1 :
◆UmlpiMt4mU :
2 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 20:51:51.90 ID:G2ZulIEx0
かつて、森に逃げ込む賊を追う役割を担っていた者達は、
一転して、自らが森に潜み、敵から逃れる日々を送っていた。
森に陣を構える事については、問題は無かった。
-----やはり足りぬな-----
だが、食料、水、あらゆる物資が不足していた。
差し迫って必要のない物は、複数の部下に売りに行かせ、
その金で食料を買い込ませたが、それを続ければいずれ足が付く。
止むを得ず、部下に狩人の真似事をさせてもみたが、それで事足りるはずも無い。
「このままでは、森が枯れるぞ」
六百人という数は、国を奪い返すには少なすぎ、森に潜むには多すぎた。
「その前に、我々が枯れ果てなければよいのですが」
チャオエネンは、そう言った弟を見つめ、全くだと、苦笑いを浮かべた。
3 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 20:53:48.13 ID:G2ZulIEx0
街へと物資の調達に行かせた部下達は、情報収集の上でも重要な役割を果たしていた。
「連合の食料庫を襲った者がいると?」
部下は頷き、大凡の場所と数を示した。
「人事とは思えませんね。我々も直に食うに困って、同様の乱を起していたかもしれません」
例え、どんなに律された軍でも、食料が尽きれば飢える。
「それで、誰が率いている?」
部下は、飽くまでも憶測と噂の域を出ませんが、と前置きした上で答える。
「フクシン様では無いかと」
チャオエネンは顔に手を当て、首を振る。
「いかにも奴らしい・・・。だが、貸した二百の兵、兵糧の利子付きで、取立てに行かねばな」
4 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 20:57:48.08 ID:G2ZulIEx0
----------
揺れる炎に照らされる男の顔は、相変わらず無愛想だった。
「はあ・・・お腹空いたわ・・・」
男は、無言のまま袋から何かを取り出す。
「それ、くれるの?」
その乾物を、この無愛想な男がくれるとは思えなかったが、
空腹の娘は、否が応でもそれを望んでいた。
男は不敵な笑みを浮かべ、そして言った。
「やらん」
ツンは、自らの怒髪が天を衝くのを、確かに感じた。
「もう、頭に来た!!よこしなさいよ!!それ!!!」
男はそれに気兼ねすることなく、自らの口に乾物を運んだ。
5 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:00:48.58 ID:G2ZulIEx0
ツンは怒っていた。激怒していたと言ってもいい。
握り拳を男目掛けて力一杯振り切ったが、捉えた物は空だけだった。
「実は、もう一つあるが、いるか?」
ツンは大きく頷く。
「よし、やるから消えろ」
今度は怒るよりも、呆れ果てる方が先だった。
「そんな事だと思ったわ・・・」
重い足取りで、森に向かって歩き出しながら、弱々しく言う。
「逃げないでよね・・・」
さらにとぼとぼと歩きながら、こう洩らした。
「今なら、兎だって食べられちゃいそうだわ・・・」
実際の所、兎を捕まえたところで、彼女にそれを殺す事が出来るかどうかは、かなり怪しかったが。
6 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:03:38.45 ID:G2ZulIEx0
----------
彼らは馬車に揺られていた。
手と足にはそれぞれ、手枷、足枷が付けられ、自由に動く事はままならなかった。
「おっさん、シベリアは友好国のはずじゃなかったのか?」
ウルペースは疑いの表情を浮かべるドクオを見、苦笑いを浮かべた。
「そのはずなんですけれどねえ。いやあ、残念ですねえ」
「でも、ナナシ君が無事で良かったお。だけど、どうしてさっき出てこなかったお?」
ブーンはそう言うと、鎧の上に防寒具を着せられた珍妙な風体の青年を見つめる。
ナナシは少し困ったような顔をしながら答えた。
「多分、僕がいかにも兵士って格好だったので、女王様に何かあると困ると思われたんじゃないでしょうか」
それでまあ、と言い、ナナシは続ける。
「ずっと着替えの所から出して貰えずに、やっと出られると思ったら、こんな物を着せられてここに・・・」
7 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:07:00.87 ID:G2ZulIEx0
凍てつくような冷気が顔の肌を突いたが、体は意外にも暖かかった。
謁見の際の着替えが、防寒具としての役割を、十分に果たしていたからだった。
目的の場所に着いたのか、そうではないのか、彼らを乗せた馬車は止まる。
そして、彼らのいる場所と外界とを隔てる、皮で出来た仕切りが開き、冷たい空気が入り込んだ。
「皆様、先程は手荒な真似を致しまして、申し訳ございませんでした」
その人物こそ、彼らを敵へと引き渡そうと、そこに閉じ込めた者だった。
「女王様・・・どうしてだお?ビップとシベリアは、仲良しじゃないのかお?」
「我国には、連合の監視があるのです。恐らく、帝国の傘下にあった他国も同様に・・・」
女王は目を伏せる。
「何とかお助けしたかったのですが、申し訳ございません」
ブーンは首を横に振った。
「見張られてるんなら仕方ないお。シベリアも大変なんだお・・・」
8 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:10:40.99 ID:G2ZulIEx0
女王は、「そうなのです・・・」と言うと、暗い表情で語り始めた。
「我国は、非常に寒く、鉄の加工にはあまり向きません」
一行は首を傾げる。
「中でも、錠等は粗悪な作りで、簡単に外れてしまう物も多いのです」
唯一首を傾げなかったウルペースは、「それはお気の毒に・・・」と、相槌を打った。
「さらに、馬車も不足しておりまして、捕虜を運ぶ馬車に、武器まで積まねばならない始末」
ウルペースは深く頷き、「心中お察し致します」と、またも相槌を打つ。
「兵までも不足しておりまして、この馬車を引くあの者は、道には精通しているものの・・・」
一瞬、女王の顔に笑みが浮んだように見えた。
「脅されれば、すぐに従ってしまうような気弱な男でして」
「それは、それは、さらにお気の毒ですねえ」
そう言った男の顔には、哀愁の表情など微塵も無かった。
9 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:13:55.20 ID:G2ZulIEx0
「ですから、使者に受け渡すはずの捕虜が、逃げ出さないか深憂なのです」
「そうですねえ。せっかくの捕虜を逃がしたとあっては、連合に何をされるか分かりませんしねえ」
女王は首を横に振る。
「いいえ、それについては大事ないのですが、人質となる者が不憫です」
「大事ないならば、実によろしい事です。しかし、武器を奪った者達が人質を無事に帰しますかねえ」
女王は頷き、「どうしましょう?」と、聞き返す。
「でもまあ、人質がいては目立ちますし、国境を越える際に、馬車ごと捨てて行くのではないでしょうか?」
「それならば、安心致しました」
にっこりと笑ってそう言うと、女王は踵を返し、数歩進んでから振り返り、思い出したように付け加えた。
「それでは皆さん、決して、緩んだ錠を外し、馬車の武器を奪い、気弱な者を脅して、逃げられませんように」
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:16:22.15 ID:G2ZulIEx0
「おい、おっさん、知ってたのか?」
ドクオは、ウルペースを睨みつけながらそう言った。
「何をです?錠が緩いという事でしたら、先に着いた王城で、説明等受けておりませんよ?」
あっけらかんと言い放った男を見て、ドクオは溜息を零した。
「人が悪いにも程があるぜ・・・」
ウルペースは、「私は人が悪いのではなくて、悪い人なのです」と、にんまりと笑う。
それを聞くと、馬車に揺られる人々の最も先頭に座る男が、会話に入ってきた。
「そうですねぇ。馬車を奪って、私を脅すような人は、きっと悪い人なんでしょうね」
「と、すると、ここにいる悪くない人は、お兄さんだけだお」
その場にいた悪い人間も、そうでない人間も、一様に笑った。
11 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:19:41.91 ID:G2ZulIEx0
男は心底安心した風に、しかし、全く忍ばぬ声で言った。
「もうすぐ国境だ。女王陛下からくれぐれも内密に。と、言われた事を隠し通せそうだ」
ブーンは頷き、男に詰め寄る。
「何か、隠してる事ないかお?」
男は、「もう少しだったのにな・・・」と、溜息をつき、話し始める。
「この先の、ドウアイ国は、昔からヤオイと対立していて、きっと皆さんを保護してしまうでしょう」
ブーンは頷く。
男は、先程までと表情を一変させ、真剣な目つきとなり、「それと・・・」と、続けた。
「今ご協力すれば、連合にこちらの動きを悟られますので、お逃がしする事しか出来ませんが、
時が来れば必ずや、馳せ参じる所存、との事です」
一同は大きく頷いた。
12 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:22:25.18 ID:G2ZulIEx0
馬車は雪山を登り、そして降ると、ゆっくりと止まった。
気が弱いかどうかは別として、その男が道に精通していたのは確かだった。
追っ手をすぐに引き離すと、それ以後それらの気配は全くなかった。
「お兄さん、ありがとうお。武器は返したほうがいいかお?」
男は首を振る。
「悪い人は、武器を返したりしないんじゃないですかねぇ。それと、お礼を言うのも駄目です」
「さて皆さん、そろそろ馬車と人質を捨てて行きましょうか」
ウルペースはそう言うと、人質に歩み寄る。
「実に逃げやすい連行ありがとうございましたと、お伝えください。出来るだけ、悪漢ぽく」
ドクオは、目配せをして頷いた男に近づき、声を掛ける。
「兄ちゃん、軍人より演劇のが向いてるんじゃねえか?」
「そうですねぇ。脅されたとはいえ、捕虜を逃がしたんじゃ、お払い箱ですかね」
そう言うと、男はにやりと笑う。
「せっかく、将軍になったのになあ」
13 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:25:57.01 ID:G2ZulIEx0
一行は、三々五々と歩いていた。
ドクオは、前を歩く者達を見て溜息をつく。
「ブーン、気をつけろよ。大人はみんな人が悪い奴ばっかだ」
「全くだお・・・」
「本当にそうですね・・・」
ドクオは、少年と青年を見つめ、さらにこう零した。
「信頼出来るのは、ブーンとナナシだけだぜ、全く」
"悪い大人達"に散々と騙され、山を越え、やってきたその国は、
本当にあの寒い国と、あれだけの距離しかないのかと疑う程、暖かく、穏やかだった。
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:26:27.63 ID:F42q2OAbO
ブーン系な必要性皆無
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:27:45.66 ID:IeQC+2/DO
ナギ戦記かとオモタ
16 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:28:59.93 ID:G2ZulIEx0
----------
誤魔化し誤魔化し、節約した兵糧もついに尽き、彼らは敵の兵糧庫を襲った。
しかし、兵糧を得たために肝心の兵が欠ければ、元も子も無い。
「もう直、将軍はお見えになるだろうけど、この有様だと兵糧を食べる頭を残して貰えるか不安だな」
その街、いや、そこに住まう人々は皆連れて行かれ、
物資と亡国の残党兵があるだけの閑散としたその場所は、
彼らの三倍はあろうかという、敵軍に包囲されていた。
だが、彼には確信があった。
-----あの方は、必ず来る-----
部下を、同志を、決して見捨てはしまい。
17 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:29:55.74 ID:LVrVppt1O
支援
18 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:32:13.58 ID:G2ZulIEx0
敵が近づけば矢を放ち、放てば敵は離れる。
それを、何日続けただろうか。
見方も敵も、じりじりと減っていった。
「そろそろ完成するか頃か・・・」
大抵の場合、攻城兵器は戦場で作られる。
だが、それらを防ぐ、高く頑丈な防壁も、深い堀も、その街には無かった。
元々、篭城するにはあまりに不向きな場所。
だが、食うに困って、後先考えずそこを奪った訳ではない。
-----乱を起せば、あの方の耳へと入る-----
「チャオエネン将軍達も、きっと兵糧には困ってるだろうから、匂いに釣られてすぐ来ると思ったんだけどな」
-----貸した兵を返せと、必ずやって来るだろう-----
19 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:34:21.82 ID:G2ZulIEx0
彼らはある場所へと向かっていた。
「全く、食うに困って鼠捕りに掛かるとは・・・奴にも困ったものだ」
「フクシン殿らしいでは、ありませんか」
ヨダレは知っている。姉の言葉が内意では無い事を。
「して、敵の詳細は?」
「六百程と思われます。内、騎兵が約二百」
「二百か・・・」
敵軍との戦を想定していなかった帝国の軍は、
歩兵を中心に編成されていた。
「助けに行くとは言っても、フクシン殿の呼応が不可欠のようですね」
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:34:31.18 ID:7+eawBjb0
支援
21 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:36:09.92 ID:G2ZulIEx0
「もう持たないか」
フクシンの視線の先にあったのは、屋根を持つ木製の兵器。
そして、それに打ち壊されようとしている門。
火矢も、油も、効果は無かった。
「なに、鬼将軍の下で鍛えられた我々なら、一騎等三なんて、軽いもんだ」
もっとも、彼らには、僅か十頭程度しか騎馬はいなかった。
対する敵の騎兵は約二百。それだけで、彼らの総数に匹敵する。
今にも門が打ち破られようとしていた時、部下の声が響いた。
「旗です!帝国の旗に、間違いありません!」
フクシンは頷く。
「腹癒せに、兵糧を全て食べてしまおうかと思ったのに、間に合わなかったか」
待ちわびた主が来る。
22 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:36:17.80 ID:LVrVppt1O
支援
23 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:38:41.15 ID:G2ZulIEx0
彼らは退路の確保に、重点を置いてはいなかった。
何故なら、彼らの敵は、僅かに二百。
包囲さえしてしまえば、後は時が来るのを待つだけだ。
それを少しばかり早めるために、門を打ち破れれば尚いい。
敵は、食うに困ったただの賊で、援軍などは来ようはずも無いのだから。
その、ありえるはずの無い背後からの敵襲に、彼らは浮き足立った。
「何故・・・帝国の軍が・・・」
それは、彼らの連合が打ち破ったはずの軍。
「数は?」
「分かりません。しかし、かなりの数かと」
「よし、固まって待ち構えよ」
彼の失策は二つあった。
敵の数を把握出来なかったために、寄り集まってしまった事。
そして、彼らがそれまで攻めていた、篭城している者達の存在を、失念した事。
24 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:41:05.74 ID:G2ZulIEx0
「敵将は、我らにとっては名将だな」
皮肉を含んだ笑いは、部下達の士気を上げた。
広がり、敵を包むようにして疾走した彼らは、
実のところ敵と同数しかいない。
だが、本来現れるはずの無い敵の援軍が現れ、広がるようにして迫ってくれば、
恐怖を感じ、多く映るものだ。それを逆手に取った。
「これは、フクシン等は要らぬかも知れぬな。兵と兵糧だけ寄越せと、伝えおくか」
そう言うとチャオエネンは、にやりと笑う。
馬に揺られ、風に靡いた女の髪は、金色に輝いていた。
25 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:43:01.04 ID:G2ZulIEx0
敵に囲まれた二百の騎兵は、密集している見方の存在も合わせて、
本来の実力を発揮できる状況には無かった。。
敵の正確な数さえ把握していれば、歩兵中心の敵をなぎ払い、
彼らのみで勝敗を決したかもしれない。
だが、彼らはその機会を奪われた。
さらに彼らの不遇は続く。
「門が、開きました!」
僅か二百ばかりの敵。だが、敵軍との数は拮抗しており、形勢は不利。
さらに数までも敵が上回れば、彼らに勝機は無い。
「踏み止まれ!」
彼らの不遇の、最たる者が叫んだ。
26 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:43:09.40 ID:LVrVppt1O
支援
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:45:22.90 ID:G2ZulIEx0
門を開け放って街を出た同志が、敵の背後を突き、敵を完全に包囲すると、
後は一方的な殺戮でしか無かった。
脅威だった敵の騎兵は、思うように動く事が出来ず、槍の恰好の的となった。
「よし、間を空けよ。退路さえやれば勝手に逃げ出すだろう」
彼らの主の示した通り、退路を与えられた敵は、散り散りとなって逃げ出した。
チャオエネンは剣を突き上げ、勝利を誇示する。
部下達はそれに習い、一斉に剣を上げる。
チャオエネンはそれを見遣ると、地に視線を移した。
斃れる兵士達。僅かとは言っても、敵では無い者も含まれている。
共に酒を酌み交わそうと言ったところで、
全ての部下に祖国の復活を見せてやる事は出来ないのだ。
「お二人共お揃いで。お変わりないようで何よりです」
そう言った男の顔は、夕日を背にしていたせいか、眩しかった。
28 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:46:25.71 ID:LVrVppt1O
支援
29 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:47:30.22 ID:G2ZulIEx0
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暖かなその国に入り、最初の街へとたどり着くと、
その国がシベリア国とは違った意味で、別世界なのだと理解した。
「な、なんなんだお・・・」
ブーンがそう洩らした時、傍らの男の声が響いた。
「か、勘弁してくれ!」
髭の男は、女に無理やり腕を捉まれ、悲鳴を上げていた。
本来ならば、喜びこそすれ、悲鳴を上げる状況ではない。
やや大柄な女の身なりは整っていたし、
黒髪は長く美しい。
しかし、彼の悲鳴は当然だった。
何故なら、その女の顔は、化粧をしてはいるものの、男そのものだったのだから。
30 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:49:13.44 ID:LVrVppt1O
支援
31 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:49:30.93 ID:G2ZulIEx0
「おいおい、そのくらいにしておいてやれよ」
道端の長椅子に座ったその者は、鼻筋の通った黒髪の男だった。
「ノンケを食っていいのは、この国じゃ俺だけだ」
男は、「職権乱用よ!」と、叫んだ男のような女、いや、女のような男なのかもしれない者を宥める。
「まあまあ、今度いい男を紹介してやるから、今日の所は帰ってくれ」
不満の表情を浮かべながら立ち去る者から視線を移し、男は口を開いた。
「風体から察するに、あんたらシベリアから逃げてきた捕虜かい?」
ブーンは頷く。
「シベリアから、ヤオイに追われている者がいるから、必ず捕えて引き渡すように連絡が来てる」
一行は身構え、男の様子を伺う。
「安心してくれ。この国じゃ、ヤオイの敵は大歓迎さ。ノンケもね」
32 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:51:45.75 ID:G2ZulIEx0
男の後を付いて暫く歩くと、大きく立派な建物へと到着した。
中の者は、男を認識すると、皆、頭を下げる。
街の者も総じてそうだったが、役人のような風体の者達は、
より一層、男に対して敬意を払った。
この男がその国で、一定の身分にあることは、間違いが無かった。
階段を登り、一行を大きな部屋へと促すと、男は皆に席を勧めた。
「お兄さんって、偉い人なのかお?」
男は椅子に腰掛けながら、首を横に振る。
「別に偉くはないさ。この国のみんなの意見を纏める仕事をしてるってだけだ」
男がそう言った時、部屋の扉が開いた。
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 21:52:39.92 ID:LVrVppt1O
支援
34 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:53:38.30 ID:G2ZulIEx0
長く美しい茶色の髪の、細く引き締まった長身の女が、椅子に座った者達を見つめる。
「随分と可愛い子達がいるじゃない。特に、そこの鎧を着た子なんて好みだわあ」
ナナシは思わず視線を逸らす。
「随分と、趣味が変わったみたいじゃないか。イーゲ隊長」
「そぉかしら?アベさん」
そう首を傾げると、イーゲはナナシに近づき、見つめた。
「あらまあ、よく見たら・・・ふふ、そうね」
ブーンは、そう言った美しい女の顔を見つめ、思わず言葉を零す。
「この国には、普通の女の人もいるのかお・・・」
イーゲはそう零した少年に歩み寄り、にっこりと微笑んだ。
「うれしいわねえ。頑張ってお化粧した甲斐があったわ」
ドクオは、頭を抱え溜息をつく。
「益々、人間不信になりそうだぜ・・・」
35 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:55:29.23 ID:G2ZulIEx0
両手で頬杖を付きながら、イーゲは頷く。
「大変だったわねえ。シベリアって、とっても寒そうだもの。でも、お肌にはいいかしら?」
「色白の人ばっかりだったお」
女は、「うんうん」とさらに頷いて続ける。
「もう私、シベリアに移住しちゃおうかしら」
「あんたが消えてくれるなら、実に喜ばしい事だ」
一行が振り返った先にいた者は、黒い髪と、鋭い目の小柄な男だった。
「そうねえ。お肌を抜きにしても、あなたと離れられるなら、移住したいわね」
「まあまあ、イーゲ隊長、アンビ隊長、お客人の前で喧嘩は止せよ」
その二人に、同時に「引っ込んでいろ」と睨まれ、アベは苦笑いを浮かべる。
「皆さん申し訳ないね。そろそろ本題に入りたいんだが・・・」
36 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:57:34.93 ID:G2ZulIEx0
二人の喧騒が、物別れによって一応の決着を見ると、
アベはようやく切り出した。
「それで、君達はその幼馴染を助けたいと?」
ブーンは頷く。
「そうか。でも、それだけなのかい?」
ブーンは、思わず男を睨みつける。
「奴隷はすごく辛いお。それだけって、どういう事だお!」
アベは頷き、そして答える。
「その通りさ。だがね、奴隷になったのは、君らの幼馴染だけじゃあない」
「協力、してくれないのかお?」
アベは不敵な笑みを浮かべた。
「協力はもちろんするさ。だが、どうせなら、ビッパー全員を救おうじゃないか」
37 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 21:59:18.05 ID:G2ZulIEx0
一同は愕然としていた。
「ビッパー全員を救うったって、どうやってだよ・・・」
アベはドクオを見つめ、話始めた。
「シベリアの者から聞いてるだろう?我々の国は、ヤオイと昔から因縁が深い」
「ヤオイ連合を倒そうと?シベリアでお聞きした所によりますと、五万とも、十万とも」
アベはウルペースに視線を移す。
「ヤオイに反感を持っていたり、ビップに対して好意的な国もあるのさ」
「ビップと仲良しの国を集めて、連合を倒すのかお?」
アベはブーンに向けて頷く。
「分かったお。協力してくださいお」
「おい、そんな簡単に・・・」
そう言い掛けて、ドクオは言葉を飲み込んだ。
友の強い決意を秘めた目、決して信じる事を止めない心。
この者になら、出来るのかもしれない。
「よし、決まりだ。あちらさんは連合を名乗っているから、こっちは同盟ってのはどうだい?」
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:01:12.52 ID:G2ZulIEx0
----------
彼女らは尚も歩いていた。いや、正確には、一人は走っているのだが。
「せめて、行き先くらい教えてくれてもよくない?」
男は立ち止まり、振り返る事なく言った。
「ここだ」
首を傾げたツンが駆け寄ると、珍しく言葉を付け足す。
「ここが貴様の言う所の、行き先だ」
ツンは、男の背中から、その先に視線を移すと、目を丸くした。
屹然とした防壁は、育った街のそれとは、全く違っていた。
深く大きな堀が掘られ、どうやって乗せたのだろうと思う程の大きな石が積まれた壁。
要塞・・・と呼ぶに相応しい。
男はそれに臆することなく再び歩き出し、門を潜っていった。
39 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:01:38.24 ID:LVrVppt1O
支援
40 :
サザソのトリヴィア:2007/09/28(金) 22:02:03.34 ID:VEOlToNw0
三三三三( ^ω^)ごゆっくりー!
41 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 22:03:12.63 ID:G2ZulIEx0
憂慮が彼女の胸に大きく広がり、
不本意ではあったが、男の傍に寄らずにはおれなかった。
男は、一人の兵士に歩み寄ると、何かの紙を取り出す。
「既に連絡はつけてあるはずだが、こいつがそのお荷物だ」
まさか、ツンを敵に売り渡そうというのだろうか。
「ちょっと、どういう事よ・・・」
「付き纏われるのも、そろそろうんざりだからな」
不安に包まれる娘の顔を見つめ、兵士は笑む。
「安心してください、お嬢さん。我々は、あなた方の見方です」
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:04:33.73 ID:LVrVppt1O
支援
投下速度大丈夫?
43 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 22:06:29.03 ID:G2ZulIEx0
兵士の言を聞いたところで、彼女の懸念は払拭されなかった。
「信じられないわよ!」
「安心しろ。とっくに国境を越えて、ここはネジツだ」
「ネジツ・・・」
ネジツは、帝国の建国に際して助力し、その後傘下に入る事無く、
対等に外交を行う事を許された国だと聞いた事がある。
「ナンジツと共に、連合の軍門に降らず、抵抗を続けている」
そう言うと、男は門の方へと歩き出した。
「ちょっと、どこ行くの?」
「ここならば、貴様も満足だろう。もう付き纏う必要もあるまい」
散々と嫌味を言いながらも、自分を安全な所まで送り届けてくれた者。
「あんた性格悪くて陰険だけど、一応お礼は言っておくわ」
彼が本腰を入れて走れば、ツンは追いつく事が出来なかっただろう。
「やっと礼を言う気になったか。だが、貴様のために助けた訳ではない」
そう、真意を察しきれない言葉を残すと、男は去っていった。
あの陰険な男の事だ、照れているという事はないだろう。
と、すると、得意の嫌味なのだろうか?その時の彼女には、分からなかった。
44 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:08:05.49 ID:LVrVppt1O
支援
45 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 22:09:02.08 ID:G2ZulIEx0
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穏やかで、どこか変わったその国を早々に出発した彼らは、
暗い森の中にいた。
その森は、何故だか寒く、薄気味悪い。
寒いとは言っても、シベリアのように寒いわけではない。
背筋が寒くなるような寒気が漂っていた。
彼らの中にはそういった感覚に長けた者はいなかったが、
こういった感覚を、霊気というのかもしれなかった。
「ここ、本当に人なんて住んでんのか?」
「ああ、もちろんさ。そういう俺も、この国に来るのは初めてだがね」
辺りを見回しても、人はおろか生き物の気配すら感じられない。
「ウルペースさんは、この国について何か知りませんか?他国についてお詳しいようでしたが」
そう言ったナナシの顔を見つめ、ウルペースは首を横に振った。
「分かりませんねえ。帝国どころか、他国と国交を持っていたかも、怪しいものです」
46 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:11:30.62 ID:LVrVppt1O
支援
47 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 22:11:42.90 ID:G2ZulIEx0
「やはり、来るべきでは無かった」
「あ〜ら、アンビ隊長?怖いのかしら?」
「そういう問題では無い」
-----また喧嘩が始まるのか・・・だけど、騒がしくなればこの胸騒ぎも少しは和らぐかもな-----
そう、ドクオが思った時、木の枝から緑色の何かが飛んだ。
それと同時に、目の前に何者かが現れた。
「な、なんだお!?」
現れたのは、黒装束の者達。
一切の気配を感じられなかったその森で、いつの間にか彼らは囲まれていた。
目前の者が、歩み寄ってくる。
「あなた達、死ぬためにここへ来たの?」
「違うお!同盟を結びに来たお!」
女は俯き、そして言った。
「では、帰りなさい。ここは、死者の国。あなた達の来るべきところでは無い」
48 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:14:19.21 ID:LVrVppt1O
支援
49 :
◆UmlpiMt4mU :2007/09/28(金) 22:16:02.73 ID:G2ZulIEx0
以上で第二章は終わりです。
ご支援頂いた方、ありがとうございました。
特に、LVrVppt1Oさん、本当にありがとうございます。
投下速度までご心配頂いて、申し訳無いほどです。。。
書き溜めが少しあるので、明日の夜頃懲りずに投下します。
50 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/28(金) 22:17:12.30 ID:LVrVppt1O
支援
51 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:
乙ー