【日韓】「私の祖国はどこなの?」〜在日韓国人の鄭さん、ルーツを訪ね釜山へ★2[11/26]

このエントリーをはてなブックマークに追加
1ウィンストンφ ★
●心地よさと違和感 1年半暮らし体感

私の祖国はどこなの? その答えを求めて、仕事を辞め韓国に渡って1年半。愛知県出身の在日韓国人、
鄭美月(チョンミウォル)さん(28)は、釜山市で韓国語を学びながら「自分探し」を続けている。鄭さんの
目に映る韓国の姿を通じて、国籍とは何か、民族とは何かについて考えた。 (釜山・吉良治)

(写真)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/20121126/201211260006_000.jpg
▲ アルバイト先の店の同僚と談笑する鄭美月さん(左)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「オソオセヨ!(いらっしゃいませ)」

釜山の繁華街・西面の居酒屋。鄭さんの明るい声がフロアに響いた。昼は語学学校で韓国語を学び、
夜は店でアルバイトを続けている。「よく働くし、いつもニコニコしてるからお客さんのファンも多いよ」。
先輩の言葉に顔を赤らめた。

鄭さんの祖父母は戦中、仕事を求めて日本に渡って来た。日本生まれの両親は、鄭さんと同じく韓国語
がほとんどできない。在日韓国人であることを親から知らされたのは保育園児のころ。通名を使って
いたしそれまで韓国籍を意識したことはなかった。「決して周りに言っちゃいけないよ」。母親の言葉に、
自分が何か良くない存在かのようで、えたいの知れない後ろめたさを感じた。在日ということで差別を
受けた経験はない。しかし、自らの出自に前向きになれない感覚はその後も長らく続いた。
    ◇      ◇
転機が訪れたのは22歳の時。アルバイト先で知り合った女性から韓国籍だと告げられた。「自己紹介
のようにサラッと…。どうしてこんなふうに言えるのかなと衝撃でした」。「実は私も…」と打ち明けると少し
肩の荷が下りた気がした。彼女の紹介で韓国籍の仲間と交流を深める中で「何も後ろめたさを感じる
必要はない。韓国人としての自分を捨てるのはもったいない」と思えるようになった。その後、家族は
日本の国籍を取得したが、自分だけは韓国籍を変えなかった。
    ◇      ◇
「自分のルーツがある韓国をこの目で確かめてみたい」。4年間、勤めた会社を辞めて韓国に来たのは
昨年夏。しかし実際、暮らしてみると思い描いていた「祖国」のイメージとは違っていた。在日韓国人の
歴史や現状があまり知られてないことも痛感した。

「日本人」として見られることも度々で、どう受け止めていいか戸惑った。ある時、店の客に韓国籍だと
話すと「トクト(独島、島根県・竹島)は誰のもの?」と聞かれた。どう答えるかでどちらの国民か試されて
いる気がした。「韓国語が話せないなら韓国人とは言えない」とタクシーの運転手から言われた時は
「そんなことで判断されるのかと思うと今まで悩んできたことは何だったのかと寂しくなった」。

日韓の間で領土問題が再燃したこの夏。韓国人の猛烈な反日感情を目の当たりにした時はそこに
入りきれない自分がいた。
    ◇      ◇
日本人でも韓国人でもない自分。一体私は何人なのだろう−。韓国に来る前、留学経験がある在日の
先輩から「韓国に行っても答えは見つからないよ」と言われたことがある。確かに、現地に暮らし言葉を
話したからといって“純粋”な韓国人になれるとは思えない。むしろ強く感じるようになったのは「在日は
在日」ということだった。

一方で、韓国人の自己主張の強さや人前で感情をあらわにする姿にそれほど違和感を覚えない自分
も発見した。おせっかい過ぎるほどの情の厚さも心地よく感じる。日本文化が入っている自分。でも
韓国人の血も受け継いでいる自分。無理してどちらかになりきる必要はないのではないか−。今は
そう感じている。

「将来、韓国に永住するのか、日本に暮らし続けるのかまだ分からない。自分探しは一生続くと思い
ます」

ソース:西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/335976
前スレ
【日韓】「私の祖国はどこなの?」〜在日韓国人の鄭さん、ルーツを訪ね釜山へ[11/26]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1353894513/
1が立った日時 2012/11/26(月) 10:48:33.36