744 :
牧師(アラバマ州):
ファイナルステージの最後の舞台、富士の湖サーキットの周回コース。
泣いても笑っても、このコースを3周。そこで世界グランプリは終わる。
歓声。トップで飛び込んできた、星馬豪とビートマグナム。わずかに遅れて、ミハエルとベルクカイザー。
「捉えたぞ! 行けっ! ベルクカイザー!」
射程圏内にとらえたマグナムを目指し、猛然とフルパワーをかける。
しかし、ここで限界がおとずれた。ダッシュをかけたベルクカイザーは、富士の湖サーキットの高い縁石に乗り上げ、姿勢を崩したまま無理な体勢で着地してしまったのだ。
「!」
着地の瞬間、ベルクカイザーの左リヤに無理な負荷がかかり、マシンのどこかがきしむ音をミハエルは聞いた。
「! スタビライザーが!」
左右のリヤのバランスを調節していたスタビライザーが破損した。それでなくとも、パーツの消耗の度合いは限界に近かったのだ。
第2セクションもトップグループで駆け抜けたベルクカイザー。ファイナルセクションのスタートを遅らせてメンテナンスを念入りに行い、その分の遅れを暴走に近い追い上げで取り戻した序盤のツケがここにきてしまった。
この状態ではベルクカイザーはその強大なトルクを十分に路面に伝えることが出来ない。他ならぬミハエル自身が、そのことを誰よりも理解していた。
以前のミハエルならば、ベルクカイザーに冷酷とも言える判断を下していたことだろう。しかし、今のミハエルは、ベルクカイザーからのメッセージをちゃんと聞き取ることが出来る。
星馬烈と星馬豪に気づかされたこと。マシンを、信じるということ。マシンと、一緒に走るということ。
「……まだだ! まだ走れる! がんばれ、ベルクカイザー!」
スタビライザーを失ったベルクカイザーは、底を擦りそうになりながらも、前に進むことをやめようとはしない。
「いいぞ、ベルクカイザー! お前はまだ、十分に戦える! ゴールまで突っ走ろう!」
いつだって、レースは最後までわからない。そのことを、何度も身をもって体験した。
最後の最後で劣勢をひっくりかえして勝利した喜びも、最後の最後で優勢をひっくり返されて敗北した屈辱も。
ミハエルのベルクカイザーにトラブルがあったことに豪も気づいた。これで自分に追いつけるマシンはない、そう思っても不思議ではない。
実際、ビートマグナムはまだフルパワーで走っているわけではない。ここでフル・ブーストをかければ、ゴールまであと2周、トップのままゴールできる。
しかし、豪の胸に勝利への期待感はなかった。
いま、確かにトップをぶっちぎりで走っているというのに、それでも豪は冷静だった。
……あのマシンが、必ずマグナムのチェッカーを阻みに来る。
それだけは、確かな確信だったから。
どうした……?
まだ、来ないのか?
745 :
牧師(アラバマ州):2007/04/15(日) 12:04:48.17 ID:Wxf3rqcX0
その時、微かな電子音。
そして、独特のくぐもるような低い過給器音。
「Countdown cut ―――"PowerBooster"!」
次の瞬間、爆音を立てて排出される過剰供給された圧搾空気。
「Go! BUCKBLADER!」
それはまるで、鎖から解き放たれた黒豹のように。
ブレットの咆吼に、バックブレーダーが応えた。
ホームストレート上に見える、豪とビートマグナムの姿。
いま最終コーナーを越えて、バックブレーダーはマグナムをクリアする―――
「I caught you,GO SEIBA !! 」
来た!
豪の耳に、甲高い独特のモーター音が聞こえる。
長い長い距離を走り、観衆の声にかき消されそうな微かな音だが、腹の底に響くような重い力強さは些かも衰えてはいない。
他の誰にも聞こえなくても、豪にだけは聞こえる。
この音だけは聞こえないわけがない。
世界で一番の、大好きなライバル。
大きな夢を抱いて、ずっといっしょに走ってきたあのマシン。
ブレットは、ふと感じた微かな違和に顔をしかめた。
違和感の正体をさぐる。
……おかしい? 何がだ? 走りにミスがある?
いや、それは無い。確実に、プラン通りにレースを運んできた。
その証拠があの観衆だ。全ての人々の視線が一点に集中している。
指さす者、手を振る者、拳を突き上げる者、拍手を送る者。
反応は人それぞれだが、その視線の先は皆同じだった。
そう、自分は、驚異的な追い上げでここまで来た。そして今、トップのゴー・セイバとビートマグナムを捉えんとしている。
しかし……観衆が見ているのは自分ではない!?
何だ? 何を見ている?
自分ではないのならば、ゴー・セイバ?―――いや、後ろ―――
「そこだ! ソニック!」
「What's !? 」
―――バスターフェニックスターン。
最終コーナーを回ろうとしているバックブレーダーを、真紅のマシンがノンブレーキでかわしていく。
バックブレーダーのはるか外側、コーナーアウト側の縁石に片輪を載せながら見事なドリフトで駆け抜けた。
アウト・アウト・アウトの走行ライン。それは、あのソニックセイバーがもっとも得意としていた高速コーナリングだ。
バスターソニックは、そのままの勢いを駆って猛然とホームストレートを駆け抜けていく―――
ブレットはその後ろ姿を言葉もなく見送るしかなかった。
パワーブースターを使ってしまった今、バックブレーダーにこれ以上のトップスピードを望むことは不可能だった。
そして戦意を喪失してしまったブレットに、烈に追いつく力は無い。
しかし、ブレットに不思議と悔しさはなかった。そんな自分を、不思議だとは思わなかった。
どんなコンピュータを持ってしても、あのコーナーのあのライン取りは弾き出せない。
マシンの性能を引き出してやることが、一番速く走ることだと思っていた。それは間違いではなかったが、正解ではなかったのだ。
ほんの数ミリずれただけでコースアウトしてしまうであろうあのライン取り。それに何の迷いもなくトライする、熱い意志と、ほんの少しの勇気。
アストロノーツになる前に、レーサーとしての自分に、まだまだ先があることを知った。
だから走ることをやめない。彼もまた、NO.1を目指して走り続ける。
支援
GET THE WORLD。
このときを待っていた。
世界最高の舞台で、世界最速の座をかけて戦うこと。
情熱は嵐になって、コースを走り始める。
チェッカーは、ゆずれない。
「……待たせたな、豪」
烈とバスターソニックは、ホームストレートの終わりで、豪とビートマグナムに並んだ。
「遅かったじゃねえか」
「カルロくんと、ちょっとね」
「……まだ、いけるのか?」
連日の激走。ベルクカイザーと同様、ここまでの無理がたたったバスターソニックの消耗は、もはや目に見えて限界に近い。
「そっちこそ、どうなんだ?」
消耗しているのは、ビートマグナムも同じだ。ストレートスピード重視のビートマグナムは、ダウンフォースを削っている分、コーナーでのタイヤの消耗が激しい。
条件は同じ。ならばもう、気づかいはいらない。
「手加減はしないぞ、豪」
「言ってくれるじゃねえか。ラスト一周、ぶっちぎってやるぜ! 行け、マグナム!」
豪の声に呼応して、ビートマグナムはフルブーストをかける。
「負けるなソニック! ラストスパートだ!」
バスターソニックもまた烈に応え、車高を落としてダウンフォースを減らし、トップスピードを上げる。
マシンも人も、限界ぎりぎりのところで走っている。
マシンのパーツも、身体も悲鳴をあげている。
それでもなお、ふたつのマシンは最高のエキゾーストノートを響かせ続けた―――
ミニ四駆はおもちゃだ。
だからこそ、子どもたちの笑顔と、真剣な意志がそこにある。
レースは遊びじゃない。
勝ち負けの価値まで求めて。おもしろいと笑って。
小さなマシン。
それは僕らを乗せて、心のどこかに秘めている、幼い頃に描いたその場所へと連れていってくれる。
一進一退。
息詰まるようなマッチレース。
観衆のだれもが唾を飲んだ。
最終コーナーを先に回ったのは、烈とバスターソニック。
だが、直線スピードに勝る豪とビートマグナムがテール・トゥ・ノーズで追いすがり―――
爆発するような歓声に包まれて、二人は笑いあった。
ひとつのレースが終わっても、それは次のレースの始まりだ。
勝った方にも負けた方にも、同じ想いがそこにある。
世界で一番の、大好きなライバル。
大きな夢抱いて、ずっと走って行こう。どこまでも。
風のように、駈けていく。
でっかい空に、笑い声を響かせながら……。