元が、もっちりと柔らかいのが心地よいやら、気持ち悪いやら。
ξ゚听)ξ「どうですか? 使いのモノ」
伊藤さんが板に向かって尋ねると、板は一部を柔らかく触手のように変形させ、三角形を私の前に作る。
どうやら、彼、あるいは彼女にも意思というものがあるらしい。
19 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:41:17.31 ID:ucTJESuk0
(‘_L’)「我慢しましょう」
両の手を空に、というより天井に向けて肩をすくめると、板は三角形を引っ込めて移動を開始した。
階段のあった穴に近い座席から、私、都村先生、伊藤さんという並び。
水を切る音を断続的に起こす板は、まったくの揺れを起こさずに人間の歩行よりやや早く進む。
ξ゚听)ξ「ん、使いのモノ。そっちに行く必要はありませんよ」
曲がりくねった水路がいくつか合流する点で、ツカイノモノさんは、伊藤さんの予期せぬルートを取ったらしい。
乳白色の板が、その身に線を浮かび上がらせて返答する。
『無問題』
柔らかな手触りのツカイノモノさんが歓迎の意味をこめて、私達に空洞の内部を案内するつもりだと知ったのは、少し後のことだ。
(゚、゚;トソン「……うっ!」
足元に浮かび上がった文字を見て、完全に一見学者となっていた都村先生が息を詰まらせる。
(‘_L’)「どうしました、また何か驚くことが? 呼吸してください。死んだら困ります」
違うんです、と都村先生。
(-、-;トソン「その、ツカイノモノさんには申し訳ないんですが私、ミミズ腫れ系のものが苦手で……」
ξ゚听)ξ「使いのモノ、分かりました。文字を消してくれて結構です」
ツカイノモノさんは、ミミズ腫れを消去した。
その際、それまでピンと立っていた角がやや寝ていたので、哀の感情もあるのだろうと予想する。
20 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:46:29.68 ID:ucTJESuk0
伊藤さんはツカイノモノさんの意向を汲んだのか、この空間の説明をし始めた。
が、いずれもここを訪れたことがなければ、まったく意味不明な言葉の羅列に感じるだろう。
事実、この場にいても都村先生は途中から理解する気をなくして、ツカイノモノさんと彼自身の体で○×ゲーム――ラインがミミズ腫れになるので、実際は●▲だ――に興じていたし。
ξ゚听)ξ「この空間は、同時に四箇所まで異なる空間へ入り口を作ることができるようです。
入る時は午前中、日の昇っている間、また出る時はいつでも空間の接続が可能なようです」
ξ゚听)ξ「気温はどこをどう暖めても、全体で二十一度を上回ることはありません。
石筍などで囲われた小空間は垂直に天井まで、温度だけを遮断する何かに覆われているようです」
ξ゚听)ξ「雨に溶け込んだ気体や、ごみから溶け出した金属などがろ過されているのは、先ほども申しましたね。
それらを材料に、ここでは様々な化合物を作ることができるようです」
ξ゚听)ξ「そういえば、壁には多くの光るコケが自生していますが、養分はどうやら地表から染み出す窒素化合物のようです。
特に、アンモニウム基に即座に反応して、光を強く発します」
(‘_L’)「何故、それだけ断定できるんです?」
ξ゚听)ξ「トイレの代わりに利用している一角は、用を足した後、周囲が激しく輝くからです」
思わず吹き出した。
(゚、゚;トソン「ちょっと、先生びっくりして変なとこに丸しちゃったじゃないですか! あ、待って、今のナシ! モノちゃん待って!」
問答無用とトドメを指したツカイノモノさんは、水路に浸した足を静かに動かし我々を運ぶ。
伊藤さんはなおも説明を続ける。
ξ゚听)ξ「ここにはコケが数種類と、私だけがいました。広い空間は人間がいないのにも関わらず、始めからこのような様相でした。
階段や通路、そして水路や整った小空間は全て、このように完成されていたのです」
21 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:50:09.99 ID:ucTJESuk0
彼女が小空間と呼んだ囲いの中には、地上で普段、目にすることの多い家具・道具が並ぶものもあった。
それらは洞窟には不自然な、柔らかそうなソファ、ダイニングセット、蛇口だけないキッチンセット、ベッドや書斎机などを含む。
点在する小空間は、さながら細切れにされた家のようだ。
ξ゚听)ξ「大体の素材は、流れ着いた分子をゆっくりと組み合わせて作ります。
ちなみに、食材も同じくして合成することができます」
ダイニングテーブルに乗った果物を指さしながら、彼女は言う。
私は、ついに、堪えかねて質問した。
(‘_L’)「あの、バケ学的にというか、もはや科学的にですけど、そんなとんでもないことをしているのは誰ですか?
というよりも、どういった技術でそんなことが可能なんでしょう? どうやって窒素固定を人為的に?」
伊藤さんは真正面を向いたまま、黙って耳を傾けている。
(;‘_L’)「温度だけを隔絶する小空間はまだよしとします。エアロックとかありますし。
いや、それはそうなんですが、この空間が他と接続って、え? 地表から染み入るってどこの地表ですか? 他の空間が不定なのに?」
地形変動のショックがいい加減冷めたのか、麻痺していた正常な感覚が、ついに蘇った。
そして、疑問が興奮となって脳細胞を、神経を昂ぶらせているのを客観的に感じる。
超常現象に耐性がないとは言わないが、中途半端に科学っぽく説明されると、いても立ってもいられなかった。
(;‘_L’)「実は人形がかなり精密な動きをするあたりで、オカルティックナな方面の方々のアプローチかとも思ったんですよ。
でもですね、なんか微妙に私の土俵踏み込んできていて、分かるような分からないようなもどかしさが、こう、なんですか、ねえ!?」
都村先生を挟んでボディランゲージさえも駆使し始めると、ついに言葉が崩れだした。
かなり必死な顔をしている自覚とともに、横隔膜辺りにハラハラを抱えていることに気付く。
この空間を解明したい、という感覚が――
(゚、゚#トソン「先生、ちょっと静かにしてください。必勝パターン思い出してるんですから」
22 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:54:41.57 ID:ucTJESuk0
ツカイノモノさんは正規のルートに戻るつもりになったらしい。
都村先生はそれまでについに必勝パターンとやらを思い出せず、勝率三割ほどに収まっていた。
(‘_L’)「すみません。落ち着きました」
観光用分岐をしたところまで戻ると、ツカイノモノさんは一旦止まって、私の目の前に水を差し出してくれた。
彼の体の一部がひしゃく状に変形し、それを使って彼の足の浸った水路から、だ。
澄み切った水は唇に触れた瞬間から……、まあ、とにかく頭は冷えたのでよしとする。
『無問題』
今度は都村先生の前に素早く目隠しをして、ツカイノモノさんは彼女に見えない場所へそう浮かび上がらせた。
( 、 トソン「おろ、モノちゃんなに? なんかあった?」
(‘_L’)「彼が男女平等に優しいってだけですよ、都村先生」
さっと、文字を消した乳白色の板は、ようやく動き出す。
私は、柔らかい彼の体が変化した椅子に深く座りなおすと嘆息する。
背もたれに頭を預けると、冷静な声が飛んでくる。
ξ゚听)ξ「先ほどの問いですが、先生。実は、詳しいことは私にも分かっていないのです」
(‘_L’)「ええ、伊藤さんが推量で話している時点で気付くべきでした」
ξ゚听)ξ「ただ単純に、私がこの人形、使いのモノ、食料や道具を望んだ時、それは大きいものほど時間をかけて合成されました」
風が岩を削るように。
川がその道筋を変えるように。
微々たる動きは分かりづらく、しかし確実に、変化して。
23 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 21:57:49.11 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「私は静かなこの空間を愛しました。誰にも邪魔されない世界。地底の美しく、不自由のない世界。
偶然見つけた楽園で、私は時間をかけて私を作りました」
(‘_L’)「貴女を?」
前傾姿勢になって、ツカイノモノさんの触手とアルプス一万尺を開始した都村先生の背中越しに、私は伊藤さんを見つめる。
彼女は変わらずまっすぐ前を向いて、遠くを、緑色に光る壁を超えた彼方に目を向けていた。
ξ゚听)ξ「そう、私を」
それっきり、私と彼女は、次の停車駅まで口を聞かなかった。
支援
25 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:01:30.92 ID:ucTJESuk0
ツカイノモノさんが突然大きな揺れを起こしたのは、それから大分経ってからだった。
(゚、゚;トソン「ひゃっ!」
上体を倒したまま遊んでいた都村先生が頭から水路にダイブしようとする。
私がその胴に腕を回したのと、乳白色の多数の触手が水路の上にクッションを作ったのは同時だった。
だが、衝撃はそれだけに留まらなかった。
都村先生が無事に座席に戻る頃、ツカイノモノさんは私達三人をその大きな体で包み込もうとし始めたのだ。
(;‘_L’)「なっ」
思わず腰を浮かせてその場から逃れようとする。
しかし、壁を作る速度は早く、同乗者二人のことを案じた瞬間には、遅かった。
天井が塞がれる時、周囲が緑に強く輝いたのを見たところで、完全にツカイノモノさんは中空の球体となってしまった。
(゚、゚;トソン「えー、これ、このライトなかったらちょっとしたホラーですよね」
突然息苦しくなった空間の中で、都村先生は手元の光るコケを眺めている。
そんな暢気な、とため息をついて私は無意識に壁を軽く叩く。
やはり手ごたえは人肌よりも柔らかく、キン肉マン消しゴムより丈夫そうなもっちりとした素材。
柔らかいということは、それだけ壊れないということだ。
物騒な話だが、彼がこの形状を維持するようであれば、それを破壊する手立てを思案する必要がある。
ξ゚听)ξ「 」
しかし、それは伊藤さんの何かしらの力で無用のものとなる。
聞き取れない超高速で、しかもミュートされた音声は、容易く閉塞状態を打開した。
26 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:03:19.05 ID:Jfmo0aBLO
支援
28 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:05:28.52 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「状況が掴めました」
元の椅子付き板となったツカイノモノさんから悠々と降りた伊藤さんは言う。
私と都村先生はその場に取り残されて、彼女の言葉を待った。
気のせいか、ツカイノモノさんが遮る水の音に混じって、なにかの音が接近してくる。
ξ゚听)ξ「私が原因でした」
呆気に取られる私達の耳に、はっきりと音、いや足音が届き始める。
目の前の伊藤デレは続ける。
ξ゚听)ξ「二十八秒前、私は――」
「ちょっとおおおお! 待ってえええええええ!」
(‘_L’)「あれ」
(゚、゚トソン「あら」
ξ゚听)ξ「――用便していたようです」
ζ(゚ー゚#ζ「ちょっとおおおおおおお!!」
目の前にいる伊藤デレと同じ服装だが、黒髪の伊藤デレが、怒りを露に走ってくるのを私は網膜に捉えた。
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:06:29.56 ID:Jfmo0aBLO
支援
30 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:07:33.02 ID:ucTJESuk0
3/4 「空間x」 終
3/4<x へ
乙!
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:10:02.19 ID:Jfmo0aBLO
紫煙
33 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:10:45.72 ID:ucTJESuk0
またまた幕間はさみますけど、ここでまずは
支援、ログうpホント助かります!
特にログ、出し方分からんかったからスゲーありがたい!
それと質問。
最後まで書き溜めは終わってるんですけど、今日中に投下しちゃった方がいいかな。
34 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:13:42.08 ID:Jfmo0aBLO
試演
35 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:15:09.32 ID:ucTJESuk0
まあいいかあとで考えよう
続けます。
36 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:16:21.77 ID:ucTJESuk0
幕間
3/4<x
37 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:19:00.44 ID:ucTJESuk0
土曜の昼、都村先生を駅まで送ると、私は知人の所へ出かけた。
職場の仕事はなんとか夜済ませることにして、日曜に持っていくべき装備を見極める作業に出たのだ。
もし、彼のお仲間の部類であれば、仕事とは言え遠足気分ではいられない。
女性の同行が可能であるかの判断材料を得に、わざわざ電車を乗り継ぎ都心まで赴いたというわけだ。
迷路のような駅構内を巡り、無秩序に歩き回る人ごみを抜け、西も東も特徴の無い出口を探す。
何度も人や柱にぶつかりながら、ようやく目当てのバス乗り場にたどり着いた。
腕時計と時刻表を並べて、思考をめぐらせる。
と、言っても、
(‘_L’)「次は二十分後ですか……。昼食を買ってくる時間がありますね」
この程度のことしか考えていなかったわけだけど。
適当に見繕ったファストフードショップに入ると、店内は若人達に溢れかえっていた。
(‘_L’)「む、なんでイートインする人達もテイクアウト組と同列を作らねばならないんですかね」
席に荷物を置きに行く人と、レジ前に並ぶ人が役割分担をするのは構わない。
だが、結果は同じでも見た目上割り込んでこられると、多少むっとする。
貴方達はゆっくりする時間があるはずで、私のような手合いは急ぎなのだ、と。
しかし、かつて遠心分離機の使用順を割り込まれた時の苛立ちを思い出して、あれほどではなかった、と滅却した。
(‘_L’)「あ」
牛歩を終える頃、目的のバス停を、乗る予定であったバスが出たことをガラス戸越しに確認する。
(‘_L-)
(‘_L-)
(‘_L’)「あ、はい。店内で」
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:22:12.56 ID:Jfmo0aBLO
遅くなた
書き上がってるなら投下しちゃいなよ
支援
39 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:24:22.64 ID:ucTJESuk0
バスで十分。
降りてさらに少し移動した先には、鏡面仕上げの、見上げると目も首が痛くなるような建物。
こんな都心にある高層建築物で、マンションだというのだから恐ろしい。
この周辺に住むのは娯楽のひとつとして血液をワインに、歯をダイヤに、そして骨をチタンに置換しているような人間なのだろう。
まあ、血液がワインだったらアセトアルデヒド出まくりで死にますけど。
それにチタンよりもアダマンチウム合金の方が夢がある。
(‘_L’)「さてさて、ようやく着きましたね。起きてますでしょうか、と」
豪奢なマンションのホールには、目立たない監視カメラ数台と一見ホテルマンにしか見えない警備員、という二段構えの警備がある。
実際には高層に行くほど生体認証やカードが必要になるが、それらは私にはあまり関係ない。
(‘_L’)「人の作ったもんなんて抜け穴だらけ、ですしね」
軽く手を上げてエレベーターの前に立つ顔見知りのガードマンに挨拶をすると、彼は帽子を脱いで深々とお辞儀をした。
この人はどうしてこうも律儀なのか。
「おはようございます、重森様。本日はどういったご用件でしょうか」
(‘_L’)「阿呆に会いに来たのですが、合鍵貸して頂けますか?」
「いますぐご用意いたします。少々お待ちください」
少々と言わず、すっ飛んで合鍵各種――小さな錠前用キーからエレベーター用カードまで――を持ってきてくれたガードマン。
いまだに彼の名前を覚えることができないのだが、浅学にして読み方の分からない、私にとっての難読漢字が名札には刻印されている。
悪いとは思いつつも、この先、彼の名が私の記憶には刻まれることはないだろう。
40 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:25:54.09 ID:Jfmo0aBLO
紫炎
41 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:27:23.61 ID:ucTJESuk0
マンションを下から6:3:1の比率で水平断すると、それぞれの区域に住まう人々は順に次のような性質を持つ。
・六割―それなりに、まっとうなリッチ
・三割―口に出せない悪事に手を染めている
・一割―ほとんどの悪事を掌握、黙殺するだけの各種「力」を持つ
私が会いに行くのは、そのみっつ目に分類される一割の内の一人。
ブロックの境には第二、第三ロビーと称されたセキュリティと住民用施設があり、そこを通過する必要がある。
クリアするための手順たるや実に面倒なので説明は割愛するが、私の知人と会うためにはそのロビー以前の下準備で事足りる。
ショートカットする手段は、エレベーターガールが握っている。
(‘_L’)「呼び出し、しても良いですか?」
微笑んで、壁に偽装された電話パネルを指差す。
アイブロウ濃ゆいエレベーターガールは笑顔のまま軽く頷くと、壁の板をスライドさせ、中の鍵付きドアを開錠する。
そして、静かなエレベーターが「まっとうリッチ」区域の最上階に到達すると、受話器を渡してくれた。
停止したカゴのドアを開かないよう操作してくれたお姉さんに礼を言って、目的の部屋番号をダイヤルする。
コール。
六回の電子音の繰り返しが終わる頃、回線はついに繋がった。
『誰』
(‘_L’)「おはようございます」
不機嫌な声に答えて、すぐに受話器を床に転がした。
ワンテンポ置いて、爆発したかと思うような大音声が響く。
『フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォウウウウ!!
マジ(‘_L’)? (‘_L’)!? (‘_L’)ちゃんなのか!? イヤッフウウゥウゥゥゥゥゥ!!
やべえホント信じられねえ!! 電話くれよぉぅん!! オレ着拒されてんし番号変えてたから連絡できなかったじゃあぁあん!!!』
42 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:31:27.53 ID:ucTJESuk0
(‘_L’)「お手伝いありがとうございます。あ、音止んだら電話切っちゃって構わないので」
エレベーターを降りる時にそう言うと、お姉さんはにこやかに頷いてドアを閉じた。
職業には慣れというものが必要ですよね。
マンションの半分よりも少し上ったこの階で、私は絨毯を踏みしめ第二ロビーの喫茶室に向かう。
プール、フィットネスクラブ、外周を防弾ガラスで囲ったランニング用トラックなどが集中するこの階で、喫茶室は特に良い趣味をしている。
私も、知人の名義を借りてここに加盟していて、彼に用がある時は大抵ここに呼び出している。
そのため、私はややこしいセキュリティを事前に回避して最上階に住む知人と謁見できる、とこういうわけである。
(‘_L’)「あと少ししたらやかましいの来ますけど、毎度すみません。
さっき起きたみたいなんで、二玉ほど用意してやって頂けますか。お願いします」
もはやこちらも顔なじみとなったマスターに先だっての謝罪と依頼をして、私はオープンスペースから少し離れた個室に入る。
カチコミだなんだというのが普通に来る世界の一部なので、無論この部屋も鍵付きシェルターのようなものだ。
異なった使われ方もするので、視線避けと防音の設備も完璧。
昔、「片付け」の済んでいない個室に入って、靴を朱に汚したのも懐かしい思い出だ。
そんなことを考えながら部屋を閉めようとドアに手をかけると、私の耳にどたばたという音が飛び込んできた。
(‘_L’)「階段使ったとしても早すぎでしょうに」
大きなガラス窓の向こうに、キャベツを二玉受け取る黒装束の姿。
そしてこちらに気付いて、超絶笑顔を爆発させたまま、キャベツを振りかぶり、
(;‘_L’)「しまったこれは想定外だった」
――ぶん投げた。
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:32:27.57 ID:Jfmo0aBLO
C円
44 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:36:07.38 ID:ucTJESuk0
合わせ構造になっているはずの強化ガラスが粉々に砕け散り、ついでにキャベツの破片も個室に散乱する。
私はというと、農家が丹精込めて育てた新鮮食用弾丸が窓にミートする寸前に伏せ、ソファを盾にすることで事なきを得た。
「ひっさしぶりいいいいいいいいぃぃぃあああああ!! フォオオオオオオオオォォォォォオオウウ!!」
ほとんど騒音である音声の接近を知覚する頃には、私は遠くにいた黒マントにマウントポジションを取られていた。
(‘_L’)「食べ物を粗末にするのはやめなさい、オサム。あとどきなさい、口が臭い、歯を磨きなさい、風呂入ったのは何日前ですか」
【+ 】ゞ゚*)「うっは、マジで(‘_L’)だ!! 生説教もホントもうずっと聴いてなかったよね!? どくよどくどく! 風呂? 覚えてない!
くうううう、なんだよなんだよなんだよ、変わって無いなあ! あ、キャベツありがとうな! 朝? っていうか起きたら?
まずは野菜って覚えていてくれたんだねダチ公!! 大丈夫だよ、ほら、細切れになって食べやすくなっただけだって!! 食べるよー? 食べるよー? あーん……食ーべたっ!!」
私の上から飛びのいた直後、すぐにガラスとキャベツを区別せずに口へと運び始めたこの変態仮面男が、知人、棺桶死オサムである。
彼の肌は、十字の入った白い仮面に同じくらい白く、青い血管が頬に浮くほどに透き通っている。
すっきりとした目鼻立ちを隠すほど長く脂ぎった白髪、眉はもともと薄く、そしてにこやかな唇は本来紫なのを、ルージュで赤くしている。
(‘_L’)「あーあー、まったく。こないだは君が勝手に部屋間違えて個室汚したんですから自重してくださいよ」
【+ 】ゞ゚)「ええええええ、でも、あん時は夜だったし(‘_L’)トイレ行っちゃって見つからなかったからイーライラしちゃってさ。
分かる? イーライラよ、イーライラ。リミットブレイク寸前だったからさあ、『バラ』しちゃったのも仕方なかったんだよぉぉぅん」
異常なほどの大きな声を耳元で聞いて、奇遇なことに私もいーらいらしてきた。
(‘_L’)「おーけいです。思い出話はこの辺にしましょう。早速頼みがあります」
【+ 】ゞ゚*)「え、え、え、なになになに? オレ(‘_L’)のためだったらなんでもやっちゃうよ!!」
私はガラスを避けて、鞄から人形を取り出した。
極力、足元に散らばる緑の破片を踏まないように興奮したオサムから距離を置くと、口を開いた。
45 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:36:37.49 ID:Jfmo0aBLO
詩園
46 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:39:08.77 ID:ucTJESuk0
(‘_L’)「答えてください。単刀直入に、貴方の言葉を借りて言うとこうです」
――この人形から死のニオイを感じますか?
たむろするヤンキーのように座りながらキャベツあるいはガラスをつまむオサムは、そのフレーズでぴたりと止まる。
私の言わんとするところを悟ると、オサムは目をつむり鼻を動かす。
すんすん、というわずかな音を立てて、彼は記憶を辿るように首を左右に何度か傾ける。
【+ 】ゞ-)「ん、ん、んー? なーんか嗅いだことある匂いはするんだけど……ちょっと待ってね」
(‘_L’)「お仲間かどうかと、危険度が分かればそれでよいですよ」
オサムが集中する間、私は喫茶室のマスターの方を向いて、頭を下げておいた。
【+ 】ゞ゚)「分かるのは、全然オレらみたいなニオイはないってのと、危険が危ない感じはないってことかなー」
ごめんなー、とオサム。
(‘_L’)「そうですか。危険が危なくない感じで険しくないならそれで構いません」
【+ 】ゞ゚)「っかしいなー、どーっかでぜってー嗅いだニオイなんだよ。多分最近、うん、最近だな」
彼にとっての「最近」はまったく当てにならない。
だが、それを除いたとしても十分に彼は役目を果たしてくれた。
これで日曜日、都村先生を喫茶店以降に連れて行っても問題なさそうだ、ということが判明した。
(‘_L’)「ありがとう、オサム。私はそろそろ帰りますね」
【+ 】ゞ゚;)「えっ! そろそろって来たばっかじゃん! いつもはオレがキャベツ三玉、大根二本ゆっくり食べ終わるくらいは待っててくれるじゃんよ!
まだえーっと、昼? 昼っすよ!? 日が昇ってる間は暇なんだよおぉ退屈なんだよぉおろろろろおおおん」
47 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:40:40.08 ID:Jfmo0aBLO
支援
48 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:42:02.96 ID:ucTJESuk0
私は人形を鞄にしまいこんで立ち上がると、影法師のように同時に立ち上がった男に言う。
(‘_L’)「キャベツを投げるような子とは一緒にいられません」
その瞬間、目にも留まらぬ速さで、影が小さな個室内を飛び回る。
室内に散乱していた二種類の破片がその中に吸い込まれていく。
やがて小型の嵐が停止すると、異質の固い物を合わせて咀嚼する音。
まるで、セルロースのかたまりと、二酸化ケイ素の結晶を混ぜて噛み砕くような。
【+ 】ゞ゚))「キャベツ? 全部オレが食ってるけど?」
有害物質と有機野菜の食い合わせは、さぞ悪かろう。
(;‘_L’)「くっ、貴方という人は。リカバリーになってませんよ。私は帰りますから、早くマスターさんに謝りなさい」
【+ 】ゞ-))「ちぇー。筐体二台買ったから(‘_L’)とバーチャロン一緒にやろうと思ってたのに」
エレベーターに向かっていた私の脚が、止まる。
(‘_L’)「今なんと」
【+ 】ゞ゚)「『ちぇー。筐体二台買ったから(‘_L’)とバーチャロン一緒にやろうと思ってたのに』」
ふう。
(‘_L’)「テムジンは私が使います」
筐体でプレイするバーチャロンは四戦目で終了した。
何故なら、興奮した仮面の男がスティックコントローラをぶち折ってしまったためだ。
49 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:43:26.54 ID:ucTJESuk0
x<1 終
1 へ
支援
51 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:45:29.34 ID:Jfmo0aBLO
紫煙
52 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:47:29.69 ID:ucTJESuk0
無関係の人が遠くから見ていたら、洞窟の中央へとカット&ペーストされたリビングで行われる会合を、妙な光景だと思うだろう。
小空間は、彼女らの熱戦によるものか、水路の付近にも関わらず暖かく心地良かった。
しかし、渦中にある私達は、それ以上の感想を述べる。
ζ(゚―゚#ζ「なんであなたはいつもギリギリアウトのラインをさくっと踏み越えるのかなあ!」
ξ゚听)ξ「だけど先生方だって使いのモノに突然閉じ込められたら驚くじゃない。説明くらいしなきゃ失礼よ」
ζ(゚―゚#ζ「でも、歯に衣着せるってことわざあるでしょ!? 何事も四角四面徹頭徹尾馬鹿正直であれば良いってもんでもないの!」
ξ゚听)ξ「先生というものには四角四面徹頭徹尾正直であるべきだと思うの。それが生徒というものじゃないかしら」
ζ(゚―゚#ζ「うー……、それにしたって、用便ってなによ用便って! なんかもっと小奇麗な単語とか出ないかな!?」
一瞬の静寂。
ξ゚听)ξ「……排……便?」
ζ(゚A゚#ζ「Noooooooo!」
対面のソファ上で繰り広げられるのは、同じ顔を突き合わせての痴話喧嘩だ。
(゚、゚;トソン
(‘_L’)
感想。
この場にいづらい。
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:48:12.11 ID:Jfmo0aBLO
試演
54 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:49:47.68 ID:ucTJESuk0
黒髪の伊藤デレの妨害を物ともせず、もう一方の伊藤デレは詳しい説明をしてくれた。
私も確認した、強烈な発光。そして、金髪の方が言う残留分子の香り。
そのふたつは、金髪の伊藤デレから聞いていた生理現象・コケの反応を指し示していたのである。
先ほど光ったところのコケは今、元気に満ち満ちているのだろう。
女子高生の排泄物、そしてそれに喜び輝く植物。
どちらも完全に私の専門対象外だ。
そんな戯言なることを考えていると、烈火と氷河の対決のような口論が終結を迎える。
ζ(゚ー゚#ζ「もういい。ちょっと黙ってて」
ξ゚听)ξ「そう望むのであれば、それはもたらされるわ」
金髪の伊藤デレ……省略しよう、金デレさんは皮肉にも取れる言葉を最後に沈黙する。
黒デレさんは、荒い鼻息を一度大きく吐き出すと、荒々しく髪に手櫛を通した。
ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ先生。都村先生は特にお久しぶりです、って感じだね。
重森先生は体当たりとかしてごめんなさい。まさか先週すっぽかされるとは思ってなかったから、本当に頭来ちゃってて」
くしけずった後、手を膝に乗せてそう言う黒デレさんは、金デレさんのように無表情ではなかった。
コロコロと感情を表に出す様は、しかし、私の記憶にある黒デレさんとも一致しない。
それはひとまず置いておこう。
(‘_L’)「すみませんでした。近頃、少し慌しくしていて」
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、そっか。高校は今週合唱コンあったんだっけ。忙しかったんだよね」
言われて思い出す。
生徒の歌唱サポートを表面上とは言え行っていたのは事実だが、それこそ私は忘却していたのだ。
記憶力が低下しているのか、行事関連のことが脳の低重要度フォルダに収められてしまったのか。
あえて曖昧にぼやかすことにする。
55 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:51:47.63 ID:ucTJESuk0
(゚、゚トソン「そうそう、伊藤さんのクラスね、頑張っ」
(‘_L’)「最近はちゃんと食べているのかな。顔色も良いですね。ここの食事はどうなんですか?」
遮られた都村先生は口を半ば開けたまま、顔をわずかに私へ向けた。
そこには「なんですか」と書いてある。
適当な話題を吐き出しながら、黒デレさんの目を盗んでアイコンタクトする。
一部の話題は自粛する方向で、と。
ζ(゚ー゚*ζ「うん、多分地上で長く生活している時より食べてるよ。食べたいもの出てくるし、自分でお料理してみるのも楽しいし!
でもやっぱりお菓子とかは練習が必要みたい。阿部さんのケーキ食べたいなー」
もう一度、食べたいなー、と私が持参した小さな箱に視線を移す黒デレさん。
あ、ク#(やはり立場上伏字だ)、待ち合わせ場所をそこにしたのはそういう下心もあってのことか。
落ち着け私、円滑、円滑な物事の対処。
(‘_L’)「評判みたいだったので、チョコレートを使用したもの、用意しましたよ」
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、お土産だったんだ! ありがとうー先生ー! ツンと半分こさせてもらうね!」
リビング様の小空間から出て、ツカイノモノさんに何事かを耳打ち――彼の耳がどこかは知らないが――する黒デレさん。
笑顔でツカイノモノさんを見送った彼女は、戻ってくるなりソファに身を投げ出して、金デレさんの腿に頭を乗せた。
金デレさんは、膝元の黒髪を黙って撫で始める。
お互いに先の衝突を水に流したらしい。
ζ(^ー^*ζ「今モノがダイニングテーブル準備してるよ。んーんー……♪ そうだ先生達お腹空いてない? もうお昼すぎだったよね?」
実は少しだけ、と何か地雷を踏まないよう慎重さを滲み出させた都村先生に、私も同意する。
ぱあ、と寝転んでいた少女が表情を明るくすると、もう一人の少女を少し離れたところにあるキッチンスペースへ引き連れていった。
腕時計をちらりと見ると、短針は二をやや過ぎた位置を指していた。
支援
57 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:54:35.04 ID:Jfmo0aBLO
紫炎
58 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:55:02.99 ID:ucTJESuk0
小空間に残された私達。
出て行った二人は我々へのもてなし料理を作り始めたようだ。
はしゃぐ声と、食材を切る音が耳に届く。
(゚、゚トソン「金の『まきまき』ではない方の伊藤さんは、さっき金の『まきまき』である方の伊藤さんをなんと呼びました?」
小さな咳払いを、ひとつ。
(‘_L’)「『金の巻き髪』の方の伊藤さんのことを、ツン、そう呼んでいました」
巻き髪、の部分を少し強調して答えると、私は彼女達の言葉を反芻する。
『ツン』と呼ばれた少女。
彼女は、片割れの少女を『デレ』とは呼ばない。
――私は私を作ったんです
顎を撫でると、少し伸びた髭が若干の抵抗を指先に返した。
(゚、-トソン「彼女に兄弟はいましたっけ?」
(‘_L’)「思い当たるのは、一人だけ。しかし、それはお兄さんのはずです」
彼とは何度か、顔を合わせたことがある。
(゚、゚;トソン「それじゃあ生き別れの双子……? NHKに喜ばれそうですね」
ちりとてちんの方が好きです、と生返事をしながら、私はキッチンに並んで立つ二人の背中を眺めていた。
金髪の方が調味料やスパイスのようなものを手にする度、黒髪の方がそれらの使用法を指示している。
一方、デレが失敗しちゃった、と舌を出すと、ツンが首を傾けて軌道修正を思案するそぶりを見せる。
おかしい、としか言いようがない。
59 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 22:58:25.20 ID:ucTJESuk0
何がおかしいかを言及しだすと、この緑に光る大空洞、その入り口、構造など、きりが無い。
仔細な説明を得ることができないものは除外して、手早く回答を得られるものにだけ集中する。
最適な質問は何か。
また、彼女が、あるいは彼女らが私に向けてくる言葉何か。
せせらぎに包まれ、沈思黙考した。
(゚、゚;トソン「金髪の伊藤さん、なんか包丁の使い方危ないなあ。不器用な感じする」
まさか、ここを見せるためだけに私を招いたわけではないはずだ。
金髪の伊藤デレ、ツンと呼ばれる彼女は私という単語を多用する。
私。
どの私が、その私か。
一人称を三人称のように。
(゚、゚トソン「黒髪の伊藤さんの方はなんだかおっちょこちょいだし、ちょっと心配。……あ、でも皮むき上手」
ああ、そうか。
対照的な表情を作り出す顔はまったく同じなのに、二人はちょっとしたところで相違点がある。
オサム、危険は危なくないが、面倒ごとではあったみたいです。
(‘_L-)
(‘_L-)
(‘_L’)「あ、伊藤さん。ピクルスたっぷりめでお願いします」
とりあえず腹ごしらえだ。
60 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 22:59:17.98 ID:Jfmo0aBLO
C円
61 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:01:27.97 ID:ucTJESuk0
五分ほどしてツカイノモノさんが戻ってきてから、二人の伊藤さんは完成させた昼食を台車に載せて運び始めた。
その後招かれるままダイニングセットのある小空間まで行くと、そこには四人分の食器。
そして、それよりは大分多い料理が並んでいた。
湯気立つコーンスープは五リットルの寸胴入り、サンドウィッチが大皿に山盛り、そしてマッシュポテトと野菜がサラダボウルふたつ分。
ありえない。
Σ(゚、゚;トソン「ええっ?」
短時間の煮込みとは考えられないほど凝縮された旨味のスープ。
スモークサーモンとオニオン、ジューシーなローストビーフ、ハムと野菜のピクルス、ふんわりタマゴ、ジャムなどの各種サンドウィッチ。
甘く柔らかいバゲットに挟まれた具材は適量。
単純に潰されただけに見えたジャガイモは、油っこくないドレッシングがほどよく混ぜ込まれ、それだけでメインディッシュにもできる味。
ありえない。
(;‘_L’)「あんな短時間でこんなに美味しく仕上がるなんて」
黒デレさんは、女子高生にしてはなかなか発育の良い胸を張って口角を上げる。
ζ(゚ー゚*ζ「作ってると気がついたときにはこれだけできちゃってるんだ。すごいでしょう?」
この世界特有の効果か。
食材だって、大して味にうるさくない私にさえ上等な物ばかりだと分かる。
加工の過程をすっ飛ばした野菜のピクルスや、薫煙が完了された鮭の切り身が直接現れたと言うのは、実に信じがたい。
(*゚、゚*トソン「うわっふ、サラダもすんごいおいひー。伊藤さん、ラズベリージャムのサンドはない?」
ξ゚听)ξ「はい。それがクリームチーズ入りで、甘さ控えめのはこっちです」
都村先生は両手にそれらを取って食べ比べる。
直後、喉にパンを詰まらせた彼女のために、私は水路の水を汲みに走ったのだった。
62 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:04:30.63 ID:Jfmo0aBLO
詩園
63 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:05:14.31 ID:ucTJESuk0
ツカイノモノさんが食後の紅茶を出してくれると、我々の間には穏やかな空気が流れる。
対面に座る伊藤さん二人は、向かって右が黒髪、左が金髪だ。
揃って左手にカップを持つ彼女達は、確かに伊藤デレのように見える。
(-、-*トソン「プチ・ラマダンしてきてよかったあ……」
ζ(゚ー゚*ζ「ラマダン?」
ξ゚听)ξ「確かイスラムの断食習慣のことだったと思うわよ」
他愛の無い会話に和む女衆。
糖分も頭に巡ってきたし、頃合か。
私はティーカップを傾けた後、出し抜けに言葉を発した。
(‘_L’)「伊藤さん。本題に入りましょう」
計六個の視線が、私に集中する。
(‘_L’)「まずは、ごちそうさまです」
(゚、゚トソン「あ、ごちそうさまです」
食事に対する礼をしたものの、二人の伊藤さんは、微笑みと無表情をそれぞれの顔に貼り付けたまま停止している。
並んだそれらは、固まっていると異常性を発揮した。
都村先生が、変わった空気に居心地悪そうに身じろぎするのを目の端で捉える。
私は、無言の返答に、思い出していた。
週一回行っていた、ドア越しの不毛なる対談を。
しばし待っても返答は、ない。
64 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:07:31.36 ID:ucTJESuk0
あぐらをかく自らの姿を想起しながら、続けた。
(‘_L’)「お聞きしましょう。何故、貴女達は二人になってしまったのか」
いずれからも驚きの表現は、ない。
(‘_L’)「そして重ねてお尋ねします。何故、貴女達の知能が格段に向上しているのか」
いずれからも謙遜するようなそぶりは、ない。
(‘_L’)「最後に。何故」
――伊藤デレ本人をツンと呼ぶのか。
黒い髪に縁取られた、偽者の微笑がある。
金の髪に彩られた、本物の微笑がない。
そこまで言って、私は紅茶を口に含む。
甘い。
私の持つカップとティーソーサーが軽い音を立てた時、ようやく都村先生が息をする。
(゚、゚;トソン「何を、突然わけの分からないことおっしゃるんですか」
(‘_L’)「ごめんなさい、少し、彼女達の答えを聞かせてください」
これさえはっきりしたら、多分夕暮れ前には帰れそうなので。
65 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:08:49.53 ID:Jfmo0aBLO
支援
66 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:09:43.47 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「私は、この静かな世界を愛しています」
ζ(゚ー゚*ζ「私は、邪魔されないこの空間を愛しています」
ついに、二人の伊藤デレが交互に喋りだした。
音程を同じくするふたつの音声は、よく聞かなければ左右にディレイしたワンフレーズのようだった。
ξ゚听)ξ「一人で過ごすことに一切不自由がないこの世界」
ζ(゚ー゚*ζ「一人で完結して干渉を寄せ付けないこの空間」
ξ゚听)ξ「私は思ったのです、純粋に」
ζ(゚ー゚*ζ「私は考えたのです、単純に」
「不思議な非日常そのものの中で生を終えたい」
ユニゾン。
(‘_L’)「非日常は、そうして貴女の手中に収まりそうだったのですね」
二人称単数への返答に、完全一致した二人の首肯。
隣で呆気に取られている都村先生は、ツカイノモノさんと遊ばせてあげたいが、蚊帳の外も可哀想だ。
後で注釈をたくさん入れて、理解してくれたら良いのだけど。
ξ゚听)ξ「ですが、簡単には決心できませんでした。学校からは離れたかった」
ζ(゚ー゚*ζ「家族からも離れたかった。でも、そんな日常から本当に私が消えると思うと怖かった」
お互いが内容をリレーする形へと移る二人の伊藤デレ。
67 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:11:28.57 ID:V4T2nTpGO
支援
68 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:11:28.67 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「望めば全てを得られるこの場所で、私は考え、実行に至りました。完成まで一月がかかりました」
ζ(゚ー゚*ζ「もう、お察しの通り。そう、伊藤デレをもう一人、作ったのです」
(‘_L’)「貴女ですね?」
今度は黒髪の伊藤デレだけが首肯した。
ウェーブのかかった髪がわずかに揺れて、しかし、すぐ動きを止める。
彼女は、微量の原子が組み合わさって形成された、人間に似た何か。
ξ゚听)ξ「どうして気付いたんですか? わざわざ髪まで随分変えて、表情だってこんなに違うのに」
(‘_L’)「本物の伊藤デレさんは、左利きです。そして、ペンだけ右利き。
そうでない伊藤デレさんも、左利き。ですが多分、ペンもそうなのでしょう」
細い裏道に腕を突っ込んだ時、私の眼前に突き出されたのは右の手には、一朝一夕ではできないようなペンダコが付いていた。
黒髪の伊藤デレの手には、そう言った特徴が見られなかった。
(‘_L’)「それに、伊藤さんはそもそもから家にいなければ、家事手伝いもしてないはずなので、料理、得意ではないですよね」
私が彼女達を見ていない間、都村先生が様子を実況してくれたおかげで気付いた点だ。
(‘_L’)「あとは、多分に直感というヤツを頼ってみました」
簡単な推論と直感が根拠とは、化学担当教員の肩書きが泣くな。
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、実際には、私の方が家事一般も得意ですよ」
やや得意げに見えるのは、おそらく気のせいだろう。
二人は、話を続ける。
69 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:13:11.71 ID:Jfmo0aBLO
紫煙
70 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:13:29.22 ID:V4T2nTpGO
死閻
71 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:13:41.22 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「問題はここからでした。それまでに私が作ったものは意思を持たないものばかり」
ζ(゚ー゚*ζ「『もう一人の私』という望みが短絡的なものであると気付いた時には、既に私は完成していました」
ξ゚听)ξ「必要だったのです。教育が。幼児となんら変わりない知能しかもっていない伊藤デレ」
ζ(゚ー゚*ζ「始めは本当に手がかかったと記憶しています。なにせ運動レベルは十五歳の女の子のままですから」
伊藤デレは、体育の成績は中の上と言ったところだったか。
ξ゚听)ξ「早くしなければ、不登校になっていた私の学年はひとつ繰り上がってしまう」
ζ(゚ー゚*ζ「願わくば、明るく元気な私を学校生活へと戻し、そちらでもできる限り幸福でありたかった」
(‘_L’)「留年は、確かに結構危ないラインまで差し掛かってました」
嘘だ。
規定出席日数は既に先月割っていて、私はそれを彼女の家族に秘匿していた。
都村先生の咎めるような視線を感じる。
72 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:16:30.14 ID:ucTJESuk0
ξ゚听)ξ「教育係として、今度はもっと早く作れて、有能な道具を用意しました。私が自宅に帰っている間の世話役でもあった、使いのモノ」
呼ばれた乳白色の板は水路から乗り上げて、小空間の横にその大きな体を寄せる。
そして、ヒトの腕状に変形させた触手を一本ずつ、二人の伊藤デレに伸ばす。
黒髪の伊藤デレは、肩辺りに漂うその片方を愛しそうに撫でると、続きを話し始めた。
ζ(゚ー゚*ζ「モノは私のお母さんで、お父さんで、兄弟でもあり、先生でもあり。そして友達でした。始めは今の四分の一ほどのサイズだったんです」
(‘_L’)「成長したということですか」
小さく作って、未熟な伊藤デレとともに育ち行かせる。
人間の子供を育てるときに子犬を飼い始めると良いと聞いたことがある。
それと同じようなものか。
ξ゚听)ξ「すぐに使いのモノは私以上に知識を蓄えました。白状します。先生から頂いた課題プリントは、使いのモノが解答していました」
(‘_L’)「しかし筆跡は……、あーまあ、彼器用そうですしね」
ζ(^ー^*ζ「ふふふ、先生がほめていたのは伝えてあるの。ね? モーノー……んーんー……♪」
砕けた口調になった彼女は、立ち上がり、ツカイノモノさんの柔らかい本体に抱きついた。
旧帝大の入試問題を戯れに混ぜていたことを思い出す。
あの問題は、いかに勤勉な高校一年生が取り掛かろうと解答できるものではなかった。
それを淀みなく、しかも模範解答とは異なった視点から解いた彼は、相当の知能を持つことになる。
その下でしばし生活を送っていた彼女達は、なるほど、彼に鍛えられていたのか。
ξ゚听)ξ「でも、不足がまだ見つかりました。これは完全なる欠陥でした。使いのモノにもどうすることもできないことです」
金髪の、本物の伊藤デレのターンだ。
ツカイノモノさんはもう片割れの伊藤デレを自身の身体に乗せ、揺り篭のように、母親のように優しく揺れている。
73 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:16:33.82 ID:Jfmo0aBLO
試演
74 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:17:10.05 ID:V4T2nTpGO
支援
>>69 どっかで見たIDだと思ったら、狭間のときはどうも
75 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:19:07.82 ID:ucTJESuk0
(゚、゚トソン「欠陥?」
完全に外野扱いしていた彼女の発言に、少々私は驚かされた。
ξ゚听)ξ「私には、都村先生の記憶がありません」
そう、そこだ。
(゚、゚;トソン「えっ? でも、伊藤さんが伊藤さんなら、覚えているはずじゃないの?」
私を惑わしたのは都村先生、まさにそこでした。
ξ゚听)ξ「さらに言うなら、重森先生を除いた学校の人間も、過去の友人達の顔も名前も覚えていません」
(‘_L’)「ご両親のこともですか」
ええ、と伊藤デレは頷く。
何故?
都村先生が連続してよっつ目の疑問符を投げかける。
ζ(^ー^*ζ「足りない部分は、どうやっても、モノにも補えなかったの。
だから、ここに篭もるツンが、大切な記憶をたくさんたくさん私にくれたんだ」
質問者は狼狽する。
(゚、゚;トソン「ちょっと待って。整理するね。まず、黒い髪の貴女は人じゃない。ここで生まれたせいで、知らないことが多くあった。
それをええっと、伊藤さんがすっぽりあげたっていうこと?」
伊藤デレ、本人の肯定に、彼女はますますあえいだ。
76 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:19:43.11 ID:V4T2nTpGO
死炎
77 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:21:00.39 ID:Jfmo0aBLO
78 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:21:04.61 ID:ucTJESuk0
(゚、゚;トソン「ここに篭もるってことは、必要がないって思った、そういうこと? 色んな人たちとの思い出を捨てたの……?」
ξ゚听)ξ「捨てた、というのは語弊があるかも知れません。的確な言葉を使うなら『預けた』、が近似していると思います。
日常に戻るデレの方が、よりそれを必要としただけです」
ζ(゚ー゚*ζ「伊藤デレの正しい感情表現も私の中に移動してるのよ。悲しいとかいらない気持ちは全部ツンの中!
ツンがね、私に名前もくれることになってるの。私は私になれる、ツンが私にしてくれるんだ」
(‘_L’)「伊藤デレ」
その呼びかけに、二人が同時に振り向いた。
「なんですか? 重森フィレンクト先生」
(‘_L’)「そろそろ私に言いなさい。この空間が叶えられない貴女の願いを」
ひどく冷たい声でそう言うのを、抑えることはできなかった。
私は、もう、この場所からいい加減、出たくなっていた。
胸中を形容するには、この一言で十分だと思う。
子供のわがままに、ムナ#ソが悪くなっていた。
伊藤デレを見る。
右目で黒髪の、左目で金髪の伊藤デレを見る。
ξ゚听)ξ「私、いえ、この伊藤デレを連れて行ってあげてください。伊藤ツンは、それだけが先生に相談したいことでした」
ζ(゚ー゚*ζ「今まで言えなくって、こんなに急でごめんなさい。でもね、私、嬉しかったよ」
79 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:22:39.96 ID:V4T2nTpGO
支援
>>77 いや、一緒に支援祭りしてた人
紛らわしい言い方でスマソ
80 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:23:08.45 ID:ucTJESuk0
何か相談したいことがあったらプリントに書くのでもなんでもいいです、教えてください。お母さんには見せませんから。
81 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:24:08.30 ID:V4T2nTpGO
私怨
82 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:26:26.28 ID:ucTJESuk0
来た順路と逆に、ツカイノモノさんは水路を進んだ。
乗客は三名。
進行方向に向かって、私、都村先生、伊藤さんという並び。
柔らかな座席はもっちりとして、少し、暖かさを持っているに感じる。
緩やかな起伏を、私達を揺らさないように進む乳白色の板は、観光用ルートとの分岐点で一度停止した。
外周からゆっくりと柵を形成し、カゴ状になった板はその脚を伸ばし、ドームの天井付近まで上昇した。
途中、都村先生が下を見て悲鳴を上げると、それっきり彼女は天井を向く。
降りたら教えてください、と微かに囁いたようなので、それまで私はツカイノモノさんの計らいを堪能することにした。
上から下から生えた鍾乳石は近くで見ると、水分に覆われていて、艶やかだ。
伊藤さんはそれを撫でると、眼下に広がる水路、小空間、淡く緑に光る壁を愛しげに眺める。
彼女がどんな気分かは、私には当然のことながら、まったくわからない。
わかろうとしていないだけ?
いや、わかるわけもない。
彼女は育ての親に高い高いされ、子宮の内壁に滴る自らを構成する成分で手を濡らし、そしてこれから永遠にそれらと別離するのだから。
カゴの床部分からかなり簡素な人型が形成されると、伊藤さんはそれと抱擁を交わした。
しばらく、私はそれを黙って見ていた。
83 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:27:55.60 ID:V4T2nTpGO
紫煙
84 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:29:14.95 ID:ucTJESuk0
長い階段の入り口に、不機嫌な顔をした小さな人形が膝を抱えて座っていた。
(‘_L’)「君も外に出るのですか?」
ξ゚听)ξ
当然のように返答はない。
持ち上げて、うつむいた伊藤さんの前に出す。
彼女はその人形を受け取ると、連れて行く、と言った。
振り返ると、ツカイノモノさんが静かに震えているところだった。
都村先生は、その様子に涙腺が決壊したのか、涙を浮かべながら駆け寄る。
(;、;トソン「またね! モノちゃん、また会いに来るからね!」
私の傍らにいる少女は、それはできないの、とぽつり呟く。
(‘_L’)「彼女はここを閉鎖するつもりなのですね」
首肯。
そして、彼女は胸元の人形を撫でた。
何かを水滴が打つ音を聞く。
悲しみを持たないはずの少女は、何故かそれを、目元にたくわえていた。
(‘_L’)「うん? これは私のペンと――」
85 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:30:01.60 ID:V4T2nTpGO
獅燕
86 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:30:18.33 ID:Jfmo0aBLO
C円
>>79 そうかw勘違いしてスマソw
また一緒に支援祭出来るなんてw奇遇だなw
87 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:32:38.06 ID:ucTJESuk0
ここからは、取り立てて語るようなことはない。
階段を上りきったかどうかを確認する前に、私達は真っ暗な曇天の夜空の下、細い裏道の前に立っていた。
ふと、腕時計を確認したところ、時刻は午後三時五十二分。
しかし駅のホーム備え付けの時計は、午後六時二十九分を示していたことに、私は気付いた。
その後、都村先生と生徒を家まで引率して、更正させた、という旨を報告。
娘を家に迎えた伊藤夫妻は、何やら物理的に二人の距離が相当近かった。
伊藤氏も上手くやったらしい。
都村先生は家族再生で再び落涙したが、これはポジティブなものなので下手にフォローを入れなくても大丈夫だろう。
彼女の最寄駅まで見送ると、私は帰路についた。
そうだ、こんな話もある。
自らの部屋に戻って、夕食用にキャベツを取り出した時、気が向いて電話をかけた。
着信拒否設定を解いて、ダイヤル。
コール。
相手が通話ボタンを押す前に音量を最小にした上、腕をいっぱいに伸ばすのは忘れなかった。
『フォオオオオオオォォォォォォオウウウ!! (‘_L’)? (‘_L’)でしょ!? だってこの番号お前専用だもん!!
隠すなよぉ隠すなよぉ、分かってるんだぜオレの声聞きたくなっちゃったんでっしょおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!?』
と、言うのが十分ほど続いたので、テンションが多少下降線を辿り始めるまでやはり、携帯電話は床を転がった。
『もしもーし? (‘_L’)? 寂しいよー、答えてよおぉぅん。もうそろそろオレお仕事だからせめて一言口聞いてよおぉぅん』
【(‘_L’)「あ、すみません、ちょっと電波悪いところにいまして。なんだ繋がってたんですね」
『あっ! (‘_L’)ー待ってたよー(*'∀'*) なんだよそうならそうと早く言おうよ、オレ焦っちゃったじゃーん』
【(‘_L’)「はは、お仕事前に悪いですね」
『も、マジ! マジノープロだから! ノープロブレムッッ!! D.I.Y! ドントマインド・いつでも・よろこんで!』
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:34:25.03 ID:V4T2nTpGO
支援
>>86 いや、俺が悪かった。趣味が合うな。
おまえさんとは良い支援ができそうだ。
じゃあ、雑談はやめて漢は黙って支援
89 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:35:28.82 ID:ucTJESuk0
うるっさいですね。
『それで? (‘_L’)から電話してきてくれるなんて、なんかあったの?』
【(‘_L’)「昨日、貴方に見てもらった人形でしたけど、まったくの無害でした。さすがオサム、良い鼻してますよね」
言うが早いか、再び携帯電話を床に置いて、今度は布団にくるむ。
褒めた後、沈静化するまで時間はどれくらいだっけ。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
『…………』
【(‘_L’)「あー、本当にごめんなさい。また電波が」
『ノープロノープロ……ははは』
しまった長すぎたか。
『あ! そうだよ、それなんだけどさ、思い出したんだよあのニオイ!』
【(‘_L’)「何系でした?」
聞いて私は後悔した。
感想。
うわーお。
【(‘_L’)「……続けて」
『マジで最近だった。オレがアメリカいたって話したことあったよね?』
90 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:36:04.76 ID:Jfmo0aBLO
詩園
電波が……安定しないorz
91 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:36:30.49 ID:V4T2nTpGO
試演
92 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:37:20.06 ID:ucTJESuk0
【(‘_L’)「ええ、何年前とかっていうのは忘れましたけど」
『アブ、なんだっけか、ほら、奴ら自分とこに人間連れてく趣味あるじゃん。オレもそれ興味あってさ、あっちの友達と追っかけてたのよ。
そしたらそいつらと一緒に車ごと連れ込まれちゃったんだよ! いやー笑った笑った、遠くで見てたら突然ブッワー! やられてさ』
【(;‘_L’)「また貴方はエライ体験してますね」
『良い奴らだったんだけど、その内の一人がオレの友達と交渉してさ、改造してもいいかっちゅーこと言い出したわけ』
ううむ、解剖じゃないだけマシか。
【(‘_L’)「どうなったんです、そのお友達」
『聞いたらクソ笑うぜ!? 血液、歯、骨まるまるぶっこ抜いて、神経除いて全とっかえ!』
【(‘_L’)「恐ろしいこと言ってますけど、何とですか」
『ワインが色同じだからって入れられて、歯は豪華にってコンセプトでダイヤ! 骨だけそいつらんとこでもレアな金属だってさ!』
【(‘_L’)「あー、分かりました。うん。ありがとう。また、今度お邪魔しますね」
『ウソ、つまんなかった!? いやマジマジ、アレは見たら笑うって! ピヨッた目で全身まだらになって、泡吹いたアイツがさ回転ジャンプだぜ!?
金属も軽いヤツだから重力足んなくて――――あ、すんません電話切ります。分かってます。いや、( <●><●>)さんことじゃなくて、すんま』
通話終了。
(‘_L’)「……大気圏外系住民の方々って貴方」
さすがに私の手に負えないですよ。
93 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:39:08.46 ID:V4T2nTpGO
私怨
94 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:39:39.20 ID:ucTJESuk0
1 「かくして日常へ戻る」 終
1<x へ
95 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:41:11.41 ID:7p6uo7Th0
支援
96 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:41:34.40 ID:Jfmo0aBLO
おk把握
支援
97 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:41:48.34 ID:V4T2nTpGO
乙
98 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:42:49.36 ID:ucTJESuk0
黒い出席簿の中には、春からの新顔達と見知った生徒の名前が並んでいる。
まだ、彼らの名前の横には出席を意味する丸も、欠席を意味するぺけもついていない。
表紙に書かれた自らの名前、重森フィレンクトの部分をパタタと叩いて一人ごちる。
(‘_L’)「そういえば『ksms tech』のケーキ結局食べてないですね」
春期休暇中の職員室の戸が、唐突に開かれる。
出勤しても、大学受験を済ませた生徒達の合否発表くらいしか飛び込んでこなかったので、私は特にそちらを見ることはしなかった。
近づく足音、そして、横合いから伸びる白い手が出席簿を取った。
手の持ち主へと、視線を移していくと、やはり薄化粧の可憐な隣人がそこには立っていたのだった。
唇を動かしながら黒のファイルを一枚めくると、その手は止まる。
(-、゚トソン「もう一年、先生のクラスなんですね。伊藤デレさん」
紙面から目を離さずに、彼女は言う。
(‘_L’)「教頭先生に交渉してみたら、逆にお願いされるくらいでしたよ」
扱いに困りそうな、留年した生徒を受け持ちたがる教員などなかなかいないのだろう。
別段、給料に変化があるわけじゃなし、問題の有無で言ったら当然、無いクラスの方が喜ばれる。
担任制度は、労力ではなく役職でしか見られないものだ。
(‘_L’)「その時、小耳に挟んだんですけど。都村先生、常勤講師になられたそうですね」
彼女がファイルから目元だけ覗かせる。
かなり、嬉しそうだ。
口元は緩んでいるに違いない。
(-、-*トソン「むふふ、ちょっとばかり努力が認められたみたいですね。ま、当然ですけど」
99 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:44:33.51 ID:Jfmo0aBLO
支援
100 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:44:46.21 ID:ucTJESuk0
花粉舞い散る、いや桜が咲き始める三月下旬に、私達はいつか訪れた街で会うことにした。
やや栄えたその街は、駅から少し歩いたところに洒落た喫茶店がある。
さらに人気の無い住宅街へ足を運べば、どこかに小汚い、小学生がようやく一人通れるような小道を見るのかもしれない。
そんな場所で、で……でえっ……でっ……
(‘_L’)「でうぇっくし」
Σ(゚、゚トソン「わ、すごい伸びる鼻水!」
失敬、と呟きながらティッシュを取り出すと、ポケットに一緒になっていた紙が手に触れる。
内容を思い出しながら鼻をかむと、目まで痒くなってきた。
(‘_L’)「お願いがあります、都村先生。私が今日死んだら花粉のせいだと家族に伝えてください」
(゚、゚トソン「うーん、嫌ですねー」
にべも無い。
薬が効いてくるまでもう少しかかりそうだ、と考えていると、目の前に『ksms tech』の看板が現れる。
くだらないことを言ってたら、すぐに目的地に着いてしまうものだ。
ドアベル。
見上げるとあの日と変わらぬベルが揺れて、軽やかな音を奏でていた。
店内を見渡すと、コーヒーを運ぶいい男――こちらに気付いてウィンクをした――、多数のカップル、そして、
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、先生! 遅いですよ!」
ウェーブのかかった黒髪が似合う可愛らしい少女がそこにいた。
ちょっと大きめのトートバッグから、不機嫌そうな表情の人形がちょこんと顔を覗かせている。
(‘_L’)「すみま、すみ……うぇっ……」
101 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:46:18.00 ID:r4+mUtaAO
ようやっと追い付いた……支援!
102 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:47:26.27 ID:ucTJESuk0
N| "゚'` {"゚`lリ「久しぶりじゃないか、男前」
背後からかけられた優しいバスボイスに驚いてくしゃみが途中で止まった。
おそらく私は、今、かなりアンニュイな表情になっているであろう。
ζ(゚ー゚*ζ「マスター、お二人はとりあえずブレンドコーヒーだって」
N| "゚'` {"゚`lリ「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。待ってな、今持ってくる。ところで先生」
耳元で囁かれる。
――ちょっと弱ったその表情、すごいそそるぜ。
(‘_L’)「んあい? それはどうも」
ぼんやりと生返事をして春用コートを脱ぐと、彼は都村先生の分と合わせて受け取り歩いていった。
(゚、゚*トソン「マスターさんかっこいいよねー」
座りながら、都村先生はキッチンへと消えた広い背中を見て言う。
伊藤さんが興奮して同意すると、二人は小さくきゃー、と両手を合わせた。
くしゃみが止まって苦しい私は、座るまでの動作が鈍く、背後の席にぶつかってしまった。
足元までふらつく。
(‘_L’)「おおっと、すみません。……って、アレ? お兄さんもいらしてたんですか?」
ぶつかった先には、男女の二人組がかけていて、男の方はなんと伊藤さんのご兄弟だった。
彼は私が誰だかわからないような反応をして、曖昧に声を出す。
彼女氏と目される女性は、さらに怪訝な表情で私を見上げていた。
103 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:47:37.28 ID:V4T2nTpGO
紫煙
104 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:49:16.70 ID:ucTJESuk0
ζ(゚ー゚*ζ「お兄さん、って誰のこと言ってるの?」
(‘_L’)「え、私、お兄さんとは伊藤さんのお宅で何度かお会いしていますよ?」
(゚、゚トソン「ああ、こないだおっしゃってましたね」
伊藤兄は、そこまで聞いて私の顔を凝視。
数秒後、ぎょっとする。
何故そんな驚くのか。
いつもはポーカーフェイス気取ってます、みたいな無表情なのに、彼女氏の前ではこんなに感情豊かだ。
「ひ、人違いですよ。ははは」
ζ(゚ー゚*ζ「私、お兄ちゃんなんて……あ」
明らかに私の存在を認めた上で、慌てて否定を始めた伊藤兄。
何やら思いついた、という表情で伊藤さんは実兄の肩に手を置く。
ζ(^ー^*ζ「おにーいちゃんっ、ちょっとお母さんのことで相談あるからこっちきて!」
「ちょ、まって」
ζ(゚ー^#ζ「ね?」
店外へ連れ立っていく兄妹の姿は微笑ましい、と考えていると、彼女氏がこちらに話しかけてきた。
辞書の「おずおず」という言葉に図解を付けるなら、彼女氏は適任だと思う。
「あの、あたしの兄がなんかしました?」
105 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:49:41.91 ID:Jfmo0aBLO
紫煙
106 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:49:48.67 ID:V4T2nTpGO
獅燕
107 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:51:53.85 ID:ucTJESuk0
(゚、゚トソン「伊藤さんのお姉さんですか?」
「あたし達は杉山ですけど……」
(‘_L’)「あれ」
気になって店外へ出てみると、伊藤さんが可愛らしい顔を真っ赤にして怒鳴っているのを発見した。
その御前には、土下座をしてアスファルトに落涙するお兄さん。
道行く外国人のおじ様おば様が笑いながら写真を取るその光景は、非日常的だった。
ζ(゚ー゚##ζ「二度とウチの門をくぐるなっ! お母さんに連絡を取ろうとするな! 窓からアンタの顔見かけたら承知しないからね!
私が絶対、絶対、絶対に許さないんだから! 返事しなさいよっ!」
烈火の如く、とはこのような様子を言うのだろう。
そして、彼女の息継ぎの途中に聞こえるカタコトの日本語。
ドゲーザ。
セップーク。
ハラキーリ。
(‘_L’)「何事ですかこれ」
ζ(゚ー゚*ζ「あーすっきり! あ、先生。害虫駆除終わったからケーキ食べよ」
ぐいぐいと腕を引っ張る伊藤さんの力は、強かった。
108 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:53:11.14 ID:V4T2nTpGO
支援
109 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:53:50.74 ID:ucTJESuk0
店内ではお兄さんの彼女氏が、都村先生と談笑しているところだった。
(゚、゚*トソン「ウチはね、弟いるんだけど、またホント片付けられないヤツなんだよー! 最悪だよ!」
「ウチの兄貴なんかそれに加えてプーですよプー。働いてないのに、どっかにふらーっと行っては、お金持って帰ってきて、
『体売って稼いで来たからピザ取ろうぜ』とか突拍子もないこと言うんですよ!」
やだホントなのそれ、ちょっとしっかりさせなよー、という言葉を聞いていると、再び伊藤さんの耳が赤く染まる。
ζ( ー #ζ「先生、先、戻ってて」
ドアが閉まる刹那、私は確かに聞いた。
「耳揃えて金返せ――――ッ!!」
(‘_L-)
(‘_L-)
(‘_L’)「あーあー、なるほど」
学生時代、ドクターの女性との間にあった関係をそうと呼ぶなら、恋愛経験はそれしかない。
以降、今日に至るまで男女間の行為を一度もない私としては、何故伊藤夫人が彼のような男性を選んだか分からなかった。
不埒な感情の行く先が、間違った日本人像を国外に流出させるだなんて、馬鹿馬鹿しい。
回避、回避。
伊藤さんのお宅では、結局私は「何も」ご馳走になっていない。
110 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:55:06.71 ID:V4T2nTpGO
試演
111 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:55:58.36 ID:ucTJESuk0
(゚、゚*トソン「あー、楽しかった! 久しぶりに新しいお友達できちゃった」
(‘_L’)「それは良かった。私は後半、帰りたくなってましたから」
楽しそうな会話にも、激しい罵倒にも混ざれず、途中いじけかけていた。
その言葉で都村先生は、はたと足を止める。
(゚、゚トソン「what a concrete guy!」
(‘_L’)「はあ」
(゚、゚トソン「思ってたんですけど、重森先生ってなんでもばっさりしてますよね」
あっさり、ではなくてだろうか。
呆れた、という感じに首を傾けた彼女は続ける。
(゚、-トソン「はっきりくっきり、こうだった! こうしろ! こうなんだ! みたいに言うじゃないですか。
あの時、ほら、伊藤さん達に結論言え! って冷たく言い放ってましたし」
(‘_L’)「そんな強い口調でしたっけ」
(゚、-トソン「まあ、口調はともかく。いざってときに既に、先生の中では行動が具体的に決定されてるじゃないですか。
そういうので、思ったんですよ。『what a concrete guy!』って」
なんちゅう堅物だ! としか私には訳せないが、そこは黙っておこう。
(‘_L’)「ビジネスライクに話を進めた方が、私も周りも動揺しないで物事が進むから、そうするだけですよ」
努めて地面を見るようにして、そう言い切った。
前を歩く伊藤さんが、西日によって長い影法師を落としている。
112 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:56:18.59 ID:r4+mUtaAO
ご馳走になってなかったのか
思わせ振りだったな、前スレ
113 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:57:29.71 ID:Jfmo0aBLO
試演
114 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:57:39.48 ID:V4T2nTpGO
私怨
115 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:58:09.07 ID:ucTJESuk0
コンクリートジャングルに住んでいて、私の手に負えないことはごまんとある。
そのほとんどが、解明できないabstractなものだ。
例えば、銀河のどこかの誰かが残した遺跡。例えば、物理法則を無視してキャベツでガラスを割る死神。
例えば、美味しいチョコレートケーキの作り方。例えば、複雑怪奇な感情を発する人間の心。
(゚、゚トソン「ふーん……。ま、concreteだから特別どうとは言わないんですけど」
(‘_L’)「なんですかそれ」
顔を上げて、いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女と目が合う。
私は思わず苦笑した。
ζ(゚ー゚*ζ「先生達ー! 日が暮れちゃうよー!」
随分遠くまで歩いてから私達がついてきていないのに気付いた伊藤さんは、両手で筒を作って叫ぶ。
こらこら静かに、と言いながら老体に鞭打って小走りで向かうと、横を風が通り抜けた。
(゚、゚トソン「競争です」
(‘_L’)「ちょ、まっ」
マジに走ってる!
私達は、夕日に向かって歩いた。
左から私、都村先生、伊藤さんという並びだ。
どこかで見た細い裏道は、見当たらなかった。
霞か雲か。
伊藤デレが見つけたドアノブは、もはや記憶の中にしか存在していない。
つまり、逆説的に存在しないことがconcrete、はっきりとした状態となっている。
消えたドアノブは今やコンクリートな世界の住人である、ということだけが私には分かっている。
116 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/10(火) 23:59:38.25 ID:ucTJESuk0
私のポケットに一通の手紙がある。
内容はこんな感じだ。
117 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/10(火) 23:59:47.98 ID:V4T2nTpGO
紫煙
118 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:01:12.44 ID:xbE4rc56O
紫炎
119 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:02:06.93 ID:CmxfO6i10
「この手紙は、あなたに記憶を移す直前に書いています。うーん、緊張する……。
私、伊藤デレは、地上に出た伊藤デレに全てを譲ります。自身を育てるためには、周囲のものと記憶が一致していた方が良いよ。
両親、少ないけれど友達、お気に入りのCDやアクセ。お日様の下を歩く権利、学校に行かねばならない義務。
買い食いして先生に見つかって逃げたり、延々とコイバナで駄弁ったり。もしかしたら、誰かと恋愛するかもしれない。
もしかしたら、苦しいことに立ち向かわなければいけないのかもしれない。そんな色々を、全てを譲ります。
わがままを押し付けて、そう、もう一人のあなたに押し付けてごめんなさい、デレ。ごめんなさい。
持てる全てをあなたの中に、良いものだけをあなたに、注ぎます。あなたのお母さんみたいなこの地底世界を独り占めしてごめんなさい。
黙っていたことがあります。あなたは、実は完全には死ぬことがないようになっているの。
私がここで生き続ける限り、あなたが死んでも、魂が私のところに戻ってくるよう作ったわ。
だから、心配しないで。振り返ることなく、一生懸命生きてね! そうして、また私の中で、それかあなたの中で一人に戻りましょう!
あなたの楽しい日常生活を教えてもらうのを、永遠に待っています!
もうひとつ報告があります。私自身の身体は既に半分機械みたいにしてあります。
不機嫌な私に似た人形と同じくらいの性能は持ってるから、当分死ねないっていう(笑
良かったら、身体の修理が必要になるかもしれないので、そういうのが得意な友達を作ってください。
だって、せっかく一人に戻っても身体がサビで動かなかったらかっこ悪いじゃない。
最後に、使いのモノからメッセージがあります。
『人生万事、塞翁が馬』
じじ臭いっていうかばば臭いっていうかさ(笑
そろそろ手紙を終わらせて人形に持たせます。じゃあね! 先生によろしく!
愛する私、伊藤デレへ。伊藤デレより」
120 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:02:09.88 ID:pKdGlWldO
支援
121 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:04:18.94 ID:CmxfO6i10
これは、伊藤デレには見せていない。
こんなの、知らない方が本人のためだ。
誰かに言われなきゃ必死こいて生きられないようなら、そんなのはたいした人生じゃない。
中途半端な状態だったとして。
中途半端な状態であったとして、その半端を貫くことができないなら、私は嘲笑に値すると思う。
私の人生?
目の前のことをビジネスライクにこなしているだけですよ。
ほら、こんな手紙があるからまたこなすべき仕事が増えた。
コール。
「もしもし、お久しぶりですね。何年後になるかわからないんですけど、修理依頼してもいいですか?」
「ほら、今はポスドクでも、その内に絶対ラボを持つって言ってたじゃないですか」
「もしかしたら女の子のサイボーグ連れて行くかもしれないので、その時はよろしくお願いします」
「お礼はしますよ。じゃあ。はい。ははは、ありがとう。また、近いうちに会いましょう」
通話終了。
122 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:05:12.39 ID:pKdGlWldO
獅燕
123 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:06:20.71 ID:CmxfO6i10
x=n 終
124 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:06:40.01 ID:xbE4rc56O
C円
125 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:07:32.72 ID:pKdGlWldO
乙?
126 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:07:33.10 ID:CmxfO6i10
――ただし、nは任意の自然数とする。
127 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:08:14.94 ID:pKdGlWldO
支援
128 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:10:09.83 ID:CmxfO6i10
はい、以上で(‘_L’)コンクリートな世界のようです、を〆たいと思います。
>>26で前スレのログを上げてもらっているので、
なんだ中盤からじゃ分けわかんねーよって人はどうぞ。
あとがきとか書いたことないから、お礼をば。
いやあ、長いことお付き合いありがとうございました。
支援サンクス! 今回はさるなかった!
それではご質問などありましたらどうぞー
129 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:11:38.29 ID:hDSSKquh0
乙!!何かすげえ面白かった!
130 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:11:56.48 ID:pKdGlWldO
乙乙乙!
読後も夢が広がる
フィレンクトの事情がスゴく気になるwww
131 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:14:07.47 ID:EAJn+cAKO
乙!
同一の世界観で話を書く気はある?
あんたの文章大好きだわ
132 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:14:55.76 ID:xbE4rc56O
乙〜
実はまだ追い付いてなかったりするw
133 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:15:07.17 ID:CmxfO6i10
あ、そうだ言い忘れたことがあった。
ξ゚听)ξぴーががががが
霞か雲か
地底都市
スイッチオン
総合で、以上の四つのお題をもらって書き出した話で、実は皆ロボットの予定だったんだよね。
まあ、五秒で方向転換してひねた(‘_L’)先生が喋りだしたので、あとはそのまま。
スイッチオンだけ拾えてないな。
おしっこしてくるので回答はちょっと待って下さいね。
134 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:19:03.96 ID:pKdGlWldO
総合お題話だったのか
オサムが新鮮。だがそれが良い……
135 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:19:38.62 ID:CmxfO6i10
>>112から。
ログから引用。
玄関の鉄扉をがちゃりと言わせると、三メートル向こうで、この家の一員が門を開けるところだった。
おや、先生いつもお疲れ様です。
いえ、教師の務めですから。
ポーカーフェイス、と胸の内で呟きながら、会釈を交わすとそのまま振り返らずに帰路へ就く。
誰がポーカーフェイスなのかは名言せず、家族のメンバーが(-_-)であるとも言ってないのがミソです。
136 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:22:13.14 ID:CmxfO6i10
>>129 あっす!
地の文多いから読んでくれる人いるかが心配だったんだぜ!
>>130 読後にさっぱりと世界から抜けつつ、時々思い出してくれ!
みたいなコンセプト。
フィレンクトはもうね、化学教員やってる癖に科学に縁遠いんですよ。
137 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:22:52.42 ID:xbE4rc56O
やっと追い付いたw
>>128 役に立てて良かったw
前スレログ貼ったものです
現代物っぽいのに不思議な世界で面白かったw
138 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:24:45.45 ID:DpC22w7I0
よくわからないなぁと思ったら後編だったのか
雰囲気かっこよかった。前編も読んでくるよ
139 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:27:59.64 ID:CmxfO6i10
>>131 nは任意の自然数が入ります。
書くかもしれないし、書くかもしれないですね。
うん、春期休暇中なんでたぶん書く。
また総合でお題もらうか、それか今回の人々から掘り下げるかは未定。
でも、書き溜めしてから投下したいので最低一週間は消えます。
>>132ってか
>>137 君のおかげで
>>138は導かれた。
うふふ、ありがとう。
前半は完全に日常で、後半は完全に非日常で染めるのが目標でした。
前半で切られたらホントどうしようもねー話だったんですけどね。
140 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:28:33.20 ID:pKdGlWldO
>>135 兄(偽)か?
ん〜。チラ裏的なものが欲しいが、ないのが良いっちゃ良いな………
改めて乙ー
141 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:29:36.39 ID:CmxfO6i10
>>138 うん、そうなんだすまない。
良かったらゆっくり前半読んでいってください。
142 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/11(水) 00:34:06.12 ID:CmxfO6i10
143 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:35:23.60 ID:xbE4rc56O
ksms techのガトーショコラ食べたくなったw
改めて乙〜
144 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:37:44.14 ID:pKdGlWldO
>>142 そんな感じ
けど、なんとなくやめとく
夢は、夢のままが良い………
そろそろ酉外そう。
>>143 ksms techってコスメスティックって読めないか
そう思った瞬間ゲシュタルト崩壊し始めた。
>>144 なら、やめときましょう。
うーん。
もう一周ばかし読むとしつこいくらい色々混ぜたりしてるかも。
そろそろ誰も見てないかな。
あざっしたー。
ξ゚ー゚)ξノシ
147 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:50:23.17 ID:xbE4rc56O
148 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/11(水) 00:52:00.45 ID:DpC22w7I0
乙
今、前スレ読み途中だけどフィレンクトのキャラが新鮮でいいな
おもしろいです
うお、まだ人いたか
>>148 前回さるもらうくらいだったから、こうやって読んでくれる人がいるとすごくうれしい。
ありがとうございます。