1 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:35:43.20 ID:rMB6HfHW0
支援
3 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:37:17.64 ID:5jVIRqkO0
どうして人間は「怖い」って感情を覚えるか、わかるかい?
そのころの俺はすっかり悲観的な哲学が身についていたから、
いつだって死にそうな面を引っさげて、外に出ることすらまれな生活を送ってた。
世間では練炭だ硫化水素だといろんなブームがあったけど、
断言するよ、自殺するやつってのは、自殺できるほどの気力がまだ残っている人間なんだ。
ぬけがらのような俺の体には、もう何をする気力も残っちゃいなかった。
ただ、周りの言うとおりにして、機械的に毎日をこなしていただけだった。
川−川ガラスの森のようです
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:40:00.48 ID:5jVIRqkO0
エレベーターのない、古びたコンクリートが無機質な、五階建ての「団地」だった。
俺は携帯の画面に表示された住所を片手に、
ひいひい言いながら階段を一段ずつ上がっていった。
('A`)「ったく…いまどきエレベーター無しかよ…」
まだまだ暑い、夏の夜だった。
孤独だった俺の学生時代を通じて、俺に関わってくれるたった一人の友人、内藤。
大学夏休みのさなか、彼は突然、何の前触れもなく、俺にメールを送ってきた。
( ^ω^)「ドクオ、いまからうちに遊びに来いお!」
夜の九時に受信するメールとは思えない。
察するに彼もヒマだったのだろう。
俺も毎日やることもなく過ごしていたので、彼の誘いを断る理由はなかった。
で、ここにきたってわけだ。
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:41:26.79 ID:5jVIRqkO0
('A`)「よし。西側B棟、4032号室、と」
携帯とドア脇の番号表札を見比べて、俺は長い廊下の真ん中あたりにある、ひとつのドアの前に立つ。
ペンキが分厚く塗られた、重そうな中空の鉄製ドアだ。
典型的な「団地ドア」とでも言うか。
俺はドア脇の呼び鈴を押した。
インターホンの付いていないところが、この団地の設計の古さをうかがわせる。
しばらく待ってみたが、何の反応もない。
('A`)「あンの野郎…自分からメールしたくせに。もう寝ちまったのかな?」
俺はもう一度、呼び鈴のボタンを押した。
さっきよりも長い間、強く。
6 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:43:36.56 ID:5jVIRqkO0
すると、反応があった。
分厚い鉄の扉を通して、かすかに扉の内側から衣擦れの音が聞こえてきた。
扉が重々しく開かれた。
暑い夏に、俺をドアの外に待たせたことをなじってやろうと口を開きかけたが、
ドアノブを持っている人物を見て、俺は言葉を飲み込んだ。
まだ二十歳そこそこの若い女が、青い顔をして、よろめくように、そこに立っていた。
腰まで伸びきった黒い髪が、女の両目を覆い隠すようにして顔に垂れている。
('A`)(…まるで、怪談に出てくる「貞子」じゃねえか)
女性の姿を一目見て、正直なところ、俺はそう思った。
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:45:24.63 ID:5jVIRqkO0
もともと俺は気の強いほうでもないし、まして初対面の相手とフレンドリーに話せるほど人に慣れてもいない。
だから、女性の不気味な姿を見て動転した俺は、つい口走っちまったんだ。
('A`)「だ、誰だよ、お前!」
この一言はいけなかった。
誰だよ、って、あちらさんにしてみりゃ、俺のほうこそ誰だよって感じだ。
だから、ショックを受けたんだろうな。
その女の人は扉の把手をはなしたかと思うと、宙をつかむように両手を動かして、
そのままよろよろと玄関に倒れこんでしまったんだ。
('A`)「あっ」
まるで頭でも打ちそうないきおいで倒れるものだから、俺はとっさに、玄関に飛び入った。
すんでのところで俺は女性を抱きとめて、ゆっくりと廊下の床に横たえた。
背後で扉の閉まる重々しい音が聞こえた。
団地特有の、いったん「が」って鳴ってから、続いて「ちゃん!!」って大きな音を立てるやり方で。
ああいうドアって、手を離すと、すぐに閉まるようなしかけになってるんだな。
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:47:14.20 ID:5jVIRqkO0
ドアが閉まったあとの部屋の中には、徹底した静寂が流れていた。
俺はびっくりしたよ。
団地の廊下にいるときは、車のエンジンだとかの、ざわざわとした外の騒音を感じていたもんさ。
なのに、廊下からドア一枚を隔てるだけで、部屋の中はこんなにも静謐で、異質な空間になるものか、と。
団地の、分厚い鉄のドア。
それは、カギ一つで完全な閉鎖空間を作ることができるように、
昭和の設計技師たちが考えに考え抜いて作った、頑丈で精巧なものなんだ。
9 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:49:17.32 ID:5jVIRqkO0
女性は気をうしなったように、静かに廊下に横たわってた。
俺はすっかり動転してしまってた。
真っ青な顔色の「貞子さん」をなんとかしなきゃって思うんだけど、でも何をどうしていいかもわからないし、
だいたい俺はおにゃのことお話したことはおろか、近くに寄ったことすらほとんど無いときている。
あたふたと右に左に視線を移している俺を見て、
「貞子さん」は口をもごもごさせて、何か言おうとしている。
俺は耳を近づけて、その声を聞こうと努力した。
川д川「く…すり…」
('A`)「薬?」
川д川「居間…テーブルの…」
('A`)「居間のテーブルの上の薬、ですか?」
俺が震える声でそう尋ねると、貞子さんはかすかに頷いた。
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:51:10.88 ID:5jVIRqkO0
それで、俺は靴を脱いで居間へと入ったんだ。
最初は何の違和感も感じなかった。かわった部屋だなあ、と思ったくらいだった。
なにせ、夜だってのに、電気もついてなかったからな。
薬の場所はすぐにわかった。
窓から差し込む街の明かりで、うすぼんやりながら、部屋の様子は見て取れたんだ。
俺は低いテーブルの上に置かれた薬のシートと、コップに入った水を持って、玄関ぐちに戻った。
その頃には貞子さんもだいぶ落ち着いてきていたらしく、上体を起こして、壁に背を預けて座っていた。
('A`)「どうぞ。飲めますか?」
俺は薬のシートを渡して、聞いた。
彼女は弱弱しく頷いて、それから口元にまでかかった髪を、ぱさり、と掻き揚げた。
11 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:52:35.77 ID:Mn4UL7ui0
支援します
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:53:12.38 ID:5jVIRqkO0
いや、びっくりしたね。
細くつぶらな黒い瞳に憂いを湛え、紫色をした震える唇を少しだけ開けている様子は、
なんというか、ほんと、もうどうしようもないくらい、美人だなあって思ったんだ。
胸元のゆるいゆったりとした部屋着のワンピースに、コップの水がこぼれていた。
手が震えていたんだな。
胸元。
ついつい、両の乳房のあたりに視線が行く。
('A`)(…けっこう、あるな)
バレないように、こっそり、ちらちらと視線を走らせる。
彼女が薬を飲み終わるころには、貞子のような髪の毛は、ふたたび彼女の顔を隠してしまっていた。
俺はそれが、ちょっと残念だった。
いや、そりゃ、俺はチキンだから、
もし髪の毛がなかったとしても、じっと彼女の顔を見ることなんてできなかっただろうけどさ。
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:55:19.28 ID:5jVIRqkO0
薬を飲み終えた彼女は、しばらく静かにじっとしていたんだけど、
やがて、俺のほうに向き直って、かすかに、ほんの少しかすかに微笑んだんだ。
川ー川「…ありがとう」
弱弱しく、彼女は言った。
かすれたような、喉がひさしぶりに活動するときのような、そんな声だった。
('A`)「い、いえ、そんな…」
川−川「お礼しなきゃ」
そう言って、彼女はじっと俺の目を見つめてきた。
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:55:47.68 ID:rMB6HfHW0
支援
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:57:18.06 ID:5jVIRqkO0
そういわれて、俺ははたと気が付いた。
俺、そういえばここに、何をしに来たんだっけ?
('A`)(ここ、どう考えても、ブーンの家じゃないよなあ…)
真っ暗な玄関をきょろきょろと眺め回していたら、
彼女はいつのまにか立ち上がっていて、かすかな衣擦れの音だけを立てながら、
一歩一歩ゆっくり、といった感じで居間のほうへと歩いていく。
川−川「どうぞ、上がってください」
かすれた声で、そう言った。
ここは正直に言わないと話が進まないから、俺は白状する。
このとき、俺には下賎な下心が、たしかにあった。
不思議な美人。
一人暮らしの女性の家に、夜中に上がりこむ。
それに、俺がこの女性を助けた、という状況。
('A`)(ブーンなんざ、待たせときゃいいか。住所を書き間違えたのはあっちだしな。
助けた女性に誘われるなんてなんというエロゲ的展開。フ、フヒヒ)
このときの俺は、とつぜん降って沸いたようにあらわれた千載一遇のチャンスに、舞い上がっていたのだ。
16 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:58:02.20 ID:rMB6HfHW0
支援
17 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 02:59:17.95 ID:5jVIRqkO0
俺はもう一度居間に入った。
あいかわらず明かりはついていなかった。
川−川「座っていてください」
彼女はキッチンで、俺に背を向けて立って、電気ケトルに水を入れているところだった。
お茶を淹れてくれるのだろう。
俺は、初めて女性の部屋に入り、少し気持ちが浮ついていた。
女の匂いというか、なにか、男では決してありえない種類の甘いような匂いが、部屋中から感じられた。
座っていろ、と言われたので、俺はカーペット敷きの床に腰を下ろした。
座布団はないかと、そのあたりをきょろきょろと探してみた。
それで、そのおかげで、俺はその部屋の異様な様子に、ようやく気が付いた。
その部屋には、陰が無かったんだ。
18 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:02:47.92 ID:5jVIRqkO0
窓から差し込む街の明かりだけが、その居間の唯一の光源だった。
近くを走る高速道路のナトリウム・ランプによって、
ややオレンジ色が強い調子で、居間のすべては、闇の中に照らし出されていた。
そして、きらきらと輝いていた。
その部屋にあるすべての家具はガラスでできていた。
薬が置いてあった小さなテーブルは、いまやその天板に青い広告ライトの光を反射して、
オレンジと青の奇妙なコントラストを走らせながら、向こう側を透けて浮かび上がらせていた。
俺はほんとうにびっくりして、透明のテーブルに顔を近づけて、まじまじとそのガラスを見つめた。
それから、右手の人差し指の先でそっと触れてみた。
冷たく無機質な感触。
家具がほとんど無い殺風景な居間で、
しかも、置かれている家具のすべてが、ガラスでできているのだ。
きらきら、きらきら、と、
窓の外からの明かりを受けて。
その部屋の中には、陰が無かった。
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:03:52.35 ID:5jVIRqkO0
川−川「びっくりした?」
背後から突然、貞子さんが声をかけてくる。
俺は、ガラスの部屋よりむしろ彼女の声に、よりいっそうびっくりして、身を縮ませた。
('A`)「う、うん…」
かちゃかちゃ、と音をさせて、彼女は二つのカップを持っていた。
当然のようにその二つはガラス製で、中に入れられた茶色の液体が透けて見えるものだった。
('A`)「あ、どうも…」
俺は一つのカップを手に取った。
彼女は俺の向かい側に腰掛けて、両手で透明のカップを持ち、じっと俺のほうを見つめてきた。
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:04:16.63 ID:rMB6HfHW0
支援
21 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:06:16.70 ID:5jVIRqkO0
川−川「ねえ、あなたはどうして、私の部屋に来たの?」
俺のほうを見つめながら、彼女は言った。
至極もっともな疑問だ。
俺はすこしキョドりながらも、言うべきことを頭の中で整理した。
('A`)「や、その、この団地に友人の家があって。住所のメールを貰ったけど、どうやら間違いだったみたいで…」
俺はポケットをまさぐって、ブーンから来たメールの入った携帯を、彼女に見せた。
川−川「…そう」
すこし落胆した様子で、彼女の声のトーンは沈んだ。
俺の携帯には興味すら示さなかった。
窓の外を走る高速道路から、かすかに、車の地響きのような音が聞こえてくる。
それっきり、二人の間に、沈黙が流れた。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:08:10.79 ID:5jVIRqkO0
居間には時計すらなかった。
だから、部屋の中で音を立てる器具はひとつもなく、
俺たち二人が黙ってしまうと、ただ、静寂だけがオレンジ色をした闇の空間を支配した。
自分の心臓が立てる音をうるさく感じてきてしまったので、
俺はたまらなくなって、声を出した。
('A`)「あの、変わった部屋だよね」
彼女の表情が、和らいだ。
…ような気がした。
ばっさりと顔の前にまで髪がかかっているから、詳しい表情は、わからない。
川−川「落ち着くでしょ」
少し勢い込んで、彼女はそう言った。
23 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:10:12.02 ID:5jVIRqkO0
('A`;)「う、あ、え…」
落ち着く、か…。
綺麗に、ちりひとつなく掃除の行き届いてる部屋だけど、
落ち着くかどうかと問われれば、それは、疑問が無いでもない。
川−川「どう? この部屋の家具は、ぜんぶガラスでできてるの。
ぜんぶ、透明なんだ」
('A`)「う、うん、そうみたいだね」
川−川「この部屋なら、だれか知らない人が家具の陰に隠れていたり、
また嫌な虫の死骸がテーブルの下にひそんでいたり、しないんだよ。
落ち着くでしょ?」
どう返事したものかわからず、俺はあいまいに「あー」とか「うー」とか言って、黙っていた。
そうか、このガラスの部屋の意味は、そんなところにあったのか。
がらくただらけのヒッピーの女の部屋が「ノルウェイの森」なら、
この透明な家具ばかりの部屋は、さしずめ「ガラスの森」だな。
俺がそう考えていると、テーブルを挟んでむこうに座っている彼女は、少し笑った。
その笑みのタイミングがあまりにドンピシャだったんで、
俺は、自分の思考を読まれたような気持ちになって、背筋が寒くなった。
24 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:12:11.75 ID:5jVIRqkO0
わけのわからない部屋の話にはついていけなかったので、俺は話題を変えることにした。
('A`)「あ、あの、もう調子は、大丈夫ですか?」
川−川「ああ、うん、大丈夫よ。ありがとう」
('A`)「そうですか。それはよかった」
たしかに彼女の顔には、少しばかり血の色も戻っていた。
暖かい紅茶をおいしそうに飲んでいる。
ガラスのカップから透けて見える唇を見ながら、あらためて、俺はこの人が美人だなあと思った。
そして、ゆるやかなワンピースの、少し開いた胸元のあたりが、気になった。
見えている鎖骨の真っ白な肌が、やたらになまめかしく感じたのだ。
25 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:14:16.79 ID:rMB6HfHW0
支援
26 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:14:17.98 ID:5jVIRqkO0
川−川「あなた童貞でしょ?」
突然の言葉に、俺はカップのお茶を少し吹いた。
('A`;)「どどどどどど童貞ちゃうわ!!」
川−川「だって、私の体をじろじろと眺めたり、私を裸にする妄想をしない男の人は、珍しいもん」
('A`;)「は?」
平然とそう言ってのけた彼女に、俺は圧倒されて、何も言葉を返すことができない。
('A`;)(な、何を言ってるんだ、この人は…?)
川−川「あなただって、玄関で一度、私の胸を見てたけどね。
でも、たいていの男は、私に会った瞬間から、胸や腰のあたりばかりに視線を這わせて、
その下の体のことばかりを考えるようになるものだよ。
あなたみたいな紳士な人、珍しいかもね」
期待支援
だが、もうだめだ……明日、読みます……
28 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:16:44.63 ID:5jVIRqkO0
('A`)(…どうして、俺が一瞬だけ胸元に気をとられたことがわかったんだ)
信じられない。なぜ。この女は、俺の視線が
川−川「わかるものなのよ。女は、まなざしに敏感だから」
い、今また。
今またこの女は、俺の考えを読んだ――
俺がまさにエロい妄想をしていたこと、そして、それを読まれて恥ずかしがっている気持ちを。
川−川「怖がらないで。恥ずかしがらなくていいの。
男の人はみんな、そう妄想するものよ。私はぜんぜん気にして無いから」
俺が何も言えず黙っていると、彼女はさらに言葉をつづけた。
川−川「あなたの場合は、家に招き入れられたとき、女性とお話ができるって考えてたけど、
それ以上のことは、とりあえず考えていなかったでしょう?」
('A`)「ど、どうして、それを」
川−川「わかるものなの。そういうことは」
もう、いてもたってもいられなかった。
恥ずかしさで顔がかっと熱くなった。たぶん、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:18:22.85 ID:5jVIRqkO0
('A`)(一刻も早く、ここを離れたい。この人の視線から逃れたい…)
恥ずかしさのあまり、俺はそう思った。
もう、この女性とはかかわりたくない! すぐに逃げ出したい!
そんな思いで、俺は、俺をじっと見ている彼女の目を、ちらと見つめ返した。
…とたんに、彼女の視線に、怒ったような熱がこもる。
燃えるような炎の気配が、彼女の口元に浮かんだ。
川−川「…もう、帰るの?」
('A`)「え、あ、いや」
川−川「そう」
炎が見えたのは一瞬だった。
すぐに視線は、元のように無表情な、冷たいものに変わっていた。
30 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:20:22.06 ID:5jVIRqkO0
川−川「あのね、さっきのこと、本当に気にしないでね。男の人はみんなそうなんだから」
('A`)「あ、はあ…」
そういわれても、エッチな妄想を読まれていたことが恥ずかしいことに変わりはない。
川−川「…女はね、いつも他人からのまなざしで、体だけを切り取られている存在なの。
私、という人間は見られずに、私のこの体だけを、みんなは見つめているの」
なんだか男としての俺を叱られているような気がして、俺はうなだれて、黙った。
川−川「もし私の精神が40歳のおばさんで、肉体だけが若かったら、みんなは私をちやほやするでしょう。
でも、逆だったら?
精神は20代で、肉体は40代だったら?」
俺は、心は若い女、体はおばさんという人間の姿をちょっと想像してみた。
('A`)「…なんか、あなたの言いたいこと、わかるような気がします」
川−川「でしょ?」
31 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:22:25.19 ID:5jVIRqkO0
川−川「だから、世界って、怖いと思わない?」
('A`)「世界、ですか」
俺は、彼女の言葉に、顔を上げた。
ひきこもりで、この世の中に漠然とした絶望を感じていた俺にとっては、
彼女の思考世界は、ちょっと興味を引かれるものだった。
川−川「私という存在は、20年の歴史を持つ一人の人間なの。
だけど、他の人たちは、そうは見てくれない。
私を見るんじゃなくて、体しか見ていないの。
ぱっと見た姿だけを認識して、私という人間から、私を奪っていくの」
日本語でおk、と言いたくなる気持ちを抑えて、俺は辛抱強く彼女の言葉を聞いていた。
川−川「怖いでしょ?
外の世界に出たら、みんな私の体を、顔を、じろじろと見て、
私から私を奪っていくのよ?」
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:24:19.70 ID:5jVIRqkO0
彼女が何を言っているのか、俺にはだんだんと理解できなくなってきた。
そう思って彼女を見たら、すっ、と彼女の表情が暗くなった。
川−川「…私が何を言っているのか、理解できなくなってきた?」
('A`;)「え、は?!」
な、なんで俺が考えていることがわかるんだ?
俺、声に出して呟いちゃったかな…。
一人暮らししてると、独り言が増えるからなあ。
川−川「べつに声に出して言ったりはしてないよ」
俺は短く一声、なさけない悲鳴を上げていた。
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:26:21.59 ID:5jVIRqkO0
川−川「あ、ごめんね、驚かせちゃったかな?」
口もきけないでいる俺を置いて、彼女は変わらぬ様子で淡々と語り続けた。
川−川「人間の思考パターンって、案外単純なものでさ。
ずうっとそれを研究しつづけてると、平均的な人の考えくらいなら読み取れるようになるんだ」
彼女は振り返り、背後の押入れの扉を開いた。
無数の本が、押入れの中には整然と並んでいた。
心理学関係の本がほとんどだった。
金文字の彫られた医学系の専門書から、パステルカラーの背表紙で彩られた、
素人女性向けのやさしい「うつ」の解説書まで、あらゆる種類の精神に関する本が、ずらりと並んでいる。
川−川「…だってさあ。
他人が何を考えているかわからないって、すっごく怖いことじゃない?」
34 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:28:12.82 ID:5jVIRqkO0
俺は胃が痛んだ。
ぎゅうっと搾り出すように、下腹部から痛みが上ってきた。
視界に白いつぶがいくつも弾けていて、明かりのない部屋の、きらきらする真っ暗な情景を消し飛ばした。
やばい。
まずい。
何かを考えたら、読まれる。
変なこと、よこしまなことを考えたら、バレる。
頭に想像するだけで、そのことがすべて、相手に知れてしまうのだ。
この、美しく若い女性に。
彼女はまだ、じっと、俺の瞳を見つめ続けている。
俺はもう、これ以上耐えられないと思った。
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:30:20.92 ID:5jVIRqkO0
どうする。
どう言って、この場を離れよう。
ブーンとの約束の時間が過ぎていることにしようか。
ふと、俺は顔を上げた。
川д川「……」
彼女の顔に、その瞳に、名状しがたい残忍な光が浮かんでいた。
俺は、自分の顔から、音を立てて血の気が引いていくのを感じた。
頭が真っ白になり、一瞬、何も考えられなくなった。
そうすると、彼女の視線に溢れていた邪悪な思念は消え、元通りの冷たいだけの視線へと戻った。
川−川「…そう、それでいいの」
ぽつりと、彼女が言った。
36 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:32:36.80 ID:5jVIRqkO0
その時の俺が感じていた感情が、きっと、恐怖というものの本当の姿なんだと思う。
ガラスの森に迷い込んでしまって、俺の心はすっかり、見透かされる。
俺が何を考えようと、俺の体はガラスになってしまってるから、その中に入ってる心は、丸見えだ。
若い女性と二人きりになった引きこもり童貞のキモオタが、
相手の女性に、すべての考えを読まれてしまってるって状況。
どう? 怖くね?
結局、なにが一番怖いって、人間の心がいちばん怖いものなんだ。
だから、俺は一声叫んで、逃げた。
背後でがたんと立ち上がる音がしたが、俺はかまわず逃げた。
玄関まで走り逃げて、靴なんか履かず、分厚く冷たい鉄の団地ドアを開けて、
そのまま後ろを振り向かずに逃げた。
団地の階段を駆け下りて、必死で自転車まで駆け寄って、
そのまま、夜の街の歩道をあてもなく走り回った。
暗い路地で警察官にチャリを止められて初めて、俺ははっ、と正気に戻ったんだ。
37 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:34:28.07 ID:5jVIRqkO0
とまあ、俺の怖い話はそんなところだ。
ブーンの家? 行くわけないよ。
あのあと俺はブーンとメールのやりとりをして、
結局あいつの家は4032号室じゃなく一階上の5032号室だってわかったんだけど、
俺はブーンの家どころか、あの団地の近くに寄る事さえ、もういやだったんだ。
後から考えたんだけど、あの貞子さん、元々はすんごく頭のいい人だったんだと思う。
だから、他人がいろいろと普段考えてるヨコシマな恐ろしい考えが、ぜんぶわかっちゃう人だったんだろう。
それで、恐怖から逃れるために、他人の心を読む勉強をしようとした。
ところがどっこい、見えてきたのは、自分自身の中に隠されていた、醜くさもしい人間の心。
最初にガラスの森に迷い込んでしまった犠牲者は、きっと貞子さん自身だったんだよな。
いまでも、あのガラスの森は、ブーンの家の真下の部屋にあるのかなあ。
川−川ガラスの森のようです おしまい。
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:35:43.12 ID:A652kzZdO
乙!!
39 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:36:46.18 ID:55snvfZ7O
乙
こえーな
40 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/29(金) 03:38:53.24 ID:5jVIRqkO0
ウルトラスペッシャルな夜中に支援、読んで頂きありがとー!
いやー絵から話って難しいですね。
それではまたー
41 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:
ドキドキとソワソワとムズムズがとまらなかったよ!乙!