189 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 19:59:53.67 ID:SmlMzZic0
びくたって小型犬だったっけ?
・・・・・
弱るのも早いぞ
190 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 19:59:56.62 ID:wfWp1SzX0
空を燃やす夕焼けは、その勢力を失いかけていた。東の空から迫る濃密な群青に掻き消されるように、茜色の空は夜に侵食されている。
御主人様が"お仕事"に行く場所は知っている。
ここから西の方角。
隣町の向こう。
いつもの公園をちょっと過ぎたあたり。
前に一度だけ連れて行ってもらったことがある。
そこへ行けば、何かがわかるかも! "あの日"だって御主人様は、『お仕事に行ってくる』って言っていたんだ。
僕は地面を蹴って走り出す。
人間は、僕らより足が遅い。だから色々な乗り物に乗って移動する。だけどその乗り物が無かったらどうだ? どこにも行けやしないじゃないか!
僕には鍛え抜かれた四本の足がある。
鋭く、感覚を研ぎ澄まされた鼻がある。
どんな音でも聞き分ける耳がある。
僕は今、この地上にいるどんな人間よりも、どんな動物よりも、速く走れる!
191 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:07:07.66 ID:wfWp1SzX0
速く! 速く! 速く!
夜がやってこないうちに、御主人様のところへ行かなければ!
今の時期、夜はまだ寒い。きっと"凍えて"いるんだ。僕の御主人様はとっても寒がりだから。夜がきたら"凍えて"しまう。
僕が行って、暖めてあげなくちゃ!
速く! 速く! 速く!
夜よりも速く、太陽を追いかけなくちゃ。
御主人様も太陽を追いかけているに違いない。
きっとそうだ。
だって、僕の御主人様はとっても寒がりなんだから!
192 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 20:07:09.96 ID:+/M0NrBR0
193 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:19:01.04 ID:wfWp1SzX0
僕は走った。
決して勢いを弱めることはなく、全力で街を走り抜けた。
通り過ぎる人たちはみな、僕のことは見えていないらしい。
多分、僕があまりに速く走ったせいだ。
耳元で風邪が唸り。鼻先で空気を切り裂く。
あっというまに街を抜け、公園までやってきた。
公園の桜の木には淡い色の花が咲きほこっていたが、ひとたび風が吹くと、それらはいっせいに舞い始めた。
まるで雪のようだった。
僕はピンク色の雪の中を猛然と駆け抜ける。
口や耳の中に数枚の花びらが入り込んだが、気にして入られない。
この公園の桜は、御主人様が大好きだったはずだ。速く迎えに行かないと、桜の花が散ってしまう。
花が散ってしまった桜の木をみたら、御主人様はとても悲しむんだ! だから、速く!
柔らかい土が爪の間に食い込む。
地面を蹴る後ろ足が、
ズルリ、
とすべる。
走りにくいなぁ。
シエラちゃんに、土に上での走り方を教えてもらっていれば良かったかな。
194 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:24:12.66 ID:wfWp1SzX0
僕はまだまだ走った。
途中で御主人様が"お仕事"をするところに寄ったが、御主人様の姿はおろか、匂いさえなかった。
やはり、もっと西へ。
もっと、太陽のほうへ。
すでに天球の半分を染め上げつつある夜の藍が、僕を追い詰める。
いや、
僕と御主人様を、
だ。
僕はただひたすら、燃え尽きそうな紅い空めがけて走った。
195 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:32:15.21 ID:wfWp1SzX0
僕はぐいぐい走った。
いつのまにか、足の裏の肉球が裂けていた。
地面を蹴るごとに鋭い痛みが僕の足を突き刺した。
でも、勢いを弱めることはできない。
目の前で消えかかっている僅かな暖色を見失ってしまったら、もう二度と御主人様に会うことはできない。
だから、僕は走った。
だけど、そのスピードは明らかに落ちていた。
ここ最近は疲れていたし、なんだか今日はちょっと気だるかったのだ。
このやせっぽちの身体は羽のように軽いけれど、奥底にみなぎる力はもう、無かった。
御主人様! 御主人様!
僕はもう、
ただひたすら、
御主人様の匂いを求めて走り続けるしかなかった。
196 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 20:32:17.32 ID:crlMvtlp0
198 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:34:27.59 ID:wfWp1SzX0
そして夜が、一匹の犬を飲み込んだ。
.
199 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 20:50:24.66 ID:SmlMzZic0
おおう。
200 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:50:28.99 ID:wfWp1SzX0
真夜中、人気の無い街。
一匹の犬がさまよっていた。
その薄汚れたその姿と臭いは、どこからどうみても野良犬のそれだった。
何度も何度も、足をもつれさせ、地面を転がり、ドブにも落ちた。
しかしその首にはまる黄色い首輪だけは、新品のような明るさで……。
それが酷く不釣合いだった。
犬はよろよろと力なく歩を進める。
その肉球は、どうしようもないほど滅茶苦茶になっていて、そこからことごとく血がにじみ、コンクリートの地面に黒く湿った足跡を残した。
(……御主人様)
犬は弱弱しく呟いた。
(御主人様……、どこに居るんですか?)
乾ききった口からこぼれる、悲嘆とも落胆とも取れそうなその声のトーンは、"凍える"ように空っぽだった。
201 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 20:52:13.74 ID:OQSRtIfxO
(T-T
202 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 20:53:47.41 ID:SmlMzZic0
おおぅ・・・
203 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 20:58:10.10 ID:wfWp1SzX0
犬はもう限界に近づいていた。
やせっぽちな身体には、全くといっていいほど力は残されておらず。
四つの足は夜の寒さに"凍えて"いた。
(お迎えに……行かないと)
犬はその強靭で一徹な意志だけで、鼓動を続けていた。
(だって……夜はこんなにも寒くて……御主人様)
もう鼻は利かなくなっていた。
大きな耳は、自分の弱弱しい吐息しか捉えていない。
その目には、もう、何も映らなくなっていた。
204 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 21:08:22.08 ID:wfWp1SzX0
ついに、犬は冷たいコンクリートに倒れこんだ。
体中が"凍えて"いた。
もう、一歩も進めない。
地面を踏みしめる力が、無い。
(……御主人様)
それでもやはり、思い出すのは御主人様のこと。
真っ白な冬の日に、居なくなってしまったあの人の、優しい声。
(御主人様手……僕は――)
『×××××! やっぱりあなたは"悪い子"だわ! そんなにまで、×××ちゃんを困らせたいの?! ×××ちゃんが今のあなたをみたら、きっと涙を流して怒るわ!』
不意に、仲良しだった猫の言葉が頭の中に響いた。
犬は猫の名前を思い出そうとしてみたが、思いだせなかった。
確か"月"に関係する名前だということは覚えていた。十月だったか、それとも九月だったか。
それよりも、彼女が自分に言った言葉のほうが、今の犬には重要だった。
205 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 21:12:55.18 ID:9zjk7PeCO
フランダース思い出した
206 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 21:16:36.62 ID:wfWp1SzX0
(僕は……"悪い子"?)
そうだ、犬は"解って"いた。
ただ"解りたくなかった"だけ。
御主人様はすでに遠くへ行ってしまった。
それは道の果てではなく。 山の向こうでもなく。 ましてや"海"の向こうでもない。
どんな道よりも険しく。どんな山よりも隔たっていて。海の底より深く、寂しいところ。
御主人様は死んだのだ。
ただそれを"解りたくなかった"だけ。
おぉぅ・・・
208 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 21:20:03.37 ID:y8CZBsUj0
ヴィクター。・゚(ノд`)゚・。
209 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 21:31:56.24 ID:wfWp1SzX0
(……僕は、悪い子なんだ)
そうだった。
犬は"解って"いながら"解りたくない"と言い、"解らない"ふりをしていたのだ。
(悪い子)
それは、御主人様が嫌うことの一つだった。御主人様はよく言った。
『聞き分けの悪い子は嫌いだからね?』
犬は、自分の御主人様が死んだという現実を受け入れることを拒み、自分の"役目"を忘れていた。
(僕は、幸せなんかじゃ、なかった)
『犬はね、御主人様の為に幸せにならなきゃいけないのよ?』
御主人様の優しい声が、どこからともなく聞えた。
犬は恐怖した。
(僕は幸せなんかじゃなかった! 御主人様がいなくなってからずっと! 幸せなんかじゃなかった!)
御主人様の教えに背いた。それが怖かった。
(僕が幸せじゃなければ、御主人様は幸せになれないんだ! 僕は悲しくて、不安で、とても不幸な気持ちだった!)
犬は悔いた。できることなら、自分で自分をかみ殺してしまいたかった。
(僕は御主人様を不幸せにした! 御主人様は今も、悲しくて、不安で、とても不幸なんだ! 僕は"悪い子"だ!)
210 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 21:41:51.85 ID:2DZbMpbGO
(´;ω;`)うっ・・・
211 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 21:44:29.24 ID:wfWp1SzX0
悲しみと恐怖と後悔とがない交ぜになって、犬に覆いかぶさってきた。
(ごめんなさい……悪い子で、ごめんなさい)
そして犬の芯は"凍え"始めた。
もう感覚なんてものはないに等しく、ただただ不安で、怖くて、悲しかった。
『You know I won't say sorry, You know I won't say sorry.The pain has a bad reaction,』
大好きな御主人様の歌声が聞えた。
『A blend of fear and passion. You know what it's like to believe, It makes me wanna scream...』
全てがもう、ずっと前のことのように感じる。
212 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 21:45:27.23 ID:SmlMzZic0
ぉぉぅ
213 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 21:47:56.09 ID:wfWp1SzX0
悪い子で、
ごめんなさい。
でも、
御主人様。
あなたの飼い犬になれて、
僕は幸せでした。
214 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 21:55:32.74 ID:wfWp1SzX0
そして、一匹の薄汚れた犬の身体は、
生きることを諦めた。
全てか停止し、寂寞とした空気に満たされた夜の片隅で。
一つの悲しみが、消えた。
『僕が謝らないのはわかっているよね 僕が謝らないのはわかっているよね
その痛みは酷い反応を伴うんだ 恐怖と情熱が混ざっている
君は、信じるべきものがどんなものか、解っているよね
それは僕を叫びあがらせたがるんだ』
--END--
215 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 21:56:15.58 ID:y8CZBsUj0
乙!!!
なける。・゚(ノд`)゚・。
216 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 21:58:21.97 ID:2tgVO4Sd0
……バッドエンド?
俺だな。すまない。orz
217 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:00:34.86 ID:buoFGRf40
わんこ氏に敬礼
切ないわぁ……
218 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:02:20.71 ID:SmlMzZic0
乙でしたっ!
いやぁ中々の大作になったね、GJ!
219 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:02:33.14 ID:z0METdBF0
乙でした。・゚・(ノД`)・゚・。
元ネタ知ってたけど、かえって泣けるわコレ……。゜゜(´□`。)°゜。
GJです。お疲れさまでした!。・゚・(ノД`)・゚・。
220 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 22:06:48.44 ID:wfWp1SzX0
名前が「ヴィクター」な時点でバレバレな件についてwwwwww
疑問・質問・感想等を受け付けています。
できる限り答えます。
221 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:09:06.97 ID:8VI+DqRkO
どうやったらわんこみたいなクオリティが出せるの?
222 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:09:40.81 ID:OArvbAzR0
無知な俺に元ネタを教えてください
223 :
ミミ to I eva 聴音器官 ◆8VM5xLK5jw :2006/05/18(木) 22:09:44.16 ID:pC8WRgKZ0
どうやったらわんこみたいなクオリティが出せるの?
224 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:10:35.20 ID:SmlMzZic0
どうやったらわんこみたいなクオリティが出せるの?
225 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:13:55.92 ID:buoFGRf40
どうやったらわんこみたいなクオリティが出せるの?
226 :
取り逃し亜人゙ ◆c6bw2Zi7Iw :2006/05/18(木) 22:14:05.09 ID:tNyy3Izv0
どうやったら核金で生命吸収できるの?
227 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 22:15:47.50 ID:wfWp1SzX0
>>221-225 ッ先ず、リポDでも飲みましょう。
そして常にいっぱいいっぱいの状況に自分を陥れましょう。
228 :
ミミ to I eva 聴音器官 ◆8VM5xLK5jw :2006/05/18(木) 22:16:09.82 ID:pC8WRgKZ0
皆でやりだすと、罪悪感が沸き始める私が居るorz
乙でしたよーw
229 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 22:16:38.29 ID:wfWp1SzX0
230 :
取り逃し亜人゙ ◆c6bw2Zi7Iw :2006/05/18(木) 22:18:26.56 ID:tNyy3Izv0
あはー☆
乙です
231 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:18:37.78 ID:8VI+DqRkO
232 :
ミミ to I eva 聴音器官 ◆8VM5xLK5jw :2006/05/18(木) 22:20:15.42 ID:pC8WRgKZ0
233 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:23:41.05 ID:8VI+DqRkO
>>232 ちょwwwwww把握すんのおれじゃねぇwwwwww
234 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2006/05/18(木) 22:24:17.48 ID:z0METdBF0
235 :
ミミ to I eva 聴音器官 ◆8VM5xLK5jw :2006/05/18(木) 22:24:35.74 ID:pC8WRgKZ0
236 :
ミミ to I eva 聴音器官 ◆8VM5xLK5jw :2006/05/18(木) 22:28:57.37 ID:pC8WRgKZ0
237 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :2006/05/18(木) 22:38:59.43 ID:wfWp1SzX0
本当はこの半分くらいで終わらせる予定だった。
なーんでか長引くんだよなあーorz
238 :
かしわんこ ◆WTJGtkvg02 :
読み返してみて、泣いた
自分の文才のなさに orz