1 :
◆s7L3t1zRvU :
砂嵐が絶え間なく舞い散る視界と、静寂がひどく痛い聴覚が一気に解放される。
とはいえ、前兆として何かが接続される金属音は体感したのだから、「誰かによって一気に晴らされた」というのが正しいだろう。
意識が途切れていたのではないから、長い眠りから覚めた、そんな気分でもない。
そのためか、目前のやたらめったら明るいライトに目を細めるつもりもまったくない。
しかし体に染み付いた行動はちょっとやそっとじゃ抜けきらないらしく、大きく背伸びして喉の奥を唸らせる。
「随分とまあ長いシエスタでしたね。おそようございます」
冷たい金属ベッドに寝かされていたが、かけられた言葉もなかなかに温度が低い口調だった。
「ええ、おそようございます。お変わりありませんでしたか。おや随分とまあドライフルーツのようになられて、肌など炒ったクルミのようです」
寝たままの姿勢で、不敵に歪めた口元から極上のお世辞をひねり出した。
相手の口角が上機嫌につりあがるのを確認して、周囲を眺める。
そして、手のひらや指先に目を移してから、嘆息気味に口を開いた。
「性格は部屋に出ると思うんですけど、いくらなんでもこれは暗すぎですよ」
ちらりと見上げると、今度は口角が下がり同時に眉根がくい、とつりあがった。
ベッドの真上にしつらえてある、まとまった三本のスポットライト以外にあかりはなく、部屋の隅などほとんど真っ暗闇だ。
「む? 私の性格、そんなにご存知でしたっけ」
確かに、と頷いて指の爪に土が詰まっているのに気づく。躍起になって構っていると、目の前に缶が差し出された。
再会を祝しての乾杯、と聞こえる。
身を起こしてそれを受け取ってから、やれやれと頭を振って応えた。
「ホント……相変わらずですよね」
***
2 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:38:59.03 ID:pXdBajUM0
(‘_L’)コンクリートな世界のようです
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 14:41:26.19 ID:qk9vZ4FSO
紫煙
4 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:42:42.27 ID:pXdBajUM0
出席簿を確認するまでもなく、とある生徒の名前欄の横にはずらりと欠席を意味するペケがついている。
視力検査用に遠くに置いたとして、この不名誉な列は見落とすことはそうそうないだろう。
とりあえず黒い出席簿を開き、その一列を確認して、再び閉じる。
(‘_L’)「変えようのない事実。変えてくれませんかね、誰か」
表紙に書かれた自らの名前、重森フィレンクトの部分を指でパタタとたたきながら、一人ごちる。
チャイム。
終業の合図を聞いて、私はため息をつきながら椅子にもたれかかる。
もうすぐ生徒たちが廊下に流れ出し、この職員室にも業務――そう業務だ――を終えた職員達が帰ってくる。
その後HRの前に掃除を挟む我が学は、これから、やれその隅にホコリが溜まっている、やれ箒は野球に使うものじゃないというお小言に溢れるのだ。
教職員だってそのような下らない言葉を挟むほど暇ではない。
少なくとも、私の受け持つクラスにはそれより重い問題がある。
なんということか、嘆かわしい。
(゚、゚トソン「今日もあれですか?」
(‘_L’)「ええ、まあ」
今期は職員室内の席替えが行われ、隣には英語の非常勤講師として配属された都村がやってきた。
若い女性の接近により少しは華やぐと思われた教員生活も、大して変化はなかった。
(゚、゚トソン「頑張ってくださいね。こういうのって、根気だと思います」
ぐ、と小さな拳を握って見せる彼女は、それなりに本気のようだった。
分かっていますとも。
そうとでも思ってなければやってられません。
その日はそれ以上、彼女と会話をすることはなかった。
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 14:43:56.20 ID:3yJ1ueQvO
水和熱支援
6 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:45:10.01 ID:pXdBajUM0
飾りっ気を抑えた、なんとも無難なダッフルコート。
同じく特徴のないマフラー、手袋をして歩く寒空、吐く息は白く。
夜道に刻む足音が、そこらの飼い犬吠えさせて。
(‘_L’)「何度も通ってるんだからいい加減にしてもらえませんかね」
柵の中に放たれた柴犬、レトリーバー、または謎の雑種達が私の到来を吠え声で出迎えるこの住宅街。
私は、ち、と無表情ながらも舌打ちをしてみる。
電車で足を踏まれてもそんなことできないのだから、犬相手に練習しておかないといつか必要な時に舌打ちできようか。
戯言なることを考えながら、脚は自動に目的地へと歩を進める。
若干大きな一軒家の前で止まった私は、一旦二階の窓を見上げて、そこに明かりがあることを確認した。
今起きたのか、それともただそれが点いているだけか。
私には判断できないのだった。
ドアチャイム。
確かなスイッチの手応えの後、家の中からベージュのタートルネックを着たマダムが出てくる。
('、`*川「こんばんは、いつもありがとうございます先生」
(‘_L’)「いえいえ、教師の務めです」
一般人であったら、御礼されてもこんなこと一切しない男です。
玄関へと招かれながら、口の中でそんなことを付け加える。
('、`*川「今日はちゃんとご飯も食べて課題もきちんとこなしたようです」
通された居間で、記入済みのプリントを渡されて、私はそれらをあらためる。
7 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:47:50.85 ID:pXdBajUM0
(‘_L’)「確かに」
丁寧な字で解答の記入されたプリント群は、全て正答のみが枠内に収まっていた。
というより、私の手元には近頃、完全なる解答を行ったものだけが戻ってくる。
(‘_L’)「学力は一切問題ないんですよね、彼女」
('、`*川「そのようです。最近は通販で参考書なんかも購入しているようですし」
ははあ、なるほど。
どうりで近頃は、課題に混ぜた質問用紙が白いまま戻ってくるわけだ。
('、`*川「まったく負けず嫌いというか」
微笑んで、上品にそういうマダムは、夜中だというのに化粧に気合が入っている。
そんな笑顔を極力視界の外に置くよう、プリントに没頭するふりをする。
ふむ、なるほど、などと気の入っていない呟きを挟み、目の前の女性が「そういう気分」のオーラを消すまでやり過ごす。
応じても構わないが、少なくとも今晩はダメだ。
結局たっぷり五分は生真面目な教職員のふりをしなければならなかった。
(‘_L’)「今、起きてらっしゃいます?」
オーラ消失に伴って、手元の紙束を鞄へとしまい込み、出し抜けに尋ねた。
そろそろ目標との対面の時間だ。
木製ドアを挟んで、というのが情けなくもあるが。
('、`*川「さきほど夕飯を運んだときは起きていたようですけど」
私は家の外から眺めていた二階の部屋へと案内された。
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 14:49:45.68 ID:v8ia3guLO
地の文多いね
だからこそ好きなんだけど
支援
9 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:51:03.85 ID:pXdBajUM0
通い初めて久しい廊下を、同じように案内されるのはデジャヴュのようで、まれに気分が悪くなる。
それでも、案内された先で待ち構える作業の方が、何倍もムナ#ソが悪い。(伏字にしたのは立場上、念のためだ)
先生がいらしたわよ、と仲介してくれたマダムがその場を去ると、私はいつもしているようにドアの前であぐらをかいた。
対談の時間だ。
(‘_L’)「こんばんは」
返答。
(‘_L’)「課題見せてもらいました。最後の大問は実は旧帝大の入試レベルなんですよ」
驚き(?)。
(‘_L’)「かなりよくやってるみたいですね。お母さんに話したら驚いてらっしゃいました」
謙遜。
(‘_L’)「たまには顔を見て話したいもんですね。質問用に混ぜてたプリント、白紙だから少しリアクションに飢えてます」
微笑。
(‘_L’)「そうそう、今日もまた来る途中吠えられちゃいまして。坂の入り口にいる、坂上さん? 坂の下に住んでらっしゃるんですけど、あそこの犬に――」
ところで、彼女のターンの二字熟語の前に「無言の」という接頭語をつけられた人間に私は花丸をつけるだろう。
Aの評価を与えよう。
さらに、一切の反応が得られないまましゃべり続ける、私の形容しがたい気持ちに適切な言葉をあてがった人にはさらに高評価だ。
A+の評価を与えよう。
代打でここにあぐらをかいてくれる方は迅速に挙手を願う。
未来永劫、私の与えられうる単位の贈呈を約束しよう。
10 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:54:19.05 ID:pXdBajUM0
不毛なる対談をそれなりにやりとげ、腕時計で十分をきっちり経過した所で話を切り上げた。
(‘_L’)「それじゃあ、先生はそろそろ帰ります。また課題のプリントをお母さんに渡しておきますので」
差し入れのお茶と茶菓子に手を付けないまま、私は腰を上げ尻を軽くはたく。
そして最後にドアを軽く三度ノックして、一言。
(‘_L’)「何か相談したいことがあったらプリントに書くのでもなんでもいいです、教えてください。お母さんには見せませんから」
自分で言っておいて、嫌な気分になる。
人の嫌がることはすすんでしましょう!
はてさて、人の嫌がることとは、自分がされても嫌なことを指すのか、汚れ仕事のことを言うのか。
笑えることに。
笑えることに、不登校の生徒の家庭訪問だなんて、私にとってはそのどっちでもある。
つまるところ、私が彼女の立場だとしてそんなことされるのは嫌だし、現在、するのも嫌なのだから。
皮肉な標語だ。
人の嫌がることはすすんでしましょう!
('、`*川「あ、先生。お疲れ様です。どうでしたか?」
階下に設置された姿見で髪を整えるマダムが、こちらに気付いて心配そうな顔を作る。
それに対して私も深刻そうな顔を作って首を横に振る。
そうですか、というお決まりの返答に内心うんざりする。
続いていつものように甘い声を出して、
('、`*川「ところでせんせぇ……今晩は、お時間詰まってらっしゃいますかぁ?」
11 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 14:58:34.84 ID:pXdBajUM0
ほれきた。
('、`*川「よろしければ、何か召し上がっていかれませんかぁ」
たとえば、わたくしとか。
両肩に暖かな手が乗るのを感じた次の瞬間には、彼女の顔が私の顔の近くまで接近していた。
潤んだ目で見上げる女性に、否が応にも経験が思い出される。
艶やかな曲線を持つ肢体に熟した技術が合わさった、そうまるで魔術にかかったかのようなあの夜が。
低い身長の彼女の胸が、服越しに押し当てられるとその記憶は克明となる。
絡みつく感触を想起して、勃#していたことをいまさら隠す気もない。
だがしかし、
(‘_L’)「すみません、今晩は少し家事が溜まってまして。クリーニング屋にも行かないと明日着るスーツがないんですよ」
胸に溜まった息を軽く吐き出してそういうと、手早く次の課題プリントを押し付けた。
ひどく傷ついた顔をしたマダムからコートを受け取ると、すぐに革靴に足を納める。
(‘_L’)「それではお邪魔しました。遅くまで申し訳ありません」
玄関の鉄扉をがちゃりと言わせると、三メートル向こうで、この家の一員が門を開けるところだった。
おや、先生いつもお疲れ様です。
いえ、教師の務めですから。
ポーカーフェイス、と胸の内で呟きながら、会釈を交わすとそのまま振り返らずに帰路へ就く。
飾りっ気を抑えた、なんとも無難な短髪の頭。
同じく特徴のない目鼻立ち、姿勢をして歩く寒空、吐く息は白く。
夜道に刻む足音が、坂上さんちの飼い犬吠えさせて。
(‘_L’)「金曜ロードショーで観るトレマーズの方が、人妻との火遊びよりも魅力的なのです」
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 15:00:21.16 ID:1NJZ1FfYO
(;‘_L’)「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
13 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:02:36.83 ID:pXdBajUM0
土曜日だ。
朝日が昇ってかなり経ってから、布団から抜け出す。
昨晩、映画を観ながら飲んだ発泡酒の缶をビニール袋にまとめながら、出しっぱなしのあたりめを口に含む。
塩っ気を口内に感じながらテレビのチャンネルを回すと、若い女性向けの情報番組が流れていた。
ラーメンのテーマパーク特集に心奪われたのと、サッポロ一番の塩味をブランチに選んだことは多少なり関係があったと思う。
(‘_L’)「みそ味も買っちゃいましたけど、やっぱり塩ですね」
冷蔵庫でしなび始めた野菜を適当に放り込んだ袋ラーメンは、男やもめにとても優しい。
懐にも、体にも、だ。
特に残った食材をぶち込めるあたり、環境にも配慮がなされている。
教員として経験はそこまで長いとは言えないが、その中でも胸を張って生徒に言えるのがこれだ。
サッポロ一番、偉大なり、と。
ふむ、しかし、バターが無いのが悔やまれる。
優雅な朝食兼、昼食を最後の一滴まで飲み干して、水道水を流し込めば、眠気もすっかり覚めていた。
とはいえ、即座に持ち帰った仕事をこなすほど私は教員に染まっているわけではない。
明日着るスーツ? 部の顧問でもないので土曜はあんまり出勤しませんよ。
(‘_L’)「さて、酵素核酸蛋白質の最新刊でも読みますか」
そうして、もさいジャージー姿(ジャージではない)で頭をかきながら、塔を形成する生化学雑誌の頂点を手にとり、コーヒーをすすっていた時である。
ドアチャイム。
冷えた床の上を移動せよと、訪問者が私を責め立てたのは。
(‘_L-)
(‘_L-)
(‘_L’)「出るか」
14 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:06:29.80 ID:pXdBajUM0
スリッパを履くという機転を利かせて、なんとか玄関までの数メートルを移動すると、外では寒そうな顔をした男性が待ち構えていた。
彼は一辺二十センチほどの立方体を手に持ち、もう片手でバインダーを差し出した。
「お届け物ですー、こちらに判子おねがいしますねー」
(‘_L’)「サインでもいいですか? 判子探すのもアレなんで」
先月銀行の口座を変更するとき、雑誌の山に埋没してそれっきりだ。
差し出されたボールペンで苗字をさっと書くと、ご苦労様です、と荷物を受け取った。
手ごたえから、別段重たい入っているわけではないようだ。
(‘_L’)「さて」
覚えの無い荷物を受け取って、再びマグを手に取るとそんな言葉が口をついて出た。
注文もしていないし、実家からの仕送りなど途絶えて久しい。
一緒に飲みに行くような仲間はあるけれども、ほとんどが荷物を送るならそうと事前に連絡をよこす連中だ。
どうしたものか、と宛名を見れば、なんともため息の出ることが分かった。
”〒XXX−XXXX X県 X市 X町 X丁目 不思議な世界に行った生徒より”
ふう。
(‘_L’)「ク#くだらねえいたずらですね」
箱は雑誌の塔の根元に放り投げておいて、すっかり熱エネルギーの逃げたコーヒーをすすって仕事にとりかかった。
独り言も出ないほど、その日は集中できた。
単純にそれ以降、冷えた廊下を歩かせるようなイベントが無かっただけなのだが。
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 15:09:04.11 ID:23/O7D3S0
腕がとれた支援
16 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:11:27.73 ID:pXdBajUM0
一週間は早い。
特筆すべきような事件といえば、合唱で私が副担任を務めるクラスが銀賞に輝いたことくらいだろうか。
私もおおいに感動させてもらった。
私が中学生の頃歌った曲がいまだに歌われているという、歌の寿命の長さについてだ。
もちろん、生徒達の涙に同調することは忘れずにいたが、悔しいという言葉には同意できずに四苦八苦した。
入賞以上に何かこだわるところが金賞にあるという。
(‘_L’)「向上心とはまたよい心がけですね」
もっともらしいことを言ってみる。
チャイム。
終業の合図を聞いて、私は出席簿の表紙、自分の名前の部分を指でパタタと叩く。
(゚、゚トソン「重森先生お疲れ様です。毎週毎週ホントに」
授業から戻ってきた都村先生はねぎらいの言葉とともに着席、ファイルを整理し始める。
(‘_L’)「いえいえ、教師の務めですから」
朗らかな笑顔で返答しつつ、私は私で机上のプリント類をまとめて鞄にしまい込む。
すると、隣から出席簿に手が伸びる。
そのまま胸の前でそれを開くと、彼女は並んだ生徒の名前を上からなぞる。
白い手が黒い出席簿を支え、内に綴じられた紙面を、同じく白い指先がなぞる。
そんな手の持ち主の顔を盗み見ると、都村先生は薄い唇をあむあむと動かしながら自らの指先を見つめている。
薄化粧の彼女がするそんな仕草は、毎週金曜近くに感じるオンナよりも、可憐なイメージを私に与えた。
(-、-トソン「ん」
予想していた通り、その生徒の名前の上で指が止まる。
伊藤デレ。
17 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:15:14.16 ID:pXdBajUM0
小首を傾げていた彼女がこちらに向き直り、黒いファイルを閉じて私の机に置いた。
(゚、゚トソン「またばってん増えてましたね」
(‘_L’)「残念ながら、週一で夜を潰している効果は見えず、って感じです」
苦笑する彼女に、私も同じような表情で返す。
(゚、゚トソン「いつもは何時まで伊藤さんの家に?」
(‘_L’)「大体七時前にはおいとまさせていだたいてますね」
(゚、゚トソン「というと、私が帰った後ぐらいにはすぐに向かってらっしゃるんですね」
高校の閉門時間は大体七時で、同僚は残って仕事をすることが多い。
非常勤講師や部の顧問を担当しない者はもう少し早い帰宅が約束されている。
私は事情が事情なので、家に仕事を持ち帰る前提で早めの帰宅が許されていた。
(‘_L’)「実はちょっぴり早く帰れるので、その分だけは得した気分にはなります」
本音を織り交ぜた声を潜めて口の端を上げると、都村先生はいたずらっぽく微笑んだ。
こうして見ると、美人というよりも可愛らしく思う。
事実、伊藤宅を訪問するならばテレビ放送の映画――今晩はトレマーズ2だ――を頭から見逃さずに観ることができる。
無言の時間を少し我慢すれば、時として好みのB級娯楽映画を発泡酒とともに楽しめるのだ。
つまみ、なければスナックでも付けて一週間の疲れをその場で取って置けば、溜めた仕事も土日で処理できる。
(゚、゚トソン「なーんかワルモノですよね」
にっと、口元だけ笑わせると、彼女は「いけないんだ」という目をした。
18 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:20:13.32 ID:pXdBajUM0
一週間で特筆すべき事件は無いと言ったが、それはこの晩覆された。
いくつか話に進展はあったが、先にまとめてそれらの事柄を挙げよう。
・伊藤家離散の危機
・先週の箱の差出人判明
・トレマーズ2が野球延長で放送遅延
・晩酌が発泡酒じゃなくワインであった
・酒肴がさきいか・あたりめじゃなくチーズだった
・深夜、トイレに目覚めると都村先生がベッドで隣に寝ている
では、順を追って説明していこう。
しかるべき文体、過去形を多用することにご留意いただきたい。
19 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:25:06.58 ID:pXdBajUM0
午後六時十分、伊藤家に到着すると、化粧をしたマダムに迎えられちょっとした会話。
さらりと彼女の視線をかわして、娘さん、デレの部屋の前で不毛なる会話。
誘惑。
だが、しかし二週連続でトレマーズ1・2放送の優先により、回避。
旦那さんが帰ってきますよ、と言い訳した覚えがある。
ここまではいつも通り。
午後六時四十分、伊藤家を後にしようとすると、背後に気配。
次いで体当たり。
いつも通りじゃないのがここからだ。
(‘_L’)「うっお」
私はガラにもなく声を上げると、たたらを踏んで伊藤家向かいの門扉横まで進んだ。
冷たいコンクリート塀に両手をついて振り返ると、そこには小さな人影があった。
(‘_L’)「どなたです」
思い返しても、震えた声で言った私の言葉は情け無いとしか形容できない。
「なんで来てくれないのよ」
返ってきたのは、少女の静かな怒りをたたえた声だった。
(‘_L’)「は?」
「なんでよ、なんでもっていうから話そうとしたのに、なんで来てくれないのよ」
正直なところ、夜道で体当たり食らわすような人間からは距離を置いてしかるべきところに逃げ出したかった。
交番とか。
しかし、そんなことを目の前の人間が許してくれそうにもなかったので、それは頭の外に弾いた。
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 15:26:38.24 ID:fjWalP91O
フィレクトさんなにしてはるんですか?
21 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 15:28:16.35 ID:noQtgouA0
具体的な世界のようです
22 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:34:03.11 ID:pXdBajUM0
「もういい」
勝手に納得してそっぽを向いた人影は、伊藤家の玄関へと歩いていった。
センサーが作動して、門灯にスイッチが入った。
もう一度人影を凝視すると、それは見たことのある髪型。
ζ )ζ「荷物、今度くるとき返して」
不登校の教え子の顔を思い出すことによって、ついでに忘却の彼方へと消し飛ぶ寸前だった、掌いっぱいに収まる箱を思い出した。
(‘_L’)「あ、ちょっと伊藤さん」
くるりと振り返った彼女の顔は実に固かった。
ζ(゚―゚ζ「坂上さんとこの犬に噛まれちゃえばいいのに」
本当に高校生の言う台詞か、と思ったのが本音だ。
思いがけない伊藤デレとの遭遇で、頭がフリーズしていると、新たな登場人物がその場に現れた。
(-_-)「おや、こんばんは先生」
最近帰りの早い伊藤氏その人であった。
23 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:38:15.19 ID:pXdBajUM0
今しがた娘さんが外に出てきて会話した、と氏に伝えると、彼はため息をついた。
(-_-)「今お時間よろしいですか? 実はそのことも含めて色々お話があるんです」
若者言葉で言おう。
ぶっちゃけ早く帰りたかった。
しかし、大人というものはそこでなかなかそうそう簡単にぶっちゃけられない。
(‘_L’)「と、いいますと」
掘り下げてあげるのが正しい対応だ。
結果面倒なことになることが分かっていても。
そのまま私は、歩いて十分のファミレスへと連行された。
デニーズのメニューは何があったっけ、と黙考しながらも、目はこれから切り出されるであろう面倒ごとに向かう姿勢を呈していた。
真摯に受け答えいたします、という目だ。
(-_-)「すみません、善意でやっていただいてるのにこんな時間まで」
早く切り出せ。
(‘_L’)「いえいえ構いませんよ」
(-_-)「何からお話したらよいものか」
さっき歩いている間に考えといてくださいよ。
(‘_L’)「大切なことなら、なおさら待ちます」
(-_-)「ええ……」
24 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:41:41.31 ID:pXdBajUM0
注文したコーヒーが、半端に安っぽく見えるカップに注がれて、軽く汚れたソーサーに乗ってきた。
珍しくドリンクバーが無い店舗なら、せめてまともな食器を使って欲しいとは思うが、実際は綺麗な食器でもなんとも思わないのが私だ。
二人でほぼ同時にブレンドコーヒーを口元に運んだ。
すきっ腹に熱いコーヒーは、効いた。
(-_-)「娘が夜歩きしてるようなんです」
出し抜けに伊藤氏は呟いた。
なるほど、完全なる引きこもりであるとは聞いていなかったが、夜出歩いていたのか。
と、思いつつ頭の中には今晩の金曜ロードショーに間に合うかで多くが占められていた。
(‘_L’)「それは知りませんでした。……心配ですね」
夜道を歩いて、見知った教師の背中に体当たり。なかなかできることじゃない。
色々な意味で心配だ。
(-_-)「先日、家で二人になった時、そのことを問い詰めたらケンカになりましてね。理由を聞いたんです」
うつむいてコーヒーを口に含みながら、目だけは氏を見て続きを促した。
伊藤氏の背筋を伸ばした姿は、やり手のサラリーマン、といった風合いだが今は理知的な顔だけがひどくしょぼくれている。
( _ )「言うんですよ、娘が」
――母親が毎晩のように若い男を連れ込んでる間、私はどうしたら良いってのよ! 混ざればいいの!?
( _ )「ってね」
私は帰りたくなった。
すごく、帰りたくなった。
この辺りで、映画に対する執着を捨て始め、その場をやり過ごすことに躍起になっていた気がする。
25 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:45:14.37 ID:pXdBajUM0
話題は妻の浮気をメインに、その事実確認の手段を問うものへと推移していった。
(-_-)「どうしたらいいでしょう?」
おおっと、私に聞くかそれを。
(‘_L’)「夫婦で一度話し合われるしかないかと思いますが」
是非、私のいない場所で。
(-_-)「そうですね……」
そう言って、おもむろに懐から携帯電話を取り出す氏。
そのまま何処にか電話をかけて、現在地、そしてすぐに来て欲しいという旨を伝えた。
再び上着の胸ポケットに携帯電話をしまい込んだ。
(‘_L’)「どちらに?」
(-_-)「あ、すみません。せっかく思い立ったので家内を呼びました」
(;‘_L’)「いま!?」
ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。
客観的だからこそ使える言葉、ポーカーフェイス。
間違いなく主観で当事者にされ始めた私から、それは消し飛んでいたに違いなかった。
この人は分かっていてやっているのだろうか。
いやいや待て待て。
(;‘_L’)「いっ、いまですか!?」
26 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:49:13.95 ID:pXdBajUM0
(-_-)「あの、先生。落ち着いてください。はは、私の方が冷静になっちゃうくらいですよ」
慌てて取り留めのない言葉を発していた私に向けて、朗らかに、しかし力無く笑う伊藤氏は活力とは無縁に見えた。
ああ、ハッスルしてないのだろうなこの人は、などと一部冷静な私が遠くから思った。
そして、その一部を除いた大部分はというと、ファミレスからいかにして無傷で逃げ出すかに全機能を費やしていたのだった。
(‘_L’)「ははは、すみません。ですが、そういうのは夫婦水入らずでこその話ではないでしょうか……」
守りに入った私を誰が責められよう。
(-_-)「実は」
まだ出るのか奥の手が。
(-_-)「私、自分に自信がないんです。恥ずかしながら、今でも自分の選択に確証というものが……持てない瞬間が……」
ずっこけそうになる私だったが、そこに脱出の機会を垣間見た。
つまり、彼は私をただ第三者として、同性として味方を置いておきたかっただけなのだ。
ならばこうすれば、という見通しが立った。
(‘_L’)「伊藤さん」
私は演技を始めた。
両手を組んでテーブルの上に出し、さも自分は自信がある男である、と言わんばかりに。
深みのある声を意識して、喋りだした。
(‘_L’)「いまが、変わり時ですよ」
伊藤氏へエールを送るように。
さっき彼が電話をかけてから、五分は経過しようとしていた。
27 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:54:15.51 ID:pXdBajUM0
(-_-)「先生……」
窓辺に座る私達の耳に、ファミレスが面した国道から響くエンジン音が届いた。
肘をつき、組んだ両手越しに彼の顔を見つめた。
(‘_L’)「重森です。重森フィレンクト」
(-_-)「重森さん」
私は彼の背中を押した。
(‘_L’)「家庭を守るにも、娘さんを不登校から立ち直らせてあげるにも。いまです。いま、自信を持って立ち向かわねばなりません」
強く、優しく。
穏やかに、しかし確かに。
自分の保身を多分に込めた言葉で。
(‘_L’)「私がこの場であなたの弁護をすることは可能です。ですが、いつもできるわけじゃない」
ええ、と伊藤氏は頷いた。
(‘_L’)「一人前の男らしくない、だとかそういうことではありません。誰だって迷うことはあります」
(-_-)「教師をしていてもですか」
(‘_L’)「もちろんです。それでも人はいつかこれ、と一人で決めなければならない時がある。」
それが、いまですよ。
(*-_-)「先生……」
28 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 15:57:54.27 ID:pXdBajUM0
重森です、と応えた。
電話からそろそろ十分経つ頃だった。
ここから出るには最良のタイミングである、というのが私の見解であった。
ぐい、と冷めたコーヒーを飲み干して最後の締めにかかる。
(‘_L’)「頑張ってください、伊藤さん。やれば誰だってできるのです。その『時』を掴んでください」
私は自分の分のコーヒー代をテーブルに置くと、スマートな動きを意識してそこを後にした。
引き止める声は、なかった。
入り口付近で伊藤氏とついたテーブルを振り返ると、手のひらに人と書いて飲み込みまくる氏の姿があった。
彼には幸せになって欲しいと思った。
私に言えた義理ではないが。
目論見通り、ファミレス前では伊藤婦人とすれ違うことができた。
彼女は私の姿を見てぎょっとしたが、一言だけ伝えてそのまま歩き続けた。
そっと呟いたのはこれだけだ。
異性のお友達が沢山いらっしゃるのですね。
おそらく、再び彼女はぎょっとしたに違いない。
まあ、どうでもよいことではあったのだけど。
ここまでが、一個目のイベントだ。
以降は連続した流れの中に含まれる。
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 15:59:13.22 ID:kS1zpL/q0
汚いなさすがフィレンクトきたない
30 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:00:19.32 ID:v8ia3guLO
支援
31 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:01:31.62 ID:pXdBajUM0
そうこうして、結局自宅の最寄駅まで帰り着いたのが午後八時五十分頃だった。
家まで走って五分。
しかし帰ったところで発泡酒のストックも食材も無いことを思い出した。
九時からのトレマーズ2に間に合ったとしてもかなりわびしいものとなるだろう。
伊藤家のごたごたの一角に振り回されたせいで、スーパーに寄る時間が削られてしまったのだ。
今晩の夕食と土曜の朝食の充実と、映画に時間きっちり間に合うのとを天秤にかけた結果、前者が勝った。
映画をきちんと観られないのは残念だが、空腹は厳しい。
私はとにかく近場で、という理由で九時閉店の駅地下食料品売り場に駆け込んだ。
(‘_L’)「アルコールと、つまみ、と、あとはパンがあれば」
エスカレーターの目の前にあったベーカリーコーナーでパンを四個ほどカゴに放り込んでレジに走った。
同様に、揚げ物コーナーで串かつを六本購入して、最後にアルコール販売のコーナーに走った。
こんなに駅地下グルメのありかの散在具合と、人ごみに苛立った日はそうないだろう。
そしてビールの陳列棚を素通りして、急いで膝丈に並べられた発泡酒に手を取ろうとした時、私の尻は背後の誰かをどついた。
「きゃっ」
短い悲鳴に続いて、ビンの割れる音。
振り向くとそこには足元を赤――これは香りから察したところワインだった――に染めた女性がいた。
(;‘_L’)「すっ、すみません、急いでいたもので」
あたふたと手元のビニール袋のもさもさを振っていると、声がかかる。
(゚、゚;トソン「つめたー……ってあら、重森先生?」
薄化粧の可憐な隣人がそこには立っていた。
32 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:05:03.94 ID:pXdBajUM0
1/4 「導入部分」 終
1/4<x へ
その前に、ブレイク。
ここまで支援ありがとうございます。
おしっこしたい。
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:06:08.03 ID:SXtsq63UO
しえん
34 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:06:49.25 ID:v8ia3guLO
乙!
他になんか書いてる?
文章上手くてうらやましいわ
35 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:13:33.79 ID:pXdBajUM0
すんませんコーヒー淹れてた。
>>34 他は、こないだ総合にフサとギコが帰省する話書いたよ。
そのスレが落ちてから結構経ってるけど。
それ以外は投下してないな。
36 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:14:37.87 ID:DJcTUzlX0
面白くなりそうな予感
37 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:17:43.68 ID:pXdBajUM0
>>36 性格上、尻上がりなんで前半はゆっくり持ってくんだ。
うん、地の文に飽きたらすまんね。
1/4<x
38 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:19:59.51 ID:pXdBajUM0
幕間
1/4<x
39 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:23:01.03 ID:pXdBajUM0
(-_-)「デレに聞いたんだ。お前、他におと、男、男がいるそうじゃないか」
ペニサスは直前に聞いた重森の言葉を思い出す。
おそらく重森に相談をしたのであろう、胸を張って待ち受けていた夫。
ヒッキーがデレから聞いた、というのは嘘とは考えられない。
極度に緊張すると吃音する夫は、ブラフなどを張れる人間ではない。
そして、口に出したということは、彼は確証を持ってこの場にわたしを呼んだ。
しつこい彼には、真っ向から話合うのが、吉だ。
('、`*川「……いるわ」
重森はこの場に残るのを回避したらしい。
まだ二十台半ばと若いのに抜け目が無い。
しかも、どうやら重森には他の男と関係があることを知られたようだ。
なによ、これ。わたしだけ窮地なんじゃない。
腹が立ってきた。
('、`*川「それで、どうしたの?」
表情に乏しい夫の顔が、わずかに動く。
目には悲しみの色が浮かんでいる。
(-_-)「デレが、娘が苦しんでいる時に、お前は……お前は……」
('、`*川「わたしは苦しんでいるようには見えなかったのかしら」
はっとした表情でヒッキーは口をつぐむ。
(-_-)「ペニサス、そうか、おま、お前も……お前も」
40 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:25:53.57 ID:1NJZ1FfYO
(#‘_L’)「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
41 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:26:53.13 ID:pXdBajUM0
('、`*川「家事はもちろんこなしたわ。遅くても、アナタの帰りを待っていた。でもね、アナタはわたしをきちんと見ていた?」
もろい夫を追い詰めてやろうという気持ちが胸に溢れている。
なによ昔っから決断力はある癖に決めた次の瞬間迷ったり、ふにゃふにゃしちゃって。
可愛いと思ってたけど、最近はいらいらするだけなのよ。
最近って言っても、もう何年も前からだけど。
('、`*川「家族サービスだって言っても、わたしかデレが言わなきゃ何もしてくれないじゃない」
(-_-)「それは」
('、`*川「主婦らしい娯楽っていったら、子供が手のかかるうちは、近所のコミュニティに属さないとできないのよ。
それでも、知ってたかしら。アナタの念願のマイホームを買ったここらは、来る者に厳しいの」
デレが中学に上がる少し前に購入した今の家は、前にいた地域よりも排他的だった。
(;-_-)「そ、そうだったのか?」
('、`*川「でもね、ひとつだけ不自由しないことがあったのよ。分かるかしら、これ」
携帯電話を操作して、ひとつのサイトを呼び出す。
接続中、近くに座る若い男女がこちらをにやついて見ているのに気付いた。
睨み付けて不躾な視線を跳ね返す。
('、`*川「近頃はソーシャルネットワークサービスって言うのもあるらしいわね」
(;-_-)「これは」
ヒッキーに向けた画面に表示されているのは、いわゆる出会い系サイトというヤツだ。
下手に文章力があると、色眼鏡つけて見ちゃうから嫌だわ
43 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:31:03.60 ID:pXdBajUM0
('、`*川「若い男の子から、時には老紳士って言ってもいいような男性まで、よりどりみどりよ」
(; _ )「出会い系……ペニサス……ほ、本当か」
('、`*川「最近の子は凄いわね。ちょっと教えてあげたら、すぐに上達するんだから」
嘘だった。
登録はしてみたものの、結局あってみる気にはならず放置して長い。
対象として数えられるのは三人。
昔住んでいた地域の喫茶店で見つけた、バイトの大学生が一人。
他にデパートで接客されて親密になった、若々しい三十路過ぎの男性が一人。
そして、今頃帰路についているであろう、ポーカーフェイスの男が一人。
それ以上の開拓は、失敗している。
しかしそんな嘘でも夫にダメージを与えるには有効だったようだ。
ヒッキーは完全に沈黙して、うつむいている。
わたしは少し満足して、中指で夫のつむじを弾く。
(;_;)「てっ。なっ、何するんだ」
('、`;川「やだ、泣いてるの?」
44 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:34:35.00 ID:pXdBajUM0
もう四十そこそこの男が鼻水を流しながら、落涙しているのだ。
さすがにわたしも予想していなかった。
(;_;)「だっ、だって。お前がこんなサイトに頼って、寂しさを埋めなきゃいけなかったんだと思うと。
……っうぇ、ほん、本当に申し訳ないっ、って思って……。仕事してればって思ってたのが……ぐう」
ああ、本当にこの人は。
(;_;)「確かにでっ、でっ、デレともコミュニケーションとれてなかっ……ぐっ。
俺がちゃんとしてれば、こんな、こんな」
本当にこの人は――
('、`*川「馬鹿ね、優しすぎるのよ。アナタって人は」
伊藤氏はこの後、会社の上司に電話をかけ、休暇をとった。
彼の上司はこんな震える声をなんとか聞き取ったという。
『妻と娘と向き合う時間が欲しい』
45 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:37:29.94 ID:pXdBajUM0
x<2/4 終
2/4へ
46 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:42:15.39 ID:pXdBajUM0
再びブレイク。
スゲートイレ近い。
あ、ここまでで何かご意見ご感想あれば。
47 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:43:45.69 ID:8ERT/1ri0
良く考えたらトイレにパソコン持ち込めば解決するんじゃね?
48 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:50:47.78 ID:pXdBajUM0
二宮金次郎スタイルでPC持込を考えた。
便座に座れなさそうだからやめた。
49 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:53:07.11 ID:pXdBajUM0
(‘_L’)「本当にすみません、大丈夫ですか?」
(゚、゚トソン「えーっと、やっぱりこの気温で足先濡れるのはキツイです」
ぺろりと舌を出す彼女は、私とともにタクシーに揺られていた。
向かう先は駅から歩いて十分強のアパート。私の部屋だ。
聞けば彼女は欲しいワインが件の駅ビルにあることを聞き、わざわざ出向いていたのだという。
私が金曜の務め+αを済ましている間に旧友と再会し、適当な食事と談笑を楽しんだらしい。
――金曜の夜ですから買出しも済ませておきたくって。
その旧友との待ち合わせが奇遇にも当該の駅であり、解散後、九時閉店のビルを散策しておこうとしたと、こういうわけであった。
ビニール袋の中身は、グレードの意味で全然違ったが目的は似通っていたわけだ。
さて、ワインをぶちまけた我々は、なんともエラの張った店員に謝罪と賠償、弁償? をし、ついでに商品何点かを買ったあと、問題に気がついた。
どうやら彼女の靴に飛んだビンの破片が刺さり、ただでさえびしょぬれの脚に傷が付けてしまったようなのであった。
衣料品を扱う店舗は既にシャッターを下ろし、彼女の自宅へは電車で三十分。
伝線ストッキングに酒の匂い、しかもスーツスカートも若干濡れた状況。
そうなれば、ハイヤーを捕まえひとまず我が家へ、という流れになったのは自然だった。
(゚、゚トソン「先生のお宅にお邪魔して本当に良かったんですか?」
遠慮がちに訊いてくる都村先生は、上目遣いだ。
(‘_L’)「ええ、男やもめに華、とは願ってもみないことです」
どうせすぐ帰るだろう、というのが私の考えだった。
タクシーに乗る寸前にも携帯電話で誰かにメールしていたみたいだったし。
50 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 16:56:07.23 ID:pXdBajUM0
午後九時十五分、部屋に着くなり私は綺麗なタオルを渡すと、絆創膏を棚から出した。
角のすっかり潰れた箱がやけに男らしいな、と考えながら一枚取り出すと、都村先生が一言もらした。
(-、-トソン「おーっとっと、これはこれは」
なにやら含みある言葉の後に部屋を見回すと、次に荷物を降ろして両手をぱんとあわせた。
(゚、゚トソン「さすがに、見過ごせません。ざっとでいいので片付けましょう」
(‘_L’)「え」
(-、゚トソン「ちょっと待ってください、バンソーコー貼ったら手伝いますから見られたくないものまとめてください」
(‘_L’)「え」
何を言っているのだ貴女は、などと考えていると、玄関から続く廊下と部屋の境で都村先生はしゃがみこんだ。
そしてスカートの中に配慮しつつ脚をたたみ、大判の絆創膏を封から取り出した。
(゚、゚トソン「貼りますよーじゅうーきゅーはーちー」
残りカウントファイブの辺りで、私は彼女の言わんとすることを悟って、化学雑誌の山よりは少ない「そういう雑誌」をベッドの下に放り込んだ。
まがりなりにも、と彼女は切り出した。
(゚、゚トソン「女性を家に上げるなら、少しはそういった清潔感なんかの配慮があってもいいと思いますよ」
呆れた、という表情でそう言うと、ゴミ箱を反れた使用済みティッシュ(使途不明多数)をしかるべき所に入れ始めた。
そして私はというと、その横で崩れかけや散乱ぎりぎりの雑誌や新聞をまとめて部屋の隅に押し付けたりしていたのだった。
(゚、゚トソン「あっ、クイックルワイパーあるんじゃないですか。使いますね」
51 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 16:58:45.02 ID:1NJZ1FfYO
(#‘_L’)「黙って従え!!ローダ!!」
52 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:00:05.47 ID:pXdBajUM0
フローリング部に床拭きシート、カーペットに粘着のコロコロシートを的確に使用した彼女は、ものの五分で部屋を普通の状態にしてくれた。
ローテーブルにはテレビのリモコンと今日の夕刊。
半開きの「酒のお供パック」達は輪ゴムで留められキッチン横の棚に収まっている。
(‘_L’)「ははあ、なにかすみません。思いがけずこんなことになるとは」
(゚、゚トソン「構いませんよ。弟の部屋に比べたら全然です」
大学生をやっているという彼女の弟は、まさに足の踏み場もない部屋を形成するらしい。
曰く、コロニーのようであると。
清掃作業の合間にそうもらしていたので、昆虫の巣穴的な空間を想像した。
(‘_L’)「あ、そうだコーヒーでも入れましょう。どうぞテレビでも付けてくつろいでください」
ここで都村先生はやれやれという顔を緩めて、腰を下ろした。
口の端を歪めて、いたずらっぽく笑って言った。
(゚、゚トソン「片付けたのは私ですけどね」
キッチンに立ちながら、私は苦笑いをしてインスタントコーヒーの蓋をひねった。
(゚、゚トソン「って、あっ、やだ、すみませんテレビ借りますね!」
さっきどうぞって言ったのに、と思いながら私は尋ねる。
(‘_L’)「構いませんけど、何か気になる番組が?」
(゚、゚トソン「さっき携帯で見たんですけど、中日―巨人戦延長してるみたいなんですよ!」
彼女はローテーブルに身を乗り出してテレビの電源を入れた。
53 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:04:55.86 ID:pXdBajUM0
低い唸り声の後に明るくなった二十二型の液晶画面では、ちょうどヒーローインタビューが終わるところだった。
(゚、゚*トソン「あっ、中日勝ってたぁ」
(‘_L’)「ドラゴンズファンなんですか」
祖父母の代からですよ、とにこやかに言う彼女は少女のようで、ついでに言えばローテーブルに上半身を乗せた姿勢も可愛らしかった。
特にこちらに突き出したお尻がきゅっと、こう、なんだ。
そこで私はふと思い出して、満足げな少女の下敷きになった夕刊を取り出した。
(‘_L’)「まさか……」
番組欄に目を走らせると、果たして予想は的中した。
(*‘_L’)「延長!」
笑顔の野球プレイヤー、何某選手の上にテロップ。
”試合の延長により、放映が繰り越されていた『金曜ロードショー・トレマーズ2』は九時四十分より放送いたします。”
ぐっと拳を握り締めた私は、即座にベッドサイドに転がる時計を確認した。
あとたっぷり十分はあった。
(#‘_L’)「先生、チャンネルは、そのままで! 暖房つけて下さって大丈夫ですよ! あ、お湯沸いたらコーヒーどうぞ!」
びっと指をさして、私は空いた手でネクタイを取り外し、さらに上着をベッドの上に放り投げた。
下着とジャージーを小脇に抱え、バスルームへと駆け込んだ。
頭に冷たいままのシャワーを当て、青いシャンプーボトルを持ったのは同時。
必死こいて金曜の夜に慌てる自分を鑑みると、いささか気恥ずかしい気もする。
が、一旦諦めを付けたものが手の届くところに戻ったとなると、今でも同じように行動するだろう。
(;;‘_L’)「うおっうおっうおっサクセース!」
54 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:06:13.52 ID:LuyRUTT60
面白いじゃないか
55 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:08:58.25 ID:pXdBajUM0
ドライヤーは捨て置いて、私はタオルで頭を拭きながら、下着と黒に白線入りジャージーのズボンというラフな格好で部屋に舞い戻った。
(;;‘_L’)「今何分です!?」
(゚、゚*トソン「お言葉通りくつろがせて頂いてます。もうちょっとで四十分ってところでしょうか」
温風ヒーターの前でコーヒー入りのマグを傾けてから、都村先生は携帯電話を見てそう言った。
先の目覚まし時計を自身も手に取ると、長針は三十七分を指し示していた。
ちなみにこの時計は一分ほど遅いので、正確には三十八分過ぎということになる。
(‘_L’)「ふう、ありがとうございます。コーヒーも私の分まですみません」
マグはそれで良かったですか、という彼女の言葉に、私は飲み頃のコーヒーをすすりながら人差し指と親指で輪を作って答えた。
すきっ腹にコーヒーは、飲み頃でも効いた。
今晩はコーヒーしか飲んで無いな、と思うが早いか鳴く腹の虫。
(‘_L’)「おう」
立ちっぱなしで頭を拭く私に対し、相対的に低い位置にいる彼女はこちらを振り仰いで言った。
(゚、゚トソン「お夕飯まだだったんですか?」
恥ずかしながら、と答えると彼女はマグをテーブルに置き腰を上げた。
(゚、゚トソン「なんだ、そういうことなら時間的にお夜食になっちゃいますけど、わたし、作りますよ」
すっかり贔屓のチームが勝利したことに上機嫌な都村先生は、上着を脱いで袖を捲くった。
それは願っても無い、と思ったが空の冷蔵庫を見られて、また何かお小言を食らうのでは、とも思い直した。
56 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:12:29.84 ID:pXdBajUM0
(‘_L’)「あーっと、今夜は軽く済ませようかと思っていたので」
(゚、゚トソン「の、割りには袋の中身が揚げ物でしたけど」
(‘_L’)「あ、いや、はは。ふう」
手狭なワンルームに立った二人。
その間に流れるなんとも言えない瞬き数回分の沈黙を破ったのは、テレビの音声だった。
大塚明夫だ。
迫り来る地中からの恐怖、人間は生き延びられるのか云々。
逃げても追いかけてくる、恐るべきモンスター云々。
(;‘_L’)「はっ、はじまる。えっと、すみません先生、やっぱりお願いできますか。適当にでいいので」
(゚、゚;トソン「はーい、それじゃあ適当にって、食材ないじゃないですか!」
軽快なテンポで会話を済ませると、そのあと何を喋ったか思い出せない。
映画に集中しすぎて次のコマーシャルまで私は生返事しかしていなかったのだ。
気付くと、手元には私の買った揚げ物、買った覚えのないチーズ、そしてグラスに注がれたワインがあった。
(‘_L’)「あれ?」
スモークチーズの濃厚な風味を口いっぱいに感じた時、無意識にワインをそこに加えている自分。
隣にはハラハラしながら食べかけの串かつを手にした都村先生。
(゚、゚;トソン「こ、これなんでこんなモンスターが生まれたんですか? 始めの人、死んじゃってますよね……」
(‘_L’)「ん。こういうのって大体アメリカ的な発想で行くと、放射性物質で遺伝子の突然変異したミミズが――」
まあ、いいか。
57 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:14:00.75 ID:Ysl3md5kO
(‘_L’)「土とか食ってみようかな…」
58 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:14:06.14 ID:BXCtagovO
面白いじゃないか
59 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:17:09.07 ID:pXdBajUM0
中盤コマーシャル中
(゚、゚トソン
(‘_L’)「ちょっとトイレ行ってきますね」
(゚、゚トソン
(‘_L’)「先生?」
(゚、゚;トソン「はっ! いけない息するの忘れてました!」
終盤コマーシャル中
(*‘_L’)「ふう」
(゚、゚*トソン「あたしもトイレ借りますね」
(*‘_L’)「手前のドアです」
「はーい」
ごっ。
「いったああああ」
(;‘_L’)「あ、すみませんそこ段差あるんですよ! スネですか?」
「こ……ゆび……」
60 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:21:22.31 ID:pXdBajUM0
まあこんな感じで、最後まで映画を楽しんだことは覚えている。
で、トイレに行きたい衝動が私の目を覚まさせると、
(‘_L’)「都村先生と同じベッドにいる、と」
安らかな寝息を立てる彼女は、幼児がそうするようにうずくまって、私の懐に入り込んでいる。
驚いて声を上げるよりも、状況把握と女性の安眠を守ることを優先した私をほめてやりたい。
や、決して唐突すぎて声が出なかったことを否定はしないが。
胸元にある小さな頭を軽く撫でると、いくつかのヘアピンが柔らかい髪との対照的な手触りを表現していた。
(-、-トソン
さて、思い出せるのはワインが二本空いたのと、途中で発泡酒に切り替わりチャンポン飲みに移ったこと。
電気を消した覚えはないが、今は窓から指す月明かりだけしかない。
……いたしていたなら、それはそれなのだが、とりあえず尿意による覚醒なのである。トイレに行きたい。
ベッドを揺らさぬよう布団を抜け出すと、めくれた毛布の下に、若干乱れた衣服の都村先生。
確認してみると、その脚には伝線したままのストッキングが履かされている。
(‘_L’)「そんなもんですよねー」
テーブル上に残された串かつをひとくち頬張ると、私はトイレに行った。
その途中である、何かを蹴飛ばしたのは。
転がったそれは、床に放置された空き缶にぶつかって音を立てる。
ぎくりとベッドを振り向いたが、まるで少女のような都村先生は引き続き寝息を立てていた。
(‘_L’)「なんですかこれ」
一辺二十センチほどの立方体を手に取ると、誰かの言葉が頭に去来する。
――なんで来てくれないのよ。
61 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:25:07.61 ID:pXdBajUM0
(‘_L’)「あ」
その場に箱を置いて、トイレに行きしっかり尿を出し切ってから、開封することにした。
(‘_L’)「これは、人形、ですかね」
外装のボール紙の中には、人型のシルエットを持つ何かが収まっていた。
体育座りのようなそれは、窓から指す光だけではディティールがほとんど分からない。
窓に近づけて、ためつすがめつするも、具体的な情報は得られず思考が一旦停止する。
(-、-トソン スピュ
口の中で何かを咀嚼する動きをした都村先生が、寝返りを打ってベッド全面に体を伸ばした。
(‘_L-)
(‘_L-)
(‘_L’)「寝るか」
結局、翌朝までものを考えるのは持ち越された。
なんせ、仕事は土日で済ませるというのが私のスタイルだから。
62 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:29:06.50 ID:pXdBajUM0
「はあああああっ」
土曜の早朝、私は叫び声に起こされる。
眩しい。
(‘_L-)「ぬ、朝か」
(゚、゚;トソン「わっ、あっ、すっすみません私お邪魔してそのままなんといいますかベッドまで占領しちゃって!」
(‘_L’)「おはようございます。安心してください。お布団はきちんと干せる時に干してますから清潔ですよ」
ベッドの上では信じられない、といった表情で乱れた髪に手を突っ込む都村先生の姿があった。
私は深夜に目覚めてから、エマージェンシーブランケットを引っ張り出して床で寝ていたのだった。
そういえば彼女はシャワー浴びて無いんだっけ、と考えていると、彼女は布団を取っ払って土下座の姿勢になる。
(-、-;トソン「ほんっとーに申し訳ありません! 社会人にもなって突然お邪魔した男性の部屋に、あーもう、とにかくすぐ帰りますから!」
私は胸を掻きながら大きなあくびをすると、頭を下げ続ける彼女の肩を叩く。
(‘_L’)「みそ味と塩味、どっちが好きですか?」
(゚、゚;トソン「すみませ――って、へ?」
(‘_L’)「ごめんなさい、しょうゆ味はないんです。そのサッポロ一番二種以外には、昨日買ったパンくらいしかないんですが」
(゚、゚;トソン「えっと、み、みそで」
片手を上げて了承すると、作ってる間シャワー使っていいですよ、覗きませんから、と言って彼女に背を向ける。
素のラーメンを嫌がらない女性で良かったと思いつつ、私は鍋に水を注いだ。
63 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:31:56.13 ID:8ERT/1ri0
こういうトソン珍しいような
支援
64 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:33:48.69 ID:pXdBajUM0
(゚、゚η川「ありがとうございました、すごいさっぱりしました」
ラーメン二杯分の湯を沸かし、麺が規定の時間の半分ほど茹で上がったところで、彼女はバスルームから出てきた。
気を遣ってなのか、女性にしてはかなり短いシャワータイムだった。
そんな彼女は、対寒波用にしまってあった灰色のスウェット姿で、余った布を何度も折り返して長さを調節している。
ワイシャツだとなお良かった。
ヘアピンでまとめていない髪を見るのは新鮮で、しかし、平素から薄化粧の彼女はメイクを落としても可憐なままだった。
(‘_L’)「落ち着きました? ホテルで余分にもらったアメニティの歯ブラシとかもあるんで、あとで使ってくださいね」
それって口が臭いって意味ですか、と口を尖らせる都村先生。
(‘_L’)「正直、お互い結構なもんだと思いますよ」
二人で苦笑していると、キッチンタイマーが電子音を発し始める。
私の好みの茹で上がり時間だ。
鍋からふたつの丼に麺を移すと、スープの素を入れてかき混ぜる。
冷蔵庫で見つけた生卵が幸いにもふたつだったため、それと一緒にワインボトル転がるローテーブルに丼を運んだ。
(゚、゚η川「実は昨日、先生とお会いする前に軽く飲んでいたんですよ」
(‘_L’)「そうだったんですか? いい具合に素の部分が出てましたけど、そういうわけだったんですか」
う、と言葉に詰まる彼女に、助け舟を出す。
(‘_L’)「おかげさまで部屋も片付きましたし、久しぶりに朝食を誰かと食べることができますよ。生卵入れます?」
具もへったくれもないラーメンに入れた卵は、なかなかに美味だった。
65 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:34:27.70 ID:1NJZ1FfYO
(#;‘_L’)「何やってんだアンタは……!!」
66 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:37:44.69 ID:pXdBajUM0
さて、と私はベッド脇に転がした人形に向き直る。
キッチンでは歯磨きを済ませた都村先生が、昨晩から今朝に使用された食器類を洗っている。
水音を聞きながら、改めて明るい中で謎のお届けものをためつすがめつした。
そしてデフォルメされた顔を見て、気付く。
ξ゚听)ξ
(‘_L’)「伊藤さん?」
縮こまった体勢の人形は不機嫌そうな伊藤デレに似ていて、しかし若干の違和感を残す造形をしていた。
制服も高校の指定のもので、色彩はリボンからローファーにいたるまでこだわってつけられている。
素材はやや柔らかめのシリコン様のもので一貫して作られており、キン肉マン消しゴムよりは丈夫そうだ。
試しに頬に指を押し付けてみると、ついた凹みがゆっくりと押し戻された。
低反発フィギュア。
どこに需要があるんだ。
して、彼女は一体これを送りつけて私に何を伝えたかったのか。
(‘_L’)「うん?」
ついに私は、人形の首周辺にぐるりと走る溝を発見した。
接合部分の素材が密着していて、ほとんど繋ぎ目が区別できなかったのだ。
首を右に回してみると、滑らかな回転の後、かちり、と軽い手ごたえがあった。
ξ゚听)ξぴーががががが
体育座りの人形が、膝に頭を垂れて機嫌悪そうに大音声で電子音を発する。
台所からの水音がかき消されるほどの騒音に、心臓が大きく跳ね上がった。
(゚、゚;トソン「ちょ、何事でありますか!?」
67 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:41:18.12 ID:pXdBajUM0
慌てて首を元に戻すと、人形は鳴り止んだ。
(;‘_L’)「私にも何がなんだか」
驚いた都村先生が濡れた手を拭きながら、やってくる。
(゚、゚トソン「あら可愛いってそれ、フィギュアってヤツですよね……。もしかして、先生ってそういう趣味の」
確かに高校生の制服を纏ったデザインの人形は、そういった勘違いを生まないとは思わないが、そこは掘り下げない。
言葉を濁しながら、突然の音に早まった心拍数を落ち着かせようとする。
たっぷりと呼吸を繰り返してから、私は口を開いた。
(‘_L’)「ちょっとの間、静かにしててくださいね」
慎重に今度は逆回転させると、同じく軽い手ごたえ。
しかし、異なったのは人形の反応だった。
ξ゚听)ξ『先生とゆっくりお話がしたいので、指定の時間に指定の場所まで来てください。地図はこの人形が描きます』
突如饒舌に、しかもきちんと口を動かして、伊藤デレの音声で喋りだしたのだ。
ξ゚听)ξ『メッセージが終わったら、ペンと紙を用意して、首を逆に回してください。それではよろしく。伊藤デレ』
訪れた静寂に、私は深く嘆息した。
そうか、伊藤さんはこれがあって私の背中に夜道タックルを食らわせたのか。
一方的であるとは言え、約束をすっぽかされた、とそう思い込んでいたのか。
(‘_L’)「なるほど、これは私に落ち度があると言えなくもない。でもなあ」
初めっから手紙で十分に済む話だよね。
68 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 17:45:21.40 ID:pXdBajUM0
何か言いたげな都村先生をよそに、仕事用鞄からペンとB5のルーズリーフを一枚取り出すと、片付いたテーブルの上に人形と並べて置く。
膝を抱えた人形の頭をおっかなびっくり初めに回した方向へひねると、果たして騒音は起こらなかった。
隣で息を飲む音がする。
もの言わぬ人形が首をひとりでに戻し、抱えた膝を伸ばし緩やかに直立した。
次いで小人は虚空に向かって喋りだす。
ξ゚听)ξ『稼動開始。目的・描写。使用ツールを本機に保持させてください』
あさっての方向へと行う音声ガイダンスは、もはや伊藤デレの声でなく、ひどく無機質なものだった。
(゚、゚;トソン「えっ、はっはい」
言われるがままに傍らのペンを両手で差し出す都村先生。
ペンの存在を捉えると、ミニチュア伊藤デレはこちらも両手でペンを抱える。
ξ゚听)ξ『確認。描写スペースの指定をしてください』
(‘_L’)「B5版の紙面、とでも言えばいいのでしょうか」
ルーズリーフを差し出すと再び、確認と発声する。
ξ゚听)ξ『描写を開始します。三十六秒お待ちください』
指さえもデフォルメされた両手を駆使し、人形は断続的な横線を紙面の上辺から引き始める。
始めこそ何をやっているのか理解できなかったが、横線が下辺へと増えるにつれ全貌が明らかになる。
(‘_L’)「これは……衛星写真のような精密さですね」
69 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:51:19.76 ID:8mw/xug8O
支援
70 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:52:37.06 ID:1NJZ1FfYO
(メメメメ#;‘_L’)「ぐああああああああああああ!!!!!!!!」
71 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 17:56:46.07 ID:8mw/xug8O
さる?
72 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:01:24.64 ID:Ysl3md5kO
かな?支援
73 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:02:35.49 ID:DJcTUzlX0
支援
74 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:02:51.10 ID:pXdBajUM0
人形は描き終えた地図をちらりとも見ず、余白に次のようなことを、見覚えのある角ばった文字で記入する。
『私がその喫茶店にいるので指示に従ってください』
『現地は少し寒いので上着が必要かと思われます』
『その時、この人形も持ってきてください』
『それでは、毎週日曜日の午前十一時にお待ちしています』
それきり、ペンは止まり人形も動くことをやめた。
沈黙。
置時計の刻む音だけが静かに響く部屋で、静寂を破ったのは都村先生だった。
(゚、゚;トソン「先生、一体これって」
目の前で起きたイベントに対する説明を、彼女は求める。
端的な言葉で私が返せるのは、
(‘_L’)「不思議な世界からのお誘いらしいですよ」
分かりましたよ、伊藤デレ。
お付き合いしましょう。
土日は私が仕事をする日ですから。
(‘_L’)「明日、お暇ですか?」
都村先生の顔がますます困惑の色を強めたのは、言うまでもないことだろう。
2/4 「起伏の起きた一週間」 終
2/4<x へ
76 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:05:58.19 ID:pXdBajUM0
幕間
2/4<x
77 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:08:55.96 ID:pXdBajUM0
(゚、゚トソン「はあ」
酔っていたから、っていうのは理由になるのだろうか。
シャワーを借りた時に確かめたけれど、そういう痕跡はなかったし、そこまで問題になることをしたわけじゃないけど。
しかし、トソンよトソン、お前は男性の部屋にお泊りしたという事実は変わらないのだぞ。
(-、-;トソン「くっ、学生じゃないっていうのにもー、飲んで寝顔晒すってなにごとかー」
前段階で入っていたアルコールを恨むべきか、それとも中日の勝利に浮かれた自分を恨むべきか。
いや、待てよ、変な感じに引き止める風な重森先生もなかなか恨みの対象に――
(゚、゚トソン「ってなるわけないな。あの人かなり素で振舞ってたみたいだったし」
やましいことも、なーんにも……。
(゚、゚;トソン「あれ、逆にそれってオンナとしてまずいのかな。思いっきり普通にご飯出されて、ばいばいして」
いやいや、待てトソンよ、日曜に男性に誘われているではないか。
(゚、゚トソン「あれは生徒のためであって、デートではないってきっちり確認したから違うもん」
明日の朝、午前十時に待ち合わせ。
目的地はカフェ『ksms tech』。
どこかで聞いたことのある名前だ。
Σ(゚、゚トソン
携帯を取り出してささっと電話帳を回す。
そして、昨日夕飯を一緒に食べた友人の名前にダイヤルをする。
コール。
78 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:12:10.44 ID:pXdBajUM0
【(゚、゚トソン「あ、もしもし、起きてた?」
『なにー? くぁ、あふ……思いっきり寝てたよ』
【(゚、゚トソン「おおう、それはごめんなすって。ところで聞きたいことあるんだけど」
『うーん。分かったー、昼過ぎ電話してくれろー』
【(゚、゚トソン「うん、それでね」
『マジおまえ聞いてる?』
【(゚、゚トソン「いつか『ksms tech』ってカフェの話してなかったっけ」
『ああん……? あのチョコレートケーキが美味しいって話したけど、それがなんかあった?』
【(゚、゚*トソン「やっぱりぃ! ありがとう! もう寝ていいよハイン!」
『……ああもう、トソン、おまえ今度会ったらデコピンな』
通話終了ボタンを押して、緩んだ顔を自覚する。
79 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:17:49.65 ID:pXdBajUM0
(゚、゚*トソン「むふふ、明日が楽しみになってきた」
さて、ケーキを満喫するためには明日の朝絶食かな。
それとも今晩から断食?
うわはー、やだ、すごい楽しみ!
(゚、゚*トソン「トソンのプチ・ラマダン、やっちゃうぞー。うふふ」
目的はそこにあったわけではないけれど、せっかくなら何事も楽しんで。
都村トソンのスタイルっていうのはそういうのだし!
帰路でトソンは、ぐっと拳を握り締めて、足元の縁石に足の小指をぶつける。
奇しくも、それは前日フィレンクト宅のトイレでぶつけた所だった。
「いったああああ」
80 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:19:30.51 ID:pXdBajUM0
x<3/4 終
3/4 へ
81 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:22:30.96 ID:pXdBajUM0
と、言うところで今回は投下ここまで。
支援、途中ほんとありがとうございました。
ご意見ご感想、ありましたらどうぞー。
82 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:23:34.85 ID:DZ4ULBFI0
オツです
短編ですか?
83 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:23:47.39 ID:0S/5hUFyO
続きが楽しみだ
乙!
乙
85 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:29:27.34 ID:pXdBajUM0
>>82 短編のつもりで書いてたけど、もうひとつスレ使ったら中篇扱いかな?
場合によってはもうひとつばかし話書くかもです。
>>83-84 あざーっす!
86 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:30:44.14 ID:TRtdjjgVO
乙
次の予定とかある?
87 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 18:35:00.25 ID:pXdBajUM0
次の予定っていうと投下?
だったら今回のまとまりが最後まで書け次第すると思う。
明日の夜とかにできるかな。
88 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:45:23.35 ID:IthDM6VY0
乙かれ。こんな感じの淡々としたってかこう、あっさりした文好きだ。頑張ってくれ
89 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/08(日) 18:52:08.50 ID:/DJ0RCkYO
フィレの心情が小気味良い!
期待してます
90 :
◆s7L3t1zRvU :2009/03/08(日) 19:02:32.67 ID:pXdBajUM0
>>88 ありがとうございます。
淡々としたAAっつったら(‘_L’)かなと。
>>89 何度か厨臭く思って軌道修正しました。
ありがとうございます。
うーむ、さるさんだ。
そろそろ見てる人いないかな。
あざっしたー。
ノシ