文才がないけど小説を書くでござるでしょう!

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165スロウダイヴ・バタフライの思い出代行
「そっかそっか。やっぱり私達、意外と似てるね。このまんま結婚と
かしちゃおっか」
 二人で爆笑して笑い疲れたあと、春子はいった。
「これで、私らしくないことは終わり」
「あぁ」
 春子は海の方に向き直り、すぐに指を指して声を上げた。
「うわ、松澤君、見て」
 春子の指の先には、さっきまでの墨色の海はなかった。
 緑の蛍光色の水面。理穂の絵とは違って、ずっと先、水平線の彼方
まで、月光を跳ね返す蝶の群れが蠢いている。それはまるで一つの統
一された意志を持って動いているように見えた。かつての敵国、北朝
鮮のマスゲームによく似た光景だが、それは僕の主観で、人間ではな
い第三者から見たら、この蝶達は運命に翻弄されている全人類の象徴
なのかもしれない。
 程なくして、その蝶の群れは一斉に飛び立った、何百羽、何千羽、
いや、何万羽と。
 世界の終わりに、世界で一番美しい崖から海を眺めると、エメラル
ドグリーンの蝶がいっぱい海にいて、最期の時に一斉に宇宙へ飛び立つ。
 理穂、どこにいるんだ。
「……悪くないな、世界の終わり」
 春子は今度の独り言には答えた。
「えっ」
166スロウダイヴ・バタフライの思い出代行:2007/07/05(木) 04:57:55.12 ID:zsMQdXni0
「このまんま東京に帰らないで、世界が終わってくれたら。ここにず
っと、永遠にいられたら。悪くないって思わない?」
「そうだねぇ、それはそれでありかな。松澤君と一緒なら」
 春子は僕の腕にしがみついて、目の前の不思議な出来事を眺める。
 春子の中に潜む、存在しないはずの理穂の幻影を見つけたはいいが、
それはあくまでもただの幻影であり、それを愛するわけにはいかない。
僕はここにいない蜃気楼のような理穂よりも、ここにいる生身の人間で
ある春子を選び、少しずつでもありのままの春子を受け入れていく努力
をしなければいけない。
 さようなら、理穂。
 宇宙へと飛び立つ蝶の壁の向こうから、理穂が僕に振り向いた気がし
た。でも、壁が分厚過ぎて、その表情はすっかり見えない。