今年2月、中国河南省の洛陽北郊空港を離陸した飛行機内でのこと。
大地をどんよりと覆う濃霧と雲を突き抜けて上空に出た瞬間、機内の乗客たちが歓声を上げた。「太陽が見えた!」
実をいうと私自身もテンションが上がり、一緒に叫びたい衝動に駆られていた。
太陽ってあんなにまばゆかったっけ。これほど鮮やかな青空を拝むのは何週間ぶりだろう。
洛陽では若いタクシー運転手が、霧の中に少し薄日が差しただけで「久しぶりに太陽出てきたなあ」と感慨深げだった。
それほどに皆、太陽の光に飢えていた。
1月中旬から中国北部を覆い続けた有害物質を含む濃霧。留学先の北京で夜に外出すると、真っ白なもやがかかり、
排ガスのような化学的な臭いが漂っていることもたびたびだった。
一時帰国していた韓国人留学生は「北京の空港に着いて入国手続きをしていたら、もうのどの調子がおかしくなってきた」と苦笑する。
北京の米国大使館がホームページで公表しているPM2・5の数値をチェックするのが、いつしか日課になっていた。
数値に応じて「良好」「有害」など6段階あるのだが、最悪の「危険」を通り越して「指標外」と示されていたときは、笑うしかなかった。
工業都市である重慶市を訪れ、驚いた。濃霧が覆っているのに、だれもマスクをしていないのだ。大気汚染の状況は北京と大差ないはず。
重慶人は激辛の火鍋を食べ過ぎてのどの感覚がまひしているのでは、と真剣に考えたりもした。
とはいえ北京でもマスクをしているのは少数派だ。私の周囲では、非常にスモッグが濃いときでも2割程度、普段は数%だ。
知人の中国人によると、北京など比較的風が強いところはマスクをする習慣が一応あるが、その他の地域はまったくしないらしい。
「マスクを着けるのは少し恥ずかしい」とか、「授業中に着けるのは先生に失礼だ」という学生もいて、かなり抵抗があるようだ。
普段あまり他人の目を気にしない中国人であるが、「恥」の感覚は国によって違うのだなあと改めて思う。
(中略)
中国には「少々汚いものを食べたほうが病気にならない」という言い回しがある。抵抗力をつけるという意味では一理あるかもしれない。
中国人の鷹揚(おうよう)さ、たくましさを表す言葉だ。
ただ鷹揚な中国人も、鳥インフルエンザ(H7N9型)の感染拡大にあたっては「抵抗力をつける」などと言ってはいられない。
ウイルスは熱に弱いので、鳥の肉や卵は加熱すれば問題ないとされるが、
私の周囲では「鶏肉と卵は一切食べなくなった」という中国人が結構多い。
少し話は脱線するが、北京で初めてH7N9型の感染が確認された女児に、中国のテレビ局がインタビューしていて驚いた。
隔離されベッドに寝ている女児に、記者が「必ず治るからね」などと呼び掛ける感動シーン風の演出だったが、日本だと絶対に無理だろう。
中国のテレビでは、勾留中の被告への独占インタビューも結構ある。手錠はモザイクなしで、
拘置所の房から出される場面までばっちり放映される。交通違反のバイクを捕まえようとして骨折した警察官が、
ベッドに横たわったまま取材に答えていたこともあった。公権力に食い込んでいるというよりも、メディアが公権力そのものなのだろう。
あらゆる矛盾を抱えたまま経済発展の道を突き進む中国。社会を覆う“濃霧”を突破して、「太陽が見えた」と人々が叫ぶ日が来るのを期待したい。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130516/frn1305161531005-n1.htm